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NO.1ノーマル

 ( プロ小説投稿城 )
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マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

 それは、クリスマスの夜のことだった。

 月の満ち欠けが、今宵もこの街の暦を刻んでいる。
 青年は自分の家の窓から雪降る外の景色を眺めていた。
 眼下の大路を歩く人々の誰もが、誰かと――家族や、友人や、恋人と――連れ立って歩いているのが、どうしても青年の目に留まる。
「いいなぁ、みんな、今日は誰かと一緒に居るんだね・・・・・・僕も、誰かと・・・・・・一緒に居たいな・・・・・・」
 その人々を見ながら、その青年はいつにも増してたまらなく淋しくなった。彼は金持ちだが独りぼっち、といった人間の、まさに典型だったからである。

1年前 No.0
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マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

 マミたちはミーダーの家に着くと、ホッとして座り込んだ。
「どうやら、ここまでは追って来ないみたいだな……」
 ソーダーが荒い息をしながら安堵したように呟いたが、フーダーはハッとして言った。
「待てよ……夢中で逃げてきちまったけど、考えたらこの家に居るが一番危険なんじゃねぇか? この家はミーダーの家だし、追って来ようと思ったらいつでも追って来れるだろ」
 一同は青くなって顔を見合わせた。ドーダーは少し考えていたが、
「三階に武器部屋が二つあったよな。その部屋の武器を使えばいい。マミがミーダーから奪ってきた首輪と鍵と起動ボタンも一組あるしな」
と言った。
「それって、迎え撃つってこと……?」
 マミが聞くと、ドーダーは頷いた。
「このまま逃げただけじゃ、仕返しもできないだろ」
「…………」
 他の者は困惑したようにうずくまったままだったが、スモダーは真っ先に立ちあがった。
「ようし、追ってくるって言うんなら受けて立とうじゃねぇか。コウダーの復讐をする絶好の機会だよな」
「スモダーまで!」
 フーダーが驚いたように言った。マミはそんなスモダーを見て思った。
(なんだかんだで、一番腸煮えくり返ってるのはスモダーだよね)
 スモダーは目を血走らせていた。赤くなったスモダーの瞳を、マミはただただ当然のことだと思う。
(そりゃそうだよね……この中でも、コウダーと一番仲が良かったのはスモダーなんだから……)
 マミの瞼の裏を、ムーダーの嘲笑がチラリとよぎった。あの残酷な笑顔を恐怖で歪ませ、苦痛に苛ませられるとしたら――マミは一瞬の歓喜と満足感を覚えた。
「復讐か……それも、いいかもしれないね……」
 マミはぽつりと呟いた。
 フーダーはそんなマミたちの様子に戸惑いを隠せないようだった。
「復讐ってお前ら……今更そんなことしたって、何にもならねえだろうが……」
 フーダーのその呟きに答える者は誰も居なかった。各々が、暗い殺意を瞳に宿して黙り込んでいた。

1年前 No.64

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

 再び部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。ミーダーが思わず、
「マミちゃん……?」
と囁くと、嘲笑を含んだ声が答えた。
「ガキじゃなくて残念だったな。俺だ」
 部屋の明かりがついて、入口にムーダーが立っているのが見えた。
「なんだよ、お前もまた随分酷い顔してるな。可愛がっていた最愛のガキが俺に犯されて、その上コウダーとかいう奴も俺に殺されて大ショックって訳か、ん?」
 ミーダーはそれには答えず、ムーダーを縋るように見上げた。
「コウダーは……!? コウダーを、どこに……!」
 ムーダーは鼻を鳴らすと、背後を振り返った。死体を担いだ部下が不気味に佇んでいる。その部下は、無造作に死体を部屋に投げ込んだ。
「コ、コウダー……!」
 死体のもとに這い寄り、その顔を覗き込んでミーダーは呻いた。
「嘘だ……目を開けて、コウダー……」
 ミーダーの頬を再び涙が伝う。
「コウダー! コウダー……!!」
 死体の傍らで、ミーダーは成す術もなくむせび泣いた。
(ごめんね、ごめんね……コウダーは、僕たちのことには何にも関係無かったのに……全部僕のせいだ……もっとみんなと一緒に居たかったろうに、こんなことに巻き込んじゃって、ごめんね……)
 ムーダーは嗤った。
「辛いか?」
 声をあげて泣いているミーダーの耳に低い声で囁く。
「どうせこいつは、お前が思っているような家族なんかじゃないんだぜ。それでも、そんな風に臆面もなく泣き出すぐらいに辛いのか?」
「当たり前だよ……」
 ミーダーは声を振り絞った。
 初めて会った時の印象は、ただただ恐かった。あの時は全員で寄ってたかって、ミーダーを懲らしめようとしていたからだ。だが同時に、マミへの強い想いを感じてそれほど悪く思えなかったのも事実だ。実際、一緒に暮らし始めてしまえばコウダーは比較的早くミーダーのことを理解し信じてくれた。初めはミーダーに馴染めない様子だったスモダーもすぐにミーダーの前で気楽な様子を見せたのは、コウダーがミーダーのことを色々とスモダーに話してくれたからだ。
「他人でも、家族じゃなくても、大切だったんだ……とても……」
 死体からついと目を上げ、ムーダーを見上げる。
「どうして……どうして、コウダーが殺されなくちゃいけなかったんだ……!」
 ムーダーはうんざりした顔をした。
「ったくミーダー、お前もあいつらと同じことを聞くんだな。言っただろうが、お前への復讐だって。俺が相続するはずの遺産を全部、お前が相続したことへのな」
 ミーダーは泣きながら言った。
「遺産なら、均等に分配しようってあの時言ったじゃないか……それなのに、どうして……」
「ふん……」
 ムーダーは泣いているミーダーを不満そうに見下ろした。

七年前――
 ミーダーとムーダーの父親――ゼベルドの葬儀の時、二人は十七歳と十六歳だった。
 葬儀場に一人佇むムーダーに、ミーダーは背後から近づいた。
『ムーダーも、この遺産相続には納得がいかないんじゃないかな?』
 そう語りかけるミーダーを、ムーダーは黙殺した。
『正直、僕はおかしいと思う。いくら遺言書に記されたこととはいえ、二人の息子のうちの一人が全財産を継ぐなんて……』
 それでも、ムーダーは何も言わない。
『だからさ、やっぱりこの遺産は半分に分けようよ。遺言書に逆らうことはできないけど、一旦僕が全部受け取ってムーダーに半分渡す分には問題ないからね』
 この言葉にはさすがに驚いて、ムーダーは振り向いた。ああ、確かにそうだ、ミーダーはこの時も泣いていた。静かに。本当に辛そうに。
『もう父さんも義母さんも居ないけれど……これからは、二人で仲良く暮らそうよ。もう一度、兄弟をやり直そう……僕たちはもう、二人きりなんだから――』
 一瞬驚いてミーダーを見つめていたムーダーだったが、すぐに呆れたように地面に唾を吐いた。
『何いつもにも増して気持ち悪いこと言ってんだ。バカじゃねぇの。半分に分ける? 二人きり? 俺は絶対、そんなのごめんだね』
 次の朝、家の中にムーダーの姿は無かった。どんなにミーダーが人を雇って血眼になって探しても、ついにその消息は一切分からないままだった。

「今だって僕は、あの時と同じ気持ちだよ……やり直せるなら、もう一度……半分が嫌なら、全額渡したっていい……それでムーダーと仲直りできるなら、何だってするよ……」
 ミーダーは泣きながら訴え続けた。目の前のこのムーダーと、半分は血を分けた自分の弟と和解したい。このまま自分たちの関係を終わらせたくない。大切な人を失うのはいつも突然だ。その前に、せめて――
「俺が気に食わなかったのは、そういうことじゃねぇよ……」
 不意にムーダーがボソリと呟いた。ミーダーは
「え……?」
と聞き返した。
「てめえは! 俺の母親の息子じゃねぇっ! 俺の兄なんかじゃねぇんだよ!」
 ムーダーは突然激昂してミーダーに近づくと、足で思い切りミーダーの体を踏みつけた。ミーダーは
「うぐっ」
と苦しそうに呻く。
「とっくの昔に死んだ服飾店の街娘の息子じゃねぇか! どう考えたってうちには釣り合わないねぇ! お前があの家に居たこと自体妙な話なんだよ! いつまでも俺やお袋の視界の中でうろちょろしやがって!」
 ミーダーは腹を押さえたまま黙ってムーダーが怒鳴るのを聞いていた。驚きも怒りも感じない。数年ぶりではあったものの、その言葉は幼い頃から常に聞かされていたものだった。ムーダーの母親もまた、全く同じ理由でミーダーを憎んでいた。しかしミーダーには、二人が自分を憎む理由が分かっていても、それを消し去ることなどできはしない。ミーダーにはどうしようもないことなのだ。

 ミーダーがどれだけ努力しようとも、二人がミーダーを憎む理由を埋めることはできなかった――

 ミーダーの頬を、新たに白い涙がひとすじ流れた。行き場のない悲しみだけが心に積もる。ムーダーはミーダーの涙には気づかず、自らの怒りで手一杯なのだろう、無我夢中という風で怒鳴っていた。
「どう考えたって俺の方が愛されてたはずだ! 親父はお前のことなんか目もくれてなかったじゃねぇか! それなのに……どうして最後の最後になって全部お前に遺されたんだ!? 親父はお前の方を愛してたとでも言うのか!? 納得できるかよ、そんなの!」
 ムーダーはしばらく腹立たしそうに怒鳴っていたが、ふと我に返って言った。
「まぁ、そんなことは今はいい。ガキどもは逃げたことだし、計画は次の段階に移すぜ」
 ミーダーはビクッとしてムーダーを見つめた。
「次の、段階……?」
 ムーダーはポケットからこの前とは別の薬瓶を取り出して、ミーダーの目の前で振って見せた。
「これが何だか分かるか? いや、分かる訳ねえか。これは二年前に使った記憶喪失にさせる薬と同種のやつだよ。ただし今回はきっかり七十二時間分の記憶が失われように改良されている。しかも、失った記憶がはずみで戻ったりしないように強い成分を使ってある強化版だ」
 ミーダーは戸惑ったように瓶を見つめた。
「それで、何をしようと……?」
「今は朝の八時四十五分……これを飲んでこの三日の記憶を失ったお前をあの裏路地に寝かせれば、目を覚ましたお前は俺の部下に気絶させられた直後かのように錯覚する」
 ムーダーの言葉を聞きながら、ミーダーはハッとしたように瓶を見つめて青ざめた。
「俺はお前の姿であいつらをいたぶったんだ。今のあいつらは、お前に対して相当の殺意を抱いているはずだぜ……記憶を失ったお前が何も知らないままのこのこ家に帰ったりしたら、あいつらはお前をどういう目に遭わせるかねぇ……まぁ、俺は高みからゆっくり見物させてもらうとするよ」
 ムーダーはそう言うと、薬をハンカチに浸してミーダーに無理やり嗅がせようとした。ミーダーは慌てて身を捩る。
「い、いやだ……ムーダー、助けて……!」
 ムーダーはせせら笑った。
「泣いて抵抗する様子があのガキそっくりだぜ。だが残念だったな。あいつもお前も、俺には逆らえねぇんだよ」
 ムーダーは問答無用でハンカチをミーダーの顔に押し付けた。ミーダーは急いで息を止めようとしたが、すぐに意識が薄れていった。
 気絶したミーダーを尻目に、ムーダーは部下を呼んだ。
「連れてけ。元の裏路地に、できるだけ自然な感じで寝かせておくんだ」
 ムーダーはミーダーが運ばれて行くのを見ながら、楽しそうに呟いた。
「さぁて、こっからが本番だぜ……ミーダー……!」

1年前 No.65

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

 ミーダーは裏路地でハッと目を覚ました。
(あれ……確か、誰かに棒か何かで殴られて……)
 起き上がって腕時計を見ると、九時十五分を指している。
(そうか、あのまましばらく気絶していたんだな……)
 ミーダーは体の節々に痛みを感じながらも起き上がった。
(とりあえず、早く家に帰らなきゃ……マミちゃんたちが心配しているだろうし……)
 ミーダーは表通りの大路に出ると、急ぎ足で家に向かった。

1年前 No.66

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

「ただいま……」
 そう言いながらミーダーが玄関扉を開けると、マミが顔を覗かせて一瞬その場で固まった。乱れた短い髪に包まれたその顔は、出かける前に見た時より何故かずっと疲れて悲しそうに見えた。
「ミ……ミーダー……」
「え……?」
 マミは複雑そうな表情でミーダーを見ていた。まるで、ミーダーに帰って来てほしくなかったと物語っているような表情だ。
 ミーダーは出かける前のマミの様子のこともあって、マミが何故そんな表情を浮かべるのか分からなかった。
 そんなミーダーには構わず、マミはミーダーを見据えたまま声を張り上げてスモダーたちを呼んだ。
「スモダー! スモダー! ミーダーが来たよ!」
 次の瞬間、階段のほうから足音が聞こえてスモダーたちが次々と現れ、無言でミーダーを取り囲んだ。
「み、皆……? どうしたの?」
 ミーダーは驚いてスモダーたちを見回した。彼らから漂ってくるどこかいつもと違う雰囲気に、急に不安な気持ちを覚える。
「動くな」
 ドーダーが短く言って、トカレフをミーダーの頭に突きつけた。安全装置のない冷たい銃口を肌に感じ、ミーダーは息を呑む。
「まさか一人で追ってくるとはな。俺たちが何の策も用意せずに、お前に捕まるのを待っているとでも思っていたのか?」
 ドーダーは冷たくミーダーを見据えながら言う。
「な、何のこと……?」
 ミーダーは訳が分からず、怯えて問いかけた。ドーダーはそれには答えずに、片手で合図する。
「あ、うぐっ……」
 ソーダーとエロダーがミーダーの両腕をそれぞれ乱暴に掴むと、ミーダーは少し顔を歪めた。
「スモダー、こいつどうする? 別にこのまま撃ってもいいんだが、それじゃいくらなんでもつまらないよな?」
 ドーダーが大声でスモダーに訊ねる。
「あぁ、こいつには死ぬ前にたっぷりと苦しんで償ってもらわなきゃいけないからな。さて、どうしてやろうか……」
 スモダーは腕を押さえられて動けないミーダーの前に立ち、残酷な笑みを浮かべながらミーダーを見下ろした。
「そういや、地下に気味の悪い地下牢があったよな。とりあえずそこにぶち込んでおこうぜ」
「そ、そんな……せめて、理由だけでも……」
 ミーダーはスモダーを見上げて必死に言った。
「理由?」
 スモダーの瞳が暗く光った。
「そんなもの自分の胸に聞いてみろよ。分かりきったことだろうが」
「え……? それって、どういう……」
 ミーダーがあっけにとられていると、ソーダーとエロダーが両腕を掴んだまま無理矢理ミーダーを地下牢へ続く階段へと引きずって行った。ミーダーは逆らい切れずに大人しく二人についていく。
「マ、マミちゃん……」
 マミの前を通り過ぎる時、ミーダーはマミを縋るように見た。マミは冷たい目でミーダーを一瞥すると、顔を背けた。
「当然の報いだよ」
 マミはミーダーの目を見ずに、一言言い放った。ミーダーは悲痛な表情を浮かべると、うつむいてとぼとぼと歩いて行った。

1年前 No.67

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

「うっ……」
 地下牢の鉄格子を開けると、ソーダーとエロダーは背後からミーダーを突き飛ばした。
 冷たい石の床に転がるミーダーの後から入ってくると、ミーダーの四肢を捕えて壁の鎖に固定する。
「ま、待って……どうして、こんな……」
 鎖から逃れようともがきながら、ミーダーは二人を見上げて訊ねた。ソーダーが舌打ちをする。
「てめぇ、まだとぼけるつもりかよ。お前がコウダーを殺したからに決まってんだろうが」
 ミーダーは目を見開いた。
「え……今、何て……」
 ソーダーは苛立ったような唸り声をあげると、突然拳を振り上げた。頬を殴る音が地下牢に響き渡る。
「とぼけんじゃ、ねぇ! てめぇが、殺したんだろうが! 俺たちの、前で、あんなにも、冷酷に! なのに今更、その態度は、何だ!」
 一言言うごとに、ソーダーは一発ずつミーダーを殴った。ミーダーは口の端が切れて一瞬意識が遠のくのを感じた。
 エロダーは地下牢の壁に寄りかかり、腕を組んでその様子を見ていた。
「それにな」
 ソーダーの言葉に静かな声で付け加える。
「お前がマミにしたこと、決して赦されることじゃないぜ。いくら俺でも、さすがにあんなことやらねぇよ。泣いている相手に強行したりするか、普通」
 ソーダーも続けて言う。
「あぁ、その通りだ!」
 ソーダーはなおも殴ろうとしたが、エロダーが一旦それを押しとどめた。ソーダーは一瞬不満そうな表情を見せたが、黙って拳をしまうと、エロダーの背後に回って少し疲れたように座りこむ。
「ミーダー」
 エロダーが呼びかけると、ミーダーは顔を上げた。
「お前、マミがお前に傷つけられた直後に何て言ったか、分かるか?」
 ミーダーが首を振ると、エロダーは静かな殺意を込めて言った。
「『死にたい』」
 ミーダーはビクッと体を震わせた。
「お前はそこまであいつを追い詰めたんだよ。殺された方がマシだったって、そう言わせたんだ。呆然自失として、黙って泣いていて、マジで見ていられなかった。なんでよりにもよってマミがこんな目に遭わなきゃいけないんだろうって、俺はそればっかり考えていたよ」
「僕が……マミちゃんを……」
 ミーダーは実感が湧かないままぼんやりと呟いた。直後、何かに気づいたように青ざめる。
「ま、まさか……」
 誰ともなしに問いかける声が震える。エロダーはミーダーを冷たく見据えると感情のない声で告げた。
「お前は、マミを暴行した。それも、性的な」
 ミーダーが息を呑む音は、悲鳴に似ていた。
「俺は……俺は、マミにあんな顔をさせたことが赦せねぇ……」
 ミーダーを見据えながら、エロダーは瞳の中の憎悪の色を増していった。
「お前なんか、もうマミに会う資格もねぇんだよ。それなのに、よくものこのことやって来れたもんだな。マミがどんな思いでお前を見ていたか、今のお前になら分かるか、あぁ!?」
(違う……僕じゃない……僕がそんなこと、するはずない……)
 ミーダーはそう言いたかったが、うまく声にできなかった。有り得ないことだと思いつつも、妙に確信を持っているらしいエロダーたちの様子に戸惑いを感じる。何の理由も無しにこんなことを冗談で言うはずがないのだ。まして拳を振り上げることなど。しかし、だとしても――
 黙り込んでしまったミーダーを、エロダーは呆れたように見下ろした。
「何だよ。もう幼稚な言い訳も尽きたか? そもそも身に覚えがないって言うなら、今までどこへ何しに行ってたんだよ」
 ミーダーは理由を説明しようと口を開きかけて、慌てて閉じた。謎の手紙のことは話せない。話せば今の状況に加えてマミやスモダーたちにどんなことが起こるか分からない。それだけは、絶対に――
 何も語ろうとしないミーダーを見て、エロダーは愛想を尽かしたように言い放った。
「決まりだな。お前は極刑だ」
 エロダーは背後を振り返った。
「ソーダー」
 ソーダーが頷いて立ち上がった。

1年前 No.68

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

「マミ、入ってもいいか?」
 マミの部屋のドアをノックして、スモダーは少し気遣うように声をかけた。
「どうぞ」
 部屋の中からか細い返事が聞こえた。
 スモダーがドアを開けて中に入ってみると、マミは部屋の隅で両足を抱え込んでうずくまっていた。

「ミーダーは、もう地下牢の中?」
「ああ」
 スモダーが答えると、マミは顔を上げないままさして興味もなさそうに「そう」と呟いた。
 スモダーはマミに合わせて傍らにしゃがみこむと、マミの髪に軽く触れて言った。
「髪、切り揃えてやろうか。気分転換にさ」
 マミは黙って頷くと、ドレッサーの前に座った。

1年前 No.69

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

 ハサミが軽快に鳴る音がして、マミの周りに小さな束がはらりと落ちて行く。
 三面鏡に映るスモダーの手の動きを見つめながら、マミはぽつりと言った。
「スモダーって、色んなこと知ってるんだね」
「……何だよ、急に」
 手の動きを休めずに、スモダーは聞き返した。
「私が小さい頃、読み書きや数の数え方を教えてくれたのもスモダーだったよね。他にも、いろいろ……」
「そういやそうだったな」
 左手で髪の分け目を探りながら、スモダーは生返事をした。
「スモダーも、私と同じで学校行ったことなかったんでしょ? そういうの、誰に教わったのかなって、ちょっと思って……」
 その何気ない質問に答えようとして、スモダーはふと手を止めた。
「あいつの両親にだよ」
「え?」
 マミは思わず振り返った。スモダーは慌てて、
「危ねえから前向いとけ」
とその頭を押さえて向きを戻す。
「コウダーと一緒に、あいつの親に教わったんだ。ガキの頃、互いの家をよく行き来してて世話になってた
。ここに居る全員、そうだったんだぜ。小さな村だったからな、大人たちの仲も親密だったんだ」
 マミは幼い頃に聞いたスモダーたちの会話の断片を思い出しながら言った。
「……スモダーたちって、外国から来たんだっけ」
「ああ。俺たちは、この街の生まれじゃねぇ。もっとずっと遠くで暮らしていたんだ」
 そう言われても、街の外へ出たことのないマミにはピンと来ない。
「それって、西方の新しい国?」
「いや、…………南だ」
 スモダーはそれしか言わなかった。
「もう少し落ち着いたら、俺たちの昔話も教えてやるよ。今は……今は、とても無理だ」
 マミの肩に置かれたスモダーの左手が、少し震えていた。マミはスモダーの気持ちを察して胸が痛んだ。
「お前の髪は時間が経てばまた伸びてくる。だが、一度失ったもんは……あいつだけは、もう……」
 スモダーはそれ以上言葉を続けられないようだった。マミはスモダーの左手をとると、両手でそっと包みこんだ。
「うん。待ってるよ。スモダーが話せるようになるのを……」
 自分の手を包みこんでいるマミの手の温もりは暖かく、スモダーは尚も吐き出さずにはいられなかった。
「俺は、目の前のお前らを守れればそれだけで良かったんだ……なのに、守れなかった。あいつにはもう謝ることができねえが、マミ、お前はまだ生きている。お前になら、まだ謝れる……マミ、ごめんな。守ってやれなくて、ごめんな……」
 スモダーが泣いていたのかどうかは分からない。三面鏡に顔が映るにはスモダーは背が高すぎたし、マミはあえて振り返らなかった。
「スモダーが謝ることなんて、何一つないよ。どうしたの、スモダー? そんな気弱なスモダー見たら、コウダーなんてきっと吹き出しちゃうよ」
 マミはそう言いながら、自分の方が泣いてしまいそうになるのを懸命に堪えた。
「あぁ、そうだな……」
 頷きながらスモダーは、しまったと思った。
(いっけね……こいつを励ますつもりで来たのに、何で逆に俺が励まされてんだよ)
 スモダーは気を取り直すようにハサミを置くと、マミの頬を両手で挟んで笑いかけた。
「ほらよ、終わったぜ。前より大分マシになったろ」
 マミは「うん」と言いながら、鏡に映る自分の姿を見てちょっぴり悲しそうに微笑んだ。
「短いのも案外悪くないかもしれねえぜ? 凛々しくて、カッコ良いじゃねぇか。こっちの方が強そうに見える、うん」
 マミは笑った。
「もうスモダーったら、それ、女の子に言うほめ言葉じゃないよ?」
 マミがそう言ってスモダーを見上げると、スモダーは何故か安堵したような表情を浮かべていた。
「よし、笑ったな」
「え?」
 マミは一瞬あっけにとられた。
「いや、何でもねえ。こっちの話だ」
 スモダーはごまかすように急いで後片付けをすると、戸口の方に向かった。
「俺はちょっと、地下牢の様子見てくるわ。あの二人は何だかんだで多少甘いところがあるからな。俺が一度降りて行かねえと」
「あ……待って、スモダー!」
 マミは慌てて呼び止めた。スモダーが振り返った。
「もし……もしも万が一、ミーダーが素直に謝ったら、スモダーはどうするの……?」
 スモダーはしばらく何も答えなかった。長い沈黙の後、重苦しそうに口を開く。
「…………あいつがそんなことをするとも思えないけどな。だが、もし謝ってきたとしても……俺は、それでもやっぱりあいつを赦せねえと思う」
 スモダーは真っ直ぐにマミの目を見て訊ねた。
「マミ、お前は赦すのか?」
 今度はマミが沈黙する番だった。だが、マミも答えを出した。
「ううん。私も、多分赦さない」
 スモダーは「そうか」と呟くとドアのノブに手をかけた。
「お前も来るか? 大分胸がスカッとすると思うぜ」
「う、うん……」
 マミは返事に淀んだ。
「私は、今日はやめとく。うまく言えないんだけど、その……何だか今は、あんまりミーダーに会いたくないの」
「分かった。夕食にはちゃんと降りて来いよ。俺たちだけだから。安心しろ」
 それが何を意味するのか分かってはいたが、マミは何も言わずに頷いた。
「じゃ、後でな」
 スモダーはマミの部屋を出ると、武器部屋の方へ向かった。

1年前 No.70

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

 ミーダーが地下牢に捕らわれてから小一時間ほど経ったとき、階段の方から足音が聞こえて来てスモダーが現れた。
「おぅ、やってるか?」
 ソーダーとエロダーにそう声をかけながら、鉄格子を潜り抜ける。
「スモダー、こいつまだ口を割らねえんだぜ。覚えてねえとか言って、問い詰めたら黙り込んで、自分がやったこと認めようともしねえ」
 ソーダーがミーダーの方を見やりながら腹立たしそうに言った。スモダーもミーダーの方を見た。床に膝をついて痛みに喘いでいるミーダーと、スモダーの目がふと合う。
「そうか。まあいい、そんな態度がとれるのも今のうちだ」
 スモダーは淡々とそう言って鞭を取り出した。棒を除いても二メートルはある、しなやかな革紐で一本に編み込まれた太い鞭だ。軽く右手を振って床を打つと、バシッという想像以上に大きな音が地下牢に響く。
「スモダー、そんなものも武器部屋にあったのか?」
 エロダーが珍しそうに尋ねた。かつて働いていた炭鉱で使われていたのは短い竹笞だったし、革の鞭でもこれほど長く太いものを見るのは初めてだった。
「ああ。地下にこんな牢はあるし、やけに武器が揃えられているし、全く妙な家だぜ」
 スモダーは鞭を手の平の中で滑らせながら低い声で言った。
「上を脱がせろ」
 二人は頷くと、ミーダーの上着を剥ぎ取りシャツを引き千切った。地下牢のひんやりとした空気が、上半身にまとわりつく。
「い、嫌だ・・・・・・助けて、お願い……」
 ミーダーは弱々しく言ったが、ソーダーがその頬を音高く殴って黙らせた。スモダーが鞭を強く握り締め、ミーダーに近づく。その冷たい瞳と鞭を見て、ミーダーは一瞬体を強張らせた。
 振り上げられた鞭はヒュゥッと空気を切り裂き、唸りをあげてミーダーの体に襲いかかった。肌を打つ大きな音がして、すぐに血が滲む。
「あぁ……!」
 ミーダーは小さな叫び声をあげ、痛みに身をよじった。壁に取りつけられた鎖がジャラジャラと鳴る。
「覚えてないだと!? そんな台詞、よく口にできるな。さんざん人をいたぶっておいて!」
 スモダーは感情を露わにして怒鳴った。
「コウダーを返せ! 返せよ! あいつがお前に何したって言うんだ! 俺たちがお前に何したって言うんだよ!? 虫けらみたいに殺しやがって、ちくしょう、ちくしょう……!」
 スモダーはミーダーに何度も鞭を振り下ろした。脇腹を、胸を、首筋を、怒りと悲しみに身を任せて所構わず殴る。
 ソーダーとエロダーは手を出さず、その様子を黙って見守った。
「マミにまであんなことしやがって……楽しかったか!? 泣いて嫌がるあいつを無理矢理押さえつけて、ろくに成熟していない体にがっついて……楽しかったかって聞いてんだよ!」
 ミーダーは何も答えなかった。答えられるはずがなかった。鞭の一振り一振りに込められたスモダーの悲しみが切実に伝わってきて、息が詰まりそうになる。自分の知らない間に、二人はそんな目に遭っていたのだ。こんなにも胸が痛むのに、心が辛くて苦しいのに、そんなことをしたのは自分自身だなんて――
 しばらくミーダーを鞭打つと、スモダーはミーダーの四肢を拘束していた鎖を外してやった。ミーダーは体を支え切れず、石の床にドサッと倒れ込む。
「うぁ……うぅ……」
 息を荒げ、苦しそうに呻き声を漏らしているミーダーに、スモダーは低い声で言った。
「言っておくが、この程度で済まされると思うなよ。コウダーやマミの痛みはこんなもんじゃねぇ。いや、お前にはその何倍も苦しませて弄り殺しにしてやる。覚えてろ」
 スモダーはソーダーとエロダーに向かって言った。
「おい、ここの南京錠、しっかりとかけておいてくれ。まさか逃げ出せばどうなるか分かってない訳じゃねえと思うがな」
 後半はさりげなくミーダーを脅すように言うと、スモダーは階段を上って行ってしまった。二人も言われた通りにしてすぐにその後に続く。
 ミーダーは肩肘をついて三人を見送っていたが、やがて低く呻くと、体勢を崩して冷たい石の床に頬をつけた。視界がぼやけ、ゆっくりと意識が薄れていく。
 気絶する直前にミーダーの脳裏に浮かんだのは、いつかマミが見せた、本当に嬉しそうな笑顔だった。初めて買い物に行くのを許したあの日、元気になって外に出かけられることをあんなに喜んで――

1年前 No.71

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_m9i

 次にミーダーが目を覚ました時は、もう真夜中だった。窓のない地下牢に居ると時間が分かりにくいが、左手の腕時計がそれを示している。
 ミーダーはさっき鞭打たれた時にできた傷口の血を拭いながら起き上った。一瞬何故自分が地下牢に居るのか分からなかったが、すぐに昼間起こったことやスモダーたちに言われたことを思い出す。
(そうだ、それで、閉じ込められたんだっけ……この、地下牢に……)
 ミーダーは天井に吊り下げられたランプの光で静かに照らされた地下牢を見回した。
 ミーダーには、自分がマミやスモダーたちに暴力を振るったということが未だに信じ難かった。そもそも、自分にそんなことをする時間は無かったはずだ。あの裏路地で何者かに殴られてから目を覚ますまで、ほんの十数分しか経っていなかったのではないのか――
 だが、それをどう説明すればスモダーたちに信じてもらえるのか、ミーダーには分からなかった。今日のスモダーたちの様子を見る限り、どんなに言葉を尽くしたところで自分の言葉を信じてもらえるとは思えない。せめて、マミに会って事実を確かめることができれば――
 ぼんやりと考えごとをしていたミーダーの目が、ふと左隅にある僅かにずれている石板を捕らえた。他のずれている石板と違って、誰かがわざとずらしたように見えるその石板は、下に物を隠してあるらしく、何か白いものが覗いていた。少し見ないと分からないような、さりげない奇妙さである。
(何だろう、こんな地下牢に、隠し物……?)
 不思議に思ったミーダーは何気なく石板の下を覗き込んで、もう少しで悲鳴を上げそうになった。
 白いものだと思ったそれは、一人の成人の完全な白骨死体だった。腐った肉すらも一切ついていない、埋められてから少なくとも七、八年は経過したと思われる骸骨は、土の中で手を組み合わせ、空洞の目でミーダーを真っ直ぐに見つめている。
 ミーダーはその髑髏を凝視しながら、二歩三歩と後ずさった。いつだかマミが言っていた言葉が脳裏に蘇る。
『前に、閉じ込められた人が居たのかな……?』
(ま、まさか、本当に……!)
 ミーダーは大急ぎで天井のランプを取り外すと、狂ったように地下牢の中を調べ始めた。と言っても、牢の中には鎖のほかには寝台も何もないのでさほど時間はかからない。ミーダーはすぐに、白骨のすぐ側の石壁に、何かで削ったような跡があるのを見つけた。
(これは……文字!?)
 恐らく石板の欠片で壁を削るように書いたのだろう、右手に持ったランプに照らされた読み取りにくいその文字たちは、紛れもない、白骨の独白だった。
『苦しい……苦しい……ゼベルド、どうしてこんなことをするの……ここから出して……お願い……こんなにもあなたのことを愛しているのに、どうして……苦しい、苦しい、もうずっと何も口にしていない。お願い、水を……何か食べ物をちょうだい……こんな所に、一人で置いていかないで……助けて……あなたのことが好きなの……大好きだった……ゼベルド、どうして……私はただ、あなたとの間に授かった子供を、守りたかっただけなのに……苦しい……苦しい……ゼベルド、あなたにとって私はもう邪魔な者でしかないのね……こんな地下に閉じ込めて、飢え死にさせてやりたいと思うぐらい……でもお願い、あの子だけは……ミーダーだけは、こんな境遇に遭わせないで……私たちのことはあの子には何も関係無い……私がいなくなっても、あの子だけはあなたが守ってあげて……ゼベルド、好きよ。あなたが私のことをどう思っても、ずっと愛してる……あなたがいつか、これを読んでくれることを最期に祈るわ。私にはもう、それしか……』
 最期の力を振り絞って刻んだらしい、たどたどしく書かれたメッセージの後に、書かれた日の日付とミーダーの母親の名前である『シャーリー』という文字が刻まれていた。日付の年号を見て、ミーダーは改めて愕然とする。
(二十三年前じゃないか……! じゃぁこの骨は、本当に母さんの……!)
 ミーダーはゾッとして白骨を見つめた。
(ただ死んだんじゃなかったんだ。殺されたんだ。ここで、父さんに、見殺しも同然に……こんな地下牢で、飢えに責められながらたった一人で……!)
 ミーダーはずれている石板をきちんとはめ直し、母親の白骨が見えないようにした。これ以上あの髑髏と目を合わせていたら、発狂しそうな気がした。
 ミーダーは牢の奥の鎖の所に戻って座り込むと、大きく息をついた。思いがけず知った凄惨な過去の事実が、自分自身の恐怖と結びつく。弄り殺しにしてやると言っていたスモダーの言葉が耳に蘇ってきた。
(殺されるんだ……母さんと同じように、僕も、この地下牢で……)
 ミーダーはどうしようもなく震えている自分の両手を見つめた。震えを止めようとしても止まらない。怖くてたまらない。気を緩めれば、鉄格子に取り縋って誰かが来るまで助けを求めて叫び続けてしまいそうな気がした。
 ミーダーは地下牢の中で独りで横になると、両手で耳を塞いでぎゅっと目を瞑った。言い尽せない恐怖と絶望が、ゆっくりとミーダーの心を蝕んでいった。
(怖い……怖い……誰か、助けて……誰か……)

1年前 No.72

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

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9ヶ月前 No.73

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

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9ヶ月前 No.74

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

「いいよ……会わないままでいい……会いたくないもん……眠いから放っておいて……」
 マミはスモダーの話を聞くと、布団を被ったきり顔を見せようともしなかった。ここ最近ぐっすり眠れない夜が続いていて、その分昼間に強い眠気を感じることが多かったのだ。
「ミーダーは、お前に謝りたいって言ってたぞ」
 布団の山がぴくっと動いた。
「そんなの、どうせとりあえず言ってみただけでしょ……やだよ……怖いもん……」
「おやおや、裸のままミーダーから銃を奪い取って床を撃ち抜いたときの勇ましいマミはどこに行ったのやら。あの時のお前、俺はなかなかカッコ良いと思ったんだがなぁ」
 スモダーはからかうような口調で言った。マミは布団の中で呻いた。
「やめてよ……あんなの、カッとなった勢いでやっただけだもん……今思い出すだけでも恥ずかしいのに……」
「悪い悪い。だけど、そんなに怯える必要ないと思うぜ。お前に会わせる時は両手両足ふんじばって行くし、お前の方が体勢的には圧倒的に有利なんだからどうせ何もできねえよ」
 マミは布団の中から目だけ覗かせた。
「ほんと? ほんとに大丈夫?」
「ああ……二度と、あいつにお前のことを傷つけさせたりしねえよ。絶対にな」
 スモダーは低い声で言った。その強い口調に、マミは少しだけ目を見開いた。
「それよりも、お前はこのままでいいのかよ」
 スモダーは重ねて聞く。
「お前がミーダーから奪ってきたあの拘束具、俺らはまだ使ってねえぞ。あれはお前の手柄だからな。お前が最初に使いたいんじゃないかと思って、俺らずっと待ってるんだけど」
「あぁ、あれね……」
 マミはゆっくりと眉をしかめた。
「うーん、そっかぁ……それもそうだね……」
 マミはまた頭から布団を被ると壁際を向いたまま不機嫌を装って言った。
「分かったよ。明日、ミーダーに会う。でも、みんなにはぎりぎりまで秘密にしといてくれる?」
 スモダーは「ああ」と答えると地下牢の方に戻って行った。

9ヶ月前 No.75

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

 翌七時頃、フーダーが地下牢に降りてきた。無言で牢の鍵を開けて中に入ってくると、縄でミーダーを後ろ手に縛り上げる。
「立てるか」
 フーダーはミーダーの縄を取ると立ち上がらせた。
「ちょっと来てくれ」
 フーダーは短くそう言うと、牢を出て階段を上ろうとする。
「こ、今度は、何を……」
 ミーダーが訊ねると、フーダーは肩をすくめた。
「さぁな。俺はただ、お前を縛って牢から出してくるように言われただけだ。まぁ、今までよりはきついみたいなことをスモダーがぼやいていたが……」
 ミーダーは息を呑んだ。
「そんな……鞭よりきついことって、いったい……」
 フーダーはちらりとミーダーの方を振り返った。それが何なのか、フーダーには大方想像がついた。フーダーはミーダーから目を逸らすと静かに言った。
「それだけのことをしたんだろ。そろそろ反省しろよ、お前」
 ミーダーは何か言いたげに口を開いたか、結局黙ってうなだれた。二人は黙々と階段を上って行った。

9ヶ月前 No.76

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

「みんな、連れて来たぜ」
 フーダーはスモダーたちにそう声をかけると、ミーダーを部屋の中に突き出した。
「あぁ、朝からご苦労だな、フーダー」
 スモダーはそう答えると、ミーダーを見やった。
「ミーダー、お望み通りマミに会わせてやるよ。まぁ、俺たちもどうせ後からやるつもりだが、とりあえず最初はな。あいつにも楽しませてやらなくちゃいけねぇし、そっちの方がお前にも応えるだろう」
 ミーダーは話の意味はよく分からなかったが、何となく嫌な予感を覚えた。ようやくマミに会えるというのに何故か不安な気持ちばかりが増していく。
「マミには三階の空き部屋でもう待つように言ってある。こいつは俺が連れてくから、皆はここで待っててくれ」
 フーダーは頷いて、ミーダーを縛っている縄の先をスモダーに手渡した。スモダーはそれを受け取ると、「来い」と言うなりフーダーより大分乱暴にミーダーを引っ張って行った。

9ヶ月前 No.77

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

「マミ、待たせたな。こいつ、遠慮せずにたっぷりといたぶっていいぜ」
 スモダーはそう言って部屋に入りながら、わざとミーダーの足を払った。バランスを失ってよろめくミーダーを、後ろから手荒く突き飛ばす。
 ミーダーは後ろ手に縛られて手をつくこともできないまま、剥き出しの木の床に倒れ込んだ。
 部屋の奥の椅子に座って何かを考えていたマミが振り向いた。寝不足気味のような、泣き腫らしていたような、赤い瞳がミーダーを見つめる。
「ほら、これ」
 スモダーが無造作に空中に何かを放った。マミは無表情で手を伸ばし、それを受け止める。
「じゃ、十五分ぐらいしたら様子見に来るからな。俺たちは二階に居るから、何かあったらすぐ呼びに来いよ」
 スモダーはそう言い残すと、さっさと二階に降りて行ってしまった。ドアを閉める時、その口元に笑いのようなものが確かに見えた。
 マミは手の中の物をしばらく見つめていたが、やがて首輪を取ると、カチャカチャと開けながらミーダーの側に屈みこんだ。
「マ、マミちゃん……?」
 ミーダーが口を開いたが、マミはミーダーとは目を合わせずに首輪を取りつけることに集中しているふりをした。
「マミちゃん……あの……」
『お前は、マミを暴行した。それも、性的な』
『呆然自失として、黙って泣いていて、マジで見ていられなかった』
『楽しかったか!? 泣いて嫌がるあいつを無理矢理押さえつけて、ろくに成熟しきっていない体にがっついて……楽しかったかって 聞いてんだよ!』
 スモダーたちに言われた言葉が、まだ耳に残っている。もし本当に自分がそんなことをしたのなら、謝らなければならないことも分かっていた。自分はそんなことなどしていないと信じてほしいという願いもあった。だが、いざマミを目の前にすると、何も言えない自分が居た。口を開くことさえ、虚しいことに感じられた。あんなに言いたい言葉があったのに、伝えたい想いがあったのに、そのどれ一つ口から出てこない。
 どれほど怖かったのだろう。どれほど辛かったのだろう。どれほど痛みに満ちていたのだろう。真っ赤なマミの瞳を見ているとそんな考えしか浮かばず、その悲しみの深さにただただ圧倒された。
 傷ついているマミにどんな言葉をかけたところで、マミの心には届かない。エロダーの言った通りだった。自分には、マミの気持ちを癒すことなどできない。自分は……今もこうしてマミを傷つけている――
 そう思うと、ミーダーは胸が苦しくなって、何も言葉を言うことができなくなった。
「言うことがないなら、無理に話さなくていいよ」
 マミはミーダーの言葉を遮るように冷たく言い放った。
 傷ついているなんて、張本人の前で認めたくない。あんなことをされたのを、まるで自分にとって耐え難い傷であるかのように、抱え込むなんて御免だ。ミーダーは、およそ自分が考え得る限り最低の人間だった。事実はそれだけで、それで十分だ。
 今自分の目の前で縛られて転がっているこの男は罪人だ。だから罰す。他に理由などない。
「耳障りだから。苦しい言い訳並べるくらいなら、少し黙っててくれる?」
 マミは首輪の起動ボタンをカチッと押した。電流が走り、経験したことがないような激痛がミーダーを襲う。
「ぇっ……」
 一瞬驚いたミーダーは、すぐに凄まじい叫び声をあげて床の上で悶えた。空気を切り裂くようなその悲鳴は、二階に居たスモダーたちの耳にまで届いた。
 マミはつつと二、三歩後ずさると、目を瞑って痛みに呻いているミーダーを見下ろした。自分たちが苦しめられたのと同じ痛みに苦しむミーダーを見て、心地よい満足感が自分の胸に満ちるのを感じていた。
「さすがに、後悔してる……?」
 ミーダーは荒い息をしながらうっすらと目を開いた。マミは言葉を続ける。
「コウダーを殺したこと、今ここで謝るならやめてあげてもいいよ。スモダーたちには何回もやったって言っといてあげる。それと、もう二度とあんなことしないで。もう一度同じことをしたら今度こそ赦さない」
 ミーダーはマミを見上げて必死に口を開いた。せめて、マミだけは……マミにだけは信じてほしい――
「違うんだ、マミちゃん……僕はマミちゃんたちに何もしていない……マミちゃんたちが言っていること、全部身に覚えがないことばかりなんだ……だから、」
 マミは眉をひそめると、もう一度起動ボタンを押した。あまつさえ否定しようとするミーダーに、ほとほと呆れ果てていた。ミーダーが再び絶叫する。
「スモダーたちから聞いてはいたけど……本当だったんだ……この期に及んで、まだそんなことを……」
 ミーダーは電流が途切れてもまだ少し咳きこんでいた。自分の言葉を信じてほしいなどと思っていたことが、ひどく滑稽で甘い考えだったと思い知り始めていた。それほどまでに、重いことだったのだ。
「じゃぁ、一つだけ教えて……最後に僕が出かけたのって、どれくらい前……?」
 ミーダーはかすれる声でずっと気になっていたことを口にした。自分の考えが正しければ、これさえ辻褄が合えば自分は暴行などしていないということになるはずなのだ――
「どれくらいって……今日でもう、七日経つけど」
 マミは怪しむようにミーダーを見ながら答えた。ミーダーは愕然とする。ミーダーの体感では、ほんの四日前の朝のことなのだ。
(七日……!? それじゃ、あの裏路地で丸三日も気絶していた……!? そんなことが……それとも、本当に僕がマミちゃんたちを……)
 目まぐるしく考えているミーダーをよそに、マミはため息をついてドアを開けた。ちょうどスモダーたちがノックしようとしているところだった。

9ヶ月前 No.78

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

「スモダー、やっぱりダメだよ。スモダーたちが言った通りだった。全部身に覚えがないって」
 マミはミーダーの方をちらりと見てそう言った。スモダーは目を剥いた。
「何だと!? てめぇ、いい加減にしろ! マミに謝りたいっていう話だったから、会うのを許してやったんだぞ!」
 スモダーは部屋の中にずかずかと入って来ると、縄を切り、ミーダーの髪を鷲掴みにしてマミの前に引きずって行った。ミーダーは何も言えずに低く呻く。
「マミに謝れ! 謝れよ! あんなことしておいて、ふざけんな! お前がどれだけ、マミを傷つけたと思っているんだ!」
 スモダーは怒りに任せて怒鳴り散らすと、ミーダーの両腕をねじりあげて物凄い力を込めた。ミーダーの悲鳴が部屋に響く。その容赦のない光景を目の当たりにして、マミは思わず目を逸らした。傍から見るその様子は、自分が思っていた以上に痛ましかった。
「僕は皆に暴力を振るったりなんかしない!」
 ミーダーは痛みを堪えて有らん限りの声で叫んだ。その場に居る全員が、その声を聞いた。
「だって……そんなこと、できないよ……皆は、僕にとって、とても、大切な……」
 スモダーは忌々しそうに舌打ちして両腕に込める力を増したが、激怒したのはスモダーだけではなかった。遠巻きに見ているだけだった何人かがさっとミーダーに駆け寄り、その顔面に拳を振り上げた。何発か、さぞかし痛そうな響きの良い音がしてミーダーの声が泣き声に変わった。
「た、助けて……お願い……」
 ミーダーの懇願する声がマミの耳にねじ込まれる。
「いいから、まずマミに謝れって言ってんだ!」
 スモダーがそう言いながら力を増していく。マミは視線を逸らしたままぎゅっと目を瞑った。二人の声を聞きたくなかった。
「ひっ……うぅっ……!」
 ミーダーは腕に込められるじんとした痛みで何も考えられなくなっていた。今この苦痛から逃れられるなら、何でもいい。後でどうなっても構わない――
「ご、ごめんなさい……」
 ミーダーは震える声で謝罪の言葉を口にした。マミはビクッと体を震わせてミーダーを見た。見開かれたマミの瞳に、両腕をとられうつむいたまま肩を震わせているミーダーの姿が映る。その間にも、ミーダーの腕にはギリギリと力が加えられていった。
「ごめんな、さい……もう、二度としないから……ゆる、して……」
 そう言った途端、ミーダーは最初から自分がマミたちに暴力を振るっていたのだという気がした。
「何回でも謝れ! おら! おら!」
 スモダーはマミの目の前でミーダーの頭を押さえつけ、何度も床に打ちつけた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいっ……!」
 言葉を重ねるごとに、ミーダーの中で何かが変わっていく。疑いが確信に、懇願が贖罪に。どうして自分は今までこうすることを拒んだのだろう。何故あそこまで頑なに、過ちを認めることさえしようとしなかったのか――
(!)
 剥き出しの木の床にぽたぽたと零れるミーダーの涙を見つけ、マミの心に戸惑いのようなものがじわじわと広がった。
(違う……! 私が復讐したかったのは、こんなミーダーじゃない……!)
 スモダーはようやくミーダーの腕を放した。腕を放されてもなお、ミーダーは涙を流しながら呻くように言い続けた。
「ごめ……なさ……ゆるして……」
「マミ、こいつどうする? お前の好きにしていいぜ」
 スモダーがミーダーの体を足で転がしながらマミに問いかけた。
「え……」
 マミは言葉もなくその場に立ち尽くした。床に倒れたまますすり泣いているミーダーを見る。これ以上何か苦痛を与えたいとは、今は到底思えなかった。そう思わされていることが、ただただ腹立たしい。
(ずるいよ……コウダーを殺した時は、あんなに嘲笑していたくせに……こんな……こんなの……まるで……まるで、悪いのは私たちみたいじゃん……)
「……っ!」
 マミは口元を押さえると、その場を逃げ出した。スモダーたちが「マミっ!?」と叫ぶ声が、背中を追いかける。
「マミ、ちゃん……?」
 ミーダーはゆっくりと顔を上げた。てっきりマミにも激しくなじられるものと思ったのに、何も言わずに急に消えたことが解せない。自分は、赦されたのだろうか。そんな訳でもないだろうに。
 だが、いくら待ってもそれっきりマミは戻って来なかった。

9ヶ月前 No.79

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

「う……オェッ、ゲェッ……」
 マミは真っ直ぐ一階の手洗い場に駆け込むと、洗面台に嘔吐した。知らず知らずのうちに、自分も泣いていることに気づく。
 罰を与えるなら、ミーダーが苦痛に苛まれることぐらい当たり前だ。それぐらい分かっているつもりだった。事実、自分が首輪を使った時は歓喜以外何も感じなかった。なのに、今はちっとも楽しくない。伏して詫びさせるその瞬間を、心のどこかで待ち望んでいたはずなのに、ちっとも嬉しくない。ただ――
(気持ち悪い……復讐って、こんなに辛いことだったんだ……こんなにも……!)
 吐瀉物にまみれた手で口を拭うと、マミは力無くその場に座り込んだ。

9ヶ月前 No.80

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

 スモダーたちはマミが居なくなったのを良いことに、マミには見せられないようなやり方で尚もミーダーを侮辱すると、もう一度地下牢に放り込んだ。
(あぁ、そうか……僕は、マミちゃんたちに酷いことをしたんだ……僕が……)
 薄暗い地下牢に独りで横たわりながら、ミーダーは激しく泣いていた。
 自分がそんなことをするはずがないという思いは、いつの間にか消えていた。マミたちの言葉と苦痛が、それを拭い去った。マミたちが経験したであろう痛みを思うと、涙が止まらない。向かい合うのも耐えがたい罪悪感だけが残る。どうすればいいのか分からない。
(償える、かな……せめて、僕が苦しめば……)
 罪悪感に耐えかねて、その考えに縋った。犯した罪を償いたい。何より、怒りと悲しみに溢れたマミたちの気持ちを楽にしてやりたい。そのためにできることは、それしかないように思われた。

 言葉では癒せなかった深い心の傷も、自分の苦しみと引き換えに和らいでいくかもしれない。

(苦しみ……)
 ミーダーはゾクッとしておそるおそる首元に触れた。ここに送り込まれてきた電流の感触、激痛、自我を失う感覚、それらがまだ生々しい。
 怖い。逃げ出したい。あんなもの、そう何回も耐えられる訳がない。同じ苦痛をもう一度味わうことだけでも、到底我慢できる気がしなかった。しかも自分が最も恐れているのは、首輪や鞭の痛みなどではない。
 愛する者たちに氷のような視線を向けられるあの辛さ、殴られ蹴られて呻く様を笑われるあの気持ち、そういったものに自分はいつまで耐えられるのだろう。自業自得だと思おうとしても、辛い気持ちが薄らぐはずもない。自分は、最後まで逃げずに受け止められるのだろうか。全く自信がなかった。それに――
(マミちゃん……)
 首輪の起動ボタンを握り締め、自分を見下ろしていたマミの姿が瞼の裏をよぎる。唯一残された希望は虚しく宙を切って届かなかった。最後の願いさえ、あんなにもあっさりと裏切られてしまった。
(赦しては、もらえないだろうな……もうマミちゃんと笑い合うこともできない……)
 そう思うと、ミーダーの心を再び絶望が蝕んでいった。ミーダーの嗚咽が、ずっと地下牢に響いていた。

9ヶ月前 No.81

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

 その日から、ミーダーはマミたちの言葉を否定しようともしなくなっていた。
 実際、殴られ、蹴られ、屈辱を受けている間ミーダーはほとんど抵抗しなかった。ただ、時折口から漏れる呻き声や、うわ言のように呟き続けている謝罪の言葉がマミの心を迷わせていた。
「ごめんなさい……」
 二人きりの時にマミに鞭で殴られた直後、ミーダーはか細い声で再びその言葉を口にした。
「…………」
 マミは無言でミーダーを見下ろしたまま、もうこれ以上殴れないと思っている自分を見つけてそんな気持ちを持て余していた。
 マミは鞭を持っていた腕をそっと下ろすと、部屋の外へ出てスモダーたちを呼んだ。
「マミ、もういいのか?」
 スモダーが不思議そうにマミに問いかけた。マミは頷いた。
「ちょっと疲れちゃったから。私、ここで休んでる」
 マミはそう言うと窓際の壁に寄りかかり、そのまま足を抱えて座り込んだ。
「そうか。それなら……」
 スモダーはそう呟くと、振り向いて意地悪く笑いながら拳を鳴らした。

9ヶ月前 No.82

マミ @edanisi ★QBlJmPUnuy_yoD

 スモダーたちがミーダーを殴っている間、マミはその様子を黙って見ていた。
「そろそろ手を引いてもいいような気がするのは、俺だけかね……」
 フーダーがマミの隣に座りながら、眉を寄せて呟いた。
「鞭打ちにしたって、とっくに俺らが被った量を超えてるぜ。それにあいつ、何度も謝ってんじゃねぇか。何でどいつもこいつもそのことはガン無視なんだ?」
 マミはスモダーたちに殴られているミーダーを見ながら、フーダーの言ったことを考えた。
「倍返し」
 マミはポツリと言った。フーダーは驚いたようにマミを見た。
「そういうことなんじゃないかな。もし謝ってきたとしても赦さないって、スモダーも言ってたし。それに……」
 マミは一瞬躊躇ったが、大きく息をついて言った。
「ミーダーの罪は、鞭打ちとか、電撃とか、そんなことよりもずっと大きいことがあるじゃん」
 フーダーはしばらく黙っていたが、やがて噛みしめるように言った。
「あぁ、そうだな」

9ヶ月前 No.83

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_YzQ

「あ、終わったみたい」
 マミはスモダーたちの様子を見て腰を浮かしかけたが、フーダーがマミを押しとどめた。
「よく見ろ。終わりじゃねえよ」
 そう言われてマミは改めてミーダーの方を見た。
 スモダーたちはミーダーを囲んで立っていた。
「飲めよ」
 ドーダーが倒れているミーダーの顎を掴んで顔を上げさせると、手に持っていた水筒をミーダーの口にあてがった。
「……!」
 ミーダーは顔を背けた。苦しそうに咳きこむ音がして、僅かに吐き出された水が床の上に滴る。
「おいおい、水に毒なんて入れてねえぞ?」
 ドーダーは笑って言うと、顔の向きを戻して有無を言わさず続きを流し込んだ。
 ミーダーは一瞬再び顔を背ける素振りを見せたが、一口飲み込んだ後は貪るように夢中で飲み始めた。
 喉を鳴らして水を飲み下しているミーダーを、マミはじっと見つめていた。
「フーダー、ミーダーってどれくらい水飲んでないの?」
 マミが訊ねると、フーダーはゆっくりと答えた。
「どれくらいだろうな……昨日の昼からだから、多分二十八時間は何も口にしてないはずだぜ」
「そう……」
 マミはそれ以上は何も言わなかった。
 ミーダーは水を全て飲み干すと、荒い息をしながら床に頬をつけた。
 ドーダーは水筒を縦に振ってみて、一滴も水が出て来ないのを見るとニヤリと笑った。
「何だよ、結局全部飲んだじゃねえか」
「今のうちにせいぜい潤しておくんだな」
「ああ、なんせしばらく飲めないんだからよ」
「動物か何かみたいな飲みっぷりだったな」
「そんなに水欲しかったか?」
 スモダーたちは口々にそう言うと、わざとらしい笑い声をあげた。
 ミーダーは力無く目を閉じた。

8ヶ月前 No.84

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_YzQ

 数時間後、マミはろうそくを片手にパジャマ姿で台所をうろうろとしていた。
 たかが水を飲むぐらいであの様子だったのだから、今のミーダーはどれだけ空腹なのだろう。ぐったりと目を閉じていたミーダーの姿のともにそんな考えがちらついて、どうにもできなくなったのだ。
(でも、今から料理なんて始めたらすごく時間かかっちゃうよね……とりあえず水とパンとバターでいっかな……あ、ミーダーはチーズも好きだっけ……)
 そんなことを考えながらマミが食糧棚に手を伸ばしたそのとき、突然台所の明かりが灯った。
「マミ? 何やってんだよ、こんな夜中に」
 マミがビクッとして振り向くと、スモダーが不思議そうにこちらを見ていた。
「腹減ったのか? だからって勝手につまみ食いするような奴じゃないだろ、お前。どうかしたのか?」
 マミは慌てて食糧棚に伸ばしかけていた手をパッと後ろに隠した。
「ぁ、私……ちがっ……別にどうでもいいし……」
 マミはしどろもどろになって訳の分からないことを口走りながら顔を真っ赤にした。
「ななな、何でもないよ!」
 必要以上に大きな声で叫ぶと、あっけにとられているスモダーの脇を全速力ですり抜ける。二階の自分の寝室まで、マミはその勢いで一目散に逃げ帰った。
「何だ? あいつ……」
 スモダーはポカンと口を開けてその後ろ姿を見送った。

8ヶ月前 No.85

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_YzQ

 部屋の中に入りドアを閉めると、マミは片手で口元を押さえてしばらくそのままそこに立ち尽くした。
(何やってんの私、何やってんの私!?)
 真っ赤に火照った顔が未だに冷えない。心臓の鼓動が大きすぎて苦しいほどだ。
(ミーダーがどれだけお腹を空かせてようが、そんなの私には関係ないじゃん……バカみたい……)
 マミは床にぺたりと座り込んで、口元を緩めた。
「ははっ、ほんとにバカみたいだよ……笑える……」
 わざと声に出して呟いてみる。そのとき、マミの右の手の甲にぽつりと何かがこぼれた。
 マミは口元を緩めたまま数秒間手の甲を見つめて、ようやくそれが涙だと理解した。
(あ、私、泣いているんだ……)
 そう認識した途端に、固いしこりのようなものが喉の奥からこみあげてきた。
「う……うぅ……うあぁ……」
 マミは喉元を手で絞め、自分が何故泣いているのかも分からないままに呻き続けた。

8ヶ月前 No.86

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_YzQ

「そうだ、いい感じだぜ……二人ともいい感じに、苦しんでいるな……」
 闇の中で、ムーダーは密やかに笑った。
「だが、まだまだ序の口だ……もっと深い絶望を、お前らには味わわせてやるよ……」
 ムーダーは同室に着席している部下たちを見回した。
「指示は全て伝えた。実行は二週間後。依頼書はもう出してある。奴らが侵入するのをサポートしろ」
 部下たちは無言で敬礼すると、一斉に立ち上がって動き出した。

8ヶ月前 No.87

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_j2h

NO.18
 スモダーたちはそれから二週間、ミーダーを侮辱しいたぶり続けた。
「ほらよっと」
 スモダーは気軽にそう呟くと、その日何度目になるか分からない電撃をミーダーの首輪に送り込んだ。
 ドーダーとソーダーに体をねじ伏せられたミーダーを、これ以上無いほどの激痛が襲った。痛みで何も考えられない。痛覚以外のあらゆる感覚が麻痺しているようだった。先の尖った鋭い針が、何本も脳に突き刺さる。頭が真っ白になり、口が勝手に開く。喉を突き破るような悲鳴が出た。
 部屋の隅でその様子を見ていたマミは、その大声に自分の心臓が揺さぶられるような気がした。
「ソーダー、そこもうちょっと強く押さえろ。次行くぞ」
 凄まじい悲鳴をあげて身を捩っているミーダーをよそにスモダーは落ち着いてそう言うと、再びボタンを押した。
 ミーダーは途中までは叫び声をあげながらも耐えていたが、やがて頭をがっくりと垂れて気絶した。スモダーは舌打ちし、ボタンをしまう。
「ったく、俺たちにやった時はあんなに高笑いして見ていたくせに、情けない奴だな。おいフーダー、バケツに水を持って来い。強制的に目を覚まさせるぞ」

7ヶ月前 No.88

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_j2h

 バシャッ……
バケツ一杯の冷たい水を顔にかけられて、ミーダーは咳きこみながら目を覚ました。双子に両腕を押さえられたまま、力無く視線を上げる。
「ス、スモダー……」
 かすれた声が漏れた。
「よぅ、お目覚めか。まだ寝るにはちょっと早いぜ。お楽しみはまだまだこれからなんだからよ」
 スモダーはそう言って意地悪く笑うと、ポケットからスラリと切れ味の良さそうなナイフを取り出した。二人に押さえられているミーダーの両手にヒタリと刃を当てる。
「指詰めって知ってるか? 謝罪の気持ちを表す時にやるんだぜ。まぁ、要は指を切り落とすことに過ぎないんだけどな」
 マミが何か言いたげに口を開いて、閉じた。ミーダーは恐怖に顔を歪め、必死に抵抗した。
「い、嫌だ……やめて……」
 泣き声しか出ない。
「赦して、お願い……」
 赦されないことをしたと、罪を償おうと思っていた。それでも、気付いたらそう言っていた。憐れみを乞う声を止められない。
 スモダーはせせら笑った。
「あの時俺たちも、似たようなことをお前に懇願したよ。お前はそれに、何て応えたっけな」
 ミーダーはハッとして抵抗するのをやめた。そう言われると、いやだと言うことなどできなかった。これも罰だと思うしかない。自分が、したことの……
 スモダーがナイフを振り上げる。瞳から感情が消える。ミーダーはそれを視界の隅に捉えて、きつく目を瞑った。

7ヶ月前 No.89

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_j2h

 バーンという衝撃音がした。呻き声が聞こえる。ミーダーの、ではない。今にも指を切り落とされるものと覚悟していたミーダーは、指先にいつまでも痛みを感じないことを不思議に思ってそっと目を開いた。
 ミーダーの周りに居たスモダーたち五人が全員、吹き飛ばされていた。マミは部屋の隅で縮こまって震えている。部屋中に白い煙のようなものがたちこめ、視界がきかない。ミーダーは何が何だかよく分からないままに慌てて立ち上がり、スモダーたちを探した。奥の壁に向かって何歩か足を踏み出すと、血を流して倒れているスモダーの姿が目に飛び込んだ。他の四人はすぐ傍に倒れている。気を失っているが外傷はない。
「スモダー!」
 床に流れる血液に滑りそうになりながらも、ミーダーは懸命にスモダーのところへ駆け寄った。
 スモダーは重傷だった。どす黒い血が滲む左腕を押さえ、意識が無いのかぐったりと目を瞑っている。ミーダーは驚愕しながらスモダーの傍らに屈みこみ、無事な方の腕を掴んで懸命に呼びかけた。
「スモダー! スモダー、大丈夫!? しっかり……!」
 ミーダーは目を落とし、スモダーの左腕を流れ落ちる血液を見た。
(どうしよう、もうこんなに血が……)
 ミーダーはうろたえた。左腕だけなら致命傷にはならないが、出血の量が多すぎる。放っておけば出血多量で命に関わるかもしれない。
 夢中で自分の着ていたシャツを引き裂き、その布で左腕を止血させていると、突然ミーダーの背後で妙に甲高い声がした。
「ヤレヤレ、ハズシテシマッタカ」
 ミーダーは驚いて立ちあがった。振り向くと、見たこともない太った小男が体型に不釣り合いな大型の銃を構えて部屋の入口に立っていた。その背後に、やけに背の高い女とスーツをビシッと着こなした男が無言で立っている。ミーダーは再び驚愕した。
「あ、あなたたちは……?」
 そう呟きながら、ミーダーの頭の中をもっともな疑問が駆け巡った。
(おかしい……この人たちは、いったいどうやって入ってきたんだ……? 家の鍵は普段閉めてあるはず……スモダーたちが開けておいた……? いや、そんな……)
 ミーダーが立ちすくんでいると、小男の後ろの男が言った。
「別に構わない。そいつが依頼にあったこの家の主だろう。どうせその様子ではもう何もできまい。依頼は完了だ。帰るぞ」
 小男は反論した。
「イヤマテ。ネンノタメ ヤッテオイタホウガイイ。テガヌルイトカ アトデクレームツケラレテモ メンドウダ」
 小男は真っ直ぐに銃口をスモダーに定めた。今度はピタリと、的確に心臓を狙っている。マミが「スモダー……」と呟いたが、腰が抜けて立つことができなかった。
 ミーダーは銃口の前に飛び出した。
「主は僕だ。皆は関係無い!」
 ミーダーはそう叫ぶと、小男を正面から見据えた。スモダーがゆっくりと目を開く。小男は少し驚いたような顔をした。
「オマエガ? オマエ、サッキマデコイツラニ リンチサレテイタダロウ」
 ミーダーは言葉に詰まった。詳しく説明する気にはなれない。
「少し事情があるんだ」
 ミーダーは短く言った。小男は薄く笑った。
「ジジョウ、カ。オマエ、イカニモ ソンナフウニミエルナ。イイダロウ。オマエガ、コイツノ カワリニナルナラ スキニシロ」
 すると、それまで黙っていた背の高い女がしゃしゃり出てきた。
「あら、標的はこの坊やなの? いいわぁ、最高にそそるじゃない……」
 女はそう言いながらミーダーに近づくと、自分の腕をミーダーの体に絡めてきた。思わず押し返そうとするミーダーの手をするりとかわし、両手でミーダーの頬に触れる。
「驚いた顔しちゃって、かわいいわねぇ。まるで大人の女に会ったことがないみたいだわ」
 ミーダーは声一つ立てなかった。指一本動かせなかった。これまで感じてきたどんな恐怖とも異質なゾッとする感覚が、全身をめぐっている。理屈ではなく本能的に、この女は危険だと感じていた。
 次の瞬間、ミーダーは唇を塞がれていた。マミが息を呑む音が聞こえる。女の舌が口の中に入り込み、ミーダーの舌に絡み、心の底から味わおうとするかのように歯を舐め尽した――
「おい、仕事をしないか」
 スーツの男が僅かに苛立ちを込めた声で言った。女がミーダーから唇を離して振り向く。ミーダーはよろめくと、力無く床に尻もちをついた。生温かい奇妙な感触がまだ、唇に残っている。吐き気がした。
「分かってる、仕事はするわよ。ちょっと遊んだだけじゃないの。全く五月蠅い男ね」
 女も苛立ったように答えると、ミーダーに向き直った。ミーダーは身を縮めた。手の中に、刺すような汗がじっとりと溜まる。
「ぐっ……!」
 月のように美しい刃が、ミーダーの脇腹を貫いた。細い体のどこに隠していたのか、女の手にはいつの間にか暗器を握られている。
 小男は舌舐めずりをすると、ミーダーに飛びかかった。スーツの男も大儀そうにため息をつき、どこからともなく剣を取り出す。
 ミーダーの長い悲鳴が、部屋に響いた。スモダーも、マミも、その場に居た全員がそれを見ていた。だが誰も、助けようとしない。誰もが目を伏せ、立ちあがろうとさえしなかった。自分たちが痛い目に遭いさえしなければいいと言わんばかりに――
 三人がミーダーから離れた時、ミーダーの体は血だらけだった。腹部や肩から多量の血が滴り、他にも小さな傷があちこちにできている。これ以上出血すれば、間違いなく致命傷になるだろう。
「チッ、モウゲンカイカ。マァイイ。コレダケシテオケバ ジュウブンダロウ」
 小男はそう呟くと、身を退いた。女と男も後に続く。血の海に倒れているミーダーを残して、三人は最後まで何一つ明らかにせずに去っていた。

7ヶ月前 No.90

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c


 謎の賊徒たちが居なくなると、スモダーたちは初めて身動きした。スモダーは立ち上がり、左腕を押さえながら一歩、二歩とミーダーに近づいた。
「ス、スモダー……」
 ミーダーは顔を上げて、ゆっくりと近づいてくるスモダーを見た。その間にも、血がドクドクとミーダーの体から流れて行く。スモダーはミーダーの目の前で立ち止まると、黙ってミーダーを見つめた。
「スモダー、その……」
『左腕、大丈夫?』
 ミーダーが続けてそう問いかけようとしたときだった。
「がっ……!?」
 ミーダーはくぐもった声をあげると、体を折り曲げた。スモダーがミーダーの腹を蹴り上げたのだ。マミや他の者は目を見張った。
「ぐっ……ああぁ……」
 ミーダーは腹部を押さえ、痛みに呻いた。スモダーは冷静にミーダーを見下ろした。その目には、自分を救ったミーダーへの感謝も労わりも無かった。
「小賢しい奴。俺を助ければ、赦してもらえるとでも思ったのか?」
 スモダーは吐き捨てるように言う。その顔はミーダーに助けられたという屈辱に対する怒りで歪み切っていた。それを真正面から感じ取り、ミーダーはガタガタと震えながら消え入りそうな声で言った。
「ち、ちがっ……そんな、つもりじゃ……怒らないで……」
「黙れ。どうせ、自分のことしか考えていなかったくせに」
 スモダーは二度、三度と腹を蹴り上げた。
「うぐっ……げほっ、がほっ……!」
 ミーダーは体を震わせ、血と胃液を吐き出した。どろりとしたものが口内に満ち、全身から冷たい汗が噴き出す。視界が歪むのを感じた。目眩がする。気が遠くなる。このままでは、また気絶してしまう――
 スモダーが右手の拳を振り上げた。
「スモダー、もうその辺にしとけ」
 止めに入ったのはフーダーだった。立ち上がり、背後からスモダーの手首を掴む。
「どんなつもりにしろ、今回のは確かに借りだ。今日はもうこれぐらいで充分だろ」
 スモダーは舌打ちすると、振り上げた拳を下ろした。床の上で咳きこんでいるミーダーを一瞥し、短く命令する。
「地下牢に連れてけ」
 ドーダーとエロダーが、ミーダーの体に手をかけた。

7ヶ月前 No.91

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

 闇の中に、先ほどの賊徒三人が現れた。
「コレデイイノカ、ムーダーサン」
 小男の甲高い声が響く。部屋の奥で白衣を着てモニターを覗き込んでいた人物はゆっくりと顔を上げて満足げに頷いた。
「あぁ、ご苦労だったな。約束の研究データだ。好きに使え」
 ムーダーの手からメモリーチップが飛んだ。小男は手を伸ばし、パシッとそれを受け取る。
「シカシ ゲセナイナ。ヤツヲ ネラエバイイナラ ナゼ イライショニ ハッキリソウカカナイ?」
「それだと意味がないからな」
 ムーダーは冷淡に言った。スーツの男が反論しかけた小男の口を押さえてムーダーに尋ねた。
「つまり、我々が依頼書を読み違えることが前提の襲撃だったわけか」
 ムーダは頷いた。
「まぁな。ミーダーにあいつらを庇わせたらどういう反応をしてくるか確かめておきたかった。最初からお膳立てて説明しても自然に演技できる人間はそう多くないだろう」
「何も説明されなかったこっちの身にもなってもらいたいものだが」
 スーツの男は複雑な表情で言った。ムーダーはニヤリと笑った。
「だからこそ外部の人間を呼んだのさ。自分の部下だとうっかり全部話してしまいそうだからな。その点お前らには何の遠慮も要らない」
 スーツの男はため息をついた。
「しっかし、あなたも随分人が悪いのねえ。それなら最後にはこうなることも予想してたんでしょ?」
 背の高い女が飴をしゃぶりながらモニターを覗き込んで言った。モニターの画面には、ちょうどスモダーに腹を蹴られているミーダーが映っていた。
「後悔するネタは幾らでも多い方がいいからな」
 ムーダーはモニターを見ながら呟いた。三人は訝しげな顔をしたが、ムーダーは鬱陶しそうに手をひらひらと振った。
「お前らが俺を詮索することに、意味はあるのか? 褒美はやっただろう。さっさと自分たちの研究所に帰りな。協力は感謝する」
 スーツの男は肩をすくめると、他の二人の手首を掴んで一瞬で消えた。ムーダーが再び視線をそこにやると、三人はもうどこにも居なかった。

7ヶ月前 No.92

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

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7ヶ月前 No.93

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_q3c

 マミは地下への階段から出ると、フーダーの寝室に向かった。ドアをノックすると、少し間を置いてフーダーが顔を出した。
「マミ、どうした?」
 マミが黙っていると、フーダーはすぐに察したようだった。
「まぁ、とりあえず入れよ」
 フーダーはドアを大きく開くと、マミを招き入れた。

6ヶ月前 No.94

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

「飲むか? 気が落ち着く」
 フーダーはマミをベッドに座らせ、紅茶を勧めた。マミは頷き、カップを受け取って一口飲む。フーダーは自分もコーヒーを注ぐと、マミの向かい側に座って飲み始めた。
 二人はしばらく黙っていた。やがて、沈黙を破ってフーダーがポツリと言った。
「ミーダーのこと、気になるのか」
 マミはこくりと頷いた。ついさっき向けられたミーダーの微笑みが、目に焼きついている。眩しくて、ずっと見ていたいような目を背けたいような不思議な気持ちになって、どうすればいいのか分からなくなった。いともたやすく捕らえられた。それなのに、それをどこかで喜んでいる自分が居て悔しくてたまらない。
「私は……弱い人間だね。弱くて……最低だ」
 マミはそう言いながら、ぎゅっとカップを握り締めた。フーダーは何も言わずに黙って耳を傾ける。
「中途半端な同情と復讐心を持て余して……どっちつかずの行動しかできない。今も、自分の気持ちを抱え切れずにこうやって慰められに来てる……」
 マミの頬を、一筋の涙が流れた。自分への嫌悪感と苛立ちが、苛んでくる。じわじわと、やがて自分自身を飲み込もうとするように――
「ミーダーのことは、憎いよ。赦せないし、復讐してやりたい。でも……駄目なの。あんなミーダーを目の前にしたら、スモダーみたいに巧く冷徹になれなくて……気づいたら、ミーダーに酷いことしたくないって考えてた……あんなことされたのに……あっさりと、そう思わされてしまった……赦しちゃいけないのに……分かっているのに……」
 マミは涙声になり、口をつぐんだ。フーダーは小さな声で呟いた。
「それは、オレも同じだ……」
 マミは顔を上げた。
「オレも、ここ最近のミーダーの様子には戸惑っている。ソーダーとドーダーはスモダーの怒りに中てられているし、エロダーはお前のことで誰よりも怒り狂っているし……だがオレは、何だかやり過ぎなんじゃねぇかって気もするんだ……だから今日は思わず、見てられなくなって止めちまった……でもよ、人間ってのはみんなそんなもんなんじゃねぇのか……誰でも優しい部分と残酷な部分を持っている……以前のミーダーみたいな人間の方がよっぽどおかしいっていうか、変な奴だぜ」
 フーダーはどこか遠くを見ながら言葉を続ける。
「ミーダーがなんであんなに豹変したのか、なんで今あんな態度を取るのか、オレには分からねぇ。自分がやられそうになった途端に急に態度変えるってのは、臆病な悪人にはよくあることだからな。けど、ひょっとしたら本人が言う通り本当に記憶を失くしている可能性も……いずれにしろ、ミーダーが全部吐かない限りオレたちに分かることは、あいつの決して赦されない罪だけだ」
 フーダーはフッと笑みを漏らすとマミの頭をクシャクシャッと撫でた。
「ミーダーに復讐してやりたいって気持ちも、やり過ぎな暴行に胸が痛むのも、どちらも本当のお前だと思うぜ。片方に徹底するなんて、オレにもできねぇよ」
 マミはうつむいて小さな声で反論した。
「でも……このままじゃ私、いつまでも中途半端なままだよ」
 フーダーはしょうがない奴だな、と笑った。
「どちらか選ぶのは、難しいもんだぜ。でもまぁ、それができたらその方がずっといいんだろうな。いっぱい悩んで、迷って、答えが見つかったらきっとこのもやもやした気持ちも消えてくれるんだろうな」
 フーダーはコップをチェストに置いて欠伸をした。
「マミ、そろそろ寝てもいいか。オレ低血圧だから、夜は早く寝たいんだよ。全く、数日徹夜してもケロッとしていられるお前がうらやましいぜ。若いっていいよな……」
 フーダーはブツブツ呟くと、布団を被ってあっという間に寝入ってしまった。どう考えていいのか分からずに混乱しているマミを残して。

5ヶ月前 No.95

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy


 マミは自分の寝室に戻ってからもなかなか寝つけなかった。フーダーの言葉がまだ頭の中をぐるぐるとしている。選ぶのは難しいと、フーダーは言っていた。それでも、どちらか選ぶとしたら――
 マミはコウダーのことを想った。スモダーの隣で、何がおかしいのかいつも笑っていた。胸に深紅の血の花が咲いた死体――弔うことすらできなかった。マミにできたのはただ、見ていることだけだった。どちらか選ぶとしたら、こちらしかない。絶対に赦せなかった。赦してはいけなかった。
(私がミーダーを信じたから、コウダーは死んだんだ。私のせいだ……もう二度と、ミーダーを信じちゃいけない。ミーダーはコウダーを殺したんだ。どんなに優しいふりをされたって、もう二度と騙されるもんか。惑わされてなるものか……二度と……!)
 マミは唇を噛み締めた。覚悟は決めた。心を殺して残虐になる覚悟を。

5ヶ月前 No.96

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 カツーン、カツーンと高い足音が響いてきて地下牢の扉が開いた。一瞬マミが戻って来たのかと思い、顔を上げたミーダーは、訪問者が誰なのかを見ると少し心配そうに眉を寄せた。
「スモダー……?」
 スモダーは、奇妙に無表情のまま無言で鉄格子の前に立った。
「食え」
 地下牢の柵越しにパンを放りながら、スモダーが言った。どうやら彼は、マミがミーダーに食事を運んだことに気付かなかったらしい。
 パンは地下牢の中の床の上に落ちた。ミーダーはそれを拾い上げ、なるべく塵を払い取った。
「ありがとう」
 ミーダーはパンを千切りながら、小さな声で呟いた。先程マミから与えられた分では、とても足りなかった。素直にありがたいと思う。しかし、顔を上げてスモダーの顔を見ることはできなかった。その表情は憎しみで満ちていることをミーダーは知っており、恐怖で直視できなかったからだ。それでも、勇気を出して言ってみた。
「聞いたよ。左腕、大丈夫なんだって? 良かったね、大事にならなくて」
 ミーダーはそう言って笑いかけた。別に他意はなかった。先程は途中で遮られて言えなかった言葉を伝えることができて、嬉しかった。何より、スモダーが無事なのが嬉しい。どんなに自分をいたぶった相手とはいえ、やはり自分にとっては、家族なのだから。
 スモダーはそれには答えず、鉄格子の鍵を開けて牢の中に入って来た。
「スモダー? あの……」
 突然、スモダーが殴りかかってきた。驚いて牢屋の奥に逃げようとするミーダーを捕まえ、容赦なく拳を振り下ろす。
「やめて! 助けて、お願い……!」
 ミーダーが涙声で哀願しても、スモダーは手を緩めなかった。その間、完全に無言である。いつもは怒鳴り声や笑い声を出して暴力を振るうのに、今は何も言わないスモダーが、ミーダーに底知れぬ恐ろしさを感じさせた。
 一方スモダーにとっては、もはや言うべきことが何もなかったのである。口を開くのさえ面倒だった。自分の身を案じているかのようなミーダーの言葉も行為も、偽善と欺瞞にしか見えなかった。そんなミーダーに苛立ちを感じると共に、ふと興味深い疑問を持った。この男は、どこまで殴れば本音を出すだろう。どこまで殴れば、自分に対して憎しみの言葉を吐くだろう。試してみたい気がした。
 一時間が過ぎ、二時間が過ぎ、やがて夜が明けた。それでもスモダーは殴ることを止めなかった。ミーダーももう声をあげる元気もなく、朦朧とした意識の中でせめてもと腕で体を半分庇うようにしていた。
(気味が悪いな。こいつ)
 いくら殴っても、恨み言の一つも言わないミーダーを見て、スモダーはふと思った。
(なんだよ……つまんねぇ)
 スモダーは殴るのをやめた。ミーダーは体を庇うようにしていた腕を下げ、スモダーを見上げるようにして小さな声で言った。
「気は済んだ……?」
 その言葉が、ボッという音を立ててスモダーの怒りに着火した。
 ミーダーは、スモダーを憐れんでいたのだ。怯えながらも、その一方で何の敵意も抱いていなかったのだ。そのことに気づき、スモダーの頬はカッと火照った。
「この野郎……!」
 スモダーは叫んでまたも拳を振り上げ――その手を下ろした。
(こんなつまんねぇ奴、いくら殴っても面白くねえや)
 スモダーは思った。
(もう、用済みだな)
 スモダーはくるりと背を向け、地下牢を出て行った。その後ろ姿を、ミーダーは弱々しい視線で見送った。

5ヶ月前 No.97

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

NO.20
 次の日の夕方、マミはスモダーに呼ばれて寝室に行った。
「スモダー、何か用?」
 マミは軽い調子で訊ねた。スモダーも大したことではなさそうに爪をいじりながら何気なく言った。
「そろそろ、飽きてきたよな」
 マミは訳が分からず首をかしげた。
「何のこと?」
「ミーダーのことだよ。そろそろ、潮時だと思わないか」
 マミはあっけにとられた。
「潮時って……じゃぁ、解放するの?」
 スモダーは首を振った。
「そうじゃない。終わりにさせてやろうって言ってんだ。そうだな、明日の朝一番にしようぜ」
 マミはハッとして思わず拳を握りしめた。
「殺す、ってこと?」
 スモダーは引き出しからエンフィールド・リボルバーを取り出すとマミの右手に握らせた。本国製の中折れ式のその回転拳銃を、マミは息を詰めて見つめた。
「執行人、頼むぜ。あいつに一番苦しめられたお前がふさわしい」
 スモダーはそう言うと、マミの返事を聞かずに部屋を出て行った。
 マミは真っ青になって立ちつくした。右手のリボルバーを見つめる。まさかこんなに早く覚悟を試される時が来るとは思わなかった。自分にできるだろうか? いや、そもそも本当に殺すのか? そこまで必要か? 殺人者になってまで? 確かに、コウダーを殺されたのだから、最終的には死を以て報いさせるのが筋かもしれない。しかし……
 マミは銃をスカートのポケットに隠すと、部屋を飛び出した。

5ヶ月前 No.98

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 ミーダーは地下牢の奥の鎖につながれてぐったりとしていた。マミが鉄格子に近づいて行くと、ゆっくりと顔を上げる。
「あ……マミちゃん……」
 マミは鉄格子の鉄棒に手をかけ、静かにミーダーを見つめた。
「明日、私があなたを殺す」
 マミは無感情な声で告げた。自分がそう言うのを、マミはまるで別人の声のように感じた。私は、何を言っている?
 マミの予想通り、ミーダーは目を見開いた。
「え……?」
 マミは無表情で続けた。
「たった今、スモダーに言われた。私がやるべきだって」
「それを伝えに、わざわざ……?」
 ミーダーに言われて、マミは黙りこくった。そう言えば、自分は何故わざわざ地下に降りたのだろう。言いに来ずにはいられなかった。自分一人で抱え込みたくなかった。
「…………何も知らずにいきなり死ぬんじゃ悲劇でしょ。どうせなら、一晩死の恐怖に苛まれ続けて苦しんで死ねばいいんだ」
 マミはやっとのことで言い放った。そう言いながら、恐怖に苛まれるのは自分も同じだと思った。
 ミーダーはその言葉を聞くと辛そうな顔をしてそっと訊ねた。
「そんなに、僕のことが嫌いなの……?」
「違う」
 マミは即答した。それだけは確信めいて言えた。自分の声を、ちゃんと自分の声だと感じる。
「嫌いな訳じゃないよ」
「ほ、ほんと?」
 ミーダーの顔が一瞬明るくなった。だがその笑顔も、次のマミの言葉であっという間に消え去った。

「憎んでいるだけ」

5ヶ月前 No.99

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 ミーダーは目の前のマミを見つめて言葉を失った。胸が潰れるような思いだった。
 愛しているのに。こんなにも愛おしいのに。どうしていつも、自分は報われないのだろう。どうしていつも、自分が愛した人間達は代わりに憎しみを返してよこすのだろう。
 自分だって、愛されたい。誰かに、好きだと言ってほしい。どんな種類の愛でも構わない。
(誰か、僕を愛して。この胸の痛みから、救って。その為なら、何だってするから……お願い……)
 純粋にそれだけを願うミーダーの見開いた目から、涙がひとすじこぼれた。唇を、肩を、震わせて泣いていた。
「何泣いてるの」
 マミは不意に冷笑した。鏡を見なくても、自分が今どんなに残酷な顔をしているか、はっきりと分かる。
 マミは鉄格子を開くと、ミーダーに近づいた。
「憎まれていないとでも、本気で思ってたの?」
 マミはそう言いながら、急に腹が立ってきた。マミたちに好かれていたいのなら、最初からあんなことしなければ良かったのだ。さんざん苦しめておいて、殺人までして、いざ自分が捕らえられ憎しみを向けられたら目の前で泣き出すなんて、いったい何様のつもりだ。ふざけるな。ふざけるなっ……
 マミは傍まで近寄ると、茫然と涙を流し続けているミーダーのみぞおちを繰り返し蹴り上げた。どうせミーダーは手足を鎖で拘束されている。女の自分が暴力を振るったところで、やり返される恐れもない。
「うっ……! あ、うぐっ……」
 ミーダーは顔を歪めると苦しそうに低く呻いた。呻きながら、ミーダーの頬をはらはらと涙が流れた。
 物心ついた頃から誰かからも愛情を向けられてこなかったミーダーにとって、マミは生まれて初めて自分のことを慕ってくれた人間だった。愛情が返ってくるものだとは、マミに出会うまでミーダーは夢にも思っていなかった。そのことを教えてくれたマミに、信じられないほど幸福な時間の中でずっと感謝していた。
 自分の傍に居てくれるだけで、言葉では言い尽せないほどに嬉しかった。自分の名を呼ぶ声が、無邪気に見上げてくる笑顔が、たまらなく愛おしかった。
「マミ、ちゃ……」
 ミーダーはかすれた声でマミの名を呟いた。それすらも、マミの神経を逆撫でした。今のマミにとっては、ミーダーが流す涙も、繰り返し呼ばれる自分の名も、苛立たせるものでしかなかった。
 マミは鎖を外すと、床に転がるミーダーの体を踏みつけた。その途端、ミーダーの脇腹にずきっとした痛みが走る。踏みつける力はスモダーたちよりずっと小さいのに、感じる痛みはその何倍も大きかった。だが、こんな時でさえミーダーの心にはっきりと湧き上がってくるのは、止めようのないマミへの想いだった。どんな言葉を投げつけられても枯れることのない、溢れるほどの慈しみだった。
 ミーダーは痛みに呻き、涙を流し、それでも必死にマミを見上げて切れ切れに言葉を紡ごうとした。
「マミちゃん、僕は、マミちゃんのこと大好きだよ……だからお願い、それだけは……憎んでるなんて、言わないで……」
 ミーダーがマミへの想いをはっきりと口にしたのは初めてだった。その言葉は、マミの怒りを鎮めるどころか逆にマミを一層激昂させた。何が大好きだ。この偽善者、この卑怯者、この……。
「嘘つき!! コウダーのことは、殺したくせにっ……!」
 マミは自分でも驚く程の大声で怒鳴ると、ミーダーの腹をもう一度蹴り上げた。ポケットの銃を使おうという考えは微塵も浮かばなかった。道具に頼らずに、自分の力で、直接ミーダーを苦しめてやりたい。傷つけてやりたい。これ以上無いという程にまで痛めつけて、二度とそんな口など利けなくしてやる。
「……!」
 先程とは比べものにならない渾身の力を込められ、ミーダーは一瞬息が詰まった。時間が止まったような感覚がミーダーを襲う。
「あっ……かはっ、ごほっ……」
 次の瞬間、ミーダーは咳きこみながら血を吐き出していた。マミは眉をひそめ、
「気持ち悪い」
と呟くと一歩退がる。冷徹な視線だった。
「いい気味だよ。たくさん酷いことして、嘘ついて、騙して、嘲笑って。私たちのことなんて、どうせ何とも思ってなかったんでしょ? 今更思ってもいない言葉を言ってみたって、誤魔化されたりしないからね」
「消えてよ。極刑になるって言うなら、ちょうどいい。死ねばいいんだ。ようやくあなたの声を聞かなくて済むかと思うとせいせいする」
 ミーダーの体に傷を加えながら、マミはわざとミーダーの心を抉るような言葉を選んで、次々から次へとミーダーに浴びせて行った。そうしてミーダーが苦しむ様を見ながら、寝室で一人うずくまっていた時に思い出していた辛い経験の記憶が少しずつ遠のいて楽になれるような気がすることが、今のマミにとっては至上の喜びだった。それはまさに、ミーダーの願っていたことでもあった。けれども、今マミの足元で呻いているミーダーには、そこまでのことを考える余裕はとてもなかった。
(苦しい……そっか、そうだよね……マミちゃんだって、僕のことを憎んでる……僕が誰かに好かれるなんて、そんなこと、ある訳ないんだ……僕みたいな、人間が……)
 体を震わせて血を吐きながら、ミーダーは泣いていた。絶望に心を押し潰されそうだった。自分のしたことを考えれば、憎まれても当然かもしれない。頭ではそう分かっていても、受け止めなければならない事実が辛すぎて、涙を止められない。本当にもうどうしようもないのだろうか。せめて、憎まれてさえいなければ……嫌われていても、恨まれていても、無論好かれていなくてもいいからせめて――
 無抵抗に泣き続けるミーダーを見下ろしながら、マミはまた苛立ちを感じた。ミーダーに対してだけではない。コウダーがもういないことも、自分が受けた辱めも、手渡された銃も、明日自分がしなければならないことも、全てが嫌だった。もううんざりだ。無くなってほしい。消えてほしい。何もかも嘘だったらいいのに。あの頃に戻りたい。コウダーを含めた全員で、普通に楽しく暮らしていたのは、つい三週間前のことだった――
 マミはポケットからリボルバーを取り出すと、怯えたように自分を見上げるミーダーにそれを見せた。
「これが何だか分かる?」
 マミは囁いた。
「明日私があなたを撃ち殺す銃だよ。でも、今はこれは使わない。その代わり――」
 マミはリボルバーをしまい、首輪と起動ボタンを取り出した。この二つは、たまたまスモダーたちに返すのを忘れてポケットに入れたままにしておいたものだった。衝動が引くと、腕力のない自分には結局これが一番ミーダーを苦しめられるような気がした。
 首輪を取りつけるときに抵抗されるかもしれないと思ったが、ミーダーはぼんやりと涙を流したまま身動き一つしなかった。悲しみのあまり放心し、もうこれから自分が何をされるのかも分かっていないのだろうとマミは思った。そう思いながらもマミは極めて冷静で、ミーダーに対して哀れみの欠片も感じなかった。
 電撃が走り始めて初めて、ミーダーはビクッと体を震わせた。ミーダーの口が開く。始めは言葉にならない呻き声、そして――
 ミーダーの悲鳴が地下牢に響いた。

5ヶ月前 No.100

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 暴行は一晩続いた。首輪の電撃と殴られ蹴られる痛みで、数時間ごとにミーダーの精神は少しずつ蝕まれていった。悲しみで心が着実に麻痺していく。もう、辛いとも、止めてほしいとも考えられなかった。
 途中で何度か、意識が飛んだ。平手打ちで目を覚まさせられる。目覚めたときはいつも、マミは黙ってミーダーを見下ろしていた。ミーダーが意識を取り戻したのを見るとすぐさま首輪に電撃を送り込む。
「うぅ……ふ……うぐっ……」
 気づくと、ミーダーは獣のような呻き声をあげていた。人間らしく泣くことにさえ、もう気が回らない。何も暴行されていないはずの胸が激しく疼く。その苦しみに囚われ、振り絞るように泣いていた。
 マミはもうあまり口をきかなかった。ただならぬミーダーの泣き方を見ても、一向に手を緩める気配はない。ただ、何かに取り憑かれたように夢中でミーダーに暴力を振るった。
 果てしなく長い夜の後、マミはようやく暴行を止めた。ミーダーの腕時計に目を留めて、口を開く。
「もうすぐ朝だね」
 ミーダーもぼんやりと腕時計を見た。近づく朝が何を意味するのか、分かっていないらしい。マミは始めと同じように無感情な声で告げた。
「私があなたを殺す時間だよ。スモダーは、朝一番にやろうって言ってた」
 ミーダーの瞳にさっと新たな怯えが走った。そんなミーダーに構わず、マミは言葉を続ける。
「あと二時間ぐらいしたら、スモダーたちが起きて来るよ。この地下牢に来て、それから――それから――」
 マミは大きく息をついた。こうなった以上、もう引き返せない。もう、来るところまで来てしまった。
「私が、あなたを撃つんだ。それで終わり」
 淡々と話すマミを見上げながら、ミーダーは恐怖で戦慄いていた。その余りにも怯えきった様子が、何故か今のマミには滑稽にさえ思えた。マミは甲高い声で笑った。
「安心しなよ。コウダーと同じ銃殺だから、苦しいのは一瞬じゃない? 良かったね」
 マミはそう言うと、もう一度乾いた笑い声をあげた。自分でも、何が可笑しいのか分からない。マミは完全に狂気と憎しみの渦に飲み込まれていた。
(殺される……? マミちゃんに……? そんな……)
 ミーダーは心の中でその時を想像して身震いした。怖かった。死にたくなかった。死んだらもう二度とマミたちには会えない。何より、殺される瞬間が恐ろしかった。マミに憎しみを宿した瞳で見据えられ、銃口を向けられるその瞬間が怖かった。
 震えているミーダーの目に、マミが開いたままの鉄格子が映った。鍵は、そのすぐ脇に落ちている。偶然だとは、にわかには信じられなかった。ミーダーは驚いて目を見張った。

5ヶ月前 No.101

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Moy

 考えたのは一瞬だった。ミーダーは反射的に跳ね起きると、鉄格子の外に飛び出して扉を閉め、鍵を拾い上げて素早く施錠した。
 マミは愕然としてミーダーを見つめた。ショックで横っ面を張られた気がした。狂気と憎しみの波はあっという間に引いて行った。
「ミーダー?」
 マミは不安気に呟いた。
 ミーダーは振り向いてマミを見つめた。一晩中暴行されて恐ろしくてたまらなかったマミが、急に元の小さな女の子に戻ったように見えた。その姿はすぐに、ほとんど覚えていない自分の母親の姿に重なった。無事に逃げる為には、マミをこの地下牢に一人で閉じ込めていかなければならない。かつてここに閉じ込められ餓死した母親と同じように――
「ごめん、マミちゃん……もうすぐスモダーたちが起きて来ると思うから……」
 マミは鉄格子に縋りつくと、ミーダーを見上げた。
「どこへ、行くの……?」
 ミーダーは目を伏せた。
「ごめんね」
 ミーダーはそっと呟くと、マミの手が届かない所に鍵を置き去り、地上への階段を駆け上がった。
 マミは呆然とミーダーの後ろ姿を見つめた。このままでは、行ってしまう。ふと気づいて、ポケットからリボルバーを取り出した。今、自分に使えるだろうか。撃つことができるだろうか。ミーダーを止められるだろうか。
 右手に銃を構えた。指を引き金に掛ける。だが、そこまでだった。指が震えて、撃てなかった。ミーダーは行ってしまった。
 マミは銃を握り締めたままへなへなと座り込んだ。たった今目の前で起きたことが、信じられなかった。露ほども予測していなかった。あのミーダーが、逃げ出した。初めて、抗った。それだけのことをさせたのは、他でもないこの自分なのだと、マミははっきりと気づいた。
(スモダーに、何て言おう……)
 マミは地下牢の中で一人、途方に暮れた。

5ヶ月前 No.102

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

NO.21
 ミーダーが言った通り、それからまもなくしてスモダーが地下牢に降りて来た。
「マミ!? おまっ、そんな所で何してんだよ……!?」
 スモダーはそう叫んで駆け寄ると、ミーダーが置いて行った鍵を拾い上げて牢を開いた。
「ミーダーはどうした?」
 マミはうつむいた。
「ごめん、スモダー……逃げられちゃった……」
 スモダーは目を見開いて何も言わなかった。
「ごめんなさい……私が、うっかりしてたから……」
 マミはうつむいたまま小さな声で言った。とても顔を上げてスモダーを見れなかった。
 スモダーは少しの間驚いたように固まっていたが、マミの様子を見て慌てたように言った。
「な、何だよそれくらい。別に謝るほどのことでもねえよ」
 それでもマミは何も言わない。
「大丈夫だって! また捕まえちまえばいい話じゃねえか。だからそんなヘコむなよ、なっ?」
 マミはようやく顔を上げ、おずおずと微笑んだ。スモダーはホッとしたように言葉を続ける。
「明日になったら探しに行こうぜ。にしても、あいつどこへ逃げたんだか……街中探すのも一苦労だしな……」
 マミは首を傾げた。
「そうかなぁ? ミーダーが行きそうな場所ぐらい、見当つきそうだけど」
 スモダーは驚いたようにマミを見た。
「何!? マジかよ?」
 マミはこくりと頷いた。
「二年間ずっと見てきたんだから、大体分かるよ。もし今のミーダーが私の知っているミーダーなら、多分……」
 スモダーはその答えを聞くと唸った。
「なるほどな。それなら、あいつを捕まえるのにいい考えがあるぜ」
 スモダーがマミの耳元に何事かを囁くと、マミは眉をひそめた。
「うまくいくかなあ、そんな方法で……」

4ヶ月前 No.103

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

 その一刻前、早朝とはいえ日はまだ昇っておらず、辺りは真っ暗だった。
 ミーダーは誰にも見つからずに家の外に出ると、肌寒い石畳の街道を当てもなく駆け出した。
 走った。息が切れても、足が重くなってもとにかく走る。走りながら泣いていた。ここがどこかなどとはいちいち考えなかった。休んでいる暇など無い。マミたちに見つからない、どこか安全な場所まで逃げ切らなければならない。どこか――
 地面の石に足を取られ、ミーダーは枯れた草の茂みの中に転んだ。涙がまたひとしずくこぼれる。このままずっと倒れていたかった。それでも唇を噛み締め、涙を拭いて何とか立ち上がった。立ち上がって初めて、周りの景色が目に入った。
 ミーダーはいつの間にか街外れに来ていた。建物の群れはここで途切れ、この先には鬱蒼とした広大な森が広がっている。ミーダーは足を踏み入れたことはないけれど、街外れの森については買い物をしに街に出た時に何回か小耳に挟んだことがあった。自然は豊かだが得体の知れない動物が多いらしく、ろくな噂がなかった。
 ミーダーは振り返って街を見つめ、それから前方の森の入口を見つめた。ポケットに入っている金貨を一枚使えば、適当な宿屋に泊まるぐらい簡単なことだろう。慣れない野宿を森の中でするのは危険過ぎる。しかし、人の群れの中に入って行くのには躊躇いがあった。学校にも行かず家で過ごすことが多かったせいで、ミーダーはそういう経験が皆無に等しかった。野宿とはまた別の意味で、怖い。ミーダーは少し迷ったが結局街に背を向けると、森の中に足を踏み入れた。

4ヶ月前 No.104

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

 話に聞いていた通り、森の中は広かった。行っても行っても、見渡す限り大小様々な木々が続く。
 一度迷ったら、厄介なことになりそうだ。
 そう思ったミーダーは、注意深く周囲を見回しながら森の中を進んだ。一つ一つの木を観察し、大きさや特徴を記憶していく。道というほどのものはどこにもないので、方向を時々思い出しながら木の位置で自分が居る場所を認識する。いざとなったら、目立つ木を目印に街に戻れるはずだ。
 安全な場所を見つけるまではと思っていたが、歩いているうちに体の節々が痛み始めた。暴行が続いた体で街外れまで走って来たから、当然と言えば当然かもしれない。一向に人の気配が見えない獣道を、ミーダーはふらふらになりながら歩き続けた。
 しかし、いくら歩こうが森の中は木々が立っているだけだった。その余りにも変化のない景色に、ミーダーはだんだん気が滅入ってきた。最も、弱った体でふらふらと歩いていたミーダーは実際にはそれほどの距離は進んでおらずそこはまだ森のほんの入口だったのだが、ミーダーはそのことには気づかなかった。
 体の痛みに加えて気分も悪くなり始め、ミーダーはついに地面に座り込んだ。そのままくてっと横になる。どんな動物が居るのかも分からない森の中で無防備に寝るのがどれだけ危険なことかは分かっているつもりだったが、もうそれ以上体を動かせなかった。重くてたまらなかった瞼をゆっくりと閉じる。その瞬間、それまで溜まっていた疲れがどっと押し寄せてくるようでミーダーはあっという間に深い眠りに落ちていった。

4ヶ月前 No.105

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

 誰かに優しく揺り動かされて、ミーダーは不思議に思いながら目を覚ました。目を開いたとき、辺りに広がっていたのは夜の暗闇だった。明らかに夜明けの前の薄暗さではない。寝ている間に丸一日経ってしまったのだろう。ちらりと左手首に目をやると、腕時計が八時を指しているのが見えた。しかし、視界の中にもっと驚くべきものが映ってミーダーは一瞬時間のことなど忘れてしまった。
 ミーダーの傍らに光り輝く白い服を着た子供が立っていた。顔立ちはどことなく中性的で、男とも女とも見分けがつかない。日はとっくに沈んで辺りには暗闇が広がっているのに、その子供が身に纏っている服で二人の周りだけ何故か明るかった。ミーダーが起き上がると、子供は穏やかな眼差しでミーダーを見つめた。
「……? あの……、」
 ミーダーが言いかけると、子供は黙って微笑みながら地面を指差した。つられて何気なく自分の足元を見て、ミーダーは心臓が跳ね上がった。
 ミーダーがついさっきまで寝ていたのは、深い崖のふちだった。右足を僅かに動かしただけで、細かな礫がパラッと落ちていく。暗闇の中で寝ぼけてもう二、三歩足を踏み出していたら、底の見えない崖の下へ真っ逆さまに落ちていただろう――そのときのことを思い浮かべて、ミーダーはぞっとした。
 礼を言おうと顔を上げると、目の前にはもう誰も居なかった。子供の服が照らしていた光も、いつの間にか消えている。だが、しばらくすると暗闇に目が慣れて、ある程度周囲のものが見えるようになってきた。ミーダーは立ち上がった。

4ヶ月前 No.106

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

 しばらく行くと、少し開けた場所に丸太小屋があるのが見えた。自然ばかりの森の中に唯一の人工物。それが周りの木々にひっそりと溶け込んでいて、完全に沈黙していた。
 天からちらほらと雪が降り始めた。季節はもう十二月だった。冬の始まりを感じさせる寒さに身震いする。コートを着込む余裕などなかった。何にせよ今夜はこの小屋の住人に世話になるしかない。
 ミーダーは腹をくくると、小屋の戸をノックした。待っても反応が無い。試しに戸を押してみると、スッと中に開いた。ミーダーは少し驚きながらも中に入り込み、一室しかない小屋の中を見回した。

4ヶ月前 No.107

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4ヶ月前 No.108

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4ヶ月前 No.109

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NO.23
 朝の小鳥がさえずる木々の中で、ミーダーは弓を引き絞った。木の幹にキールがナイフで刻んだ円状の的を見つめる。矢の先に神経を集中した。キールの言葉を思い出し、自分を矢と一体化させる。どこかで小鳥が一際声高くさえずった。その声が、途切れる。一瞬の静けさ。
「フッ」
 ミーダーは息を詰めると、右手を矢から離した。矢は真っ直ぐに飛んでいき、的の中心に鮮やかに突き刺さる。キールが口笛を吹いた。
「お見事。ミーダー、あんた本当に素人か? 上達が早すぎだぜ」
 ミーダーは照れたように笑った。
「おだてたって何も出ないよ」
「分かってる。誉めたぐらいで金貨がほいほい出てきたりしたらこっちがびっくりさ。それにしても器用だな、あんた」
 キールは本当に感心したようにミーダーを見つめた。
「意外と腕力もある。引きこも……家に居ることが多かったんだろ? それにしちゃ大したもんだ。常人だったらその弓を構えることだってできないのに」
 ミーダーはふと引っかかった。
「ちょっと待って。常人だったら構えられないものを最初から僕に持たせてたの?」
 キールは肩をすくめた。
「俺のレッスンは厳しいんだよ。でも、あんたならいい線いくんじゃないの。案外早く森の生活に適応したりして」
 ミーダーは頭を上げて木々を仰ぎ、
「だと良いんだけど」
と呟いた。家事と読み書き、本から得た知識以外に何かを身につけるのは初めてだ。少し、わくわくしていた。
「それにしても、何で弓矢を使うの? 今時、巷には色々便利な猟銃があるんじゃ……」
 ミーダーが尋ねると、キールの顔が少し不機嫌になった。
「狩猟地じゃそれもいいかもしれんが、ここは自然の森だ。火薬の匂いは一部の動物を逃がすし、一部の動物は威嚇と思って襲いかかってくる。この森でむやみに銃の類を発砲するなんて、自分から危険を呼び寄せるようなものだ。どんな馬鹿だってそんなことしない。無音無臭の弓矢の方がよっぽど適している」
 キールは一気にそう言うと、少し喋りすぎたと思ったのか急に黙り込んだ。ミーダーはくすっと笑った。
「ふうん……つまりキールは、銃の扱いはあんまり得意じゃないんだね」
 キールは眉を吊り上げた。
「……今の話で、何でそうなるんだ」
「何となく。ていうか、キールも随分分かりやすい所あるよね」
 ミーダーが悪戯っぽく言うと、キールの顔は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「猟銃なんて、あんな重いもんいちいち持ち運べるか。狙いも狂うし、どこが便利なのかさっぱり分からないね。俺にとっては、こっちの方がよっぽど軽くて小回りも利く。あんただって、弓を持ってる方がよっぽど様になってると俺は思うが」
 キールはミーダーが持っている弓矢に視線を投げかけた。
「その分だと、もう普通の狩りもできるんじゃないか。あんた、そこら辺ほっつき歩いて何か狙ってみろよ。俺はちょっと街に用事があるから、昼時になったら小屋で会おうぜ」
 ミーダーは驚いてキールを見つめた。
「大丈夫かな?」
 キールは再び肩をすくめた。
「知るか。それを試すためにやってみるんだろ。あ、匪賊とか巨大熊とかには関わらないように気を付けろよ。万が一見つかったら、一目散に逃げろ。絶対勝てないからな」
 キールはそう言い残すと行ってしまった。ミーダーは手の中の弓を見つめ、思い切って頭上の小鳥を狙ってみた。まだちゃんと構えもしないうちに、羽ばたいていく。

4ヶ月前 No.110

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

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4ヶ月前 No.111

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 森の中をしばらく歩いていると、さっきの小鳥に会った。少し警戒したようにミーダーを見て、ふいっとそっぽを向く。ミーダーは笑って指を差し出した。
「さっきはごめんね」
 半分独り言のつもりで呟く。言葉が通じるなどとは期待していなかったが、小鳥は羽ばたいて来てミーダーの指にとまった。もう一方の手の指を伸ばし、そっと背中を撫でてやる。小鳥は少しの間そうしていたが、やがてまたどこかへ羽ばたいていった。
 ミーダーはそれを見送るとまた一歩踏み出そうとし――足を止めた。枯れた大木の根元、雪の中に誰かが倒れている。見覚えのある小さな体。驚きで目を見張った。
「マミちゃん……!?」
 ミーダーは慌てて駆け寄ると、マミを抱き起こした。マミは目を瞑ってぐったりとしている。どうしてここに居るのかという疑問を感じたのはほんの一瞬で、あっという間に消え去った。
「マミちゃん、どうしたの!? 大丈夫……!?」
 ミーダーは懸命にマミに呼びかけた。どんなに呼びかけても、マミは固く目を閉じたままだった。
 それを見て、ミーダーの心に言い知れぬ不安がはびこった。顔から血の気が失せてゆくのが、自分でも分かる。もし、もう取り返しがつかない状態だったら……
「マミちゃん! マミちゃん! しっかりして!」
 ふと気づいて、手をマミの口元にかざした。息をしているのを確かめ、とりあえず一安心する。ミーダーはマミを背中に背負うと、キールの小屋を目指して走り出した。
「大丈夫だよ、マミちゃん。すぐに看病してあげるから……だから、しっかり……!」
 返事をしないマミに、励ますように何度も声をかけ続ける。二日前受けた暴行のことも、その時言われた言葉も忘れていた。自分がマミにしたこともされたことも、どこかへ消し飛んでしまった。
(お願い、無事で居て……! どうか……)
 ただ一つのことを思い詰めているミーダーの背中の上で、マミの眉がぴくりと動いた。瞳がうっすらと開く。マミは目を開けて、ミーダーの声を黙って聞いた。右手をスカートのポケットに伸ばし、短剣をくるりと一回転させて取り出す。ミーダーは背後から僅かな金属音を聞いたように思った。マミは短剣をしっかりと握って振り上げた。

 次の瞬間、ミーダーの右肩をマミの握った短剣が貫いた。

4ヶ月前 No.112

マミ @edanisi ★6kBHKAxqwq_Mos

 突然焼けるような激痛を感じて、ミーダーは自分の右肩を見た。短剣が刺さっている。血が流れている。すっと周りの音が聞こえなくなった。何が起こったのか理解できなかった。自分の見ているものが信じられなかった。後ろを振り返ろうとして、ミーダーはゆっくりと地面に倒れ込んだ。
「あっ……うああぁああぁ」
 まるでボリュームを戻したかのように、急に耳が機能を取り戻した。自分の叫び声が聞こえる。白雪の地面が、おびただしい血で真っ赤に染まっていく。マミはすらりと地面に降り立ち、肩を押さえて地面をのたうっているミーダーを見つめた。無表情な瞳が、冷静にミーダーを観察しているのが見える。マミの口が開いた。
「出てきていいよ」
 マミは呟くようにぽつりと言った。その途端、辺りの木々の陰から一斉にスモダーたちが姿を現す。
「み、皆……? どうして……」
 ミーダーは血の溢れる視界の中で自分に近づいてくるスモダーたちを呆然と見た。
「マミ、よくやったな。やっぱりこの方法が一番早かったぜ」
 スモダーたちはそう言うと倒れているミーダーを囲むようにして見下ろした。
「え……あの……」
 混乱しているミーダーに、マミがすたすたと歩み寄った。肩の短剣の柄を掴み、何の躊躇もなく一気に引き抜く。ブシュッと気味の悪い音がして、鮮血が新たに噴き出した。
「ぐっ……ぅあぁっ……!」
 ミーダーは顔を歪め、苦しげに叫び声をあげた。スモダーは嘲るように笑いながら言う。
「まだ気づかないのか? 罠だよ、全部。マミを餌に使った方が効率よく釣れるだろうと思ってな」
 ミーダーは傷口を押さえながらマミの方を見上げて尋ねた。
「じゃぁ、マミちゃん、どこも具合悪くないの……?」
 マミは目を逸らした。答えたのは、スモダーの方だった。
「具合なんか悪くねえよ。全部お前を捕えるための演技だっつーの」
 ミーダーは胸を撫で下ろした。
「そっか、無事だったんだ……良かった……」
 安堵して思わず微笑むと、スモダーがマミに刺された肩を踏みつけてきた。ずぐっとした痛みとともに、

 世界が赤くなる。

 次の瞬間、ミーダーの口から凄まじい悲鳴がほとばしり出た。
「笑っていられるのも今のうちだ。分かってるのか? 俺たちは、お前を殺すために捕えたんだぜ」
 ミーダーはその言葉にハッとしてマミの方を見た。マミは右手で左腕を抱いたまま、黙って目を伏せていた。ミーダーの視線に気づいているはずなのに、決して顔を上げようとしない。
 そのマミの様子を見て、ミーダーはようやくこの状況がどういうことなのかはっきりと理解した。何のことはない、最も単純なやり方で騙されただけだったのだ。確実に、容易に自分を捕える、まさにその為に。恐怖で体が震える。ミーダーは慌てて立ち上がると、スモダーたちに背を向けて走り出した。
「そう簡単に逃がすかよ」
 スモダーは呟くと、マミたちに「追うぞ」と声をかけた。

4ヶ月前 No.113
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