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大罪者たちにハッピーエンドを送ろう!

 ( ボーカロイド 掲示板 )
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やるときはやる召使 ★1XP80YZa1A_nXr

ふははははっ!とうとう念願の夢がかなったぞ!

皆さん、初めまして!やるときはやる召使です!この度あるプロジェクトを立ち上げ、ここをその専用スレにしようと考えました。
プロジェクト名は「悪のシリーズの悲劇の運命を背負うものを救え!悲劇の道から救い出すのだ!」
うん、長いですね。まぁ、そういうことです。
俺は今までアレンを助けたいと思ってきました。
だから!それをここで実行する!
さぁ・・・!プロジェクト発動だ!

4年前 No.0
メモ2016/12/08 00:14 : やるときはやる召使(小説執筆二週目) @situji★Android-o2FoGhTL7X

本スレッドの執筆ルール(書いた当時での最新ルール)

個人で書かれる場合は、好きに書いて頂いて構いません。

合同作品を書かれる場合は、こちらで相談し合うことを推奨します。

会議用スレッド http://mb2.jp/_voc/1818.html

 


現在いらっしゃるのは


やるときはやる召使(引退)(復帰20160824)(引退しました)

黒百合(ユリ クロア)

ルリ(引退)

アトリエスタ(引退?)


の三名でございます。


小説家の方々 新人さんは、ここに名前書いてってね。あと、舞台とかもお願いします。


やるときはやる召使・・・ルシフェニア。悪のワールドに残る。双子の救出に成功し、名も無き海岸付近の協会に双子と潜伏中。

所持している武器・・・МG5 G5(二丁ともエアガン。片方は重心が折れたので使用不可。電池は何故か残ってます) 木刀

二週目執筆中。上二行分とは別のお話し。


USEのマーロン・・・ルシフェニア。召使いと合流。(悪ノ世界では名前が「マーロン」だといろいろめんどいので「マロン」と呼ばれることに。)

             能力:視力、聴力、動体視力、判断力、筋肉のバネ???などなど身体能力が爆発的、ビッグバン的に跳ね上がる。

                  (判断力って、身体能力なのか?)

             武器:細くて頑丈なワイヤー、鎖。


墓場の主・・・由仁(ミカコ)⇒マーロンにいます。でもいろんなところに現れる。神出鬼没。天界において絶対的権力を持ち、全知全能の力を持つが、下界に降りると封じられる。なので、下界ではただの魔道師としている。

       由乃(ジュノ)⇒メータ時代のエルフェゴート(エルドゴートとでもいうべきか)。ミカコの助言をもとに、父と共にメータを助けます。

       美香(ミカ)⇒ルシフェニアにレオンハルトの養女としています。武器はロング・ソード。ジェルメイヌに稽古付けてもらいました。


…続きを読む(56行)

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ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

わかりました!
では、教会での会話はどうしましょうか?

1年前 No.1142

やるときはやる召使 @situji ★Android=j3cJ1za3EV

そうですね…とりあえず瑠璃さんの新たに作成した会議室行きましょ□

1年前 No.1143

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

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1年前 No.1144

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第4話 ひとりっこ

 紫色の空が暮れていく。太陽は真っ赤な雲を残して消えていった。なんだか今にも夜がひょっこりと顔を出しそうな気がする。例えば、あのお節介焼きのお姉ちゃんみたいに。私は自転車のペダルに足をかけ、ゆるりとカーブを描きながら坂を下っていく。友達と遊びに行ったとき、偶然目にした懐かしい本のことを思い出した。あんまり懐かしいからつい買ってしまった。そうだ、あの童話に出てきた王女様と召使君の絵でも描こうかな。頭の中はいつしか、次に描きたい絵のことでいっぱいになっていた。
 坂道が終わり平坦な道へ出た。人通りが少ないので私は堂々と歩道を走っていく。こんなところ誰かに見られたら怒られるかもしれないけど。初詣に行ったときは人でごった返していたのに、今ではすっかり閑散としてしまっている。あの時と比べると、とても同じ道とは思えないくらいだ。人が多い場所はあまり好きではない。今日もバスやらショッピングモールやらで、沢山の人に囲まれてぐったりしてしまった。友達が楽しそうだったから、それはそれでいいわけだけど。
「・・・・・?」
 聴き慣れた着信音が鳴り響く。私は自転車を一旦止めて鞄の中を探った。取り出したのはこの前買い替えたばかりのスマホだ。ケースは今日友達とおそろいで買ったばかりの新品なので、見ただけで少し嬉しい気持ちになる。
「はい、霜槻・・・」
 告げられた言葉に凍りつく。聞こえてくる言葉の全てが現実の物とは思えなかった。頭のてっぺんから血が下りてきて、頭の芯がじわじわと冷えていくような感覚。私は最後まで話を聞かずに通話を切った。そのまま自転車をUターンさせて、坂を上っていく。自転車を乗り捨てて行きたかっただが、それは流石に思いとどまり必死でペダルを漕いだ。少しでも早く、一分でも、一秒でも。息を切らしてただ進むことだけを考えた。もしかすると、必死になることで思考を止めようとしていたのかもしれない。でも、今の私にとってそんなことはどうだってよかった。

『もしもし、菫ちゃん』
『落ち着いて、よく聞いて・・・・千鶴が歩道橋から落ちて意識が戻らないって・・・から、さっき連絡が・・・・』
『すぐに向かうつもりなんだけど・・・・何か知ってることがあったら・・・また連絡を・・・』

勢い込んで来てはみたものの、結局つる姉に会うことはできなかった。当たり前だ。だって、私とつる姉は赤の他人なんだから。意識の戻らない患者を、親族でもない人間と会わせられるはずがない。私はつる姉の妹にでもなった気だったのだろうか。私は病院のベンチに座ったまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。今朝までは元気だったのに、急にこんなことになるなんて聞いてない。つる姉がドジで全然駄目なのは分かり切っていたことなのに。いつかとんでもないドジをやらかすと思ってたけど、何もこんな時にやらかさかなくても良いのに。馬鹿だよ・・・ホントにつる姉は馬鹿だよ。
 気が付くと、握りしめた手の甲に雫が浮き出ていた。パタリ、ポタリ。水滴がいくつもいくつも落ちるのを見て、よくやく自分が泣いていることに気が付いた。涙は拭っても、拭っても溢れて止まることがなかった。
「うう・・・ひっく・・・ひぐ・・・」
 声が漏れださないよう、唇をギュッと噛みしめた。あんまり強く噛みしめたものだから、唇が切れて血が滲んでくる。ヒリヒリする、痛い。口を押えても息を止めてみても、嗚咽は収まらない。大丈夫だよ。これくらいのことでつる姉は死なない。あの人は強いから。だらしなくてダメダメでも、私のお姉ちゃんである限り強いから。だって、私が虐められたとき、一人ぼっちで泣いている時、お姉ちゃんはすぐに助けにきてくれたじゃないか。お姉ちゃんは強い。強いお姉ちゃんは死なない。そんなこと有り得ないから。絶対有り得ないから。
「菫ちゃん!」
「・・・・あ、ああ・・・」
 懐かしい声に振り向くと、そこにはつる姉のお母さんがいた。私が最後に見た時よりも少しだけ皺が増えていた。全力疾走をした後みたいに息を弾ませていた。目が少しだけ赤い。私みたいに泣いていたのかもしれない。
「あの、私、あの」
「保護者の方ですね。こちらへどうぞ」
「あ」
 伸ばそうとした手は、そのまま擦り抜けていった。その瞬間、おばさんがあまりにも悲しそうな顔をしたものだから、引きつる顔を無理矢理動かして笑ったようにしてみせた。ああ、駄目だ、上手くいかなかった。口の端っこが歪んで、変な顔になったかもしれない。そうしているうちに、また涙がパラパラと落ちた。
「ごめんね、菫ちゃん」
 去っていく後姿を見ていると、不意に帰らないといけないような気持ちになった。理由は分からないけれど、自分はここに居てはいけないような気がしたのだ。帰っても家には誰もいない。私はつる姉と違って1人暮らしをしているわけじゃないのに、まるで1人で家に住んでいるようだった。帰ったって、家の明かりは点いていない。私はまた、誰かが帰るのを待たないまま独りで眠るんだ。なら私は・・・。
「ど・・・こに・・・・かえった・・・らいいの・・・」
 息が震えて、自分でもよく分からないような声が出た。お姉ちゃんがいなくなったら、私が寂しいことを知っている人はいなくなるんだ。そのことがじわじわと心の一番底の方に染み出していく。怖い、怖くて足が震えた。立たなきゃ、立って、歩いて、1人で家まで帰らないと。私は怖いんだ。つる姉が死んでしまうことよりも、自分が一人になってしまうことの方が怖かった。それはきっと良くないことに違いなかった。つる姉が死にそうなときに、自分の心配をするのは良くないことだと思った。自分勝手なことだ・・・だからたぶん、良くないんだ、きっと。
 バサリと何か音がした。足元にあの本が落ちている。きっと鞄が空いたままになっていて、立ち上がった瞬間に落ちたのだ。本を拾い上げようとすると、また涙が落ちて本を濡らした。表紙に描かれた双子。君たちは離れるのが嫌だった?1人になるのが怖かった?おとぎ話だって知っているけど、今なら君たちの気持ちが分かるよ。
「1人は怖いね・・・・」
 私は無意識のままに本を抱きしめていた。そうしていないと、心の端を千切り取られそうな気さえした。
「変えさせて・・・・全部、変えさせてよ・・・!」
 今思えば、それは決められていたことなのかもしれなかった。その時のことを私はもう覚えていない。けれどその時、誰かの腕に必死でしがみついていたような、そんな感覚だけはっきりと覚えていた。

スーちゃんの『変えさせて』は、もちろん双子のことではありません。
つるさんが死ぬ運命を変えさせてという意味です。
なので、彼女は、ある意味救済者ではないかもしれません。
でもある意味救済者かもしれません。ややこしいね。
菫、可哀想な扱いになってごめん。

1年前 No.1145

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第5話 似非妹

「そいや!」
「姉ちゃんすげえ!」
「ま、こんなもんでしょ」
 やっとこさ鍬を抜いてやると少年は羨望の眼差し。こちらとしても悪い気はしない。実は足腰がガクガクになっていることは秘密だ。しかし、こうしてみると子供ながらに教会を守ろうとしていた良い子じゃないか。
「それで、入れてくれるの?」
「教会の事は俺にはわかんねえよ」
「・・・はあ?」
 じゃあどうしてさっき鍬を振りかざしたんだ。危うく傷害罪になるところだったぞ。いや、向こうは子供でこっちは大人で・・・罪に問われそうなのはどっちかというと私の方か。とりあえず、ここで彼を責めても仕方あるまい。
「教会の人、呼んできてもらってもいいですか?」
「いいよ」
 案外すんなり聞き入れてくれたものだ。もしかすると、鍬が刺さって抜けなくなったことを恥ずかしく思っていたのかもしれない。暫く待っていると、先程の少年が一人の青年を連れて戻って来る。てっきり修道女を連れてくるものだと思っていた私は、少々面食らってしまう。年は私と同じくらいだろうか。黒いローブのような物を羽織っており、おおよそ聖職者のようには見えない。
「・・・・訪問者はアポ・・・連絡を寄越すのが筋ってものじゃないですかね」
「すみません。何分急だったもので」
 私の正面に立った彼は、不機嫌そうな顔でそう言う。後ろ髪が変な風に跳ねている。もしかすると、寝起きだったのかもしれない。これは申し訳ないことをした。
「まあ、いいですけど・・・ご用け」
 そこまで言いかけて彼はフリーズしてしまう。一体何があったのかと、不躾だと分かりながらもじろじろと見つめてしまった。彼は目をいっぱいに見開き、唇をわなわなと震わせていた。私の後ろに何かいるのかと振り返ってみるも、特に変わった物はない。
「あの・・・どうしましたか」
「そんな・・・まさか・・・でも、いやありえない」
 彼は私の声などまるで聞こえないようで、口の中でもごもごと何事かを呟いている。その様子はまるで呪文を唱えているようで、思わず笑いだしそうになってしまった。しかし、そんなことをしてしまっては失礼だろうから、何とか咳払いでごまかす。彼の表情からは、一体何を考えているのかは読み取れない。しかし、酷く狼狽していることだけは分かった。
「あの、ホントに大丈夫ですか?どこか悪いんですか?」
「・・・・誰です」
「はい?」
「あなた、一体誰なんです」
 彼のそれはただ単に質問をしているわけではなさそうだ。こちらを警戒しているようで、まるで化け物でも見るような眼をしていた。その眼は火を見るよりも明らかに、怒気を孕んだ眼だった。何だかよく分からないが、これはかなり不味いかもしれない。
「あ〜あの、えっと、ですね、私は別に怪しい物では」
「とぼけるな。ルリさんの姿なんて真似て、一体何のつもりだ」
 ルリ。私は先ほども聞いたばかりの名前を心の中で反芻する。ルリさん、そうか。この人は私をルリとかいう人間と勘違いしているのか。誰だか知らないが、そんなそっくりなだけで勘違いされても困る。だが、これももしかすると使えるかもしれない。そういえば、さっきあのお爺さんは私に姉妹がいないか聞いてきたな。姉妹・・・か。
「落ち着いてください!あの、貴方は何か勘違いされているのでしょう?」
「御託はいい。あんたは一体、誰だ」
「ルリをご存知なのですね」
 私はできるだけ相手を刺激しないように距離を取る。それから、敵意がないことを示すため少しだけ口角を上げてみせる。笑っているわけではないが、緊張をほぐさせるために効果があるかもしれない。
「・・・・貴方はルリをご存知なんですね。良かった。私は彼女をずっと探していましたから」
「・・・・どういうことです」
 緊張は解かぬまま、だが少しだけ語気を緩めたように聞こえる。切り出すならこのタイミングしかないだろう。
「初めまして、私はルリ・・・結乃瑠璃の妹、結乃千鶴といいます。一卵双生児なので、よく姉と間違えられるんです」
 そう言って、私は恭しく頭を下げてみせる。誰もが間違えると言うのなら、逆にそれを利用してしまえばいい。罪悪感よりもこの局面を乗り越えることしか、今の私の頭にはなかったのだ。

では、続きをお願いします!

1年前 No.1146

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第6話 「暗闇の中に鬼を見よ」

「ルリさんが行方不明となり、あなたは姉である彼女を探しにここへ来た・・・と。そういうことですか。『自称』 ルリさんの妹さん」
 メシと名乗った青年は紅茶のカップに口を付け、ゆっくりと息を吐く。大分落ち着きを取り戻しているようで、再び怒りを露わにすることはおそらく無いだろう。彼が私に対する憤りや不信感を感じていないのとは、また別の話だが。とりあえず、中には通してもらえたのだ。彼には今感謝すべきなのかもしれない。日本家屋に例えれば4畳半ほどの薄暗い応接間。向かい合った埃っぽいソファに掛け、座っても膝下ほどの高さのテーブルが私たちを隔てていた。部屋の隅にはガラスの割れたカンテラと、そのすぐ近くに干からびた蛾の死骸と思しき物も転がっている。色あせたカーテンからは、弱々しい光の線が漏れ出していた。推察するにこの部屋は普段、滅多に使われていないのだろう。教会内にも関わらず掃除の行き届いていないことから、もしかすると人の寄り付かない場所であるのかもしれない。
「自称だなんて止めてくださいよ。私の顔を見ればわかるでしょう?」
 含み笑いを浮かべて、彼の顔を伺い見る。彼は一瞬だけ、チラリと私の顔を盗み見るものの、すぐに手元のカップに目線を落とした。私の顔を注視する気などないのだろう。カップが震えて中の紅茶がゆらゆらと波立っていた。彼は何度も紅茶を口にしているはずだが、全くと言って良いほど減っているようには見えない。紅茶は冷めきっているようだった。
「・・・・同じ顔だからと言って、簡単には信用できませんよ。外から来たあなたには分からないでしょうけど」
「それはご挨拶ですね」
 彼の言うことも最もだが、外から来たとはまた閉塞的な切り返しではないか。確かに欧州の人間から見れば、私のような東洋人は外部の人間と見られても仕方がないのかもしれない。あるいはこの地域だけの、彼らだけが共有する何らかの事象が存在しているのかもしれない。それは私の預かり知らぬところだが、とにかく話してもらわなければ分かるものもわからない。
「あなたやあなたのお仲間のことは知りません。ですが、姉のことなら私の方が知っています。双子なら尚更ですよ」
「言うだけなら簡単です。ですがまあ・・・・」
 彼は暫くの間沈黙し、その鋭い眼光を私に突き付ける。意図して睨みつけているわけではないのだろう、と思いたい。底知れぬ湖畔のような瞳には、一切の光を受け付けない冷たさがある。その目は私の本性を探ろうとしているようにも、内に燻ぶる不信感を浮き彫りにしている様にも見えた。彼は小さな声で何事かを呟いた後、再び視線を逸らして長く息を吐いた。
「わかりました。あなたを仮にルリさんの妹としましょう。それで、彼女の事をよく知っていると仰いましたね?」
「ええ」
 彼がこれから言わんとしていることは、大体の見当がつく。これは博打も博打、一世一代の大博打だ。全く知らない、ただ私と顔が酷似しているだけの人間について語るのだ。それがどれほどのリスクを伴うかなど分かり切っている。勝算はない。だがここで必要となるのは正確さではない。いかにさもそのように振る舞うか。例え肉親であれ、その全てを知っているとは考えにくい。年頃の姉妹なら尚更。踏み込んではいけない、踏み込んできて欲しくない領域というものがある。知らないことの方が多いのではないか。何を聞かれてもうろたえず、笑って答えればそれでいい。彼の知る『彼女』が仮の妹が主張する『彼女』と寸分違わず同じであるはずがないのだ。
「何が聞きたいのですか」
「・・・・悪ノ娘、という本はご存知ですね?」
 悪の娘、児童文学か。悪いお姫さまの身代わりに弟が処刑されるという、子供向けというには少々パンチの効きすぎる本だった。現在の改訂版では、お姫さまが反省して弟と一緒に教会で暮らすという話もあるようだが詳しくは知らない。元々は子供向けではなかったと聞くが、ルーツ諸々については私の専門外だ。
「知っていますよ、有名な童話ですからね。幼い頃に図書館で読んで、あの結末は今でも軽くトラウマですよ。それで、悪の娘がどうかしましたか」
 取り繕う必要もなく、私はただ純粋な疑問を返した。何故こんなところで童話の事が出てくるのか、虚を衝かれた気分だ。考えられるとすれば、あの童話がルリの思い出の品だということか。それくらいしか思い当たらない。
「・・・・童話、ですか」
 まるで初めて耳にした単語のように、彼はその言葉を反芻する。落ち着かないように視線を巡らせ、唐突にカップを取り上げて紅茶を飲み干した。冷めた紅茶は不味いのだろうか。眉間に皺を寄せ、ほとんど叩きつけるようにカップをテーブルに置いた。
「童話?悪ノ娘を童話だと思っているのですか?あれが?」
「原本のことは知りませんよ。元は立派な文学作品だったのかもしれませんけど。姉なら知っているかもしれませんが、私は姉さんの持っている本をいちいち確認なんてしませんよ」
 努めて平静を保って答えたのが、思わず冷汗が背中を伝う。今まで考えもしてこなかったが、ルリが彼に兄弟の存在を語っていたのならどうだろう。彼はルリから兄弟の話など聞いていないと言っていたが、もしそれが嘘で本当は事細かく詳細に語っていたとしたら。もしそれが本当の妹で、彼女が悪の娘の原書について詳しい人間なら。考えだしたら止まらない。
「あなたにとって悪ノ娘は『童話』で、原書が存在していると言いたいのですか?」
「ご存知ありませんか?知らないはずないでしょう。これは元々欧州の作品ですし、書かれたのは確か・・・・」
 そこまで言いかけて私は口をつぐむ。ここは見る限り欧州の国だということは何となくわかる。フランダースの犬のように、日本で人気が出ても現地ではそこまで有名だとは言えないのかもしれない。彼は見た目からして、アジア系の人間、それとも移り住んできた東洋人か、まあそんなところだろう。もし日本住みが短かったのなら、知らなくても不思議ではない。
「出鱈目を仰っているわけではないんですよね?」
「出鱈目?どうしてそんなこと言わなきゃいけないんですか」
 彼の真意が読めない。それに先ほどから心なしか肩が震えているような気がする。何をそんなに焦る必要があるのだろうか。
「・・・・俺にとって悪ノ娘はライトノベルです。元々はボーカロイド、鏡音リンの楽曲が元ですが。悪ノ娘が書かれたのは6年前です」
「6年・・・え、待ってください。ライトノベルってあなたにとっては軽い読み物って意味ですよね?その、鏡音リンって方の歌がモデルだったんですか?でも名前からして日本人・・・・・・」
 その瞬間、彼は頭を抱えてうなだれしまった。垂れた前髪のせいでその表情を知ることはできない。彼は小声で何事かを呟いていたが、再び顔を上げてこちらを見た。
「本当に知らない」
「はい」
「知らないんですね?」
「ええ」
「そもそも『悪ノ娘』が何であるか、ルリさんと話したことはありません。そこに認識の違いがあったなら、あるいは・・・・」
 何となく、心のどこか奥底で分かっていたことなのかもしれない。ここは私の知っている欧州ではないこと、そもそも私の知っている世界ではないこと。考えて見ればおかしなことだった。私は彼以外の、例えば船着き場の男とも言葉を交わすことができた。私は何の疑問も持たずに彼と言葉を交わしていたが、自分の使っている言語形態について正しく理解することはできていなかったのだ。それなのに、相手の言っていることも、その意味するところも、自分の発する言葉も理解することができていた。これはどういう状況なのか。考える暇など無かったし、その必要性も感じていなかったが、今思えば不自然極まりないことだった。
「・・・・では、もう1つお聞きしても?」
「はい」
「あなたはどうやってここへ来たのですか?」
「来たいと思ったから来たんです。他に説明のしようがありません」
 これでは答えになっていないことなど分かっている。それでも我ながら見え透いた言い訳以外に何も出てこなかった。この場合、何と答えるのが最も適切なのだろうか。歩道橋から誤って落下したらそこは海の上で、偶然漁師の老人に救われてここへ来たと。そんな突拍子もない話をどう信じろというのだろう。それこそ、私がルリの妹だと信じろというよりも難しいことかもしれない。
 私の焦りを知ってか知らないでか、彼が小さく『やっぱり・・・』と呟く声が聞こえた。私に聞かせようと発したものではないと、事情の分からぬ私でも流石に察することができた。その言葉の意図するところも、顔の皮1枚下で巡らされている思考も、今の私には予想が付かない。
「最後の質問です。あなたはこの書籍の登場人物を・・・救いたいと思ったことは?」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味です。救いたいと考えたことはあるのですか」
 救いたいか。幼い頃、そんなことを考えたこともあったのかもしれない。何も悪くないはずの弟を可哀想に思って泣いたこともあるし、1人残された姉に同情したこともあった。あるいは、双子の未来を奪った大人たちに強い憤りを感じたこともあっただろう。だが、それもずっと昔の話。物語の登場人物を、所詮私たちが救えるはずもないのだ。
「・・・・昔は、昔はそう思っていたこともありました。でも、所詮物語は物語。私たちが物語の人物なんて、救えるはずがありませんから」
「そうですか・・・」
 どこか諦めの混じったような言葉だった。彼が私の返答をどう解釈したのかは知らない。けれど、彼の表情にはもう敵意といった類のものは見つけられなかった。安堵したように、失望したように。私は落ち着かない気持ちを吐き出すように、1つの記憶を口にした。何の根拠もない、あやふやな思い出を。
「・・・・よく覚えていないのですが、昔、助けたいと思った友人がいたんです」
「友人・・・ですか」
「はい。綺麗な金色の髪の女の子でした。それがいつ、どこでの話か覚えていないのですが。5、6歳くらいの子で・・・・名前はよく覚えていないんです。でも、あの子は私に言ったんです。もう一度、必ず会おうって」
 頭の奥の深い霧の中、細い糸を手繰り寄せるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。夕日を反射した穢れのない金の瞳。あどけなく笑う真綿のような、あの少女。そうだ、あの子は私をこう呼んだ。全部救って、全部幸せにしてみせて。そんな奇跡のような魔法のような言葉。
「・・・・・魔法使いのお姉ちゃん」
「今、なんて・・・」
 彼の言葉で私は我に返る。考えていたことが思わず言葉に出ていたようだ。私は慌てて繕いの言葉を述べる。
「いえ、違うんです。姉が変なことばかり言っていて、その、全部ひっくるめて幸せにできる奇跡みたいな魔法を使ってみたいって。だから、お姉ちゃんは魔法使いにでもなればいいって・・・・からかって呼んでいたのを、思い出したんです。だから・・・」
「は、ははは・・・なんだ・・・」
 私の言い訳を遮って、彼が渇いた笑い声を上げる。カラカラの声は笑っているようにも、泣いているようにも聞こえた。ひとしきり笑った後、目元を拭って私を見た。先ほどまでの張りつめた表情はそこにはなく、頬は僅かに緩んでいるような気がした。何かが抜け落ちたような、憑りついていたものが剥がれ落ちたような、そんな印象さえ受ける。
「わかりました・・・・もう、わかりました。あなたはルリさんの妹です。もうそれでいい」
「は、はあ・・・」
 言葉尻を捕まえるのなら、自暴自棄とも取れるような事を告げて、彼は立ち上がる。紅茶のポットのことは眼中にないようで、そのまますたすたと戸口へと歩いて行く。私も慌ててそれを追った。
「あなたに託したい物があります。それから、あなたに会わせたい子たちも」
 その柔和な表情に、私は一瞬だけ後悔の念を抱いた。彼を騙したことに、それから私にそっくりなルリという人に対して、ただ罪悪感だけが燻ぶっていた。一瞬だけ、部屋の中を明るく照らし出し、太陽は完全に沈みきった。もうじき夜がくる。

1年前 No.1147

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

召使さんの反応の真相は >>959 にて

1年前 No.1148

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第7話 「さる芝居」

 静まり返った廊下を2人分の足音だけが響く。不規則でバラバラな音が只。壁には切り取られた夜空がずらりと並び、暗がりに薄ら明かりを灯していた。そのわずかな光が木製の床に藍色の影を作っている。夜の冷気がこちら側まで染み出してきているようだった。少し前を行く黒いローブの青年は歩みを止めることなく、かといってこちらとの距離を離し過ぎることなく歩き続けていた。
 視界の隅に空を捉える。墨汁をぶちまけたような黒に、砂粒のような光がちらちらと照り映えていた。こんなにくっきりと星を見ることができるのは、もしかすると初めてかもしれない。はるか遠く水平線まで空を遮る物など何もなかった。私がいつも見て来たような、電線に遮られた四角の空とはわけがちがう。呆気に取られて眺めていると、通路の端からこちらを呼ぶ声が飛んだ。
「何をしているんですか」
「ああ、すみません」
 卑屈そうな笑みを作って彼に向けるが、どうやら咎める意味合いは持っていなかったようだ。単純な疑問詞のようだった。
「なんでもありませんよ」
「そうですか。こちらとしても貴方を完全に信用したわけではないので、妙な真似だけは止めてくださいね」
 牽制というよりもお願いと言った方が正しいのかもしれない。その口振りから、おそらく失望させないでくれとでも言いたいのだろうか。何がそうさせたのかは分からないが、彼の中で私がルリの妹だと賭けさせる何かがあったのだろう。
「わかっていますよ」
 彼からの信用を失うということは、つまりこの世界での生きる伝手を失くすと同義。
縋るようで申し訳ないが、それでもここで立ち往生する羽目にだけはなりたくない。それは本心だ。
 突き当りのドアがわずかに開いていた。微かに明かりが漏れている。近づいてみると数人・・・いや2人。誰かの話し声が聞こえる。ここからでは何を言っているのは聞き取れないが、この教会の人間だろうか。彼は几帳面にもドアを閉め直してから、3回軽くノックをする。ややあって女性の声がそれに答えた。姿は見えずとも若い娘のそれだと分かる、鈴を震わすような澄んだ声だ。
「入るぞ」
「入っても良いって言ったでしょ。さっさと来なさいな」
 彼は私の方をちらりと見やり、流れるような動作でドアを開いた。そのまま何の躊躇もなくツカツカと中へ踏み込んでいく。私は開いた扉の影から中を伺うことにした。ぼんやりとした薄橙の光が部屋を照らしている。光源は長テーブルの上に置かれたカンテラ。そこを中心に仄かな光の輪が広がっている。私はそっと部屋の中へと一歩踏み出した。光の線に踏み込まないよう、用心深くその輪郭線の外側に立つ。まず目に付いたのは大量に積まれた本だった。古びた長テーブルの上にこれでもかというほど積み重なっているのだ。その影に埋もれるようにして、金髪頭がヒョイヒョイと動いているのが見えた。
「何かご用?こっちは忙しいんだけど」
 声の主は例の金髪頭だ。どうやらこちら側にさして興味はないらしい。見る限りここは書庫だろうか。部屋の壁が見えないほどぎっしりと本棚で埋め尽くされている。そう狭い部屋ではないだろうに、大量の本のためにかなり窮屈に思える。
「君たちに会わせたい人がいる」
「私たちに?レン、客だってさ」
「え、何?なんか言った?」
 女性の声に、メシよりもやや高い声の青年が応える。あの本の影にもう1人いるのか。返事をし終わるかしないかの内に1人の少女が姿を表した。小動物のような印象を受ける小柄な娘だ。遠目から見ても質の良さそうな金髪を肩よりもやや上で切りそろえている。小さな顎と赤みの差した白磁の肌。おそらく彼女を100名に見せて評価を問うても、90名は可愛らしい娘だと答えるだろう。残りの10名は処刑台行き決定だ。「ん、誰?」
「この人」
トルコ石を思わせる瞳がクルクルと動き、メシさんを捉え、それから私に移る。私は出来るだけ人好きしそうな笑顔を浮かべ、彼女に向かってペコンと頭を下げてみせる。彼女もつられてお辞儀を返してくれた。その様子に意図せず笑みが零れ落ちる。光の線の内側へ一歩、大きく足を踏み出した。
「初めまして」
「・・・・え、なんで・・・・」
 彼女の瞳が大きく見開かれた。明かり元で顔をはっきり見たためだろう。初めて顔を合わせた時のメシさんの反応と似ている。このままでは誤解されかねないので(というよりも、既に誤解されているわけだが)、早急に否定の旨を伝えることにする。
「ルリをご存知なんですね。私はルリの双子の妹で、湯野千鶴といいます」
 そう告げて再び頭を下げる。相手はさらに混乱した様子で、私の名乗った名前を繰り返し呟いていた。イントネーションがかなり違うため、やはり異世界でも日本式の名前は言いにくいのだなと場違いなことを考えてしまう。
「呼びにくければユノで構いませんよ」
「えっと・・・ユノ?」
「はい」
 ふと彼女のすぐそばから、こちらを伺う目があることに気づいた。少女とそっくりなターコイズブルーの瞳だ。少女よりもやや切れ長気味なのが特徴的。目が合うと、相手はきまりが悪そうにパチリと瞬きを返す。
「ルリさんの妹さん?」
「そうです。初めまして」
 出て来たのは彼女とよく似た青年だった。若い娘が男と似ているなどと言われては少々心外かもしれないが、彼の場合なら違うだろう。一目で男性だと分かるのにも関わらずその体躯は線が細く、スッと通った顎のラインも男性特有の角張った印象を与えない。寝癖の付いた金髪を無造作に括っている。背は少女よりも少し高いくらいか。
「妹さんですか・・・見れば見るほど、そっくりですね」
「よく言われます」
 いい加減寒くなってきたので、扉をきっちりと閉めて彼らに向き直る。察するにこの2人は双子の兄妹か、姉弟といったところか。先ほどの少女の反応からいって、おそらく少女の方が姉なのだろう。2人とも揃いの修道服を着ている。シスターの服装のイメージとはやや違うが、聖職者であることは一目で理解できた。
 彼らが友好的な反応を示してくれたことに安堵し、ゆっくりとテーブルへと近づいて行く。どこまでが近づいてはならない領域なのか、顔色を伺いながら探るようにゆっくりと。その笑顔は崩さないままで。
「おかけになりますか?」
 そう尋ねながらも青年は既に木製の椅子を運ぼうとしていた。少女の方は二つ分の椅子をズルズルと引きずって来ている。おそらく先ほどまで彼らが座っていた椅子なのだろう。傷だらけで随分と古いようだが、所々修復したような跡が見て取れる。もしかすると、彼らのお気に入りの椅子なのかもしれない。
「わざわざすみません。それではお言葉に甘えて」
 私は彼から椅子を受けとり、素直に座ることにした。相手の厚意をわざに断ることはない。メシさんもどこからか椅子を引っ張り出してきて、テーブルの近くに座っている。そういえば、先程から一言も言葉を発していないような気がする。どうかしたのだろうか。
「お忙しい所、申し訳ありません。あの、何か仕事をされていたのでしょう?」
 少女に話しかけると、彼女は深い溜息をつく。それから疲れたような声で寄贈品の整理だと教えてくれた。なんでも修道院にはあちらこちらから寄贈品の書籍が贈られてくるのだという。それはそれで有り難いのだが、整理するこちらも大変なのだと肩を落とした。先日とある豪商から一度に本が送り付けられてきたために、彼らはその整理に追われていたのだという。
「何も私たちが担当の日に送って来なくてもいいじゃないの」
「まあ、そう言わないで」
 青年がごく自然に少女を宥める。流石姉弟だけあって、こういう関係性は幼い頃から同じなのかもしれない。

1年前 No.1149

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

続き

「それで、ルリの妹が何か御用かしら?」
「姉のことについて教えてほしいんです」
「ああ、やっぱりね・・・・」
 少女の顔に影が落ちる。分かっている。彼女は亡くなっているのだろう。それを実の妹、それも自分たちと同じ双子の片割れに告げるのは気が滅入ると。知っているだけにわざわざこの話をするのは、少々気が引けるものがあった。しかしそうも言っていられない。こんな世界に1人きり放り出されて、こちらはもうどうにもならない状態なのだ。
「あの子は・・・・・・・ここにはいないわ」
「そうですか・・・」
 少しの逡巡の後、少女が小さな声でポツリと答えた。少女の他に口を開こうとするものはいない。触れれば切れてしまいそうなほど張りつめた空気が部屋を支配した。自分から振っておいて何だが、こういう場の雰囲気にはやはり慣れないものがある。少女の顔をそっと覗き見ると、その瞳の青が投石を受けた水面のように揺れていることが分かった。彼女はきっと良くも悪くも優しい娘なのだろう。そういう人間を私はよく知っている。ふと置いて来てしまったあの子を思い出した。
「いきなり来てしまってすみません。私、何か分かればいいなってそう思っていただけなんです・・・・」
 俯きがちに声のトーンを落として呟く。正直言ってここまで粘る必要性も感じられないが、情報は全て知っておきたい。もしかするとルリの関係者を探し当てることで、自分の今の状況を知ることが出来るかもしれないからだ。
「・・・・これは、貴方に話すかどうか迷ったのですが」
 メシさんが静かな声で切り出す。彼は何を告げようとしているのか。黙って耳を傾ける体勢に入る。彼は暫く迷うように視線を彷徨わせた後、ローブのポケットからある物を取り出した。カンテラの光をキラリと反射させたそれは、美しい装丁の成された銀色のスプーンだった。もしこれが食事の席に出されたとしても、私には使用できる自信が無いくらいだ。
「あの、これは?」
「・・・・これは、ルリさんの持ち物でした」
「姉の?」
 彼は黙って頷く。こんな重苦しい雰囲気の中で、真面目にスプーンの話を持ち出すと言うのもおかしな話だ。双子の顔を伺い見るも、彼らもメシさんと同じように神妙な顔をしてスプーンを見つめていた。どうやら冗談の類ではないらしい。
「・・・・貴方のお姉さん、ルリさんがここに悪魔を封じ込めたのです」
「あ、悪魔ですか?」
 どういうことだろう。話が読めて来ない。悪魔とは何なのか。何かの比喩なのだろうか。
「お姉さんのことを魔法使いと仰いましたね」
「ええ」
「それ、本当なんですよ」
「・・・・はい?」
 思わず間抜けな声が出てしまう。ルリという娘が本物の魔法使いだったというのか。双子は未だ押し黙ったままだ。彼は私の様子を見て、少しだけ表情を和らげる。堅い表情の時には20歳そこらだと思っていたが、まだ16歳にも達していないように見えた。笑うと印象の変わる人だ。
「彼女はそのままの意味で魔導士でした。俺も同じです。俺も貴方や貴方のお姉さんと同じように、外の世界から来たんです。この双子たちを助けるために」
「この子たちを・・・ですか?」
「ええ」
 この子たちを初めて見た時、何となく見覚えがあるような気がしていた。初めてあった様な印象を受けなかったのだ。更に言うと最初に青年の声を聴いたとき、すぐさま姉弟の物だと感じていたのだ。私は彼らが双子であるということなど知らないというのに。
「貴方も知っておいででしょう。ルシフェニアの王女リリアンヌ。そしてその双子の弟のアレン・・・いえ、アレクシル王子。彼らの死の運命を変えるために、俺やルリさんは外から来たんです。この、本の世界に」
「本・・・・ここが、ですか」
「そうです」
 彼は躊躇なくはっきりと言い切る。その自信に気圧されたのか、私は何も言えなくなってしまう。本の中、悪ノ娘の本の世界。ここは魔法や呪い、悪魔の実在する幻想の世界。心の中で新たな事実を反芻するも、中々飲み込むことはできない。当たり前だ。しかし、不思議とそのことに対する反発心は湧いてこなかった。むしろ、ああそうなんだなという納得の方が強かった。それは紛れもない事実として私の中に染み込んでいくようだった。私もルリの妹を演じるうちに、この世界に順応してしまったのかもしれない。
「貴方が悪ノ娘を童話だと言った時、心底驚きましたよ。この物語が童話になってしまうほど、年月が経ってしまったのかと。しかし、貴方は悪ノ娘を欧州で書かれたと言った。この誤差は何なんでしょうね」
「悪ノ娘は童話です!それは確かです」
「なるほど・・・・」
 彼は暫く考え込むような素振りを見せたが、『世界線の違いでしょうね』と呟いてこちらに向き直った。どうやら自分なりに決着を着けたようだ。
「この話は置いておきますが、お姉さんについて知りたいのですね」
「はい」
 メシさんは私の眼前に先ほどのスプーンを突きつける。何となく触れてみると、金属特融とひんやりとした冷たさが指先に伝わる。特に何の変哲もないスプーンだ。
「問題ありませんか?」
「ええ、特には・・・あれ、悪魔がどうのって言っていましたけど、本当に悪魔が」
「嘘ではありません。彼女はこのスプーンに悪魔を封じた後、失踪しました。このスプーン、実は彼女の師匠であるエルルカに手渡すはずだったんです」
「エルルカ?魔導士の?」
「ええ」
 これには驚いた。エルルカ=クロックワーカー、童話にも少し登場した悠久の魔女。あの大魔導士との伝手を持っていたのか。これは中々の収穫かもしれない。妖艶な雰囲気を纏ったあの魔女がルリの師匠。この世界が本の世界だということよりも、こっちの方が信じられない思いでいた。だが私は1つの希望を見出していた。このスプーンを手土産にエルルカと接触できれば、私は元の世界へ戻ることができるかもしれない、と。
「私、姉さんの代わりにこれを届けに行きます!」
 身を乗り出すようにして、彼からスプーンを奪い取る。予測していなかった行動に、彼は戸惑うばかりのようだ。私はスプーンを両の手で包み込むように、強く握りしめた。さもそれが何にも代えがたい大切な品かのように。悲し気に見えるよう、俯いたまま数歩彼から遠ざかる。これでもう私の表情は見えない。本当は奪い返されないための予防線なのだが、これが知られれば彼らはどう思うだろうか。
「姉の唯一の手掛かりなんです。それにこれは姉さんの仕事だったのでしょ?だったら妹の私がやり遂げなきゃいけないと思うんです!私に届けさせてください!お願いします!」
 相手に口を挟む隙を与えないように、用意したばかりの台詞を一息で言い切る。そして間髪入れずに勢いよく頭を下げた。若干声が震えたのは涙を堪えていたからじゃない。息が上がっていただけだ。
「教えてください。エルルカは今どこにいますか・・・・」
 誰も、何も答えない。沈黙に耐えかねて顔を上げると、メシさんと目が合った。何となく気まずくなって微妙な笑みを返す。
「エルルカならフリージス邸にいると思いますよ」
「フリージス・・・・ああ、『裕福な商人』でしたっけ?」
 童話の中の名称を使って答えると、彼は鷹揚に頷いた。
「ここからハーク海を渡り、北へ行くとマーロンという島国があります。彼はそこに住まう豪商なのです。エルルカはそこにいると思います・・・ただ」
「はい」
 再び彼は黙ってしまう。双子たちさえも私から目を逸らす。何だ、このじれったい空気は。どうやら彼らは私とエルルカを会わせたくないらしい。そしてそれが意地悪だとかそういう問題で無いことくらい私にもわかる。
「あの。エルルカに何かあったんですか?」
 考え得る可能性は、彼女に何かが起きている。それくらいしか思いつけない。メシさんはいくらか逡巡した後、静かに口を開いた。
「彼女は今、まともな状態ではないので・・・・うかつに近寄らない方がいいと思います。フリージス邸には彼女の弟子のグーミリアがいると思います。グーミリアもルリさんを知っていると思うので、あなたの力になってくれると思います。緑髪の娘なのですが・・・・そのスプーンは彼女に手渡した方が安全ですね。俺から言えるのはこれくらいです」
「そうですか・・・・協力感謝します」
 私はそう告げて頭を下げる。今回ばかりはきちんと感謝の意を込めて。大博打の舞台は終わり。次はマーロン、フリージス邸。新しい情報を頭の中に叩きこむ。エルルカは気でも触れているのだろう。それなら探すべきはグーミリア。頼るように私は手の中のスプーンを握りしめる。手汗のせいなのか、先程よりも暖かいような気がした。
「もう遅いし、今夜は泊まって行きなさいよ」
 少女が明かりの火を小さくする。蝋の残りが少なくなったのだろう。潮が引いて行くように、私の足元から光が消えた。

1年前 No.1150

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

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1年前 No.1151

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

蛇足かもしれませんが、リンの頭の雪を払ったのも、その後会話しているのもアレンくんです。
わかりにくかったらすみません。

1年前 No.1152

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第9話 「道すがら道しるべ」

 冷たく湿った石畳を踏みしめる。しっかりと地に足を着けて歩かなければ、すっころんでしまいそうだ。じっとりした空気が髪に、肌に、染み込んでくるようで鬱陶しい。ここはいつもこんな気候なのだろうか。雨の匂いが鼻につく。血の比喩表現ではないが、鉄さびのような独特の甘だるい匂いが周囲に漂っていた。頭上に重く圧し掛かる厚ぼったい空は、今にもぱっくりと口を開いて雨水を垂れ流しそうだ。
降りそうで降らない雨雲ほど面倒なものはないと思う。そんなに何が気に入らないのか知らないが、そんなに降りたいのなら、土砂降りでも何でもさっさと降ってしまえばいい。でも私が濡れるのは嫌だから、出来れば私のいないところで降って欲しい。なんてご都合主義で利己主義だけど、きっと皆そんなことを考えているに違いない。
空なんて誰も見やしない。当たり前だ。いつも、いつもこんな薄気味悪い空模様なら、わざわざ空を見て『今日も曇ってるな』なんて阿保なことは言わない。私だってそうだ。それらの事情を考慮した上でも、やはり俯いたまま歩いていく人々は陰気に映る。
私が乗って来た商船はもう遥か遠く。あれはルシフェニアの貿易船だった。何食わぬ顔で紛れ込み、拾ってきたデッキブラシで掃除をしたり、乗組員に挨拶をしたりしていれば以外とばれないものだ。そのうち、まだ若いのに大変だな、などと言われるようにもなった。
東洋人の女はかなり目立つようだったが、そんなことよりも乗組員たちは先の沈没事件の方に気を取られているようだった。この船は大丈夫か、いいやどんなに丈夫な船だって『あんなもの』に狙われちゃ堪ったもんじゃねえ・・・・そんな会話ばかりが聞こえて来ていたのを覚えている。『あんなもの』が何を指す言葉なのかは知らないが、私にとっては好都合だった。
フリージス邸の場所は船の中で何となしに聞いておいた。船は首都バリティ付近の港に停泊するようだったので、迷う心配は特にしていなかった。屋敷はバリティでも有名な時計塔の近く、そう聞いていたから。雨降る街、島国、時計塔、そう聞けば自ずと浮かんでくるのはかの英国。この目で直接見たことはなかったが、ビックベンと言えば一目ですぐに分かる。そんな大層な目印があるのなら、迷う心配はまずない。
 港を抜け市街地に足を踏み入れた途端、辺りの雰囲気が変わった。牧歌的だが活気のあるルシフェニアとは違い、田畑どころか土埃さえ見当たらない。赤茶けたレンガ造りの建物が立ち並び、その間を縫うようにガス灯の明かりが滲んでいた。
時計塔の発見にさほど苦労はしなかった。霞の中にぼんやりと浮かび上がるそれは、おそらくこの街のどこからでも眺めることができるだろう。低く垂れこめる雲も相まって、天を貫こうとしているようだ。大きさこそ違うが、それはエルドの森の千年樹を彷彿とさせる。我関さずと足元の町並みを見下ろし、時折思い出したように鐘を鳴らす。周囲がいくら変わろうと、ただ1つ不変の心象だ。
ここから歩こうと思えば、かなりの距離がある。一体どうしたものか。とりあえず時計塔の見える方向に向かって歩くことにしよう。道路は未だに整備されていないらしく、石の割れ目が足に引っかかって歩きづらい。日頃使っている道路をふと思い出す。今ならあのなだらかで美しいコンクリートが、どれほどの技術と苦労の元にあるのか身にして理解できる。
履きなれない借り物の革靴、動くたびに足に纏わりつくスカート、だぶだぶの上着、どれを取っても今の服装は長距離の徒歩には向かない。ただ これがこの世界での普通の服装なのだから仕方ない。わざわざ貸してもらったのに、不満を抱くのは筋違いというものだ。当然、元々着ていた服では悪目立ちするわけで、それに濡れたままで良いはずがなかった。
 ガタガタと通り過ぎて行く馬車を、恨めしそうに眺めながらひたすら歩き続ける。金も伝手もない私が、馬車なんて当然手配できるわけもない。スプーンを届けると言い出したことをほんの少しだけ後悔した。


*    *    *    *    *    *    *

 ようやく時計塔付近に到着できたころ。待っていましたと言わんばかりに、時計の鐘が鳴り響いた。ゴーンゴーンというお馴染みの重低音ではなく、無遠慮に金属を打ち鳴らすような軽い音だ。
それはもう不変の景色ではなかった。よく考えればわかることなのだが、時計塔は建物の一部に過ぎない。あれは教会だろう。配給でも待っているのか、門の辺りに長蛇の列ができている。それは実に失望というほどのものではないが、この時計塔に対する期待は失せていった。
それよりもフリージス邸を探さなければならない。辺りを見回してそれらしいものを探す。教会に融資するほどの豪商なら、屋敷もそれ相応のものだろう。とはいえ、どこもかしこもレンガ造りの立派な建物ばかり。全部同じように見えて仕方がない。
「はあ・・・どこだよ、フリージス邸・・・」
体力はまだ大丈夫だろうが、靴擦れのせいで上手く歩けない。これ以上長距離を歩くのは無理かもしれない。仮に歩くことができたとしても、私自身やる気が起きない。思わず座り込んでしまいそうになるも、慌てて思いとどまる。こんな長いスカートで座れるわけがない。それに仮にも女性が道端、それも英国の道端で座り込んで良いはずがない。
 軽く失望しかけたその時、時計塔の後方から轟音が上がった。思わず肩も跳ね上がる。一度ではない。2度、3度続けて聞こえてくる。地鳴りだろうか。周囲の人間も驚いているようだが、誰もその場からは動こうとしない。まるで地面に縫い付けられているかのように、微動だにしないのだ。
 ここから動かなければ。私はふらりと歩き出す。小指が擦れて痛んだがそれでも構わず歩く。時計塔をぐるりと回り込むと、裏手に屋敷が見えた。他の建物とは趣が違う。少なくとも、こんなに厳重な門は他には見られなかった。こんなに近くにあったとは、思わず拍子抜けしてしまう。そんな心情を無視するように4度目の轟音が響く。
 見ると屋敷の近くにうっそうと茂る木々が見えた。そこだけ何故か明るく照り映え、森の真上に別な太陽があるようにさえ思える。それほどこの空間は異質だった。音と同時に緑が騒めく。葉の擦れる音に混じって誰かの叫ぶ声が聞こえた。こんな時で場違いだろうが、頭の中では「森の熊さん」が流れ始めていた。花咲く森の道で熊さんに出会うわけにはいかないが、見に行かないわけにもいくまい。
 森の中に踏み入ると、ふいに街の喧騒が止んだ。そこだけがしんと涼やかで肌に纏わりつく湿気は感じなくなっていた。再び轟音が響く。この森の奥だ。生い茂る木々が行く手を阻む。ズルズルと足を滑らせながら、木の合間を縫って進んだ。街の中を歩くよりもずっと堪えたが、不思議と歩みを止める気にはならなかった。途中で邪魔に思い、靴もソックスも脱ぎ捨てた。羽織っていた上着も放り投げ、ビラビラする袖口とスカートの裾はビリビリに破いてしまった。現代とは比べ物にならない脆い生地は、非力な私でも簡単に裂くことができた。
 私はひらすら走った。その声の主を知っていたわけではない。ましてや助けたいなどと思ったわけではない。ただ行かなければならないような気がした。この森の奥へ行けば、何かが分かるような気がしてならなかった。本能的に、感情的に、豆だらけの足が止まることなどない。木の幹を蹴り、土草を掴み、ボロボロになるまで走り続けた。
 気づくと、開けた場所に出ていた。不自然な広さだ。冗談ではなく、木々が恐れおののいて場所を開けたように思った。そこだけ妙に明るい。自然光でも人工の明かりでもなく、造り物の太陽を誂えたように眩しかった。思わず顔を伏せた時、再び女性の悲鳴が耳を劈く。目の前には巨大な熊。これはもう熊なんかじゃない。普通の熊の倍以上ある。私は博物館で見た剥製の熊を思い出す。あれは怖かったけれど、目の前の熊は怖いという範疇には収まらなかった。
『熊は人間の身体なんて、バリバリ引き裂いてしまうからね・・・』
 ガイドさんの声が遠くに聞こえた気がした。熊と私の距離、たぶん1メートルもない。このままだとあの爪で引き裂かれて確実に・・・ああ、痛いだろうなあ、なんでこんなことしたんだろう。野生にでも還ろうとしたのかな。私、都会育ちだから、そんなわけないだろうけど。でもご先祖さんはどうだったのかな。もしかして、今の一瞬のうちに先祖返りしたのかな。自分にこんな瞬発力があったのかと驚くレベルの速さで走ったような気がするよ。でもどの道このまま終わりだろうな。もしこれが小説なら、読者は置いてけぼりな最終回だろうな。ごめん、でも主人公は熊を殴れるほど強くないんだ。
 この間、約0.2秒。
「うおらあああ!!!」
 私の視界から巨大熊が吹き飛んだ。呆気に取られる私の傍に、1人の女性が光を受けて立っていた。その手には銀に輝く剣。短髪を振り乱して彼女は叫ぶ。
「死にたくなきゃ、とっとと失せな!」


一回目に叫んだのは悲鳴ではないです(グーミリアかジェルメイヌ)
2回目の悲鳴はたぶんユキナちゃん
ルリ「(聞こえますか、ユノよ。今あなたの頭に直接語りかけています。森へ行くのです。いいですね、森へ行くのです)」
ユノ「こいつ・・・直接脳内に・・・!」

1年前 No.1153

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第10話「毒を食らわば皿まで」

 女戦士は私を顧みることはせず、その場から飛び立った。比喩ではない。本当に鳥の如き俊敏さで飛び上がったのだ。そのままの勢いで熊を次々とめった刺しにしていく。一頭の顔面に剣先を突き立てたと思えば、もはや用無しだと言わんばかりに蹴りつける。倒れ伏すそれには目もくれず、更に次の獲物目がけて剣を振り下ろした。目にも止まらぬ早業であったはずなのに、その一瞬がフィルムのように目に焼き付かれる。
 吹き出す鮮血が彼女を染め上げる。赤い鎧と相まって身体全体が真っ赤に見えた。私はその様を唯々立ち尽くし、ポカンと口を開けて眺めていた。テレビなどで見る偽物の血ではない。生々しく脈打ち、躍動する生命の飛沫そのものだ。
「全く、聞いてないわよ。部外者が入り込むなんて」
 熊を掃討し尽くし、彼女は剣サッと一振りして血を払った。腕も脚も血に塗れていたが、彼女がそれを気にしている様子はない。鬱陶しそうに瞼の血を拭っているだけだ。部外者とは明らかに私のこと指しているのだろうが、その言葉の切っ先はこちらに向けられたものではない。
「結界を、張ったはずだが」
「知らないわよ」
 応えたのは緑髪の娘。魔法使いを連想させるようなローブを着こみ、張りつめた表情をしている。視線を彷徨わせてから、射抜くような視線を私に向けた。
「・・・・お前」
「お邪魔でしたか・・・・?」
 よく分からないがとりあえず笑っておこう。途端、娘の目が大きく見開かれる。困惑、衝撃、疑心。それら全ての感情を集約させたような目だ。こんな目を前にも見たことがある。メシと初めて会った時、彼も同じような視線を私に向けたのだ。
「どうして・・・お前が」
 娘が二の句を継ごうとした瞬間、目の前が白く明転する。全ての物体が黒々とした輪郭線を描き、痛いほど瞼の裏にその光を焼き付けた。間髪入れず、腹の底まで根こそぎ掻っ攫っていくような轟音が鼓膜を震わす。足元からせり上がる震えは衝撃となり、容赦なく身体を跳ね飛ばした。自分でも驚くほど軽く呆気ないものだ。何が起きているのか把握する間もなく、私は木々の中へと滑り落ちて行く。
 痛みはなかった。身体の状態など意中にはなかった。唯々襲い掛かる轟音に耐えかねて、耳を塞いで小さくなるだけだ。僅かに目を開くと空に亀裂が走るのが見えた。空はガラスのように脆く、幾筋にもひび割れていく。
「よく貴方がこんなところに顔を出せたわねぇ」
 耳に粘りつくような声。指先の神経まで凍り付くような声。震える空に小さな人影が浮き上がっている。一目で女のものだと分かるそれは、紙人形のようにひらりひらりと宙に翻った。
「誰・・・」
「相変わらず間抜け面。貴方の頭には何が詰まっているの?綿、藁、鉄屑?もしかして何も入っていないのかしら?」
 何が可笑しいのかクスクスと含み笑いを続けている。この距離ではその顔を見ることはできないが、そこまで言うならどれほど利発な御顔をしていらっしゃることか、この目でぜひとも拝ませて欲しいものだ。そこまで威勢の良い発言は出来ず、また出来たところで彼女に届くとも分からないので、只黙って睨みつけるに留まった。
「ルリ!逃げろ!」
 鋭い声が飛ぶ。身体を引きかけた時、生木を引き裂くような音と焦げた臭いが鼻を衝く。見ると足もとが黒く焦げ付いていた。少しでもずれていれば一たまりもなかったろう。じわじわと沸き起こる恐怖心を抑え、私は女を見上げた。
 私の視線に気づいてか否か、女はカラカラと金属を転がすような笑い声を立てた。それは決して可笑しみを含んだものではなく、明らかに冷たい侮蔑を刻んだ声だ。足に釘でも刺されたように動けないでいると、先程の女剣士が庇うように私の前へ出た。
「誰かと思えば、魔法使いの嬢ちゃんじゃない。ペラペラの紙装甲は大人しく下がって・・・」
 ―――パシ!その言葉を遮られ、赤の剣士は真横に吹き飛ばされた。正面ががら空きになった私に容赦なく閃光が襲い掛かる。咄嗟に横に飛び、そのままの反動でごろごろと転がっていく。彼女を吹き飛ばしたのも、この鋭い雷鳴も全てあの女の仕業だ。半身を起こして見上げると、女は片手を上げて狙いを定めているようだった。
 早く何とかしないと。緑髪の娘も何やら対抗しようとしているようだったが、肩で荒く息をしている。全身ボロボロだ。吹き飛ばされた女騎士が気にかかったが、彼女はふらふらになりながらも立ち上がろうとしている。しかし、どちらにせよ戦局が劣勢であることに変わりない。
「いつまで逃げるつもりなの?」
 なおも降り注ぐ閃光を這いずるように避けながら、逃げ道を探す。せり出した木々は逃げるものを押し返すように生い茂っている。ここはまるで闘技場だ。生憎どこへも逃げ込めない。
 おそらくあの魔女は私をルリと勘違いしている。先ほどの緑髪の娘の発言ではっきりした。彼女も、そして女騎士もまた私をルリだと認識しているのだろう。私は苦虫を噛み潰すような思いでグルグルと走り続けた。ルリと似ていることを利用した罰なのかもしれない。そうとしか思えない。
女は鈴の転がるような笑い声を立てながら、何度も鋭い閃光を放つ。当たればどうなるかなんて焼け焦げた木々や地面を見れば分かる。転がるように這いずるように私は無様に逃げ回り続けた。恐怖と焦りで額からは大粒の汗が転がり落ちる。肺が酸素を受け付けない。緑髪の娘や女剣士はどうしているのか。今の私に周りを見るなどという余裕は皆無だった。
「誰がコマドリ殺したの〜?」
上空から降り注ぐそれは天使の放つ制裁の矢のようにも思えた。絶対的優位に立ち、自らの望みを思うままに振るう天使。正統性など主張してもここでは無意味。彼女の思考がこの場の全てを制するからだ。それが例えどれほど狂ったものであろうと、地上の虫けらに決定権など与えられない。
「・・・あっ!」
 視点が一気に反転する。転んだのか。躓いたのか。間を置かずに私は全身を地面に鬱付けられていた。当然受け身など取れず反応もできない。ポケットから何かが飛び出す。閃光の火を受けて輝くそれは銀のスプーン。ずり向けた膝の痛みを気にする余裕もなく、私はすぐさまスプーンに手を伸ばす。
「それは私が殺したの!私のこの矢で!」
 真上から降り注ぐ、タガの外れた狂喜の声。手元に落ちる影が揺れた。見上げる間もなく目の前でフラッシュのような光が炸裂する。
「・・・・ひっ、あ、あああああっ!!」
 手の甲を錆びたカミソリで引き裂いたような痛みが走る。咄嗟に手を庇いつつ蹲った。
触れた指先でずるりと何かが動くのを感じた。早く手を退かして状態を見なければならないのに、そうすることが怖くて仕方がない。ずれる、ずれる、何かが動く。何が動いているかなんて頭じゃ分かっている。神経の末端を痺れさせ、指先は白く焼けているようだった。私の手、私の手、どうか感覚を、痛覚を遮断してくれ。そうでなけりゃ、私はもう立ち上がることすらできない。
「誰が歌う?讃美歌唄う?貴方が死ねば歌ってあげる」
 歌うように笑うように、愉悦と蔑みの言葉を吐く。視線を動かすとすぐ目の前にするりと立つ脚があった。
「死んで」
 間髪入れずに腹に鈍い痛みが走る。ごずりと骨の擦れる嫌な音。無理矢理せり上げられた苦い液が喉を焼く。彼女に私を弄る意図はない。重たいこの蹴りで痛感する。本気で私を殺すつもりなのだ、この女は。
「いい加減自覚したらどう?」
 見下ろす顔に笑みはない。凍り付くような無慈悲を貼りつけ、その目は真っ直ぐに私を射すくめた。この時、私は初めて彼女の顔を間近で見た。彼女は一瞬痛みを忘れるほどに美しかった。それだけに一層恐ろしかった。鋭利な刃物を用いて正確に象られたような瞼。それを戴く水晶のよう眼球。のたうつ蛇の如き髪が白い肌に纏わりつく。死人のように白い肌だ。
「土足で踏み込んでおいて良いご身分。分かりたくないのなら、教えてあげる。貴方はその場を荒らして上から見て泣いているふりをしているだけ。ただそれだけ。貴方はいつでも被害者で傍観者。それってズルいわ。だって、貴方は貴方を目の前にした人間が全て『加害者』でなきゃならないと思っているのでしょ」
 私も同じだと、口の端を歪めて笑う。背中の奥の奥。脊髄を冷水で浸されたような痛みが身を震わせた。耳鳴りがする。相手の言葉を受け付けたくないがための雑音。血が逆流していくような錯覚。分かりたくない。そんな言葉は聴きたくない。
「本当は全部覚えていたのでしょ」
 垂れ下がる頭を泥だらけの踵が沈める。振り払おうと思えばできたはずだ。彼女の行使するものがどれほど脅威であろうと、力は成人女性のそれと大差ない。それが出来なかったのは、それをしなかったのは、彼女を目にした時から全て諦めていたから。被害者に甘んじた。誰かの助けを乞うた。誰も助けてくれるはずがないのに。
 思えば私を害そうとする人など今までいなかった。何もしなくても好機は与えられてきた。教会の青年はどこの小娘とも知れぬ私を信用してくれた。彼は私に道標を与えてくれた。私は何も与えていない。それどころか賭けに勝ったとばかりにしたり顔だ。愚か者も甚だしい。
「可哀想なコマドリさん、せいぜい葬列でもしてもらうのね」
 そして今、罪悪感を拭うために彼女に罰せられようとしている。目の前で笑う女は私の罪を消してくれる天使などではない。ただの1人の魔導士。それだけだ。
「そんなの・・・・そんなのいらない!」
 それは一瞬だった。身を捻って態勢を崩すと、すぐさまその足を全力で引っ張る。バランスを崩した彼女から飛びのくと、手持ちの傘で思いっきりその綺麗な頬を引っ叩く。自分でも驚くほど高らかな音が響いた。
「私はコマドリじゃないから、憐れんでくれなくて結構!」

イリーナさんに蔑まれたかったわけじゃないですよ。
コマドリ云々は、マザーグースの「誰がコマドリを殺したか」という詩から。
なんか、こういう詩を使ってみたかった・・・・

1年前 No.1154

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

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1年前 No.1155

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第12話「救済者」

 吹き付ける風の中、ただ目を見張って遠くを見つめていた。トロリと青い油を張ったような海上を一艘の小舟が滑るように駆け抜けていく。白濁色の飛沫は頬を濡らす。決して乗り心地の良いとは言えない、むしろ振り落とされそうになりながら私はマストにしがみついていた。時折、海猫の鳴き声が聞こえては素早く遠ざかっていく。
「あと、あとどのくらいで到着しますか!?」
 張り上げた声は波の音に掻き消される。問いかけを繰り返そうとした時、彼がこちらを振り向かないまま答えた。
「あと10分かそこらです!」
「わかりました!」
 咆えるように応答し、海上線を睨んだ。重く垂れ込む雲を裂くように遠くで雷鳴が閃く。積乱雲。乱気流。習いたての言葉が頭の中でグルグルと回る。その現象が海にどのような影響をもたらすのか、私にははっきりとは分からない。けれど、荒れ模様の空と穏やかな海の対比は不気味さをもたらした。
 メシさんもそれを感じ取ってか、マストを握り締める腕に力が入っているような気がする。真一文字に結んだ口を食いしばり、表面化されない何かと格闘しているようにも見えた。私たちを乗せた舟は空気抵抗を物ともせずに直進していく。広大とまではいかないが、通常の商船では一日以上かかるハーク海を3時間弱で渡航できるのも風術師である彼の能力故だ。3時間ぶっ通しで術を行使し続けるのは流石に辛いのか、額に汗を滲ませている。
「あの、大丈夫ですか!?」
「大丈夫かどうかなんて問題じゃないでしょ!俺が大丈夫じゃないって言ったら、貴女は何とか出来るんですか!」
「ああ・・・それは無理です」
 確かにその通りだ。ここで私が何を言おうとメシさんを助けることにはならない。このまま彼に任せっきりにするのも気が引ける。けれどここで私が出来ることと言えば、せいぜい彼の気を散らさないように黙っていることくらいだった。
(つる姉だったら・・・・)
 つる姉なら何かできただろうか。大声で励ましの言葉を掛けるとか、舵取りの行使権を奪い取るとかするかもしれない。それはそれで相当迷惑な話だ。
メシさんの言うことが本当なら『湯野千鶴』と名乗った少女はつる姉本人で間違いない。私は1人、つる姉がルリの妹を語った理由に思考を巡らせていた。勿論、あの人には姉なんていない。生まれてこの方一人っ子だ。幼馴染である私ですら知らない兄弟姉妹と言ったら、後は隠し子ぐらいしか残されていない。こんなご時世、双子の姉妹が引き裂かれて別々に育てられるなんてあり得ない。だとしたら、考えられる可能性は。
「あの!ちょっと聞いて欲しい事が!」
「聞いてるので勝手に喋ってください!こっちは手が離せない!」
 「はい」だとか「すみません」だとか何かしら答えて、私は先ほど思いついた可能性の話をする。あくまで推測に過ぎないけれど、あの人の考えそうなことは何となく察しが付く。
「あの人、基本的に自分の事はぐらかすんです!で、妹のふりをしたのも何か理由が在ってのことで、悪戯とかそういう類のことじゃないと思うんです!」
「むしろ、悪戯だったら殴りますから!」
「え、なぐ・・・・」
「推測ってそれだけじゃないですよね!」
 捲し立てるような口調に逆らえず、それ以上は突っ込んだ質問が出来なかった。今のは一応冗談として受け取っておこう。
「ルリさんとつるね、ユノは顔がそっくりだったんですよね!?」
「化けて出たかと思いましたよ!」
 うらめしや〜と死装束を纏ったつる姉が脳裏に映る。私は頭を激しく振ってそれを打ち消した。今はふざけたことを考えている場合じゃない。
「1年前!1年前にもユノは意識不明になったことがあるんです!ただの貧血でしたけど!一週間くらい寝ていて!」
「は?貧血で?あの人貧弱すぎるだろ!」
 図星なので何も言えない。実際つる姉の体力的スペックは、言っちゃ悪いが割とザコ・・・あまり良くない。最近目に見えて衰退してきている。牛乳瓶の蓋が開けられずに、「プラスチックの分際でなめんじゃねえ!」などと叫びながら歯で開けようとしていた時には流石に止めた。いや、それはどうでもいいわけで。
「今も意識不明なんです!今度は階段で頭打って!」
「はい?頭・・・・・・・」
 最後の言葉は風に流されてよく聞こえなかった。
「でも、一昨日会いましたが?」
「現実世界では意識が無いんです!こっちに来る条件が、現実世界で死の淵に立つことなんじゃないでしょうか!」
「・・・・さん・・・・・じゃなく・・・・」
 メシさんは口を動かしたようだが、その声は波音に沈められた。読唇術が使えるわけではないので、口の動きから察せせられたのは僅かな言葉だけだった。その思考まで察することは不可能だったけれど、何となく焦っているのは分かる。おそらく、彼自身が決着を着けらなければならないと思っているのかもしれない。私をマーロンまで送り届けてくれるのも、それが理由だろう。どちらかと言えば、私はおまけで着いてくることを了承されたようなものだ。それもこれも、リンさんのおかげなのだけど。
 海の色が急に薄くなり、砂が混じりってきた。陸が近い証だ。ミニチュア模型のように思われた街並みがはっきりとした形を取って迫る。北の島国、マーロンへの上陸だ。

 猛スピードで駆け抜ける小舟など目立って仕方がないので、港からの上陸は断念された。緩やかにスピードを落としたところで岩場に飛び移る。それがメシさんの考えた上陸方法だった。一見無謀とも思えたが、彼曰くさほど難しいわけではないらしい。下手をすれば足を挫くだけでは済まされそうにないが、それは彼にとっての簡単で、私にとっての簡単ではない。まあ、それを訴えたところで無意味だと思うけど。
「うわぁあっと!」
 かなり不格好だけど、何とか上陸には成功。少し前を行くメシさんは手をひさしにして
空を睨んでいる。
「ユノさん、ルリさんと呼んでいいのか分からないので便乗上そう言いますけど、彼女はおそらくあの辺にいるかと」
 メシさんの指さす先では、雲が不自然に裂けているように見えた。船上から見た景色と同じだ。近くで見れば見るほど違和感が増していく。雷でも鳴っているのか遠くで地響きのような音が聴こえる。それにしても雷雲というのは、あんなに局地的に発生するようなものなのだろうか。それも如何にもといった風な時計塔の上で。
「よく分かりませんけど、とにかく行ってみませんか?」
「俺もそのつもりです。それしかなさそうですし」
 ここから時計塔まではかなりの距離がありそうだ。しかもここは港から大きく外れた岩場。とてもじゃないけど、歩きで間に合うような距離とは思えない。不安とも焦燥ともつかない圧迫感が喉元を押さえつける。もし、ここで足止めを食らっている間につる姉に何かあったら・・・そう考えるといても立ってもいられなかった。
「待ちなさいな」
 走りだそうとする私を制して、メシさんは上空を指さし見上げるよう促す。何事かと渋々見上げると、空の上で白い鳥が連なっているのが見えた。鳥は嫌いじゃない。むしろバードウォッチングなるものに興味がある程度には嫌いじゃない。けれど、そんな私でさえギョッとするほどの数だった。何十羽どころじゃない、何百、何千、正直言って気持ち悪い。どうして今まで気が付かなかったのか驚くほどの大群だ。私はテレビで見た、大群で龍を形作る黒鳥を思い出す。あの光景の白いバージョンだと言えば伝わるだろうか。
「な、なんですか・・・あれ」
「主が戻って来たんで、集まってきたんじゃないですかね」
 当の彼はさほど驚いていないようだ。それどころか口元に笑みさえ浮かべている。何だか嫌な予感がする。彼の人となりはよく知らないが、これは絶対何かを企んでいる顔だ。
「主・・・・?」
「こうして役立つなら捨て置けないですね、あれも」

続きます

1年前 No.1156

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後半です

「落ちる!こんなの落ちる!死ぬ!死んじゃう!」
「おや、人間の命とは割と呆気ないものですよ。ご存知ない?」
「そんなの存知あげたくないですっ!!」
 膝が馬鹿みたいに笑っている。しゃがめるならしゃがみたいけど、そんなことをすれば風に煽られて危険だと言われてしまった。出来るだけ足元を見ないようにしているけど、これは下手すれば、いや下手をしなくても突風でもくれば落下は免れない。そしたら漏れなく神様のところに召される。ここから落ちて生き残る自信は全くない。
「これが最短ルートなんですけどね」
「命も最短になりそうですけど!!」
「上手い事を言いますね」
「全然上手くないです!!」
 彼の表情からは危機感のキの字も見られない。もっとサービスするならKの発音さえないかもしれない。むしろ少し面白がっているようにも見える。けれど、足元で形をアメーバのように変える無数の紙束が信頼に値しないのは当たり前だ。私の考えはたぶん間違っていない。
 空を舞う無数の鳥だと思っていた物は、鳥の羽を生やした手紙なのだという。近くで見ると手紙以外の何物でもなかった。それがまるで命があるかのように羽ばたく様は、どこのファンタジーなのかと糾弾したくなるのには十分だった。実際目の前でみるとかなり気持ちが悪い。これはルリが師匠に連絡を寄越すために造った付け焼き刃らしいが、それにしても見ていて可哀想になってくる。それでも、あのつる姉なら造ってもおかしくはないと納得だ。たぶん空飛ぶ手紙が面白そうだから、という理由だけで鳥を捕まえてくっ付けたのだろう。
(くっ付けるってそんな簡単なことじゃないと思うけど・・・・)
 物体合成術、と聞いて某アニメの術を思い出す。これは生命の連鎖というか系譜に反する行為なのではないか。2つを合わせて1つにしたとしても、価値は2倍にはならないということを知らしめなければならない。もしルリが本当につる姉自身なら、これは倫理的に由々しき問題に違いない。見つけたら捕まえて、妹だって嘘を吐いたことも含めてみっちり絞り上げないと・・・・。
「そんなに思いつめなくても良いのでは。こいつら、俺が風で操ってるだけだし」
「そういう問題じゃないです!」
 メシさんは肩を竦めて、知り合いでも同族ではないんですねと呟いた。たぶんつる姉、というか彼にとってはルリだろうけど、それも確かじゃないけども。つる姉はとんでもない猪突猛進型だから、私がストッパー役にならないといつか何か良くないことをやらかすと思う。いや、もうやらかした後かもしれないけど。
「あれが時計塔ですね。その向こうがカラムの森・・・・おや」
 彼が指示した森から煙が上がっている。それもただの煙ではない。炎の立ち上る黒煙だ。メシさんが風で煙を払うと、森の全体像が露わになる。煙の上がっていた辺りの木々が黒く焼け焦げたり倒れたりしていたのだ。胸が悪くなるような異臭が蔓延する。
「これ暫く様子見ですかね」
 彼は誰に言うでもなく呟くと、両手を広げて何やら合図するようにパッパと指を動かした。何をしているのかと注視していると、突如ガクンと高度が下がる。私たちを支えていた鳥たちが半分ほど、いやそれ以上風の流れから次々と離脱していく。下に降りるつもりなのか。鳥が舞い上がっていく様子は実に規律正しく見ていて壮観なものだった。離脱した鳥は霧散するわけでもなく、やや離れた上空で列を成して漂っている。
 森に近づくにつれて燻ぶるような臭いが強くなる。防災訓練の鉄則を思い出し、私は慌てて両手で鼻から口を覆う。咳き込むほどのものではないが、それでも吸い込んで良い煙などあるわけがない。
 黒々とした森の一端に、パックリと裂けたように何もない空間があった。何もないわけじゃない。草木が燃やされて幹がむき出しになっているのだ。この異臭は焼け焦げた幹から漂っているものだった。
「これは一体・・・」
 声を遮って轟音が轟く。それと同時に黒く連なる幹の合間からバキバキという生木を裂く音が響いた。一拍置いて迸る鋭い閃光。森を焼いていたのはこの光だ。その惨状を見てだろう。メシさんはこれ以上の下降を躊躇しているように見えた。それでも少しずつ、鳥の数を減らして下降を試みているようだった。
「・・・・・あ、れ」
 ヒラヒラと宙を舞う人影が見える。一瞬見間違いかと思ったが、間違いなく人間の女性の姿だ。ひらりひらりと紙人形のように舞い踊りながら、風と戯れているようにも見えた。その様は一瞬天使を想起させる。しかし、それもすぐに打ち砕かれた。
 耳を劈くような絶叫が響く。声の女性のそれだが、もはや人間の悲鳴というよりも動物の咆哮のように聞こえた。体裁もへったくれもない、人間性をかなぐり捨てたような叫びだ。耳で拾い上げた音声と、頭の中の声が一致する。私の知る限りでは、つる姉がこんな叫び声を上げたことなどない。けれど、今の声は間違いない。
「メシさん!つる姉がいます!!」
「は、つる・・・・え、ユノさんですか?!」
「さっきの声間違いないです!!」
 悲鳴のように叫んだが、当の本人たちには全く届いていないようだ。幸いなことに、彼らは私たちの存在にすら気が付いていない。今なら奇襲を仕掛けることもできるかもしれない。
 期待を込めてメシさんを顧みるも、彼が降りようとする気配はない。決断しかねているのかと思ったがそうではない。その指が僅かに震えている。伏せた目から感情を汲み取ることは出来なかったけれど、これは単純に恐怖しているわけじゃない。もっと重大な、私には分かりようもない根本的な何か。もしかして、推測だけどこの人は。
(ルリさんのことでトラウマがあるの・・・?)
 ルリがユノ、つまりつる姉と同一人物であったとしても、だ。それとこれとは関係ない。彼がルリさん絡みのことで欺かれたのは事実だ。彼がユノを信用しきっていなかったとしても、彼女が宣言通りの行動をしていたとしても、それでユノの行いが帳消しになるなんてことはない。
 そもそもメシさんにはユノを助ける道理なんてないじゃないか。私が、私の都合のためにメシさんについてきただけであって、彼の行動原理なんて知ろうともしていなかった。彼に期待するのは私の勝手だが、メシさんがそれに応えなければならない必要なんてどこにもない。
(身勝手だな・・・・私は)
 我ながら無責任だと思う。私は一体何のためにここへ来た。メシさんに助けを乞うために来たわけじゃないだろう。事の成り行きを上から眺めるためじゃないだろう。
「貴方はその場を荒らして上から見て泣いているふりをしているだけ。ただそれだけ。貴方はいつでも被害者で傍観者。それってズルいわ」
 女の声が聞こえる。いつの間にかあのヒラヒラと浮かぶ姿はない。その声は私に向けられたものじゃない。それなのに、どうして私は震えている。この震えは一体どこから来るものだ。怒りか、悲しみか、悔しさか。私は―――――
「―――私は被害者じゃないから、憐れんでくれなくて結構!」
 高らかな宣言響く。その瞬間、私の中で何かかがプツリと切れた。絡まっていた糸を解すことは止め、根本を迷いなく切り取ったような。
「メシさん・・・・お願いがあります」
 私がここへ来た理由。そんなもの今更問うまでもない。
「私に鳥を分けてください。下まで降ります」
 そんなもの、1つに決まっている。
「あの人を助けてきます」

よく考えればイリーナさんって、ここまでダイナミックな戦い方してないはず。
まあ、あれだ。ルリさんのせいで色々変わったってことで。
グーミリアの身体を破壊するわけにはいかないけど、ユノは木端微塵にしてもいいかなっていう感じで。
炎の使い手だし、うん、森燃やしてもいいかなって思ったんだ(焦
メシさんは不定の狂気中。ダイス振ったら制御不能の震えみたいなのが出ました

1年前 No.1157

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1年前 No.1158

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1年前 No.1159

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第15話 「死せる祝詞」

 目の前に立つ青年は、かつての仲間である『やるときはやる召使さん』。頭の中で何を言おうかと、沢山の言葉が溢れてはグズグズになって消える。いいや、言い訳を考える前に私には言わなければならないことがある。
「召使さん」
 彼は答えない。答えないけれど反応がなかったわけじゃない。虚ろだった目が少しだけ見開かれた。
「私、私がルリです。騙して申し訳ありませんでした!」
 一息にそう告げて、深々と頭を下げる。やはり返事はなかった。謝罪の対価が許しであるのは幼児の頃までだ。私の謝罪に何の価値もない。そんなの当然だ。けれど、言わなくては私の気が収まらなかった。
 正直、顔を上げる勇気はなかった。自分が今までしてきたことを振り返る。記憶がなかったとは言え、ルリになる前の自分が彼を騙したのは変わりようのない事実だ。自分に自分で嫌気がさす。私は人の死に嘆く者をこんなにもあっさり斬り捨てた。それどころかか罪悪感を利用して付けこみ、相手の古傷を抉るような真似までした。並大抵のことじゃ許されない。
 濁流のように押し寄せ頭の中で飽和した記憶。これはルリ本人のもので間違いない。記憶の中の私はルリと呼ばれ続けていた。そして、その名前の由来まではっきりと覚えている。けれど、それが何だと言うのだ。そもそもこの世界でのルリは一度死んだ。私がルリの記憶を持ち、ルリと同じ容姿をしているからと言って、本当にルリ本人であると証明できるのだろうか。
「そういうことでしたか」
 メシさんの声。顔を上げると彼が私に微笑みかけてくれていた。顔色は相変わらず悪いけれど、その顔には先ほどまで感じられていた殺伐した雰囲気は感じられない。私は許されたのか。彼は私を許してくれたのか。私を認めてくれたのか。あまりに呆気なく、それと同時に安堵感が胸を満たす。
「それがアンタのやり方か」
息が止まった。彼の目は笑顔を称えたままだったが、その奥には触れられない冷たさがあった。意思を持った冷たさではない。それは荒廃した大地を思わせた。奪われるだけ奪われた後の絶望。もはや流水さえ受け付けられない。
「あの人は死んだ。例え物語の中だったとしても、ここは夢幻の世界じゃない。死んだ人間が戻って来るなんてあり得ない。それくらいわかるだろう。妹の次は本人を名乗るのか。笑わせるな。我々の介入で影響が出ているようだったが、まさかここまで影響が出るとは思わなかったな。アンタもわからなかったんじゃないのか?イリーナ=クロックワーカー」
「ちがっ・・・私はそんなんじゃ!」
「アンタの目論見は外れた。ミキナの次はルリさんか。実に安直、抱腹ものだよ。お前がそうやって混乱をきたすためだけに粉骨して、一体何を得られた?その醜い嫉妬心と愚劣な頭だけ引っ提げて、アンタが望みを叶えられるなどと本当に思っていたのか?」
 彼の口調は淡々としていて、その言葉に何の感情も追随していない。他者に口を挟ませる隙を与えることなく、よどみなく言葉を垂れ流す。まるで初めから用意された口上を読み上げるように。
「残念だったな。器はもう戻らない。忘れたのか。いくらルリさんの身体に魔力が蓄積していたとしても、あの人はそれを保つだけの体力なんて持ち合わせていない。例えその身体が死んでいたとしても」
「私はアンデッドなんかじゃありません!騙したことは本当に許してもらえなくていいです!いいですから!私はルリほんに」
「御託は結構。決着をつけよう、イリーナ」
 召使さんは杖を構え、何かの呪文を詠唱し始めていた。祈るように、縋るように。その口から紡ぎ出される文言が風に変わる。駄目だ、もう話が通じない。
「ルリさん・・・貴方の無念、必ず晴らす!」
「私、無念なんてないですから!!呪文やめてもらえま」
「吹き抜けたる風よ、荒れ狂え!」
 ごぉっと突風が吹き荒れる。召使さんを中心に風の渦が巻き起こっているのだ。私にはもう対抗するだけの魔力が残っていない。吹き飛ばされないように蹲るのだけで精一杯だ。風は勢いを増していく。このままだと壁に激突して本当にオシャカになってしまうかもしれない。それだけは絶対に―――。
 その瞬間、時が凍り付いたように感じた。荒れ狂う風の音さえも打ち消してしまうほど凛とした声が響き渡る。どんな言語ともつかないような言葉の羅列が、この空間を斡旋していく。私は身体を打ち据える風のことも忘れ、その声に耳を傾けていた。
「Damm vun hud-ymeajac・・・Naleda y Crehdu bnyan uv-taydr-・・・Suinh vun dra adanhedo・・・」
 うら若い少女の歌声が巡る。それは唄というよりも、どこか遠くの―――私には決して知りえない『何か』に語り掛け、懇願する声のようにも聞こえた。そこに花の綻ぶような暖かさはない。芯まで凍てつかせるような嘆きの詩だ。淀みのない水流のように、それは身体中を満たしていた。
風の音が途絶えた。潮を引くように静寂が満ちる。今なら針が落ちる音さえも克明に聴くことが出来ただろう。恐る恐る目を開けると、信じられない光景がそこに広がっていた。彼の周りで灰色の影が蠢いているのだ。頭の潰れたような者、手足のもげたような者、子供、老人、烏合の衆が張り付いていた。
「・・・・ひぃっ」
 そして、その群れは私の周りにも集まって来ていた。彼らは何をするでもなく、虚ろな眼で私をじっと見つめていた。その世の負の感情を全て集約させたような眼だ。故にそこには何もない。限りなく空虚で絶望的だった。
「これは・・・なに・・・」
 凍り付いたように何もできない。腰が抜けてしまったのかもしれない。じっとりとした冷たい汗が頬を伝う。それは召使さんも同じのようで、ぽかんと灰色の群れを見つめたまま微動だにしなかった。
「メシさん、ルリ姉は死んでいませんよ」
 いつの間にか、私と召使さんとを遮るように菫が立っていた。怖いほど落ち着いた佇まいからは、声を掛けがたいような迫力が滲み出ている。
「本当に命を失った人たちは、皆こういう眼をしていらっしゃいます。ね、よく見てください。皆さん哀しそうでしょう?でも、ルリ姉はそういう眼をしていません。いくら凄い魔女が操っていたとしても、生きた眼までは取り戻せないと思いますよ」
 彼女は私を、そして次に召使さんに視線を送り微笑む。その微笑みは私たちではなく、この灰色の群れに向けられたもののように思えた。親が生まれたばかりの我が子に注ぐような、慈愛に満ちた瞳だ。
「ルリ姉、メシさん、もう一度きちんとお話ししましょう・・・・できますよね?」
 穏やかな彼女の声には、有無を言わせぬ響きがあった。私も召使さんも、ただ黙って頷くことしかできなかった。

やるときはやる召使 不定の狂気 心因反応
SAN回復値 4
不定の狂気解除

やだ、うちの妹こわい ←張本人
ヴィオラの能力決定しました
彼女は呪歌を操るネクロマンサーです
もしかすると、魔道書もペンもいらないかもしれない・・・

余談ですが、ペイルノエルって「青ざめた聖夜」なんですね
なんだかこう・・・来るものがあります(厨二)

1年前 No.1160

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

需要全くないと思うけど、ヴィオラの歌の訳です

死者へ告ぐ
Tell for not-alieves.
Damm vun hud-ymeajac.

死せる祝詞を上げよ
Recite a Shinto prayer of death.
Naleda y Crehdu bnyan uv taydr.

永遠を嘆け
Mourn for eternity.
Suinh vun dra adanhedo.

たぶん色々間違ってるので、そこは目をつむってください

1年前 No.1161

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第16話「救済の代償」 前半

 甘い香りが鼻孔をくすぐる。グミ―リアに呼ばれて食堂を覗くと、皆が談笑しつつ紅茶を傾けているようだった。その場にいたのは抗争のただ中にいた2人と、フリージスの令嬢。ジェルメイヌが不在なのは気になったものの、その方が話しやすいと思い直した。
 壁越しに様子を眺めていると、急に腹の虫が鳴りだした。真っ赤になって俯くと背後からクスクスと笑う声がする。菫だ。ぺしんと軽く頭をはたくと、3倍になって返って来た。勿論、強さではなく回数の話だ。
「アンタたち、何やってんの?早く来なさいよ」
「はい、ただいま!」
 窘めるようなエルルカの声に慌てて飛び出す。一応失礼のないように着替えて来た。あの抗争の後にメイドが着替えを持って来てくれたのだ。あのボロ着のままで、この場に出て行くのは流石に憚られる。
借りたのは淡い藤色のワンピースだ。長い袖が少々鬱陶しいが、後で縛っておけば問題ないだろう。思えばここへ来て着替えるのは2回目。1度目は水びたしにして駄目にして、2度目は自分で裾を破いたり、泥まみれになったりしてボロボロになった。今更言うのも何だが、私に着られる服は不憫だなと思う。
 席に着くと、とりあえず一通り自己紹介をした。彼女たちとは5年前に面識がある。私と、それから召使さんに関しては今更紹介するまでもなかった。ユキナからはまた魔術を見せてくださいませんか?などと言われてしまった。取材対象が急に増え、彼女の眼は好奇心の塊のように輝いている。
 この場で完全に初対面なのは菫だけとなった。私は心配そうに彼女を見遣る。いつも引っ込み思案な彼女のことだ。緊張して喋れないなんてことも、有り得ない話ではない。いざとなれば私が代わりに紹介するつもりだ。そうでなくても、彼女を仮の姉として紹介するのは当たり前だと思っていた。
「初めまして!」
 そんな生ぬるい心配はあっさりと無くなった。その場の視線が一気に彼女に集まる。菫はそんなものは物ともせずに軽く微笑んだ。
「私が誰なのか、皆さん気になっていたと思います。私はここにいるルリの友人で、ヴィオラといいます。以後お見知りおきを」
 そう言い放ち、何でもないような顔でストンと席に座る。呆気に取られる私に、こっそりとウィンクを送る肝の座りようだ。先ほど私と召使さんの間に入った時といい、少し見ないうちに恐ろしい子に育ったものだ。
 あの後、菫の呼びだした亡霊たちに囲まれての話し合いをした。ある程度落ち着きを取り戻した召使さんは、仮に私をルリと認識することに決めたらしい。このままでは埒が明かないからだという。騙したこと云々に関しては、もうどうでもいいと断捨離されてしまった。菫には思いっきり怒鳴られてしまったが、返ってその方が心苦しい思いをせずに済む。私はこっそりと彼女に感謝していた。
「ジェルメイヌさんはいらっしゃらないのですね」
 それとなくユキナに話しかけると、眉を下げて微笑む。5年前よりもずっと成長しているが、その面持ちはあまり変わっていないように思えた。
「ええ、怪我の手当をしなければならないので・・・」
「心配ですね・・・」
 私の介入によって、彼女の怪我が重くなってしまったとすれば申し訳ない。第一、彼女は私を庇って怪我をしてしまったのだ。後で加減を伺いに行くのが礼儀というものだ。しかし、ご飯を食べれば治ると宣言した彼女のことだ。何とかなるのではないかという、楽観的な考えもあった。
「さてと、ルリ。アンタがこれまでどうしていたのか話して頂戴な」
 付け合わせの焼き菓子を摘まみながら、エルルカが問う。どうやら愛弟子との話し合いは終わったらしい。私は事情を説明する前に、ユキナのことが気にかかった。事のあらましを語るのならば、当然彼女の母親の話もしなければならない。自らの母親が悪魔と契約し、さらに悪事にまで手を染めていたと知れば彼女はどんな顔をするだろうか。それにこの話は本来、母親の口から直接語られるべき話だ。ここで話すわけにはいかない。
「ごめんなさい。その前にユキナさん、少し席を外してもらっても構いませんか。これから魔導士だけの極秘の話をしなければならないのです。ユキナさんを疑うわけではないけれど、外に情報が洩れるわけには・・・・」
 我ながら稚拙な上に酷い言い分だと思ったが、彼女は素直に頷いてくれた。取材をする立場として、そこら辺の采配は心得ているのだろう。やはりしっかりしている。
「それでは、失礼致しますわ。差し障りのないことでしたら、わたくしにも教えてくださいね」
「ええ、勿論」
 彼女はそそくさと部屋を後にする。私は改めて魔導士たちに向き直った。彼らは神妙な面持ちで私に視線を送る。取り戻したばかりの記憶は曖昧だが、私の推測も交えて全てを語ることにした。


*    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *


「なるほどね、それが死ぬ前に起きた出来事というわけ」
「はい」
 私が大罪の器を通じて記憶を見た時、私の意識は記憶そのものになっていた。大空を滑空する大鷲の如く、文字通り全てを目にすることができた。記憶を視ている時、私の意識と身体は完全に解離し千里を駆けた。
 私はここで1つの仮説を唱える。身体という器に記憶という私を流し込み、今の『ルリ』が存在しているのではないかと。100人言えば100人に一蹴されそうな考えだが、妙に納得している私がいるもの確かだ。
スプーンを封じるとき、私は持てる全ての魔力を使い切った。エルルカから教わったのだが、生きとし生けるものは皆、魔力を有しているものなのだという。要はその含蓄量と、それを維持するための身体的余力が問題らしい。その2つが合致して、初めて一人前の魔導士となれる。召使さんや、彼のかつての仲間たちがそれだ。
大罪の器を封じた時、身体が熱に溶かされてほろほろと瓦解していくのを感じていた。それでも私は消えなかったし、今ここで生きている。スプーンを封じていた魔力そのものが私だったというのなら、『ルリ』という存在は何だったのだろう。今の私は、ユノだった時の自分とルリだった時の自分が混在しているように思える。私は欠落していたユノの記憶だ。そして、きっと『ルリ』が死ぬことで私は消え、私を失ったユノは現世へと還る。それなら私=ルリだったとしても、私=ユノとはならないだろう。
考えだすと止まらない。連続性の否定、事象の矛盾、ひいてはこれは私そのものの否定。召使さんに対し、胸を張って自己を宣言することはできない。彼が私をルリだと呼びたがらないのはそのせいだ。
「まあ・・・・」
 エルルカは静かにカップを置く。数滴分の紅茶がわびしく底に溜まっていた。
「あんたが誰か、なんて私らにとってはどうでもいいのよね」
 そうだろうな。そもそも、人間の連続性を語る前に解決しなければならないことは山ほどある。私自身の話は二の次だ。
「ただ」
「召使さんや、ヴィオラちゃんの問題でもあるんです」
 彼らは急に話を振られて面食らった様子だ。
「俺も、ですか?」
「私はちゃんと記憶あるよ!」
 当然、彼らは一度も命を落としていない。しかし、気にかかることがあった。現実にいる彼らとここにいる彼らの関連性だ。召使さん曰く、帰ろうと思えばいつでも帰れるのだという。ここでの1年は現実の数日に過ぎない。ここにいても現実の生が脅かされるほどの影響はないのだという。しかし、それは生きていればの話だ。
「私はルリで間違いないですが、現実の私はルリではないんです」
「それはまあ・・・俺のこの名前だって、本名ではないですし、ヴィオラさんだってそれは本名ではないでしょう」
「当り前じゃないですか」
 私たちは誰に決められたわけでもないのに、本名を隠している。気の知れた相手だろうと頑なに。それは何故か。名前は一種の呪いなのだ。本人を本人たらしめる呪い。私はルリという名前の呪いだ。けれど、それはこの場所だけの話で現実の私ではない。
「召使さんはここが夢幻ではないと仰いましたね」
「ええ、ここにも生きている人々がいる。我々が好き勝手にやっていいものか、という意味でね」
「それは本当だと思うんです。ここもある種の現実です。私たちにとっては」
「本来に我々にとっては違うといいたいのですね」
 彼もひょっとするとわかっていたのかもしれない。私たちはここでの出来事を覚えている。けれど、それと現実の私とでは何の繋がりもない。覚えていることと、そのものであるということには大きな違いがある。
「だからまるで夢みたいだって思ってしまう。私たちは、この世界から切り離された途端消えてしまうんです」
 もし、私たちが本名のままこの世界で生きていればどうだろう。現実の自分=この世界の自分とはならないだろう。そうだとしても、どうしても差別化が必要になる。この世界でも自分と現実の自分が混ざり合うのはあまりにも危険だった。
「俺たちは、本来の自分自身ではないと」
「そうだと思います」
 エルルカは既に興味を失くしたように紅茶を注ぎ足している。グーミリアだけは神妙な顔して話を聞いてくれていた。彼女もまた、私たちと似たようなものなのかもしれない。本来の彼女と『グーミリア』は、記憶と意思の共有があったとしても全く同じとは言い難い。
 ふと誰かが袖を引くような気配があった。隣に座っているヴィオラだ。彼女は心配そうな顔で私を見上げる。一瞬不可解に思ったが、私には思い当たる節があった。
「私も消えるの・・・?」
 彼女はヴィオラという偽名を使ったのも、本当の自分を守るためだろう。エヴィリオスに馴染むためという意図があったとしても、それは根本的なものではない。
「大丈夫だよ」
 彼女が消えるとき、それは彼女を生み出した張本人が彼女を忘れるとき。『彼女』がこの子を忘れない限りは、この子が消えることはない。
「あなたが覚えてさえいれば、あなたは消えないから」
 小さな手を握って、宥めるように言い聞かせる。ヴィオラは納得こそしなかったものの、小さくありがとうと呟いて手を離した。



同一がどうたらのくだりは、正直自分で書いてて意味不明でした・・・
本当の名前のあたりが規制に引っかかったようですが、創作なので致し方なし
後半行きます

※警告に同意して書きこまれました (個人情報)
1年前 No.1162

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第16話「救済の代償」 後半

「自分の話は、それくらいにして、これからどうするのか、考えたら、どうだ?」
 グーミリアの言葉に私は頷く。私が『ルリ』なら、やるべきことはもう決まっている。
「ネイを助けに行きます」
 私の視線は意図せず召使さんに向かう。彼は指を組み直して口を開いた。
「1つ、聞かせてもらえませんか?貴方の意見が聞きたい」
かつて、彼と同じようなやりとりをしたことがあった。あの時と同じように、彼は私の人間性を問うているのだろうか。
「貴方の約束というのは、『彼女』を救うことでしたね。しかし、彼女は罪を犯した。あの娘は罰せられて然るべきではないでしょうか。例え彼女の悲惨な過去と養育環境を引き合いに出したとしても、彼女の罪はそれだけで償えるほど簡単なものではない。前に、貴方と話した時のことを覚えていますか。俺は理想主義者であり、現実主義者だ。一見矛盾するこの2つは、実は決して矛盾などしていないのです。今でもそれは変わりません。理想を抱きつつ、しかし現実を見なければ先へは進めませんから。貴方の理想は彼女を救うこと。しかし、そのために生じる犠牲はどれほどありますか。時計塔での戦いで起きる犠牲の話ではありませんよ。彼女により引き起こされた幾つもの死、それら全てを蔑ろにしてでも貴方は彼女を取るのですか。人道的側面から考えても、貴方の行おうとしていることは正しさから逸脱している。それでも貴方は彼女を救うと言えますか。今の話を踏まえて、貴方の意見ももう一度聞きたい」
 彼はただそれだけ言うと口をつぐむ。告げるべき事実は終わった。彼は私を試している。その精悍な目が私の表情を注視する。彼が語る言葉に過ちなどない。私は彼女の引き起こした犠牲から糾弾されて然るべきなのだ。
 私はもしかすると、彼の期待に沿えないかもしれない。返答次第によっては、彼から見限られてしまうかもしれない。それでも、もう腹は決まっている。誰になんと言われようと後戻りをする気はない。
「私はネイを取ります。貴方の意見を踏まえたとしても、私の考えは変わらない。彼女を助けることが、多大な犠牲を踏みにじることになったとしても、彼女を見捨てる理由にはなりません」
「犠牲は出したくないと言ったかつての貴方と、今の貴方の意見は相反するものですよ」
「でも、私はあの子を助けると約束したんです。全てをひっくるめて幸せになんて、甘いこともう言いません。言えません。言えないくらいの約束なんです。だから、これだけは絶対通します」
 これだけは絶対譲れない。自分でも理解できないような意思が、私を突き動かしているように思えた。理由なんて小手先のものは必要なかった。助けたいから助ける。それが持つ意味を考えられるほど私に余裕なんてない。
 彼は目を閉じて深く息を吐いた。暫く考え込むようにすると、やがて自分を納得させるように頷く。
「わかりました。俺は貴方に賭けよう」
 安堵とも衝撃ともつかない感情が湧き起こる。疑心を取り払った彼の目は、ただ真っ直ぐ私に向いている。仲間としての私に向けた眼だ。
「その代わり、俺の迷いも背負ってもらいますよ」
「任せてください」
 彼は微かに笑い、私に手を差し伸べる。今まで見続けてきた虚ろな感情はそこにはない。私はそれをがっちりと掴み、互いに握手を交わす。これで一蓮托生だ。窓の外で黒ローラム鳥の鳴く声がする。日は既に落ちかけた。あの時と同じ、朱色の空だ。
「なんだかよくわかんないけど、よかったわね〜」
 本当にどうでも良さそうにエルルカが言う。その言い草が実に彼女らしく私は安堵した。もうこの場にイリーナはいないのだ。物語の進行を実際に知っていたとしても、はやり不安なものは不安なのだ。
「ヴィオラちゃんは危ないから、ここに残って」
「嫌」
 襟ぐりを掴まんとする勢いで少女は即答する。その眼は煌々とした怒りさえ含んでいた。
「つる姉のためにわざわざ来てあげたんだよ?なのに、なんで私が残らなきゃいけないの?嫌だ!絶対着いて行く!!」
「でももしものことがあったら・・・」
「そんなの一緒に行かない理由にならないよ!」
 彼女は頑として聞き入れない。先ほどの私と同じようなことを言う。もう決意は固めているのだろう。それを否定するのは彼女に対して、失礼なのかもしれない。それでも、あっさりと認める気にはなれなかった。そもそも私が彼女の知る千鶴でない可能性さえあるのだ。そんなことのために、この子を危険に曝すわけにはいかない。
「・・・つる姉がつる姉じゃないっていうなら、ルリ姉って呼ぶけどさ」
 彼女は渋々と言った様子で呟く。この子にとって、名前の違いなんてどうでもいいのだろう。
「ルリ姉は、ホントの世界で意識不明なんだよ。覚えてる?歩道橋から落ちて」
「意識不明・・・・」
 私は千鶴としての記憶を辿る。眼前を覆い尽くした日の光。気持ちの悪い浮遊感。嫌になるほど刻銘に思い出せる。ヴィオラによると、私はあの後意識を失くして病院に運ばれたのだという。
「私、お見舞いにも行けなかったんだよ!私が心配してるのに、ルリ姉が心配するなとかおかしいでしょ!おかしいよ!」
「そんなこと言われても・・・」
「そんなこと?そんなことってなに!?私にとっては最優先事項なんだけど!ルリ姉はどうでもいいっていうの!?」
そう言うなり目に涙を浮かべて黙ってしまった。どうせならそのまま泣いてくれればいいのに、こういう反応をされるとどうすればいいのかわからない。ただ、彼女の言葉からある結論に行きついていた。
「あ、あの召使さん」
「なんでしょう?」
 彼は目をぱちぱちとさせる。私とヴィオラとのやりとりを眺めていたが、入り込む余地なしと我関さずとしていたのだ。
「教会にはいつもいるんですか?」
「いえ、時々双子の様子を見に行く程度ですから」
「その時、現実の召使さんは意識がなくなったりしますか?」
「さあ・・・俺は身体ごとそのままここへ来ているつもりでしたし」
 そこまで言って彼は首を捻る。どうやら確信はないらしい。ヴィオラの言う通り、千鶴の意識がなく私がここにいるとしたら、私に、いや私たちに身体は存在していない。仮の身体を持ってはいるが、きっと本当の身体は眠ったまま夢でも見ているのだろう。その夢がこの場所だとしたら・・・・。ぐらりと何かが揺らぐような気がした。
「とにかく、私は着いて行くからね!!駄目って言っても着いて行く!」
「うん・・・」
 泣く子と地頭には勝てぬ、とはよく言ってものだ。今の時代地頭なんていないから、実際は泣く子の天下だ。
「まあまあ、そういうことなら何とかしてやらないでもないわよ」
 エルルカが不敵な笑みを浮かべていた。先ほどまで興味なさそうにしていたというのに、どういう風の吹き回しだろう。
「そっちの子、ヴィオラだっけ?その子なかなか魔導士の素質あるわねぇ。何かできるの?」
「歌が歌えます!」
 さっきの涙は何だったのか。ヴィオラはケロッとして答える。
「そうね・・・付け焼き刃だけど、呪歌でも習わせましょうか。アンタと違って呑み込み早そうだし?」
 元師匠はニヤニヤ笑いを私に向ける。その様は不思議の国のチェシャ猫を連想させた。
「お願いします!」
「アンタは良い弟子になりそうだわ」
 ヴィオラは乗り気だが、とにかく危ない事だけはさせないようにと祈るだけだった。


ヴィオラちゃんを泣かし隊
召使さんと仲直り(?)できて良かったです
そして召使さんの中の人、今までキャラを好き勝手してすみませんでした。

1年前 No.1163

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第17話「去る人よ」

 噴煙が上がる。マーロン軍の駐屯地から、私はそれを眺めていた。血気盛んな精鋭たちが狼煙を上げているのだ。これで全てが終わる。そんな確信めいた何かがあった。それと同時にじわじわと震えが脚元から沸き上がる。武者震い?いいや、そんなわけない。
「ルリさん」
 振り返ると召使さんが立っていた。今までのこともあってか、薄ら目の下に隈が出来ている。体調は万全とはいかないようだ。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
 その手に何か抱えている。麻布に包まれた長細い何か。私の視線に気が付いてか、彼はそれを眼前に持ってくる。見た目の大きさよりも重いらしい。肩にやや力が入っているのがわかった。
「これを貴方にお返ししようと思いまして」
 そう言うなり、パラリと包みを解く。中から現れたのは鈍く光る私の愛器。
「レイピア!?と、取っておいてくれたんですか!」
「捨てるわけがないでしょう」
 彼はにこり笑ってそれを差し出す。恭しくそれを手に取ると、しっくりと手に馴染んだ感覚があった。懐かしい。柄の部分を確認すると、私の名前が彫ってあった。
「傘は駄目になってしまいましたし」
「あはは、そうですね」
 イリーナとの戦いで傘はボロボロに焼け焦げてしまった。長年愛用してきたため、心苦しくもあるが贅沢は言っていられない。生きていただけでもよしとするべきだ。
「ありがとうございます」
「いえ、別に」
「信じてくれて、ありがとうございます」
「さいですか」
 思えば、よくここまで来てくれたものだと思う。ユノだった時には、彼らとともに時計塔へ向かうなんて考えもしなかった。彼が私を信じたのなら、私はそれに報いる必要がある。信用に足るだけの行動を。
「気を付けてくださいね」
「私は平気ですよ・・・私たちは」
 自嘲めいた返しをすると、彼は何か考え込むように視線を落とす。
「もしここで命を落としても、貴方本人が死ぬことはありません。ないようですが、ルリさんという存在は消えるのでしょう。ならば、出来ることなら無事でいてほしい」
「それは貴方もでは?」
 意地悪を言わないで下さいと、彼は冗談めいた笑みを返す。もうすぐ、もうすぐこんな時間も終わるのだろう。そうなれば、もう彼とも会うことはないかもしれない。出来ることならもう一度、『ルリ』として教会に行きたかった。
「1つ、お願いを聞いてくれませんか」
「もう随分、お願いを聞いたような気がしますよ?」
「・・・・私が戻らなかったら、ネイをよろしくお願いします」
 そう言って深々と頭を下げる。勿論、ネイは必ず生きて救い出す。その後はカイルと交渉してネイを連れて帰るつもりだ。また金物屋で働けば、あの子1人くらいなら養える。それでも、連れて帰れなかった場合のことは頭をよぎる。彼女の罪状は重い。放って置けば裁判にかけられるのは火を見るより明らかだ。もしそうなれば、あの子はきっと殺されるだろう。それだけはどうしても避けたかった。
「もしかして、また教会に連れて行けと?」
「おっしゃる通りです」
 彼は溜息をつき、眉間を指で押さえた。無理なことを言っているのはわかる。精神を病んだネイを迎え入れるのは大きな負担になる。それに彼はネイだけでなく、リリアンヌやアレンまで保護しているのだ。並大抵のことじゃ話は通らない。
「これで最後、もう最後のお願いです」
「・・・・わかりました。最後ですし、大盤振る舞いと行きましょう!」
 無駄に明るい声で彼が応える。もはや自棄なのかもしれない。
「ありがとうございます!」
「その代わり、俺の願いも聞いてください」
「召使さんの願い、ですか?」
 私にできることなどあるのだろうか。彼が無茶な要求をしてくるとも思えないが、私は固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「もし、もし俺が戻らなかったら、その時はあいつらのこと頼みます」
 あいつら、それが誰を指す言葉なのかは考えずともわかる。迷いを背負えと言いながらも、彼は既に決意していたのだ。
「た、頼まれました!」
「何だか頼りないですね」
 クスクス笑いながらも、彼は私の肩を軽く叩く。託されたその後のこと。私自身だけの都合で突っ走り、自滅するような真似だけはできない。もうあの時のようにはいかないのだ。
「では、お互い健闘を祈ります」
「はい!」
 最後にもう一度握手を交わし、彼は踵を返して去って行った。どうやら別の部隊とともに行くのだろう。彼はその戦闘技術を買われ、主力部隊に所属することとなったらしい。
「ルリ」
 いつの間にかすぐ傍で、グーミリアが佇んでいた。思わず変な声を出してしまう。
「ちょっと、びっくりさせないで」
「ああ、悪い」
 悪いとは思っていないのだろう。彼女は顔色を変えないまま、何故か手を差し出す。よく分からないので、召使さん同様握手をしてみることにした。
「違う、お前じゃない」
 パっと手を振り払い、彼女はレイピアの柄に手を掛ける。
「呪式、簡単なものでいいなら」
「あ、そうか」
 私は素直にレイピアを差し出す。グーミリアはそれを無造作に取り上げ、何のためらいもなく手にした短刀でガリガリと削り始めた。私を守るためだとわかっているものの、実際にやられると少々やるせない気持ちになる。
「お前、本当に行くんだな」
「うん、宣言しちゃったしね」
 わざと軽く口調で答えると、彼女は眼鏡の奥で鋭い視線を送る。
「怖がっているようだが」
「そ、そんなことないよ」
「なら、どうして足が震えている?」
「それは・・・」
 言い返せずに私は俯く。私の脚は意図せず小刻みに震えているのだ。召使さんも気が付いたのかもしれないが、彼がわざわざ言わなかったことをどうして追及するのか。
「怖いなら、そう言え。私にまで、気を遣う必要はないだろ」
「・・・・こ、怖いです!痛いのは嫌だし、戦うのも嫌だし!正直逃げたいです!」
「そうか」
 自分から聞いておいて、何の感想もないのか。彼女らしいと言えばそうだが、あまりのそっけなさに肩を落としてしまう。
「安心しろ」
「え?」
 彼女は私の肩をポンポンと叩き、すぐ傍に顔を寄せた。
「・・・・骨は拾ってやる」
「それ、私が死ぬ前提!」
「悪いか?」
「悪い!」
 騒ぎ立てる私を、わざとらしく宥めるグーミリア。何だか一周回って妙に落ち着いてしまった。
「お前は大丈夫だと思っているから、せいぜい暴れて来い」
「うん。ありがと」
「何か、礼を言われることをしたか?」
 今のはきっとわざとだ。
「ルリ姉〜!」
 少し離れた場所からヴィオラが呼んでいる。すぐ近くにエルルカの姿も見える。呪歌の最終チェックでもしていたのだろうか。エルルカの指導により、ヴィオラは目覚ましい成長を遂げた。エルルカ曰く元々勘が良いせいもあるのだという。わずか数日で、彼女は呪歌を見事に使いこなしてみせた。
「アンタは直接戦えないから、後衛でお姉ちゃんに守ってもらいなさい」
「え〜!」
 不満たらたらな彼女の鼻を、エルルカがギュッとつまむ。途端にギャッと叫んでエルルカから飛びのいた。
「でも、でも、ルリ姉はなんか頼りないし!」
「それもそうねぇ」
「あの、目の前で気力削ぐようなこと言わないでもらえません?」
 ヴィオラをここへ連れてくることに、ためらいがなかったわけじゃない。最後の最後まで悩んでいた。結局彼女の同行を許したのは、私自身の恐怖から来ているものだったのかもしれない。独りで行きたくない。そんな甘えがなかったとは言えないのだ。
「ルリ姉」
「うん」
 私を見上げてくる曇りのない目。彼女からはためらいや、恐れといったものが感じられなかった。それどころか勢い込んでいるような気色さえする。この子が怯えていないのに、私が怖がってどうする。性根を入れ直すように、パシンと両の頬を叩く。落ち着け、私は何も血を血で洗うような戦いに挑むわけじゃない。あの子を助けにいくだけだ。
「行ってきなさい。アンタらは私の弟子なんだから、ちょっとやそっとでくたばるんじゃないわよ」
「はい!」
 天候は生憎の深い曇天。ここを超えればヘッジホッグ卿の時計塔。屍兵たちの巣窟だ。


ついに出陣です。
それでは、行って参ります!

1年前 No.1164

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第18話 「饗宴」

 轟音轟く。あちらこちらで上がる噴煙と土埃に塗れて咳き込んだ。油断していい隙など与えられない。不格好な白い粘土細工のような群れが蠢き、その一部が奔流のように崩れて絶叫を木霊させる。
「怯むな!気に叩け!!」
 怒号のような指示と共に、剣を構えた一団が屍兵たちを薙ぎ払う。脆い身体は一突きで崩れ落ちるのも、すぐさまその後ろから新たな群れが沸き上がる。それを予測していたかのように砂塵が巻き起こる。巻き上げられた屍兵は手足をバラバラにされながら吹き飛んだ。それを皮切りに精鋭たちが雪崩の如く斬り込む。膨張した白い生首が飛ぶ。生々しい光景に一滴の血も含まれていないことが、殊更グロテスクに映った。
「進め!」
 号令とともに彼らは剣を振るいながら突き進む。その剣の切っ先が流星系のように輝き、後衛部隊にとっては道標のように思えた。彼らが勇敢に戦い、互いを鼓舞しながら突き進む中、私はガクガクしながら縮こまっていた。
 傍から見れば奇妙に映っただろう。明らかに戦力にならないような女が部隊に混じっているのだ。どう考えても足手まといにしかならず、今すぐにでもつまみだした方が得策だ。私が参謀でもそうする。不幸中の幸いか、いや幸い中の不幸なのか。私の所属する後衛は混戦を強いられており、その存在を気に留めるような者などいなかった。
 ヴィオラの生み出した亡霊が入れ替わり立ち代わり、私の周りをぐるぐると回る。相変わらず虚ろな目でこちらを見てくるので不気味だ。しかし、彼女曰く私は彼らに気に入られているらしかった。そう言われても微妙な気持ちにしかならないが、そのおかげで何とか白い群れの押し潰されずに済んでいる。あの子はどこへ行ったのだろうか。時計塔に足を踏み入れた時からはぐれてしまった。彼女の安否を確認するため、ぐるりと辺りを見回す。
突如、屍兵の一体が飛びかかって来た。亡霊たちがざらついた叫びを上げながら、たちまち散り散りになる。狙いを定められては、彼らにはどうしようもないのだ。咄嗟に身体を捻り、その反動を利用して一閃、レイピアの切っ先で薙いだ。そのまま足元がふらついて転んでしまう。無論、大きなダメージなど負わせられるはずもない。むしろ攻撃が当たったかどうかも分からないのだ。
しかし化け物はグラリと傾いていた。攻撃するなら今しかない。レイピアの先を相手に向け、両腕で包み込むように柄を固定する。深く息を吸い、相手を見据える。狙うのはその胴体、ど真ん中。
「ウオラァァァァア!!」
そのままの態勢で屍兵に突撃する。力の無い私ではどうやったって、一撃でその首を切り落とすなんて芸当はできない。それにレイピアは本来突き刺すための武器だ。下手に振り回すような真似をすれば、根本からバッキリ折れてしまう。
全身で体当たりをかまし、ズブリと肉を割くような感覚が手に伝わる。血が通っていまいと、腐りかけていようと肉は肉だ。思わず吐き気が込み上げてくる。それを必死に堪え、全体重をかけて相手に圧し掛かる。私と屍兵は無茶苦茶になって転がった。鼻を衝く強烈な臭い。胸が悪くなるような腐敗臭だ。
「ぐっぇ・・・」
 沸き上がる胃酸を呑み込み、喉を焼きながらそいつに馬乗りになる。初めて顔をまともに見た。鼻も目も潰れ、何の凹凸もなくなっている。ざわざわと寒気が這い上る。単純な恐怖とは何か違うものが。
 ためらっている暇はない。私はレイピアを振り上げ、そいつの首にドスリと叩きつけた。痛みなど無いはずなのに、その身体がのたうつように暴れた。振り落とされまいとしてもう一度ドスリとやる。腕が無茶苦茶に振りかぶられ、私の顔を掠めた。殴られては敵わない。悪臭に耐えつつ上半身を低くする。そのまま腕だけ高く上げ、ドスリ、ドスリ、ドスリ、ドスリ、何度も突き刺した。
 やがてそいつは動かなくなった。ただの死体に戻ったのだ。息が上がっている。苦しい。眩暈がする。そうか。私は一度亡くなった人を、二度も殺したのだ。
「つる姉!」
 甲高い声が響く。振り向くと、目の前に巨大な影が立ちはだかっていた。私はなんて馬鹿だ。屍兵はそこら中にうようよいるというのに。後悔したのは安心したから。そして今、身じろぎさえ出来ないのは恐怖のために。
 鋭い銃声響く。私に襲い掛かろうとしていた屍兵は、突如上半身を吹き飛ばされた。砕けた肉片が身体にベタリと張り付く。血の気の無い白い肉が。ズンと重い音を立てて足が崩れ落ちる。その先で、ヴィオラが両手で銃を構えこちらに向けていた。その銃口からモワモワと煙が立ち上っている。焦げるような臭いが鼻を衝いた。見開かれた双峰には涙がジワリ浮かんでいる。
 私が先ほど味わった感情を、今この子も味わっているのだろうか。相手が死んでいようと、殺めたという感覚は生者のそれと変わらないように思えた。目的のために障害を取り除くのは仕方ない、そもそも相手は初めから死んでいる。言い訳は幾らでも浮かんでくるが、恐怖する本能には抗えなかった。
しかし、今はそんな世迷言にほだされている暇はない。彼女に駆け寄ろうとしたその直後、銃声が轟いた。撃ったのはヴィオラ。銃身から火花が吹き出す。その黒髪を焦がしつつも、彼女は排除すべき後方の対象をしっかりと見据えていた。
銃弾は対象から大きく逸れて、遥か前方の白い群れの中で炸裂した。態勢を崩した屍たちが、兵士たちを巻き込みながら雪崩を起こす。誰の物ともつかぬ叫びが巻き起こり、私は震えるような面持ちで我が妹を見ていた。
「流れ弾!当たったらどうするつもり!?」
「知るか!」
 ヴィオラは銃口を上に向けたまま、私の傍に駆け寄ってくる。なだらかな曲線美を持つそれは、使用者たちから専ら『暴れ馬』と名高い。至近距離での威力こそ凄まじいものの、暴発する確率の高さや、引き金を引いてから弾が出るまでのタイムラグ、そして言うことを聞かない銃身などから評判はすこぶる悪い。加えて、装填時間にかなりの時間がかかる辺りにも難がある。撃てればそれでいい、後のことは知らない。そう割り切れば使えないこともなかった。例えば今の彼女のように。
「階段は!?」
 彼女の言葉に辺りを見回すも、目に映るのは弧を描く剣の切っ先と、不気味に照り映える白い塊のみだ。こんなところでもみくちゃにされていては、進むべき方向もわからない。
「せめて流れがわかれば・・・」
 唇を噛みしめた時、再びあの砂塵が巻き起こった。それと同時にドッと兵士の一帯が吸い込まれるように消えていくのが見えた。
「入口あそこだ!行こう、ヴィオラちゃん!」
 彼女の腕を掴んで引っ張る。砂塵を巻き起こしているのは召使さんだ。彼により突破口が見つかったのかもしれない。しかし、彼女は腕を振りほどいて首を振った。
「無理、だよ!」
 確かにあそこまで行くには、行く手を阻む屍兵たちを何とかしなければならない。精鋭の兵士たちでさえ苦戦しているのだ。隙間なくひしめくそれらを掻い潜るなど至難の業だろう。
カイルやジェルメイヌたちはもう階段へ向かったのだろうか。そもそも階段まで突破できたとしても、その先ではイリーナの部下たちが待ち構えている。私たちだけで無事に最上階まで行けるとは思えない。
「何とかしよう・・・何とかするから」
「うん」
 そうは言っても勝算はほとんどない。ヴィオラは亡霊たちに集合をかけている。白い躯体を縫ってにゅるにゅると灰色の身体が這い出してきた。あちらからも、こちらからも湧き出てくるそれは、やはり不気味以外の何物でもない。
 だが、ヴィオラはそれを使いこなしている。
「ヴィオラちゃん」
 結局私はこの子に頼ってしまうのか。
「外出よう」

1年前 No.1165

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第19話「白昼堂々と戦うのは暗殺じゃない」

 雨の降りしきる中庭で我々は苦戦を強いられていた。ネイの部下である少女4人が襲い掛かって来たのだ。たった4人なら何とでもなる。そう高を括っていたのだが―――
「何なんだ!こいつらは!」
「待て、下がれ!!」
 彼女たちの俊敏かつ予測不能な動きに翻弄されてしまう。一瞬の隙を狙い、視界に入りにくいギリギリの位置から首を掻き切らんとするのだ。更に彼女たちの持つ特殊な武器が間合いを読みにくくしていた。実際に目にするのは初めてだが、あれは暗器という物だろう。
 自分の戦闘スタイルではこのような接近戦には向かない。周囲を城壁で囲まれていては尚更だ。兵士たちからは一歩引いて、彼らの支援に徹することとする。彼らに襲い掛かる刃を風の盾で防ぎ、同時に彼女たちの進路を塞ぐ。しかし、守りに入ったことで戦況を長引かせてしまった。
「どうすれば・・・」
 風術師である自分の技は、こうした閉塞空間では本領を発揮できない。焦りが募っていく。ふと、視界の隅で何か光る物を認めた。それが何であるか理解する前に、肩に鋭い痛みが走る。
「ぐっ・・・」
 素早く身を翻し、エアガンの銃身で対象を殴りつける。相手はふらつくもすぐさま態勢を立て直しつつ距離を取った。前衛の兵士を掻い潜り後衛側を叩きに来たか。それにしても何という俊敏さ。見るとローブの袖が切り裂かれ、新鮮な血液がしたたり落ちている。
 腕を切り裂いたのは13、14ほどの少女だった。黒い服に身を包み、ぶかぶかの襟で口元を覆っている。精悍な顔立ちに、短く刈り上げた銀髪が男のような印象を受けた。やたらと長い袖の中から、鋭い刃が飛び出す。黒々とした冷たい刃が光った。白い手の甲を覆っているのは猛獣の鉤爪を思わせる手甲鉤だ。
(ったく、やりにくい・・・)
 相手が本当に男なら思いっきり殴りつけて昏倒させるか、至近距離で銃弾を食らわすかしただろう。そこに1ミリの躊躇もなかったに違いない。しかし相手は年端もいかない娘だ。その幼さが昔のリリアンヌと被り、初動を鈍らせた。
「はっ!」
 次の瞬間、彼女は大きく跳躍する。予想外の動きに付いていけず咄嗟に身を低くした。右脚で柱を蹴りつけると、高跳び選手のようにその小さな躯体を捻った。鋭い爪の光る腕をこちら目がけて振り上げられる。無慈悲な先端が眼前に迫った。
「ぼさっとしてんじゃないわよ!」
 視界に銀の光が走る。ジェルメイヌだ。彼女はレイピアの柄を巧みに使い、少女の鉤爪に引っ掛ける。そのまま肩の力だけで少女をねじ伏せてしまうのだ。彼女が起き上がって来ないように脚で喉を踏みつけると、何の躊躇もなく無防備となった掌にレイピアの先端を突き刺した。
「ぐぎゃっ!」
 流石は名将ジェルメイヌ。やることがえげつない。
「相手がガキだからって油断してんじゃないわよ」
「すまない。助かった」
「・・・アンタが死んだらあの子が悲しむでしょうが」
 少女が未だバタバタと暴れるので、ジェルメイヌはその頭を蹴りつけて黙らせる。ゴズッという嫌な音がした。殺されなかっただけ良かったとしよう。少女よ、恨むならアンタを雇ったイリーナを恨んでくれ。
 兵士たちは残り3名の少女相手に手こずっているようだった。燃えるような赤髪の少女が笑い声を上げながら飛び回る。兵士たちの合間を縫うように、くるりくるりと踊るように跳躍を続けているのだ。彼女の持つ武器は奇妙な曲線を描く小型ナイフだ。あのフォルムには見覚えがあった。あれはネパールの山岳民族、グルカ兵が使用していたククリナイフだ。実際に目にしたのは初めてだが、インターネットの画像検索で見たことがある。
「あははっ!薄のろども!」
「ガキが!調子に乗りおって!」
 剣の舞。その表現がぴったりと合う。2本のナイフがまるで曲芸か何かのように宙を舞い、兵士を斬りつけては彼女の手に戻る。一発で致命傷とまでは行かないが、厄介であることには変わりない。
「アンタ、先にカイルのとこに行きな!」
 自分がここにいても出来ることは少ない。それは分かっている。マーロンの正規兵、それも精鋭揃いの集団と片や魔術が出来るだけの素人。力の差は歴然だ。だが、脳裏にルリさんたちのことがよぎる。彼女たちも時計塔を目指してここを通るだろう。その時この戦いに巻き込まれて、あの2人が生きて戻れるだろうか。
「人のことまで構ってらんないでしょ」
 ジェルメイヌが溜息交じりに言う。心の内を読まれてしまったかのようだ。突如、背後で何者かが動くのを感じる。あの赤い髪の娘だ。咄嗟に避けるもナイフの先が頬を僅かに掠めた。視界に血が飛ぶ。
「あははっ!惜しい〜!」
「アンタを助けてたら、勝てるもんも勝てないのよ!」
 ジェルメイヌはそう叫ぶなり赤髪のナイフを弾く。その隙を衝いて俺は駆けだした。
「待てい!」
「逃がさないよ!」
 黒髪の少女2人が視界に飛び込んできた。顔のそっくりな彼女たちの手には太い組紐のような物が握られている。何をするのかと思えば、顔すれすれを鋭い刃が飛んだ。
「仕留めるよ、リム!」
「あいあいさー!」
 ピッタリと呼吸を合わせ、寸分の狂いなく刃を交錯させる。あれは剣の先だけを切り取った□と呼ばれる武器だ。彼女たちは風のように周囲を跳び回り、その様は囲い込み漁でもしているようだった。魚は誰か。俺自身だ。
「くそ・・・こんな時に!」
「「お前の事情なんて知らないよ!」」
 台詞まで息ピッタリで軽くむかつく。いや、今はむかついている場合じゃない。何とかギリギリ刃を避けているが、これ以上続けば刺さるのも時間の問題だ。しかし、よくもまああれだけグルグル回って絡まないものだ。
・・・・絡まる?
「お前はもう袋の鼠!」
「もしくは籠の鳥だ!」
 彼女たちはそれこそ風のように刃を操っている。だが、ここにいるのは風そのものを操る魔導士。
「エンフェルート!」
 巻き起こる風が軌道を乱す。その瞬間、勢い余って彼女たちの身体に紐が猛スピードで絡まりだした。更に□の重みも相まって完全に動きを封じる。
「「お前、覚えてろよ!」」
「悪いが忘れるよ」
 吐き捨てるように告げると、彼女たちが両手足をバタつかせて抗議する。まるで網にかかった魚のようだ。こうしてみるとただの子供にしか見えない。俺は2人の少女を放置し、そのまま時計塔の入り口へと向かった。



今回は召使さん目線。キャラ崩壊してたらすみません。

双子が弱いんじゃなくて召使さんが強いだけ ←ここ重要
暗殺娘たち好きです。番外編でこの子たちの話書きたいくらい好きです。
銀髪娘→マツキ 赤髪娘→カルナ 黒髪娘→リム&ノン
衣装というか、雰囲気中国娘みたいな感じです
全部捏造ですが(´・ω・`)

1年前 No.1166

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

環境依存文字だったために、双子の武器名が表示されていませんでした。
ヒョウという中国の武器です。金編に票と書きます。
ちなみに、ジェルメイヌ姐さんの言う「あの子」とはアレンのことです。

1年前 No.1167

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

グルカ兵はイギリスの傭兵団です。
彼らの名前を聞いただけで、相手が敵前逃亡を図るほどの戦力を有していたそうです。
彼らは
ククリナイフはその形状のために折れにくく、敵の首を掻き切るには最適の物だったようです。

1年前 No.1168

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第20話「乱入」

 秒針の音がうるさく響く。息が上がりそうになりながらも、ただ一心に最上階を目指した。湿ったカビの臭いが鼻に衝く。レンガ造りの壁は苔むし、それが長い年月放置されてきたことを伺わせる。塔の中は薄暗く、窓に嵌められた鉄格子が殊更閉塞的な雰囲気を醸し出していた。ここは拷問狂ヘッジホッグの城。こういった陰鬱な空気がお誂え向きなのかもしれない。
 中庭の喧騒が聞こえなくなると、ようやく立ち止まることができた。ローブの裾を破って切り裂かれた腕に巻きつける。流れ出ていた血はいつの間にか固まっている。どうやらさほど深い傷でも無かったらしい。だが完全に治癒するまでは、前のようには武器を振るえないだろう。
 結局俺1人がここへ辿り着いてしまったが、自分だけがネイと会ってもどうにもならないのではないか。そもそもネイを助けると言い出したのはルリさんだ。彼女の願いはネイの救済。その意味するところに思考を巡らせる。おそらく彼女の殺害を防ぎ―――それもミキナの悪魔を祓ったことにより、間接的には回避されたように思うが――秘密裏に連れ去る算段なのだろう。
(・・・いや、待てよ)
 ルリさんはどうやって彼女を連れ去るつもりなのか。ミキナのように煙幕でも使わない限り、ネイをこっそり連れ出すなど不可能だ。それにしたって、あの場にはかなりの人数が集まっていたはず。連れ出したのは我々だと断定されてしまう。仮に連れ出せたとしても、完全に狂っている彼女をどうやって従わせるつもりなのか。
ある程度ルリさんという人間を見てきた見解からすれば、おそらく彼女は何も考えていない。衝動的で無計画。まったく頭の痛くなるような話だが、この推測は九割方的中するだろう。そんな行き当たりばったりで大丈夫なのか。
(それで、俺に後始末を頼んだわけですか)
 リリアンヌを救うのと、ネイを救うのとでは全く話が違ってくる。あの娘に比べればリリアンヌなど大人しい飼い猫を扱うようなものだ。ルリさんじゃないが餌付けでもしておけば勝手に懐く。まあ、あの人の場合餌付けする意図は無かったのかもしれないが。
 ネイと対峙して無事でいられる保証はない。彼女は危険分子である俺を確実に殺しにかかってくるに違いない。それはルリさんも同じだろう。
(さて、どうしたものか・・・)
 見上げると螺旋階段が途切れている。あの先が最上階の部屋か。近づくにつれて剣を打ち合う音、男の叫び声などが大きくなってくる。身を伏せるように階段を上り、息を殺して様子を伺った。
「怯むな、シートン!」
「・・・っく、グラスは二の次だ、殺すぞ!」
 回廊の突き当りで3つの影が見えた。2人は巨大な剣を構えた屈強な男たち。もう1人は小型ナイフを振るう少女だ。暗がりに揺れる長い金髪。間違いない、あれはネイだ。傍から見れば男2人に果敢に挑む少女、という絵面に映るかもしれない。しかし彼女の狂ったような笑い声が、そういった幻想などすぐに打ち消してしまうだろう。入り乱れるように戦う彼らの姿が突き当りの窓に反射していた。
「あははは!遅い!遅い!」
 楽し気に笑いながらネイは剣先をかわしていく。その様は遊戯に興じる子供のそれと相違ない。実際彼女にとってこの戦いは遊びでしかないのかもしれない。両者の間には決定的なスピードの差があった。2人の攻撃を避けることを続けているネイだが、彼女が一旦攻めに転じれば戦況は一変するだろう。そうなれば、彼らの敗北は目に見えて明らかなものとなる。彼女がそうしないのは、すぐに終わってしまってはつまらないから。ただのそれだけの理由だろう。
 彼らはシートンとウォポールか。カイルの忠心にして精鋭中の精鋭。その名前は小説の中で度々目にしている。このまま黙って彼らが殺されるところを見ているだけなのか。歯がゆい。ネイを救うなど本当に必要なことなのか。現に彼女は目の前の人間を与えられた玩具の如く屠ろうとしているではないか。
「あがっ」
 男の1人がネイの狂刃にかかり倒れ伏す。その剣を折られた彼にはもう太刀打ちできないようだ。彼女はそいつにとどめを刺すべくナイフを振り上げた。もう1人は何をしているのか。視線を巡らせると、彼女の背後で鈍く光る剣先が見えた。それがネイの首筋に振り下ろされる。
「はっ」
 だが、彼女の方が数段上手だった。その身体をのけぞらせ、人間では有り得ないような態勢で剣をかわす。彼の振り下ろした剣はただ空を切る。
 次の瞬間彼女はナイフを持ったまま両腕をつき、ブリッジのような態勢から脚を振り上げた。鋭い蹴りが男の顔面に命中する。とても人間技とは思えない。あれも悪魔憑きだからこそ成せる技なのか。男はその場で昏倒する。
 彼女が剣を振り上げる。その視線は完全に男の方に集中していた。割り込むなら今しかない。エアガンの照準を彼女のこめかみに合わせる。撃鉄を落とし、引き金を引いた。サイレンサー付きの銃では発砲音はしない。予期せぬ襲撃に彼女はもんどり打って蹲った。
 意を決し、俺は彼女目がけて突進する。彼女を巻き添えにして床に転がるとその細腕をエアガンの銃身で思いっきり殴りつけた。彼女がナイフを取り落としたのを確認すると、男から剣を奪い取りネイに突き付ける。
「動くな」
 彼女は驚愕に目を見開くも、その口元には笑みを湛えている。しかしこれで抵抗はできないはずだ。そう思った途端、脚に衝撃が走る。身体がガクンと下がった。気が付くと俺の身体は地面に投げ出されていた。倒れている状態で脚を蹴り飛ばしたのか。哄笑に顔を歪め、彼女は俺の持っていた剣を拾い上げる。その切っ先を俺に向けた。
「どいつもこいつも余計なことを!」
 剣の刃が真っ直ぐ俺に向けて突き出される。その切っ先が喉元へと迫る。
「ルーフレイア!」
 身体を逸らし風の盾で刃を防ぐ。最初からこうすれば良かった。更によろめく彼女に鎌鼬を叩きこむ。
「ぐっ・・・」
 切り裂かれた肩から血が飛ぶ。彼女はルリさんの救済相手だ。出来る限り傷つけないようにと思っていたがもう限界だ。下手をすればこちらが殺されてしまう。彼女から更に距離を取り、呼び起こした衝撃波で張っ倒す。
「魔導士甞めないでくださいよ!」
「黙れ!」
 バネ仕掛け人形のように起き上がると、彼女は鬼を食らう羅刹のような顔でこちらを睨む。血の流れる腕を抑え青ざめた唇を震わせた。ステップでも踏むように床を蹴り上げ、低く屈んだまま態勢で突っ切ろうとする。剣先は眼前を捉えていた。
「エルティフレイ!」
 駄目だ、彼女の方が早い。俺のすぐ目の前で踏み切ると、首めがけて剣を突き上げる。だが、刃は俺の喉に達する何ミリか前で止まっていた。額に冷汗が流れる。風の呪文がギリギリのところで発動したのだ。一瞬の間。がら空きになったその腹部に蹴りを入れる。
「ぐっ・・・あ・・・」
 彼女の取り落とした剣を蹴り飛ばす。ネイはふらつきながらも後退し、足元に落ちていたナイフを拾い上げた。そして、その柄を祈るように握りしめる。
「お母様、お母様・・・ネイは悪い子ではありません・・・お母様の言う事を聞く善い子です・・・お許しください・・・お母様、お母様・・・」
 お経のようにひたすら唱えると、ざらついた息を吐く。まるで死にかけの人間が呼吸そのものに苦しむようだ。激しく動いたせいなのか、彼女の肩からは新たな血が流れ始めていた。
「怒られる・・・怒られてしまうわ、だってこんなに怪我をしてはお許しにならないわ・・・」
 彼女の眼はこちらに向けらてはいるのものの、その光彩の中に俺の姿はない。夢遊病者のように頼りなげな足取りでふらふらと歩き出す。
「お母様・・・・」
 うわ言のように呟き、彼女はゆっくりと離れて行く。そのまま部屋の中へと姿を消した。ドッと汗が吹き出し膝をつく。とにかく殺される危険は回避できたらしい。しかし奇妙だ。彼女の怪我は俺やシートンたちの殺害を断念するほどの物ではない。
 部屋の中からはネイの甘えた声が聞こえてくる。もうじき彼女は実の母を殺すだろう。そして狂い堕ちて兄に刃を向けるのだ。ここまでは定められたシナリオだ。変えようがない。そもそも我々の目標は何だったか。ネイを生かすことだ。それならばもう、カイルとの戦いまで待っても良いような気がする。
(いや・・・)
 頭の片隅で何かが引っかかる。自分の中の小さな虫が警告を発しているようだった。本当にこのままネイを放置していいものか。Herへの入り口、もう二度と戻れないトリガーを引くこと。そういえばどこかの誰かが言っていたような気がする。
「お母様・・・お母様・・・・」
 Herへの第一歩は―――
「お母様・・・私のお母様・・・」
 最も近しい人間を殺すこと。
「ネイ!待ってくれ!」
 もしそれが本当ならネイにプリムを殺させてはならない。俺はエアガンを引っ掴み、転がるように部屋に滑り込んだ。俺の侵入に気が付いたのはカイルただ1人。驚いたようにこちらを見ている。俺は彼を一瞥し、すぐさま目標の少女に視線を移した。彼女は狂った笑みを浮かべて母親に近づいて行くところだ。その手に血塗れのナイフを握って。彼女に向かって手を伸ばす。指先を限界まで伸ばす。あと1メートル、50センチ、10センチ―――届く!
 突如、ネイが視界から消える。否、態勢を低くしてプリムのところまで突っ切るつもりなのだ。予想外の動きに伸ばした手は空を切った。彼女は既にナイフを振り上げようとしている。もう届かない。
「だっしゃああああ!!!!」
 威勢の良すぎる掛け声。それと同時に窓ガラスを突き破って何かが飛び込んで来た。正確には体当たりで窓ガラスを開けたのだが、そんなことはこの際どうでもいい。飛び込んで来た何者かはネイを巻き込んで床に転がった。そのまま覆いかぶさるようにネイにしがみつく。その様はまるで母親が子供を庇うようだった。
「ネイ!母さん殺しちゃ駄目でしょうが!!」
 乱入者は紛れもない、ルリさんだった。


ルリ「スタイリッシュお邪魔します!!」
実は召使さんとルリのポジション、最初は逆でした。
小説版でのネイ、そういえば殴られてはいたけど斬られてはなかったな・・・

1年前 No.1169

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第21話「彼女の願い」

「だっ、離せっ!」
「駄目!!」
 腕の中で暴れるネイを全力で抑え込む。頭の中は眩暈でグルグルと回り、足は痙攣を起こしたように震えている。当たり前だ。目分量で10階建てマンションに相当する高さを登って来たのだ。10階建てと言えば27メートル。学校の25メートルプールより長い距離だ。正直死ぬかと思った。
ヴィオラの死霊を使って梯子を作り、粘着質な彼らの特性を生かしてようやくここまで登って来ることができた。落ちそうになれば支え、疲れてくれば後押しして、時にはそのつぶらな死んだ目で見つめてくれる彼ら。不気味だなんて思っていたことが恥ずかしい。彼らとヴィオラには多大なる感謝を表する。
「母さんは殺したら駄目!!」
「離せ!離して!!」
 おまけに窓に体当たりをかましたせいで全身がビリビリと痛んだ。窓にぶつかるのは久しぶりのことなので身体が鈍っていたのかもしれない。もっとぶつかって鍛えなければ。
「何をしてるの、侵入者よ!殺しなさい!」
 悲鳴に近い叫びが降り注ぐ。プリムの顔は恐怖に引きつっていた。それは私達への恐怖というよりも、私の『母親殺し』という言葉に反応したように思えた。その恐怖の矛先は専らネイへと向けられている。手駒のように扱って来た娘。絶対服従を敷いたはずの下僕のような我が子。ソレが自分自身に牙を剥くなど考えていてもなかったのだろう。
 母の言葉に反応してか、ネイの暴れ方は尋常ではないものとなる。切り裂かれた肩から血が溢れ出る。戦いの中で負ったのか。どこでやられたのか知らないが、これ以上暴れ続ければ傷は広がる一方だ。
「いっ・・・!」
 火箸で掴まれたような痛みが腕に走る。彼女を抱え込んでいた方の腕だ。あまりの痛みに手を離した瞬間、ネイは私を跳ねのけるように立ち上がった。その衝撃でごろりと仰向けに投げ出されてしまう。見ると二の腕の辺りがバッサリと切り裂かれ、そこから濃い赤が滲み出ていた。傷口を抑えてのたうつ私をネイが見下ろす。暗く淀んだ瞳がこちらを捉えた。その手に光るナイフが私に振り下ろされる。
「ルーフレイア!」
 聞き覚えのある声が響く。ナイフは私の目の前で弾かれ、遥か後方へと吹き飛ばされた。続いて耳を劈くような銃声が上がる。あれはヴィオラだ。
「大丈夫ですか!」
「うっぐ・・・いだ・・・だいじょぶれふ・・・」
 ずるずると起き上がると、プリム皇后に銃口を向けているヴィオラが視界に飛び込んできた。彼女のすぐそばには砕け散った調度品。先ほどの発砲音はこれだったのか。
「動かないで!動いたら撃ちますよ!私、コントロール悪いからどこに当たるか分からないし!」
 よく見ると彼女の腕はブルブルと震えている。よほど緊張しているのだろう。言っていることはかなり物騒だが、彼女の成長ぶりに私は感心せざるを得なかった。見よ、あの堂々たる姿勢を!あれならどんないじめっ子も彼女には絶対勝てない。
「さっきも仲間を撃ちかけて・・・たぶん、生きてると思うけど!あ、あれ・・・でも・・・死んじゃってたらどうしよう・・・・」
 その目から涙がポロポロと零れ落ちていく。プリムはそんなヴィオラの姿を見て顔を青ざめさせる。赤い唇を噛みしめてワナワナと震えていた。
「待ってくれ、君はうちの兵士を撃ったのか?」
「ご、ごめんなさい!!!」
 今まで存在を忘れていたが、そういえばカイルもいたのか。影が薄いから眼中になかった。拳銃を構えたまま号泣する少女相手に、彼はタジタジのようだ。
「ま、まあ、うちの奴らはそんなに軟じゃないし・・・大丈夫なんじゃないのか?」
 それでいいのかカイル王。ツッコミどころ満載だが、今は一応シリアスなシーンなので黙っておこう。腕の痛みをこらえて、とにかく止血に勤しむことする。
「それじゃ駄目です!貸してください!」
「すみません。腕切られたことってあんまりなくて」
「俺もないですよ!!」
 召使さんがローブを裂いて腕にギリギリと巻き付ける。おお、なんという紳士だ!と感動したのも束の間、叫ぶほどの痛みが襲う。もう傷が痛いのか圧迫されて痛いのかわからない。
「いだい!いだい!いだい!」
「これぐらいしないと血止まりませんよ!」
あれが今生の別れかと思っていたが、結局全員集合してしまった。バタバタと騒ぐ私たちをネイは呆然とした表情で見つめている。吹き飛ばされたナイフを拾うことも忘れてしまっているようだ。彼女の視線はふらふらと彷徨い、やがて自分の腕に視線を移した。
「お母様・・・・私、怪我を、ごめんなさ」
「いいからこいつらを何とかして!」
 ヒステリックな叫び声にネイの動きが止まる。もうその瞳は娘の姿など捉えていなかった。震えるネイのこめかみにくっきりと青筋が立つのが見えた。
「召使さん、何かあったらお願いします!」
「何かって何ですか!?」
 玉座を通り過ぎ、飛ぶように彼女の元へと走る。彼女の前へ滑り出ると、その肩を両手でむんずと掴みこちらを向かせた。肩の傷に障ったのか彼女は顔をしかめる。
「いちいちお母さんのこと気にするな!もう23の立派な大人でしょうが!」
 私の怒鳴り声にネイの顔が引きつる。そうだ、彼女は『あの時』も今と同じような顔をしていた。
彼女はとっくの昔から母親に愛されていないという事実を認識していたはずなのだ。そして、全て分かった上でそこに自分の価値を見出そうしていた。もし何も知らないままでいれば、彼女がここまで破綻することもなかったのかもしれない。
ネイが愛されたいのは、いや『愛されていると思い込んでいる』のは本物の母親ではない。彼女の脳内にのみ存在している、自分だけを愛してくれる架空の母親だ。現実のプリムから切り離した架空の存在。それと現実との差が広がれば広がるほど、彼女はプリムに対し服従するようになっていったように思う。そうしなければ、自分の価値を決めてくれる存在などどこにもいなかったから。いないという事実に気が付いてしまうから。既に気づいていながら、それに蓋をしようとした。だがそれは、ネイという器が抱えるにはあまりにも大きすぎた。小さな器、幼い頃から成長を止めてしまった小さな器に、ぎゅうぎゅうと無理矢理知りたくない現実を詰め込んだ。それが歪み、破綻を起こすのは時間の問題だったように思う。だがそれも、今日で終わりだ。
「もう、いいよ」
 逸る気持ちを落ち着かせて彼女の顔を見た。随分と昔の話だから、もう彼女は私の事なんて忘れてしまっているかもしれない。それでもいい。彼女が私を忘れても、私が覚えてさえいればそれでいいのだ。
「ネイ、お母さんはアンタが怪我しても怒らないよ。怒らないから謝らなくてもいいよ」
 そうだ、プリムにとって娘の怪我なんてどうでもいい。『あの時』のことが染みついて離れないのなら、私が彼女に告げなければならない。それが覚えている人間の務めだから。
「お母さんの傍にいたいなら、ネイがそうしたかったらそうすればいいよ。でも、お母さんはネイの期待にはきっと沿えない。あの時、アンタが怪我をしたから嫌われたんじゃない。あの人は、ネイが怪我してることに気が付いてなかったの」
 それは今だって同じだ。どれほど傷を負ったとしても、彼女を手当してくれる人はいない。心配してくれる人はいない。
「ネイ!何してるの!早く殺しなさい!!」
「うるさいですよ!今、大事なお話をしてるんです!」
 叫ぶプリムをヴィオラが牽制する。流石のプリムも銃を持った相手に凄まれては手出しできまい。戦力になるはずのネイが硬直していては尚更だ。彼女は私の話を大人しく聞いている。その瞳は虚ろだ。
「もう苦しむのはやめよう。ネイは苦しんでるんでしょ?お母さんに愛してほしいけど、あの人が自分を愛していないのはわかってる。でも、お母さんに愛されていない自分には価値が無いってそう思っているのでしょ。だから分からないふりをしてるだけなんだよね?」
「いやだ・・・わたしは・・・・」
「ちゃんと聞いて、聞こえてるよね?」
 ネイはゆるゆるとかぶりを振りつつ、その冷たい手で両の耳を塞いだ。彼女だってきっと分かっている。それぐらいじゃ人の声は遮断できない。それでも耐えられなかったのだろう。だが、声が届きにくくなったとしても、私の言う意味に察しはついているはずだ。
「もう限界だよ。ネイだって気が付いているのに。気が付いてるのに、気が付いていないふりをするのは苦しいよ。もうやめよう」
「・・・・・・」
 彼女は答えない。答えない代わりに抗議することも拒否することもしない。その沈黙は肯定の意を雄弁に語っていた。
「ネイが悪かったわけじゃないよ。誰が悪かったわけじゃない。ネイのお母さんだって、ネイを愛してあげられる余裕がなかっただけなんだ。ネイが悪い子だから愛せなかったんじゃないよ」
「・・・・・でも」
「うん」
「それでも私を一番に優先してほしかった!!私を選んでほしかったのに!!」
 それは心の奥底からの叫びだったのだろう。耳を塞ぐ手はそのままに、彼女はワッと泣き出した。この23年間、溜めこみ続けて来た淀みを吐き出すようだった。閉ざした蓋が開け放たれ、知りたくなかった現実が―――見ないふりをし続けていた物が溢れだす。1度奔流された物はもう2度と戻らない。ただそれは、同時に彼女の器が潰れることはもうないのだと示すものでもあった。
「私はお母様のために必死で耐えて来たのに!!どうして兄さんばかりが愛されるの!!あいつは何もしていないのに!お母様を愛していない兄さんが愛されて、私が愛されないなんておかしいじゃない!そんなの不公平だわ!」
「カイルのことだって愛してないよ。あの人に、誰かを愛するなんで出来ないの」
「だって――」
「あの人がほしいのは自分の思い通りになる人形だよ。カイルもネイも、アルスだってあの人はいらないの」
「でも、私はずっと・・・!」
「ネイが愛していたのは皇后さまじゃないでしょ。本当のお母さんじゃなくて、『ネイを愛してくれるお母さん』を愛していたんでしょ。違う?」
「・・・・ひどいよ」
「ごめんね」
 その言い草が昔の菫にそっくりで思わず笑ってしまう。どうか気が付いていませんようにと祈るばかりだ。彼女は涙を堪えて何度も息を詰まらせる。過呼吸のように浅くしゃくり上げ、それから深く息をついた。震える視線が私を捉える。それはあの時見た彼女の目とよく似ていた。燃えるような朱を称えた目だ。
「私が怒られない世界を作るって言っていたけど、あれ叶ったよ。全然嬉しくなかったけど」
 その一言が全てを理解する。彼女はあの時のことを覚えていたのだ。私も彼女も心はあの場所に戻って来ていた。この世界では17年、私の世界では7年の月日を超えてようやく彼女に出会うことが叶ったのだ。
 あれからネイは誰にも怒られない世界に放り出された。間違ったことをしても、彼女にそれを教えてくれる人間はいない。確かにそれは叶ってネイは自由になったけれど、彼女は自ら進んで縛られようとしていたのだ。彼女が願ったのは心の安寧。母親に従っていれば愛されるという仮初の安寧。ただそれは底なし沼よりも深く彼女を引きずり込もうとする、地獄のような安然だ。
「ネイ、こっちに戻っておいで。そしたら、その怪我も手当しよう。お母さんには見えなくても、私達はちゃんと見えているから」
「アンタの仲間にやられたのよ」
「じゃあ尚更、治さないと駄目だ!」
 私の仲間、そう言われれば召使さんしか思い当たらない。それを聞いても特別驚くことはなかった。この場に彼がいるということは、つまり既にネイとの戦闘があったと見ていい。ただ、これで私が卑怯者であるということだけは、はっきりした。ネイを傷つけるのが私じゃなくてよかった。私は最後まで無責任だ。自分で付けた傷では癒すことができない。
「ネイ・・・お母さんは貴方を愛していたわ!ねえ、だからお願いよ。お母さんのことを助けて頂戴」
 猫なで声でプリムが囁く。ネイは不安そうに私をちらりと見た。視線を合わせて私は頷く。彼女はもう1人で立てる。ネイは私を押しのけて前へ出ると皇后の顔をしっかりと見据えた。
「お母様、貴方を助けるのは私でなくても良いでしょう?」
 彼女の高らかな宣言にプリムはたじろぐ。そして忌々しげに私を睨んだ。そんな臆病な皇后に私はニヤリと笑ってやった。

1年前 No.1170

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第22話 「哀しいコドモ」

 帰り道はいつも独りだった。楽しそうにじゃれ合う子供らを見ては溜息を漏らす日々。傍から見ればきっと寂しいものだったのかもしれない。けれど当時の私にとってそれは当たり前の日常で、変えようのない自分の世界だった。ただ、瞼の裏に焼きついて離れないあの人の笑顔がどうしても忘れられなかった。
「こんにちは!」
「こん・・・にちは?」
 ススキの生い茂るこの丘は私だけの秘密の場所だった。ここから見下ろす海は他のどの場所よりも綺麗に映るのだ。何もかも飲み込んでしまいそうな不気味さはそこにはなく、只々心穏やかに眺めていられるのが心地よい。何よりも遮るもののない広々とした景色が鬱屈した感情を解き放ってくれるような気がしていた。
「何してるの?」
「海・・・みてる」
「へえ〜!」
 そんな秘密の場所に、ある日突然現れたのがあの少女だった。私よりも少し年上の真っ黒い髪をした女の子。母と同じ黒い髪。私はその艶やかな黒髪が羨ましくて仕方がなかった。だから、だからこそ。
「・・・前髪へんなの」
「変じゃないよ!カッコイイでしょ!」
 失敗したとしか思えないその前髪が腹立たしかった。そんな思いなど露知らず、目の前の少女は前髪をキチッと撫でつける。どうやら本当にそれがカッコイイと思っているのだろう。神経を疑う。
「うわぁ〜!夕日だ!夕焼けだ!見てる?ねえ、見てる?」
「うるさいなぁ・・・見えてるよ」
 眼下に広がる眩い景色。私が毎日のようにここへ来ているのは、これを見るためでもあった。どんなに辛いことがあってもここへ来れば忘れられる。そんな気がしていたから。柔らかな朱色が淡く空に滲み、水平線はじわりと墨染めに浸されていく。瞼の奥まで溶け入るような優しい空。鮮やかな赤や金の夕日よりも、私はこの空がいっとう好きだった。
「綺麗だね〜」
 それは隣にいる少女も同じなようで、先程から夕空の景色に釘づけとなっている。クリッとした小さな瞳が光を受けて輝いた。ふっくらとした頬が何だか間抜けに思えて、彼女に対する警戒心は不思議と薄れていった。立ち去るような素振りも見せないので、仕方なく彼女の隣に腰かけた。柔らかな土が身体を受け止めてくれる。こうするとススキの群れにぐるりと囲まれて、外からは見えないようになっていた。ここは私にとって絶好の隠れ場所だったのだ。
 暫くそうやって2人並んで夕焼け空を眺めていた。見ず知らずの相手なのに一緒にいても苦ではなかった。彼女は空気に溶けるようで、まるで存在感がない。そのためなのか、あるいはこの少女の醸し出すふぬけた雰囲気のせいなのか。ともかく、夕日を眺める時のゆったりとした気持が害されることはなかった。そうしているうちにとっぷりと日が沈む。暖かな空が薄紫に冷え込んでいく。
「終わっちゃったね〜」
「・・・うん」
 その言葉に残念そうな響きはなく、ごく淡々としている。私はスカートの裾はパタパタと払って立ち上がった。そろそろ帰らないといけない。部屋を抜け出したのがばれれば、一体どんなお仕置きをされるかわからなかった。
「帰っちゃうの?」
 か細い声が私を引き留める。その声は捨てられる子犬のような響きを持っていた。私がずっと昔に拾って来た子犬を捨てる時、去り際に今と同じような声を聴いたような気がする。しかし、そう悲しむほど一緒にはいなかったろう。
「あなたは帰らないの?」
 それとなく尋ねると、彼女は静かに首を振った。
「帰るとこないの」
 面倒な子に捕まってしまった。私は盛大に溜息を吐く。彼女の家の事情に興味なんてない。そもそも私の大切な秘密基地に土足で上がり込んできたのだ。思えばこの子には文句を言ったっていいくらいだ。私が気にするようなことじゃない。
「ふ〜ん、そっか。じゃあバイバイ」
 淡い色合いはとっくのうちに冷めて、水平線から暗い群青の雲が這い上って来ていた。そのうち青ざめた月がぽっかりと出てきて、砂粒のような星が浮かんで、そうして夜が訪れる。出来ることならそんな寂しい様は見ていたくなかった。それなのに、あの少女を幾度となく振り返ってしまう。薄暗い丘で揺れる銀の穂がざわざわと音を立てる。ぽつんと佇むその影が頭から離れなかった。
 次の日も、また次の日も、少女は決まって同じ時刻に現れた。私が丘まで登って来ると、必ず彼女もそこにいるのだ。そして私が帰る時になっても彼女がそこを動くことはなかった。もはや丘の主とさえ思えるその少女に、私は大切な居場所を奪われたような気がしてならなかった。
「ねえ、どこに住んでるの?」
 ある時何となく尋ねてみた。別に興味があったわけじゃない。ただ、少しだけ、そう少しだけ聞いてみたくなっただけだ。彼女は少しだけ微笑んで答えた。
「ここだよ」
 話が掴めない。そんなことなら私だって『ここだ』と答えたろう。この周辺にもいくつか家はある。そんなざっくりとした答えはいらない。私は僅かに苛立ちを覚え、今度はさっきより語気を強くして繰り返した。
「そうじゃなくて、どの家に住んでるのって聞いたの!」
「ここだよ。私のおうちは丘の上」
「・・・へ?」
 目に映る限りでは、この丘の上に家らしきものは見当たらない。彼女は不思議そうに小首を傾げてこちらを見つめていた。嘘を吐いているようには見えなかった。
「家、ないの?」
「うん」
「どこから来たの?」
「わかんない。ここがどこだかわからないの。お母さんもお父さんも、どこにいるのかわからない」
「・・・へんなの」
 私がそう呟くと、少女は顔をくしゃっとさせて笑った。間抜けな顔だ。私には父親はいないけど母親ならいる。母親とは一緒に住んでいるわけではないけれど、帰る家はあった。例えそこが生きた心地のしないような場所だったとしても。目の前の少女は何もわからないと言った。家族も家も何もわからないと。その言葉の意味を理解した途端、お腹のはじっこがじんわり冷たくなった。
「名前はなんていうの?」
「・・・・ごめんね、わからないの」
 そう言って彼女は静かにはにかんだ。白痴のように何もわからないと答えることが恥ずかしかったのかもしれない。不意に地面が緩くなったような気がした。
「名前もないの?」
「うん・・・そうだ、名前つけて!」
「え?」
「名前、あなたが考えて!」
 少女が突然、その小さな掌で私の手を包み込む。ひやっとするほど冷たい手だ。その表情はまるで最高級の発明でも思いついたように晴れ晴れとしている。
「私、名前なんてわからないし・・・・」
「いいの!なんでもいいから考えてよ。ぺろぺろぽんぽんでも、しゃっきりぽんのすけでもいいからさ」
 ぺろぺろぽんぽんは流石にひどすぎるだろう。彼女のネーミングセンスは抜群に悪いらしく、これは私が考えてやらなければならないと思い直した。別に名前をつけてやるだけだ。なんてことはない。
「えっと・・・・」
 私は頭の中で色々な単語を想起する。女の子の名前でもおかしくないような言葉がいい。小雨、綿雪、水仙、青水晶、どれもしっくりこない。私が頭を悩ませていると、ふと染み入るような空が瞼の裏に浮かんだ。あの色は今まで見た中でもいっとう綺麗だった。あれを見たのはそう、初めて母の家に行った時のこと。もう1年も前のことだ。
 その日は少しだけ雨が降っていて、空には灰色の雲が重たげに漂っていた。兄は飽きもせずにキャンパスに色を塗りたくっていて、何やら熱心に筆を動かしていた。彼が描くのはどれも人間の絵ばかりで風景画は1枚もない。私の好きな夕焼けの絵なんて勿論なくて、少しばかりガッカリしたのを覚えている。
 ふいに雨の音が聞こえなくなって、私は窓の外を見た。するとどうだろう。澄み切った空に青とも紫ともつかないような色が滲んでいたのだ。あれはどんな色なのか。それまで兄とは一言も口を利かなかったが、どうしても知りたくなって尋ねてみた。絵の具ばかりを相手にしている彼なら、当然知っていると思ったから。あの色は、あの空の色は―――
「瑠璃」
 ついて出た言葉に自分でも驚く。心は既に1年前のあの日、母の家で見たあの空の下に帰っていた。少女は目をいっぱいに見開いて私の顔を注視する。便乗上、先程の言葉が彼女の名前ということになるのだろうか。その瞳を見返した。
「うん、すごくいい・・・気に入った!ありがとう!」
 日に照らされた顔がピカリと輝く。たった今手にしたばかりの名前を何度も呟いては、口の中で噛みしめているようだった。それは思いがけない贈り物をもらった子供のようにも見えた。
「別にいいけど・・・その、ルリは明日もここにいるの?」
 日は既に落ちかけていた。淡いオレンジがルリの頬を染め上げた。
「いるよ、明日も明後日も、その次もずっといるよ」
 歌うような調子で彼女は答えた。頷いているのか、舟を漕いでいるのかわからない、曖昧な動きで首を縦に振る。首が座っていないように見えて、少々危なっかしい。
「明日も来るよ?」
「わかった!」
 ほとんど条件反射のような呼応が返る。日の光から視線を逸らそうともしないので、本当にわかっているのやら疑問だ。とにかく明日も会えるということだけは、これではっきりした。
 私が名付けた何も分からない子供。何もわからないというのは悲しいことだと思うし、実際私もあの子を憐れんだ。けれど、知っていることと知らないことの差なんて、悲しさで測りにかければ大差ないような気もした。



ルリ「私の名前、ぺろぺろぽんぽんになるとこやったんで」
召使「すてきですねー(棒)」
ヴィオラ「もうそれでいいだろ」

1年前 No.1171

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

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1年前 No.1172

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第24話 「寂しいコドモ」

「もういいーかい!」
「まーだだよ!」
「もういいーかい!」
「まーだだよ!」
「・・・もういいでしょ!」
 祖母が家を留守にしている日は、昼間からも勝手に抜け出すようになっていた。そういう時は決まってルリが『子供の遊び』というものを教えてくれた。同年代と遊んだことのない私にとっては、それはどれも新鮮で素敵なもののように思えるのだ。
 ススキの中に蹲り、私は目を伏せてルリの合図を待った。今日の遊びは『かくれんぼ』というものらしい。1人が隠れてもう1人がそれを探す。見つかったら交代でまた繰り返す。一見無意味に思えるのだが、ルリ曰く、隠れている時のドキドキ感や探す時のワクワク感なるものが良いらしい。正直私にはそのどちらも湧いてこなかったが、ルリが楽しそうなので付き合ってやることにした。
「もういいよー!」
 顔を上げた途端、少し離れた場所でススキがカサリと動く。私がかくれんぼを楽しめない理由の1つに隠れ場所の問題があった。確かにススキは姿を隠してくれるけれど、少しでも動けば音でばれてしまう。かと言ってすぐに見つけるとルリが怒るので、探すふりをしなければならない。
(面倒だ・・・)
 面倒は面倒だが、こっちの方が家にいるよりも数千倍は楽しい。そういうわけで今日も私は子供の遊びに興じるのだ。家の中でかくれんぼが出来れば、どれほど楽しいだろう。隠れるところなんて沢山あるし、ススキのせいで居場所がばれることもない。そんなことをしては全く別の意味でスリルを味わえそうだが、そんなスリルは願い下げだ。あの家が私1人だけの家なら良かったのに。
(そろそろ良いかな・・・)
 ルリが隠れているであろう場所にそっと近づく。投げ出された小さな足が見えた。
「ここだ!」
 勢いよくススキをかき分けてみると、そこにはバッタリと倒れているルリがいた。その目は固く閉じられ、口はだらしなく半開きになっている。眩暈でも起こしたのかと慌てて揺すってはみるものの、彼女が目を覚ます気配は全くない。
「ちょっと!ルリ!」
 顔を近づけると微かに寝息が聞こえた。安堵するとともにやりきれないような気持ちになる。こっちがせっかく探すふりをしてやったのに、それはない。苛立ちを込めてその間抜け面をグニグニと引っ張った。頬がパン生地のようによく伸びる。
「いだだ!」
「寝ちゃう方が悪いのよ」
 バタバタ暴れる彼女を無視し、もう一方の頬もギュウッと抓り上げた。先ほどの苛立ちは既に消え失せており、今はぶよぶよ伸びる頬が面白くて仕方がない。
「いたい!」
 パッと私の手を払いのけてルリが起き上がった。時折こういう急な動きがあるか、こいつは中々あなどれない。びっくりしたせいなのか、つっかえが取れたように吹き出してしまった。
「あは、あははは!」
「なんで笑うのー?」
 笑われて恥ずかしそうにするわけでもなく、ルリは本当にわからないといった風でぽかんとしていた。その表情のせいでまた笑ってしまった。
「次はルリがオニね!私が隠れるの!」
 ススキが鳴って見つかるからつまらない、なんて理由にはならない。今度は私が本当の隠れる術というものを見せてやる。
「あれ・・・」
 麓に人影が見えた。ラベンダー色の日傘を挿して小道を歩いて行くのだ。その先にあるのは私の家。まさか祖母が帰って来たのだろうか。いいや、そんなはずはない。祖母はあんな洒落た傘なんて持っていなかった。ならあれは一体―――。
「どうしたの?」
 ルリが後ろからトコトコと着いて来る。ジッと目を凝らして日傘の人物を観察した。ふと、風が吹いて日傘が大きく煽られた。豊かな黒髪が風になびく。あれは、あれは間違いない。あの姿は見間違えようがない。
「お母様!」
「え、待ってよ!」
 制止しようとするルリの声も聞かず。私は飛ぶように丘をを駆けた。身体の芯から熱が溢れてくるような心地がした。あの家に母が来たというのなら、その目的なんて1つしかない。きっと私に会いに来てくれたのだ。そうに違いない。それから、その優しい腕で私を抱きしめて、きっとあの忌々しい家から救い出してくれるつもりなのだ。その時はルリも一緒に連れて行こう。母は優しいからきっと許してくれる。
「お母様!私です!ネイはここです!」
 そう叫んだ途端にぐらりと視界が反転する。驚く暇もなく私はベタンッと地面に叩きつけられていた。足がジンジンと痛む。きっと小石か何かに躓いたのだろう。受け身も取れなかったから、身体のあちこちに擦り傷ができて血が滲む。服も泥だらけだ。こんな身なりでは母は失望してしまうかもしれない。けれど、そんな不安よりも今は母に会いたくて仕方がなかった。痛みを堪えて再び走り出す。
 丘を下り小道に走り出た。少し前を行く母の姿が見える。やはりこの人は間違いなく私の母親だ。今よりずっと幼い頃に見た、あの陽だまりのように優しい瞳を思い出す。迎えに来てくれたんだ。私を手放してからもずっと悔やみ続けていて、それで今日ようやく決心してくださったのだ。
「お母様!」
 あらん限りの声で呼びかけた。母が歩みを止める。暖かな感情が心の奥底から泉のように湧いて出てきた。鼓動が跳ねる。自分の中に小さな私がいて、陽気な音楽を手当たり次第にかき鳴らしているように思えた。母がこちらを振り向く。泉のように静かな瞳が私の姿を捉えた。途端に彼女は日傘をかなぐり捨てて、素早く私に駆け寄って来た。私は彼女に精一杯の笑顔を浮かべてみせる。
「お母様!ずっと、ずっとお会いしたか――」
「どうして貴方がここにいるのッ!」
 高々と響く音。目の前で火花が飛ぶ。突然視界がぐるりと回転し、気づけば地べたに倒れ込んでいた。頬がビリビリと細かく震えているのがわかる。それは染みるように痛んだ。ワンテンポ遅れてようやく気がつく。母が私の頬を張ったのだ。
「お母様・・・ごめんなさ」
「アビス!アビスはどこなの!あれだけ外に出すなと言ったのに!」
 母はもう私のことなど見ていなかった。捨て去った傘を拾い上げると、肩を怒らせて家の方角へすっ飛んでいく。私はただ呆然とその姿を見送ることしかできなかった。どうして母は私をぶったのだろう。わからない。わからないけれど、あの人は私を拒絶した。私のことがお嫌いになったのだ。どうしよう、どうしたら・・・。
「ネイ、大丈夫?」
 足元から震えが這い上り、ざわざわと身体中を突き抜けていく。頬の痛みなど最早意識の外だった。目の前が真っ赤になって、頭のてっぺんから血が降りていくような感覚。今足元を見れば、きっと私の血は水たまりのように零れているのかもしれない。張り付けにでもされたように動けない。
「怪我してるよ。手当しようよ、ね?」
 怪我。そうだ、怪我だ。母が何の理由もなく私をぶつなんてあり得ない。母が怒ったのはきっと私が怪我をしていたせいなんだ。それが意味するところは全くわからなかったけれど、きっと怪我をするのというのは母にとって悪いことなのだろう。理由まではわからない。わからなくていい。わからなくていいから、母に嫌われるような自分になってはいけない。怪我をすれば母に怒られる。なら怪我をするようなことはしてはいけない。もうここには来られない。
「帰らなきゃ・・・」
「待って!待ってよ!」
 この脚はまるで幽霊のように地面を掴み損ねながら歩く。実際私は幽霊になってしまったのだろう。母に嫌われる私なんて死んでいるのと一緒だ。あんなに優しくて慈悲深い母さえ私を嫌うのだ。そんな私を許してくれる人なんてきっといない。
後方からルリが何度も何度も名前を呼ぶのが聞こえてきた。その声が煩わしくなって思わず叫ぶ。
「うるさいな!ルリには家族いないから、嫌われる辛さなんてわからないんだ!」
 彼女はそれ以上何も言わなかった。それさえも苛立たしくなって、足元に落ちる濃い影を睨んだ。行き場のない怒りは、冷たい塊となって胸の奥底にへばりつく。
 家に帰った私を待っていたのは祖母からの無慈悲な仕打ちだった。この件で、私が家を抜け出していたことがバレてしまったのだ。
「この出来損ないが!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
祖母が杖で脚を打ち据える。途端、焼き鏝を当てられたような激しい痛みが走った。実際それは火傷のように皮膚に刻まれ続け、私の脚はそんな傷で醜く隆起しているのだ。
「お母様お母様お母様お母様!!」
 少し離れた場所に立つ母に手を伸ばす。途端に祖母が私の頭をわしづかみにして床に叩きつけた。鈍い痛みに眩暈がする。それでもしぶとく手を伸ばした。ほとんど縋るような思いだったが、結局母が私に手を差し伸べることなどなかった。視界の淵に映る眼光は冷たい。そこに昔見た面影を見つけることはできなかった。そんな私を一瞥し、母は何を言うでもなく部屋から立ち去る。静かに閉じる扉の音で全てを理解した。私は母に捨てられたのだ。
 気が済んだのか祖母は私を床に投げ出した。何事か罵声を浴びせかけ、彼女は母を追うように部屋から出て行った。後には冷え切った静けさだけが残る。しんとした部屋の中で、僅かに開いた窓から風の唸る音を聞いていると、静寂そのものに責め立てられるようだった。
憤るよりも先に全身を溶かすような虚無感が湧き起こる。冷たい石の床に身体は同化して、無くなってしまうような気さえした。そのまま無くなってしまうのも悪くないとも思えた。
 ただ、消えてなくなってしまう前に唯1人の友人に会いに行かねばならないと感じた。それだけは果たさなければならないような気がしたのだ。彼女と会うのはこれで最後にしよう。あの子だってこんな寂しいところにいないで、どこかのどかな街で暮らせばいい。
 日が沈んでからもう1度、ルリのいる丘へ行ってみた。お別れのパンを持って丘を登ってみたが、どこを探してもルリの姿はもうそこにはなかった。自分から別れを告げに来たというのに、裏切られたような気がするのは私の我儘だ。きっと私に愛想を尽かしていなくなってしまったのだろう。
 月がぼんやりと光っていて、暗闇の中で揺れるススキを銀色に照らし出していた。独りぼっちの星だ。月だって星の1つに違いないのに、塵のような群れの中へは入っていくことはできない。
 ルリはこんな空をずっと独りで見ていたのだろうか。ここは寒くて仕方がない。毎晩、朝までぐっすりと眠っていられるわけがない。思えば食い意地が張っていたのだって、ずっと空腹だったからに違いない。掌から零れ落ちるパンはそのままに、私は膝をついて泣いた。



ネイ「こんな空をずっと独りで」
ルリ「( □ω□)スヤァ」
ネイ「空腹だったにちがいな」
ルリ「□□"□□"□□"(□´□`□)□□"□□"□□"」
ネイ「(#^ω^)イラッ」

コドモシリーズ、次回で最終話

1年前 No.1173

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

環境依存のせいで顔文字が表示されない・・・
まあ、ルリがモグモグしてるだけです

1年前 No.1174

ユリ @a1ka4ri ★3DS=LzPKTYVrrW

お久しぶりです。細かく書くと時間がかかるのでところどころとばします。


ミカエラとグーミリアの修行と勉強が終わり、私とグーミリアとエルルカは王宮へ、ミカエラはエルフェゴートへ行くことになった。
ユ「ミカエラ一人で大丈夫?」
ミ「大丈夫…たぶん…」
本に書いてあったとおり、ミカエラは具合が悪そうだった。エルルカに言われて薬を飲んですぐに寝ちゃったからあまり話せなかった。
翌日
私達は王宮へ行き、私はリリアンヌ様の様子を見て、悪魔の後遺症があるかを調べることになったので、メイド達に紛れて仕事をすることになった。メイドや召使、リリアンヌ様にはこのことを知らせず、マリアム様だけエルルカが話すことになった。

ユ「はじめまして、ユリといいます。これからよろしくお願いします。」

1年前 No.1175

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

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1年前 No.1176

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第25話 「星のコドモ」 後編

 子供を隠すなら物の中。私たちは物置と化したその場所で、息を潜めて様子を伺っていた。ガラクタの中にぎゅうぎゅうと身体を押し込めて潜伏する。ふと向かいの壁にゆらりと長い影が生えるのが見えた。心臓が鼓動を速める。その音さえ止んでくれと、痛いくらいに目を閉じる。
 どのくらいの時間が経っただろうか。気が付けば祖母の姿は消えていた。私たちは無事に隠れ切ったのだ。
「は、はぁ・・・」
 物の山からずるずると這い出し、何とか息をつく。気づけば私もルリも汗をびっしょりとかいていた。
「スリル満点だね。やっぱりかくれんぼはこうでなきゃ」
「冗談きついよ」
 それが冗談かどうかはさておき、抱いた私の願望は図らずも叶っていることとなる。家の中でルリとかくれんぼをすること。それが現実になった今、高揚感がないと言えば嘘になる。
「裏口から出られるはずだから、そこまで行こう」
 私がそう促すと、ルリも大人しく随行する。辺りを注意深く見渡しながら、私達は静かに移動を開始した。家の中は暗く、古びた床とは時折ギシリと音を立てた。その度にヒヤヒヤしたが、降りしきる雨の音はそれを打ち消していた。
「とりあえず盗めるものだけ盗んでいくか」
 いつの間に持ってきたのか、ルリが大きな袋を見せびらかすように振る。
「窓壊して金目の物盗んで、挙句にお嬢さんまで誘拐したら死刑ですなぁ」
「怖いこと言わないでよ」
 悪いことをすれば捕まって、それ相応の罰が下されるということは知っている。ルリの行いがどんな罪状に値するかは知らないが、私のせいで捕まるのだけはごめんだ。彼女はそんな私の気も知らないで、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。近くの棚から金時計を探り当て、にまにましながら袋に詰めている。
「そういえば、ルリは今まで何をしていたの?」
「ちょっと、ネイの部屋を特定するのに時間かかってね。ネイとこのお婆さんが凄い剣幕で襲ってくるからさ。何とか逃げ出したけど死ぬかと思った」
 ちらっと舌を出して笑い、彼女は何でもないというように言ってのける。一方の私は血流が下がっていくような思いをしていた。私のせいでルリが危険な目に遭ってしまったのだ。
「・・・ごめんなさい」
「なんで?私のせいだよ」
 ルリはきょとんとして私を見る。本当にわからないというような顔をしていた。
「あ、良い物みっけ〜」
 どこから持ってきたのか、今度は宝石の類を袋に放り込み始める。よくも躊躇なくこんなことができるものだ。
「さてと、そろそろ撤収」
「そこだな」
 鋭い声が飛ぶ。振り向くと怒りに顔を歪ませた祖母が立っていた。全身からモワモワと湯気が立ち上り、彼女の周りだけ高温に晒されているように見えた。叫びを発するより前に、ルリが私の手を引いて近くの部屋へと逃げ込む。
「ドアの前!なんかで塞いで!」
「は、はい!」
 手近な箱やら何やらを引っ張って来てドアの前を塞いだ。安心する間もなく扉を勢いよく叩く音が聴こえてくる。
「ね、ルリどうしたら・・・」
 部屋を見回して青ざめる。この部屋には窓がない。
「踏み台頂戴!」
「え?」
「踏み台!」
 ルリが壁にかかったレイピアに手を伸ばそうとしていた。嫌な予感がしたが、切迫した表情に押されて踏み台を渡す。
「よっと」
 踏み台でもギリギリ届かないが、彼女は身軽にジャンプしてレイピアを取る。その重みに耐えかねてかふらふらっとよろけた。
「これでお婆さんをやっつける」
 自慢げに宣言すると、その手に持ったレイピアを振り回した。私からは離れているので、当たる心配はないが危なっかしい。
「勝てないよ・・・」
「勝てるよ」
 自棄を起こしているようには見えなかった。彼女はにこり笑うと、レイピアの先に手を翳す。途端にそこから暖かな光が漏れ出した。
「私、ネイが理不尽な理由で怒られたり、傷つけられたりしない世界を作るために来たんだよ」
 彼女がレイピアを振る度に、その光は流星のように軌跡を描く。暗い部屋の中で唯一それだけが光り輝いていた。
「そのためには、全部ひっくるめて幸せにできる奇跡みたいな魔法を使わなきゃいけないの」
 奇跡か。本当にそんなものがあるとすれば、私も誰かに愛されて孤独だった時のことなんて忘れてしまえるのかもしれない。そんな淡い期待も暗い感情の中へと沈む。幸せも何も抱いた期待は粉々に打ち砕かれたばかりだ。
「大丈夫、私は魔法使いだからね」
 それでも、彼女の言葉を今否定する気にはなれなかった。現に奇跡は今ここで起きている。何もかも失ったと思っていたのに、ルリはこの地獄から私を連れ出すために戻って来てくれた。私だけのために。
「・・・うん」
 不安がないとは言い切れなかった。けれども、そこに失望を纏った憐憫など存在していなかった。私を守ろうとする彼女の背中は、矮小ながらもどこか頼もしかった。その背中は私の命と、彼女自身の命を賭けるに値するような気がした。
 扉を打ち付ける激しい打撃音。祖母が魔術を使って扉を打ち破ろうとしているのだ。硬直する身体には緊張の触が走り、額には冷たい汗がじっとりと流れる。来る、もうすぐ扉が打ち破られる。扉はミシミシと耳障りな音を発した。
「ルリ!」
「わかってる!」
 瞬間、むせかえるような噴煙が舞い上がる。私は思わず目を閉じ咳き込んだ。バリケード代わりにしていた木箱が吹き飛ばされ、バリバリと木の砕ける音が、捻じ曲げられるような音が響き渡る。扉は開かれたのだ。
 どっと汗が噴き出る。部屋に雪崩れ込んできた煙には目に染みるほどの熱気が含まれていた。このまま蒸し焼きにされるのではと焦燥を募らせるほどに、それは全身の肌を熱くひりつかせる。煙を吸ってしまったせいなのか喉が急速に乾いていき、私は水を失った魚のように何度も口を開いては浅い呼吸を繰り返した。それが悪循環となり、喉の奥で焼けるような痛みが生じる。
「観念して出ておいで」
 祖母が発するのは、一切の怒気を感じさせない穏やかな声。それが逆に私の背筋を凍りつかせた。小さな彼女の背中にしがみつく。子供特有の熱を持った、か弱い背中に。
「大丈夫、だから・・・みて、て・・・」
 咳き込むそうになるのを堪えているような、ざらついた囁きが返って来る。涙を滲ませて私は何度も頷いた。それが煙のためなのか恐怖のためなのか、理解するより先に筋となって頬を伝う。
 次の瞬間、頭上で眩い青が迸り、視界が晴れる。真っ先に目に入ったものはレイピアを両腕で必死に持ち上げ、祖母と真正面から対峙しているルリの姿だった。
「バイネロ・バロセッサ!」
 彼女の叫びに呼応するように、突き付けられた切っ先から鋭い光が放たれる。ぐらぐらと空気の乱される感覚ののち、私の腕はもぎ取られるようにルリの背中から離されていた。受け身も取れないまま床に倒れ込む。痛みに耐えながらも頭を上げると、部屋の隅で蹲っているルリの姿があった。
「ルリ!」
 祖母の姿はもう見当たらない。私たちは祖母に打ち勝ったのだ。私は、私たちはもう自由だ。歓喜に身を震わせ、高ぶる感情のままに私はルリの元へと一目散に駆けた。その小さな肩を抱き起そうと、私は彼女に手を伸ばす。
「・・・え」
 しかし、伸ばしたこの腕はルリをすり抜けて空を切った。
「あ、れ・・・あれ、あれ、あれ」
 何度もやっても彼女に触れることはできない。脳みそをギリギリと絞り上げられていくような恐怖が襲う。何が起きているのかわからない。理解したくない。
「あはは・・・ごめん、私じゃ駄目だったみたいだ・・・」
 ゆるゆると彼女が身体を起こし、涙で濡れた私の顔をその瞳に捉えた。蜻蛉のように頼りない眼だった。
「ルリは魔法使いなんでしょ?全部ひっくるめて幸せにできる、奇跡みたいな魔法を使えるんでしょ」
 縋るように発した言葉はただ震えている。ルリの身体は青く、どこまでも青く透き通っていた。薄く滲んだ輪郭線の向こうに木の壁が映り込んでいる。ルリはいつも通りの間抜け面でへらっと笑った。
「そんなこと・・・できればよかったなぁ」
「私が怒られない世界を作ってくれるんじゃなかったの!」
 現状を拒むが為の叫び。私が望んだから、私が望めば望むほど手の中から零れ落ちていく。私の大切なものが奪われていく。初めから自由など望まなければよかった。戻って来たルリを追い返せばよかった。私が欲しがらなければ、何1つ奪われずに済んだというのに。
「ごめん、ごめんね、ごめんなさい・・・」
 言葉と共に雫が滴り落ちる。ルリが動く気配があった。触れられない頬に手を触れて、囁く。
「なかないで」
 彼女が微かに微笑んだ。瞬間目を覆うほどの輝きを放つと、その身体は目の前でパッと弾けた。飛び散った粒子は部屋中に散りばめられ、音もなく燃え続ける青白い星になる。人は死ぬとき星に変わるという、私はそんな言葉を思い出していた。
 星が一粒、また一粒と別れ惜しむように小さく瞬きながら消えていく。私は床にぺたりと座り込み、声もなくその光景をただ見上げていた。全ての光が消え失せた時、部屋には再び冷たい静寂が満ちる。ふと視線を落とすと、最後にただ1つ残された光源を見つけることができた。優しい青を纏った剣は、ルリのいたはずの場所で薄い光を滲ませている。そっと拾い上げると、役目を終えたように鈍い銀色線を現した。
それは、私にとってあまりに重すぎた。
 翌日、祖母が何事も無かったかのように私の前に現れた。結局、彼女の死は無駄だったのだ。落胆することはなかった。期待もなければ望みもないというのに、これ以上何を悲しめというのだ。
「なんて物を持ってるんだい!」
 耳を鋭く打つと、祖母は私の隠し持っていたレイピアを取り上げた。その後、レイピアがどうなったのかはわからない。わからないけれど、大方質にでも流したのだろう。
 こうして私は唯一、友人と呼べた人間を失った。これほどの喪失を感じるのは後にも先にもこれっきりだった。



オオルリ「窓があれば何とかなると思ったら大間違いだからな」
コルリ「でもコルリの方がかっこよかったでしょ?」
ヴィオラ「いい加減窓から離れて」

コドモシリーズはこれにて完結です。
次回、本編のエンディング

1年前 No.1177

クロア @a1ka4ri ★3DS=LzPKTYVrrW

放置してたクロアです。


こっちの世界に来てしばらくたって、仕事にも慣れてきた。
こっちの世界に来てから毎日のように不思議な夢をみるようになった。いろんな場面の夢だったけど、この前にみた、卒業式と部活のお別れ会の夢をみたときに私がみた夢は、私が元々居た世界の夢だとわかった。
夢の世界では春休みになり、部活の夢をみないときはいつもと違う夢をみるようになった。
女の子が森のなかで魔術の練習をしている。その娘は風と水を操ったり、歌で自然に呼びかけたりしていた。森のなかの小屋に三人の女性と暮らしているその娘は
ユリと呼ばれていた。

1年前 No.1178

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

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1年前 No.1179

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第26話 「終幕を結ぶ物語」 後半

 喉を潤して、彼女はようやく落ち着いたらしい。落ちくぼんだ目で私をジッと見つめると、声を落として囁きかけた。
「ルリは大きくなったんだね・・・」
「何年経ってると思ってるの」
 彼女はへらっと曖昧に笑って、そうだねと小さく呟く。ネイはすっかり静まり返ってしまっていた。全身から絶え間なく沸き立っていた、あのぎらつくような闘志と激情は鳴りを潜め、盛りを終えて萎んだ花のような印象さえ受ける。
「私ね、ずっと眠っていたみたいなんだ。沼の底に沈んだまま空を見ているみたいで、ぼんやりしてて、よくわからなくて。でも、それは全部私のことなんだなって、わかってるる。わかってたんだ、ずっと。自分のしてきたことだから」
 ぽつり、ぽつりと独白のように彼女は語る。彼女は実際、飢えていたのかもしれない。彼女の濁った瞳は、どこか遠くを眺めているようで、それが堪らなく不安にさせる。暗い淵を覗き込んでいるような気さえした。
「苦しかったんだ。呼吸が出来なくて、酸素が欲しくて堪らなくて、でも、息を吸おうとすると濁った水ばっかり肺に溜まって、死にそうになるのに、どうしてだか私は死なないの。だから誰かが引き上げてくれるのを待ってた。それがお母様だと信じていたのだけれど・・・・駄目、だったのね。だって、お母様も私と同じように溺れていらっしゃったのだから、私なんかを救い上げてくれるはずがなかったのよ。救い上げることなんて出来なかったの」
 それから長旅の疲れを吐き出すように、彼女は深く、深く息をついた。本当に永い旅をしてきたものだ。ふっとそれを振り切るように、ネイは儚げな笑顔を見せた。
「でもいいの。もういいの、ルリが来てくれたから」
その言葉1つで私は救われる。私もまた随分と長い旅をしてきたのだ。
「・・・10年」
「え?」
 震える声が自分でもよくわかる。
「10年、だよ。遅くなってごめんね。でも、やっと、会えた・・・」
 抑えきれなくなった感情は嗚咽となって決壊する。
「間に合って、よかったよぉぉ・・・」
 感覚を失った脚が頽れる。ベッドの淵に顔を伏せ、私は小さな子供のように声を上げて泣いていた。頭を優しく撫でられる感覚がある。
「ありがとう。お疲れさま」
 しゃくり上げながら私は何度も頷く。それ以上の言葉はもう必要なかった。胸に閊えていたものが剥がれ落ちる音を聞いた。私が、私自身から緩やかに解離していく音を聞いた。もう、終わりなんだ。
 私の心はあの頃に戻っていた。独りぼっちの帰り道。取り残されたようにひっそりと佇む小さな図書館。そこで見つけたとある本のこと思い出していた。
広く知られた童話、悪ノ娘の原作本。あれを初めて読んだ時の衝撃は未だに忘れられない。そこに書かれていたネイの存在、本物の悪ノ娘の存在を知った時、その瞬間こそこの世界へ来るキッカケとなったのだ。幼い心に抱いた思いはただ1つ。孤独な彼女の救済。
そして今、実に10年越しにその想いは叶えられた。
「失礼する」
 私がノックの音に気付かなかっただけなのか、はたまたマーロン王が不躾なだけなのか、いつの間にかカイルが部屋に入って来ていた。泣き腫らした私の顔を見て、彼は少々面食らったように後ずさりをする。その反応を見る限り、おそらく前者の方が正しい。
「ああ、すまない。出直す」
「いいえ、いいんです。ネイと話をしに来たのでしょ?」
 私の問いかけに彼は頷き、間合いを見定めるような緊張を伴いつつも、こちらへゆっくりと近づいてきた。ネイが怯えたように身を竦め、私の服の袖をギュッと握りしめるのがわかった。
「大丈夫よ」
 彼がいぶかしげに私を見る。席を外して欲しいのだろうが、私はそこまで空気の読める人間ではないのだ。何もわからぬ風を装って、にこりと笑みを返してやった。
「ネイ、話がある」
 そんな私を無視して彼は話を進めることにしたようだ。私が同席していた方がネイの信用を得られると考えたためなのか。
「お前を罪に問わないことにした」
 彼女の瞳が大きく見開かれる。彼は構わずに続けた。
「だが、お前の存在は我がマーロン王家にとって非常に不都合だ。わかるな?」
 ネイは静かに頷くも、袖を引く力がやや強まる。
「ならいい。そういう理由で、お前はこの戦いで殉職したということにする。これで丸く収まるからな・・・・特務工作部隊もめでたく解散というわけだな」
 彼の口調は実に淡々としたものだった。そこに何の感情も伴わない。彼の言い分はわかる。その案が彼女にとっても都合がいいということも含めて。だが、頭の隅で靄のように沸き起こる感情は拭うことができない。奥歯をグッと噛みしめたまま、彼の次の言葉を待った。
「お前のこれからの処遇について話すが・・・」
 彼は暫く視線を彷徨わせ、躊躇するような素振りを見せる。その表情に一瞬の憂いを垣間見た。やがて彼は真っ直ぐにネイを見下ろした。
「もうすぐ、あと数年後に私は国王の座を辞することにした」
「・・・は」
 予想外の言葉に私もネイも言葉を失う。元々これは彼の独壇場であり、私たちは失うべき言葉すら持たないけれど、それでも驚くには値するだけの衝撃であった。
「どういうことですか?」
「話している時間はないのだよ。だが、まあ、君に心配されるようなことはない。全て首尾よく進めるつもりだ。それで、ネイ」
 彼女は震えるような面持ちで実兄を見つめていた。息の詰まるような緊張が、いやそこに私の立ち入ることの出来ない、彼ら特有の間というものが存在していた。
「・・・・全部終わったら、俺と一緒に暮らさないか」
 するりと袖を掴む手が離れた。ごく自然に、そうすることが当然のように。彼女を見つめるカイルの目には、先程までの無感情な気色は見られない。そこにあるのはマーロンの国王としての彼ではなく、1人の兄としての優しさを含んだ瞳だった。
 ネイは答えない。答えない代わりにその金色の瞳から、次から次へと柔らかな雫を溢れさせる。それは食事の際に流していた涙とはまた違う、暖かな熱を持った涙。それが答えとなっていた。
もう彼女はどれだけの涙を流したのだろう。今の今まで流されるはずだった水分を、溜まりに溜まった感情を押し出しているようにも思えた。彼女にとってそれを吐き出せる相手は、もう私1人ではなくなったのだ。
私は静かに立ち上がる。これ以上、兄妹の間に居座るのは無粋というものだ。私を呼び留める声は、部屋を出る最後の最後までかかることはなかった。
「ルリ姉、おかえり」
「ヴィオラちゃん・・・・召使さんも」
 2人はずっと私が戻るのを、この部屋の外で待っていてくれたのだ。胸がじんわりと暖かくなる。それと同時に言いようのない恥ずかしさが起きる。私の泣き声も聞かれていたのだろうか。
「もうすぐルシフェニア行きの船が出るって。最後に、教会に挨拶してから帰ろうよ。帰り方ならメシさんが知ってるらしいし」
「うん」
 柔らかなその手を取る。薄い皮膚越しに暖かな体温が伝わる。私の居場所はここだ。
「召使さん、最後まで色々頼んじゃってすみません」
「いえ、覚悟はしてましたし・・・・それより、帰る方法が簡単に振って湧くなんて、ご都合主義だとは思いませんか?」
 冗談めかした彼の問いに私は笑って答える。
「この世界そのものがご都合主義ですから、今更そんなこと気にしませんよ」
「それもそうだ」
 好きな登場人物が救われない。たったそれだけの理由で、物語そのものを変えてしまうなんて、どれほど傲慢でご都合主義なことだろう。この世界に神様がいたのなら、天上から指を指して笑っているのに違いない。
 だが、それでいい。いや、それがいいのだ。無駄な足掻きと言われようと、私たちは運命を変えてみせた。それは誰にも恥じることのない結果であって良いはずなのだ。
「行きますよ、ルリさん、ヴィオラさん」
「はい、はーい!」
 元気よく返事をするヴィオラに続き、私も歩き出す。
「ルリ!」
 切羽詰まったようなネイの声。追いかけてきてくれたことが嬉しくも、また切なくも感じて振り返る。けれど、その思いは私の検討違いだったようで、彼女の後ろにはしっかりと見守るように兄が立っていた。その佇まいは立派な『保護者』のものであり、やはり私の出る幕はないらしい。
「教会へ行くなら私も行く。連れて行って・・・連れて行ってください」
 こちらを見据える瞳には、強い意思の光が宿っていた。彼女の変わりように私は息を呑む。もしかすると、私が気づいていなかっただけで、彼女は元々こういった目をするのかもしれない。
「謝りたい人がいるの。どうしても謝らないといけない人が。だから、お願い」
「・・・わかった。一緒に行こう」
 ネイの顔が安堵したように緩み、すぐさま引き締まる。もう覚悟は決めているようだった。
その背中を彼女の兄がそっと押し出す。彼女の頭がくるりと彼を顧みて、それから小さく頷くのが見て取れた。今の間に、2人の間でどんなやり取りがあったのか、それを私に推し量ることはできなかった。
「行ってこい」
「うん」
 駆けだしたネイの手を引き、そんな私の肩をヴィオラがぐいぐいと引っ張る。私たちの様子を召使さんは笑って眺めていた。
遠くの空はどこまでも青く、高い。その天色をさっと横切る一際濃い青を視界にとらえた。あの時の小鳥だ。どこまでも済んだ空に、悠々と舞う小さな青い鳥は圧巻とも言える眺めだった。私はその雄姿に小さく手を振った。願わくは、どうかその行き先に幸あれと。

1年前 No.1180

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

第27話 「エンディングには花を添えて」

 自転車を押して歩く帰り道。なだらかな坂になっているので、足をしっかり地につけなければ前へは進めない。じんわりと汗をかきつつ、滲む夕焼けの空を睨む。濃い赤が垂れ流された絵の具のように灰色の雲と混じり合い、そのコントラストが目に眩しい。
 ふーっと息を吐いて坂を登りきると、少し前を行く人影が目に留まった。その足元から藍色の影がたなびく。声をかけると彼女はぴたりと立ち止まり、くるりとこちらを振り向いた。
「スーちゃん!」
 手を振り返してやると、彼女は嬉しげに両手をパタパタと振った。相変わらず元気なことでよろしい。
「今帰るの?」
「うん・・・つる姉は」
 つる姉が意識を取り戻したと聞いたのはつい先週のこと。目を覚ましてから特に何の問題もなく、何度か検査をした後に即退院ということになったらしい。異常なまでの回復力に医者も首を捻っていたというが、それはつる姉なので仕方がない。久しぶりに見る彼女の姿は全くもっていつも通り。何ら変わりはない。安堵しつつも、同時に何か掴み損ねたような気分になる。あの時の私の涙を返してくれ。
「私が倒れた後、寝込んだんだってね〜」
「うっさいな!」
「スーちゃんかわいいよスーちゃん」
「黙って歩けんのか!」
「歩けま〜す」
 一発殴ってやってもいいかもしれないが、病み上がりにそれは不味いので、流石に止めておいた。また倒れられては困る。
「というか、私が寝込んでたのって風邪引いてただけだから」
「ほうほう」
「その顔やめろ」
 実を言うと寝込んでいた時の記憶は一切ない。自分でも不思議なくらいだが、それで3日続けて学校を休んでしまったらしい。これが苦しかったとか、あれが辛かったとか、そういう実感もまるでないのだ。
 あれこれ頭を悩ませる私にはまるで頓着せず、彼女はいつの間にか次の話題に移っていた。
「帰ってゲームしなきゃだよ!今、エルダーテイルが熱いのよ!」
「はいはい、わかったよ」
「スーちゃんもやってみればわかるよ!あれホントすごいから!」
「あ〜もう、頭に響くから騒がないで」
 つる姉がうるさいのはいつもの事だから、黙って話を聞くことにした。彼女は今、オンラインゲームに熱を入れており、その素晴らしさについて語ってくれようとしている。ただ、悲しいかな語彙が少なすぎて何も伝わってこない。さっきから『すごい』だの『すてき』だのと一辺倒だ。
「わかった、わかったよ、私がアクセスすりゃいいんだね」
「アカウント作って!アカウントないとできな」
「それぐらいわかるから」
 こんな風に話をするのは随分と久しぶりなはずなのに、何故だか今までずっと一緒にいたような既視感がしてならない。それもつる姉のキャラの濃さのせいだろうと思い直す。世の中にはこういった不可思議なことの1つや2つあるものだ。
「あ、桜咲きそう!」
 つる姉の指さす先には、薄紫の蕾をつけた桜の木。夕日と相まって濃く暗い影を空に落としている。薄紅色の雲が枝先に丁度絡まり、緩やかに流れゆく景色が満開の桜を連想させる。その情緒を理解してか否か、つる姉も黙ってそれを見ていた。
「桜、咲いたら花見に行くか」
「そうだね」

*    *     *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *

 暖かい日差しの差し込むキッチンで、私は1人紅茶を淹れていた。家事全般は嫌と言うほど仕込まれているので、特に手こずるようなことはない。それでも他人の家のキッチンというものは緊張するものだ。他人などと言うと、兄からは自分の家だろうとぶっきら棒な返答が返ってきそうなので、そんなことは言えない。その言葉を彼の口から聞きたいような気もして、やるせなさに自嘲的な笑みが零れた。いつからこんな生ぬるい人間になったのだろう。
 王の位を退いてからというもの、兄は家にいることが多くなった。時折、難しそうな書類の束を前に首を捻っていたり、突然の来訪者と何時間も話し込んでいたりするが、それ以外は特に変わったことは何もない。こんなぬるま湯のような生活をしていては、武術の腕もきっと鈍ってしまうだろう。とはいえ、彼は剣を筆に持ち替えて専ら、画材やキャンバスと睨めっこばかりしているのだ。そんな心配はもう必要ない。
 ティーセット一式を持ってリビングへと向かう。その道すがら、ガラス越しに彼のアトリエが目に入る。度々城下町へ出かけて行って絵のモデルを探しているようだが、その証拠にやはり人物画がよく目立つ。その中に混じって、金髪の女性の絵がキャンパスに掛けられたままとなっていた。海を背景に笑う彼女を睨み、私はそんなに綺麗じゃないと小さく呟いた。
 変わったといえば、最近兄が風景画に挑戦するようになったことだろうか。この前、庭に出て絵を描いているのを見たことがある。今度、絵の依頼をしてみるのもいいかもしれない。例えば、あの丘から見える茜の空だとか。せっかく絵もモデルをやったのだから、それくらい許されていいはずだ。
「それで、次の新作がですね・・・」
「なるほど、私なんかの絵でいいのかい?」
「カイルさんの絵だから良いのですよ!」
 リビング近くに差し掛かると、甲高い少女の声が一際大きく響く。熱っぽく語る彼女は今を時めく作家、ユキナ=フリージス嬢だ。兄から聞いた話では、どうやら次回作の表紙絵を彼に描いてもらいたいと交渉にやって来たらしい。部屋の雰囲気から察するに、話し合いは良好であると見える。
「失礼します」
「あら、ネイさん・・・これは失礼致しましたわ」
 自分でも気づかないうちに大声を出してしまっていたのだろう。彼女はいかにも良家の令嬢らしく淑やかに目を伏せた。その本質が実に奔放であることを私は知っている。
「・・・どうぞ」
 そっと彼らの前に淹れたての紅茶を並べる。持ち前の人見知りを発揮している私は、中々ユキナと目を合わせられずにいた。
「それにしても素敵なお庭ですわ」
 単に話題を振るためなのか、それとも本心からの言葉なのか、彼女はうっとりとした口調で窓の外を彩る黄色の群を顧みる。春一番と咲き始めた菜の花からは、家の中にまで柔らかな香りを漂わせてくるようだった。一陣の風に花びらが揺れる。
「あれはネイが植えたものなんだ・・・最近、ガーデニングに凝り始めてね」
「まあ、そうですの」
 細い指先を絡ませて令嬢はにこりと微笑む。
「良いご趣味をお持ちになっているのね」
 聞きようによっては嫌味に聞こえかねない台詞だが、屈託のない彼女の笑顔からは、そんな気色は微塵も感じられない。思わず目を伏せる。
「・・・ありがとう、ございます」
 言えない。あの花は食事に使うために育てているだけで、景観に気を使う気など全くないだなんて。でもまあ、よく見てみればそれなりに綺麗なのかもしれない、と思わないでもない。手持ち無沙汰にかまけて始めた庭いじりだが、もう少し頑張ってみてもいいかもしれない。

*    *     *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *

「メシ〜!」
「遊ぼう、メシ!くとぅるふしよう!」
「いあいあ!」
「なんでこいつらこんなもん知ってるんだ!」
 ギロリと辺りを見回すと、パッと目を逸らした2つの黄色い影があった。首謀者はこれで確定、と。
「お前ら・・・」
 足元に群がる子供らを1人ずつ引っぺがし、双子の元へ歩み寄る。俺が詰めた分の距離だけ2人も後ずさった。
「いや〜なんのことやら」
「知らないし、ぜっぜん、知らないし」
「はぁ・・・」
 こっちの世界に自分たち特有の文化を持ち込んでいいのやら。しかも高尚な文化ならともかく、素早く浸透していくのはアンダーグラウンドの物ばかりだ。頭を抱える俺を無視して、引き剥がしたはずの子供がワァワァ張り付き始めていた。なんだこの状況は。某サイクロン掃除機もびっくりの吸引力でもあるのか、俺は。
「皆、メシが久しぶりに来てくれて喜んでるんだよ!」
「そうだよね!嬉しいよね!じゃあそういうことだから、子供たちよろしく!」
「おい、待て!逃げるなよ!」
 ぴゅーっと効果音でもつきそうな素早さで双子は走り去る。まさかこの烏合の衆を俺1人で何とかしろというのか。全く頭が痛くなる。
「メシ〜」
「魔法やって〜」
「俺ね、俺、空飛ぶ!」
 仕方ない。腹を決めて俺は杖をさっと振ってやった。つむじ風が巻き起こり、子供らの間から途端に歓声が上がる。
「うわ〜!」
「すげえ〜!」
 青空に薄い紙のようなものがパッと散る。降り注いだそれは真っ白な花びらだ。確か庭に白い花が植えられていたような気がするが、あれを散らしてしまったのなら申し訳ない。子供というのもは実に移り気で、花びら目がけて一目散に駆け出すのだ。羽のように自由に舞う花びらを眺めながら、俺は春休みの終わりを思い知らされていた。
「帰るか」

*    *     *    *    *    *    *    *    *    *    *    *    *

「はい、終わり終わりっと」
 まるでテレビのスイッチを切り替えるかのような手軽さで、彼は1つの世界線を閉じた。その眼前には再び塗りこめられたような黒が宿る。男性とは思えないような細い指先を手繰り、彼は再び暇つぶしの種を探すのだ。
「運命改変ってさ〜案外面白いもんだねぇ」
 他人事のような軽さでケタケタと笑い、空中にいくつかのディスプレイを表示させる。事実、彼にとっては全くの他人事なのだ。それを引き起こした張本人が自分であったとしても、それによって生じる事象とは全く無関係なのだから。空を辿り、地上を辿り、海を辿り、巡る風のような素早さで彼は目まぐるしく視点を変えてみせる。
「君たち、いい加減帰ったらどう?」
 くるりと座椅子を回転させて、彼は背後に立つ双子を見やる。その表情には、鬱陶しさよりも愉悦めいた気色が光っていた。それとは対照的に双子は顔色を曇らせて俯く。2人の小さな手には血塗れたような彼岸花が握られていた。
「ふぅ〜ん、君たちはハッピーエンドとか行かなかったんだね?」
 それも一興と呟いて、彼は再びディスプレイに目を移す。いくら彼らが『神の移し子』だったとしても、終わってしまった世界から来たというならもう興味はない。
 彼、見ようによっては美少女とも言えるかもしれないが、ここでは確実に彼と評しておこう。誰の趣味だか古典的なメイド服を身にまとった彼こそが、この世界線を束ねている神たる存在『ビヒモ』であった。
 神とはつまり観察者に相違ない。観察対象がいてもこその神であり、それが居なくなった今、彼は次なる対象を探し出さなければならなかった。そこで考え出したのが、アカシックレコードへのアクセス権の解放である。記録された1つの世界線を解放、そこへ様々な世界線からこの世界の存在を知った人間たちが我先にと押し寄せてくる仕組みだ。音楽からこの世界を認知する者、小説や童話から認知する者、絵画などから認知する者、中には夢の中で認知するという稀有な人間などもいたりする。
 彼らが次々に蹂躙されていく姿は可笑しくて堪らなかった。しかし、すぐに死んでしまっては面白くない。そこで彼は自分の能力の一部を貸し付けてやることにした。その力を使い好き勝手に暴れ、元ある世界の秩序を崩していく様を見てやろうと勢い込んだわけなのだ。
 結果は彼の予想を大きく覆すものとなった。力を持った人間たちは、死の運命にある『神の移し子』たちを救済しようと乗り出し始めた。何が彼らをそうさせるのか、そもそもどうやって転生を繰り返す『神の移し子』ばかりを選びとってみせるのか、彼は首を傾げるばかりであった。それも退屈しのぎになるわけだから、彼にとっても満足の行く結果となったのだろう。
「どの世界でも人間はよくわかんないなぁ」
 いつの間にか双子は姿を消している。彼らのいた世界が今、新たな始まりを迎えたのだろう。アカシックレコードがまた新たな世界線を記録し始めた。彼らが先ほどまでいたはずの場所には、置き土産のように2輪の赤い花が落ちている。刈り取られた命は静かに滴を垂らし、絶命した。彼は躊躇なくその花を握り潰すのだった。


リンドウ・・あなたの悲しみに寄り添う (26話)
桜・・・・・あなたに微笑みかける
菜の花・・・小さな幸せ
クチナシ・・喜びを運ぶ
彼岸花・・・悲しい思い出、また会う日を楽しみに、転生

1年前 No.1181

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

私のエヴィリオストリップ小説はこれにて終了します。
ありがとうございました。

1年前 No.1182

やるときはやる召使 @situji ★Android=j3cJ1za3EV

久々に戻ってきてみれば、いつの間にやらルリさんの超大作がエピローグを迎えていて驚きました。思わず一気読みしちゃいましたよw(深夜零時半□深夜2時半)

それにしても…私ってこんなに頭脳派?だったっけかなぁ…。誰にもわからん奇妙な論理で納得したり、論破的なことしようとしたら基本的に逆論破食らって沈黙しちゃうし…。そんな私が小説の中だけではありますが、ものすごく輝いていて、心底嬉しかったです!
あっ、エアガンは確かに使ってるんだけど、俺の木刀どこ行ったんだ…?………木刀なんて無かったんだ、いいね?

ともかく、ここはもはや過疎スレと言っていいでしょうね。私も終活を控えた専門2年生。忙しさのあまり、ここの存在を忘れるほどですよw…スレ主になの庭知れててごめんね(*ノω・*)テヘ

最後となりますが、ルリさんの文才には驚愕を隠しきれません。現役で書いているころもそうでしたが、私の文章は全く持って稚拙だと感じていましたwルリさんの風景描写に色彩描写、人間の心理描写またときどき笑いを織り交ぜてくる器用さ。上から目線と感じるかも知れませんが、本当にすごい文才だと私は思います。

では、私も失礼するとしますかね。次訪れるのは…ふと思い出した時か、また新たにスレッドを立てる時ぐらいですかねwここ最近はボカロ熱が冷めちゃっているので今のはやりのボカロ曲も聞いていませんが、また探してみますかね□。

1年前 No.1183

ルリ @clockwork ★3BTpy1YD7a_m9i

うわわ!!メシさん、お久しぶりです!
最後まで読んでくださりありがとうございました。まだまだ至らないところだらけですが、大変励みになります。
お忙しい中、コメントまでくださり本当に嬉しいです。
あ、木刀・・・すみません!忘れていました。言い訳がましいですが、メシさん=銃使いなイメージがあったものでして。
メシさんにこんなこと言わせたり、させたりして大丈夫なのか?という不安はあったのですが、喜んで頂けたのなら嬉しいです。
ここで小説を書いたり、皆さんの小説を読んだりするのは本当に楽しかったです。
飛び入り参加の私を迎え入れ、一緒に小説を書いて頂けたこと、感謝しています。メシさんには感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました!

就活、陰ながら応援しております。
メシさんがまた、ここを見られたときのためコメントを残しておきます。

1年前 No.1184

やるときはやる召使 @situji ★z77VReljFR_91p

そっか。最終更新はもう3か月前になるのか。

皆様、お久しぶりです。私ですw本日はご報告することがあり、本スレを開かせていただきました。

実はわたくし召使は、無事に内々定を勝ち取り、4月1日より社会人としてお勤めすることと相成りました。

私はネタ切れなので、小説そのものは更新しないと思いますが、時間もできましたし、たまにはこの掲示板を開こうかと思います。

それでは、皆様。良きボカロライフをお送りください。

10ヶ月前 No.1185

ユリ @a1ka4ri ★3DS=9AKueuQ669

 メイド達に紛れて王女の様子を見ているうちに王女の中に傲慢の悪魔が居ることに気づいた。エルルカに報告したらすごく驚いてた。傲慢の悪魔は一度エルルカが封印してたらしく、急いで器を確認してた。たしか傲慢の器は幾つかに別れていたはず。どこにあるのかまではよくわからないけど、王女の近くにあるので、そこからさきはエルルカに任せることにした。(メイドが王女の部屋を漁ったら確実に死ぬので)
 一応メイドとして王宮にいるので当然雑用もしなくてはいけなくて、アレンと一緒にエルフェゴートに行くことになった、本当はアレン一人で行く予定だったけど、とてもすごいネギをミカエラに届けないといけないらしく、ついでに乗せていってもらうことになった。ただ、仕事を休むことができないので、アレンに同行するという理由で行くことになった。
 で、今エルフェゴートにいるんだけど、すごく気分が悪い。馬車なんて産まれて初めて乗るし、結構揺れるから乗り物酔いしたみたい。アレンも酔ってきたみたいで、御者に少し休んでいてもらうようお願いしていた。
「気分を紛らわすため街を散策したら?」
と御者に言われたので、街の方に行ってみることにした。街の中心にある広い広場に人だかりができていた。近づいてみると、奥から透き通った歌声が聞こえてきた。私が何度も聞いて、羨ましく思ったミカエラの声だった。ミカエラが歌い終わり、集まっていた人達も散っていって、彼女が一人になってから声をかけた。
ユ「ミカエラ久しぶり!」
ミ「あっユリ!久しぶり!」
ユ「王宮の仕事でフリージス邸に行くんだけど、ミカエラは仕事とかどうしてる?」
ミ「キール様のお屋敷で働いてるよ。」
ユ「えっ今から行くけど一緒にいく?あっこれのこと忘れてた。」
鞄からとてもすごいネギを取り出してミカエラに渡した。
ミ「ありがとう。一緒に行っていい?久しぶりにユリと話したいし。」
ユ「いいよ。」
 ミカエラと一緒に馬車に戻ったらアレンに遅いって言われた。でも、ミカエラに教えてもらった近道のおかげで予定の時間に着くことができた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
ずっと放置しててすみませんでした。

10ヶ月前 No.1186

クロア @a1ka4ri ★3DS=9AKueuQ669

これと1186の小説が時系列逆でした。すみません…
ーーーーーーーーーーーーーーー
 私がフリージス邸での仕事に慣れてきたころ、ミカエラとクラリスが使用人として雇われてきた。ミカエラはエルフェ人の女性で、クラリスはこの辺りではあまり見ない白い髪と紅い眼の女性だ。
 一ヶ月間、私は二人に仕事を教えることになった。元々人と話すのが苦手で、人に何かを教えることに慣れていないので、うまく伝えられなかったかも知れないけど、ミカエラは器用に仕事をこなせるようになった。クラリスは不器用だけど仕事を一生懸命こなしている。
 二人は見習い期間を終えてミカエラは洗濯係、クラリスはユキナ様の専属のメイドとして働くことになった。
 ミカエラとクラリスは夕食後にいなくなることがたまにあった。ここに来る前から仲がよかったみたいだし、静かな場所で二人でしゃべっているのかも知れない。一度綺麗な歌が聞こえてきたことがあって、その次の日からミカエラには歌の教師がつけられた。フリージス邸では毎月キール様の知り合いを招いた晩餐会が催されているのでそのときに披露するらしい。
 そして、その晩餐会のときミカエラは歌を披露した。ミカエラの声は透き通っていて、音程もほとんどブレずに歌えていた。来賓の方々もミカエラの歌を褒めていた。
 その日を境にミカエラの仕事に歌が加わった。他の邸宅に出向いて歌を披露することもあって、しだいに評判が評判を呼んだ。いつの間にか、歌姫ミカエラの名を知らぬ者はいなくなった。
 ある日の晩餐会の後、ミカエラが首に貝殻のペンダントをさげていることに気が付いた。ミカエラにその事を聞くと、困った顔をして、
「人からもらった」
とだけ言っていた。

10ヶ月前 No.1187

やるときはやる召使(小説執筆二週目) @situji ★z77VReljFR_1zu

 時間というものには三つの概念があると思う。過去、現在、未来だ、
 ある説によると、これらの概念はすでに確定しているものであるらしい。ある男が午前六時四十分に目覚め、家族に朝の挨拶をし、朝食を食べ、鞄を肩にかけて通学の道へとつく。これらの出来事は当人が自らの頭で考え行動した。大抵の意見はこうだろう。しかし、例えば予定調和の説をとれば、これらはすでに、陳腐な表現だが、天によって定められた行動であるらしい。
 しかし、そんなものは人間の考えた一仮説にすぎない。そもそも、神だの悪魔だのといった人知の及ばない存在ですら、人間が考え作り出したものだ。そして、それらは人間の信仰心によってでしか存在を保てない脆弱な存在でもある。何が言いたいかといえば、人間はやろうとすれば、いかに至高の存在であっても人間世界から抹消することができるのだ。

 それならば、現在の出来事や未来、そして過去ですらも自らの力で左右できる。そう考えることは別段おかしいことではないだろう。
 ただし、それを左右できるということはさほど重要ではない。問題となるのは、変化を及ぼした場合の未来への影響だ。

 近年、ホラーゲームにより、若者層を中心として普及した言葉がある。バタフライ・エフェクトだ。ほんの些細な出来事が世界を揺るがすような結果となるかもしれない。そのような言葉だ。
 例えば、通学に向かった男が気まぐれに自動販売機で飲料を買い、歩きつつそれを喉に流し込む。その潤っていく感触に感動を覚える。そのまま横断歩道へ足を踏み出す。青信号を確認して走行してきたドライバーが驚いてブレーキを踏む。男は急停止音に気付いて振り向く。車の前部が目の前に。男の足は動かず腕で頭部を守った。

 そして、男は海岸にいた。陽は斜陽となって海に隠れつつある。男は呆然と立ちつくすばかりであった、
 世界はなぜこの男を呼んだのか、それは誰にもわからない。しかし、一つだけ明確なことがある。
 このとき、正常に動いていた歯車に、神か悪魔の差し金か、新たな歯車がはまったこと。この歯車は小さい。しかし、確実に異世界へ影響を及ぼすということ。これだけは厳粛たる事実である。

9ヶ月前 No.1188

黒百合 @a1ka4ri ★3DS=9AKueuQ669

 ユリとクロアの小説のことですが、少し補足をします。
 まず、ユリは、悪ノ娘の世界に来る前のことを覚えていて、革命のときにリリアンヌとアレンが入れ替わることも知っています。夢で見た内容は、自分の記憶が夢として出たと思っています。元の世界へ帰る方法も知っています。
 クロアは、悪ノ娘の世界に来る前のことを覚えておらず、夢で見ていた世界は直感で以前いた世界と判断しています。夢の内容はだいたい学校のことか部活のことなので、悪ノ娘の内容は覚えていません。それどころか、自分が今いる世界のことも知りません。

9ヶ月前 No.1189

やるときはやる召使(小説執筆二週目) @situji ★Android=o2FoGhTL7X

お久しぶりです。ふと思い出したので来ちゃいましたw

クロユリさん、メモ編集ありがといございます(._.)
私の小説番号も加筆されていて驚きましたw

私はもう引退ですね。2週目は書いたはいいけど、全くネタが浮かびませんw書いた小説を途中で投げ出すのは非情に心苦しいですが…。ネタがないんだもんw

悪のPファンの皆様、ご自由に執筆活動、雑談などなど、さまざまにご活用ください。願わくば、ここがまた賑わうことを祈って…。

6ヶ月前 No.1190

ユリ @a1ka4ri ★3DS=z60jDDcm1A

お久しぶりです。冬休みなので書きに来ました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
フリージス邸にて
 他の客との商談が長引いてる、とのことで別室で待つことになった。
 屋敷の内装はそれほど豪華ではないが、陳列されている美術品、骨董品がとても多かった。いろんな物があることは知っていたけど想像以上だ。
「白い髪…ネツマ族の末裔だな」
 聞き覚えのない声が聞こえて振り替えると、男性が立っていた。腰に刀を携えている。独り言のように話を続ける男。ガスト・ヴェノムだ。ガストはアレンに最近兵が足りていないかなどを聞いている。私はあまり興味がないので、美術品とかをみていた。
「アレン様、ユリ様、お待たせいたしました。キール様がお会いになられるとのことです。こちらへどうぞ。」初老の執事が声をかけてきたので、アレンはガストと距離をとると、ガストは肩をすくめるしぐさをしながら、入り口の方へ去って行った。

キールの私室は別室以上に物が多かった。たしかヴェノムソードもこの人が持っているんだよね。どうやって手に入れたんだろう。
 キールとの会話は全部アレンがしてくれた。
「僕自身も少しは得をしないとね。…君たちを呼んだ理由がそれだ。」
話が本筋に入った
「僕が知りたいのはルシファニアの内情だ。王家に直に接しており、政治的しがらみのない人間からの率直ないけんが聞きたい」
私は、メイドとしての視点でその質問に応えた。
 コンコン。ノックの音が響く。キールが声をかけると、扉が開き、ミカエラが部屋に入ってきた。
「失礼します。お茶菓子をお持ちしました。」

「そういえばユリさんはミカエラの友達だったよね。せっかくだし二人で話してきたら?あとはアレン君だけに聞きたいことだし。」
「わかりました。」
 キールの私室から出て、別室に移動した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
一度ここで区切ります。

5ヶ月前 No.1191
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