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哲学の勉強、近況報告スレ

 ( 哲学掲示板 )
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うどん粉 @levinas ★gVURwKBNCQ_lU1

「勉強は苦しいが、誰かと共有することで、それは耐えうるものとなる」

ここは哲学を学ぶ人が、近況報告する場です。

哲学は基本的に独りで学ぶものかもしれませんが、
誰かと共有して幅を広げてみてもいいかもしれない。

中身ある思索のほうが大事かもしれませんが、
思索の中身は素朴な記録の積み重ねに裏づけられているのかもしれない。

互いの歩みも励みにしましょう。

1年前 No.0
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百理 ★5n9Jhh5DYh_jAc

私が一年生の時最後の授業の年だった一番習いたかった先生はドイツ留学されていましたから黒板はドイツ語の専門用語でした・・

やはり専門は一般的な知識とは違います・・

1年前 No.8

百理 ★5n9Jhh5DYh_jAc

哲学科卒業の人は何人かは、学校の先生が多いです・・

私のドイツ語をカンニングさせてと頼んだ体育会系の人も学校の先生になりました・・

1年前 No.9

てじ @flyonbody ★iPhone=lGsaZGr5tu

ハイデガーの『杣道』所蔵「アナクシマンドロスの箴言」ざっと見る。

ここでも縺れを解すことが言われていた。

Brauchの詳細な説明あり。

『ニーチェ』と同じく、ここでもAnwesendeがJe-weiligeとして捉えられている。

クレオーンがモイラとロゴス(とイデアとエネルゲイア)と同じものだと言われている。ヘンへの言及あり。

見てしまっていることとしての占い師の知の話あり。

Fug・Un-fug関連でfug語群のヒントあり。Fugはディケーの訳。

エオンへの言及あり。(「モイラ」を参照)



以上、過去の自分に伝えたい無造作なヒントでした。

1年前 No.10

百理 ★5n9Jhh5DYh_VuR

ニーチェが何故あんなに好かれるのかと言うとニーチェの言葉には音符が付いているっていうだけ・・

私には、テロリストにしか見えない・・

1年前 No.11

うどん粉 @levinas ★gVURwKBNCQ_R9r

レヴィナスが死の分析から導く「忍耐」という時間に関心があり、その導出をハイデガーと比較しながら追っている。
「忍耐」においても、レヴィナスに一貫する受動性の強調が見られる。
これはおそらく、レヴィナスの方法論と関係している。
その方法論は言うまでもなく、フッサールの現象学に負うている。
つまり、フッサールの現象学をどのように継承したかを見ることによって、レヴィナスの思想に通底するものを見ることができる。
その着眼は同時に、ハイデガーと比較する可能性も内包している。
つまり、両者がフッサールの現象学をどのように継承しているかを見ることで、方法的基盤の観点から比較が可能になる。
ただしここに言う比較は、もちろん相並ぶ思想の比較ではなく、一方による他方の超克を見るものである。
具体的には、レヴィナスがハイデガーをいかにして乗り越えようとしたかを追ってゆくことになる。

その比較の内実は具体的に、フッサールの「地平」をどう継承したかによる。
ハイデガーは地平を「脱自的な時間性」と解釈することで、現存在の存在意味に乗せようとしている。
一方でレヴィナスは、フッサールの「地平」が、概念を定義する思考をあふれ出して、ノエシス‐ノエマの構造を支えていることを、「フッサールの本質的な教え」であるという。
これはいわば、従来の哲学が経験の顕在的な側面を重視してきたのに対し、潜在性を強調するという発見のことである(この点は、ハイデガーが現実性に比して可能性を強調するところにも現れている)。

レヴィナスはこの潜在性をさらに一歩進め、無限の無限化という観点から「とりわけて経験と呼ばれるもの」を重視する。
それはつまり、他者との出会いという経験である。
デリダに「経験主義」と呼ばれるその根がここに存する。
ここに言う他者は、無限に隔たったものとして、全体性に包摂されることなき他者である。
この他者との出会いを強調する立場によって、ついにフッサールからの離反が明確に告げられる。
つまり、フッサールの地平もまた、古典的な観念論における概念と同様に、知るものと知られるものとの媒介を果たし、その隔たりを縮減するものとして、全体性を免れていないというのである。
たしかにフッサールは、志向的分析という領野を開拓しておきながら、あくまでも対象に対する十全な知を希求している。
そこに他性を見いだしたことは、レヴィナスの現象学における功績の最たるものだろう。
この、フッサールの「地平」に対する批判は、そのまま、ハイデガーの批判にもつながる。
つまり、存在了解もまた、隔たりを縮減するものにすぎないとするのである。
これについてはデリダによる有名な反批判があり、そこで存在了解を概念と捉える間違いを指摘されているので、まったく妥当とするのは留保すべきだが、少なくともここに、レヴィナスがフッサールとハイデガーから明確に決別したことが見て取られる。
つまりここに、方法的基盤の差異が存するのである。

ではなぜ、この差異から、受動性の強調という傾向が出来したのだろうか。
レヴィナスの説く他者との出会い、すなわち「とりわけて経験と呼ばれるもの」は、フッサールやハイデガーの二の舞とならないように、無限の隔たりを保っている。
しかも私と他者は、横並びではなく、非対称性を為す。
この点を詰めてゆくことによって、つまりはレヴィナスのいう「経験」を詰めてゆくことによって、方法的差異が取り出されるだろう。

おそらくそれは死の分析にあって、他者の死という経験をどう捉えるかという差異にも発展する。
ハイデガーが他者の死をあまり重視しなかったのに対し、レヴィナスがそれを強調するのも、ここに存するだろう。
それは明確に「死は存在と無の二者択一か」という疑義に現れる。
ハイデガーが無を前にした不安を強調するのに対し、レヴィナスは脅威を前にした苦しみを強調するが、それもこの疑義から出発する。
つまり、レヴィナスはあくまでも、他者の死という経験から死を無と捉えるのに抗し、その未知なるものであること、神秘を保つのである。
ここにも、隔たりを保つという方法的差異が響いている。
それゆえに苦しみという受動性が、もっといえば「忍耐」という受動性が、ハイデガーの雄々しき「死に臨む存在」に抗して語られるのである。

ここから最終的に、時間の差異が出来する。
ハイデガーが根源的時間を有限なものとしたのに対し、
レヴィナスは「忍耐」が「多産生」に流れるとして、無限な時間を強調する。
いわば死という「不可能性の可能性」を越えて、「息子」として成就する無限な時間が説かれるのである。
無限な時間は終末論に支えられている。
ここにはやはり、ユダヤ的な土壌が反映されていると思われる。

1年前 No.12

百理 ★5n9Jhh5DYh_VuR

フッサールさんに教えてもらった人はフッサールさんが後々意味不明な不可解さを残したので

フッサールさんとは別の独自の道を切り開き、偉大な功績を残した人が多いですね・・

1年前 No.13

てじ @flyonbody ★ZkiDndseok_Ew9

しばらく河本英夫を読みます。

1年前 No.14

てじ @flyonbody ★ZkiDndseok_Ew9

ギブソン『生態学的視覚論』第1部つまらない。

知覚を説明する際の語彙体系を一新しようという意図が具体的に冗長に展開されている。

本当に基本的なところで「開かれた環境はどの方向にも移動することをアフォードする」と言われている。
いかにアフォーダンスが一般的なものであるかが分かる。
媒質(medium)の性質が、それ自体で、動物の多方向への移動機会を提供している…という基本原理。

「afford」は普通に「機会提供する」と訳してもいいような気がする。
さしあたり、動物が物体に意味付与しているのではなく、環境的な物質・面・媒質が動物に機会提供している…という論に聞こえる。

(この機会提供それ自体の可能性を保証しているのは何かということにまで言及していれば、面白いと思う。
すなわち身体の問題にまで踏み込んでいるのかどうか…という関心がある。)

1年前 No.15

百理 ★5n9Jhh5DYh_VuR

最近は知覚と意識の関係も一般意識や絶対意識などの共通する意識と知覚の多様性が千差万別になる伝達の仕方とか・・

知覚のとらえ方が同じものを提供しても・・個人個人の知覚がそもそも共通ではないのです・・

1年前 No.16

てじ @flyonbody ★ZkiDndseok_Ew9

ちなみに第2部は面白い。

知覚系という考えが持ち出され、刺激作用と刺激情報が区別される。

情報は環境の中に実在するという考えがアフォーダンスだと百科事典には書いてあったが、この情報の実在性を保証するものとして包囲光(ambient light)という概念装置が出て来る。

しかし、最後まで読まないことには何とも言えない。

1年前 No.17

百理 ★5n9Jhh5DYh_VuR

神経の伝達物質・・と意識の流れの違いが・・

1年前 No.18

うん粉 @levinas ★gVURwKBNCQ_v2j

人はみんな、自分の物語を生きている。

その物語は、人生においてときどき直面する、
自分の持ち合わせではどうにも対処できない事態において、
自分の身を守るために作られたものである。

だからその物語を崩すことは、恐ろしいことであり、
だからこそ人は、自分の物語にしがみつく。

でも、その物語にもし、病的な文章が含まれていたとしたら、
その人は自分を守るためにかえってその物語に苦しめられるだろう。

その病的な文章を取り除く、
あるいはその意味を緩和することは、
物語全体を破綻させかねない。
だからそれはとても危険なことである。

それでも、その部分の影響をなるべく緩和するには。

そのためには、その当人がそもそも、
人の話を聴けるほどに心を開いていないといけない。
逆にいえば、心が開ける時点で、その人の主体性は救われている。

主体性とは、自分の心の部屋の鍵を開けることである。

でもそれは外側からはできない。
外側から無理矢理ドアを打ち破ろうとするなんてとんでもない。

だからこそ、援助するには、
その人が心の部屋の鍵を開けるために立ち上がるそのときまで、
祈りながら傍にいること、ドアを軽くノックすることである。

ぼくはこれまで理論的なアプローチから援助する道を模索して、
進学まで考えていたけれど、これからは実践の道に進もうと思う。

1年前 No.19

てじ @flyonbody ★ZkiDndseok_Ew9

古東哲明『ハイデガー=存在神秘の哲学』を読む。

『存在と時間』を通読した後、これを読めば、再読する際に良い道標になりそうです。

私が2年前にした経験と同じ事が、話題になっている。

私は2年前からその特異経験について語っていますが、
この本を読む人にとっては、私の全文章は余計なものとなり、むしろ邪魔でしかなくなるでしょう。

1年前 No.20

百理 ★5z6bVAmgS3_Vx8

ヤスパースさんが真の哲学者とした人はマックスウェーバーさんです。

フッサールさんの悪口を書いているように現象学は哲学とみなしていません・・

ハイデッカーさんも眼中にないようです・・


ヴェーバーさんは、西洋近代の資本主義を発展させた原動力は、主としてカルヴィニズムにおける宗教倫理から産み出された世俗内禁欲と生活合理化であるとした。

特に当時のマルクス主義における、「宗教は上部構造であって、下部構造である経済に規定される」という唯物論への反証としての意義があった[要出典]。



私もこれほど旅行してはいけないというような災害において・・禁欲と合理主義・・わびさびの生活を神が推進しているものと思います。

1年前 No.21

てじ @flyonbody ★iPhone=lGsaZGr5tu

>>21

ヤスパースをバカにするのはやめて下さい。

ハイデッカーなど眼中に無い人が『ハイデガーとの対決』という本を書くと思いますか?

ヤスパースとハイデガーが出会ったのは、1920年の、フッサールの誕生日会においてでした。その年、二人は文通をはじめ、文通は長い空白もありつつ43年続きます。

ヤスパースはハイデガーについてのメモ帳を、書斎の机に常備していました。

ただハイデガーがナチスにはまっていた1933年頃、ヤスパースは彼の態度に軽蔑を抱いていたようです。1936年に交友が途絶えます。ただ、文通は再開されます。

ヤスパースはハイデガーのスタイルが本当に嫌いだったように思われます。私が思うに「生理的に無理」だったのでしょう。

ただヤスパースは終生ハイデガーという存在が気にかかっていたものと思われます。良くも悪くも。ハイデガー・アンチとして、ハイデガー・ファンだったのではないか、と思いますね。もちろん、事はそんなに単純ではなく、複雑で微妙だとは思いますが…

1年前 No.22

ヒコ太郎 @hikotarou ★agBjffSqMl_FWA

戦争は人間関係を狂わせるからね
むしろそれが戦争の本来の目的なのかもしれない

ヤスパースの思想は戦争から影響を受けたといわれるけど、
正直言って、そのような思想は哲学にはあたらないと思う。
哲学の真理を求める側面は、戦争から影響を受けない。
影響を受けるのは、それが個人的な感情に基づくものだからだ。

もし哲学が戦争から影響を受けることがあるとすれば、
それは「哲学などやっている場合ではない」という一点においてのみだろう。

百里様の目覚まし時計は簡単には鳴らないようだ。
壊れているのか?と思えるくらいに。

1年前 No.23

百理 ★5z6bVAmgS3_Vx8

ヒコ太郎さん

ちょっとすごいですね・・実は目覚まし時計が我が家で鳴っていたのは40歳までです。

老人になるともう朝寝ていることは無いのです・・自然と目が覚めます・・もちろん夜中にも何回か目が覚めます・・

我が家に目覚まし時計がありません・・

1年前 No.24

百理 ★5n9Jhh5DYh_Vx8

てじさん

ヤスパースさんは実存開明は存在論では無いと宣言しています。

存在論などはハイデッカーさんに聞いて・・みたいな関係ない感じのような・・

1年前 No.25

ヒコ太郎 @hikotarou ★agBjffSqMl_FWA

>>24
百里様
一生涯夢を見続ける邯鄲(かんたん)の枕もまた一興ですね。
悟りを開くことは、目覚まし時計なしでは本当に難しい。

1年前 No.26

百理 ★5z6bVAmgS3_Vx8

悟とは、人生の生き方が解ることだと習いました。

覚者とは・・人間の秘密が解る事らしいです・・

人生が夢のように儚いとは思いません。いつもどんな時も過去世現在未来切羽詰まっていますから・・私は夢の中でも気を張っています・・

1年前 No.27

ヒコ太郎 @hikotarou ★agBjffSqMl_FWA

百里様
ところで、女性の心はどのように複雑なのですか?

1年前 No.28

百理 ★5n9Jhh5DYh_Vx8

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

1年前 No.29

百理 ★5n9Jhh5DYh_Vx8

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

1年前 No.30

百理 ★5n9Jhh5DYh_Vx8

申し訳ありません。人間のコンプレックスの種類を何十種類か書いたのですが禁句ばかりらしいです・・

1年前 No.31

ヒコ太郎 @hikotarou ★agBjffSqMl_FWA

百里様
ありがとうございます

1年前 No.32

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_qEA

苦労して描いた世界には、
新しいものは何もない。

なぜなら、
みんなそれを当たり前のように生きているからだ。
ぼくもあなたも彼も彼女も犬も猫も。
昔も今もどの国でも。

わかったのは、
人生における問題の構造だけ。

でも解決するのはそのつどの自分だし、
それはそのつど困難を伴う。

ぼくの思想は理念を描くこともなければ、
原理を示すこともない。

ただかろうじて、
現代の行き過ぎを感じられるだけ。

だからそれを思想と呼ぶのは
おこがましいかもしれない。

けれど体系的な考えだから、
とりあえず思想と呼んでみる。

わからないのは、
いまのところ存在と時間と言語だけれど、
それはもはや解きほぐしようがない。

また問題に直面するたび、
ぼくの思想は揺さぶられるかもしれない。

でもとりあえず、
今は安心している。

1年前 No.33

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_qEA

だからぼくの思想に価値はない。
ただそれは生きられるだけ。
それでいいと思う。

1年前 No.34

てじ @flyonbody ★iPhone=vPUt4k5038

>>34

自分を甘やかしてるだけの怠惰。

1年前 No.35

悪魔ちゃん ★30JjgxOVKX_ZFe

>35

てじさま、

阿さまの思考はとうに死んだわ。

で、てじさまは、どうします?

1年前 No.36

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_qEA

ぼくもあなたも彼も彼女も
男も女も赤ちゃんも老人も
犬も猫も鳥も魚も
草も木も花も
家庭も学校も職場も国家も
意識も理性も精神も魂も
場所である。

1年前 No.37

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_qEA

…招かれてもないのに、一人で語り過ぎたので、退きます。

1年前 No.38

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_2mP

卒論がやばい・・・。

1年前 No.39

百理 ★5z6bVAmgS3_zRM

すめんさんは、哲学科では無いのでしょう?

1年前 No.40

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_2mP

哲学科です・・・

1年前 No.41

百理 ★5z6bVAmgS3_zRM

すめんさんは卒論は誰を研究しているのですか?

1年前 No.42

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_2mP

レヴィナスです・・・。

死をめぐるレヴィナスのハイデガー批判を研究しています。

1年前 No.43

百理 ★5z6bVAmgS3_zRM

すめんさん

倫理学ですか・・存在論を批判するのですか・・

1年前 No.44

すめん @levinas ★gVURwKBNCQ_2mP

どっちもです。

1年前 No.45

百理 ★5z6bVAmgS3_zRM

あお学に進学した文学部(哲学科ではないけど)の高校の時の同級生は解らなくて親に教えてもらったそうです・・

1年前 No.46

てじ @flyonbody ★iPhone=EWKnAVh1q8

デカルト『省察』読んでるけど、論の進め方の丁寧さがスゲー

通勤途中、そらで『省察』を要約している

11日前 No.47

てじ @flyonbody ★ZkiDndseok_Ew9

廣川洋一『ソクラテス以前の哲学者』の要約(pp. 49-52)

アリストテレスは、宇宙の成り立ちなどを神話によって説明しようとする《テオロゴイ》と《ピュシオロゴイ》とを区別した。
ピュシオロゴイというのは「自然を語る者」くらいの意味だ。
そして、彼はこのピュシオロゴイの創始者としてタレスの名前を挙げた。
タレスはギリシャのミレトス出身なので「ミレトス派」などと言われたりする。

タレスは《万物の原理は水である》と主張したとアリストテレスは言う。

タレスは紀元前585年の皆既日蝕を予言したと伝えられている。日蝕を予言できたということは、実際に現象が起こる前に、それがなぜ起こるかという日蝕の原理にもとづき計算したからだろう。

これはまだ、ありとあらゆるものがなぜこのようにあるのかを、原理にもとづき説明する態度ではない。しかし、もしタレスが「万物の根源は水だ」と主張したのだとしたら、これは《万物の存在にはひとつの原理がある》という発想である。そしてそれは水だという。

水は神話的なものでもなければ超常現象でもない。俺たちが日頃なじんでいるものをつかって、それがどのように万物へとなっていったかというふうに説明するならば、水は万物の根源として考えられていることになる。

アリストテレスがタレスに見ようとしたのは「宇宙万有を全体としてその視野のうちに置き入れ、統一的に説明し理解しようとする思考方式」ではないだろうか。

哲学の哲学たる所以は、ここでは、《万物をひとつの原理で説明しようとする意志》に認められているようだ。

『ギリシア哲学史』の加藤信朗先生の言葉では

「世界のうちにあるさまざまな存在事物(=多)がすべてそこから由来する同一な原理(=一)を、事物の自然本性であるとし、これによって世界一切の存在事物を説明しようとしたところに、初期自然学の特徴があった」

「水が乾いて空に上り、固まって雨となり、川となり、海となる。水が固まって石となり、石が砕けて土となり、土が溶けて水になる」というふうに、自然の生成消滅が、神の意思のあらわれなどとは別な、冷静な観察眼によって認められ、こうした生成消滅において変わらないものとして水という原理を措定したのだろうと、加藤先生は言う。

7日前 No.48

宿題 ★eM1n2yJmTo_Tbw

てじさん

@生身の人間が意識を持つ・自分と宇宙を考える

A存在しないバーチャルの人間が意識を持つ・自分と宇宙を考える

どちらも成り立つと思いますか?

6日前 No.49

てじ @flyonbody ★iPhone=EWKnAVh1q8

おばあ

成り立たないでしょう。

6日前 No.50

宿題 ★eM1n2yJmTo_Tbw

てじさん

生身の血が流れているということだけですか? 違いと言うのは?

4日前 No.51

てじ @flyonbody ★iPhone=EWKnAVh1q8

《意識をもつ》とは、《意識である》ことでしょう。

3日前 No.52

宿題 ★eM1n2yJmTo_Tbw

てじさん

意識を持つ・意識がある=意味を識る(いみをしる) ことでしょう?

3日前 No.53

てじ @flyonbody ★iPhone=EWKnAVh1q8

意識があるとは、たしかに、目の前で起きていることの意味を踏まえて行動していること、でしょうね。

3日前 No.54

宿題 ★eM1n2yJmTo_Tbw

てじさん

存在は意識あってこそだと思いますか?

3日前 No.55

てじ @flyonbody ★ZkiDndseok_Ew9

>>55

思いますよ。

3日前 No.56

ちょっとね ★zkRJpKz2Kv_yoD

意識現象こそ実在である。(西田幾多郎)

3日前 No.57
ページ: 1 2

 
 
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