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独我論を乗り越える方法

 ( 哲学掲示板 )
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すぴのざ ★0gLpHaJ.DeM

【レスする前に】
このスレで使う言葉の意味は辞書、wikipediaに記述してあるものを使用してください。2つに記述されていない意味を使用する場合は、どのように定義しているかを明示してください。

【独我論とは(wikipedia「独我論」から転載)】
概念

「客観的存在に対する常識的見解」
私たちが事物を認識するとき、何らかの客観的な事物が存在し、感覚器官を通じてその事物が意識の中に現れると考える。例えば、「私はリンゴを見ている」というとき、私の認識とは無関係に存在する客観的なリンゴがあり、私の視覚を通じて、私の意識の中に、主観的なリンゴの形や色が現れる。これが、事物を説明するにあたっての常識的な考え方である。


「独我論からの反論」
これに対して、独我論は、私の認識とは無関係な事物の存在を否定する。リンゴが存在するのは、私が認識しているときだけであり、私が認識を止めると、リンゴもまた消滅する(見えなくなるのではなく、存在しなくなる)。全ては私の意識の中にのみ存在し、私の意識を離れては何物も存在しない。これが独我論の基本的な世界観である。

このような一見突拍子のない発想には、次のような根拠がある。普通、私が認識しようとしまいとリンゴは存在する、というが、私はそのことを論理的には証明できない。なぜなら、認識の前に存在するリンゴを認識することはできないからである。いかなるリンゴも、私の認識後にのみ存在するのであり、認識されていないリンゴについて何かを説明することはできない。

このような客観的事物の認識の不可能性は、バークリーやカントなどの観念論に代表される(もっとも、カントは、このようなの不可能性を認めた上で、あえてそのような認識前の存在(物自体)を肯定する。バークリーも、他者や神の存在を認める以上、独我論者であるとは言えない)。

ウィトゲンシュタインにおいて、自己と他者の非同一性の考察から出発した、世界の人間のうち、一人だけ本当の私がいて、他の人間は意識的な存在者ではあっても、この私ではない。すなわち、本当の私は自分一人のみであるという主張。また、彼においては「私に見えるもの(あるいは今見えるもの)だけが真に見えるものである」ということで表現される。

バートランド・ラッセルによれば、非演繹的推理によって自己の直接的経験を超え出ることを認めない限りは、瞬時における自我だけが存在するとする瞬間の独我論を容認することは避けられないといわれる。

古来はその世界観(世界の存在を通して)を批判されていたが、現代ではその「私」とは何であるかという形で批判を受けている。


【本題】
独我論は論破または乗り越えることができるのでしょうか?
出来るとしたら、その方法は?
あなたの独我論に関する考えを教えてください。

参考書籍などを記載してもらえるとありがたいです。

2007/08/23 10:38 No.0
メモ2019/09/27 05:22 : SumioBaba★A5wHmsjWwP_yoD

【ザビビのふくろうによる独我論入門】

独我論とはそもそもどういうものか、の理解のために参考まで。

@>>461

A>>407-411


【SumioBabaによる独我論を乗り越える方法】

 「独我論」は実証も反証もできません。なのに多くの人々は、「独我論」が「真」か「偽」かは、どちらか一方に客観的に確定していると思い込んでいます。しかし、論理の飛躍をして「偽」だと仮定しても、論理の飛躍をして「真」だと仮定しても、アポリア(解けない謎)が残ってしまいます。そこで、量子力学でいう重ね合わせの考え方を用い、《問》=「独我論は「真」か?、「偽」か?」に対し、《答》=「a「真」+b「偽」(aとbの値は不明)である」と答えてみます。「真」かもしれない、「偽」かもしれない、「両方」かもしれない、「片方」かもしれない、という意味です。すると、すべてのアポリアを解消することができます。しかも《答》は、何一つ真理を限定せず、すべての可能性を網羅した上で正しいのはその中のどれかだろうと主張するだけなので、決して外れることは無く、証明不要のまま恒真(トートロジー)となります。これこそ最も合理的な答だと思われます。


    「独我論」を「偽」だと仮定した場合

 論理の飛躍をして「独我論」を「偽」だと決め付け、「物質世界は「存在しない」ではなく「存在する」の方に、客観的に確定しているのだ」と考えてみます。すると、《謎1》=「なぜ物質世界は「存在しない」ではなく「存在する」の方だけが選ばれているのか?」というアポリアが発生します。片方が選ばれねばならないという論理的必然性が無いため、「かくかくしかじかの理由で「存在する」の方だけが選ばれたのだよ」という答は存在しません。従って、「そんなの知らないよ。なぜかそうだからそうなのさ。」と諦めるしか有りません。


    「独我論」を「真」だと仮定した場合

 論理の飛躍をして「独我論」を「真」だと決め付け、「実在するのは自分の心M1だけであり、物質世界も他者の心M0、M2、M3、…も自分の心M1の中の観念に過ぎず実在しない」と考えてみます。すると、《謎2》=「なぜM0、M1、M2、M3、…の中からM1だけが選ばれて実在するのか?」というアポリアが発生します。これも、論理的必然性が無いため、答は存在せず、「そんなの知らないよ。なぜかそうだからそうなのさ。」と諦めるしか有りません。


    「独我論」をa「真」+b「偽」だと仮定した場合

 「独我論」は実証も反証もできないのだから、何一つ論理の飛躍をしないため、a「真」+b「偽」(aとbの値は不明)と答えてみます。a=1、b=0とおくとこれは「真」となり、実在するのは自分の心M1だけであり、物質世界や他者の心M0、M2、M3、…は実在しないことになります。a=0、b=1とおくとこれは「偽」となり、物質世界や他者の心M0、M2、M3、…も実在することになります。a≠0、b≠0とおくと、「真」と「偽」が重ね合わせのまま、片方に確定してさえいないことになります。つまり物質世界や多数の心M0、M1、M2、M3、…は、どういう視点に立つかで、確率的に「存在する」、「存在しない」、「存在する」+「存在しない」、のどれにも成り得るような在り方をしていることを意味します。つまり、物質世界もどの心M0、M1、M2、M3、…も、「存在する」と認識する視点に立てば「存在する」、「存在しない」と認識する視点に立てば「存在しない」、「存在する」+「存在しない」と認識する視点に立てば「存在する」+「存在しない」、というトリプル・トートロジーが成立しているだけです。そして、《謎1》も《謎2》も事実誤認だったこととなり消滅します。


《参考文献》>>403,404

http://mb2.jp/_tetsugaku/824.html-650,651,652,653,654,662,663,664,665,711,750,751,973,1000#a


【なぜ独我論は実証も反証もできないのか?】/SumioBaba

 独我論者は、自分が住んでいる世界W1を、「自分が見ている夢かもしれない」と疑います。しかし、世界W1の中では、自分が数多い人間の中の一人である「私」という設定になっていて、時間や空間や様々な物体や多くの他人たちという「外在1」が存在することも認めています。法律に反する行為をすれば逮捕されて自由を奪われるので、法律には従おうと考えます。物理法則に反する行動をしようとすると大怪我する危険性が有るので、物理法則を考慮した行動をしようと考えます。他人たちの心を認識することはできませんが、他人たちがいかにも心を持つかのように振る舞うのは確かであり、自分と他人の間に愛情や友情も立派に成立するし、嬉しいときは手に手を取り合って喜ぶことも有るし、愛する人と死別するときには涙することも有ります。

 それでいて独我論者は、この世界W1を、「自分が見ている夢かもしれない」と疑います。その場合に想定される真の自分、つまり世界W1とは全く別の世界W0に住んでいて、世界W1という夢を見ていると想定される私が<私>です。世界W0がどんな世界なのかは、何一つ知る方法が無いため、時間、空間、物質が有るのかどうかも判らないし、物理法則も世界W1とは全く異なるかもしれません。時間も空間も物質も物理法則も無く、ただただ<私>という意識だけが唯一実在している可能性も有ります。世界W0については何一つ知ることができないため、<私>の外部としての「外在0」が存在するのか否かは、実証も反証もできません。世界W1と世界W0、「私」と<私>、「外在1」と「外在0」を混同しないよう、注意して下さい。

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55m ★SbetqVJNc2_f1k

>>1794

>従って、「きまぐれさんのいう『私』は、「発生も消滅もしないもの」であって、「『私』とは違う何らかの差異が認識できてはじめて生じる概念」ではないことは明らか。


どうやら全否定されちゃってるみたいですよ、きまぐれさん。



>>1795  tさん

論理的説明を回避したいにしてもそんな逃げ口上じゃ無理なんじゃないかな。
もうここまできたらご自身の主張が破綻してたのを認めるしかないのではありませんか。
「破綻などしておらぬ」とおっしゃるなら、どうぞ反論してみてください。
そのさいはくれぐれも例の構図をお忘れなく。 >>1775

反論するなら >>1739 の論点1、2をまず説明していただくのがよいと思います。
つづいて >>1753 で55mが質問した2つに答えてみるのがよいかもしれません。
「外在を認めない独我論を証明する」という言明の矛盾についても説明をお願いします。 >>1775
そのさい「蓋然」「必然」を使用するとよいかもしれません。

それと「何がきっかけで「外在を認めない独我論」を信じるにいたったのか?」についても回答をお願いします。 >>1764

2ヶ月前 No.1801

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=vyc0FF9jKf

>>1801
55mさんは

>論理的説明を回避したいにしてもそんな逃げ口上じゃ無理なんじゃないかな。

私はすでに複数回、回答済みでレス番も示したにも関わらず、55mさんはそれを認識できず

>そのさいはくれぐれも例の構図をお忘れなく。 >>1775

55mさんは複数人から別観点で否定されている構図を未だに持ち出し

>>得心しました

共有できる外部ソースを示すこともできないのに
得心したということですから、ご自身がおっしゃったように55mさんは都合の良い情報を積極的に摂取する一方で都合の悪い情報は意図的に遮断するという傾向が顕著に見られるということだと思います。

2ヶ月前 No.1802

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>1739  55mさんへ
>>1802  tさんへ

>どうも混乱しておられるようなので話を整理しましょう。

>55mの主張は「外在を認めない独我論は論理的に破綻している」です。

>これにたいしてtさんは「いいや、論理的に破綻していない」と反論しているのですよね。

>この構図を念頭に置いていただけると55mの発言の意図がより汲み取れるのではないかと思います。

>話の流れを簡単に整理します。


    【第1戦】
>55m 実在があるから認識が生じる。  >>1677

>tさん 実在の有無は「人間の体」を介して認識されるが、認識が発生した後でないと語り得ないのだから、実在があるからといって認識が生じるとは言えない。  >>1683


 tさんの勝ち。55mさんのいう「実在があるから認識が生じる。」は、本末転倒しています。正しくは「認識があるから、(物質世界などの)実在が推測できる(推測はできるが実証はできない)。」です。

    【第2戦】
>55m 「外在を認めない独我論」は「人間の体」を前提にするなら必然的に否定される。  >>1689

>tさん 「人間の体」が実在だとしても、それは客観的な実在の「証明」とは言えない。「私」単体では実在の「証明」のしようがない。  >>1717


 tさんの勝ち。独我論者が「人間の体」の存在を認めるのは、自分の夢かもしれないと疑う世界W1内部の話です。そして独我論者は、世界W1すべてを自分が見ている夢かもしれないと疑います。世界W1の中で「人間の体」を認めたとしても、それをすべて<私>が見ている夢かもしれないと疑うのですから、<私>の外部に何かが実在することの証明にはなりません。

    【第3戦】
>55m 「実在の証明」というなら、社会において独我論は”偽”だと証明されている。  >>1719


>tさん 「実在の証明」に人の認識や社会のありようは関係がない。  >>1722


 tさんの勝ち。仮に独我論者が住む世界W1において、多くの人々が「独我論は「偽」だ」と主張していたとしても、独我論者はその世界W1そのものを自分の夢かもしれないと疑うのだから、「独我論は「偽」だ」という証明にはなりません。しかも、我々の世界では、多くの哲学者たちが「独我論は実証も反証もできない」と主張しているのが現状です。

 以上、  「tさん」3−0「55mさん」  でtさんの完封勝利。

2ヶ月前 No.1803

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

Mobiusさん

「一年の内に何日ぐらい地球が太陽の周りを回っているとお考えですか?」

>答え以前に問題の意図がわかりません。



Mobiusさんは天動説と地動説と両立できると思いますか?

真実が知りたいだけです。天動説か地動説かどちらが真理か・・ということを・・

2ヶ月前 No.1804

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

Mobiusさん

>Mobiusさんは(時と場所によっては)天動説派になられることがあるのですね?


>あります。天動か地動かは視点の置き方で変化しますので。大抵の人はそうではないでしょうか。




この定義で宜しいですね?

主観(独我論者)=天動説

客観(科学的真理)=地動説

2ヶ月前 No.1805

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1804 宿題さん、

>Mobiusさんは天動説と地動説と両立できると思いますか?


両立できるのではないでしょうか。
例えば、「天が動いているか地が動いているかは視点の置き方の違いであり、両者の振る舞いに違いはない」とか。
あるいは、「天も地も動いている」とか。

2ヶ月前 No.1806

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

Mobiusさん

地球は「太陽を中心に」円を周っていますか?

「地球を中心」に太陽は円を周っていますか?

それ以前に・・中心点を周る運動だと思いますか?

2ヶ月前 No.1807

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=vyc0FF9jKf

>真実が知りたいだけです。天動説か地動説かどちらが真理か・・ということを・・


誰にとっての真実なのでしょう。
わかっていることは、この宇宙全体を俯瞰しなければ中心点は定められないということでしょう。それは今の人間にはできていません。

2ヶ月前 No.1808

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

tさん

地球と太陽の関係をどうとらえるか解らないのですね?

2ヶ月前 No.1809

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

tさん

新幹線に乗ったtさんの窓から景色が動いています・・

tさんは座席に座っています。

tさんが動いていますか? 周りの景色が移動していますか?

2ヶ月前 No.1810

55m ★IYV7P1ocqz_f1k

>>1802

いくら待っても論理的な反論は期待できそうにありませんね。
これをもって決着といたします。
おつきありありがとうございました。


>>1803

...どうやらtさんが夢占い同好会に参加されるようです。




【外在を認めない独我論についての総括】

なぜかれらが論理的な反論をつぎつぎに断念するかというと、それは「外在を認めない独我論」がまるで論理的ではないからです。
まるで論理的でないものを論理で肯定することはできませんから、かれらの挫折は初めから決まっていたのだと思います。
もしかしたら思いもよらない反論をいただけるかと少しは期待したのですが、やっぱり無理だったようです。
最初から必敗の立場で論争に参加せねばならなかったかれらには少し気の毒なことをしたかもしれません。
論理の場におけることなのでご容赦ください。

ところで、なぜこの人たちは「外在を認めない独我論」などというまるで論理的でないものを信じるようになったのでしょうか。
少し考えればこの独我論が信じるに値しないのは明白なのですが、かれらはそれを信じて疑わない。
当初から55mにはこれが不思議でなりませんでした。
その理由が知りたくて「何がきっかけで「外在を認めない独我論」を信じるにいたったのか?」と質問してまわったのですが、誰からもまともな回答を得られません。
たとえばキリスト者に「何がきっかけで神を信じるにいたったのか?」と質問すればすぐさま回答がえられると思います。
でも「外在を認めない独我論信奉者」にはそれが答えられない。
これはいったいどういうことなのか。

おそらくその理由はデカルトへの無理解にあったのではないかと考えています。
「我思うゆえに我あり」というあの有名な慣用句を「我のみが実在なんだから外在は認められないのだ」と誤解したのではないか。
ここでもそういう人がちらほらいましたね。
ネットを見ててもデカルトの誤解を助長するような記述がたくさん見られましたので、そういうのを見て育ったみなさんは、デカルトという歴史的な偉人の慣用句を誤解したまま疑うことなく信じ込んでいたのではないでしょうか。。
偉人の言うことを信じて疑わず、それが論理的に、あるいは歴史的にどういうことになるのかをまるで検討しなかった。
たぶんこれが「外在を認めない独我論」を信仰するきっかけだったんじゃないかと思います。
たしかに今更それが理由だなんて恥ずかしくて言えませんもんね。

これは完全に55mの推測ですし、ググって1ページ目をぱらぱら見れば間違いがわかる程度の誤解なので、もしかしたら他に理由があるのかもしれません。
他に理由があるのならお聞きしたいのですが、何度たずねても回答がないということは、やはりこの単純な不注意が信仰につながった可能性が高いのかなあと思います。

もしそうだとしても、それでもやっぱり不可解すぎる。
かりにデカルトが「外在を認めない独我論」を唱えていたとしましょう。
でもデカルトは380年ぐらい前の天動説の時代の人ですよ。
日本で言えば江戸初期ですからチョンマゲ真っ最中の鎖国してた時代ですよ。
そんなチョンマゲ時代の考えを現代人が何の疑いもせずうのみにしますか。

いくら当時の偉人の考えであっても、その分野に興味がある人ならそれを無批判に受け入れることなど考えられません。
興味があるからこそ、その後の展開を調べ、最新の考えを調べ、そして現代の自分ならそれをどう捉えるかを考察する。
こういうのが普通だと思うんだけどどうなんだろう。
だいたい昔ならまだしも現代で「外在を認めない独我論」をとなえてる学者なんて皆無でしょ絶対に。
そういうの調べればすぐにわかると思うんだけど何で調べてないのかしら。
そういえば「外在を認めない独我論信奉者」で哲学に興味がありそうな人は誰もいなかったような気がする。
ということは、かれらが興味があったのは哲学ではなく「外在を認めない独我論」それのみだったということになりそうです。
「外在を認めない独我論」のみを所望するなら、それが否定されるかもしれない他の情報からあえて目をそらそうとするのにも得心がいきます。
そういう盲目的な信仰によって「外在を認めない独我論信奉者」はこれからも篤信者として独我っぽく暮らしていくのかもしれません。
それにしてもやっぱり不思議だわ。



【外在を認めない独我論は論理的に破綻している】

まともな哲学に少しでも興味がある人にとってこれは”共通認識”となりました。
というかそんなの55mがあえて指摘するまでもなく学問領域においてははるか昔から常識だったに違いありません。
みなさんおつかれさまでした。

2ヶ月前 No.1811

ゆみ ★LOZXJIYpXA_vZE



「私」が生まれたからって「外在が存在する」っていうのは、全然論理的じゃないですよ。

2ヶ月前 No.1812

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1769 きまぐれさん、

><外在を認めない独我論とは>

>「外在を認めない独我論」とは、実在するのは「私」だけであり「それ以外の実在(外在)」は認めない、という立場だと思います。

(中略)
>ここに出てくる「私」は発生も消滅もしません。


「発生しない」の部分をもう少し説明していただけますか。
「発生しない」と考えられる理由等について補足頂けると理解の助けになると思います。

2ヶ月前 No.1813

きまぐれ ★iPhone=m53hQMLhFj

>>1813

存在は存在し、無は無いということです。
生成・消滅は存在に於ける現象です。
当該箇所の「私」は存在を意味すると言う意味です。
55mさんは読み取れなかったようですが。
言うまでもないことですが、 >>1801 は完全に的外れです。

2ヶ月前 No.1814

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

存在はあらゆる自我が沈んで消えていく光の海です。

自己存在としての存在は、永遠の今において相互に横たわる諸々の霊の相互的な反映です。

自我とは本来の私では無く性格を与えられた・・親から命を与えられそこから受動→能動へと自己生成していきます・・

2ヶ月前 No.1815

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=vyc0FF9jKf

>>1811
やっぱり得心して、それが証明になってしまったようです。 >>1802 で説明したとおりの流れです。この流れがだいたい見えていたので味方っぽいことをしてるけど墓穴を掘っている宿題さんは、間者なのか?と思ったりしました。

ちなみに私はある条件下で55mさんの主張は認めています。
>>1762

>>「外在を認めない独我論」が”偽”なのはすでに「証明」されています。

>55mさんの主張は個人的見解だとしましたが、その主張は蓋然性を求めたり>歴史的証明をしていると補足すれば「外在を認めない独我論」が”偽”なのはす>でに「証明」されている、は成立します。


それを複数回指摘しても >>1811 の結論を導き出したわけですから、蓋然と必然の意味は理解できなかったようですし、まさか今更レスを頂くことはないでしょう。

2ヶ月前 No.1816

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=vyc0FF9jKf

>>1809

>地球と太陽の関係をどうとらえるか解らないのですね?

わかっているから中心点をどこに置きますか?と問いました。
天動説も地動説も中心点を人が定義した学説ですから。

>>1810
これも観測者の観測地点と表現次第ということを宿題さんは理解できないということを仰ってますか?観測者が新幹線で移動する私と全く同一スピードで並行して移動していたら、私のことは停止して見えます。

設問に回答するにあたって必要な条件が不足しているから意味がわからないと指摘されているのです。

2ヶ月前 No.1817

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>1813  Mobiusさんへ
>>1814  きまぐれさんへ

>「外在を認めない独我論」とは、実在するのは「私」だけであり「それ以外の実在(外在)」は認めない、という立場だと思います。

>ここに出てくる「私」は発生も消滅もしません。

(以上、きまぐれさんの >>1769 より)

>「発生しない」の部分をもう少し説明していただけますか。

>「発生しない」と考えられる理由等について補足頂けると理解の助けになると思います。

(以上、Mobiusさんの >>1813 より)

>存在は存在し、無は無いということです。

>生成・消滅は存在に於ける現象です。

(以上、きまぐれさんの >>1814 より)

 「発生する」とは「存在しない」が「存在する」へと変わることであり、すでに時間の存在が前提されているように思われます。一方、「外在を認めない独我論」の「外在を認めない」とは、時間も空間も存在を否定しているものと思われます。従って、実在するのが「私」(SumioBabaの言葉だと<私>)だけなのであれば、時間も空間も無い以上、「<私>が発生する」という言い方は変なのであって、<私>は端的に「存在する」または「存在しない」になるのだと思います。

  >>1306 における55mさんの質問「時間も空間も刺激もない暗闇に言葉を持たず発生した「私」が何かを認識することは可能か?」に対し、SumioBabaは >>1313 で「物理法則も何も無いとすれば、いきなり言葉を持つM1として発生してはなぜいけないのか?、時間が無いのなら、「発生」という言い方も変であり、端的に「存在する」ではないか?」と返しています。55mさんの質問は、「時間も空間も刺激もない」と前提しておきながら、「発生した「私」」という時点で時間の存在を認めてしまっており、質問自体がすでに矛盾しているようです。

2ヶ月前 No.1818

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

tさん

地球は太陽の周りを回っていると思いますか?

窓の景色と観測者が同じ意味だとでも・・tさんと窓の景色の関係がお解りでしょうか?

2ヶ月前 No.1819

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=vyc0FF9jKf

>>1819
もう一度だけ繰り返します。
設問に回答するにあたって必要な条件が不足しているから意味がわからないと指摘されているのです。

また窓の景色は回答における前提や条件ではなかったのですか?それを回答に持ってくるというのはおかしいですね。

2ヶ月前 No.1820

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

tさん

地球には軌道があると思われますか?

等速円運動の速度を求めることが出来ますか?

2ヶ月前 No.1821

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1814,1818 きまぐれさん、SumioBabaさん、説明と補足ありがとうございました。よくわかりました。
自分の思考の癖から 時間の軛を外すのが難しい ということも、よくわかりました。

2ヶ月前 No.1822

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

自我は発生するのではありません・・与えられるのです・・

与えられたからには・・自己存在を獲得していくのです・・

2ヶ月前 No.1823

55m ★7Et6zdhkYg_f1k

>>1814  きまぐれさん

きまぐれさんはインドっぽい思想がお好みなのでしょうかね。
ではこういうのはどうでしょう。

「世界を空と観察せよ。」

この意味するところがわかれば、独我論におちいったり、それに賛意を示すようなことは二度とないと思います。
独我論はさまざまな角度から乗り越えることが可能なのでしょうが、重要なのはいろいろな知識を歪曲することなく学ぶ姿勢ではないでしょうか。
学ぶというのは自分にない知識を取り入れるということです。
自分にない知識が自己肯定を促すことはめったにありません。
自己否定をおそれず正しい知識を摂取しつづけることが自然と独我論の否定につながるのだと思います。



>>1816  tさん

あなたそうとう昔から掲示板にいるみたいですけど大丈夫ですか?
ここでのやり取りを見てた人は二度とあなたの主張に正当性を見出さないのではないでしょうか。
まあ大きなお世話でしょうが。
哲学に興味がないなら手を出すべきではありませんでしたね。
おつかれさまでした。

2ヶ月前 No.1824

ゆみ ★LOZXJIYpXA_vZE

とりあえず55mさんが独我論を論破できていないのは良くわかった。

2ヶ月前 No.1825

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

ゆみさん

話しかけないでと言われているのですが

一言だけ

ゆみさんの子供(いたとして)は・・ゆみさんが死んだら死にますか?

2ヶ月前 No.1826

ななし ★Tablet=yFrJoxCsCU

唯物論、独我論の二つの立場のいずれかを誰か完全否定したとしてその言い分が広くあるいは相当に認められている人がいるでしょうか。小生は知りません。

2ヶ月前 No.1827

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>1826  宿題さんへ

>ゆみさんの子供(いたとして)は・・ゆみさんが死んだら死にますか?


 この質問こそ、独我論を理解できず勘違いしている人の典型だと思われます。何を勘違いしておられるのか、少し分析してみます。独我論を主張するSumioBabaに息子がいたとし、「SumioBabaが死ぬと、息子も死ぬのか?」と問われたとします。

 まず「素朴実在論」を正しいと仮定した場合。SumioBabaが体験している世界W1において、SumioBabaも、その息子も、一人の人間として実在しています。「私」とは、数多い人間たちの中の1人として生きているSumioBabaを指します。この場合、SumioBabaが死んでも、息子は立派に世界W1の中で生き続け、親であるSumioBabaの葬式くらいしてくれるでしょう。SumioBabaが死んでも、もちろん息子は死にません。

 次に「独我論」を正しいと仮定した場合。世界W1のすべてが、真の自分である<私>の見ている夢だということになります。この場合、自分が死ぬということは、<私>が消滅することを意味し、世界W1という夢を見る主体が消滅したので世界W1も消滅した、というだけであって、世界W1の中でSumioBabaの息子が病気や怪我によって死ぬことを意味しません。つまりこの場合も、たとえSumioBabaが死んでも、息子は死にません。

 従って、「ゆみさんの子供(いたとして)は・・ゆみさんが死んだら死にますか?」という質問は、極めてトンチンカンな質問だと解ります。なぜこんなトンチンカンな質問になるのか? それは独我論を正しく理解できずに誤解しているからであり、「私」と<私>の混同によるのだと思われます。「<私>が消滅すると世界W1(SumioBabaや息子が住む世界)も消滅する」は正しいです。しかしこれを、「世界W1の中で「私」(SumioBaba)が死ぬと、世界W1の中で息子も死ぬ」と混同してしまうと、「なぜ一人の人間SumioBabaが死ぬだけで、別の人間である息子までが死ぬのか? 後追い自殺でもしない限り、息子は生き続けるに決まっているじゃないか!!」といった、トンチンカンな話になってしまうのです。

2ヶ月前 No.1828

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

SumioBabaさん

ゆみさんの子供はゆみさんが見ていなくても実在しているのですね?

2ヶ月前 No.1829

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>1829  宿題さんへ

>ゆみさんの子供はゆみさんが見ていなくても実在しているのですね?


 「素朴実在論」ならYES。「独我論」ならNO。

2ヶ月前 No.1830

宿題 ★eM1n2yJmTo_vZE

SumioBabaさん

ゆみさんの子供はゆみさんが見ていないと死んでいますか?

2ヶ月前 No.1831

pipit ★iPhone=OXdznfxiJz

>>1828

SumioBabaさん、はじめまして

素朴実在論的な世界観のうちで、人間の認識の成り立ちについて言及すると、「システム」という言葉で語ることが可能かと思ってるのですが、

独我論の世界観では、その認識の【成り立ち】については、考慮されているのでしょうか?
独我論的認識論の中で、「システム」という言葉は、何らかの形として使えるのでしょうか?

独我論とシステムの関係について、
わからないので、教えていただければ嬉しいです

2ヶ月前 No.1832

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=vyc0FF9jKf

>>1831
宿題さんは、前段で実在しないと帰結しているものに、死んでますか?と問うていますよ

2ヶ月前 No.1833

宿題 ★sicIy89Ne4_vZE

tさん

独我論は・・

1828で死なない(実在する)と答えられたので・・

1830で実在しないと答えられたので・・

どちらが本当なのかなぁと・・

2ヶ月前 No.1834

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=vyc0FF9jKf

>>1834

>1828で死なない(実在する)と答えられたので・・

この部分が誤読ですね。

2ヶ月前 No.1835

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>1832  pipitさんへ

>SumioBabaさん、はじめまして


 はじめまして。紳士的な方とは喜んで議論させて頂きます。

>素朴実在論的な世界観のうちで、人間の認識の成り立ちについて言及すると、「システム」という言葉で語ることが可能かと思ってるのですが、


 はい、自分が住む世界W1においては、特定の物理法則が成立しているようです。「素朴実在論」の立場だと、人間が認識するときどういうシステムになっているのかを、感覚器官や脳の物理的メカニズムとして、物理法則を使って説明できますね。

 しかし、「なぜ世界W1は「存在しない」ではなく「存在する」の方なのか?」「なぜ物理法則は「存在しない」ではなく「存在する」の方なのか?」「なぜ物理法則は、「他の物理法則」ではなく「この物理法則」なのか?」といった多数の謎《アポリア》には答えらないと思われます。「そんなの知らないよ。なぜかそうだからそうなのさ。」で諦めるしかないのではないでしょうか。そこが「素朴実在論」の欠点だと思います。

>独我論の世界観では、その認識の【成り立ち】については、考慮されているのでしょうか?

>独我論的認識論の中で、「システム」という言葉は、何らかの形として使えるのでしょうか?


 独我論の場合、世界W1は、真の自分である<私>が見ている夢のようなもの、と解釈されます。

 「世界W1において、人間の認識はどういうシステムによって成立するのか?」という質問であれば、「独我論」の答も「素朴実在論」の答と全く同じです。<私>が見ている夢だと解釈される世界W1では、特定の物理法則が成立しているという設定になっているらしいことは「独我論」でも認めるし、それを用いて説明するため、「素朴実在論」の説明と全く同じになります。世界W1内部の説明をする場合、「独我論」は「素朴実在論」をそのまま利用するのです。だからこの点で「独我論」は、何一つ「素朴実在論」に劣ってはいない訳です。

 さらに「独我論」の場合、《アポリア》の方にも答えることが可能です。唯一の実在は<私>ですが、それがどうやって発生したのか、全く知る方法が有りません。特定の法則の存在を仮定してしまうと、また「なぜ法則は「無い」ではなく「有る」の方なのか?」「なぜ法則は「他の法則」ではなく「この法則」なのか?」という新たなアポリアを発生させてしまいます。そこで、<私>の発生には、何も法則は無かった、と考えます。ただし、法則が「有る」と「無い」のうち「無い」の方に限定してしまうと、また「なぜ「有る」ではなく「無い」の方なのか?」というアポリアが発生してしまうため、「有る」かもしれない、「無い」かもしれない、「両方」かもしれない、「片方」かもしれない、とすべての可能性を含め、a「有る」+b「無い」(aとbの値は不明)と答えます。これだとすべての可能性を網羅しているため、決して外れる心配は無く、証明不要のまま恒真(トートロジー)です。そして、こう答えれば良いのです。
    ↓
 「そもそも法則は、a「有る」+b「無い」(aとbの値は不明)なのだ。これはトートロジーだから、証明の必要は無い。「無い」の可能性もあるため、いろんな夢を見ている<私>は、何の原因も無く、「存在する」、「存在しない」、「存在する」+「存在しない」のどれにも成り得る確率が有る。そしてその<私>が見ている無数の夢の中の1つが、現在体験しているSumioBabaとしての「私」なのだ。ただし、<私>が世界W1の中で特定の意識状態を持った「私」として自己認識できるためには、世界W1は必然的に無矛盾な論理法則・物理法則・心理法則に縛られていなければならない(そうでないと「私」は自己同一性を保てず、状態が確定しないから)。」

2ヶ月前 No.1836

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1832 pipitさん、横レス失礼します。

>素朴実在論的な世界観のうちで、人間の認識の成り立ちについて言及すると、「システム」という言葉で語ることが可能かと思ってるのですが、


「人間の入出力(感覚,運動)と脳の発火との関係」については「システム」という言葉で語れると思いますが、「脳の発火と心との関係」については、未だ「システム」という言葉で語れるに至っていないのではないかと思います。

以上です。横レス失礼致しました。

2ヶ月前 No.1837

pipit ★iPhone=OXdznfxiJz

>>1836

SumioBabaさん、お答えありがとうございます。


> はい、自分が住む世界W1においては、特定の物理法則が成立しているようです。「素朴実在論」の立場だと、人間が認識するときどういうシステムになっているのかを、感覚器官や脳の物理的メカニズムとして、物理法則を使って説明できますね。

しかし、「なぜ世界W1は「存在しない」ではなく「存在する」の方なのか?」「なぜ物理法則は「存在しない」ではなく「存在する」の方なのか?」「なぜ物理法則は、「他の物理法則」ではなく「この物理法則」なのか?」といった多数の謎《アポリア》には答えらないと思われます。「そんなの知らないよ。なぜかそうだからそうなのさ。」で諦めるしかないのではないでしょうか。そこが「素朴実在論」の欠点だと思います。<

素朴実在論は、カントの用語で言えば、物自体と人間の認識が一致する、という説なのかもしれませんね。
(すみません、私は哲学に詳しくないです)
カントはその説は否定しましたね。


> 独我論の場合、世界W1は、真の自分である<私>が見ている夢のようなもの、と解釈されます。

「世界W1において、人間の認識はどういうシステムによって成立するのか?」という質問であれば、「独我論」の答も「素朴実在論」の答と全く同じです。<私>が見ている夢だと解釈される世界W1では、特定の物理法則が成立しているという設定になっているらしいことは「独我論」でも認めるし、それを用いて説明するため、「素朴実在論」の説明と全く同じになります。世界W1内部の説明をする場合、「独我論」は「素朴実在論」をそのまま利用するのです。だからこの点で「独我論」は、何一つ「素朴実在論」に劣ってはいない訳です。<

意識世界の中で様々な法則が成り立ち、その法則に則る形でシステムを構築できるのですね。
これは意識世界の内についての言及ですね。
それでは、意識そのもの、についての成り立ちのシステムは、独我論においては、無とされてるのですか?

意識そのものの発生の原因、という考え方が独我論では成り立たず、
意識が在る、という描写から全てが始まる、ということですか?


>さらに「独我論」の場合、《アポリア》の方にも答えることが可能です。唯一の実在は<私>ですが、それがどうやって発生したのか、全く知る方法が有りません。<


あ、ここで先の問いにお答えいただきましたね。
意識発生の原因は不可知なんですね。


>特定の法則の存在を仮定してしまうと、また「なぜ法則は「無い」ではなく「有る」の方なのか?」「なぜ法則は「他の法則」ではなく「この法則」なのか?」という新たなアポリアを発生させてしまいます。そこで、<私>の発生には、何も法則は無かった、と考えます。ただし、法則が「有る」と「無い」のうち「無い」の方に限定してしまうと、また「なぜ「有る」ではなく「無い」の方なのか?」というアポリアが発生してしまうため、「有る」かもしれない、「無い」かもしれない、「両方」かもしれない、「片方」かもしれない、とすべての可能性を含め、a「有る」+b「無い」(aとbの値は不明)と答えます。これだとすべての可能性を網羅しているため、決して外れる心配は無く、証明不要のまま恒真(トートロジー)です。<


発生原因は不可知であり、発生の法則は無いのだけど、何故無いのかという理由に困るため、何故を解消するために、無いと有るの重ね合わせで考えておこう、
それが独我論なのですね。


>そして、こう答えれば良いのです。

 ↓
 「そもそも法則は、a「有る」+b「無い」(aとbの値は不明)なのだ。これはトートロジーだから、証明の必要は無い。「無い」の可能性もあるため、いろんな夢を見ている<私>は、何の原因も無く、「存在する」、「存在しない」、「存在する」+「存在しない」のどれにも成り得る確率が有る。そしてその<私>が見ている無数の夢の中の1つが、現在体験しているSumioBabaとしての「私」なのだ。ただし、<私>が世界W1の中で特定の意識状態を持った「私」として自己認識できるためには、世界W1は必然的に無矛盾な論理法則・物理法則・心理法則に縛られていなければならない(そうでないと「私」は自己同一性を保てず、状態が確定しないから)。」<

世界の発生原因はわからないけど、
私の意識があることだけは確かで、
私の意識以外のもの(法則も含む)については有ると無いの重ね合わせで
ただ私の意識の内容としての内的世界は法則に仮想的に支配されている世界、
それがSumioBabaさんの考える独我論
という理解でよろしいでしょうか?

もしこの理解でよろしければ、教えていただいて、ありがとうございました。

2ヶ月前 No.1838

pipit ★iPhone=OXdznfxiJz

>>1837

Mobiusさんこんばんは

おっしゃるように、意識については難問だらけのようですね。

正確か不正確かわからないですけど、
おもしろい実験結果もあるそうですよ。

ハトの視神経に電極を差し込んで、ハトに色々な色を見せて神経電位の変化を測定するという実験。

結果は、本来連続量である色の波長の変化と、視神経の神経電位の変化にまったく対応がなかったそうです。

脳が単純に物理反応してるだけなら、わかりやすい「システム」として言及できますけど、生命体の現象はやはり複雑なのでしょうね。

2ヶ月前 No.1839

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>1838  pipitさんへ

>世界の発生原因はわからないけど、

>私の意識があることだけは確かで、

>私の意識以外のもの(法則も含む)については有ると無いの重ね合わせで

>ただ私の意識の内容としての内的世界は法則に仮想的に支配されている世界、

>それがSumioBabaさんの考える独我論

>という理解でよろしいでしょうか?


 微妙に違います。「世界の発生原因はわからない」ではなくて、「世界の発生原因は決まっていない」です。なぜなら、「自分の心が情報を持っていないことは、自分にとって何も決まっていないから」です。そうすると、「わからない」ということが無くなります。

 多数の可能性の中でどれが真なのかという情報を自分の心が持っている場合、「どれが真なのか?」と尋ねられれば、自分が知っている情報通りに答えれば良いので、「わからない」ということは有りません。多数の可能性の中でどれが真なのかという情報を自分の心が持っていない場合、「どれが真なのか?」と尋ねられれば、「決まっていない」が正解です。この場合も、「わからない」ということは有り得ません。「わからない」が消滅しました。これが【真理の観念論】です。

 「多数の可能性の中でどれが真なのかという情報を自分の心は持っていないけれども、真理はどれかに決まっているに違いない。」と思い込んだときに初めて、「どれが真なのか?…わからない」が生じてしまいます。これが【真理の実在論】です。

 すべての謎は、【真理の実在論】が正しいと思い込んでしまう論理の飛躍から生じています。【真理の観念論】を採れば、すべての謎が消滅します。【真理の実在論】と【真理の観念論】のどちらが正しいかという情報も、自分の心は持たないのではないか?、と考えるなら、a【真理の観念論】+b【真理の実在論】(aとbの値は不明)まで拡張されます。これもまた、【真理の観念論】と【真理の実在論】との間に、【真理の観念論】(どちらが真かという情報を自分の心が持たないとき、自分にとってどちらが正しいかは決まっていない)を適用しただけですが。

2ヶ月前 No.1840

pipit ★iPhone=OXdznfxiJz

>>1840

SumioBabaさん返信ありがとうございます。



> 微妙に違います。「世界の発生原因はわからない」ではなくて、「世界の発生原因は決まっていない」です。なぜなら、「自分の心が情報を持っていないことは、自分にとって何も決まっていないから」です。そうすると、「わからない」ということが無くなります。<


発生原因の情報を心が持っていないので、発生原因は決まっていない。
決まっていないので、
法則が有る、と、法則が無い、を重ね合わせる。

決まっていないので(理由)
法則が有る、と、法則が無い、を重ね合わせる。(結論)

この論理がわかりません。


>「多数の可能性の中でどれが真なのかという情報を自分の心は持っていないけれども、真理はどれかに決まっているに違いない。」と思い込んだときに初めて、「どれが真なのか?…わからない」が生じてしまいます。これが【真理の実在論】です。<


私は、先ほど、SumioBabaさんの論理がわからない、と、書きました。
SumioBabaさんの論理に整合性があるのか。
論理に無理があるのか。
どちらかに答えは決まってる、と、思い込んだ時、私に「わからない」が起きる。

> すべての謎は、【真理の実在論】が正しいと思い込んでしまう論理の飛躍から生じています。【真理の観念論】を採れば、すべての謎が消滅します。【真理の実在論】と【真理の観念論】のどちらが正しいかという情報も、自分の心は持たないのではないか?、と考えるなら、a【真理の観念論】+b【真理の実在論】(aとbの値は不明)まで拡張されます。これもまた、【真理の観念論】と【真理の実在論】との間に、【真理の観念論】(どちらが真かという情報を自分の心が持たないとき、自分にとってどちらが正しいかは決まっていない)を適用しただけですが。<


SumioBabaさんの論理は無理がある。
SumioBabaさんの論理には整合性がある。
私にとっては、決まっていない、ので、
私にとっては、SumioBabaさんの論理には無理もあって整合性もある、ということですか?

それとも、この世界内のことは、仮想的に法則に支配されているから、SumioBabaさんの論理が無理のあるものなのか、整合性のあるものなのかは、どちらかに決まってる、ということですか?

2ヶ月前 No.1841

pipit ★iPhone=OXdznfxiJz

ああ、独我論だから、決まっていない、なのかな、と思いました。

〈私〉の他に基準がなさそうですもんね。

違っていたらすみません。

2ヶ月前 No.1842

pipit ★iPhone=OXdznfxiJz

意見の観念論、という考え方も、おもしろいかもしれませんね。

2ヶ月前 No.1843

pipit ★iPhone=OXdznfxiJz

重ね合わせにより、可能世界を全部網羅する、ということかな。

今日はもうすぐ寝ますね、

おやすみなさい。

2ヶ月前 No.1844

ゆみ ★LOZXJIYpXA_vZE

pipitさんへ

Sumiobabaさんのお話、面白いですよね。
観念論は、可能性を網羅することによって、「わからない」を消滅させる方法だと思います。

実在論は、「真理がある」と思い込んだ時点で、導き出されてしまう「わからない」を説いたものだと思います。

2ヶ月前 No.1845

ななし ★Tablet=yFrJoxCsCU

五枚のカードが机の上に裏がえしとなっています。表には文字の(あ)から(お)が書かれています。四句分別は有効なのでしょうか

2ヶ月前 No.1846

pipit ★iPhone=OXdznfxiJz

>>1845

ゆみさんへ

こんばんは、はじめまして

SumioBabaさんの考え方はおもしろいな、と、私も思いました。

お声がけありがとうございます。

それでは失礼します(^ ^)

2ヶ月前 No.1847

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>1841  pipitさんへ

>発生原因の情報を心が持っていないので、発生原因は決まっていない。

>決まっていないので、

>法則が有る、と、法則が無い、を重ね合わせる。

>決まっていないので(理由)

>法則が有る、と、法則が無い、を重ね合わせる。(結論)

>この論理がわかりません。


 発生原因の可能性としては、「発生原因(法則)は無い」、「発生原因(法則)は有る、法則Aだ」、「発生原因(法則)は有る、法則Bだ」、「発生原因(法則)は有る、法則Cだ」、…などが考えらます。自分の心はどれが正しいという情報を持っていないので、自分にとってこれらすべての可能性が重ね合わせのままだ、というのが【真理の観念論】です。

>私は、先ほど、SumioBabaさんの論理がわからない、と、書きました。

>SumioBabaさんの論理に整合性があるのか。

>論理に無理があるのか。


 量子論理の応用です。「「○○○である」か?、「○○○でない」か?」を観測できる場合には、世界W1は無矛盾でなければならないため、観測結果は必ずどちらか一方だけになります。観測したのに、両方がどちらも成立していた、というのでは、あからさまな矛盾になってしまいます。しかし、観測していないときは、a「○○○である」+b「○○○でない」(a≠0、b≠0)という重ね合わせのままであり、特に矛盾は有りません。シュレディンガーの猫の「生」と「死」とが、観測すると「生」または「死」の片方だけれども、観測していないときはp「生」+q「死」(p≠0、q≠0)という重ね合わせのままである、というのと同じです。

 ちなみに、a【真理の観念論】+b【真理の実在論】(aとbの値は不明)という重ね合わせは、一見すると【真理の観念論】と【真理の実在論】とについて平等かのように見えますが、実は全く違って、その内容は【真理の観念論】と同じものになります。真理の可能性をP、Q、R、S、T、…とすると、【真理の実在論】=「どれが真かという情報を自分の心が持っていなくても、真理はどれか1つに確定している」です。それをPだとすると、【真理の実在論】=「真理はPだ」になります。一方、【真理の観念論】=「どれが真かという情報を自分の心が持っていないとき、P、Q、R、S、T、…のどれが真である確率も0より大きい」です。そしてa【真理の観念論】+b【真理の実在論】は、【真理の観念論】と【真理の実在論】の両方が正しい可能性を持つと主張していますから、P、Q、R、S、T、…のどれもが真である可能性を持っていることになります。つまり、a【真理の観念論】+b【真理の実在論】=「どれが真かという情報を自分の心が持っていないとき、P、Q、R、S、T、…のどれが真である確率も0より大きい」です。確率の値はそもそも不明だとすれば、a【真理の観念論】+b【真理の実在論】と【真理の観念論】とは同じ内容になります。

>>1842  pipitさんへ

>ああ、独我論だから、決まっていない、なのかな、と思いました。

>〈私〉の他に基準がなさそうですもんね。


 そういうことです。自分が住む世界W1を、<私>が見ている夢のようなものだと解釈するのが独我論ですから、世界W1について<私>が知らないことを、<私>以外の誰かが決めてしまっていると考える【真理の実在論】の方が変なのです。

>>1844   pipitさんへ

>重ね合わせにより、可能世界を全部網羅する、ということかな。


 そういうことです。量子力学の「多世界解釈」でも良いし、D・ルイスの「様相実在論」でも構いません。可能世界をすべて網羅すると、論理的に可能なものは、あらゆる○○○について、「○○○である」を満たした世界と「○○○でない」を満たした世界の両方が存在するはずです。どちらなのかを観測して、「○○○である」と認識した心にとっては、「○○○である」が真、「○○○でない」が偽です。どちらなのかを観測して、「○○○でない」と認識した心にとっては、「○○○でない」が真、「○○○である」が偽です。観測しておらず、どちらが真なのかという情報を持たない心にとっては、a「○○○である」+b「○○○でない」(a≠0、b≠0)が真です。

>>1845  ゆみさんへ

>Sumiobabaさんのお話、面白いですよね。

>観念論は、可能性を網羅することによって、「わからない」を消滅させる方法だと思います。実在論は、「真理がある」と思い込んだ時点で、導き出されてしまう「わからない」を説いたものだと思います。


 その通りです。ゆみさんの読解力は素晴らしいですね。ぴったしかんかんです。

2ヶ月前 No.1848

悪魔ちゃん ★E6vycvPYvN_pzR

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1ヶ月前 No.1849

うさぎ ★DUSGrLHQ2O_UHY

論理的に独我論というものが成立し、そういう考え方もあるとは言うものの独我論は誰からも感情的にあまりよい
イメージとして思われていないのでは?と思う。  むしろ、独我論というより唯我論と言った方が個人的な

幸福感に近ずくのではないか?独我論という言葉・文字には独(我一人)が入っているが唯我の場合には独の
かわりに唯一の唯が入っている。唯はただ我の二文字にして唯一の私が認識し知覚を行使する。

独我論の目的が個人の幸福であるなら、独我というよりも唯我と詠んだほうがよりふさわしいのではないか?

1ヶ月前 No.1850

悪魔ちゃん ★E6vycvPYvN_pzR

>1850
うさぎちゃん、「唯我」、いいかも。

でも、わたしのばあい、ちょっとちがうの。

独我主義の人に前から聞いてるんだけど、独我の「我」っていうのどういう意味で使ってるのか、っていうのが知りたいのね。


フッサールの『デカルト的省察』では「ego」を「我」と訳されている(egoはデカルトのフッサールのいうegoのことだと思うけど)。
訳注にはこんなのがある。

デカルトも、「我あり、我存在する」と述べたあと、それではその「我とは誰か」と問い、これまでは「人間」と考えてきたが、しかし、その答えはいっそう困難な問題へと落ち込むことになるとして、「思う〔思惟する〕我」へと導いてゆく。フッサールにとっても、「人間」というのは「世界」を前提としており、ところがこの「世界」を括弧に入れたのだから、ここで使われた「人間としての我がある」という言い方が、本書第4省察以降では、「人間としての自我(das Mensch-Ich)」と略されて使われることになる。

哲学者は自分が使う語の意味を”言葉で表現”できることとして言うみたいだから、独我論者が哲学者なんだったら、当然自分が使ってる「我」という語についても定義ないし意味を言葉で表現しているはずだ、っていうのがわたしの見方ね。さがすところはそこ。

1ヶ月前 No.1851

ななし ★Tablet=yFrJoxCsCU

この世はまがいもの?

日本学術会議の会員有志によるサイトの存在を一月ほどまえに知りました。相対論などはデタラメと。でもウェブ上での反応皆無(小生の書込みを除けば)。この世はまがいものかと疑う次第です。ここメビウスでは URL が書けません。日本学術会議、会員有志、相対論入門、reriron, kage-tora で出てくるでしょう。

1ヶ月前 No.1852

宿題 ★eM1n2yJmTo_o53

◎夜警国家

夜警国家とは、ドイツのラッサールが名付けた考え方です。
国家の国民に対する役割を防衛と治安維持に限定して、民間の自由な活動をできるだけ国が制限しないようにする国家の在り方です。

※国の役割が小さいということで小さな政府と呼ばれているわけなんですね。

◎福祉国家

福祉国家とは、経済的に弱い立場にある人たちのために、社会保障制度を整備し、国が国民の生活を幅広くカバーできる仕組みを備えた国家のことです。

※国が大きく国民生活に関わるので大きな政府と呼ばれているわけです。

1ヶ月前 No.1853

えぴめてうす @susano ★EcqMI3ceHU_BqV

悪魔ちゃん

>>1851

 実在論者、独我論者ともに、実在論的見方、独我論的見方の双方を一応理解したうえで、どちらかの優位性や妥当性を主張している人で、独我の人は、独我論的な見方しか知らない人としたら、純粋な独我の人は、「我」を意識できず、独我論を「論」として提示できないと思います。

 そういう意味で、独我の「我」の意味を聞ける人は、独我の人ではなく、独我論者ということになります。

 独我論者にとって、「我」とは、世界における唯一絶対の決定者であり、世界と同一のものと言えるのではないでしょうか。

 しかし、「我」を定義しようとする行為には、必ず実在論の観点が含まれることになり、独我論者に、質問したり、対話を求めることはある矛盾を生じさせることになるのではないかと思います。

1ヶ月前 No.1854

混沌 ★WfF1Lza5KJ_yoD

独我論者にとって、「我」とは、世界における唯一絶対の決定者であり、

世界と同一のものと言えるのではないでしょうか。

法則=世界ではないため 間違い

よって君の理論も間違い

1ヶ月前 No.1855

混沌 ★WfF1Lza5KJ_yoD

多世界解釈を正しいとすると、ある時間軸の中にシミュレーション宇宙を再現している世界が必ずあるはずである。

(無限、もしくは限りなく無限に近い数の世界が存在するから)

そしてそのシミュレーション宇宙は別の時間軸に存在する"ナチュラルな宇宙"を再現しているとする。

ここで大きな問題が発生する。

どうやってその中の人は、"自然"と"人工"の現実の違いを見分けられるのか?

つまりある生物から見た視点だと完全に同一の意識経験が様々な時間軸に複数存在する。

神の視点から見ればそこに世界全体としての違いがあるのは分かるが、しかし逆に言うと神の視点以外ではその違いを判断することは不可能に思える。

さて法則aに従った宇宙aと法則bに従った宇宙bにより再現された宇宙aがある。

この2つの宇宙aは法則aと法則bそれぞれ違う法則に従っているため未来は変わる

これが不確定状態である。神の視点以外では確定しないため確定するとは神の視点で見たということである。つまり時間の外 宇宙の外の視点である。

これが実際に存在するのは仮想宇宙aであるbaがabでもある不確定状態であることから理解できる。

abはa bが相互作用していない確定状態である。

これらは宇宙の中の視点=不確定状態 宇宙の外の視点=確定状態を意味する。

時間の性質上 a→b a→aとbはあらゆる時間になりたっている。よってこの機能はあらゆる世界に存在している。

自分自身を内包する存在で考えた場合 外と内はクラインの壺状態になっており不確定だが外部存在を消去できるため確定状態にできる。

1ヶ月前 No.1856

混沌 ★WfF1Lza5KJ_yoD

宇宙の外の視点を持つ存在は本来的に存在しない筈の人間であって、故に〈哲学的タイムトラベル〉を起こせる超越者――〈サイクルの外の存在〉たり得ている。

エターナル
 広域次元存在にして文字通りの永遠存在。 時間樹を俯瞰しうる多元宇宙存在。
 世界から切り離された存在であり、過去、現在、未来全てから存在が無くなる。
 情報と物質の混ざり合った世界や時間の無い環境でも活動可能な他、
 時間樹内の時間に縛られない。普通に時間移動や過去干渉が可能。
 ただし専門の能力を持つ者以外には時間そのものを操る干渉は不可能。
 世界間移動能力を持つため宇宙生存行動が可能だが、歴史から切り離された存在であるため、
 時間樹を移動するたびにその世界において存在していた痕跡が一切消滅する。

や紅世の徒みたいな存在?

1ヶ月前 No.1857

えぴめてうす @susano ★EcqMI3ceHU_BqV

 検証できないという意味では、断定的には何にも言えない。独我論の当否とは、そんなこと?

*******************************

>>0 のメモより(抜粋)

あなたが死ぬとき、あなたの世界は、そして、あなたにとってのすべての世界は消滅するだろう。
いや、そんなことはない。自分が死んでもこの客観的世界は存在する、とあなたは言う。
では、問おう。
あなたは、あなたの死後、客観的世界が存続しているということをいかにして知りうるのか。
そう信じているに過ぎないではないか。
直接経験できないものについて、あなたは、ある・ないとなぜ言えるのか。
死後の世界が存在するか否かを、生きている限り経験できないのだから知りえないのと同様、あなたが知覚経験していないものがあるかどうかについて、知ることは不可能である。
主観的にそう信じているだけである。

あなたは、あなたにとっての〈私〉が死ぬとき、「世界が存在する」ということに意味を与えることはできない。
それはあなたには検証不可能なことであり、あなたには無意味でしかない。
世界とは徹頭徹尾〈私〉の世界だからである。
念押しで付言すると、それは“えぴめてうすの世界”とか、“hiroの世界”といった個別の世界が有する特質ではない。
あなたが死ぬとき、あなたの世界は消滅し、何も残らない。
そして、このことはあなた一人についての事実ではない。
それがだれの世界であろうと、それがいかなる世界であろうと、それは唯一存在する主観的世界、すなわち“〈私〉の世界”であり、それ以外に世界は存在しえないから。

********************************

 死とは物理的、肉体的な死を意味するとすれば、多くの他人の死を見ていても、自分の死を見た人はいないだろうが、そのような認識は、その人の知見に過ぎないことになる。自分の死を見る人が、今後現れないとは言えない。あの世や臨死体験…、そんなものも否定できない。また、証明もできない。
 結局、直接認識できないことについて、実在論であろうが、独我論であろうが、断定的には何事も言えないということか?
 そうであれば、独我論は乗り越えるべきものでも何でもなくなる。

1ヶ月前 No.1858

ななし ★Tablet=yFrJoxCsCU

昔、本で目にしたイタリアのことわざでこんなのが。「あなたが死ねば世界も消える、ブタさえも」。なにもかも一切ということでしょう。ネットで探りましたが引っかかりません。

1ヶ月前 No.1859

ななし ★Tablet=yFrJoxCsCU

えびめてうすさんに一票です。

1ヶ月前 No.1860

悪魔ちゃん ★E6vycvPYvN_pzR

わたしが死ぬとき、わたしの世界は無なる。

でもこれは、独我主義のことじゃない。

死(身体の全停止)の後どうなるかは、わたし、知ることはできない(だって、死んだことないから)。
「私」を身体と精神に分節したとき、身体の全停止(死)の後、精神はどうなっちゃうの?っていう問いは当然生まれる。
精神(ないし心)は魂って呼び名を変えて存続し続ける、っていう見方もあるけど、結局、死んだことある人、存在しないから、当てにならない。

わたしが死ぬとき、身体の全停止となったとき、もうそのときにはわたしはわたしでは無くなる。

わたし、「独我論」の問題は「我」の意味だと思う。

1ヶ月前 No.1861

えぴめてうす @susano ★EcqMI3ceHU_BqV

悪魔ちゃんさま

>>1861

>わたし、「独我論」の問題は「我」の意味だと思う。


 とすると、「我」=ありふれた「我」なのか、唯一無二の「我」なのかってこと?

1ヶ月前 No.1862

安齋昌宏 ★IpEO77cCOU_fud

久しぶりに議論を拝見しました。もういろいろな意味で「破綻」している独我論に関して議論がいまだに続いているのが不思議である。

25日前 No.1863

安齋昌宏 ★IpEO77cCOU_fud

もういろいろな意味で「破綻」している独我論に関して議論がいまだに続いているのが不思議である。

25日前 No.1864

悪魔ちゃん ★E6vycvPYvN_pzR

「久しぶりに議論を拝見しました」 ん?
破綻してるのは「論」ね。
「独我」じゃない。

25日前 No.1865

えぴめてうす @susano ★EcqMI3ceHU_BqV

 人間の認識の方法と限界から、哲学が生じるのは必然。哲学が生じたことは答えの出ない問いが存在することの証。独我論もそれを説明する一つの物語に過ぎない。

20日前 No.1866

安齋昌宏 ★IpEO77cCOU_fud

そうです。「論」としては最早、破綻は明らかです。ということは「独我」という「人生観」のことになります。それならいくらでも議論は果て無いでしょう。もはや「独我論」を強制される根拠はないでしょう。しかし、「独我」的あるいは「独我論的人生観」を選ぶのは自由でしょう。私は採用しません。深い理由はなく、実生活で支障が、損が多すぎるからです。昔出した「虫歯の治療」や「カウンセリング」も大変ややかしくなってしまうからです。もちろん誰にも強制も賛同も求めません。

2日前 No.1867

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