Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(464) >>

唯物論はダメではないか。

 ( 哲学掲示板 )
- アクセス(2089) - いいね!(0)

魔術師 @newmemphis ★1bkgk6wUGP_YZE

唯物論がダメだと思う、単純な理由がある。

認識(意識)が説明できないからだ。

根源的認識とか根源的意識と言ったほうが適切かもしれないが、

要するに、今ここで考えたり、感じたりしているのを認識している、

意識している「何か」、「絶対的な主観」とも言うべきものについて、

唯物論では説明できない。「何が」、ある感情なり、景色なりを認識しているのだろうか。

脳やら、電気信号やら、化学反応やらをいくいら持ちだしても、「主観」が生まれない。

ライプニッツも似たようなことを言っている。

「いくら成功な水車小屋を作ったところで、意識が発生するはずはない。」というようなことを言って、

機械論的に意識を説明することを否定していたと思う。


仏教の多くの流派の理論も、唯物論と同じように、この欠陥がある。

もっとも、魂を持ちだしても、この問題は解決されない。

魂は、肉体とは別の、微細な体のようなものだからだ。

魂が存在したところで、やはり、根源的な意識・主観・認識を説明しないのだ。

寝ている最中、気絶している間に意識がないと言ったところで、起きている間の意識が説明できない。


やはり、アートマンとか、ティクレとか、モナドのような、何らかの中心核(霊)があって、

それが肉体なり魂なりの、体を認識していると考えないと、意識はうまく説明できない。

目は物を見ていないし、脳も物を見ていない。

そこには、色々な形の物質やエネルギーが存在し変化しているだけで、肝心の見ている存在がいない。

苦し紛れに、誰も見ているものはいないのだ、主観などないのだ、心などないのだといっても、あるものはある。

証拠として、夢だろうが現実だろうが、ここに世界は存在している。

もし、認識がなければ世界は存在していない。唯物論者や多くの仏教徒は、この問題についてどう答えるのだ。



肉体@に、微細な体Aが重なっていて、さらにもっと微細な体Bがそれに重なっていて、

@をAが感覚していて、BがAを感覚していて、Bを霊が認識している、とかそういう構造が、

私には自然に思われる。しかしこの辺は、私の勝手な想像である。

1年前 No.0
ページ: 1 2 3 4 5 6

 
 
↑前のページ (414件) | 最新ページ

地下水 ★lHRYPNADL9_pDw

>>414 欲って生きる基本だからね。生きたいっていう欲、向上したいっていう欲、お腹がすいたっていう食欲、欲しいものが欲しくなる欲、こうしたい、こうなりたいっていう欲。これもある範囲だったら実に健全な目標になる欲だからね。一概に欲が悪いとは言えないんだよ。

 観念論で、かすみ食って生きるのかって話なんだけども。それって他人が生きるのに必要としている、生活用品や生活に必要なサービスを、汗水たらして提供するのをサボって、他人に働かせておいて自分は上前をはねているだけなんじゃないかな。ずるいんだよね。

1年前 No.415

うさぎ ★Tablet=4eXp3DTTdG

地下水さん、そのとおりです。科学と常識と生活と現実は唯物です。何も考えることはない、学校と

社会生活と家族と未来は唯物で十分どころか生きるとは唯物なのですよ?


ただ、それだけで死んで行けますか? 流行と集団はそれでいい。でも「私個人」はどうなるの、、、

1年前 No.416

魔術師 ★1uRHH9jsZG_M0e

観念論の定義については、あまり深く考えてこなかった。唯心論だったら、前から意味を知っていたが。

プラトン哲学が観念論というならば、「ああ、あれか」と意味が分かる。

「イデア論」というのがあって、この世とは別のところにある「三角そのもの」とか「車そのもの」を実在として、

この世にある具体的な三角とか車は、「それそのもの」の似姿であるというような説のことである。

観念の実在と、その優位性とか原因性を認めるのが観念論ということになるのだろうか。

まあ、観念論という言葉の定義について色々考えても、さほど有意義とは思えないが。

1年前 No.417

地下水 ★31LOBCpqPM_iYt

>>417 観念論って、例えば数学だよね。あらゆる論理を駆使して、あらゆる場合を場合分けして定式化して予測に寄与する。
物理は宇宙の歴史の一部であって、数学観念の一部の表出である宇宙のさらに一部である。
生物は生命史の一部であって、物理現象の最先端の出現物であって、観念の予測するもののほんの一部だが、生命史で役立った遺伝子を蓄えているので、凄いものがある。

1年前 No.418

魔術師 @newmemphis ★ENPaipX9y6_sfh

唯物論が「物」と言っているのは、物理的現象のことだから、客観的事物のことである。

ところが、「意識」は主観である。

「意識は物理的現象から発生した」と説明しようとすると、客観的事物で主観を説明しなくてはいけなくなる。

客観的事物を組み合わせは、いつまでも客観的事物である。そこから主観は説明されない。

また、「物理的現象から意識が発生した」とすると、意識の存在を認めることになる。つまり、主観の存在を認めることになる。

物理的現象とは別種の存在が実存することを認めることになり、唯物論としては自己否定になるだろう。

つまり「物」から「物でないもの」が生まれたと、無理に決めつけるのが唯物論である

物から生まれたとしても、「物でないもの」があるなら、唯物論ではないだろう。

それでは、唯物論者は「意識はない」と言い切るかというと、

明らかに認識している主体、体験者が存在しているので、そうは言いたがらないようだ。

存在していることが明確なのは、物ではなくてむしろ意識のほうだ。

唯物論には、無理がある。


唯心論は、神話としては無理なく成立する。

特に、「ただ一つの意識があるのみ」という前提から、全てを説明しようとすればいいのである。

独神論とか独意識論だから、独我論的ではあるのだろう。

唯心論の問題は、一つの意識が複数の意識(個別意識)のような現れ方をする事態をどう説明するかだろう。

それが説明できれば、個別意識にとって、意識の産物である物理現象が他者(客観)として現れることもうまく説明できるようになるはずである。

全ては神の自作自演なのだとしても、単純な自作自演は認識内容としてあまりにも貧しい。

人間も自分の空想で感動することもあるが、

神ともなればもっと手の込んだ機構で認識内容を展開させようとすることだろう。

1年前 No.419

魔術師 @newmemphis ★ENPaipX9y6_sfh

>特に、「ただ一つの意識があるのみ」という前提から、全てを説明しようとすればいいのである。

「特に、」は誤字である。


一つの意識が、分離して現れるというあり方を明確にすることは、「唯心論神話」を完成させるカギだと考える。


最初の意識(神)は、存在する場所を持たない。世界の全てを想像し認識しているので、特定の視点を持たない。

そこで、神は物理的世界内に無数の視点(体験点)となることにした。

これらの体験点が霊なのだと考えれば、霊は意識内容を展開する欲求(意志)を持つ神による必然的な産物なのだと言える。


さらに、神が自己を分割すると、個々の意識の体験としては自作自演性が薄まっていくという効果がある。

それもまた、神の持つ「認識内容を展開する欲求」(意志)にかなっている。


霊(個別意識)の個別性が強まる理由として、個々の霊の周りの魂体や肉体の影響も考えられる。基本的に、霊は魂体や肉体を自分と思うのではないだろうか。

霊が霊そのもの認識するようになれば、神の一部(現れ)としての自分を認識するので、世界と自分との分離は感じられなくなるのかもしれない。

1年前 No.420

魔術師 @newmemphis ★ENPaipX9y6_sfh


神と霊の一体性と分離性の矛盾をどう解決するかが問題である。


物理的現象は、意識から独立したものとしては存在しない。

もちろん、霊が想像したものではなく、最初の意識(神)が想像したものである。

霊の想像ではなく、神の想像だから、霊にとって対象物に見えるのである。


しかし、神と霊は分離しておらず、実は一体のものである。

そもそも、霊が物理的現象(感覚器官)を認識できるのは、

物理的現象が同じ意識の産物(想像したもの)だからだろう。

自分が想像しているものだから認識できるのだ。


霊がPSI現象で物理的存在である脳を操作できるのも、世界を想像する神と霊が、実は一体だからだろう。

霊と神が一体でなければ、霊が物理的現象に影響を与えるはずはない。


霊と物質が関係することができるのは、神と霊の一体性による。

1年前 No.421

魔術師 @newmemphis ★ENPaipX9y6_sfh

まだまだ、神話として未完成である。すっきりとしていない。

間違っていても、神話として首尾一貫していれば、とりあえずはOKというやり方であることは理解していただきたい。

そういう神話でも、唯物論よりはるかにマシだと思う。

1年前 No.422

うさぎ ★Tablet=4eXp3DTTdG

魔術師さん 唯物観念はまったく違う概念ではあるが、人には両足や両手のようにどちらも必要で

片方が片方を非難できない、と。ひとつの部屋に入ってテーブルがあり椅子がこちら側と向こう側

どちら側に座ってもよい。私の見る視覚像は唯心とも言えるし唯物とも言える。対象の表記方法が

違うだけと思います。どちらに座るかメリットデメリットはあるだろうが、、、、、、

1年前 No.423

地下水 ★lHRYPNADL9_pDw

>>421 紙とか礼とか、何で無いものをたてまつるのかな。雷やお化けが怖いからかな。

 偉人や他人の心とか、あるものを考えた方が良いんじゃないかな。

 上とか令とか、結局支配者の命令体制の高いところの土持を皆に強いる搾取の仕掛けの片棒を担いでるんじゃないかな、そうは思わないのかな。

1年前 No.424

魔術師 @newmemphis ★up1c2HayxS_sfh

>>424

>紙とか礼とか、何で無いものをたてまつるのかな。

私は、「最初の意識」という呼び方よりも、「神」のほうが適切だと思っている。というのは、意識には「認識する」という性質だけでなく、「意志」、「想像」、「叡智」という要素があるからである。また、自立性という性質もある。

同様の理由で、人間などの中核にある「個別意識」についても、「霊」という表現のほうが適切だと思う。霊も、神と同じ要素と性質があるからである。

ここで言う神には、善悪がない。創造主としての性質はある。そして、自分でもある。


>雷やお化けが怖いからかな。

明治維新の頃は、倒幕派と佐幕派の間で「呪い合戦」がなされていたと聞いたことがある。藁人形を使った丑の刻参りみたいなタイプの呪いである。

初期の明治政府は呪いを事実だと考えていたため、法令で「呪い」を禁じていたとか。

私の意識神話では、個別意識(霊)には想像の力で物事を作り出す能力があるので、呪いはありうる。想像を実行するときに働く能力である「叡智」は、脳を使って概念を組み合わせる思考とは別種の能力であり、目標を実現するための過程が自動的に作られるというような働き方をしていると考えている。

だから、霊は目標を実現する過程を考えたり認識したりする必要はない。意識がPSI現象で脳などを操作するときも、その過程を考えたり認識しているわけではない。

1年前 No.425

魔術師 ★k8VNa8yDrW_M9m

私の意識神話から、いわゆる「信念の魔術」、「意志の魔術」を考える。

個人の意識は、世界を想像(創造)する大きな意識(神)の一部なので、それと同質である。だから、個人意識の想像は、神の創造作用と同質であり、むしろ神の創造作用の一環と言って良い。人間の認識や想像(創造)は、人五感の影響、特に視覚の影響を強く受けているが、神(大きな意識)の認識と創造は、基本的に五感の影響なしで行われている。

世界は大きな意識の想像作用で作られている。というよりも、想像されたものである。想像とは、意識が認識対象を作り出すことである。そして、個人の意識は大きな意識の一部である。だから、個人の意識による想像も、現実の世界でそれが実現するように力が働くことになる。

脳と概念を使った「思考」によって物事を実現するためには、自分の意志には従わない事物を利用して、あらかじめ実現過程を設定して実現することになる。意志の能力である「叡智」においては、あらかじめ実現過程を設定するのではなくて、目標に合わせて過程が形成されるというあり方をしている。

なぜ、そういうあり方が可能なのかと考えると、世界は意識の想像なので、意識によってある目標が設定されると、想像(世界)はその目標に従って作用することになるからだ。基本的に、世界の構造や法則に従って目標の実現のために作用することになるので、一定の構造や法則を持った過程によって目標は実現される。

大きな意識(神)は、叡智の働きの具体的な過程のあり方を認識しているのだろうが、目標実現のための過程は一定の方式に定まっているわけではなく、色々な過程でありうる。おそらくは、全体との関連において調和の取れた、なるべく効率的な過程が採用されるのだろう。世界全体を同時に認識し、世界全体に対して同時に影響を与え得る大きな意識が全体との調和と効率性に基づいて行う目標実現作用が叡智であると考える。

推測するに、大きな意識が世界の秩序を破壊しないやり方で、ある目標を実現する直接的な手段は、素粒子レベルの物理的操作ではないだろか。個人の意識も、直接的に操作できるのは素粒子レベルだろう。とにかく、個人の意識としては、目標を実現するための過程を認識する必要はないし、目標は五感の影響を強く受けたものであっても構わないはずである。五感(感覚器官の物理状態)に特徴づけられた想像であっても、想像には違いはないからだ。

ある程度大きな物理レベルの状態については、力が働いていても実現できなかったり、かなり時間をかけて実現されるというようなこともあるはずだ。しかし、それでも力は働いている。だから、もしある状態を実現したければ、実現された状態を想像するだけでなく、その実現に向けて実際に発言したり行動したりすることが重要になってくるものと思われる。そうすると、そのような言動によって引き起こされた世界の状態を「叡智」作用が目標の実現のために利用することができるからである。実現のために働く力が増幅され、実現のための時間が短縮されるはずである。

1年前 No.426

不眠双 @suimin ★iPhone=7JCBb8qxf2

月本体を神(真理)、泉にうつった月を物質世界(3次元現実)とすると…
どちらも相互作用して存在しています。月だけでは泉の中の月は存在し得ないし、泉の月だけでは本体である月の存在し得ない。

昨日はそんなお話しを聞かせていただきました。
神は3次元現実に反映されてるし、3次元世界の現実もまた神へと影響を及ぼす存在なのだと思います。

最初の意識は元々自分達の中にあって神は自分自身だと気がつく時が来たのだと感じました。
自分が想像した世界が創造に繋がり、リアルに反映していくのだと考えてます。
心が激しく波打つ時は真理はうつらないし濁って見えなくなりますが、しばらく冷静に心を鎮めると真理がきちんと映し出されます。

1年前 No.427

魔術師 @newmemphis ★jgp9YswJ1e_M9m

唯物論がダメだという前提でも、立場は三つに分かれてくる。

@ただ意識だけがあって、意識から独立した物(物理現象)は存在しない。

A意識と物(物理現象)の両方とも存在する。

B意識と物は、意識でも物でもない何かの両面である。

私は@が正しいとしたい。

1年前 No.428

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_mgE

>>395,396  魔術師さんへ

 このスレッド、忘れてました。

>HP『哲学的な何か、あと科学とか』より引用

>「・・・ある「現象」に対して、それを説明できる「解釈」は、

>いくらでも作り出すことができ、どれが正しいか知る術は存在しない。

>これが、量子力学以降の科学の状況である。

>だから、もし、量子力学をきちんと理解している科学者に、

>「コペンハーゲン解釈、パイロット解釈、どれが正しいの?」

>と聞けば、こう答えるだろう。

>「そんなの解釈の問題だ。科学の範疇ではない」

>実際のところ、『観測によって知りえないこと』について、

>どれが正しいとも、どれが間違っているとも言う権利は、誰にもない。


>「・・・なぜ、多世界解釈が、科学界から受け容れられていないのか?

>それは、

>何の役にも、立たないから!

>である。


>それでは、なぜ、現代科学が、コペンハーゲン解釈を「標準解釈」として選んでいるのか?


 それはだいぶ昔の話です。現在は「多世界解釈」の支持者が圧倒的多数になっています。量子コンピュータの成功などが原因でしょう。物理学の専門家たち90人の間で行われた「どの解釈を支持するか?」という投票結果は、「不定」が50人もいますが、「多世界解釈」支持者が30人、「コペンハーゲン解釈」支持者はたったの4人です。今時「コペンハーゲン解釈」で満足する物理学者は、殆どいないみたいですよ。→ >>53

>だから、「ホントウにそうなの?」と科学者に問いかけたところで、

>彼らは「そんなのしらないよ」と苦笑いしながら肩をすくめるだけである。

>だって、その「ホントウのこと」は、

>調べようがないのだから……。・・・」


 本当に調べようが無いでしょうか? よく挙げる例え話ですが、古代の遺跡の中に、5枚に割れた鏡の破片が見付かったとします。割れる前の形がどんなものだったのか、もはや調べる方法は無いとしましょう。割れる前の形がどんなだったか、解釈は無数にできるけど、どれが正しいかを証明はできないので、「そんなの知らないよ」で片付けるのが賢いでしょうか? そうではないと思います。

 ある人は、これら5枚の破片をデタラメに並べた「デタラメ凸凹13角形」を割れる前の形だと主張したとします。これが真理である確率は1/∞です。そのようなデタラメな形は無限種類できるし、それらはどれも同じ程度の確からしさしかないからです。
 別の人は、5枚の破片をいろいろ並べてみるうちに、ぴったり「正方形」を並べられることを発見し、この「正方形」こそが割れる前の形だったのだと主張したとします。これが正解である確率は0.9999…9999です。割れる前の形が「正方形」だったという証明は確かにできません。しかし、もし割れる前の形が「正方形」でなかったとすると、それが5枚に割れるとき、たまたま「正方形」が並べられるような割れ方をする確率は、無限小です。そんな奇跡が起きたとはとても考えられません。つまり、確率0.9999…9999で、割れる前の形は「正方形」であったと推定できる訳です。

 だから、1つの「現象」についての「解祝」が多数成立し、どれが正しいかを検証する方法が無くても、それらの解釈がみな平等という訳ではないのです。この点、よく誤解する人がいます。正しい確率が1/∞と思われる「解釈」も有れば、正しい確率が0.9999…9999と判断できる「解釈」も有ります。後者こそが「多世界解釈」なのです。

 これまでの科学は、「何が真で何が偽か?と客観的に真偽の振り分けができる」という暗黙の前提で進歩して来た訳ですね。ところが「多世界解釈」の出現により、この前提そのものが覆されようとしています。つまり、どんな○○○についても、「○○○である」と認識する視点に立てば「○○○である」と認識する、「○○○でない」と認識する視点に立てば「○○○でない」と認識する、のダブル・トートロジーが成立しているのであり、客観的な真理なんか存在しないのではないか?ということです。
 「多世界解釈」は、量子力学の数多い解釈の中の1つとして登場したにも拘わらず、量子力学そのものを超え、物理法則の存在さえ否定してしまうかもしれない、画期的な思想らしいのです。「多世界解釈」を支持すると、他の「コペンハーゲン解釈」や「ガイド波解釈」もまた、「真」だと認識する視点に立てば「真」だと認識する、「偽」だと認識する視点に立ては「偽」だと認識する、になり、すべての解釈が「多世界解釈」の一部として含まれることになりそうです。

1年前 No.429

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_mgE

>>428  魔術師さんへ

>唯物論がダメだという前提でも、立場は三つに分かれてくる。

>@ただ意識だけがあって、意識から独立した物(物理現象)は存在しない。

>A意識と物(物理現象)の両方とも存在する。

>B意識と物は、意識でも物でもない何かの両面である。

>私は@が正しいとしたい。


 @、A、Bのどれが正しいか、科学的に実証できるでしょうか? これもまた、同一の「現象」についての異なる「解釈」に過ぎず、どれが正しいか実証はできないように感じますが?

1年前 No.430

魔術師 ★Xx0ZRDBYO4_M9m

>だから、1つの「現象」についての「解祝」が多数成立し、どれが正しいかを検証する方法が無くても、それらの解釈がみな平等という訳ではないのです。

なるほど。そういうものかもしれない。


>正しい確率が1/∞と思われる「解釈」も有れば、正しい確率が0.9999…9999と判断できる「解釈」も有ります。後者こそが「多世界解釈」なのです。

多世界解釈が正しいかどうかは、確認できないのでは。


>「多世界解釈」を支持すると、他の「コペンハーゲン解釈」や「ガイド波解釈」もまた、「真」だと認識する視点に立てば「真」だと認識する、「偽」だと認識する視点に立ては「偽」だと認識する、になり、すべての解釈が「多世界解釈」の一部として含まれることになりそうです。

認識するのは、誰なのか。その「認識」とは、何を意味するのか。

1年前 No.431

うさぎ ★Tablet=4eXp3DTTdG

物(もの)は勝手に有るのか? 私が居るから物は有るのか、そう考えることに
どのようなメリットがあるのだろうか?
こんな疑問、問題で真理などはない、霊とか神とか宗教はさらに関係無い。

1年前 No.432

魔術師 ★Xx0ZRDBYO4_M9m

意識は一つでも、人間のような思考をするわけではない。

意識が価値観や善悪判断を持っているという理由もない。

一つなので全体としての調和・整合性は維持されているが、

意志の現れ方・働き方は、分裂している。

そう言うと、ある種の統合失調症とかヒステリーを連想してしまうかもしれないが、

世界意識のあり方を人間の意識を基準に判断する必要はない。

こう考えると、世界の出来事を「一つの意識による自作自演」と考える必要はなくなるのではないか。

用意されたシナリオはないということになるからだ。

それでも、人間の世界における出来事が他の世界の出来事によって影響されている場合は、

シナリオのようなものがあるということになる。

1年前 No.433

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_mgE

>>431  魔術師さんへ

>多世界解釈が正しいかどうかは、確認できないのでは。


 「多世界解釈」支持者の代表と思われるドイッチェ氏は、「量子コンピュータが成功すれば、多世界解釈の正しさが証明されたと考える」と言っています。自分も同意見です。

 例えば、0から1023までの整数の中の「完全数」(6、28、496の3つがそうです)を見つけ出すには、今のコンピュータだと、i=0、i=1、i=2、…、i=1023と順に、それが「完全数」であるか否か、1つ1つ調べるしか方法が有りません。
 量子コンピュータは、多世界解釈的発想の中で考え出されたものです、多世界解釈によれば、「?」=「0」+「1」という重ね合わせにしたQuビット「?」を10個用いて「??????????」という状態にすれば、ここに「0000000000」、「0000000001」、…、「1111111111」という1024種類の世界W0〜W1023すべてを重ね合わせにしたことになります。それらをWi(i=0、1、…、1023)とします。この重ね合わせのままで、「iは完全数か?、否か?、もし否であったら、Wiを破壊的干渉で消滅させる」という操作を1回だけ行います。すると、W6、W28、W496、の3つだけが残り、他の1021個の世界は消滅してしまいます。このような実験を30回行い、結果として残った世界Wiのiはいくらであるかを観測すると、約10回ずつ、i=6、i=28、i=496だと判明します。これにより、「0から1023までの整数の中の「完全数」は、6、28、496の3つのようだ」と知ることが可能です。
 15=3×5の因数分解くらいなら、すでに成功しているようです。詳しい事は知りませんが、恐らく15を、2、3、4、…、14で順に割ってみたのではなく、iを2、3、4、…、14の重ね合わせの状態にしたまま、つまり、W2、W3、W4、…、W14の重ね合わせのまま、15をiで割ってみたのだと思います。そして、割り切れなかった世界を破壊的干渉で消滅させます。そうしてiを観測したら、W3とW5とが確率1/2ずつだった、つまり15は3と5で割り切れることを示している、といったところでしょうか。
 複雑な計算は、まだまだこれからの課題のようです。しかし、こういう原理のコンピュータが成功したということは、間接的にではありますが、「多世界解釈」の正しさを証明したことになるのではないでしょうか?

 「なぜ量子コンピュータはうまく行くのか?」と問いましょう。「多世界解釈」だと、多数の世界を重ね合わせのままにして、条件を満たす世界だけを残し、条件を満たさない世界を消滅させたのだから、うまく行くのは当然です。「コペンハーゲン解釈」や「ガイド波解釈」で、量子コンピュータが成功する理由を説明できるでしょうか?

1年前 No.434

魔術師 ★oPwdEjAYaD_M9m

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

1年前 No.435

魔術師 @newmemphis ★RjTu7K6yUG_M9m

引用が長すぎるのがよくないのか、フィルタをかけられてしまった。短くする。

Masahiro Hotta(Quantum Information Physicist.)『Quantum Universe デコヒーレンスは多世界解釈の観測問題を解決しているわけではない。』より引用

多世界解釈では宇宙全体を記述する実在論的でかつ決定論的な波動関数を1つ考えるだけだ。宇宙の外部には観測者がそもそも存在しないので、その波動関数を収縮させる観測者は存在しない。だからコペンハーゲン解釈に出てくる波動関数の収縮という"欠点"のない良い解釈と言うのである。・・・

・・・しかもその不備の1つは小手先で解決できる類ではなく、多世界解釈が本質的に抱えている不可避な欠点に由来している。決定論的な宇宙の波動関数から、人間の意識が時々刻々確率的にただ1つの体験を選択し、経験しているという事実を導くことが不可能だからである。

これをしたければ、最初に宇宙全体の波動関数から「人間が意識を持つこと」を科学的に説明することが必要になる。そしてその創発された意識が、各時刻において多数ある可能性の候補の中から確率的に「1つを選択して」経験することを説明しなくてはいけない。つまり意識の創発及び存在の合理的検証が求められるのだ。しかしこれは科学的に反証可能な問いではない。・・・


多世界解釈では、世界が分裂していく契機は、人間の意識ではないだろう。さらに、人間の意識を何ら説明していないし、

「人間の意識が時々刻々確率的にただ1つの体験を選択し、経験しているという事実を導くことが不可能」だろう。

多世界解釈は現実をしっかりと説明できていないのではないか。

1年前 No.436

うさぎ ★Tablet=Jz4o2V6epA

あの人は病気高齢だから、お亡くなりになっても、この世は存続するが私はあの人ではないので

私の死後は全物質(この世)は消滅する。は成立するだろうか?

1年前 No.437

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_mgE

>>436  魔術師さんへ

 このスレッド、忘れてました。

>多世界解釈では、世界が分裂していく契機は、人間の意識ではないだろう。さらに、人間の意識を何ら説明していないし、

>「人間の意識が時々刻々確率的にただ1つの体験を選択し、経験しているという事実を導くことが不可能」だろう。

>多世界解釈は現実をしっかりと説明できていないのではないか。


 そうです。だからこそ「唯物論」はダメなのであって、「世界」を「心」に置き換えた「観念論」に変える必要が有る訳です。「唯物論」だと多世界解釈は、存在し得るすべての世界W0、W1、W2、W3、…が線形の重ね合わせで存在する、…ですが、「観念論」だと多世界解釈は、存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…が線形の重ね合わせで存在する、…になります。「空」M0が完全無意識状態、「色」M1、M2、M3、…が特定の意識を持った状態です。そして、「1つの心の中で矛盾が生じると、あらゆる命題の肯定も否定も証明されてしまい、M0、M1、M2、M3、…のどれでもありどれでもないことになり、何1つ情報を持てない「空」M0になって消滅する」と考えます。

 シュレディンガーの猫の生死を観測していなければ、M1=「猫の生死を知らない心」は何も矛盾していないので、立派に存在し得ます。もし猫の生死を観測すると、M2=「猫の生を知覚した心」とM3=「猫の死を知覚した心」とに分裂し、どちらか一方の視点にしか立てなくなります。M4=「猫が生かつ死であるのを知覚した心」は存在できません。なぜならM4は矛盾しており、M0になって消滅したからです。

 「神」は全知全能であり、「観測するとどちらか一方の視点にしか立てない」という法則など作っていません。観測すると、M2、M3、M4のすべてを作り出そうとしています。ただしM4は矛盾していて自己消滅するため、自ずとM2かM3のどちらか一方の視点にしか立てなくなるのです。


>>437  うさぎさんへ

>あの人は病気高齢だから、お亡くなりになっても、この世は存続するが私はあの人ではないので私の死後は全物質(この世)は消滅する。は成立するだろうか?


 自分の心M1は、M1→M1’→M1”→…と時間発展していくように解釈できます。お亡くなりになった老人の心M2は、M2→M0と時間発展したと見なせます。M0はすべてのM0、M1、M2、M3、…の重ね合わせであり、M0=M0+M1+M2+M3+…です。Miが住む世界をWiで表すと(i=0、1、2、3、…)、W0=W0+W1+W2+W3+…も成立します。老人の心はM2→M0と時間発展したので、老人の住む世界はW2→W0と時間発展したことになります。W0は「物質世界が存在しない」というのではなく、「すべての世界W0、W1、W2、W3、…が重ね合わせのままであり、世界が有るのか無いのか、有るとしたらどんな状態なのか、情報がゼロの状態」だと思われます。

 自分は心M1の視点に立っているので、世界W1に住んでいます。老人は、心M2の視点に立っているときは世界W2に住んでおられましたが、お亡くなりになって心M0の視点に立ったときは世界W0に住んでおられることになります。

1年前 No.438

うさぎ ★Tablet=Jz4o2V6epA

「私にとっては消滅する」「その人にとっては消滅する」の「とって」を考えなかったら、そのとおり

だろう。客観的に見たら他人の死は地球にはなんの変化変更もないが、主観的には死後、全宇宙は

消えるよ。

1年前 No.439

魔術師 ★GbO9jDTEWH_ZsH

>438

私は反TPP闘争に時間とエネルギーを使うことにしたので、このスレッドでの書き込みはしばらくおやすみにする。

それにしても思うのだが、「TPPが発行した世界」と「TPPが発効しなかった世界」に分かれるという考え方は、現実には役に立たないしどころか、現実と関係がないのではないか。

TPPが発行してしまったら、この島に住んでいる人間に悲劇が訪れる。これが現実である。

だから今は、「TPPが発行した世界」にしないために、努力をするべきなのである。

1年前 No.440

地下水 ★lHRYPNADL9_EKb

 唯物論というのはマルクス主義に発展したのですね。現代の国連でも生活水準の改善、人権の保障、平和の維持などが憲章に謳われた、目的なのですね。人々の物質的な貧困を解消する事が、まずもって必要なのですね。人はパンが無ければ生きられないのですね。日本は比較的に裕福なので気が付かないですが、貧困な国はたくさんあって、日本はうらやましい、日本は資源を使い過ぎてずるい、などと思われているかもしれないのですね。

 人口爆発と大量消費や環境破壊の問題があるのですね。世界の人心を一新して、人口計画や省エネや環境経済を進める事が、生活水準を根本的に改善することにもなるのですね。貧乏人の子沢山では死人と殺し合いが絶えないのですね。唯物論的に考える必要があるけれども、環境経済となると人心を一新する活動も必要になるのですね。高度な環境科学を応用して環境産業を広める必要があるのですね。唯物論は人権意識に発展して生活水準の改善の為に、社会主義を打ち立てたのですね。そしてさらに環境経済の絶対性を認識するに至って、国連気候変動会議はCOP21で環境投資を10兆円規模で行う事に世界が統一見解を出したのですね。しかし環境保険を統合したスターンレビューによると世界のGDP7700兆円の1%である77兆円を環境経済に投資する必要があるので、そこに至るまでこれからさらに世界は努力する必要があるのですね。

 唯物論は世界認識に発展してきているのです。

1年前 No.441

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_mgE

>440 魔術師さんへ


>それにしても思うのだが、「TPPが発行した世界」と「TPPが発効しなかった世界」に分かれるという考え方は、現実には役に立たないしどころか、現実と関係がないのではないか。

>TPPが発行してしまったら、この島に住んでいる人間に悲劇が訪れる。これが現実である。

>だから今は、「TPPが発行した世界」にしないために、努力をするべきなのである。


 これはこれで立派な意見だと思います。これは「人間視点」に立っている訳ですね。1人の人間としての視点に立てば、存在するのは自分が住む世界1つだけです。そして、「時間の流れ」の中で、「物理法則」に縛られつつも、「自由意志」で最善と思われる行為を選択し、できるだけ自分や隣人を幸福にするとともに、世の中もできるだけ住みやすい世界にしようと努力します。人間の心は、そういうゲームを楽しんでいる視点です。

 一方、多世界解釈は、「人間視点」を離れ、「神視点」に立ってみようとする試みです。「神視点」に立つと、「時間の流れ」も「物理法則」も「自由意志」も無意味になります。そして、全知全能の「神」が、存在し得るすべての心M0、M1、M2、M3、…をコレクションにして楽しんでいるだけ、となります。

1年前 No.442

地下水 ★NTOvajQcEy_nHx

 唯物論は駄目ではないか、個人的な主観的観点が必要ではないか。唯物論で客観的に見れば、人の死はその人が死んだだけだと見なせる。しかし主観的に自分の死を考えれば、その時点で自分の見る周囲の世界全てが消えるのであるから、自分にとっては一番回避しなければならない問題なのである。但し、経験から人は必ず老化して、またあ傷病で死ぬものである。周囲が消え自分も消える未来が必ずあるのである。その死んだ他人の中にも、この重みがあり、命の重みがあり、客観的にひとり人が死んだだけだと軽く見るのは間違いであることを、主観的な観点は教えてくれる。

1年前 No.443

うさぎ ★kTn622sHGL_UHY

唯物論がダメな理由は、それが人の欲望・虚栄心・夢希望期待・怠慢・倦怠・流行等々に落ち入るからである。

人は誰でもほっといたら唯物に堕ちる。私と関係なく勝手に時間は流れて、勝手に事物は存在する。

1年前 No.444

うさぎ ★TTcLo8rHAi_UHY

唯物論はすべての実在の量であり、測定でもあり、比較でもある。そこには夢と欲望と虚栄が渦巻く。

しかしながら、生きるとは唯物であり家族のために人は唯物にまみれて死んでいく。

9ヶ月前 No.445

魔術師 @newmemphis ★WwffLLFtFF_CN8

政治活動とビジネスで忙しくなってこのスレッドへの書き込みを中断していたが、

どうも物質とか物理現象についての基本的な考え方がおかしい人が多いような気がしてならない。

唯物論者にも、そうではないが物質の存在を認める人たちにも聞きたいのだが、

そもそも「物質とは何か」説明していただけないだろうか。

哲学的にでも科学的にでもよいので、物質の定義を誰かできる人がいるのだろうか?

物質の存在を認めなくても、物理現象の存在を認める人がいたら、その「物理現象」の定義を是非誰かにしていただきたいものだ。


何だかさっぱり分からないものを前提に考えたり意見を述べたりするのもおかしなことであろうし。

1ヶ月前 No.446

悪魔ちゃん ★30JjgxOVKX_ZFe

〉446

ねえねえ、ちょっと聞いていい?

魔術師さんは、「物質」と「物」を区別します?

1ヶ月前 No.447

魔術師 @newmemphis ★yNowLnNykQ_CN8

>447

>魔術師さんは、「物質」と「物」を区別します?


区別します。

1ヶ月前 No.448

悪魔ちゃん ★30JjgxOVKX_ZFe

〉448

では、〉446は、

「物質とは何か」とか「物質の定義」という問いであって、

「物とは何か」とか「物の定義」のことじゃないよね?

1ヶ月前 No.449

魔術師 @newmemphis ★yNowLnNykQ_CN8

>「物質とは何か」とか「物質の定義」という問いであって、

>「物とは何か」とか「物の定義」のことじゃないよね?

その通りです。



私の精神は普段、「体験」をしている。

その体験を区分・意味付けすると、「物」とか「事」が現れ、

区分・意味付けには、「言語」が深く影響していると考えている。

私は体験の実在は認めるので、個々の「物」や「事」も「ある」と認める。

1ヶ月前 No.450

魔術師 ★7NqYZCdsJF_CN8

先ずは「主観」と「客観」という言葉から検討する。「観る」という漢字が入っていることから分かるように、

「認識」という事態を前提とした言葉である。認識する「何か」が主観であり、認識内容が客観である。

この「何か」は、認識能力を持つ何かであるから、通常は心とか精神だと言われているものである。

つまり、主観=精神。客観=認識内容。


客観、認識内容であるが、これは精神の外にあるのだろうか。

精神に認識される内容が客観なのだとしたら、それも精神の作用の一つだと考えるしかない。

鏡に写った映像は、鏡の中の出来事であって、鏡の外にあるわけではない。



精神は、何を認識しているのか?体を認識している。脳神経などを認識していると考える他はない。

世界を直接認識するのではなく、認識内容である体を通して世界を認識している。

1ヶ月前 No.451

魔術師 ★7NqYZCdsJF_CN8

どこから「物質」という考え方は出てきたのか。

認識内容の原因として、主観=精神の外にあるものとして、物質は考えられたのである。

認識内容が物質の現れだとするならば、認識は物質によって起きることになる。


精神の外にある「認識の原因」を考えた理由は?

認識内容には、自分の意志で生み出したのではない要素、また予想なしに起きる要素が大きい。

そこから、自分の精神の外に何かがあって、それが認識内容を生み出していると考える、ということが起きる。


しかし、精神とは異質の、精神の外にあるものが、どうやって我々の精神に働きかけて認識内容を作るのか?

また、「物質」というものがあるとして、我々の精神は、どうやって物質に働きかけるのか?

たとえば、脳神経という客観の基盤となっている物質に、どうやって働きかけるのか?

1ヶ月前 No.452

百理 ★5z6bVAmgS3_P5K

物資が引き合う引力には物理的なものしかありません・・

太陽の光に向かって成長する力には生命が宿ります。

生命の宿るものの中に霊性の存在があります。



この三種類が同次元の扱いで扱えるでしょうか?

1ヶ月前 No.453

魔術師 ★7NqYZCdsJF_CN8

百理さん。

>物資が引き合う引力には物理的なものしかありません・・

>太陽の光に向かって成長する力には生命が宿ります。


私は、具体的な現象の存在は認めますが、「物質はない」と言っているのです。

例えば、我々が認識する(体験する)客観としての太陽はありますが、

認識内容としての太陽の基盤・背後に物質があるとは考えないのです。

(客観の諸現象において確認される法則としての物理法則は認めます。)


西洋哲学の観念論諸派の中にはそういう考え方はありますし、

仏教やインド哲学の諸派の中にもそういう考え方はあると思います。


最近は、物理学者の中にも、それに近い考え方をする人たちがいます。

「我々の存在する世界は、ある知的生命体が作ったコンピュータの中のバーチャル世界であり、

その世界の中の人々は、自分たちがバーチャル世界の住人だと気づくこともないし、

周囲の事物や世界が実在するものと信じている。」というような考え方です。

実際には一つのCPUが計算して、そのバーチャル世界の人々や物、出来事を作っているということになります。

空間も同じCPUが作り出しているということになりますね。


『この世界が仮想現実であることを示す証明式』
https://www.youtube.com/watch?v=nv7WQqJLru0

『この世界が仮想現実であることを示す証明式(続き)』
https://www.youtube.com/watch?v=Ftpz8mQiYnQ

1ヶ月前 No.454

魔術師 @newmemphis ★RTQ6F5YqsU_CN8

一般的には、物質は「物」という形で、我々の心に現れると考えられている。

つまり、心の中の(認識された)物の背後に物質があると、当然のように前提されている。

「認識(主観)→認識内容(客観)→物質」という構図を前提に、物質というものが考えられている。


その考え方によれば、

我々の前に現れた(認識された)物は物質そのものではない。

物質が肉体(感覚器官・脳神経)を通して人間によって認識されたものである。

最後まで物質そのものが認識されることはない。

カントの物自体と物質はイコールと考えて差し支えなさそうである。


しかし、この前提には、何の根拠もない。


唯物論には、3つの後ろめたさがある。


@認識、体験という事態をどうしても否定できず、それを物や物質では説明できないこと。

A「認識内容(客観)→物質」という物質を導出する過程に根拠がないこと。

B物質は、認識という事態から導出されているので、物質の根拠は認識にあること。

1ヶ月前 No.455

百理 ★5n9Jhh5DYh_Vx8

魔術師さん

映画で見た世界観ですね・・

仮想か現実か・・

1ヶ月前 No.456

魔術師 @newmemphis ★RTQ6F5YqsU_CN8

百理さん。

>映画で見た世界観ですね・・


仮想世界説と観念論の似ている点は、「物質」が要らないところです。

仮想世界の人物や物は、物質でできていると考える必要がないですよね。

また、仮想世界は「一つのCPU」が生み出している世界ですから、

その点で「一つの精神」が世界を作っているというタイプの観念論に、似ている点があるのです。

1ヶ月前 No.457

魔術師 @newmemphis ★RTQ6F5YqsU_CN8

我々の精神は、認識内容を想像・創造の力で作り出すことができる。

精神には、能動的な力がある。

我々が体験している認識内容(客観)は精神内部の出来事である。

鏡に映像が写っている場合、映像は鏡の中にある。

精神には、能動的な創造作用があるのだから、

客観(認識内容)は、「大きな精神」が我々の精神の中に作り出していると考えるのが自然。

我々が体験している肉体(感覚器官・脳神経等)という客観を物質なるものが生み出していると考えるのは、

精神が物質を認識するという、非合理なことを前提しなければならない。精神と物質は、どうやって接触するのか。


物質ではなく、「大きな精神」が、我々の認識内容(客観)を作り出している。

我々は、肉体という認識内容を通して、世界を体験する。

「大きな精神」が我々の精神の中で客観を創造できるからには、

我々の精神と「大きな精神」はつながっており、実は一つであると考えるのが道理である。

我々の精神は、「大きな精神」の分身とか出先機関なのではないだろうか。


一つの精神だからこそ、我々の精神は、「大きな精神」に影響を与えることもできると考える。

我々は精神によって、大きな精神に働きかけ、量子的規模の物理現象をコントロールし、

それを通して脳神経などを制御し、そうして体を動かしているのではないだろうか。

1ヶ月前 No.458

百理 ★5z6bVAmgS3_P5K

生命は光に関係します。・・光のない世界でも意識は生まれるでしょうか?

1ヶ月前 No.459

地下水 ★lHRYPNADL9_P5K

唯物論的な物の見方は原子論や遺伝子論から、認識を生み出すかもしれない、量子計算機論へも発達している。

まずパースの公準による、集合と論理と回路と自然数と記憶とランダム・アクセス回路と計算機の、認識の一致の革命が生まれた。
次にアッシュクロフト・マナ法による、関数ポインターを用いた、ネットワーク状プログラムのリソース化がある。
そしてこのネットワークのウェイトを自動学習する、誤差逆伝搬学習法の発見によって、文字認識などが可能になり、さらにネットワークの自動学習が始まった。
ネットワークを学習したAI同士は、ゲーム理論で競争し、ディープ・ラーニングを行い、より良い世界認識をして、より良い回答を出してくれるAIへと、飛躍的に発展して行く。
ここで桁が足りなくなったので、カナダのD−wave社は、AI用の量子焼きなまし型量子計算機を開発している。そこではQbitやアダマール変換や組み紐デコーダー回路などが必要になる。

唯物論でも認識ができる時代になってきたのである。量子計算機が人間の意識を、どこまで実現できるのかも、これからの開発次第である。


しかしすでに人間は産み育てることで、意識を持った、生きた人間をつくることができる。

1ヶ月前 No.460

魔術師 @newmemphis ★RTQ6F5YqsU_CN8

>459


光も個々の物体も原子も素粒子も生物も、全て大きな精神が我々の精神の中で生み出しているのだと考えます。


>460


そうした方法で作られた人工人間は、認識(体験)をすることも、意志することもないと考えます。

人間に似たことをするだけで、体験する主体がありません。


ただし、精神の学が発達したら、人工人間に精神を宿らせて、「自分の」認識や意志を持たせることもできるようになるかもしれません。


または、ロボットや人形には、すでに何らかの形で精神は宿っているかもしれませんが、その精神に人間なみの体験や動作をさせるためには、

今のままのやり方ではできないと考えます。

1ヶ月前 No.461

百理 ★5z6bVAmgS3_P5K

物質は無理としても・・

チンパンジーかオラウータンか何か大学の研究で4歳児の知能とか・・自我の芽生えがあるのでしょうか?

1ヶ月前 No.462

魔術師 @newmemphis ★RJd8rqTVpR_CN8

>462


私は、昆虫にも精神はあると考えています。

自我とか知能の問題は、精神の問題とは別だと思います。


通常の思考とか感情は、主観(精神)だけでなく、客観(肉体)の要素が強いと思います。

客観だけに属するものである可能性もあると思います。

記憶についても、同様のことが言えます。


今の科学で検知されない肉体もあるかもしれませんが、

そういうものがあるとすれば、その次元の思考とか感情、記憶があると考えられます。

1ヶ月前 No.463

百理 ★5z6bVAmgS3_P5K

私は鳥の巣の中にいる記憶が頭から離れません・・

1ヶ月前 No.464
ページ: 1 2 3 4 5 6

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる