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さよならのリテラチュア

 ( 書き捨て!小説 )
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遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg


さよなら、リテラチュア。

この手が綴る大好きな物語は、
永遠に埃が積もったまま。

次の春が来る頃には、
誰かがみつけてくれるだろうか――?


( このまま終わり、なんて )



#.
最近小説が思うように書けないので、ここで改めて練習したいと思います。
駄文ばかりですが、良ければ覗いていってください^^*



                      ※リテラチュア=文学、文芸...etc

2009/07/16 16:10 No.0
ページ: 1


 
 

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg



 わかっていた終わることぐらい。もっと前から予期していたのに、何故か自分の良いように解釈して、気持ちを落ち着けていた。ただそれだけで安心できたし、自分は一人じゃないって思えた。
 だからいけなかったんだ。現実、私が完璧な女じゃないことは自分が一番知っていたのに。あの人の好みじゃないってずっとわかっていたのに……。

 見上げた空は嘘みたいに黒一色だった。こういう時、満月とか出てたら絵になるのになあ、なんて思えるほどだから案外傷付いていないのかもしれない。でもこんな時だからこそ、こうやって違うことを考えようとするのが私らしい。ああ、これじゃあ前と同じだ。フラれても私は変わることなんてないんだ。わかっていたことだけど。


*

最近文章書いてないので思いつきで書いてみました。
続編でもなんでもなく、ただの練習です。

2009/07/26 23:28 No.1

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg

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2009/07/29 11:31 No.2

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2009/07/29 11:34 No.3

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2009/07/29 18:54 No.4

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 夜風の中で、全ての想いを溶かす。
 束の間の幸せも、意味の無い後悔も、拭えなかった涙も。全部。
 ねぇ、自分の居場所なんてものは本当にあるのかしら?


 ――星に問いかけた。
   星は冷たい沈黙をくれた。

 ――月に恋をした。
   月には愛するべき恋人がいた。

 ――夜空に笑った。
   馬鹿だな、と言葉を返してくれた。


 貴方の居場所が欲しい。でも私には闇がお似合いなの。
 暗く深い夜空に吸い込まれないように、ただ必死になって地にしがみついた。
 この世の全てが私を拒絶しても、この闇だけは私を裏切らない気がして。

2009/08/05 12:09 No.5

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2009/08/05 12:12 No.6

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2009/08/05 12:15 No.7

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg


「つばき!」
「あ? ……ああ、椿だな。こんなとこにも咲いてんのか」

 見た目とは裏腹に彼は優しい雰囲気を持っていた。私が見つけた赤いお姫様に、暖かな視線を送る。死んだ父も、こうやって時々笑ってくれたかもしれない。でももう覚えていない。私はいつもあの人の行動を無駄にしていたから。

「たく、おかしな奴だな。俺と遊んでも楽しくねーぞ」
「ちが、違うの! それに私は子供じゃないです」

 どうも先程から子供扱いされているようにしか思えないので、早々に否定しておいた。確かに私は童顔で背も低いけれど、これでも十六だ。もう立派な大人と言ってもおかしくはない。

「そーかそーか、そりゃ悪かったな」

 すると彼は、楽しそうに笑いながら私に手を伸ばす。その光景が頭の中の何かと繋がって、体がびくっと震えた。デジャブ。こんなことが前にも……、無かったか。たぶん。
 しかしその手は怯える私の頭の上に置かれ、ゆっくりと撫でられた。わさわさ、と。私の黒髪が揺れる。

「俺は橘朱鷺(たちばな とき)だ。悪いがもう帰る時間でな、また今度遊んでやるから今日は大人しく家へ帰れ」

 結局、私は子ども扱い。でも彼の名前が聞けた。たちばなとき。変な名前。
帰る時間だといって腰を上げた彼――朱鷺さんに、私はどうしようかと瞳を泳がせる。何かしなくてはならない、どっちにしろ私の家はもうないのだから。せめて私の名前だけでも、

「ん?」

 大きな背中を追いかけて、小さな手で彼の着物の裾を握る。流石に自分でも子供だと思った。けれど何もせずにはいられなかった。これが私の進むべき道なんだ、と思ったら怖いものなんて何ひとつなかった。それにただ純粋に朱鷺さんの側にいたいと私が思ったから。
 気づかれないように俯いて深呼吸。そして口を開く。


「竜胆茉莉(りんどう まつり)、です。側にいてもいいですか」


 私の言葉の意味を、彼はわかってくれただろうか。ううん、わからなくてもいい。今だけ、今だけでもいいからその瞳で私を見て。壊れそうな心をそっと、包んで。貴方のその大きな手で。
 彼の肩にも届かないほど小さな私が、一杯一杯になりながら空を見上げるように顔を上げると、宝石みたいな瞳と目が合う。逆光で彼の輪郭がぼやけて見えたけれど、その瞳と声だけは確かだった。

「ああ、宜しく茉莉」

 私はこの日、新しい居場所を見つけた。

2009/08/05 12:17 No.8

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「契約をしようではないか、アリス」


 黒髪が、揺れる。彼女の白いドレスが何故かアイリスの脳裏で何かと結びついた。けれどそれも一瞬のこと。
 ――何処かで、会ったことある?
 アイリスの曖昧な問いは言葉にされることなく、胸の奥で棘になりちくりと心の扉を刺した。思い出すのは白と黒と、そして不思議なくらい艶やかで新鮮な赤。


「貴方は、誰?」
「私は白兎――メルティリアだ」


 彼女の黒曜石のような瞳に吸い込まれそうになりながら、アイリスは必死になって意識を追う。力を抜けば記憶が逆さまに流されていくような気がした。


「白兎……、御伽を名乗るもの」
「嗚呼、私は御伽の一人だ。白兎なら貴様も知っているだろう?」
「うん、アリスの世界にいる」
「そうだ。私は白兎、御伽の中で最も誇り高い称号だ」

2009/08/19 16:46 No.9

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   序章 夢の中の、



 ――温かい。
 記憶の中の貴方は、まるでシフォンケーキのように柔らかく温和な人で、思い出すといつも心がくすぐったくなる。繊細な金髪も、落ち着いたパステルカラーのワンピースも、全てが貴方によく似合っていて。でも思い出せない、どうしても思い出せないの。
 貴方の顔が、声が、名前が、……一体貴方が私の何なのか、も。
 ねぇ、どうして貴方はいつも顔を見せないの。どうしていつも目がないの、鼻がないの、口がないの、名前が、ないの……? いつも不思議に思っていた、ただ時間が過ぎていく時の中で、必死に流されまいと曖昧な記憶にしがみつきながら。


 覚えているのは、貴方が語ってくれた物語と、私の腕の中にある微かな温もりだけ。


*

御伽的迷宮論のグリム戯曲、序章。
ヒロイン…アイリス=エンドレル
白兎…メルティリア

少し百合要素あり。

ポイント。
血塗れた過去と、約束。

今のところ制限ありで、性的なし。

2009/08/19 16:51 No.10

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 御伽迷宮ぐりむ学園、通称「ぐりむ」。そこは少し変わった学校だった。



 パステル調の水色のブレザーに、紺のプリーツスカートを穿いた高城梦は、入学式早々大きな疑問にぶち当たる。

「何これ……」

 見上げる先には立派な校門。赤茶色の錆びた鉄門まではいいのだが、その門の装飾に問題があった。
 一口齧られた後の林檎。
 時計を持ったうさぎ。
 硝子の靴とかぼちゃの馬車。
 その他、口を開いた狼に、魚の尻尾らしきものなど、最早何が何かしめしがつかないほどのオブジェが、校門を派手に染め上げていた。一見テーマパークの入り口かと思うほどメルヘンチック且つ奇怪な大門。しかし門柱の端には確かな文字で「御伽迷宮ぐりむ学園」と彫刻が施してある。それさえなければ道を間違えたのかと来た道を戻っていただろう。
 ――駄目だ、入る気にならない。

 既に固まってしまった両足を大人しく地に固定し、梦は大きく口を開くことしかできなかった。




 元々勉学が苦手で運動が大の得意であった梦は、高校受験も危うかった。
 担任にこのままでは志望校にはいけない、と言われたときのショックは大きかったが諦めは早く、すぐに受験先をぐりむに変更した。ぐりむは担任から紹介された学校の一つで、運動神経がいい梦にはぴったりだ、という言葉にのせられて志望を決めたのだ。後で考えればあの時しっかりぐりむについて調べておけば、後々悩まされずに済んだのかもしれない。
 ――時既に遅し、だけど。

 担任の言うとおり、受験は難なく済んだ。
 今でも忘れない。受験合格を知らせるように、トランプ型のブローチが届いたことを。


*

御伽的迷宮論のぐりむ。序章
題名が >>10 と被っているので思案中。

学園モノで、恋愛。
アリス組アリス担当、高木梦(たかぎ ゆめ)。
アリス組白兎担当、久賀晃(くが ひかる)。
アリス組帽子屋担当、リーズ=ベルト。
アリス組チェシャ猫担当、早瀬瑞貴(はやせ みずき)。

その他、シンデレラ組、赤頭巾組、などあり。
オチ晃。

2009/08/19 16:59 No.11

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg


 ――異能を持ったものは御伽の称号を名乗る。
 それは最早誰もが知っている常識だった。私も当然知っているけれど、生まれてから今までの十六年間、そんな異能者に一度も出会ったことはない。異能なんて自分には関係ないものだと思い込んでいたから。
 でもまさか、自分がその御伽を名乗る異能者達の下で働くことになるなんて、全く想像していなかった。


*


 約十一年間お世話になった孤児院へ別れを告げたアイリスは、大きな荷物を両手に隣町へと急いでいた。
 自分の祖父があと数日で死ぬ。そう電話がかかってきたのは昨夜のことで、自分に祖父がいるということさえ知らなかったアイリスは、わけがわからないまま電話の主に従って孤児院を出たのである。

「お祖父ちゃんなんていたのかー、……捨てられた私にも」

 用意された馬車の中で、揺れる街を見ながらふと思う。まだ幼い自分を孤児院へと預けた両親はもう死んでいて、てっきり肉親など一人もいないとアイリスは思っていた。唯一の肉親が死ぬ数日前までその存在を知らされないという現実にも少し腹が立つ。一人がどれだけ寂しいことか、一般人にはわからないだろう。少なくとも家族や親戚がいる人にとっては。

「お嬢さん、着きましたよ」
「あ、はい、ありがとうございます」

 気がつけば馬車は止まっていて、小窓から見た景色の中に古びた洋館が建っていた。

2009/08/19 17:02 No.12

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg


 たとえるならそう、彼女は秋桃。儚く且つ可愛げの中に美しさがあるその小さな花に、彼女はよく似ていた。控えめで清楚な佇まい、ピアノを弾く白く細い指先がか弱い彼女をいっそう病的に印象付けている。笑うとほんのり赤く染まる頬も、甘く温かいココアのようなミルクチョコレート色の髪も、全てが自分と正反対で知らぬ間に惹かれていた。いつでも目で追っていた。それがただの憧れや友情ならまだ良かったかもしれない。けれど、自分が彼女に対して抱く気持ちはそんな軽いものではなかったのだ。


 好きと言いたい。ずっと側に居たい。一緒に笑って泣いて、様々な時を共にしたいと、そう思っていた。


 
 だから、その一歩を、紗代は歩みだしたのだ。


*

向日葵と秋桃。
ヒロイン…鳴瀬紗代(なるせ さよ)。
相原雛(あいはら ひな)。
長谷川逢瀬(はせがわ おうせ)。

百合。
特殊設定なし。
ギャグ時々甘。

2009/08/19 17:07 No.13

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 私は逃げた。
 猫かぶりな女子たちを見るのも、そんな女子の話で盛り上がっている男子たちと同じ空気を吸うのも嫌だった。もっといえば教師なんていなくていいと思うし、一つや二つ歳が離れているだけで敬語を使え、と偉そうな先輩らの下でいそいそと頭を下げるのも、全てが馬鹿馬鹿しくて仕方が無かった。
 だから、私は逃げ出した。こんな灰色の檻に閉じ込められるくらいなら、傷付いた羽を引き摺って地を歩いてでも、自由に生きた方がいいと思ったから。


 永遠の逃避行。
 永遠の自由。
 永遠の――夏休み。


 どうか、この時を終わらせないで。


*

永遠の夏休み。
少年少女たちの長い夏休み。

途中から夏休みは終わるが、そのまま不登校。
とにかく自由にあれやこれやとする話。

*

ここまで書いた作品はほぼ十話まで書けています。
でもどれを新規投稿しようか悩んでいるのです;;
しばらくはこんな感じで作品別に書き捨てていきます。

2009/08/19 17:12 No.14

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg

人生バカが勝つ☆(改訂版)、……の宣伝。((



【人生悪戯ほど楽しいものはない!】←題名も心機一転!



在花「みんなお待たせ! 桜井在花が大活躍する暴走少女物語『人生バカが勝つ』が改訂されて戻ってきたよ!」

未波「誰も待ってへんから。というか、題名からうちの未来が見えてくる気がするんやけど!」

在花「しかもなんと! 変態部長と数名を除く主要キャラ意外は設定もそのままなんだって!」

変態部長「ま、待てよ、俺設定変わったの!? え?」

在花「名前と名前と名前と、あと名前が変わりました!」

変態部長「要するに名前変わったんだろうがああああ! てか、え、だから俺『変態部長』になってんのか? そうなのか!? これ悪戯っていうよりイジメだろ、先輩に対するイジメだろっ!」

未波「変態部長さん、うちとかぶっとる。三メートル横にずれて」

在花「ついでに三歩進んで二歩戻ってね」

変態部長「おいーっ! お前らそれ先輩に対する扱いじゃねぇよな! 完全にゴミ以下の扱いだろ!」

在花「えー、変態部長ってノミ以下の存在だと思ってたんですけど」

変態部長「ひでぇ! ひでぇよ、在花!」

紅葉「でも好きなんでしょ、そんな在花が」

在花「姐御おお! 私桜井在花は姉御のご登場をお待ちしておりました! お菓子食べて!」

未波「変態部長さん無視や。しかも説得力ない」

風「ふうもいます、ここに」

在花「もちろん風ちゃんも待ってたよー、愛してるよー!!」

風「あ、あいしてっ……!」

紅葉「たぶん言葉の綾よ、水面兎」


*

途中で切れてますが宣伝版を。
ト書きですが、本編はちゃんと書くつもりです。

2009/08/19 17:21 No.15

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg


 莉乃にとって空は家族のようなものだった。
 全てを受け止め浄化してくれる、青い空。特に雲一つない空は莉乃のお気に入りで、青が濃いほどその日一日の気分が高まる。けれど莉乃が無表情なのは変わらないので、顔に出ることはない。

 その日も学校の屋上で莉乃は一人空を見ていた。時折流れる白い雲が鬱陶しくて、より一層眉間に皺が寄る。普段から目つきが悪いのでよく恐がられるが、愛用の猫耳付きヘッドフォンがその無愛想面を少しだけ緩和してくれていた。
 空の青さと心の淀みが合さって中和し、耳に流れるオルゴールの優しい曲で飾り付けられる。そっと胸に手を翳すと確かに聞こえる安定した鼓動。穏やかな平日。本来なら授業を受けている時間帯でも、教師は莉乃を探すことなんてしない。逃げたのだ。大人はこの問題に口を出すわけがない。あの人たちに目は、口は、耳はないのか、と疑いたくなる。

 ヘッドフォンを外して寝転んだ体勢のまま、そっと両腕と太股辺りに視線を落とし、何重にも巻かれた白い包帯を見つめた。痛みはないが、痣は酷いし切り付けられたものはまだ跡が残っている。
 ここ一年ずっと続いてる、ソレの残したもの。

「これで、いいんだ」

 ぽつり。呟いた声がやけに響いた。
 一人ぼっちの自分を、誰かが笑った気がする。いや、それはあながち気のせいではなかったのだろう。


「へー、こんなとこで昼寝してんのか、鉄仮面」


 唐突に聞こえた揶揄するようなその声に、莉乃の心拍数が乱れた。声がする。痛々しい声が。思い出すのは、黒と黒と赤とトラウマになった金属の光沢。激しい音。見下す声。そして笑み。
 屋上の入り口に突っ立った長身のソレが、口角を吊り上げる。反射的に瞳を閉じた。次に瞳を開ければ、きっと空は赤。


*

題名:空は青かった。
ヒロイン:朝風莉乃(あさかぜ りの)
高村直己(こうむら なおき)
その他、クラスメイトなど。

苛め内容。でもグロくはならないから制限なし。

新しい小説はこれで決定です。

2009/08/26 23:39 No.16

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 せっかく授業をさぼったというのに、莉乃は体育後のように疲れきっていた。屋上のコンクリートに座り込み、大きく深呼吸をする。この際、出血した部分や乱れた制服は後回しだ。
 ゆっくり呼吸を繰り返せば、脳は慣れた事だと処理して落ち着いた。けれど疲弊しきった体はなかなか言うことを聞かず、しばらくの間振るえが止まらない。それが普通なのだと思う。莉乃が精神的に強すぎるだけなのだ。きっと。

「ん……」

 小さく声を漏らして立ち上がれば、ふらりとよろけそうになるが一応立てた。早めに保健室へ行かないと、明日が辛い。とりあえずポケットから残り少ない包帯を取り出して、出血箇所を応急手当。適当なのは莉乃の性格だ。今更気にすることでもない。
 体を引き摺り、右手に隠しておいたヘッドフォンを持って歩いた。不思議だけれど、涙は当然出なかった。



 朝風莉乃は入学して数ヶ月のうちに全校生徒の大半から邪険に扱われていた。原因は莉乃の無愛想な態度と無口無表情無反応な性格のせいで、仕方がないといえば仕方がなかったのだが。クラスでもすぐに孤立し、気がつけば苛めが始まった。最初は言葉の暴力だったけれど、時が経てば彼らも飽きて、今では肉体的な暴力も振るわれている。莉乃を『鉄仮面』と呼んで甚振る彼らは、きっと自分が泣く姿を見たいと思っているのだ。所詮自分は見世物。奇異の目で見られて、動物園の動物のように無理矢理扱われる。いや、動物園の方がよっぽど幸せだろう。この学校などどこかの地下にある牢獄と言っても過言ではなかった。

2009/08/27 10:58 No.17

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 庭の小さな池に浮かんだ桜の花弁を、一枚一枚数えた。煌々と照らす月の光が、今は少し侘しい。
 臙脂の着物に草履を突っ掛け、縁側に腰掛ける茉莉。彼女の、夜闇に溶け込むような濃藍色の長髪が時折風に揺れ、孤を描いた。赤い唇から零れるのは、沈黙を埋めるための溜息と、不安を込めた声にならない呟き。そして落ち着きのない指先が膝の上で踊る。

 それはとても長い夜に感じた。孤独が胸を締め付けるような気がして必然と呼吸が乱れるし、自己主張し続ける月がまるで自分を監視しているように思えて目が泳ぐ。その視線が、怖い。たった数日のアノ記憶を蘇らせる。


「まつりん、まだ起きてたの?」


 そこへふいに飛び込んだ幼い声。
 はっとして振り返った茉莉の視界に、小柄な少女の姿が映った。

「……猫里さん」

 身長は茉莉より遥かに低く、声も顔も幼く感じる。けれど年嵩は茉莉と同じで、知能は少女の方がずば抜けて上だ。そのことを出会ってまだ一日しか経っていないというのに茉莉は知っている。そして何より、彼女が自分と同じ生き物ではないということも、もちろん知っている。

「もお、赤音でいいの。今朝もいったでしょ。大体同い年なんだから、敬語も気遣いもなしで結構! どっちかていうと赤音の方が年下のようなもんだし、ていうかねこの苧環の町で年齢なんて気にしてたら気疲れで死んでくよ?」
「う、……はい」

 甘ったるいけれど丁度良い愛らしさが込められた赤音の言葉に、茉莉はしゅんと縮こまりながらも頷いた。
   

*


もうしばらくメビでの小説投稿は控えます。
書き捨てでボツ作品を投稿していきますね。

2009/09/12 22:02 No.18

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序章  物語は始まっていた



 昼過ぎの太陽もそろそろ疲れてきたのか、疲弊しきった在花の表情と同様に輝き具合が低下し始めている。さらさらと風に揺れる長いツインテールの茶髪が、よからぬことを企んでいるようにも見えた。ただ、その瞳に映っているのは空色の世界と、自己主張する太陽だけ。

「みなみー」
「……なんや?」

 あくまで呼吸のついでに吐き出したような気の抜けた在花の呼びかけに答えたのは、その隣に座り込む小柄な少女だった。顎のラインで整えられた短い黒髪と、陽を浴びて反射する黒縁の眼鏡が在花の声と同時にぴくりと動く。
 未波の視線が自分に向いたことを確認して、在花は薄く口を開いて呟いた。それはまたしても虚ろでどこか無機質な、上の空的科白。

「行こっか、奏斗のとこ」

 何気なくも身についたその言葉は、最早在花の口癖であり、その簡潔な言葉だけで腐れ縁である未波には全てが伝わる。よいしょっ、と軽いけれど重たげに腰を上げた在花を未波は横目で一瞥し、芝生に手をついて自身も立ち上がった。
  ――流れていく、ゆっくりと確かに。在花の時間が。

「さてさて、奏斗くんはどこにいるんでしょーか」

 相変わらずマイペースな在花、しかしその顔には悪戯好きな悪餓鬼と同等の笑みが浮かんでいた。

2009/09/15 21:54 No.19

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg

一話  ありがとうのターゲット



「かーなと!」
「え? ……っひゃあ!」

 階段に足をかけた途端、どこからか聞こえた声に高森奏斗は視線をめぐらした。相手は見えずとも、その声には聞き覚えがあったからだ。忘れもしない、大嫌いで一番苦手な幼馴染の声。
 しかしそんな行為も間に合わず、奏斗が何事かと首を傾げたのと同時に頭上から降ってくる笑い声と、何かぬめぬめとした液体。……固体? いや、それは液体と固体のちょうど真ん中に位置するものだった。べとべととしたソレが、奏斗の頭に落下して悲惨な現場を生み出す。

「あら、奏斗じゃない、こんなとこで会うなんて奇遇ね。で、頭にスライムなんか乗せてどうしたの?」
「お、ま、……えええーっ!!」

 上を見上げて絶叫。したり顔の在花と目があって、奏斗はありったけの声で怒鳴った。その場にいる生徒たちもなんだなんだと大騒ぎだ。
 そんな中慣れた顔で立ち尽くす在花は、階下の奏斗を見て笑いを堪えている。もちろんその隣には呆れて溜息を漏らす未波もいた。

「おまえ、今度こそ許さねえぞ!」

 全身に未完成のスライムを浴びた奏斗が、在花に向かって人差し指を突きつける。しかしその様はスライムを浴びたというより、生まれたての小鹿のようで醜かった。

「知らないわよ。偶然手が滑って落ちたの」
「そんな偶然あってたまるか! つかこのスライムなんだよ? なんでこんなとこにあんだよ!」

 悔しさのあまりスライムの一部を握りしめ床に叩き付ける奏斗。その姿を見た在花が小さな声で「未波特製、未完成スライム第二号よ。この前第一号も送りつけてあげたじゃない」とぼやいた。同じ手に何度もはまるのが奏斗の性格だ、と幼馴染である在花はもちろん、未波だって知っている。

「三年も私の悪戯に付き合ってくれている奏斗くんへのお礼! いつもありがとねー、あはははは!」
「こんっの、悪戯好きめ! お前のお礼はいつも俺に不幸を運ぶんだよ、知ってんのか!」
「知らなーい。さあ未波、教室戻るよ」
「ああ、そうやね」
「おいこら待てーっ!!」

 ささっと手際よく逃げる準備を終えた在花は、未波の手を引いて歩き出す。去り際にわざとらしくウィンクした在花に、奏斗は顔を真っ赤にして悪戯少女の名前を連呼し続けていた。

2009/09/16 19:01 No.20

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 ――侵食された、脳髄の奥。

 無意識に瞳を開けば、目の前の闇は突如として消えた。呼吸がしたくて口を開けば、舌の上で砂のざらざらとした感触が広がる。けれどそれを吐き出すことさえ億劫で、私は静かに口を噤んで鼻で空気を吸い込んだ。澄んでいる、とはいえないけれど、肺を満たす冷たい酸素は私に生きているという実感をくれた。
 
 とりあえず起きあがりたい。ここが何処なのか、何時なのか、はたまた何故こんなところで横になっているのか、知らなければと身体のどこかが疼く。何故か酷く肌寒くて、身が引き千切れそうだった。

「……ん」

 ゆっくりと、緩慢な動作で地に手をついて、生まれたばかりの小鹿のように上体を起こす。肩と腕と、足の先の方が熱を持つ。微かな痛みと血の匂い。
 一瞬戸惑ったけれど、この状態で無傷というのも可笑しい話なので現状を受け止めた。まさに満身創痍。何があったのか、わからない上に、自分が何者なのかもわからない。なんだこれは、と思う前に、自分の名前さえも曖昧だということに気づく。喉の近くまで出掛かっているのに、まるで思い出したくないと拒絶でもしているのか、出掛かった自身の名前と記憶が、また塵の積もった晦冥の底へ沈んでいった。


*

支持、有難う御座います。
こんなゴミだらけの書き捨てに支持して頂けて嬉しい限りです^^*
これからも真剣に執筆練習続けます。

作品とか無視してすみません。
これはただの落書きで、今のところどの作品にも属しません。

2009/09/24 20:36 No.21

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2009/10/04 16:48 No.22

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 その人影を見つけた。
 倒壊した一軒家の屋根に腰掛ける、細く小さなシルエット。ネイビーブルーの長い髪。揺らめく青いリボンと、夜空を切り取ったような濃藍色のワンピース。そして、スカイブルーの透明な瞳。沈みゆく太陽に彩られた世界の中で、たった一人夜を身に纏った彼女が、空と見つめ合っていた。
 それはまるで宵闇に降臨した美しく儚い天使のように見えた、……なんてほど大袈裟なものではなかったけれど。でも、明らかに異質だった。僕の瞳に映る景色の中で、彼女だけが浮いていたのだ。

「何してるの」

 それは無意識に発した、僕の問いかけ。

◇ ◆ ◇

2009/12/31 13:54 No.23

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2009/12/31 14:00 No.24

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2009/12/31 14:05 No.25

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 全てを洗い流すような、冷たい雨の日だった。
 お天気お姉さんを信じていた僕は傘を所持しているわけもなく、風が吹けばひっくり返りそうなよれよれの折り畳み傘を片手に家路を急いでいた。運の悪さとか、天気予報を信じた自分が馬鹿だとか、悪態を吐くことなんてしない。自然はいつでも、自由気ままなものだろうからさ。
 それでも昔親父に貰ったこの折り畳み傘は一応仕事を果たしてくれている。通学鞄は雨で変色してはいるけれど、僕自身はそれほど濡れていない。まあ風邪を引く、なんて心配は最初からしていないけど。ずぶ濡れになった後の始末が大変だからなあ。

 ぴちょん。

 雨粒が地面で弾む軽い音が辺りを包む。異様な静けさだった。聞こえるのは、遠くを走る自動車の騒音と、自分の足音、そして雨音だけ。何かが起こるような予感がした。そしてこんな時に限って、その予感というものは当たるのだ。

「……あ、れ」

 最初は雨に濡れたゴミ袋か雑誌かと思った。降りしきる雨の中、それは路上に放置されていたのだ。微動だにしない。雨水を吸った、布。張り付く黒い、髪。驚くほど白い、は、だ? 肌だ。ちらっと覗く人間の皮膚。
 その全てを断片的に網膜に捕らえて、僕ははっと息を止めた。足も止まる。おかしい。なんだ、あれは。
 それを見ての第一印象。殺人現場か? いやいや、え? 殺人? 死んでるの、あれ。僕の目が狂っていなければ、それは女の子だ。僕と同い年ぐらいの、痩身で小柄な少女。
 しかもそれが横たわっているのは狙ったように僕の家の前。本日二度目の不運だ。これじゃあ、僕にどうにかしろといっているようなもんじゃないか。冗談じゃない。
 しかしまあ、落ち着いて観察してみるとどうやらそれは生きているようだった。数秒ほどこちらも息を止めて相手を黙視してみると、微かに胸の辺りが上下しているのがわかる。息はあるらしい。怪我をおっているのか表情は険しかった。この状況で健全だったらそれはそれでおかしいものだけど。

「だ、大丈夫ですか」

 とりあえずかけるべき言葉を投げかけてみる、が、返事は返ってこない。わかってたけど。反応ぐらいはしてくれるかなー、という淡い期待もあっさり霧散する。それよりこれは、もしかしなくても危険なんじゃないだろうか。瀕死の状態だったりして。はは、僕が来る前にここで何が起こったっていうんだよ、宇宙人侵略か? それとも彼女は世界を悪の手から守る美少女戦士!、だったりしない、わな。まあ妄想はおいといて。
 

2010/03/15 23:50 No.26

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 冷たかったかな、と逆奈(さかな)が呟いた。その声さえも深海の冷たさにとても酷似していた。私は答えることが出来なくて、黙ったまま目の前のショートケーキにフォークを刺す。

「冷たいに決まってるわよね、冬の海だもの。かわいそうなことをしたわ」

 綺麗な唇を微かに震わせる逆奈の、その横顔に見惚れてしまう。
 私の私物が散らばった部屋で、逆奈はガトーショコラをじーっと睨んでいた。その目は虚ろで、しっとりと濃厚な目の前の洋菓子も、もちろん私も、映ってはいない。きっと逆奈の瞳に映るモノは一生、彼だけなのだと思う。ガトーショコラの横に当たり前のように置かれたコーヒーの表面が、すーっと微かに揺れた。

「食べないの?」

 逆奈を待ち焦がれているケーキたちの代わりに、そっと問いかける。このガトーショコラは、私の家の近所にできた小さなケーキ屋の人気商品だ。お菓子が好きな逆奈は、いつもならケーキを前にしてぱっと笑顔を咲かせ、上品な所作でそれを頬張る。けれど今日は、違う。気持ちはなんとなくわかった。

「食べる気になれないの」

 吐き気がするのよ。
 寂しいような悔しいような、恋しいような。複雑な表情の逆奈。壊れてしまいそう。
 私は逆奈にこんなに愛されている彼が、逆奈の手によって魚になってしまった彼が、恨めしくて恨めしくて、私がこの手で殺めれば良かったなと今更ながら後悔した。私の逆奈をどこまで奪うつもりなのだろう。執着心の強い奴だ。

「どんな、気持ちだった?」

 おそるおそる聞いてみる。

「どんな気持ち。……痛かったわ。苦しくて、切なくて、心臓がずっとおかしいぐらい高鳴ってた。何かがね、内からどんどん押し寄せてくるの。今考えてみたらあれはきっと愛だったんだと思う。押さえきれない愛。愛。……あい、が、愛が私の頭を支配してた」

 愛がどうすれば殺めることに繋がるのか、私には到底わからなかった。私も逆奈を愛しているけれど、傷つけるようなことは絶対したくない。ずっと傍にいてほしい。ずっとずっと。逆奈は何を考えているんだろう。そんな少し狂ったところも、彼女の魅力の一つだと思う。
 逆奈は一つ年下の可愛い後輩くんと付き合っていた。逆奈はこれまでに沢山の男の子と交際してきたけど、一つとして長く続くことはなかった。いつも相手は年下で、向こうがすぐに冷めてしまうのだ。仕方ないと思う。まだまだ若いあいつらに、逆奈の良さなんてわからないだろうから。
 けれど今回のあの子は一番長く関係が続いていた。逆奈も彼のことを愛していたし、彼も逆奈一筋で、一途で優しい純真な子だった。そのせいで、毎年一緒に祝っていた逆奈の誕生とかクリスマスとか、そんな私の楽しみは全て彼によって奪われてしまった。私はいつも一人で逆奈の誕生日ケーキを前にろうそくを見つめる。
 だから私の方が彼を殺める動機がはっきりとしていた。彼を逆奈から引き離すために。逆奈を私のものとするために。ねえ、どうして時計の針は逆回りしないんだろう。

「逆奈」
 
 黒く濁った逆奈の瞳が、私の呼びかけで現実に戻ってくる。

「大丈夫だよ」
「何のこと」
「そんな顔しなくても大丈夫。逆奈の愛はきっと彼に届いたから。後は私に任せて」

 だから笑って。笑ってよ、逆奈。
 どうして私は逆奈にこんなことをいったんだろう。ちっぽけで未熟な私には、逆奈の悲しみを拭い去ることなんて出来るはずがなかったのに。
 それでも逆奈は、頼りない私に頷いてみせた。

「ありがとう、水香(すいか)。大好きよ」
「う、うん、わたしも」

 逆奈が私の名前を呼ぶ声、逆奈の「大好き」という言葉。
 全部全部、私のものにできるだろうか。今でもまだ、逆奈の隣は埋まっている。見えない何かで。だけど私は、逆奈の声を聞けるし、逆奈の匂いを嗅げる。逆奈の一番近くでその硝子細工のような横顔を見ることができるのだ。私は勝つ。実体があるこの身体がある限り。
 ガトーショコラを見つめ続ける逆奈の横顔を、切り取って胸にしまっておきたいと思った。

*

 逆奈が魚になったと、聞いた。
 結局私には逆奈を救ってあげる術など、見つけられるわけがなかったのだ。
 逆奈は私と共に生きていくことを一縷も考えなかったに違いない。私は捨てられて、実体のない彼が逆奈の隣に選ばれた。なんて理不尽。きっと今頃、二人は仲良く冬の海を泳いでる。
 逆奈の残した罪は、彼女自身と共に消えてなくなった。この世界に、逆奈がいた証はもうない。逆奈の愛したものも。全て。でもまだ一つだけ残ってる。逆奈を愛した私が。私だけが残されてしまった。

 冬の海は確かに冷たくて、二人がこんなところに消えてしまったなんて、不思議だけど至極かわいそうに思えた。逆奈の気持ちが今更わかる。ごめんね、助けてあげられなくて。
 ゆっくり歩いた。海水に片足がつかって、もう片方もすぐに絡め取られて、全身が魚になっていくのを感じた。逆奈の横顔と、逆奈の「大好き」を抱いて、私も、いま、



 深海に沈む。

2010/03/18 21:16 No.27

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◇第一章...誇り高き称号を


*

一話【その牙を隠して】


 ――漆黒の夜空に、煌々と輝く満月。
 満開の桜が雪のようにちらちらと下界に降り注いで、とても綺麗な夜だった。私はベッドに横たわったまま、その幻想的な光景を視界の端に映していた。この位置からでは舞い落ちてくる花弁と、饅頭のような満月しか見えない。地に降り立った花弁が、一体どうなってしまうのかなんて知らなくてもいいことだ。それより私は、だんだん朦朧とし始めている意識のせいで、立つこともできないし息をすることだってままならない状況。こんなときに、桜に見惚れている余裕はなかった。

「まだ消えるもんか」
 
 私にはやらなきゃいけないことがあるのに。
 右手首から流れ出す生温かいものは、私を少しずつ追い詰めていく。私もそう簡単に負けたりしない。敗北は死ではなく、喪失。私は死なんて恐れていない。それより失うほうが嫌だ。まだ手に入れていないけれど、失ってはいけないものがある。既に大切なものを幾つか失ってしまった私に、残された最後の欠片。


 私は、絶対に負けたりしない。

 

2010/04/08 21:22 No.28

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 それは愛だった。私は確かに愛していた。
 霞んだ視界がすこぅしずつ定まり始めて、額に浮いた汗がひんやりと冷たかった。とりあえず気だるげに右手で汗を拭って、横になったまま天井の一点を見つめる。とても愛しくて、けれど残酷な夢を見た、それだけは覚えている。身体も意識もまだ夢の余韻に縛られていて、呼吸をすることさえ億劫だ。いつまで経っても喪失の繰り返し。あれから十分未来に近づいたのに、毎晩毎晩失ってばかり。どうしてもここから抜け出せない。
 
 だんだんと熱が冷めていく中、私は未来のことだけを考えていた。


⇔ただの塵。

2010/04/22 23:34 No.29

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 それはもう愛なんじゃないか。
 誰かがいった。誰がいったかなんてどうでもいいんだ。ただその言葉が今も私の胸奥に染み付いて離れないだけ。どうしても、何度考えたって疑問に思う。確かに私たちの関係は、世間一般では異常だった。何が異常かって、私たちの間にある愛が、だ。私たちは強く繋がっている。どっちか一人だったら死んでいただろうし、生まれてくることさえなかった。瑞貴(みずき)のいない世界になんて、存在している意味が無いから。少なくとも私は。
 
 けどこれは誰かがいった愛≠ネんかじゃない。愛してはいる。私が瑞貴を愛すのは至極当然のことであって常識だ。私は瑞貴を、愛している。失ってしまったらきっと私も死んでしまう。瑞貴と私は二人で一つで、一つだけど二人なのだ。だから結果的にはいつか、お互い別の死を遂げるんだろうけど。


*

Twins、ぷろろーぐ。

2010/04/25 00:08 No.30

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 それはもう愛なんじゃないか。
 誰かがいった。誰がいったかなんてどうでもいいんだ。ただその言葉が今も私の胸奥に染み付いて離れないだけ。どうしても、何度考えたって疑問に思う。確かに私たちの関係は、世間一般では異常だった。何が異常かって、私たちの間にある愛が、だ。私たちは強く繋がっている。どっちか一人だったら死んでいただろうし、生まれてくることさえなかった。瑞貴(みずき)のいない世界になんて、存在している意味が無いから。少なくとも私は。
 
 けどこれは誰かがいった愛≠ネんかじゃない。愛してはいる。私が瑞貴を愛すのは至極当然のことであって常識だ。私は瑞貴を、愛している。失ってしまったらきっと私も死んでしまう。瑞貴と私は二人で一つで、一つだけど二人なのだ。だから結果的にはいつか、お互い別の死を遂げるんだろうけど。



 小鳥の囀りが妙に不快に感じて、目覚めの悪い朝を迎えた。カーテンの合わせ目から零れる朝日が眩しくて仕方がない。ほんのりと暖かい布団に包まれながら、暫く天井の一点を見つめる。意識が完全に覚醒するまで、とても時間がかかるのだ。朝は嫌いだ。一日がここから始まるんだと思うと、体中が石化して動き出すのが億劫になる。けれどいつまでもこうしてはいられない。――瑞貴は起きているだろうか。

2010/04/25 20:15 No.31

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 時計が刻む一分一分がすごく重たく感じる。もそもそと布団を抱えたまま起き上がり、壁にかけられたそれを確認。登校までにはまだ少し余裕がある。微かにくらくらする頭を振り払って、布団を抱えたまま部屋を出た。扉を開けた途端、春の朝特有のひんやりとした空気が私を包んで、思わず身を縮めて瑞貴のことを思う。寒い。
 一歩進むだけでも足の裏とか色んなところが冷たくて嫌になる。それでも足を引き摺るようにして隣の部屋へと歩を進めた。私の部屋から隣の部屋までは歩いて五歩もあれば辿り着けるから、時間にしてしまえば短いものなんだけど。いつもこの距離が長く感じられる。不思議。耳を澄ませばお母さんが朝ご飯を作る優しい音が聞こえてきた。幻聴だ。一気に心細くなって、私は辿り着いた目の前のドアノブを回し、何をするより早く、瑞貴を探す。

「……瑞貴」
「おはよ、美埜(みや)」
「おはよう」

 ドアを開けた先に、いつもの瑞貴がちゃんといた。黒と白を基調としたベッドに腰掛けた瑞貴が、私を見て微笑む。私も、微笑む。瑞貴はもう制服に着替えていて、支度も整っているようだ。私は何をするのも遅いから、まだパジャマのままだけど。

「よく眠れた?」
「うん」

 ベッドから腰を上げつつ、瑞貴が落ち着いた声で問いかけてくる。これはお決まりの台詞で、それに対する私の返答も決まりきったもの。でも瑞貴の台詞はいつも言葉の温度とか硬さが微妙に違うから、まるで初めて聞く言葉のように感じた。

「今日は寒いなあ。もう春なのにね」

 そういって瑞貴が私の目の前に来て、自然な動作で私の腰を引き寄せる。私は布団を両腕で抱きしめながら、瑞貴にされるがまま。制服姿の瑞貴は十分温かくて、冷えた身体がじんわりと熱を持っていくのがわかった。名残惜しいけれど瑞貴の抱擁は数分でおしまい。けれどすぐに瑞貴の手がこちらへと伸びてきて、私の髪を梳いたかと思えば、次の瞬間には瑞貴の顔が私の首筋へと移動した。彼の唇がたった一瞬首筋に触れる。みや、と掠れた声がした。

「行こう」

 全てが夢のように、終わったり始まったりする。馬鹿みたいに広い、球体の中で。

2010/05/02 16:29 No.32

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太陽がどうしようもなく救いようのない私をギラギラ照らす。眩しくて平和過ぎて汚らしい私にはそれが何より苦しくて、下手したらそのまま蒸発してしまいそうだった。寧ろそれですべて終わらせることができるのであれば、私はそれでもいいと思った。あなたを形どっていたものも、だんだんと消えていくというのに。

火葬場の空気はひどく乾いていて、呼吸がしづらかった。太陽の下があなたの一等大切な場所だった。私はそんなあなたの隣で懸命に生きていた。
今日まで積み重ねてきたものが音を立てて崩れていくとき、人間はそれをどうしても否定したくなる。ここまできたのに、と悔やむのではない。これからどうすればいい、と途方に暮れるのだ。

私とあなたは長い時間を共にし過ぎたのだろう。気がつけばどちらか片方では生きていけなくなるくらい相手に依存していた。今はもう、どれもこれも冷たくなってしまって、私はあなたを抱きしめられないし、あなたは私を抱きしめることなんてできないけれど。


「あの、少しだけ、骨をいただけませんか」


あなたの骨を貰って、何をしたかったのか。何も考えなんてなかった。その言葉は自分でも不思議なくらい、するりと口から滑り出したのだ。

白く、固く、形を変えた。
小さなあなたの一部を手にして、私は初めて涙を流した。


(抱きしめても抱きしめても、あなたは零れ落ちていく)

2010/06/24 22:12 No.33

夕月 遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg_Hg


 星が欲しい。数あるうちのたった一つを、この手でそっと包み込んで、満足するまで眺めた後、食べてしまいたい。この空に散らばる星は全て、私の記憶の原点。――ねえ、あなたは私を覚えてる?




 この本は先週の火曜日にもう読んだ。確かあの日は見事な快晴で、空は見渡す限り青かったっけ。私はその空を数秒黙視して、窓を開けた。まだ春なんて来る気配もないのに。もちろん、開け放った窓からは凍てつくような寒風が進入してきて、あの日ほど機嫌の悪い日はなかったわ。ああ、この本はいつだったか忘れたけど、叶恵さんに貰ったクッキーを頬張りながら読んだ。お菓子の甘い匂いでこの部屋がまるで夢の国みたいに思えたのを今もはっきり覚えてる。やっぱり甘いものを食べながらの読書って最高。途中でお菓子がきれちゃったりすると一気に気分が落ち込むけど。でもやっぱり、読書には環境ってものが関わってくると思う。

 私は膝に積み上げた本を一冊ずつ確認しては、棚に戻していった。こうやって一冊ずつ思い出していかないと読んだかどうかわからないのだ。どうも私は昔から記憶力が人より劣っていて、たまに昨夜食べたものさえ忘れてしまう。別に忘れても支障がないからいいものの、勉学面ではとっても不利だ。テスト期間中に覚えたものが、当日になると不思議なくらいすーっと頭から消えていくのである。小さい頃のことなんて何一つ覚えていない。全部覚えてるって人がいたらそれはそれですごいものだけど。

 遠くで授業が始まった鐘の音が響いている。私のいる場所までは届いてこない。授業にだって出る気はない。週に三日ぐらいはクラスに顔を出すけど、その他はいつだってここにいる。図書館第二書庫。ここが私の生活の全て。

 私の通う学校は、それなりに有名な私立の中高一貫校だ。校風は自由とかマイペース、なんて言葉が似合うお気楽学校。校長先生も天然でのろま。行動は遅いし、集会なんかで前に立って話すときも、「ああ、その」「えーっと、ね」なんかが口癖。誰も聞く耳は立てない。それはどこの学校だって同じだろうけど。その上、在学している生徒まで自由人。自分勝手が多いし、校則は守らない。自分の世界を持ってる、といえば良いように聞こえるかもしれない。そんなこといってる私も自由人だから、他人を貶すことなんてできないけど。

 私はクラスで孤立してしまった地味な文学少女で、友達なんて一人もいない。いつだったかな、クラスの女子に嫌な噂を流されて、私は女子という生き物を信じられなくなった。司書の叶恵さんは別だけど。
 私はずっとここにいられたらそれだけで幸せだと思ってる。友達なんていらないし、家族だっていらないし、名前も知らない幸せなんて必要ないんだ。


 だから毎日、朝も昼も夜も、ここで星に手を伸ばす。天井で輝く無数のステラを、この手中に収めるために。

2010/06/27 19:16 No.34

夕月 遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg_Hg


 どんなに手を伸ばしても届かないものがある。それは私が恋焦がれる星と、もう一つ。高い本棚の上段に並ぶ本たちだ。

 私が住み着く図書館第二書庫は、図書館の奥にある書庫棟の中の奥から二番目の部屋である。書庫は第一から第五まであって、どの部屋も鳥籠みたいな丸い形をしている。その部屋の壁約半分を占めるのが、天井まである高くて段数の多い本棚。その本棚の上の方にある本を道具なしで取れる人なんて絶対にいない。誰に誓ったっていい。私がまだ中等部の生徒だった頃、始めてこの部屋を見つけた時は本棚の上には興味がなかった。その時はまだ、手に取れる範囲の本を読むのに夢中だったから。けれど時が流れて高等部に上がれば、自然と読む本も減ってきて、手に取ることのできない本たちを求めるようになった。その時に、叶恵さんが私にプレゼントしてくれたのが、今も愛用している脚立だ。

 一人で使うにはちょっと不安要素の多い古びた脚立。その脚立の頂点にまたがって、私は今、読書をしている。これは私にとっての日常だ。たぶん今の私の姿を教師や生徒なんかが見たら、きゃーきゃーと騒ぎ立てて、私に下りろと命令するだろう。けど危ないことなんて一つもない。だって私はこの脚立を使い始めてから今まで、一度も落ちたためしがないから。なんて、何一つ確証にならないか。
 よいしょ、と数冊の無駄に幅の厚い書物を棚から出して膝にバランス良く置いた。慣れているからこそできることであって、決して真似などしてはならない。ここでバランスを崩せば床をごっつんこ。まずどこかしらが出血するだろう。骨折なんかも免れない。

 なんてことを考えて怖いなーと思っていたから、私はバランスを崩してしまったのである。膝の上の本も一緒に。落ちるときはみんな一緒。もう誰も私を一人にしないで。

 ビルの十数回から落下したわけでもないのに、宙を舞っている時間がとても長く感じた。このままならどう考えても床と衝突。その上、一緒に落ちてきた本とも頭突きを交わすんだ。けど死ぬわけじゃない。だから何故かあまり怖くはなかった。あの頃に比べたら、私はまだまだ健康体で、何もしなくたって生きていられたから。


 ――全部、忘れちゃえばいいんだ。


 いよいよ床とご対面、という時。目の前で星が瞬いた。それは幻視幻聴だったけど。


「きゃ」
「……いつっ」


 空から落っこちた先に、床はなかった。あったのはどういうわけか、生きた人間。


2010/06/27 19:21 No.35

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 失ってしまってから気がついた。嗚呼、こんなにも大切だったんだ、って。ざあざあと降り続ける雨を横目に、乾いたコンクリートの上に座り込んで、膝を抱えた。喪失感と少しの苛立ちと不安が入り混じった心の中で、私は誰にでもなく祈る。早く止んで。雨は嫌いなんだ。どうしてよりにもよって私のが狙われたんだろう。せめて代わりぐらい持ってこればよかったなあ、と今更後悔する。


 私は、盗まれてしまったお気に入りの傘のことを思って、大きくため息を吐いた。




 朝の天気予報で昼から雨が降る、とお天気お姉さんがいっていた。だから、この前一目惚れして買ったお気に入りの空色の傘を片手に家を出たんだけど、放課後、帰り支度をして昇降口に行ってみれば、嘘みたいに私の傘だけが無くなっていた。おかしい。柄の部分に『水乃未埜』と小学生みたいに名前を書いておいたのに。盗まれる時は盗まれるんだ。


2010/06/27 19:27 No.36

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 通り過ぎていく風の音。アスファルトを撫でるように吹く風。優しい色を持った世界の全て。私は今も瑞貴のことを愛している。彼が見ることのできなかった未来の景色を、全部全部、この瞳に焼き付けて。三年前は隣に彼がいて、自然と手を繋いで、言葉を交わすこともなく、同じように生きていることを実感し合っていたのに。
 もう、私しか生きていない。

 ずっと一緒にいて、なんて約束はしていないから、瑞貴が死んでしまったのは仕方がないことだと思う。恨むことも責めることもできない。いつかは離れ離れになってしまうこと、まるで生まれる前から知ってたみたいに、受け入れていたから。僕死ぬかもしれないんだ、っていつもの笑顔で呟いた瑞貴の横顔を、私は空を見るみたいにぼーっと見つめてた。またいつもの冗談か、と思ってた。瑞貴は嘘と冗談が大好きだったから。


2010/06/27 19:29 No.37

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2010/06/27 19:32 No.38

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 不思議と、何も疑問を持たずにここまで生きてきた。ひんやりとしたこの部屋で、疑いを持たない方がおかしいのに、私はただただ生きることが使命であるように生きて、空白の時間とか此処がどこであるのかとか自分がどうして鎖に繋がれているのかとか、そんなこと当たり前の日常のように受け止めて生きてきた。私は物心がついた時から、鎖と共に生きている。
 私の世界は小さな部屋の中。コンクリート剥き出しの壁と床はいつだって冷たい。天蓋付きの廃れたベッドだって薄っすらと雲の巣を張っている。そこに純白のシーツはもうなかった。私の身を包む服になってしまったから。たとえそこにシーツがあったとしても、私はこのベッドで眠ることはないだろう。毎晩私はベッドの横の冷たいコンクリートの床に寝そべって、眠っているのか死んでいるのか生きているのかよくわからない波に抱かれて天井を黙視する。


2010/06/27 19:35 No.39

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 烏がカーカー鳴いている。
 午後の授業にだけ顔を出し、ホームルームが終わってすぐ私は図書館へと向かった。星架学園の西端に位置する大図書館は設備も充実していて、他学園を圧倒する蔵書数を有している。私は小さい頃から読書が好きなので、この学園に入学してから図書館ばかり利用していた。あとは、たまに気が向いたら授業に出たり、寮に戻って昼寝をしたりしている。最近はルームメイトが出来たので寝る時以外は部屋に戻ることも少なくなったけど。

 入り口を通過して、ホール状になっている室内に入った。図書館は大きな丸型で、入り口を除く三百六十度どこを見ても本棚で埋め尽くされている。一階から三階まであって、ホールの中央にも沢山本棚が並んでいるし、自習用の机も情報収集のためのパソコンもあって、文学好きには最適な環境だ。残念ながら私はあまりこの本館の方はあまり利用しないけど。
 私は生徒で溢れる広いホールの真ん中をずかずか歩いて、図書館の奥に足を進めた。星架学園の生徒だけじゃなくて、星架大学の生徒もここを利用しているから、人ごみが嫌いな私は本館の空気が好きじゃない。
 そのまま図書館奥の通路へと入って、長い廊下を歩き、司書室の前に立つ一人の女性を見つけて駆け寄った。紺色のスーツを着崩した眼鏡の女性。


「おー、やっと来たか。今日は遅かったな」
「授業に出てたの」
「珍しいじゃない。何かあった?」


 彼女は私を見るなり片手をあげてにかっと笑い、駆け寄った私の頭に手を乗せる。私はその手をさりげなく振り払いながら、首を小さく振った。彼女はこの大図書館に勤める司書の白百合叶恵さん。私が星架学園中等部の時からの知り合いだから、もう三年近くの付き合いになる。気さくで明るいし、マイペースな人だから何かと気があって、まるでお姉ちゃんみたい存在。唯一私のことを理解してくれる人だと思う。煙草はやめてほしいけど。


「最近つまらなくて」
「ああ、ルームメイトが出来たんだろ? 気が合わないとか前に言ってたな」
「何話しても無反応だから気が合うとか合わないの問題じゃないと思う」
「まあお前も周りから見ればそんなもんじゃないの」


 確かにそうだね、と返しながら私は右手を叶恵さんへと差し出した。それだけで彼女は何を意図するかすぐにわかる。叶恵さんは一つ頷いてスーツのポケットから何かを取り出し、私の手のひらに載せた。


「はいはい、鍵ね」
「ありがとう」
「読書に没頭するのもいいけど、ちゃんと門限は守りなよ」
「はーい」


 私は受け取った鍵を片手に握りしめ、力のない返事をして叶恵さんと別れた。廊下の窓から見えた空は、もう大分橙色に染まっていた。ルームメイトは今頃、どうしてるだろう。

2010/08/25 12:58 No.40

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 廊下をずっと歩いていくと、幾つかの扉が現れる。手前から数えて全部で六つ。歩いてすぐ目につく扉には、『第六書庫』と書かれたプレートがかけられていて、もう少し歩いた次の扉には『第五書庫』と同じプレートがかけられている。ここは書庫棟で、長い廊下の先に第六から第一までの書庫が並んでいる。
 私はその扉の前を悠々と歩いて、『第二書庫』の前で立ち止まった。慣れた手つきで鍵を鍵穴に差し込む。木製の少し色褪せた書庫の扉は、私の世界の入り口だ。

 鍵を開けて扉を開くと、書庫特有の湿った匂いが鼻孔を擽った。すぐに室内へと足を踏み入れて、扉を静かに閉める。
 書庫内は本館と同じように丸い形をしている。違うのは広さと北側の壁がガラス張りになっていることだけだ。狭いけど一人で読書するには丁度いい広さだし、日当たりもいい。高さ三メートル弱、段数十二段のゆるくカーブした本棚には、端から端まで本が並んでいた。棚の前には愛用の脚立が昨日のまま放置されている。言うまでもないけど、これで手の届かないところの本をとる。それでも届かない場合は諦めるしかない。

 ガラス張りの壁から差し込む夕日に照らされて、私は小さく深呼吸する。
 この小さな書庫は鳥籠。私という孤独な鳥と、数々の書物を閉じ込めるための。誰も、助けてはくれない。ずっとここに閉じこもって生きていくんだ。

 ふと、頭上を見上げて、嗚呼今日も綺麗だ、と思う。天井は巨大なステンドグラスになっていて、まだ夕方なのに星空が存在していた。きらきらと淡く輝くその星に、手を伸ばす。ぽっかり空いた胸の隙間が侘しい。

2010/08/25 13:01 No.41

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 目を開けば天井の星が暗闇に落ちていた。今は本物の星が空で輝いているのだろう。
 読書をしている間に眠ってしまったみたいで、私は書庫の真ん中で崩れるように横になっていた。春先の夜はまだ少し肌寒い。風邪を引く前に寮に帰らないと、と思いながら体を起こそうとして、私は其に気づいた。


「!」


 起き上がろうとした私の隣に、見知らぬ男の子が座っていた。黒髪短髪で、星架学園の制服をかちっと着ている。そしてルビーのような赤い瞳。その瞳を見て、途端頭が疼きだす。痛い。何これ。


「こんなところで寝るなよ」
「あ、あの、あなた」


 混乱する頭の中で、色んなものがぐるぐる巡る。真っ暗で、星が輝いてて、赤くて、寂しくて。何が起こっているのかよくわからなくて、私は震える声で彼に問いかけようとした。けれど言葉が出てこない。男子と話すなんて、何年ぶりだろう。


「一縷」
「え……?」


 黙りこんでしまった私に、彼の方が口を開いた。綺麗な声だった。それが彼の名前だと気づくまでに、少し時間がかかったけれど。


「俺は東条一縷。なんでこんなところで寝てんだ」
「え、と。眠くて」
「なら早く寮に戻った方がいい。門限まであと三十分だから」
「え!」


 そう言われて私はすぐに腕時計を確認した。本当だ。今ならまだ間に合うだろう。少しお説教を食らうくらい。
 私はさっとその場に立って、制服を簡単に払う。彼も私の動作に合わせるように立ち上がった。彼は右手に本を抱えている。ちらっと見ただけだから定かではないけど、あれはギリシア神話の本だ。私も読んだことがあって、個人的にオルフェの話が好きだった。亡くなった妻を取り戻すためにオルペウスが冥府に行くやつ。結局取り戻すことはできなかったんだけどね。


「あの、教えてくれてありがとう」
「別に」
「私、朱宮乃亞」
「そうか」
「書庫に用があったの?」


 ぷつぷつと千切れるような会話をする。書庫に用事がある人なんて数少なくて、特にこの第二書庫なんて誰も足を運ばないのに、彼がここにいることが不思議だった。読書好きなのだろうか。


「探したいものがあったんだ」
「それ?」
「……ああ」


 彼は一瞬瞳を閉じて、ゆっくりと頷いた。何故だかわからないけど、きっと彼の探しているものはその本ではない気がした。私もその気持ちがわかる。ずっと探してるのに、何かが足りない。


「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」


 私たちは互いに言葉を交わして、第二書庫を出た。彼がすたすたと廊下を歩いていく。その後姿を見送りながら、そっと扉に鍵をかけた。


2010/08/25 13:04 No.42

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 翌日。二限目の途中くらいで目が覚めて、寮を出た。午前中の授業はさぼることが多いので私は好きな時間に起床する。そのまま食堂に向かい、購買でジャムパンを一つ買い、学園の真ん中にある時計塔の近くに座って一人で朝食。時計塔を確認すれば、十時半を少し過ぎた頃だった。
 今日は授業に出る気もないので、西に向かって足を進める。やっぱり図書館が一番落ち着くから。

 いつから授業をさぼり始めたのかよく覚えていない。中等部の時はちゃんと授業も受けて、それなりにクラスの仕事もこなして、教師とも付き合いが良かった。行事に参加するのも好きだったし。お昼休みに近くの席の女子に誘われて、お昼を一緒にしたこともあった。でも今はそんなことしない。
 私が授業をさぼっても、担任もクラスメイトも何も言わないし、たまにふらっと現れても特別無視されたり嫌われたりすることもない。ただ空気みたいに扱われるだけ。おはよう、なんて形だけの挨拶をされてそれに返して、授業は右耳から左耳に抜けていく。そんな毎日だった。


 図書館に着き司書室に向かうと、叶恵さんは私に鍵を渡すことはなかった。鍵は? と問いかけると、先客、と単語が返ってくる。司書室の小さな黒板に赤のチョークで書かれた『禁煙!』という文字を一瞥してから、堂々と煙草を吸っている叶恵さんを見て、自然と溜息が出た。

 こんなことは初めてだった。どんなことかって、私より先に第二書庫を利用する人がいることだ。年に一回ぐらい、レポート作成のために第二書庫を訪れる人はいるけど、こんな春先に何の用があるんだろう。昨日は東条さんという人が来ていたし。
 疑問に思いながら廊下を歩いて第二書庫に着くと、扉を開いた。書庫の中は眩しいくらい陽射しが差し込んで、お昼寝するには丁度いい場所だった。
 そしてもう一つ目に入る、人物の存在。


「おはよう」
「あ、おはようございます」


 扉を開けた先には本棚と向き合って立つ東条さんがいて、私は目を丸くした。あれ、なんでいるんだ。と思う前に、彼が私の顔を見て自然とこぼしたその挨拶に、ちょっと驚いてしまう。昨日初めて会っただけで別に親しくもないし関係もないのに、何だろうこの昔馴染みみたいな接し方は。


「いつもここに来るのか?」
「あ、うん。私本好きだから」
「授業は?」
「出てない。つまらないし」


 本を数冊腕に抱えながら東条さんは私にいくつか問いかけてきた。私はそれに淡々と答える。学年は、たぶん同学年だろう。胸のリボンの色が同じ赤だし。でもなんか失礼かな、と思いぎこちない言葉で返していると、彼がふいに脚立を指差す。


「これ使っていいか」
「うん、どうぞ」


 私の返答は東条さんの耳に届いて消える。書庫はいつも静かで神聖な場所だったから、こうやって誰かと話しているのが嘘みたいだった。東条さんは脚立に乗って目当ての本を探し始める。私は何をしよう、と思いながら始めて来た生徒みたいにうろうろその場をうろついて、結局お気に入りのルイス・キャロルの有名な作品を手に取った。もう何度も読んだけどまあいいか。


「お前、二年二組の朱宮?」


 すると突然、脚立の上の彼がぽつりと呟いた。名前は昨日教えたけど、どうしてクラスを知ってるんだろう。


「俺も同じクラスだから。授業よくさぼってるだろ」
「あれ、知ってたんだ」
「今朝名簿で調べた。もしかしてと思って」


 乃亞って珍しい名前だな。東条さんはそう言って本探しに戻った。確かに珍しい名前だ。珍しいというより、変わっている。私は好きだけど。
 その後は特に言葉を交わすこともなく、東条さんは本を探して、私は適当に絵本を読んだりした。お昼頃に東条さんは数冊の本と共に書庫を後にして、私は一人になる。なんだかこうして一人ぽつんと書庫の真ん中に寝転んでいるのが、凄く久しぶりのことのように思えた。変だな、今までずっとこうだったのに。

 結局、その日は叶恵さんが呼びに来るまでずっと本を読んでいた。

2010/08/25 17:30 No.43

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg_3L


 不思議なことに、次の日も東条さんは第二書庫に現れた。別に嫌なわけでも邪魔なわけでもないのだけど、人が近くにいるのって落ち着かない。何も話さなくても気を遣ってしまう。呼吸一つするのも苦しいぐらいだ。私が大袈裟なだけだろうか。


「あの、一縷くんって呼んでいい?」


 だからだろう。少しでもこの重みと緊張を減らすために、私はそう彼に尋ねた。東条さんは分厚い本から視線を上げて私をじっと見る。彼の艶やかな黒髪が陽射しに照らされて透き通るようだ。


「一縷でいい」
「え、じゃあ一縷、で」
「うん」
「私のことは乃亞でいいよ。朱宮でもいいけど」
「了解」


 結局どっちで呼んでくれるのかな、と思ったけどその後すぐに、お前、と呼ばれてがっかりした。名前でも名字でも呼ばないなんて、ずるい。

2010/08/25 17:32 No.44

遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg_3L


 太陽のぽかぽかとした温もりに包まれていると、つい眠ってしまいそうになる。一縷が昨日と同じようにお昼過ぎに書庫を出て行ったのを確認して、一人床に寝そべる。流石に男子がいる部屋で寝転ぶのもはしたないかなと思って遠慮していたのだ。週に二回掃除しているから、別に汚くないだろう。


「乃亞ー、昼飯買ってきたぞ」


 大きな音をたてて書庫に入ってきた叶恵さんは、私の目の前に購買の袋をぽんと落す。食べ物は大事に扱えっていつも言ってるのに、全く学習してくれない。それに書庫を含めた図書館内では飲食禁止なはずなのに。煙草も駄目だよ。


「司書さんなのにだらしないよ、叶恵さん」
「いいんだよ、名前だけだからさ」


 それでよく司書教諭の資格が取れたものだ、と思った。見た目は知的に見える彼女だけど、中身は大雑把で面倒くさがりなただのいけない大人だ。授業をさぼってる私が言えることではないけど。


「それより最近男子生徒が一人ここに来てるけど、お前の知り合い?」
「男子生徒って、一縷のこと?」


 唐突なその質問に、私は叶恵さんが買って来てくれたクリームパンに齧り付きながら首を傾げた。そんな私を見て叶恵さんが楽しそうに笑う。


「へえ、呼び捨てるような仲か」
「ち、違うよ!」
「おうおう、乃亞が珍しく動揺してる」


 にやにや笑う叶恵さん。私はクリームパンにはむっと齧り付いて、そっぽを向いた。別に動揺なんてしてない。ただ、恥ずかしかっただけ。

 叶恵さんはその後もずっと笑いながら、私の隣でおにぎりを食べ始めた。叶恵さんがこんなに嬉しそうな顔をするのは初めてで、なんか新鮮だなと思う。明日も一縷、来てくれるかな。

2010/08/25 17:35 No.45

夕月 遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★vx1n1sAwNmg_3L

 壊れていつ消えてしまってもおかしくなかった私が唯崎(ゆいざき)に出会ったのは、高校二年生になる春のことだった。父のいない間に家の前の自販機でジュースを買おうと思ってこっそり外へ出た。その日はよく晴れた小春日和で、太陽の熱で蒸発してしまいたい気持ちに駆られた。外へ出たのは二週間ぶりだった。前回外へ出たのは、父のお酒を買いに外へ放り出されたとき。自由になる絶交のチャンスだというのに、私は逃げるなんてことしなかった。だって逃げられない。見えない首輪がここにあるから。

「ねえ、君」

 自販機の前で小銭を手にぼーっと突っ立っていると、突然通行人に声をかけられた。優しいテノール。父の低くい声とは違って、私の耳にすーっと入ってくる。私は傷だらけの腕を隠すように抱きしめて、声の主を見た。

「ああ、怖がらないで。何もしないから」
「あ、あの、」

 瞳に映した人物は、短い茶髪に黒いTシャツ黒いズボンの何処にでもいる普通の青年だった。年のころは二十歳過ぎ。色素の薄い茶髪が風に乗って揺れる。

2010/09/06 19:17 No.46

夕月 遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★hKQ5AFpU1y_IiV

 鉛色の空を下から見上げて溜息一つ。小さな私にはこの世界の空気はどんよりと重過ぎて、呼吸さえ億劫だ。足元に咲く花は誰に気づかれることもなく。頭上を旋回する黒い鳥は虚しく鳴くばかり。その声が枯れる日はそう遠くない。歩道を歩く猫の尻尾がゆらゆら揺れている。忙しなくすれ違う人々の影が残像として瞳に焼きつく。誰も笑うことはない。わたしも、あなたでさえも。せかいはどうしてこんなにもかなしみにみちているのだろう。

 いつの間にか瞳に映る世界の全てが、だんだん荒んできた。荒れ果てた世界の片隅で、わたしはただ終末を待つことしかできない。ちっぽけで未熟で非力なわたし。時計の針は逆回りしないし、こうしている間も宇宙は終末のときへと近付いている。太陽はいつか熱を失って、周りの天体と同じ温度になってしまうだろう。そうすればこの優しい温もりも、消えてなくなってしまうのだろうか。
 無限なんてあるはずがないのだ。存在するものは全て有限であり、誕生したものにはいつしか死が訪れる。わたしも、空も、花も、鳥も猫も、見知らぬ他人も、宇宙も太陽も、世界も。

 消えゆくときの中で、わたしは思う。消えてほしくないものを一つだけ持っている。だけど口にすることはできない。わたしは一人ぼっちの、捻くれものの、優しくて甘い嘘を吐く、最低な女だ。ただそれだけなのだ。だからあなたを愛する資格なんてないの。

7年前 No.47

夕月 遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★hKQ5AFpU1y_IiV

≠Noah.兎

 鉛色の空を下から見上げて溜息一つ。小さな私にはこの世界の空気はどんよりと重過ぎて、呼吸さえ億劫だ。足元に咲く花は誰に気づかれることもなく。頭上を旋回する黒い鳥は虚しく鳴くばかり。その声が枯れる日はそう遠くない。歩道を歩く猫の尻尾がゆらゆら揺れている。忙しなくすれ違う人々の影が残像として瞳に焼きつく。誰も笑うことはない。わたしも、あなたでさえも。せかいはどうしてこんなにもかなしみにみちているのだろう。

 いつの間にか瞳に映る世界の全てが、だんだん荒んできた。荒れ果てた世界の片隅で、わたしはただ終末を待つことしかできない。ちっぽけで未熟で非力なわたし。時計の針は逆回りしないし、こうしている間も宇宙は終末のときへと近付いている。太陽はいつか熱を失って、周りの天体と同じ温度になってしまうだろう。そうすればこの優しい温もりも、消えてなくなってしまうのだろうか。
 無限なんてあるはずがないのだ。存在するものは全て有限であり、誕生したものにはいつしか死が訪れる。わたしも、空も、花も、鳥も猫も、見知らぬ他人も、宇宙も太陽も、世界も。

 消えゆくときの中で、わたしは思う。消えてほしくないものを一つだけ持っている。だけど口にすることはできない。わたしは一人ぼっちの、捻くれものの、優しくて甘い嘘を吐く、最低な女だ。ただそれだけなのだ。だからあなたを愛する資格なんてない。

7年前 No.48

夕月 遊兎@konnoyuu☆MN9.d8vu/Pc ★hKQ5AFpU1y_IiV

 わたしを見た妖精さんは、あからさまに眉を顰(ひそ)めた。また来たのか。そんな顔をしていた。わたしがここを訪れるとき、妖精さんは必ずそういう顔をする。呆れと疲労を綯(な)い交ぜにしたような困った顔。でも決して、もう来るな、とは言わない。そして、また来い、とも言わない。
 妖精さん、と呟いて一歩ずつ近づく。足元で水がちゃぷちゃぷと音を立てる。ローファーが濡れるのも気にしないで。

「明日は雨なんだって」
「へえ」

 妖精さんが腰掛けている太い木の根は水分を含んで湿っていた。力のない空返事をしっかり耳で受け止めて、わたしは妖精さんの隣に腰掛ける。制服のスカートが濡れることも気にしないで。妖精さんとの間にはわずかな空間を置く。彼はわたしが寄り添うことを快く思わないようだから。

「ここはいつも晴れだね」
「妖精の世界だからな」
「でも空が見えないよ」
「そういうもんなんだ」

 空は見えない。妖精さんはわたしの言葉を繰り返した。透き通るような金髪と、光を受けて煌めく浅葱色の瞳。彼は男性なのにとても美しくてフランス人形のように精巧で、同時に脆く儚い印象を持っている。
 頭上を見上げれば、鬱蒼と茂る木々の間から光が溢れていた。空の青は見えない。もちろん灰色も。

「でもどうして妖精さんは雨を知ってるの?」
「……昔、見たことがあるんだ」
「ここから出たことがあるの?」
「いや、ここに来る前のこと」

 妖精さんはそう言って足を組んだ。白い布切れのようなものを適当に身に纏った妖精さんは、捨てられた子猫みたいだった。俺はここから出ることを許されない。妖精さんはこの世界に縛られていた。水と木と、光しか存在しないちっぽけな場所に。

7年前 No.49
ページ: 1

 
 
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