Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼ページ下 >>

時間

 ( 哲学掲示板 )
- アクセス(6096) - いいね!(17)

ぶっちゃん

そもそも時間とは?
俺は定期的な周期のリズムを数字で表したものだと考えた。
所以に時が止まれば人も止まるとは考えにくい。それは対象の動き運動が停止したと考える。
時はない、あるのは連続される運動としたい。

みなさんは時間について、どう認識してますか?

2006/06/15 09:50 No.0
ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9

 
 

宿題 ★bUKyk3gX2r_ly4

時間は観念の世界では遡れる可逆的です。

物質世界では今のところ不可逆的です。

時間の流れは運動の仕方によって変動します・・

1年前 No.701

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

時間って本当に流れているのかな?
人間の記憶と言う形で過去があるがその記憶は現在の記憶だよね。

本当の意味で未来と過去の存在を証明することはできないのではないか?

1年前 No.702

宿題 ★bUKyk3gX2r_ly4

minaさん

水は流れています・・

光は流れていると思いますか?

1年前 No.703

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

宿題さん

水は本当に流れているのか?

これは人間の一表現に過ぎないのでは?

と、思っています。

1年前 No.704

宿題 ★bUKyk3gX2r_ly4

minaさん

水は高い所から低い所に流れます・・

同じ高さでは流れません・・

1年前 No.705

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

宿題さん

それは重力によるものです。

流れているのではなく、重力と言うエネルギーが早さと言うエネルギーに変換されているだけですよ。

なので、運動エネルギーを持つ水は同じ高さでも移動することができます。

また、熱エネルギーによって移動することもできます。

果たして流れると言う過去から未来に続くと言うことは事実なのでしょうか?

1年前 No.706

宿題 ★bUKyk3gX2r_ly4

minaさん

液体は流れます・・

1年前 No.707

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

宿題さん

流れるという言葉で表現すれば流れますよ。

しかしそれが時間の流れを意味するかという疑問です。

本当に流れているのか、現在の連続でしかないのではないか。

なぜなら、過去や未来の存在を証明できないから。

1年前 No.708

宿題 ★bUKyk3gX2r_ly4

minaさん

「ミンコフスキー空間」を調べたことがありますか?

1年前 No.709

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>706

>流れているのではなく、重力と言うエネルギーが早さと言うエネルギーに変換されているだけですよ。


細かな事を言えば、重力は力を表すもの、早さ(速さの間違い?)は速度を表すものです。
エネルギーは力に距離を掛けたものですから重力そのものはエネルギーを表すものではありません。
速さはm/sですからエネルギーを表すものではありません。

>運動エネルギーを持つ水は同じ高さでも移動することができます。


水が静止した水だけで運動エネルギーを持つ事はできません。ポンプなど動力を使わずに運動エネルギーを持つためには最初に位置エネルギーを持たなければなりません。
水が自由落下でh=0まで落ちてきた瞬間を起点に見れば、その瞬間はh=0ですから位置エネルギーは0ですが、事前に水は高い位置まで組み上げられていますから、系としては高いところから低いところに流れた格好となります。
系は連続していますから、ある部分だけを切り出して考える事はできません。

>また、熱エネルギーによって移動することもできます。


熱エネルギーを直接水に加えても内部エネルギーが増大するだけで、運動エネルギーに直接変換はできないと思いますが。

>>708
>なぜなら、過去や未来の存在を証明できないから。


エネルギーの話に関係なく、過去は証明できるでしょう。未来は類推しかできないでしょうが。

1年前 No.710

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

00100さん

お!物理は解るのかな?

正確には加速度ですね。

しかし、重力が与えた加速度により速度は出るので、結果、この場合の速度は重力によるものです。

簡単に言えばね。

まぁ、そんな事はどうでもいいのです。

過去の証明が出来ると断言しましたね。

すごいな、では証明して!

1年前 No.711

宿題 ★bUKyk3gX2r_ly4

minaさん

minaさんは、何年何月何日に生まれたか証明できないのですか?

1年前 No.712

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>711

>お!物理は解るのかな?


高校の物理までなら分かります。

>正確には加速度ですね。


何を正確に言うと加速度なのですか?重力も速さも加速度ではありませんし、また加速度もエネルギーを表すものではありませんよ。

>重力が与えた加速度により


重力が与えた加速度とはどの様な現象ですか?

>速度は出るので、結果、この場合の速度は重力によるものです。


重力によるものではなく重力加速度によるものでしょう。
またその事とエネルギーの変換とはまた別の話ですよ。

>過去の証明が出来ると断言しましたね。


そりゃできるでしょう。過去の事は事実として残りますから。それを隠蔽するとか記録に残す残さないとか、そういう話を絡ませるとまた別の話になりますが。

>すごいな、では証明して!


何についてですか?

1年前 No.713

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

00100さん

>そりゃできるでしょう。過去の事は事実として残りますから。それを隠蔽するとか記録に残す残さないとか、そういう話を絡ませるとまた別の話になりますが。

事実として残っているのでしょうか?
事実として現在に存在しているだけではないでしょうか?

過去の存在を示すものはすべて現在のものです。
即ち過去を証明するものはないのです。

解りますかね、哲学ですよ。

1年前 No.714

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

00100さん

あなた、話の流れ覚えてます?
いろんなスレに首を突っ込みすぎです。
こんなこともいちいち説明しないと思い出せないような対話はやめてくれます?

レス番も間違えるし、あなたが主張することはあなた自身が意味を持たなくしていることに気付きなさい。

1年前 No.715

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>714
抽象的すぎて何が言いたいのかよく分かりませんが、過去にゴクラクインコが生息していたという事実は、現在にゴクラクインコが生息していなくてもその事実は変わりません。未来永劫この事実が変わる事はありません。

>>715
貴方のレスには何に対してのレスなのかを示すレス番や引用がありませんからね。常にレス番や引用があればレスを遡る事もできましょうが、それがないので、ある程度は過去のレスも見返しますが、じっくり読まなきゃ分からないものは新たな話として処理しています。

1年前 No.716

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

00100さん

え?
それはあなたのルールで、話の流れぐらい覚えていなければ議論にはなりませんよ。

生息していた過去とは何をもって立証するのでしょうか?
過去があるなら、そこへはどうやって行くのでしょうか?

哲学の話です。

1年前 No.717

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>717

>それはあなたのルールで、話の流れぐらい覚えていなければ議論にはなりませんよ。


過去のレスを総て覚えておけというのは貴方のルールですよね。

>生息していた過去とは何をもって立証するのでしょうか?


例えば具体的に絶滅種の話であれば、過去の写真や文献、化石などからその事は確認できます。まあ既に確認されているから絶滅種に指定されているのですから、文献で十分でしょう。

>過去があるなら、そこへはどうやって行くのでしょうか?


過去へ行くとはどういう事、というか何の話ですか?

>哲学の話です。


敢えて哲学の話と強調する意味が理解できませんが。

1年前 No.718

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

00100さん

え?

>過去のレスを総て覚えておけというのは貴方のルールですよね。

これってひとつの内容を議論する上で当然だと思いますけど。
一言一句覚えることはしなくても、主張が変わっていなければ、そこから生まれる思考や意見の本質は変わることはありません。

あなたには主張がないから一々自分が過去に何をいったのかがわからなくなるのです。

それはあなたのスタイルですから否定はしませんが、そのあなたのスタイルを助けるためになぜわざわざ私があなたに従いレス番をのせなくてはならないのでしょうか?

他人に自分の議論の欠点を補助させるようなことを強要するのは恥ずかしいですよ。

1年前 No.719

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

00100さん

>例えば具体的に絶滅種の話であれば、過去の写真や文献、化石などからその事は確認できます。まあ既に確認されているから絶滅種に指定されているのですから、文献で十分でしょう。

それらの情報は現在のもので時間軸に過去や未来がある証拠にはなり得ません。
時間というものの存在を証明することできていないということです。

1年前 No.720

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>719

>これってひとつの内容を議論する上で当然だと思いますけど。


そうですか?過去の発言を簡便に読み返せるなら一々全部記憶していなくても良いと思いますが。それに皆さん全部を記憶するほど、貴方みたいに暇じゃないと思いますよ。第一、貴方自身も全部記憶しているわけではありませんし。そこに正確さまで加えたら、貴方は殆どできていません。先ずは自分がそれをできていない事を理解するのが先ではないですか?

>あなたには主張がないから一々自分が過去に何をいったのかがわからなくなるのです。


確かに私には主張がない、正しく言えば私なりに正しいと考える事はありますけど敢えてそれを前面に主張していない、なので私に主張がないというのは正確ではありませんが間違ってはいません。
ただ自分の書いたレスを事細かに覚えてはいませんが、大雑把な流れみたいなものは外していないと思いますよ。そういうものがあれば、その衝撃から忘れる事ができないでしょうから。

>そのあなたのスタイルを助けるためになぜわざわざ私があなたに従いレス番をのせなくてはならないのでしょうか?


私は貴方にレス番などの記載を強要していませんよ。だから書きたくないなら書かなくても良いです。ただ書かないとこういうデメリットがあり、それを貴方は甘受しなければなりませんねと言っているだけです。

1年前 No.721

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

00100さん
議論者においてそのデメリットはあなたのものです。
他人に押し付けないでいただきたい。

あなたさえしっかりとした主張や意見があれば何も問題ありません。

1年前 No.722

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>722

>議論者においてそのデメリットはあなたのものです。


いや、全員が共有するものだと思いますよ。貴方も自分の発言を総て記憶していませんし、貴方も他のスレで私に何についてのレスなのか不明と言っていましたし。

>あなたさえしっかりとした主張や意見があれば何も問題ありません。


私は宗教家ではありませんので、自分の主張や意見を根拠なしに人に押し付けるつもりはありません。

1年前 No.723

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

00100さん

デメリットというと確かに全体で共有しなくてはならないという風に捉えられますね。

デメリットではありませんね。

議論者としてのあなたの欠点です。

そこは直しましょう。(((^^;)

1年前 No.724

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

00100さん

>私は宗教家ではありませんので、自分の主張や意見を根拠なしに人に押し付けるつもりはありません。

はい、やめてください。

ただし、自分の主張がなんだったのかを他人に聞くような行為もやめてください。

レス番が無ければ自分が何を言ったかも思い出せないような議論はするべきではありません。

1年前 No.725

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>725
であれば貴方も同じ理由でここへの参加をやめなければなりませんね。

1年前 No.726

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

00100さん

私は自分の主張はありますので、他人に確認するようなことはしませんよ。

レス番がなくても何についての質問かを書いてもらえれば答えられます。

また、流れがわかるすぐの反論であれば、仮にレス番が間違っていても正しく反論できます。笑

1年前 No.727

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>727

>私は自分の主張はありますので、他人に確認するようなことはしませんよ。


宗教じゃないのですから、他人の主張や反論くらい聞きましょうよ。でなければ只貴方は自分の主張の押し付けをしているだけに成り下がってしまいますから。

>レス番がなくても何についての質問かを書いてもらえれば答えられます。


貴方の主張ですとそれすらも書いていなくても答えられなけれならないのですけどね。レス番を書く理由や意味を正しく理解していれば、このレスがどれだけ的外れなレスか分かると思いますが。

>また、流れがわかるすぐの反論であれば、仮にレス番が間違っていても正しく反論できます。笑


人には其々都合があって、貴方を含め我々はこのBBSにレスをする事で生計を立てているわけではありません。
相手方が常に貴方とのやり取りを監視しているわけではない上に、他の人のレスも間に入り込み、皆で会話をしているわけですから、貴方のレスが必ずしも直近に来るとは限りません。
尚且つ話が続けば過去のレスを見返す事もあります。
直近ですら貴方自身が正しく反論できていない事が多々あるのに、正しく反論できると強弁されても、また嘘をついていると判断するしかありません。

1年前 No.728

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

ここは時間の項目だから、時間について述べるのがいいと思う。

時間って時計版の長針と短針と秒針のことでしょ???ここは時間板ですよ?

1年前 No.729

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

うさぎさん

それ時計の説明だね。

時間の概念を人間にわかりやすく見せるための道具です。

時間そものではありませんよ。笑

1年前 No.730

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

00100さん

>>728

それは身勝手です。

その程度の遊びで発言しているのなら、私もそれなりの話で反論しますよ。

遊びであるなら、極論も、屁理屈もありですよね。

それで、あなたは時よりその様な発言をするのですか?

仮にも、哲学掲示板で屁理屈はダメでしょ!

話はまじめに戻って、あなたは過去の存在の証明は簡単だといいましたが、それの対とも言える未来の存在の証明なぜ出来ないのですか?

その時点で過去の証明が怪しいとは思わないのでしょうか?

1年前 No.731

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

mina さん  時計の説明は時間の説明じゃないのですか? だって時間とは経過することだと

思うからです。時間の測定はストッポッチか腕時計で測ると思うのだが?

1年前 No.732

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

うさぎさん

では時計で10分前の時間や、10後の時間が作れますか?

表示として出すことは出来ますが、定規で10cmの紐を作るかのように、時計で10分後の時間を作れますか?

紐の例えも怪しいのですが、今回の話を解りやすくするために使用しています。

1年前 No.733

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

minaさん  10分前と後の時間は当然に作れるでしょうね。 つまり1Mの定規で現在と過去と未来は常識では点で

表されるからです、線は点で成り立っており、どの時間の点も存在します。

1年前 No.734

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>731

>それは身勝手です。


それとはどれですか?

>話はまじめに戻って、あなたは過去の存在の証明は簡単だといいましたが、それの対とも言える未来の存在の証明なぜ出来ないのですか?


過去は既におきた事象ですから見返したり調べたりができます。
未来は未だおきていない事象ですからそれができません。
簡単な例え話をすると、A君が10:00に家を出て1km/hで歩きました。今10:30で、A君は家から500mの地点にいます。では11:00にA君はどの地点にいるでしょうか?
10:30で家から500mの地点にいる事は現在を含む過去の事実ですから確実にどの地点だという事は確実に言えます。しかし11:00にどこにいるのかは未来の話ですから、1kmの地点にいる「だろう」という事は言えますが、確実に1kmの地点にいるとは誰にも言えません。

>その時点で過去の証明が怪しいとは思わないのでしょうか?


思いません。

1年前 No.735

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

>735さん   だろうって、途中でアイスクリームを食べていたから6分の誤差が到着時刻を遅らせた??

それは、吉本興業とか漫才の題材であって科学・哲学ではないですね・・・ここものすごいレベルですね((笑)

1年前 No.736

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

うさぎさん

その未来の点や過去の点を現在に表現できますか?

現在に表現できないと観測出来ませんよ。

この観測でさえ、実際に出来ているのか、時間の概念と物理学からすると疑問なのですが。。。。

1年前 No.737

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>736
それくらい未来の事は分からないという事です。
疲れて歩くスピードが落ちるかも知れませんしね。
>>735 が何に対するレスなのか理解できれば、そういう事も決して的外れではない事が分かるかと思います。

1年前 No.738

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

00100さん

>過去は既におきた事象ですから見返したり調べたりができます。
>未来は未だおきていない事象ですからそれができません。

見返す作業も、調べたりする作業も現在でする作業です。

その行為自体、歩くという行為と何が違うのでしょうか。

1年前 No.739

00100 @00100 ★iPhone=NxaBU8I489

>>739
A君が時速何kmで歩き何時にA君が何処にいたのかが事実です。
A君が何時に何処にいたのかについては調べて分かる過去の事実です。
未来の何時にA君が何処にいたのか(いるのかではない)は調べても分かりません。

1年前 No.740

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

>737  さん   カメラとかCDやビデオがあれば表現できるでしょうね。ただ、未来については決定論に


従わざるを得ないでしょうね?(自由意志論ではなく

現在はすぐに過去になり、未来もいずれ過去になります。結局はすべては過去であると言っても過言ではない。

1年前 No.741

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

うさぎさん

その過去とは人間の意識が作り上げたものであり、実際には行く事も出来ない、戻すことも出来ないのです。

その過去とはいったい何なのか、それは人間の記憶の中にしかないのでは。

過去の存在を証明できるのか?

という事です。

少なくとも過去の存在が証明されなければ、時間が流れているという事は言えないのではないか。

1年前 No.742

ハンドル ★WCCXM8xEFN_yoD

時間は物理量です。現実に在るモノだと思います。時間は観念ではないと思います。時間が観念であるならば、我々は存在しません。時間と共に実在があり、実在があって観念があると思います。

1年前 No.743

宿題 ★5z6bVAmgS3_t5r

時間は移動・・

1年前 No.744

ひろ @ponchi10 ★iPhone=hA8n0Tulbr

時間は主観的時間と客観的時間とに分けられる。客観的時間は時点に区切られた時間のことであり、主観的時間とは我々が日常経験している流れのようなものである。

マグダガートやカントもそうだが、時間は主観的には実在しないといった。言い換えれば、「実在」としての時間は存在しないといっている。その点を考えるなら、「時間は物理量だから時間は現実に存在する」ということは時間の非実在性の意見に対して答えれているとはいえない。「現実に存在する」とは必ずしも「流れが存在する」と言う事を意味しないからだ。というかはなから「流れ」というものを考える必要性が物理学にはない。物理学における時間とは微細な生物を見るための顕微鏡のような役割しか担っていないからだ。

1年前 No.745

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

ひろさん の見解はまったくそのとおりだと思う。

私は四つの単語を並べたいです。(存在と時間)と(私とみんな)です。
時間とは存在(すべての物質)だし、存在(私を含む)とは時間である。

存在と時間は「私」と「みんな」では違うのです。時間を論ずる場合スポットライトは私に当たっているのです。
みんなの時間は「真の」時間ではない・・・・と。

1年前 No.746

ひろ @ponchi10 ★iPhone=hA8n0Tulbr

うさぎさん
時間を問うということは死を問うということである。
今を生きる私も過去を生きる私も、結局は何のために生きているのか、ということを考えさせられるからだ。だからこそ、「流れ」としての時間の見方は考えるに値する。

1年前 No.747

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

ひろさん

死とは?

自分の死ですか?他者の死ですから?すべての死ですか?

死んで後は?この個体にとって時間はなくなるのでしょうか?

物質が全く同じ座標に存在できないことと同じように、時間も全く同じものを共有することはできないということでしょうか?

1年前 No.748

ひろ @ponchi10 ★iPhone=hA8n0Tulbr

minaさん
「流れ」としての現在は私自身に時間の有限性を認識させます。何事においても、時間には区切りがあり、一定のスパンで始まりと終わりの完結があるからです。この一定のスパンでの始まりと終わりがないところには、「流れ」はないでしょう。そのことが「私にとっての死の問題」を考えさせられるきっかけを与えています。つまり、有限な生物であり、かつ永遠を志向することができる人間だからこそ問える問題だということです。だから、私は時間を問うことは死の問題に接近していくのだと考えました。

>死んで後は?この個体にとって時間はなくなるのでしょうか?


例えば、魂という存在を前提に考えてみましょう。意識が完全になくなった状態でかつ身体が消滅した状態であっても、魂だけは残り続けると考えるならば、時間は存在しているのではないでしょうか。魂は意識が限りなく低い状態で自らを自己認識できないだけで、記憶の残骸みたいなものは取り止めもなく溢れているというふうに想像できるからです。まぁ、あくまでも「想像上の話」ですが。

>物質が全く同じ座標に存在できないことと同じように、時間も全く同じものを共有することはできないということでしょうか?


例えば、ボクシングをしている時の時間とボクシングの話をしている時の時間とでは流れ方が違っている。それゆえ、ライブ中継で同じ時刻に複数人の視聴者が同じボクシングの中継を楽しんでいるものと前提とするならば、同じ時間を共有していると言えます。しかし、この同時刻に「ボクシングをしている人」とライブ中継を見ながら「団欒している人」とでは、時間の流れ方は違っていますから、そういった意味で「同じ時間は共有できない」ということになるでしょうね。

1年前 No.749

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

ひろさん

>例えば、ボクシングをしている時の時間とボクシングの話をしている時の時間とでは流れ方が違っている。それゆえ、ライブ中継で同じ時刻に複数人の視聴者が同じボクシングの中継を楽しんでいるものと前提とするならば、同じ時間を共有していると言えます。

同じ事象を同時に確認していれば時間は共有されるということですか?

>しかし、この同時刻に「ボクシングをしている人」とライブ中継を見ながら「団欒している人」とでは、時間の流れ方は違っていますから、そういった意味で「同じ時間は共有できない」ということになるでしょうね。

これは同じ観戦者は時間を共有できるがプレイヤーと観戦者では共有できないという事でしょうか?

その違いがいまひとつ理解できないのですが、どうして共有できるとできないに分かれるのでしょうか?

1年前 No.750

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

いつも、ひろさん  の意見は分かりやすくて、内容がきわめて深い。(笑

>749からひろさんは時間感覚をほぼ知っておられると思う。私は今日、ぶらっと散歩しながら考えたのですが、

睡眠中の時間はどうなるのだろうか?という愚かな疑問です。90年間生きた場合に実際に時間が流れたのは

50年間じゃないのか?という愚問です。存在と時間と意識と時間が脳裏に浮かびました。

「睡眠中の時間」についてはどの哲学書にも書いてありませんし、誰も述べていない。やはり時間とは存在である

と同時に時間とは意識でしょうね?主人公は「わたし」「我」であるのは分かりますが・・・・

1年前 No.751

ひろ @ponchi10 ★iPhone=hA8n0Tulbr

minaさん

>同じ事象を同時に確認していれば時間は共有されるということですか?


「同じ事象を同時に確認している」という事が条件であるならば、ボクシングの中継を見ていない人にとってはボクシングの試合が行われている時間が存在しないということになってしまいますね。
あくまでも、時間を共有している、ということは「何時何分何秒の出来事」という時点的認識が成立していることの条件を必要とします。

>これは同じ観戦者は時間を共有できるがプレイヤーと観戦者では共有できないという事でしょうか?


ボクシングプレーヤーは一瞬一瞬の瞬間の中で生きています。相手は次にアッパーかフックか、それともボディブローかということを考えながら選手はリングの上に立っているからです。私はこのような時間意識を「ボクシング的時間」と定義します。
それに対し、そのようなやり取りを外から見ている人にとっては、これは個人差がありますが、ボクシングをゆったりとした雰囲気で見ている人にとっては「ゆったり」とした時間が流れています。これを「団欒的時間」と定義します。
ボクシング的時間は一点集中的であり、そこには忙しさが付き纏います。対して、団欒的時間には緩さが付き纏います。従って、ある事象の変化に対する感じ方という点では両者は同じ時間を共有していません。もっとも、これは主観的な時間においての話であって、誰もが試合を観戦していて、選手はボクシングをしているという事象は客観的には時間は共有されています。

共有されてないのは、「今をどう生きているのか」と言った点です。なぜなら、「どうしてボクシングを見ているのか」ということと「どうしてボクシングをしているのか」ということとには各々経緯があり、各々の行動の結果に至るまでの過程には主観的な違いがあるからです。

「今ここ」でボクシングをしている人はこのリングで試合を行うまでの間にどれだけ苦しい思いをしてきたのかということを想像するならば、ボクシングをしている人にとってその試合に対する意識には重みがあります。それに対して、たまたまテレビを付けてボクシングを見ている人にとっては「ボクシングを見る」ことにはそれほどの重みのある理由は考えられないのではないでしょうか。もっとも、ボクシングをテレビで観戦している人がボクシングの試合に出ている人の親御さんだったり、友達だったりする場合は話は変わってきますが。

うさぎさん
例えば、200年の人類補完計画というものが計画されていて、そこでうさぎさんが被験者に選ばれたとします。うさぎさんは突然誘拐されてしまい、冷凍保存機の中に強制的に閉じ込められたとしましょう。そして、200年後にうさぎさんが目を覚ましました。さて、うさぎさんにとってのこの200年という時はなんだったのか、という思考実験をしてみたら理解が深まるのではないでしょうか。

客観的には200年という時が経ったが、うさぎさんにとっては(誘拐された時30歳であったのなら)200年も20年も2年も、区別もついていないような状態なのではないでしょうか。

ということを考えると、冷凍保存機に眠らされている時の時間というのは誘拐された時から何ら進展していないような時間の流れの中にいるのだと思います。

このことからわかることというのは、時間は「寝ている時」と「目が覚めている時」との比較が可能である状態としての現在、すなわち、「目が覚めた時」が基軸となって時間が「生成してくる」ということです。「目が覚めた私」が眠っていたことを思い出して、「眠っていた私」を発見するということが起きているということですね。
しかし、特別な事情がない限りそんなことはまず起きません。なぜなら、「私がこれから眠ること」は「私の眼が覚める」ことを前提とし、「眠る」ということと「目が覚める」ということとはイコール関係で結ばれているからです。ですから、日常的には「私」という存在は時間に対して結構鈍感なのですよね(笑)
というのも、無理くり考えれば眠った後に私が目覚める確実性なんてどこにも保証されてませんから。だからこそ、人間は自らの主観的な時間を「客観的な時間」で管理しなければならないのだと思います。客観的な時間とは主観の中で生きられる時間に対して抽象的であるような時間のことで、数値化された時間がそうです。この数値化された時間が私に「忘我の意識」を与えます。

1年前 No.752

ひろ @ponchi10 ★iPhone=hA8n0Tulbr

忘我の意識とは日常性への埋没のことです。ハイデガーが確か同じようなことを言っていたのを記憶しています。

1年前 No.753

mina @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

ひろさん
実に面白いですね。

時間に対する、経験というファクターが重みという干渉でここに変化する。

これは、ニューロンにおけるシナプスの結合にも同じことが言えると考えられています。

個体におけるニューロンの差はさほどないが、シナプス結合における重みは個体差が大きく、それが精神や思考、記憶の取り出し保管にも作用することで個体の意識をもつかさどっているのではと言われています。

それと時間が同じ理論で繋がれば、記憶と時間、思考と時間、意識と時間が同一の理論で説明できるかもしれません。

実に興味深いですね。

1年前 No.754

ひろ @ponchi10 ★iPhone=hA8n0Tulbr

minaさん
「重み」は「情報の豊富さ」と言い換えることができます。例えば、アニメは高画質で見た方が映像のありありとした感じが与えられます。ですから、記憶としても残りやすい。しかし、「どのような情報」が記憶として残りやすいのかということは、個体の主観的な傾向に左右されることもあります。例えば、ダウンロードアプリでダウンロードした音楽よりも、CDの方が、中身を開けたらどんなものがあるのだろうといった期待感だったり、CDという形あるものによってよりコレクション意識が刺激されたりする現象は、個体の経験してきたことに依存している面もあります。それゆえ、情報とは量的にも規定されますし、質的にも規定されます。

意識と時間、思考と時間との関係を仲介している「情報」という概念を明瞭化していくことで、より「時間とはなんなのか」ということへの理解を深めていけるのではないかと思いますね。

1年前 No.755

mina @mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

ひろさん

私の言った重みの意味はシナプス間における情報の伝達抵抗というか、どのシナプス間の伝達を優先するかの重みのことです。

時間から次の時間に繋がる場合、その繋がりに重みという事象が添加されることでその重みが変化し、それぞれの次なる時間軸が変化する。その変化を未来と呼ぶなら、人間が脳により物質や言語、画像などを認識する意識の差によって個々の時間軸も変化するという、ことが考察されるのではない。

意識において個人が個々に存在するとするなら、時間もそれと同じで個々に存在するものであって共有はしない。

共有している時間とは見せかけの共有であり、相対的に比べることで共有しているかのように見えているだけで、実際は時間は個々の意識により変化し、ここの意識と同じ次元に存在するものである。

この事実が、時間を長く感じたり、短く感じたりする個人差の意識によるものである。

その感じている時間は実は感じているのではなく、本当に長くなっていたり、短くなっているのだとしたら面白いですよね。

1年前 No.756

バン ★2w5GB3qXiV_cjE

そもそも時間なんていう概念は勝手に人が作り出したものじゃないのか?
もしかしたら、他の世界では存在しえないものなのではないのだろうか

1年前 No.757

うさぎ ★Tablet=cT88eYp8V3

確かに、時間の概念というものはその通りだと思う。しかし我々は人間で常識的には科学とか物理
で時間というものを知っている。我が家のオス犬が時間を知っているかどうかあやしいものですね。

所詮、時間って人間の言葉なのかもしれませんね?

1年前 No.758

★30JjgxOVKX_ZFe

いつ、どこで、だれが、なにをした。

言い換えると、

時間、空間、私が、○○をした。

これは、すでに存在している。

1年前 No.759

品川 美勇士 ★iPhone=jGDAOrPfY7

空間は、定まった流動的な次元。

時間は、各個体に存在する流動的な次元。

^_^笑

1年前 No.760

俺様 @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

各個体に存在するということは共有な存在ではないと言うことで。
存在しないという解釈も可能では?

1年前 No.761

品川 美勇士 ★iPhone=jGDAOrPfY7

時間という次元は共通しているのですが、今我々が使ってる時間は、地球の自転からある原子の振動数で時間を認識しています。

しかし、原子だって異なる振動数があります。
惑星だって、質によって周期が異なります。

例えば人間は80年は生きられるが犬や猫は、10数年です。
つまり、空間的次元は3次元に対し時間的次元は個体の中に無数にある。
といった所です。

1年前 No.762

@mina21 ★dWIa1WvV0K_M0e

>>762

それは時間というももは概念のみであるということになりませんか?

例えば、目の前にあるリンゴは個体として存在しています。

そして、リンゴは世界中に存在し、それぞれ、リンゴとして存在します。

しかし、はじめのリンゴはそのリンゴを指し、誰しもが認識できる固有のリンゴですが、後に出てきたリンゴは

どのリンゴの事を言っているかは判らず、誰しもが認識できるリンゴではなくなっている。

この場合の後者のリンゴは、リンゴそのを指すのではなく、リンゴと言う存在の概念的な総称に変わっています。

それを時間に置き換えて考えると、時間には前者が存在せず、後者しか存在しえません。

その事から、時間の存在は概念であり、実際には存在しないものではないでしょうか?

1年前 No.763

品川 美勇士 ★iPhone=jGDAOrPfY7

例えば、目の前にあるリンゴは個体として存在しています。
そして、リンゴは世界中に存在し、それぞれ、リンゴとして存在します。
しかし、はじめのリンゴはそのリンゴを指し、誰しもが認識できる固有のリンゴですが、後に出てきたリンゴは
どのリンゴの事を言っているかは判らず、誰しもが認識できるリンゴではなくなっている。

解:同種を混ぜれば、そうなりますね。
個体、個々に無数にあるとは、リンゴという種の中の同じ個体や同位体でも、個々に無数に存在するんです。
環境の変化によって個体の時間の変化もあります。

時間の存在の有無は、時の流れを認識する為にこの事象を時間と言う概念としているだけです。
だから、今は時間に関して科学的根拠はありません。
空間だって、まだありません。
まだ、目に見えない概念のレベルでしかありません。

1年前 No.764

mina-asobo @mina21 ★Tablet=LsADUPKYuX

まだまだ、未知の領域と言うことでしょうね。

1年前 No.765

品川 美勇士 ★iPhone=jGDAOrPfY7

未知は楽しいモノです。

いつも、つまらない日本社会の話題を見聞きするから、息抜きになります。

1年前 No.766

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

時間の本質って何だろう?と考えると面白いです。腕時計の短針か長針か秒針かカレンダーなのか等々・・・

私は秒針の動きが最も時間の本質に近いのじゃないかと思います。存在は時間だが、「時間とは秒針である。」  です

1年前 No.767

ハンドル ★p4qiG2AEOp_mgE

時間とは、記憶することが出来る生物が、在ると思える感覚ではないのか。生命(いのち)の死によって、記憶の仕組みは無くなり、時間の感覚も無くなってしまう。生命(記憶の仕組み)があって創めて、時間が在ると感知できる。記憶の仕組みにより、現在から過去を想像することができ、時間が在ると感知できる。一瞬一瞬で生きることは、記憶をしないで生きることであり、時間を感知しないであろう。生物の死によって、記憶の仕組みを有する生命(いのち)が無くなり、それと同時に時間を感知できなくなる。

記憶の仕組みにより、現在から過去を想像することによって、時間が在ると感知できる。生命(いのち)があっても、記憶しないで一瞬一瞬で生きることは、記憶をしないので、時間を感知しないであろう。死という生物としての物体の崩壊によって、生命(いのち)が無くなれば、記憶の仕組みが無くなり、時間感覚も無くなってしまうだろう。

生命(いのち)のない物質だけの世界では、物質は刻々と変化し、過去が現在に内包されてゆく。過去は、現在のモノと一体になる。物質だけの世界では、過去と現在を比較することが出来ないから、物質だけの世界では、「時間は知り得ないこととなる」。しかし、物質がある限り、時間は在るはずだ。だが、生命(いのち)が有する記憶の仕組みで感知する時間は、「今」しかない存在しない時間だと考えれば、生命(いのち)が有する記憶の仕組みで感知できる時間は、『幻影』かもしれない。

1年前 No.768

ハンドル ★PJlXBtax92_mgE

>>768 の改訂版

時間とは記憶の仕組みを有する生物が、在ると感知できる感覚ではないのか。生命(いのち)の死によって、記憶の仕組みも無くなり、時間を感知することができなくなる。記憶の仕組みがあって初めて、時間を感知することができる。記憶の仕組みにより、現在から過去を想像することができ、時間が在ると感知できる。一瞬一瞬で生きることは、刻々と変化する時間そのモノとなり、時間を感知することはないであろう。死という生物としての物体の崩壊によって、生命(いのち)が無くなれば、記憶の仕組みも無くなり、時間を感知することはできなくなる。

生命(いのち)のない物質だけの世界では、物質は刻々と変化し、過去が現在に内包されてゆく。過去は、現在と一体のモノとなる。物質だけの世界では、過去と現在を比較する記憶の仕組みを有し時間を感知できるモノが存在しない。しかし、物質がある限り、時間は存在するはずだ。時間は刻々と変化するモノだ。たとえ、生命(いのち)が記憶の仕組みを有していても、時間が「今」の瞬間のみのモノであるならば、過去は現在と一体である現在に内包されたモノだから、過去はもはや存在しないことになる。

記憶の仕組みを有する生命(いのち)が感知する時間は、『幻想』かもしれない。

生命現象は生命(いのち)の発生とともに生じ、生命(いのち)の死とともに消滅する。同様に、時間現象は物質の生成とともに生じ、物質の消滅とともに無くなる。何を持って生命(いのち)とするのか。何を持って物質とするのか。両者ともに不明である。しかし、生命(いのち)も時間も現象という意味においては同じであろう。物質の存在とともに生じる時間は、生命(いのち)を内包している。

1年前 No.769

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_A7b

「祈りは時間の中になく、祈りの中に時間がある。犠牲は空間の中になく、犠牲の中に空間がある」
(M・ブーバー『我と汝・対話』(植田重雄訳)、岩波書店、1979年、pp.15-16)

1年前 No.770

宿題 ★5z6bVAmgS3_BXv

時間は生きてきた長さに比例します・・

長く生きれば生きるほど速く時間が過ぎます・・

小学生でも習いますよ。

道のり÷時間=速さ

生きてきた時間の長さ÷普通の一定の時間=生きていく速さ

1年前 No.771

ひろ @ponchi10 ★iPhone=hA8n0Tulbr

某法律のできる相談所の元司会者がいうには、時間が過ぎるのを速く感じるようになるのは既知のことが増えるからだそうです。つまり、経験を積んできた分大体のことがわかるようになったということですね。

1年前 No.772

ハンドル ★USOxj9mhCc_mgE

>>769 の訂正。

文章の中程の終わりの部分。

>・・過去は現在と一体である現在に内包されたモノだから、・・


・・過去は現在に内包されたモノだから、・・
に訂正します。

文章の最後の部分。
>何を持って生命(いのち)とするのか。何を持って物質とするのか。


上記文章の「持って」は誤字でした。正しくは、「以て」です。

1年前 No.773

宿題 ★hxYn2UbX46_BXv

ハンドルさん

時間も地球が軌道を正確に回っているので規則正しいです。

意志が自己意識を円環すれば自分の軌道を確保して自己から放り投げだされることは無いと思いませんか?

1年前 No.774

ハンドル ★fmlxftV1fu_mgE

☆ジャネーの法則☆
子供の頃の時間は長かったのに、大人になってからの時間はとても速く過ぎ去ってしまう」と感じている人が、多いのではないだろうか?
この原因について、一例をあげてみよう。10歳の子供の1年間は、10歳の年齢からすると、10分の1の長さである。一方、100歳の人の1年間は、100歳の年齢からすると、100分の1の長さでしかない。この比率が心理的な時間の評価になっていると主張するのが『ジャネーの法則』だ。

その他、新しい体験の量が時間を長くし、過去の体験と同じようなことが多いと、あとで回想しても記憶の量が実質的に少なくなり、時間を短く感じてしまう。

あるいは、心理的な時間と記憶との関連は、「海馬(脳の中で記憶の形成に関係する部位)の中を、どれだけ記憶すべき情報が通過していったかが、私たちが思い出す時間の長さを決めると指摘する人もいる。

1年前 No.775

ハンドル ★BxEdMYBRno_mgE

『月日は百代(はくたい)の過客(かかく)にして 行きかふ年も また旅人なり』

松尾芭蕉(奥の細道)より。

The moments and days are the travellers of eternity. The years that come and go are also voyagers.

1年前 No.776

宿題 ★hxYn2UbX46_BXv

ハンドルさん

時は金なり・・しかし光陰矢の如し・・

お金より時間が大切だと思います・・

余計なお金のために時間を失っていると思います。

1年前 No.777

ハンドル ★10xIjM27lV_mgE

>>777 宿題さん。

ブラボー ブラボー フィバー。ボナンザ。大当たりの番号ですね。

1年前 No.778

宿題 ★hxYn2UbX46_08J

ハンドルさん

気付きませんでした・・

ここで幸運を使い果たすわけにはいきません・・

天国も地獄も見ないで淡々と・・

1年前 No.779

ハンドル ★10xIjM27lV_mgE

>>779 宿題さん。

Time is money.

1年前 No.780

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_GKj

 時間にとって本質的なのは「待つこと」である。もしもこの「待つこと」に欠いて時間を捉えるならば、それはベルグソンの言う持続に欠いており、空間的なイメージのもとで時間を捉えていることになるだろう。「待つこと」は空間的なイメージ、すなわち数直線上で表されるような時間のイメージには還元されない。そこには人の生きた営みがある。一方で空間的なイメージのもとで捉えられた時間から、人の生きた営みが見い出されることはないだろう。「待つこと」を本質とする時間は「生きた時間」とでも呼べるものである。そしてこの「生きた時間」から見れば、空間的なイメージで捉えられた時間は、「死せる時間」とでも呼べるものだろう。
 時間にとって本質的なのは「待つこと」である。すべては一挙に与えられない。人間的な真理にはつねにドラマが伴う。無機質な流れをベースに多様なものがつけ加わるのではない。あたかも劇のように、多様なものが場面を展開していく、その営みそのものが時間なのである。だから時間には独特な緊張と弛緩が伴う。

1年前 No.781

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

時間の本質を待つことと言われたが、私には分かりません。私は途切れなく経過し続けることだと思うの

ですが?時間には過去現在未来がありますが、私は時間には自由があるではないかと思っています。

1年前 No.782

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_GKj

 時間は無感動な現在の堆積ではない。したがってつねに、過去現在未来と数直線上に投影できるイメージのように流れるとはかぎらない。「待つこと」とは可能的なものが現実に到来するまでの「間がある」ということである。

1年前 No.783

うさぎ ★NV90AsC0hA_UHY

数直線上・・・限らない。  到来するまでの間がある・・・。  面白い見解ですよね

でも、それは理解できます。私は他に「自由の定義」というものを時間に求めたわけです。

私は時間というものを「流れつつある」ものと理解しています。

1年前 No.784

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_GKj

 自由には有限なものと無限なものがある。有限な自由とは社会的なものであり、ある一定の制約のもとで自由であることを意味する。一方で無限な自由とは無差別なものであり、何らの制約も受けることなく好き放題に自由であることを意味する。この二つの自由の差異は、たとえば、目の前にいくつかの選択肢がある場合に顕著となる。有限な自由とは、選ぶ自由であり、同時にそれは他のものを選ばないという自由である。だからそこには責めが伴いうる。「なぜあのとき、私は他のものを選ばなかったのか」という責めが伴いうるのである。一方で無限な自由とは、どの選択肢も根こそぎ選びうるという自由であり、そこには他のものを選ばなかった責めなど存しないことになる。
 有限な自由は責めを伴いうるかぎり、それは自由の主体である私を唯一性、すなわち「かけがえのないもの」として目覚めさせうるものである。なぜなら、私に対し代えが効くのなら、私は何も責めを負う必要などないからである。その意味で責めとは、私が私から逃れられないことにもとづいている。この逃れられなさが唯一性を構成することになる。
 一方で無限な自由の主体は、このような唯一性に欠くかぎりで、まったく宙に浮いて孤立した、抽象の産物にすぎないことになる。つまり、無限な自由の主体である私は、代えの効くものであるということになる。このとき私を私たらしめる唯一の契機は、欲求であり、しかもそれは一般的な欲求である。無差別に選択しうる自由のもとで、欲求は無限に高まることになる。なぜなら、欲求が欠如にもとづくものであるかぎり、この無限な自由の主体である私には、代えが効くという意味で、全否定が適用可能であるので、全面的な欠如が私に属しうることになるからである。この全面的な欠如によって、欲求は他ならぬ自分自身を穿ち深めることになる。

 時間を「待つこと」として捉えるとき、その待っている間が、他ならない責めのための時間へと転じうる。言いかえれば、可能的なものが現実化するまでの間が、責めへと転じうるための時間として与えられる。もしも仮に、この「待つこと」を無視して時間を捉えれば、責めへと転じうるための時間があらかじめ排除されることになり、残るのはただ、無限な自由の主体、すなわち代えの効く抽象の産物としての主体による、無差別な根こそぎの選択のみであることになる。この根こそぎの選択は「今」の連続として現象することになる。すなわち何かを待ちわびる未来や悔いる過去が現象しないのである。それによって、未来や過去が本質的には現在と等質なものとなり、待ちわびることや悔いることとしての現象が単調な流れに還元され、挙句の果てに、そのような実存範疇は記述の対象にならないとまで主張されるに至ることになる。

 問題は時間が現象に付随するものにすぎないのか、あるいは時間とはあらゆる現象の根底に位置し、それを現象たらしめるものなのか、ということである。前者の、時間が現象にとって付随的なものにすぎない、という立場に立てば、「待つこと」という現象は、時間によらずとも、他の概念の助けを借りて、十分に記述することができるだろう。しかし、この「待つこと」を他ならない時間の範疇と捉えるならば、これを記述するには、単調な流れとしての時間、数直線上に還元しうる時間というイメージを破棄しなければならない。つまり等質な空間上に時間のイメージを布置するのではなく、私たちの生きた営みにおける歪な場に時間のイメージを布置し直さなければならないのである。
 自由にとって時間が問題であるのは、時間が自由を与える間だからである。言いかえれば、「時間がある」、つまり時間が残されていることにおいてはじめて、自由が主題として浮上してくるからである。さらに問題なのは、この自由の名のもとで、本来なら自由の前提にあるはずの時間が新たに、空間的なイメージに布置され直されるということである。時間の本質に「待つこと」があると主張することは、この時間を新たに空間的な、つまりは数直線上のイメージに抽象化し直す試みが、行き過ぎた抽象化ではないかと疑義を唱えることに等しい。この時間の平板化によって、たとえば希望といった躍動感のある現象までもが平板化されてしまい、人間的なものが経済的なものにまで還元されてしまうのではないか。というのも、人間的なものは希望にもとづいているからであり、逆に平板化された経済的なものは、ひたすら欲求にもとづいて自らの「領土」を拡張していくことに本旨があるからである。

1年前 No.785

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_GKj

時間も空間も人間も「間」なんだよな。

間、つまりはスペースなんだよな。

スペースであるかぎり、何かとの間隔なんだよな。

その空隙を満たすものはいろいろあるけれど、

その実態は空隙なんだよな。

1年前 No.786

宿題 ★hxYn2UbX46_a2e

今日のニュースです・・

アインシュタインは、音波の波長が伸び縮みすることで通過する列車の音の高さが変化するように聞こえるのと同様に、

大きな重力によって光の波長が伸びる可能性があると予測していた。


今回の実験で・・これが正しいらしい・・

時間の伸び縮み?

1年前 No.787

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_kE1

「時間がある」とは、意識がある、ということであり、まだ消失すべき自己が残っている、ということではないだろうか。

このように考えると、ぼくの時間観では、時間は円を描いていることになる。時間は自己の消失への気づきへ向かって、様々な人生経験をつうじて流れ、ある地点で「得体のしれない何か」との和解、すなわち自己の消失へと至る。でもまた、その無になる瞬間から、迷いや願望が生じ、ふたたび人生が始まる……

今ぼくはこの固定観念に縛られています。

レヴィナス『全体性と無限』の一節にこうあります。

>知の最終的な意味は、<他者>の現前をまえにして自己を問いなおすことであり、自己以前へと回帰することなのである。

この一節が好きです。

11ヶ月前 No.788

うさぎ ★0jAAcdRpFv_UHY

時間⇒意識    他者の現前⇒自己  本当にその通りだと思います。時間とは公共的なる同時性であり

みんなに公平なものだと常識では思われている。「今何時?」と「腕・柱時計」が時間のすべてであると・・・

A点からB点へと移動します、点から点ですね。その間はどうなっているのでしょうか?人それぞれ?

5千億人いたら5千億通りの時間感覚??

9ヶ月前 No.789

久住哲 @flyonbody ★iPhone=EWKnAVh1q8

http://mb2.jp/_tetsugaku/971.html-369#a

zeitlichという言葉は宗教的な意味で用いられることがある。vergaenglichとかirdischという意味で使われる。すなわち、儚いとか、地上的とか、そういうこと。

これの反対はewigかと思われる。これはunvergaenglichとかzeitlich unendlichとかの意味で使われる。すなわち、永遠とか、無限とか、終わりがないということ。

逆に、zeitlichということはendlichということであり、すなわち有限だということだ。いずれ終わってしまう儚いものが、「時間的なもの」だということ。いずれ死ぬ人間というものは、儚く有限で虚しい時間的な存在者だ。

ところで、儚いとはどういうことか?

それは、まず、積み上げてきたものが無意味になる可能性に晒されているということだ。シンプルに考えると、いくらお金を貯めても死ねば使えない。お金を積み上げることで、どんどん生活の確固さは増してゆくが、死はそれを台無しにする。常にそういう無価値化の可能性があるということ、これが一種の儚さであり、虚しさでもある。

そう考えたとき、お金を積み上げてなにになるだろうと虚しくなることがあるかもしれない。(知識を積み上げてなにになるだろうと思うこともあるだろう。)このとき、この言葉は、なんらかの結果を気にしている。そして、この結果が、無であろうと思ってしまっている。すなわち、どう転んでも結局は、死。どうせ全ては自分から失われる。それなら最初から、全ては無いのと同じではないか。このような、果(はか)の無さが、「はかなさ」である。

いずれ俺は死ぬ。これは俺を鬱にする。

しかし喜びのとき、俺は「もう死んでもいい」と思う。

死んだら、俺の積み上げてきたものが無になる。少なくとも俺にとって全て失われることになる。けど、もう死んでもいい。ということは、俺の積み上げの結果が出たということだ。もう頂点に達したので、終わってもいい、死んでもいい。これから死んでも、無価値になり下がるものがもはや無い。ある意味で、それらはもう価値を発揮し切ってしまった。

ところで、その頂点というのは何なのか?

それは、これまで積み上げてきたものが、その瞬間のためにあったのだというように思えるような、瞬間のことだ。その瞬間が、自らの既往に意味を付与する。そのようにして、過去は救われる。

そして、俺たちは、積み上げてきたものの上で生きている。(自分が積み上げたものなどわずかだ。先人たちの積み上げてきたものは、その真価を忘れられながらも、俺たちを支えている。)それらの意義が回復されることになる。

どうして「いずれ死ぬ」と思うと気持ちが落ち込むのに「もう死んでもいい」という境地のとき人は明るくなるのか。

まだ死んでないけどいずれ死ぬと思うと暗くなるのは、なぜ積み上げるのか、その理由がよく分かってないからだ。虚しく積み上げているわけだ。もしも、積み上げる理由がしっかりとあれば、その営為は虚しくないだろう。ただし、理由があるならば、その積み上げの価値は有限だろう。

無限の価値を求めるとき、人は虚しくなる。

9ヶ月前 No.790

地下水 ★lHRYPNADL9_Tbw

>>790  人は御金を持っては死ねない。老化して呆けて、入院する事になったら、入院費に御金が必要になるだけで、もう好きには使えない。やがて延命治療に御金が必要になるだけである。それよりも多く貯蓄しているのならば、それは恐らく、大きな地震で建物が壊れた時に、建て直すための、予備費であったのであろう。堅実な人はそこまで責任を感じて貯蓄している。そうして使わずに済んだ御金は、子供や後進に引き継がれたら良いと思って亡くなって行く。
 そんな節約家の老人に言いたい。少しは御金を使いなさい。好きな美味しい物でも食べなさい。御寺参りや観光にでも行きなさい。年寄り同士で心配なら、若い人に御金を少し御金をあげて連れて行ってもらいなさい。好きな趣味や分野の本でも買いなさい。冥途の土産になりますよ。せっかくの老後ですから、楽しんで死になさい。散歩しなさい、お風呂に入りなさい、喫茶店巡りでもしなさい、冬はエアコンが要らないくらい温かい軽い服を買いなさい、夏は庭いじりをしなさい。
 もっともっと一緒に、御寺参りや観光や食事に行きたかったね、お母さん。

9ヶ月前 No.791

地下水 ★lHRYPNADL9_Tbw

>>790  戦争時代を生き残って来た、老人には、贅沢が敵なのである。そのつらい時間を生きて来た人間にとっては、そうなのである、基本的な精神構造が違うのだ。

9ヶ月前 No.792

うさぎ ★0jAAcdRpFv_UHY

時間とはなにか? 多くの人々が議論してきた問題ですが、わたしは時間とは「私が見ることである」という以外に

ないです。つまり視覚とか視像ですね、目・眼といってもいいと思います。これは「時間とは存在である」にも

つながっていくと思います。私が見る存在は1秒を無限に二分する時間が流れていると思っています。

そのような細かい時間がわたしの前に展開しているのです。ゆえに、「時間とは眼である」ということです。

9ヶ月前 No.793

空の光 ★bOZaY9x47z_m9i

時間・・・

大自然・・・宇宙に流れる時があるのかもしれません。

それとは別に個人個人が感じ取る時間。
だから、時の流れに遅速を感じるのかもしれません。

生きてる人の中に流れる時間。死んだら時が止まるのか?
いや、死んであの世に逝ったら時間はあの世の時を感じ取るかも。

あの世の時がどう流れているのか。
よく予言をする人がいますが、あの世の時の流れを見てるのかもしれません。

この世ではどうあがいても未来は未だ来ないし、過去は過ぎ去ったものですから。

あの世の時の流れ・・・どう感じれるんだろう。
あの世が時間をストップしてしまったら・・・この世の時も止まるかな。
あの世の時・・・どうやって進んでるんだろう。

それが分からないとこの世の時の流れも分からないかも?

9ヶ月前 No.794

うさぎ ★0jAAcdRpFv_UHY

時間を論ずる場合、普通は未来・過去・今 が話題になる場合が多い。今とは現在である。
そのうちでは今が一番大切であるのではと思う。今というのは、その同時性から無限に
あるわけであるが、「私の今」は唯一ひとつである。ゆえに独今論として重要といえるのでは?

9ヶ月前 No.795

空の光 ★bOZaY9x47z_m9i

*過去や未来を変えれる存在があったら、
*この世は何度も作り直される?
*最後の審判というものがあったら・・・
*今日まで何度も変えられてきた時間、
*それが最後の今を動かしてるのかも。。。
*デジャビュ・・・何度目かの時だからあるのかもしれません。

9ヶ月前 No.796

うさぎ ★0jAAcdRpFv_UHY

今・ここ・我  が実存と言われている。「今」はみんなに与えられるが、「ここ」は我(私)のみの観念である。
結局は、わたしとか我というのは「ここ」にあって未来とか過去にあるのではない。

今というのは時間ではあるが、ここは私なのである。

9ヶ月前 No.797

空の光 ★bOZaY9x47z_m9i

過去・いま・未来

時は流れてゆく
今は過去へ過ぎ去り
今は未来から来ようとしてる
それは止まることのない時間

時の継ぎ目を感じることなく過ぎてゆく
映画などのフィルムは1コマ1コマ枠が在る
枠は越えられない

この三次元と思ってる現在・・・
場所によって異次元空間(霊界)なのかも
個人も異次元空間を宿してる

そして類は友を呼ぶで、人が場所に吸い寄せられるかな
場所に興味を持ったりする
そして時に流されていく、その場所の持つ時間に・・・
発展してるところは速度が速い、暇な場所は速度が遅い。

有意義な時間、無意味な時間。
人を呼んだ場所は、呼ばれた人の向上に左右される。
その場の霊界を越えるのは不可能かも知れないが・・・
その場の霊界の遅速が変わるほど、変えられたらすごいだろう。

今までそんな事があっただろうか・・・
これからはそんな世の中になるのかも。
なるだけ良い場所に存在できるようにしなきゃ。
それには心(魂)を綺麗にしなければ。。。

9ヶ月前 No.798

宿題 ★eM1n2yJmTo_Tbw

小学生でも知っていると思います・・時間はかんかく・・

道のり÷速さ=時間

たったこれだけのことです・・

9ヶ月前 No.799

空の光 ★bOZaY9x47z_m9i

宿題さん

確かに速度も時間も距離もお互いで表せられる。

時間を速く感じたり、遅く感じたりするのを形で表せられたら凄いですよね。

9ヶ月前 No.800


ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる