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subliminal

 ( 書き捨て!小説 )
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NIE@hikali ★7Ggo3grKjY_w1X

初めまして
心につもっている世界やことばを書く場所を立てなおし
サブリミナルを見逃さず耳をかたむけて書きます

6年前 No.0
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NIE ★cO6tDWgCzr_8rj




「できるだけ、人のたくさんいる場所がいいな」


 夢について語ったとき、彼女はそう言った。
 僕はよく覚えている。なにせ彼女は有望だった。よく焦るけれど。


 彼女が夢について語らなくなったのは最近のことだった。話しかけても目を合わせようとしないし、あんなに明るく意見を言う子だったのに、今では人前だと青ざめて、話さない。

 人がみんな、人の姿をしているようで、よく見たら不気味な化けものに見えるんだと、彼女は言う。危害を加えられているとは思わないし、ちゃんと意思疎通もできるけれど、ひたすら怖い、恐ろしいのだと。

 彼女はそう言って泣いていた。思い描いていた夢の一番の要素が、恐怖を刺激するものになり得るだなんて。早く克服しようと、焦っていた。
 僕も胸が痛かった。あれほどまでに希望と活力に満ち溢れ、人に愛を与えていた彼女が、こんなにも怖がりになってしまって。色々なものを失ってしまって。

2年前 No.161

NIE ★cO6tDWgCzr_8rj



がらすの天使





 この家には今日も、天使が窓辺にいる。

 硝子で出来たちいさな置きもので、白いレースのカーテンの隙間から溢れる光にすきとおり、宝石のように輝く。
 僕はもう何度もこの家を訪れているのだが、それでも何度も目を引かれてしまう。目の端に映るたび、本物の妖精がいるのかと錯覚させられて。

「いらっしゃい、お兄さん」

 ふと柔らかな声で呼ばれる。先を見やると、白い素足にワンピースを着た、これはまた天使かと思うような少女が立っていた。
 彼女はララという名前の一人娘で、ママが家にいない時は必ず留守番をさせられるという。遊びたい年頃だろうに閉じ込められている、とも思えるのに、彼女の笑顔はあどけなく、不幸を感じさせない。

「お母さんは、まだ外にいる。わたしがお茶を入れますね」

 ララはそういうと奥へ歩いて行った。僕もついていき、やがて洒落た広いテーブルにつく。眺める、水商売をやっている母の、女神のような写真や、きらびやかな飾り物を。
 いつ来ても、まるで美しい空間だ。帰りたい思いに駆られるほどに。

 また、不思議な猫のように歩み寄ってきた彼女は、僕の前にそっと紅茶をおいた。その手つきはまだ幼くて、また美しいカップの中で、紅茶が不器用に揺れている。彼女はごまかすように笑う。ああ、帰りたい。

「ありがとう。でもね、君にこんな持て成しをしてもらえるようなお客じゃないんだよ」

 僕は思わず、そう告げる。ララは彼女らしくきょとんとした、と思えば、次は少し怒っていると感じられる、凛とした表情をした。

「わたしは、母を尊敬している。母のお客さまであることを、卑屈に思ってほしくはありません」

 君は、僕が君の母のどのような客なのか知っているのかい。そう訊ねようとしたが、彼女の凛とした表情は、全て理解していることを僕に教えている。
 さすがあの女性の娘、末恐ろしい。そう思いながら、僕は丁寧に上級のカップを手に取り、すすった。








「あの窓辺の、ガラスの天使も、君のお母さんが買ったものなのかい」
「いいえ。あれは、とある母のお客さんの彫刻家の方が、わたしの誕生日に造ってくれたものです」

 来るたび本当の娘のように可愛がってくれるのだと、ララは話す。





 ララはそこで、初めて自分のことを話した。
 彼女は惚れっぽいのだと。母が選び、連れてくる男たち、一人一人に一目惚れをしてしまい、彼らの傍に思う存分いられる母を羨ましく思うのだと。





 僕は初めて気がつく。ここにある美しい家具たちは、全て、あの女性が接点を持った者たち、一人一人を例えた芸術作品だったのだ。
 上流階級の者のために造られたのであろう、このカップは、割れてしまえば二度と使えない。この金色の額縁には、崇拝の対象のようにあの女性が女神のように映され、その重さゆえに落ちる。(略)

 実用品ではなく、芸術であるその全ては、美しく、価値があり、そしていつかは朽ち果てる。しかし触れなければ、守ることができたなら、生涯を通して朽ちないであろう、ただ一つのものがある。――窓辺に輝く、あの置き物。

 硝子の天使。それは、ララをたとえた芸術作品であり、あの女性が彼女のために、彫刻家である自分の客に頼んだのだろう。
 恐らく彼女自身も、あの女性にとっては、彼女の父を例えた芸術作品なのだろう。





「僕を例えた芸術作品は、なかったように思いますが……」

「朝焼け、昼下がり、そして夜でさえも、透明ゆえにボロボロになってゆくであろう、あの子を美しく照らし、包んであげなさい。あの子があの子でいられるように」





 今日もこの家には、窓辺に天使がいる。

 たった一人で外を見つめる天使を、いつまでも、白いカーテンの隙間から、光が包んでいた。


2年前 No.162

NIE ★cO6tDWgCzr_8rj



 古い町の、路地裏のように狭い道の途中にある店。位置自体は何気ないが、障子戸から差し出ている照明の光は、そこら辺の同じく何気ない店の窓に点いている光よりも明るいように感じた。
 たとえつまらなくても、一人でゆっくり晩飯でも食べようかぐらいの、期待の心などなしで、僕は障子戸を開いた。
 例の女性は、すぐにわかった。

 僕よりも一回りほど年上だというその女性はそれを感じさせず美しかった。魅力的な女性は山ほど見てきたが、彼女は一層違っていた。その姿を見ただけで、日頃、僕の中でうねっていた不快なものが、ぴたりと止まってしまった感覚がしたのだ。
 彼女は一人のサラリーマンの疲れ切った背中を撫でていたが、やがて立ちすくんでいた僕のほうへ目を向けた。

「新しいお客さんだね」

 女性はそう言葉を発し、微笑んだ。魅入ったあまりにこの次元のものではないと感じていたからか、一瞬、僕は投げかけられたその言葉が日本語じゃないように思えて、はい、と受け返すのに拍子が遅れた。
 女性は席を立ち、サラリーマンの背中をもう一度撫でてから、僕のほうへ歩いてきた。目のまえで止まり、しばらく見つめあった。彼女の瞳が、美しい形で、情けない僕の姿をとらえている。
 ――やがて彼女は近くの席に座り、そして隣に座るように促した。彼女に選ばれたのだ、と僕は確信した。


 彼女は十分もしないうちに、僕の全てをさらけださせた。僕自身も飼い慣らせずにいた、僕の中の不快な部分が、彼女の元へ吸い寄せられるように、僕の口から出ていく。
 彼女は相槌を打ち、たまに当たり障りのない受け返しをするだけだったのに、その全てが、僕の口から出ていくものを抱いて撫でるような慈愛に満ちていた。
 気が付いたら、かなりの時間を話していた。僕はもう、すっかり猫のように彼女に擦り寄るような気持ちになっていたが、彼女はそんな僕をさとす。

「ごめんねえ。あんた、とても可愛いんだけどね、そろそろあんた以外のお客さまも相手してあげなきゃ。戦場に生きている男たちの疲れを癒してあげるのが、わたしのお役目なのよ。あんたも、もうちょっとここにいても良いし、これから何度でもおいでなさいね。……何日でも来てくれたら、わたしの秘密を教えてあげるわ」

 そう言って女性は、そっと席を立ち、最後に僕の頬にキスをして去って行った。席に取り残された僕は夢心地のまま、彼女を目で追う。
 群がり縋りつく男たちを一人一人しっかりと受け入れているにも関わらず、ふしぎなことに決して厭らしさを感じさせない。その姿は水商売というよりも、地獄の世界に現れた聖母のように思えた。

2年前 No.163

NIE ★cO6tDWgCzr_8rj




 彼女は昔に夫を亡くし、残された娘を育てるために水商売を始めたのだ。磨かれきった美しい容姿や、全てを曝け出させるような話術も、全て娘のために努力で築きあげたものなのだと。
 しかしその功績は素晴らしく、あっという間に彼女は、十分に娘を育てていけるだけでなく、存分に自身の趣味にも使えるお金を手に入れたのだ。




「人生は、芸術だということ……すべては、芸術なのよ。実用性があるだけでは、生きていけないの」

2年前 No.164

NIE ★cO6tDWgCzr_8rj




 どこからか、ピアノの調べが聴こえてくる。ララが弾いているのだ、と勘付いた僕は、そっと玄関に足を踏み入れ、断片を踏まないようにしながら、ピアノの音が聴こえる方向へ歩いて行った。
 全てが崩れ落ちた広い部屋の中心で、ララはピアノを弾いていた。僕は足元を見る。ぼろぼろになった全てに、見覚えがあった。あんなにも美しかった家具は、こんなにも脆かったのだ……

 ピアノが奏でられつづける。聞き覚えのある曲だった。とても有名なクラシック曲で、決して激しくはないけれど、悲しみに溢れた音。まるで、僕のこころを歌っているようだった。
 しかしこの曲は、ひたすら悲しいだけではない。最後に、悲しみに光が宿り始め、やがて神聖な朝となるような、希望を感じさせる音で終わる。ララはそこまで弾いたあと、そっと口を開いた。

「全ては芸術なのだと、母は言いました」




(ここから台詞メモ)


「自分の心は、隠さないようにしてきたわ。たとえ苦しんでいる姿でも。不格好でも。全てが芸術だと信じてきたもの。だけど……」


―あの女性は、僕を芸術作品に例えなかった。今ならその理由がわかる。

―硝子の天使。当たり前に僕を待っていて、本当の妖精がいるようで。僕は愛おしささえ、感じていたのだ。小さく、輝かしく、美しい硝子の天使。


「失わないものなんてない。芸術は特に、傷付けられやすく、また壊れやすいものだ。君の心も、同じように」

「君の母は、あの女性は、実用性のある芸術だった。だけど彼女は、君のために、何度も何度も壊れたんだ」


―愛おしい硝子の天使よ。実用性がなく埃だらけでも、光が差せば、美しく輝き、僕のこころを癒してくれた天使よ。……どうか、さようなら。

―僕の手から離された硝子の天使は、音を立てて壊れ、飛び散った破片が彼女の素足を切った。


2年前 No.165

NIE @hikali ★iPhone=UXyfVOwLew



自分の匂いを嗅いでくる恐竜たちを警戒して、小さな手で引っかくように攻撃しようとしているナナミを抱き上げる。ナナミは可絵の手の中で、まだ恐竜を睨んでいた。また、外を見る。

雲がかった晴空。向こう側に見える灰色の団地。遠くの海の気配。人気が少なく静かな、なんの変哲もない、自分の住んでいる場所が、なぜか異世界のように思える。
ここは好き。だけど、何のためにいるのかわからない。可絵はベランダで、風に吹かれて静かに考えていた。

2年前 No.166

NIE @hikali ★iPhone=UXyfVOwLew



歩いても、歩いても、自分の心が反応するものはなく、そんな心の世界を映し出す鏡を探すように、彼女は絵を加え、曲を聴くが、やがてそれらも所詮は自分の見知らぬ他人が生み出したものであり、共鳴できるものと出会えるのはほんの奇跡であると気付く。かといって自分自身で生み出す知識も、技術も、それらを身につける時間も彼女には残されていない。

彼女はどうしようもなく寂しく、虚しかった。

2年前 No.167

NIE @hikali ★iPhone=LcErljknCX

今回の主人公
18〜20歳過ぎぐらい
余計なことは何も言わない、大概のことは一人でできる、聡明で強かな、絵に描いたような自立したクールな女性
内心は、どこへ行っても何をしても心が色づかない感覚を幼い頃から抱え、寂しさ、虚しさを感じつづけていた

はなし

一人遊びの世界に招かれ、そこに住む素顔を見せない子どもたちに相手になってほしいと頼まれるが、付き添おうとした遊びはどれも残虐でたったり不気味であったりして、彼女は子どもたちから逃げ、世界の最深部にたどり着く。
そこを一人でさまよう内、何者かが彼女自身の虚しさや寂しさを分かつように語りかける。
誰だと問いかける彼女の前に現れたのは、また不気味な覆面を頭部に取り付けた、男性だった。
彼の言葉はみるみる彼女の身ぐるみを取り払い、彼女の心を癒したが、突如、帰れと告げる。
一緒に帰ろうと彼女は提案するが、彼はこの世界そのものであるため、一緒に行くことはできない。せめて素顔を見せてと言う彼女に、彼は覆面を取った。ーーそこにいたのは彼女自身だった。

異性愛的感情を抱き始めていた相手が、自分の幻影だと知った彼女は泣き崩れる。
自分の果てないどうしようもない苦しみは自分にしかわからない、自分を終わりのない迷路に閉じ込めているのは自分だと、もう一人の彼女は諭す。
鮮やかでない一人遊びを繰り返す世界が自分の心が帰る場所になってはならないと。

何もせずとも自分の心を存在ごと理解してくれることを理由に愛するな。
自分とは違った個であり、懸命に表現しなければ伝わらないと感じさせられる相手こそに愛する理由を見つけろ。
例えどんなに寂しくても、相手に求めるな。それで一人遊びが増えていくなら、離れればよい。違った個であろうと、その人のために一人遊びを止められる相手を選びなさい、その目がないなら何度でも傷ついて養いなさい。
もう一人の自分にそう諭された彼女は、もう二度とこの世界に来ないことを約束し、出て行こうとするが、そのとき、一人の子どもに止められる。複数いた子どもは自分の一人遊びだという。
やっと気付いてもらえたのに、行かないで、一人にしないで、と子どもは泣き叫ぶが、不気味な遊びをするその子どもと向き合えず、彼女は世界から出て行く…

ふと気がつくと彼女はもとの日常の真っ只中だった。
何をしていたか思い出せず、彼女はまた、ここではないどこかに行きたいと考える。
誰かが泣き叫んで、自分を呼んでいる、自分を必要としているような気がするから…

終わり

2年前 No.168

NIE @hikali ★iPhone=LcErljknCX


ーー何だか、冷たそうな人だよね。


いつだって彼女は何でもできて、要領良く振る舞えたので、人生においての差し支えはほとんどなかった。
そうして淡々と毎日を過ごしていくうち、彼女は遠くからひそひそと、その佇まいから勝手な想像をされるようになったが、彼女はそれさえも構うことなく、ただただ一日を紡ぐ。



休日の昼下がり、彼女はベランダに気に入った絵をそばに置く。そして、ぼんやりと町を眺める。ベランダからは晴れ渡った空と、灰色の団地がよく見える。そしてどこかの工場の機械がうなっているのが、かすかに聞こえてくる。
大して広くも洒落てもいないが、とても静かなこの町を、彼女は気に入っていた。ずっとベランダで、こうしていたいと思うほどだった。ーー正しくは、彼女は何もしたくないのだった。


歩いても、歩いても、自分の心が反応するものはなく、そんな心の世界を映し出す鏡を探すように、彼女は絵を加え、曲を聴くが、やがてそれらも所詮は自分の見知らぬ他人が生み出したものであり、共鳴できるものと出会えるのはほんの奇跡であると気付く。かといって自分自身で生み出す知識も、技術も、それらを身につける時間も彼女には残されていない。
彼女はいつも、どうしようもなく寂しく、虚しかった。

2年前 No.169

NIE ★iPhone=LcErljknCX



彼らは自分を主人と名乗った時より、命懸けのステータス保持が始まる。それらは彼らの本当の姿、人間的側面をほんの一筋に見出した時、容赦なくこじあけて、噛み砕くからだ。どんなに飼いならして意思が通じ合うようになっても、その瞬間というのは常に牙を向いて隙を狙っている。

「ばからしい、実にばからしいですよ、師匠。人間は醜い部分があって当然です。過ちもします。それを隠してわざわざ美化して、かりそめの姿を拝められるなんて、そんなこと」

「ならばヒマリ。私が一度でも、お前に間違った教えをしていたと気付いたらどうしようか?お前の師匠として失格だと私が気付き、うろたえた姿を見せたとしたら?お前の中で、私は絶対的な師匠ではなくなるはずだ」



「師匠、あの時にわたしに話したことを覚えておいでですか」

「確かに、わたしは師匠の教えだけを聞いて歩いてまいりました。師匠は孤独なわたしの親であり神でもある立場でした。しかしわたしは知っているのです、あなたはわたしの幼き醜き時代をも手がけた親でも全知全能の神でもないことを。それはあなたが最初に説いた教えでした。そんなあなただからこそ、わたしは付き従って参ったのです」

1年前 No.170

NIE @hikali ★iPhone=LcErljknCX

前述の話の前に単純な子どもらしいお話を思いついたので登場人物の書き留め。

加絵
かえ
18歳。主人公。
幼い頃に紀仄、「ケイ」と遊んだ記憶を持つが、その年齢時期や「ケイ」のことをはっきり思い出せない。
普段は今時らしい明るくおしゃれな女子高生だが、一部ほどカモフラージュであり、陰を帯びた二面性を持つ。
詳しい人物像は未決定。

紀仄
きほ
13歳。準主人公。
主人公と同じく、幼い頃に彼女と、「ケイ」と遊んだ記憶を持つ。
その明確な時期が思い出せないことなどは主人公と同じだが、「ケイ」のことは容姿や彼の言動、くせなど、主人公よりも明確に覚えている。
泣き虫で甘えん坊な性格だが、可愛らしくて頭も良く、疎ましく思われない魅力を持ち、カエとケイの妹的な存在だった。


ケイ
作品を通してのキーパーソン。
カエとはあまり変わらないが、3人の中では最年長。
あることから世間から消え、行方不明となってしまう。
カエたちと過ごした記憶はほとんど失くしていたが、再会すると少しずつ思い出すようになる。
当時は適度に穏やかで明るいごく普通の男児だったが、再会後は別人のように大物として確立していた。

1年前 No.171

NIE @hikali ★iPhone=LcErljknCX

話自体よりも、登場人物が生きた作品を作りたいので、前述の登場人物設定をより詳しく、改変。


・加絵

主人公。
普段は今時らしくお洒落で明るい女子高生〜女子大生だが、演出が入っており、別の顔がある。
人目に触れさせない別の顔では、感受性の強さと賢さを併せ持ち、勘が鋭く、奥ゆかしさのある女性だが、少々陰を帯びており、他者を中々受け付けない。
幼い頃に「ケイ」という名前の少年と遊んだ記憶を持つが、その年齢時期や、彼自身のことをはっきりと思い出せない。
しかし「ケイ」とキホと三人で遊んだ思い出をおぼろけながら懐かしく感じており、自分の心の支えのようにも思っている。

子供時代:
事故に遭って両親を亡くし、足に重症を負って一人生き残った。
幼い頃から勘が鋭く、事故に対する大人たちの対応から彼らの本音を見抜いてしまったことをきっかけに、大人に揉まれて育つこととなる。
足の完治には長期入院とリハビリが必要だったが、そうした大人たちの自分の足の怪我に対する本音をも理解してしまったことで、大人に急かされるまま無理をしてやや短期で退院してしまう。後遺症によって長く歩けないことも誰にも話さないと心に決める。
この心理が深く根付いたことで、同年代との間でも顔色を伺ったり気を使うことが増え、それが皮肉にも温度差を生んで行き、結局的に一人遊びをすることが多くなる。

ケイたちと出会ったのはこの後であり、一人遊びをする彼女に二人が興味を示したことが始まりであった。
彼らとの日々は彼女が少女として無邪気で明るくいられた唯一の時間だった。

1年前 No.172

NIE @hikali ★iPhone=LcErljknCX



・紀仄

準主人公。中〜高生。後半で完全に主人公となり、彼女の目線で語られることとなる。
透明感のある雰囲気とは裏腹に、凛としていて正義感の強いしっかり者のように見えるが、泣き虫で甘えん坊な本当の性格を隠し持っている。幼い時から関わってきた加絵にのみ、本当の顔を見せており、彼女を時として尊敬する姉、時として唯一無二の親友のように思い慕う。
同じく「ケイ」と遊んだ記憶を持ち、彼の容姿や思い出を、加絵よりも鮮明に覚えている。
ケイや加絵にとって妹のような存在で、可愛がられていた。

子供時代:
泣き虫な性格をよくからかわれていたが、ケイに庇われる。

続きます

1年前 No.173

NIE ★sblNaTd5gu_mgE



 ――略 彼らを造り終えると、必ず聖書は私たちがその造り方を憶えてしまう前に、その方法を消し去ってしまった。よって複製は不可能だったが……どういう訳か、その一つのデータが、まるでかつて存在していたかのような精密な、ある生体情報と共に手に入ったのだ。それはまさに奇跡であった。

「――苦労したが、我々は聖書に頼らずに、守護者なる者を造ることに成功した。よって、神は“ツー”の存在を預言していない。それとして“ツー”も敗れるか、我々に反抗して、我々人類の希望は絶えるだろう」

 “ツー”は何重にも厳重に閉ざされた扉の向こうである。しかしまるでそれが目のまえにあるかのように、その場にいる者は扉を睨みつけていた。



 震えた指が、モニターのボタンを押しこむまで至った。“ツー”に呼びかける音が鳴る。全員が息をのんだ。
 博士は険しく青白く見える顔のまま、いつものように声色だけを明るく安定させて、話し始める。

「こんにちは。そこにいる者よ、父である私の声が聴こえるか」
『――はい。聴こえます』

 返って来た声は、意外にも落ち着いた、女性の声だった。

1年前 No.174

NIE @hikali ★Spb2KxwqyD_mgE


「君の現れる場所には、あのお方が通ったんだ」

 うとうととしていた少女はその声で目を覚ました。目のまえには、木陰で顔の見えない男が立っていた。
 少女は男を見あげることなく、声高く問いかける。

「あのお方を見たの?」
「見ていないよ。でも、君の現れる場所には、必ずあのお方が通ったのだと言われているよ」
「誰が言ったの?」
「みんな、みんなさ。誰が最初に言ったかなど、もうわからないものさ」

 少女は黙った。そして、ぽつりと言う。

「誰か、あのお方を目にした人はいないの」
「あのお方とは神様さ。神様は誰の目にもできないのさ」
「ではなぜ、なんのために私はあの方を追っているのでしょう?」

 男は少女の質問に、まるで手に取るように答えた。

「君はあの方を追っているのではない。あの方の通られる道に、君が現れるんだ」

 少女はまた黙った。男は風と対話していたかのように、素知らぬ顔で軽やかに立ち去って行った。取り残された少女は呟く。

「では私は永遠にあの方を目にできないのでしょうか」


1年前 No.175

削除済み @hikali ★iPhone=1vi4CvpFGY

【記事主より削除】 ( 2015/11/07 23:38 )

1年前 No.176

NIE @hikali ★iPhone=1vi4CvpFGY

ー出会いー

翌日、タカユキは再びあの湖へ訪れようと、あの森に入り、岩を飛び越えて川を渡り、木々の茂りをかきわけていた。

人間という存在を受け入れ慣れない木々の空気は、むっとこもった緑の匂いによる暑苦しさがあった。しかしそこを抜けると間もなく、涼しく澄んだものが自分の表面に広がり、同時にあの、美しい湖が眩いひかりをたたえて現れた。

見つかってはならない相手の所有する場だと知っていながらも、タカユキは魅了されていた。突如、異形の物の怪のからだとなり、育った村を追放され、この足と慣れない力を駆使してこの地まで渡り、疲労しきっていた自分を癒したこの湖。その超常的力は、物の怪と呼ばれたこの力に寄り添い、孤独をも癒してくれるような気がしたのだ。

ーーふと、何かが近づいてくる気配がして、タカユキは茂みの中に再び身を隠した。
弧をえがく湖の、タカユキが身をひそめた位置から、少し遠目になるふちに、立派な馬がやってきた。その上には傷付いた武士と、高貴な着物をきた女性が乗っていた。ーーヒメミコだ。タカユキは目を見開いた。

ヒメミコは武士を支えて降ろし、武装を取ると、赤ん坊を洗うようにして、湖の浅瀬にその身体を浸させた。高貴の位として結わえられた黒い髪が見えるので、今は顔を隠していないのだろうが、タカユキの位置からは見えなかった。しかし、タカユキは目が離せなかった。

今そこにいるヒメミコには、前の晩、市女笠を身に付けて現れ、あの鉄の村の民から脅威の対象とされた、異様さというものが全くなかった。ヒメミコの白く小さな手、湖が荒立たないまま武士を身体につからせる丁寧さ、武士を覗き込んでしゃがみこむ姿、何もかもがあどけなさに近く、清く崇高ななにかさえ感じられた。タカユキは息を飲んでいた。

しかしその、タカユキの息を飲む音に勘付いたのか。ヒメミコの背が一瞬張り詰め、風のように振り向いた。鋭い眼光が、潜んでいるタカユキの方向へ当てられた。整った輪郭と、白く清潔な肌。あどけなさを残しながらも気品を持つ顔立ちに、瞳だけが、理性のある獣のような眼差しをしていた。
その眼差しに飲み込まれたのか、タカユキは金縛りにあったように固まってしまった。その間にやがて茂みの中の視線のありどを捉えたヒメミコは、腰から大きな刀を引き抜いた。
タカユキはそれを目にし、やっと茂みの中から姿を現す。刀を引き抜くことなく立ち尽くし、ヒメミコに戦意の主旨の無いことを視線で伝える。ヒメミコは刀を持ったままだが、少し、眼差しを弱くした。代わりに、そなたは誰だ、とその目が問いかけている。

「私はジンムと申します。遥か遠くからあてどなく歩き、辿り着いたこの湖に疲労を救われました。ヒメミコのものであったとは」

どういう訳で、隠され続けていた本名を、その元凶となった一族の媛に口にしたのか、彼自身にもわからない。
ヒメミコはジンム、というその名に目を見開いた。しばらく沈黙し、そしてーー手にしていた刀を腰にしまった。タカユキの前まで静かに歩み寄り、口を開いた。

「そなた……我らに報いを受けさせにここまで来たのか?」
「この力を役立てる場を探し求めて、偶然にも行き着いたまでです」

1年前 No.177

NIE @hikali ★iPhone=1vi4CvpFGY

一人で夜汽車に乗っている。
そこら中、特にどこかの駅を横断する時には、眩いほどのライトが映る。明るいとは言え、深夜独特の静けさは限りない。窓際で過ぎ去ってゆく光を見つめながら、私はどこへゆくのだろう? と考えていた。

家を去る前、まずは長かった髪を切らされた。夜通しだけでもと、男ものの服を着せられ、最後に帽子を頭にのせられた。
夜通し、女だと悟られてはいけないよ。自分のことは自分でするのよ。どんなことがあっても、焦るのではなく、頭を使うのよ。
そんなことを言い聞かされた。いまだ頭に響いてはいる。忘れもしないだろうが、今となってはもう二度と会えない人々の、私を最後まで案じていた目や顔形は、脳が実物を探し求めて、曖昧になりつつある。

本当に、脳は不完全なものだ。あてにならない。だけどこれから、私には自分の脳だけが頼りなのだ。だから、私はたった一つのことのために精密に考えてその通りにする。そうしながら、過去のことは忘れる。これから出会う人々は私のことなど何も知らない。私も既に、これまでの自分のことなど、忘れつつある。
そして私は、この歪な脳を育てていくのだ。

今、私が精密に考えているたった一つのこととは、これからの生活だった。まず、終着駅で降りる。降りたら、 しばらく歩いて、家具販売店まで着く。必要な家具と日用品を買い揃える。予め書いておいた必需品のメモはここにある。私は必ずなにか忘れてしまうからだ。

買い物を終えたら、すぐそばにある寮に入る。そこに一度荷物を置く。寮の管理人に案内してもらい、本館へ行って、初めて出会う先生へご挨拶する。

問題は、家具販売店まで歩く道だ。真っ直ぐだが、非常に不気味なのだと、去る前、もう思い出せない誰かが言っていた。その道では特に、道行く人々にとにかく女だとわかられてはならないのだと。単に治安が悪いのだろうと言うと、ところがそういうわけでもないらしい。まあ女性差別的な何かがあるのだろうと言うと、いや、そうでもないと。

1年前 No.178

NIE @hikali ★iPhone=1vi4CvpFGY

「そんな昔のことは忘れちまいました」

私は布団にくるまったまま、無気力にそう言い放った。

「貴女には会いたい人がいるはずです」
「そんな人などいません」
「貴女に会いに来ていますよ。会っては」

わたしはガバッと布団をあけて起き上がり、先生に言い放った。

「いないと言ったら、いないのです! 私には仲間などいません。親など、いません。帰りなさいと伝えてください」

先生は突然のわたしの様子に少し驚いたようだったが、やがて聡明に固く閉じられている唇の口角を、にっと上がらせた。

「そう。それでよいのです」


彼らは私の身を案じて、身体を失ってもなお私の元へやってくる。
彼らの記憶の中には、嵐の船に揺られ海の中へ覆された私が鮮やかに、くっきりと残っている。彼らの脳は忘れられないのだ。繰り返されているのだ。船ごと海へ沈んでいった私の姿を。表情を。声を。

私はもう彼らを思い出せることはない。脳の記憶部分を揺り動かしても、靄がかかっているようなまま。すぐそこの扉を開けば、この靄はすぐに取り払われることだろう。確かな線を結び、私の脳は今度こそ、彼らの表情をしっかりと自身に焼き付けるだろう。ーー寂しくて。

私は扉を開ける気はなかった。代わりに、何度も押されるピンポンチャイムに向かって呟いた。

わたしはいつか帰るよ、と。

1年前 No.179

NIE @hikali ★iPhone=1vi4CvpFGY


泣き叫ぶ幼い少年を脇目もふらず追い越してゆく人々の波の中で、その少年、ユオンはひたすら、自分をそれまで護ってくれていた男を呼び続けていた。

「お兄ちゃあん。どこにいるの。お兄ちゃあん」

あまりにも悲痛な叫びを聞きつけた地球防衛者(PT)が、人ごみをかきわけて、ユオンの元へ来た。ユオンは彼を一瞬、<お兄ちゃん>と思い泣き止んだがすぐさま違うとわかり、彼が話しかけるのも遮って、ふたたび赤い目を潤ませて彼に訴えかけた。

「僕、ユオン。役割はDR。護ってくれていたPTのお兄ちゃんとはぐれちゃったんだ。名前はタカユキ。お兄ちゃんの元へ連れて行ってくれよ」

しかし彼は首を傾げた。タカユキ、その名前を舌で転がし、思い起こそうと間が空いたあと、遂にはてながつく。

「タカユキ?本当に僕らと同じPTかい?そんな名前の仲間は聞いたことがないよ」





「タカユキお兄ちゃんに会いたいかい?」

ふと、よく通る声がユオンの耳に届いた。それまで<タカユキ>を知らない者たちが別世界の者のように思えていたように、その言葉を含んだ声は、自分と同じ世界の住人のもののようで、重くユオンの空間に落ちるように聞き分けられた。ーーユオンはすぐさま振り返る。お兄ちゃんを知っているの?

そこにいたのは黒いコートをまとった何者か。顔もよく見えなかった。自分と同じ世界にいるはずの彼を形作る輪郭は、同じものとは思えない気配だった。無邪気なユオンはその異様さよりも、タカユキの居所を知っていることに縋った。

「タカユキお兄ちゃん、彼は、存在しないんだよ」

1年前 No.180

NIE @hikali ★iPhone=1vi4CvpFGY

パノプティコンの天使


その施設は、寂れた場所にそびえたっていた。外観に反して、中には一瞬、外の世界にいると完全に錯覚させられるほど完成された街が広がっている。
しかし、僕はすぐに独特の閉鎖された感覚を思い起こし、錯覚から醒めた。窓がないためか、高くされていても誤魔化せない天井の存在のためか。ーーそれもあるが、何よりも目を引く、この施設の中央に豪華に突き立てられた塔、そしてそれを取り囲む、螺旋階段の存在のためだった。

何層にかあるこの施設は、中央にある螺旋階段によって、塔に沿いながら階を上り下りするようだった。しかしどの階に行っても常に塔が見える。塔からは何もかもが見えるようだった。

1年前 No.181

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三階からは、天国の塔に唯一、壁が張り出して、ベランダのような造りになっている部分が見える。決まった時間に「天使」がそこへ出て、観衆に姿を現わす演出のためだという。





彼女の背にある翼は、機械だった。たくさんの管が絡まって、精密でありながら歪に見える機械が、翼のかたちを模っていたのだ。
彼女は人形か。いや人形ではない。天国の塔の中に住む「神様」から寵愛を受け、彼に仕える天使の証を、背に取り付けられていたのだった。



何もかも真似事だ。この街も、この塔も、彼女も、全て自分を「神様」と名乗る人工知能が人間の行動を真似てお遊びをしているのだ。

1年前 No.182

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私はある晩、見た夢にお前を知った。
赤い着物が、闇に映える紅葉のごとく舞っていた。しかしそれ以上に指先や爪先がその動きをまとめ、目にも留まらぬしなやかさを描く。
横顔すら揺れる髪に見えぬ中、唯一、私の目に一定に留まっていたのは、暗峠に塗り出されたように白いうなじであった。

私は闇の中、いつまでも、いつまでもお前のことを見つめていたーー。

1年前 No.183

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「ツバキ。私は亜米利加へゆく。お前はお前の好きなようにしたらいい」

ツバキがゆっくりと顔を上げた。ミツルのしんとした背中があった。
ミツルの口元は、学帽のつばの下に、いつものごとく強く結ばれていた。



亜米利加へ旅立つミツルを送る宴が開かれた。
いつもはしんとした障子戸が、複数の陰でにぎわっている。



ツバキが舞った。宴はその赤く散る花びらに、一瞬鎮まり、わっと盛り上がったが、ミツルはそれがもはや、紅く映えるツバキと自分を飲み込んだ闇の向こうにあるように思えた。

私はいつの日か見た夢を思い出す。お前を初めて知ったあの夢を。

1年前 No.184

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1年前 No.185

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「なぜ、人は人を想うのだろう?」

ミツルは紅葉が枝をのばす、秋空を見上げて思った。ツバキのどこか憂いを帯びた、俯いた横顔を思い出す。

ーー生涯、私に尽くすと誓った娘。なぜ、お前は私を想う。私が同じほどお前を想っているのかどうか、知りたくはないのか。なぜ探らぬのだ。

ーー探っているのは、私の方、か。

1年前 No.186

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「この星にはね、本当は地球人は一人もいないんだよ」
「そんなこと、信じない」
「ーーでは、君は思い出せるかい。どこで産まれたのか。ーー本当は、どこにいたのか。"カゾク"。この単語に、聞き覚えはないか?」


"カゾク"。オキはその単語を口の中で転がした。決して意味がわからないはずなのに、ーーどこか覚えのある響きだ。
それを自覚した瞬間、彼女の意識が、自分の記憶を過去へ過去へ照らし出しにかかった。物心がついた頃からあった、白い世界。そう、オキは"変数値"であるために、白い収容所にずっと閉じ込められていた。ーーでは、その先は?

ーーえ? オキの唇から、疑問がこぼれる。

オキの記憶の中、収容所の白の中を、凄まじい速さでオキの意識が駆け抜けてゆき、やがてそこを抜けたそこは、無だった。なにかが霞んで見えないわけではなく、本当に、何もなかった。しかしそれは一瞬であった。すぐに無をこじあけ、ある、鮮烈な光景が広がった。

オキの頬に、冷や汗が伝った。それでも見開いた瞳は、何よりも鮮やかでありながら、今まで一度も思い出すことのなかった不可解な記憶を探り続けていた。

ーーカゾク。かぞく。"家族"。
ついにオキはその言葉が意味する概念を、記憶の中で捉えた。ーーおとうさん。おかあさん。

そうだ、確かに私には彼らがいた。私と似ていた。つながっていた。
だけど、突然、世界が真っ暗になった。そこから、私の記憶は無になり、次にあったのは、いつのまにか検査をされ、実験を受け続ける私だった。

「君は死んでいるんだ。一万年も前に」
「君のカゾクも、死んだ。全世界の人類が滅びたんだ。ここは、僕たちが文明を復元した地球。君も本当は死んでいるんだが、僅かに残っていた遺伝子情報から復元したんだ」


1年前 No.187

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だけど、突然、世界が真っ暗になった。そこから、オキの記憶はほんの一瞬、無となり、静止した。
次に始まったのは、いつのまにか絶えず検査をされ、実験を受け続けるオキだった。

一体、あの一瞬の間に、何があったのか。今の今まで、家族という存在を思い出すこともなく、ただただ、"変数値であり収容されなければならないオキ"という自分を当然のように理解していたこの状況は一体、なんなのか。

呆然と立ち竦むオキに、男が言い放った。

「君は死んでいるんだ。ーー一万年前に」

ーーオキは信じられなかった。
カゾクという言葉によって呼び起こした記憶の中は、確かにオキが本来いた場所だった。未だ鮮やかで、変数値としてのオキがこうして立たされている現時点の状況の方が、よほど現実味がない。悪い夢を見ているのか。オキは足元が浮くような感覚を覚えた。




オキは記憶の中を隔てる、無を思い返す。

ただただ何もないそこは、恐ろしくもあったが、それ以上になぜだか、これ以上ないほど深い、永遠の眠りの中にいるような、家族がいた頃よりも、ずっとずっと前、本来そこにいたような。思い返せば還りたい、と思わされる。

私は確かに一度死に、生き返らされたのだ。オキはその時、自覚した。
そしてそれは、タカユキも、ユオンも。メイも、トウキンも、皆同じなんだ。

1年前 No.188

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どこまでも流れてゆくあなたの背中を見届け、私は私の華を咲かせよう。
あなたがいつの日か、ふと私を思い出してくださっても、その私はまだ可愛い芽であり、あの人の瞳に紅く鮮烈な花でいようとし続けた、ただ小さなツバキでございます。

ツバキは遠ざかってゆく船を、足元に迫っては引いてゆく波の前で立ち止まり、いつまでも見続けた。

ーー愛おしい人よ、海を渡りなさい。

1年前 No.189

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ーーお前の"思う"道を選べば良い。

ーー思う、とは?

ーー未来に馳せることだ。お前が未来に馳せられる道を選ぶんだ。

1年前 No.190

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ミツルが死亡した、と聞いたのはそれから半年後のことであった。
航海途中に波に飲み込まれ、亜米利加にも、日本にも離れた深い海の底へ沈んだという。
ミツルの置いていった学制帽が、遺影の前に置かれていた。喪服に身を包んだツバキは、そこから誰が出て行こうとも、そこに正座したまま、動かずにいた。


ミツル様。私はあなたを想います。どんなに想おうとも、未来にあなたはいないとわかっていながら。

1年前 No.191

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「たとえあなたを喪おうとも、私は咲き続けなければならぬ」

白いかすかな吹雪のなかを、黒い服のその女性は歩き抜けていった。
静かにうなるような風が、絶えず吹き抜けるように。その女性は、想い人の白を去った。



ミツル様。あれから多くの年月が経ちました。
私はあなたを喪ったのち、あなたのために散ることはあらず、嵐にも折れず咲き誇り、そして散りました。

……そうして今に至るまで、私は1秒たりとも、あなたを忘れたことがありません。根を張った奥深くに、あなたを抱きつづけています。

あの時とは違い、ひからびて、なお意識だけを保つ私を、あなたが目にしなかったことは幸いでございましょうか……

永遠の煌めきを持つことはできなかったけれど、私はかつて、確かに咲いた。なので、決して悔やむことはありません。ああ、せめて誰か、わたしを覚えていてください。わたしはそのために……生きていたのかもしれません。

あの人を、私が忘れなかったように。

1年前 No.192

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「月の森の城」設定など。
(今ホラージャンルで連載してるのでうす〜くネタバレも入ってます)

ジャンル: 洋風ホラー

グロテスクは少々(多分ほとんどないし酷くもない)
性的表現はある。(こちらは多分過激になる。ジェンダーについてのことを絡めているので)


登場人物設定(仮):

・オリオン
1で登場。どういうわけか城の森をさまよっていた子ども。
コンパスに拾われて城へと連れて行かれ、少年のモンスターに変えられた。
人間だった頃の性別は不明。
少女エリに好意を持たれ、まんざらでもないが、自分の面倒を見てくれる青年コンパスにも恋心「紛い」の感情を抱いている。

・コンパス
1で登場。青年のモンスター。魔女王の側近の一人で、城の秘密を知る者。
森をさまよった末倒れていたオリオンを城へ抱えていき、後にモンスターとなったオリオンの面倒を見るようになる。

11ヶ月前 No.193

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【記事主より削除】 ( 2016/05/19 22:38 )

11ヶ月前 No.194

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「茜は大事なことを伝えに」




「お兄ちゃんが、帰ってきたの」

夏の陽炎、アパートの影。自室に戻ろうとしていた花純に、また少女が話しかけてきた。
隣部屋に住む夫婦の娘である彼女には、行方不明の兄がいると聞いていた。彼女はその兄が帰ってきたのだという。

「そうなんだ。今も、お兄さんいるの?」

花純はできる限り、彼女に親身にならない態度でそう返した。ーーこの茜という名前の少女は、以前から不可解なことばかり花純に言ってくるため、不気味に感じた花純は彼女の言葉は軽くあしらうことを決めていたのだ。

「ううん……」

少女ーー茜は、うなるようにそう答えて黙り込んだ。どう言葉にしたらいいのか、わからないことを花純に伝えようとしているようだった。しかし花純は彼女が口を開く前にこう投げかけ、そして自室へ入った。

「お父さんとお母さんに言いな。お姉ちゃんには何もできないからね」


大学帰りに汗でへとへとになっていた花純は、軽くシャワーを浴びたあと、勢いよく水を飲んだ。暑さによるストレスが軽減されていったと同時に、花純は廊下に取り残した茜のことを思い返す。

春にこのアパートへ引っ越してきて、隣部屋の夫婦と挨拶を交わした時、彼女は部屋の奥から飛び出してきて、白いワンピースの裾を揺らしながら、両親の間を押しのけて現れた。その時の花純は、幻想的なほど綺麗な少女、と茜に対して印象付けた。それは決して悪いものではなかったのだが、茜の言動は、そんな独特の印象ですら、やがて違和感で塗り替えられることとなったのだ。

「かすみさん。かすみさんだよね。茜だよ。会いたかった……ずっとずっと、どこにいるのかなって思ってたんだよ」

茜はそう言って、花純に抱きついた。引き締まった花純の身体が戸惑って、華奢な少女の力によろめいた。ーー全く知らない少女が、自分の名前を知っていて、まるで長い間一緒にいたことがあるかのような口ぶりで、自分に駆け寄ってきたのだから。
娘を知っているのか、と尋ねてきた夫婦に、花純は一心に首を横に振った。すぐさま引き離された茜は、まるで花純の様子にショックを受けたように、きょとんと目を丸くしたあと、そこから一筋に涙をこぼしたのだ。

数年前に行方不明になった兄がいることを、花純はその時に夫婦から聞かされた。彼は生きていれば、ちょうど花純と同じ年であるらしく、そんな花純が引っ越してくることを管理人から告げられていたことで心待ちにしていたのだろうと、彼らは詫びるように推察し、兄の代わりとは言わないが、彼女の遊び相手になってあげてほしいと花純に懇願した。
茜の口ぶりは、兄の代わりなんていうものではなく、まるで花純自身を知っているようなものだったために、違和感を拭うことはできずにいた。しかし、内心は同情心さえ生まれていた花純は、半ば無理やり納得し、その日、遊び相手も引き受けた。




「茜ちゃん。お姉ちゃんとは、いつ会った?」
「……茜も覚えてないの。ただ、かすみさんと、お兄ちゃんがいたこと、二人ともずっと茜に優しくしてくれたことだけを、覚えてるの」
「お兄ちゃんも?」
「かすみさんが泣いてばかりだったから、お兄ちゃん、いっぱいかすみさんを元気づけたんだよ」

思わず、花純は茜の勉強机に置かれた、兄と思われる写真を見やった。色黒で、活発そうな男子の姿がそこにはあったが、やはり見覚えはない。繊細だった花純を知っている彼らを、花純は何一つ憶えていない。
花純は写真の淵を見た。

ーー青原 葵・茜

9ヶ月前 No.195

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「葵……葵……茜……茜……」

気がついたら、花純はその名前を口にしていた。不思議にその響きは口になじんでいた。まるで、かつて何度も何度も呼んでいた名前のように。



ーー花純は、電撃が走るように、はっとした。
さっきまで何かに閉ざされていた記憶が、怒涛の波となって一気に押し寄せてきたのだ。



どうして忘れていたのだろう。どうして思い出せなかったのだろう。

9ヶ月前 No.196

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『茜……本当に、救われたのか?』

反響するように、兄、葵の声が繰り返される。

『茜、世界は、救われたのか?』



じじじ、じ、と音を立てて、茜の頭上で、大きな光が天井を埋め尽くした。

「……お兄ちゃんが、呼んでる」

9ヶ月前 No.197

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「お兄ちゃんが、帰ってきたの」

夏の陽炎、アパートの影。自室に戻ろうとしていた花純に、その言葉を投げかけてきたのは、隣部屋に住む少女だった。


その少女ーー茜は、花純が大学のためにここへ引っ越してきて、隣人の夫婦へ挨拶をした時に出会った。白いワンピースの裾がなびく、幻想的な美しい少女、とその時に花純は印象付けた。
しかしその独特な印象は、間もなく違和感で塗り替えられることとなる。夫婦が娘として紹介するのも遮って、彼女は花純に駆け寄り、こう言ったのである。

ーーかすみさん。かすみさんだよね。あかねだよ。会いたかった。ずっとずっと、どこにいるのかなって思ってたんだよ。

花純が戸惑ったのにも構わず、彼女は花純に抱きついた。娘を知っているのですか、と怪訝に尋ねる夫婦に、花純は一心に首を横に振った。すぐさま引き離された茜は、花純の様子がまるで予想外だとでも言うように、きょとんとして、そこから一筋の涙をこぼして泣き始めたのである。やがて泣き止まない彼女を、母親が部屋へ連れて入っていき、花純の前には父親が残る。

「うちには、上に息子がいるんだ。数年前、突然いなくなってしまったが。警察に頼んで探してもらったが、どうにも目処がつかずにね」

父親はその時、詫びるように花純にそう話した。

「君は大学生なんだろう。息子も、もしも生きていれば、ちょうど同じ年頃なんだよ。だから恐らく管理人が気遣って、あの子に予め知らせていたんだろう。そんな君が来ることが、あの子にとっては兄が帰ってくるようで、待ち遠しかったのかもしれない」

行方不明の兄の代わりのように思って、あの少女はあのような口ぶりで話しかけてきたのだろうか、と考え、花純は胸を痛めた。彼女だけでなく、それを遠い目をして話す父親、同じく心を痛めているであろう母親にもーー花純は一見、良心的なこの一家に、同情心を覚えた。

9ヶ月前 No.198

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「かすみさん……お兄ちゃんのことも、忘れてしまったの……?」

「今……なんて?」

「かすみさん、いっぱい泣いてたよ。お兄ちゃんがいつも、かすみさんを元気づけてたんだよ」

かつて、花純が繊細な少女だったことは、地元を離れてここへ引っ越してから、誰も知る由がないはずだった。



ようやく花純は、以前から抱いていた違和感が何であるか、わかった。
彼女は行方不明になった兄の代わりとして、花純に接していたわけではなかった。ーーずっと前に出会った人物として、接していたのだ。それもまるで、長い間一緒にいたかのように。

花純は思わず、茜の勉強机に置かれた、兄と思われる写真を見やった。色黒で、活発そうな少年の姿がそこにあったが、やはり見覚えはない。



「……葵……」

花純はその名前を呟いていた。妙に、口に馴染んでいた。まるで、何度も何度も呼んでいたように。なのに、それが誰だったのか、何も思い出せない。

「茜……」

あの少女の名前も、こうして呟いていると、ほんの数ヶ月前に知った名前ではないような気がした。まだ、その向こうに、何度も呼んでいた物語があったような。




『茜……本当に、救われたのか?』

反響するように、兄、葵の声が繰り返される。

『茜、世界は、救われたのか?』



じじじ、じ、と音を立てて、茜の頭上で、大きな光が天井を埋め尽くした。

「……お兄ちゃんが、呼んでる」

9ヶ月前 No.199

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「お兄ちゃんが、帰ってきたの」

夏の陽炎、アパートの影。自室に戻ろうとしていた花純に、少女が話しかけてきた。
隣部屋に住む夫婦の娘である彼女ーー茜には、行方不明の兄がいると聞いていた。彼女はその兄が帰ってきたのだという。

「そうなんだ……お兄さんが……」
「葵お兄ちゃんだよ。葵お兄ちゃんが、帰ってきたんだよ」

茜は兄の名前ーー葵を強調するようにそう言ってきた。彼女にはそういうところがある。花純が春、大学のためにここへやって来て、隣部屋へ挨拶を交わしに行ったときもそうだった。

ーー茜だよ。かすみさん。茜だよ。

8ヶ月前 No.200

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「ねえ、今から、ばーっと機械の話をしてみてよ」

彼は疑問深く彼女を見つめる。彼女の目は特段、好奇心に輝いているわけでもなく、かと言って気まぐれに言ったわけでもないような、大きな意思を含んだように見えた。
その意思とは何なのか、と尋ねるような、無表情の彼に答えるように彼女は続ける。

「難しい話を聞いていれば、眠れるかもしれないから」




「睡眠薬って……徐々に効かなくなるらしいよ」

ぽそり、と彼が呟くようにそう言ったのは、それから三日目のことだった。
彼から言葉を発したのはとても珍しかったので、彼女は一瞬浮かれたが、すぐに目を伏せた。薬のことを指摘されたためだった。

「…知ってます。薬なんて、そんなものでしょ」

彼はそれ以上は、何も話さなかった。淡々と機械を触り続ける、昨日までの、いつもの彼に戻る。





「眠れそうかい」

大きな手に背を撫でられながら、彼女は頷く。
口元には幸せな口角の影ができ、ひっそりと閉じた瞳からは一筋、涙の影が落ちた。

6ヶ月前 No.201

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そこには、壮大な宇宙が広がっていた。
広く遠い暗黒の奥行きを、星々の光の羅列が埋め尽くし、花純はその宙に浮かんでいたのだった。

ーーお父さん?ーーまるで水中で響くような、儚くこもった声がひねり出された。限りない黒の狭間に放り出されたような恐怖心に、花純が膝を抱えてうずくまったその時だった。

その華奢な背が、なにか懐かしい感覚の波に触れたのだ。
すっと消えていった孤独感に、花純はその感覚の記憶をすぐさま引き寄せた。父の手だった。今は見えない、大きな何かとなった父の大きな手が、花純の背を撫でていたのだ。

「花純。眠れそうかい」

どこまでも限りない空間に響き渡るような声がした。懐かしい声だった。
父の手に撫でられながら、花純は頷く。こわばっていた口角がゆるんで上がり、ひっそりと閉じた瞳から浮かんだ雫が、そっと花純の頬を離れて泡沫になった……

6ヶ月前 No.202

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風の音がよく聴こえる町に住む家族がいた。
そこの娘は自然の揺らぎに耳を澄ませながら、ずっと遠くにいる父を想う。
喪われたものがあっても続いてゆく静かな日常の中、娘はじっと思いを馳せる。何度もなんども、父と過ごした毎日を波のように思い出す。当たり前のようにそこにいた、彼の存在を。

6ヶ月前 No.203

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ーー昨日守ろうとしたことが、僕には果たしてあっただろうか。僕は今夜も変わっていって、もう昨日の僕ではなくなってしまう。



まるで何億年も前に樹脂に覆われ閉じ込められたまま、琥珀となった虫のように、ダイヤモンドの壁の中に眠る彼女。
彼女もまた、停止しているのだろうか。何の陰りもなく輝きを放つこの宝石の中に入る直前の心のまま、時間が停まっているのだろうか。

彼女は生きているのか? 死んでいるのか? それさえもわからない。ただ一つ言えることは、宝石の外では、彼女の寿命など何倍も越えた時間が、既に流れたということだ。




どんなに求めても、もう二度と手に入らない瞬間というものがある。それはまさにダイヤモンドのような鮮烈な輝きを放ち、そしてあとは絶え間なく新たに刻まれてゆく記憶の中で遠ざかり、朽ちてゆくのみなのだ。

5ヶ月前 No.204

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ーー少年の頃、ふらりと訪れた教会で、僕は「彼女」と出会った。
瞳を伏せた、慈愛に満ちた顔は1秒たりとも変わることなく、聖なる光に取り巻かれて、いつまでも、いつまでも幸せな夢を見続けているように、彼女はそこにいるのだったーー。



それだけであれば何の変哲もない教会なのだが、この大聖堂には一つユニークな点があった。
眩いばかりの透き通った輝きを放つ宝石の中に閉じ込められた、女性の骸が展示されているのだ。

この女性はある山脈の渓谷にあった洞窟の奥で発見された。共に大量発掘された宝石は未知のものであり、暫くこれを巡って金の亡者たちの間では血みどろの争いが荒れ狂ったと言う。(略)今は大聖堂の奥で人々の祈りによって守られているということだ。
この女性に関する逸話には諸説がある。人身御供になったと言う者も居れば、(略)。ただ共通しているのは、これは神に見初められるほどの自己犠牲を行った結果であるということた。

一目見た時、僕はその女性をどこかで見たような既視感に襲われ、次に、一歩もそこから動けなくなるような強烈な感情を抱いた。決して目を覚ますことのない彼女に恋い焦がれたのだった。

まるで何億年も前に樹脂に覆われ閉じ込められたまま、琥珀となった虫のように、宝石の中に眠る彼女。
彼女もまた、停止しているのだろうか。何の陰りもなく輝きを放つこの宝石の中に入る直前の心のまま、時間が停まっているのだろうか。生きているのか、死んでいるのか、それさえもわからない。ただ一つ言えることは、宝石の外では、彼女の寿命など何倍も越えた時間が、既に流れたということだ。
それにも関わらず、この石の向こうにある表情は、限りなく慈愛に満ちている。(略)

ーーねえ、君はどんな人なんだい。どんな声で話すんだい。何を考えていたんだい。



どんなに求めても、もう二度と手に入らない瞬間というものがある。それはまさに宝石のように鮮烈な輝きを放ち、そしてあとは絶え間なく新たに刻まれてゆく記憶の中で遠ざかり、朽ちてゆくのみなのだ。

僕が笑い、泣き、苦悩し、成長してゆく間、何度彼女の前に現れても、彼女はこのままだった。僕は変わってゆくのに、彼女は変わらない。しかしその、不変的な輝きに何度も心を洗われてきたのもまた事実なのだ。

3ヶ月前 No.205

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ステンドグラス越しに祭壇へ差し込む、荘厳な光のあつまり。それを一身に受け、眩いばかりに輝く棺。
僕は祭壇へ上がると、その中で白い花々に包まれた、若い男の寝顔のとなりに、そっと白菊を添えた。そして、その閑かな輝きの空間の中、彼を見下ろし続けた。かなりの時間を取ったが、僕の背後の人影は僕を引き戻すために動くことはなかった。僕のそばで立つ神父も、微動だにしなかった。彼を長く、深く知っていたのは、この中で僕の他にいなかったからだ。
そう、今日は、僕の知己の友であった男を、天国へ見送る日だ。

僕たちは互いに、天涯孤独の身で出会った。(略)
自由にどこまでも駆け出して行こうじゃないか、野垂れ死ぬ時が来るまで、せいぜい僕らの生を謳歌しようじゃないか。僕らが死んでも悲しむ人がいないというのは、ある意味とてもありがたいことなんだよ。彼がそんなことを言い始めたのが、始まりだったっけなあ。確かに、人ってのはある日突然、あっけなく二度と目覚めなくなるもんだってことは僕らが一番よく知っていたことだが、友よ、それでも君のそれを悲しむ者はここにいるよ。
しかし、君があまりにも安らかに眠っているものだから、ひょっとすると君は、休まることのなかった人生の中で、最もこの眠りにつく瞬間が安らいだのではないか。そしてその瞬間の中、今も永遠に留まれているのだろう。そう思うと、自然と涙はこぼれずにいる。

1ヶ月前 No.206

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「僕らが死んだところで、誰も悲しまない。それはある意味、ありがたいことなんだ。大勢の自責の念や、その感情の押し付け合いとか、遺物の引き受けの言い争いとか、そんなことが一切起こらないんだから。僕らの背後にも、手元にも、何も残っちゃいないなんて、こんな素晴らしいことないぜ、そうだろう?」

1ヶ月前 No.207

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そんな風に、死を畏れず好きなように歩いていた僕たちだが、ただ彷徨うだけではまるで時間のない世界でやり過ごしているような感覚になってくる。やはり人は決められた時間と、決められた人々の中で、決められた行動がある程度なければやってられない性分なんだろう。
そういうわけで、ある町にあった、日曜日という一週間の終わりの日に、一定の人々が集まり、牧師の説教を聞いてお祈りをするという教会という世界へ、二人でふらりと訪れたのである。

(略)
特に何の変哲もない教会なのだが、ここには一つユニークな点があった。眩いばかりの透き通った輝きを放つ宝石の中に閉じ込められた、女性の骸が展示されているのだ。

1ヶ月前 No.208

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1ヶ月前 No.209

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22日前 No.210
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