Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(94) >>

Star Dust.

 ( 書き捨て!小説 )
- アクセス(493) - いいね!(1)

美桜@whitewing ★NvL2dmdPZR2

まだ小さくて

儚くて 輝けない星屑でも

“未来”という名の大きな希望を秘めている。

*

・軽い小説整理に使う記事。
・ネタバレになるから基本的に観覧は禁止。
・荒らしも勿論厳禁。

*

2009/03/25 16:56 No.0
ページ: 1 2


 
 
↑前のページ (44件) | 最新ページ

美桜@hoep ★C9FoOtEmeE2

「じゃあ読んでみるよ。先に言っとくけど小説で一番大切なのは心なんだから!」
魅殊ちゃんは彼から原稿用紙の束を受け取ると、思い出したかのように言葉を付け加えた。
「そういえば梓と咲紀ちゃんって初対面だったし、お互いの事について曖昧だよね。真一は咲紀ちゃんに自己紹介された?」
「全くされてませんよ。それどころか俺の名前すら教えてません。てゆうか咲紀とかいう人はそこの二年という呼び名で十分です」

そこの二年で伝わらない事もないけど、何だか私以外の二年生の部員に失礼な気がする。

「あの、今更なんだけど、私は井上咲紀。呼び方については特に気にしないから何でもいいよ」

一応何でもいいと言っておく事にした。自分で自分の呼び名を指定するとしても呼び名自体思いつかない。

「それじゃ、そこの二年でもいいんですね?」
面白がっている彼の表情から、断ってもそこの二年と呼ぶ事をやめないのだと想定できる。

「だから真一は変な事言わないの。呼び名なら他のがあるじゃん。ほら、咲紀ちゃんでもいいしイノサキでも咲紀リンとかでも……」
「単純に井上さんでもゴッドでもデーモンでもいいじゃない」
魅殊ちゃんと梓と呼ばれる髪の長い一年生は次々に案を出していく。ゴットやデーモンは呼び名にはあるまじきものだけど。

「ちょっと待って。ゴッドとかデーモンとかは何」
「佐藤から見たあなたのイメージだと思われます」
「要するに神みたいな悪魔というイメージよ。あ、魔女の意味のウィッチでもいいわね」

佐藤、というのは梓という人の苗字らしかった。それにしてもこの三つがイメージの私って一体……。

「やっぱ呼び名は後にしよう、話が脱線するし。それと咲紀ちゃんはゴッドだのデーモンだの気にしないでね、あれ突っ込み所だから」
魅殊ちゃんはいつまでも続きそうな呼び名の話題を打ち切り、私に二人の一年生の紹介をしてくれた。今頃になってその二人から宜しくなどと挨拶を受けた。

古賀真一は口が悪く、敬語でさらっと嫌味を言ったりするけど彼女曰く悪い人ではないらしい。
私と別れた小五の春に近所にいた彼と知り合い、中学時代は同じ吹奏楽部に入っていたとか。
佐藤梓はエキセントリックで思いやりのある人。彼女曰く突っ込み所満載だとか。

「じゃ、私は咲紀ちゃんの小説を読むね」

魅殊ちゃんは原稿用紙を近くの机の上に置くと、鞄から一本のペンを取り出し椅子に座った。あのペンで注意点を書き込むつもりだろうか。

その間、私は古賀君と佐藤さんとの呼び名を決めるためのまるでコントかのような会話に参加し、小説を読んでいる魅殊ちゃんの表情を見る事ができなかった。
文章力に自信もないのに、早く魅殊ちゃんの反応が見たいと思う私は佐藤さんの言う魔女を名乗ってもおかしくはないかも知れない。

2009/12/12 18:58 No.45

美桜@hoep ★C9FoOtEmeE2

「終了っ」

さやえんどうや目の上のたんこぶなど、個性的かつ独特な呼び名が飛び交う中、魅殊ちゃんはいきいきとした声で黙読を終えた事を告げた。
彼女はペンを机上にそっと置き、原稿用紙だけを手に取ると立ち上がる。

「全部読ませてもらったけど、まだ全体的に未熟だね。一応注意点は言っとくからさ、そんなに落ち込まないで」

言葉を丁寧に直しているだけで、これから言われる注意点も古賀君の時と同じようなものという可能性が高い。
でも魅殊ちゃんにあって古賀君にないものは励ましの言葉と私を不安にさせない笑顔だった。
ほら、何ていうんだろう。
寒い冬の日、外から暖房がきいた部屋に入った時の温かさや、手を冷水に浸した後にお湯に浸すと更に温かく感じるのと同等の感覚。

そんな感覚に包まれていたからこそ、私は真横から聞こえる「だから醜態だと言ったじゃないですか」という古賀君の声も気にならなかった。

「ペンで注意点をチェックしておいたから、そこから解説してくね」

2009/12/13 14:23 No.46

美桜@hoep ★C9FoOtEmeE2

私が頷くと魅殊ちゃんは軽く自分の髪を触り、説明し始める。彼女はペンで印をつけているところを指でなぞった。

「まず最初に、結構誤字があるのに注意して。桜が蜃気楼の楼の字になってたり陸が睦月の睦の字になってたりするから」
桜と陸というのはこの小説の登場人物だった。しかも桜は主人公。
私は主人公の名前までも書き間違えていた事を初めて自覚する。最初に内容について解説されると思ってたのに、拍子抜けというか、とにかく恥ずかしい。
佐藤さんがぷっ、と吹き出す。古賀君はまた「それくらい自分で気づいて下さいよ」と余計な口を挟んだ。

「真一、今度余計な事言ったら訴えるよ」
魅殊ちゃんは一度原稿用紙から目を離し、古賀君を見て意地悪っぽい笑みを浮かべる。
「どこにですか?」
「え、えっと。簡易裁判所とか地方裁判所とか家庭裁判所とかその辺り」
思いつきを並べたような彼女の言葉に、私も思わず口元が緩み笑ってしまう。

「下級裁判所での判決が有罪だったなら、俺は控訴しますが」
何故か彼女の冗談を引っ張ろうとする古賀君は、何かを企むかのような声色で答えた。
「高等裁判所でも有罪と下されたら?」
魅殊ちゃんもこのやり取りが嫌いじゃないのか更に冗談を引っ張る。
「上告します」
「こうして最終的に最高裁判所で死刑となるのがオチね」
今まで私と同じように言葉を発さず黙っていた佐藤さんが口を開いた。
「という事は、次に変な口を挟めば死刑になれって言いたいんですね」
古賀君は笑いを堪えながら言葉を返す。何だろう、この中学三年生の公民の授業みたいなおかしな会話は。

「あ、無期懲役でもいいんじゃない?」
私も聞いているだけではいられなくなって

2009/12/13 14:58 No.47

美桜@hoep ★C9FoOtEmeE2

「終了っ」

さやえんどうや目の上のたんこぶなど、個性的かつ独特な呼び名が飛び交う中、魅殊ちゃんはいきいきとした声で黙読を終えた事を告げた。
彼女はペンを机上にそっと置き、原稿用紙だけを手に取ると立ち上がる。

「全部読ませてもらったけど、まだ全体的に未熟だね。一応注意点は言っとくからさ、そんなに落ち込まないで」

言葉を丁寧に直しているだけで、これから言われる注意点も古賀君の時と同じようなものという可能性が高い。
でも魅殊ちゃんにあって古賀君にないものは励ましの言葉と私を不安にさせない笑顔だった。
ほら、何ていうんだろう。
寒い冬の日、外から暖房がきいた部屋に入った時の温かさや、手を冷水に浸した後にお湯に浸すと更に温かく感じるのと同等の感覚。

そんな感覚に包まれていたからこそ、私は真横から聞こえる「だから醜態だと言ったじゃないですか」という古賀君の声も気にならなかった。

「ペンで注意点をチェックしておいたから、そこから解説してくね」

私が頷くと魅殊ちゃんは軽く自分の髪を触り、説明し始める。彼女はペンで印をつけているところを指でなぞった。

「まず最初に、結構誤字があるのに注意して。桜が蜃気楼の楼の字になってたり陸が睦月の睦の字になってたりするから」
桜と陸というのはこの小説の登場人物だった。しかも桜は主人公。
私は主人公の名前までも書き間違えていた事を初めて自覚する。最初に内容について解説されると思ってたのに、拍子抜けというか、とにかく恥ずかしい。
佐藤さんがぷっ、と吹き出す。古賀君はまた「それくらい自分で気づいて下さいよ」と余計な口を挟んだ。

「真一、今度余計な事言ったら訴えるよ」
魅殊ちゃんは一度原稿用紙から目を離し、古賀君を見て意地悪っぽい笑みを浮かべる。
「どこにですか?」
「え、えっと。簡易裁判所とか地方裁判所とか家庭裁判所とかその辺り」
思いつきを並べたような彼女の言葉に、私も思わず口元が緩み笑ってしまう。

「下級裁判所での判決が有罪だったなら、俺は控訴しますが」
何故か彼女の冗談を引っ張ろうとする古賀君は、何かを企むかのような声色で答えた。
「高等裁判所でも有罪と下されたら?」
魅殊ちゃんもこのやり取りが嫌いじゃないのか更に冗談を引っ張る。
「上告します」
「こうして最終的に最高裁判所で死刑となるのがオチね」
今まで私と同じように言葉を発さず黙っていた佐藤さんが口を開いた。
「という事は、次に変な口を挟めば死刑になれって言いたいんですね」
古賀君は笑いを堪えながら言葉を返す。何だろう、この中学三年生の公民の授業みたいなおかしな会話は。

「あ、無期懲役でもいいんじゃない?」
私も聞いているだけではいられなくなって口出ししてしまった。

話の本題すら暫く忘れて、はたから見れば妙なものに過ぎない会話で笑い合う。
魅殊ちゃんとは幼馴染だ。でも今日再会し、この部室にもついさっき足を踏み入れた。それなのにまるで元からここにいたような寛ぎ感は不思議であり新鮮だった。

2009/12/13 15:14 No.48

美桜@hoep ★aMCKin39K5Q

「で、他の注意点は?」

気が付いたら他の場所に迷い込んでるというか、いつの間にか話の趣旨が変わってるというか。
目的の駅を無言で通り過ぎてしまったような会話に終止符を打ったのは、古賀君だった。

「あなた、当の本人より面白そうな顔で催促するのね。部長に注意点しか言わせないつもり?」

佐藤さんはまだ少し緩んだ口元で、言葉を放った。
言われてみればそうだ。古賀君の言葉は注意点だけに限定されていたし、彼の表情には、私に対するものだと思われる優越感が浮かんでいる。

……違和感がある。佐藤さん、今何て言ったっけ? 
部長に注意点しか言わせないつもり、って。という事は部長は誰? もしかして魅殊ちゃん?

「部長、って……。魅殊ちゃん、部長なの!?」
抱いていた疑問が自然に口から漏れる。私の視線はすぐに魅殊ちゃんへと向いた。
「あ、まだ話してなかったね。咲紀ちゃんと再会した感動で言うの忘れてた。私が文芸部の部長」

彼女は片手で持っていた原稿を両手に持ち直すと、いかにもあっさりとした口調で答えた。

2009/12/28 15:25 No.49

美桜@hoep ★aMCKin39K5Q

けれど彼女の表情には、隠す事のできない照れが表れている。部長、かぁ。
私の知っている魅殊ちゃんはいつでも笑ってて、周りの皆を明るくさせてくれた。部長とかリーダーにぴったりの人だ。
やっぱり、そういうところは昔と変わらない。そう考えると小さな笑みが浮かんだ。

「もしかして私が部長っぽくないって思ってる? これでも中学時代も部長だったんだぞぉー」
ふざけたような口調で、私に抱きつくかのように振舞う彼女。触れた肌の感覚がくすぐったい。
「逆だよ。魅殊ちゃんが部長だからこの部は楽しいんだって思ったの。中学時代もという事は、吹奏楽部の部長さんだったの?」
「えへへ、そんな事ないよ。吹奏楽だって私より二年後に部長になった真一の方がよく皆を纏められてた」
彼女は原稿用紙の束を軽く手で揃えると、視線を古賀君へと向けた。
さっきの話で魅殊ちゃんと古賀君が同じ部活だったというのは知ってるけど、古賀君も部長をやってたなんて何だか想像しにくい。
言ったら悪いかも知れない。でも、今日出会ったばかりなんだし仕方ないか。

「デーモン先輩、失礼な事思わないで下さい」
瞬間的に私の心を読んだように古賀君が口を開く。その前に、まだそのネタ引っ張るかな……。
「別に失礼な事なんて思ってないし、強いて言うならデーモンはやめて欲しいと言いたいだけだよ」
「なら特別に井上先輩でもいいですよ。単刀直入に言うとこっちの方が呼びやすいですし」
うん、わざわざ呼びにくい名前で呼ばなくていいから。
何やら優越感どころか、それを超えた馬鹿にされた感が彼から漂うのは私の過剰だと信じたい。
この文芸部で初めて出会った人。なのに最初の聡明な雰囲気は、遥か遠くに飛ばされていった。

「そろそろ本題に入らないと、いくら時間があっても足りないわ。それと古賀、しつこい男性は女性に嫌われる。これは鉄則よ」
脱線した話を原点に戻すのと古賀君への忠告を兼ねて、佐藤さんが口を挟んだ。
彼女の忠告に対し、彼は平然とした態度で答える。
「元から嫌われてたら、いくらしつこくても失うものはない」と。確かに、理屈が合ってない事はないんだけど。

魅殊ちゃんは原稿用紙の一部の文章の上を囲むように指で円を描く。彼女による解説が再開した。
彼女が囲ったところは、主人公の桜が、男子嫌いになった元凶である陸と再会する場面だった。

「この場面は、この恋物語が始まる第一段階であり、盛り上がるべき場面でもあるのに、描写からしていまいち状況が掴み辛いの」

2009/12/30 10:52 No.50

美桜@hoep ★aMCKin39K5Q

私がそれに頷くと、魅殊ちゃんは言葉を続けた。その様子は部長の持つもう一つの顔というものだろうか。
真剣に、けれど分かりやすく説明しようという気持ちが彼女の表情に表れている。

「周りの情景や相手の仕草がないから読み進めていく中で矛盾が生まれちゃう。
例えば、この場面の内容を纏めると、桜が友人の奈海と下校していた。奈海が格好良い人を見つけたからと言って走り出す。その人に声をかけてみようとしたら、ある女子生徒に遮られ、二人は彼に恋人がいると誤解してその場から離れる。その直後、奈海が格好良いと言った人……陸と桜の鞄がぶつかってしまう。ここでの矛盾点は?」

自分の文章を目で追う。矛盾点といえば……、そうだ。どうしてその場から離れた直後なのに、陸が桜達の近くにいるんだろう。
私が自分で気づいた矛盾点を言うと魅殊ちゃんは正解、と笑って答え、また口を開く。

「陸が桜達を追いかけてきた、という表記が後にあれば矛盾しない事はないんだけどさ。
あくまで偶然奈海が声をかけようとした人が陸で、偶然鞄がぶつかる事になってる。偶然というのは、矛盾点があれば作者のご都合主義に見えてしまうから、気をつけて。この他にも、読んでいてこの場面はどういう情景で、相手はどういう仕草をしているのか理解しにくい部分が沢山あるから」

魅殊ちゃんが指でなぞっている部分には、青いペンで描写は詳しく、と書き込まれていた。
古賀君と佐藤さんは、流石に真面目な話をしている時に口を挟むのは駄目だと理解したのか、窓辺で他愛もない話をしている。
窓辺から少し離れた位置にいる私達は、原稿用紙の中に吸い込まれたみたいだった。

私が作者だから、場面の情景をイメージする事ができる。でも客観的に見てみれば文章中に私のイメージした情景は描かれていない。
読者には私の頭の中でも覗いてもらわない限り、言いたい事が伝わらない。
私の文章は人物の台詞と、複雑な動作を簡略したもので成り立っているのだから。
誰が、何を言って、何を行動して、周りの様子はどうだったか。これらを必要最低限の文章でしか説明しなかった事に今気づく。
削られ続け、その場面で読者に感じ取ってもらいたい真意すら、曖昧なものになってしまっている。

2009/12/30 11:27 No.51

美桜@hoep ★aMCKin39K5Q

「で、他の注意点は?」

気が付いたら他の場所に迷い込んでるというか、いつの間にか話の趣旨が変わってるというか。
目的の駅を無言で通り過ぎてしまったような会話に終止符を打ったのは、古賀君だった。

「あなた、当の本人より面白そうな顔で催促するのね。部長に注意点しか言わせないつもり?」

佐藤さんはまだ少し緩んだ口元で、言葉を放った。
言われてみればそうだ。古賀君の言葉は注意点だけに限定されていたし、彼の表情には、私に対するものだと思われる優越感が浮かんでいる。

……違和感がある。佐藤さん、今何て言ったっけ? 
部長に注意点しか言わせないつもり、って。という事は部長は誰? もしかして魅殊ちゃん?

「部長って……。魅殊ちゃん、部長なの!?」
抱いていた疑問が自然に口から漏れる。私の視線はすぐに魅殊ちゃんへと向いた。
「あ、まだ話してなかったね。咲紀ちゃんと再会した感動で言うの忘れてた。私が文芸部の部長」

彼女は片手で持っていた原稿を両手に持ち直すと、いかにもあっさりとした口調で答えた。

けれど彼女の表情には、隠す事のできない照れが表れている。部長、かぁ。
私の知っている魅殊ちゃんはいつでも笑ってて、周りの皆を明るくさせてくれた。部長とかリーダーにぴったりの人だ。
やっぱり、そういうところは昔と変わらない。そう考えると小さな笑みが浮かんだ。

「もしかして私が部長っぽくないって思ってる? これでも中学時代も部長だったんだぞぉー」
ふざけたような口調で、私に抱きつくかのように振舞う彼女。触れた肌の感覚がくすぐったい。
「逆だよ。魅殊ちゃんが部長だからこの部は楽しいんだって思ったの。中学時代もという事は、吹奏楽部の部長さんだったの?」
「えへへ、そんな事ないよ。吹奏楽だって私より二年後に部長になった真一の方がよく皆を纏められてた」
彼女は原稿用紙の束を軽く手で揃えると、視線を古賀君へと向けた。
さっきの話で魅殊ちゃんと古賀君が同じ部活だったというのは知ってるけど、古賀君も部長をやってたなんて何だか想像しにくい。
言ったら悪いかも知れない。でも、今日出会ったばかりなんだし仕方ないか。

「デーモン先輩、失礼な事思わないで下さい」
瞬間的に私の心を読んだように古賀君が口を開く。その前に、まだそのネタ引っ張るかな……。
「別に失礼な事なんて思ってないし、強いて言うならデーモンはやめて欲しいと言いたいだけだよ」
「なら特別に井上先輩でもいいですよ。単刀直入に言うとこっちの方が呼びやすいですし」
うん、わざわざ呼びにくい名前で呼ばなくていいから。
何やら優越感どころか、それを超えた馬鹿にされた感が彼から漂うのは私の過剰だと信じたい。
この文芸部で初めて出会った人。なのに最初の聡明な雰囲気は、遥か遠くに飛ばされていった。

「そろそろ本題に入らないと、いくら時間があっても足りないわ。それと古賀、しつこい男性は女性に嫌われる。これは鉄則よ」
脱線した話を原点に戻すのと古賀君への忠告を兼ねて、佐藤さんが口を挟んだ。
彼女の忠告に対し、彼は平然とした態度で答える。
「元から嫌われてたら、いくらしつこくても失うものはない」と。確かに、理屈が合ってない事はないんだけど。

2009/12/30 11:31 No.52

美桜@hoep ★aMCKin39K5Q

魅殊ちゃんは原稿用紙の一部の文章の上を囲むように指で円を描く。彼女による解説が再開した。
彼女が囲ったところは、主人公の桜が、男子嫌いになった元凶である陸と再会する場面だった。

「この場面は、この恋物語が始まる第一段階であり、盛り上がるべき場面でもあるのに、描写からしていまいち状況が掴み辛いの」

私がそれに頷くと、魅殊ちゃんは言葉を続けた。その様子は部長の持つもう一つの顔というものだろうか。
真剣に、けれど分かりやすく説明しようという気持ちが彼女の表情に表れている。

「周りの情景や相手の仕草がないから読み進めていく中で矛盾が生まれちゃう。
例えば、この場面の内容を纏めると、桜が友人の奈海と下校していた。奈海が格好良い人を見つけたからと言って走り出す。その人に声をかけてみようとしたら、ある女子生徒に遮られ、二人は彼に恋人がいると誤解してその場から離れる。その直後、奈海が格好良いと言った人……陸と桜の鞄がぶつかってしまう。ここでの矛盾点は?」

自分の文章を目で追う。矛盾点といえば……、そうだ。どうしてその場から離れた直後なのに、陸が桜達の近くにいるんだろう。
私が自分で気づいた矛盾点を言うと魅殊ちゃんは正解、と笑って答え、また口を開く。

「陸が桜達を追いかけてきた、という表記が後にあれば矛盾しない事はないんだけどさ。
あくまで偶然奈海が声をかけようとした人が陸で、偶然鞄がぶつかる事になってる。偶然というのは、矛盾点があれば作者のご都合主義に見えてしまうから、気をつけて。この他にも、読んでいてこの場面はどういう情景で、相手はどういう仕草をしているのか理解しにくい部分が沢山あるから」

魅殊ちゃんが指でなぞっている部分には、青いペンで描写は詳しく、と書き込まれていた。
古賀君と佐藤さんは、流石に真面目な話をしている時に口を挟むのは駄目だと理解したのか、窓辺で他愛もない話をしている。
窓辺から少し離れた位置にいる私達は、原稿用紙の中に吸い込まれたみたいだった。

私が作者だから、場面の情景をイメージする事ができる。でも客観的に見てみれば文章中に私のイメージした情景は描かれていない。
読者には私の頭の中でも覗いてもらわない限り、言いたい事が伝わらない。
私の文章は人物の台詞と、複雑な動作を簡略したもので成り立っているのだから。
誰が、何を言って、何を行動して、周りの様子はどうだったか。これらを必要最低限の文章でしか説明しなかった事に今気づく。
削られ続け、その場面で読者に感じ取ってもらいたい真意すら曖昧なものになっている。

2009/12/30 11:32 No.53

美桜@hoep ★aMCKin39K5Q

「どうして、ここに?」
走っていたせいか、ほんの少し呼吸が乱れた。車の音が小さく聞こえる程、嬉しさと驚きが入り混じる。
柔らかそうな手を差し出す彼女は、よく見れば微笑している事が分かった。
その笑顔に吸い込まれるように私は彼女の手に自分の手を重ねる。夜に空を照らす月光のような温もりが伝わってきた。

「急に家を飛び出したのは、私だから」
淡々とした、けれど裏側に手から伝わる温もりと同じようなものが篭る声。
よっぽど一生懸命になって私を探してくれたのだろう。
由梨ちゃんのブレザーに沢山の皺が寄っていた。確か、家を出た時はきちんとしていた筈なのに。
「ありがとう」
私が静かにお礼を言うと、彼女は無言で私の手を引いた。
住宅地の比較的広い歩道。さっきまで、立ち並ぶ家々もアスファルトも、空すらも迷宮の一部にしか目に映らなかった。
でも、何だか不思議だ。誰かの優しさだけで世界はこんなに違って見える。散る桜も、向かい風も。
迷宮という殻を破れば、外の世界は見違えるくらい新鮮。私は遅刻しそうだという事も忘れ、まるで日曜日の午後に散歩しているような気分になった。
私より背が低く、あどけない少女は私を導いて私の世界すらも変えた。大袈裟だけど、私にはそのくらい感動的に感じられた。
由梨ちゃんは走り、時に早歩きになったりしながら黙っていた。言葉の役割を果たすのは、繋いだ手だけ。

やがて、もう少しで散り終わる桜の木が数本と、銀色の学校の門が見えてきた。
門の傍に立つ大きな時計を見ると、遅刻時間ではなかった。まだ五分くらい時間がある。

後数歩で、私達は門へと足を踏み入れる。

2009/12/30 12:01 No.54

美桜@hoep ★3cDd9Gdbu42

そらから魅殊ちゃんは、次々と分かりやすく教えてくれた。
主に指摘された部分は、
描写が薄く、感情が篭ってない事、主人公の気持ちの変化が極端な事、やたらと擬音が多い事。
この三つ。

一通り説明が終わった後に彼女が残した言葉が、正直堪えた。
一瞬躊躇い、決心したような表情で「今のままじゃ入部は認められないかな……。でも、またいつでも来てね、落ち込まないで」と静かに告げた。

こうして、当然のように魅殊ちゃんから不合格を下された。
審査はいつでも、何回でもしてもらえる。でも、たくさん改善点があってどれから手をつけて良いのか分からないよ……。
不合格だと告げられた瞬間、私は何も反応できなかった。言葉を失い、立ち尽くすだけ。
心の底では理解していた筈なのに。古賀君に指摘された時点から、合格する可能性はないと。

無意識のうちに体が扉の方へと向かっていた。暑いからと言って開けたままにされた白い扉は、向かい側のカーテンから漏れる僅かな日光に当たって艶やかに輝いている。

「待って咲紀ちゃん、どこ行くの?」
私の右斜めに絶つ魅殊ちゃんが、私がこの部屋から出るのを見越したかのように言う。
彼女の手には、私の文章が記してある原稿用紙の束が今もなお握られていた。
これから私の文章力のなさを改善する為には、注意点が書き込まれたあの原稿用紙が必要だった。
けれど彼女は、私にそれを返さない。返してしまえば、私がこの部屋から一目散に出て行くと思っているからだろうか。
その予想は外れてはいない。取り合えず私物が戻ってくれば、不合格だったのだからここにいる必要はなくて。
さっきまでは小説を上手く書ける知識がもっと欲しい、どこがいけないのか納得したいという感情に満ち溢れていたのに。
今はただ、虚しいだけだった。

文芸部に入る事が目標だった。目標を打ち砕かれても、また立ち向かう強さなんて私にはない……。

ふと、窓際にいる二人に目を向けた。佐藤さんと古賀君。
佐藤さんの視線は魅殊ちゃんに注がれていた。困ったような、何か考えているような表情で、手を窓ガラスにかけている。
古賀君は、何故か私をずっと見つめていた。彼のことだろうから私の不合格聞いた時点で嘲るかと思っていたのに、そうではなかった。
直視できないその瞳から目を逸らすと、思いがけない言葉が降りかかった。

「努力するって、何を表すか知ってます?」と。
それは紛れもなく彼の言葉であり、何となく私を励ましているかのように聞こえた。
彼は真剣な表情でこっちへ近づくと、後ろから魅殊ちゃんが手にする原稿用紙の束を奪い取った。
風が吹き込んで、彼の手に原稿用紙が渡ったようにふわりと、軽やかに。

2010/02/06 12:01 No.55

美桜@hoep ★3cDd9Gdbu42

揺るがない、澄んだ、純粋な。
異彩な空気を漂わせるここは、様々な声が飛び交う煌びやかな場所とは違った。
どちらかと言うと飾り気のない、ひっそりと息づく静かな場所。
けれど寂れているのではなく、幻想曲やカモミールティーが似合いそうな印象があった。
もし私が二度とここへ足を運ばなければ、それを一夜限りの夢にしてしまうかもしれない。私が今日の出来事を忘れられるのだとしたら。
そうしなくないから、現実を幻にしたくないから。
もっと知りたい、関わりたい。傍観者だったら印象しか掴めなくても、輪の中にいれば違う。

なのに、否定された痛みがまだ胸に残っている。
受験の時と比べたら大した事はない。何十回でも何百回でも、チャンスはある。
それでも、一回目で駄目だったら次も駄目じゃないかと思ってしまう。
今回が駄目だったから、なんて根拠にはならないけど、私はその言葉だけで元々多くもない自信を更に無くす。
その証拠に、原稿用紙を返してもらったら逃げようなんて考えている。
どれだけ私は打たれ弱いんだろう……。

「諦めない事ですよ」

諭すような口調で、古賀君は言葉を続けた。
魅殊ちゃんの戸惑いの声など、全く聞いていないようだった。
彼女を追い抜いて私の目の前に来る彼と、不意に視線がぶつかる。
視線を逸らしていたつもりでも、その大きな存在感は無視できなかった。すると、片手で握り締めていた原稿用紙の束で、軽く私の頭を叩いた。
素早く手が自分の頭上に動く。原稿用紙を取り返せるか試してみたものの、それは瞬間的に再び彼の手に収まった。
緊張の糸が緩んだように彼はくすりと笑う。
私に対し、無駄な抵抗や止めろと遠回しに伝えているようにも見えたけど、そこに嫌味や軽蔑は含まれていない。
多分、ただ純粋に逃げるなと言いたいのだと思う。

「あなたの態度を見ている限り、もう駄目だと完全に入部を諦めているように思えますけど。
もしそうだったらこれは返しません。小説が上手くなりたいと思うなら、諦めずに努力するのが当たり前です」

否定できる部分がない程に図星で、正論。
だからこそ言葉に詰まって、何も言えない。誰かの正しさに圧倒されるって、この事を言うのだろうか。

黙っている私から視線を外すと、彼は後ろを振り返った。そして。
「魅殊先輩、この人を保留合格って事にできませんか? 正式な合格じゃなくても、本人が頑張るって言うなら意思の強さは認めてあげるとか。
このままにしてたら自信なくして逃げそうですから」

一瞬、何を告げられたのかすら理解できなかった。
空気と共に流れていくその声は、何の躊躇もない。まるで全て見透かしているかのように。

2010/02/15 16:31 No.56

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_JP

「永遠なんて、変わらないものなんてない」と彼は語った。
傍に彼はいなかったが、ページを捲る度に垣間見える彼の表情、声色、仕草があまりにもリアルすぎて。
俺はたった一人、視えない彼の口から紡がれる物語を聞いているようだった。

彼の創った物語を読んだのは、二年前の初夏。
隣人であり、二つ年上の少女が自分の恋人の書いた小説を、本人に内緒で見せてくれたのだ。
内容はそんなに覚えてはいないし、途中から書き直した跡が異常に多くなり、酷い場合は書いた本文の上から赤い油性ペンで大きく「没」と書かれていた。
ずっと同じ場面の修正をやっていたように見えた数ページを飛ばしてみると、残りは最後まで白紙。
つまり、未完のまま放置という状態だった。

2010/07/04 15:21 No.57

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_JP

「永遠なんて、変わらないものなんてない」と彼は語った。
傍に彼はいなかったが、ページを捲る度に垣間見える彼の表情、声色、仕草があまりにもリアルすぎて。
俺はたった一人、視えない彼の口から紡がれる物語を聞いているようだった。

彼の創った物語を読んだのは、二年前の初夏。
偶然見つけた大学ノートに、糸を紡ぐように繊細な文章が並んでいた。
内容はそんなに覚えてはいないし、途中から書き直した跡が異常に多くなり、酷い場合は書いた本文の上から赤い油性ペンで大きく「没」と書かれていた。
ずっと同じ場面の修正をやっていたように見えた数ページを飛ばしてみると、残りは最後まで白紙。
つまり、未完のまま放置という状態だった。
それでも、あの小説の一文だけが、どうしても忘れられなかった。

今、二年前とそう大して変わらない焦げ茶の長机がある文芸部の部室には、彼は居ない。
彼が何を思い、どうして居なくなったのか。
それは彼のみが知っている物語であり、残された者に知る権利はないのだろうか。

俺達はまだ、帰って来ないあの人を待っている。

2010/07/04 16:42 No.58

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_JP

絵に青い絵の具を隙間なく塗ったように空は青い。青に対抗するかのように入道雲が並んでいた。

階段の踊り場に来て、立ち止まった。胸の鼓動が早くなり、急に腹痛に襲われる。
よくテスト返却の時に起こる、妙な痛みが全身を駆け抜ける。一言で言うなら緊張だけど、これはテスト返却のレベルではない。
入試の時とまではいかない。でも、入学式やクラス替えと同じ程度のもの。だから緊張の他に期待感があるのも確かだった。

窓から差し込む強い日差しがそっと肌に触れる。気を取り直して三段目の階段まで上りかけても、躊躇して踊り場に戻ってしまう。
一体いつから先に進めていないのかといえば、多分五分くらいはこの繰り返しじゃないかと思う。
一階から二階への階段はごく普通に上った。問題は二階から三階への―――この階段だ。
もしもこの場が人目の多い場所だったなら、私は挙動不審のレッテルを貼られてしまうに違いない。

とは言ってもここは人通りが少ない。さっきから誰一人見かけない。何故なら旧校舎だから。
殆ど倉庫と化している教室、廃部となった写真部の部室。
廊下も掃除などされていないし、特別な用事がある時以外に好んでここに立ち入ろうとする者はいない。

ここにある部室は既に廃部となっていて、全く使われていない。……ただ一つを除いて。

立ち止まり、ある教室の扉の上にある「文芸部」と書かれてあるプレートを見上げた。
プレートの文字は霞んでいる。

流石旧校舎。他の教室とは歴然な違いがある。

扉を開こうとすると途中で手が止まる。
片手で支えていた用紙が少し揺らいだ。

高校二年生にもなって、部活というものを生まれて初めて経験する中学一年生のような所作。

落ち着け、落ち着くんだ。
扉を開いたら「入部希望です」って言うだけ。……それだけなんだから。

そもそも文芸部には去年から入ろうと思っていた。
去年は部長と副部長、二年生が三人の計四人しかいなかったから入る勇気がなかったけど。
今年の春、一年生が五人くらい入ったじゃない。
だから私もやっと入部しようと思ったのに……、開けない。

こんな緊張した態度じゃなくて、笑顔で言おう。
髪も変なクセがついてないかどうか確認して、扉を開こう。
……行くんだ、私。

2010/07/04 19:25 No.59

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_JP

絵に青い絵の具を隙間なく塗ったように空は青い。青に対抗するかのように入道雲が並んでいた。

階段の踊り場に来て、立ち止まった。胸の鼓動が早くなり、急に腹痛に襲われる。
よくテスト返却の時に起こる、妙な痛みが全身を駆け抜ける。一言で言うなら緊張だけど、これはテスト返却のレベルではない。
入試の時とまではいかない。でも、入学式やクラス替えと同じ程度のもの。だから緊張の他に期待感があるのも確かだった。

窓から差し込む強い日差しがそっと肌に触れる。握り締めていた入部届けも、日に翳すと眩しく光った。

気を取り直して三段目の階段まで上りかけても、躊躇して踊り場に戻ってしまう。
一体いつから先に進めていないのかといえば、多分五分くらいはこの繰り返しじゃないかと思う。
一階から二階への階段はごく普通に上った。問題は二階から三階への―――この階段だ。
もしもこの場が人目の多い場所だったなら、私は挙動不審のレッテルを貼られてしまうに違いない。

とは言ってもここは人通りが少ない。さっきから誰一人見かけない。何故なら旧校舎だから。
殆ど倉庫と化している教室、廃部となった写真部の部室。
廊下も掃除などされていないし、特別な用事がある時以外に好んでここに立ち入ろうとする者はいない。

ここにある部室は既に廃部となっていて、全く使われていない。……ただ一つを除いて。

立ち止まり、ある教室の扉の上にある「文芸部」と書かれてあるプレートを見上げた。プレートの文字は霞んでいる。
流石旧校舎。他の教室とは歴然な違いがある。

扉を開こうとすると途中で手が止まる。片手で支えていた入部届けが少し揺らぐ。

高校二年生にもなって、部活というものを生まれて初めて経験する中学一年生のような所作。

落ち着け、落ち着くんだ。
扉を開いたら「入部希望です」って言うだけ。……それだけなんだから。

そもそも文芸部には去年から入ろうと思っていた。
去年は部長と副部長に私と同学年の人が一人だったから、何だか入部し辛くて、チャンスを逃してしまった。
でも今年の春、一年生が三人くらい入ったじゃない。だから私もやっと入部しようと思ったのに……、開けない。

こんな緊張した態度じゃなくて、笑顔で言おう。
髪も変なクセがついてないかどうか確認して、扉を開こう。
……行くんだ、私。


2010/07/06 18:58 No.60

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_JP

第一章


絵に青い絵の具を隙間なく塗ったように空は青い。青に対抗するかのように真っ白な入道雲が並んでいた。

階段の踊り場に来て、立ち止まった。胸の鼓動が早くなり、急に腹痛に襲われる。
よくテスト返却の時に起こる、妙な痛みが全身を駆け抜ける。一言で言うなら緊張だけど、これはテスト返却のレベルではない。
入試の時とまではいかない。でも、入学式やクラス替えと同じ程度のもの。だから緊張の他に期待感があるのも確かだった。

窓から差し込む強い日差しがそっと肌に触れる。握り締めていた入部届けも、日に翳すと眩しく光った。

気を取り直して三段目の階段まで上りかけても、躊躇して踊り場に戻ってしまう。
一体いつから先に進めていないのかといえば、多分三分くらいはこの繰り返しじゃないかと思う。
一階から二階への階段はごく普通に上った。問題は二階から三階への、この階段だ。
もしもこの場が人目の多い場所だったなら、私は挙動不審のレッテルを貼られてしまうに違いない。

とは言ってもここは人通りが少ない。さっきから誰一人見かけないのは、ここが旧校舎だから。
新校舎とは殆どと言って良い程に隔絶されている。
赤茶色に錆びた鉄のフェンスから外はもう別世界であり、賑やかな新校舎の空気は漂ってこない。
校舎内にあるのは殆ど倉庫と化している教室、廃部となった部活の部室。
廊下も掃除などされていないし、特別な用事がある時以外に好んでここに立ち入ろうとする者はいない。

ここにある部室は既に廃部となっていて、全く使われていない。……ただ一つを除いて。
その一つは三階の一番右端、階段を上ってずっと奥に進むと見えてくる部室―――文芸部。

いつからかなんて明確に覚えてはいないけど、私は物語を考えるのが好き。
今まで本格的に小説を書いた事もなければ、その為の技術も何一つ培っていない。
ただ、ふとした時に思い浮かぶ情景や台詞を、積み木遊びをする子供のように何の計画もなく組み込んでいるだけだった。
好きこそものの上手なれ、と言うけれど、国語の成績も良くはない私が単に好きなだけで文章能力を上げられるかどうかは分からない。
でも、私と同じ目標を持っている人達がいるのなら、その人達と楽しく物語を綴ってみたい。
そういう動機を持っているにも拘らず、やっぱり足が竦み、前へ進めない。

高校二年生にもなって、部活というものを生まれて初めて経験する中学一年生のような所作を情けないと思いながら、自分に言い聞かせる。
落ち着け、落ち着くんだ。
まず階段を上り終え、部室まで歩いて、扉を開いたら「入部希望です」って言うだけ。それだけなんだから。

そもそも文芸部には去年から入ろうと思っていた。
去年は部長と副部長に私と同学年の人が一人だったから、何だか入部し辛くて、チャンスを逃してしまった。
でも今年の春、一年生が三人くらい入ったじゃない。だから私もやっと入部しようと思ったのに。

……このままじゃ駄目だ。まず足を踏み出さなければならない。
そう決心し、片手で支えていた入部届けが少し揺らいだ時、下の階段から足音が聞こえた。
夕暮れの誰もいない教室よりも静寂なこの場所では、音は余計響く。特に足音のような、規則的なものは。
ハイヒールで歩く時の音よりは鈍い音だけど、しっかりと耳に伝わる。
どうしよう。階段を上りたいのに戸惑っている恥ずかしい姿なんか、他人に見られたくないっ。
ここは何食わぬ顔をして上り続けるか、それとも下り始めるか……。早く選択し、すぐ実行しなければまずい。
自分でも大袈裟だとは思う。けれど、人の足音にここまで怖気付いたのは初めてだった。

こうしてる間にも、相手はどんどん近づいて来る。もう考える時間もなく、咄嗟に下の階へ戻ると決めた瞬間には足音の主である少女が至近距離にいた。
ショートカットの髪に、焦げ茶の瞳を持っている彼女は、通学用鞄を肩から提げている。
彼女の前を通り過ぎようと下へ向かって駆け出すと、私の手から一枚のプリントが滑り落ちてしまった。
どうして、このタイミングでそうなるのだろう。早く人目のつかない所で気を落ち着けて、また出直したいのに。

私が一枚のプリント、つまり入部届けを拾うより前に、彼女は華奢な足を止め、私の代わりにそれを拾い上げた。
何やら不思議なものでも見るかのように入部届けと私を見比べる。
一瞬、寂しそうな表情が垣間見えたけど、すぐに喜びに満ち溢れた笑顔になり、高く明るい声で言う。

「もしかして文芸部に入部しようと思ってる人?」

いきなりの出来事だから、何て言ったら良いか分からない。勿論彼女の言う通りなんだけど。
私の返答を待たず、彼女は言葉を続ける。
「なら大歓迎だよ、ほら部室はこっちっ」
彼女が私の手を引き、階段を駆け上り、廊下を突き進んでいく。
こんな強引に連れて行かれて、どう反応して良いのかまだ悩んでいたけれど、彼女の髪から微かに漂う柑橘系の香りが心地良く、成り行きに身を委ねていたらいつの間にか文芸部の部室の前へと辿り着いていた。

2010/07/10 17:54 No.61

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_JP

部室の扉の錆びて立て付けの悪い様子に対して、文芸部と記されているプレートは比較的綺麗に見えた。
ほんの二年前に結成したばかりだから、まだ新しいのだろう。
元々、何に使用されていた教室だったかのは分からないけど。

今までの経緯からして、明らかに文芸部員の彼女が私から手を離し、自分の左横に少し距離を置いて待ってるよう促した。
これから彼女が何をしようとしているかは大体予想できる。まず私は、入部希望生として部員達に紹介される筈。
またさっきの緊張感がぴりぴりと肌に伝う。まだ心の準備ができていない上に、彼女に対してろくに言葉も発してないのに。

彼女は軽く私に目配せすると、勢い良く目の前の扉を開いた。所々軋む音が混じりながらも、鋭い音が響き渡る。

「ハーロー! 遅くなっちゃってごっめんねっ!」
彼女の声はチアリーダーでも経験しているのかと思う程よく響き、明るい。それを皮切りに他の人の声も聞こえてくる。

「随分と遅かったじゃない。居残りでもしていたの?」と、風鈴の音のように澄んだ声。思わず美少女を連想させる。
「相も変わらずうっさいテンションだな」今度は男子だ。素っ気無さの中に慈しみがあるような声。

2010/07/14 16:22 No.62

美桜 ★0WqXGcBHjEw_JP

部室の扉の錆びて立て付けの悪い様子に対して、文芸部と記されているプレートは比較的綺麗に見えた。
ほんの二年前に結成したばかりだから、まだ新しいのだろう。
元々、何に使用されていた教室だったかのは分からないけど。

今までの経緯からして、明らかに文芸部員の彼女が私から手を離し、自分の左横に少し距離を置いて待ってるよう促した。
これから彼女が何をしようとしているかは大体予想できる。まず私は、入部希望生として部員達に紹介される筈。
またさっきの緊張感がぴりぴりと肌に伝う。まだ心の準備ができていない上に、彼女に対してろくに言葉も発してないのに。

彼女は軽く私に目配せすると、勢い良く目の前の扉を開いた。所々軋む音が混じりながらも、鋭い音が響き渡る。

「ハーロー! 遅くなっちゃってごっめんねっ!」
彼女の声はチアリーダーでも経験しているのかと思う程よく響き、明るい。それを皮切りに他の人の声も聞こえてくる。

「随分と遅かったじゃない。居残りでもしていたの?」と、風鈴の音のように澄んだ声。思わず美少女を連想させる。
「まあ許容範囲内だし、部長も今日は委員会で遅いから別に良いんじゃないかと」今度は男子だ。穏やかというか、諭すような口調で話している。
「遅刻云々はともかく、相も変わらずうっさいテンションだな」前の人よりは素っ気無い感じがするけど、どこか慈しみがあるような、これもまた男子の声だった。

相手の姿が見えないという状況下においては、聞こえる声や音だけが頼りになる。
すると、何だか自分の聴覚が普段より良くなった気がして心が弾む。……私だけかもしれないけど。

ショートカットの彼女は、部室にいる三人それぞれに言葉を返している。
いや、実際に三人なのかどうかは明確ではないけど、とりあえず声色は三つだから三人という事にしておこう。
会話の途中で鞄を床に置いた音がした。それから、まるで私への合図のように開けられたままになっている部室の扉を軽く叩く。

「それでね、遅れたお詫びにと思ってお客連れてきたんだっ」

2010/07/17 23:08 No.63

美桜 ★0WqXGcBHjEw_JP

語尾が弾むように伸ばされたその言葉を聞き、ぴくりと肩が上がる。
お客というのは言うまでもなく私。というか私以外に誰もいない。

「お客?」
前に諭すような口調で喋った人が聞き返す。確かショートカットの彼女が部室に来て、二番目に話しかけた人だ。
「なんとその人、新入部員みたいでさっ。証拠もちゃんとあるんだよ」
紙を扱う小さな音が耳に伝わる。きっと私の入部届けを見せているのだろう。
部室の中を覗きたい衝動に駆られ、自分の目の前にある窓に視線をじっと向ける。窓にはすりガラスが使われているから、透視能力でもない限り内部は見られないけれど。

それから少し沈黙があったらしく、誰の声も聞こえてこない。
もしかして、彼らにとって新入部員とは嬉しい出来事ではないのだろうか……。どうしてなのかなんて、そんなの分からない。
今、すりガラスの向こうで何が起こっているのか、やっぱり声だけで判断するのは出来なくて不安になる。

「それって捏造だったりしない?」
……一体どんな話の流れなんだろう。全く先の展開が読めない。
今の声の主は多分、三番目に声を発した人。あのどこか素っ気無い感じの声。
「捏造なんてする訳ないでしょ! 筆跡だって私と全然違うもん」

2010/07/18 23:27 No.64

美桜 ★0WqXGcBHjEw_JP

それから少し沈黙があったらしく、誰の声も聞こえてこない。
どうしてだろう……。ここは普通、喜ぶ場面だと私は思うのに。
今、すりガラスの向こうで何が起こっているのか、やっぱり声だけで判断するのは出来ない。不意に引っかき傷のような痛みが生まれ、不安が大きくなる度疼く。

「それって捏造だったりしない?」
……一体どんな話の流れなんだろう。全く先の展開が読めない。
今の声の主は多分、三番目に声を発した人。あのどこか素っ気無い感じの声。
「捏造なんてする訳ないでしょ! 筆跡だって私と全然違うもん」
「ここでその可能性を疑うより、客人本人を私達に見せた方が手っ取り早いんじゃないかしら」
ショートカットのあの子の拗ねたような声の後、ある女の子が大人びた口調で捏造疑惑に終止符を打った。
澄んだ声からして、一番目の美少女を連想させる声の人だろう。

2010/07/19 16:48 No.65

美桜 ★0WqXGcBHjEw_Mr

*改行修正


「はい」
インターホンが三度目の音を立てた瞬間、俺はようやくドアを開けた。

目の前にいる人は、紛れもなくあいつ。俺のいとこの乃杏。ただ、いつものあいつとは少し違った。

「留守かと思ったらいるんじゃん。出るの遅いよ、純っ!」


あの時と変わらぬ笑顔で、明るい声で。そう言い放ったけど、明らかにいつもと違うのが分かる。

「……お前、髪切ったのか?」

乃杏の長かった髪は、ショートカットの短さまで切られていた。髪だけじゃない。
笑っているのに瞳は寂しげで、よく見ると肩も小刻みに震えている。

「似合わなかった?」
「いや、そうじゃなくて、何で切ったんだよ」

「……けじめ、つけなきゃと思って。あたしはもう大丈夫なんだよ? 純に心配されなくっても」

彼女のこの言葉がどんなに重いものか、俺は知っていた。

2010/07/21 15:14 No.66

美桜 ★0WqXGcBHjEw_Mr

*修正版(書きかけ)


「はい」
インターホンが二度目の音を立てた瞬間、俺はようやくドアを開けた。

目の前にいる人は、(乃杏の服装・様子などの描写)
紛れもなく彼女、俺のいとこの乃杏だ。ただ、いつもの乃杏とは少し違った。

「留守かと思ったらいるんじゃん。出るの遅いよ、純っ!」

あの時と変わらぬ笑顔で、明るい声で。そう言い放ったけど、明らかにいつもと違うのが分かる。

「……お前、髪切ったのか?」

乃杏の長かった髪は、ショートカットの短さまで切られていた。髪だけじゃない。
笑っているのに瞳は寂しげで、よく見ると肩も小刻みに震えている。

「似合わなかった?」
俺の表情を伺うようにして訊く彼女は、何だか儚げに見える。
「いや、そうじゃなくて、何で切ったんだよ」
動揺を悟られないようにと、彼女から目を逸らして声を絞り出す。

「……けじめ、つけなきゃと思って。あたしはもう大丈夫なんだよ? 純に心配されなくっても」

彼女のこの言葉がどんなに重いものか、俺は知っていた。

2010/07/21 15:40 No.67

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_Mr

空を紡ぐ言葉-設定(容姿保留)


梶原刹那
15歳、高1。
部室では笑顔を絶やさない。スキンシップ大好きで時々変態発言をする。
クラスでは部室での姿のような片鱗は見せず、無口でいる。自分の教室が大嫌い。
基本的に梓以外は信頼に欠けると思っており、梓に依存している。
一人称は刹那。時々私。

佐藤梓
16歳、高1。
丁寧な口調でありながら突っ込みを入れたり、毒舌だったりする。
クールで律儀。計画性があり、長期期間中の宿題や小説の制作も毎日こつこつとこなす。
見かけによらずノリがいい。刹那にとって自分は一番なのに、自分にとっての一番の人は複数いるため、彼女に申し訳なさを感じている。
一人称は私。

古賀真一
16歳、高1。
基本的に思った事はすぐ口にするが、人の負の感情には触れない、というか触れたくないと思っている。
自分の負の感情も人に触れさせたくない傾向にあり、自分から深刻は話題は振らない。
何があっても表面上は明るく笑顔でいる。辛い時でもそれを態度に出さない。
けれど一度キレると歯止めがきかなかったりする。部員の中では突っ込み役。
一人称は俺。

2010/07/24 14:31 No.68

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_Mr

坂本純
17歳、高2。
穏やかな雰囲気や声で面倒見の良いお兄さんっぽいけど、どこか抜けていて基本的に弄られ役、ヘタレ。
マイペースで無計画、急かされるのが嫌い。頼み事をされると断れず、嫌なものでも結局やってしまう。
辛い事があった時は現実逃避しない、というかするのは無意味だと思っている。
一人称は俺。

葉月魅殊(刹那と性格が被らないよう根本的に変える)
17歳、高3。
部長であり、やる事はしっかりやる、というかする必要のない事にまで手を出す。責任感が強い。
とにかく手当たり次第興味のあるものを見つけてくる。部員達のことを考えて活動方針を決めているが、自分の気紛れが関わってくる事もたまにある。
お礼を言われたり褒められたりすると赤面しながら別に嬉しくないし、などいうツンデレ。
一人称は私。

2010/07/24 18:31 No.69

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_Mr

「はい」
インターホンが二度目の音を立てた瞬間、俺はようやくドアを開けた。

俺の視界に入ってきたのは、白いワンピースに淡いピンクのカーディガンを羽織った、大きな瞳が印象的な少女。
紛れもなく彼女、俺のいとこの乃杏だ。けれど、いつもの乃杏とは少し違った。

「留守かと思ったらいるんじゃん。出るの遅いよ、純っ!」
あの頃と変わらぬ笑顔を見せ、彼女は明るい声でそう言い放つと同時に、俺の額を小突いた。柔らかな指の感触が皮膚を擽る。
この様子から、表面上はあまり昔と変わっていないように見えた。
親戚同士で集まる時に俺を見ると、すぐに額を小突く癖もそのままだ。
多分、人が自分の為に何かすると子供扱いするように相手の頭を撫でるとこや、拗ねると馬鹿としか言わなくなる事も。
それから男女構わず抱きついたり、息遣いが聞こえる近距離まで寄ってきて、俺を惑わせるのも昔と同じ。
強いて言えば、髪が短くなった事が変化したところだろう。彼女の長かった髪は、ショートカットの短さまで切られていた。

「……お前、髪切ったのか?」

けれど、そこがどうしても気になって、思わず口にしていた。
髪を切るなんて当たり前の行為だが、俺にはただの気分転換でそうしたようには見えなかった。
よく見ると、笑っているのに瞳は寂しげで……肩も小刻みに震えている。
やっぱり、いつも通りの彼女だったなんて俺の思い違いだ。表面上は昔と一緒でも裏は全然違う。
ここにいるのは「いつも通りの自分」を演じている乃杏だ。俺という観客がいなければ、舞台を降りた役者も同然。

「似合わなかった?」
憂いを隠した瞳がじっと俺を見つめる。俺の表情を伺うようにして訊く彼女は今にも壊れてしまいそうな程儚げだ。
「いや、そうじゃなくて、何で切ったんだよ」
動揺を悟られないようにと、彼女から目を逸らして声を絞り出す。それは自分でも何だか情けなく聞こえた。

「……けじめ、つけなきゃと思って。あたしはもう大丈夫なんだよ? 純に心配されなくっても」
彼女の笑顔が揺らぐ。涙が瞼に滲むのを必死に堪えているようで痛々しく見える。
そんな姿を目にする度に息が詰まり、彼女を直視できなくなる。胸に、針で刺されたような痛みが走る。
それでも、乃杏は平然としている。今の俺の倍くらいの痛みを知っているのに、涙の一つも零さない。
それがどれ程残酷であるかは、本人が一番理解しているのだろう。

乃杏は、大切な家族を亡くした。たった一人の肉親だった人を。
なのに家族のうち誰一人欠けず、泣き喚くだけでは癒えない傷なんて知らない俺に悲しみの片鱗は決して見せない。

2010/07/25 15:28 No.70

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_Mr

(下書き、詳しい描写保留)


原稿用紙の小さなマスに書き込む言葉に詰まる。勿論無計画で小説を書いているというなんて事はない。
どういう場面を書くのか計画は立てているのに、突然発作が起きたように書けなくなる時がある。
大抵そんな時は、何か別の事を考えていたり他のものに気をとられていたする時だと、ここ数ヶ月の経験から理解していた。
そして今の俺がそうなっている原因は、俺の隣に座っている彼だった。彼は左の頬を机にくっ付け、横顔を見せるような形で熟睡している。
二三年生は今日、実力テストがあったばかりだ。しかも期末明けすぐのテストとなると、それはもう地獄だろう。
一年の俺にはその疲れは分からないが、彼は実力を使い果たしたのか、部室にくるなり即座にこの状態に。
瞑られた彼の瞳が、どこかで見たような気がして目を凝らす。……そうだ。あの人に似ている。
性格的にも容姿的にもあの人とは一致しない彼にその姿を重ねるなんて、俺も心労気味なのだろうか。

「何をしているのよ」

不意に凛とした声が降りかかり、慌てて振り向いた。声の主である彼女はじっと俺を見つめている。
彼女、佐藤梓は長い黒髪に整った顔立ちや、印象的で綺麗な瞳にそのスタイルの良さとか、どこを取っても絵に描いたような美少女だ。
もう少し愛想があればクラスメイトから持て囃されてそうだが、生憎冷たい雰囲気を放っている為そうはならない。
何を考えているか分からないクールビューティーとして遠巻きに見られている存在というのが、彼女の学年内での位置づけである。
だが実際は、洞察力が鋭いだけの空気クラッシャーである事が最近分かりつつあった。

さっき、短編の下書きを投げ出して、気休めにでもと本格ミステリー小説を読んでいた佐藤がいきなり声をかけるのは予想外の出来事だ。
佐藤は小説、特に推理物は読むのに没頭して、その間は呼びかけても返事をしないタイプだから俺の行動に一瞬でも気を向ける暇はないと思っていたのに。

「別に。何もしてないけど」
「そこは人の寝顔見つめてだだけです、と素直に言うところでしょう」

2010/07/31 15:28 No.71

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_Mr

(下書き、続き ※後半の作成保留)


俺の言葉に続き、何の躊躇もなく言い返した佐藤はくすりと笑う。焦げ茶の長机に頬杖をつき、俺が何を考えているかを言い当てようとするように彼と俺を交互に見比べた。
けれどそこまでは見当がつかなかったのか、「どういうつもりかは知らないけど、私の寝顔はそんな肉食獣が獲物を狙うような目で見ないでと忠告しておくわ」と言葉を漏らした。
「どういう例えなんだ、それ」
そんな虎視眈々とした様子で見つめていた覚えもないのだが。相変わらず例え方が独特な人だ、佐藤は。
「言葉の通りよ。そうね……牢獄から脱走を企んでいる囚人のような目、でもいいわ」
だからどういう目なんだ。しかもさっきと主旨変わってるって。
一方的に言われてるのもどうかと思い、何か反論できる言葉はないかと探す。その間にも彼女が面白がって見えて、自分が不利だろうな、なんて競っている訳でもないのに思った。
「人の私情に付け込んで色々言うお前が囚人だろ」

(真一の様子、梓の様子の描写)

「何だか、ようやくいつもの古賀って感じがするわ」

(梓の様子、真一の思っている事)

「……何が?」
(真一の心理描写)

2010/07/31 18:02 No.72

美桜@hoep ★0WqXGcBHjEw_Mr

ようやく思いついた言葉を口にすると、彼女は暫く黙り、それから穏やかに微笑する。
からかって、面白がり浮かべたさっきの笑みとは全然違う。もっと神聖な、誰かを見守るようなものだった。
もうこれ以上俺に張り合う気はないのかもしれない。

「何だか、ようやくいつもの古賀って感じがするわ」
今の表情に見合った淡く優しい口調で佐藤は囁く。
どういう心情で彼女がこんな事を言い出したのはか分からない。ただ一つ分かるのは、彼女がここ最近落ち目だった俺を心配してくれていたという事だけ。
彼女の表情からはまだ他にも予測されそうな感情がありそうな気がしたが、それはどれも曖昧すぎて形にならない。
「……何が?」
一応何か返事をしといた方がいいだろうと思い、口から自然に出た言葉がこれだった。いつもより声が小さいのが、自分でもよく分かる。

2010/08/01 15:29 No.73

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_Mr

濃く青い絵の具を隙間なく塗ったように空は青い。青に対抗するかのように真っ白な入道雲が並んでいた。

階段の踊り場に来て、立ち止まった。胸の鼓動が早くなり、急に腹痛に襲われる。
よくテスト返却の時に起こる、妙な痛みが全身を駆け抜ける。一言で言うなら緊張だけど、これはテスト返却のレベルではない。
入試の時とまではいかない。でも、入学式やクラス替えと同じ程度のもの。だから緊張の他に期待感があるのも確かだった。
けれど、波打つような腹痛は治まらない。それどころか悪化さえしている気がした。

何とか心の均衡を保つ為に、私がこの場所へ来る切欠となった出来事を思い出してみる。
だってこんな時は、少しでも痛みから気を逸らした方が良さそうだから。


数日前の昼間、私は友達とお弁当を食べていた。私を含め、仲の良いクラスメイト四人で。
小学校の給食時間のように四つの机の端と端をぴったりくっ付け、皆色とりどりで美味しそうな昼食を口に運ぶ。
それまでは、いつもと大差はない。時間も場所もメンバーも皆一緒。毎日変わるのはお弁当の中身と流れるように通り過ぎる話題だけ。
話題も他愛ない内容で、レパートリーもあまりない気がするが、その日は違った。

「文芸部って、復活したの知ってる?」
多分、昼休みの中盤辺り、とっくに空のお弁当箱を鞄にしまっていた頃だった。
一人の友達が何気なく振った話題に、私は一番に声を上げた。
「そうなの!? 去年廃部したんじゃなかったっけ」
席を立ちそうな勢いで聞き返した私に、この話を持ち出したほのちゃんは驚きの表情を見せ、それから意地悪そうに笑った。
「続き、聞きたい?」
人が続きを気にしているのに、わざと焦らすのは彼女の癖だ。そんなほのちゃんも好きだけど、私の頭には文芸部の事しかなかった。

この高校の文芸部は、去年の春、私が入学してくると共に廃部となった。三月に三年生が卒業し、部員がいなくなってしまったらしい。
廃部したまま一年以上が過ぎた今、高校二年生の夏。まさか復活したなんて話を耳にする事になるとは、夢にも思わなかった。

「咲紀、一年の頃文芸部に入りたかったのに廃部したって聞いて、がっかりしてたもんね。いいじゃんほの、教えてあげなよ」
私の隣に座る友達が、私とほのちゃんを見比べながら言う。最後に私も気になるし、と付け加えて。
ほのちゃんは頬杖をつき、前置きのように勿体ぶる言葉を繰り返すと、にやけた様子で語り始めた。
彼女の話によると、この春に数名の一年生が文芸部を復活させたい、と申し出て、晴れて彼らの望みどおりになったとか。
それを聞いた私達と同学年の二年生が一人入部し、一年生も合わせて現在四人で活動しているらしい。

「で、聞いたからには入るんだよね、文芸部に」
じっと私を見つめ、そう訊くほのちゃん。他の二人も折角のチャンスなんだから、なんて口々に言う。
「入部したいんだけど……今更恥ずかしいよぉ……」
私は二年だし、その上もう七月。入部する時期といえば春なのに、もう期末も終わった正真正銘の夏だ。
残り一ヶ月もしないうちに夏休みがやって来る、そんな季節。
私がそれを理由にぐちぐち言っていると、皆励ましてくれて私の背中を押した。
「頑張れ! ファイトオー!」
ガッツポーズをしたほのちゃんがくれた言葉を思い出す。……頑張る、頑張らなきゃ。
数日間悩んだものの、やっぱり私は文芸部に入部したい。そして沢山の物語を創ってみたい。

いつからかなんて明確に覚えてはいないけど、私は物語を考えるのが好き。
今まで本格的に小説を書いた事もなければ、その為の技術も何一つ培っていない。
ただ、ふとした時に思い浮かぶ情景や台詞を、積み木遊びをする子供のように何の計画もなく組み込んでいるだけだった。
好きこそものの上手なれ、と言うけれど、国語の成績も良くはない私が単に好きなだけで文章能力を上げられるかどうかは分からない。
でも、私と同じ目標を持っている人達がいるのなら、その人達と楽しく物語を綴ってみたい。
そういう動機を持っているにも拘らず、やっぱり足が竦み、前へ進めない。


気を取り直して三段目の階段まで上りかけても、躊躇して踊り場に戻ってしまう。
一体いつから先に進めていないのかといえば、多分三分くらいはこの繰り返しじゃないかと思う。
一階から二階への階段はごく普通に上った。問題は二階から三階への、この階段だ。
もしもこの場が人目の多い場所だったなら、私は挙動不審のレッテルを貼られてしまうに違いない。

とは言ってもここは人通りが少ない。さっきから誰一人見かけないのは、ここが旧校舎だから。
新校舎とは殆どと言って良い程に隔絶されている。
赤茶色に錆びた鉄のフェンスから外はもう別世界であり、賑やかな新校舎の空気は漂ってこない。
校舎内にあるのは殆ど倉庫と化している教室、廃部となった部活の部室。
廊下も掃除などされていないし、特別な用事がある時以外に好んでここに立ち入ろうとする者はいない。
そんな旧校舎のある教室、三階の一番右端、階段を上ってずっと奥に進むと見えてくる教室が文芸部の部室になっている。

昇降口まではほのちゃん達について来てもらった。でも、部室までは自分一人の力でいかないと自分の為にならないと思い、彼女達の誘いを断った。
なのに……自力でなんとかできないなんて。

2010/08/09 14:53 No.74

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_Mr

高校二年生にもなって、優柔不断で稚拙な所作を情けないと思いながら、自分に言い聞かせる。
落ち着け、落ち着くんだ。
まず階段を上り終え、部室まで歩いて、扉を開いたら「入部希望です」って言うだけ。それだけなんだから。

……今のままじゃ駄目だ。まず足を踏み出さなければならない。
そう決心し、片手で支えていた入部届けが少し揺らいだ時、下の階段から足音が聞こえた。
夕暮れの誰もいない教室よりも静寂なこの場所では、音は余計響く。特に足音のような、規則的なものは。
ハイヒールで歩く時の音よりは鈍い音だけど、しっかりと耳に伝わる。
どうしよう。階段を上りたいのに戸惑っている恥ずかしい姿なんか、他人に見られたくないっ。
ここは何食わぬ顔をして上り続けるか、それとも下り始めるか……。早く選択し、すぐ実行しなければまずい。
自分でも大袈裟だとは思う。けれど、人の足音にここまで怖気付いたのは初めてだった。

こうしてる間にも、相手はどんどん近づいて来る。もう考える時間もなく、咄嗟に下の階へ戻ると決めた瞬間には足音の主である少女が至近距離にいた。
ショートカットの髪に、焦げ茶の瞳を持っている彼女は、通学用鞄を肩から提げている。
制服のリボンが青だから、一年生だ。
彼女の前を通り過ぎようと下へ向かって駆け出すと、私の手から一枚のプリントが滑り落ちてしまった。
どうして、このタイミングでそうなるのだろう。早く人目のつかない所で気を落ち着けて、また出直したいのに。

私が一枚のプリント、つまり入部届けを拾うより前に、彼女は華奢な足を止め、私の代わりにそれを拾い上げた。

何やら不思議なものでも見るかのように入部届けと私を見比べる。
一瞬、寂しそうな表情が垣間見えたけど、すぐに喜びに満ち溢れた笑顔になり、高く明るい声で言う。

「もしかして文芸部に入部しようと思ってる人?」

いきなりの出来事だから、何て言ったら良いか分からない。勿論彼女の言う通りなんだけど。
私の返答を待たず、彼女は言葉を続ける。
「なら大歓迎だよ、ほら部室はこっちっ」
彼女が私の手を引き、階段を駆け上り、廊下を突き進んでいく。彼女のもう片方の手には私の入部届けが握られたままだった。

廊下の窓から風が吹き込み、走る度に肌に触れる。

こんな強引に連れて行かれて、どう反応して良いのかまだ悩んでいたけれど、彼女の髪から微かに漂う柑橘系の香りが心地良く、成り行きに身を委ねていたらいつの間にか文芸部の部室の前へと辿り着いていた。

2010/08/10 15:56 No.75

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_Mr

今日は厄日だ。……まあ、厄日とまではいかないかもしれないが、地味な失敗ばかり仕出かした。
例えば、朝の駅でガムを踏みつけたり、そのせいで電車に乗り遅れたり、遅刻しそうになった上に今日が提出期限のプリントを家に忘れていたり。
大抵そういう日は嫌な授業ばかり揃っているというパターンでろくな事が起こらない。
そこで溜まる疲労といったら、もう苛々するの一言に尽きる。それ以外に適切な言葉なんて見当たらない。

「あれー、古賀もう行くんだ?」
教室の後ろの扉から出ようとした時、そんな声が聞こえ、肩に柔らかい手の感触が走った。
振り返ると、クラスメイトの一人が俺の肩を掴んでいる。
「もう放課後だろ。無意味に教室に残ってる時間、俺にはないの」
放課後の教室にはいつも何人か居残っている。それは強制的に残らされているのではなく、ただ家に帰っても何の予定もない連中が暇潰しに集っているだけだ。
俺が部活があるから、そんな集いに参加した事はないが。
「折角、数学でも教えてもらおうと思ってたのになー」
彼は俺の肩から手を離し、お願い、とでも言うかのように両手を合わせた。
いつもなら少しは付き合ってやろうかと思うところだが、今日は機嫌が悪いからなのかいまいち乗り気じゃない。
それどころか足止めされている事に嫌気まで差す程だ。つくづく自分が子供だと思う。
「俺はお前の家庭教師か」
やばい。不満を露にしすぎただろうか。口調が強かったかもしれない。
「あ、それ良い! そんで俺と部活どっちが大事なのさ」
……ギリギリセーフ、というところか。彼が鈍感で良かった。
そして彼はまるで餌を強請る子犬のように訊いてくる。彼は所謂、あれだ。年上女子にかなり好感度が高いタイプだ。
時折俺も、彼の捨てられて雨に濡れた子犬的お願いなペースに乗せられるのだが、何しろ今日は厄日。……誇張して言うと。
だから余裕なんか無かった。今すぐ教室から出て、無性にあの場所へ行きたい気分だ。
「六対四辺りで、部活だけど」
実は八割くらい部活を優先しようと思っているが、まあそこは誤魔化しておく事にする。
「えー、意地悪っ」
「はいはい。じゃあまた明日」

ようやく会話に区切りを付け、教室から出て廊下を走る。放課後が待ち遠しいのはいつもの事だが、今日はいつもよりも足が軽い。
朝からついてなかったからだろうか。今はとにかく部室で気を休めたい。
別に自分のクラスが嫌いとか、教室にいると気が滅入るとかそんなんじゃない。
クラスでのポジションも多分普通だし……あ。彼曰く俺は「愚民共が!」みたいな台詞が似合う人だそうだが、普通という事にしておこう。うん。
けれど俺の小さな憂鬱や苛立たしさを一番理解してくれるのは、あの場所にいる仲間達だと、直感的に思う。

階段を降り、昇降口で靴を履き替える。外靴を履いていながら上靴を片手に持ち、校舎の外へと出た。
文芸部の部室がある旧校舎は新校舎とは隔絶されている。だからこんな面倒な事をしなくてはならない訳だが、もう慣れた。
旧校舎の昇降口へ来てもう一度靴を履き替え、階段を駆け上がる。
一歩ずつ進む度、朝からの憂鬱が無くなっていくような感じがした。ずっと走っていても疲れない。

もう少しで、光の中へ辿り着く。

2010/08/12 16:37 No.76

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

乃杏の家に父親が寄り付かなくなったのは、彼女が幼い頃だった。
他所で愛人を作った父親に愛想をつかして離婚した母親は、人一倍教育熱心だったという。
小学校の教員だったというだけあって、厳しくするところは厳しく、褒めるところは褒め、本当にいい母親だと俺の親は語る。
その母親は数週間前、不遇の事故により帰らぬ人となった。
母親が亡くなった事故現場に乃杏は立ち会ってなく、連絡が入ってすぐ母親が運ばれた病院に行ったが、その時はもう遅かったらしい。
孤児という状態に置かれて、乃杏はどんな思いをしただろう。乃杏の母親も、たった一人の娘を残して逝ってしまうなんて想像もつかなかった筈だ。

それでも乃杏は悲しみを隠し通しながら笑顔で、ここへとやって来た。春色に染まった三月の桜吹雪の中で。
後何日かで四月になろうかというのに、ただ散るばかりの桜を見つめながら。
乃杏の辛さなんて誰一人として背負った事のない、ごく普通の家庭へと。しかも残酷な事に、そんな幸せな笑顔を浮かべている連中―――俺達家族と、同居する事になったのだ。
家族がいなくなったんだから、それは仕方ないけれど。
彼女はこの先、この新しい家庭でいつまでも作り笑いをしなくてはならないのだろうか。

2010/08/18 17:44 No.77

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

最後の一つのダンボールが空になった時、不意に俺は窓の外へと視線を向けた。

青空に絶え間なく花びらが舞う。冬に降り積もった雪が溶け始め、ようやく開花した桜が散る。
毎年見る風景なのに、今年はもっと儚く見える。乃杏が、いるから。

「私の部屋って聖さんの部屋になるんだよね? ……純、聞いてる?」

桜の景色と乃杏が重なり、俺は呆然としていて、しばらくは乃杏の声に気づけなかった。
だからソファに座っていた乃杏は立ち上がり、ついでに畳もうとしていた小さいダンボールを床に投げ捨て、俺の顔を覗き込んだ。
視線を窓から外すと、すぐさま彼女の大きな瞳が視界に飛び込んできた。我に返り、慌てて返事をする。

「ごめん。えっと、何だっけ」
「だから、私の部屋の話だよ。やっぱり聞いてなかったんじゃん」

2010/08/20 14:35 No.78

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

(会話文のみ、ト書き形式で下書き、修正はまたいつかw)※仕草、表情、口調、心情などは全て保留
*部室へと向かう真一を彼の友人が廊下で止めるシーン


「古賀は熱心だなー、もう部室に行くとか」
「一応部長なんだし、一番に部室に来てないと駄目っていう感じがあるんだよ。別にそういう決まりはないけど」
「ふーん。でも熱心な割りに活動実績が少ないっていうか、言っちゃ悪いけど影薄いような」
「部員少ないから存在感ないかもしれないけど、それなりに活動してるから」
「じゃ、最近何やったか言ってみ?」
「演劇部に脚本の依頼をされた」
「けど数週間後にキャンセルされなかった? ほら、何かシェイクスピアやるとか言って。ロミオとジュリエット……じゃなくて何だっけあれ」
「……それでも依頼された事には代わりないだろ。あと、軽音楽部から作詞の依頼を……」
「あれも途中で取り止めになった。やっぱ自分達でやるから良いや、ってな」
「まあそうだけど―――あ、俺達の部誌がそれぞれの教室に配布された、とか」
「それは普通だろ。代々文芸部がやってた事だし、平凡すぎる」
「じゃあ何ならいいんだよ、言ってみろ」

2010/08/21 22:20 No.79

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

(下書き)


窓から夕日が差し込む。廊下が隅々まで蜂蜜色に染め上げられ、いかにも下校時間という雰囲気が漂っている。
実際そうなのだから、下校時間という雰囲気も何もないのだが。

一冊の本を片手に、誰もいない廊下を突き進む。自分だけの足音しか聞こえない空間というのは不気味なようで寂しくて、だけど慣れてきたら逆に落ち着いた気分になれる。
俺は文芸部に入部して以来、そういう空間に慣れてきた。ここ旧校舎に今もまだ存続している部活は文芸部のみ。
部員は四人、顧問を含め五人だ。顧問は時々しか来ないけど。
時々部外者が立ち入る事もあるが、大抵、俺達以外旧校舎に寄り付かない。
一つの校舎に五人しかいないとなると、お互い擦れ違う可能性もあり、自分一人で廊下を歩くのに慣れない方がおかしい。
そうなると何だか、学校が自分のものになったような気すらするのだから不思議だ。……俺がただ奢ってるだけなのか?

「古賀」
―――まさに不意打ちだった。足音がないのに、いやあるけど聞こえないくらい小さい足音を立て、俺の背後から俺を呼ぶ声がした。
振り向くと、そこには髪を一つに束ね、ラフな格好をしている女性がいた。ナチュラルな感じの化粧が良く馴染んでいる彼女は、俺の顔を見てにやりと笑う。
彼女は我が部の顧問だ。といっても、陸上部の顧問と掛け持ちだからこっちに来るのは滅多にない。近頃陸上の大会で忙しいらしく、来る回数が更に減っている。

2010/08/23 23:43 No.80

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

「何ですか、いきなり」
どうせ来るなら部活動時間に来ればいいのに。そんな言葉は伏せ、とりあえず妥当な返事をしてみた。
「元気にやってるかなーって思ってさ。他の皆は?」
「先に帰りましたよ」
俺以外の三人の部員は部室で眠っていたらしい俺を気遣ってか、置手紙を残して部室を後にしていた。
起こしてくれるくらいしたっていいものの、ぐっすり眠っていたから起こすの悪いと思ってできなかった、と例の手紙に書いてあったのだから仕方ない。
でも熟睡していていつ起きるか分からない人間をそのままにしておくのは、思いやりに欠けるんじゃないかと思ったり思わなかったり。
「そっか。大変だな部長、他の部員よりも遅くまで残って仕事とは」
仕事していた訳じゃないけど、本当の事を言って話を拗らせるのも嫌だから静かに頷く。

2010/08/24 11:00 No.81

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

「全くですよ。先生こそどうなんです? 陸上の方は」
話をしていると序所に歩幅が小さくなっていく。橙の夕日に照らされて、俺と先生は長い廊下からゆっくりと階段までやってきた。
「とにかく忙しい。それと何て言うか、お前達文芸部員といた方が楽だ。ひいきするつもりはないけど」
随分直球だな、おい。しかも楽というのは自分達が軽視されているように聞こえるんですけど。
彼女は元々緩い感じの、面倒事が大嫌いな人だ。こんなんで教師やってけるんだから、世の中弛んだものだと思ってしまう。
「楽なのは部員が少ないから、なんて言い出すつもりじゃないでしょうね?」
まさかそんな事言わないですよね、と言わんばかりの笑顔で言葉を返してみた。相手もそれに合わせた笑顔でばっさりと「そう、それだ」なんて声を上げる。嗚呼そうか。そういう人だった。
「そういえば部員で思い出したんだけど―――」
まさに本題を思い出したという風な口調で、先生は語尾を焦らすようにその話を切り出した。
何を言おうとしたか、俺が気になる素振りを見せるともっと焦らす。そういやクラスにもこんな奴いたな。一番続きの気になるところで話を切って、相手の反応を見て面白がる奴。彼女はその典型だ。
「何ですか」
「知りたい?」
先生はじっと俺の目を見つめる。いかにも楽しそうな様子で。知りたいから聞いてるんだろうが。余計な前置きはいいから早く教えろ。
「じゃあ特別に教えるよ。もしかしたら、の話だけどさ。文芸部に新入部員が来るかもしれないんだよ」
俺が困惑している姿を堪能したのか、彼女はようやく白状した。それにしては随分さらっとした様子で言ったな。

……って。そうじゃねえ。ちょい待て。今何て言った?
状況が飲み込めない様子を必死に隠しながら、落ち着くんだと自分に言い聞かせる。新入部員? どこに? え、うちに……!?
言葉を失い、呆然とした様子で立ち止まった俺がそんなに見ものだったのか、先生はぷっと吹き出した。
「ははっ、まあ驚くのも無理はないかな。今は七月で新入部員が来るにしては季節外れで、古賀が部長を務める部活に入部しようとする物好きな奴がいるなんて」
言わせておけばこの有様だ。さくっと失礼な事を言う人だからな。
心の中で冷静にそんな突っ込みを入れる自分と、まだ事実が信じられない自分がいる。多分後者の方が八割を占めているだろう。
彼女は俺に合わせて止めていた足を再び動かし始めると、言葉を続けた。
「新入部員というか、近頃よく私に言い寄ってくる生徒がいるんだよ。文芸部ってどんな感じですか、楽しいですかってな。優柔不断な印象だったから、本当に入部するかどうかは分からないけど」
……つまり、我が部に興味を持っている生徒が先生の近くにいるって事か。半信半疑ではあるけど、ようやく状況が理解できてきた。
「二年の女子で、井上……とか言ってた気がする。まあ入部したら仲良くしてやってくれ」

(真一の心情と顧問の様子)

2010/08/24 17:48 No.82

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

*


学校から出て駅までの道を行く途中、俺は鞄の中から携帯を取り出した。そして切っていた電源を入れると、即座にメール新規作成の画面にする。
宛先を電話帳から三人選ぶ。件名は無題でいいや。それから特に添付するものもない。
本文を打ち始めると、急に動かしていた手が止まる。……なんて打とう。新入部員ゲットや新入部員確保はまずい。まだ入部するか分からないらしいから。
でもくどい言い回しになるのも好きじゃない。帰ろうとしていたら顧問に呼び止められてこんな話をした、なんて打つのは面倒だ。
どういう書き出しが良いか考えていると、いつの間にか駅の改札口まで辿り着いていた。
空を見上げると、夜の黒が夕焼け色を追い払い、辺りがさっきより暗くなっている。ぼんやりとした雲の切れ間に、白と黄色の中間のような半月が見えた。
携帯を閉じ、改札に定期券を通す。その間にも俺の頭にはメールの事しかなかった。新入部員が来るかもしれないという事を部員達に伝えたくて堪らない。
俺自身が浮かれすぎていて、伝えるべき情報が上手く文章に纏まらないのをもどかしく思いながら、それでも何だか身が軽くなる気がする。

入部するかもしれない生徒は二年の女子。一年の俺が部長だと知ったら入部しないだろうか。何しろ優柔不断らしいし。そういう人は少しでも異質な事があったら怖気づくみたいだし。
不安がない訳ではないけれど、やっぱり気持ちが高鳴る。絶対入部するよな……しなかったら顧問にその生徒のクラスを聞き出して部長自ら勧誘に行こうか。

……なんて。馬鹿げた事も考えながら帰路に着く。部員が五人になった様子を想像するだけで、自然と笑みが零れた。

2010/08/24 18:26 No.83

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

それでも部室の中を見ようと目を凝らす。薄っすらと見えてきたのは、水彩絵の具と水を混ぜた時のように、ぼやけた様子だった。

「新入部員って、あの!?」
素っ気無い感じの声が聞こえる。多分ショートカットの子が来て三番目に喋った男子の声。ただ、今の口調はさっきと違って、相当驚いているみたい。
「古賀がメールに書いてた例の二年生?」
続いて、美少女を連想させる風鈴の音ような声。……あれ? どこか話が変な気がする。
まるで新入部員が来ると予測していたかのような二人の口ぶり。そしてその新入部員、つまり私が二年だという事も知っている。
何で……? 私、何かしたっけ? 不思議な感覚に囚われながら、思い当たる節がないか自分の行動を振り返ってみる。
私はほのちゃん達に背中を押されて、ここに来た。それは六日前で……私は今日までの六日間、ここに来るかどうか迷いに迷った。
だから文芸部の顧問の先生とも会ってきた、文芸部はどんな雰囲気かを尋ねる為に。先生は「入ってみれば分かるんじゃない」と言って笑い、真面目に取り合ってはもらえなかったけど。
もしかして、顧問の先生が部員に私のことを伝えた? 本当にそうなのかな、でもそうとしか考えられない。

暫く考えに浸っていると、部室の中の会話の続きを聞き逃してしまった。しかもその時はもう遅く、ショートカットの子が「じゃあお客さんに入ってもらいましょーっ!」と勢い良く言った直後だった。

ショートカットの彼女は一度部室から出て、廊下にいる私の腕を掴んで私を部室に行くよう勧める。
「ちょ……ちょっと待って」
口から零れる緊張の言葉を彼女は笑って受け流し、一瞬にして私を部員達の前に連れ出した。

2010/08/24 21:09 No.84

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

その瞬間、世界が変わった気がした。

自分のすぐ右横には大きな本棚があって、沢山の本が並べられている。その向かい側にはノートパソコンが置いてある机。その机とセットになった椅子に、それから……。真ん中に会議なんかで使うような長机があり、周りに丸い形の椅子が四つ。それらの椅子に座っている、この部活の部員達。
私をここに連れてきてくれたショートカットの子は、今私の目の前で私の腕を掴んでいるから、四人目の席は勿論空席だけど。
他の三人はそれぞれ三つの椅子に座っている。
私から見て正面に座っている人は、(真一の容姿)
それからその人の隣に座っている人は、長い黒髪に整った綺麗な横顔が印象的で、凛々しげな眼差しを私に向けていた。声から判断できた通り美少女で、声と外見が合いすぎている感じがする。
更にその向かい側に座る人にも目をやる。(純の容姿)

ようやく部室を覗く事ができた私は、心の中に感動と緊張感が渦巻き、何も喋れずにいた。
何か、何か言わなきゃ。多分まだ数十秒も経ってないけど、私にはずっと前から自分がここで何も反応できずにいるように感じられる。
焦ったら人は何をやり出すか分からない、と誰から聞いた。それは本当に正論だと思う。
焦ったあまり時間の感覚がおかしくなって、だからもっと焦ってしまって……。

「あの、私。貴方達と一緒にいたいです……っ!」

……やってしまった。
大人しく向こうが話すのを待ってれば良かったのに、何とか言わなきゃと自分を急かして、意味不明な言葉を口に出してしまった……!

一瞬静まり返ったこの場が、ショートカットの子の笑い声を皮切りに皆が笑い始め、肩の力が抜けて私も一緒につられて笑った。
変な子だって思われてないかな、私。

2010/08/24 23:14 No.85

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

「全くですよ。先生こそどうなんです? 陸上の方は」
話をしていると序所に歩幅が小さくなっていく。橙の夕日に照らされて、俺と先生は長い廊下からゆっくりと階段までやってきた。
「とにかく忙しい。それと何て言うか、お前達文芸部員といた方が楽だ。ひいきするつもりはないけど」
随分直球だな、おい。しかも楽というのは自分達が軽視されているように聞こえるんですけど。
彼女は元々緩い感じの、面倒事が大嫌いな人だ。こんなんで教師やってけるんだから、世の中弛んだものだと思ってしまう。
「楽なのは部員が少ないから、なんて言い出すつもりじゃないでしょうね?」
まさかそんな事言わないですよね、と言わんばかりの笑顔で言葉を返してみた。相手もそれに合わせた笑顔でばっさりと「そう、それだ」なんて声を上げる。嗚呼そうか。そういう人だった。
「そういえば部員で思い出したんだけど―――」
まさに本題を思い出したという風な口調で、先生は語尾を焦らすようにその話を切り出した。
何を言おうとしたか、俺が気になる素振りを見せるともっと焦らす。そういやクラスにもこんな奴いたな。一番続きの気になるところで話を切って、相手の反応を見て面白がる奴。彼女はその典型だ。
「何ですか」
「知りたい?」
先生は俺より数段下の階段で立ち止まり、そこからじっと俺の目を見つめる。いかにも楽しそうな様子で。知りたいから聞いてるんだろうが。余計な前置きはいいから早く教えろ。
「じゃあ特別に教えるよ。もしかしたら、の話だけどさ。文芸部に新入部員が来るかもしれないんだよ」
俺が困惑している姿を堪能したのか、彼女はようやく白状した。それにしては随分さらっとした様子で言ったな。

……って。そうじゃねえ。ちょい待て。今何て言った?
状況が飲み込めない様子を必死に隠しながら、落ち着くんだと自分に言い聞かせる。新入部員? どこに? え、うちに……!?
言葉を失い、呆然とした様子で立ち止まった俺がそんなに見ものだったのか、先生はぷっと吹き出した。
「ははっ、まあ驚くのも無理はないかな。今は七月で新入部員が来るにしては季節外れで、古賀が部長を務める部活に入部しようとする物好きな奴がいるなんて」
言わせておけばこの有様だ。さくっと失礼な事を言う人だからな。
心の中で冷静にそんな突っ込みを入れる自分と、まだ事実が信じられない自分がいる。多分後者の方が八割を占めているだろう。
彼女は俺に合わせて止めていた足を再び動かし始めると、言葉を続けた。
「新入部員というか、近頃よく私に言い寄ってくる生徒がいるんだよ。文芸部ってどんな感じですか、楽しいですかってな。優柔不断に見えたから、本当に入部するかどうかは分からないけど」
……つまり、我が部に興味を持っている生徒が先生の近くにいるって事か。半信半疑ではあるけど、ようやく状況が理解できてきた。その途端、さっきまでの驚きなど消えて、代わりに言葉では上手く言い表せない、明るく柔らかな感情が溢れる。
「二年の女子で、井上……とか言ってた気がする。まあ入部したら仲良くしてやってくれ」
微笑した先生は、生徒を見守る教師というよりは子供も見守る親のように見えた。そして止めていた足を再び動かし始めた彼女に、俺も追いつこうと早足になる。

新入部員、か。その単語が頭を駆け巡る度、階段を下る足が軽くなる。歩いている感覚すらなく、自分が宙を浮いているみたいだと思えるほどに。
その井上ってどんな人なんだろう。先生は優柔不断に見えたというけど、実際会ってみないと分からない。
二年の女子とは関わりがないから予想もつかない。けど、予想ができてたらその分会う時の楽しみを削られてしまうからその方がいいかもしれないな。
じゃあ、会ったら何をしよう? なんて言おう。俺が部長なんだから、何か部長らしい事を言わないといけない。
いつやって来るか、本当にやって来るのか分からない人間に、そんな想いを馳せる。

2010/09/04 23:13 No.86

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

「全くですよ。先生こそどうなんです? 陸上の方は」
話をしていると序所に歩幅が小さくなっていく。鮮やかな夕日に照らされて、俺と先生は長い廊下からゆっくりと階段までやってきた。
「とにかく忙しい。それと何て言うか、お前達文芸部員といた方が楽だ。ひいきするつもりはないけど」
随分直球だな、おい。しかも楽というのは自分達が軽視されているように聞こえるんですけど。
彼女は元々緩い感じの、面倒事が大嫌いな人だ。こんなんで教師やってけるんだから、世の中弛んだものだと思ってしまう。
「楽なのは部員が少ないから、なんて言い出すつもりじゃないでしょうね?」
まさかそんな事言わないですよね、と言わんばかりの笑顔で言葉を返してみた。相手もそれに合わせた笑顔でばっさりと「そう、それだ」なんて声を上げる。嗚呼そうか。そういう人だった。
「そういえば部員で思い出したんだけど―――」
まさに本題を思い出したという風な口調で、先生は語尾を焦らすようにその話を切り出した。
何を言おうとしたか、俺が気になる素振りを見せるともっと焦らす。そういやクラスにもこんな奴いたな。一番続きの気になるところで話を切って、相手の反応を見て面白がる奴。彼女はその典型だ。
「何ですか」
「知りたい?」
先生は俺より数段下の階段で立ち止まり、そこからじっと俺の目を見つめる。いかにも楽しそうな様子で。知りたいから聞いてるんだろうが。余計な前置きはいいから早く教えろ。
「じゃあ特別に教えるよ。もしかしたら、の話だけどさ。文芸部に新入部員が来るかもしれないんだよ」
俺が困惑している姿を堪能したのか、彼女はようやく白状した。それにしては随分さらっとした様子で言ったな。

……って。そうじゃねえ。ちょい待て。今何て言った?
状況が飲み込めない様子を必死に隠しながら、落ち着くんだと自分に言い聞かせる。新入部員? どこに? え、うちに……!?
言葉を失い、呆然とした様子で立ち止まった俺がそんなに見ものだったのか、先生はぷっと吹き出した。
「ははっ、まあ驚くのも無理はないかな。今は七月で新入部員が来るにしては季節外れで、古賀が部長を務める部活に入部しようとする物好きな奴がいるなんて」
言わせておけばこの有様だ。さくっと失礼な事を言う人だからな。
心の中で冷静にそんな突っ込みを入れる自分と、まだ事実が信じられない自分がいる。多分後者の方が八割を占めているだろう。
彼女は俺に合わせて止めていた足を再び動かし始めると、言葉を続けた。
「新入部員というか、近頃よく私に言い寄ってくる生徒がいるんだよ。文芸部ってどんな感じですか、楽しいですかってな。優柔不断に見えたから、本当に入部するかどうかは分からないけど」
……つまり、我が部に興味を持っている生徒が先生の近くにいるって事か。半信半疑ではあるけど、ようやく状況が理解できてきた。その途端、さっきまでの驚きなど消えて、代わりに言葉では上手く言い表せない、明るく柔らかな感情が溢れる。
「二年の女子で、井上……とか言ってた気がする。こっちから部室に来るよう促してもいいけど、井上が同意するかどうか微妙だから敢えてしないわ。まあ入部したら仲良くしてやってくれ」
そう言って微笑した先生は、生徒を見守る教師というよりは子供も見守る親のように見えた。部室へ来るように井上という人を促すのが面倒なだけだろ、という突っ込みはこの際置いといて。

止めていた足を再び動かし始めた彼女に、俺も追いつこうと早足になる。俺が言葉を返さないでいると、再び廊下は静寂に包まれた。さっきと変わっているのは、響く足音が荒くなった事と、それが二人分ある事だ。

新入部員、か。その単語が頭を駆け巡る度、階段を下る足が軽くなる。歩いている感覚すらなく、自分が宙を浮いているみたいだと思えるほどに。
その井上ってどんな人なんだろう。先生は優柔不断に見えたというけど、実際会ってみないと分からない。
二年の女子とは関わりがないから予想もつかない。けど、予想ができてたらその分会う時の楽しみを削られてしまうからその方がいいかもしれないな。
今先生に、近いうちに井上という人を連れてくるよう一生懸命頼めば、彼女も重い腰を上げる可能性がある。だけど、そういう楽しみは突然飛び込んでくる方が面白い。だからまだ待ってこう。
じゃあ、会ったら何するんだ? なんて言おう。俺が部長なんだから、何か部長らしい事を言わないといけない。
いつやって来るか、本当にやって来るのか分からない人間に、そんな想いを馳せる。

気づけばもう昇降口だった。靴を履き替えたところで、職員会議があるのを思い出した先生は新校舎にある職員室へと駆けていった。
こんなギリギリの時間まで旧校舎にい

2010/09/05 22:33 No.87

みお@hoep ★0WqXGcBHjEw_.5

切れた;;
―――――
るという事は何かここに用事があったのだろうけど、そのついでにでも俺に話を聞かせてくれて有難う。そう心の中で呟いた。
新校舎へ向かう彼女を見送り、俺はここから距離のある新校舎には立ち寄らず、そのまま門を潜り抜けた。
淡い橙の光が俺の肩にも飛び乗る。一度だけ今までいた旧校舎を振り返ると、窓が全て夕焼け色に染め上げられていた。
そして、また前を向いて歩き出す。さっき聞いた嬉しい知らせを噛み締めながら。

2010/09/05 22:51 No.88

美桜@hoep ★vzf4rnOny0_CCm

空を紡ぐ言葉*9話 あらすじetc

真一がメールを一斉送信した翌日、そのことについて話す梓と刹那。
(昼の喫茶店にて)
前日、梓と真一がメールのやり取りを続け(真一がメール一通では内容を伝え切れなかった、というか曖昧だったから)その回想シーンから始まる。
梓が真一から聞き出した情報を刹那や純に伝えたことも。
それから新入部員ってどんな人なんだろうっていう予想。
案外この店内の中にいるかもとか、向かい側の席の人(同じ高校の二年女子)を指差してこの人だったら凄い偶然だよね、とかいう会話。
梓が新入部員がどんな人(優柔不断なのは皆知ってるが、どういう容姿なのかとか詳しい性格)なのか当てられたら何かあげてもいいという賭け的な内容を真一や純にメールで送信して終わり。

備考、
10話は純視点で、梓からのメールを受け取った時から咲紀が部室にやって来るまでの経緯を描く。
11話から場面が5話に戻り(つまり視点も咲紀に戻る)入部のことについてとか色々。

7年前 No.89

美桜@hoep ★vzf4rnOny0_CCm

*続きから

「全くだよねー。梓ちゃんが私や純先輩にそのことを報告してくれたから良かったものの」
(昨日、真一から聞きだした情報を二人に伝えたという記述)

(店内と刹那の様子)
・街中にあるが周りとカムフラージュしていて、隠れ家みたいな喫茶店。
・部室の長机と色が似ている、焦げ茶の机に紅茶とショートケーキ(梓の注文したもの)とカフェオレとチョコレートパフェ(刹那の注文したもの)が置いてある。
・梓が携帯を片手に話している間、刹那はカフェオレを飲んだりパフェを食べたりしていた。
・向かい側の席に座る女子高生は同じ高校の制服、ショートカット、携帯をいじりながらコーヒーを飲んでる、二年生(リボンの色から分かる)

7年前 No.90

美桜@hoep ★vzf4rnOny0_CCm

夕焼色よりちょっと薄く、柔らかな色の蛍光灯が私達を照らしている。
(周りの様子)
この店は、駅の近くという基本的に混雑している場所にありながら、静かで穏やかな雰囲気が漂っている。
周りの景色に上手く溶け込み、急いで通って行く人の視界には入らなくて、時々暇を持て余している人が偶然発見してしまうような感じの場所。そんな穴場は、私と刹那のお気に入りだ。外に出かけた日には、必ず此処に来ると行っても過言ではないくらいに。


「……あの口下手」

携帯の画面に映された、受信メールボックスを見て呟く。受信先は古賀真一という名で殆ど埋まってしまっている。
「新入部員が来るかもしれない、本当に来るか分からないけど来る可能性があったりする」という感じの内容のメールを貰ったのは昨夜の八時過ぎ。
くどく、結局どっちなのよと突っ込みたくなるような言い回しも気になったけど。それよりもいきなりこんなメールを送るなんて何があったのだろうと思い、それを問う返信をした。
古賀は一言では説明できず、その後も何度か、いや何度もメールのやり取りを続けた。私はどちらかと言えば、短時間に沢山メールをしない方だから結構疲れた気がする。
自分が学校から出ようとして何があったのか。それを説明するのにこれだけのやり取りが必要なんて、彼は正真正銘の口下手だ。いつもは部長として威張っているのに。
だけどそれを嫌味として言うつもりは全くない。普段は威厳があるように見えても、ここぞという時に頭がよく回らないというのは、受け取り方によっては愛嬌のように感じられるから。
普段は我侭で傲慢、けれど時々照れるという、所謂ツンデレという人種と似ているものなのだろうか。まあ彼はツンデレではないけど、そういうギャップがある方が何というか、人間らしい気がする。

「全くだよねー。本人から色々聞き出した梓ちゃんが刹那と純先輩にメールしてくれたから良かったものの」

7年前 No.91

美桜@hoep ★vzf4rnOny0_CCm

夕焼色よりちょっと薄く、柔らかな色の蛍光灯が私達を照らしている。
この店は、駅の近くという基本的に混雑している場所にありながら、静かで穏やかな雰囲気が漂っている。
周りの景色に上手く溶け込み、急いで通って行く人の視界には入らなくて、時々暇を持て余している人が偶然発見してしまうような感じの場所。そんな穴場は、私と刹那のお気に入りだ。外に出かけた日には、必ず此処に来ると行っても過言ではないくらいに。
そういう秘密の場所は、他にもいくつか存在する。だけど此処が一番落ち着くのは、雰囲気が部室と似てるからだろうか。
例えば、今チーズケーキやチョコレートパフェなんかが置いてある焦げ茶のテーブルは、どことなく部室の長机の匂いがする。


「……あの口下手」

携帯の画面に映された、受信メールボックスを見て呟く。受信先は古賀真一という名で殆ど埋まってしまっている。
「新入部員が来るかもしれない、本当に来るか分からないけど来る可能性があったりする」という感じの内容のメールを貰ったのは昨夜の八時過ぎ。
くどく、結局どっちなのよと突っ込みたくなるような言い回しも気になったけど。それよりもいきなりこんなメールを送るなんて何があったのだろうと思い、それを問う返信をした。
古賀は一言では説明できず、その後も何度か、いや何度もメールのやり取りを続けた。私はどちらかと言えば、短時間に沢山メールをしない方だから結構疲れた気がする。
自分が学校から出ようとして何があったのか。それを説明するのにこれだけのやり取りが必要なんて、彼は正真正銘の口下手だ。いつもは部長として威張っているのに。
だけどそれを嫌味として言うつもりは全くない。普段は威厳があるように見えても、ここぞという時に頭がよく回らないというのは、受け取り方によっては愛嬌のように感じられるから。
普段は我侭で傲慢、けれど時々照れるという、所謂ツンデレという人種と似ているものなのだろうか。まあ彼はツンデレではないけど、そういうギャップがある方が何というか、人間らしい気がする。

「全くだよねー。本人から色々聞き出した梓ちゃんが刹那と純先輩にメールしてくれたから良かったものの」

7年前 No.92

美桜@hoep ★vzf4rnOny0_CCm

私が何気なく言った独り言に、向かい側の椅子に座る刹那が反応した。刹那はクリームで可愛らしく飾り付けられたチョコレートパフェをスプーンで突付きながら、私の携帯を覗き込もうと顔をこちらへ寄せる。

「食べるのか見るのかどっちかにしなさい。そんな体勢だといつかパフェを引っくり返すわよ」
「ごめんごめん。それじゃ先に食べるー。早くしないと溶けちゃうし」
満足そうな笑みを浮かべてパフェのチョコクリームを頬張る刹那を見て、一旦携帯を閉じた。勿論、食べ終わったらじっくりメールを見せる予定だ。まあ、古賀とのやり取りの内容を纏めたメールは刹那や私達より一学年上である坂本にも送っている。古賀はこの二人にもメールを同時送信していたみたいだけど、例によって内容がよく分からないメールだから、私が解説したという事だ。
だから刹那にとって、別に見ても見なくてもいいものだけど、本人が見たいというならそうするに越した事はない。
余程実物が見たかったのか、急いでアイスの部分を食べて「頭がキーンとなるー」なんて言ってる姿を見ると、ちょっと焦らしてみたくもなるけど。こういう刹那も刹那らしくて好き。そういえば似たような事を坂本に話したら、好きな子に意地悪してしまう小学生みたいだって返されたっけ。でもそんなの気にしない。

携帯をテーブルに置き、食べかけのチーズケーキの上にフォークを当てる。多分、刹那と同じ頃には食べ終わるだろう。
口に広がる(チーズケーキの味を表す文章)

新入部員って、どんな人なのだろう。古賀が顧問の大塚から聞いたには優柔不断っぽい人らしい。でもそれだけじゃどんな人だとか分からない。

7年前 No.93

美桜@hoep ★vzf4rnOny0_LEG

(白黒フリルの衣装を纏った少女の秘密部屋で)



 すう、と一筋の風が胸をすり抜けた。それと同時に、針で刺されるようにしつこい頭痛が消えていく。体を縛っていた重い鎖から解放されていくみたいに。この感覚は、牢獄から釈放されたばかりの罪人や、ずっと塔の中に閉じ込められていたお姫様が久しぶりの空を見た時にも感じていたんじゃなかろうか。そんな下らない想像をしてみた。

 痛さに耐えかねて瞑っていた目を、そっと開けた。……ああ、やっぱり此処か。さっきまで私は自分の家の前に居た筈なのに。鍵を鞄から取り出し、鍵穴に刺した瞬間、あの頭痛が襲って来て今に至る。毎回思うけど、このオカルティックなスペースは一体何処の次元に存在しているのか。幻想空間、とか何とか説明された気がするけど納得いかない。考えても時間を無駄にするだけだから、一応三次元でノープログレム、ということにしておこう。


 此処は書斎程の狭い小部屋だ。壁と床は珈琲色をしていて、中央には綺麗な円形をしたミルクティー色のテーブルと向かい合うように並べられた二つの椅子がある。それも西洋風の、なんか高価そうなもの。奥側の椅子に座っている夜風は、読み耽っていた本を閉じ顔を上げた。澄んだ黒い瞳が私を見つめる。そして、高いとも低いとも言えない、艶やかな声で呼びかけると、微笑を浮かべた。

「あら、いらっしゃい」

 さくらんぼ色の形の良い唇がゆっくりと綻ぶ。彼女は人形みたいに整った顔立ちをしていて、胸元の黒く大きなリボンと、幾重にも重なったフリルが特徴的な、ゴスロリと呼んでも差し支えはない衣装を纏っている。その上黒のニーソックスという格好なものだから、最初見た時は何かのコスプレかと思った。そういう服装でも違和感がないのは、その風貌故に、だろう。美人は何着ても似合うってまさにこのことだ。


「まあ本望じゃなかったんだけど。気づいたらこっちに飛ばされてただけ」
「つれないわね。折角来たんだから何かしたいことでも言ってみなさいな」

 夜風は腰まであるウェーブがかった髪を揺らして静かに立ち上がった。漆黒のそれは揺れる度艶を見せる。


 したいこと、そう言われてもすぐには思いつかない。此処には娯楽になりそうなものはないし。テーブルの右端には小さな白い本棚が置かれ、定員オーバーと言わんばかりに本が隙間なく詰められていた。その真横に配置された大きな振り子時計は、ずっと昔から此処にあるような貫禄を漂わせている。これらしかない質素な部屋で、娯楽も糞もない。でも、慣れてくると此処も悪くないとか思い始めてしまう。まさかそういう風に思わせる毒がこの部屋全体に撒き散らしてあるとか。

「別に毒なんて仕込んでないわよ。アロマオイルでも撒き散らそうと思ったことはあるけれど」


 澄んだ声が耳を擽る。紛れもなく向かい側にいる夜風の言葉だった。彼女は夜空色で艶がある髪を手で弄りながら、声に出されてもいない疑問にくすくすと笑って答えた。
 夜風は大抵、私の考えていることを言い当ててみせる。別に私は思考が顔に出やすい性格じゃないと思うけど、あの澄んだ瞳だけは何故か誤魔化せない。どうして考えていることが分かったの、と突っ込んだら私の負けだ。どうせ相手は教える気なんてさらさらない。からかわれるのがオチだ。

「それと、此処も悪くないっていうのは私へ対する愛情の現われなんじゃないかしら。案外可愛いところもあるのね」
「何が愛情だか。憎悪の間違えじゃないの」
「それじゃあ理屈に合わないし、愛情と憎悪は紙一重だわ」

 意に返した様子もなく、私の反応を楽しむような口調。いつの間にか向こうのペースに飲み込まれてしまう。話せば話す程泥沼になりそうな気がして、途中で言い返すのを断念した。すると夜風は

「とりあえずお茶にでもしましょうか」

 それから踵を返すような仕草をすると、ちょっと待っていて頂戴、と言い残して自身の姿を消した。フリルが沢山あしらわれたゴスロリのスカート部分を翻し、蝋燭が吹き消される時みたいに、一瞬で。

7年前 No.94
ページ: 1 2

 
 
この記事は書き捨て!小説過去ログです
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>