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今生きてる世界は「決められてる?」

 ( 哲学掲示板 )
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とある代々木の物壊踊手 @fusuke ★qXbtrLveTx_mgE

凄く下らない話ですが、一応どうしようもなく気になってるので。


「今生きてる「世界」の出来事は、もうすでに世界の「終末」まで全て決まっているのではないか」と言うことです。

自分らが生きている世界というのが、表すなら一つの「管」のうちの一部、その中で全ての人類の行動は決めつけられていて、どう足掻いてもその通りに動いているのではないのか。

仮に、それが真実であると気づいて全く違った観点から物を見ても、それすら決められていた事であり、全てにおいての行動はその管の中の筋書き通りに進んでいるのではないか。

「未来はわからない」というのはあくまで現存する人の視野であって、実際は決められているのかもしれない。
自分らが理解出来ないだけで、枝分かれする人生はその管の中で枝分かれしてる道を順番通りに進んでいるだけかもしれない。

そして死んだとき、今の世界より遥か未来に生まれてくる事もありえる。

それは人間誰しも思うこと。「時間はすでに進んでいる。時は戻らない。」これが普通の概念として定着しているから。

しかし、「今の世界」で死んで「過去の世界」に生まれつくと言うことも考えられる。

時間は戻るものと考えたら、今の人が生きる世界は、一つの管の中の道で決められたルートを進んでいるだけで、未来はすでに分かりきっている。ということになるのではないか。


え、なぜこんな事書いたのかって?
ドラえもんの「タイムマシン」を見て思った←

過去と未来を行き来するタイムマシン。
のび太達が現存する「今の世界」に、「未来の世界」からやってきたドラえもん。それは「今の世界」では考えられない、いわば常識を覆したと言える出来事に近い。

が、未来の世界では、もしかしたら上記のようなことが真実だと言う物理的な証拠を発見し、時間を現在から遡ったり出来る科学に発展したとも考えられる。

その正体こそ、タイムマシンが通る「タイムトンネル」ではないだろうか。

もしかしたら私たちの生きる世界のどこかにも、タイムトンネルのようなものがあるのかもしれない。

と言うくだらん考えでした。

3年前 No.0
メモ2014/07/30 02:46 : とある代々木の物壊踊手 @fusuke★qXbtrLveTx_mgE

そして死んだとき、今の世界より遥か未来に生まれてくる事もありえる。


それは人間誰しも思うこと。「時間はすでに進んでいる。時は戻らない。」これが普通の概念として定着しているから。


しかし、「今の世界」で死んで「過去の世界」に生まれつくと言うことも考えられる。


↑これをわかりやすく説明すると・・・


今の世界(2014年)に人が死んだ。


その死んだ魂は一体どこへ落ちるのか。


答えは二つに別れる


1・・・過去(2014年より前の世界)


2・・・未来(2014年含めた後の世界)

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うさぎ ★YHyTjqP6Fr_ZFe

はじめての土地で山登りをする。道が途中で分かれている。右と左のどちらをえらぶか?私には自由に選べそう
な気がする。「私には自由がある」とおもえる。しかし、反対に宇宙ができるずっと前から「君は必ず右を選ぶ」

と決定されていた、とも考えられる。つまり人間には自由意志は無いと。そう考えることにどんなメリットがあるだろうか?

2年前 No.58

(´*ω*`) ★OfPNMpydQs_M0e

>「今生きてる「世界」の出来事は、もうすでに世界の「終末」まで全て決まっているのではないか」と言うことです。

こう仮設するならタイムマシンは全く意味を持たない。
なぜならサイコロ振って1が出た場合また時間戻して振っても1しか出ないということだからだ

2年前 No.59

うさぎ ★YHyTjqP6Fr_ZFe

何事も先行する出来事によって物理的に決定されているので、この世は今あるとおり以外にはなりえない。つまり
未来永劫にわたりすべては決定されている。これは反論できないね?

2年前 No.60

有限 ★iPad=NUJgJwEgTK

あなたの知らないことは無限にある
知っていることは未知の知識でつねに塗りかえられる
>しかし、反対に宇宙ができるずっと前から「君は必ず右を選ぶ」と決定されていた、とも考えられる。つまり人間には自由意志は無いと。そう考えることにどんなメリットがあるだろうか?
しかし、”宇宙ができるずっと前「君は必ず右を選ぶ」と決定される”そのはるか前に、決定はゆらぐものであり人間には自由意志があると決まっていた。そう考えることにどんなメリットがあるだろうか?

2年前 No.61

うさぎ ★YHyTjqP6Fr_ZFe

私が言いたいのは、自由論も決定論も成立しうるということ。どちらの立場に立つのが有利か?という意見です。
観念と唯物もまったく同じ。その人がどう思うかは人それぞれで、どちらの見解も不合理とは思えない。

その意味では宗教のようなもので、単にどちらを信じるかの問題に過ぎないのでは??

2年前 No.62

★KpJlOIs1Hp_6st

<今生きてる世界は「決められてる?」>
<今生きている世界>って私が生きている世界っていう意味も含まれるの?っていうなら、
<今生きてる世界は「決められてる?」>決められているわけないじゃん。そう思いたい、っていうことじゃないのよね。

<決定論も成立しうるということ> <うる>っていう可能性は認めますが、決定論って、必然とか法則によるって、いうこと、って捉えているので、「決定論」てちのは、ミクロの世界では通用するのでありましょうが、マクロの世界では通用しない。

<自由論>って、「何から自由にかりたいの?」っていう問い方に、どう答えるのだろうか?

うさぎさま、
<どちらの立場に立つのが有利か?>、と、<どちらを信じるかの問題に過ぎない>に”矛盾”が生じる状況が生じたとき、
うさぎさまは、自己の信念と自己の有利のどちらを選択します?

2年前 No.63

宿題 ★iDmzDk5Pdf_Wsk

学者の予測は何故あんなにはずれるのでしょう?

天気予報が長期予測をはずしてばかり・・

2年前 No.64

夕餉 ★iPad=MSGzZAboGx

>>64
じゃあ誰の予測は当たるのでしょうか?

2年前 No.65

夕餉 ★iPad=MSGzZAboGx

>天気予報が長期予測をはずしてばかり・・

>>64

もしも昔の方が天気予報が信用できたのなら昔のやり方の方が天気予報には案外合っているのかもしれませんね。

それはそうと、天気予報はコンピュータの計算を元に行っており、ほぼ一元化されていますので、どのサイトで見ても同じ予報なのです。
昔のやり方をあえてやる気概のある気象予報士が天気予報をしているサイトがあったらおもしろいのですが…

計算については、変数が沢山決まっていて、方程式も主流で決まっているようです。
「天気予報のしくみ はじめに」→「数値予報についてへ」と順にサイトをたどっていけば予報の計算の仕組みが書かれています。

これは、変数に値を代入して方程式をスパコンで計算しているようですが、これが意味するのは天気予報を外しているということは逆にいえばそのスパコンは現在の変数と方程式を使って未来ではなく過去の天気の計算をしても同じ程度外すのだということです。これは間違いないでしょう。理系の方ならこのロジックは理解できるはずです。
過去と現在のデータを元に過去の計算をしてそれが実際の過去の結果に合わない、それはつまり、変数の選び方や方程式自体が不十分だということを意味します。
でも現在の技術ではそれが最高の方法だとされているからその方法でやっている、もちろん日々方法の研究開発をして予報的中率は将来向上すると信じてそうやっているのでしょう。

2年前 No.66

八雲阿国 ★uTvUUnJLxk_FwK

>学者の予測は何故あんなにはずれるのでしょう?

予測だからだろ?
予測が必中するなら予測とは呼ばない。
それくらい理解できないかな?

2年前 No.67

宿題 ★iDmzDk5Pdf_Wsk

豊作の占いや
姓名判断は
的中率が高いのです。

我が町の山に雲がかかると雨になる・・・ような昔の天気予報が当たります。

2年前 No.68

夕餉 ★iPad=9vtplDe4LS

>>68
それは信心に理性的判断が左右されているからです。
姓名判断が的中していると思った。→信じた→自分はそういう人間だと決めつけてそれに外れない生き方をする→ますます信じる
最初から疑ってかかる理性的な人なら、子供時代、20代、50代と自分は変わっているのを知っているので、姓名判断はおかしいと判断するものです。

2年前 No.69

宿題 ★iDmzDk5Pdf_Wsk

名前やその他の所属集団やある共通するものに同じような傾向があるのを統計で感じます。

2年前 No.70

夕餉 ★iPad=Jy8H9zOmM5

>>70
具体的に指摘を試みたほうがてっとりばやそうですね、
宿題さん、名前の共通する傾向というものの例を1つ示せますか?

所属集団の傾向は所属集団には理念や目標が定まっているのですからあって当然でしょう。名前の場合とは違う話だとおもいます。

2年前 No.71

宿題 ★iDmzDk5Pdf_Wsk

私の周りの個人名は言えませんので・・

名前負けしている名前
運のいい名前
いろいろな検索ができます。

2年前 No.72

うさぎ ★YHyTjqP6Fr_ZFe

哲学の目的は幸福追求である。その思考があなたにとって、どう役立つかにある。真理が不幸をもたらすなら、だれが
そのような哲学的立場を採るであろうか?  決定論と自由意志論・観念と唯物・・・・真理は誰にも解らない。

2年前 No.73

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

【この投稿は”ポンデリング”削除されました】 削除者: あうら☆マスター ( 2015/05/05 23:51 )

2年前 No.74


削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

【この投稿は”ポンデリング”削除されました】 削除者: あうら☆マスター ( 2015/05/05 23:51 )

2年前 No.76

★KpJlOIs1Hp_6st

「すべての人間は、時間=空間グラフのどこに位置する問題に関しても、モデルの助けをかりて接近している。モデルとは、複雑なシステムに関する仮定を秩序立てて集めたものにすぎない。」と言う人もいる。

2年前 No.77

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

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2年前 No.78

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

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2年前 No.79

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

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2年前 No.80

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

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2年前 No.81

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

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2年前 No.82

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

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2年前 No.83

凡人 ★otwJiebMLz_M3y

で、 http://mb2.jp/_tetsugaku/650.html-178http://mb2.jp/_tetsugaku/21.html-246についてはいかがですか?

2年前 No.84

宿題 ★iDmzDk5Pdf_Wsk

>>73
哲学の目的は、ある程度合理的な万人に理解できる普遍的な知識を獲得しようとすることです。

2年前 No.85

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

【この投稿は”ポンデリング”削除されました】 削除者: あうら☆マスター ( 2015/05/05 23:51 )

2年前 No.86

★KpJlOIs1Hp_6st

了解。
わたし、はなから望んでません。

2年前 No.87

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

【この投稿は”ポンデリング”削除されました】 削除者: あうら☆マスター ( 2015/05/05 23:51 )

2年前 No.88

★KpJlOIs1Hp_6st

〈気象パターン〉は自然を対象とした文化的存在。

2年前 No.89

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

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2年前 No.90

@cwilcox ★j1YBOKwYyf_M0e

お前らが宝くじ買うだろ?

発表見るだろ?
はずれるだろ?

これでひとつの道、

もうひとつは買って当たる道。

多分分岐点だけならあるんじゃねえかな。
決まっているかどうかは別として。

2年前 No.91

★KpJlOIs1Hp_6st

〈お前らが宝くじ買うだろ?〉
わたし、買ったことありません。

2年前 No.92

うさぎ ★YHyTjqP6Fr_ZFe

原因があるから結果がある。原因のない結果があったら教えてほしい。すべての結果には必ず原因があるはず。

2年前 No.93

火の口車 ★DnshUGxe1q_M0e

>>93
お気に召すかどうかはわかりませんが、

結果 ← 原因

結果から原因を遡ろうとすると、「その原因はどういった原因によって生じた結果なのか?」という問いが
出てきます。

結果A ← 原因A ← 原因Aを生じさせた原因B ← 原因Aを生じさせた原因Bを生じさせた原因C ← ……

そうして次々に遡っていくと、この宇宙を生じさせた一番最初の原因に突き当たります。その原因は定義上、一番最初の原因無き
結果であるので、うさぎさんが要求されている反例として妥当だと思います。

(もちろん、この宇宙自体がより大きな世界に包括されていて、その大きな世界がこの宇宙を生じさせた原因を供給している
ことが分かった、というようなことがあるかもしれません。そのときは、その大きな世界を生じさせた原因まで遡る必要はあります。)

2年前 No.94

@cwilcox ★j1YBOKwYyf_M0e

宝くじ買ってねえとか言うなや…

そうか考え方だと分岐も決められてんのか
そこからなにするかも分岐だから…

決まってる、になるなぁ

2年前 No.95

凡人 ★otwJiebMLz_M3y

>貴様ら全員地獄行きだ

http://mb2.jp/_tetsugaku/650.html-178http://mb2.jp/_tetsugaku/21.html-246についてはいかがですか?

2年前 No.96

うさぎ ★YHyTjqP6Fr_ZFe

>>94
なるほど、そうかもしれません。しかしそれは過去についてはそうでしょう。では未来についてもその説明が当てはまる
のでしょうか。6年後の10月25日午後4時37分24秒現在に何がありどんな事故災害が起こるかは決まっている

という解釈でいいのですね?つまり、過去・現在・未来はすべて原因・結果の法則により決まっているという。

2年前 No.97

夕餉 ★iPad=vXVUX10YIe

>>94
それは狭い(とても単純な)考え方です。
結果と原因はその言葉の意味からしてすでに互いの存在を前提にしている。
だから結果→原因まできたあとでその原因が何かの結果なのかと意識すれば次の原因を探すことになる
そして宇宙の始まりが世界の最初だという漠然とした知識が影響してきて、最初の原因は宇宙の誕生だね、と推論する。
これはとても初歩的な思考方法です。
実は、因果関係の推論の歴史はもっとややこしい。たとえばコンセクエントで中世以前の推論を調べてみるといい。
それと原因については、具体的な結果とセットになっていない種類の原因も用いられてきた。たとえば遠因としての神。近因には個人の悪い性格や肉体などがある。
なぜそういうのが原因とされ、結果とされてきたのかの理由を調べてみるといい。
ただ、これらと目の前の事象をむやみに混同してはならない。目の前のにわとりが卵を生む瞬間を目撃して、この卵はにわとりから生じた、このにわとりが原因でこの卵が結果だ、というのと、そのにわとりはそもそもどこから生まれたのかという推論で宇宙の始めまで遡るのは別の行為です。前者は科学的であり後者はただの推論です。

2年前 No.98

削除済み @jagger60 ★VkIuNYaaV3_M3y

【この投稿は”ポンデリング”削除されました】 削除者: あうら☆マスター ( 2015/03/30 10:46 )  削除理由: 投稿ミス/本人からの削除依頼

2年前 No.99

火の口車 ★B1gjwNgMjr_M0e

@ >>97 へのお返事

>>94 が言葉足らずに感じましたので補足をします。
うさぎさんは >>97 で以下の指摘をされました。

‘では未来についてもその説明が当てはまる
 のでしょうか。6年後の10月25日午後4時37分24秒現在に何がありどんな事故災害が起こるかは決まっている
 という解釈でいいのですね?つまり、過去・現在・未来はすべて原因・結果の法則により決まっているという。’

まず >>93 の記述を確認します。

‘原因があるから結果がある。原因のない結果があったら教えてほしい。’

うさぎさんは「あらゆる出来事には原因がある」という仮説を >>93 で提示されました。
私はその仮説自体を検証するには力不足です。そのため「あらゆる出来事には原因がある」仮説を正しいと踏まえた上で、
「その仮説の適用を繰り返すととこういう矛盾が生じるかもしれませんよ?」という問題提起を >>94 でしました。

‘では未来についてもその説明が当てはまるのでしょうか。’

この質問は私に対する質問というより、うさぎさんの「あらゆる出来事には原因がある」仮説に対する質問になってしまっています。
もちろん答えはYESです。同時にそれは私の立場を説明するものではありません。

A >>98 へのお返事

@を読んでいただければお分かりいただけるとおり、 >>93 の哲学的立場を敷衍したものが >>94 なので、
‘それは狭い(とても単純な)考え方です。’と言われても正直困惑します。うさぎさんへお返事としてどうぞ。

私自身は、因果関係は自然が持っている性質なのか、それとも人間が自然を解釈する際に用いる理論的枠組みにすぎないのか
について多少の興味はあります。

B >>99 へのお返事

お母さんが大好きさんに‘貴様’呼ばわりされる筋合いはありません。正直不愉快です。

2年前 No.100

うさぎ ★YHyTjqP6Fr_ZFe

>>100  さん
論理的な説明をありがとうございます。無用な混乱を作りだしたのはわたしです。なにせ無学でしろうと哲学なもので

2年前 No.101

火の口車 ★WNMZ2JQx4c_M0e

‘無用な混乱を作りだしたのはわたしです。’

攻撃的な気分でレスポンスをしたのに、こういう風に返されてしまっては
頭を垂れる他ないではありませんか!!

2年前 No.102


★KpJlOIs1Hp_6st

〉93、〈原因があるから結果がある。原因のない結果があったら教えてほしい。すべての結果には必ず原因があるはず。〉
たしか?ニーチェが「原因は結果の前にあるものではない」ってなことを言っていたことを思い出す。

「創発」という人間の”性”の概念についてどう思います?なんか〈決められている〉っていう一辺倒な見方じゃなくて、私としては希望が見えてくるのですが。「決定論」はおそらくあるが、”それだけで”存在していないのが人間(私)実存、って思うけどね。

2年前 No.104

うさぎ ★Tablet=pk43SKoQDG

過去全てをふりかえったら決定論は成立するだろう。だが未來に対しても決定論は適用されるか?

ところが、未来もいずれは過去になるという不思議がある。

2年前 No.105

うさぎ ★TTcLo8rHAi_UHY

「あなたは自由ですか?」という質問に「私は自由です」と答える1000人の人のうち999人は不自由なのである。

他人の意見を気にして、噂話と流行に踊り、職場の周りからどう思われるかとか、いい格好したい等々

自由などかけらもない。逆に運命論(決定論)を奉じるなら、必ずや自由を得られるであろう。皮肉なものだ。

7ヶ月前 No.106

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_qEA

決定論は世界性にもとづいて、
起こるべくして起こる理念である。

世界とは何か。

「世界情勢を追う」という形で用いられる一方で、
「あの人は自分の世界を持っている」という形でも語られる。

前者は宇宙の特異点としての地球上といったニュアンスで、
後者はその人独自の価値観といったニュアンスで用いられている。

いずれにせよ、我々は住まう場所を世界と呼ぶ。

世界とは何か、という問いに対して、
それを場所の様態として捉え、
その生成過程をたどることから回答を試みる。

・・・

存在は無ではありえない。
それはどこにも流れ出ることなく、
ゆえに場所を欠いてはさし迫るばかりである。

それは類比的に肉として語りうる。

肉もまた無ではありえない。
それは感性の基層として根底に横たわるものである。
皮膚で覆われることがなければ、あらゆる刺激はさし迫るばかりである。

我々は見ると同時に触れるのであり、
知覚の根底には触覚が存している。

知覚はすでに場所を構成する要素であるが、
その根底には依然として
始源の領野すなわち触覚が横たわっている。

知覚においては
知覚する者と知覚される者の二項対立が形成されるが、
触覚においては、
触れる者と触れられる者の間には、厳密には区別が成り立たない。

それは媒介の欠如、直接性ゆえの接触であり、
作用と対象へと分裂する手前の基層として
全きテクスチュア(肌理)である。

テクスチュアは対象として構成されるのではなく味わわれる。
舌の上に乗ったチョコは
「甘い」と知覚される以前に、舌触りとして味わわれる。
手に触れる絹は
「すべすべ」と知覚される以前に、手触りとして味わわれる。

この味わいのパースペクティブから形成される理念のごときものが生である。

あらゆる味わいは生と不可分である。
喜びは味わわれる。苦しみすら味わわれる。
生は本能による自己保存欲求として原理へと形骸化される以前に、
それ自体で楽しまれ、悲しまれ、喜ばれ、苦しまれる。
つまりは生きられるのである。

あたかも理念が思考を息づかせるように、
この味わう欲求が運動を息づかせる。
ちょっと木陰に腰を下ろす、そのささやかな運動すら、
木陰を味わうことに動機づけられて起こる。

しかしあらゆる味わいは肉として、接触として、
存在のごときさし迫りの性格を免れない。
それからスペースを取るようにして、表象のごとく知覚が生じる。

知覚において対象が構成され、それによってあらゆる味わいは一般化され、
現在の一部をなし、日常的な時間に組み込まれる。
その時点で木陰の「涼しさ」は一回限りのものではなく、
条件を整えれば再び現前させることができるような再現性を帯びるようになる。
それは過去や未来へと変容し、想起や予期において呼び戻すこともできる。

こうして味わいを十全に覆い尽くすことで、
完全に肉と対応した知覚が価値と言われる。

価値は全き知覚として、
もはや味わいの残余すら残すことなく、一般化されている。
それゆえに、その知覚を一定のコンテクストに乗せさえすれば、
それに対応する肉の味わいが再び起こることになる。

味わいそのものに動機づけられ運動がおこるのだから、
その点で価値はつねに使用可能な意味のことである。

この価値は、生によって息を吹き込まれることで、
自ずとコンテクストに沿って秩序を形成するようになる。
これはいわゆる配置である。

仕事場の道具は、
それぞれの価値がコンテクストに従って配置されることで、
独特の構造を持つようになる。

ここに至ってはじめて、世界という住まう場所が現れる。
価値観なるものは厳密には価値の配置である。
ゆえに世界は価値観と同一視される。

ただしここで注意すべきは、
こうした配置によって形成される構造が空間的だということである。

空間における落書きは一瞥で全容を把握できる。
かつ線を足すことで拡張できる。
そのようにして構造もまた一瞥で看取され、
かつ拡張可能なものとして扱われる。

つまり世界は構造を有するがゆえに、
一瞥で看取され、かつ拡張可能なものとして現れる。

言いかえれば、味わいの場は拡張可能であることになる。

この世界の拡張性によって、
場所に出来する主体は決定論という理念を思い描く。
すなわち存在の全き構造化を思い描くのである。

一切は想起可能で予期可能ゆえに配置可能で秩序づけ可能である。
こうして決定論が生起する。
つまり決定論は世界性に根ざしているのである。

・・・

補足。

世界の拡張性の帰結は、
味わいによって駆り立てられる生に動機づけられた、
場所の拡張欲求である。

生そのものが本能という名の起源において構造化されることで、
場所の拡張そのものが正当化され、場所の奪い合いが始まる。
それによって価値の価値として場所自体が価値を持つようになる。

競争原理の始まりであり、エコノミーの始まりである。

ただし、これは場所の一側面を極度に推し進めたに過ぎない。
場所にはもう一つ、社会性というパースペクティブが存する。
社会性においては世界の拡張性とは真逆の動性が存する。

これらはあたかも男性的な世界性、女性的な社会性と言いうるように、
根本的な両相を指している。

決定論における自由の問題も、
社会性によって解決の糸口が見出されるだろう。

2ヶ月前 No.107
ページ: 1 2

 
 
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