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★zWFIBAid53_GOx

>>1661  Mobiusさんへ

返信をありがとうございます。

> >>1653 の質問については、 >>1657 で回答させて戴いたつもりでしたが、これでは不足でしょうか?


申し訳ありませんが、フィルターで見えませんので、なんとも言えません。

> 私の心の琴線に触れたセリフは以下のセリフです。

> 「論争がお好きなようですね。」「論争は好みませんので、この辺で。」


この表現でしたか。

正しくは「どうしても理屈のごり押しと言いいますか、論争がお好きなようですね。」で、その中の「論争がお好きなようですね。」の部分と最後のところですね。

論争とは、論じ争うこと。言い争うこと。とあります。

>>26
> いわば「理屈(ロゴス)のゴリ押し」「理屈をこねまわすこと」が哲学の本質であると言えると思います。


その前後のご説明はあるにしても、哲学は、理屈のごり押しと言った意味の事を仰っていたと記憶しています。私はごり押しされるのを好みませんし、理屈のごり押しも通常私はしません。要は、争う事を好まないという事です。哲学は、個人で物事の本質的な事柄を深く思考していくような事、そのようなものではないかと個人的に思っています。ですが、その哲学は、人それぞれでよいというのも私の思いです。ですので、私の行っているものは人生哲学だとザビビのふくろうさんに最初の方で確認していました。

そして私の視点では、二人以上で行う「理屈をこねまわす、ごり押し」というものは論争というカテゴリーになるのですよ。穏やかな会話ではないという事です。勿論、その二人以上の方たちが、その理屈をこねまわし、論じあう事を否定しているのではありませんよ。

ですので、前回の話題では、穏やかな会話ができないだろうなと思い、あの場から退こうとしました。

今回、Mobiusさんの琴線に触れたセリフは「論争がお好きなようですね。」「論争は好みませんので、この辺で。」という時の発言である事。

そして、Mobiusさんの視点では、ザビビのふくろうさんは論争が好きなわけではなく、伝えたいことをいろいろな比喩や実例を挙げて熱心に伝えようとしているだけのように見えましたので、それを「論争」という言葉で一蹴されるのは忍びないと思ったからだという事ですね?

一方、時の認識では、ザビビのふくろうさんの行われている哲学は「理屈のごり押し」だと記憶していたことと、それを二人以上で行う場合には、「理屈をこねまわす、ごり押し」というものは論争というカテゴリーになるのだと言うこと。(私が入った場合です)

勿論、参加スタイルとそれぞれの哲学のスタイルも違う事。

大元は、このあたりの認識のズレでしょうか?

2018/06/14 17:12 No.1662

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