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平和ルネサンスv^^。ピース2020No.122 だけを表示しています。

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_8gk

>SumioBabaさん


本来のスレ趣旨からはズレでしまうかもしれないのですが、少しあなたの主張に対して、いちゃもんと言うか(笑)、批判をさせてもらいます。
というのも、あなたの相対主義について、あえて言いますとちょっと胡散臭い感じがぬぐえないからなんです。例えば、
>>109
>「「正しい」とは「絶対平等を希求する心、差別的意識の完全撤廃と言うこと」である」(=A)と、「「正しい」とは「他人より自分を優先して自分が幸福になること」である」(=B)も同様です。どちらも「絶対的真理」ではありません。どちらを適切と見なすかは、個人の好みで選んで良いのです。それなのに、「Aこそが正しくてBは間違いだ」などと傲慢な態度を取ってしまうと、それこそが「宗教」になってしまいます。しかも「好ましくない宗教」です。自分の宗教だけが唯一正しく、他の宗教はすべて間違いだと決め付け、自分の考えを相手に押し付け、受け入れない人を侮辱し軽蔑し、宗教戦争につながってしまいます。

>SumioBabaはBを支持しますが、だからといって「Bが正しくてAは間違いだ」とは言いません。AもBも、支持したい人は好きな方を支持して良いと思います。


という発言では、相対主義的な謙虚・寛容な態度を強調していますが、次のような箇所を読むと、「ん?」と違和感を覚えざるをえません。
>>103
>よく、「世界平和を実現しましょう」とか「他人の為に自分を犠牲にしましょう」とか綺麗事を並べ立てている人を見ますが、《人間の行動原理》に反する事を要求されても、誰も従わないと思われます。世界平和の実現を目指すのなら、あるいは、他人の為になる行為を求めるのなら、《人間の行動原理》に則り、人々がそうしたくなる方法を考え出す必要が有ると思われます


あなたは次のように述べています。
>そもそも《人間の行動原理》は、「自分の利益を最大にする行為を選択する」です。これに反するものは考えられません。


これは、あなたが自分の考えを唯一の真理とし、それに反する考え、例えば、
「自分の利益よりも人類全体の利益を優先して行為を選択しなければならない」
という理念に基づく考えを、机上の空論として否定するものではないでしょうか。
しかし,あなたの意見に従えば、あなたの言う《人間の行動原理》も本来一つの公理であって、絶対的真理ではないはずです。
にもかかわらず、あなたの以下の文言を見ると、むしろ絶対に正しい真理として主張されているようにしか受け取れないのです。

>そもそも《人間の行動原理》は、「自分の利益を最大にする行為を選択する」です。これに反するものは考えられません

>席を譲らない人も、席を譲る人も、本当は自分の利益を最大にする選択をしているだけです。そういう意味で人間は、根っから「利己的」なのです

>ある行為を「する」か「しない」か自由意志で選択する場合に限定すれば、《人間の行動原理》は極めて一般的に成立します。殆どの人は数値化まではしないでしょうが、「する」と「しない」のうち自分の利益をより大きくすると思う方を選んでいるという点では誰もが一致しており、例外は無いはずです。


上の引用の文言を見れば,どうも言行不一致の疑念をぬぐえないわけです。

私の理解では、あなたの言う相対主義に従えば、本来《人間の行動原理》というのも公理的な身分であって、政治・経済社会の成員としての「人間の行動を、自分の利益を最大にする行為を選択するもの」として捉える、そういう視点で人間行動を捉える、という一つの方法論的立場の原理のはずです。
そもそも、「人間の行動はすべて利己的である」とする時点で、通常の「利己的」「利他的」の区別は無意味化されています。
つまり、あなたの定義に従えば、普通の言葉の意味で利他的行為と呼ばれてしかるべきもの、例えば窮状にある他人を救うために自分の財産を投げうち、自分の命まで犠牲にして人を救ったような人でさえ、しょせんは自分の利益が最大になるための行為を行っただけ、ということになります。
これは既に通常の「利己的⇔利他的」という概念を無意義化しています。
だって、《人間の行動原理》によれば人間の行為は全部利己的行為であって,すなわち利他的行為はありえないわけですから。
したがって,むしろ人間行動を解析する上で「利他的」という概念を捨象していると言うべきでしょう。
つまり、「利己的」の意味を変えてしまっているのです。
《人間の行動原理》に反する例外はないだろうとSumioBabaさんは言いますが、そのように人間の行動を定義しているからそうなるだけであって、これ自体はなんら事実であったり、真理であったりというようなものではありません。
次の類比が適切かどうか確信はありませんが、例えば心理学についての研究方法を、例えば、心的状態を完全に脳の機能・状態に還元する、いわば方法的唯物論に似て、人間行動を、利益を最大限にする行為を選択するものとして捉えることに決め、その視点で人間の社会の政治的・経済的行動を捉えるというのが、本来のSumioBabaさんの立場だと思います。
その上で、世界平和を実現する立場・考え方はいろいろあるだろうけど、この《人間の行動原理》に基づいて捉えるべきである、と主張されればよいのではないでしょうか。
これは言わば,水星の近日点の計算にはユークリッド幾何学をベースにしたニュートン力学ではだめで、非ユークリッド幾何学をもとにした相対性理論じゃなきゃだめだと言えるのと同様だと思います。
例えば権兵衛さんの立場からは,現実社会をきちんととらえられず,平和実現の問題を分析するには《人間の行動原理》に基づいたSumioBaba理論でないとだめだ,というふうに。
そうすれば,相対主義的立場を採りつつ,自説の優越性を主張しても整合的であるように思われるのですが,どうでしょう?

何かうまく言えたかどうか自分でもかなり心もとないですが(笑)、理解できますかね?

で、ついでに述べておくと、このSumioBabaさんの《人間行動の原理》という視点は、「政治・経済的人間行動」を解析するための視点としては有効かもしれないけれども,倫理的行為についての考察については適切ではない、もう少し強く言うと、その原理で倫理的問題を論じるのは間違いである、というのが以前からの私の主張だということです。

2018/05/03 10:54 No.122

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