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哲学談話室No.1547 だけを表示しています。

ザビビのふくろう ★ZRGZRP6lC7_keJ

>>1546  承前
で、これも言うべきか悩ましいところですが、ここで言わせてもらうことにします。
SumioBabaさんとの議論において、いつも思うことで、しかも大変困ることなんですが、Babaさんは、ほとんどこちらの主張を理解してくれないんですよね(笑)。
私は自分の説明が悪いのかと思って何度説明しても一切変化なし(笑)
「のれんに腕押し」、これがBabaさんとの議論においていつも受ける印象です。
要するに、一番大切な主張ポイントは、すべてスルーだということですね。
Babaさんの知的能力からして、そして人格からして、不思議なんですよ。
ずっと、なんでだろうなーと考えているんですよ(笑)
で、暫定的なものではありますが、私の結論は、結局Babaさんは、相手の視点に立つことが、ほぼできない人なんじゃないかと思うんですね(失礼)。
それは思想にも関係しています。
つまりBabaさんは、自分がメタ的視点に立っていると基本的には思われているので、相手の立場と自分の立場を両方とも認める立場のような態度をとられます。
あなたの視点からはそうでしょう、それは認めますよ、と寛容な態度でおっしゃるわけですね。
しかし、実は、全く相手からすると、こちらの視点を理解していないわけです。
科学や数学のような学問では、その真理が公理や理論に相対的であるというのは知的に理解可能ですし、ある意味メタ視点に立つことは容易です。
しかし、哲学が問題にするような意味を含む世界観の問題は、実は二つの世界(井戸の中の世界)を同時に平等に眺め得るメタ視点などというものはないんですね。
すべてとは言いませんが、しばしばそうです。
つまり、反転図形というものがありますが、例えばある図を、ある視点からは老婆の顔、ある視点では娘の顔に見えるような絵ですね。
これらは、同時に眺めることはできません。
娘かつ老婆に見える視点というものは存在しません。
つまり、その意味ではメタ視点はないんです。
娘の顔に見える視点、あるいは老婆の顔に見える視点、どちらか一方の視点か、あるいは、どちらの絵でもなく、単なるインクの染みの図に見える視点か、です。
つまり、井戸の外に出たら、両方の顔ともに見えません。
井戸から出たら、両方とも見えないか、もう一方の井戸に入らないと、つまりもう一つの視点に立たないと、絵としては見えません。
その意味で、Babaさんの世界観の視点と、私の視点、Mobiusさんの視点とは異なるものです。
つまり、世界を異なったものと解釈して観ているわけです。
純粋に科学的に描写する限り、それは絵としてではなくインクの染みとして見るのと同じく、意味解釈を含まない世界の事物描写とみなせるかもしれませんが、
Babaさんの世界観も、時さんの世界観も、それは視点相対的であり、一つの井戸の中の視点であることにかわりはないのです。
失礼ながら、あなた方にはその自覚があまりないように思われるのです。
自分は井戸の外にいて、あなたの視点も正しいと認めていますよ、という一見寛容な態度です。
ですが、実際には絶対に議論相手の視点に立とうされないんですよね。
相手の井戸には絶対入らないってことです。
これは相対主義者を名乗りながら、実は隠れ絶対主義なのではないかという疑いがありますね(笑)
今回もまさにそうです。
私は今回、むしろBabaさんの井戸に入って改良を行っているわけです。
倫理主義者の二元論的立場から、メタ利己主義者の一元論的立場へと、立場を変えているのです。
二元論のわけないじゃないですか。
式も明らかにメタ自己利益を計算する式なんだから。
にも拘わらず、同じことしかおっしゃらないわけです。

2018/06/10 16:41 No.1547

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