Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(15) >>

めも

 ( 書き捨て!小説 )
- アクセス(277) - いいね!(0)

ぽち ★eneRcsjoQX_keJ

小説家になりたかった

(黙ってメモ帳にでも保存しておけばいいのに自己顕示欲が抑えきれませんでした。どうぞお手柔らかに)

ページ: 1


 
 

ぽち ★eneRcsjoQX_keJ

 歩き始めたのはいつだったか、始まりの地はどこだったのか。もう思い出せないくらい遠くまで来てしまった。
 旅の目的はただ一つ、地平線を目指すこと。
 吐き出した息はすぐに乾いた風にさらわれた。夜明けだ、と呟く彼の声が、やけに耳元ではっきりと聞こえる。
 旅の目的はただ一つ。地平線は、まだ遠い。

:君と地平線まで

2ヶ月前 No.1

ぽち ★eneRcsjoQX_keJ

 君に見てほしいものがあるんだ、と言われた。
 あまりにその口ぶりが真剣だったから、呆気にとられてしまった。何を見てほしいのかは教えてくれなかった。気になったから、週末に会う約束をした。

 週末。見せてくれたのははたして、彼の手のひらから溢れんとするばかりの大きさの青い宝石だった。ガラス製? まさか。ただの大きなガラスの塊を、こんなに仰々しく、もしくは物々しく、あるいは丁重に扱ったりはしないだろう。こんなものを目にする日がくるなんて、と思うにしたって、あまりに現実味がなさすぎて本当によくわからない。多分、とんでもないものを見せられている。
 いったいこの男は何の意図があってこれをわたしに見せようと思ったのか。
 崖の下では波が繰り返し寄せては白いしぶきとなって散っていく。ここは崖の上。これがサスペンスドラマならわたしは今すぐ突き落とされるのだろうが、心当たりがバカみたいに大きな宝石を現在進行形で見せられていること以外ないので勘弁してほしい。
 彼はというと、15分ほど前にこれを見てほしくて、と宝石の入った重厚なケースを手のひらに乗せてからずっと下唇を噛んで押し黙っている。わあ、すごいね、としか言えなかったことに対して腹を立てているのだとしたらどうしよう。いよいよ突き落とされるかもしれない。
 そんなことを考えていると、彼はおもむろにその頑丈そうなケースから巨大な石を取り出し、大きく振りかぶって、投げた。
 勢いよく彼の右手から飛び出した青い宝石は、太陽の光を浴びてそれはもう燦然と輝きながら放物線を描いて波間に消えていった。 え、とか、は、とか叫んだ気がする。彼の左手には空っぽの箱だけが残されていた。彼はまだ黙りこくったままで、自分のつま先と水平線との間を何回も見比べていたけれど、やがてわたしのほうを向いて、わたしの目を見ながらありがとう、とちょっと笑った。今日初めて目が合ったなと思った。

 帰りも、往路と同じように彼の運転で家の近くまで送ってもらった。道中、わたしと彼はやっぱり行きと同じように他愛のない話をしていた。あの大きな宝石は一体何だったのか、わたしは何を見せられたのか、どうしてわたしだったのか、訪ねたいことはたくさんあったけれど、まるで質問を拒むみたいに次々と話題が振られてくるもんだから、わたしは何も訊けなかった。

 次の日彼は職場に現れなかった。連絡もつかないらしい。

:告白

2ヶ月前 No.2

ぽち ★eneRcsjoQX_keJ

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

2ヶ月前 No.3

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

 バターロールの、あ、中になんも入ってないヤツね、1番プレーンなすべっとしたヤツ。それの真ん中に縦に切り込みを入れて……あー、大体でいいよ、大体で。包丁? いらんいらん。指でいい。そうそう、割れた? 千切らないようにね。
 そしたら、ベビーチーズ、そう、4個入って100円ぐらいのアレ。別に6個入って200円のでもいいよ。お好みで。あー、おれ的にはねえ、カマンベールが入ったヤツがイチオシかな。まあ何でもいいよ。それをね、2つか3つくらいに千切って、挟むの。さっきのバターロールに。うん、そうそう。
 そしたらあとはそれを好きな数だけ作って、レンジでチンする。500Wで1分。手洗って待ってるとすぐだよ。……ほら、ね。
 あ、お皿は熱くないけどパンもチーズも熱々だから気を付けて。こういうあったかい食べ物はあったかいうちに食べるのが定石だけど、ちょっとぐらい冷めても割とおいしいよ。
 以上、おれの世界一好きなパンの食べ方でした。ご賞味あれ。……おいしい? よかった。

2ヶ月前 No.4

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

「なあ、もう俺にしとけば?」
「あはは、何それ……」
「割と真剣だよ俺」
「割とって何、そこは全力できてよ」
「はは、……全力でいって勝ち目があるならいくけど」
「……うん」
「ないでしょ、勝ち目」
「……わかんない……」
「……俺がんばるからさ、無理なら無理って言ってくれていいから、とりあえず俺にしときなよ、どういう結果になったって、あんたのこと嫌いになったりしないからさ」
「ほんと? 好きになっても嫌いにならない?」
「どういうことだよそれ」
「尻軽だって思わない? 代わりにされてるとか不安にならないでいてくれる?」
「何心配してんの、大丈夫だよ」
「石上くんにしとく……」
「マジで? ……はは、やった」

2ヶ月前 No.5

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

 突然だが僕は今、1人の女の子と一緒に暮らしている。
 名前は魔女ちゃん。名前ではないか。名前を教えてくれないから、魔女ちゃんと呼んでいる、が正確なところ。

「魔女です」
「もう21世紀だよ」
「そろそろ狩られる心配もないかなって思って」
「なるほど」

 数か月前こんな会話を交わした僕と魔女ちゃんは、ひと悶着ふた悶着、いや、よん悶着ぐらいののちに一緒に暮らし始めた。
 ちなみに魔女ちゃんが信心深いオカルトマニア的な人の下ではなく僕のところにやってきた理由は、なんとなく面白そう、かつ顔が好みだったかららしい。光栄な話だ。

 魔女ちゃんが来てから僕の生活スタイルが大きく変わったかといわれるとそうでもない。いや、確かにお風呂上りに全裸でうろついたり、帰ってきてすぐズボンと靴下を脱いで脱皮したそのままの形で放置したり、そういうことはしなくなったんだけど。別にそれで不便してるわけではないし、むしろ湯冷めしなくなったり、靴下が片方ない! って大騒ぎしたりしなくなったりと、良いことのほうが多い。ありがたい。
 ご飯を作ってくれるときもあるし、最近は洗濯機を回してくれたりもする。本当にありがたい。絶対に魔女ちゃんが来てくれる以前より健康で文化的な生活を送っている。
 そうそう、僕も最初のうちは魔女というからにはカエルやヘビを食べたりするんじゃないかと怯えていたんだけど、魔女ちゃんは僕と同じものをおいしそうに食べる。ていうかカエルとかヘビとかは怖がってた気がせんでもない。ちなみにゴキブリは嫌いらしい。

 魔女ちゃんは僕のことを優一、と名前で呼ぶ。最初のうちは名字で呼ばれたり、名前を呼び捨てにされたりと試行錯誤しているのが見て取れたんだけど(それはそれでたいそうかわいかった)、最終的に名前で呼ぶのがしっくりきたらしい。
 恋人みたいだよね、って言ってみたこともある。コイビトって何? と言われた。

 魔女ちゃんは魔女なので、魔法を使ったり怪しげな薬品を作り上げたりするらしいんだけど、実は実際に何かをしているところを見たことがない。
 別に魔女ちゃんが魔女であることを疑ったことはないんだけどね。粉々に割れたマグカップを次の日にまるで新品みたいに直してくれたり、なくした靴下の片割れを持ってきてくれたりするし、薬品に関して言えば、完成したものを見せてくれたこともある。時には使う? と差し出してくれることも。でも実際魔法を使っているところや薬品を作ってるところは見せてくれない。
 とはいえ、見ても仕組みなんてわからないだろうから(そもそも魔法に仕組みとかないか)、めちゃくちゃ見たい! というわけでもない。僕はオカルトマニアじゃないし。

「何か考えごと?」
「ううん。魔女ちゃんのこと考えてた」
「何それ。あ、これあげるね」
「何これ?」
「惚れ薬。効果抜群」
「魔女ちゃん僕のこと好きなんじゃないの」
「好きだよ」
「じゃあ惚れ薬はいらないよ」
「ふうん」

 魔女ちゃんは不思議そうに首を傾げたけど、すぐに前歯を見せて笑った。かわいい。

「そうだ、ご飯できたよ、優一」
「え、作ってくれたの? ありがとう、うれしいよ」
「今日はシチューだよ」
「レパートリーを着実に増やしている……すごいね魔女ちゃん」

 そうそう、多分なんだけど、僕は魔女ちゃんの魔法の実験台にされている。今のところ命に別状はなさそうだから構わないかなと思っているけど、もし僕が急に消息を絶ったり、謎の変死を遂げたり、そもそも存在ごとなかったことになっていたりしたら、それはもしかすると魔女ちゃんのせいかもしれない。
 これは僕の憶測だけど、きっと魔女ちゃんは魔女じゃない人間相手にどれくらい魔法が通用するのかを調べていて、頃合いをみていつか魔女にこの世が乗っ取る算段をしているんじゃないかなって。将来的に魔女ちゃんの仲間たちに世界が乗っ取られたら、うーん、僕のせいでもあるのかな。ごめんね。

:魔女ちゃんと僕

2ヶ月前 No.6

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

「まだ、私のこと、好きですか?」
 声の聞こえた方向を向くと、折山さんがドアにもたれて窓の外を眺めていた。車窓のあちら側では、緑色の木とか灰色のビルとかが、ひゅんひゅん通り過ぎていく。
「え、珍しいですね、そういうこと言うの」
 好きとか嫌いとかの前に、感想がぼろっと口から出た。
 車内放送が入って、電車が減速する。開くのは反対側のドアらしい。
 折山さんは視線だけこちらに向けて、力なく笑った。
「……そうかも」

2ヶ月前 No.7

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

 深夜。珍しくのしかかられている。本当に珍しいからちょっとびっくりしたけど、別に嫌ではなかったからそのままにしておいた。ぎゅうっと眉間にしわを寄せて、ときどき苦しそうに息を吐いて、額には汗をにじませたりなんかして、一生懸命でなんだかかわいいなと思った。
 しばらくしたら喉の奥から絞り出すみたいな声を出して、動きがゆっくりになったと思ったら、ばたりとそのままわたしの上に落っこちてきた。体温が高くて、体中が脈打ってるみたいだった。
 大丈夫? と尋ねると、すごい勢いで飛びのいて(トムとジェリーのトムみたいに飛び上がっていた)、ごめん、ごめんなさい、って何回も謝られた。声も体もがたがた震えていてかわいそうだったから、近づいて抱きしめたら泣き出してしまった。

2ヶ月前 No.8

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

この投稿はフィルタされています。表示するにはアカウントにログインして下さい。

2ヶ月前 No.9

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

 夢の中で鳥を飼っていた。いや、鳥なのか魚なのか、正直なところはっきりしない。

 たぶん、最初は魚だった。空中をゆらゆら泳ぐ、灰色の大きい魚。シーラカンスに似ていた。ひどい嵐のあと、恐る恐る開いた窓の隙間から、するりと部屋に入ってきた。
 しばらく部屋の中を泳いでいるのをぼんやり眺めていたんだけど、突然ハッと気が付いた。この子、もしかして、早いところ水の中に入れてあげないと、いずれ死んでしまうんじゃないだろうか。
 とはいえ金魚よりだいぶ大きい。このサイズの魚を入れられそうな容器、この部屋にはたぶんない。そこで思い当たったのがお風呂の浴槽。お風呂場に向かおうとする。夢の中の狭い6畳のワンルームはひどく散らかっていて、思うように進めない。
 魚がゆっくり近づいてきた。さっきまでは少し遠くを泳いでいたのに。思わず手を伸ばすと、魚は、いや、鳥は、わたしの手のひらに着地した。爪が食い込んで少し痛い。
 そのあとその子はおもむろに魚になって空中を泳いでみたり、鳥になってわたしの手にとまったりして、そんなことを何度か繰り返したあと、やがてくちばしの大きな鳥に変わり、最後には片方の手のひらにすっぽりと収まるサイズの鳥になってしまった。

 あんなにかわいがっていたのに、目を覚ました今、もう名前も思い出せない。

1ヶ月前 No.10

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

 しまった、寝坊した。スマホのディスプレイに表示される時刻は午前11時36分。今日は病院に行く日だ。診察の予約は11時から。
 昨日夜更かししてしまったのが運の尽きだった。眠気はまだ残っている。このまま現実から目を背けて二度寝を決め込んでしまうか、電話をかけて今からでも診察してもらえるか打診するか。しばらく悩んだのち、僕は後者を選んだ。
 そうと決まれば善は急げだ。病院なんて本当は行きたくないから、通院が善かどうかには審議の余地があるが、この際それは置いておこう。起きだして顔を洗う。ついでに寝癖のついた髪も濡らしてぺしゃんこにしてしまう。ドライヤーをかけながら、なんと言って電話をかけるか考える。素直に寝坊しましたと言うべきか、それとも特に理由は延べないでおくか。
 結果、僕は理由を述べずに、未だ自宅にいるということ、今から病院に向かうと午後13時過ぎごろになってしまうことだけを告げた。電話口のお姉さんは冷ややかな声でしばらくお待ちくださいと言って受話器を置いた。
 僕は電話が苦手だ。
 このまま通話終了のボタンをそうっと押して、そのまま二度とあの病院に行かないでおこうかとも思ったが、それを実行する前に、やはりひんやりした声質のお姉さんがお待たせいたしましたと電話口に現れた。
「今回は来てくださって結構ですが、なるべくお早めにいらしてほしいです」
「はい、すみません。……今から一番すぐの電車に乗ったら、病院の最寄り駅に13時過ぎに着くと思います」
「今はご自宅にいらっしゃるのですか?」
「はい」
「わかりました。よろしくお願いします」
 何をどうわかってもらえたのか僕にはわからなかったけれど、とりあえずわかってはもらえたらしい。電話ががしゃんと勢いよく切られる直前、女性の話し声が聞こえたような気がしたけれど、何を言っているかまではわからなかった。

 大急ぎで服を着替えて駅まで早足で歩く。僕の家から駅まではのんびり歩いて8分、急ぎ足で5分、めちゃくちゃ走ると3分だ。家を出る直前にみたデジタルの電波時計が電車の出発時刻の6分前を表示していたから、炎天下の中走らずに済んでいる。
 道路には小さな自転車に乗るちびっこ、ギターを背負った高校生、日傘をさしたおばあさん、スーツの袖をまくったサラリーマン、などなど、今のところあまり僕とは関わりのなさそうな人たちが思い思いに時間を過ごしていた。それらの人々の隙間を縫うように駅を目指す。駅前の信号がちょうど僕が渡ろうとしたタイミングで青に変わったおかげで、電車がやってくる1分前に無事駅のホームにたどり着くことができた。
 電車の中は平日の昼間だというのにぎっちり人が詰まっていた。若い人が多いところをみるに、もう夏休みに入った学校も多いのだろう。学生の頃は夏休みが待ち遠しくてたまらなかったけれど、今こうして見ると突然街に若者がわっと増えるさまは、微笑ましくもあり、少し鬱陶しくもあるなと思った。

 発車します、の声の少し後、電車はゆっくりと走り出した。

 電車の揺れでぐらつきながら、僕は考え始める。
 僕なら、10:1の割合で、完璧に相手が悪くても、絶対に電話をガチャ切りしたりはしないな。
 僕なら、相手が待ち合わせの時間になっても現れなくて、少し後にごめんまだ家にいるんだけど、今から行ってもいい? と電話がかかってきて、それに腹を立てたとしても、露骨に態度に出したりはしないな。
 僕なら、何があっても謝られたら、とりあえず大丈夫だよって言うな。

 まあ、全部僕が悪いから、別にいいんだけど。

 電車が目的の駅に着いた。この駅は終着駅だから、乗客はみんなここで降りる。入口付近に立っていた、赤ん坊が乗っているベビーカーを押しながら3歳ぐらいの男の子の手を引くお母さんが、すみませんすみませんと周りに頭を下げながら降りたのを皮切りに、みんなどうっと降りて行った。

1ヶ月前 No.11

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

「……おれなら深川にするけど」
 カフェチェーンの安っぽいテーブルの向かい側で、何も入れていないアイスコーヒーをストローで吸ったあと、低い声で桑野さんは言った。眉間には皺が寄っている。
「そんなこと言われましても」
 とっさに出た反論の言葉は、べっこう柄のフレーム越しの鋭い眼光に突き刺されてテーブルの真ん中にぽとりと落ちた。何も言えなくなったわたしは、ショートケーキのイチゴをフォークで突き刺す。主役を失った白い土台は、さっきまでとは別物みたいだ。悲しい気持ちになる。イチゴを口に運んだ。すっぱい。
 はあ、と深いため息が聞こえた。
「ほんとにちゃんと考えた?」
 桑野さんは怒っているのではなくて、わたしのことを心配してくれているのだと思う。だって、声が大きくないから。桑野さんが怒るときは真っ先に怒声が飛んでくる。こうやって静かに、諭すみたいな言い方をするときは、たいていわたしが間違っているときだ。でも今回ばかりはわたしも後には引けない。
「考えました。ほんとに。ずっと考えて」
「わっかんねえなあ。ちゃんと考えてその答え出るのがわかんねえよ」
 からん、アイスコーヒーの氷が音を立てて崩れた。ちらりと手元の時計を見た桑野さんは、そのままアイスコーヒーを取り上げて勢いよく飲む。もうすぐ桑野さんは行かないといけない。濃い茶色だったグラスが、どんどん透明になっていく。
「……今はわかんなくてもいいです」
「わからせてくれんの、いつか」
 とんっと空っぽになったグラスをコースターの上に置く。衝撃でまた氷が音を立てる。からん。
「はい」
 桑野さんの視線に負けじとわたしも前を向く。怖がられることのほうが多いよ、と笑ったときの顔が忘れられない。わたしはこの瞳が好きだ。
 ふ、と桑野さんが息を吐きだす。口元には笑みが浮かんでいるけれど、眉間の皺は相変わらずだ。バカだなって思われている、それでも構わないのだ。
「あーあ、知らねえぞ、おれ」
 テーブルの上に置かれた伝票を持って、桑野さんは立ち上がる。ため息交じりにまた連絡する、言って、伝票と一緒に行ってしまった。
 4番テーブルにはイチゴのなくなったショートケーキとわたしだけが残されている。

1ヶ月前 No.12

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

 ひどく喉が渇く。喉が渇いてたまらない。夜中に何度も目が覚める。そのたびに僕は台所に行き、コップに直接水道水を汲んで飲む。初めのうちは冷蔵庫のミネラルウォーターを飲んでいたけれど、そのうち買うのが追い付かなくなったからやめた。
 ああ、まただ。喉の奥がひりつく。水道の蛇口をひねる。コップになみなみ注がれた水を勢いよく飲み下す。あの赤い炎を飲み込んだ日から、僕はずっと渇きに苦しめられている。

1ヶ月前 No.13

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

 あむちゃんと言えば、じょうろ。
 園芸好きだかなんだか知らないけど、あの子はいつもじょうろを持って庭に立っていた。水色のちっちゃいじょうろ。先っちょにいっぱい穴が開いている、シャワーみたいに水が出るタイプのアレ。
 今どきじょうろって。ね。
 ホースとか使えばいいのに。早いよ、そのほうが。何回も水汲みなおしたりしなくていいし。重くないし。
 ってわたしなんかは思うけど、あむちゃんはあむちゃんの信条にのっとってじょうろを使ってるんだろうな。だから余計な口出しはしなかった。
 まあ、正直、あむちゃんがじょうろを使うことで余計な労力と時間を消費してようがしてなかろうが、あんまり関係ないし。ね。

 あむちゃんの愛情が功を奏したのか、あむちゃんの庭には季節ごとに色とりどりの花が咲いていた。実がなってるときもあった。
 うらやましくは、なかったな。負け惜しみとかじゃないよ。あれだけ手間とかかけて、虫退治したりさ、病気の対策したり、それこそ水やりに時間かけたりして、それで得られるものがあれっぽっちじゃ割に合わないなって、わたしなら思っちゃう。あむちゃんは違ったみたいだけど。
 植物が芽を出す度、つぼみができる度、花がほころぶ度にうれしそうな顔をしていた。にこにこして、わたしと目が合ったら、「ほら見て、花が咲いたんだよ」って見せてくれたりもしたな。
 そのたびにわたしはすごいなって思った。嫌味じゃないよ。本当だよ。
 あむちゃんの根気も、ちゃんとそれにこたえる植物たちもえらいなって思った。立派だよ。ほんとに。ね。

 そんなあむちゃんの庭も、あむちゃんがいなくなってからは見事に朽ちてしまった。
 そりゃあ、あむちゃんの庭じゃなくなったから、仕方ないんだけどさ。それにしたって、植物ってもともと野生のやつもあるはずなのに、こんな、そろいもそろって枯れること、ある? ってぐらい。一斉に。ぜえんぶ枯れて、茶色になってしまった。見る影もないって、このこと。兵どもが夢のあと。ちょっと違う? まいっか。
 現金だなあって思った。あむちゃんのあったかくて優しい庇護下じゃないと、植物、全然育たないじゃん。
 わたし、何もしてなかったわけじゃないよ。そりゃ、あむちゃんみたいにていねいにじょうろでお水あげてたわけじゃないけど、ホースでびゃーっと撒いただけだけどさ。それじゃ駄目だった。駄目だったんだよね。

 あーあ、あむちゃん、帰ってきてくれないかな。
 もう夏だよ、あむちゃん。ひまわり、咲いてないよ。あさがおのつるも伸びてないし。きゅうりもトマトも枯れちゃったよ。なすも。ねえあむちゃん。

:あむちゃんのじょうろ

1ヶ月前 No.14

ぽち @ebpi9 ★eneRcsjoQX_keJ

 歌でもうたうか、と思ったけれど、深夜だからやめておいた。夜中の2時。
 好きなネット配信者の配信を聴いていたらこんな時間だ。明日は日曜だから休みだけれど、夜更かしなんて百害あって一利なし、いや、この甘美さを一利としても、弊害が多すぎてよくない。夜更かしするやつは早死にするってばあちゃんが言ってたし。
 とはいえあんまりうまく眠れそうもないことも事実。
 前髪が伸びてきて鬱陶しい。早く切りたいけど、自分でうまく切れる自信もない。散髪しに行くのもだるい。毎日暑いし。今年の夏は冷夏になるなんて春先には言われていたけど、もう一体誰が言ったのかも思い出せないけど、今年の夏もばっちり例年通り暑い。暑い。
 ああ、部屋が散らかっているな。
 部屋を片付けたいとはずっと思ってるんだけど、なかなかそこまでたどり着けない。部屋を片付けられそうなぐらい元気なときはたいていほかのことをしないといけない。部屋を片付けようと思ったときにはへとへとだ。人生ってうまくいかない。
 窓の外では起きる時間を間違えたバカなセミがでかい声で鳴いている。

1ヶ月前 No.15
ページ: 1

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる