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そこにあるだけ。

 ( 書き捨て!小説 )
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神波 @thousand00☆hyqkMkn9Rthi ★iPad=BENrHRNU7h

いつか筆は折れ、字は擦れ、紙は腐る。
作者の名前は忘れ去られ、物語だけが生きていく。
形すら残らず伝える各々が好きなように削り、書き足していく。
それでも、どこかで、誰かの人生に関わる物語を記せたのであれば。

怒りながら、苦しみながら、足掻きながら、もがきながら、やめられなかった、止まらなかった。
私の人生に意味があったと言えるのではないだろうか。




だらだらと不定期に好き勝手に書きます。
書き込みはご遠慮ください。

ページ: 1

 
 

神波 @thousand00☆hyqkMkn9Rthi ★iPad=BENrHRNU7h

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2ヶ月前 No.1

神波 @thousand00☆hyqkMkn9Rthi ★iPad=BENrHRNU7h

 八重咲はそれから注文した雑誌の発売日になると毎回違う男性と共に本屋を訪れた。本当に毎回違うのでたまに見覚えのある男性だと続いているのだと思ってしまうほどだった。天地が八重咲の凄さを知ったのはこの頃である。本屋で見かけた男性は病院勤務だったり、高層マンションから出てくるような人だった。新築の一軒家でお腹が大きい女性に見送られ会社へ向かう人だった時は天地は自分の目を疑った。

「その人が私に気づいた時の顔ときたら最高でしたよ」

「それは見たかったわね。貴方も華の女子高生なんだからさっとスマホで撮りなさいよ」

 天地は無茶言わないでくださいと生クリームやチョコチップが入った甘ったるい飲み物をストローを鳴らしながら吸った。丸いテーブルで向かい合うように座っていた八重咲は足を組み直すとブラックコーヒーに少し口を付けた。
 その動作一つの取っても大人の女性であることを見せる八重咲を見つめていると彼女も天地へと視線を動かした。

「にしてもびしょ濡れ不登校ガールもう高校を卒業するなんてね。卒業したらどうするの?」

 八重咲はブレザーに身を包んでいる天地を頭から爪先まで見てからカップを置いた。天地も飲み物をテーブルに置くとスカートの端を摘んで持ち上げた。片腕は頬杖を付き、気怠げに息を吐いた。

「通信制でしたけどね。八重咲さんが『高校くらい出ておけ』って言ってたからですし。結局三年生二回やって十九で卒業ですけどね。卒業しても別に変わりませんよ、本屋務めですよ」

「愁子あんたね、女子高生がどれだけすごい人種か分かってないからそう言えるの」

 人種って、と年相応の顔で笑う天地は結露したカップを軽く拭いて再び飲み始めた。口から胸へと甘さが広がっていくようだった。それも含めて自然と頬が緩んでしまう。
 初めて八重咲と会ってから五年が経過していた。ほとんど毎週雑誌の発売日になると別の男と本を受け取りに来るうちに言葉を交わす回数も増えた。このようの二人で出掛けるようになったのはここ三年ほどであった。渋々、高校進学を決めた天地から最低限の人付き合いを教えてほしいと頭を下げたのだった。最初は拒否した八重咲だったが、天地から「集団リンチキャットファイトされるのは面倒だと思いますが」という言葉に折れる形となった。
 天地は学校で生きていく術の見返りとして官脳小説の相手をその気にさせる一節や知能が垣間見えるような小説の簡単な内容を話したりしていた。


「またのご来店お待ちしております」

 カフェを後にした二人は天地の本屋へ足を向けた。その間もどうということはない話をした。すべてではないがお互いの過去の話もしたこともあった。昔はあまり動かなかった表情も種類が増えてきた。人付き合いも中学生からすれば大分出来るようになった。二十代後半から三十代前半の男性の相手が得意なのは八重咲が教えてくれたからだろう。おかげで学校の先生相手は楽だったらしい。
 本屋に着くと天地はレジの裏にある棚からいつもの雑誌を取り出した。週刊誌とファッション誌を受け取った八重咲は少し考える仕草を取った。

「これ、来週からいいわ」

「……え?」

 ポカンとした顔をする天地の脳が整理されるより早く八重咲は言葉を続けた。

「あたしね、しばらく遠いとこに行くの」

 今思えば、いつも通りのハスキーボイスで、表情で、眼前に写る世界をただ見ているだけのその姿に違和感を覚えるべきだったのだ。
 この時天地はおそらく不倫相手の正妻から見つからないようにどこかに身を隠すのか、海外にでも不倫旅行に行くのだろうとタカをくくっていた。天地の人生で最も大きな後悔である。
 分かりましたと返し、頭を整理した天地は次いつ頃会えるかを聞かなかった。五年間で当たり前になっていた八重咲との関係に甘えきっていたのだ。彼女のこの世への執着心のなさをすっかり忘れていた。

「寂しくなるわ、達者でね」

「ええ、お元気で」

 短いこの言葉が八重咲と交わした最後の会話だった。








 冷たい夜風が天地の白い髪をなびかせた。顔を掛かるそれを指で払い橋の欄干へと登った。下を見下ろすも、川の流れる音が聞こえるだけでそれ以外は一切の暗闇だった。
 一ヶ月前にワイドショーの話題をすべて奪った入水自殺。不倫していた人との無理心中だったらしい。結果、女性だけ亡くなり、男性は病院だそうだ。亡くなった女性は八重咲 小菊。この街でスナックを経営していた。何度も何度もテレビやインターネットで見た情報。         
 天地はこの一ヶ月間、魂が抜けたように生活していた。何もせず、ただ流されるように時間の経過を眺めていた。
 一ヶ月経ってもニュースの話題からは消えないがこんな夜中まで来る野次馬はいなくなった。

「八重咲さん。何でこの川を選んだのですか」

『こんな季節に水遊び?』

 色があるのに無色なあの視線を今でも思い出す。今は、天地が見下ろす側にいる。

 もしかしたら、自身のことを思い出してかと自惚れてしまう。思考がそこまで動いたところで自らの手で止めてしまう。
 そんなはずはないだろうと天地は思った。これから共に死のうとする二人がお互いのこと以外を考えることはありえないだろうと自身に言い聞かせる。
 物語に多く触れて知識をつけることは時に世界を残酷に写し、知りたくない真実へと導く。

「八重咲さん。貴方の言う通り、女子高生はすごい人種でした」

 暗闇に語りかけた天地はスクールバッグから大きめの封筒を取り出した。中からは分厚く束になった原稿用紙が顔を出した。

「希死念慮が強い女性の不倫を中心に動くドロドロの愛憎劇を現役女子高生が書いたら出版社が飛び付いてきました。再来月には書籍化するみたいです」

 ほんの少し前に進み、爪先が中に浮いた。一ヶ月前のあの日から体はもう震えなかった。

「でも、この物語の六割が実際の出来事なんて言っても誰も信じないと思います。貴方は物語より、物語に生きていました。今思えば貴方は私が作った登場人物だったのかとも考えてしまいます」

 女子高生がすごい人種と言うのであれば、八重咲という人間は末恐ろしい人種なのだろう。

「一つの貴方に聞きたいのですが……私も共に死にたいと思う人に会えると思いますか」

 この橋から飛び降りた時、あの人は何を考えていたのだろう。
 生に興味がなかったあの人は、橋の上で何を見ただろう。
 視線を下に落として、川で文庫本を探している人がいないか見ただろうか。

「知らなかったと思いますが、実は私にもいたんですよ。……その人はもう、この世にいないんですけど」

 いつの間にか流れ出した涙が次々に闇へと落ちていく。堕ちていく。


「小菊さん。愛しています」


 涙が顔を全体を濡らしていく。いっそ共に死ねたらどれだけ幸せだっただろうか。
 天地はようやく涙を拭い、鼻水を乱暴にすするとカバンから週刊誌とファッション誌を取り出すと原稿用紙と共に封筒へ詰めて閉じた。

「来週また届けに来ます。小説も続きが出来たら届けに来ます。貴方は死んでいません。私が無理矢理でも八重咲 小菊を生かせます」

 封筒を川へと落とす。
 暫くの沈黙後にドボンと音が鳴った。

 天地は静かに欄干から降りるともう一度、闇を見下ろした。

「言い忘れましたが、ペンネームは『二号さん』です」

 もういない相手を嘲笑すると天地は走り出した。
 誰も知らない物語を忘れないように書かなくてはいけない。

 もう、死ねない




ーーーーーーーーーーーーーーー

[八重咲 小菊様→メロさん]
[舞台→プッチン不倫]

2ヶ月前 No.2

神波 @thousand00☆hyqkMkn9Rthi ★Android=iVMSS9GwAZ

『あの人のところへ』

 二ヶ月前にニュース、新聞、インターネット。この世に流れていた話題をすべて奪った心中事件。特に目立った特徴もなかったこの街を一夜にして誰もが一度は聞いたことがある街へと変えた。

 男性の不倫相手との川への入水自殺。
 結果は女性が亡くなり、男性は意識不明の重体で岸辺に打ち上げられているところを通りかかった人が見つけたのだと繰り返しニュースキャスターが話していた。
 二ヶ月も経てばワイドショーではなかなか聞かなくなったもののネット上では未だに熱を持っていた。男性の身元、住所、勤め先、本妻のことまでちょっと調べれば出るまでだ。どこから漏れたのか、誰が書いたのか、匿名で開かれる会議はまだまだ終わりを知らない。
 一方、亡くなった女性について。死人に口無しの代わりに周りが好き勝手話すのか、様々な情報が錯綜しており、どの情報も裏付けや根拠がなく騒ぎ立てたいだけ匿名も現れ、混ざり合い、黒色と化していた。


 このまま過去の話題へと埋もれていくかと思われたこの事件に新たな色が混ぜられたのはつい一週間前。
 男性が意識を取り戻したのだ。
 自分が生きていたこと、相手だけが死んだことにパニックになったのか、精神的に不安定となっていた。だがメディアは、世間は、匿名は。それを良しとしない。
 再び皆の目を惹く色を取り戻したその事件は消え掛けの炎ほど恐ろしいと教えてくれた。

 「嫁さんのこと嫌いだったんだな」
 「お嫁さん可哀想」
 「心中事件とか久しぶりじゃね」
 「それだけ好きだったんだろ」
 「どこまでやったかが大事」

 家庭で、職場で、家族と、友達と、彼氏と、彼女と、上司と、後輩と。各々が好き放題事件に口を出し、これからどんな進展があるかと涎を垂らしていると事件は更に一転した。

 意識を取り戻した男性が死亡したのだ。
 都市部の中心で号外が配られ、ネットニュース、番組の速報で流れたこの展開は半日も経たずに字のごとく列島を駆け抜けた。

 男性は病院を抜け出した後、自身が心中未遂をし、相手だけが亡くなった川で見つかった。
 誰もが今度こそ心中したのだと腑に落ちない終わりを向かえたのだとテレビを消し、ネットニュースのページを閉じて日常へと戻ろうとした時、駆け抜けた情報の続きでその手は止まった。

 男性の死因は温度差による心臓麻痺でも、水を多量に飲んだことによる窒息死でも、飛び込みの際に体を打ったことでもなかった。
 男性の死因は腹部を複数回にわたって繰り返し刺されたことによる出血性ショックだったのだ。

 警察は世間が注目する中、緊急会見を開いた。そこで発表された言葉は注目に恥じない内容だった。

 男性は別の場所で殺害された後に川へと落とされたのだと結論づけました。

 フラッシュが一斉に焚かれ、記者が我先にと質問を投げかける映像は世間を完全に捕らえていた。








「事情聴取は初めてかい。お嬢さん」

 ため息混じりに正面のパイプ椅子に腰掛ける初老の警官を気だるげな顔で見据える女性。

「なぜ、そうだと?」

 質問を質問で返されたことに不満を覚えつつ、警官は小さな机に頬杖を付いた。女性は背筋を綺麗に伸ばし、顔にかかる白髪をゆっくりと耳へと掛けた。

「なんつーか、落ち着いてると思ってさ。とても去年まで制服を着てたとは思えないな」

 その言葉を聞いて女性は小さく息を吐いて笑った。細い目を少し開いて警官を見据えた。そこに色はなく、光もなく、警官を見ているのにただ虚空を見つめているだけにさえ感じる。
 不気味に感じたが警官は動じることなく、鋭い目へと変えた。

「単刀直入に聞く。君があの人を殺したのか」

「はい」

 間を置かず、女性は相手の質問を待っていたかのような早さで言葉を返した。少し驚いた警官は頬杖をやめ、手を組むと机へと置いた。

「隠す気もないんだな。来月には作家デビューだったのにな、君」

「上手く隠したつもりだったんですけどね。捕まるのならもう少し時間が掛かると思っていました」

 相手の言葉へ被せるように自分のペースで言葉を続ける女性に警官は少し苛立った。対して女性は慌てることなく、顎に手を添え俯くように首を少し下げた。

「安心してください。本は出ますので。ちゃんと2冊」

 少し楽しそうに語る女性はそのまま言葉を続けようとしたが、言質を強めた警官を見て口を閉じた。

「自白がとれたところで続けるが、動機は何だ」

「あの人を送ってあげたかったんです」

 自分が予想していた答えと大分違う位置に返ってきたそれに警官は少し首を傾げた。
 相手が理解できていないことを不思議に感じた女性はそのまま言葉を繋げた。

「だって、あの人、愛し合っていたのに置いていかれてしまったじゃないですか」

 その言葉に警官は驚きの表情を見せ、体を乗り出した。女性は表情を変えず、首を上に向けて警官をまっすぐ見つめた。

「知り合いだったのか。何だ、恨みか」

 警官の言葉に女性は吹き出して笑った。膝に行儀よく置かれていた手を額と腹部を位置を変え、笑い出した。女性から感じる不気味さに拍車がかかったことに警官は恐怖を覚えた。

「今、言ったじゃないですか。あの人は心中で生き残ってしまったのだから、愛した人の元へ送ってあげたのです」

 一度目を伏せた彼女が糸目を開くと、そこは光で満ちていた。銀色の瞳は一夜で積もった雪景色のようで、取り調べ室の部屋の電灯に反射し、不気味な程に輝いていた。
 その表情は楽しい思い出を語る幼子のようで、愛しい人について想う年相応の顔をしていた。

「私が愛した人は、私を選んではくれませんでした。ですが私は、だから私は、私が愛した人が最期に選んだ人と一緒になれるように」

 表情筋をこれでもかと動かし、口角を上げ、糸目をこれでもかと曲げて女性は笑った。

「あの人を殺したのです」

 警官は脱力したようにパイプ椅子に腰を落とした。俯き、声を絞り出した。

「狂ってるな、君」

「そうでなければ、作家になどなれぬでしょう」

 女性がパイプ椅子から立ち上がり、警官に近付こうとすると取り調べ室の扉が開き、数人の警官が女性を拘束した。
 手錠が掛かる音が狭い部屋に響き、彼女は連れ出された。少し歩いたかと思うと灰色のパーカーを被せられ外へと連れ出された。

 屋外に出た瞬間に一斉にフラッシュが焚かれ、中継に来ていたと思われるニュースキャスターが勢いよく話し出した。
 パトカーへと押し込まれた女性は息を小さく吸った。


「供述に1つ追加しておいてください」

 糸目を完全に閉じて女性は、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「心中で死んだ女性の確かな情報、私が男性を殺すまでの流れを知りたければ来月発売の本を買えと。作家名は『二号さん』ですと」


−−−−−

 [舞台→プッチン不倫]
 [※『延命』からif続編です※]

1ヶ月前 No.3

神波 @thousand00☆hyqkMkn9Rthi ★Android=iVMSS9GwAZ

[10月19日]

 「それはきっと、恋じゃない」

 十年越しに来た青春は、臆病者な私の一言であっけなく終わりを告げた。





 防寒着に身を包む人の姿が目立つようになってきたこの季節。駅前のビルに大きく映し出されている情報番組では木枯らし一号が例年よりとても早く吹いたとか、そんな話を繰り返している。確かにこの時期にしては今年はとても寒いのは確かだった。駅の入口に立ちながら、それを見上げていた太刀川は首に巻いていた薄手のマフラーに指を掛けて口元を見せた。
 口から吐き出される息が白くなっていることを確認し、再びマフラーに顔を埋めようとすると後ろから肩を叩かれ、少し心臓が跳ねた。落ち着くように自身に言い聞かせ、振り向くが予想した相手ではなかったことに加えて太刀川の苦手とする種類の人物だった。

「お姉さん今一人?良かったら俺たちと遊ばない?」

 俗に言うナンパというやつだろう。思いがけず口から重たい息を吐いてしまうが、それさえも綺麗な白色をしており、とても輝き、とても皮肉じみていた。
 改めて声をかけてきた男性二人を見据えた。顔は一般的に表すとカッコいい部類に入るのだろう。急な出来事で名前は出てこないが、駅の売店で立ち読みしていた雑誌の表紙になっていた俳優に似ているような気もする。
 もう一人はカッコいいよりは可愛い雰囲気を持った男性であり『世話を焼きたくなる』ようなそんな人物。年齢は間違いなく太刀川より下だろう。大学生とも見えるところから下手すれば干支一周分離れている可能性も捨てきれない。
 つい相手を観察してしまうが随分と手慣れているのだと関心さえしてしまった。明らかにため息を吐いた彼女にさえニコニコと眩しい笑顔を向けている。知識があり、場数を踏んでいるということだろう。

「いや、遠慮しておく」

「んなこと言わないでさ、飯とかカラオケ奢るし」

 彼女が言葉を発し終わるかどうかの境目で言葉を被せて来るあたり諦める気はないらしい。少しずつ苛立ちが生まれ、切れ長の目がさらに細くなっていく。コートのポケットに入れた手は握られ力が込められた。
 彼女は誰かに頼み事をされた時は強く断ったり、否定したりすることが苦手であった。それは自覚しており、頼まれたら了承してしまい面倒事を押し付けられたりするのも少なくはなかった。
 どうやって断るものかと相手とは反対方向を向いて悩んでいると、別の方向から聞こえた言葉に今度心臓が跳ね上がった。

「あの、その人に何か用ですか?」






「すいません。電車がちょっと遅れてて」

 申し訳なさそうしながら隣を歩く彼に向かって太刀川はこちらこそと謝るように手のひらを立てた。ポケットから自由になった手に力は入っていなかった。

「なに、私こそ早く着いてしまったのだ。花厳が気にすることではないさ」

 正面に視線を戻し、太刀川は言葉を続けた。

「それに、本当によかったのか?折角のめでたい日になろうとしているのに美味しいディナーも、綺麗な夜景も、素敵なプレゼントも何もない。高校時代のただの教師とぶらぶら散歩なんて」

「……うす」

 自虐気味に笑いながらも楽しそうに話す太刀川に対して花厳は少しの沈黙の後に俯きながら短く返した。それを横目で見た太刀川は体を伸ばす動作を取った。

「専門学校はどうだ。順調か」

「ぼちぼちっす」

 そうか、と言う太刀川はどこか嬉しそうだった。全寮制である春瀬高校の寮長を勤めている太刀川は生徒達の寝食の世話をする機会が多く、相談に乗ることも多い。そのため、生徒達の進路を聞いた時は自分もそれについて詳しく調べるほどだった。
 お互いに黙り、少しの沈黙を吹くように冷たい風が抜けた。

「先生はどうすか。学校」

「うん……?私か?私も特に変わりはないさ。朝食を作って、花壇の整理をして、体育を担当して。夕方には夕飯を作って浴場を洗うの繰り返しさ。……相変わらず、卒業する生徒を見送るのは慣れないがな」

 少し上を向いて笑う太刀川に花厳も本当に変わっていない、と目を細めて笑った。
 ようやく彼が笑ったと心中で喜ぶ太刀川の脳裏に、閉じていた扉が急に開くように記憶が呼び覚まされた。




「じゃあ、愛です」

 真っ直ぐこちらを見て、震える喉から飛んできた言葉に太刀川の思考は完全に止まった。全身が心臓になったと錯覚するほど心音が大きく聞こえた。
 出そうとした言葉は燃えるように暑くなった喉で溶けてしまい、熱を持った息だけが口から吐き出された。息苦しさを覚えて太刀川は自分の胸を強く掴んだ。生徒達の新たな旅立ちを祝おうと新調したスーツに深く皺が出来た。
 あの時、どんな言葉を返せばよかったのだろうと今でも思う。考えても答えは出ないと分かっているのに立ち止まることを自身が許してくれない。思い出す度、考える度に、苦しそうな顔をした彼から逃げた自分が同時に蘇る。何も返事せずに彼から、彼の気持ちから逃げた自分が心底嫌になる。


「あの、先生。聞いてます?」

 心配そうな花厳の声が、思い出の沼に沈んでいた太刀川を引き上げた。
 ハッと我に返った太刀川は息をすることすら忘れていたのか、慌てて呼吸をした。十月の空気が喉を冷やし肺へと勢いよく入り込んでくるのが心地よい。

「あぁ、すまない。少し考え事をな」

「……そうっすか」

 どこか納得がいかない相手の顔を見て太刀川は少し罪悪感を覚えた。
 だが、花厳は行く宛もなく、二人で歩いていくなかで色々なことを太刀川に話した。学校で新たに出来た友達のこと、勉強のこと、最近学んだ料理のこと、家族のこと。
 それを聞いていると太刀川は数年前に戻った気がしていた。桜咲祭を二人で回ったことが特に色濃く残っており、そこからやはり卒業式へと繋がってしまう。

 思考を切り替えるように右手首に付けている腕時計を見る。長針、短針が共に一番上で重なる手前を指していた。

「23時半か。そろそろだな」

 二人で爪先を駅へと向けて歩き出した。
 その間、花厳は口を開かなかった。太刀川は何か話すべきかと何度かマフラーの下で口を開いたが、言葉が外へと出ることはなかった。

「こんな時間まですまなかったな。久しぶりに話せて楽しかったぞ。本当なら明日に祝ってあげたかったが、明日は修学旅行について職員会議があるんだ」

 何故か、今になって言葉が流れて出てくることに太刀川は悔しい気持ちになった。まるで花厳に言葉を出させないように畳み掛けているようで居心地が悪かった。
 一瞬、時計へと視線を移す。

「終電がなければ日が変わってからちゃんと言えるのだが、こればかりはな……。十分ぐらい早いが誕生日おめでとう、花厳」

「…………あざす」

 精一杯の笑顔で言えただろうか。
 そもそもちゃんと笑えていただろうか。

 太刀川はそれが怖くなり、急いで相手に背を向けると一歩踏み出した。




「……何の真似だ?花厳」

「出すぎた真似です」

 自身の腕の中に収まった太刀川の言葉に被せるように花厳は小さく呟いた。背後から抱きしめられた太刀川は息を大きく吐いた。巻いているマフラーが少し熱を持った。

「普段こんなことしないだろう」

「もう大人っすから」

 肩の上から首に回った手が力を入り、花厳へと引き寄せられる。太刀川は少しだけ息苦しさを覚えた。

「なら尚更だ。無理矢理するのが大人のやり方ではないだろう」

「じゃあ、まだ子どもでいいです」

 流石に呆れそうになった太刀川は、相手を何と言い聞かせようか言葉を探していると花厳が言葉を続けた。

「花厳、君な」

「子どもなのでワガママです」

 花厳の腕にまた少し力が加わった。太刀川は強くなった息苦しさから逃れるように相手の腕を掴んだ。だが、その腕が微かに震えていることに気づくのに一秒もいらなかった。その理由が力を込めているからでないことが分からないほど太刀川も思考は止まっていない。

「先生が強く拒めないのは分かってます。そこに俺がつけこんでるのも分かってます。今度は逃げられないようにこんなことしてるのも全部分かってやってます」

 少し緩んだ腕を静かに握った。震えているのは腕だけではなかった。
 何より、背中で感じて聞こえてくる彼の心臓の音がとても大きかった。

「それでも、好きなんです」

 それを言ってから花厳は太刀川の首元に顔を伏せて黙ってしまった。
 太刀川は自分でも驚くほどに落ち着いていた。場面こそ違うものの、剣道の試合で相手以外の周囲の音や情報が消えた時のようだと思った。頭が冴えて、簡単な答えへと行き着いた。

「私な、怖かったんだ。あの時、どんな言葉を返しても君との関係が壊れてしまうのではないかと。こんな年齢になってから持っていい感情ではないのだと。……私は学生の頃に経験がなかったのだが、青春というものはそうではないのかもしれないな」

 壊れて、直して。
 一人で、仲間と、友達と。
 後悔して、泣いて、怒って、笑って。
 怯えて、逃げて、戦って、傷ついて。
 進んで、戻って、考えて、止まって。
 誰もが謳われる権利を持つ。
 いつあるかさえも分からない。
 見えないが確かにそこにあったのだと言える。

「青春とは、そういうものなのだろうな」

 いつのまにか力の抜けた腕の中で、太刀川は転回すると初めて真っ直ぐ花厳を見つめた。驚いた顔を両手で挟むとそっと唇を重ねた。
 同時に駅に置かれた大きな時計か0時を指して音を響かせた。

 それは一瞬だったかもしれないし、数秒かそれ以上だったかもしれない。
 だがそれは、彼女が逃げ続けた二年間を埋めるには充分だったはずだ。

「……え?」

 何が起きているか分からない花厳を見て太刀川は凛と笑った。

「私の方が随分と子どものようだ。それでも大丈夫か?」

「え、あっ……の、望むところです」

 少し言葉に詰まった相手が愛おしく太刀川の笑顔は続いた。それにつられて花厳も笑うと太刀川の額に自分の額を合わせた。

「改めて、誕生日おめでとう。由雨」

「ありがとうございます。飛鳥さん」


 おめでとう。愛しい人。




−−−−−−
舞台「ハイティーン・スパークリング!」……にな様
花厳 由雨……メロ様

1ヶ月前 No.4
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