Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(3) >>

論理哲学論考

 ( 哲学掲示板 )
- アクセス(177) - いいね!(0)

ウィトゲンシュタイン ★AFspiIZP3q_6r2

ウィトゲンシュタインの論理哲学論考(論考)について誰かできるだけ簡単に説明してください・・・・・・

よろしくお願いします。

4年前 No.0
ページ: 1

 
 

宿題 ★RbvL5VVr1p_ccm

簡単に・・
命題の真理値表で語れない論理以外のモノは、沈黙するしかない・・みたいな・・

4年前 No.1

てじ @flyonbody ★ZkiDndseok_Ew9

2・0122
「ものが自立的と言われるのは、それがすべての可能な状況のうちに現れうるからでしかない。」
2・012
「あるものがある事態のうちに現れうるならば、その事態の可能性はすでにそのものにおいて先取りされていなければならない。」
「状況のうちに現われる」のと、「事態のうちに現われる」ことは、ほとんど同じことだと読む。
2・01
「事態とは諸対象(もの)の結合である。」
「あるものがある事態のうちに現われうる」ということは、その事態が、その現れうるものと、何か別の対象との結合であるということだろう。だから、その事態がその事態でありうるという可能性は、その事態を構成する(2・011)対象のうちで予期されていなければならない。
ということは、或る対象を、色々な事態を構成するものとして認識すれば、そのことによって同時に事態の可能性をも把握することになるだろう。というわけで、
2・0123
「私が対象を捉えるとき、私はまたそれが事態のうちに現われる全可能性をも捉える。
(そうした可能性のいずれもが対象の本性になければならない。)」
2・01231 によると、対象把握の要は、対象の内的性質の全てを捉えることだ。或る対象が何であるかを内的に完全に把握すれば、それが可能なかぎりすべての事態に生じるその全可能性をも把握することになる。

そして、ものが自立的と言われるのは、それがありとあらゆる可能な事態に現われうるからである。すなわち、事態の如何によってものの生起可能性は揺るがない。すべての可能な事態に現われうるということが、ものが自立しているということの意味である、ということだ。

独特な方向。対象(事態構成要素)のうちに、それの事態生起可能性の全てがすでにある、という。
対象が、その役割を完全に定義されうる、という想定がある。いわば、役者の出番が全て台本で決まっていて、その役者にかんしての台本を捉えれば、彼がどの舞台に出てきうるか全て把握できるかのようだ。

2・022
「対象が世界の実体を形づくる。それゆえ対象は合成されたものではありえない。」
すなわち、「対象」と呼ばれるものが仮に合成されたものだと判明したら、それは対象ではなかったということだ。
「対象は無色なのである」(2・0232)と「対象はすべての状況の可能性を含んでいる」(2・014)を同じような意味とするならば、ここでの対象は自立したものだろう。
2・027
「不変なもの、存在し続けるもの、対象、これらは同一である。」
ということは、無色の対象というのは、それこそ裸の「もの」であろうか。では、2・0123での「全可能性」は本当に全ての可能性である、ということだろうか。すなわち、何らかの対象の特殊な出現可能性ではなく、文字通りすべての。

4年前 No.2

X星人 ★DV4MQCFF1y_mgE

> 命題の真理値表で語れない論理以外のモノは、沈黙するしかない


最初に言いなさいよ、最初に

7ヶ月前 No.3
ページ: 1

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる