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鯨に抱かれたい。

 ( 書き捨て!小説 )
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花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh





 人間の感情って全部死ぬほど面倒くさいくせに、愛だの恋だの何だの結局のところ求めちゃってんだから笑ってくれよ。



 かぎらぴす

1年前 No.0
ページ: 1 2

 
 
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花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh

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1年前 No.12

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh





 殺したのは、宇宙そのもの。殺しきれなかったのは、たった一人。あなただけ。

 ナイフで切り刻んでも、ハンマーで殴り続けても、弾丸の雨を降り注いでも、原型がなくなるまで酸で溶かしても、海の底に閉じ込めても、何をしても、わたしの心に居座るあなたは私を苦しめ続けているの。

 宇宙、こころ。ひとつの世界。

 あなた、いつから、世界を片隅に追いやったのかしラ、






1年前 No.13

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh





 機体修理施設。無重力空間に設定されているこの場所で、カエサルのダークオレンジの頭部に寄り添う。おれのカエサルの機体に傷が付いた。目立たない傷だし塗装が少し削れただけではあるけど、きっと他のメンバーなら機体に傷をつけたりしないのに。単騎出陣はダビデに比べれば少ないけど、オールマイティに動けるおれのカエサルだってそれなりに多い。それは実力を上層部に買われているからであって、その戦績はおれの評価にも繋がる。カエサルのパイロットを降ろされるとは思っていないが、付き合って二年目のカエサルに悪評価がつくのだけは避けたかった。輝かしい一期生、英雄の目覚めにさえも傷をつけてしまう失態に反省が止まらない。

「……ごめんな」
「きみはいつも謝るんだね」

 こつり、頬に額をぶつけて押し付けていれば突然背後から声がかかる。穏やかで低い声が誰のものか振り向かなくてもわかる。今日も無傷で成果を上げたアーサーのパイロット、オリヴァーさんだ。

「おれの力不足ですから。カエサルは、いつも強いのに。おれが弱くて、迷惑をかけてる」
「カエサルは多くのことに長けている分、その能力を引き出すのは難しいと言われているだろう。きみは誰よりもカエサルに尽くしているし、カエサルもきみに応えていると思うけれど」
「何かあって傷付くのはこいつですから。おれは、カエサルも守りたい。そのためにはもっと頑張らないとって、」
「そうしてきみが傷付くのなら、私は賛成しない」

 はっきりとした声が施設に響く。肩を掴まれて強引に振り向かされれば怒ったようなオリヴァーさんの顔が白い灯りに照らされて影を濃く作っていて、迫力があった。今の会話のどこに怒られる要素があったのかわからなくて、おれは戸惑ってしまう。肩を掴む力は強いし、射抜く眼差しは鋭くて体が固まった。

「オリ、ヴァーさん?」
「気に入らない。きみのその、カエサルへの献身、まるで供物かのように事故を犠牲にする精神。パイロットは道具ではない。それがわからないのか」
「……もう平気ですよ。あんたを始めとして、大人はおれを甘やかしてくるから、嫌ってほどわかってます」

 は、と乾いた笑みを浮かべたのもどうやら気に入らないらしい。カエサルから離すように引っ張られて、壁に取り付けられた手摺を掴みながら廊下へと促された。廊下と施設を隔てるヴェールを抜ければ、無重力は消えておれもオリヴァーさんも床に足がつく。今日の単騎出陣は長くて、自分という体がカエサルと一体化してなくなってしまったように感じていたけれど、こうして誰かの温もりに触れているとおれはここにいるんだ、って確認することが出来る。
 肩を掴んでいるオリヴァーさんの手に自分の手を重ねて、彼を見上げた。おれの言葉を待つように静かな表情は既に怒気が収まっているようだった。

「今日……」
「今日?」
「あんたの部屋で、寝ていいですか」
「私の?」
「そう。きっとひとりだと、どうしてもカエサルが気になってここまで来ちゃうから。見張っててください」

 そういうことなら、とオリヴァーさんはすぐに快諾してくれた。おれの手を取り、手を引かれて歩く。戦闘で疲れたからベッドに潜ればすぐに寝てしまうだろうが、今はオリヴァーさんの傍にいたいとどうしてか思ってしまった。

1年前 No.14

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh




「ルエ・ミールブレイ」
「っは、い。リデンジャー教官、あの、えっ、なんでここに……」
「教え子の様子を見に来るのが、そんなにおかしいことか?」

 リデンジャー教官。赤茶の髪をオールバックにして、眉間に刻まれた深い皺は迫力を醸し出している。瞳は眼光の強い黄金、おれよりも二回り三回りくらい大きな体で目の前に立たれると威圧感で座り込みそうになる。
 おれの研究生時代の教官、レガルト・リデンジャー。上位貴族出身でありながら騎士の位を持ち、武道を極めたすごい人。だけど、おれにとっては怖い人という印象が強く、教え子の様子を見に来るだって元教官としてはおかしなことではないけれど、できることなら会いたくはなかった。ひたすら、怖い。
 しかも間が悪いことに、昼飯のエネルギーゼリーを吸っているところに現れるものだから、半透明のパックを隠すことができず食生活がばれてしまった。

「ルエ・ミールブレイ、貴様はまだそんなものを飲んでいるのか」
「は、はは……。ちょっと、時間がなくて。おれ、これから出陣なんです。あんまり食べるとしんどいし」
「軟弱な。それでよくカエサルに乗れるものだ」
「乗ったあとは割とへとへとですけどね」
「……この、細い腕ではな」

 飲み終わったパックを揺らしながら教官から視線を逸らしていると、腕を掴まれた。大きな手におれの腕は余りすぎて、強く掴むことすら難しそう。おれの肌より男らしい焼けた色、筋張っていて指も太い。教官はいつもおれに言っていた。大きくなれ、男らしくあれ、強くあれ、と。怖い怖いと思いはするけど、嫌いなわけではない。男らしいこの人に憧れる気持ちもちゃんとある。だから、変な恥ずかしさがこみ上げてきてじわりと頬が熱くなった。教官が何も言わずおれを見るのも居心地が悪い。

「あ、の、教官。おれの腕が細いってのは、前々から言われててわかってますから……」

 はなしてください、というのは遠慮して言えずただ目で訴える。そんなはっきりと言えない自分が女々しくて余計に恥ずかしくなった。こういうところもきっと教官からすれば気に入らないだろうに。うぐ、と言葉に詰まりながら軽く腕を引いてみるけど引き剥せるはずもなく。その力の差にもどきりとする。同性に対してときめいている、と認めたくない。

「きょ、教官、リデンジャーきょうか、」
「ルエに何をしている」
「ぉひえっ」

 お、オリヴァーさん今来ちゃう……?

1年前 No.15

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「彼が『Re:Danger(繰り返される危険)』?」
「知ってるんですね、教官のこと。でもリ・デンジャーって呼ぶと怒りますからね。リデンジャー教官、呼んだ感じで気付きますから」
「興味深いな」
「ちょ、本当にやめてください……。さっきだってギスギスして終わっちゃって、教官忙しい人だからたぶん無理しておれに会いに来てくれたんです。それなのに、なんで会いに来たのかもわからないままだし」
「私のせいだと?」
「そんなこと言ってませんけど」



 レガルト・リデンジャー/極北のRe:Danger
 貴族でありながら若い頃に騎士団に入団。その後剣の才能に目覚め、かつ努力を怠らなかったため騎士の称号を得た五人のうちの一人。ルエ・ミールブレイがパイロットになる前、研修生だったときの教官。


1年前 No.16

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 新崎(しんざき)
 タチの悪い奇抜な隠れ美人。ナチュラルメイクでも十分整った顔をしているが、アイシャドウはネイビーで濃く描き色素の薄い茶の瞳の淡さをより際立たせ、チークは肌の白さを邪魔しないオレンジ、唇にはライトグリーンの特注のリップ。派手な顔面。素顔は誰も知らない。
 服装はタンクトップに白のダメージジーンズ。黒のハイカットスニーカー。たまに蛍光ピンクのラインが入った黒のパーカーを羽織る。両方の二の腕なトライバル、尾骨に鎖に絡まった羽のタトゥー。キスマークをつけるのがすき。
「素顔が見たい? すっぴんってこと? へえ、生意気。でもそういうやる気に満ちてる感じ可愛いから好きだよ。もし俺のすっぴん見たら、殺してやるけど」「化粧って俺の装備みたいなもんだから。あんたがジャケットの内側に拳銃隠してんのと同じようなもん。これがないと戦えない、ってやつ」「シンザキ。新しいに山へんの崎で、新崎。楽しいことが大好きなただの美人って覚えといて」「――……はい、ついた。俺のっていうキスマーク。これが消えるまでは、せめて、俺のものでいて」




 獅堂 紅緒(しどう べにお)
 謎の男新崎を拾ったやべえ奴。元々は下っ端の奴のシャツにライトグリーンのキスマークが付いているのを発見して、そんなリップ付けとるやつがおるんかいとかいう興味で見に行ったらどストライク心臓撃ち抜かれた。外堀から埋めて囲い中。表ヅラの良さはSS、性根は腐っている。妻が若い衆の寝たので別れてソープに沈めたこともある。息子が二人いるが、血液検査をするまでもなく自分にそっくりなので家に置いている。
 目元に少し皺が見えるが渋みと厳つさのある男の色気を滲ませるチャームポイント。肉体も衰えず未だ筋肉は張りがある。黒髪をオールバックにしており、切れ長の目は眼光鋭いくせに意識的に目を細めシャープな銀縁のメガネをかけることで外面をよく見せている。脱げば凄いタイプなのでスーツを着ればやばさは隠れる。
 尾骨のタトゥーはこの人が入れさせた。睡眠薬盛って縛って筋弛緩剤と鎮静剤を組み合わせて何日も通わせた。わりと目的のためには手段を選ばないタイプ。頭脳派に見えて、強引に事を進める。そしてそれが失敗しないのでやばい。
「自由気ままでわがままなあなたも好きだが、俺としてはもっと従順で淫らに俺を求める姿を見てみたい。――と言うことで媚薬を盛ってみたが、どうだろうか」「新崎、外に出る時は俺に言えと何度教えたらわかる? あまり好き勝手されると、お前に優しくできなくなる」「ひどいな、ずるい、卑怯だ。俺ばかり焦がれて、傷ついて、あなたが欲しくて堪らない。そんなのは嫌だ、頼むから、あなたも傷ついてくれ。綺麗なままでいられると、誰かに奪われそうでこわい」




1年前 No.17

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「随分大きくなったな」

 インターホンを押したあと、しばらくして玄関を開けてくれたその人が僕を見て言ったこと。咥え煙草に、ぼさぼさの髪。目付きの悪さも変わっていない。けれど身長が伸びた僕を見上げる上目遣いだけが違っていた。
 背中をさんさんと照らすきびしい日差しと、急かすような蝉の音。

「姉さんから話は聞いてる。……入れ」

 叔父さんと過ごす、夏が始まる。



 叔父さん
 職業は小説家。今年で三十路。姉とは血の繋がりはなく、両親が再婚した者同士。しかし仲良しで、甥っ子とも良好な関係を築いている(と思っている)。

 甥っ子
 大学進学と共に上京、生活能力皆無なため夏から叔父の家に住むことになった若々しい十九歳。昔から叔父のことが性的な意味で好き。ファーストキスは小学五年生の頃、寝ている叔父にそっと。母親の勧めで叔父と住むことになったが、本当は家事くらいできる。叔父と住むことを勧めてくれないかなーという下心の元演技をし、見事勝った。



1年前 No.18

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1年前 No.19

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 世界の国境線はたったひとつ。東と西に分ける直線のみ。喧嘩をしてたり戦争してたりする訳では無い。ただ、関わる必要性がなかったどけ。でも鬼/ファントムに互いに被害にあってるわけだし協力したらいいんじゃないかなーーということで国境付近の軍本部に鬼/ファントム対策委員みたいなやつを作って協力し合う。でも、国境付近に本部あるんだから、互いに牽制してたのかもね。

東側
木材を中心とした家屋が立ち並ぶ。簡単に言えば和風だったり中華風だったり。自軍を東軍と称し、西側を西軍と呼ぶ。敵を『鬼』と呼ぶ。軍服は黒、部隊別のタイとダブルボタンのロングコート。物理攻撃めちゃくちゃ強い。魔術云々に理解はあるが、あんまり得意じゃない。

西側
煉瓦を中心とした家屋が立ち並ぶ。簡単に言えば西洋風。アメリカンなスタイルも此方より。自軍をナイト(騎士)、東側をサムライ(武士)と呼び、敵をファントム(亡霊)と呼ぶ。軍服は白。部隊別のマントを羽織り、パイピングもそれぞれ。太い黒のベルトを締めている。魔術云々に強い。別に腕っ節が弱いという訳では無いが、脳筋より本の虫が多い。


鬼/ファントム
人間を害する何か。それは時に動物の形を、時には植物の形を、あるいは人間の形をして襲いかかってくる。目的は不明だが、人間を捕食する姿が目撃されている。物理攻撃は有効。しかし耐久性は高いし攻撃力も高いため、訓練を積まなければ太刀打ちできない。意思を持つというよりは、意志を持ったなにかに操られている雰囲気。たまに人語を喋る個体もいるが、殆どうわーうあー。理性はない。本能のみ。多数で出現することはあっても、連携はしない。しかしこれから先、どのように変化するか不明。
 人間の形をしていても、雰囲気で判別可能。現段階では。











1年前 No.20

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1年前 No.21

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「おおかみちゃんってば、本当にかわいいんだから。アタシ、ひつじなのにお腹が擽られる心地だわ。おかしいったらありゃしないわね、けれどこんなミステリーだってアタシ、ダイスキなの」「アタシは陸の一組、ひつじちゃんよ。かわいさだけが取り柄なの。チョコレートと生クリーム、ハチミツとメィプルシロップの塊、それがアタシってレディなの。――きょとんとした顔、かわいいわ。食べちゃいたい」
 白いショートの天パ、巻いた角。金色の目は草食動物と思わせない強い輝きがある。野性的で上位の存在にも物怖じせず、攻撃的である。


「食物連鎖の頂点っていうのもさ、何かと面倒なんだぜ。俺は丸々とした愛らしいアザラシも、空を手にした海鳥も、俺よりでけえクジラも、凶暴なサメさえも、俺は食える。ことこと煮て、じゅうじゅう焼いて、血滴る生肉にかぶりついて、食う。ハハッ、期待してんだろ、食われてえんだろ。平凡な死に方したくなけりゃ、いつでも俺のところに来ればいい」「海の二組、シャチ。面倒臭がりの肉食。でもいい、かってにエサはやってくる。脅せばいいんだ。食われたくなけりゃ、他のやつ連れてこい、ってな」
 黒と白のツートンカラー、オールバック。表面は黒、内側は白。オールバックにすると丁度いい塩梅。青の目に赤の瞳孔。視力は良くないが鼻が利く。ゲス野郎。



「生ゴミ全般大好物。食べかけのハンバーガー、容器にこびりついたヨーグルト、腐りかけのケーキ……何も問題ない。笑いたきゃ笑え、惨めだと罵れ。泥水啜って生きたことのないてめえらは、いつかくる世界の終わりに順応出来ず誰よりも早く死ね。長く生き残るのは、僕(しもべ)らみたいな体裁やプライドを持たず、迫害も恐れぬ図太く荒々しい種である」「空の三組、僕、カラス。誇れるのは、同族への愛。高い知能。野でも街でも生きてゆける順応力。仲間の死を悼むこころでさえ、僕らは持っているのだ」
 烏羽色のロングヘアを紫の紐で結んだポニーテール。目の色も一緒、右目は怪我して包帯を巻いてる。ネガティブ、根暗、大人しそうに見えて過激。喧嘩もするが仲間愛が基本強い。一人称は僕(しもべ)。




 見た目は人間、頭脳はアニマル。そんなのがやりたい。血腥くて、獣臭い。人間としての倫理、理性を持たない、ケモノ。
 陸、海、空で組み分け。

1年前 No.22

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh






「せんせー、ひつじちゃんは腹が減りました。ちょっと中庭の草食べてきてもいいですかー」

 挙手、かと思えば発言を許す前に自分勝手なことを言う羊に頭を抱えたくなる。中庭はお前のためのおやつじゃありません、何度言ったか分からないのだがこいつの残念な頭は少しも理解しようとしない。
 深くため息を吐けば目の前に座っている狼が心配するように声をかけてくれた。焦げ茶の尖った耳に唇の隙間から覗く鋭い犬歯は強者を思わせるのに、羊がおおかみちゃん、と呼べば途端にぺたりと耳が垂れる。決して大きい声ではないのに、ざわざわ雑談に満ちたクラス内が一瞬で静かになるほどには凄みを含んでいた。呼ばれた本人は、両手を組み合わせて背後から突き刺す視線に涙まで浮かべている。本来なら立場は逆なはずだが、狼は存外用心深く、別の言い方をするならば臆病なのだ。

「おおかみちゃん、キミを食べちゃったってアタシは構わないのよ。そりゃあ正真正銘、どこからどう見たって草食のこのアタシ。腹を何日か壊すだろうし下手すりゃ死ぬかもしれないけれど、そんなの些細なことだわ。切り刻んでダイスキな草でデコレーションしてしまいたい、そんな食欲をいつも我慢してるのに、そんな昆虫に視線を向けて言葉を紡ぐというのなら、堪忍袋の緒が切れちゃいそう」

 金の目を細めて、肉食動物を脅すこの羊。羊の皮を被っているだけで、本当は別の動物なんじゃないかと疑っている。教師のことを昆虫と呼びやがるこの似非草食動物より、ずっと狼の方が可愛い。贔屓をしては駄目だとは思いつつ、狼を庇うため羊を叱ろうとしたところで椅子の足が床を滑る音がした。怒った顔で羊を見ていたからそいつの背後から白く艶かしい手が伸びてきて、絡みつくように首に回る仕草の一部始終が目に焼き付く。
 肩口から覗いた瞳は金色。羊と同じだが、羊の目が太陽のような絢爛とした金とするなら、あいつの目は月のような静謐とした金。白の天パとは対照的な白のさらさらのストレートへア、後ろに向かって湾曲した角。――非常に面倒くさい、山羊だ。

「見ろよ羊ちゃん。あの昆虫、お前に何か言いたそうだぞ」

 笑いながら俺を見る目は、完全に面白がっている。羊と山羊、最悪な組み合わせ。しかしあいつらからすれば最高の組み合わせなんだろう。

「なあ、真正面から羊ちゃんとぶつかってみろよ狼ちゃん」
「そうよ、アタシなんて所詮草食動物、臆病なひつじなんだから。キミのほうがずっと強くて上位の存在だってのに、アタシから目を逸らすなんて許せないわ。喧嘩すれば一発で負けるのはアタシ、食われるのはアタシ。四肢が千切れて、臓物荒らされて、首が取れて、血に塗れるアタシ。想像したってなんてことないわね。羊って、死ぬのが怖くないのよ」

 ねえ、先生。なぜだかわかるかしら。急に振られて、ふたつの金の目と涙の膜が張った狼に見上げられて、言葉に詰まる。俺が知るはずないだろうに、わざと聞いてくるあたり性格の悪さが窺える。あやしい雰囲気を醸し出しながら、白いふたりが寄り添って笑う。

「古来より神の生贄として捧げられたアタシたちは、死は恐れるなんて馬鹿なことはしない」
「山羊の生き血は、尊き神に捧げる神聖な供物。死に絶え、土となる他の種には理解出来んだろうがね」

 けれど、と続けるふたりは、悪を潜めて笑うのだ。この表情は初めて見る。ひつじも、やぎも、殺されるのが当たり前みたいな概念があるのかと変なところで感心してしまう。

 狼は未だ怯えていた。なるほど、死を恐れるこいつからすれば、やつらは未知の存在に近いのか。わけのわからないものを本能的に恐れるのは、野性ゆえか。俺が羊と山羊から視線を逸らしたのが気に食わないのか、奴らは俺を呼んだ。おいクワガタ、と教師に対するものとは思えない口調だったが、所詮俺もお飾りの教職。怒ることはしない。

「アタシは、スケープゴートになるのだけは嫌なの。どうせなら死にたいわ。他者の罪なんて背負いたくないし、償いたくない。アザゼルでさえも食い殺してやりたいの。羊肉になるほうがまだマシだと思うくらい、キライなの」
「羊肉になるなんて、悲しいことを言うなよ。悲しくて悲しくて、オレはどうしたらいいかわからなくなる」

 情報過多、スケープゴート? アザゼル? なんだそれ、知らん。


 俺はここで、とうとう頭を抱えた。

1年前 No.23

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「死にたきゃ死ねよ、死にたがりの羊(サクリファイス)が」
「だ、だめよカラス。聞こえてしまうわ! ああどうしよう、きっと今にあの角で刺し殺されるわ、飛べるかしら、上手に飛べるかしら……! うぅ、嫌だわ。草にデコレーションされて食べられちゃうなんてっ」
「うるさい、すずめ。……米粒食うしか脳のないてめえなんか、あの羊が食べるわけないだろう」

 すれ違った陸のクラス、狂った金色は目に余る。僕には理解できない、上位存在に喧嘩を売る本能に逆らった行動はとんだ死にたがりにしか見えず素直な言葉が口をつく。隣に並んでいた小さなすずめには聞こえたようで、顔をさっと青くして翼を動かすのが煩わしくてつい厳しい言葉を吐いてしまう。同族しか愛せない僕、けれどまあ同じクラスのよしみとして少しくらいの情はある。突き放すばかりの昔とは違い
今では変な間があくものの生温い言葉が吐けるようになった。

「でも、でも、怖いわ。あんなふうに羊さんにされたら、下位存在が上位存在を舐めてるなんて噂がたったら、私たちも危ないじゃない。そのうち言われのないやっかみを受けて、鷲や鷹や梟の爪の餌食になってしまいそう」

 丸々としたすずめなんかは、きっといい餌だろうな。そう言おうとしたが踏み止まる。今でさえうるさいこいつが、もっとうるさくなるのは分かりきったことだ。
 三組に着けばすずめはやっと口を閉じた。小さい鳥から、猛禽類と呼ばれる上位の鳥まで。遅刻してきた僕らは注目を浴びるが、これにはわけがあるのだから堂々としていればいい。すずめのように下手に動揺すれば余計に立場が危うくなる。
 担任の蟷螂が、手の甲に生えた鋭い鎌を僕らに向ける。眦の釣り上がった目が無言で責め立てるが、高い知能を持つ僕に脅しなど利きはしない。

「つばめが怪我をした、ゆえに僕らが運んだ。これは正当な理由にあたるだろう。まさかクラスの担任が、クラスメイトを放っておけと言うつもりか?」

 担任は黙った。そのまま手を下ろし、顎で席を示される。僕は形だけの礼をして席に戻ろうとするが、すずめは怯えて動けないらしい。ほうっておくことも出来る。しかし今さっきこの口でクラスメイト云々言った身としては、周囲に矛盾を与えさせることになるだろう。それが後々身を滅ぼすことになるかもしれないと危惧しては、すずめの手を取った。

「っ、カラスさん! ンなやつほっときゃいいじゃないっすか!」

 吠えたのは鳶だった。握った手から怯えが伝わってくる。僕がすずめの手を引き席まで連れていけば済む問題を悪化させた因子に目を向ければ、鳶色の羽を威嚇するように広げてすずめを指さす奴が目に入る。目をぎらつかせ殺気立つのが理解できない。

「いっつもカラスさんの後ろついてって、弱いし馬鹿だし役に立たないじゃないですか!」
「弱くて馬鹿で役立たずなのはてめえも一緒だろうが。僕からすれば、何も変わらない」
「それでもおれは気に食わない。めそめそして、カラスさんに助けてもらおうって気がして! おれは少なくともカラスさんの迷惑になるようなことはしねえ!」
「そんなことは僕に関係ない。迷惑になるようなことをしていても、していなくても、同種以外の存在は存在だけで邪魔で迷惑だ」

 言い過ぎたとも思ったが本音だ。事実だ。同種以外は滅べばいい。ああこんな思考回路の渦、知能の高い僕に相応しくない。
 脳に響く雑音を振り払うように、すずめの手を払う。そのまま席に向かった僕には、鳶の顔も、すずめの顔も知らない。

 興味はない、少しも。僕は同種を愛す種なのだから、他種には微塵の情もないのだ。




 創作めちゃくちゃしたいけど来る頻度低過ぎてなんにも参加出来そうにないのがつらみ。ハンバーガー貪り食うしかない。だがそろそろプライベートと仕事の区切り的なものがつき始めたのでもっときたい(わがまま)。

1年前 No.24

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1年前 No.25

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「ニーハオ! 起きる時間よ、ナマケモノさん! 遊んでくんなきゃ机の上に置きっぱなしの原稿、ぐっちゃぐちゃのびりびりにしちゃうんだから!」「ううん、んーっ。いやよいやよ、筆置いて、ボクを見て! 遊んで遊んで遊んで遊んで、遊んでくれないと噛み付くよ!」
 甘えた盛りのパンダ。自己中心的、可愛さは自覚済み。ナマケモノ大好き。文豪のナマケモノの助手。



「せ、せんせえ! なんであたしのこと置いていくんだよ。あたしが使えないからか、泳ぐのはせんせえみたいに早くはないけど頑張ってるんだ。そのうちちゃんとせんせえに着いて……り、陸に上がらないでくれ! せんせえ、せんせえ!」「あたしは嫌われ者なんだ。みんな離れてく、だって気持ち悪いだろ。こんな、何本も足あってさ。でもせんせえはあたしを嫌わない。せんせえは、優しいんだ」
 たこ。タコ足がコンプレックスなたこ。うにょうにょ歩くこともできるけど、二足歩行で下手くそに歩く。せんせえ(学者なペンギン)についていくために泳ぐのも頑張っている。




「わたくしを守ってくれるの、あの人はいつだって紳士よ。こんなに慕っていても、少しもわたくしを見てくれない冷たいところも含めて愛しているの」「この体朽ちるまで、そばにいたいというのは私のわがまま。飛べなくなったら置いていかれてしまうのはわかっているの。死骸に構うほど暇なひとではないから、……でもそれでいい。うつくしい死に顔だけ覚えていてほしい。腐ったところは、見られたくないもの」
 健気な鶴。マフィアな鶯に心酔。死ぬまでそばにいたいと思っている。





1年前 No.26

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「愛が欲しいとかじゃないの。ただ、散り際を見て欲しいの。あなたに心臓が止まったわたくしを見て欲しい」

 そう話せば、悲しいことを言わないでくれと、何ともない顔で言うあなた。今は視線すら求めない。でも、さいごのさいごには、ほんの一瞥を、手向けに。

1年前 No.27

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「まて、まてまて……っ!」

 サメである俺は、捕食者で強者で上位存在のはずだ。うまそうなやつがいれば強引に掴んで食ったし、喧嘩を売ってくるやつがいれば食った。それなのに、いま、食われそうになっている。友人であるはずのシャチに。
 マズルカバーのとれたシャチはギザギザの歯を俺の首筋に当てて、味見をするように舐めてくる。押し倒してくる力は強くて、マウントも取られてしまっているせいで跳ね除けることが出来ない。幸か不幸か、俺は昨日またマズルカバーを付けられている。口の中を荒らされることは無いが、肌を舐め回されて気分良いはずもない。

「っくそ、落ち着け、落ち着けって! 俺よりもっとうまそうで大人しいやついるだろうが! こうやって言い合うのなんか面倒で嫌いじゃねえのかよ!」
「面倒だよ、すっげえ不快」
「だったら、」
「だから酷くするって、今決めた」

 話が通じねえ、ぎっと睨んだらあいつは笑って、舐めていた肌にとうとう歯を立てた。本当に食われるんじゃないかと恐怖を覚えるけど、少し皮膚に食い込むだけで食いちぎる様子はない。しかし甚振られている感覚に、身が竦む。サメなのに、弱者みたいに縮こまってしまうのが許せなくて悔しくて泣きそうになった。

「……泣くなよ」
「泣いてねえわ! 早くどけろ、てめえまじでシャレになんねえぞ!」
「シャレじゃない。それに、今日は最後までシねえから。味見だけ」
「あ……?」

 ごそ、と服の下にシャチの手が入り込む。もがこうとして、睨まれて、動けなかった。

「うざい。暴れるなよ。味見だけだから、痛いことしないと思うし」
「……っ、あ、触んな、触んな!」
「本番は、これ取れてからな。口ん中、俺でいっぱいにしてやっから」

 マズルカバーの隙間から、指が差し入れられる。俺の口に爪の先が当たるくらいしか届かなくて、俺は噛み付いてやろうと思ったけど結局届かなかった。口を開いたまま、何となくシャチを見たら目が怖かった。

「はやく口に突っ込んでほしいの? は、楽しみだね、一ヶ月後が」


1年前 No.28

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh




「宣誓。僕、御門鳴寿は、二度と遅刻しないことを誓います」
「……」
「はい、反省文書いてきました。もう帰っていい?」

 言い訳ねえだろ、体育祭の選手宣誓じゃねえんだから。四百字詰めの原稿用紙の真ん中に書かれたたった二行の文章。これをもって生徒指導の先生のところに行く俺の身にもなってほしい。クラスの問題児、御門が遅刻した回数が二十回を超えた。その責任が担任の俺にも来た。正直面倒くさい、高校生なんかすべて自業自得なんだから放っておけば良いのに内申を上げて良い大学に行かせようとする上の先生方は許してくれないらしい。
 叱るのも面倒だった。どうせ何を言っても耳に入りはしないだろうし、聞いたところでもう一度反省文を書くような素直な性格じゃない。だがこのままでは俺が上の先生に睨まれることになる。転勤して二年目、そんな状況になることを避けるべく御門にかける言葉を探すがそもそも生徒とのコミュニケーションを苦手としている俺はため息をつくばかりでいい言葉が出てこない。そんな俺を、退屈そうにしていた御門が面白そうに眺めている。

「せんせ、どうしたの。めちゃくちゃ困ってんね?」
「……ああ。困ってる。お前が四百字……せめて、四分の三くらい書いてくれりゃこんなに困らなくて済むんだけどな」
「は、むりむり! 僕、現代文の成績二だったもん。長ったらしく文章書けねえ、つーかシャーペンもそんなに長く持ってられねえ」
「どこのボンボンだよお前は」

 こちらなどお構い無しにからからと笑う相手が段々憎らしくなってくる。本当ならこんな放課後まで残らず、帰って実家から送ってもらった高いビール飲んでAV見て寝る予定だったのに。何が悲しくて生徒と苦手なコミュニケーションを取らなくてはならないのか。教師としての責務だと理解しつつ、ふつふつと湧き上がる苛立ちを隠せない。

「そんなに困ってんなら書き直してあげるよ」

 唐突に、御門が言った。俺は驚いて顔を上げると、口角を上げて目を細め、御門が頬杖をついてこちらを見ていた。原稿用紙を掠め取られ、目の前でそれを破く。

「友達に頭が良いやついるから、そいつにお願いする。もちろん書くのは僕ね。筆跡とかでバレたら面倒だから」
「……急に真面目に、完璧な文章書いたりしたらそれこそ疑われるだろ」
「そこはちゃんとやるよ。僕っぽく、ちょっと頭悪そうにするからさ。安心してよ」

 他人が書いたものって知っておきながら、受け取るのも教師としてはどうかしている。さっきまで無責任なことを考えていたのに、今になって教師としての責任感が顔を出す。ちゃんと自分で書けって怒るべきか、面倒事が解決すると喜ぶべきか。そんな悩みも見透かしているようで、身を乗り出した御門が俺の顔に顔を近づけた。女子に人気だとかいう顔は、近くで見ても肌が綺麗で整った顔立ちだった。

「困った顔、初めて見た。いっつとすました顔でじゃん? だから新鮮。今は何に困ってんの。教師としての葛藤とか? だとしてら相当面倒くさいね」

 馬鹿にされたように笑われて、腹が立つ。顔を引こうとして椅子を後ろにずらすと、同じタイミングで顔を掴まれた。突然のことに疑問符が浮かぶ、動揺を隠せない。生徒が教師にすることじゃないと怒るべきなのに、突然の出来事すぎてうまく状況を理解できない。混乱する俺を他所に、御門はじろじろと不躾に俺の顔を眺めては悪く笑う。

「思ったより面白そう。人間なんだね、せんせーも」

 ぱっと手を離され、可愛いよ、なんて言われる。年下に言われることじゃないと思いつつ、言い返せばまた何か言われそうな気がして黙っておいた。御門はそれだけ言うとカバンを持って教室を出ていく。ドアをくぐるときにばいばいと言われたので適当に手を振っておいた。


1年前 No.29

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「せんせえ、御門を誑し込んだんだって?」
「ンッぶふ!」

 職員室でなんて問題発言をしやがる。俺の机は窓際なせいで、窓を開ければ生徒は簡単に俺と対面することが出来る。去年クラスを受け持った高遠周は常連で、いつもの他愛のない話を半分くらい聞いていようと思ったら初っ端から聞き逃せない話題に飲んでいたコーヒーを吹き出した。テストの採点しようと答案用紙が入ったクリアファイルに散った。そして出席番号一番のやつは申し訳ないことにちょっとシミができた。頑張って誤魔化さなくてはならない。
 それはまた後日、テスト返却までに考えるとして目先の問題は高遠のはなった言葉である。口元を袖で拭って、高遠を見れば爆弾発言をした当の本人は大変爽やかな笑みを浮かべている。

「誰が、誰を、誑し込んだって……?」
「先生が、御門鳴寿を」
「どこ情報だよそれ……」

 御門は俺のクラスの生徒だが、接点は特にない。強いて言えば先日の反省文に関して面談みたいなものをしただけだが。それにしたって脚色された、金魚も真っ青なほど尾ひれのついた話に頭が痛くなる。誑し込んだんだ? 百歩譲って俺が誑し込まれたなら分からなくもないが、俺が誰かを誑かすことが出来はように見えるのか。この凡人な容姿と、やばい性格で。

「ずるいな、いつの間に仲良くなったんだよ」

 高三にもなって拗ねた声が似合うのはどうなんだ。俺よりもずっとコミュニケーション能力がある高いのだから、初対面だろうと話しかけばいい。投げやりにそういえば、ため息をつかれた。

「違うよ、俺はせんせえと仲良くなりたいの。御門に嫉妬してるんだよ」
「……?」
「こんなにストレートに言ってんのに伝わらないって、なんかもうホントにぽんこつだよね」
「よく分からんが馬鹿にされてることは分かった」
「ほら変なとこだけ伝わる。わざと? わざとなの? 狙ってるの?」

 身を乗り出して顔を近づける高遠から距離を取り、背を向けた。後ろでまだ騒いでいるがこいつは一度クールダウンした方がいい。コーヒーのシミの言い訳を考えようとファイルから用紙を取り出そうとして、扉近くに座っている先生に名前を呼ばれた。顔をあげればドアのところに生徒が立っているのがわかる。背後で、御門と仙道だ、と高遠の声がした。眼鏡をかける前だからよく見えなかったが、正体がわかってよかった。聞こえてないふり、顔を上げたが気付かなかったふりをして答案用紙に目線を落とす。忙しそうな様子を見れば引き下がるだろう、と思っていたが俺は甘かった。

 御門は、俺の名前を大きな声で呼んだのだ。驚いて手に取ろうとしたコーヒーカップを落とし、答案用紙は見事にコーヒー色に染まっていた。


1年前 No.30

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 『他人の不幸は蜜の味、』


「あのおじさんさ、たぶん愛されたことがないんだよ」
「あらそんなの、うちの可愛い子だって同じだわ。アタシたち悪魔なんて、愛に飢えた哀れな子に付け入るのが趣味みたいなもんじゃない」





 愛に飢えた人間と、心の隙間に付け入る悪魔。上位悪魔であればあるほど代償は大きいのがセオリー、稀に悪魔の方が人間を気に入って格安で取引をしてくれることもある。契約主は人間であるが、人間が悪魔を傷つけることはいくら下位悪魔であっても難しい。
 悲しみ、憎しみ、恐怖、畏怖、崇拝、寂しさ、虚無等々の感情を好む悪魔が多い。幸せにしてやるよ、との言葉に契約したものの結局不幸になりました、なんてオチはもはやお約束。笑顔にしたい、泣かせたい、もっともっと不幸になってほしいというのはそれぞれ違った形の愛情表現、お気に入りを示している。対等であれば気まぐれに力を貸し、悪魔が上ならば翻弄され、人間が上位に立つことができれば完全な使役として扱き使うことができる。

1年前 No.31

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 『野性に勝てないボクらは、』



「……俺のこと、食べたい?」
「食べたく、ない」
「ウソ。牙出てるよ。ほら、喉も鳴った」

 押し倒されて、服を脱いで、白い肌を晒して、彼の首に手を回して。柔らかいベッドに預けた背がしなれば胸を突き出す格好になり、目の前の愛しい人は瞳孔を開かせて口を半分開いたま動きが止まっている。
 いつも優しく頭を撫でる手は爪が剥き、俺の首に添えられて少し痛い。けれど痛がれば、臆病な彼は俺に触れなくなってしまう。傷がついたっていい、本当はもっと傷をつけてほしいと思ってる。彼から与えられるものなら、月並みな言葉になってしまうけれど、なんだって嬉しくて愛しくて堪らないのだ。

「同じ猫科なのに、俺は、弱いただの猫だから。きみとおんなじベンガルトラだったら、もっと触れ合えたのにね。おんなじものを美味しいって思えて、おんなじように食事ができたのにね」
「猫は、猫のままでいい……。オレが我慢すればいい。本当は離れた方がいいんだろうけど、オレは、それは、嫌なんだ。ごめん、食べたくないって、嘘だ。腹が減る、美味そうに見える、でもオレは、『食べたい好き』じゃなくて、ちゃんと、『愛したい好き』なんだ……」

 頬に垂れた水滴が、彼の涙がよだれか分からない。口にはしないけど、別にいいのに。俺はきっと食べられたとしても幸せだ。
 首に回した手を彼の頬に滑らせると、その手に擦り寄る様子はまさしく猫。こういうところは一緒なのに、上位存在である彼は俺にとって捕食者。

「猫、猫、猫……すきだ。触って、いいか?」
「うん、さわって。舐めて、噛んで、――トラくんの、好きなようにして」

1年前 No.32

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 めちゃくちゃヴィラン案ぽいっと


ヴィロ・ダリス
23歳/女性/ものを潰す能力/自己愛拗らせて世界を憎み、ヒーローを憎み、虚しさから目を背けて自分を正当化することで生きている。
「ヒーローがいてもいなくても、クソみたいなこの世界は最初から救いなんかなかった」「同情すんな! あいつもそうだった。私が必死で抗ってた十何年間の人生を、たった一言、『かわいそう』で済ませたんだ! あ、あ、あんなに屈辱的なことはなかった……!」「ハイ、ミスター。その素敵なお顔、抱き締めてもいい?」
159センチ。両腕の火傷。指がうまく動かないので食べ方が汚い。両手で掴んで食べれるジャンクフードが好き。あと酒とたばこ。赤髪赤目、肌は白いが血色が悪いとも表現出来る。カーキのコートに黒のダメージパンツ。重厚なブーツは足音がよく響く。コードネーム『スカーラット』


アリス・ウィッカー
25歳/女性/重力を操る/自己顕示欲、承認欲求の塊
「女だからどうだの、なんだの、そんなことは聞きたくない。おれはおれだ」「はいはい。そんなに焦んなよオヒメサマ。アリスの右手が空いてて寂しいって言ってんだ。繋いじゃくれねえか?」「ヴィランに見下される気分はどうよ、ヒーローさま。真正面から見てもむかつくが、見下してもむかつく。――はやく這い蹲れよ、虫みてえにさ。そんで、失望されちまえ」
162センチ。スレンダーな体型で中性的。紺色の髪のショートカット。横髪はちょっと耳にかけれる。目の色は金色。一人称「おれ」で言動は基本レディファースト。女性らしくあるより自分らしくありたい。そんな自分を認めてほしいし、ありのままを愛してほしい。白のシャツに黒のパンツをシンプルに、スマートに着こなす。タイは時々。重力を操って壁を歩いたり相手を沈めたり。誰からも認められるヒーローという存在に嫉妬している。コードネーム『アリス』



バーバラ・ルティマ・エレ
18歳/女性/ものを大きくしたり小さくしたりする能力/不可抗力だがヒーローに顔を傷つけられ、そのヒーローを探している
「あたしがバーバラよ。――なあにその顔。あたしを知らないの? は、とんだ田舎者ね」「ごきげんよう、ヒーロー。それで尋ねるのだけれど、あたしの顔に傷を残したのはあなたかしら。違う? でも嘘をついてるかもしれないわよね。あたし、嘘を見抜けないの。だから殺すわ」「あの日から鏡が見れないの。世界一可愛いこの顔を、あたしはきっと二度と見れないわ」
153センチ。成長途中な未成熟ボディ。ハニーミルク色の長い髪をツインテールの縦巻きにしている。瞳の色は紫。ファッションはゴスロリ系。右目の眼帯が特徴的。白い肌にわずかにそばかすが散っている。小さな口にはいつも棒付きキャンディー。芸歴の長いモデルでアイドル。しかし数年前にヒーローの攻撃により右目に傷を負ってしまい、自分の顔を傷つけたことの復讐をしている。武器は拳銃。コードネーム『ノーライト』




ユリアス・ヴァーダー
21歳/男性/筋力上昇能力/ヒーローに憧れて弱いものを助けている行為が過激となり、ヴィランと呼ばれるように
「僕はヒーローなんだ。だから、ヴィランって呼ばないでよ。そんな『悪い子』は倒さなくっちゃ」「負けなかったら、強かったら、格好良かったら、ヒーローってことだろ? もうヒーローって呼ばれるひとはいなくなったわけだし、僕か新しいヒーローになればいいよね」「ねえ大丈夫? あのね、きみをいじめてたやつね、僕が殺したから。――えっ、え? なんで泣くの! えっと、ほら見て! これぜーんぶあいつらの血でね、ちゃんと殺したっていう証拠で……」
168センチ。自分がやってることは正義なのだと信じているある意味では純粋な青年。金色の髪に青い目。外面は好青年だが性格は歪んでいる。白のシャツにサスペンダー付きのブラウンのサルエルパンツ。ヒーローらしさを求めてマント替わりにローブをかぶっているので怪しさ倍増。本人は至って悪気はない。コードネーム『ヒーロー』



ヨハン・クォルト
27歳/男性/血液を操る/ヴィランと呼ばれ続け、ヴィランになるしか道がなかった男
「――命乞いが遅いよ。そもそも、俺をヴィランって呼んで悪いやつにしたのはお前らだろう」「いったた……。やだね、こんな能力。他人の血液なんか汚くて持ち歩きたくないから、自分の血液使うしかないのが俺の能力の難点だ」「よお相棒。調子は? 暇なら献血行ってくれよ。俺の家の近くのとこな。あそこ、俺に輸血してくれる専門店みたいなもんだから」
172センチ。黒髪黒目。ぼさぼさの鳥の巣ヘアで頭の後ろでちょこんと少しだけ結んでいる。耳にも目にも舌にも鎖骨にもへそにもピアス。指には赤のマニキュア。ワインレッドのシャツに黒のパンツ。ベルトと靴は皮。やや潔癖症で小煩い。昔からヴィランと呼ばれ続けてヒーローにも勘違いされて倒されそうになり、そんなこんなでヴィランにならざるを得なかった。コードネーム『レッドキラー』


1年前 No.33

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「せんせ、おれは関係ないです。こいつらが勝手にやったことです」
「テスト週間なのにゲームばっかしとるからこんな目にあうんやで、あほ。――なんやねん、その目。そんな目で見んな。絶対手伝わへん……手伝わへんからな! フリやないぞ!」
「悪い子のおれと、良い子のおれどっちが好きなん? 特別サービス、選ばせたるよ」
志波 ミナト(しば みなと)/十八歳
巻き込まれて誰よりも謝罪をする。悪友二人のとばっちりを受けやすい。



「んがっ、ふあ! あ、あー鼻詰まるわあ! せんせ僕寝てへんから! なんやろなぁ、秋の花粉症やろか。鼻詰まっていびきみたいな変な声出たわあおかしいなあ!」
「んひ、んひひ……っ。あんなあ、せんせにこれプレゼントすんねん。サイダー! めちゃくちゃ振っとるから開けたら面白いでえ」
「あかーん! もう勉強分からへん! 僕一生高校生でおるわ!」/十八歳
影井 シンジ(かげい しんじ)
ばかであほ。楽しいことが好きで嫌なことは後回しにするタイプ。



「はーえらいことしてもうたなあ。んくくっ、まあおもろいからええねんけど。ほら、しっかりしいやー」
「はい、おはようさん。……ちょお待ち、なんや今日スカート短いで。服装検査あんねんから直しときいやー」
「はー死ぬほど笑ったわ! ほんっまあほやな! なあなあ、古典は何点やったん? 現代文は? 赤点何個とったか教えてえや」
小日向 アカル(こひなた あかる)/十八歳
真面目な生徒会長に見せかけて楽しいことが好き。巻き込んでくスタイル。

1年前 No.34

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「……アカル、何持ってんねん」
「これ? 見たらわかるやん」
「だああむかっつく! その言い方が腹立つねん! わかるわ、みたらわかるわ! プレゼントやろおが女子からもらったんやろ! なんやねんピンクのリボンて、こてこてのべたべた過ぎて逆に引くわ!」
「ほお」
「……」
「なんやねん。……え、ほんまになんやのこの変な空気。ミナトも変な顔してどないしたん。いっつもなら僕の味方してくれるやんか。えっ、えっ、こわっ、なに!?」
「このピンクのラッピングしたのも、マドレーヌ作ったんも、ミナトやで。こてこてのべたべたで、シンジは引いとんのかもしれんけど」
「見苦しいもん見せて悪かったな、あほ」
「えっ、ええええ! ちゃう、ちゃうよ、ちゃうよミナト! えっ、やって、えっ! なあなあ僕にはっ!? 僕にはなんでないん!?」
「自分にも渡そうと思っとったわ! せやけどピンクのラッピングは嫌なんやろ!?」
「ちゃうってばーーー!」

1年前 No.35

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「ミナト。何見とんの?」
「今日の夕飯。おかんがおらんから、宅配頼もう思うて」
「えーなんやそれ! 僕んち、滅多なことあらへんとピザとか寿司とか食べれへんのに! なあなあミナトんち行ってもええ!? 僕も宅配ピザ食べたいー!」
「お、ピザに決めたんか? シーフード以外やったらなんでもええで」
「はあ!? なんっでアカルが話に入ってくんのや! しっしっ、今日はミナトとシンジのオールナイトミッドナイトすんのやからどっか行き!」
「なんやその頭悪そうなラジオ番組。アカルは今日俺んちにお泊まりや。シンジも来んの?」
「せやから何で僕には声掛けてくれへんの!? い、いじめやん! ハブや!」
「ミナトが夕飯決める係で俺が自分を探す係やったんや。よお考えればミナトにホイホイされんの待っとくのが賢かったなあ」
「誰がゴキブリやねんアホ!」

1年前 No.36

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「アンジュロティアンデ、そう、わたし――……。いとしい、愛しい、わたしのヒト。ねえ起きて、目を覚まして。あなたのわたしは、ここにいるわ」


 冷たいからだ、動かない心臓。ピタリ、耳を胸にくっつけてみてもひとつも音がしない。

 わたしを愛していると言った言葉は嘘だったのかしら。ねえ、そこに確かに『本物の愛』があるというのなら、心臓が止まっても、わたしの声にこたえて。
 わたしのあなた、どうかそこへ連れて行って。アンジュロティアンデ、あなたのわたし。


1年前 No.37

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「俺の名前さ、よお『まなつ』って間違えられんのやけど、『まなか』って読むんやで! ほんで誕生日は九月生まれで秋生まれ。これ自己紹介から掴みはバッチリいけるやろ? 俺の持ちネタやねん!」
「えっ、せんせーなんで入れてくれへんの! 遅刻じゃないて、ほら見て! 俺の時計まだ五時やもん! ――って普通に壊れとるやないかい!」
「ばあか。俺の大事な焼きそばパンを取られてたまるかい。……あーん、んー美味しいわあ! ンは、羨ましかったら明日はもっと早う走りぃ」


名前:日向 真夏(ひゅうが まなか)


1年前 No.38

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 エヴェリーナ
「神を憎む聖職者……なんて、そんなにおかしいことかしら。私、これでも我慢しているのよ。神のものである自分を殺さないように、あなたを殺せるように、頑張っているの」「私の手の中で、私のものであるまま、枯れてほしい。私だけのものにして、神の元へなんか逝かせはしないわ。……ああ、なんて、傲慢なこと」

「たとえ死んでも、神のみもとには生きたくないわ。ねえ、悪魔さん。――そのときは、あなたが私を連れて、行ってくださいね」




 ルゥ
「ぼくは、ぼくはね、ただ幸せを願ってるんだ。ぼくのじゃないよ。みんなの幸せ。朝起きて、おはようって言うこと。眠る前にキスをすること。ただそんな些細な日常が毎日続くように、願ってるんだ。――……臆病で、弱い僕は、何も戦えやしないけれど」「う、うあ、あ……! かなしい、くやしい、くるしい、そう思うのにどうして涙が出ないの! ねえ、ねえ、ぼくはそんなに酷いやつなの? ねえ悪魔さんこたえて、教えて、ぼくは、ぼくは、!」

「もう、もうやだな。もうやだよ、こんな、ぼく、幸せになりたい。みんなを幸せにしたい。でもだめかな、もう、疲れて、目を開けるのもヤで、何も聞きたくないよ。ごめん、そんなのうそだ。傷つきたくないだけだ、みんなの不幸せや苦痛に、耐えられないだけ……。ぼくの、悪魔。ねえ、遠くに行きたい、な。これが最後のお願いだから――」




「あら、ひどいひとね。アンジュロティアンデのことを悪く言うなんて。わたし、愛のために生きているだけなの。みんなだってニセモノなんか嫌いでしょう? わたしも同じ、あなたと同じ。アンジュロティアンデは、ただ、ホンモノがほしいの。地獄の底に堕ちたって、わたしを求める、愛がほしい」「どうしたらいいのかしら。ねえ、悪魔さん。アンジュロティアンデのあなた、わたしのあなた。あなたの胸にナイフを突き刺して、心臓にキスしたいと思うの。わたしの愛、受け取ってほしいわ」「静寂はきらい。まるでわたし、世界にひとりぼっちみたいだわ。アンジュロティアンデ、アンジュロティアンデ……そう、わたしよ。大丈夫よ、アンジュロティアンデ。このヒトもきっと、すぐに、心臓をまた動かして、名前を呼んでくれるわ。そうして、『愛してる』って、言ってくれるわ。今度こそ、あなたは幸せになれるのよ、アンジュロティアンデ」


 アンジュロティアンデをもう一度使えたら、と思わずにはいられない。殺されるまで終わらない狂気。




1年前 No.39

りひと @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh



 馴染み深い名前が一番やな、



「なあアカル。……アカルってば!」
「うっさ、なんやねん。ミナトと喧嘩したん? 悩まんでもぜーんざ自分のせいやで」
「なんも言うてへんやんか! 僕、絶対謝らん! 今回はミナトのせい、シンジくん悪ない!」
「ほんまに喧嘩……? めんどくさいことすんなよ、めんどくさい」
「聞け! 原因を!」
「へえへえ、なんやねんな」
「ミナトがな、僕んこと好きやないって言うん! 僕とアカルどっちが好きなんや! って聞いて、ぜーったい僕やのに……」
「俺って言うたんか」
「そのふたり選ぶんなら隣のクラスのアホのマナカ選ぶって! あの真夏野郎!」
「なんで俺も振られてんねん。聞きたくなかったわ」

1年前 No.40

りひと @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh

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1年前 No.41

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「ハイ、そこのオニーサン」

 路地裏に響く声は愉悦を孕み、少年らしさが残る音だった。暗がりの奥、まず目に付いたのは弧を描く口元。左の頬の真ん中辺りまでぐっと裂けた口角に安っぽい赤の紐が蝶々結びになっている姿は、人間らしからぬ異様さが見えた。ただ恋人を待つ間に一服しようと路地に背を預けた青年は、その顔の特徴でとある名前が頭に浮かぶ。
 赤混じりの黒の髪、暗闇にいながら爛々と輝くあやしい金色の眼。カジノに通う恋人が関わりたくない奴がいるのだと、買い替えたばかりの端末で写真を見せてくれたその顔が正しく目の前のこの顔ではなかっただろうか。決して高圧的なわけではない。青年よりも小柄な体、コートがズレて見える首や肩も細く華奢で遅いかかれば勝ててしまいそうな印象さえある。

 しかし、ただ笑っているだけなのに漂う言葉に表せない気分の悪さはなんだろうか。恋人にもっと詳しく目の前の男について聞いておけばよかった。彼がなぜ関わりたくないと言われる人物なのか検討がつかない。ひらりと指を揺らし首を軽く傾ける彼に何の反応もしないのも不自然だろうと、青年は煙草を指にはさんでハイ、と笑った。

「……っと、何の用? 俺、恋人待ってるからあんまり時間ないんだけど」
「知ってる。待ってんのはエミリーだろ? アンタのスウィート、ここに来ないぜ」

 距離を詰められる。金色が目と鼻の先にあって、彼の手は青年の胸元に添えられている。やんわりと壁に追い詰められ、青年は持っていた煙草を落とした。その先には、白い彼の腕がある。声が出るよりも先に焦げた匂いが路地裏にあがった。煙草の小さな灯火が、彼の腕を焼いたのだ。青年は驚いて目を見開いたが、当の本人はといえば瞬きをして焦げたその箇所を見ている。ひ、ひ、と引きつった声は青年の喉から出るもので、彼は身に起きたことがやっと理解できたのか焦げた腕を上下に振ってみせる。そんなことで治る火傷ではないが、不思議と彼は口元の笑みを崩さない。まるで痛みを感じていないように、喜んでいるように。

「――は、あっちい。なに。オレが言うこと分かってる感じ? ま、あのクソ女と付き合えてんだから、アンタもアタマおかしいのか」

 嘲笑を浴びせられる謂れも、頭がおかしいと言われる謂れもない。しかし彼の言葉で青年は徐々にこの状況を理解できつつあった。どうやら、恋人のエミリーが関係しているらしい。心臓に添えられた手は決して強く圧迫しているわけではないのに、少しずつ呼吸が苦しくなる。そんな中でも青年は声を出した。エミリーがどうかしたのか、と。ギャンブルにだらしないところがある恋人を怒り、時には金を貸すことさえあった。関わりたくない奴と関わってしまうほど、ギャンブルで何かあったのではないだろうか。そんな青年の考察は当たっていた。現実は青年が考えるよりもっと酷だが。

「あの女、オレに負けたくせに金を払わねえんだよ。オレだってあっちこっちに金借りてるもんだから、払ってくれねえと困るわけ。でもエミリーだけじゃ足りねえ……まだ足りねえんだよ。つーわけで、エミリーがアンタを教えてくれた。なァ、優しいダァーリン。エミリーのためなら何だってするだろ? それがアイってもんなんだからさ」

 だんだんと近付く蠱惑な金色。青年は目を逸らせず、声も出せず、指先ひとつ動かせず、肘にちくりと注射針を刺されるまで大人しくするしかなかった。ポンプの中の液体が血管に乱入する際の痛みに、涙が滲む。霞む脳内で、死にたくないと本能が叫んだ。

「グッナイ、向こうでエミリーが待ってるぜ」

 そう、ドギー、ドギーだ。カジノを荒らすクソ犬。恋人の口から憎々しげに漏れたその名前を思い出したところで、青年に抗う術はなく地面に転がる煙草を最後に意識を落とした。








「はい、この男のナカも売ればオレの借金とりあえず返せるんじゃね? あーよかったあ」

1年前 No.42

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 ステージを照らす光は煌々と。丸い舞台を囲む観客は騒ぐ者もいれば蛇のような目でただ獲物を舐る者もいた。窓がひとつもないこの箱の中は人工の光に満ち、入れ替わるステージ上の商品をより魅惑的に照らしている。

 舞台の真ん中を通る一本の道を、裸足の男が歩く。中心に向かうその足取りは軽く、金色の目は悠然と客席を見回しては手を振る余裕さえ見せていた。会場全体を揺らすような音楽を無視して、男は乱雑にコートを脱いだ。黒のタンクトップ一枚、カーゴパンツ一枚。あと身につけているものといえば、髪を結ぶゴムと口を彩る赤い紐のみである。
 中心に立つと、男は猫のように目を細めた。指先でタンクトップの裾を引っ掛け、カーゴパンツをずらして下着をほんの少し露わにする。脱ぐ、と思わせて指を離し、両腕を大きく上にあげ背を反らした。手首から肘、肘から脇のくぼみ、照明に照らされると髪やタンクトップの黒に映える肌の白さが艶めかしくひとの目に映る。
 宙に紙が舞う。硬貨をばらまく人間はこの場にいない。悪趣味な趣味を持つ、汚い金を持った一部の層が集まっているため床で踏み躙られる額は相当なものになるだろう。男の目にはその紙しか入っていなかった。さいっこう、と蕩けた目で呟く。音楽にかき消されたその声は届かないが、舌舐めずりは周囲に届いたらしく一際金が宙を踊った。
 気を良くした男はタンクトップを一気に脱いだ。鎖が巻きついた首筋を撫で、背を反らしたせいで突き出た胸元に、ゆうっくり指を滑らせる。女とは違う、小さい胸の先の形が変わるほど抓ればあっという間に赤く充血し、微かに肌が赤く染まった。はあ、と息をつき観客の盛り上がりを見れば指を離し、口に運んではその指を舐った。舌を出し、とある行為を連想させるように。男は舞台で四つん這いとなり、胸から上を床にべったりと付けては腰だけを上げた状態で再度カーゴパンツに手をかける。

「こーいうのが好きなんだろうが、クソ変態ども」

 口元は床に近いため、客には見えないだろう。舞台上にまで、ひらりと札が舞い込んでくる。それを目にすれば男は迷いなく、腕を下げた。耳に届く歓声と、音楽がうるさい。マナーのなっていない客は次々に舞台に手を伸ばした。投げ捨てた衣服が舞台から姿を消していくのを横目に、男は脱いだものを手にして片目を閉じる。
 白い舞台に乗り上がろうとする男の手を踏みつけたのはパフォーマンスであって、少しも力が入っていない。手を踏まれた客からは、男はの足の爪先、脛、膝からその先まで見えるだろう。否、男は見せている。

「ねェ。このズボンと、今、オレが唯一履いてるコレ。……アンタならいくらで買う? おっさん」

 左の太股をぐるりと巡る鎖のタトゥー。そこを撫でる指先が、下着の裾に引っ掛かる。

「ンは。オレは高いぜ。こんなクソみてえなトコで脱いで、サービスしてやるんだから金はずめよ」

1年前 No.43

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 # こんな宝石になった理由

「ヴィダ。おれは、あの暗闇に遺されたなみだの色」


 ヴィダ/青空の下で揺れる制服は、流れる涙よりずっと濃く深く、感情のすべてを覆い隠すようなダークネイビーに揺れていた。

 長いダークネイビーカラーの髪を三つ編みにしており、黒百合の造花でこめかみを飾っている。前髪はぱっつん。まなじりが尖った切れ長の瞳も髪と同じカラーリングだが、瞳孔は赤い。黒の丸渕眼鏡の奥ではまばたきをする度に星が散るように欠片が散らばる。眼鏡のレンズにこつりと当たるのが煩わしいらしい。セーラー服をモチーフにしたAラインのワンピース。黒い生地に特徴的な白襟、白のタイ、裾に白のライン。ノースリーブで上腕から指先にかけて黒の手袋をしている。裾から覗くのは黒のショートパンツ。白い足はそのままに、高めのピンヒールが幼い顔立ちにアンバランスで危うい大人らしさを加えている。

 人間不信であり、自己不信。ただし宝石たちに対しては並々ならぬ執着心を抱いている。口数は多い方ではないが、スキンシップは積極的。後ろから抱き着いたり、「そばにいてくれ」など率直に人肌を求める。

 比較的新しい種類の宝石であり、とある女学生の絶望と歪みから生まれた。宝石言葉は「運命」「正しい生き方を教えて」
 ヴィダの所有者は心から笑えるようになる。例えそれが他者の不幸や、復讐の果てにあるものだとしても、所有者の『笑顔』のためにヴィダはこころを砕く。女学生の絶望、歪みが根底にあるため人間を信じることができない。決して。







 ――信じたわたくしが、馬鹿だったの?

 少女の声は響く。獣のような慟哭の中で、か弱い囀りは今にも消えてしまいそうだった。とめどなく流れる涙は畳に跡を残して吸い込まれ、行き場のない激情のまま髪をむしれば手首に絡みついた手錠と鎖が冷たい音を立てる。暗い座敷牢には不釣り合いな糊のきいた紺色の真新しい制服が、現実から逃げようとする少女をひきとめる。そんな少女を責めるように暗闇に浮かぶ白装束が、双眸に焼き付く。
 ただしくはそれは白無垢であるのだが、少女にとっては白装束――死装束と同じだった。
 運命に抗うのだと耳元で囁いた砂糖のような甘い言葉に、微笑みかけてくれる優しい目元に、硝子細工を扱うように優しく触れる手に、嗚呼この殿方はわたくしを愛してくれているのだと、こころごと身を捧げた過去の己が憎らしい。逃げた先にあったのはただの地獄。たどり着いた豪奢な屋敷で競りにかけられ、今宵望まぬ婚姻を行う。どうやら相手は親よりも年の離れた男らしい。豚のようなまなざしを思い出すだけで鳥肌が止まらない。

 運命を破ったところで、幸福があるとは限らないのだと。大人のいやらしさを含ませて語る口と何度も接吻したのだと考えるだけでおぞましく、袖で擦り過ぎたくちびるは既に赤く充血して切れてしまっていた。

 畳に伏し、ただ現状を嘆いていればわたくしを呼ぶ声に気付く。それはかつて、つい数日前まで、わたくしの名前を甘く優しく呼んでいた音。―――、そうわたくしの名前をくちに含まれるだけで目の前が真っ赤に染まる。

 瞬間、鐘の音が頭に響いた。重く、鈍く、警鐘が続く。牢の隙間から手を伸ばして、男の襟を掴んだ。まさか大人しく箱入りのわたくしがこんな暴挙に出ると思わなかったのだろう、男は慌てて引き剥がそうとするが絶望を知った女は強い。死に際の、最期の力を振り絞り、わたくしは男からあるものを奪った。
 光の差し込まないこの場所でも、鞘から抜けば僅かに光を反射する小刀。

 ――運命は切り開くものだと、あなたさまはおっしゃいましたね。

 男ががちゃがちゃと座敷牢に踏み入ろうとする。馬鹿な男、そして馬鹿な女。結局どこで間違えてしまったのか分からないまま。春になれば桜の道を通り、同級生と肩を並べて勉学に励み、女性の嗜みにほんの少しの火遊びをしるはずだった。そうしていつかは幸せな家庭を築く。たったそれだけの、ささやかな幸せを夢見て、彼を信じて、運命を破って、わたくしはわたくしの思うまま、生きようとしていたのに。

 これでおしまい、ね。

 けれどなんて晴れやか。憎い男の青い顔、憧れの制服の中で、永遠に苦痛から逃げることができる。
 きっとこれが、ただしかったのだわ。



「……もうひとを信じたりしないよ」







11ヶ月前 No.44

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh




「い、いやだわ! どうしてすぐにあたしのことを疑うのよ。そりゃあ、ヴィオレッタはお腹が空いちゃうとちょっとかばかりガマンができなくなってしまうけれど……。えっ、おくちの周りに赤いのがついてる!? ちゃんとナプキンで拭いたのに!」
「わたしのかぁわいーこぶたちゃん。うふ、うふふ! 今日もとってもチャーミングでデリシャスな感じ。とってもステキだわ」
「悪いコね。ヴィオレッタはとっても優しい食人鬼(ラミア)だけれど、わたしのシアワセを壊そうとするなら容赦しないわ。食べてもあげない。それが、わたしの怒りよ」

「わたしはあなたを食べたくない。それに、あなただって食べられたくないでしょう? それなら食べなさい。きっと今なら、おやつのショートケーキの味がほんの少しするかもしれないわ」

名前:ヴィオレッタ・ジークハイル
読み:――
年齢:十七歳
性別:女

情報:夜を行動の主軸とする食人鬼(ラミア)。森の中の墓地近くにある屋敷、『ジークハイル邸』の主でもある。腹心に家業である墓地の管理は任せており、本人は自由気まま、わがまま放題の生活。主食は人肉であるため、上質な肉を求めて人を殺す悪い少女。しかしそれが本質、人を殺すことや人を食べることに一切の躊躇いや罪悪感はない。最初に食べたのは可愛い可愛い弟。そして次にヴィオレッタを殺そうとした両親。今屋敷に残っているのは恐怖に縛られているか、ヴィオレッタに残る幼さや純粋さに憐れみに似た感情を持っているのかどちらか。ヴィオレッタの血を飲むと食人鬼に近付くこととなり、ヴィオレッタの捕食対象から外れるのでお気に入りの人間には積極的血液の摂取を進める。一度の摂取で人肉の匂いに抵抗がなくなり、二度目の摂取で血液が飲める……など変化は少しずつ。お腹が空くと我慢ができず目に入った人間を食べてしまうのが困ったところ。
 食人鬼という異常性を持ちながら、明るく爛漫とした少女。ロマンチックな乙女的思考を持ち、運命の出会いや王子さまの存在も信じている。わがままなところも寛大に受け取れば可愛らしい茶目っ気、愛嬌のひとつ。わがままや気紛れでひとを殺して食べてしまうので可愛いの範疇に収まらないが本人はちょっとしたワガママ感覚で悪びれる様子や反省が見られない。怒られるのが嫌いですぐに拗ねる。愛を囁き肌に触れ、アプローチを可愛らくして愛を伝えるが、食べることも一種の愛情表現。美味しい美味しい愛しいひとを咀嚼する瞬間は極上、食べ終わったあとの幸福感と言ったら言葉で表せるものではない。基本的に人間は『食料』としてしか見られないので、本人の抱く恋心はただの食欲。本当に食べたくない相手に対しては、自分が食べないようにと自分を食べさせる。人間の細胞は日々生まれ変わるので、少女を食べるのをやめてしまうと意味がなくなる。食人鬼の魔の手から逃れるためには、食人鬼を食べなくてはならない。一人称「わたし」「ヴィオレッタ」

能力:『食人鬼の怒り(ラミア)』能力の名前でもあり、武器の名前でもある。発動と同時に銀色の粒子がヴィオレッタの手の中に集まり、純銀製のフォークの形を作る。括れた部分には濃いピンク色のリボンが蝶々結びされており、結び目には骸が飾られている。三つに分かれたフォークの先は鋭利になっているが、接近戦は好まないので血に濡れることは少ない。
 能力は人間の調理が元となっている。焼く工程で使う炎、材料を切る風、煮る水、など扱える能力はかなり幅広いがすべて対象は人間。つまり、どれだけ可燃性の高いものの傍で能力の炎を使っても燃えないし、投げつけられた小石を風で吹き飛ばすこともできない。ノーリスクでは空腹時にしか能力は発動できないのでわがまま放題で常にお腹を満たしているヴィオレッタは発動すら日常的には困難。
 しかし、感情の暴走、ハイリスクで無理やり能力を目覚めさせるときにはラミアはナイフとなり、目の色が変わり人間からまた掛け離れた姿形となる。肌に入る赤いヒビ、長く伸びる爪、など異形に近づき、自分自身さえも鉄板の上で能力を発動する。敵と一緒に焼かれ、斬られ、煮込まれる。そうして能力を使う度にヴィオレッタの『人間』の部分が削られ、感情が減っていく。本人もそれは自覚しつつも、幼さゆえに感情をコントロールできない。





11ヶ月前 No.45

花戯らぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh




「綺麗な薔薇には棘がある。常識だろ?」
「それは薔薇の話だ。人間が、こんなにも恐ろしいものだって、俺は知らなかった」



 名瀬 真生(なぜ まおい)
 とんでもなく不幸続きで大変残念なことながら、花継宮家に関わることになってしまった青年。双子の妹は、花継宮と親戚関係にある凶月家にいる様子。筆で書かれた手紙が送られてくるのは嬉しいが解読できず、元気でいることしかわからない。


 名瀬 天峯(なぜ たかね)
 とんでもないラッキーガール。真生の幸運を全て吸収した。凶月家に引き取られ知らない環境に身を置くことになるが持ち前の明るさで元気に過ごしている。双子の兄に手紙を送るが、まったく話の噛み合わない返事が送られてくるので元気かどうかわからないけどまあいっか。




 花継宮(かつぎみや)
 凶月(まがつき)
 とんでもなく家柄のいいおうち。名瀬兄妹の亡くなったお母さんが何やら関係している様子。どちらの家でも母親の名前を出すと一瞬空気が凍るので口にしないようにしている。

11ヶ月前 No.46

はいせ @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh





 深海の彼方、太陽の光が一切差し込まない青い世界。母なる懐に還った大きなからだは見る影もなく、ただ白い檻を遺してまた廻るのだろう。

 わたしを虜にして、閉じ込めて。失った体温の名残りにただ酔って、眠りにつく。


 ああ、あなたに抱かれたい。

11ヶ月前 No.47

かぎらぴす @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh

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11ヶ月前 No.48

はいせ @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh




 イザベラが五年前に拾った若木のような青年は、歳を重ねる事に逞しく育った。当時は痩せて小柄だった体躯は今やイザベラをゆうに越し、筋肉に包まれた体でイザベラを抱えることすらできるのだ。アルフォンスと名前を与えられた青年は今年で二十五になる。必要以上に言葉を紡がず、静かな眼差しで主人に寄り添う姿は健気な忠犬を思わせた。

「アルフォンス、お前どれだけ鍛えるつもりだよ」

 鍛錬中のアルフォンスに声をかけたのは、イザベラの友人であった。名前をゼパスという。第二師団の副団長であるイザベラ、第六師団の副団長であるゼパス。歳も近く、女の装いをする彼を遠巻きにせず気軽に接する貴重な人物だった。そんな彼だからこそ、アルフォンスも睨むことはしない。今となってはイザベラに対する悪口罵声に慣れてしまったが、出会った当初は誰彼構わず噛み付く狂犬だったのだ。そんな彼が待てを覚え、いつゴーサインが出てもいいようにトレーニングを積み重ねるものだからゼパスはいっそ哀れにすら思った。アルフォンスは命を削る気迫でイザベラを盲信している。もうやめればいいのに、という思いから投げかけた質問の答えは、意外なものだった。

「あのひとを殺して差し上げるために、俺はもっと強くなる必要があります」

 あのひと、というのがイザベラというのはすぐにわかった。常と変わらぬ淡々とした口調だったが相槌ひとつで流すにはあまりにも物騒、そして感情を一切映さないアルフォンスの瞳が揺らいでゼパスまで動揺した。言い方からすると、まるでイザベラが死にたがっているようだ。しかし同僚は明るく、他者の奇異の視線や侮蔑の言葉すら一蹴りするような英傑という印象である。
 剣を下ろし、流れる汗をタオルで拭うアルフォンスは遠い空を見つめた。今日のような曇り空は拾われた日を思い出す。一目見たときは女かと思った。かけられた声と自分よりも大きな背丈が、男だと示していた。凛々しく背を伸ばし、信念を貫き秩序を重んじる背中は憧れだった。かなしくなるほど愛に深く哀しみをたたえた柔らかい心を守りたいという思いは二人で過ごすうちに自然と培われたものだった。うつくしい思い出は多くある。笑った顔、呆れた顔、母親のように愛のこもった眼差しは、擽ったくなるほどに愛おしい。その中でも、アルフォンスが目を閉じて真っ先に思い浮かぶのは、ふとしたときに浮かべる悲痛としかいいようのない、何もかもを諦めたような美しい笑みだ。ああこのひとはきっと解放されたいのだとすぐにわかった。アルフォンスには見えないしがらみに雁字搦めに縛られ、アイアン・ハートを自称しながらも小さな傷がつき、そこから錆び付いて軋んでいることに気付いていない。ばかなひとだと、触れられないほどに尊いひとだと、アルフォンスはまるで神を見たような心地だった。少しの背徳感と、言い表せない高揚を今でも覚えている。この身に焼き付いている。

「あのひとに言いました」
「えっ。今のを?」
「はい。あのひとも、俺がなんで鍛錬ばっかりしているのか、不思議だったみたいで」

 晴れた日の空に負けない鮮やかな青色の日傘をさしていた。影を落とした顔が驚きに染まっていた。しばらく固まって、それからやはり、愛のこもった眼差しで笑ったのだ。アルフォンスの予想通りの表情だった。

「『楽しみにしてていいか?』と、あのひとは言いました。だから俺は頷いて、それっきり、その話はしていません」
「……」
「どんな顔ですか、それは」

 死にたがってるのか、とこの場にいない話題の彼に問い詰めたい。昨晩交わした酒も、戦場を駆け抜けるときに肩を組んだ熱も、生を体現したように荒々しく、世界に立つ印象から、想像できない話だった。

「ああ、あいつに、会いたいと思って」
「寝室にいますよ。いつだって会えます。今は、まだ」

10ヶ月前 No.49

はいせ @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh

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10ヶ月前 No.50

はいせ @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh





 クリスマスだと浮かれる人の波を歩くのは、アルフォンスにとって苦痛だった。しかし主から言い渡された命令を遂行するには必要なことであり、そうであるのならば普段と変わらない静かな表情の中に少しの険しさを含ませながらも石畳を歩くのだ。右の紙袋にはサンタクロースの砂糖菓子が乗ったホールケーキ、左の紙袋には七面鳥の丸焼きが入っている。温かいものと冷たいものに分けてくれたのは店員側の心配りだが、常日頃敵の存在を意識している忠犬からしてみれば両手が塞がるのは好ましくない。今にも背後から襲われたらどう対戦しようかとクリスマスムードに染まらない脳内ではシミュレーションを重ねている。

 アルフォンスを拾っイザベラは、主従関係にありながらアルフォンスに多くを望まない。アルフォンスはそれが不満である。日々鍛錬を欠かさない自分の力は役に立つと自負している。イザベラには適わないとしても、軍に入れば副団長に匹敵すると他ならぬ主からのお墨付きもある。能力を正当に評価するのに、役に立つそれを使おうとしない。それが不満な昔は、毎年のクリスマスにもっと俺を使ってくれと強請ったものだ。サンタクロースと称しツリーの下にプレゼントが置かれていたのは幼い頃だけ。成長するたびに気配に敏くなり、イザベラから目を離すことがなくなった。彼の人からは可愛げがなくなったと当時は文句を言われたが、保護対象から少しでもはずれてきたのだと曲解し嬉しく思っていたのを覚えている。

 昔を懐かしんでいる間に周囲は静かさを増し、屋敷の前まで辿り着いていた。両手のふさがったアルフォンスを見てハウスメイドがイザベラの元まで案内してくれた。ケーキとチキン、両方をアルフォンスの手でイザベラの元まで買って戻ってくる、それが今回の任務のすべてである。

「帰りました」

 主人の部屋のテーブルには銀色の小さなクリスマスツリーが飾られていた。オーナメントはブルーとグリーンのライトを交互に光らせ、白い肌を交互に染めている。紫とピンクの双眸にブルーとグリーンのライトが映り込むうつくしさを言葉にすることがアルフォンスにはできなかった。

「おかえり。毎年帰るのが早くなるな。つまらねェ」
「はあ……」
「ご苦労さん。座ってくれ」

 にやりと悪い笑みを浮かぶイザベラに反し、アルフォンスは心底疲れた顔をする。それすらも愉快らしく、イザベラは読んでいた本に栞を挟みテーブルに置いた。控えていたハウスメイドにケーキとチキンを並べるよう頼み、デスクからソファへと移動する。今日の装いはクリスマスをイメージした赤いドレスシャツだった。腰を締めるネイビーのコルセットから伸びる足には白の刺繍が施されている。モスグリーンのヒールは赤のグラデーションになっており、アンクルストラップから垂れて揺れるルビーはヒイラギを表現しているのだろう。街ですれ違った赤と緑の配色はただアルフォンスの機嫌を損ねるだけであったが、主人の身に纏う色はこの世界の何よりも美しく見えた。

「お前の今年のクリスマスプレゼントを聞く前に、まあ乾杯しようぜ」

 上質な赤ワインの継がれたグラスを二人で掲げ軽く合わせれば高い音が鳴った。取り分けられる食事には手をつけない。アルフォンスは毎年のやり取りを、真剣に行っているのだ。既にワインを飲み干し白い肌を赤く染めているイザベラも彼の真剣さに当然気付いている。毎年の、恒例行事。ひとつの儀式みたいなものだ。

「さて、欲しいものを言ってみろ。オレにできることに限るがな。考える時間はいるか?」
「不要です。もう決まっている」

 アルフォンスの返答を予想していたのだろう。イザベラは器用に片眉だけを上げて言葉を促す。ワインを楽しみながら肩の力を抜き、猫のように目を細めて目の前の忠犬を見る姿は楽しんでいるようにも見えた。それはきっと、欲しいものですら予想しており、外れることはないと確信しているからだ。従順で頑固な犬が可愛らしく、そして呆れてしまうほどに愚かしかった。

「俺は、今年もあなたを名前で呼ばないけんりがほしい」
「やろう」
「……だから、俺の前では、あなたのままでいてほしい」
「毎年のことだが難しいことを言うねえ。だがまあ、少なくとも、お前の前で取り繕わないようにする。それでいいか?」
「構わない。取り繕うあなたすら、そのままのあなただと思うから」

 イザベラと呼べば、彼の中の「イザベラ」が振り向く。ベラと呼べば、彼の中の「ベラ」が。そしてローレン、と呼べば「ローレン」が。彼の中で名前ひとつに人格がひとつ構築されているに等しい状況下で、「彼自身」を目に映すことができる権利が欲しい。願いも罵声も弱音も恨み言も、いつも心の奥底に隠される本心を見る権利が欲しい。
 アルフォンスの訴えをイザベラは正しく理解していた。だからこそ難しいと素直に伝えたがそれでもいいのだと他ならぬ本人が言うのだから承諾しない理由はない。

「では今年も、そのままのオレをお前にやろう」
「ありがとう」
「来年くらいには、ここを出ていきたいとか、オレを殺したいとか、そんな面白いやつを考えてくれよ」
「ここを出ていきたいと思うことはない。あなたを殺したいなら、戦ってあなたの全身全霊のちからをねじ伏せて、殺す」


10ヶ月前 No.51

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 煙草の吸い殻はベッドの下、瓶が割れて中身がぶちまけられたウイスキー。シーツは乱れて汗やら何やらで汚れているが、元々質がいいせいか寝心地は悪くない。朝日が細く差し込むカーテンの隙間も、ベッドの傍らに立った男に遮られる。起きる前に、薬をくれ。何も考えられなくなるオレのクスリ。眠ってしまったせいで、夢見が悪い。オレの大嫌いなクソガキがクソみてえな愛を欲しがって泣きわめく悪夢。欲しいもんは与えられない、そんな優しい場所は世界ですらない。信じられないものに縋っても無意味だと、何度自分を自分で殺しただろう。濃く刻まれた隈を撫でる指が気持ち悪いくらい心地好くて噛み付いた。てめえの指なんかほしくない、触れてほしくない、そうして安らぎとか――いや、感じたことなんかほんの少しもないけれど。そんな、不釣り合いで、不確かなものはいらない。文句を言った口は塞がれた。ぬるり、舌が入り込んで喉奥に錠剤を押し込んでくる。情けない声が漏れるのも仕方ない、こいつは優しくない人間だから。頭がふあふあする。目の前がぼうっとする。あいつの顔もふやけて、なんかそれは面白くなくて手を伸ばした。



10ヶ月前 No.52

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 ミッドナイトブルー、真夜中は彼の色。鮮烈な光の前で陶酔することなく、彼は彼でありどこまでも彼らしい彼であった。

「けれどそれは、単なる意地だったのさ」

 彼の理解者は言う。高潔であり豪傑、感情に身を任せ突き進む姿は一種の狂気を感じさせていたを自分であるために自分を削っていた、他者に身を任せることができずに自分と他者のために自分を壊していた。しかしそれこそが、彼らしさだった。




8ヶ月前 No.53

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 あなたを――、あなたを愛することはできないの。彼女は申し訳なさそうにそう言った。僕が一目惚れした黒曜石のような瞳は道端の雑草ばかりを見ていて、僕も彼女に倣って目線を落とす。
 学校からの帰り道、偶然出会った彼女に気持ちが堪えきれず思い切って告白をした。好きだと告げた。愛を曝け出した。僕のありったけの初恋を精一杯言葉にした結果が上記の返答。愛することはできない、とは何だろうか。断られるのなら御免なさい、受け入れてくれるのならありがとう。姉から借りた少女漫画ではその言葉が定番だったので、彼女の言葉には違和感しかなかった。風が彼女の黒髪を攫っていく。瞳の次に好きになったうつくしい絹糸に目を奪われて、僕は雑草ではなく無意識に彼女に視線を向けてしまっていることに遅れて自覚した。

「愛することはできない、って。どうして? なんか、変だよ。フラれたのはわかるけど、……変でしょ」
「変よ。私は自分勝手な気持ちで、あなたを傷付けてるもの。変と言うより、ひどいの」

 彼女は小さく笑いながら、数歩横にずれた。綺麗に磨かれたローファーの先で淡い黄色の花びらをつつく。夕日を背にした彼女に影がさして、僕からは表情が読み難くなる。淡々とした声音だけが僕の心を刺した。決死の告白は、僕の愛は、彼女の心をほんの少しも動かせていないことが素直に悲しかった。

「わたしね、好きな人がいるの」
「……そうなんだ」
「その人はね、あなたが好きなんですって」

 彼女の好きな人が僕を好き? そうなんだ、と聞き流そうとしたけれどまたしても違和感。おかしくないか。だって、彼女の好きな人と言えばきっと男子で、――

「え?」

 僕は本当に、本当に不思議そうな顔をしていた。そんな声を出した。そうして、彼女はからころと鈴が転がるように笑った。

「今、何を考えた? 二択よね。わたしが好きな人が男性で、あなたが男性に好意を抱かれているか。それともわたしが女性が好きで、あなたが女性に好意を抱かれているか」

 そうか、後者の場合もある。彼女が同性が好きか、彼女の好きな人が同性が好きか。そのどちらかと言うこと。そのどちらにしても、僕は好意を抱かれている。それは素直に嬉しかったが、まるで別の世界に入り込んだような異様な空気感に何も言うことができない。数分前まで大好きで仕方なかった彼女がまるで未知の生物のように思えた。なぞなぞを出されているような、首にロープをかけられているような、そんな感覚に襲われて一歩後ずさる。

「告白、ありがとう。でもわたしからすればあなたは恋のライバルなの。愛せるはずがないでしょう?」

 憎みこそすれ、と。彼女はきっと僕が見たこともないようなうつくしい顔で笑ったのだ。


8ヶ月前 No.54

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 夜の海で怪物が生まれる。俺の住む街では有名な迷信だった。子どもが夜に出歩かないように伝え続けられた習わしなのだとばあちゃんは話したが、じいちゃんは幼い頃に海の怪物に出会ったことがあると話した。
 俺はもちろん、じいちゃんの話を信じずにどうせ迷信だろうと思っていた。

 とある日の、仕事からの帰り道。研修期間を終えて残業をするようになってから初めて二十四時を超えてしまった。給料日前でタクシーを使うのももったいなくて、三十分の道のりを月の光頼りに歩く。こんなに月が明るい夜なら、きっと海も綺麗に違いない。疲れて頭が少しおかしくなっていた俺は、足を伸ばして海まで訪れた。
 波の音が耳をくすぐり、革靴が細やかな砂に埋まる感覚が心地好い。ゆらゆら揺れる水面は踊っているようにも見えて、心惹かれて、水際まで誘われる。ふと、迷信を思い出した。夜の海で怪物が生まれる。でもこんなきれいな海から生まれる怪物なら、姿も綺麗なんじゃないかと思う。もしそんなやつがいるとしたら、会ってみたい。

『……ヒト?』
『ヒトだ。夜の海にヒトがいるよ』
『可哀想に。月に化かされたのかね』

 声が聞こえる。波と砂がぶつかる音の間に、うねりの境目に、小さく響く声が。俺は海を見つめることしかできなかった。動くことも、後ずさることも、できなかった。ごぷり、かぷり、泡の音を立てながら海の水がスライムのようにうねって形作り、それは人形となり、色を生む。呼吸だけが早くなる中、その人間の姿をした何か――夜の海の怪物は、俺に近づいてくる。綺麗な深海の色をした髪だった。目は、月のような金色。俺よりも体格が良い体躯は衣服を身につけておらず、引き締まった筋肉があらわになっている。変態だ、いや、怪物だ。逃げなくてはならない。何をされるかわかったもんじゃない。もしかしたら、食べられたり、するのかもしれない。動け、動け俺の足! 頭ではそう下肢に命令しているのに、息が荒くなるばかりで言うことを聞いてくれない。とうとう、男が目の前に立った。伸びてくる手は俺の頬をちぎり取る勢いで掴み、恐怖と痛みで涙が浮かんだ。そして大きな口を開け、並んだ牙を見せ付け、迫ってくる。

『ヒトは、子だ。海から生まれたヒトは、愛さねばならない』

 怪物は、そんな音を出して、俺に噛み付いた。愛さねばならないと言いつつ、なぜ噛まれたのか。後日聞けば『我らは噛むことが愛を示すことにつながる』と答えてくれた。

 ここは海に囲まれ、海に愛された街。夜の海から生まれる怪物は、一度海から離れると二度と海には戻れない。人間が好きで、人間と共にあることを望むらしい。そしてこいついわく、この街には夜の海から生まれた怪物が多くいるらしい。――俺のばあちゃんもその一人と言うのだから、驚くどころの騒ぎではなかった。





4ヶ月前 No.55

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4ヶ月前 No.56

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「信じられないよ。好きだって、何回言われても」

 六回目の告白の結果も、無残なものだった。夏の夕暮れ、公園の葉桜の下。生温い風が間をすり抜け、溜息を攫っていく。もう諦めよう。そんな思いが態度に出ていたのかもしれない。立ち上がる俺の服の裾を握りしめた馬鹿な男は、膝に埋めた顔を上げた。振ったくせに、振られた俺より泣きそうな顔で。

「でも、他の子を好きにならないで」

 俺を縛り付ける。自分を傷つけ続ける。緑の葉が薄桃色の花に変わっても、きっと俺達は変われないのだと、何となく感じとった。

4ヶ月前 No.57

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 神様は残酷だ。誰よりも美しい彼女を、誰よりも醜く造ってしまった。美しさを与えたのなら、中身も美しくすればいい。公平性を重んじた結果か? だとすれば、慈悲深いと言うべきか。

「あらまあ。またそんな、眉間にしわなんか寄せちゃって」
「……オマエのせいだろ」
「いいえ、あなたのせいよ。私にこんなことをさせるのはあなただもん」

 だもん、なんて可愛こぶっても。足元に倒れる女の子を足蹴にしてしまえば可愛さなんかあったもんじゃない。少しの月の光をこれでもかと集め、長い黒い髪を輝かせる彼女はぞっとするほど美しい。美しく、凶暴だ。ただの獣だ。

「ねえ、もう諦めましょ。あなた、私のものなんだから」

 獣に狙われたのだから、俺は、もう観念するしかないのかもしれない。


 /凶暴な女は美しい。

4ヶ月前 No.58

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「あなたって、私の名前を呼ばなくなったわよね」

 黒い髪は今日はポニーテールで、白いうなじがひどく眩しい。じっとしていても汗ばむ茹だる夏の日、クーラーをつけたばかりの俺の部屋で彼女はベッドで寛いでいる。窓を締め切ってしまえば車の音は静かになって、密室には風鈴のような涼やかな声がよく響いた。
 呼ばなくなった、とは言葉の通り。幼い頃は彼女のことを名前で呼んでいた。けれど今は呼んでいない。彼女に対しての反抗の表れだ。そう簡単に思い通りになってたまるか、という決意表明だ。返答すれば彼女のペースに飲み込まれると分かっているので無視をする。手元の漫画のページをめくり、知らんぷりをする。

 しかしそれで諦めるような可愛い女じゃない。するり、首に冷たいものが当たったかと思えばそれは白い彼女の指で、絶妙な力加減で、ピンポイントで気道を押してくる。輪状軟骨で遊びながら、顎下を擽りながら。

「ねえ、どうして呼ばないの? 呼んでちょうだいな。その可愛い声で」

 随分と物騒なおねだりだ。もはや脅しだ。脅迫だ。とろりと甘い声をして、背後の彼女はきっと艶めかしく笑っている。俺を苦しめて楽しんでいる。ぐ、ぐ、と不規則に力が込められる指先は、確実に俺を追い詰めた。

「う、」

 掠れた声を出すと、耳元で笑う声がする。う? と吐息と共に聞き返されて、簡単に熱を持つ顔が恨めしい。こんな風にされて、言いなりになって、悔しい。

「……ぅ、うすも、ちゃん」
「はあい」

 やっぱり可愛いわね、とご機嫌に頬擦りをされる。顎下を撫でる手は下がって、第一ボタンを外して鎖骨を弄る。漫画なんか読む余裕はもうない。いや、漫画に目を向けたらどうなるか分からない。まだ片手が首に添えられている俺は、肉食動物に噛み付かれた草食動物でしかないのだ。





 /爪先で感じる、その鼓動の愛しさを。


4ヶ月前 No.59

はいせ @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh




「おまえが吐き出すのは、いつだって醜い欲望のかたまりだ」

 そう言ってあたしを見下す、おねえちゃん。まるでゴミを見るような目付きで、軽蔑を孕んだ音で、拒絶する空気で、あたしに突きつけたのは嫌悪そのもの。同じ胎で育った中だというのにこんなに嫌われるのはなぜなのだろう。なぜこうも考え方が異なってしまったのだろう。あたしはそれが不思議でたまらなくて首を傾げる。おねえちゃんは苛立たしそうに眉間に皺を寄せて刀を突き立てた。左胸、心臓の位置。切っ先は肌に触れている。あと少し刀を進めれば表皮を破り、肋骨の隙間を通り、心臓へと難なくたどり着くだろう。おねえちゃんは何度も人を殺しているから、目を瞑っていたって、心臓をひとつきにできる。強くてかっこいい、自慢のおねえちゃんだ。痛みは多少感じるけれど、おねえちゃんを誇らしく思う気持ちの方が強くなって、あたしは嬉しくて、笑った。

「あたしを殺すの? おねえちゃん」

 真っ白な服が少しだけ赤くなる。笑ったのが悪いのか、おねえちゃんと呼んだのが悪いのか、はたまたその両方か。嫌がることをしたくなるのは好きな人だからこそ。ねえおねえちゃん、あたしはおねえちゃんにどれだけ嫌われたって、相容れなくたって、おねえちゃんのことがとっても好きなのよ。刀が進んだ、それが問い掛けに対する答えということだろう。

「おねえちゃんはあたしを醜い欲望と言ったけれど、欲を持たない人間なんていないでしょ? そんな清らかな聖人は、人と呼べないわ」
「人と呼べないって? わかってるじゃない。私は教祖様のお力で人をやめたの。欲に塗れた汚い人間をやめて、私は新しい生命を得たのよ」
「人間から生まれたんだから人間でしょ。馬鹿なことを言うのね、おねえちゃん。あたしとまったく同じDNAを持っていて、人間をやめたなんて言わせないわ」

 あたしは拳銃をおねえちゃんに突きつける。セーフティーは外してある、弾丸は補填済み、いつでも撃てる。こんな近距離で狙いを定めているのだから、言うまでもなく殺す気だ。それはおねえちゃんにも伝わって空気が痺れた。殺気がぶつかる。姉妹で争うなんて醜いことこの上ないだろうが、姉妹だからこそきっと譲ることはできないのだ。自分こそが正しいのだと相手に分らせるまでお互い止まれない。一触即発な状況に、あたしは笑みを浮かべたまま。おねえちゃんは硬い表情。ちっとも楽しくなさそう。新しい生命を得ただの言っていたけれど、それの何が嬉しいのかまったく理解ができない。理解し合えない。

「撃たないの」
「刺さないの?」
「刺すわよ」
「じゃあ撃つわ」

 子どもの喧嘩のよう。あたしはおかしくて笑う。刀は動かない。おねえちゃんは少し汗をかいて、焦っているように見えた。あたしは銃口をおねえちゃんの額に押し付けた。骨とぶつかって硬い音がする。身体の震えが銃身を透して感じ取れた。ああかわいそうなおねえちゃん。

「――あたしのこと、好きなのね? 恋心を捨てたくてキョウソサマに縋ったけれど、一度はなくなったけれど、またあたしに恋をしたのでしょ。もう諦めなさいよ、おねえちゃん。あなた、あたしがどうしようもなく好きで好きで堪らないんだから!」
「うるさい! だまれ!!」
「あははは! いいえ黙らないわよ。醜い欲望のかたまりなんて、それはあたしとあなた、どちらのことかしら。女同士で、姉妹同士で、どうしようなく恋をして、あたしの愛を求めて欲して人でなくなったあなたの愚かしさと言ったら!」
「あ、あああ!!!」
「こころがきゅんきゅんしちゃうわよまったく!」

 刀が突き刺さる前に、銃で刀を弾く。上空へと両手が跳ね上がり疎かになった腹部へ蹴りを入れれば受身も取らずに仰向けで地面に転がるものだから、とりあえず刀を持つ手を二、三度踏みつけて骨を折っておく。殺すつもりはないが、武器を持って飛び掛られると手加減が難しくなる。多少の傷は許して欲しい。驚きと痛みで目に涙を浮かべ、呆然としているおねえちゃんの腹に足を乗せた。また蹴られるのかと思ったのだろう、びくりと体を震わせて様々な感情が混じったうつくしい瞳であたしを見上げている。

 それはあたしがいちばん好きなカオだった。

1ヶ月前 No.60

はいせ @lapis12☆4NUzRRaRYiw ★iPhone=vaUwG0CLgh



 選ばれた人間は選ぶことはできない。優しい顔をしてそう言った主は、柔らかな言葉で俺を囲む。肩に触れる手は温かいのに、背後から感じるこのひとの空気は氷のように冷たかった。



「なんでおまえなんだ!」「どうせ金でも積んだんだろ!」「贔屓されて恥ずかしくないのか」「プライドがないのか」「さっさとやめろよ」「消えろ」「消えろ」「いなくなれよ」「どっか行けよ」「姿を見るのも腹が立つ」「やめろ」「死ねよ」

「――好きで選ばれたんじゃ、ないんだよ」

 泣いても笑っても無視をしても話しかけても黙っていてもいてもいなくても、何をしても、俺はみんなに嫌われる。ただ仲良くしたいだけなのに、それもできない。悲しくてたまらなくていつも泣いていた。逃げることは、主がきっと許してくれない。逃げても捕まえられてしまうと分かっている。あのひとは怖いひとで、あのひとの下のひともすごく怖くて、選ばれた人間の中でも下っ端の下っ端の俺なんかじゃ敵わない。きっと酷いことをされるだけだから、この地獄みたいな花園で俺は耐えるしかないんだ。

 椿の部隊は単独任務が多いことは幸いだった。俺のせいで誰かに迷惑をかけることも無いし、任務をしている間はひとりだから俺は気が楽だった。季節を巡るのを任務をこなしながら感じると、自由だった頃が懐かしくて泣いてしまう。

「――泣いてるの?」
「えっ」

 任務が終わって、桜の咲く並木道を歩いていると声をかけられた。小さな声で、下から聞こえる。俺の腰までしかない身長の小さな男の子が、手の籠に花弁を抱えて立っていた。大きな桜色の瞳を見て、ああこの子も選ばれてしまったんだとひと目でわかる。


1ヶ月前 No.61
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