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胚胎

 ( 書き捨て!小説 )
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むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp

久しぶりにリハビリがてら 閲覧は自己責任
シリアスしか書けないただの創作好きです。お手柔らかにお願いします

ページ: 1


 
 

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp

H-a-S

甲:木上好(きのうえ こう)
乙:玉追きいと(たまおい きいと)
丙:日野江恵(ひのえ けい)
丁:火喰通子(ひくい とおこ)
戊:土枝五(つちえだ いつ)/土枝夏鈴(つちえだ かりん)
己:戸槌春誠(とづち はるせ)
庚:荒七かのえ(あらなな かのえ)/七斤かのえ(ななき かのえ)
辛:紳斤かのと(しき かのと)/七斤かのと(ななき かのと)
壬:みずのえたまき(みずのえ たまき)
癸:Mitchell Seton(ミッチェル・シートン)/椎戸水治(しいと みちる)

20日前 No.1

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp

 黄緑色をしたカーペット。そこへ寝転ぶ。暖かくもない、やさしくもないフローリングの冷たさが、カーペット越しに伝わってくる。だらりと下がる腕の先をなんとなく見つめていると、肌色と黄緑色が混ざってよくわからなくなった。私の腕は存在しているのだろうか。腕の重みが感じられるから、きっと、存在しているだろう。本当に? 心がこんなにも曖昧で不透明なのに、体がきれいなまま存在しているだなんて、そんなことありえない。ありえないよ、私。
 寝転がったまま時間が経った。眠気が襲ってくるくらいの時間の経過は、とてもムダなものになった。こんなことに時間を費やすくらいなら運動でもしていた方がマシだったな。だけどもう戻れない。戻れるなら過去も未来も存在しない。
「ただいま。何してるの」
 ガチャン、と音がしていた。していたのに、私は動けないでいた。彼を笑顔で迎えて、これからご飯にするのかお風呂にするのか聞くというテンプレートがあったのに。顔だけ動かし、おかえり、と微笑すると彼は困惑したように笑う。そしてスーツ着替えてくるねとその場を去った。言葉も私も残して、いなくなっていく。残るのは重たい私だけ。ああ、きれいになりたい。きれいになって、心も体もきれいになって、堂々と街を歩きたい。オシャレな服を着て、可愛いインテリアを買って、誰かと旅行をして、生きたい。願わくば彼と結婚をして、子供を授かって、しわしわのおばあちゃんになって、死にたい。
 スーツを脱いだ彼はきれいだ。ラフな格好の隙間から溢れる、隠し切れないうつくしさ。それは私を溶かしていく。今だって、明日だって。
 項垂れた私の元へ戻ってくると、きれいな指で私の頬に触れた。横髪でぐしゃぐしゃになった頬。それから私をじっと見つめると、「おつかれさま」と頭を撫でた。彼はきれいだ。何も言わない美学も、思いやりでできた全身も、私にはもったいない。
 だけど、そんな彼から溢れるきれいでうつくしい水滴が、汚れた私を洗ってくれる。指先からこぼれる見えない水を浴びて、少しだけ私もきれいになる。いや、きれいになんかなれないけど、それでも、不透明が半透明くらいには薄まるのだ。
「私、あなたのその指が、好きよ」
「俺も俺の指は好きだよ。きれいでしょ」
「ほんとうにね」
 細い指を見せ付けてくる彼に、小さく声を出して笑う。きれいな彼を吸い込んで、どんどん私のものにしていけたら。
 頭に置かれた手を引き寄せゆるりと指を絡めて恋人つなぎをして、彼の頭も弱弱しく引っ張り、幼く短いキスをした。はぁっと息がもれる。
「いつか旅行にでもいこっか」彼は急に話を切り替える。お互いに見つめあったままの、鼻先が触れる距離がなぜだか愛おしく思った。「俺の給料じゃむりかな」
「大丈夫いつか行こう。貯金が貯まって、それで、私がきれいになったら」
 そう言うと、彼はおかしそうに「なにそれ」ときれいな笑顔を作る。私がほしいのはその笑顔なんだよ。そしてなりたいのは、あなたに似合うきれいなひと。

20日前 No.2

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp


アイビー/古川澪、本郷茉巳
夏の朝には花束を/藤山啓介、松岡濱正、芝野秀、宮家埜乃、唯川琳、篠原爽
トカゲ/遠島千景、佐瀬良、一透、夕映遠、篠ノ井しのぶ、花鹿幸
善人良人/深水善、米良由
忘却(ゆめ)/夕波まめ、浅井騎士
「寡黙≠優しさ」/弦木千尋、瀬口龍成、森下幸、甘久都甘
有能処の外れ屋/笹目久めぐる、梔子スズメ、雨宿鐘、徒花ぴいこ、夜中真中、篭日ヤヱ
やさしいあくま/九十九、雪、貴蛇、戌一、天屯、炉鬼
H-a-S/木上好、玉追きいと、日野江恵、火喰通子、土枝五、戸槌春誠、荒七かのえ、紳斤かのと、みずのえたまき、ミッチェル・シートン(椎戸水治)
だるまあそび/茶唐美ヰ子、冷端ゆはた、塩屋撫子、舞踏赤、舞踏白、黍酒羊

アリシア・バチェラー
藺月染南
藺月詩音
藺月灯鵺
エディー・ローレンス
白瀬夜々
マシュー・エマーソン
ルイザ・グレンヴィル
薪平秋平
花束真南
黒神灰羅
大石田睡
冬青るうた

Memento-Mori./人数不確定
M/B/人数不確定


20日前 No.3

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp


「ほらほらあ、みんなラムは死ぬべきだって言ってるよお。まっ、殺すのはシュガアだけど」
 また始まった。まったく、せっかく仲間に入れてやったというのに、いつまで経ってもこいつらは学ばない。喧嘩のどこが楽しいんだか。双方にマイナスしかない喧嘩なんて無意味だって、つい一昨日教えたばっかだっていうのに。俺より若いんだから、少なくとも記憶力は良いはずだろう。
 本当に手が焼ける。
 にっこりと可愛い笑顔を浮かべた美ヰ子に停戦を持ちかけてみるも、あっさり却下された。やる気は満々なようだ。できるなら仕事でそのやる気を発揮してもらいたいものだ。
「はあん、なにいってんの。おれでしょ」
 目の前で堂々と銃を俺に向ける美ヰ子。そうして、俺の後ろから小型ナイフで刺そうとしているゆはた。まあ、言ってしまえば、こいつらが今どこで俺の死を狙っているかなんて分かっている。みんな、まだまだ、だ。
「ほら、いい加減出てこい。なんなら当ててみせるか? 俺の斜め後ろの壁の影に隠れてるのは白、天井から見張ってるのは赤、黒いソファの後ろにいるのは撫子、だろう」
 前後から脅されている状況下でも各々の場所を当ててやる。こうしてやらないと中々現れない上に、この時間自体が終わらない。俺はそろそろ腹が減った。そろそろ夕食時なはずだ。みんなで食事するためにも、この茶番のような喧嘩を終わらせて、それから注意してやらないと。詰めの甘さを。
 俺が所在地を当ててから数秒後、ぞろぞろと仲間が観念した顔で姿を現す。でも諦めてはいないだろう。今だけ、仕方がなく俺殺しを止めたにすぎない。
「あらあら、また失敗でございますの……残念ですわ」
「もー、姉サマのせいでまーたおれっちも説教だよ」
「さすがぼくらのボスです! ぼく、もっともっとボスのことすきになったです」
 まるで遊びのような態度に、思わず笑ってしまう。一応こっちの命がかかっているんだぞ、と言っても聞きはしないだろう。むしろ、俺の命をかけたお遊びなんだろう。
 今日はもう夕飯だ、とリビングを抜けようとしたとき、ふっと背中に気配を感じた。ああ、ゆはただ。伸びてきたその果物ナイフにも劣るナイフを簡単にするりと指から落としてやると、カランとした音と共にゆはたの悔しがる声が聞こえる。まったく。
「これから夕飯だと言っているだろう、ゆはた」
 本当に、手が焼けるやつらだ。


19日前 No.4

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp



 知らない街へと続く道路をひたすらに歩く。確かに、確かに三時間前までは居心地の良い愛車の中だった。それが今はどうだ。タバコを買いに寄った田舎のタバコ屋を出て数分、ガスッと嫌な音がしたから確認してみれば、見事にタイヤがパンクしている。タバコ屋を見つけるまで数時間かかった田舎道に修理屋があるとは思えない。そうして最終的には徒歩で見知らぬ街に向かうハメになった。愛車は情けない顔をしていたが、引きずっていくわけにもいかず、後々同期に持っていってもらうという約束で道端に置かせてもらった。といっても近くに誰もいなかったので、持参していたノートを破りそう書いて愛車に貼り付けておいた。ああ、あんなヤツに借りを作るなど、一番したくなかったのだがな。
 息を吐くたび白い息がもれる。歩いてみて初めて、冬の野外は寒いのだと知った。都市は排気ガスやら電気やらそもそもの気候やらでそこまで寒くはないし、寒いといっても、口から白い煙など出ない。田舎の特権というやつだろうか。車でなければ店屋にも行けない上、冬はこんなに寒いだなんて、田舎というのはまったく不便なところだ。
 しばらく歩いた。三時間四十三分歩いた。それでも、街と呼べる街は見当たらない。本当にこの道で合っているのか疑いたくなるほど、一本道しか存在しない。
「おい、おまえ、なんでこんなところ歩いてんだ?」
 ふうっと吐かれた白い息と共に、一人の男が現れた。いかにも中古で買ったといわんばかりのオンボロ車も一緒だ。メシアか、はたまた冷やかしか。じっと様子を伺いながら今に至るまでの説明をしてやると、それは災難だったなあ、と大きな目を細めて笑っている。それから、良かったら俺のに乗っていけよ、と。
「すまない」
「いやあ、いいんだいいんだ。街に行くにゃ車でもあと三十分だからなあ」
 オンボロ車は快適とはまではいかなかったものの、寒さと風が凌げる分、ずいぶんと体が楽になった。同時に外の寒さが厳しいものだったのだと思い知らされる。よく三時間以上歩いたものだ。我ながら褒めてやりたい。
 それからというもの、乗車させてもらった人当たりの良い男と他愛ない会話をして時間を過ごした。会話といってもお喋りな男に時折適当な相槌を打つだけだったが、それでも男は楽しそうに話を続けていたからまあよかったと思う。お喋りなヤツは助かる。こちらが何も話さずとも、勝手に喋り通して更には満足してくれる。話の共有を強要してくるヤツは嫌いだが。
 男がわが子の可愛さについて語っていたとき、ようやく目的地に着いた。思ったよりちゃんとした街だ、よかった。気楽男に礼を言い、別れを告げ、早速約束の場所へと向かう。ずいぶん待たせてしまっている。怒ってはいないだろうが、それでも、遅延というのは許されない。私が、許さない。
 暖かいホテルのロビーにはやはり客人が待っていた。急いで謝罪を述べ、飴細工のようなテーブルを挟んでソファに座る。田舎のソファにしてはまあまあだな。
「おお……ロリーネ君、大丈夫だったかね」
「ええ、丈夫さだけが私の取り柄ですので。では、早速お聞きしましょうか」
「ああ、よろしく頼む。有名でない君にしか頼めんのだ」
 ズラリとテーブルに並べられた数枚の顔写真。いつもであれば知らない顔ばかりだが、今回は少し違った。
「では今日はこれにて失礼します」
 ひとまず、今度はオンボロ車を探さなければ。今日は運はいい。仕事も早く終えれそうだ。


18日前 No.5

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp

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12日前 No.6

削除済み @lupus ★zmzlCWJ3Nb_pxp

【記事主より削除】 ( 2017/01/09 22:58 )

12日前 No.7

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp



 きれいきれいに、しようね。
 悪魔の声だと思った。生きてきた上で最悪最低なやつだとも思った。きっと私は目の前の男より最低なヤツには出会わないだろう。そう確信して言える。
「ほら、大丈夫だから、ね」
 何が、何が、いったいこの状況下の何が、大丈夫なんだろうか。手足に繋がれた鎖。ジャラリと音を鳴らすだけの首輪。無理やり着せられたきれいなセーラー服。私は動けない。手錠のカギは見当たらなければ、扉さえ視界に入らない。私は、いったい、何が大丈夫なんだろう。
 ゆったり、ゆったり、ネトネトしていそうな指が伸びてくる。気持ちが悪い。触らないで。触らないで。私に触れていいのは、私が愛した彼だけよ。
 指が、徐々に、徐々に、私の、喉元へ。なに、首でも絞めるつもり? それとも突き刺すつもり? その汚い指で、私を、殺すつもり?
「う゛、っ……お、ぅえ……っ」
 違った。違った、ちがった、こいつは、もっともっと、もっと、気持ち悪いやつだ。変態だ。異常だ。異端者だ。伸びてきた指がそれを物語っている。こいつは、私の首を絞めるでもなく、刺すでもなく、殺すでもなく、吐かせた。何度も、執拗に。私の嘔吐きだけが響く中、いいね、もっときれいにしようね、だなんて、イカれてる。はやくにげだしたい。あいたい、彼に。
 きっとこいつは吐かせるために食後の私をさらったんだろう。こんなことになるなら、一人で食事なんて、しなきゃよかった。いまさら。そんな後悔ばかり。
 そうしてもう嘔吐物にも見慣れる頃、私の胃の中もからっぽになっていた。出しても出しても胃液に空気に痙攣だけ。ほら、もう、おわりにしよう。私にはもう、何もないよ。
「まだ……まだだ、まだ、きれいにしないと……」
「ぅあ、はっ……あ……?」
 なにを、いって。
「ア……や、いや、もう……いや」
 やめてくれ。私じゃない、可愛い子にしたらいいじゃないか。よりによって、なんで、私が。もうないんだ、なにも。なのにどうして、こいつは。
 再度伸びてくる指。喉の奥まで突かれると、また空気が漏れた。うえっ、と声だけは立派だ。それを確かめると、男は思い悩んで、それから、何か食べ物を、と小さく呟く。これからまた何か食わせるのか、頭イカれてるんじゃないか。いや、私をさらったときからもうイカれていた。いいや、きっと生まれたときから既に、イカれていたんだろう。
 嘔吐で汚くなったセーラー服。口から伝う汚い唾液。涙目になった汚い私。床も、男も、何もかも、汚い。
「待っててね、すぐに戻ってくるね」
 そう言い残すと、バタバタと本棚の方へ駆けていく。なんだ、あそこの裏が出口、か。テレビドラマのようだな。
 ああ、ちがう。私は出たい。一刻もはやく、男が戻る前に、見つかる前に、繰り返される前に、この悪夢のような現実から、逃げ出したい。だれか、いないのか。
 誰か、誰か、だれか、誰か、だれか、誰かだれでもいい。私を、どうか、救ってくれないか。


12日前 No.8

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12日前 No.9

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「アメダマァ、飴玉よこせよ」
「相変わらず野蛮ですね。どうぞ」
 ボロッボロにダサい制服の着こなしで現れた野蛮な先輩に、丁度持っていたパイナップル味の飴を渡す。ちなみに昨日は青りんご味だった。
 俺の知り合いの先輩には二人いて、一人はこの野蛮な先輩。いつもいつも俺のところにやってきては飴を催促する飴寄こせ妖怪だ。そうしてもう一人が、俺に飴をくれるアホな先輩。この二人のお陰で、俺は未だにアホな先輩から貰った飴を食べたことがない。野蛮飴寄こせ妖怪が――あ、いや、先輩がもっていってしまう。まあ、飴なんていつでもどこでも買えるからいいんだけど。
 今日も今日とて飴の取り引きを終えると、珍しく先生に呼び出された。妖怪の次はなんだ、仙人か?
 何もしていないはずなんだけどな、成績だって普通を極めているし、態度だって普通そのものなんだけど。
「失礼します。なんでしょうか、先生」
 さっさと用件を済ませるべく向かった職員室の先。担当の先生は入ってすぐの机にいるからいつも助かる。
「おまえ、お菓子貰ってるんだってな?」
「おかし……ええ、まあ……先生も食べたいんですか」
「アホ! おまえなあ……校則、わかってんのか」
「あっ」
 忘れていた。学校には校則というのがあった。この学校では、飲食物の持ち込みは禁止になっている。スポーツドリンクとお茶と水は別だが、それ以外は処罰の対象だ。これはやばいんじゃないか? 俺もついに停学に……!
「飴」
「はい」
「何回もらった?」
「えーっと、数回くらいです」
「そうか……まあ、おまえに菓子やったヤツは大方目星がついてる。おまえが断れない性格だってのもな」
 先生、菓子とかヤツとか本性バレれますよ。猫被れてませんよ。
「だから、今回だけは見逃してやる。だが次貰ったら、反省文提出だからな」
「はあ、わかりました。ありがとうございます」
 きっと先生は口が悪いタイプだな、と密かに思いつつ、それなりの笑顔で職員室を出る。反省文を書くくらいなら一気に停学や一時休学がいいな。
 さて、午後にはきっとまたアホな飴玉寄こしおじさんがやってくるだろう。それをどううまく隠れて受け取るか、それが今後の一番の課題だ。




11日前 No.10

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp



「……なに、探してるんですか」
 散乱した机上、書類のカーペットができあがった床、乱雑にされたクローゼット、ボサボサの僕の髪。初対面が見たら完全に空き巣だと疑われてしまう今、親しい部下がため息をこぼす。
「ちょっとメガネをね」
「メガネごときでこの有り様ですか」
「そのメガネごときがないと、なあんにも見えないもんでね」
 そう言うと、今度は盛大なため息が聞こえてきた。絵に描いたような、まさしく「はあ」というようなため息だ。
 とはいっても彼女の言い分もごもっとも。一つのメガネを探すだけだというのに、僕の隊長室は本当に空き巣に入られた後のようだ。これを僕の探査能力の低さと見るか、はたまたメガネが隠れ上手と見るかは、それぞれの価値観だがね。……ううん、それにしても、僕のメガネはどこへいったんだ。二ヶ月前に買い換えたばかりだというのに、まったく。
「あの」
「なんだね」
「ご自宅に忘れたということはないんでしょうか」
「……君はいつも賢いね」
「隊長とは違いますので」
 こういうときばかり笑顔を使ってくる部下に僕も適当に笑って返すと、少し驚かれる。いつも笑わないからね、僕は。いや、それとも違う理由か。
 そうして一刻も早く取りに戻ろうと、少し出てくるよ、と部下の横を通り抜けた。
 はずだった。
 本来ならば、今はもう廊下に出て玄関口へ向かっているはずが、しっかりと腕を掴まれている。僕の、親しく利発な部下に。なぜ?
「あの」
「なんだね」
「隊長の目になりたいです」
「僕はまだ失明しちゃいないんだけどねえ」
「でも、これから」
「……僕はね、未来の話は嫌いだよ」
「わかっています」
 わかっています。もう一度、彼女は呟いた。二度目は僕へではなく、彼女自身に言っているように見えたし、おそらくそうなんだろう。そのくらいは分かる、なんたって僕は心理学者だ。嘘だけれど。
 確かに、僕はそのうち視力を失う。メガネが必須なのもその代償だ。しかしこれはどうあがいても、泣いても、願っても、誰かを殺したとて変わることのない、絶対的な事実だ。選択の余地など存在しない。そうしてそれでもいいと思っている。何しろ、僕は物事に対する執着心とやらがないようでね。例えば今ここで親愛なる部下が死んだとしても、敬愛なる身内が殺されたとしても、最愛なる僕が無残な死に方を遂げたとしても、それでも心は揺るがない。可哀想だ、とも思えない。そしてだからこそ、隊長という位になれた。軍にとっては最高の人格だろうね。死を恐れない人間ほど扱いやすい駒はないのだから。
「それでも、私はあなたの目になりたいです」
「なあに、それは、プロポーズかね?」
 戸惑いながらも言葉には芯があった。彼女は頑固だ。意志を曲げるという概念すら持っていない、純粋な頑固者。はあ、まったく、隊長の意思は無視なんだから、いつもいつも。困っちゃうよなぁ。
 そして僕の安っぽい言葉に、「はい」という素直な言葉を眼差しが返ってくる。軍人が色恋ね。興味がないったら。
「僕はね」
「興味がない、でしょう。それもわかっています。ですから、目となると同時に、私は隊長を人間にしたいんです」
「へえ、僕を人間に……ねえ」
 人間らしく、ではなく、人間にか。面白いことを言うもんだ。どうやら僕は、最初から人間には生れ落ちなかったというわけだね。そんなことり……いやはや、求婚と僕の再構築を同時に告げられるとは思いもしなかった。僕みたいな人間もどきの周りには、やはり似たようなものが集まるようだね。類は友を呼ぶ、ということわざは本当だった。
「……あっ、隊長、もうすぐ会議ですよ。メガネはどうされますか」
「しかたない、このまま向かうとするかね」
 資料なんて見えないだろうが、出席しないと流石に怒られてしまう。三回に一度くらいしか欠席は許されない。そして僕は前回欠席している。それも寝坊でね。ああ、今日はとんだ日だなあ、とぼんやり考えながらなるべく急いで会議室に向かおうと隊長室を後にする。髪も適当に整えておく。掃除はあとだ。
「私、スペアであれば持っていますが」
「それを早く言ってくれよ」


9日前 No.11

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp



 覚えていますか。あなたと食べたスパゲッティ、あなたと飲んだ評判の良いコーヒー、あなたと見た時代遅れな映画、あなたと、あなたと一緒に泣いたあの日のこと。スパゲッティはしょっぱかったし、コーヒーは全然おいしくなかったし、映画もつまらなかった。それでも、あなたと一緒だったから、またしたいと思えている。全部、あなたが一緒だったから。あなたが、生きていたから。
 今日も情けなく目が覚める。朝だ。カーテンから弱々しくも日が差し込んでいる。眩しい。痛い。太陽なんて見たくはないんだけど、いつまでも寝ぼけたままじゃ仕事に行けないから、しかたなく、カーテンを開けた。その途端眩しさが何百倍にもなってしまって思わず目を細めた。
 スリッパの音を響かせて仕事へ行く準備をする。時間確認のためにつけたテレビからは、もう今日の運勢について流していた。あなたの今日の運勢は2位だって。よかったね。ちなみに私は1位だったよ。
 食パンを牛乳で押し込み、歯を磨き、着替え、ようやく家を出られるというときに携帯が鳴る。ピリッと身体中が震えた。
 もしかして、あなたから?
 でも違った。あなたからではなく、高校時代の友人からだった。今日一日分の気力を使い果たした気がした。
 ふう、と息を吐く。大丈夫だ、今日も生きるんだ、働くんだ、私ならやれる。あなたがいなくなってから毎日唱えている呪い。あぁ、いつまで唱えればいいのだろう。
 家を出てからは全てが一瞬のうちに過ぎていった。いや、体感時間はとても長く感じていたが、いざ正気に戻り振り返ってみると、驚くほど短い一日になっている。仕事も、人間関係も、友人との息抜きも、こんなにどうでもいいことだったのかと、初めて知った。あなたという存在の大きさを、改めて思い知らされる。
 何とかよろよろとした脳内で帰宅する。テレビはつけない、電気もつけない、化粧も落とさないまま、ベッドに倒れこむ。はやくねてしまいたい。はやくあなたにあいたい。あぁ、私はどうして、お金を稼いでいるのだろうか。使うあてすらないのに。

 私は今日も、あなたと過ごした思い出の中だけで生きようしていた。

7日前 No.12

むっく @lupus☆pPLl3rrZrEE ★zmzlCWJ3Nb_pxp

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3時間前 No.13
ページ: 1

 
 
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