Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(202) >>

 ( 哲学掲示板 )
- アクセス(1642) - いいね!(16)

レイ ★AU-cxkP9PHqQT2

ここでは人間が誰もがたどり着く“死”について考えたいと思います。
テーマは特に
@そもそも死とは何か
A死の意味
Bなぜ死があるのか
C死を選ぶ権利の是非

についてです。


前に同じようなスレがあったらごめんなさい。

2007/08/04 18:48 No.0
ページ: 1 2 3

 
 
↑前のページ (152件) | 最新ページ

☆KaoGH7xAroQ ★DOCOMO-mjOTGbwKjS

>>145 やさん
年齢が低い子供ほど
脳死からの復活率も高いから(と言ってもめちゃくちゃではないが)

難しいよね

完全に医者が見放した患者が…障害は持っている状態だけど復活した事例もあるし…
脳死を死と決めつけるのは良くないと思う

好きな人や
大事な人が
脳死って言われて
死んでいるって納得は簡単にできないと思う

5年前 No.153

かみなせ しゅら @shrapit ★iPhone=lFfkrcSxt6

アンネの日記読んで、命の大事さっていうか尊さを昨日考えた。アンネが自然体で日記のキティに話しかけるから、大事な人間が死ぬってどういうことが少し感じられる。口語で、他の人には話せないけど、私にはこういう悩みとか不安があって、この人はこんなところが好きになれなくて、とか、読んでると入り込んでって、突然途切れた日記に、アンネが死んだことを感じられた。
非常に頭のいい13歳とは全く思えない13歳で、大人が読んでいても、または、大人が読むからこそ、はっとさせられる部分がたくさんあるように思えます。当時の戦争の推移もけっこう詳しくわかります。ドイツが降伏する九ヶ月前にアンネは逮捕されました。
僕はこれから、フランクルの夜と霧を読んでみようと思ってる。

5年前 No.154

★KpJlOIs1Hp_lr9

「夜と霧」、私も読みました。
ヒトラーの物語を知るより、私にとっては価値がありました。

文化は、なんでこんな方向にいっちゃうのだろうか?

5年前 No.155

わらじ ★z4NUiwfyui_9Qj

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

5年前 No.156

★KpJlOIs1Hp_lr9

「生」と「死」は対になって存在する語であろう。
「右」と言う限りには、表現されていない「左」がすでにそこには存在しているように。
人間の場合、生まれてこなければ死は存在しない。もし、死なない人間がいたとしたら、それに人間という言語記号が与えられるだろうか。
生を受けた以上、死は必然である。これは生を与えられた以上受け入れなければならない私に起こる最後の出来事なのだろう。どうにもならないこと、このことを私は悟らなければならない。
このようなかで、私の普段は、死ではなく、生のなかで、明日のコメをどうしようかと考えながら生活している。

って、この場での問いに一応コメントさせてもらっておいて、

>>156  情報ありがとうございます。参考になります。
文化――人間が作り出したもののの総称→言語、習慣、法、学問、芸術、宗教、政治、経済、教育などなど。
ものの見方・考え方・感情・価値(欲求を満たすもの)・意志などの志向性、信念などなど、既存の文化によって作られている。
次の世代を支配する手段としては、「教育」に目をつけるのも手を思いつく。他にも手はあります。自尊感情をくすぐられちゃった人は、それにまんまとのっかちゃう。その人たちに支配されていることのなかで、幸せを感じ生涯をすごせればそれはそれで私的にOK。
ただ、少数の銀行家さんが、私の生活の邪魔をしてもらわなければ無関係の人間ですむのですが。

だいぶ「死」と離れた思考の方向になってしまうので、この程度でやめときます。

5年前 No.157

★iPhone=DTLv5iHKV7

スッタニパータでは
生まれ変わり死に変わり
彼岸に達すれば生まれ変わる事もない
正確ではないがこのように書かれていた

キリスト教は永遠
最後の審判で甦る

死んだら物理的には生まれる前に戻るだけ
土に戻りまた様々な生命になるだろう

神道では根の国常世国黄泉国
輪廻はない
死は穢れ
魂や霊は時とともに穢れをなくしてゆく

死は恐れても恐れなくてもいつか死ぬ
今死ぬかも知れないし
不老長寿の薬ができてあと二億年生きるかも知れない

5年前 No.158

★iPhone=DTLv5iHKV7

日本人だと普通に暮らしていて
普通に生活していたとしても
神道を信仰しているということになると思います
神道の教えは日本人の生活そのもので
矛盾がなくとても自然なような気がします
霊の穢れが段々と消えて行く話も
そう感じます
人が死ぬと胸が痛みます
私の解釈ですが
死霊が荒ぶっているからそう感じるのではないかと思います
時が経てば穢れも取れ
いつしか祖霊となり
穢れもすっかり取れ
周囲の人々の心も落ち着きます
私はこう感じていますが
いかがでしょう?

5年前 No.159

Dantalian24 ★BHbifciqLq_nXr

死は生の礎であり、一つの自然の流れの中にある摂理。
その考えを高める、深めるという趣旨で宗教は生まれるが、あまり宗教に固執しすぎると、根本の目的が見当たらなくなる。
死の先にあるものは分からないが、ならば死を恐れる理由も見当たらない。
死を恐れるのは、不安からだと聞くが、よくよく考えれば何が不安なのか。
どんな意識も残らないのであれば、またそれがどんなに恐れても来るというのなら、自分の心配することではあるまい。
仮に、意識が残るというのならそれはそれで死に対しての根本的な恐怖は無いのと同然だろう。

5年前 No.160

★iPhone=DTLv5iHKV7

死がはっきりなんであるか分かれば恐れも不安もなくなるんじゃない
分からないから怖れ不安になるんだよ

5年前 No.161

☆KaoGH7xAroQ ★DOCOMO-mjOTGbwKjS

人間死ぬときは死ぬけど…俺が死ぬ時は何かをこの世に残したいなぁ
…やっぱ子供かな?

でも俺が大切に思ってる人の死は想像できない
未だに体験した事ないからわからないけど…

死んでも
心に生き続ける事ってそーゆー人なんだろーか?


上の奴とは関係無いけど…
クリントイーストウッド監督主演の
「ミリオンダラーベイビー」って作品は俺自身
「死」について超考えた作品
内容はスレ違いだから話さないけど…
主人公と重ねてしまい
泣きに泣いた
多分俺も同じ事をするしお願いをする

死ぬ事より辛い事があるってわかる作品
「死」について考えさせられる作品
興味あるかたは是非とも観ていただきたい

5年前 No.162

魍魎 ★AAWrdZldrl_01q

出来れば生きてるうちは生きる道を選びたい

人間だからね。

お前は人間じゃないっていわれても、人間は人間。

死は意味がいくつかある

自分を楽にする

人生の終わり

人間に一番近い物

でも人間は、人間社会は、死を消そうとする

そうそうないから怯えるし、怖がる。

命がけで生きてみろ

なんて言われても、何にかければいい

死は、永遠の恐怖(僕は)

5年前 No.163

テクノ ★xZlhFGwtIZ_2WH

「死」
は、考える必要ないと思う。考えたければ、考えればいいんですが。
あの世とこの世を生き来と話している人もいるというけども、体外が脳科学で解明できる。
金縛りがその一つの例で、ある国では悪魔、霊の仕業と説く人もいる。
だけど、実際はレム睡眠中に起こる麻痺の一種。でも、体験してる時は夢のよう。(夢だけど)

色んなこと考えても、
結局は裏切られてしまったらと考えると、怖いし
それで、生きることを削られてしまったらと考えると、今を生きることを取ったほうが

全う。

でも、死について考えることは、  面白いから、死ぬまで考え続けたらいいんじゃない?

5年前 No.164

||| ★AU=91OHWM6ASy

死はほんとの自分を知ること
偽りの自分から解放され真実へ戻ること

約束の地
それがあの世

人生は走れメロスの世界
約束へ向かって走ってる

5年前 No.165

双葉 ★SOFTBANK=lyNybNdfuq

肉体の死んでどうやって本当の自分を知ることが出来る?そこに意識は存在しない
普通に生きてて神道を いや神道知らないし葬儀は仏教形式だし 宗教ストーリーの死の扱いが全てとか絶対に違和感あり

5年前 No.166

カジー ★Tablet=ZcO9XyaATO

眠っている間、意識は飛んでるような気がするが実際は潜在意識は寝ている間も常に起きてるらしい。小さい頃なにかの本かなにかで、「眠っているときは死んでるのと同じ」というようなことを読んだが本当にその通りだと思う。引き寄せとかいうが実際俺の周囲は俺次第でまったく別物になっているし、思考が現実化するのも本当だと思う、この世にはそういう不思議な何かがあると思う(前こういうスピリチュアルなことここで書いたら「エセ宗教とはね...」って言われたけど、実体験なのでね)。

常識に捕らわれてちゃ死後の世界を語ることなんざ難しいだろうね。

3年前 No.167

宿題 ★iDmzDk5Pdf_9PM

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

3年前 No.168

マジカルモンキー ★SxKM1tJ4Xs_Xgx



外れること、とことん、外れること。
今生きているのは、誰かのお陰である。

『 誰かが私の活動できる領域を与えてくれたから、今生きている 』

酸素
植物が酸素を供給してくれているから、我々人類は生きている。
誰かが、人類のテリトリーを造ってくれたから、社会が成り立っている。

死とは、『 済み 』

用済みの済みである。
言葉が悪いが、もらたす事である。

『 お前は用済みだ! 』

『 そうですか?私は死ぬのですね? 』

『 そうだ、今までありがとう 』

『 最後の仕上げです。私が集めた全てを死ぬことによって、皆さんに齎しましょう 』

『 合掌 』

6ヶ月前 No.169

ぽっぽ ★Tablet=K7huayrpar

@私はこの世に存在がなくなることだと思ってる

 本当に知りたかったら国語辞典で調べてるとか

Aそれはガチで国語辞典で調べてください。

Bそれはなぜ生があるのかといっしょです。

 まぁ、生きてなければ死ぬこともないしね

4ヶ月前 No.170

百理 ★5n9Jhh5DYh_Vx8

死とは歴史性の中に取り入れられる私の変化でしかありません・・

4ヶ月前 No.171

うさぎ ★Tablet=cT88eYp8V3

・・・・変化でしかありません、と軽く考えられるのですね。私なんかは重すぎて悩みは

尽きないのに、、、

3ヶ月前 No.172

百理 ★5n9Jhh5DYh_Vx8

うさぎさんのとらえ方・・死は重い

私のとらえ方・・死で終わりだと思ったら大間違い・・死の次の次・・先はもっと重い

3ヶ月前 No.173

ザビビのふくろう ★Android=cdZmIVbAmb

まあ百理さんは、根が哲学(理性)の人じゃなく、
オカルト(霊性)の人だからね。

3ヶ月前 No.174

百理 ★5n9Jhh5DYh_Vx8

ふくろうさんは、私の解説は置いといて・・悪魔ちゃんへの返答をお願いします・・

3ヶ月前 No.175

悪魔ちゃん ★30JjgxOVKX_ZFe

〉174、わたしも、モモりんについては、そんな雰囲気ね。

〉173、
女性週刊誌ではオカルト(霊的)なものはうけるみたい。ね、モモたん。
「死で終わりだと思ったら大間違い・・死の次の次・・」どこの週刊誌に載ってたの?
ももり〜ん、お教えて。

3ヶ月前 No.176

ヒコ太郎 @hikotarou ★agBjffSqMl_OzI

悪魔はオカルト(霊的)ではなかった・・・?

・・・?

??

3ヶ月前 No.177

悪魔ちゃん ★30JjgxOVKX_ZFe

ナニ言ってるの?

悪魔や天使はオカルト(霊的)じゃないよ。

人間の心に、すでに、ひそかに忍び込んで、住みついてるじゃない!

3ヶ月前 No.178

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_7zY

主体の誕生とその死。

不在ではありえず、出口なしにさし迫る存在に対し、表象はゆとり・スペースを与える。
しかし表象はつねに存在を十全に包みこみ、それを代理できるとは限らない。
その包み切れない存在の残響が理念となる。
理念は活動性として表象を拡充する作話を息づかせる。
その作話によって存在と十全に対応するようになった表象は、
もはや意味となり、現在として、歴史の一部となることができる。
この歴史によって裏づけられた存在こそ主体であり、
主体は歴史によってその同一性を保証される。

…しかし死は、歴史の一部なのだろうか。
もっと言えば死は”主体の”死なのだろうか。

3ヶ月前 No.179

つみれ ★DUSn7lmwQa_b3g

人は死なない。
死ぬとは超越論的に人が屍になる事だ。

同様に、私は死なない。
私は生きているものだ。
死ねば、私ではなく屍だからだ。

つまり、仮定でもなければ、死は常に他者に向けられる言葉だ。

3ヶ月前 No.180

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_7zY

エピクロス「汝があるとき死はなく、死があるとき汝はない」

3ヶ月前 No.181

地下水 ★lHRYPNADL9_P5K

 人のふり見て、我がふり直せという。多くの人の死を鑑みて、自分もやがて死ぬのだと悟る必要がある。そこまでには老いや事故、病、戦争もあるかもしれない。
 生とは、様々な死の連続から、回避し続けている事で成り立っている。安全な町に住んでいる事も、既に多くの先祖が死を繰り返して至った、御先祖様の御蔭である。

 死因を見ると、人の多くは、癌、脳溢血、心筋梗塞、肺炎、老衰、事故などで亡くなっているという。抗酸化酵素が必要だ。体の酸化を防ぐには、千ミリグラムのビタミンCが有効だが、24包のスティックで300円程度で近所のドラックストアで販売されていて、簡便である。脳のボケも10粒程度のピーナッツの渋皮のレスベラトロールで防げるが、これも百円の安価で食べ易い、つまみがある。

 注意一秒怪我一生、備えあれば憂いなしである。

3ヶ月前 No.182

百理 ★5n9Jhh5DYh_P5K

死ぬことよりも

また生まれることの方が苦痛です・・

3ヶ月前 No.183

ペガサス @y19670503☆6yU9B.BkmyUy ★irWfAAwagt_J3L

死が無かったら、現世で犯した罪を払拭出来ることはない。来世があったら、地獄しか分からない。

五感で感じる物は一切が苦なのだ。

苦が苦のままだから其れで人間一人前なのだと思う。

その苦を科学が救済しましょう。

科学って、まるで笑うセールスマンで益々、人心を誤らせていくだけだと思う。

我慢できないことは科学が解決しましょ!

イカれているよ。既に現代科学文明はね。

3ヶ月前 No.184

百理 ★5z6bVAmgS3_P5K

哲学は努力をすることです。

科学が苦を取り除くことは無いでしょう・・知識欲であるということでも

哲学は知識を所有することではありません。

哲学は楽を手に入れることではありません・・

3ヶ月前 No.185


百理 ★5z6bVAmgS3_P5K

ペガサスさん

【一切】

すべて。全部。残らず。□


と言うことは・・一切とは真理と言うことですか?

3ヶ月前 No.187

ペガサス @y19670503☆6yU9B.BkmyUy ★irWfAAwagt_J3L

一切皆苦(いっさいかいく)(sabbe saGkhaaraa dukkhaa)とは、仏教における四法印の一つである。 正しくは「一切行苦」と漢訳する。 初期の経典に「色は苦なり」「受想行識も苦なり」としばしば説かれている。 これを「一切皆苦」と言う。

3ヶ月前 No.188

百理 ★5n9Jhh5DYh_P5K

理性の目で見たらこの世は残酷物語ですね・・

頭で観る

心で見る

へそで見る

視点を変えたら見方が変わります・・

3ヶ月前 No.189

ペガサス @y19670503☆6yU9B.BkmyUy ★irWfAAwagt_J3L

百里さん

人間が生きるのはとにかく大変なんです。

大体、人間という生き物はあんまりなんだと思います。

3ヶ月前 No.190

百理 ★5z6bVAmgS3_P5K

【羽目を外すの語源・由来】 羽目を外すの「羽目」は、馬を制するために口に噛ませる「馬銜(はみ)」が転じたものといわれ、

「馬銜」は「はめ」とも読む。 この馬銜を外して馬を自由にすると、自由に走り回って手がつけられなくなることから、

調子に乗って度を越すことを「羽目を外す」というようになったと考えられる。

羽目を外す年下のいとこが今癌手術をしたらしいです。癌は家系に全く遺伝が無いのです・・パソコンとスマホのし過ぎでしょう・・

ネジが取れないようにしましょう・・

羽目を外さないようにしましょう・・

3ヶ月前 No.191

ペガサス @y19670503☆6yU9B.BkmyUy ★irWfAAwagt_J3L

無線は脳内を筒抜けですから。

もし、脳腫瘍が増加傾向であれば、無線(スマホ・パソコン)が臭いですが、立件もできないでしょうね。

3ヶ月前 No.192

百理 ★5n9Jhh5DYh_P5K

電磁力と言うものは、磁場をも狂わせると思いませんか?

3ヶ月前 No.193


地下水 ★otncK03kC4_zRM

 人間は死ぬ。死ぬから、死を遅らせる為に、様々な仕事が生れる。死を意識する人は、とても人間として優れた人なのだ。隣人の死、身内の死、先祖の死、テレビのニュースに見る死、病院などで起きているであろう多くの死、世界のあちこちの事件や事故や災害に見る死。死を鑑みる人は、とても人間として優れた人なのだ。日本人の三人に一人は癌で死ぬ。心筋梗塞、脳溢血、肺炎などで死ぬ。いずれも異物による活性酸素の発生による、遺伝子の傷、動脈硬化、炎症などが考えられる。死因を鑑みる医師などの人々は、とても人間として優れた人なのだ。

 人間の死の歴史を鑑みる事は、人間として成長して、人間に成って行くと言う事なのだ。老いや傷病者、事故者、被災者など死と隣り合わせになった人と触れ合う事は、人間として成長すると言う事なのだ。

1ヶ月前 No.195

百理 ★5z6bVAmgS3_zRM

お葬式の後に懐石料理を出されるのは苦痛です。身内の死の後骨を拾った日に京懐石料理なんて食べる気にもなれません・・

骨を拾うのが苦痛です・・

残された者は、生き残った者は苦痛を味わいます・・

自分の死を考える暇がありません・・

1ヶ月前 No.196

地下水 ★lHRYPNADL9_zRM

>>196  僕も、母方の祖母が亡くなった時、東山のカニ料理の席で、親戚一同、カニの甲羅の中にスフレ状になったカニの身をほふって、何かおばあさんの肉や魂をほふっている様な歯ざわりがしたことがありました。
 親戚一同、ハイヤーをつらねたときには、何故かおばあさんの霊柩車の上には、沢山のカラスがつれだって飛んでついてきました。

 昔に、私が小さな頃に、父方の祖父が亡くなりましたが、焼き場では良く燃えて、遺骨を拾い上げるときは、本当に細い骨しか残っていませんでした。火が強過ぎたのか、老齢でしたので、本当に骨が細く細くなっていたからなのか、さだかではありません。

 今、母のオシメをとったり、汚物を洗ったり掃除したり、ムース食をつくったりで、仕事もありますし、自分の身のまわりの掃除や洗濯がおろそかになるほど忙しくなってきました。身内の世話ですので少しだけうれしい悲鳴でもあります。

1ヶ月前 No.197

百理 ★5z6bVAmgS3_zRM

地下水さん

私は骨を見るのが苦痛で苦痛でたまりません・・法事が多くなってきました・・

これから何人もの身内の葬式に耐えれるかどうか・・

1ヶ月前 No.198

えぴめてうす ★81zd2OkS4C_BqV

 私は、死について、哲学的に考えたことはありません。なぜか考える動機がわいてこないのです。
そんな私が死について、体験したこと、思っていることを書きます。他のスレで書いたのですが、このスレの方がふさわしいかと。

【子供の頃の体験】
 小学生の3年か4年のころ、夕方、両親が帰ってくる前に、「自分が死んだらどうなるのだろう」という強い不安感に襲われる時が何度もありました。

 学校で、先生が黒板に書かれているその日の日付を指して、「今日は二度と戻ってこない。あなたたちの人生で、今日は二度とない。だから、その日その日を大事にしないといけない」という意味のことを言いました。それがきっかけかどうか定かではないですが、当時私は、天国や極楽のような言葉は知っていたものの、絶対に嘘だと思っていて、死んだら何もなくなると思っていました。この私のすべてがこの宇宙からなくなる。死という行為そのものより、この私の存在が不可逆的に何もなくなるということが異常なくらいの恐怖でした。

 さらに、当時、小学生向けの雑誌に、太陽の運命が書かれた記事があり、膨張して、地球を飲み込んだ後、50億年後には光をなくした星になる(白色矮星になる)というのを読んで、地球がいずれなくなる、全人類がいなくなる、ということにもどうしようもない恐怖感を感じました。そんな考えが浮かんだ夕方は、よくおばあちゃんに泣きながら「死んだらどうなるの?」と繰り返し繰り返し聞いていました。両親が帰ってきてみんなで夕食を食べたり、テレビを見ていると落ち着いたのを覚えています。

 この宇宙がなぜ存在するかを問うことは、私の深層で過去の異常なくらいの恐怖とつながっているように思います。
 いまも、「いつ死んでも構わない」くらいの覚悟はないのが現状です。

 「なぜ生きているのか」の対岸に「死」があるのかもしれませんが、今生きている人生とは、死ぬまでの時間つぶしだと思っています。学校へ行ったり、仕事をしたり、遊んだりすること。もしそれらをしなければ長すぎて間が持たないというか、それこそ死んでしまいそうになると思います。エロスが勝って、タナトスを押さえ、人は生きている。

 生を受けたら、生きざるを得ない状況になり、生きている。死の恐怖より、それ以外の何らかの苦が耐え難い状況になった人には、タナトスが頭をもたげてくるのかなと思います。

 話を戻して、「死」とは、現象だと思います。その意味は生命の終わり、自分の終わりということ。人間が生命である以上、避けられないもの。人間が快・不快により行動することを考えれば、死を選ぶことも選択肢に入る。ただ、社会的には、権利として確立するには、安楽死などを除き、合意が得られないことでしょう。普通に死ぬ権利を認めてしまえば、社会の規範や秩序が維持できないからです。

 ぜんぜん、哲学的ではないと思います。「死」を哲学的に考える意味とはなんでしょう。
 「自分が子供や孫も幸せに暮らすのを見届け、天寿を全うして死ぬ」場合と、「自分には身寄りがなく、何ももいいことがなかった人生を過ごし、だれにも看取られずに死ぬ」場合とでは、死の受入れ方が違うでしょうか。

9日前 No.199

えぴめてうす ★81zd2OkS4C_BqV

  >>199 の追加です。

 また、どちらの場合にしても、自分一人が死ぬことと、例えば、核戦争や隕石衝突、太陽の膨張で地球がなくなることにより、人類が死滅することとでは、何か違いがありますか?

 哲学的なお答えであれば、お願いします。そうでなくても結構です。

9日前 No.200

マジカルモンキー ★IkTe7dpHmE_WcJ

199、200 なるほど

死とは扉である。人間は輪廻転生をするのである。

扉なんてもんはどこにでもある。

Aの部屋からBの部屋に移動する。

Aの部屋にいた俺は死に、Bの部屋に移った俺は生きるのである。

Pの宇宙に住んでいる俺は死に、Qの宇宙に移った俺は生きるのである。

『 では、Qの宇宙はあるのだろうか? 』

だって、人は腐って、五感はわからなくなるよね。

Pの宇宙は五感を通じて、世界を感じ取っているので、Pの宇宙はあると感じるだろう。
だけど、Qの宇宙は死ななきゃ分からないから、あるかどうかわからない。



上に戻る

Aの部屋から出た俺は、Bの部屋に行こうと思ったが、Bの部屋は鍵がかかっていた。

Bの部屋に入る事はできない。もしかしたら、Bの部屋に先約がいて内から鍵をかけたかもしれない。

Bの部屋は、前に見たことがあるので、Bの部屋は存在すると確信をしている。しかし

Bの部屋に先に入った人間が、Bの部屋の模様替えしてしまったら、俺はBの部屋にはいっても、以前と違う事になる。


うむ

そうなった場合、Bの部屋は、今はどうなっているのか?理解出来のである。

Bの部屋に入れないのなら、Aの部屋に戻るしかない。

こういうことである。

結局、死ねない(bの部屋)のなら、生きるのしかないのだ(aの部屋)

5日前 No.201

マジカルモンキー ★IkTe7dpHmE_WcJ

>>201

続き

次に考えるのは、処刑人である。

『 結局、死ねない(bの部屋)のなら、生きるのしかないのだ(aの部屋) 』

を理解していても、処刑人に殺されたら、強制的にBの部屋に行ってしまうのだ。


ここに輪廻が関わってくる。

処刑人は、前世でも後世でも、おそらく、処刑人である。

前前前世から処刑人なのである。

100年前も処刑人で、200年前も処刑人で、300年前も処刑人である。

それと同じで、クズはずっと、クズである。前前前世からクズである。

※警告に同意して書きこまれました (マナー/リアクション)
5日前 No.202
ページ: 1 2 3

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる