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不正義遁走曲(ふせいぎフーガ)(完結済み) [ サブ ] ●メイン記事 (23) / ○サブ記事(7)


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かえる @rueka ★QWl96gXn5z_BwN

 週刊誌報道のお陰で文章の後に「(笑)」をつけると、なんだか腹黒いイメージになるな〜とか思うかえる。
 かえるが使うそれは、愛情に溢れたものなのでと一言添えまして、こんばんは。

【 不正義遁走曲(ふせいぎフーガ)(完結済み) 】――ナンバー11「二 地図の示す場所」まで読ませて頂きました。


 「二 地図の示す場所」は面白いですね。
 比較すると「一 おじいちゃんの遺言」は面白くないとは言わないまでも、面白いとは言えない。

 サクっとした感想の提示から入ったのですけれども、
 ゴンさん(作者)も「地図の示す場所」からの展開は面白いだろ、と分かって描かれていますから、
 「おじいちゃんの遺言」のこちら(読者かえる)からの食いつき度合いを、どの程度に図っていたかで妥当なのかそうでないのかでしょうね。
 読者かえるはそれがわからないので、「二つを比較するなら」で述べています。
 (もう、書き手の視点での意見なんですけれども(笑))

 読み手として、無難と片付けても良いですが、
 恐らく読者で語ると言うことがなにもないので、ちょいちょい書き手思考の強い意見を述べています。すみませんぬ

 それで、「地図の示す場所」まで読んでもらえたら合格との意識でしたら十分ですし、
 それ以上のものを求めてでしたら、やはりかえるは面白いとは言えない、そう言うだろうな〜です。

 好みの問題と言えばそれまで。
 なので、この好みをなるべく介せず考察するのが良いのですが、あまり客観的になるとコメントができないので難しいな〜、です。

 と、心情を吐露しながら語っていくのスタイルのかえるコメント。
 なかなかに「面白い、面白くない」の二極で批評できないところですから、と本線復帰で以下踏み入って、です。


――”面白くない”にも幅はありますので、のお話

 1,読みたくね、の面白くない=いわいる「くそ」ってやつですね。
 2,ダレる、の面白くない=いわいる「退屈」ってやつですね
 3A,わかっているけど、の面白くない=いわいる「説明やまとめなどの必要経緯で我慢する」ってやつですね
 3B, 物語には起伏がある、の面白くない=(上の別パターンですが)いわいる「キャラや世界観の掘り下げなどで本筋が進まない」ってやつですね

 「おじいちゃんの遺言」は2.5辺りをずーと走っている印象を持ちました。

 当たり前ですが、物語の序盤なので「3AB」に触れた際、まだ下地を構築する段階なので、作品へ興味を持つのはまずもって難しいです。

 ですからかえる考えですと、どう頑張っても、この時点でMAX「3」を越えることはないです。
 何かしら、読者の持つ物語の下地を利用しない限りはですね。

 <余談で補足>「読者の持つ物語の下地(かえる語)」は、一般化した既存作品の概念なりで、
 単純に今までに感じたことのないものを冒頭から感じたら、それは興味になります。
 大概は出オチ以上のそそられるものを感じないかえるですから、利用して興味を惹かせるなりは作風なので、終わらせて、
 とりあえず、理由もなく「面白い」と感じる度合いはなかった、とですね。
 逆だと、面白くないとの理由が存在しないので、無難で良いとも言えます。

 (ゴンさんならもうわかって頂けると思うのですけれども、あるがマルでないがバツとかではなく、
 こちらが受け取った”度合い=温度”の提示でしかありません)

 ただ、その中にあって、冒頭の>フーガは正義の味方を目指している。、は良いなと感じました。
 開始数行で、ぐっと惹きつけられたフレーズと出だしの展開であります。

 んで、上手いな〜と思うのが(この辺、ゴンさんの持ち味なんですけれど)
 主人公フーガくん(子供)の設定がかなりの説得力をもつ、作中における”実に相性の良い特別”です。
 理由を必要としなくても成立する題材なので、余計に>フーガは正義の味方を目指している。が映えると好意的です。

 この効果は大きく、物によっては――たとえば、将棋の棋士なら、
 それを目指すきかっけなどが後の文章(展開)へ続くのが概ね必要になってくるだろう、と予測できます。
 必要としなくても、物語のどこかで必要とされる場面が出てきます。

 しかし本作の場合だと、なくても良いのかな、です。
 「子供ならわかる」の概念がありますので、すんなり「そういう子ですから」をスタートにできるってことですね。

 一応、今後の展開関係なしに(まだ読んでいませんので)、「ヒーローのケツイのきっかけのエピソード」がどこかに構えている、が綺麗なまとめだと
 作品の完成度の一番上を考えるなら言わないといけませんので記します。

 冒頭から数行の感想で、これですからかえるさんのこだわりは困ったものです。(笑)

 さて、

――面白いとは言えないと言ったものの、味わいの”味の濃度”は断然「おじいちゃんの遺言」でしょうね、のお話

 好みの人が読めば、面白さを感じるポイントが、「おじいちゃんの遺言」>「地図の示す場所」かもしれません。
 理由は簡単で、フーガくんの行動から感じ取れる(考えられる)部分の濃さでしょう。

 作品(「地図の示す場所」まで)読むと、上手く子供の思考を元にした描写になっています。

 この類の描写を使って、作者の思考(想い)を表現する、または反映させる技術はもう何も言うまいクラスですね。
 創作に作者がいるのであればここは大した上手さです。
 加えて、よくいう「中身のアルナシ」の部分がこの辺の表現が含まれるかそうでないかが影響するのではないかとのかえる思考です。

 んで、少し決めつけて述べていくのですけれども、
 さっくりだと、欠かさないのが少年少女を扱う作品+死の価値観的テーマを含ませる作品を作られると思います。

 それで、この子供ならではの考えや行動に、作者の伝えたい思考と指向=たぶん死の見つめ方のテーマが含まれています。

 子供が慣れていない身近な現実として自覚する、からその現実を目の当たりにして――の流れがあり向き合い方に過程がありますので、
 「死」そのものを考えるよりは、作品がフーガくんを通して触れてみた、でしょうか。
 しかし結局は、この触れてみたから「死」に対する作者の受け取り方が読めるので、読者には”表現”を提示しています。

 そう読んだかえるの感覚を元にすると、「おじいちゃんの遺言」には作品の味を知るための”味”が確実に存在します。
 (後述の「戸惑い」の為の印象を伝える、で、感じ取ったことへの是非はありません)

 それで、これは読み取り感じる部分なので、
 表面からイベントの意味を追うと、作品のこの区切りで一番読者が受け取るべきは「おじいちゃんとの約束=決意の物語」です。

 上手くまとめているとの発言をしてから、
 ただ、印象で言えば、”全体の文章には焦り”(本編ナンバー2くらいまで、以後徐々にゆるやかになる感じを覚えました)の感覚でしょうか。
 テンポは良い(無駄はない)文章に詰め込み感は受けませんでした。

 けれども、(場面が焦燥感が出るところなので、またややこしいのですが(汗))、文章が急かして次へ移らなければ、のような感じといいましょうか、
 ゴンさんとしても「地図の示す場所」からがメインの面白くなるところの始まり(決めつけていますけれども)ですから、寄り道せずにたどり着きたい。
 かえるに書き手の思考が強いのか、この寄り道をせずに向かう真っ直ぐさが、消化試合の受け取り方ですね。
 でも、内容はところどころに「中身」があるから・・・フーガくんの死の向き合いが、ゴンさんが表現したい重要な部分なのかおまけなのか。

 作者にしか程度がわかりませんけれども、読みてはこの度合いの強さを作品傾向の指針にします。
 ですからかえる語だと、そうですね・・・うーん、「戸惑い」がありました。
 戸惑いが起こった要因をかえる分析すると、
 読者が作品の方向性へ対する気構えができていなかったからだと思います。

 初めて読むものなので読者は序盤は探りながら物語を追い、自分の中にある材料で小説の雰囲気をその都度固定させていきます。
 それで、これは「こういう作品だな」とか気構えを作って”世界を読む準備”をします。
 冒頭の少年は正義のヒーローからすると、この準備に少々時間を要としたって話ですね。

 良く言えば、作品から味わえるものを知る序盤、で、
 悪く言えば、作品が何味かを探ってしまう序盤、だった気がします。

――純粋に肌触りからの相性なんですが、のお話

 おじいちゃんとの約束=決意の背景として「死」は相性が良い。
 それでこの場面の「死」に相性が良いのは、「おじいちゃんとの思い出(フーガくんの信念の要素になる)」かなと思うかえるです。

 この相性具合は、「死」を背景にしている時点でゴンさんにはよく伝わることだろうと思います。

 んで、作中でしっかり描かれている方は、「フーガくんの死に対する心の動きです」。
 作品としてはどちらともあった方が良く、作中にその両方の部分はあります。
 だがしかし(駄菓子菓子)、ウエイトが「思い出」<<「死に対する心の動き」で、
 最終的にこのお話で最も感じ入るところが、「おじいちゃんとの約束」なのか「フーガくんが目のあたりにする死の体験」なのか分けて受け取り戸惑った気はします。
 裏を返せば、「フーガくんが目のあたりにする死の体験」が上手く表現として成立していた(がっつり心に届いた)だからこそでしょうね。

 ゴンさんとしても、その両方を読み取って欲しいのが意図だってことなんでしょうけれども、
 かえるは「物語の死から受け取るもの」はあくまでも物語の進行を通して裏での中身なので、物語の要点としては「思い出」へのウエイトのバランスをもう一歩欲しいかな〜と考察します。

 さてさて、結局「おじいちゃんの遺言」に於いて、完全にこれだめだな〜と指摘できるところはなく、
 かと言って、こうすれば良くなんじゃね? とかも言えない。

 そう感じるのは段階的に小説とは別に、作者の描き方を肯定するなり否定するしかできないものだからと思います。
 これを無難と捉えるか、十分と捉えるかは作者さん次第なので、
 後は純粋に感想に残る楽しかった、面白かった、つまらなかった、退屈だった、このキャラ好き嫌いを愉しみ、バロメータにすれば良いのかな、です。


――やっと「地図の示す場所」、のお話

 かえるには読んでいて楽なパートですね。
 ウキウキわくわく、作品の面白さの一つであるフーガくん(子供思考)を楽しめるお話ですから。
 あとは、目的を探る不確定要素を入れて冒険にしている点は素晴らしいですね。

 ここまで読んで思うのは、ほんと上手く子供の思考を描いているな〜です。
 全体的に○評価として、

・サエキさん辺りの自分に都合の良い解釈、また逆のおじさんやお兄ちゃんへの解釈具合と発想が微笑ましく面白いと、印象も良いです。

 作品がフーガくんだからを余すところなく使っているので、確実に設定が活きている。
 そのことは高評価しないといけませんし、正直、設定がちゃんと活きている作品の方が珍しいですから貴重でもあります。
 そもそも、設定が活きないと設定の意味がないのですけれども・・・難しいんでしょうね、(かえるさん含め)大半はできていないですから、貴重になるのものです。

1年前 No.1

かえる @rueka ★QWl96gXn5z_BwN

・ネーミングで言えば「エックス山」いいね、です。

 つけそうじゃん、に尽きます。

>どう考えてもセイロンで、しかも大人の考えだった。
 悔しいけど、認めざるを得ない。今日はもう、無理だ。

 さっちゃんの駄目だに従うシーンですね。
 ここは少しだけ期待に対して残念な印象を受けました。

 子供の思考的には十分な受け取り方をして読んでいますけれども、
 正義の味方の決意と、子供の好奇心が弱く映るシーンでもあります。

 読者の気持ちの受け取り具合で、これが後に活きたりするかな、とも思いますから、
 要所要所のキャラを感じるポイントとして挙げる意図です。

 仮にこの時のフーガくんと後のフーガくんで変化があるとすれば、子供の思考としてでなく彼の言葉があると良いかな、とぼんやりかえるなら思います。
 かえるはコメントを描きながら、あーこれ今度自分とこで材料にできないかな〜とか考えながらですから、
 気がつけば、書き手目線ですよね(笑)

 物語の進行的にも「引かせ、惹かせる」場面なので、
 その点で違和感としてはない部分です。

――読んでて面白いのは、やはり面白い動き(流れ)があるからなんでしょうね、のお話

 アクションとしての動きでもなく、単純にイベントとして動きがあるから興味を惹かれます。
 子供の思考で動いていく物語が面白さを感じますが、それは作品の味の部分で、言ってしまえばかえるの好み。
 対して、イベントに動きがあるは物語の進行自体に面白さを感じていますから、ゴンさんは押さえるところはしっかり押さえているってことですね。
 かえるとすれば、分かりやすいくらいに――ですけれども、もし初心者の書き手さんが本作を読まれるのでしたら、なぜ面白く感じたかを考えると参考になる作りです。
 (別口で清掃センターの件を前へ持ってきたのも、最良と言えるくらいに上手いですね。)

 それで、やっぱりで「エックス山」には行かない。
 読みほうはもどかしくまじかよ、と思うのですが、そうようにわせた作品の勝ちで(この時点でしばらくは作品での勝ちを取ったと言っていいです)、
 勝ちを取れる描き方だったと評価します。

 んでもって、序盤の「おじいちゃんの遺言」にこの面白い動きがあったかと言えば、かえるは感じていません。
 うーん、難しいところなんですけれどもね。
 真っ直ぐ突き進んだからこそ、この面白い「地図の示す場所」へ早く辿りつけたわけですし、後が映えたのも「おじいちゃんの遺言」があってこそ。

 では、「おじいちゃんの遺言」を面白くしようと思えば、その前に意味を持たせる描写をすれば良い。
 でもそうすると「地図の示す場所」が遠のく。「地図の示す場所」は冒険の始まりなのですからそれは頂けない。

 あれですね、一度本を開いたら読了するまで本を閉じられないシステムとかあれば、だいぶ楽ですよね書き手は(苦笑)



――その他、難しい(試み)ことやってるな〜のお話

 子供視点の物語って難しいんですよね。
 読む方はフーガくん以上の大人ですから、ゴンさんはフーガくんを描きながら大人に読ませないといけません。

 だからこその効果としては、子供心を知る大人だから思うところや共感する部分に感慨を覚えて、
 等身大の主人公の共感とはひと味違ったものになります。

 現段階ではすこぶる上手く描かれているな〜しか思いません。

 んで、アイテムとして「カタカナ」表記、表現があります。
 是非で言うなら、○をつけますけれども、
 八割上手く機能して、二割は足かせ、もしくは効果が得られなく”あるだけ”になっている印象です。

 足かせとしては、そこカタカナじゃないだろうか、と思わせてしまう言葉が生まれてしまうこと。
 ”あるだけ”はそのままの意味で演出の効果もなく読みづらいだけの意味です。

 難しいことをやっているな〜しかないのですが、効果がある部分を受け取っているので、面白いとは思っています。
 上手いになると10割を求めちゃうので、「良い悪い」が言えません。

・主人公キャラの部分で、得もするし損もしているな〜、のお話

 フーガくん=大人が思う子供。

 読者の心を揺さぶれば、それが作品におけるフーガくんの存在意義を大きくしますし、
 作中フーガくんは、この大人が感じることができる子供である必要性があります。
 (面白さと直結していますので)

 なので、考えようによってはフーガくんの性格ははあまり表に出せないと思います。
 これは他の作品にもある傾向で、周りのキャラが映えたりするのは主人公と違って枷がないからだと思っています。

 例えば、現段階では出番が少ないさっちゃんのほうがキャラは立っています。
 この点で言えば損な役回りの主人公。
 その主人公役にあって、フーガくんは子供を演じつつ、大人に向けての子供もそうしないといけませんので大変だな〜、です。
 かえるにとってこれは難しいになります。

 しかしながら、この難しさがあるからこそ作品の評価というものが生まれますので、
 書き手としては腕の見せ所なので、困難であればあるほど作りがいがあるのかもしれませんね。


――細かい所で、のお話


・地図の場所が敵のアジト(清掃センター)と判断したフーガくん
 その後、清掃センターで

 >フーガはすぐにでも、おじいちゃんの地図の場所を、見つけなければならないのだ。

 未だに怪しいとは思っているものの、ここは違うの考えの変化に至る「なにか」がかえるには読めなかったです。


――細かいところで、そこまで求めなくてもいいいんじゃね? の話


・言葉のイメージで不正義とあるから、どうしようと思いましたけれども、
 一般的に刷り込まれているのは「悪の組織」とあるように「組織」にあまり良い響きをもたない日本人。
 その影響なのか、「正義の味方」や組織の代わりに「機関」などと使うかえる観。

 タイトルなのか、悪との並べる対比で「正義の組織」とのフレーズなのか、少しは勘ぐりましたが、
 刷り込みを前提にするならば違和感を感じるフレーズではありますね。


・色、温度、音など情景を促す言葉が見受けられる中、そういや質感=肌触り的なものがなかったような気がするかえる。
 特に質感が必要な場面もなかったからかもしれませんし、こちら側が必要としたのもありませんけれども、
 とりあえず挙げてみて、自身に釘を刺すのであります。


――作品の感触です、いえい。

 今がつかみはOKで、読者に明確な興味を示せているところですから楽しいですね。

 気になるのは、Xに何が待っているのか。
 そして、関係する材料は名前なり中身なりひと通り出てきていますので、どう関わるのかが惹かれます。

 あとは表のテーマはフーガくんの正義との向き合いだと予想はつきますので、
 葛藤なのか、一つ大人になるのか、注目するところが分かりやすいので物語を追う上で邪魔にはなりませんし、
 読み手にとって先が明るい(ある程度気構えなり期待ができる)のは、素直に読んでいて楽しい、だと思います。

 書き手としては、むこう(読者)が読んでくれるところなので、冒険できるところ。
 締め付けがゆるくなるここで遊ぶのじゃ、で一息つけるところです。

 以上、とにかくまとまらない orz と自己の脳みそにもどかしさを感じておりますかえるは、
 小分けしてコメントを書いていたので、何を書きたいのか方向性が定まらず、
 ああ、アレも良かったな〜とか思ったこと項目を忘れる次第ながらも、半分は読んでいますから、
 まず余程のことが無い限りは「なんじゃこれ」にはならない作品『不正義遁走曲(ふせいぎフーガ)(完結済み)』。
 (ああ、タイトルもいいですね、かえる感覚だと。大したことないことのようで、大したことあるタイトル評価)

おじゃまさまでした。かえる m(_ _)m

1年前 No.2

ゴン @gorurugonn ★yRn10TRCWH_0Ml

恐ろしく長い批評。
俺でなきゃ読み逃しちゃうね。

とかってハンターハンターの団長の手刀を見逃さなかった人がおっしゃってるんですけど。
とりあえず最初に言っておくとすると、多分かえる様の批評ポイントからするとこのあとの展開はなんじゃこれになると思います。

実はこれジュニア冒険小説対象に公募した作品です。規定により400字詰め原稿用紙200枚を越えられなかったので、八万字以上にはしようがなく本当に文字数合わせるためにひいこらひいこらやってました。その結果致命的な誤字が送ったあとに出てくる出てくる。これもう無理だろって思っていたら案の定一次選考さえ通っていなくてがっかりびっくりげんなりでした。

そんなわけでかえる様の批評の中に冒険しているの文字があった時、この上なく嬉しかったです。冒険小説を書けというお題だったのでその点で冒険要素が伝わっているのは非常にこちらの意図が伝わったところでした。

先に答えやすいところから。
組織と機関について。これは書いている時から私も正義の組織はなんかいい言い方じゃないと思っていて、なぜ組織に悪のイメージがついたかというと、それは多分コナンの黒づくめの組織の印象にかなり引きづられる部分があるんじゃないかなと思っていたりするわけですが、それとは別に機関の表記にしなかったのは機関という言い方にすると、なんとなく公的なしっかりしたイメージがついちゃう気がしたり。国連機関とか国際機関とか、例えばキングダムハーツでは悪役の集団で]V機関があったり案外悪役にもこの機関があるのではっきりしたことは言えないんですが(多分]V機関にしても組織じゃなくて機関と名乗っている部分には完全な悪役じゃないイメージとか、組織の名前では感じ得ないなんとなくしっかりした感じを持たせようとしているでしょうし。とかってかえる様がキングダムハーツご存知の前提で話しているんですが)、とにかく機関と言えるからには特定されている感が付きまとう気がするんですよね。つまりひとが集まってある目的のために行動している存在は組織ではありますが、その団体がどういうものか知らない人間はまずこれを機関、という言い方をしないと思うんですよね。機関というからには、その組織そのものがそれを名乗っているか、あるいはその名称を当てる際に機関と称するに十分な実態を把握している、というのが前提になると思います。つまりあくまでイメージ論ですが、人が集まって行動しているものを組織と称するのは普通ですし、団体と表現するより目的意識と帰属意識が明確に存在する感がありますが、それを機関と表現するかどうかは結構微妙なラインだと思います。

この場合、フーガは正義の味方がいて、正義の味方がいるからには何らかの組織があり、おじいちゃんはそこに参加していて、自分もそこに導かれるものだと思っていますが、それが機関であるかどうかはわかっていません。組織はあるべきですが機関と称してしまうと、そこに運営する半ば公的な国家というか、自治体というか、あるいはもっと大きな構造でもいいんですが、明確に実体を持って社会の中に位置づけられて存在しているイメージです。構造的とでもいいましょうか。フーガがそこまで妄想している、でもいいんですが、この時のフーガはそこまで世界を膨らませていない感じです。むしろあくまでもフーガが信じる正義の味方が属する組織の根拠となっているものがおじいちゃんの言葉ではなく、それを解釈したフーガ自身の思い込みである以上は正義の味方がいて、正義の味方がいるなら、何らかの組織があるだろう、自分はそこに入れてもらえるだろう、という判断なので、人の集団としての組織の存在は言葉の上では普通ですが、それが機関と言えるかはまた別の問題になると思ったり。その辺で正義の味方感はあるんですが実在するかどうか、実態も規模もまるでわからないけどとりあえず正義のために活動しているはずだというフーガの思い込みの上にだけ思い描かれる存在に機関というフレーズは使いづらかったというのがありました。ここでフーガが正義のための組織についても設定を持っていて、それが機関として設定されている場合はそのままおじいちゃんと思い描いたあの機関、でいいわけですけど、フーガ的にはこれまでフーガ自身の正義の味方の夢を応援してくれたおじいちゃんが、初めておじいちゃん地震が所属していた実在する正義の組織についてようやく入口を教えてくれた、みたいな解釈で進んでいますから、それが機関であるのか秘密結社であるのか、ヒーローカンパニーであるのか、慈善団体であるのか、そこまで立ち入った判断は下せない印象です。機関は組織ですが、組織が必ずしも機関であるとは限らない、みたいな抱合関係を私は感じて、そこら辺から機関とは言ってなかったりします。

少年少女と死

死については概ねかえる様のおっしゃるとおりなんですけどそういえば少年少女だわと思いました。ただ、不正義遁走曲については死自体はメインテーマではありません。ただおじいちゃんの死は色々と意味合いがあるんですが、ピルグリムの唄と違って死の受容とか自殺がどうのこうのという話ではないのは確かですね。この話を書こうと思ったとき、正義について書こうと思って、公募先のジュニア冒険小説大賞のグレードとしても、小学校高学年から読める冒険小説という規定があって、それに合わせて書こうとしていたので、私としてはあんまりゴン作品特有の死にまつわる感情をかなり控えめにして書いたつもりでした。でしたけど改めて読むと全然控えめになってないですね! なんか最後まで読むとそれが本筋みたいになってますし。あるぇ。

ここは反省しなくてはいけないところです。特にそれがきっかけでかえる様が面白くなかったと言ってますから余計にですね。死をメインにしていないのにメインに取られるほどに死について描写していることになりますから、ここはこの先別の物語を考えていく上では非常に問題になる課題ですね。その路線で行くなら徹底して踏襲すべきですし、そうでないならこの作品はその点では創作に問題があったことになります(これが微妙な問題なんですが、ピルグリムの唄やほかの作品を書いている時の死について書こうというノリじゃなかったことは確かなんですが、死を交えないで書こうとも思っていなくて、ただこの作品は死については割とマイルドなニュアンスでいたものですからうーんどうしようかという感じです)。結論として言えば、この作品における死の描写はあくまでも添え物程度、フーガが正義の味方の地図を頼りに冒険する、その冒険を引き起こすきっかけとしての遺言という形でのおじいちゃんとの別れが必要だったので、この点で言えば一イベントに過ぎないポイントがあたかもテーマ的に展開していることになりますからそこは力の入れ方が間違っていることになります。

そうそう、これは言っておかないといけないことなんですが、エックス山ですが、実在します。ネーミングを褒めていただいて恐縮なんですが私がつけたわけじゃないのでここは申し訳ないです。この他国分寺の地理とか私初めてこの小説で舞台の下調べをして書きました。ただ、実際に取材には行ってないので実態としてどの程度正確か、と言われると全部フィクションですと言うしかないです。そんな感じです。

キャラ立ちの話。

えー、これかえる様の批評を改めてほかの作品に残されているのを読んだときに割と高い確率で言われてることなんですけど、私は初めて言われたりすることで、それがどうしてなのか考えると、それまでの作品、主人公組がゲストとして登場してるんですよね。オズの時はまず視点の主として現れるのはカインであり、ピルグリムの時は基本的にはフィーネちゃんで、ウッドマン、スケアクロウの印象は基本カインを通してのものであり、特にウッドマン視点は存在していませんでしたし、ピルグリムの時もフィーネちゃんを通してのフォルテ君、アンダンテさんの印象であり、フォルテ君の視点、アンダンテさんの視点はあまりメインになっていません。だからこそ、主人公として視点の主で印象薄くなる、の影響がほとんどなかったので、総じてかえる様からはキャラクターよかったねの評価をいただけていたような気がします(これに対してポケットに毒薬をはキャラクターあんまりだったんですけどもともとキャラクター造形の小説ではない上に視点の主=主人公だったこともあるのではないかと思いました)。これはひとつポイントになるかもしれない情報だなと思いました。シリーズものの第一話をゲスト視点にすることでシリーズ全体の主人公の印象をあげられる、かも。シャーロック・ホームズが一番最初に思い浮かんだんですが、あれもワトソンが語りだからこその主人公映えだなと思いました。涼宮ハルヒとか。視点の主は割と平凡で、その平凡さが好印象に結びつく例証ですね。でもこの話はフーガ自身の内面の話がメインなのでキャラ立ち以前にコンセプトとして視点の主はフーガにならざるを得ません。その意味ではこれまでのシリーズものの構成についてそういえば、という発見がありました。

ちなみにさっちゃんのキャラ立ちに関しては私もフーガより立っているとそう思います。全編を通して一番人気キャラ投票やったらダントツでさっちゃんが一位になると思います。

正義の味方に憧れるきっかけ。

ネタバレになるかもしれませんが、この話には出てこなかったりします。八万字に収めなくちゃいけなくて盛り込めなかったという点、かつ最終的な話としてはそもそも存在しない方がいいと私は思いました。

エックス山に行かない話。

これは小説のネタよりも小説のテーマに関わる部分でこの展開にしたところだったりします。

とりあえずこんな感じだったりします。またの機会がありましたらいろいろ話せるところも出てきますけど割とかえる様が喜ぶよりはシビアな目つきになる作品だと思うのでガクブルですね。
この度は不正義遁走曲をお読みいただきありがとうございました。

1年前 No.3

かえる @rueka ★UcqbezVV2U_BwN

こんばんは、かえるです。
(すんません、すんごい長くなりました。しかも似たよ〜なことで具体性がないふんわりのスポンジ仕様です(苦笑))

二回目のコメントをしようとお邪魔したわけですが、
先に  >>3  への返信などを踏まえて前置きを語りき。


八万文字。
うーん、『不正義遁走曲(ふせいぎフーガ)(完結済み)』を読んでしまうと、
もっと欲しい、せめてあと一万字とか悩まされる制限ですね(苦笑)

かれるは自己制限の中で描くことはあっても、あームリで、済ませられるのですが、
公募となるとその辺のやりくりで頭を痛めるところですね。心中お察しします。

結果は残念ながら――で、ほんと「がっかりびっくりげんなり」だとは思います。
ですが、こんな思いをできるのも、相手の求めるものを描こうとした作品があってこその思いですから、
誰もが経験できることではありませんので経験値半端ない、とかえるは前向き思考で今後のご活躍にエールを贈らせて頂きます。

>秘密結社

 ほんといかがわしい組織の匂いがぷんぷんする言葉です(笑)

>少年少女と死、のお話

 そこまで(許容を越える)「本筋みたいに」とは読んでいませんけれども、少年の感受性の中にある一環としてここはしっかりと読んでます。
 んで、しっかりと伝わって欲しいのはゴンさんの望むところで、読者としても読み応えがあり作品としても良いとかえるは好意的です。

 たまたま材料が扱い難いものだったのでしょうね。

 読者(かえる)の受け取り方で温度が変わるのですが、
 「死関連」は「友情」や「恋」「家族」、またぶわっと広げて「青春」なんかと比べれば匂いが強いと思われます。

 >死をメインにしていないのにメインに取られるほどに死について描写していることになりますから

 ほんと、難しいことをこなされていると思いますよ。
 両立、バランスが非常にですね。
 ただ、成している前提で話していますので、今回は条件的に序盤だったってのを推して取り上げていることもありますから。

 フーガくんの気持ちの動きを表すのは作品の良さであり、少年を題材にした部分で疎かにできない部分ですから、メインではないですけれど重要。
 だからこそ、ご作品は(最小限最大で)描かれたものですから、味を感じるものだったとの評価になります。

>かつ最終的な話としてはそもそも存在しない方がいいと私は思いました

 八万字があるので、うんとしか言えない(笑)のですけれども、
 この辺は面白いところで、作者のゴンさんと書き手かえるで意見が分かれるところだったりします。

 で、存在しない方がいいの意味は作品に在って良いと理解していますので、かえるのターンを二択目として加えたら、って話ですね。
 かえる思考は八万字全然考慮していませんし、結末も考慮していませんけれども(笑)

 ココいら辺のかえるの思考
(存在しない方がいいと選べるってことは、言わずもがなゴンさんもエピソードが在った場合の意味合い(=キャラの信念の原点提示)は知るところだと思いますので、あんま言葉を並べても意味ないのですが)
は、後ほど終わり辺りで少し触れさせてください。

・エックス山、あはは、すみません。(汗)

>かえる様が喜ぶよりはシビアな目つきになる作品だと思うのでガクブルですね。

 (いやほんと)よく出来て面白い物語でしたから、こちらも下手なコメントできないな、とガクブルですね(笑)



 ◆ ◆ ◆


ではでは、ここから本編「三 遺されたもの」「四 不正義の活躍」「五 四十九日」につきまして。

――まず総評的に、のお話

 すげえな(物語のお話よりも作品として)と思うのが、
 よく現実社会の範囲内で、ここまでの冒険と舞台を用意できたな〜で、あっぱれ具合がパネー、です。

 あと、ゴンさんくらいになると当たり前過ぎて、逆にコメントに言葉が載ると違和感を覚えるかもしれませんが、
 やっぱり必然性があって進行してゆく物語(正確には必然的に仕向けるですけれども)は素晴らしいと思います。
 んで、ゴンさんにはこの難しさと大切さがよくわかると思いますから、誰かが触れないといけないと思い、不肖かえるです。
 筋が通るって当たり前すぎて、誰も触れないんすよね(笑)

 すげえな(物語の内容)と思うのが、
 埋まっている物への期待とそれに関わるお話展開が、こちらの期待に応えるものがあったこと。
 あと最後に、「どんでん返し」は言葉的には間違いなのですが、驚きと脅威が待っていたのにはエンタメ的にグッド。



●【三 遺されたもの】

――本編12は雨の匂いがよく似合うシーンでした、のお話


>「やめてよ!」
 フーガが大声を上げる。近くに雷が落ちて、ものすごい閃光と、爆発したみたいな音が辺りに轟く。

 気候とフーガくんの心が重なる上手い描写を挙げて、だからこその雨。
 かえる、フィクションものの気候って時と場所を選ぶって思いますから、自分が天気を決める時、「我は創作者、神なり」の気分で楽しく書いています。はい、余談です。

――謎が姿を表わす。

 「遺されたもの」の進行は、読者が気になっていた大きな枠を開示した、この辺がメインです。
 んで、フーガくんとしては、自分の正義に敗北する選択をしてあれこれ考えるきっかけを得るシーンです。

 ここまで来るとタイトルの意味が見えてきますし、読者も物語のゴールも概ね見えますから、順調にそしてしっかり物語が進んでいっている印象以外なにもないですね。
 コメントの書き方が悪いのですが、「以外にない」ということは見向きもせず先を見据えている=作者が読者を思い通りに先導する sのことがなされているってことの意です。

 お話のアイデア、ネタの部分としては巧みさ。
 作品の味の部分では、「正義とは、のテーマ性」と「子供の冒険+推理モノ的要素」をふんだんに感じるでしょうか。


>万が一、いや、三億に一つくらいの可能性だったけれど

 たぶん、かえるなら規定の文字数に、ああ後10文字くらいオーバーしているよ、どうしよう――と嘆いても削らない、
かえるならキャラのセリフ削っても書き記す「言いたかったんだ」文章(ゴンさんご本人はどうだかわかりませんけれどもね(笑))です。

 なんか、読んでいる時に真面目な良い文章だな〜と思ったところが幾つかあったので、挙げたかったのですが、後回しにしてロスト。
 なので反動で、言い回しで楽しげな文章を挙げました。こういうのはかえるサーチにすぐ引っかかるんですよね(汗)



●【四 不正義の活躍】


――本編12は雨の匂いがよく似合うシーンでしたとほぼ同じで、上手な演出アイテム編、のお話

>やがてマッチの火がフーガの手元まで燃え落ちてきて、フーガは火傷しそうな熱さにようやく我に返ってマッチを慌てて離した。
 地面に落ちて、またマッチの火が消えた。

――「四」はやっぱりあの人、のお話

 サエキさんが楽しそうで何よりの言葉に尽きますが(笑)
 怒涛の展開として、ゴンさんは知っていますから物語前半の焼却炉シーンでは、ニヤニヤして描いていたんだろうな〜です(含み笑い)

 さて、「二」→「三」→「四」と展開的には面白く読めました。
 宝探し感覚の「二」
 サスペンステイストの「三」
 そして、衝撃とアクション大脱出の「四」
 (冒険を――との意味でも、脱出劇は良かったです。宝探しに匹敵する冒険感だとかえるは思います)

 どれも受ける(読み進める)興味が尽きません。

 んで、物語の核心的な部分と謎の解明は今後読み人のためにも触れずに行くとして、
 タイトルにもある「正義、不正義」との向き合いが平行して行われていきます。

 なので、この正義を主体に以下コメントです。

・フーガくんの火付けは迷いとの決別と決意。

 主人公らしくアツイ部分ですね。
 (場面の暑さにかけているわけではありません)
 画的に言えば、クライマックスのメインシーンなのかな、です。

 んでもって、「良かった」を前提に掘り下げたいかえる+ちょっと感想を飛び越えて、
創作談義テイスト強めでコメントすると思いますので、この作品ではなくて、要素としての部分で読んで頂けたら嬉しいな、です。

 火付けの意味としては決別と決意、あと覚悟、加えて他者を救う行為も含みおじいちゃんとの約束を果たした結果と、かなり重要かつ無くてはならないものです。

 それはそれとして、火付けを経て結果を迎えてみてただ一点気がかりなのは、フーガくん達の行為の根本に隠蔽があるところでしょうか。
 「隠蔽感=家族ぐるみの悪事」
 これがあるので、最終的には後味がよろしくない――うーん、逆に好ましい感触であるべきだとするならそれを見出だせなかったが正確でしょうか。
 (*家族ぐるみの悪事と極端にしていますが(汗)、本作は真実がわからない以上誰も傷つかない仕方がないこと(=フーガくん)最善のこと(=サトルおじさん)として描かれています)

 かえるが感じる後味としての気がかりは、「ブツ」を葬る行為の正当性の問題ではなく、
 そこに向けて皆が一生懸命になって事を為すことに(家族を守るを含め)保身が大半を占めるところからくるものでしょうか。

 人様のご作品ですが、後味の思うところを提示するため少し考えてみたかえる。

 部分部分でみれば、些細な事でひじょーーーにニュアンス的に難しいのですが、

 一例ですが、仮に「遺されたもの」とのファーストコンタクトの火付けの行為=おじちゃんとの約束を裏切る前段階の場面があったとするならどうだ、と仮定しまして。
 ざっくり、法律を守るべき正義に一度答えを出して、ブツは(おじいちゃんを信じて)警察で一度届けて真実(審議)を見出してもおうとする。
 (作品のナンバー14が真逆になります)
>本作では、おじいちゃんとの約束は守るべき。けれども、それは悪いことになる、どうしよう=フーガくんの中で起こる最初の葛藤ですね

>>仮では、おじいちゃんとの約束は守れない。でも、自分の正義を遂行する=一方方向の正義しか見れないフーガくんは約束を守る正義との葛藤はあるので「最初の葛藤」は変化なく。


 清掃センターへ至るまで
>本作では、サトルおじさんの正義に促され賛同するのですが、フーガくん自身が認める自分ポジは悪側。(おじいちゃんは真実はわからないけれど正義ではなかったとされます)
>>仮では、サトルおじさんの正義に敗北するも同行(大人に諭されるもやっぱり処分はいけない後を追う的なですね)、フーガくん自身が認める自分ポジは正義側(サトルおじさんの正義に対立することで、おじいちゃんのいかがわしい可能性を暗に否定します。ここは本作だと暗に肯定しているになるのかな、です=ここが後味の悪さなのかな、かえる感覚。おじいちゃんが悪側になってしまうと、火付けの行為自体におじいちゃんの正義が生まれないと考えるかえるです。)


 そうして、焼却炉でフーガくんは「ブツ」の魔力に魅了された悪魔(悪)と遭遇してしまいます。
 (ある意味サトルおじさんも正義ですが、もたらされる結果に魅了されています)

>本作、この辺の「遺されたもの」自体の悪を肌で感じる。だからこそ、この真の悪を処分することで悪(悪に魅了された人を救える)を倒せる、正義執行(*悪と正義の絡み合いがシーンの肝)
>仮、本作と同じくで、違いとしてはおじいちゃんを疑うこと無く辿り着いた正義執行になるので、明確に「遺されたもの」だけが悪になり、おじいちゃんの真実はわかりませんけれども、事件の隠蔽からくるフーガくんへの依頼ではなく、悪となりうるからの処分依頼火付けと、おじいちゃんからの正義=思いも果たす結果になるのかな、です。

 「遺されたもの」の処分は悪との認識の中(これフーガくんとしても隠す後ろめたさがあるのと、読者としても、疑わしき目で「遺されたもの」を見、それが存在する経緯がまず悪でありその関係者の主人公との認識です)、一度サトルおじさん側を経由してそれから不正義になるか、フーガくん側のまま不正義になるかの違いでしょうか。

 かえるの狙いとしては、おじいちゃんの遺言が好意的な結果を残す。
>本作、フーガくんをきかっけに自分の悔いを処分してもらう結果=お兄ちゃん考察なので真意は不明ですが、ある意味おじいちゃんは策略的で好感度が上がることはない
>>仮、自分の思いを信じてくれる孫であると信じたおじいちゃんの託した結果=かえるの考える絆的なもので、家族の中で唯一、いかがわしい物ではないと信じ通したものが残れば

フーガくんは一本の筋があり正義の資質が垣間見れて素敵だと考え、そう孫に思われた故人はハッピーだろうな〜です。

 だが――しかし、であるっ。

 かえるの思考経路だと、ゴンさんが作中で描こうとする「不正義」が描けないんスよね。
 最後の変身ベルトの意味とかも意味を成さないですし、正義や悪を完全に見失う部分もありませんし。
 で、しかもこの辺りの「隠蔽」は、作品全体を通してのフーガくんの一連の不正義へ辿り着く大切な部分ですから、はずせない部分でもあります。
 もちろん、「五」の意味合いと作品全体で出した答えを変えてしまいます。

 後味に的を絞って、そしてかえる思考ならでの意見として提示させて頂きました。
 なんか、使えそうだな〜的、イマジネーションの糧になればいいな程度です。

 部分的にどうこう意見を言うのに、そこまで抵抗はないのですけれども、
 ことシナリオ、しかも出来上がったものとなるとただの難癖になるので、「不正義遁走曲」の世界感で二次創作しました的目で読んで頂けたら幸いです。m(_ _)m
 平たく言えば、欲なんですけれどもね。
 しっかり世界が伝わったので意見したくなる衝動です(苦笑)申し訳なくです。

1年前 No.4

かえる @rueka ★UcqbezVV2U_BwN

・サトルおじさんの正義

 お兄ちゃんが「五」にてちゃんと回収しているサトルおじさんの正義。
 (そう言えば、お兄ちゃんがお兄ちゃんして(フーガくんの一歩上の良き理解者で導き手)であり、作品にはならなくてはならないポジで良かったな〜です。
  これを、さっちゃん(友達)が兼ねてしまうと作品から良さの一つが失われていただろうな〜です)

 端的に言えば、現状をベターとするならベストで、「一」でサトルおじさんの正義が感じられる「匂い」があるとすんげえなのかな、です。

 かえるが思う方向性としては(キャラ性が変わりますけれども)
 「セケンテイが口ぐせのサトルおじさん。よくわからない言葉だけれど、周りの目を気にする人の意味らしい。それはおじさんが悪の組織だからうんぬん――」的な。

 「三」で具体的な登場をするおじさんへ、更に背景を追加したいだけなのですが、作品としても深くなるかな、です。
 「一」頃のフーガくんには理解できないおじさんの正義が元々あって、そんなおじさんをフーガくんは悪と思い込む。
 でも、「五」頃の不正義を体験したフーガくんは、おじさんの正義が理解できている。

 作品全体を見る読者視点の楽しみ方ですね。

 ただこれ非常に難しい。
 フーガくんにとっておじさんは悪なのだから。しかも「一」の時点で作品は、おじさんを正義として扱ってはいけない。
 あはは、欲ですよかえるの欲です(笑)

 結局、兼ね合いとかも含め、
 多かれ少なかれご作品は「かえるのこういう感じどう?」や「ゴンさんの実はこうしようと思っていた」等の果てにあると思います。
 かえるが欲している部分は欲であり、作品全体として好ましいかどうかは、また読み返してみないとわかりません。
 これが正直な感想で、だから難しいものを描きになったな〜です(笑)


・さっちゃんにも正義があるんだぜ、のお話

 正直者の正義。と、彼には彼の戦いがあるのです。
 意外と言っては失礼なのでしょうが(笑)、そう言えば彼も正義を提示していたな〜とですね。
 良い部分ですねという言い方も、各々の正義がテーマに含まれますので変なものですが、良いですね。



●【五 四十九日】

 作品のまとめの項目に位置するお話ですね。
 その後、など回収が主な内容です。

 またフーガくんが辿り着いた正義は不正義と少しばかりややこしいので、それを解説するような部分でもあります。

 かえる解釈ですと、作品内におけるフーガくんの正義は、「憧れ」からスタートして事件を通して「正義を形成」していきます。
 過程では「憧れ正義を断念する選択」があったり、そもそも正義てなんじゃらほいってくらいにダークサイドへ落ちようとします。
 しかし、自身の心を葛藤しながらもだんだんと自分が今歩いている道が見えてきて、「憧れていた正義とは少し違う正義を形にしていった」、そのような物語と読み取りました。

 最後の>おじいちゃんの作ってくれた変身ベルトは、もうランドセルに入っていない、は憧れ正義との決別とフーガ正義を手に入れた(成長した)の現れでしょうね。

 ひじょーーーにA、ニュアンスが難しいのですが
 上記の解釈で概ね近いのでしたら、ゴンさんの描いた作品のテーマはしっかり受け取っています。
 ですから、いいね、です。

 それで、このフーガくんの正義感の変化、動き(敗北したり納得できなかったり、導き出したり)は、
 読者が正義を多面的に見ることで感じることができます。
 だからフーガくんの生き様を楽しめるのですけれども、作品内でのフーガくんのフーガくんだけの一方的な正義があまり感じられなかった印象がほのかに残ります。

 かえるはフーガくんだけの一方的な正義を、信念として挙げます

 作中フーガくん的ルールに従って、フーガくんは悩み、そして答えを出しますから、彼の正義はちゃんと存在します。
 ただし、信念に基づく正義は存在していたかと言われれば、在ったとは言い難い――くもないのですが、
 はっきりしたものが在れば、フーガくんが真の意味で正義と悪の因果に葛藤したことになるのかな、です。

 だがしかし、更にただしである。
 その信念に繋がるだろう、少年時代の経験と出来事の物語なので、かえるは唸るばかりです。

>(憧れエピソード)最終的な話としてはそもそも存在しない方がいいと私は思いました

 物語の流れが信念を構築、形成する過程であり、結果が何かしらの思い、もしくはそれに変わるものを手に入れた、ですから
 根本ベースのフーガくんには憧れ以上のものを持たせないのは、そうかえるも思います。

 信念の背景を作るのであれば(=>悪の土壌に正義の花は咲かないのだの背景を探ろうとすれば)、エピは在ったほうがいいのかな〜の考えです。



――外面的な面白さの部分、のお話

 テーマ性がよく練り込まれていました。
 一方的じゃない正義や悪なのに救われる因果あることなど、難しいものをややこしくせず描かれていたのはさすがだな〜で、
 他にも付随して、家族とは的要素もちらほら。
 と、まあこの辺の内面的話は、もう良いだろうでエンタメ脳全開で外面的なことを語りきです。

・キャラ

 前回キャラで、さっちゃんにいいねでしたが、適度な存在感があり嫌味がないのでやっぱりでいいです。
 今回お兄ちゃんとサエキさんがノミネートされました。
 お兄ちゃんはしっかりもので大人ですね。
 サエキさんは役者ですね、と個人的には好ましいですが、作品内では絶対的な嫌悪感で読まないといけないお人。
 しかし、かえるには正しい感性で見れないです。(笑)

 サトルおじさん、そしてお母さんは大人の視点で見るか、フーガくん視点で見るかで印象が変わりますね。
 んで、あんまりこの人たちへフォーカスを合わせなかったのが、良かったです。
 作品の軸から外れるところなので、表は完全フーガくんから見る大人の人だったことが安心して物語を追えた印象が残りました。

 キャラを考えただけでも、適度適切な人物たちだけで物語は語られたのがわかりますし、
 登場人物がぽんぽんと出てくるのは、素晴らしさだと思います。

 そうして、主人公フーガくんにふれるべきなのでしょうが、ここは次の脱出に合わせて。↓

・頑張って脱出するんだ

 ってことなんですが、これはフーガくんに向けてのもの。
 今のところかえるの中で答えとしてあるのは、主人公を応援できるかそうでないかが、興味を持てるか(良いキャラだったね)だと思います。
 キャラクターに関しては分析は難しく、感触だよな〜です。

 今思えば、この作品は基本に常識内の枷があるので、「正義のヒーロー目指しています」が映える、良き塩梅だったな〜です。

 さてさて、それにしても脱出は良かった。
 かえるは緊急ボタンかなと予備で構えていたので裏切られて良かったのと、
 ここで初めてフーガくん自ら、そして自分の力で苦難を乗り越えますから、いい。

 通気口でダイハードを思い出すかえるなのですけれども、
 最近ディズニーの3Dスターウォーズ(子供向け番組=たまにドラえもん映画並の良シナリオ回がある)で少年の得意技がダクトの移動だったりで、少年(わくわく作品)に通気口はつきものなんだなと思い至りけりです。


・焼却炉にターミネーターの溶鉱炉を思い出すかえる。

 舞台に特殊性と適度な重厚とスケール感があって良かったな、です。
 ターミネーターはオマケです(笑)

・宝探し

 やっぱりワクワク要素で、外の空間で行われたのが良かったな、です。
 宝の地図は壮大でなくてはいけません。
 読み手としても閉鎖感がありませんし、書き手も街を描写できますし(面倒と言えば面倒ですが(笑))

・すべては挙げませんけれども、ちゃんと使われていったアイテムや布石

 リュックサックアイテム然り、舞台そのもの然りです。

・ああ、ここで「焼却炉か」と思わせてくれる辺りが秀逸。

 謎解きのスッキリ感覚ですね。
 必ず関係してくるのは目に見えていましたが「どういった形」かはわかりません。
 そこで、作品の流れよりちょっとだけ早く先読みできる結果に気持ちがよいですね。
 簡単すぎても嫌だし、分かる人にしかわからないのも嫌だし、調度良いです。

・とある事件とのリンク、のお話

 現代を舞台にしたものに、作り話ではなく史実を盛り込むのは、たぶん「リアリティがあって良い」とかになるんでしょうけれども、
 かえるはあんまりそこにリアリティ的なものは感じず、ただただ、史実と重なる物語のわくわく感しかありません。
 良かったな〜です。

 今回の史実テイストで逆に曖昧になっていたところを作ったのは、関連して作中でちょっとだけ出てくる「50年前の風景」でしょうか。
 話に出てきた時、微妙な昔なのでイメージし辛い部分はありますから、今との差異がぼやけてはいますね。

・悪の囁きに屈した=(「フツ」を処分したほうが良いと決断する)の時、イベントで実際に囁かれて選んだを推したいかえる、のお話

 作中、フーガくんが「遺されたもの」の危うさを直感的に感じて答えを出しているので、その答えを出す前だとしたらとの条件ありきなのですが、
 ・さっちゃんがバレるとヤバイので燃やそうぜ(キャラ性が変わるのですが(汗))→フーガくん悪の囁きに屈した
 ・サトルおじさんの言い分に納得させられる(対立前提になので話が変わるのですが(汗))→フーガくん悪の囁きに屈した

 伝えたいことは、フーガくんの中で行われた悪の囁きに屈した、を周りを巻き込んで視覚化(描写)したら子供向けになるのかな、です。
 この手の描写は、ゴンさんの得意とするところだと思います。作中似たテイストのものはありますので。


・全体的によく出来た作品だな〜の印象、それでもというのでしたら、のお話

 「二」〜「四」が好きですね。
 「一」は序盤なので特には。
 「五」がどうしても、大筋の「謎は解けた」でしたので、外面的には緩やかになる部分です。
 楽しみとしては、前半部分で提示していた正義論を再度使うことが大きく、綺麗な作品のシメの作りとの感想です。
 (欲を言えば(欲まみれですみません(笑))
 どこか決定的な変化の前に、変身ベルトを触れるシーンがあったら(初めの頃のリュックの中とかですね)最後の一文が分かりやすく映えた気もするかえるです。

 気持ちの高揚は全体的を放物線を描き終わるいい形の一つだと思います。
 小さな上下はありますが、「二」〜「四」は「どうなる!?」(面白い)をずーと維持させたままで、
所々、「発見」「決断」「敵」とぐっと面白くなるところが盛り込まれていましたからこれ以上ないくらいの展開だと思います。
 八万字を考慮するとどこか削らないといけないでしょうから、どこを削りましょうか(笑)頭痛いですよね。

――最後に

 こちらから欲する部分は、かなり無理してこねくり回して、かえるの引き出しから引っ張り出しました。
 しかも、論理的なものでもなく自身を持って感覚です(笑)

 ほぼほぼ毎回言っているような気がするのですが、ゴンさんはもう部分的なところで指摘できる作品は書きませんので、
感想としては「面白い」。意見としては「面白い、もしくは面白くない」の幅のことしか言えません。

 あとは、フーガくん子供らしくていいですねとか、サエキさんヒャッハーでいいですねとか、ネタいいですねとか感情の赴くままで言えばこうなります。

 こう、感想のマニュアルとか誰が作ってくれないかなと思いますね。
 伝達力が足りないかえるの悩みです。

 ではでは、もうゴンさんとは創作談義のつもりで書いてますので、正直、何かしら世間の小説を参考にして善し悪しを考えていないので作品の批評ではないです。
 長文お付き合いありがとうございました。お疲れ様でした。

 楽しい冒険の物語をありがとうのごきげんようでござりまする。(^o^)

1年前 No.5

ゴン @gorurugonn ★yRn10TRCWH_cPe

まずは不正義遁走曲をお読みいただきありがとうございます!
そして、大作コメントをいただけたこと、誠に感謝致します。大感謝。圧倒的感謝……ほとばしるゴンの脳内物質……ロイシン、イソロイシン……。

まずはコメントを通して一番メインになった話題であるフーガにエピソードがない話ですね。
単純に話を作った時にそこまで考えなかったというのもあるんですが、何よりもフーガは最終的に正義の味方にはなれない、かといって悪人なわけでもない、普通の小学五年生にならなければなりませんでした。その上で正義の味方というキャラクターを考えたときに、絶対に必要なのが正義の味方になるための背景です。どうして正義の味方なんてやってるの、みたいのが正義の味方にはついてまわる話ですから、ここがないと正義の味方としては失格です。で、今回フーガは正義の味方としては失格でなければならないのでエピソードがないほうがいいと思いました。三の最後らへんで、自分からそういう場合じゃないとか言って、自らの行いを子供のごっこ遊びにまで貶めるあたりもエピソードを作ってしまうと入れられないかな、の印象です。結局のところ、正義の味方を目指している、と言いつつその行いが大人から見た子供のごっこ遊びを超えない、本人としてもその辺に気づくみたいなのを持つ普通の小学五年生が主人公ですから、逆に正義の味方として、あるいは悪人としての正当性を持たせてしまうキャラ付けはできなかった部分があります。

そこに付随してなんですけど、変身ベルトの話題が出たので、ニ〜四の展開で、フーガがおじいちゃんの作ってくれたヒーローグッズを一つも持参していないのはどう考えても失敗だったなと思います。少なくともニ、三の冒頭まで、フーガの探しているものはおじいちゃんの正義の味方の秘密基地、あるいはそれに準じるものです。見つけた暁にはおもちゃじゃなくて本物のヒーロー道具がもらえると思っていたかもしれませんけど、それにしたっておじいちゃんとの絆の意味で言えば、絶対に持っていくはずです。ここでリュックの中にさっちゃんには内緒だが変身ベルトも入っている、みたいなことを書かなかったのは完全に落ち度ですね。オチネタに使うために四には持っていけませんが、ニ、三でもって言っておけば、四で持っていかない=おじいちゃんへの不信感みたいなのも描写できたのに、ですね。

さて、創作的なことなんですが、この話は論理的構成についてちょっと意識した作品でした。テーマである正義(子供にとっての正義)が何なんだろうなと思いながらいろいろ書きました。で、少し作品とはなれるんですが、この作品で正義と悪について考えて出てきたのが、正義は常に悪に準じる形でしか成立し得ないみたいなことを思いました。例えば神話時代からそうなんですが、正義の味方や救世主は、必ず悪役がいて、救いを求める存在の前にしか現れません。存在意義自体が救済にあるわけですから、そこに困窮や苦難があるのは当然なんですが、全く平和で何の問題も存在しない光景の中では正義の味方といえど一般人に過ぎないわけで、その秩序を破る存在=悪なわけですが、ここに置いても秩序が存在するから悪があるわけではなく、人が何前年も歴史を紡いできた中でようやく見えてきた秩序維持の方法が法律であったりするわけで、ここでも法律(正義)は悪の存在に準じる形でしか存在し得ないものです。

逆に言えば悪をなす存在があれば、必然的にそれを正すことが正義になりえます。ここが作品の一番のネックでもあって、フーガのしようとしていることは、佐伯さんが動き出すまでは完全に悪です。事件としては既に過去のもので立件し得なかった証拠品ですから、その筋では犯罪になりませんが、燃やしているものがものですから立派に違法行為です。しかも正規のルートで燃やしているわけでもありませんからここでも立派に悪です。

で、こうなるとフーガたちが完全に悪者になってしまうのですが、そこで登場するのがさらに悪意に満ちた佐伯さんという存在でした。彼女はフーガ達が持っているものを横取りするためには人殺しもオッケーな人なのでありとあらゆる意味で悪人です。そういう人が出てくると、フーガたちの立場が相対的に正義に近づきます。ただ、行いとしては違法行為に違いはありませんし、その行為の出発点が自己保身にあるので、正義ではありません(ただ、この場合は正義に準じる(警察に持っていく)が正しい行いだとは私自身思えないんですよね。ここで全知全能の神様が現れて超越的な力でその罪を許してくれた、とかになると、作品内では正義になりますがどうなのって話ですし)。また、最近はやりのネット私刑みたいのを恐れての行動でもありますから、緊急避難的でもあります。そもそも実行者としてはおじいちゃんがそうかもしれない、という話で、おじさんやフーガは負の遺産の相続者に過ぎない上に、それを相続しないようにしての行動ですから、悪として罰されなければならないのはおじいちゃんであり、本来的におじさんやフーガがその悪に巻き込まれるということはあってはいけないことです(この辺は社会のルールとしても犯罪者の類縁だからという理由で差別や迫害を受けるべきではないあたりですね)。

でもそのおじいちゃんは冒頭で死亡してフェードアウトして、罪の証拠だけ残してしかもそれを孫に押し付けるという鬼畜ぶり。自分は特に贖罪もせずに孫まで作ってますから実際のところ、もっと冷たく扱われるべきです。ここもフーガに正義の味方としてのエピソードがあると、到底おじいちゃんの受容にはなりえないのでエピソードを入れなかった理由の一つですね。そんなわけで、この作品において最も悪であるのはおじいちゃんであり、それに比してみれば佐伯さんもかなり情状を酌む余地があります。で、結局のところ、作品としては誰も裁かないで悪人さえも救う不正義ならではの救い方みたいのが結論に来て欲しかった部分が大きくて、その点では誰ひとりとして正義の味方として機能する登場人物を入れないようにしました(さっちゃんは限りなく正義の味方に近いんですが正直の筋を貫けなかったあたりをその辺のポイントにしました)。(ちなみにこの作品の最初期タイトル『正義の味方にできない世界の救い方』だったりします。なので個人的には不正義というよりも、救済かつ、正義の味方にできない、あたりを軸に据えていたのが一番最初の頃ですから、結果的に相対的に正義、しかし絶対的正義では決してない主人公、みたいのがフーガですね。

論理構成の話です。すいませんそれました。

そんなわけで、フーガの主張する正義の味方は基本的に悪を倒す、以上の具体的イメージは存在しません。実践レベルとして助けを求められたら助けてあげるがあるくらいです。で、その正義の味方は基本的には子供の主張に過ぎません。それに対立する論理として、作中大人の考えが提示されたりしています。で、この作品のイベントは、基本的にその子供の主張VS大人の考えの闘争です。全体を通して五回くらい対立しています。

vsお母さん、お兄ちゃん:冒頭おじいちゃんの家に行くという大人の考えと、さっちゃんと遊びたいの子供の主張での対立で、フーガはお兄ちゃんに説得されて大人の考えに従っています。この段階では正義の味方の立場は表面化されていませんがフーガとしては主張を拒絶されていますから敗北です。

vsさっちゃん:かえる様指摘の第一エックス山イベントです。ここでさっちゃんは暗くなってきたのでもう帰る時間だ、という大人の考えを主張してエックス山探索に乗り出そうとするフーガと対立します。ここでもフーガはさっちゃんの意見の正当性を認めて敗北しています。基本的にフーガの正義は子供の主張なので正当性は皆無です。

vsさっちゃん:第二エックス山イベント(発見前)です。ここでさっちゃんの考えが示されます。フーガはそれを悟ってさっちゃんは大人だと結論しますが、同時に正義の味方になるのは自分だけだと思い込みます。で、ここはこの直後に探しているものが見つかって、さっちゃんが帰ろうとしたのがなし崩し的にちゃらになっています(さっちゃんとしてはおじいちゃんへの悲しみを振り切らせるのが目的なのでフーガを残して帰ろうとしてしまった時点で自身の幼児性には負けています。フーガはおじいちゃんの残したものを発見していますが、きっかけを作ったのがさっちゃんですからここは引き分けでしょうか)。

vsさっちゃん:第二エックス山イベント(発見後)です。ここでさっちゃんはおじいちゃんの残したものを見て浮かれますが、一転してフーガはそれが正義の味方の秘密基地ではない、かつ、おじいちゃんの遺言の真意に隠された明白な犯罪臭に愕然として、それをとにかく見つからないようにしなければと思います。ここはフーガが自身の正義=おじいちゃん正義の味方説について懐疑する場面なので、正確には対立軸ではなく、さっちゃんはおじいちゃんの遺言を知らないわけですから、勘違いしている、というより知るわけもないので対象的な扱いにはなっていますが論理の対決ではなかったり。

vsさっちゃん:学校です。ここで完全にフーガの立場が正義の味方ではなくなります。対してさっちゃんの言うことが全面的に正しいことになるのですが、警察に行くか、というさっちゃんの主張に対し、フーガは証拠を隠滅する(=悪)を選択し、自分が正義の味方になれないことを悟ります。子供の主張という意味では以前フーガは子供じみた論理で証拠の隠滅を提案し、さっちゃんの正論をそんなこと言っている場合じゃないと、お母さんが大人の考えを言い聞かせるのと同じフレーズを使ってさっちゃんの主張の方を子供の主張として片付けようとします。この時点で正義を主張すること=子供の考えとフーガが認めてしまったことになります。論理の対決ではさっちゃんが折れていますが、このフーガの結論は次の佐伯さんによって覆されます。

vs佐伯さん:焼却炉でのやりとりです。ここでの佐伯さんの提案はあくまで大人の考えです。そもそも論としては、ここで佐伯さんにお金を渡してしまっても一向に問題なかったりします。佐伯さんとしても手に入れたものは無難に使いきりたいでしょうし、設定上現行のものに取り替えないことには使えないものですから、なまじ露見するようなやり方では使わなかったはずで、そういう意味で言うならおじいちゃんの正体がバレることはなかったと考えることもできます。ただ、フーガは不安を感じて清掃センターに戻ったらあんなことになっていたので、そこで佐伯さんが相対的に確実な悪人になります。で、なし崩し的に焼却炉に落とされての佐伯さんの提案なんですが、論としては佐伯さんの言うとおりです。フーガたちにそれを独り占めして活用しようという意思が全くないのですから、佐伯さんに与えてしまうことは問題ありませんし、例えばここで佐伯さんが親の介護でお金に困っているとかっていうエピソードでもあろうものなら、佐伯さんの行動にもかなりの情状の余地が与えられます。で、考えようと思えばいくらでもそういう背景は考えられるのですが、そこまで考えないでフーガはこの人は独り占めしようとしている人で、しかも自分たちに危害を加えることをなんとも思っていない悪い人だ、こんな人に渡すくらいなら、という子供の考えでひとり突っ走ることになります。ここでようやくフーガは自分の主張である子供の主張(正義の味方)を貫いて、大人の考えを跳ね除けています。で、その結果、真実は隠匿された上で、みんなこってり叱られることになりましたエンドになるわけですが、その結果、確実に悪人が存在するにも関わらず、みんなそれなりに救われた、というもとの日常に戻れたという結論になり、ここでフーガは正義の味方では救えないものが確かにあって、自分はその正義の味方に救えない陣営に属しており、そんな自分が守った日常に対して、それなりの自負心を持てるようになるみたいのが成長で、結果として正義の味方はしばらくいいやになったみたいな感じです。

このテーマ(正義の味方)に対するアンチテーマとしてもう一つ主張を作って(大人の考え)それを対比させていく、というのは確か論文の技法だったと思ったんですが、実際やってみてやりやすかった印象があります、というか、一旦書いてみたあとに、この正義の味方対大人の考えという対称軸を取ってみたら結構すんなりまとまったという感じですね(この辺は今後の作品に生かせそうな構造の一つだと思いました)。

1年前 No.6

ゴン @gorurugonn ★yRn10TRCWH_cPe

以下反省点諸々。

誤字。

はい。これですね。誤字直したと思ってるこの原稿にも築いた→気づいたの間違いがありますからね。っていうかなんか変換ソフト更新してから非常におかしな変換ばっかりになってしまって困っています。顔文字とかいらないからまともな言葉の変換をお願いしますという感じです。ただ、。(句点)落ちがあったり、細かな誤字脱字が公募に送ったあとに続々と見つかったのはいただけませんでしたね。気がはやりすぎて締切のずっと前に送ったわけですが、完全に裏目に出てるよって感じでした。アツクナラナイデマケルワ。

さっちゃんのワンパターン。

ピンチになるとさっちゃんが出てくるこの展開ですね。地図の判明→さっちゃんが教えてくれた!、残された物発見→さっちゃんが突き飛ばした弾み!、VS佐伯さん→さっちゃんが駆けつける! これはちょっと言い逃れできないですね。フーガが自力で解決したポイントが最終局面だけくらいになってしまうので、この点で児童文学に主人公の努力を求める審査の人たちには不評を買ったと思います(その前で落とされていると思いますが)。

考証不足

メインになってくる例の事件については実際と違うとか言われると何も言えなかったりします。だって何も知らないんだもん。ただ、武蔵野線が地図が書かれた当時に存在したか、あたりのことはよくよく調べてみると微妙だな、になってきます。その前に公募に送った地図の三角形の縮尺が間違っているというとんでもなミスがありました。あと焼却炉の内部構造と清掃センターの業務とか、その辺についても空想で処理しているので突っ込まれるとかなり弱い部分です。

実在の建物に対する無断使用

かなり微妙な位置ですが国分寺市清掃センター、市民プール、駅、エックス山等この話は実在の舞台がかなり出てきます。主人公がしていることが半ば犯罪じみているので、それに実在する舞台を無断で使用しているということは非難されても、褒められる事ではありません。せめて名前を変えるべきなんですが、そうすると実在感が……(泣)。個人的にはあの事件で書こう、から思いついて調べていくと面白いぐらいに符合する舞台が次々出てきた、みたいな作品なので調べた人が実在するすげーとかってなって欲しいとか不純なことを思っていたわけですが、公表される作品としてその態度はいけませんね。

佐伯さんの行為

明確な殺人描写もかなり児童文学としてはまずい表現です。しかもその悪人が反省している描写がありませんから余計に悪いです。懲らしめられる描写さえなく逃げおおせていますからね。子供は別として、親に見せた時に子どもに読ませたい作品か、と言われると私はうーんってなりますね。

フーガの行為の正当性

こちらはかえる様の言ったとおりです。後味の悪さ残るネタです。もうネタの時点でそれは払拭しようがなくて、払拭してしまうとコンセプトが変わってしまいます。つまりネタとして児童文学に向いていなかった、この辺は小説以前にネタを吟味する目として養っていかなければなりません。

そもそも例の事件についての認知

小学生は多分知りません。知っている体で話を進めていますが、ここはもう少し踏み込んだ描写にするべきだったなと思います。かえる様はああ、あの、ってなるでしょうけど、今回のグレードである小学校5年、6年が知っているかと言われればもう知らない子の方が多いのでは、と思います。事件的にすごいことであるという認識がなければ後半が成立しないので、ここもかなりマイナスポイントでしょうね。

スマホとデジタルディバイド

フーガがパソコンに向かっているのは2000年代の小学生の姿ですね。今の子はスマホでさっさと検索するでしょう。ましてフーガは自分のスマホを持っているのですから、家族に隠れてを優先するならスマホを使わないのはどう考えても不自然です。さっちゃんがプリントを持ってくるのも変で、ここはスマホでサイトを見せる方が流れとしても描写としても自然です。その辺私が今の子供を知らない事情がかなり出ていますね。

こんな感じです。とりあえず読んだ人にこれを言いたい、みたいなことを好きなだけ言いました。
実はこれ電撃的に降ってきて、ひと月くらいで書き上げた作品で絶対そういう神様がいると思います。
かえる様からの批評がもらえてだいぶ満足しました。本当に悶々とする日々でした。
これでようやく新しい作品に向き合えそうです。本当に、本当にありがとうございます。

ゴン

そんなこんなで上げ出せばキリがないですし、結果は当然かな、というところだったりします。グレードにあっていなかった感は否めないんですよね。カタカナあたりがいかにも小学生に合わせてますよ感を醸していて、審査員の人にかなり心象悪くしたんではないかなとも思ったり。

1年前 No.7
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