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概念としての精神疾患とその治癒の可能性

 ( 哲学掲示板 )
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すめん @levinas ★iPad=4y2yLxnt9F

病気の概念はそれが生成すると同時に、
治癒の概念も生成してこなければ意味がない。

統合失調症という概念には、
いまだ治癒の概念が欠けている。
現状では薬物療法が限界であり、
しかも完治することはなく、
一生薬を飲み続けなければならない始末である。

あるいは統合失調症には、
「完治しない」という定義が
内包されているのかもしれない。
しかしそれだけでは、
単に社会から逸脱した者を
病気というカテゴリーに押し込むだけである。
概念として病を設ける場合、
そこに治癒の可能性がなければ、
その概念は当事者を救うためにあるものではなくなる。
治癒の可能性がなければ、
単に「厄介者」をひとところに
押し込めるためだけの装置としてしか
概念は機能しない。

統合失調症にとって、
何が完治と言えるのだろうか。
それは同時に、健常者とは何か、と問うことである。
常識を取り戻して、
社会復帰することが完治なのだろうか。
それとも、当事者が
症状に悩まされなくなることが完治なのだろうか。

とはいえ、
数十年前に比べて、精神疾患にまつわる偏見は、
だいぶ変化してきた。
座敷牢に閉じ込められていた頃を思えば、
今の時代に精神疾患と診断された者は、
まだマシである。

だからこそ、
もう一歩踏み込んで、
統合失調症を「完治する病」として、
考える道が切り開かれなければならない。

病気と治癒の概念を対にして、
治癒の可能性について考えましょう。

ちなみにこのテーマは、
哲学と精神病理学を横断しています。
ドゥルーズやフーコーの研究領域なども考えると、
哲学掲示板で議論されてもおかしくないテーマだと思います。

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地下水 ★KATHFaYqOw_TnX

>>0
御寿司を食べに行くとか、ワタリガニのスパゲッティーを食べに行くとか、DHAやEPAなどを増やして、脳の成分を改善すると良いでしょうね。学究の人は案外脳の栄養に無頓着で、カレーとコーヒーで済ましたりしてますからね。

それからネットや図書館などで調べたり、できれば好きな分野の大学の講義を聴講しに行ったりして、独学の研究を深める事ですね。独学はこの上ない楽しみであり自分の問題意識の探究になりますが、頓挫したり進まなくなった時に、どうできるかですね。ある程度進んだら、ネットで発表して、意見を聴いてみるのも良いですね。

また独学は引きこもりがちになりますから、テレビを見たり、御風呂に入ったり、散歩に行ったり、良い御寺の庭を拝観に行ったり、哲学の道を歩いたり、喫茶店に行ったり、プールに水泳に行ったり、ネットで音楽を検索して覚えて歌ったり、運動したり視点を変えたりする事が、精神衛生上良いですね。

25日前 No.1

すめん @levinas ★iPad=yobASV48iU

ドゥルーズは哲学を
「概念を創造する営み」と定義した。

このことがいかに難しいかを、
今回このテーマで思い知った。

概念を創造するとは、
きっと社会的な要素も含まなければならないのだろう。

そのためには、やはり引用などを重ねて、
テクストから論拠を示さねばならない。

それがめっちゃ苦手なんだわ・・・。

25日前 No.2

ズルい彗星 ★Android=Aq0PbBKHwm

アメリカの論文を基準とした国内治療わ根拠も処置も間違っていることに 周りを見ることで気がつこう

23日前 No.3

地下水 ★KATHFaYqOw_TnX

>>0  社会的な環境で自己の一貫性が保てなくなった時、ストレスに対する耐性が足りないと、精神疾患や病変に至る様ですね。例えば自分が好きで勉強してきた事と、仕事との間に大きな断絶がある時。また仕事を続けて来たが、向上性が保てなくなり、仕事が難しくてついて行けなくなった時。また仕事を変わったりして、仕事と仕事との間に大きな断絶がある時。

社会や個人の要素として、専門教育、専門職、終身雇用、向上性、ストレス耐性、などが精神疾患などをまねかない為に、必要である様です。

20日前 No.4

地下水 ★lHRYPNADL9_TnX

>>0  数学や論理には、論理的な整合性がある為、ある種の万能感覚が得られて、自分にも万能性があるかのように錯覚します。それで実際の仕事をおざなりにしてしまい、仕事を転々として、精神疾患に至るわけです。自分の精神というのは感じているほどに器用ではないのです。仕事にある実際に役に立つという因果関係の方が、数学や論の因果関係よりも生活に必要である事が理解できず、おざなりにしてしまうのですね。

20日前 No.5

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=vyc0FF9jKf

統合失調症は薬物である程度は治療できる、ということは、健常者を健常者たらしめているのは、体内で正常な化学反応が起きているから、といえるかもしれない。統合失調症の抗精神病薬は過剰な脳内の精神伝達物質の遮断を行うことで幻覚などを抑制する。神経伝達物質か受容体が過剰なのか、わからないが、脳内の化学反応が薬物の助けなしには正常範囲に収まっていないということだろう。

19日前 No.6

地下水 ★KATHFaYqOw_TnX

>>6  仕事に納得がいかなくて、仕事を軽視して、仕事を転々と変わると、新しい仕事や環境に順応する為のストレスが高まり、神経過剰になって、精神病になるのでしょう。
 自分の好きな勉強をコツコツと続けて趣味としてネットで発表したりしながら、生活の為の一つの仕事を続けて習熟すれば、神経過剰になって、精神病になることもないのでしょう。

19日前 No.7

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Tablet=vyc0FF9jKf

>>7
外的要因に影響を受けて乱れた体内の化学反応に対し、自発的に休むという外的要因を作り出し、体内の調整機能を働かせる必要があると。身体の発する危険信号を察知したり、休むというアクションを起こして、サイクルをまわせるのが健常者?
ともかく頑張りすぎてはいけないってことですね。

19日前 No.8

地下水 ★KATHFaYqOw_TnX

>>8  頑張り過ぎる必要がある時は、何か簡単な基本的な解決法を見落としていて空回りしている可能性があります。そういう場合は基本を学び直す必要がありますが、基本なのでそれ程手間をとりません。また、自分の手におえず頑張り過ぎる必要がある仕事が来た時は、パスするのも適当です。しかし仕事の職場自体を変えてしまうのは、余計にストレスになりますから、仕事は転々と変えてはいけないのでしょう。人間の脳はミエリン化しますから、複数の仕事を転々と変えると、習熟しない場違いな仕事の内容がふくそうして神経回路が出来上がってしまうので、仕事に合わない神経回路ができあがってしまい、その職場で役に立たない人間になり、精神病になってしまうのでしょう。

 健康には、身体の健康や、精神の健康の他に、社会的な健康という、非常に大切な要因があります。社会的に上手く行かないと、これが不健康になる大きな要因となるので、WHO国際健康機関などで、最近良く因果関係の研究がなされて、身体と精神と一体感のある一貫性のある仕事そのものが、精神病の回復に必要な原因であり要件とされています。

19日前 No.9

@bossbitter☆KjCIokkjh3la ★Android=JfrgYTOP0P

>>9
健康の社会的決定要因、でしょうか。環境や習慣が健康に関係するという内容ですね。社会的要因により良いミエリン化、臓器の働きが継続すれば良い結果をもたらすし、負のサイクルが自浄作用超えて継続すれば破綻が生じると。

>>0 に戻り、かなりドライな言い方になりますが人間はタンパク質でできた機械だ、みたいな意見をもっています。健常者は仕様通り、仕様の範囲内で動いていて、仕様外だと認識すると仕様内に戻って(逃げて)故障予防することができる。統合失調症は治療可能であるなら仕様通りに仕様外で故障した、と言えるし、その病状である病識がない、を考慮すると、自分の仕様がわからない(無理をして変調をきたしている)から更に故障する、ということではないでしょうか。

19日前 No.10

嫌われ霊夢と嫌われ魔理沙 ★fofH1MgenE_keJ

すいません

現在は統合失調症は『治る病気』です。

出典『今日の治療指針2018』参照

19日前 No.11

地下水 ★KATHFaYqOw_TnX

>>11  だから社会的な要因が整わないと、身体的に問題が無くても、全然精神疾患は治るものではないのです。適当な家族や、適当な仕事や、適当な学習などの環境がないと、治らないのですよ。WHOは、そこまで必要である事を精査したのです。

17日前 No.12
ページ: 1

 
 
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