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炎天ランナウェイ

 ( 書き捨て!小説 )
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あさしま @apology ★NFJ5MQ3UI5_iCW



 焦がし尽くせ、恋心。






エログロ何でもあり思いついたらとりあえずぶち込む場所。
診断メーカーやお題サイトからの拾い物などなど。
うちよそ、自創作メイン。

注:頭の悪い腐女子です

ページ: 1

 
 

あさしま @apology ★NFJ5MQ3UI5_iCW

 少し荒い息を落ち着かせながら、まだ疼きのおさまらない拳をゆっくりと解いていく。その手は微かに、けれど間違いなく震え、所々に血痕がこびりついていた。すっかり乾いたそれを拭うこともせず、少年の視線と意識はただ右手にのみ注がれていた。念じるように見つめるが、少年の利き手は怯えた小動物のように震えたまま、言うことを聞かない。舌打ちが漏れる。抗うように、再び拳に力を込めた。
 コンクリートの壁に挟まれた薄暗い路地裏で行われた小競り合いなど騒ぎにすらならない。この街では常識、当たり前、日常茶飯事に含まれる行為だ。血なまぐさい薄闇の一歩向こう側で、人々は慌ただしく行き交う。少年の存在など、物置にしまいこんだ古家具のように目もくれない。

「……これ、全部お前さんがやったのかい?」

 突然、少年の背後からおざなりな声が飛んできた。全く予想していなかった方向からの投げかけ。ばっと振り返る少年の目線の先には、ひょろりと長いシルエットが佇んでいた。腕も脚も腰も竹のように細い。逆光で輪郭はぼやけ、細部も分かりにくいけれど、その影は確かに微笑っていた。
 少年は先程まで大立ち回りを繰り広げていた相手、そして現在はただ気絶して足元に転がっているだけのチンピラの内の一人を一瞥し、またすぐにその細い影に戻して、
「あんた誰」と声を投げ返した。
 少年の瞳は十九という年齢にしては大きく、幼さを感じさせる。笑いかければ微笑ましい画になるだろう。しかし今、その目には明らかな警戒と敵意が宿っていた。眉間に刻まれた深い皺が、あるべき人懐こさを掻き消す。周囲のもの全てに威嚇する野良犬のような。
 少年の剣呑な視線など全く意に介さず、影は肩をすくめた。アメリカのホームドラマを見ているかのような、大袈裟な動作だった。
「人に名を聞く時は、自分からだろ? ヤレヤレ、まあいいけどね……オレはスタナー・フィンクス……ただの流れ者さァ…………お前さん、行くとこがねェのかい?」
「……倉原ガク」
 少年は問いには答えず、自身の名前だけを端的に呟く。スタナー。そう名乗った影の艶やかな長髪が揺れる。靡く。少年を見つめるエメラルド、目を細めた数瞬、光を灯す。
「……そう……ガク、オレと一緒に来なよ。持て余してんだろう、色々とさ……」
「……新手のナンパならお断りだな」
 頑なな言葉とは裏腹に、口調は好奇心をこらえきれず零した。新しい玩具を見つけたときの子供のような、いたずらっぽい笑み。
 この人間になら、ついていってもいい。かつて少年の直感に根拠などあった試しはない。それでも、この胡乱な影のことは、信じても大丈夫、いや――信じたい。少なくとも、ただ破落戸との無意味な喧嘩に明け暮れる現状からは抜け出せる気がした。
 いつの間にか、右手の震えはおさまっていた。
「……いいよ、スタナーさん。ちょうど暇してたんだ、あんたの船に乗せてくれ」
 満足気に一度頷いた影は、そのまま背中を向けて陽光が照らす世界に踏み出した。少年はその背に向かって決然と歩く。
 少年と影との間を風が通り過ぎる。季節の変わり目を感じさせる風は、二人をからかうかのように、しかし背中を押すかのように、重みのない柔らかさで吹き抜けていった。

11ヶ月前 No.1

あさしま @apology ★NFJ5MQ3UI5_iCW

「そこのクソガキ、何でこんなとこうろうろしてるんですか。クソガキは帰って寝る時間ですよ」
 自分の腹にも届かない頭に手を伸ばすと、一も二もなく問答無用で噛みつかれそうになった。流石混沌の街、他人に対する礼儀を知らないのは大人も子供も変わらないらしい。その目つきは外見から推察する年齢には全く似つかわしくなかった。今にも襲いかかってきそうな子供を諫めながら、自分がまだあの腐ったスラム街に住んでいた頃を思い浮かべてふと懐かしさに浸る。

 あの時は、この街の中の小さな地区が僕の世界全てで、この世界と絶縁することが、僕が明日も明後日もその先も生きる理由だった。腐った街には腐った人間しか住まないから、僕達は腐敗を踏みにじりながら今日を生き延びることに必死だった。それでもあいつは、その時からお人好しで穏やかなままだった。

 おとしよりと、こどもには、やさしくしなくちゃいけないんだよ。分かった? 、

「稀生?」

 思い出と現実が重なって僕を引っぱたく。背後から聞き覚えのある――それどころか、毎日のように言葉を交わしている相手だ、わざわざ振り返る必要などない。第三者の気配や人影を察知したのか、手元にいたはずの子供の姿はどこにもなかった。スラム出身は総じて、そういう言葉にしにくい雰囲気や人の感情を察知するのが上手い。僕達だってそうだったよね。
 ――ねえ、氷雨。
「稀生、だよな? 何してるんだよ、こんなところで」
 うるさい、関係ないでしょ。溢れかけた感情任せの言葉を無理矢理飲み込んで、フードを引っ張って鼻元まで覆い隠す。今の僕は宮丸稀生じゃない。だから、反応する必要なんてない。誰なの、あんた。
 歩き出そうとした足が止まる。くんっ、と引かれたまま動かない手が厄介だ。
「稀生、なあ、何で――」
「どなたですかあ?」
 息漏れに疑問符がついたような、微かな戸惑い。触れている手が震える。どっちの震えなのかは、知りたくない。馬鹿みたいだな、僕もあんたも。
「人違いですよ、僕はあなたなんて知りませんしー」
「……シラ切るのか。俺相手に」
「どなたですか?」
 握る手の力が強くなる。そのまま後ろに引っ張られて、思わずうわ、と声が漏れた。どうやら近くの路地裏に連れ込まれるみたいだ。ずんずん先を急がれるから、僕は少しスピードを上げて小走りのように歩かなくては追いつけない。それと同時に、隣に並んで歩いていたときは、彼が僕に歩幅を合わせてくれていたことを知る。
 名も顔も知らない男なら、あることないこと叫んだり股間を蹴り上げたり、何だって出来るのに。
 大きな体躯をアスファルトの壁の隙間に滑り込ませて、彼は僕に向き直る。僕は踵に重心を移動させて、壁に凭れる。夜の静寂を吸い込んだような冷たさが、パーカー越しに伝わってきた。
「稀生」
「稀生じゃありません」
「……稀生、」
「違う!」
 感情が定まらない。視界は上半分を紫の布に埋められて、下半分は暗い地面。彼の手も表情も、見えない、見れない。どこにいるのか、ちゃんと立っているのかすら分からなくなる。布の向こうで小さく溜息が聞こえた。
「じゃあ、あんたの名前を教えてよ」
 僕は宮丸稀生じゃない。昼間の僕とは違うんだと、数年前にそう決めた。それから現在まで、宮丸稀生としての僕も七竃としての僕も大切に守ってきた。けれど今は、七竃でもいたくない。僕は僕じゃなくなりたい。僕がどう名乗れば氷雨はいなくなってくれるのか。どう名乗れば満足してくれるのか。ぐるぐると渦を巻く思考の中で、氷雨が笑ってくれる答えだけを求めて手を伸ばす。虚空を切る。その繰り返し。嘘や出任せなんて、彼相手に吐きたくなかった。宮丸稀生以外に名乗る名前なんて、結局どこを探したって一つしか思いつかない。
「七竃」
「……ナナカマド? って、お前、あの」
 世絶雅屋の、とぽつりと漏れた声。流石に東狂中を散々飛び回ってきただけあって、師永和にも名前くらいは届いていたみたいだ。なあんだ、お前、ちゃんと僕のこと知ってるじゃないか。ふと笑いがこみ上げてきた。口角を上げた表情は、氷雨からは見えなかったようだ。
「何で、言ってくれなかったんだ。俺のこと信じてなかったのか」
 そんなことあるわけない。
「一子ちゃん、……一子ちゃんは、紫舞夜として動いてて、お前のこと知ってたのか」
 一子ちゃんは、最初は驚いてたけど、今は仕事中に会っても特別扱いなんてせずにちゃんと仕事仲間として接してくれる。でも。
「知らなかったのは俺だけだったのか……?」
 でもお前は、違うでしょ。仕事仲間として僕のことなんて見てくれない。僕が危険な状態だったら自分のことなんて構わない。一子ちゃんが危険でも、それが仕事中なら僕は放っておくかもしれないけど、お前はどうせ助けに行くんだ。そういう奴でしょ、昔から。
 だから言わなかったんだ。巻き込みたくなかったから。
 僕は甘い物食べて笑ってるお前が好きなんだ。好きなものを好きだって言えるお前が好きなんだ。なのに、僕の好きな自分を捨ててまで、僕を救おうとなんてするな。
 喉の奥にどんどんと感情が積もっていく。それが栓になって僕の気道を塞ぐ。息ができない。凝り固まったそれは意味ある言の葉になることを恐れている。――いや、恐れているのは、僕か?
 僕の思っていることを伝えて、氷雨がどう思うのかが分からないから。喜ぶのか、悲しむのか、怒るのか、何一つ想像できない。僕は他人について何も考えられない。どれだけ一緒にいたって、どれだけ言葉を交わしたって、氷雨は、他人だから。
 瞬間、心臓が震える。
 今まで食らってきたどんな攻撃より、二十年近く付き合ってきた相手についてようやく気付いた事実の方が重い。氷雨は他人。氷雨は他人。氷雨は他人。僕の脳が、氷雨への思考を止めた脳が、確かにそう繰り返している。
「……さよなら、和菓子屋さん。今日会ったことは誰にも内緒ですよお。次に会ったら知らんぷりしてくださいねえ」
 見せつけるように唇の前で人差し指を立てて、するりと暗闇から抜け出す。淡く白く切り取られた月、お飾りみたいな一等星。彼はもう、手を引くことも声をかけることもなかった。僕はそういえば、最初から最後まで彼の表情を一度も見ていない。彼は怒っていただろうか、泣いていただろうか、呆れていただろうか。その顔を見ていたとして、僕は彼の真意を読み取ることができただろうか。

11ヶ月前 No.2

削除済み @apology ★Kkaa8FBYke_1zu

【記事主より削除】 ( 2016/08/29 01:38 )

11ヶ月前 No.3

あさしま @apology ★krSnOvwCrI_iCW

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11ヶ月前 No.4

あさしま @apology ★Kkaa8FBYke_qxX

 一人で過ごす夜は、そういえば久しぶりだな。
 口元までしっかりと湯に浸かりながら、ふと気づいた。蛇腹に折り畳む仕様のドアの向こうからは、テレビの音一つ聞こえてこない。
 まあ、おれが消したんだから当たり前なんだけどな。
 もう一人の家主である同居人は、大学時代の友達と飲むんだと朝から少し嬉しそうだった。久々の再会だそうだ。今ごろ盛り上がってんだろうな、とぼんやり考えながら浴室を出る。柔軟剤のよくきいたタオルで拭いて、寝間着に着替えて、さあ髪を乾かすかとドライヤーを手に取ったところで、玄関のドアが開く音がした。

「ただあーいま」

 あまり聞いたことのないレベルで機嫌の良い声が響く。やけに早いな、と思った。風呂に入ったのが12時前だったから、多分まだ日付が変わって10分くらい。明日が土曜日なのも手伝って、帰りは2時3時になってもおかしくないと思っていたのに。

「おかえり。晩メシ食った?」
「くったー」

 風呂場から首だけを出してみると、阿智は框に座り込んで靴が上手く脱げずに格闘していた。ふわふわとした返答。あいつ酒強いって言ってなかったっけ?
 おれが髪を適当に乾かして風呂場を出るのと、阿智が三和土に靴をぶん投げて立ち上がるのが同時だった。

「結構早かったな。楽しかったか?」
「おー……、まーな」

 うーとかあーとか呻く声と、ずるずると足がフローリングの上を滑る音。何かもうそういう妖怪みたいになってるけど大丈夫かあいつ。
 酔っ払いが廊下の途中で力尽きていないか気にしながら冷蔵庫に向かう。忘れないように中央の段のド真ん中に置いておいたプレミアムプリン。税込270円。ただのプリンにしては値の張るそれを、風呂上がり用に楽しみに取っておいた。……なのに、冷蔵庫を開けてもプリンは見当たらない。勿論食べた覚えもない。
 ということは。

「おい阿智おれのプうおわ!?」

 振り向きざまのおれの文句は言い切る前に消された。文句を言う相手にいきなり体当たりを食らったからだ。しかも背後から。冷蔵庫に額を強かに打ち付けて、漫画の擬音みたいなゴツッという音が聞こえた。デコ割れてたらどうしよう。

「いっ……てえ死ぬマジで……え? 何? どしたん?」

 血が集まってじくじくと痛む額を押さえながら、涙の滲む目を動かす。色々と驚きすぎて、反応が追いつかない。いきなり何だよ! とキレる余裕すらなかった。

「……てくなよ」
「あ?」
「置いてくなよ、俺のこと……」

 どくん。その言葉の弱々しさに、心臓が嫌な音を立てる。
 おれのTシャツの端を少しだけ、でもしっかり掴んで、俯いて、離れようとしない。これだけくっついてたら嫌でも分かる、背中に伝わる、ちょっとびっくりするくらいの熱。酔ってるだけじゃない――泣いてる?

「阿智?」
「ひ、とりにしないでくれ……俺、お前がいねーと……律太が傍にいてくれねーとさあ……だめなんだ、って…………なあ頼むから、置いてくな……」

 うわ言みたいに何度も何度も同じことを繰り返す。時々つっかえたり咳き込んだりしながら。上手く見えないけど、でも多分、泣いてる。ここまできて尚、おれに見られないように、わざわざ背中から抱きついて。

「……阿智。おれ阿智の顔見てーわ。ちょっとだけ離れて」
「やだ」
「一瞬だけ。な」

 いつもと立場が逆転していることに気付いて笑いそうになった。高校生のとき、喧嘩するといつも阿智が先に折れた。普段は少しぶっきらぼうな言葉が緩むのが、好きで嫌いだった。
 こんな口調になるのはおれの前だけだと思えたから。
 色んなもんの差を見せつけられているような気がしたから。
 阿智が数センチ離れた瞬間に素早く反転して、腕を伸ばすと簡単に身体を預けてくれた。どこもかしこも熱を持っている。湯気出そう。
 阿智も泣くんだなあ、なんてぽつりと思った。肩口の塩辛い染みは現在進行形で広がっている。まったく、引っ張られるわハンカチ代わりにされるわ、お気に入りのバンTなのに好き勝手してくれやがって。

「何で一人にされると思ったの。おれ、阿智のことそうそう離すつもりねーよ」

 眦に残っている涙が、阿智が顔を上げた拍子に蛍光灯の光に反射した。そこに軽く口づけたあと親指で軽く拭ってやる。赤みを強めた頬を見て、本当に湯気が出るんじゃないかと心配になってきた。
 何で、なんて聞いたけど、多分理由は教えてくれないと思った。目の前で泣いてくれただけマシか。抱え込まれる方がよっぽど辛い。

「……っし、寝るかー。そんだけ酔ったらねみーだろ。ちゃんと歩けるか?」

 酔いと涙のツーコンボで瞳は潤みまくっている。ここまで無防備にされると据え膳も食うに食えない。せめてこれくらいは、と身を離して手を繋ぐ。年齢をからかっているように見えていてほしいもんだ。



 驚きの狭さを誇るシングルベッドの中じゃ、下手したらさっき抱き締めたよりも密着しないと寝られない。阿智を白いシーツの中に転がしてからおれも隣に寝る。いつもみたいにおれがソファで寝る手もあったけど、流石にこんな酔っ払いを放っておくわけにはいかねーよな。
 阿智に視線を移すと、阿智もおれをぼんやりと見ていた。

「阿智?」
「……飲み会、があったんだ」
「え? ああ、うん」

 阿智の視線が逸れて、宙を漂う。

「そこで、友達がわりと結婚、してて。子供がいる奴もいて。そういうの、聞いてたら」
「えっ? ちょ、おい阿智」

 嫌な予感。このタイミングで? 嘘だろ。阿智の視線はおれの視線と交錯しない。待ってくれよ。

「お前が結婚して、子供持って、バリバリ仕事してるとことか……想像して」
「……は? おれが? 阿智と?」
「は?」
「は? あ、阿智が?」
「は?」
「えぇ?」

 死ぬほど会話が□み合わない。眉間にシワ寄せたいのはおれの方だよばかやろう。

「んん、まあいいや。そんで?」
「……そんで、想像して。でも俺とお前は、そういう可能性も考えた上でこうなってるわけだから。……分かってんだけど、なんか」
「はは。指示語ばっかで何言ってっかわかんねー。要するに、おれもその人たちみたいに結婚するんじゃねーかって寂しくなったってこと?」
「……まあ、うん……」

 視線を下げるだけで頷く阿智の腰を、自分の方に引き寄せる。思わずため息が零れて、阿智の胸に頭を埋めた。

「何だよもー……そんだけのことかよ……あんまびっくりさせんなって……」
「そ、んだけって……俺は本気で、」
「何でおれから好きになったのにおれから離れてかなきゃなんねーんだよ。おれは別れてって言われんのかと思ったっ」

 言葉だけが逸る。熱い手がおっかなびっくり背中に触れる。珍しく撫でてやる側になれたと思ったのになあ。決まりが悪くて、そっと表情を窺うと、少し見開いたコーヒー色の瞳とかち合う。――そんな顔すんなよ。おれだって考えたことないわけじゃねーよ。
 おれ自身が先生と先生から生まれたから、教員の職場結婚がそう珍しくないことなのはとっくに知ってる。いわゆる適齢期の阿智は、もしかしたら既に、お節介な年上の同僚に見合い相手を紹介されたことがあるのかもしれない。それを苦く笑いながら受け流す阿智も想像がつく。
 おれはまだ学生だから、周りに付き合ってる友達はいても結婚なんてワードはそうそう出てこない。

 離れていく可能性が高いのは、阿智の方だ。

「なん、……なんで俺が」
「おれ別れたくない」

 でも自分のそういう可能性なんか1ミリも考えずに、お前はおれの心配をするんだよな。
 そんな奴のこと置いて、どこに行けるんだよ。

「何があったって絶対離れてなんかやんねーよ」

 額に触れるだけのキスを落とす。めんどくせー君嶋阿智も愛してんだよ、とは言ってやらない。お互いシラフの時のためにお預けだ。

「寝るかー」

 狭さにかこつけて、思いっきり身を寄せて全身で抱き締めてやる。阿智はそれからゆっくり眠りに沈んだ。おれはそんな阿智を見て安心して目を閉じた。まだ少しだけ火照った阿智の体温が気持ちよくて、ザルを謳うおれの恋人をここまで酔わせてくれたアルコールに感謝した。



 ふと目を覚ますと陽は昇りきっていて、まだ寝息を立てている黒い頭越しに目覚まし時計を見つける。11時50分。……まあ、たまにはこういう日があってもいいよな。阿智には、洗 濯物干せなかっただろって怒られるかもしんないけど。
正午を報せるチャイムが鳴ったら起きよう、と決意にも満たない宣言をして、布団を被り直したところで、隣で身じろぎする気配があった。

「……あち。おはよ」
「おー……おは……よ……?」

 小さく声をかけると、無精髭を微かに生やした口元が動く。おれだけしか見られない阿智のだらしないところ。男である以上仕方ないことだとは思うんだけど、正直あんまり似合ってないんだよな。

「……え? 何でお前ここで寝てんの?」

 軽くこすった目が、まだ眠気を漂わせながら瞬きを繰り返す。うそお、と思わず声に出していた。

「阿智、もしかして昨日のこと覚えてない?」
「昨日? ……えーと、二軒ハシゴして、ウチ帰ってきて、それから……」

 あれー? と首をひねる阿智を見てたら、何かもうどうでもよくなってきて、自然と笑みがこぼれた。

「はは、もーしゃーねーなあ。ずーっと傍にいてやっからなー」
「え、何? 俺昨日なんか言ったか?」
「いや別に? つーか俺のプリン返せよな」
「あー? 名前書いてねえからだろ」


 狭いシングルベッドで、男二人でお互いの境目が分からなくなるくらい抱き合って、笑って、お前がいないと駄目なんだって気付いて、お前と共にあるこれからの毎日を誓って、そうしてまた笑う。
 たまにはそういう日があってもいいよな。

7ヶ月前 No.5

あさしま @apology ★sjUAJ4OkeA_dB9

 滅多に鳴らない携帯電話が、コートのポケットの中で着信を知らせた。画面に表示される名前に思わず歩が止まる。すぐに背中を押されて足は強制的に動かされた。いつまでたっても人混みには慣れそうもない。壁際に身を寄せると微かに舌打ちが聞こえる。
 周りより頭一つ大きく育ってしまった身の丈に、心はついていけないままいくらでも小さくなっていく。僕より三センチ高い、あの意志の強い瞳に僕だけが囚われている気がして、膝を抱えて縮こまる回数だけが増えていく。
 余計なことを考えている間も携帯は鳴り続けている。早く出ろと急かすバイブ音に促されて、何を言うかも決めていないのに指は画面をタップしていた。

『葵』

 もしもし、そんな常套句は掻き消えた。久しぶりに聞いた気がする、僕を呼ぶ声。

『何も言わなくていいから、ただ聞いていてくれ』

 あいつにしては珍しく語調が弱い。それがスピーカーから聞こえる言葉以上に不安を煽る。



『俺はお前が好きだ。でも、……、お前はいつも苦しそうな顔をするから、……、好きになるのをやめる』



 声が遠い。耳が痛くなるくらい携帯を押し付けていても。雑踏に混ざっていく。

『長い間、……、悪かった』

 うまく聞こえない。でもお前が謝るようなことじゃない。
 悪いのは全部僕で、お前の気持ちに応えられなかったのも、お前に嫌な思いをさせたのも、お前にこうやって謝らせてるのも、全部全部――、



『頼むから幸せになってくれ』



 周りのノイズも僕の思考回路も途絶えた、ほんの一瞬。はっきり聞こえた、たった一言。
 いつも通りの無愛想な声に紛れて、辛苦と懇願と慈愛とが入り混じった言葉にできない感情が確かに存在していること。
 凛々しくて強くて自分にも他人にも真っ直ぐなお前に、そんな感情をもたらしてしまったのが他でもない僕であること。
 それは、僕を大きく揺さぶるには十分な一言だった。

「今どこだ」
『え? ……駅の改札を出たところだが』
「わかった」

 なかなか進まない人混みも、丈の長いキャメルのコートも、鞄の奥に潜り込んだ定期入れも、全てがもどかしい。早く会いたい。顔が見たい。
 足がもつれる。こんなに走ったのなんて何年ぶりだろう。
 革靴はつくづく運動に向かないようにできているらしい。
 季節外れに滲んだ汗で手が滑る。
 勢い余って改札に突っ込んで、大きな警報で止められた。この間抜けな音が聞こえる距離にいてくれ。

 いつの間にか外は雪がうっすらと積もり始めていて、夜九時半のクリスマスにおあつらえ向きの粧いだった。
 黒いコート。
 長身。
 ぴんと伸びた背筋。
 後ろ姿だけで分かる。待っててくれてよかった。顔が見たい、ああでもやっぱり見たくない。見たら溢れて、きっと止まらない。そのまま大きな背中にしがみついた。

「っ、葵」

 日頃の運動不足が祟って息がなかなか落ち着かない。背中に当てた心臓の音は速いし、胸に回した手は震えるし、首元に寄せた顔が熱い。どれもこれも全部運動不足のせいだ。振り返ろうとする顎を無理矢理押し返す。

「……そのままで、聞いて」

 息を整えながら呟く。どれだけノイズが大きくてもお互いの声が聞こえる距離にお前がいる。それだけで力が抜けるほど安心すること、お前は分かっているのかな。

「僕は、結婚できないし、子供も産めないよ」

 言葉にしたら呆気ないほど簡単で、ピーマンが食べられないとか、スポーツができないとか、それくらいの類のことなんじゃないかと思えてくる。実際にそうであってほしかった。

「結婚できないっていうのは、おばさん達にお前の晴れ姿を見せてやれないってことだし、子供を産めないっていうのは跡取りを残せないっていうことだ。……もし、お前が最終的に女性と添い遂げることになっても、僕が傍にいた分だけその女性との時間は遅れるし、縮まる」
「それに、おばさん達のことだってそうだよ。実の親より親らしく世話してもらって、僕はおじさんにもおばさんにも頭が上がらない。お前の弟妹達も本当の兄みたいに懐いてくれて、本当に、本当に嬉しいんだ。……僕は、お前の家で、お前と一緒に育ててもらったようなものだよ。人間として育つために必要なことは全部、お前とお前の家族に教えてもらった」
「おじさんにも、おばさんにも、弟妹にも、……お前にも、僕は何もあげられないよ。何も持ってない。親から何ももらってないからね。優しさも、慈しみも、愛も、何も知らない、可哀想な男だよ。……それでも、」

「葵。早く結論を言え」

 手に温かい感触。少し強く握ってきた手が強張っている。
 昔から夏でも手を握ると温かかった。冬になると、冷たいな、と言って柔く包んでくれる手が好きだった。比べてみると同じくらいの大きさなのに、何故かお前の手の方が大きく見えた。優しさも慈しみも愛も、全て丁寧に受け取ってきた手だからだと思った。
 その手に、全てを預けたいと思った。



「それでも、僕と幸せになってくれるのか」



「当たり前だ。お前と幸せになりたい」

 気付いた時には腕の中だった。顔を上げるとわずかに朱に染まった耳朶が見えて、それだけでもう十分だった。
 我に返ってようやく人の目が気になってきたけれど、それすらもどうでもいいと思えるくらい、最愛の人の体温は心地よかった。








このあとベッドインするからオチはない

4ヶ月前 No.6
ページ: 1

 
 
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