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デカルト論破

 ( 哲学掲示板 )
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ホントウの真理を発見した者 ★6OvwWdGjSD_fNh

「我思う、ゆえに我あり」と我思う、ゆえに…

俺「いつまで続くのですか?」

デカルト「無限に続くよ。だからこそ思う主体、そう、我だけが残り、我が存在することが確実なんだよ。」

俺「でも、無限に続くって確認できなくないですか?無限に疑った人っているんですか?無限って疑わしくないですか?」

デカルト「あっ…えっと…。」

俺「論破ああああああああああ!」

メモ2018/09/29 22:53 : ホントウの真理を発見した者★rdiOR01yVt_rxQ

☆追記です。最初に読んでください。☆


デカルトは、「我思う、ゆえに我あり」を絶対に疑えない真理であると主張しました。さらにそのうえで、その真理を哲学の第一原理(公理)として定めました。


この「我思う、ゆえに我あり」という表現の本質とは、すべてを疑っても、疑っているそのもの、すなわち「疑っているこれ」の存在は絶対に確実であり、その上で、「疑っているこれ」を「我」と呼んでいるのです。すなわち、


デカルト

@疑っているこれは、絶対に存在する。

A疑っているこれとは、我である。


なのです。


さて、ここで、「疑えない」の否定は「疑える」です。


そこで私(ホントウの真理を発見した者)が、


ホントウの真理を発見した者

@疑っているこれは、絶対に存在する。

A疑っているこれとは、何なのか?。我なのかもしれない、葦なのかもしれない、幻影なのかもしれない、という疑いが残る。


という疑いを発見し、疑える事実を確認しました。


したがって、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」は、絶対に疑えない真理ではありません。


以上が成り立つ根拠を次のとおり説明します。


まず、説明に先立ち、理解の統一のため、デカルト著の方法序説から「我思う、ゆえに我あり」の部分について引用します。(デカルトの記述順になるように番号を振っています)

『デカルト 著(谷川多佳子 訳),「方法序説」,岩波文庫,1997年』より引用(一部抜粋)


引用開始

…続きを読む(97行)

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ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>>987  SumioBabaさん

はあ、なるほど。
>>989 を読んでも、やっぱりMobiusさんにも理解してもらえないみたいなんで、飲茶さんに対する批判はもうやめたほうがよさそうですね。
キャロルのパラドックスについての、
SumioBabaさん&ふくろうvsスレ主さん
については、どちらが正しいかという意味では、最初から私としてはわかっているので、
どちらが正しいか決着をつける、という意味では関心ありません。
私からすると、スレ主さんは、もう死んでいるのに自覚なく,まだこの世をさ迷っている亡霊みたいなものなので、私としてはそれを自覚させて成仏させる死神の役割だと思っております(笑)
でもこの亡霊はこの世に対する執着が強くて、自分がもう死んでいることになかなか気づくことができないみたいです。

また、「あたりまえじゃない」というスレ主の真理の主張については、私自身の考えはもう述べましたし、キャロルのパラドックスについて話をするほどの価値がそもそもないので、この問題については私のほうが、SumioBabaさんのようにあまり議論する関心がないんですよ。

1日前 No.991

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>981  スレ主さん

>サッカー≠哲学

>論理≠哲学

>これを理解していないで、ルール、規則だと連呼しているザビビのふくろうさんの意見は全て間違い。


いちいち反論するのもばかばかしいのでほおっておこうと思っていたんだけど、質問もしてるから一応言っておきます。

言うまでもなく、これらがそのまま等しいということはない。
でも、これらを
言語ゲーム:規則(ルール)に従った行われる人間的諸活動
という一般的観点から、これらはすべて哲学的に考察されているんだよ。
君は知らないようだけどさ。
つまり、
 ゲームの成立条件であるルール
 ゲームにおけるプレイを規制する行為規範
といった観点から
  論理・計算・言語的コミュニケーション(言葉の意味)・その他さまざまなゲーム
の考察を通して
「規則に従うこと」
という抽象的問題が論じられている。
そういった哲学的議論の中で、キャロルのパラドックスはよく取り上げられているわけ。

私はそういった哲学的議論を前提に、自分の論を述べていると、そういうことなの。
だから、哲学はサッカーではない、ってことがわかっていない、なんてアホなことは言わないでね。

1日前 No.992

エト ★Tablet=K7dXnwfyva

>>958

>とある大学職員さんように邪魔ですね。


記録、8時間44分19.04秒!!

「打ち切る」とか大層偉そうなこと抜かして、
惨めに逃げ去った癖に、
たった1日も我慢出来てねえじゃねえかよ笑
痛々しいほど小さいなこいつは。

【ダサいポイント】
その一、直接ではなく間接的に煽り返している。
その二、とある素人さんへの煽りである体を装って、間接的に煽り返している。
その三、「打ち切る」とドヤ顔で抜かして、我慢できたのはたったの8時間
その四、得意の煽り攻撃を幼稚だと一蹴されるや「これも作戦のうち」と後付けの苦し紛れの言い逃れをし、その言い逃れをも無意味であることを私に実演されるやいなや、「煽るのは邪魔ですよね」とコロッと掌返し。
その五、「煽るのは誰かさんのようにじゃまですよね」という鮮やかなブーメラン発言。

まあ黙って逃げる気がないならこれをどうぞ。

来年のノーベル賞を受賞した。
→とんでもない大嘘。ジョークにしてもセンスがない。痛々しい思春期の妄想。私もネットニュースで来年の候補すら決まっていないという記事を読んだ。ネットで調べれば幾らでも証拠が出てくる、バレバレの大嘘。さらに、そもそも哲学者の受賞は現在の規定上ありえない。それすらも知らない自称官僚。これがバレてしまうのが怖くなって、最近では「ここに書き込むのは年内までにします」と必死に逃亡宣言。来年、嘘が公になった時、ここでスレ立ててお祭りしてあげるよ。お楽しみにね。

真理は思い込みの彼方にある!
→嘘らしい。本人が一番それに背いている。本人が思い込みだらけの発言をしている。(削除報告は何時何分ってところまで分かるはず!お前は同一人物だ!等、ほか多数)

哲学者の権威を借りるな!
→これも嘘らしい。最近では本人がヒューム(既に破綻した懐疑論)や中島義道先生を盾にしている(全く無意味なのに)。いちいち「ヒュームと同じ」などといった痛々しい飾り文句をつける様子は滑稽極まりない。

中島義道先生に認められた!
→そもそも証拠が1つも提出出来ないため検証不可。よって全く無価値の妄言。十中八九嘘。本当だとしても、「過去に同様の発想をしたことがある」とのことらしいため、認められたと受け取るのはあまりに自分本位なナルシズム発言。所詮“他人の過去の(棄却された)発想”でしかない。かつて、誰も辿り着いた事の無い境地だ!といったような中二病全開な痛々しい発言をして肩を聳やかしていたことは、無かったことにしてほしいみたい。キャラ変わりの激しい思春期の少年は、かつての「パイオニアな俺」ではなく「偉人と同じ頭を持つ俺」のほうのキャラになりきろうとしているみたい。あー、黒歴史だね…

ヒュームと一緒!
→ヒュームの懐疑論は大昔に既に完全に論破されている。哲学界では「ダメな懐疑論」として挙げられるもの。大学の哲学を専攻する教養課程で、それも最初の方で知ることになるはずなんだけれども、経歴詐称がバレる一方だね。懐疑論の破綻例と同じ見解なのだから破綻して当然。なぜ自慢できるのか、“哲学を知っている者たち”からすると全く分からない。さらに最近、私がそれを教えてあげたところ、中島先生の話題を挙げるのみにとどまり、ヒュームの話はパタリとやめた。本人はいたく恥ずかしがっているようだ。指摘され、無かったことにしようとする。素人丸出し。

真理とは「あたりまえではない」である。
→「いついかなる時も真であること」が「真理」。「いついかなる時も」という要素を否定する「あたりまえではない」という発想は「真理」ではない。さらに、「あたりまえではない」が「いついかなる時も真であること」であるためには「あたりまえではない」が「あたりまえである」必要がある。つまり「あたりまえではない」という命題に「『あたりまえではない』ということは『あたりまえである』」という反例が生じ、偽であることが証明される。本人はこれを無視して逃げていることから、この論破を隠蔽しようとしている模様。

不確定性原理を使って…
→論外。彼は哲学をやる気がないらしい。哲学に不確定性原理を持ち込むのは全く無意味なこと。これも私が教えてあげたところ、彼の盲点かつ弱点だったらしく、得意の“聞こえないフリ戦法”を披露してくれている。最近では無かったことにしようと、不確定性原理のギャグは封印している。哲学に不確定性原理を…なんて言い出すとは流石に呆れるしかない。

哲学をする上で哲学体系を無視していいのだ!
→論外。彼のこの主張に則れば不確定性原理でも神学でもなんでも持ち込んでもいいことになる。私の信じる□□神さまは□とお告げなさったので哲学で言う○○は反証される!こんな感じでいいのだそうな。ありえないね。これも彼を論破してしまう発言だから、例によって“聞こえないフリ戦法”のお披露目!そもそも学問の進め方すら知らないらしい。経歴詐称なんぞすぐにバレるもの。大学すら出ていないのが丸わかり。反論したいかい?大学は出た!って言い張りたいのかい?いいよ、大学出たってのが本当だとしたら、もっとおかしなことになるから。大卒で論理体系を無視していいなんて言い出す輩、大卒である分、もっと株が下がるからね。八方塞がりだね。これは君が嘘つきなのが全ての原因なんだ。可哀想に。

1日前 No.993

エト ★Tablet=Z6P7hgG96D

>>982

哲学と一括で安直に言ってしまうあたり、
大きな問題点というか、
数々のオバカ発言の根源が見えてくるよ。

哲学でも西洋哲学と東洋哲学などといった、
ほとんど対局にあるような概念をも包括しているのに、
それを知らずに混同しているようだから、
こんな安直な発言が出来てしまうのだね。

それ依然に、
ここは議論をする場です。

論に負け、論から逃げるだけの負け犬は邪魔だよ。

1日前 No.994

エト ★Tablet=Z6P7hgG96D

まずそもそも、
ど素人向けの飲茶氏の受け売りだけで、
我が物顔してトンチンカンなことを平気で書き込むのだから、
素人感は増すばかりだね。
飲茶氏の本はあれは哲学書とは到底呼べない代物だからね。
まあ悪著では全くないのだが、
あれだけで哲学に踏み込めるような代物ではないよね。
知ったかぶりでも偉そうな顔が出来るのだから、
ここは虚勢だけの素人が集まるのだね。
「論破」だの大層に銘打っておいて、
自分が「論破」されるやいなや「論理は疑えるんだ!」
だなんて言い出す始末。
ならば君の「論破」すらも疑わしいじゃあないか。笑
すでに八方塞がりなのに、
未だに虚勢を張っている承認欲求の権化。
どれほど充実していない現実を送ればこうなれるのか。
自称官僚ほど痛々しい虚言はない。
追いやれば追いやるほどボロを出し続ける格好の玩具。笑

1日前 No.995

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

例えばだけど

数学(論理)上では正しい(真だ)と思います。ただし哲学では、そうではない。

というのを、どのような意味で言っているのか、もっと、明晰に語れるだろうか。安直に見ると、論理とは哲学の道具である。ある哲学的前提(あるいは直観)から、あるけ結論が導かれるのは論理の力によるものだ。その推論中に、もし、仮にある種のドグマが紛れ込んでるとしたら、それは哲学的批判の対象になる。つまり、哲学と論理は切っても切れない関係にあり、哲学は論理に依拠しているのである。だから、哲学を学ぶものは、記号論理学などの論理的的手法も学ぶ。(俺は、土俵違いの立場から間接的に知ってるだけだが)そう考えると、論理上では正しく、哲学ではそうでないというのは不思議な表現だ。従って、その「論理上は正しいが、哲学でなそうでない」という表現は、より明晰に語られる必要がある。俺的には、論理の前提に関わる部分が哲学なら、それなりに納得しやすのだが。

1日前 No.996

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>> ザビビのふくろうさんへ

>> Mobiusさんへ


 「ザビビのふくろうさん」VS「飲茶さん」の対決に関し、SumioBaba個人の判断としては、『ザビビのふくろうさんの方が正しい』ですよ。特に、非ユークリッド幾何学の成立が判明する「以前」と「以後」とを区別された点は、素晴らしいと思います。「以前」か「以後」かで、《真理》という概念が大きく変化したのですよね。ザビビのふくろうさんは、この点を的確に認識されています。一方、飲茶さんの説明だと、飲茶さん本人がこの点を認識できていないのではないか?という疑いさえ生じます(はっきりとは判りませんが)。より的確な表現をされているのは、ザビビのふくろうさんの方です。
 ただしこれは、あくまでSumioBabaの私見です。Mobiusさんにまで押し付けるつもりは有りませんし、飲茶さんの真意が不明である以上、押し付けるのは無理が有ると思います。まあ、良いじゃないですか。SumioBaba1人だけでも、ザビビのふくろうさんの説明 >>839,840,846 を絶賛しているのですから。

1日前 No.997

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>997

>特に、非ユークリッド幾何学の成立が判明する「以前」と「以後」とを区別された点は、素晴らしいと思います。「以前」か「以後」かで、《真理》という概念が大きく変化したのですよね。ザビビのふくろうさんは、この点を的確に認識されています。


そのことは「哲学的な何か、あと科学とか」に全部書いてあります。
以下引用します。

---引用開始---
>古い時代には、その公理から組みあがった理論体系に矛盾が一切無ければ、その公理も含めて、その理論体系が正しいのだと信じられてきた。しかし、非ユークリッド幾何学の発見により、理論体系の無矛盾性が、公理の「正当性」を表すことにはならず、まったく別の公理に置き換えたとしても、何ら矛盾が起きないことが明らかになってしまった。

>(中略)

>このことの最大の問題点とは、

>「適当に、好き勝手に、公理を決めてしまっても、無矛盾な理論体系をいくらでも作り出せる」

>ということなのだ。

>この事件以降、あらゆる学問の理論体系は「絶対的な真理の記述」ではなくなり、「ある一定の公理)をもとに、論理的思考の蓄積で作られた構造物」とみなされるようになっていった。

---引用終了---

このように、ザビビのふくろう氏が言った「経験命題」と「非経験的命題」の区別も、その語を使わずに説明しています。

私は、別に飲茶氏のファンでも何でもないけど、「ザビビのふくろう氏の飲茶氏に対する酷評」は不当だと思っていますので、敢えて見方しています。

ちなみに私は ザビビのふくろう氏の語っている内容自体については何の異論もありません。飲茶氏やスレ主が言っている事との違いが理解できないだけで。

1日前 No.998

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

>>986 SumioBabaさん

>哲学にもきちんとルールが有ります。「無矛盾な論理に従う」というルールです。

それが間違いであることを実証したものが「ルイス・キャロルのパラドクス」なのです。

ルールを設けてしまったら、ルール以前のことを疑うことができなくなってしまいます。

あなたにとって、哲学とは何なのでしょうね。おそらくここが異なるのでしょう。


時さんとあなたやりとり( >>820,821,830 )にて、

>>もしもこれ(ルイスキャロルのパラドクス)を揚げ足取りだ等の理由で排除されるのであれば、
>>・絶対正しいのだと錯覚したままの論理だけは必ず守って議論しなければならない。となりそうですね。
>その通りです。それが「人間視点」で科学や哲学を議論する場合のルールです。人間どうしで議論している時に、自分だけ「神視点」に立つというのが、ルール違反なのです。今こうやって説明しておられる時さんも、「無矛盾な論理は正しい」という前提で説明しておられるのですよ。その前提を外すのなら、何も言えなくなってしまいます。それでは哲学は成立しません。

つまり、私は「神」なのです。

7時間前 No.999

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

折り返し地点!

>>1000 だ!

7時間前 No.1000

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

>>990 ザビビのふくろうさん

>「公理とは、その内容は真とも偽とも証明不可能で、だから本来真とも偽とも言えないにもかかわらず、(根拠のないまま暗黙の了解で)真だと前提する、決めつけるものである(理論構築の出発点となる基礎の必要性から)」


合ってますよ。

>したがって、この理解では、理論がいかに正しく堅牢・立派な真理に見えようとも、その理論の基礎・根拠となっている公理が証明できず本当は真だということを言えないのに、真理だと暗黙の了解で前提してしまっているだけのもの(決めつけ、思い込み)にすぎないがゆえに、絶対的真理の記述とはとうてい言えないものであることになるわけです(イメージを極端に言えば、「しょせん根拠のない思い込みにすぎない」ということ)。


違いますよ。

なんで公理=真理としちゃうのかな。そこが間違っている。

公理とは、その理論の根源となるものですが、その理論以外の万物を説明できる能力は持ち合わせていないわけです。

真理とは、万物を説明できる能力をもっており、全ての根源となるものなのです。

したがって、公理は真理ではありません。

哲学とは、徹底的に疑いホントウ(真理)を追及するものです。そのような立場から見れば、公理とは思い込みです。理論体系とは思い込みによって構築されたものにすぎません。

理論体系は、「ゲーデルの不完全性定理」によって「絶対的な真理の記述」ではないことが実証されました。

論理は、「ルイス・キャロルのパラドクス」によって「絶対的な真理の記述」ではないことが実証されました。

既にあなたは、ジ・エンドなのですよ。


>>992 ザビビのふくろうさん

>私はそういった哲学的議論を前提に、自分の論を述べていると、そういうことなの。

ふむ。「そういった哲学的議論を前提」にあなたの思い込みの根源がありそうですね。前提を疑ってください。まだまだ未熟ですよ。

7時間前 No.1001

エト ★Tablet=A1dpi3ovvK

哲学とは、

人生・世界、事物の根源のあり方・原理を、理性によって求めようとする学問のこと。


学問とは、

一定の“理論”に基づいて体系化された知識と方法のこと。


西洋哲学とは、

“学問”として“論理的観点”に立ち、世界の本質の“理論的解明”を目指しているもの。


議論とは、

前提に基づいて批判的思考を行う“論理的推論”を通して“論理的妥当性”を明証しうる結論への到達を目指すためのもの。


論破とは、

他人の推論に対し“論理的”に不整合な点を指摘し、“論理”でもって他人の推論を反証すること。


ジ・エンドなのはお前だよ笑
論破されたからって「論理なんて意味ないもん!」と、
必死に逃げるのは非常に阿呆らしいね。
まあ君の悪足掻きの虚勢も今年限りだから、
もっともっと君のボロを出させないとね。笑

7時間前 No.1002

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

>>996  ちょっとねさん

>数学(論理)上では正しい(真だ)と思います。ただし哲学では、そうではない。
>というのを、どのような意味で言っているのか、もっと、明晰に語れるだろうか。

哲学とは、数学ではないという意味です。同一ではない、という意味と、例え話にも適さない、という意味です。


>安直に見ると、論理とは哲学の道具である。ある哲学的前提(あるいは直観)から、あるけ結論が導かれるのは論理の力によるものだ。その推論中に、もし、仮にある種のドグマが紛れ込んでるとしたら、それは哲学的批判の対象になる。つまり、哲学と論理は切っても切れない関係にあり、哲学は論理に依拠しているのである。

それが間違いであることを「ルイス・キャロルのパラドクス」が実証しています。

>だから、哲学を学ぶものは、記号論理学などの論理的的手法も学ぶ。(俺は、土俵違いの立場から間接的に知ってるだけだが)そう考えると、論理上では正しく、哲学ではそうでないというのは不思議な表現だ。

これも間違いであることがわかります。

>従って、その「論理上は正しいが、哲学でなそうでない」という表現は、より明晰に語られる必要がある。俺的には、論理の前提に関わる部分が哲学なら、それなりに納得しやすのだが。

そのような理論体系で語られるあなたにとっての哲学ならばね。

6時間前 No.1003

エト ★Tablet=hbOPRrq0aU

>>安直に見ると、論理とは哲学の道具である。ある哲学的前提(あるいは直観)から、あるけ結論が導かれるのは論理の力によるものだ。その推論中に、もし、仮にある種のドグマが紛れ込んでるとしたら、それは哲学的批判の対象になる。つまり、哲学と論理は切っても切れない関係にあり、哲学は論理に依拠しているのである。


>それが間違いであることを「ルイス・キャロルのパラドクス」が実証しています。



実証とは、

事実をよりどころとして証明すること。


証明とは、

ある事柄に対する論説や理論・解答・判断・推理などの根拠・理由などを明らかにし、その事柄が真実であることなどを“論理的”に明らかにすること。


パラドクスとは、

一般に容認される前提から、反駁しがたい推論によって、一般に容認し難い結論を“論理的”かつ演繹的に導く“論説”のこと。


論理に依拠することを間違いとするならば、
論理に依拠したパラドクスをも否定される。
よって真偽すらそこには無く、
全くもって無意味な不完全命題となる。
そんな阿呆なことをキャロルは示したわけではない。
キャロルの指し示す真意を曲解した、
飲茶氏の受け売りでしかない頓珍漢な素人発言。

6時間前 No.1004

宿題 ★sicIy89Ne4_pcO

この世を動かしているものは愛である!

Oh, ‘tis love, ‘tis love that makes the world go round.

ルイス・キャロルの名言

6時間前 No.1005

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

>>1005  宿題さん

愛も論理も、哲学的には同じく思い込みなのです。その中でも信じることを主張することは本人の自由です。

6時間前 No.1006

宿題 ★sicIy89Ne4_pcO

彼は私の夢の一部分であると同時に、私も彼の夢の一部分だった。

He was part of my dream, of course □ but then I was part of his dream, too.

ルイス・キャロルの名言

ルイスキャロルさんには実在がありません・・真理が無いからです・・

6時間前 No.1007

エト ★Tablet=WujWJoMh6Z

主張とは、

自分の保証する“理論”及び“推論”の“論理的妥当性”を明示することによりそれを認めさせようとする行為のこと。

5時間前 No.1008

宿題 ★sicIy89Ne4_pcO

無駄です。夢の中のルイスキャロルさんの話は・・

ルイスキャロルさんは今までの哲学者の爪の垢でも煎じて飲めばいいのです・・

5時間前 No.1009

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

ちなみに、私が「ルイス・キャロルのパラドクス」を提示したのは、 >>641 にて、SumioBabaさんが哲学において「論理は絶対である」ことに同意したことがきっかけです。

一部引用します。

―――引用開始―――

>>あなたの主張(「論理的必然性による真理」)は、「論理は絶対である」ことと「定義は絶対である」という仮定(前提)があって、はじめて成り立つものなのです。 (ホントウの真理を発見した者)

>その通りですよ。(SumioBaba)

―――引用終了―――

つまり、私が思い込みであると言っているのは、哲学において「論理は絶対である」という主張(思想)です。

5時間前 No.1010

えすかるご ★ls0puJX6Bx_Ew9

>>996
 哲学というものを特定の地域における二世界論と捉えるなら、その特徴は、存在を二義的に捉える思考様式、すなわち現実において生成流転する事実存在と、普遍的妥当性を持つ超現実的な本質存在というような、現実の他に絶対的価値体系を想定する形而上学的思考様式であると定義できる。
存在が想定されていた普遍的に妥当するもの、例えば神やそれらを正確に感得する理性、生得的に与えられた数学理念や幾何学的図形などの観念、自然を機械的に捉えて発展してきた科学やそれを促した論理的思考、これらの絶対性は、その論理によって自らの絶対性を浸食し、形而上学的思考様式において想定された絶対的価値体系というものの維持はもはや不可能になった。
形而上学的思考様式としての哲学における最終局面が、あらゆる絶対的価値体系の崩壊によって生じた際限のない不安を現実として引き受けざるをえない事態であるニヒリズムの克服であるなら、新たな価値定立にこそ哲学的価値が認められるのであって、論理的なものを再び絶対的価値として承認するというようなことでは決してあり得ない。
論理的に理解できるというのは、それ自体が形而上学的思考様式を前提とした誤謬である。
論理が客観的に妥当する絶対的基準にならないなら、他者との論理的対話にも限界があり、完全に合致する統一解は導けないことになる。

 このような状況において我々が取りうる基本的な姿勢は、主観的な確信の要請を斥け、硬直的な価値基準をいかなる時も設けず、他者を承認し取り込みつつ、それらを絶えず乗り越えていくような自己の更新によって、現象する事物を複眼的な視点の切り替えで捉え、独立した主体の確立に努めることにあるのではないだろうか。

ここに書いたのは最後の一文以外は歴史の概観だから異存はあるまい。(オレ自身としては異論あるけど)

5時間前 No.1011

エト ★Tablet=Jl8DyzuRmT

ここで“議論”されているのは、
デカルトであり、つまり“西洋哲学”に立脚している。
その上で、
“西洋哲学”とは、“学問”として“論理的観点”に立ち、世界の本質の“理論的解明”を目指しているもの、であるため、
《“西洋哲学”に於いては》論理は絶対でなければならない。
数学をする上で、「1+1=2」が思い込みだろうがなんだろうが、
それを元になされなければならないということに等しい。
至極、当たり前なこと。

5時間前 No.1012

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

ルイス・キャロル(チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン)は、子どもの視点に立脚したのでしょう。大人視点で語られる「論理」もまた、「そのようなものが論理である!絶対だ!従え!」という思考停止(非論理的)要求であることをよくぞ見抜きました。

「ルイス・キャロルのパラドクス」

哲学の大きな財産です。

5時間前 No.1013

エト ★Tablet=yh7B3tUPx7

あれれー?
あのドヤ顔の打ち切り宣言はどこ行ったのかなあ?笑
あ!そういえば8時間程で我慢できなくなっちゃってたっけ?笑

論理を棄却することで真偽を無くすことができる。
己の偽の暴露からの逃走であり、
論理に負けた弱者の虚勢に過ぎない。
まして論理を棄却する根拠に、
キャロルのパラドクスの曲解を持ち込む姿勢もまた、
弱者の虚勢である。

5時間前 No.1014

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

>>840,846 のザビビのふくろうさんの反論について(一部返信を忘れていたので)、このレスで完全論破返し(フルカウンター)をします。

>スレ主さんは
>あたりまえじゃない,
>が真理だと主張し、また、
>「真理に例外はない」
>とも言っている。
>だから要は、
>すべてはあたりまえじゃない
>って主張しているわけだ。
>これは一般命題(全称命題)。
>つまり、「世界の全て」について主張・言及してしまっている。
>しかし,スレ主が神でなく真理について全知でない限り,すべてについて語ることはせいぜい「仮説」にすぎないか,論理や数学的帰納法に依拠して論証する以外にない。
>しかし,それはいずれもデカルトの方法的懐疑に耐えられない。
>また,「あたりまえじゃない」と考えるのも,ラプラスの悪魔の思考実験のように、人間ゆえの知識の限界ゆえかもしれず,全知の神からしたらほんとは当たり前かもしれない,と疑うことも簡単。
>要するに,スレ主が知らないこと、すなわち「すべて」について言及している限り,「あたりまえじゃない」ということも不可疑ではなく,デカルトの方法的懐疑に耐えられず,明晰判明な真理とは言えない。

まず、「明晰判明な真理」がデカルト用語であることをここに記します。

私は、中島義道先生に認められたようにデカルトを完全論破しています。デカルトの「我思う、ゆえに我あり」の「我」は明晰判明ではなく、疑うことができ、思い込みであることを見抜きました。したがって、「明晰判明であれば真理」というのは思い込みです。また、(忠実に言葉を引用して)「明晰判明な真理」があるのならば「不明晰不判明な真理」もあるわけです。真理って多数あるのでしょうか。それを言うなら「明らかに自明な法則(公理)」の間違いでしょう。 >>1001 にて指摘したように、公理と真理は別物です。

また、「すべて」に関しても、その「すべて」自体「仮説」なのかもしれないということですね。すなわち、あたりまえではないと言っていることと同じです。

そして「あたりまえじゃない」と考えることも、ラプラスの悪魔の思考実験のように人間の知識の限界によるものかもしれず、全知の神からしたらほんとは当たり前かもしれない、と疑うことも簡単なわけですね。すなわち、それ自体あたりまえではないと言っていることと同じです。

>きみが「あたりまえじゃない」って思ってるのも、映画『マトリックス』のように、脳がコンピュータのプログラムで思わされているだけであって、それも「プログラムどおり」、すなわち「あたりまえ」ってことが仮想現実的に考えられるわけ。
>ということは、きみの主張「あたりまえじゃない」も疑い得る、すなわち「疑わしい」わけだから、デカルト基準では「明晰判明な真理ではない」ってことになるってこと。

「我思う、ゆえに我あり」とは真理ではなく思い込みであるのにもかかわらず、あえてデカルト基準で考えることの必要性が何一つありません。したがってデカルト基準の「明晰判明な真理」も疑いの対象(思い込み)になるわけです。

そして、「きみの主張「あたりまえじゃない」も疑い得る、すなわち「疑わしい」わけだから」ということですね。これは、「あたりまえじゃない」はあたりまえではないと言っていることと同じです。

以上のことは、すべて同義語反復、すなわちトートロジーなのです。

楽しい言葉遊びでしたよ。またやりますか?何度でもかかってきなさい。完全論破返し(フルカウンター)こそ私の楽しみです。


参考までに、SumioBabaさんとエトさんの反論についても、完全論破返し(フルカウンター)した内容を次のとおり記載しておきます、

まず、私は、「あたりまえではない」は「あたりまえ」ではなく、「あたりまえではない」は真理であると何度も主張しています。さらに、公の辞書等にも真理とは「あたりまえ」であるとは一切記載されていないことをここに、あえて記します。

仮に、「あたりまえではない」(B)を「あたりまえ」(否B)と考えようとしたとします。しかし、論理的に(論理記号(B)と(否B)の論理的意味を)考えれば、そもそもその考え自体が成り立ちません。反論そのものに間違いがあるのです。したがって、このような矛盾はそもそも発生しません。

仮に、「あたりまえではない」(B)は「あたりまえではない」(B)と考えようとしたとします。しかし、「あたりまえではない」は真理ですので、論理的に考えれば、「真理は真理である」という繰り返しの反復(同義語反復、すなわちトートロジー)です。したがって、謎は発生しません。

仮に、「あたりまえではない」(真理)は「あたりまえ(又は、あたりまえではない)」と考えてしまった場合、「あたりまえ(又は、あたりまえではない)」と考えた主体がいることになります。その主体も真理の一部ですので、その発言した主体も「あたりまえではない」(真理)の対象になるのです。したがって、謎は発生しません。

5時間前 No.1015

エト ★Tablet=EI1SdTBlRl

キャロルのパラドクスを、
君のご都合主義的に曲解し、
「論理とは無駄だー!」
と言ったとしよう。
ならばそのパラドクスも1つの論理であり、
自身をも破壊してしまう。

そんな不完全でボロボロの、
君のような間抜けな意見を
キャロルは言ったのではない。

5時間前 No.1016

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>998  Mobiusさんへ

>そのことは「哲学的な何か、あと科学とか」に全部書いてあります。

>以下引用します。


>---引用開始---

  (省略)
>---引用終了---


 なるほど、そうでしたか。飲茶さんの本は図書館で「ついに本になったか」と思いながら読んだ記憶は有るのですが、内容までは詳しく覚えていませんでした。相手を批判するためには、まず相手を正しく理解することが必要ですね。SumioBabaも、飲茶さんを正しく理解しないまま、批判しかけていました。反省します。
 そうなると、Mobiusさんの仰る通り、「飲茶さんは十分正しく理解した上で、敢えて挑発的な表現をしているだけだ」…※の方が正しいようですね。そして、こういうのがまさに無矛盾な論理に則った上での議論です。Mobiusさんは、飲茶さんを擁護するために、きちんと根拠を提出し、論理を使って※だと主張する理由を説明されました。SumioBabaは、Mobiusさんの説明を十分に説得力の有る説明だと判断し、Mobiusさんの主張を正しいと認めました。これこそルールに則った議論ですね。

5時間前 No.1017

エト ★Tablet=rXfCS8D8LS

へー。スレ主ちゃんは都合の良い時だけ論理に縋るんだね笑
それ、無意味なんでしょ?
それもあたりまえではないんでしょ?
何にも論破になってないんだけど?
大丈夫かな?笑

それとさ、逃げても無駄だよー?

来年のノーベル賞を受賞した。
→とんでもない大嘘。ジョークにしてもセンスがない。痛々しい思春期の妄想。私もネットニュースで来年の候補すら決まっていないという記事を読んだ。ネットで調べれば幾らでも証拠が出てくる、バレバレの大嘘。さらに、そもそも哲学者の受賞は現在の規定上ありえない。それすらも知らない自称官僚。これがバレてしまうのが怖くなって、最近では「ここに書き込むのは年内までにします」と必死に逃亡宣言。来年、嘘が公になった時、ここでスレ立ててお祭りしてあげるよ。お楽しみにね。

真理は思い込みの彼方にある!
→嘘らしい。本人が一番それに背いている。本人が思い込みだらけの発言をしている。(削除報告は何時何分ってところまで分かるはず!お前は同一人物だ!等、ほか多数)

哲学者の権威を借りるな!
→これも嘘らしい。最近では本人がヒューム(既に破綻した懐疑論)や中島義道先生を盾にしている(全く無意味なのに)。いちいち「ヒュームと同じ」などといった痛々しい飾り文句をつける様子は滑稽極まりない。

中島義道先生に認められた!
→そもそも証拠が1つも提出出来ないため検証不可。よって全く無価値の妄言。十中八九嘘。本当だとしても、「過去に同様の発想をしたことがある」とのことらしいため、認められたと受け取るのはあまりに自分本位なナルシズム発言。所詮“他人の過去の(棄却された)発想”でしかない。かつて、誰も辿り着いた事の無い境地だ!といったような中二病全開な痛々しい発言をして肩を聳やかしていたことは、無かったことにしてほしいみたい。キャラ変わりの激しい思春期の少年は、かつての「パイオニアな俺」ではなく「偉人と同じ頭を持つ俺」のほうのキャラになりきろうとしているみたい。あー、黒歴史だね…

ヒュームと一緒!
→ヒュームの懐疑論は大昔に既に完全に論破されている。哲学界では「ダメな懐疑論」として挙げられるもの。大学の哲学を専攻する教養課程で、それも最初の方で知ることになるはずなんだけれども、経歴詐称がバレる一方だね。懐疑論の破綻例と同じ見解なのだから破綻して当然。なぜ自慢できるのか、“哲学を知っている者たち”からすると全く分からない。さらに最近、私がそれを教えてあげたところ、中島先生の話題を挙げるのみにとどまり、ヒュームの話はパタリとやめた。本人はいたく恥ずかしがっているようだ。指摘され、無かったことにしようとする。素人丸出し。

真理とは「あたりまえではない」である。
→「いついかなる時も真であること」が「真理」。「いついかなる時も」という要素を否定する「あたりまえではない」という発想は「真理」ではない。さらに、「あたりまえではない」が「いついかなる時も真であること」であるためには「あたりまえではない」が「あたりまえである」必要がある。つまり「あたりまえではない」という命題に「『あたりまえではない』ということは『あたりまえである』」という反例が生じ、偽であることが証明される。本人はこれを無視して逃げていることから、この論破を隠蔽しようとしている模様。

不確定性原理を使って…
→論外。彼は哲学をやる気がないらしい。哲学に不確定性原理を持ち込むのは全く無意味なこと。これも私が教えてあげたところ、彼の盲点かつ弱点だったらしく、得意の“聞こえないフリ戦法”を披露してくれている。最近では無かったことにしようと、不確定性原理のギャグは封印している。哲学に不確定性原理を…なんて言い出すとは流石に呆れるしかない。

哲学をする上で哲学体系を無視していいのだ!
→論外。彼のこの主張に則れば不確定性原理でも神学でもなんでも持ち込んでもいいことになる。私の信じる□□神さまは□とお告げなさったので哲学で言う○○は反証される!こんな感じでいいのだそうな。ありえないね。これも彼を論破してしまう発言だから、例によって“聞こえないフリ戦法”のお披露目!そもそも学問の進め方すら知らないらしい。経歴詐称なんぞすぐにバレるもの。大学すら出ていないのが丸わかり。反論したいかい?大学は出た!って言い張りたいのかい?いいよ、大学出たってのが本当だとしたら、もっとおかしなことになるから。大卒で論理体系を無視していいなんて言い出す輩、大卒である分、もっと株が下がるからね。八方塞がりだね。これは君が嘘つきなのが全ての原因なんだ。可哀想に。

5時間前 No.1018

エト ★Tablet=Hk0scYtPfw

オレ様は官僚だ!
→大嘘。これはイタい虚言だね。君みたいに暇な官僚はいません。もう少しマシな嘘をつこう。

5時間前 No.1019

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

>>1017 SumioBabaさん

>相手を批判するためには、まず相手を正しく理解することが必要ですね。SumioBabaも、飲茶さんを正しく理解しないまま、批判しかけていました。反省します。

それだけでも、SumioBabaさんにとっては大きな成長ですね。

「ルイス・キャロルのパラドクス」を提示して良かったです。

次からは、気を付けてくださいね。

4時間前 No.1020

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>998  Mobiusさん

>>970 で私はスレ主さんに確認したんだけど、返ってきたレスが、 >>983,1001 です。
どうも、スレ主は読解力にも問題があるようで、質問の意図もわからずトンチンカンなことを言っていますが、まあ、私の解釈でやはり正しいということで同意できませんかね?

正直言うと、スレ主は、自分を肯定的評価している人には「正しく理解している」と言い、否定的評価している人には「間違っている」と言ってるだけだろって思います(笑)

いずれにしても、これ以上、確認するのもめんどくさいし、それでも私の理解が極端すぎるとMobiusさんが思うのなら、それは仕方ありません。

それと、 >>998 でMobiusさんが引用された飲茶さんの文章は、細かいことを除けばその部分に関しては確かに問題がありません。
それでわかっているのかな、と思っていると、私が引用したような文で無茶苦茶なことを述べているし、不完全性定理の理解でもトンデモ説を述べており、そこを見ても、やっぱりわかっていないと私は確信しているんですよ。

失礼だけど、私の言っていることと飲茶さんの言っていることの違いがわからないのなら、それはすなわちMobiusさんが私の言っていることを理解していないからだというのが私の忌憚のない意見です。
まあ、これ以上は言ってもMobiusさんも気分がよくないでしょうし、やめておきましょう。

>>997 SumioBabaさん
いろいろ気を遣わせてすみません。
ただ、意固地と思われるかもしれませんが、私は自分なりにきちんと言わねばならないという思いが強いので、あなたがおっしゃるようにするのは、なかなか難しいんですよ。
今回も、あなたとここで論争するのは避けたいと思っていたので、極力対スレ主の意見しか書かないようにしたつもりなんですが、とにかく大変でした(笑)
>>1017 SumioBabaさん
上のMobiusさんへのレスで書いたとおりです。
ちなみに、私は飲茶さんの本、持ってるんです。ダマされました(笑)


>>1015  スレ主さん
きみ、読解力もないんだね。
長い文は書いても意味がないな。
短くいっとこ。

>そして、「きみの主張「あたりまえじゃない」も疑い得る、すなわち「疑わしい」わけだから」ということですね。これは、「あたりまえじゃない」はあたりまえではないと言っていることと同じです。


そうだよ。そして、次はトートロジーじゃないんだよ。わかってないね。
Babaさんが説明してくれているメタ言語と対象言語の区別がついてなんだよ

ふくろうの主張:「あたりまえじゃない」は当たり前じゃない

よって、「あたりまえじゃない」は絶対確実とは言えず、それを真理だと言うスレ主の思い込みにすぎない。

ハイ、スレ主完全論破。
真理はスレ主の思い込みの彼方にあります。

4時間前 No.1021

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>999

>つまり、私は「神」なのです。


もう、そういう煽り文句やめたら?
だから、反感を買うのだと思うよ。

4時間前 No.1022

エト ★Tablet=DIysZJ7W8M

>つまり、私は「神」なのです。


あれれー?
煽るのはとある大学教員さんのように邪魔ですねと、
嬉しそうに言っていたのは誰かなあ?笑
煽るのは辞めるのでは無かったのかい?
それではとある大学教員さんと同じですよ笑

4時間前 No.1023

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

>>1021 ザビビのふくろうさん

メタ言語と対象言語の区別なんてホントウにあるのだろうか?と疑えることを、あえてここに記しておきます。

この時点で、あなたの反論も疑いの対象になり、真には成り立ちません。


仮に、譲歩して、メタ言語と対象言語の区別を受け入れたとします。

「あたりまえではない」(真理)は「あたりまえ(又は、あたりまえではない)」と考えてしまった場合、「あたりまえ(又は、あたりまえではない)」と考えた主体がいることになります。その主体も真理の一部ですので、そう考えた主体も「あたりまえではない」(真理)の対象になるのです。したがって、謎は発生しません。


既に全てを網羅しているのです。

まだやりますか?何度でも完全論破返し(フルカウンター)をお見舞いしますけど?

4時間前 No.1024

ホントウの真理を発見した者 ★rdiOR01yVt_2YW

>>1022 Mobiusさん

そうですね(笑)自覚しております。すみません。

しかし、SumioBabaさんの( >>821 )主張から、「私は「神」なのです。」が帰結されることは事実です。

おそらく、私を批判してくる人は、私の哲学的内容によるものではなく、私が披露している人格によるものだと思います。

しっかり、哲学してほしいものです。

4時間前 No.1025

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1024  スレ主さん

>「あたりまえではない」(真理)は「あたりまえ(又は、あたりまえではない)」と考えてしまった場合、「あたりまえ(又は、あたりまえではない)」と考えた主体がいることになります。


ほお、「考えてしまった場合、考えてしまった主体がいることになる」?
デカルトの真理を認めたのね(笑)

それに、「あたりまえではない」(真理)・・・
>その主体も真理の一部ですので、そう考えた主体も「あたりまえではない」(真理)の対象になるのです


は、「あたりまえではない」を真理と前提して述べている論点先取の誤謬に過ぎない。
君の独断、思い込み(笑)
チミ、笑わせすぎ。
お笑いじゃなく、哲学しなきゃ。

3時間前 No.1026

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

つまり、これは当たり前って認めるのね?

我思う。

ゆえに、思うものあり。

3時間前 No.1027

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

SumioBabaさん、誘って頂きありがとうございます。お陰で楽しい議論ができています。

ザビビのふくろうさん、

>失礼だけど、私の言っていることと飲茶さんの言っていることの違いがわからないのなら、それはすなわちMobiusさんが私の言っていることを理解していないからだというのが私の忌憚のない意見です。


ザビビのふくろうさんは、「スレ主(あるいは飲茶氏)はAと言っており、私(ザビビのふくろう)はBと言っており、だから違うのだ」と口酸っぱく言って頂いていると思うのですが、
「私(Mobius)には、スレ主(や飲茶氏)がAと言っているようには読めない。むしろBと言っているように読め、ザビビのふくろうさんの言っていることとたいして違わないように思える」
そして、スレ主からは「あなた(Mobius)は私(スレ主)の意図を正しく解釈できている」
と言って頂いている状況ですので、
それを認めた上で「スレ主(あるいは飲茶氏)との追加の相違点(上記のB以外)」を示して頂かない限り、ザビビのふくろうさんのおっしゃりたいことを理解するのは 誰であれ困難だと思います。

「スレ主(あるいは飲茶氏)が間違っていると、確信を持って言える」のであれば、それは 互いの主張の共通点である「B」以外の部分にあるのでしょうから、示せるはずでしょう。

あと、反論する立場の人が弁えるべき重要な点として「相手の主張を正しく理解する」というのがあると思います。
スレ主が「そんなこと言ってない」というようなこと(上記のA)を根拠に「相手は間違っている」と声高に主張しても「ワラ人形」にしかなりません。

3時間前 No.1028

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1021 ザビビのふくろうさん、

>真理はスレ主の思い込みの彼方にあります。


あなたがコレを言っちゃダメでしょう?!
(おそらく皮肉のつもりでスレ主の決め台詞をマネてるんでしょうけど、) それこそスレ主の思うツボです。(笑)

3時間前 No.1029

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>>1029

えっ、なんで?

3時間前 No.1030

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>>1028  Mobiusさん
繰り返しになるけど、少なくとも私の立場からは、
Mobiusさんが、

>むしろBと言っているように読め


とおっしゃっている、そのBの内容、つまり、私が述べていることの内容を、
あなたが理解できていない、あるいは間違って理解しているからそう思うだけ
ってことになります。

2時間前 No.1031

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1030

「真理は思い込みの彼方にある」は、スレ主の主張の骨子の一つです。

あなたがそれを言うということは、スレ主の主張を認めたということになるからです。

神ならぬ身のスレ主が「真理は思い込みの彼方にある」と主張するからには、当然「自分自身の思い込み」もそこに含まれます。

故に「真理は“スレ主の”思い込みの彼方にある」というように対象を限定したところで、所詮はスレ主の手の内ということです。

2時間前 No.1032

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1031 ザビビのふくろうさん、

>Mobiusさんが、

> >むしろBと言っているように読め


>とおっしゃっている、そのBの内容、つまり、私が述べていることの内容を、

>あなたが理解できていない、あるいは間違って理解しているからそう思うだけ

>ってことになります。


ということは、私のみならず スレ主殿も含めて 私と同様の誤解をしているということになりますが、
スレ主殿はともかく、私は ザビビのふくろうさんの「B」に相当する部分を自分の言葉で置き換えてお伝えしていますので、その「(Mobiusが)間違って理解している部分」をピンポイントで示して具体的に指摘していただくことはできると思いますが。
( >>935>>963 のように)

2時間前 No.1033

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>>1032
ん?

「真理は思い込みの彼方にある」

ということ自体は、私、賛成ですよ。
だって、別にあたりまえのことですし。

ただ、その真理をスレ主が発見したというのも「思い込み」にすぎない、と言ってるだけです。

2時間前 No.1034

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>>1024  スレ主さん

>メタ言語と対象言語の区別なんてホントウにあるのだろうか?と疑えることを、あえてここに記しておきます。


それは単にきみの知的能力が低いということを意味するだけ。
理解できない≠疑える
OK?
したがって、
>この時点で、あなたの反論も疑いの対象になり、真には成り立ちません。


は認められない。あたりまえやろ( ´艸`)

君の知的能力に合わせてもう一度言うと、
「あたりまえじゃない」は当たり前じゃない
は、同語反復じゃないってこと。
「あたりまえじゃない」というきみの主張していること“について”(=「あたりまえじゃない」を対象として)、当たり前じゃない(疑える)、と主張している。
つまり、
 主語:「あたりまえじゃない」
 述語:当たり前じゃない

記号であらわすと
 「P」はPである

同語反復というのは、
 PはPである。

違い分かるかな?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それと、きみ、自分がわからないだけで疑える、よって真理じゃない、なんてアホなこと言うくせに、
きみの主張がデカルト基準で疑えることを私が言ったら、それは認めないなんて、二枚舌って言うんだ。ダブルスタンダードとかね。
それ、もう哲学じゃないよ。

1時間前 No.1035

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>Mobiusさん


スレ主があなたの理解を正しい理解とし、私のを間違いだと言ったことを、あなたは前提にしています。
ところが私は、 >>1021 で述べたように、 >>970,983,1001 のやりとりで、
>スレ主は、自分を肯定的評価している人には「正しく理解している」と言い、否定的評価している人には「間違っている」と言ってるだけ

ということが明らかになったと思っています。
こういうお互いの前提の違いがある限り、いくら細かい説明をしたところで理解は望めないと思いますね。
これまでで、それは明らかじゃないでしょうか。
正直、もう十分したと思うんですよ。

つまりね、私からすると、正しく理解しさえすれば、飲茶=スレ主が言っていることが明らかな間違いであると、はっきりわかる、と思っているわけです。
だから、はっきり言って、藁人形も何もないんですよ。
理解したら、明らかな間違いってわかるわけ。
要は、私としては、Bを理解してもらう、正しく認識してもらうことが、ある意味すべてなんです。
この根本を理解してもらわない限り、前提が変わらないし、いくらピンポイントで細かい違いを説明しても、どうせわかるはずがない、ということがこれまでで明らかだと思うんですよ。
だから、私としては、それをMobiusさんに理解してもらおうと説明し、
自分としては結構うまく説明したつもりなんだけど、やっぱり理解してもらえない、ということです。

1時間前 No.1036

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1034

>「真理は思い込みの彼方にある」

>ということ自体は、私、賛成ですよ。

>だって、別にあたりまえのことですし。


なら良かった。


>ただ、その真理をスレ主が発見したというのも「思い込み」にすぎない、と言ってるだけです。


2点あります。

1) その真理はスレ主が発見したんじゃないの? 今までの文脈からすると「スレ主が発見した」と読めるけど。
それとも「スレ主が人類初じゃない」ってことを言いたいのかな?

2) その「思い込み」の用法はスレ主の? それとも ふくろうさんの?
ふくろうさんの「思い込み」だとすると、それは誤りで、その真理は(人類初ではなかったにせよ)彼が発見したことには違いない。

スレ主の「思い込み」だとすると、そのとおりで、彼が発見したと思い込んでるだけ ということになる。

1時間前 No.1037

Mobius @mobius☆iuWFdm42ChI ★iPad=XaDQxMu5Oy

>>1036 ザビビのふくろうさん、

>ところが私は、 >>1021 で述べたように、 >>970,983,1001 のやりとりで、

> >スレ主は、自分を肯定的評価している人には「正しく理解している」と言い、否定的評価している人には「間違っている」と言ってるだけ

>ということが明らかになったと思っています。


そうなんですね。
私の側から見ると「そんなことは少しも明らかになっていない。ザビビのふくろう氏は、スレ主の回答内容を全く理解できていない もしくは 理解する気がない」というふうに映るわけです。

やはり「理解の壁」に当たっていますね。
もうやめます。お付き合いありがとうございました。

理解に達しなかったけど、楽しかったですよ。


追伸)
ところで、
>>518 の後段は理解できましたか?

54分前 No.1038

ザビビのふくろう @owlman ★UeJTXbNcLw_keJ

>>1037

すみません。

どうも
「その真理」
という表現がミスリーディングだったようですね。

「その」を削除して

 真理をスレ主が発見したというのは、スレ主の思い込みにすぎない

と訂正してください。


要は、「あたりまえじゃない」は彼が真理だと思い込んでいるだけで、真理じゃないってことです。


>>1038

>私の側から見ると「そんなことは少しも明らかになっていない。ザビビのふくろう氏は、スレ主の回答内容を全く理解できていない もしくは 理解する気がない」というふうに映るわけです。


でしょうね。

>やはり「理解の壁」に当たっていますね。


同意します^^


こちらこそ、おつきあい、どうもです。

45分前 No.1039

SumioBaba ★A5wHmsjWwP_yoD

>>1015  ホントウの真理を発見した者さんへ

>参考までに、SumioBabaさんとエトさんの反論についても、完全論破返し(フルカウンター)した内容を次のとおり記載しておきます、

>まず、私は、「あたりまえではない」は「あたりまえ」ではなく、「あたりまえではない」は真理であると何度も主張しています。


 どうしてそんな主張ができるのですか。「「あたりまえではない」は真理である」もまた「あたりまえではない」のだから、「「あたりまえではない」は真理である」か「「あたりまえではない」は真理でない」かが確定しません。貴方は自分で自分の首を絞めているのに、それに気付いていないのです。

 「「あたりまえではない」は真理である」だけは例外で、これだけは「あたりまえ」なのだ、と何度も主張されているのですか? だとしたら例外が存在するので、「(すべては)あたりまえではない」は偽にも成り得ることとなり、「真理」(決して偽にはならず、必ず真になる命題)とは言えませんね。

 相手の主張に対しては、何でもかんでも「あたりまえではない」(真か偽か確定しない)と拒絶しておきながら、自分の主張だけは「真理」(真だと確定している)と主張し、しかも自分だけ例外扱いしているのは無視してしまう、…そんな自己中なことやって何になるのですか。

27分前 No.1040
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