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間抜け婦警とド真面目警官

 ( プロ小説投稿城 )
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トカ ★aPaEBGJxKG_scx

とにかく軽く、が今回のモットーでした。
私の小説は非常にくどい文体で読みづらいと評判なので。
テンポよく進めるために書いた実験作ですが読んでいただければ幸いです。

「課長。あいつの教育係を辞退させてください」
タバコの煙が漂う課長室で、彼はこめかみをひくつかせながらそう言い、受け取った始末書を恨みがましく睨みつけていた。微動だにしない片目のカメラアイとは対照的に、生身の左目は冷たく細められている。
「もう少し頑張ってみようよぉ、ね?」
そう言い返す女性は、警官とは思えないずぼらな格好をしていた。健康サンダルを履き、制服の上はボタンを外して羽織っているだけ。さらに耳にはイヤホンをしたままで、今時嫌悪の対象のタバコすら咥えている。警官の上司、という肩書よりも工事現場の親方、というのがお似合いだろう。こんな格好をしていなければそれなりに美人であることは、整った顔立ちから今でも僅かに覗くことができる。
「いえ。承服できません。彼女のやり方は警備部というよりも捜査課です。先日も勝手な推測でサイボーグの一般市民にスタンガンを使ってショートさせたばかりです」
「といってもそのサイボーグが電子麻薬の常習犯で前科3犯、おまけにボディの一部には爆弾が埋め込まれていたんだろー。テロを未然に防いだじゃないか。新聞には載らなかったけど」
「そ、それはそうでありますが……。しかし、もしも犯罪者ではなかった場合とんでもない批判を受けることになるかもしれません」
「起こったらそん時考えればいいじゃない」
「武井課長ォ。それはあまりに」
「あーはいはい。山梨、お前の言うこともよっくわかった」
詰め寄ろうとした山梨はめんどくさそうに手で静止され踏みとどまり、言葉を聞いて思わず破顔する。
「では」
「一週間、待ってみればいいんじゃない? それでもだめならまたおいでよ」
「……わかりました。失礼します」
意気消沈し部屋から出て行く山梨を見もせずにタバコの煙を吐き出すと、武井課長はがっくりと頭を垂れ、全く最近の子は贅沢なんだからもう、と呟いた。
課長室から戻ってきた山梨を見つけた件のあいつ、こと菱山は彼の顔を見た瞬間、積み上がるファイルの山に顔を隠した。
山梨は苦虫を噛み潰した顔でそれを見届けると、何も言わずに机に座ってペンを持った。この時代になっても始末書は手書きでないとならないのだから、資源の無駄遣いだと思いつつ。だがそのペンが紙にインクを染みこませることはなかった。
「おーい山梨、菱山。お仕事」
課長室から出てきた武井課長が声をかけたからだ。
「なんでありますか」
「え、私?」
すっとぼけた返事をする菱山を山梨が睨むと、まずったと思ったのか口を抑えた。
「はいはい、いつまでも引きずってんじゃないの、ガキじゃないんだからさ。……この前菱山が捕まえたサイボーグね、あれのお仲間が花屋の店員脅して立てこもり事件起こしちゃったわけ。お前を出せと騒いでるらしいよ」
「えーっ! 最悪だ……」
がっくりとファイルの山に頭を突っ込む菱山を一瞥して、山梨が口を開く。
「それで、もしかして現場に行けと言うのですか?」
「うんそう。ちょっと人質と交換されてきてよ」
「……は?」
思わず口をだらしなく広げてしまう山梨だったが、すぐに気を取り直して抗議を述べようとする。しかしそれが口に出るよりも早く、部屋に小気味の良い声が響いた。
「了解しました。菱山巡査、現場へ向かいます!」
てきぱきと身支度をこなしピストルとショットガンをガンロッカーから取り出す菱山をしばし呆然と見つめてから、彼は課長へと文句を述べようとする。が、しかし課長は山梨と目が合うと顎をくいっと振ってさっさとしろと促すばかりだ。だが彼はそれを無視して声を張り上げた。
「殺されに行くのが目に見えています!」
後ろで銃に弾を込める音が止まったので、菱山も驚いたのだろう。
「俺には部下を守る義務があります。承服できません!」
「だったら守ってやればいいじゃないの」
「その前に! 渡さないのが一番ではありませんか!」
感情に任せて山梨が机を叩いたせいで、机が真っ二つに折れ凄まじい音を立てる。となりの部署の連中がドアを開けてこちらを覗いてくるが、山梨がサイボーグの右腕を引き抜き、鬼も裸足で逃げ出す形相で睨むと、すごすごと消えた。
「まあ落ち着けや。まず相手がサイボーグなわけだ。そんで今、この管区にはサイボーグの警官は他にいないの。と、ここまで言えば話はわかるな」
「もしも菱山に何かあったら犯人をぶち殺してもいいなら出てもいいですが、構わないですね課長」
帽子のずれを直し、静かな怒りを湛えたまま課長を睨む。課長も今度ばかりは神妙な顔をして頷く。
「まあ、臨機応変にね」
「ではこれより現場に急行します。いくぞ、菱山!」
引き締めた顔で菱山に振り返ると、彼女は引きつった顔で笑っている。
「……どうした」
「弾込めてコッキングしたらジャムっちゃった……」
そういってショットガンを指差す。確かにコッキングレバーが中途で止まっている。
「とりあえず別のやつ持ってったら? それ、確か錆びてるよ」
タバコの煙をダルそうに吐き出すと、課長は手の平をぱたぱたと振りながら、自室へと引っ込んでいった。




「あのですね、私は別に山梨巡査に守ってもらわなくたって自分の身くらい守れますよ」
現場へと向かう道中の車内で、菱山が口を開いた。しゅっちゅう左右を見て安全確認をしながら運転をしている。前を見ているのかと不安になるが、この街ではそれが必要なことだとわかっているので山梨は何も言わなかった。当たり屋、ヤク中、窓ふき屋、様々な人間が車に群がってくるからだ。パトカーともなると、あからさまな敵意を向けられることも多いので余計に気にしてしまうのだろう。山梨も自分が赴任した当初はこうだったことを思い出す。
「犯人は多分サイボーグでヤク中、ついでに鉄砲も持ってるだろう。それでも勝てる自身があるのか」
「大丈夫です! そういうのとやりあうために髪も切ってるんですから」
そう言われ、運転席の菱山を彼は一瞥する。確かに彼女には女っ気よりも少年らしさが目立つ。髪は耳にかからないほどに短く、化粧も一切していない。
「馬子にも衣装って言葉があるだろう。お前も色気を出したら貰い手くらいすぐに見つかるんじゃないか。わざわざ警察の、それも警備部で一線に立つ必要もないだろう」
「セクハラの現行犯ですねー」
前を向いたまま菱山が冷淡にそう告げる。そろそろ目的の区域に近づいてきたようで、先ほどよりも外国語の看板や淫猥な張り紙が増え、ビニール袋やらファーストフードの紙袋が道路沿いの吹き溜まりに集まって放置されている。
「お前なぁ、こういう時ばかり女ぶるなよ」
「女々ってうるさいです。そんなに化粧して欲しいんですか? 化粧したら私めっちゃ美人になりますから山梨さん惚れちゃいますよ」
「九官鳥みてえな女だよ全く。ハァ……」
深い溜息をつき、自分の制服の右の袖をまくる。そこにはひと目でサイボーグだとわかってしまう、旧式のサイボーグ義手がついていた。内部機構を隠すために鉄板を取り付けただけの安物だ。ただ手入れはそれなりにされているようで、錆びている箇所は少ない。その代わりに、いくつか歪んだままほっとらかしにされている部分もある。
「この腕と左目は、若さってやつとの引き換えに失ったもんだ。お前は女だし綺麗な体でいて欲しいだけだ」
ちらりと彼の右腕を一瞥した後、彼女はこりずにこう言う。
「今でも十分若いと思いますよ。机ぶち割ったりとか。始末書お疲れ様ぁ」
「あのなぁ! そういう態度がなってないんだお前は……ぐっ」
急に車が止まったために思わず言葉を詰まらす山梨を一瞥することもなく、菱山が着きましたよ、と吐き捨てるように告げて降車する。憤然とした表情で山梨もそれに続いた。
現場には先に到着している警察の部隊と、それを遠巻きに眺める野次馬とでそれなりの人だかりができている。といってもこの街ではこの程度日常茶飯事であり、ちらりと覗き見て警察から離れていくものが殆どだ。警察に顔を覚えられているものが少なくないのもその理由の一つだろう。
「応援で呼ばれた警備部の山梨と菱山、到着いたしました」
山梨が敬礼で挨拶すると、眼鏡をかけた巡査長は敬礼を返した。
「そちらの婦警さんが、犯人が要求してる菱山さん?」
「はい。どいつが犯人ですか」
「あの花屋の奥にいる二人組の……」
腕まくりをしてぐるぐると肩をまわしながら、彼女は花屋へと視線を向ける。派手に打ち壊された看板と植木鉢の数々とショーウィンドウのガラスが道路に飛び散っていた。その奥に、顔にいかにもな刺青をいれた筋骨隆々の作業着の男と、白いワイシャツを着た赤髪の女性の姿が見える。男の方はこのへんに住んでいる人間だろうと察しがついたが、女性はどうだかわからない。女性と男性はまるで店員のように店の奥で並んでおり、違和感を感じる。
「ぬー! あの男が犯人か! 女性を人質に取りやがって畜生め! 菱山巡査、突貫します!」
ずかずかと歩いて行く彼女は、こちらの話を最後まで聞くことはなかった。
「あ、おい待てバカ野郎!」
「女郎では?」
山梨の後ろから聞こえてくる巡査長のツッコミに返す余裕があるわけがなく、彼も急いで彼女の後を追った。彼女は今まさに前口上を述べているところであった。
「私が栗田均を逮捕した菱山巡査だ! その女性を解放しなさい、今なら罪は軽いぞ!」
すると犯人であろう男はみるみるうちに真っ赤になりこう言い返す。
「てめえの脳みそ何で出来てんだところてんかマルコメ味噌詰まってんのか警察はそんなに馬鹿なのかァッ!? さっさと仕事しろタコだかアワビ野郎!」
それを聞いた眼鏡の巡査長が、女郎だってば、と呟いて頭を振りメガホンを取る。が、そこから大音量の説得が流れることはなかった。菱山が行ってしまったからだ。
「おーっ言ったな! おまわりさん怒らすと怖いんだぞ!」
山梨が追いつく寸前で菱山は駆け出し、花屋の中に駆けていってしまった。あのバカと青筋立てて山梨もそれに続く。
ガラスの破片を恐れもせずに店内に飛び込んだ菱山が放った飛び膝蹴りは、婦警のスカートをはためかせながら男の腹を捉える。思い切りもらってしまった彼はそのまま後ろへ弾き飛ばされ、おまけに花束の詰まった水瓶へ後頭部を叩きつけられ、舌とよだれをだらりと垂らして気絶した。
「これにて一件落着! さて大丈夫ですかお嬢さん」
満面の笑顔で振り返った菱山だったが、そのスマイリーフェイスに向かって飛んできたのは他でもない人質の鋭いハイキックだった。
「あぶぁ!」
反射的に頭を下げて避けきったが、次の攻撃が来ることを予想して後ろに転がる。そこに重い風切り音が続く。そして石が砕ける特徴的な音。
顔を上げた菱山の目に映ったのは、床に深々と突き刺さる女性の右腕だった。いや、正確には腕ではない。彼女の手首から伸びた太い鉄杭だ。
「パイルバンカーだ! 逃げろ菱山ッ!」
鉄杭は地面から引きぬかれ、重々しい金属音を立てて彼女の手首に再び収納される。その瞬間、直径20ミリほどの薬莢が小気味良い音を響かせ地面に落ちる。それを菱山は、呆然とした顔で、ただ見ていただけだった。
「ぼーっとしてんじゃねえ間抜けぇっ!」
菱山と犯人の間に滑り込んだ山梨だったが、そこに思い切り犯人の左腕が振り下ろされる。ばらばらと山梨の右腕が砕け散り、大量の破片が床へと転がる。だが山梨が怯むことはない。それどころか、勝ち誇ったように口元を歪め、笑ったのだ。
「やったと思ったか?」
「なに?」
瞬間、山梨の目が店内中を白くするほどに眩く光ったのだ。
「ぬあっ!?」
「パーツに捻りが足りないぞ、直情女!」
フラッシュで怯んだ犯人の腕を容赦なくピストルで撃ち抜き、もう片方の腕も同じように破壊する。犯人の目はまだ回復していないようで、壊れた腕をいまだに振ろうとしていたが、肩から先のないその腕ではせいぜい赤い髪を振り回すことしかできない。
「畜生! その女さえいなければ、彼氏が捕まらなくて済んだんだ!」
がっくりとうなだれる犯人を、山梨がもう片方の腕で掴み上げる。
「犯罪者同士、同じ臭い飯でも食ってろ。出てきた時にいい思い出話になるだろうよ」
「ふざけやがって、ぶっ殺してやる!」
そう言われると、山梨は犯人の耳元でこう囁いた。
「殺すんなら、俺の顔をしっかり覚えておけよ女郎」
それから彼は菱山へ振り返る。彼女はその様子を未だに呆然と見ていた。スカートが捲れ、白い下着が見えている。
「ぼーっとしてんな、パトカーに詰めるから手伝え。あとな、パンツ見えてんぞ」
「うわぁっ!」
ぱっと手で隠して顔を真っ赤に染め、何も喋らずその場から動こうとしない。
「愚痴なら後で聞くぞ。今はさっさとこいつを運べ。俺は映画のスタントマンじゃないんだ。おい! お前腕意外もサイボーグだろ。重いんだよ!」
「う、うっせえ! サイボーグじゃねえよ! あ」
「……ダイエットしろ」
片手で犯人を担ぎ、彼は店から出る。後には暗い顔をした菱山と、やたらとガタイのいい花屋の店員が口を半開きにしてよだれを垂らしたまま残された。

2年前 No.0
メモ2015/04/24 21:50 : トカ @toka★aPaEBGJxKG_scx

短編なのでこれの続編はありません。

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トカ ★aPaEBGJxKG_scx

「……というわけで花屋の件は片付きました」
「あ、そ。お疲れさん」
山梨の片目は閉じられているが、怒りでこめかみをひくつかせているのが簡単に見て取れる。対する武井課長は咥えたばこをふかしながら新聞を眺めるくらいで、それに対する反応はない。むしろ、顔すら見ていないといったほうが正しいだろう。
「課長、今回の報告を聞いた上でなお、彼女を私の下につけるつもりでしょうか」
「うん。そのつもり」
「何故でしょうか。彼女は警察官に向いていない。彼女がなりたいのはただのヒーローです。マンガじゃあるまいし、いつか命を落としますよ!」
「なぁ、お前がなりたいのはただの警察官だったのか?」
彼が声を荒げると、武井は静かに新聞から視線を上げ、彼を見つめた。それは恐ろしくぼーっとした瞳で、まるでヤク中の服役囚のようにも見える。正常を保っているか判断できる点といえば、口から涎を垂らしていないことと、まがりなりにも警察の制服を現在も着れていることだろうか。
「そうです。自分は立派な警察官になるのが夢でした」
「その夢っていうのは、幹部候補になった時もそうだったか?」
その時彼は、珍しく言葉に詰まった。普段の彼ならば、この上司に萎縮することなどない。だが今は違う。明らかにこの人に対してぞくりとするような恐れを感じ取ったのだ。
「どういう意味ですか」
「あーそれ、聞いちゃう? 聞かなくてもわかってると思ったんだけどなぁ」
もちろん、彼にはその質問の意味するところがわかっていた。幹部候補になった時の彼は、まるで我が世の春が来る、と確信した若者そのものだったからだ。つまり、菱山と同じで自分の働きで世間を変えられると信じきっていた。
「誰にだってさ、あるんだよ。菱山みたいな、そういう若い時ってのがさ。それを見極めて成長させるってのが、どれほど面白いか、まだまだお前にはわからないかなぁ」
そう言ってから体中の力を抜いたかのように椅子にだらりと背を預け、武井課長は上を向き、ゆっくりと、染み出す湧き水のようにタバコの煙を吐き出した。
「自分にはまだ……そのことを楽しめるほど余裕がありません」
「お前なぁ、教えるってのは上からがみがみ言うことだけじゃあないんだよ?」
悔しげに呟く山梨を見もせずに、煙を吐いた態勢のまま武井は言う。
「対等の立場だからこそ、お互いがお互いを教えられるんだ。ちょっと頭冷やしてこい。お前と菱山、両方とも半休だ」
「し、しかし」
「これは命令。オーケー?」
目だけで鋭く山梨を見上げて武井は言う。
「わ、わかりました」
普段よりも緩慢に部屋を出て行く山梨を見送ってから、また彼女はタバコを一口吸って天井へ吐き出す。それからにやりと笑ってこう言った。
「初めてきつく言った命令がこれとは。全くあたしは良い上司だ」
カカカと笑って膝を叩くその姿は、妙齢の女性というよりかはただのおっさんであった。
菱山のいる部屋に戻った山梨は、彼女をちらりと机への戻り際に見る。菱山は机に突っ伏しているが、どうやら眠っているわけでもないようだ。髪がぼさぼさなのは、多分頭をかきむしってそのままなのだろう。大きなミスをした後によくあることで、それは山梨にもはっきりとわかった。
「おい、菱山。俺達は今から休みだそうだ」
「……罰ですか」
彼女の声はとても重い。伏せって声がくぐもっているせいもあるだろうが、それだけではない。
「知らん。どっちでもいいだろう。休みは休みだ」
「休み……」
「最近仕事漬けだったしな。まぁ失敗は失敗だが、羽を伸ばしたってバチは当たらんだろう」
「え、マジ!?」
「あ、ああ」
突然明るくなった声色に若干驚きながらもそう返すと、菱山はさっきまでの落胆ぶりが芝居だったかのように元気よく立ち上がり鞄を手に取る。
「じゃあ山梨さん! せっかくだからちょっとお付き合いしてもらっていいですか?」
彼の脳裏に、さっきの課長の言葉がよぎる。
「まぁ、いいが」
「やったー!」
犬のように菱山は山梨に駆け寄ると、ショートカットの髪が上下に揺れるほどに飛び跳ねる。
「んじゃーどこ行きます? この時間からだとお昼ごはんにはちょっと遅いし、夕飯には早すぎるしー。なんかいいスポット知ってます?」
「……あるぞ。俺の行きつけの店が」



着いたのは裏路地の裏とでも言うべき謎な場所であった。油と酒の匂いが充満する場所で、端っこが割れたガラスのはまった、放置されているのか人が住んでいるのかすらわからない建物が多い。以前は商用の雑居ビルだったのだろうが、現在は完全に廃墟にしか見えない。両隣どころか、この辺一帯がそのようで、人すらもほとんど歩いていない。たまに歩いているのを見つけてみれば、お年寄りばかりだ。
「なんですか? ここ」
「ここは再々開発で手も付けられなかった、いわゆる忘れ物だよ」
「あーなるほど。確かに昔の商店街っていうか、そういう匂いしますね」
「商店街じゃないんだけどな。風俗街の名残だよ」
「ゲッ」
あからさまに嫌な顔をする菱山を置いて、山梨は目の前のビルに入っていってしまう。菱山も入ろうとするが、消えかかった看板に書いてある文字を読んで再び震え上がった。そこには「ブルーフィルム売ります」と書いてあったからだ。
意を決して中に入ると、そこには営業中と白地に赤く書かれた簡素な立て札と、下を指さす印があった。たしかにそこには階段があり、入り口と違って極端に寂れた様子はない。降りて行くと、綺麗とはいえないが真鍮で縁取りされたガラスのドアがある。押すと書かれた古めかしいそれを開くと、中は古き良き、といった風な喫茶店であった。
窓は一つもない。その代わり、端っこに付けられた2つの換気扇が空気を吸い込んでいく。全体的に薄暗く、木製の調度品がつやつやと輝いていた。古いが手入れはずっとされているのだろう。こんな場所にこんな落ち着けるところがあったとは、彼女には驚きだった。
「いらっしゃいませ。山梨さんのお連れさん?」
突然カウンターの下から生えてきた人懐っこい禿頭が、彼女に話しかける。この店のマスターなのだろう。金縁眼鏡がきらきらと光っている。
「山梨さんならあちらですよ」
指差された方を見ると、奥のテーブル席に座ってメニューを睨んでいる。
「あ、ハイ!」
元気よく返事をして山梨の対面に座ると、メニューから顔をあげずに山梨が口を開いた。
「驚いたか」
「けっこう」
「だろ。ところで大事な話があるんだが」
そう言われて彼女の心拍音が跳ね上がる。どっしりと座ってメニューを開く山梨の顔が、突然渋く思えたからだ。署内の蛍光灯の下とは違い、暖かく光量の強いライトが真上からあたっていたせいかもしれないが。それでも今の山梨は歳相応の貫禄を放っているように思えた。
「ここのスペシャルパフェってのがな、なんか独特らしくてな。一人じゃ食べる勇気がでないんだ。ちょっと一緒に食ってくれんか」
「なんですかそれ」
跳ね上がりそうだった心臓は一瞬で冷めてしまったが、そのパフェが気になり山梨からメニューをひったくる。
「どこです?」
「右下の方」
なるほど、たしかにそれは不思議な存在感を放っていた。文字のフォントがどうとか、写真がどうとかではない。他のメニューには短いが説明が付けられているのに、それには何も書いてないのだ。いや、何も書かれていないわけではない。ただ「秘密」とだけ書いてあるのだ。
「なるほどこれは怖い」
「マスターに聞いてもなんも教えてくれないんだ。恋と一緒だとか何とか言って」
「じゃあ頼んじゃいましょうよ。3000円でしょ? 二人で折半すれば何とかなりますよ」
「お前を連れてきて正解だったと初めて思ったかもしれんな。……よし、マスタースペシャルパフェ1つ」
「ほっほ! 承りました」
マスターが棚から出した容器を見てすぐに早まったと思った二人だったが、頼んでしまったもんはしょうがないと腹をくくることにした。
「さて本題だ」
「えっ?」
「大事な話をするって言っただろう」
「パフェのことじゃないんですか」
「まあそれもあるが」
それもあるのか、と彼女は心のなかでつぶやいた。
「お前はなんで警官になった?」
「はぁ? そんなことですか。なーんだ全然大した話じゃないじゃん」
「そんな軽い話だとは俺は思えんがな」
奮然とした山梨のカメラアイが菱山をじっと貫く。
「ちょっとその目でじっと見つめるのやめてくださいよ」
「どうなんだ?」
「やめてくれたら答えます」
「わかったよ」
カメラアイは人工的に作られた鉄の瞼で覆われ、見えなくなった。
「それで答えは?」
「そりゃもちろん、市民を助けたいからです」
「それでヒーローになりたい、と?」
「そんなことは思っちゃいません」
「じゃあどうしてそういう考えに至った」
「私は元々、この辺りの生まれなんですよ。五歳くらいまでかな? この街で暮らしてたんです。その時に、どうしようもない奴らに邪魔されてまともに生きていけないまともな人を何度も見ました。それが日常だったんです。だから自分の進路を決めるときに散々悩んで、やりたかったことを探したんです」
「それが警官だった、と?」
「そうです。だっておかしいじゃないですか。ここの喫茶店だって、もっと大通りに出せばいい。でもヤクザが仕切ってるから出せない。そんな感じなんでしょ?」
「……いやそれはわからんな。マスターに聞いてみないと。案外ここが好きでやってるのかもしれんし」
「じゃあそうだったということにしておいて。私はそういう人達がちゃんと商売したり暮らしたり出来るようにしたいんですよ」
「だったら政治家になるべきじゃないのか?」
「無理です」
「なんでだ?」
「バカだから」
「あぁ、うん。ごもっとも」
「なんか悪いんですか!?」思わず真っ赤になって彼女は声を張り上げる。
「いや、クク、お前そんな堂々と言われたら笑うだろう」
「笑いごとじゃないですよ。そんなこと言うんだったら先輩はなんで警官になったんですか」
「あー……お前の話を聞いた後だと話しにくいなぁ」
山梨は笑ったまま頭をかいて俯く。それからわずかに間を置いて、話しだした。
「俺は政治家を目指してたんだよ。お前と全く同じ理由で」
「……それ、暗に私がバカだって言ってません?」
「いや言ってないよ。考え過ぎなだけだろ。エリートコースだったんだよ。このまま行けばどんどん上に行けるだろうって思ってた。だがまぁ、ガキだったんだな。警察の上のほうがもう真っ黒でさ。反抗して、つまみ出された。そん時に右手と左目を無くしたんだよ」
「マジでなにやったんですか?」
「いやまあ、ちょっと」
「普通ありえませんよね?」
「そのことはいいだろうが。俺としては、お前がまっとうな心でこの仕事についたのがわかればよかったんだよ」
「私は全然よくありませんよ。要するに左遷されてここに来たってわけでしょ?」
「ああ」
「ムカつく。なんか私が目指してたものが先輩の左遷先だったとかなんかムカつきます」
「おいおいそう言うなよ。俺が言いたいのはな、もうちょっと俺を信用しろと、そういうことを言いたかったんだよ」
「ハァー!?」
がたんと菱山が席を立ち、思い切り右手を振り上げる。今にも振り下ろされんとしたその時、実にいいタイミングでマスターが割り込んできたのだ。その手に電子金魚鉢を持って。外側に貼られた薄型液晶で金魚が泳いでいるように見えるものだ。
「ハイ、スペシャルパフェお待ち」
「おう、菱山とりあえず振り上げた拳にスプーン握れ」
「……はい」
金魚鉢全体がパフェなのは言うまでもなく、その上に生クリームやチョコケーキやプレッツェルやらフルーツやらがこれでもか、と積み上げられたパフェを前に彼女の怒りも食欲に飲み込まれてしまったようだ。
しばし二人は呆然とそれを眺め、それから視線を交わし、意を決してその要塞を崩しにかかった。
「話を戻しますけどね?」
「おう」
山梨はメロンを、菱山はマンゴーを口に放り込みつつ話を続ける。右腕がないのでバランスが取りにくいらしく、しょっちゅう体を斜めに揺らす。
「私は先輩のこと信用してますから。それが伝わってなかったことに驚いてるんです」
「……じゃああれか。あの無鉄砲さは俺がなんとかしてくれるっていう、そういう感じだったのか?」
「そうです!」
まるまる一本刺さったバナナをサメのようにむっしゃむっしゃと咀嚼する。山梨はそれを見て、チョコケーキをさらった。
「お前な、それは甘えっていうんだよ間抜け」
「アッ……言われてみれば」
息を呑む菱山を見て山梨はため息をつく、わけではなく荒々しくチョコケーキにかじりついた。
「まあ……いい。どうでもよくなった。女に甘えられるのは嫌いじゃない」
「えーっなんですかそれ! もうわかりました絶対に甘えません!」
「おう、そうしてくれ」
そう言ってパフェをつつく二人からは、昼のようなギスギスした雰囲気はなくなっていたのだった。

2年前 No.1
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