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唯物論 観念論

 ( 哲学掲示板 )
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操壊 ★jUpoNly98S_Fsl

唯物論と観念論という議論があるそうな。
唯物論というのは全ては物質で出来ているという立場だそうな。
観念論とは、観念論とはよく分からないけど、
例えばプラトンのイデア論なんかがそれにあたるそうな。

イデアというのは、例えば花なら、花とは何か?という問いに答える花が花のイデアだそうな。
他にもこの世のあらゆるものにイデアはあるそうな。善のイデアとか。

プラトンの観念論というのは感覚世界は真の世界ではなく、
イデア界(どこにあるかは分からない)が真の世界だとしたそうな。
イデアというのは例えば花とは何かなら、実際に咲いてる花に普遍的なものはないわけで、
花のイデアというのは観念的なものになるそうだ。
だからプラトンのイデア論は観念論とされているそうな。

それっで唯物論と観念論の議論というのは、
世界の根源を物質に置くか観念に置くかという議論だそうな。

これはネットの情報だから間違っているかもしれないけど、
日本の西田幾多郎という哲学者は、
新たなに物質と精神を一つにする中立的一元論という立場を作ったそうな。

それではよろしくお願いします。

5年前 No.0
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魔術師 ★RJd8rqTVpR_CN8

>746


うさぎさん。

「内的、外的」とは何を意味しているのですか?


物事について道理にかなうように自然に考察を進めていけば、観念論になるのです。

唯物論、もしくは「物質はある」という考え方は、根拠のないものをあると決めつける無理なものです。


近世に入る頃、ライプニッツやバークリが観念論的な世界観を提示したのは、

無理のある根拠ない唯物論的な世界観が目立ち始めたに対する反動という面もあるかもしれません。

それ以前は、物質を前提にした世界観は、西洋でもさほど強力でもなかったのではないでしょうか。

西洋哲学においても、ヘーゲルあたりまでは観念論が優勢だと思います。


客観(認識内容)はあるのです。我々の体験です。

しかしそれは、心(精神)の中にあるのです。これは、ロックでも同じはずです。デカルトでも同じでしょう。

問題は、その客観が、精神の外にある「物質」なるものから引き起こされると考えるのか、

精神によって引き起こされると考えるかです。

ここで仮想される「物質」なるものには、根拠がないのです。ただ、「ある」と主張されるだけです。

我々の体験内容においては、我々の意志や予想通りではない要素が強いことが、物質のような考え方が出てきた原因だと思われます。

精神の作用の全てがいつでも意識されるわけではないとか、

精神が複数的な現れ方をすることもでき、その場合、(ある意味で)「他の」精神の作用を受けることもありうる、

というような発想をすれば、客観に不随意性があっても、精神だけで無理や飛躍なしに考察できるのです。


我々が体験しているのは、体です。脳神経や感覚器官等です。世界を直接体験しているわけではありません。

体は、客観(体験内容)であり、それは精神の中での出来事です。

精神は鏡に、体験内容は鏡に映された映像に例えることができると思います。

しかしこの場合、鏡の外に映像のもととなる何かがあると言いたいのではありません。


>禅問答

「臨済録」を読むと、クオリアの問題や、バークリ、ライプニッツの思想に関わる話が書かれているように感じられます。

だから、表現が古代インド哲学的になっているところもあると思います。

道元はあまり臨済を評価しなかったという説がありますが、仏教失格(スレスレ)みたいなところはあるでしょうね。

2ヶ月前 No.748

つみれ ★DUSn7lmwQa_b3g

観念論の内包は唯物のルールで規定され、唯物論の外延は観念に回収されています。

つまり、観念論と唯物論とは互いに相容れぬ対立する概念ではなく、世界、或は宇宙を人類が捉えた時の内包と外延であって、それらは一なる概念の外側と内側をそれぞれに表現したに過ぎません。

2ヶ月前 No.749

百理 ★5z6bVAmgS3_P5K

つみれさん

哲学も最終的には基礎の論理を飛躍しなければならないと思います。

アウフヘーベンのような飛躍の仕方も一部にはありますが・・

2ヶ月前 No.750

魔術師 ★RJd8rqTVpR_CN8

>749


つみれさん。


>観念論の内包は唯物のルールで規定され、唯物論の外延は観念に回収されています。

内包・外延とは何ですか。


私は、そもそも「物質」という概念そのものに、根拠がないと言っているのです。

体験内容(客観)の背後にあって、それを支えているものとして考えられていますが、

道理の上からも、実際の観察上も、根拠がないのです。

我々にとっての色々な物事・法則が発見されていくことはありますが、物質そのものはいつまでも仮想に過ぎません。


精神の外にある「何か」を考える根拠はないし、そうしたものは道理にかないません。

複数の精神の間での認識内容の整合性については、認識内容が一つの精神によって生み出されているとか、

もともと精神は(複数に現れても)一つしかないと考えれば、説明ができます。

バーチャル世界が一つのCPUで生み出されているので、世界内の出来事に統一が取れているようなものです。

客観は、精神の想像だと考えるのが自然です。

2ヶ月前 No.751

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

で、 >>651,653,654,667,671 の観念論的反駁をお願いします。

2ヶ月前 No.752

魔術師 ★RJd8rqTVpR_CN8

「大きな精神」を「神」、「個々の精神」を「霊」と言い換えても良いと考える。


心を意味する「精神」という言葉に、「神」という字と、純粋なもの・優れたものを意味する「精」という字が入っている。

「霊」という文字には、天にある水源から落ちてきた水のしづくである「雨」という字が入っている。

認識やその内容を表す「体験」という言葉には、身体を表す「体」という字と、

「あらわれること」や「しるし」を意味する「験」という字が入っている。


日本語は、観念論の視点から見ても、なかなか奥が深いようだ。

2ヶ月前 No.753

魔術師 ★RJd8rqTVpR_CN8

>752


凡人さん。


放射線や電波は、光と同じ電磁波ですが、

客観である感覚器官に直接捉えられるものではなく、思考を通して理解され、概念になっています。

「物事」として実際に存在すると考えられます。もちろん、精神の中のものですが。

あらゆる物理的な法則は、「大きな精神」が「個々の精神」に客観を写す時のパターン・ルール・秩序です。

人間の視点から捉えられた人間にとってのルール・パターンです。


コンピュータの作る仮想世界の中の住人は、自分たちに起こる出来事のパターン・ルール・秩序を見つけ、

それを法則として数式化することもできます。

CPUはプログラムやそれに基づく計算を通して空間や物事を生み出していますから、

仮想世界の中に統一性と秩序があるのは当然ですね。


観念論的な世界観においては、(一つの)精神が客観を作っていますから、距離は関係ありません。

「遠隔作用」や「時間なしに情報が伝わること」、「ワープ」は、当たり前であって奇妙ではありません。

「物質」を前提にすると奇妙で理解しがたい物理学上の法則も、

「大きな精神」が「個々の精神」に客観を写す時のパターン・ルール・秩序の一例にすぎなくなり、奇妙さはなくなります。

また、物理学に意識(個々の精神)を組み入れることも、問題がなくなります。

2ヶ月前 No.754

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

すみませんが、 >>651,653,654,667,671 の観念論的反駁をお願いします。

2ヶ月前 No.755

魔術師 ★RJd8rqTVpR_CN8

>755


それは、私には「唯物論 観念論」の議論から外れていると思われます。

2ヶ月前 No.756


悪魔ちゃん ★30JjgxOVKX_ZFe

bonntyann,nannndekokoniiruo?

2ヶ月前 No.758

魔術師 ★KgOv9HIvWG_M0e

>757


凡人さん。

マルクスの『フォイエルバッハに関するテーゼ』ですか。考えさせられますね。

>フォイエルバッハを含めたこれまでのすべての唯物論の主な欠陥は、対象・現実・感性が単なる客体の、または傍観者の形式のもとでだけとらえられていて、人間的な感性的活動・実践として、主体的にとらえられていないことである。


客観は客観ですよ。認識内容です。客観を主体扱いするのは間違っています。客観→主体→主観みたいな形で、無理やり客観を主観の座に置こうとしているのでは?

能動的な力は、精神(主観)の作用です。客観は鏡の映像のように映し出された(体験された)認識内容です。


>ゆえに、能動的側面は、唯物論に対立して観念論によって展開されることになった。しかしただ抽象的に。なぜなら、観念論は現実的・感性的な活動を、まさに現実的・感性的な活動としては知らないからである。


現実的・感性的な動きは、大きな精神の作用によって起きる客観の動きです。自分の脳や筋肉は、自分の精神で動かしているところもあります。

意志もまた、精神の作用です。「活動」という概念を使って、ここでも客観を主体(主観)扱いしているようです。


>フォイエルバッハは、人間の頭に映った客体とは現実的に区別された、現実の客体を求めているのだが、しかし、人間的活動そのものを対象的活動としてはとらえようとしない。


認識内容(客観)の後ろに、精神ではない「真の何か」を求めるというのは、「物質」という仮想概念が発生する起源です。対象的な活動を人間的な活動として扱うのも、客観を主観に転換する強引なロジックではないでしょうか。


>人間の思考が対象的真理を手に入れる力を持っているかどうかという問題は、観念的な問題ではなくて、実践的な問題である。実践の中でこそ、人間は自分の思考の真理性、すなわち現実性を証明しなくてはならない。


客観の背後・基盤に「物質」なる無根拠なものを置かなければ、対象的な活動(客観)としての人間的な活動が行う実践において物質に対する理解が深まり、それが対象的な真理の獲得過程である、というような考え方をしなくて済みます。


私には、マルクスが観念論とまともに向き合って乗り越えたとは思えません。詭弁じみた強引な論法で人を騙そうとしたのか、自分が錯覚に陥ったのか、という感じすらします。

2ヶ月前 No.759

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>>651,653,654,667,671 の何処がどの様に「詭弁じみた強引な論法」なのか教えていただけますと助かります。

2ヶ月前 No.760

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>>654

>そういえば、これからはスマフォやスマフォの電波局の電磁波で脳腫瘍や癌になる人が加速し、それも人口減少を加速させる一因となるでしょうね。

は、
>そういえば、これからはスマフォやスマフォの電波局の電磁波で脳腫瘍や癌になる人が加速し、それも人口減少を加速させる一因となると私は考えていますよ。

に訂正させていただきます。

2ヶ月前 No.761

魔術師 @newmemphis ★F6UoanoCVw_CN8

>761


凡人さん。

>そういえば、これからはスマフォやスマフォの電波局の電磁波で脳腫瘍や癌になる人が加速し、それも人口減少を加速させる一因となると私は考えていますよ。



そうかもしれませんね。私は、その真偽を考察するための情報を持っていません。

もし、スマホにそういう害悪があるのだとしたら、意図的に誰かが人口を減少させるために仕掛けたことかもしれませんね。


そのことについての議論は、「唯物論 観念論」というテーマから外れていると私には思われます。

2ヶ月前 No.762

魔術師 @newmemphis ★F6UoanoCVw_CN8

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2ヶ月前 No.763

百理 ★5z6bVAmgS3_jmr

哲学とは観念と言う意味です・・

1ヶ月前 No.764

魔術師 @newmemphis ★oz2NJhSwMN_EHG

>764


哲学とは、観念論を学び、観念論について議論し、観念論を発展させることではないでしょうか。

1ヶ月前 No.765

百理 ★5z6bVAmgS3_jmr

霊性・霊感・・・宗教的

念力・思考力・・・哲学的

1ヶ月前 No.766

うさぎ ★HJ6YNK7WFD_UHY

観念論が中世の終わりころに出てきたのは、芸術・文芸の登場だろうと思います。

特に顕著なものとして文学があります。文学とは観念そのものではないでしょうか?

1ヶ月前 No.767

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>もし、スマホにそういう害悪があるのだとしたら、意図的に誰かが人口を減少させるために仕掛けたことかもしれませんね。

世界統合司令本部( http://mb2.jp/_grn/?mode=view&no=1607&word=%90%A2%8AE%93%9D%8D%87%8Ei%97%DF)が日本でスマフォを普及させている目的は、日本の労働者・人民を癌で早死にさせる事によって年金の積立金を剥奪する事と日本の労働者・人民の愚民化の二つだと思いますよ。

>そのことについての議論は、「唯物論 観念論」というテーマから外れていると私には思われます。

私は此処で、唯物論的な分析の展開を通じて、唯物論の優位性を示しているつもりですよ。

1ヶ月前 No.768

百理 ★5z6bVAmgS3_Y9V

凡人さん

何故物質には血も涙もないのですか?

1ヶ月前 No.769

ぞう ★qKoxT5ENLK_Y9V

まだやってる。
学習しない人は相手にしないのが吉だよ。

1ヶ月前 No.770

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>>768

>世界統合司令本部( http://mb2.jp/_grn/?mode=view&no=1607&word=%90%A2%8AE%93%9D%8D%87%8Ei%97%DF)が日本でスマフォを普及させている目的は、

は、
>(仮説上の)世界統合司令本部( http://mb2.jp/_grn/?mode=view&no=1607&word=%90%A2%8AE%93%9D%8D%87%8Ei%97%DF)が日本でスマフォを普及させている目的は、

に訂正させていただきます。

>何故物質には血も涙もないのですか?

私も(仮説上の)世界統合司令本部のエージェントも物質には変わりがないですが、(仮説上の)世界統合司令本部のエージェントは血も涙もない事は、マルクスの「人間の意識がその存在を規定するのではなく、人間の社会的存在(のありかた)がその意識を規定するのである。」(カッコ内は追記)という唯物論的論理によって説明が可能となります。

1ヶ月前 No.771

百理 ★5z6bVAmgS3_Y9V

凡人さん

社会的存在にも多様な形態があります・・

1ヶ月前 No.772

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

だから、

>マルクスの「人間の意識がその存在を規定するのではなく、人間の社会的存在(のありかた)がその意識を規定するのである。」(カッコ内は追記)

のとおり、社会的存在のありかた=社会的存在の形態という意味を明確化したのですよ。

1ヶ月前 No.773

百理 ★5z6bVAmgS3_Y9V

凡人さんと正反対のプラトンさん・・

プラトンが追求した、国家のイデアも同様です。人の集団は、どの様な形態を取るのが正しいのかを実験し確かめてから国家を形成するのでは、

何時までたっても国家を作ることは出来ません。正しい集団の形態のイメージに、その集団の決定に従うと言う行動方法が結合し、

国家と言う概念が成立します。これが国家のイデアです。

これで人は、一々考えなくてもイデア=概念により、国家を形成することが出来ます。

1ヶ月前 No.774

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>これで人は、一々考えなくてもイデア=概念により、国家を形成することが出来ます。

これで人は、支配階級の不正行為や支配に対して一々考えなくなり、国民は、支配階級のいいなりになってどんな犠牲でも受け入れるようになります。

1ヶ月前 No.775

百理 ★5z6bVAmgS3_Y9V

凡人さん

支配階級と言うとらえ方が温度の違いを感じているのかもしれません・・

世の中は、親と子供の様な関係だと思いませんか?

1ヶ月前 No.776

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>世の中は、親と子供の様な関係だと思いませんか?

そうだとしたら、ホロコースト(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AD%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88)は、親と子供のどの様な関係でもたらされた事になるのでしょうか?
因みに、私は親切だから言っておきますが、百理さんが、 http://mb2.jp/_tetsugaku/1027.html をみんなが見ないように作文しているのはミエミエですよ。

1ヶ月前 No.777

百理 ★5z6bVAmgS3_Y9V

野生の世界では子供が生き延びることの方が少ないのです。

本能の世界での弱肉強食・・戦争もホロコーストも・・

哲学がひ弱な理性の理想世界を叫んでも踏みつぶされてしまうのでは?

1ヶ月前 No.778

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>野生の世界では子供が生き延びることの方が少ないのです。

人間は野生に戻れと言っていますか?

>本能の世界での弱肉強食・・戦争もホロコーストも・・

支配階級が被支配階級を支配するのは、弱肉強食の資本主義(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%87%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%B8%87%E4%BA%BA%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E9%97%98%E4%BA%89)では当たり前後いう事が言いたいのですか?

>哲学がひ弱な理性の理想世界を叫んでも踏みつぶされてしまうのでは?

被支配階級は支配階級に逆らうなといってますか?

1ヶ月前 No.779

百理 ★5z6bVAmgS3_Y9V

凡人さん

人間は他の動物を動物園に入れています・・ペットとして飼っています・・

人間こそが、弱肉強食のトップでしょう?

1ヶ月前 No.780

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>人間は他の動物を動物園に入れています・・ペットとして飼っています・・

つまり支配階級は、被支配階級をペットとして飼ってやっているという事でしょうか?

>人間こそが、弱肉強食のトップでしょう?

(仮説上の)世界統合司令本部( http://mb2.jp/_grn/?mode=view&no=1607&word=%90%A2%8AE%93%9D%8D%87%8Ei%97%DF)のメンバーこそが、人間のトップであるという事でしょうか?

1ヶ月前 No.781

★30JjgxOVKX_ZFe

あのね、

哲学における「存在論、認識論」と、「観念論・唯物論」は区別しておいた方がいいんじゃないかしら。前者は存在と人間の認識について論じ学することで、後者は主義ーすなわち観念主義、唯物主義ね。現象学は前者で、後者を統合しちゃう方向ね。だから、現象学においては観念主義も唯物主義もなくなっちゃうのね。どれに属するかはお好みだけど、わたしの場合「存在論、認識論」に興ある。もっとも、わたし、論が嫌いだから物語りになっちゃうけどね。

ところで、おぼんちゃまはどっち方面なのかしら?

北?南?東?西?

南じゃない事は確かね。

1ヶ月前 No.782

百理 ★5z6bVAmgS3_Y9V

凡人さん

本能は弱肉強食だと思いませんか?

1ヶ月前 No.783

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>ところで、おぼんちゃまはどっち方面なのかしら?

存在論と認識論の関係を唯物論的に明確化したのはマルクスで、マルクスは、経済学批判の序説でかの有名な「下向と上向の弁証法」というものを明らかにしています。
「下向と上向の弁証法」を思いっきり簡略化して説明すると、物事は現実から本質を分析(下向法による分析)し、現実を分析して得られた本質論(=存在論)に基づいて物質的現実を再度分析(上向法による分析)すると、何故そのような現実になっているのかや、現実の歴史的推移や、あるべき現実の姿等を正しく認識する事が出来るようになるという事です。
この立場からすると、唯物論的な認識論というのは、「下向と上向の弁証法」の遂行の為の方法論であり、唯物論的な本質論(=存在論)は、「下向と上向の弁証法」の遂行によって獲得された知識体系となります。

>本能は弱肉強食だと思いませんか?

本能も存在のありかたによって異なると思います。

1ヶ月前 No.784

百理 ★5z6bVAmgS3_Y9V

凡人さん

ギリシャ時代よりある親殺し・子殺しの複雑感情を先生に習われましたか?

感情は、もつれたらほどけないと思いませんか?

1ヶ月前 No.785

★30JjgxOVKX_ZFe

>784

おぼんちゃま、ちょっと教えて。

1.ヘーゲルの「家族・市民社会・国家」について、マルクスさんはどのように言っていたの?

2.「唯物論的に明確化した」っていうことは、マルクスさんは唯物主義って見ていのかしら?

1ヶ月前 No.786

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

それより、 >>760,761,768,771,773,775,777,779,781,784 についてはいかがですか?

1ヶ月前 No.787

うなこ ★iPad=a6idbzA4pL

観念論は観念しろだと思いませんか?
唯物論はタダのモノだと思いませんか?
問い続けることとは全部の文章にクエスチョンマークをつけることだとはおもいませんか?
メビウスリングの哲学は暇つぶしだと言われても仕方ないと思いませんか?
どうして悪貨が良貨を駆逐するのだと思いますか?
良スレが皆無になったのは誰の責任だと思いますか?

1ヶ月前 No.788

★30JjgxOVKX_ZFe

>787

ん? 「それより、」 ですか〜?

了解。 頑張ってね。

あんた、プロレタリアじゃないね。

1ヶ月前 No.789

★30JjgxOVKX_ZFe

>うなこちゃん、あんた、純ね。まだ10代?

唯物主義者は「物」を「タダのモノ」って思ってないのよ。世界の根源を「物」って見てるんじゃない?
だから「物」ってなあに?っていう問いが生まれるの。

「良スレ」って、なあに?
真なるものは何か、偽なるものはなにか、善なるものは何か、悪なるものは何か、についてバカな大人たちが一生懸命考えているのよ。

ようするに、ここ、暇人の集まりね。

「観念論は観念しろ」って、超〜うけたわ。

お勉強頑張ってね。

1ヶ月前 No.790

激怒忿怒丸 ★iPad=a6idbzA4pL

冗談に真面目に答える機知のなさ

1ヶ月前 No.791

うさぎ ★HJ6YNK7WFD_UHY

人それぞれで、どんな哲学的立場を採ろうが自由なのですが問題はその結果、幸福をもたらすか

どうかだけだと思います。し、真理の探究も価値がありますが、誰が真理を示せますか?

唯物も観念も結果幸福が得られたら・・・・10億人10億色ですね   (笑

15日前 No.792

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

最近秋にもかかわらずあまりにも熱いので、 http://mb2.jp/_grn/1545.html-1994が気になって調べたところ、産経ニュース 2017.8.25 17:00 によれば、

>南極の氷床が大崩壊の危機? 深層の暖水が上昇し下部を融解 オゾンホール拡大が影響か

との事でしたので、いち早く原発や再処理工場や使用済み核燃料を海面上昇に備えて何とかしないと、人類滅亡は避けられないのではないかと思いましたが、観念論者の皆さまはいかがでしょうか?

5日前 No.793

うさぎ ★HJ6YNK7WFD_UHY

観念論者は「南極の氷床もオゾンホールも全宇宙も、わたしの内部(精神)であり私の外部ではない」と考える。

なんとかしなっくっちゃと考えるが、私の内部をなんとかしたいので、外部・外界ではない。

5日前 No.794

うさぎ ★HJ6YNK7WFD_UHY

観念論者はトランプ大統領を筆頭に全世界の大統領の何万倍より自分の方が重要でえらいと考える。

それは異常か? 当然か?

5日前 No.795

凡人 ★AF3oJMMBTq_4fx

>観念論者は「南極の氷床もオゾンホールも全宇宙も、わたしの内部(精神)であり私の外部ではない」と考える。

観念論者は「南極の氷床もオゾンホールも全宇宙も、わたしの内部(精神)」だとしたら、自らの精神を何とかして人類滅亡を回避出来ると考えるべきではないですか?

4日前 No.796

魔術師 @newmemphis ★wMlXQIhj2F_0gZ

唯心論が正しい。

南極の氷は、自分の心の中で溶けている。

心の中とは別のところがあって、そこで氷が溶けているわけではない。

私の心の中でも、あなたの心の中でも溶けていて、溶け方に食い違いはない。

一つの心が引き起こしている事態だから、整合性がある。

精神に映された内容は、外界を反映して創られるのではなく、精神自体が創りだした「イメージ」である。

同じ外界を見ているから、イメージに対応関係があるのではなく、

イメージに対応関係があるから、あたかも同じ外界を見るているような錯覚を与えるのである。

しかし、そもそも外界などない。

メインコンピュータでつながれた複数の端末で行う戦車戦ゲームにおいて、

個々のプレーヤーの視点における風景(出来事)はあっても、その他の世界はない。

それでも、たとえばB戦車が破壊されたとかの事実は共有されるので、

何か共通の客観世界があって、皆がそこにいるかのように勘違いされるのである。

15時間前 No.797
ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9

 
 
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