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青い花咲く運命の日に、

 ( プロ小説投稿城 )
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☆TFByO.hAqE8n ★iPad=vDNdBHTRdS

ヴァルティラン帝国。
そこは、数年前から隣国との戦争が続く、決して小さくはない国。大陸で一番大きいとされる川が国の中心を流れ、南以外の三方を山で囲まれ、豊かな土壌がある。農作物に困ることはなく、建国されてからの100年間、ずっと平和な日々を過ごしてきた。
その南側に位置するインブライド国は十数年前に大飢饉に襲われた。もともと土地が広いだけで、農地は少なかったため、ずっと雨の降らなかったその年は、国民全員分の食料を得られなかった。他の国からも昔の悪行から嫌われ、支援をしてもらえなかった。国王は、唯一の隣国であるヴァルティラン帝国に戦争を仕掛けた。
そこから始まったこの戦争は、予定より長引いた。長引いたせいで、どちらの国も破滅の危機に陥ってしまった。

もうこの国は長くはもたない。今日の議会で、国民を海を越えた別の国へと逃がすことが決まった。けれども私は逃げる訳にはいかない。この国が無くなるその日まで、私はこの場所で戦わなくてはならない。それが、たった一人の友達との約束を守れなくなったとしても。そうしなければならない、責任がある。

「姫。国民には知らせました。兵がいま誘導していることでしょう。貴女は……」
「ここに残ります。シュウ、貴方は家族がいるのでしょう、お逃げなさい」
「いいえ! 妻にもちゃんと、私は最後まで姫を守ると言ってきました。それを承諾してくれました。だから、逃げません。亡きレグラ様に頼まれているのです」
「……そうですか。……ならば、最後までこの場所で私と戦ってください」

私には、それしか出来ない。
ごめんね、私は君との約束を守れそうにない……

3年前 No.0
メモ2015/08/31 20:41 : 黎☆TFByO.hAqE8n @reimei★iPad-vDNdBHTRdS

プロローグ【世界】

……>>0


第一章【運命】

……>>1-7


第二章【臨戦】

……>>8-41


第三章【開戦】

……>>42-63

切替: メイン記事(67) サブ記事 (22) ページ: 1 2


 
 
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@reimei☆TFByO.hAqE8n ★iPad=vDNdBHTRdS

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2年前 No.18

@reimei☆TFByO.hAqE8n ★iPad=vDNdBHTRdS

「誰だい……おや、珍しいねぇ。ダイルかい。にしても何の用だ。お前はあたしを避けていただろう」
「そーだけど、でも、頼みがあるんだ。この国にも、それからある人にも、関係したことだから」
「ふぅん、そうかい。まあ、なんでも、あたしの条件に応えてくれりゃあ何でもいいけどね。じゃあ、望みを聞こうかね。お前は何を望んでいるんだい?」

淡々と、睨むような目でこちらを見るその老婆はけれど、誰よりも賢く、この国で王族に匹敵する程の権限を持っている人間だった。
このあまり立派とは言えない家の中は、ゴチャゴチャと色んな物に溢れているが、それらはよく見ればこの国や、別の国。それどころか別の大陸やらの歴史だったり、地図だったり。書物が山積みになり、歩く為に必要なくらいの床しか確保されていない。壁に掛けられた時計は明らかに古く、アンティークと呼べる代物だし、またそれと共にかけられている複数のタペストリーもよく分からないし、所々ほつれているのさえある。何故か置いてある漆黒のピアノは、まともな音が出るのかと思う程埃が積もった状態で放置されているうえに、その周りはやはり物が山積みで近づくことさえ不可能に近かった。
そんな家の奥。唯一片付いている机の向こう側にその背中を丸め、とっくに真っ白になっている髪を後ろで団子にし、どこの地方の民族衣装か分からない物を着て、机のうえで手を組みながらこちらを見ているセリ婆は、その瞳と脳だけは一生衰えないのだろうと思わせた。

「俺は、ルミの事を知りたい。ルミがあの日何故ここに来て、そして何を頼んだのか」

それが、ここに来た全てだ。
そう断言するように告げれば、セリ婆はその問いを予想していたかのように、さも当然の様に頷いた。その動きは少しばかり緩慢で、俺は僅かながらも苛立ちが心に現れた。

「ルミ、ね。それは、綺麗な薄茶の髪色をした、少女かい? とても高貴な血筋の?」
「そうだ。その子で、間違いないよ」
「……そうかい。そうか、彼女はお前と知り合っていたのか。成る程、運命とは、ふむ……」

そう、考え込んだセリ婆は、けれどもすぐに俺に向き直り、まっすぐに俺を見つめた。そして、一つため息を着くと、おいで、と右手で俺を呼ぶ。なんとか見えている床を辿り近づくと、近くにあった揺り椅子を指差した。座れという事だと理解し、かかっていた埃を払ってから座った。

「ルミはね、本当の名前はルミナリア。ルミナリア・リール・ヴァルティラン。この国の、王女だよ」

その言葉は、俺に驚きを与えるのにはあまりに適し過ぎていた。
思わず立ち上がった俺は、揺れて戻って来た椅子がぶつかり痛い思いをしながらも、呆然と立ち尽くす。

2年前 No.19

@reimei☆TFByO.hAqE8n ★iPad=vDNdBHTRdS

「そんな驚くことでも無いだろうさ。お前だって薄々は気づいていたはずだ」
「いや、でも、王女なんてさ。金持ちだとは、思ってたけど、そんな、俺、めっちゃ失礼なこと……」
「落ち着きな。とりあえず座りな」

俺はセリ婆の口調に落ち着きを取り戻し、ふう、と一つ溜息をついて揺り椅子に座る。
確かに、今は驚いている場合では無いのだ。あまりここに長くいたら、変な見返りを出されなね無い。ただでさえこの情報は高いだろうから、これ以上何かあったら、きっと俺の身は持たないだろう。

「あの子がここを訪ねて来た、おそらくお前に案内されて来た、あの日にはな。もう、既に戦争の話はあったんだ。王宮じゃ毎日のように議会が開かれてただろうね。インブライドに関してはずっと前から悩みの種だったからね。今年こうなったってのは、寧ろ予想よりか遅かっただろうよ。けれども、どうせ油断していたのだろうさ。あるいは、こうならないことを祈ってたんだろうさ。ま、そんな事、あたしにゃ分かりゃしないがね」

そう言って、ごそごそと机の下から何かを取り出した。それは、一枚の紙。とても白くて、ここからでも高そうな紙だと思ったし、実際そうだったのだろう。
そして、そこに書かれているであろう字を読みながらセリ婆は話を続けた。恐らくそこには、ルミとの取引について書かれているのだろう。これ程掃除のされていないように見える部屋ではあるが、それが偽りであることはここらの人間の中では常識だった。

「さて、そこで、だ。お前があの子の立場だったら、あたしに何を頼むかい?」
「俺、だったら。……戦争がどうなるのか。どうやったら、勝てるか、あるいはヴァルティランの被害を最小限にできるか、かな」
「まあ、普通なら、そうさね。まあ考え方なんていくらでもあるし、人によっちゃもっと別の何かを聞く奴もいるだろうさ。けれどね、あの子は違うことを頼んだ」

そして、セリ婆はこちらに紙を投げてよこした。けれども所詮は一枚の紙だから、それがどれ程高級だろうが、俺のところまでちゃんと届くはずが無い。ひらりひらりと不規則に舞い、俺の足元へと落ちた。俺はそれをそっと拾い、そこに書かれた綺麗な字を読む。これが、セリ婆の字なのだろうか、と思いながら。

「……え、……嘘だろ」
「いいや、それは紛れもなく真実だよ。……あの子はね」

そこで、わざとらしく言葉を区切った。
それでも俺は思わず息を呑み、セリ婆を見つめた。こちらを見つめ返す色の薄い青の瞳は、いつか見た空のような静けさだった。

「頼んだ情報を一ミリも隠さず出すこと。頼まれた時はすぐに王宮へと駆けつけ、現王の指示に従うこと」

2年前 No.20

@reimei☆TFByO.hAqE8n ★iPad=vDNdBHTRdS

「情報を出すこと、は分かるよ。セリ婆の情報網が凄いのなんて誰だって知ってるし。けど、頼まれた時はすぐに王宮に駆けつけ、ってどういうことだ?」
「単純な話さ。近くにいる方が良いこともある。すぐに知恵を貸すことだってできる。そのくらいは分かるだろう?」
「そうだけど。でも、なんでだ……」

俺が頭を抱えていると、それをじっと見ていたセリ婆は、けれどもすぐに小さく溜息をついて机の上にあった本を読み始めた。赤い表紙の、異国の字で書かれた本。ちょっと古そうだが、金色ので書かれた題名はとても鮮やかに輝いている。それは安っぽい輝きで無く、むしろ穏やかで威厳のあるものだった。そして、それを読むセリ婆がなんだかさみし気に見えたような気がして、俺は思わず考えるのを忘れ、それに見入ってしまった。
けれどもセリ婆はそんな俺には全く気付かず、読み進めている。

「……なあ、セリ婆。あの日セリ婆はルミに、何を言ったんだ?」
「人の読書は邪魔するものじゃ無い、ということを君は知るべきだと思うがね。……あの日は、そう、戦争の話だったな。あの子は賢い娘さ。戦争を逃れることはできないのか、と聞いて来た。それが無理ならば、どうしたら最小限にできるかと。そんなのあたしにだって分かりゃしないさ。強いて言うなら、ガキでも分かる様なことくらいしか言えやしないね。戦争なんて多くの人間が関わるものさ。人は時に予想とは全く別の行動を取るからね。どれ程完璧な計画に見えてもそれは結局机上の空論でしか無いのさ」
「で、なんて言ったんだよ」
「もし逃れられないのならば、国そのものから離れた場所でやるべきさ。そう……インブライドの中で、とか」

辛辣とも言える程の言い方で説明したセリ婆が出したその結論は、あまりに単純で、けれどもある意味では正論と言えた。たしかに、そうすれば国そのものへの被害は少ないだろう。勿論、戦士として戦争に身を投じる人々の命はほとんどが無くるだろうけれど、それでも被害は減るだろう。
しかも、インブライド国内で戦争をすれば、向こうの被害は明らかに大きい。けれどももし互いに被害を減らしたいのならば、インブライド国内でも人の住んでいない地域で戦争を行えれば、被害は最小限にすむかもしれない。本当は戦争自体が無いと一番良いのだけれど、今の時点でそれは無理だ。宣戦布告されたらしいから。

「ルミは、それに対しては、なんて?」
「議会で検討する、って言ってたね。まあ、あまり乗り気じゃ無かったようだが」
「そっ……か。うん、ルミなら、そう、かな」

ルミはインブライドの事も考えているのだろう。そもそもこの戦争が起こった原因は、インブライドの貧困のせいだ。だとしたら、ルミは向こうの国の状況に関してだって考え、できれば援助したいとさえ思っているだろう。けれどもおそらく今のヴァルティランじゃあそれも無理だと、議会か何かで決まったのだろう。それも、ルミには苦渋の決断だったのでは無いかと俺は思うけど。

「さてと、もう一つだけ教えてあげようか」

2年前 No.21

@reimei☆TFByO.hAqE8n ★iPad=vDNdBHTRdS

彼の話は、思った以上に貴重で、そして、尚且つ今の私にはとても大切なものだった。パパからの信頼もある彼からの励ましは心に響く。驚く程穏やかに語ってのけたその物語は、けれども決して穏やかでいられるものじゃ無かった。謎もあったし、けれども希望を見出すことは出来た。

「……ヨーガ、これから議会を開くの。来て頂戴」
「はい」

そう言って、口元だけで微笑む彼は、幼い頃から知る頼り甲斐のあるそれだった。
私は知ってる。彼がどれ程この国のために尽くして来たかを。そのために、自分自身の自由も、幸福でさえも投げ打ってきた彼の覚悟を。彼の皺の数は彼の知識の数。彼の衰えた体は、彼自身の経験の多さを表してる。そんな彼の言葉を何故信じないでいられるだろう。

「ねえ、今からでも過程を持ったらどう?」
「この年で嫁に来てくれる方などおりませんよ、姫」
「あら、ヨーガなら来てくれる人だっているわ。なんなら、私が探してあげる」

先程までとは全然違う会話をする。けれども、彼が家庭を持たないことには、前々から気にしていた。いざという時、誰かがいた方がいい。とても辛い時、嬉しい時、いろんな時に誰かが近くにいてくれることで、辛いことは半減する嬉しさは倍増するだろうから。
彼は確か、過去に一度結婚するかもしれないと言われたことがあった。けれどもその時は、相手に何かあっただかで破談になったらしい。まだその頃の私は幼すぎて、大人達が何言ってるかなんて理解できなかったし、シュウも曖昧に濁すだけで教えてくれなかったから。

「……姫は、どうですか。……誰か、いないのですか」
「私はそう、自由には決められないもの」
「そう、ですか。それは……あまりに残念です」

何が残念だというのだろう。
けれども、それに関して考えているうちに、議会室へとついてしまう。結局、何が、というのは聞かないまま、私達はそれぞれ席に着いた。まだ、来ていない人は何人もいる。私は、皆にどう話そうか考えながら待つことにした。
明日武器を配り、明後日には此方から戦争を仕掛けることになる。向こうも戦争の準備をして居るだろうから奇襲ということにはならないだろうけれど、それでも其れなりに此方が有利な状態で始まるはずだ。
出来ることなら、此方が有利なまま、向こうに降伏させるかしたい。そうすれば戦争も終わるし、他国へとインブライドへの援助を頼む余裕もできるだろう。今からでもその準備をするべきかもしれない。それに関しては、商人か誰かに頼むべきかもしれない。それの手配も誰か、議員に頼むべきか。
ある程度考えがまとまったところで、席の半分以上が埋まっていた。けれども、まだ1時間くらいかかる人も居るだろう。私は机に突っ伏して、幼い頃のことを思い出すことにした。

2年前 No.22

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「ママっ」
「こら、ルミ。だめだよ、静かにしてなきゃ」

シュウに窘められ、私は口を尖らせる。けれども彼が正しいことなど、今年6歳になる私はちゃんと分かってる。だから私は大声を出さない様に気を付けてママのベッドに近づく。でも、約3ヶ月ぶりの母だ。あんまり沢山は会えないからすごく嬉しいし、ちょっと声を出したりしちゃったって仕方無い。

「……ルミ」
「ママ。今日は体調いいの?」
「ええ……いつもよりは。悪く無い位には、って感じかしらね。……あら、その花は?」
「これ? ……そうそう、さっきね、摘んで来たの。可愛いでしょう。綺麗なピンク色。ガーベラって言うんだって。後で花瓶に入れとくね」
「綺麗ね、ありがとう、ルミ」

えへへ、とママに頭を撫でられて喜んでいると、ママの視線はシュウへと移った。シュウは穏やかな表情でママを見ていて、それはどこか誇らしげにも見えた。ママもシュウに感謝している、と言わんばかりに優しく抱きしめて、ポンポン、と背中を軽く撫でた。
私はそんな2人を見て、なんだか嬉しくなった。きっと、私が2人を大好きだから。今年で、23になるシュウ。どうやらもう婚約もしているんだって。前に会ったけれど、とっても優しくて笑顔の綺麗な人。ちょっとママに似ていて、私も凄く好きになった。さすがシュウ素敵な人を見つけたんだね、って言ったら、シュウは照れていたけれど。でも本当に幸せそうだった。あと何ヶ月かで結婚もするって言ってた。

『姫、お時間です。そろそろ……』
「えー」
「ほら、ルミ。行こう」
「まだ花を飾ってないのに」
「それは他の人に頼んで。早く行こう」

穏やかにシュウに言われたら、抗うことはできない。今までお世話になったのもあるし、怒ったら怖いのもある。まだ怒ってないうちに従わないと。私は仕方なく、先程時間を告げた扉の外にいた女の人に渡し、シュウと手を繋いで部屋へと戻る。私の部屋は綺麗に片付いているけど、それはシュウが一緒に片付けてくれているから。

「ねー、シュウー。何して遊ぶのー?」
「それは部屋に帰ってから考えよう」
「なんで? 歩きながらでも考えれるよ。……あっ、街に行こうよ」
「駄目です。……でも、まあ、庭までなら」
「うんっ」

そう言って隣で微笑むシュウは、とてもかっこよくて、そしてなんだかとても強そうに見える。生まれてからずっと彼が隣にいて、実のところママよりもずっと仲が良い。けれどもそのうち彼は家庭を持ち、暫くすれば私の立場も変わって、隣には誰もいなくなるのだろう。
この年でそれが分かるのも、なんだか微妙な気分になるものだと、私は思った。

2年前 No.23

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庭に出て深呼吸すると、肺に澄んだ空気が入ってきた。ちょっと冷たい、けれども不思議な温かみのある空気。だから私は外が好きなのだ。庭の空気はこの国のどの場所よりも、きっと神殿なんかよりずっと綺麗だろうし、街に降りれば人の騒がしさと温もりの感じられるものとなる。
思わず私は裸足になり、刈り揃えられた芝生の上を走っていた。淡いピンク色のワンピース。裾の方に薄茶のラインの入ったこのワンピースはママが去年誕生日にくれた、ママの手作りだからお気に入り。いつかは大きさが合わなくなって着られなくなるかもしれないけれど、お気に入りだってことは変わらない。

「こら、ルミ、転ぶなよ」

と、ゆっくりと歩いているシュウはけれど、優しげな瞳で見守ってくれているのだろう。
広い広い芝生の横にある庭の花々は色取り取りで、それぞれが主張し過ぎず、けれども愛らしかったり、綺麗だったりしていて私はそのどれもが好きだと思う。さっきママにあげたのだって、この中に咲いている中でも特に虫がついたりしていなくて綺麗なものを選んだものだ。

「ねえシュウ! 一緒に走らないの?……楽しいよ!!」
「いや、いいよ。ルミも、ほどほどにね」
「分かってるってば。……おわぁっ」

と、そこで右足首がクキッとなって転んでしまう。ベシャッ、という音でもしそうなくらいに綺麗な転び方をしたと思う。けれどもどうやら右足首は大丈夫な様だ。ちょっと不安だったけど、すぐに痛みは引いた。シュウが名前を呼びながら駆け寄ってくるのが分かる。
私は起き上がらずに、くるりと仰向けになり空を見上げた。
どこまでも果てし無く青い空。よく、物語の中ではそういう文章がよく使われるらしい。人によっては使い古しの文章だと嘲った人もいた。でも私はそうは思わない。それどころか、この綺麗な青い空をよく表した素敵な言葉だとすら思えるのだ。

「大丈夫ですか」
「あ〜! また敬語になってる。直ったと思ってたのにね」
「あ、ごめん。……で、大丈夫?」
「うん元気元気」

そう言いながら私は起き上がる。少し後ろの方に両手をついて、空を見上げつつため息をついた。隣では膝を抱えたシュウがこちらを見ているのが分かる。

「ねえ、シュウ。晴れた日の空ってどうしてこんなに綺麗なんでしょうね。サファイアかラピスラズリか、それともトルコ石かを砕いて嵌め込んだような色をしているの。青いガラスでもいい。とにかく透明な、けれども不思議と濁りのあるあの色。人の心を惹きつける、そんな色ね」

いつまでも、お婆さんになるまで、こんな綺麗なものを見続けられるなら、それはきっと幸せなのだろうと思う。

2年前 No.24

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「ええーーーーー!! ママにあえないの? なんで?」
「最近は前よりももっと調子が悪いらしくて。話したりするのも辛いらしい」
「そ……っかぁ」

私は俯き、そしてため息をついた。
ママはもともと体の弱い人だったと言うけれど、私を産んでから特に酷いのだと聞いている。もしかしたら、調子が悪くて死んでしまったのなら、それはきっと私のせいなのだと前から罪悪感があった。勿論そんなことを口にすればシュウや誰かに「そんなことを言うな」と怒られるか馬鹿にされるかだから言わないけれど。
私がそれ以上なにも言わないから不安になったのだろう。シュウが「ルミ?」と声をかけてくる。

「うん、分かった。それなら、仕方ないもの。……我慢する」

王族は、生まれながらに責任を背負ってる。ずっと前、パパが教えてくれた。今は仕事が忙しくて滅多に会えないけれど、小さい頃は何回か遊んでくれたりもした。勉強中に急に部屋に入って来て誕生日プレゼントをくれたことだってある。それを教えてくれたのは確か夜だった。寝ようとベッドに入った時、パパが部屋に入って来たのだ。たまには子守唄でも聞かせてやろう、と。決してパパは歌がうまいとは言えなかったけれど、それでも嬉しかった。低い声で、小さく小さく歌うその声は今でも覚えてる。そして、歌い終わると、静かに私に言ったのだ。

『王族は、生まれながらに責任を背負っている。国、と言う名の責任だ。民を守り、民の声を聴き、民に最善を尽くすのが、王族として生まれた者の運命なんだ。……今はそれが分からなくても、いつかは分かる日がくる。だから、この言葉を忘れないでいてくれ』

そう言ったパパは、私がそれまで見た中で一番真剣で優しい目をしてた。それが今でも忘れずにいられる理由なのでは無いかと思う。その頃からパパと会うことは減ったのだけど。

「ルミ、君は……生きる、ってなんだと思う?」
「え?」

唐突な質問だった。我慢するのだと宣言した私に、シュウはちょっと辛そうな瞳をした後、静かな口調でそう聞いて来た。

「生きるって、何かを犠牲にすることだと思ってたんだ」
「そうなの?」
「いや、分からない。けど、今まではそう思ってた」

そう言ったシュウは、窓から外を眺めた。今日の空は真っ青で、私の大好きな、空。けれど、シュウはその空を見てはいないような気がした。もっと別の何かを、空に見ているような。なんだか、淋しそうにも見えた。

「けど、最近はこうも思うんだ。……何かを見つけることなんじゃ無いかな、って」
「見つける……」
「そう。そうして自分なりに見つけた何かが、人生を象徴するものになるんじゃ無いかって。見つけることでなにかしらの答えを見つけられるんじゃ無いかって、そう思うんだ」
「答え……なんの?」
「さぁ、わからない。自分でもよく、分からないけど」

なんだかシュウは晴れやかな顔をしていて、もしかしたら今もう既にシュウはなにかを見つけ始めたんじゃないか。そんな風に感じさせる、どこまでも澄み切った表情だった。

2年前 No.25

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ずるい、と思った記憶がある。シュウ一人だけ、答えを見つけるなんて。幼かったから、心の底からそう思ったのだ。それがちょっと外れていることは今ではちゃんと分かっているのだけど。
ふと顔を上げて、議会室を見回した。
今だに私は答えを見つけてはいないけれど、それでも大切なものは見つかった。それは、答えを見つけるよりも何よりも重要なことだと、そして人生のうちで一番素敵で素晴らしいことだと思えるから、私は今はそれでいいやと考えている。それに、今はそんな事よりも、やらなくてはならないことが多すぎるから。

「まだ揃ってはいないわね。……一人、足りないけれど……仕方ないわ、始めましょう。急いでいるの」

揃った議員達は、皆一様にその顔に懐疑と不安ともう一つ何かの感情を浮かべていた。それは期待であったり、苛立ちであったり様々だったが、けれども私の言葉を聞く気があるのなら、彼らがどう思っていようとどうでも良かった。
今来ていないのは、今年48になるジュライ、という男。誰よりも仕事熱心で、人々からの信頼も人一倍厚いそんな人。けれども彼の家はここからは遠い。来るのにはまだもう少しかかるだろうから、待っているよりも話を始めた方がいいだろう。
私は一度深呼吸をし、ヨーガの方を見る。彼は私の視線に気づき小さく頷いてくれた。微笑みこそ浮かべなかったものの、そんな仕草が彼らしいと私はなんだか背筋の伸びる様な、落ち着いた様な、そんな気分になった。

「今日、緊急で集まってもらったのには、とても大切な理由があるわ」

この国は今、また新たな分岐点に立っているのだと私は彼らに言う。そんなこと、この場の誰もが分かっていることだったけど、それでももう一度それを繰り返すのは、そうすることで私自身がそれを再確認するためでもあった。

「国民に、王がもういないことを、伝えようと思うの」

その瞬間、ざわめきが波の様に部屋の中に満ちた。
口々に話しているのが私の耳にも聞こえた。彼らは戸惑い、そして私の言葉を、頭を、疑っていることだろう。けれども私は正気だし、真剣だし、またこの話は絶対に納得させなければ、と思っていた。

「この国はこれから起こる戦争できっと過敏になっている。いつ王がいないことがばれてもおかしくない。それをずっと隠していたことで、国内が分裂でもしたらどうするの。それでは勝てるものも勝てなくなる。とにかく国内での信用を確かなものにし、そして団結することこそが大切なことでしょう。今もう既に、王が人前に出ないことを疑問に思っている人がいると私は聞いたわ。いつそれを問われ、答えなければならない日が来るか分からない。ならば、問われる前に答えを出す方が誠実ではないか、そう私は思うの」

勿論それは、危険なことではある。もしかしたら、隠し通すことだって出来るのかもしれないから。
それでもそうすることで何らかの変化が、良い方向へと進めばいいと心の底から思っている。
この考えが、思いが、彼らに伝わればいいのだけど。

2年前 No.26

@reimei☆TFByO.hAqE8n ★iPad=vDNdBHTRdS

「しかし姫君よ。貴女はそうする事で、悪い方向に進むとは思わないのですか。これまでずっと隠して来たことを国民がそう簡単に許すとは思えない」
「分かっています。けれど、だからこそです。私達は国民にそれをまずは謝らなくてはならない。そのための機会をこちらから作るのです。向こうからそれを問われたのでは遅いのです」
「今それをする必要がありますか。もう少し経ってからでは駄目なのですか」
「誠実さを示すなら、早い方が良いはずです。どんな時でも、謝るのが早い方がいい、それは友達同士での喧嘩であっても国同士の喧嘩であっても変わらない。国の長が国の民にするのだって、違いは無いはずです」

議員の言葉に私がそうやって言葉を返していると、再びざわめきが起こった。それらに耳を傾けると、様々な言葉が聞こえて来る。「だからって……」「そんな危険な真似……」「そもそも誰がその役目を……」それらは想像通りというか、想定内だった。私が彼らの立場なら間違いなくそう思う言葉達。

「静かにして頂戴」

私の低い声に、その場が静まり返るのが分かる。思ったよりも響いたその声に自分で驚きつつ、昔聞いたことのある驚くほどの威厳を持った父の声を思い出す。決して似たような声では無いし、まだまだ未熟なちょっと震えたような声だったけれど、それでも響く様になったのは少しか王としての素質が出て来たことだろうかと思う。

「民の前では、私が話しましょう。私が、王族として謝罪し、全てを民に伝えましょう。それが私の果たすべき最初の使命だと思うのです」

それは本心からの言葉だった。
ずっとずっと前から思っていたことだった。
謝罪というのは小さい頃から心に背負った十字架を少しでも軽くするために、ずっとしたいと思っていて出来なかったことだった。そうする事で、私を産んだせいで体調を崩した母への、父の期待に添えなかっただろうことへの、罪悪感を消したかったけれど。けれどそれらは全て、自分自身を否定するものだから。心の中に閉じ込めて、何も出来なかったことだった。
けれどダイルに会って、それも変わった。言いたいことは言いたいし、伝えなきゃいけない事は口にしなかったら意味が無いのだと知ったから。

「何かあった時……全てが悪い方向へ進んだ時の責任は勿論、私が取ります」

反論する方はいますか、と聞けば、まだ何か言いたそうな表情をしている人がほとんどだが、それでも私の考えは変わらないのだと悟った様だった。ふと再びヨーガの方を見れば、やや満足げな表情をしている気がして、私はなんだか誇らしい様な、今なら父にも「大丈夫だ」と言える様な、そんな気分になった。



2年前 No.27

@reimei☆TFByO.hAqE8n ★iPad=vDNdBHTRdS

翌日、王宮へと再び行った俺は、説明やら部気配りのために出て来たのが、昨日の男では無いのに気づき、そしてそれがルミであることに気づき、隣にいるキリヤと共に言葉を失った。昨日ルミが王女であることを知ったばかりで、王宮から彼女が出て来ても驚くことでは無いが、このタイミングで出て来るとは思わなかった。

「あれ、お前と会ってた女の子だよな」
「間違いなくルミだな……。あいつ、王女らしいんだ」
「お前、王女と知り合いだったのかよ!? いつからそれ知ってたよ」
「昨日セリ婆に聞いたんだ」

キリヤは再び言葉を失う。今まで知らなかったのかよ、という呟きが聞こえて来る。仕方ないだろ、向こうも言わなかったし此方も聞かなかったんだから。そう思うが口にはせず、ルミの方を見た。彼女は用意された台の上に立ち、俺らを……民衆を見渡した。その瞳は王者のそれで、その威厳は本当にその小柄な体から発せられているのかと思う程凄いものだった。思わず緊張して、息するのさえ躊躇われる程だった。あんなルミ、見たことない。やはり、生まれが違えばこうも雰囲気が違うものなのか、と深く考えてしまう程だ。
場が静まるのを待ち、彼女は口を開く。

「今日は、皆さんに伝えなければならないことを伝えるために。そのために私がここに立っています。……どうか私の話が終わるまで、なにも言わず、聞かず、聴いていてください」

鈴の音とは違う、けれども確かに響く声。強くしなやかな、若干の幼さすら感じさせない様な、その声。それは僅かなざわめきの残っていたその場を完全に静まり返らせるのに足るもので、俺は驚きを隠せなかった。
今、ここに集っている男達全員がたった一人の少女の言葉に耳を傾けている。それはどれ程のことなのだろう。今まで人前に姿を表さなかった、王女の。

「私は、この国の王、レグラの娘、ルミナリア。……そして、この国の新しい国王となるもの」

ざわめきが、再び起こった。それは、怒りや不安ではなく、単純な、純粋な、戸惑いだった。

「レグラは、父は、数年前ある事情から他界しています。……その事情は、話せませんが……これまでその事実を隠してきたこと、心の底から、お詫び申し上げます」

しっかりしたその声。意思のある、その声は、彼女の感情を、謝罪を、葛藤を、ちゃんとこの場の全員に伝えることの出来るものだった。俺はその声を、言葉を聞きながら、昨日のセリ婆との会話を思い出していた。

2年前 No.28

@reimei☆TFByO.hAqE8n ★iPad=vDNdBHTRdS

『あの子の父レグラは、5年程前に亡くなっている。場合によっては近いうちにその事が国内に知れ渡るだろう。但しその原因については暫くなにも教えてはくれないはずだ』
『……亡くなってる?……レグラ王が?……………何故』
『王は、戦争が始まる前から既にインブライドの飢饉に悩みを抱いていた。彼は慈悲深く、また判断力のある人物だった。それ故に彼はインブライドへの支援を考えた。しかし、その頃からヴァルティランも不作の年があったりと、支援がなかなか難しくなってしまった。そんな中、戦争が始まったちょうどその日、王は亡くなった。寝ている間に何者かに殺されたらしい。それを見つけたのは、現在一番若い議員のシュウ・リダイル。彼は先代のクロウ・リダイルの一人息子で、王女からの信頼が一番厚い議員ともされている』
『殺されたって………………だから城の奴らは俺らに教えないのかよ』
『だろうね。考えてもご覧よ。城の寝室で寝ている王を殺せるのは、城に出入りできる人間のみだ。普段、城に出入りしている人間が反逆者だと、人殺しだと知れば、国民の混乱は避けられんだろうよ』

何故そのことをわざわざセリ婆が教えてくれたのかは分からない。気まぐれだったのかもしれないが、聞いていないことを教えてくれるのなんて前代未聞と言っていいだろう。その上昨日のセリ婆は、情報に対する代価をツケにしていいとまで言ってくれた。
けれどもそのおかげで、色々と知ることも、考えることもできたのは事実だし、今の所俺には得しか無いのだから良いことにしよう。

「それらのことが現在、一部で話題になっていることも知っています。そしてそのせいで、不安なども持っていることを」

そしてそこで、勿体ぶるわけでは無く、ただ息をつくために言葉を切り、それまでよりも強く、全てを包み込む程の優しささえ湛えたその声で、言い切った。

「安心して、とは言いません。この状況下で、恐れない方が難しいから。……けれど、どうか、私達のことを信用して欲しいのです」

強く強くそう言った彼女は、ゆっくりと俺らを見渡した。そしてその一瞬、俺をみた彼女の目が見開かれた様に見えた気がした。もしかしたらそうであればいいなと、この大衆の中からたった1人の俺を見つけてくれたらいいなと、そういう願望からそう思ったのかもしれないが。

「では、ここからはリダイル議員からの話と、武器配りが行われます。……話を聞いてくださり、ありがとうございました」

そう深々と頭を下げるルミは、その背に大きな責任を負っているのだろうと今更ながらに思う。不意に自分が情けない様な、不思議な無力感に襲われた。守りたいけど守れない、そんなものもあるのだろうか。もしあるのならばそれはあまりに悲しいことだと思う。

「……なあ、ダイル……レグラ王が亡くなってたって……」
「ああ」
「なんで驚いてないんだよ」
「驚き過ぎてこれなんだよ」

適当にキリヤと話しながら台の上に立った議員の話に耳を傾ける。

2年前 No.29

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やがて話が終わり、武器を配られ始めた。城から出て来た大勢の使用人らしき人々が出て来て、机やらを準備しその上に大量の武器を置いた。置かれているのは剣と銃。けれど、ここからじゃ良くは見えないが、どうやら圧倒的に銃は少ない様だ。おそらく銃は限られた一部の人間……つまりは、それなりの成果を期待出来る者に配られるのだろう。

「レグラ王が亡くなってるってことは、これまでずっと、王ではなく王女が政治を行っていたのか?」
「そうかもしれないな。でもまあ、議会があるだろうし、議員は変わってないだろうから、その人々がルミを支えてくれてたんじゃ無いかな」
「そっか……そうだよな。……っていうか、本当にお前驚いてねぇな」
「いや、驚いてるって」
「何処がだよ、さっきから冷静に……って、あれ?」
「どうした」
「王女がもういなくなっちゃった。何処に行ったんだろうな」

たしかに、先程までいたところにはもう既にいなかった。何処に消えたのだろう、と考えるが、恐らくは城に戻ったのだろうと思う。彼女だって暇じゃあ無いはずだ。寧ろ、こんな状況であれば忙しいのが当然。彼女がそれで体調を崩さないといいけど、とも思うが、流石にそれは心配のしすぎだろうか。こうしてずっと会えないで居ると、凄く寂しいような、物足りないような、そんな思いに駆られる。やはり、ルミがいるのに慣れ過ぎていたのだろうか。
一生会えないのでは無いかと不安になる。けれど、彼女とは約束があるから大丈夫だ、とも思う。必ず全てが終わったらあの場所で逢える。そんな気がしているから。

「さって、俺らも並ぶぞ」
「だな」

列になっている男たちの後ろに並び、武器を配られるのを待つ。その間にキリヤと他愛の無い話でもしていようか。そうすれば少しの間くらいはこういう嫌なことだって忘れられるかもしれない。どうせ、そのうち嫌でも忘れられなくなるから。嫌でもそれしか考えなくちゃいけなくなる。命だけのやりとりが始まれば、そんな話すらする暇が無いかもしれない。経験が無いからこそ怖いし、その不安を紛らわすためにも、今はいつも通りにしていたかった。

2年前 No.30

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「これで、どうなるかしらね」

広場での騒ぎは無いようだったが、これからどうなるかは分から無い。彼らはきっと彼らの家で家族に話すだろう。王がもう亡くなっていることを。それをずっと黙っていたことを。私は様々な未来を想像し、恐怖と不安とそれから安堵の混ざった、自分でもよく分から無い感情に苛々する。

「姫」
「シュウ。どうかした?」
「セリ様から、手紙が」

廊下のど真ん中で差し出されたその封筒は、とても綺麗な藍色だった。中の便箋はそれに対して白く、真っ黒で綺麗な字が目に映った。驚くほど整った、知性の品の感じられる字。あの容姿からはおよそ想像出来無いとまで言えるほどの美しさで、思わず私は息を飲んだ。
そして、その内容でもまた驚く。

「…………………………………え?」
「どうしました」
「シュウ……どうしましょう。ダイルが……」
「ダイルさんが、どうされました?」
「……………………セリさんから、色々聞いたらしいの。王のことや、私がセリさんに頼んだことを。そして、城にスパイがいるかもしれないことを」
「…………そう、ですか」

それらは、彼にどんな感情を与えただろう。私はそう思いながら、けれども彼が知ってしまったことに何故だか安堵してしまう。本当に何故だか分から無いけれども、もしかしたら、私は彼に隠し事をしたくなかったのかもしれ無い。けれど、勝手にセリさんがバラしてしまうなんて、と思う。軽率な人ではないから、なんらかの理由あってのことだろうとは思うのだけど。


2年前 No.31

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「こんなに早くとは思わなかったけれど……セリさんを呼びましょう」
「セリ様を、ですか。……今すぐですか?」
「ええ。お願い。馬車か何かを用意して頂戴。セリさんをあまり歩かせない方が良いです。あの方は今年でいくつになるのかしら……とても高齢な方だから」

長く生きた人は、それだけ大切に、丁重に、相手をしなければならない。そう接することが何よりも大事な礼儀だ。それは勿論この国だけの話ではないだろう。

「分かりました。……姫は、どうしますか」
「私は、城下町の方へ行きます。セリさんもそうだけれど、今、話したい相手がいるから。……私が帰って来る前にセリさんが着いたら、ちゃんともてなしてあげて頂戴」
「分かりました」

わずかに微笑み、シュウは去った。その笑みは、どこか自分より幼い家族を見守る様な、そんな温かいものだった。それはきっと、彼が私を育てたからだろう。きっと彼は、私のことを妹の様に思っているのだろう。ちょっとばかり年の離れた兄妹、といった所だろうか。私自身彼を兄の様に思っていた、いや、現在進行形でそう思っている。でももし本当に血の繋がった兄妹であったならば、私は彼の娘にとって叔母に当たるのだな、と思うとちょっと悲しくなる。

「さて、私も、そろそろ行きましょうか」

行く先はある商人の家。最近は力を伸ばしつつあって、国王がなくなっていることを最初に噂し始めたのもこの商人だった。姿は見たことがないが、声は知っている。父と話しているのを聞いたことがある。仕事の話だったのもあってその時はとても厳しい声音だったが、決して冷たいものではなかった。力を伸ばしつつあるのだって、賢い証拠だろう。もしもその人が私達に手を貸してくれれば、この国が勝つ上で、この国を守る上で、間違いなく効率は上がるだろう。そのことを考えれば、その人と話すのは悪いことじゃない。

「……地図って、何処にあったかしら……」

まずは、部屋に戻って地図を持ってこなければ。商人の屋敷には着けそうにない。

2年前 No.32

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やっと着いた屋敷の前には、門番がついていた。もともと雇われている人なのか、それとも戦争が始まるから安全面を考えて雇ったのか。その辺はいまいち分からないが、とりあえずその人が中へと案内してくれた。彼は今年で49になるらしい。若干白いものが混じり始めている髪だけれど、それでも力強さというか、逞しさの様なものを彼から感じられた。心が若いのかな、なんて思ったりする。
そして通された応接室。そこで暫く待てと言われ、商人の娘と話すことになった。どうやら同い年らしく、賢そうなその瞳が特徴的だった。成る程彼女は政治の話ができそうだ、もしかしたら商談を此方にさりげなく向けてくるかもしれない、なんて思いながら。でも、普通の話もできたらいいな、何て思う。普通の女の子らしい、会話。

「じゃあ、カンラさんは将来、お父様の仕事を継ぐつもりなの?」
「一応は。ここまで有名になって、父が死んだらそれでおしまい、だなんて。そんなの馬鹿らしすぎるでしょう? 私はこの家を継いで、あるいは継ぐ前でも、戦争で弱ってしまうだろうこの国に力を与えたい。それが今の私の夢」
「素敵な夢ね。……もし貴女がこの家を継いだ時は、手助けをさせて頂戴」
「それは助かるわ。……それにしても、貴女も今は大変なんでしょう?……ルミナリア姫」

どこか労わる様な、そんな声音で話す彼女は、けれどもその瞳は甘えを許さない様な強さがあった。それは彼女がこの国のことを、国民のことを大切に思っていることの表れなのだろうと思うと、やはり早めにインブライドへの支援をしておけばこの国もこうはならなかったかもしれない、なんて今更ながらに思ってしまう。遅いのに、ってことは重々承知だけど。
きっと彼女もこの国を救いたいのだろう。それが驚く程まっすぐに伝わってくる。

「……カンラさん。貴女のお父様は、まだ、仕事が長引くかしら」
「おそらくは。他国との商談で、色々大変みたいだったし……」
「じゃあ、貴女に依頼するわ。ここからは本当の、頼み事」

スッと、カンラさんの目が細まる。それまでは優しげにも見えたその顔立ちが、急に鋭く、下手に触れば怪我をしてしまう、扱い方を間違えば命すら危ない様に感じられた。

「なんでしょう?」
「武器の調達と、食糧、その他にも兵士達に必要なものを、ありったけ用意して欲しいの。そのための資金は此方から出します。他国から、出来るだけ多く、できれば出来るだけ安く、仕入れて欲しい」
「………………それは、つまり」
「この国には、武器があまりにも少ない。それに、インブライド程でないにしろ、あまり食料もなくて、最近じゃあみんな1日2食だし、暮らしだって身分によってはかなり質素になっているでしょう。これ以上国民に我慢を、無理をさせる訳にはいかない。そんなこと、私にはできない。だから、他の国から」
「………………わかりました。父に、言ってみましょう。………というか」
「なにかしら」
「もう、その作業を始めているかもしれないです」

私は出された紅茶を一口飲み、その香りの良さ、美味しさに和みながら、彼女に首を傾げて問いかける。彼女はちょっと困った様な、いまいちよく分からない様な、とても曖昧な表情をして告げる。

「さっき、他国との商談を進めていると、言ったでしょう?……ちゃんとしたことは聞いていないけれど、おそらくそれは何かしらの物資を仕入れようとしているのではないかと思うの」

2年前 No.33

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剣が配られ、俺はその重さになんだか不思議な思いがした。よく分からない感情。まるで自分が自分で無いかの様な奇妙な感覚。気持ち悪ささえ感じる程だった。けれども、そんなことを考えている余裕は、感じている余裕は、これっぽっちもなかった。すぐに避けなきゃ後ろの人が押して来てるし、キリヤも俺を呼んでるし。急いでそっちに向かって歩き始めると、キリヤに怒鳴られる。

「お前、なんですぐに避けなかったんだよ」
「ごめん。ちょっと、ボーッとしてた」
「だろうな。じゃなきゃあんなことしねーだろ。ほら、行くぞ」
「ああ」

俺はいまだボーッとした様な気分で歩く。手の中にあるこの剣が不思議な重さを放っている。その重さはきっと、その剣だけのものじゃあない。それがこれから手にかける命なんかも、それに今から質量をプラスしている様な、そんな気がした。そんなわけはない、これは数ある剣の中の、ごくありふれた、その他の誰が持っているのと何ら変わりはないものだから。

「なあキリヤ。お前はさ、どう思う。……この、戦争を」
「どうって。俺らにはどうしようも無いものだよな。戦いたい戦いたくない、そんなの関係なしに戦わなくちゃならねぇ。けどさ、それは諦めてるよ。この時代に生まれた俺が悪いな、多分」
「……そうだな」

俺はそう呟く。キリヤは、そう考えていたのか。そうやって、諦めていたのか。抗うことすら諦めることを、彼は覚えたのか。そう思うと、良かったのか悪かったのか分からない、無性にイライラする、そんな気がした。諦めは時に人を救うと言う。けれども、時に人を滅ぼすとも言う。この場合はどちらが正しいのだろう。俺には分からない。いつかはわかる日が来るだろうか、分かればいいなとは思う。

「帰ったらさあ、俺、今日のうちに親孝行するわ。開戦はいつだっけ?」
「さあな。いつだったっけな。けど……すぐだろ」
「だろうな。……じゃ、また、な」
「ああ、また」

そう言って、途中から分かれる道のど真ん中で手を軽く振った。

2年前 No.34

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「ただいま」

そう言って玄関で靴を脱いでいると、リビングの方からボソボソと父さんの話している声が聞こえた。もともとお喋りではない父さんだが、声が低いのも手伝って、普通に喋っている時でもあまり聞き取れず、周りから父の意見は無視されることがしばしばだ。それが独り言になるともう、なにを言っているかなんて分からない。異世界の言葉じゃないかと思うくらいだ。けれど、それすらも聞き取る母さんは凄いなと思う。俺でさえ父さんの独り言は聞き取れないのに。

「ああ、おかえり」
「……お前も剣を貰ってきたのか」

リビングに入ると、それぞれからそれぞれの出迎えの言葉をもらう。いつもにこやかな母と、いつも無表情な父は凄く面白い組み合わせだなと常日頃から思っているけれど、こうして見ると凸凹コンビ、という喩えが合う様な気さえするからもっとすごい。
お前も、と言っているあたり、ついさっき父さんも剣を貰ってきたのだろう。まあそりゃあ、徴兵令が出ているのだから当然か。俺はそう合点し僅かに笑ってしまう。父さんはそんな俺を見て不思議そうな顔をしたがすぐに無表情に戻り話を続ける。

「今、戦争について母さんと話していた」
「そうなのよ。あのね、ダイル。この戦争であんたがどうなるかなんて分からないんだから、今のうちに言わなきゃいけないこともあるでしょう?」
「……うん」
「とりあえず、父さんから話して頂戴よ。私はまだ家の仕事しなきゃいけないし。午前中に終わらせたいの」

そう言って、母さんはすぐに立ち上がりスタスタと台所の方へと歩いてゆく。その行動の早さたるや、息子である俺でさえ凄いなと思う程だ。どこの家の母親もこんなハキハキとした元気のある人なのだろうか。
そしてリビングに残ったのは俺と父さん。素早い母さんに比べ、口調からゆっくりした父さんは山みたいだ。だとしたら母さんは風か、何て思いつつ父さんの向かい側に座る。色が褪せ、薄っぺらくなっている絨毯の上に胡坐をかく父さんは凄く威厳を感じるが、あまり柔らかいとは言えない、近所の何処かの家から貰った薄汚れたソファに座る俺は猫背にもなっているし、随分と弱々しく見えるだろう。

「で、話って?」

2年前 No.35

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「お前が、戦争時にどの場所でどのように戦うのか、だ」
「ああ、うん」
「どうやら国の方針じゃあ、若い奴は後陣に回るらしい。先陣切って進むのは、もっぱら俺らみたいな中年世代」
「うん」
「だとすると、俺はお前よりも死ぬ確率が高い。寧ろ、死ぬこと前提で戦うことになる。けれどもお前はうまくいけば生き残れるだろう」

ボソボソとした、けれども確かなその口調で語られる言葉は、意外にもすんなり耳に入る。ときどき相槌を打ちながら聞いていたが、途中からそれもやめて、それまでよりも真剣に聞く気になる。父さんはムスッとしたような無表情だったが、いつもよりは感情がこもっていると言うか、優しく言い聞かせるような雰囲気を出していて、俺は少なからずそのことに驚いた。

「最悪俺が死んだ時は、お前がこの家を継ぐことになるだろう。そうなれば、お前は子守じゃなくて、キリヤ君達なんかと同じ仕事、あるいは、それよりももっと大変な仕事を割り当てられるかもしれない。そうなったらな、俺は別にお前のことなんか心配はしてないが、母さんが心配なんだ。あいつは、結構肝が据わってて、戦争に対してだってぶちぶち文句を言えるくらいだが、その分いろんな事を我慢しちまうから、お前、そん時は気にしてやってくれ」

結局は、母さんの心配なんだな、と俺は何と無く安心する。もともと仲の良い家族なのだ、うちは。ほとんど喧嘩という喧嘩もないし、俺だって今の所反抗期は来ていない。でも、もしかしたら俺の知らない所で両親は冷めてるんじゃないか、とか不安になることもあったから、こうしてはっきりと冷めてないことが分かると安心するし嬉しいものだ。
よく見ると、父さんの耳が僅かに赤い。ああ、照れてるんだな、と思うと俺はなんだか父さんをいつもよりも、それどころか今までで一番身近に感じた。

「俺の話はこれだけだ。母さんからも話があるらしいからな」

そう言って父さんは立ち上がり、ミーシャ、と母さんを呼んだ。そして俺の方をちらりと見て一つ頷くと、自室の方へと去って行った。
そんな父さんと丁度のタイミングですれ違うように入ってきた母さんは、食器洗いでもしてたのか、ハンカチで手を拭きながら俺に近寄り、先程父さんが座っていた所よりも少しだけ俺に近い所に正座した。

「私が話すのは、ダイルが生まれる前の話よ。凄く、大事な話だから……よくきいて」

その話は俺の予想を遥かに越えて驚くべき内容だった。そもそも、俺の予想というのも大したことなかったのだけど。だからって、そんなことがあったなど、俺は今まで一度も聞いたことがなかった。

2年前 No.36

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「あんたが生まれる何年前だかね。でも……リダイル様が生きてらっしゃった頃だから、もう、ずっと前の話ね。……リダイル議員ってわかる? 今の若い議員がいるでしょ、あの人のお父様で、民からも王からも信用と信頼のあった議員だった。あの人は滅多にこの辺には来なかったけれど、一度だけ、私と父さんは会ったことがあるんだよ。しかも、ほんの少しではあったけれど、言葉も交わしたのさ」

どうだ、凄いだろう、と胸を張る母さんだけど、そもそもそのリダイル議員がどの様な人かわからないから答えようがない。凄いことなのだろうな、とは頭では理解はするが、あまり実感が無いのが事実だ。パズルをする時だってピースが一つでも欠ければ、残りの全てをはめ込んだ時に絵は浮かび上がるけれども完全に完成することはない。いまいちすっきりしない完成になってしまうだろう。それとおなじで、リダイル議員に関する知識が皆無の俺にそんなことを話されてもすっきり、はっきり「凄い」と思えるかと言えば、そうはいかないのは明らかだ。

「……反応がいまいちだけど、まあいいわ。とりあえず、話は聞いてよ?」
「聞いてるって」
「はいはい。……なんでその方と話したか、って言ったらさ。強盗がね、出たからなのよ」

母さん曰く。
その頃はまだこの国も豊かで、俺たち貧乏組もそこそこの財力だったとか。とにかく国全体が潤ってて、今の俺らみたいな金の少ない奴は国民の1%もいなかったらしい。けど、他の国ではそうでもなく、特にインブライドは建国してから豊かだったことがないと言われるほどの国だったのもあり、また隣国だというのも手伝って、ちょくちょく向こうから泥棒がのこのことやってきたりしていたらしい。たいてい国に入る前に捕まったりなんだりしたらしいけど、ちょっと頭の良い奴は国内に忍び込み、人の家から物を盗んで行ったりして、インブライドに戻り高値で売りさばいていたという。そして、リダイル議員はそんな他国の犯罪者を取り締まるのが仕事の一つで、とても忙しそうにしていたとか。
しかしそんなある日、そういう輩が俺もよくルミと行ってた森を通ってやってきて、そして運が悪いことに俺の家に忍び込んだのだという。家には誰もいなくて、母さんが買い物から帰って来た時に部屋を荒らされているのを見た。そしてそこからの行動は早く、すぐに父さんのところへ行き、かくかくしかじかだったのだと説明したと。で、父さんはすぐにリダイル議員の部下がいる役所まで行き、母さんと同じ様にかくかくしかじかと説明したらしい。

2年前 No.37

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「で、リダイル様がすぐに駆けつけてくださってね? それで、そいつは捕まったわけ。盗まれたものも戻って来たのよ」
「うん、凄く素敵な人だということは分かった。けど、さ……大事な話、ってさ。どーゆーことなんだよ?」
「最後まで話を聞きなさいってば。それで、リダイル様は、その時私達に仰ったのよ」
「何を」

すると、母さんは小さく微笑む様にして言う。その表情は何かを懐かしむ様な、或いは、何かに憧れている様なものだった。その目に浮かんでいるのはどこか夢を見ているような優しくて淡いけれども確かな光。

「この地は隣国インブライドとどこよりも近く、どこよりも危険だが、どこよりも豊かだ。この地が侵されることは哀しいことだ。だから、私はこの地を守り抜きたい。そのために必要な信用を、私は得ているだろうか?……私には分からない。だが、貴方達は、真っ先に私の元へと来てくれた。だから私はその期待に応えようと思う。何かあれば、いつでも、どんな時でも、駆けつけよう。貴方達が私に与えてくれた自信に対して誠意を示そう」

よくそんな長い言葉を覚えていたな、何て思うけど。そのくらい母さんにとってはとても大切で、それこそ神の言葉だったのかもしれない。もしかしたら所々母さんの思い込み的なところも混じっているかもしれないけど。ちょっと脳内変換されてるところあるかもしれないけど。それでも、だいたいはそう言う意味の言葉を言われたのだろうな、と素直に信じられた。自分でも驚くほど、今の母さんの言葉は素直に聞けた。

「よく、覚えてたね」
「そりゃあ、リダイル様の言葉だもの。……だからね、あんたの名前はダイルなのさ。リダイル、からリを取って、ダイル。……だからね」

そこで母さんは言葉を切る。なんだよ、早く言えよ、といつもなら言うところだが、俺はけれども黙ってその言葉を待つ。自分でもなんでそうしたのかよく分からない。どういう心境の変化だろう、なんて自分で思っちゃうくらいには不思議だった。

「リダイル様みたいな立派な人になってね。どんな人でも助けてあげるような慈悲を持った人になってね。誠意を尽くせる人になってね」

そんなに切実に頼まれたら断れないんだけど、と言ってみれば、母さんは心底おかしそうに笑った。それは安堵だったのか喜びだったのか、それとも単純に何かが楽しかったのか。本当に分からないけれども。こういう風にちょっと変わった形で親孝行的なことをするのも悪くないなって思う。キリヤは、今日のうちに親孝行するつってたな。あいつは今頃キリヤの母さんの手伝いでもしているのかな。

「じゃ、話は終わり。あんたも色々考えたいことあるだろうし、部屋に昼ごはん持ってくから」
「ああ、うん、有難う」

母さんの優しさに浸りながら自室へと入る。

2年前 No.38

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カンラさんが教えてくれたその事は、私に小さなショックと喜びを与えるのには十分過ぎた。

「それは、その……兵士達への物資、という意味かしら」
「ちゃんとしたことは教えてもらえてないから分からないです、けど……その可能性は、あります」
「……そう」

その時だった。ドアをノックする音がした。私とカンラさんが同時にそちらを見ると、ドアが開き、そこには40代半ばに見える男の人。もしかしたら、それよりも若いかもしれない位には見える。童顔なのかよく分からない。けれどもとりあえずこの人は今年で49才になる、カンラさんのお父様だろう。顔立ちや雰囲気がとてもよく似ている。私は立ち上がり礼をする。

「初めまして、クランさん。私は……」
「いえ、いいです。分かります、ルミナリア姫。……こちらこそ初めまして、会えて光栄です。私はクラン・リヴォード。御存じの通り、商人をやっております。……最近は戦争が始まるということで、忙しいですね」
「……ええ。……ところで、私が今日伺った理由も……」
「存じております。……戦争に必要な物資、ですね。貴方が此方に足を向けることが無ければ、私の方からそちらへ伺っていたでしょう」

どうぞ御座り下さい、と言われ、私はついさっきまで座っていた場所に再び腰を下ろす。カンラさんは少し左側に移動し、その隣にクランさんが座る。
眼鏡をかけているクランさんは、優し気な顔立ちをしているけれど、その目には鋭さが隠されている様な気がする。ついさっきまで穏やかな表情をしていたのに、仕事の話になるととても真剣な表情になるところは、とても好印象を与える。すると、それまで片手に持っていた紙の束を私の前へと差し出す。私はそれを手に取り目を通す。

「それは、仕入れたものなどをまとめたものです。もう既に此方にあるもの、これから届く物の表になっております」
「これらは、物資として、譲っていただけるの?」
「此方も商売ですから、相応の報酬は頂きたいのですがね。……これから届くものは、直接城に届けてもらうことも可能かもしれません。もう既に届いているものに関しては、後日お届け致しましょう」
「ええ、お願いするわ。……報酬に関しては、そちらの言う額を払いましょう。こんなに早く済むとは思ってませんでした。……貴方はそうやってここを大きくしたのですね」

私は、この商人は普通の人よりも賢く、だからこそこれ程までに力を伸ばしているのだろう。先読みする能力はとても素晴らしいものだ。それは、何よりも大切にすべきだ。私にだってそれくらい分かる。
私はある程度、本題を終えたあたりで一つ、彼に提案した。

2年前 No.39

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「クランさん。……城で、働く気はありませんか」

それが、私の提案だった。
こういう人が国には、城には、今、必要だから。彼が、この国のために動いてくれるというのならば、私達と共に働いてくれればいいなと、そう思った。いや、彼の噂を聞いた時から、そう思っていた。
彼の情報は、速い。父が亡くなっているのではないか、という噂を流したのも彼ではないかと思っている。流出源は分からないけれど、その可能性は高いと思う。前に、ダイルに聞いたことがある。とても賢く情報の速いクラスメートがいると。おそらく、それはカンラさんのことだったのだろう。確かに彼女は頭の回転も早く、素敵な人だと思う。

「それは、どういうことでしょうか」
「勿論、ずっととは言いません。此方としてはそれでも構いませんが……つまり、今の時点で、私達が手を組むのは悪いことでは無いと思うのです。双方に利益がある……そうでしょう?」

クランさんが唸る。おそらく、今の彼の頭の中では天秤が揺れているのだろう。私達は物資を手に入れるための金を出す。クランさんは誰よりも手際良く、誰よりも安値で手に入れることができるだろう。それに、情報も早く先を読むのがうまい彼がいれば、議会でも話が良い方向へと進むかもしれない。何らかの、新しい波、新しい風をくれるだろう。

「そのことに関しては、時間を頂いても?」
「……ええ、構わないです」

考えてくれるだけでも良かった。最初から否定されるより全然マシだと思う。
そこで、私達は話題を変え、これから戦争はどのように変化してゆくのかという予想、そしてもしそうなったら、という議会での対応などを語り合った。こうして話していると、やはり新鮮さはある。向こうも、新しい情報を得られて得をしているのだろうな、などと考える。
数十分ほど経ち、クランさんが仕事の関係で部屋を出た。部屋にかけられた時計を見ると、私もそろそろ帰ったほうがいいかもしれない。そう思い、私も立ち上がる。けれどもふと気になったことがあって、一度座る。

「あの、カンラさん」
「なんでしょう?」
「ダイルは……元気にしているかしら」

その問いに、カンラさんは穏やかな笑みを浮かべた。その表情は、自分の子供を見守る母親のようにも見えた。

「はい」

2年前 No.40

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私は城へと向かいながら考える。
ダイルが元気にしているのなら、それは本当に良かったと。おかげで私も頑張れる気がすると。けれども少しだけ……本当に少しだけ、悲しくもあった。彼がちょっとでも体調を崩していたのであれば、戦争にで無くても良かっただろうから。そんなの、私が言っていいことでは無いから口にはしないけれど。でもそう思うくらいはいいだろう。私だって人間だから。誰かを大切に思うくらい、誰かを特別に思うくらい、許されるはずだ。

「でも……開戦は、もうすぐよ」

彼が戦場で生き延びられるか。それは神のみぞ知る、というものだろう。私は祈らずにはいられない。どこで誰が死のうとも構わないから、ダイルに生き延びて欲しいと。
けれども、城につけばその思いは完全に隠し通さなければならない。誰にも気付かれてはならない。人々の前で、次の王は私だと宣言したのだから。もしかしたら、あの、周りの反対を黙らせてまで父の死を国民に伝えたのは、そうすることで私自身を奮い立たせるためだったのかもしれない。もう後戻りはできないように、覚悟を決めなければならないと、自分に言い聞かせるためだったのかもしれない。

「おかえりなさい、姫」
「…………ただいま」

城に着き、出迎えてくれたシュウにそう返すと、私は小さくため息を付いた。そして、真っ直ぐ前を向くようにすると次は大きく深呼吸をした。体の中の全てを入れ替えるように。自分自身をひっくり返すかのように。

「セリさんは、もう着いてる?」
「はい。応接室に」
「分かったわ。……お茶はもう出したの?」
「はい。姫の分はまだですが……」
「私の分はいらないと言っておいて。それから、誰も応接室には入れるな、入るな、と」

そう言いつつ私は歩き出す。応接室は一階にあり、ここからは近い。思ったよりも自分が早歩きになっていることに気づく。そんなに急いでしまっているのか。そんなに私は焦っているのか。
そのことに私は舌打ちしつつ、私は応接室のドアをノックする。中から低くしわがれた声が聞こえた。その声は少しばかり久々に聞いたけれど、あの日とこれっぽっちも変わらない、芯の通った声だった。まるで運命にすら守ってもらっているような安堵感を知っている、そんな声。
しかし実際、彼女がこの国の運命そのものと言えるかもしれない。緊張と焦りで震えそうになるのを堪えつつドアノブに手をかける。

「失礼します」

第二章、完結。

2年前 No.41

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起きると、辺りはもう既に血の海だった。
俺は周りの光景を直視したくないけれども、それでもこの中にしか今は居場所が無いのだと思い、強く下唇を噛んだ。それは衝動的な行動だったけれど、仕方の無いことだと思う。この光景を見てショックを受けない人がいるのなら、俺はその人を思いっきり罵倒してしまうかもしれない。そのくらい俺は今、途轍もない苦しみに見舞われていた。

「………………キリヤ、生きてるか?」

俺がどこを向くでもなく問い掛けると、割と近い所で物音がした。そして、むくりと上半身を起こしたのは、丁度今俺が名前を呼んだ人物だった。片手で頭を押さえながら俺の方を見ると、周りの光景と頭痛に顔をしかめながらも俺に向かって親指を立てた。俺はとりあえず彼が生きていることに安堵し、もう一度寝転ぶ。胸で大きく息をして、空を見つめた。空は地上の赤を否定するかのような青だ。完全、と言える程の空色。水色よりも綺麗だと俺は思う。前に誰かにそう言ったら、水色と空色って同じ色じゃないの? と問い返されたけれど。

「……敵は?」
「とりあえずは去ったらしいな。あるいは、勝ったのかもしれない」
「かもしれないって……お前も、気を失ってたのか」
「当然だろ。俺ら世代はみんな同じだろうよ。戦った故に気絶したのか、大量の血を見た故に気絶したのか……」
「ダイル、お前さ、変な時だけ冷静になるのやめねぇ?」
「……だって、生き延びるためには、こうするのがいいのだろうと思ったから」
「まあ、生き延びるにはいいかもだけどさ」

よっ、と声を出して立ち上がると、彼は俺の方へと歩いてきた。俺は再び上半身を起こし、彼の差し出した手を握る。引っ張られるのに任せて立ち上がり、見つめあう。お互いに生き延びたことを讃えるように。

「行こう。他の人達も、基地に向かってる。俺、腹減ったし」
「だな。さっさと戻ろうぜ。……あ、武器忘れてくとこだったぜ」

苦笑いしながらキリヤが足元に落ちていた自分の武器、すなわち配られた剣を手に取り、鞘に戻した。人を踏まないように気をつけながら、周りを歩く仲間と同じ方向へと進む。隣で、キリヤがため息をついたことが分かる。俺はそれを聞かなかったことにして、もう一度空を見上げる。やはりそこには、ルミとみた花と同じ色が広がっていた。

2年前 No.42

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基地となっている場所は、戦場となっているインブライド寄りの国境から離れた、どちらかというとヴァルティラン寄りの所にある。沢山の白い大きなテントが立っている。そのうちの、1番小さくて1番沢山あるテントの一つに俺とキリヤは一緒に住んでる。キリヤと同じテントだったのだけが唯一の救いだろう。このテントは3人で使うものだが、人数の関係上、俺らは余り組だったらしく、2人だけで使っている。運が良かったのだと思う。

「……あ、ダイル君にキリヤ君。……良かった、君達も生き残り組だね」
「はい。あの……シュウさんは」
「僕は戦いに出られなくてね。でも……本当に良かった。いや、本当はこういうこと言っちゃいけないんだけど。でもまあ誰も聞いていないのならいいのかもしれないね」
「……シュウさん、そういう所軽いですよね」
「これは3人だけの秘密にしておいてくれよ」

俺は思わずそう言ってしまってから笑ってしまう。隣ではキリヤも口元を抑えている。シュウさんはポーカーフェースが得意らしくて飄々とした表情をしているけれど、でも普通にしているよりどこか楽しそうに見える。相手が議員だとは思えないくらいだ。成る程、父親も素敵な人だったのだろうと俺は納得する。

「あ、キリヤ君、君、怪我がちょっと酷いな。一応手当てしてもらった方が良いよ」
「分かりました。……じゃ、ダイル、行ってくるわ」
「あいよ」

キリヤはそう言って背を向け、少し大きめのテントの方へと向かってゆく。入り口の所に小さな青い旗がかかっている。それが救護用テントであることを示していて、戦場から帰ってくると必ず兵士で溢れてしまう。俺らみたいな、人数合わせにしか使われていないような奴はあまり用の無い所ではあるけど。それもまあ、まだ戦いが始まったばかりだからだろう。徐々に苛烈になっていけば、俺やキリヤだって死ぬ可能性はそれと同時に徐々に高まって行くのだろう。

「ダイル君、君はもう、この場所に慣れて来たかい?」
「残念ですが、慣れてしまいました」
「そうか、確かにそれは残念だね」
「ですね。シュウさんはどうですか? 慣れましたか?」
「僕もまた、残念ながら、ね」

そう言っていると、不意にシュウさんは声を低く小さくし、顔を寄せて来た。どうしたのだろうと思っていると、短く一言「夕食後、僕のテントに来て」と言われた。え? と聞き返そうとした所で、シュウさんはスタスタと歩き去ってしまっていた。その行動、切り替えの速さは流石としか言いようがない。
とりあえず自分のテントに戻ろうと俺もゆっくりと歩き始める。

2年前 No.43

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テントに戻ると、もう既にキリヤもいた。どうやら彼の怪我は大した事はなかったらしい。まあ、元が丈夫なのもあるのだろうし、それ以上に、他の怪我人が多かったというのもあるのだろう。俺らは後陣だったのも幸いしたのかこれまでの幾度かの争いでもあまり大きな怪我は無かった。やはり、俺らのような若い奴は割りかし安全……とは言えないまでも、流石に最前線に突っ込むということはないらしい。ヴァルティランらしいといえばヴァルティランらしいとは言える。おそらくそれがインブライドとの違いだろう。最前線で今の所生き延びている人と話した時に聞いた話じゃ、普通に向こうの先陣には俺らと同じ位の、あるいはもう少し年下のもいたらしい。向こうは人と土地ばかり多くて農地も無く大飢饉に襲われた時には、他国との繋がりもなく、多くの人が亡くなったらしい。人材的にはかなり微妙な所なのだろう。そういえば、いつだったかカンラが、インブライドは完全独裁制だと言っていたっけ。王が全てを決める。民主の言葉は聞き入れられない。国が発展しないのはそれも関係しているのだろうと。

「なあダイル……戦争っていつまで続くんだろうな」
「俺に聞くな、分かるわけないだろ」
「悪ぃ。でもさー、どう思うよ?」
「決着が着くまでだろ。もっと言えば、どちらかが限界に至るか降伏するか、だろ」
「あー、そーゆー感じ? でもさ、じゃどっちが先に駄目になるかな」
「知らね。可能性とかの、なんだっけ……割合? って言うんだっけ?……それを知りたいんだったら、俺じゃなくてシュウさんとか、別の人に聞くべきだろ」
「いやいやいや、そう簡単にシュウさんには話しかけられねーって」
「いや、例えだろ。他にも人はいるんだからさ」
「そーだけど」

つまらなそうに返すキリヤに俺は首を傾げる。何を言いたいのだろうか。まるで俺が何かを知っているみたいな言い方じゃないか。変な疑いを持っているのだろうか。思わずそう問い返せば、「そーゆー訳じゃねーけど」と言いにくそうに答えてくれた。

「ほら、お姫様と知り合いだったから。なんか、ツテみたいのあんのかな、と思って」
「……いや、そんなの無いけど。……あー、でも」
「やっぱ、なんかあんの?」
「じゃなくて。夕食後に来いって言われた。なんか、戦力外通告されんのかなーと思って」
「まさか、それはないだろ」
「俺もそう思う」

笑いながらそう返すとキリヤも笑った。夕食まではまだ時間がある。もう暫くキリヤとゆっくり話していよう。今くらいは戦争のこととか色々、忘れていようと思った。

2年前 No.44

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夕食も食べ終わり、俺はシュウさんの所へと向かった。彼のテントは流石というか、当然というか、誰よりも立派で広く、作りもしっかりしているようだった。俺はそのことに感心しつつも、テントの中へと声をかける。彼は国の中でもかなり重要な役職の人間のはずなのだけど、不用心というか、自分の扱いは、俺ら一般庶民と同じだった。テントに見張りや門番を付けるわけでもない。まあ、俺らとしては、そっちの方がしたしみやすい所はあるけど。

『ダイル君かな。入っていいよ』
「失礼します」

そう言いながら中へ入ると、中はあまり物は多く無かった。必要最低限です、と言わんばかりで、貴重品の類は、少なくとも俺の目には一切見えない。隠しているだけなのか、それとも本当にここには持ってきていないのか。まあ戦場だと考えれば、持ってきていないのもわかるけど。それでも、普段使用している物でさえも高価なものの一つ位ありそうなものなのに。微かに俺は驚きと落胆を覚えたが、それを表情には出さないように気をつける。

「ソファじゃなくて申し訳ないけど、そこの椅子に座ってくれるかな」

そう言って笑いながらシュウさんが示したのは、簡易的な椅子。折りたたみ式の、持ち歩き用と言った所だろうか。こんなもの、俺らのテントには一つ広げてしまうと寝る場所の確保に困りそうだけど。これだけ広いテントならば問題もなさそうだ。俺はそんな風に思い苦笑しつつも、それに座る。向かい合うようにして、シュウさんは自分用の椅子を取り出す。話は長くなるのかもしれない。この椅子はそれ故の気遣いか、或いは、立場を気にしないで済むようにという計らいなのか、はたまた、シュウさんが単純にそういう人間なのか。どれであってもおかしくは無い気がするし、もしかしたら全てあっているのでは無いだろうか。

「わざわざ呼び出してしまって申し訳ないね。ただ、姫から色々君に関して、伝えて欲しいと言われていたりしているものだから」
「……ルミが、ですか」
「そう。姫は、君のことを案じている。たまに来る伝言も、2回に1回は君のことを問うんだよ」
「本当ですか」
「それが嘘だったら、今僕は君をここに呼び出していないよ」
「それも、そうかもしれないですね。……でも、ということは、ルミからの伝言があるということですか」
「そう言うことになるよね。……まあ、僕が伝えるというよりは、君自身への手紙を渡す、という方が正しいのだろうけれど」

2年前 No.45

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これだよ、と言って俺に渡してきたのは、綺麗な純白の封筒だった。王族の証である薔薇の花の封蝋がしてあり、俺はそれを手にした瞬間に、ふとその重さに驚いた。そんなに沢山書いたのだろうか、と一瞬思ったが、そういう重さでも感触でも無かった。寧ろこれは、紙以外の何かが入っている感じだ。

「君はここで読むと良い。他の誰かに王族からの手紙が来ているなんてばれたら困るだろう。安心して良いよ、僕は少し席を外すから。そろそろ、見回りに行こうかと思っていたし」

そう言ってシュウさんは立ち上がり、テントから出て行ってしまった。俺はここに残って椅子に座ったまま封蝋を丁寧に取り、中身を取り出した。ふわりと薫ったお香の匂い……俺には、それが本当にお香だったかいまいち分から無いけれど……が俺を包んだ気がした。ルミらしい、優しい匂い。とても高級そうな。
中に入っていたのは、予想通り便箋だけでは無かった。小さな青いペンダントの様な物と一枚の花弁。銀色の鎖に青い色の長さ3センチ程の五角柱。すこし細長くなっていて、しかも下の面の方がより細くなっている。よく見れば中には小さな小さな花が入っている。ラベンダーの花みたいだと思う。あまり花に詳しくはない俺でも知っている薄紫色のラベンダーは俺の家の敷地内の隅っこに唯一咲いている花。咲いてしまうまでの濃い紫が特に綺麗で好きで、母に詳しいことを教えてもらった程だ。ヴァルティランではとても有り触れた花であり、香水などによく使われるのもこれだったはずだ。ペンダントの青さは、薄明時の空の青さに似ている。サファイアとか、見たことはないけれどこんな色なのだろうか。とても透明度の高いこの青に見惚れたけれど、一緒に入っていた花弁もまた綺麗だった。
けれどこちらの青には見覚えがあった。それは、思い出そうと考える必要は無かった。これは間違いなく、ルミに教えた青い花畑の、あの花の花弁だった。神の祝福、とか、奇跡、とか。そんな意味を持つ花の、欠片。これを送ってくれたルミの心を考え、俺はとても温かな、不思議と微笑んでしまう様な気持ちになる。
それらをじっと見つめたのちに、俺は便箋を手に取る。あまりたくさんの言葉は書いてなかった。前にも一度だけ見たことのある、教養のある綺麗に整った字で綴られた優しさ。決して形だけのものでは無いそれを、俺は何度も何度も読み返す。

『シュウから、貴方のことは聴いています。元気だと、大きな怪我も無いと、その言葉にいつもホッとしています。
そちらは辛く大変でしょう。けれど、もう暫く、耐えて下さい。私は、何があってもこの国も、人々も守り抜くつもりです。そのために、私は私で戦っているつもりです。
この国は今までずっと不安定でした。それは、インブライドも同じで、或いは、それこそが両国の共通点なのです。その両国の弱さを、脆さを、私は救いたいのです。そのためには、時間が必要です。だからもう少しだけ、私に時間を下さい。
きっと私は、この国も、人も、何より貴方を、救うために。戦います。
貴方の運命に、青薔薇が咲きますように。』

2年前 No.46

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俺は思わず下唇を噛んだ。成績の悪い俺でも分かる様な、簡単な言葉。今、俺が1番欲しい言葉を、1番くれたら嬉しい人に言って貰えたことが何よりの喜びだった。

「……貴方の運命に、青薔薇、が……咲きますように」

優しい字で書かれた合言葉。俺たち2人だけの、大切な言葉。何があってもそれだけは絶対に忘れないとさえ思える程のその言葉を、彼女は俺に送ってくれた。
じわりと湧き上がる喜びで、俺は踊り出したいような、空に舞い上がりそうな、という喩えすら真実になりそうな程だった。
俺には難しい事など分かりはしない。けれど、ヴァルティランもインブライドも、どちらも大変なのはわかる。そしてルミならばそのどちらも救おうとすることくらい、容易に予想はできた。そのために時間がかかるのならば仕方が無いだろう。そんな彼女の努力の結果がどんな形で終わったとしても、きっと俺は誰のことも恨みはしない。そう思えるくらい、俺は冷静に物を考えられるようになっているのかもしれない。
さて、そろそろ戻らなくては、と思った所で、この手紙をどうしようと悩む。手紙をテントに持って行ったとしたら。キリヤはともかく、別の誰かに見られるのはとても困る。俺のような一般人が何故ルミから手紙を受け取っているのだろうという疑問は、どんな形であれ、ルミやシュウさんに迷惑をかけるだろう。それだけは絶対に避けたい。だとするならば、手紙はここに置いて行くべきだ。何故そうしたのかシュウさんに聞かれたら、正直に話せばいい。シュウさんもすぐに分かってくれるだろう。
俺は丁寧に便箋をたたみ封筒に入れ、花びらも入れた。けれど、ペンダントだけは悩んだ挙句に、ポケットに忍ばせることにした。これだけだったら、持っていても許されるような気がしたから。俺は封筒をシュウさん専用の簡易テーブルの上に置きテントを後にした。
少し歩き、キリヤのいるテントに入ると、彼は退屈そうに仰向けになっていた。もしかしたらそのまま寝るつもりだったのかもしれない。俺はそんな彼に苦笑しつつも、頭を踏まないように自分の陣地へと移動する。そして、キリヤの隣で一緒になって仰向けになる。暫く沈黙が続いたが、不意にキリヤが口を開いた。

「どうだったよ?」
「……ルミから、手紙が来てたんだ。それで、こっちはこっちで頑張ってるから、そっちも頑張ってくれってさ」
「うん」
「そんで、インブライドもヴァルティランもどちらも救いたいから。だからもう少しだけ我慢してくれって」
「お姫様からの頼みだったら、断れねぇな。……お前なら、尚更だろうよ」
「まぁな」

彼のちょっとふざけた様な口調に、俺も同じ様にちょっとふざけたような口調で返した。キリヤはそういう所をよく分かってくれている。俺がどういう時に真面目に返して欲しいか、どういう時にふざけていて欲しいのか。そういうちょっとした感情の変化を見抜いて、感じて、その時々で違う反応をしてくれる。

「そんでさ、これ」

くれたんだ、とポケットからペンダントを取り出し見せる。綺麗だな、という言葉に俺は無言で頷き、すぐ近くにある俺の荷物の中に突っ込んだ。こうしておけば、俺とキリヤ以外に見つかることは無いだろう。いざという時、戦いに行く時に身につければいいだろう。きっと素敵なお守りになる。

「……キリヤ、お前さ、前に……戦うことを受け入れる、みたいなことを言ってただろ。俺さ……そんなに簡単に諦めんのかよ、とか思ったけど。そうじゃ無いんだよな。俺らがそうやって受け入れることでさ、変わることもあるのかもしれないんだよな、って思える様になった。もしかしたら、こうして俺らが頑張っていれば、ほんの小さな奇跡でも起きるかもしれないなって。だったら、今ここでちょっと頑張って見てもいいよな、我慢だって全然出来るよなって」
「ああ」

静かに返事をしたキリヤは、何時もよりも大人っぽく感じた。不思議な程落ち着いた彼の口調に、けれど俺は安心感を覚えた。

2年前 No.47

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「俺さ、そん時、ちょっとだけ……本当にちょっとだけ、そんなにあっさり諦めちまうのかよって思った。そんな弱っちぃ奴だったのかよって。でも、違うんだよな。うん……違った。今なら分かるよ。諦めたんじゃ無くて、そうすることを選んだんだ。そうやって受け入れることで、何かが変わるかもしれないから。……我慢することで、今ここで俺らが我慢をすることで、何か……奇跡が起きればいいなって、そう、思うんだよ。……分かる?」
「分かる。何かさ、お前……頭良くなった?」
「失礼だな。……そんなわけ無いだろ」

くすくすと笑い合う声がテントの中で木霊する。あまり大きな声を立てないけれど、俺もキリヤも楽しんで居た。束の間の優しい時間。そういうのがあったっていいだろう。
それからすぐに眠りに落ちた俺らは、翌日、再び戦いに行った。俺らの武器は剣だけ。けれど、それだけでもインブライドの奴よりはマシかもしれなかった。向こうにも俺らと同じ位の年齢の男子は何人も居たけど、武器なんて持ってないやつのが殆どだったし、そもそも満足に食事ができているのかすら怪しいやつもいた。そんなのがいくら始まったばかりでまだ相手の様子見のような争いであったとしても、生き延びられるとは思えない。それに、向こうの成人している戦士であってもそういう人はいたし、俺でも勝てる位だった。そういうのを見ると、やっぱりインブライドも難しい立場なのだと思う。やはり、一人一人が満足に生きられない。そんな国になってしまっているのだろう。

「キリヤ、死ぬなよ」
「お前こそな」

そう小さな声で話し、敵兵の元へと走る。今日は生憎の曇り空で、昨日よりも気分が悪くなる。変色した赤に染まったこの場所が、再び鮮やかな赤に染まるのだと思うだけで、そしてそうなる原因は自分にもあるのだと思うと、震えそうになる。向こうから向かってくる敵兵は、中にはふらついている人もいて、思わず足を止めそうになった。けれど、そうしていては自分も危ないのだと、見なかったことにする。
まだ健康そうな、同い年位の男子が此方へと向かってきた。大きく振り上げられた剣は、あまり質の良いものでは無いようだったが、それでも彼は躊躇うこともせず、まっすぐに俺へと突っ込んできた。そしてやはり迷いの無い太刀筋で俺を殺そうとする。俺は慌ててそれを避け、反撃しつつ、彼と俺の目が合った瞬間に、恐怖に似たけれども全く違う感情が心の中に広がっていくのを感じた。
彼に躊躇いが無いのは、それしか方法が無いからだ。これから先生き延びるためには、まずここで生き延びなければならない。そのための殺生など、彼には大したことでは無かった。もしかしたら、彼が他の同年代のに比べて健康そうなのは、他の誰かの食料を奪っていたからかもしれない。だからこそこういうのに慣れているのかもしれない。そんな生活が本当に存在するのだという仮定、そしてそれが間違いでは無いかもしれないという予想に、思わず敵兵の勝利を本当に僅かな一瞬の時間だけ祈ってしまう。

2年前 No.48

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けれど、俺は死にたくない。誰のためでもなく、自分のために生きなければならない。前に誰か……カンラかもしれない……が言っていた。生きると言うことは、とても自分勝手なことであり、けれど、だからこそ、人は生き続けるのだと。自分勝手なのだと判っていて、そしてそれは自分だけではなく誰かのための勝手であることも無意識に自覚して居るからこそ、生きるのだと。それはその時の俺には全く理解出来なかったし、今でも何だかよく判らない。けれど、それでも生きたい、死にたくないという思いは当たり前で、俺だけではないことも、相手だってそう思っていることだって理解できる位には、俺だって物事を考えられるようにはなった。
俺は震えそうになりながらも、必死に剣をふるった。そして俺の手にしていた剣はいつの間にか相手の急所に当たったのか、それとも何箇所かにちょっとずつ当てていったのか判らないけれど、とにかく相手の息の根を止めていた。よく確かめて居ないから、まだ生きていたのかもしれないけれど。でも確かめる暇など無い。そんなことをしていては俺の息の根を止められてしまうだろう。

「キリヤ、向こうだ!」

丁度1人倒し終えたキリヤに大声でそう言う。どうせ誰も聞いて居ない俺の言葉だ。何を言ったって、余程のことが無い限り誰にも何も言われやしないだろう。
俺が指差したのは、小さな森だった。そこの近くは人が少ない。もしかしたらあそこは罠が仕掛けてあるのかもしれないけれど、あそこに近付けば、俺らが誰かを殺すことは減るだろう。少なくとも、襲われる回数は減る筈だ。キリヤもその事をすぐに察してくれたのか、小さくけれど俺に分かるように頷くと走り出した。俺もそれに続くようにして同じ方向へと走る。途中襲って来た少年……残念ながら俺よりも年下だったように思う……も斬りながら。

「なぁ、……あの、さ、……あの森、って、罠とか……」
「俺に分かる、訳……ねぇだろ」
「……じゃあ、なんで、向かって……んだよ?」
「人が少ね、ぇから」

納得したようなしていないような曖昧な表情で頷いた彼は、けれど引き返すようなことはしなかった。それは単純にこれ以上の殺傷は出来る限り避けたいからだったのだろう。俺への信頼があるのだと思いたい。1分くらい走った所でやっと森の入り口に着いた。森は思ったより木も立派で密度も高いようだった。けれど、中に入れば外の戦いには関わらないで済むだろう。俺は一瞬こそ躊躇ったが、キリヤと共に中に入っていった。

2年前 No.49

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森の中は予想通り薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。俺とキリヤは木の枝や葉、土などを踏みしめ、誰にも見つからない様に奥へ奥へと進んでゆく。パキパキという枝の折れる音、風でサラサラという葉の擦れ合う音、サクサクという音もするけれど、小鳥の鳴き声だけは聞こえなかった。微かな恐怖を覚えながらも、どこまで行けば誰にも見つからないのかと冷静に考えていた。

「……なあ、本当に良かったのかな」
「何が?」
「逃げてきたのがさ。他には誰も逃げてないんだぜ」
「……ま、これまでの戦争で、隠れてなかった奴がいるかどうかは怪しいけどな」
「言うなよそれ」

キリヤの問いに俺はそう答えながら、上を見る。木が茂り過ぎていて空が見えない。けれどどうせ今日は曇り空だし、見えても見えなくても気分は変わらなかっただろう。俺は半無意識的に青を求めながらも歩き続ける。それからは沈黙のままだったが、暫く……と言ってもせいぜい森に入って五分経っていない位した頃に、キリヤが口を開いた。

「俺さ……怖いのとか苦手なんだけど」
「……さっきまで戦争やってた奴がよく言うな」
「そういうのじゃなくってさ!……いやあの、幽霊的な」
「え、それ初耳だけど」
「そりゃ初めていったし。こんなの、恥ずかしくて誰にも言ってなかったんだよ」

本当に恥ずかしそうに言う彼は恐らく、生の気配の無いこの森の恐怖から逃れるために話始めたのだろうが、それは正解だったのだろうと思う。俺はあまりそういう幽霊的なものを怖いと思うことはなかったが、それでもこの森の不気味さには先程から嫌だなとは思っていた。それからは、キリヤの恐怖を紛らわすために俺らは話し続ける。聞こえる音はワンパターンで途中から耳が聞こえなくなったんじゃ無いかと不安になりつつあったから、丁度いいだろう。
と、そこで、明らかに俺達では無い、自然のものでも無い音がした。

2年前 No.50

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「うわぁぁぁぁぁぁああ!!!?」

凄い叫び声を上げてキリヤは俺の右腕をひどく強い力で握りしめた。思わず俺も一緒になって叫びそうになるがそれは明らかにキリヤのせいだろう。まじでこいつは幽霊的なの苦手なんだな、と思いつつ俺は音のした方を見つめる。ぱっと見は何も変わっていない様だが、けれども確かに少し離れた所に誰かがいる様だった。ただその気配からは、殺気が感じられ無かった。

「……誰?」

思わず問い掛けたが、答えは返ってこない。気長に待ってみようか、とやっと腕を離してくれたキリヤと共にその場に立ち尽くす。2人揃って、同じ方を見つめて。人の居るらしい場所からは暫く音もしなければ、動きも見られなかったが、それでも確かにそこにいる様だった。怖いというのとも違う、何かを期待する様な気持ち、とても不思議な気持ちで俺は立っていた。その時俺の脳裏には、初めてルミと出会った時のことや、青い花畑のことを思い出していた。そう言えばあの花畑は今頃どうなっているのだろう。ルミが花弁をくれた辺り、まだ咲いているのだろうか。
それから暫くして、やがて、小さな声が返って来た。

「あなたは、だれ?」

驚くことに、幼い子の様だった。それも、ヴァルティランの言葉はまだ上手く喋れない様な片言具合で、もしかしたらインブライドの子供かもしれない。思わず俺達は顔を見合わせる。これは流石に予想していなかった。インブライドの兵士かもしれないとが思ったけれど……まさか、そんな小さな子が兵士ってことは無いだろうし。

「俺は、ダイル。……ヴァルティランに住んでる。……君は?」
「わたしは、ヒュウナ。インブライドにすんでるの」

2年前 No.51

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2年前 No.52

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けれどそうゆっくりもしていられない。ある程度の説明を聴き終え何と無くのヒュウナの父親像と母親像を思い浮かべられる位迄になった処で俺とキリヤは立ち上がった。そこでふと有ることに気づく。

「そういえば、ヒュウナのパパとママ、名前はなんて言うんだ?」
「ぱぱはグロード、ままはノイアっていうのよ。ねえ、おねがいね、ぜったいにみつけてね」
「うん。……そうだ。もしかしたら、ヒュウナのパパとママが忙しくて来れないかもしれないけど、そのときはどうする?」
「そのときは、わたしはきっと、ずっとこのもりにいる。ずっとずっと、ここにいたから」
「……そっか。……じゃあ、行ってくるよ。いいか、絶対俺ら以外には見られちゃダメだぞ、分かったな」
「わかった」

そうして俺らは森から出るため歩き出す。やはり生の気配の感じられない森だったが、少なくともヒュウナの住んでいる森だ。きっと鳥やなんかも近くで戦争が起きているから何処か別の処に避難しているのだろう。その他の小動物や獣もきっとそうだ。地中に潜んでいるかもしれない。実は木々の間からこちらをこっそり観察しているのかもしれない。そうして戦争が終わり元の静けさに戻るのを待っているのかもしれない。

「なあ、ダイル。ヒュウナの両親ってさ」
「……どうだろう。生きてればいいなって、俺、思うよ」
「だよなぁ」

けれど、森から出たと言うことは戦争の起きている場所に踏み込んだと言うこと。あの場所では味方以外は全て敵なのだ。どう言う格好をしているか分からないが、巻き込まれ殺されている可能性は十分にある。しかもインブライドの兵は戦うための格好をしていない事がほとんどだ。それどころか、たった今貧民窟から抜け出てきた様なそんな人達ばかりだった。ヒュウナの格好から察するに、親も大差ない服を着ているだろうから敵と判断され殺されている可能性はかなり高いのだ。上手く隠れているならまだしも、どう考えてもあの見晴らしの良い戦場では隠れる処など無い。

「もう、森を抜けるな。……キリヤ、お前油断するなよ」
「っていうか、戦場を抜けてたことばれない様にしなきゃな」
「……その心配を忘れてた」
「そう言う処、ダイルって馬鹿だよなぁ」
「るせ」



2年前 No.53

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そんな軽口を叩きながら俺らは走り出す。まだ交戦中のようだ。俺らはそれに紛れる様にして戦いを始める。やはり向かってくる敵は汚い服を着てやつれたような表情をしたり栄養が足りていないような感じで俺は嫌になる。何故こんなにも不幸を体現したような人達を殺さなくてはならないのか。ルミはインブライドの人々すら助けたいと言った。それを信じて俺はその時を待つだけだ。けれども、それが早ければ早いほどいい。ルミは戦場を知らない。もしかしたらシュウさんが伝えているのかもしれないが、目の前で見たわけじゃない。この状況を理解はしていてもきっと知らないはずだ。
俺だって、インブライドが貧しいってことくらい知っていた。けれど、それを知っているのとヒュウナの様な人間を見るのとじゃあわけが違う。汚れた服を着た人達と戦い続けるのとでは訳が違う。百聞は一見に如かずというが、これ程までに言葉と光景が違うとは思わなかった。知識だけではどうにもならない事もある。むしろ、そういうことの方が多いのだろう。俺はそう思い辛くなる。けれど、其の事を見て知った俺よりも頭のいいルミのことだ。自分が本当の意味で理解していないことくらい気づいているだろう。或いは、シュウさんが上手いこと伝えているのかもしれない。
ふと、急にインブライドが撤退していった。なんとなく耳を澄ませれば、インブライド国内の言葉なのだろうか、俺の知らない言語で叫んでいる声が聞こえた。何を言っているのかはわからないが、状況的には「撤退」とでも言っているのかもしれない。そろそろ分が悪いと思ったか、或いは何らかの意図があるのか。よく解らないが、今日はこれで戦いは終わりらしい。そのことに安堵しながら撤退していくインブライドの人々を見送る。相手が逃げる場合はあまり深追いはするなと言われている。そんなことしても大した利益はないし、それに王女はインブライドさえ救おうと考えているから。意味のない殺生は避けるべきだという上の人々の考えらしい。そんなこと言われなくたって、俺やキリヤは深追いなどしなかっただろうけれど。

「キリヤ、生きてるか!」
「生きてるよ。その調子だとダイルもだな」
「で、それらしい人は?」
「俺が相手した限りじゃ、ゼロだな。特徴に当てはまる人はいなかった。もしかしたら……」
「ちょうど明日、ここの処理が行われるよな。その……死体とか、も」
「ああ。……立候補するか?」
「もしかしたら、見つかるかもしれないから」

本当は見つかってほしくないけれど。できれば、グロードさんとノイアさんには生きて会いたい。生きた彼らにあって、ヒュウナに会わせてあげたい。人が死ぬばかりのこの場所で、俺にできる人助けは今のところこれしか思いつかない。

2年前 No.54

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翌日俺らは死体回収という陰鬱な作業をしていた。勿論これをしているのは俺たちだけでは無い。俺たちの様に若いやつ、力のあるやつなんかが集められる。わざわざ自分からこんな嫌な作業に立候補する様な阿呆はいない。俺たちだって本当はやりたいわけじゃなかった。けれど、ヒュウナと約束した。俺たちは、ヒュウナの両親を探さなくちゃいけない。いや、見つけなくてはならない。たとえ生きていなかったとしても、俺達は真実を知らなくてはならない。それを知った上で、ヒュウナに伝えなくてはいけない。あんな小さな女の子に言うのは嫌だけれど、仮に生きていなかったとしても彼女には本当のことを伝えるつもりだ。

「キリヤ、どうだ?」
「いない、と思うけど……でも、いたとしても分からなかったかも。それに、俺らがいない場所で倒れてた可能性もあるし……」

そうなんだよな、と疲労から声にならなかったその言葉に心の中で頷く。それでもどちらにせよこの作業は続けなくてはならない。立候補してやっている仕事では無いけれど、自分に割り当てられた仕事だ。しっかりとやらなくては、シュウさんや何よりルミに申し訳ない。それだけじゃ無い、俺よりも年下のやつもいるし、けれどそう言う奴だって頑張ってる。そう言う中で怠けるなんて選択肢は俺の中には無い。
そう思っていると、ふと視界の端で死体が動いた気がした。そこは特に死体が折り重なっている場所で、余程強い誰かが一気に敵を薙ぎ倒して行ったのだろうと思っていたのだが。何故そこが動くのだろう、死体が何かの拍子に動いただけだろうか。けれど、何かぶつかる様なものもなかったし、虫はいるけれどたったそれだけで視界の端に映っているそれが動いたと分かるとは思えない。ならば、何故なのか。

「……お、おい、キリヤッ」
「どうしたよ、慌てて。吐きそうか?」
「違ぇよ馬鹿っ。そこ、誰か生きてる。死体の下で、誰かが生きてるっ。助けなきゃだよな!?」
「ああ、そうだな!……あれ、でも敵だったらどうすんだ?」
「どっちにしろ助ける。シュウさんに報告したら、捕虜と言う形で生かしてくれるかもしれない」

この戦争じゃ、少なくともここに投入されているインブライドの兵士は、捕虜にしてもあまり益は無いのでは無いかと思うし、実際そう言う話を誰か大人が話しているのを聞いたことがある。

2年前 No.55

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せーので死体を持ち上げよう、と話し合い、その死体の山に近づく。どうやら、その下にいる人は死体の重さにやられて動けない様だから。流石に、助けて直ぐに銃を向けられる、とか切りかかられる、なんて間抜け且つ最悪なオチは無い筈だ。そんなことで死にたくなどない。

「「せーの」」

よっこいしょ、と言って幾つかよけると、其処からボロボロな感じの人が2人、這い出て来た。1人は男の人。背がひょろりと高く、黒いボサボサの髪をしている。もう1人は驚くべきことに女の人で、汚れすぎて何色か分からない……恐らくは茶髪なのだろうけれど……の長い髪をしている。この2人は、間違い無くヴァルティランの人ではない。けれど、インブライドの人なのだろうか。向こうの兵士にしては、なんだか雰囲気が違う様な気がする。そりゃあ、色んな人はいるものなのだろうけれど。

「大丈夫ですか?」
「……う……ああ、ありがとう、ございます……ケホッ…………おい、ノウ、大丈夫か?」
「大、丈夫よ……ロー」

手を差し伸べると、ローと呼ばれた男の人は俺の手を取ってゆっくりと身体を起こし、なんとかその場に座り込んだ。余程疲れていたのだろう。まああの様子だとかなりの時間をあの下で過ごしていた様だから、悪臭と空腹は辛かっただろう。ノウと呼ばれた女の人もキリヤに手を貸してもらい、ローさんの隣に座り込む。2人揃って大きく溜息を吐く。そしてやはり揃って俺らの方をまっすぐに見て、頭を下げた。

「「助けて頂いて、誠に有難うございました」」
「「ああ、いえその、どう……いたしまして」」

ローさんの黒い瞳と、ノウさんの青い瞳が揃って俺らを見つめている。なんだかその視線が怖いとは違うけれど、恐れ多い様な気分になる。お礼を言われているだけなのに。

「あの、ローさん、と、ノウさん……?」
「はい」
「は、えっと。インブライドの兵士なんですか?」

そこでふと2人は顔を見合わせ、首を傾げる。余程、長く一緒にいるのだろう。そうでなければ、そんな風に動きが揃ったりしない。そんな2人を見て居ると、なんだかルミを思い出した。俺も、ルミとそんな風に出来るだろうか。今は一緒にいることすら出来ないけれど。いつか再会して、そしてまたいつぞやの様にあの花畑に行ったりして一緒に笑い合ったり話したりして、そんな日々を過ごしたい。その為にはこの戦争が終わらなければならないけれど。そしてこの戦争が終わった時に、俺もルミも、生き延びていなければいけないのだけれど。

「「違いますね」」



2年前 No.56

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「「え?」」

思わず俺らはそう聞き返す。この場にいてヴァルティランの兵士でなければインブライドの兵士だろう。でなきゃここに居ることそれそのものがおかしいのだから。
けれど、ローさんもノウさんも其のことをさしておかしなことだと思っては居無いらしく、けれど俺らの雰囲気から何かを察したのか、やはり2人揃って首を傾げ悩んで居るポーズを取る。2人はその動作だけで意思疎通をして居るのだろうか。本来なら不可能だろうそれをこの2人は可能にして居るのでは無いかという錯覚じみた何かを感じる。

「兵士では、ないよ。けれど……インブライドの人間でも、ない」
「より正確に言うなら、兵士では元々なかったがそれに近しい存在であったし、インブライドの人間でもあったよ」
「けれど私達はもうどこの人間でも無いの」
「自由に生きる為に過去を捨てたんだ。……ただ、行くところが有るんだが、戦争の真っ只中に出てしまってね、行けなくなってしまったのさ」

どこに行こうとしていたのか気にはなる。けれど、教えてはくれないのだろうか。それでも、駄目元であったとしても聞くべきだろう。教えてくれなかったらそれはそれで、良いことにしよう。

「どこに、行こうとしていたんですか?」
「「そりゃあ、可愛い可愛い娘の元へ」」

なんだか、似た様な話を知って居る気がする。しばらく記憶を探って行って、ふとある記憶に辿り着く。隣を見れば丁度キリヤも気付いたところらしい。以心伝心とはこういうことか、なんて一瞬頭をよぎったが今はそれどころでは無いのだと頭から追い出す。

「あのっ、その娘さんって、森に居る金髪の子じゃないですかっ?」
「「なんで知ってるのっ?」」

やっぱりか。
その言葉を飲み込みながら大きく長いため息を一つ吐く。

2年前 No.57

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俺らは悩んだ末に「偶然迷い込んだ一般人」を保護した事にして野営地の方へと連れて行くことにした。けれどヒュウナが森に居るままだから、俺らは二手に分かれ、俺はローさんとノウさん、キリヤはヒュウナを野営地に連れて行くことにした。ヒュウナはまだあの森で俺らを待って居るのだろう。今は戦いが止まって居るからまあまあ安全だろう。ローさんとノウさんもヒュウナの居る森へと行きたがったが2人はシュウさんに会わせなければならない為、何とか説得した。
2人と歩きながら幾らか話をすることにした。

「さっきインブライドの人間だっと言って居たのは、どういう意味ですか」
「まあそのままの意味だよ。インブライドで生まれ育った生粋のインブライド人だけれど、私達はヒュウナと共に3人で故郷を捨てたから。だから今は何人でも無いのよ」
「ええっと、グロードさんとノイアさん、でしたよね。何故、インブライドを出ようと?」
「……娘が居るのに、戦争に巻き込まれたく無いからだよ」
「他にも理由は有るけどな。でも其の理由が一番さ。俺らの何より大切な娘だから」

其の気持ちはわかる気がした。勿論俺には子供なんか居無いけれど、身近な幼い子……ラミアとかが戦争に巻き込まれて死ぬのなんて考えたくもない。幼い子だけでは無くて、同級生も、家族も、近所の人、商店街の人、お世話になった人やそうで無いまだ話したことの無い人が死ぬのは嫌だ。いつも一緒にいるキリヤであっても、ともに戦って居る他の兵士たちであっても。本当は戦いたくは無いインブライドの兵士にしたって、本当は死ななければ良いと思っている。戦地に居ても、インブライドの兵士が俺の方へこない事を心の底から祈ってる。出来る限り人を避けながら駆け抜けて居ることはきっと誰も気づいて居ないだろうけれど。

「ヴァルティランは安全なの?」
「そう言い切ることは、出来ないんじゃ無いかと思います。戦争が始まってからは帰って居ないから、国内の状況が分から無いんです。シュウさんに聞けばいいのかもしれ無いけれど……」
「シュウさん?」
「ああ、俺たちの上司ですかね。ヴァルティランの姫王に仕える、今一番若い議員でもあるんですよ」
「姫王? ヴァルティランの王はレグラだろう。彼はもうそこそこの年齢だと思ったが」
「レグラ王はすでに亡くなって居るんです。今はその娘のルミナリア姫が国を守っているんです」

1年前 No.58

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俺の言葉に驚いた様子の2人にどう声を掛ければいいのか分からなくなる。王が変わって居るということに驚いたのか2人揃って黙ってしまう。俺は暫く黙って歩き続け、2人も半分虚ろな状態でついて来ている。それから暫くして野営地に着くと真っ直ぐにシュウさんのテントへと向かう。中から声がするあたりシュウさんは居るのだろう。

「シュウさん、入っていいですか」
『……ダイル君だね。……ああ、いいよ』
「失礼します」

中に居たのは2人。1人は奥に座って居るシュウさんで、もう一人は格好から察するに城からの使者だろう。おそらくはルミからの伝書だろう。それ以外にも直接の伝言があるのだろう。そんな大切なことをして居るところに入っていいのか分からなかったけれど、いいと言われたのだから良いのだろう。
中に入ると、シュウさんは俺の後ろに居る人を見て怪訝そうな顔をした。それから立ち上がり、営業スマイルと呼ばれるような笑みを浮かべて椅子を勧めた。出されて居る椅子は一つだが、使者の方が気を利かせてもう一つの折りたたみ椅子を出してくれた。俺は少し考えた末に使者の隣に立つことにする。グロードさんとノイアさんは躊躇いがちに椅子に座り、シュウさんの方を向く。その様子を見てからシュウさんも再び座り直す。

「ヴァルティラン帝国議会の議員をしております、シュウ・リダイルです」
「……インブライドから来ました、グロードです」
「同じく、ノイアです」

互いに挨拶をし、2人はこれまでの事を話し始めた。話は俺やキリヤが聞いたのと同じ様なもので、其れをより詳しくした様な感じだった。話が終わることになるとテントの外からキリヤの声がして、シュウさんが返事をすると、キリヤとヒュウナが入ってきた。ヒュウナを見たテント内の人間の反応はそれぞれだった。使者の人は特に表情を変えなかったし、シュウさんは其れまでの話を聞いて居た時の真面目な顔から一転して心からの笑みを浮かべ、グロードさんとノイアさんに関しては喜びに満ちた声と表情、そして動きでヒュウナの名を呼びながら彼女を抱きしめた。

1年前 No.59

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そんな感動的な場面を見て、場の雰囲気が一気に和んだ。
両親から離れたヒュウナは、俺の方を見、キリヤの方を見た。それから涙を浮かべたまま微笑み、貴族がする様な礼をして見せた。その動作に、俺とキリヤはハッと息を呑み、それ以外の人々は驚きに目を見張る。けれど彼女の両親である二人は特に驚いた様子は見せ無い。少ししてから、シュウさんが言葉を紡ぐ。

「……グロードさん、ノイアさん。あなた方は一体、どの様な人々なのでしょう?」

それはこの場の全員の疑問であったと言えるだろう。
ヒュウナは確かに可愛らしい容姿をして居るけれど、少なくとも服装なんかを見れば金持ちという感じはし無いどころか、貧民層でずっと暮らして来たかの様だ。両親を見る限り遺伝なんかもあるのだろうけれど身体つきも華奢で、だからだろう、その綺麗なお辞儀はとても違和感があった。そしてそんなお辞儀は貧民層で暮らしていたら覚えることなどあり得無いものだった。
シュウさんの問いにグロードさんとノイアさんは顔を見合わせる。その表情に焦りはない。隠していたわけでは無いのだろう。もしわざと隠していたのだとしても、いつまでもそうして居るつもりでは無かったのだろう。ただ、俺やキリヤ、使者の人の方を見て僅かに顔を曇らせる。どうやら俺らには言いたく無いことらしい。本当は気になる所ではあるけれど、俺は空気を読みキリヤと使者の人と共にテントを出る。それから少し歩いて、使者の人と向き合う。

「……城からの、使者の方ですよね」
「はい。リダイル殿に文を、と」
「姫君から?」
「それは言えませんが。……けれど、きっと貴方は知ることができるでしょう。ええ、きっと」
「どういうことですか」
「それは私はからは言えません」

優し笑みを浮かべるその使者さんは、きっと何かを知って居るのだろう。その何か、というのが分からないけれど、きっとルミから信頼されて居るのだろう。だってきっと、俺が知ることができると言ったということは、あの使者の人はシュウさんと俺が悪い仲でない事を知って居るということだから。もしかしたらルミから聞いたのかもしれない。そうだとするなばら、この人はとても信用のできる人だということ。

「名前を聞いても?」
「マノエ・フリオアです」
「……姫君に、言伝を頼んでも?」

俺の言葉にやや驚いた様な表情を浮かべたマノエさんはけれど、柔らかく微笑んで頷いた。

1年前 No.60

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ルミへの伝言を告げた後、俺らは俺らのテントへと向かった。きっとマノエさんはルミに伝えてくれる。根拠など無いけれど、そう思える気がした。

「なあ、ダイル、お前さ……この戦争、どうなると思う?」
「その話前もしなかったっけ」
「そうだったっけ。いや、してないと思うけど」
「そっか。……俺は、分からない。けど、ルミとかさ、シュウさんがなんとかしてくれるんじゃ無いかな」

希望的観測でしか無いが。それでも、そんな風に信じていなきゃ、こんな死に溢れた場所になんかいられない。国のため、じゃなくて。自分のため、大切な人のため、守りたい何かのためにここに居るはずだから。俺は戦争とか良くわからないけれど、それでも負けたくないって思うし、奪われたく無いって思うし、何より平和を願う。そんなの誰だって同じはずで、戦争を始めたインブライドのお偉いさんだって、本当は嫌だって思ってても、どうしようもないことだってあるから。だからきっとこうなったんだって思えば、ちょっとだけ我慢できる気もする。だからせめて、戦争が終わったら、みんなが幸せになれれば良いと思う。すぐには無理だとしても、必ず良い未来につながれば良いと。

「ふぅん。お前、案外あっさりしてんな」
「受け入れたからね」
「それなら、いいや」

何か考え込んでる様な表情で隣を歩くキリヤは果たして何を考えて居るのか。俺には全く予想もつかない。彼は学校の成績こそ俺のさほど変わりは無いけれど、それでも頭の回転の速さはずっと速い。まじめに勉強してないから成績が良く無いだけで、本当は頭がいいんじゃ無いかと思う。

「ま、今日は早く寝ようや。疲れたし」
「だな。色々、よくわかん無いし……寝たら何とかなるだろ、うん」
「ダイルの場合、全て忘れたから、それで解決って感じだよな」
「否定出来ないのが悔しいところだ」

テントに入り、荷物からペンダントを取り出す。やはり綺麗に、微かな光にも反射する。その様子に何と無く心の満たされた様な気分になる。ルミからのプレゼント。ふと目を閉じればあの花弁すら思い出せる。手紙の内容も、一字一句思い出せる気さえしてくる。実際はそんなこと、出来やし無いけれど。ある程度見とれてから、また荷物に戻す。
きっと明日か明後日あたり、また戦うことになる。いつ奇襲されるかも分から無いこの場所だけれど、今だけは大丈夫だと信じて寝たい。明日は頑張るから、なんて誰に対してでもなく言い訳じみた言葉を脳内に響かせて、ゆっくりと眠りについた。

1年前 No.61

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「敵襲だぁー!!!」

その野太い叫びで目を覚ました。
一度だけでは聞き取れなかったが、何度も別の声で、遠く近く繰り返されるうちにその言葉ははっきりと耳に入り、脳へと到達する。それから理解して、俺はすぐ隣のキリヤも起こす。彼はいつも寝起きが悪いけれど、敵襲ともなれば話は違うはず。起こすのには苦労するけれど、命がかかって居るから、今回ばかりは多少乱暴が過ぎても許してくれ。
そう心の中で謝りつつ大きく彼を揺さぶると共に彼の耳元で大声を出す。起きる気配はない。やや強く叩きつつ更に大きな声を出す。寝返りを打つ。止むを得ず俺は立ち上がり、少しばかり勢いをつけて彼を蹴る。

「……ぅいってぇっ!」
「起きろ、敵襲だ」
「はぁ!?」

ガバッと起き上がり、彼は外の声に気づいたらしく事態を把握し、素早く着替えて俺と共にテントを飛び出す。敵はどうやら野営地のすぐ近くまで来てしまって居るらしい。いち早く気づいた夜番の人が警告を出すのが早かったのか遅かったのか、野営地まで辿り着かせること無く大人の兵達が戦っている様だ。早く俺たちも参戦せねばと戦場へと急ぐ。そして、戦場へたどり着く直前、俺らは驚きその場に立ち止まる。いつもよりなんだか、苦戦して居るなとは思っていた。けれど、まさか。今までとは違う、しっかりとした体付きの大人の男の人たちだった。少しだけ女の人も混じっている様だけれど、その人達だって筋肉の付き方がしっかりしてて、訓練した人みたいだ。武器やなんかも今までのよりはまだまともな方で、俺達みたいなガキが今、戦場に行けば間違いなく死ぬ様に思われた。

「ダイル君、キリヤ君ッ」

後ろから大声で呼ばれて、俺は振り返る。そこに居たのは我らが上司であるシュウさん。そしてその更に後ろにはグロードさんやノイアさんもいる。三人とも、この状況に焦った様な表情を浮かべている。

「若い人達は後ろに下がっているように他の子にも伝えて。君たちには君たちの役割がある」
「「はい」」

返事をして、テントの有る野営地の方へ走り出す。
走りながら、すれ違う同年代の若い人々に声を掛ける。後ろからはこれまでに無いほど激しい音が聞こえる。今までは余程のことが無い限り、こちらが一方的に敵を倒して行く様な感じだった。それなのに今回は互角どころか、向こうがやや優勢な様だ。ふと振り返り、その理由に気づく。明らかな人数差、そして、一人一人の戦闘能力。それら全てが劣っているのだと。

1年前 No.62

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「若い奴は前線に出るな、戻れ!」
「今回の敵はいつもと違う! シュウさんからの命令だ、前線から離れろ!!」

一つ一つのテントに声を掛け、すれ違う歳の近い人達の腕を掴んで引き止め、とにかく駆け抜ける。と、思わず俺は立ち止まる。すぐ隣を走っていたキリヤも、どうした、と言うように立ち止まり俺の方を向く。周りの人達がまっすぐに向こうへと走って行く中で、俺とキリヤだけ立ち止まっているとまるで、俺達だけ時間が止まったかのようだ。

「俺、ペンダント取ってくるっ」
「馬鹿だろ、後で戻って来れるかもしれないし」
「でも、それが無理だったら? 敵に、テントの中漁られたら?」
「……っだぁーー!! 分かった、行ってこいよ。でも死ぬなよ、絶対死ぬなよ、死んだら殴るからなっ」
「死んだ奴殴るなよ!」

そう叫び返しながら俺は走り出す。テントに向かって一直線に走って行くけれど、反対向きに走る人達が多くてどうにも進みにくい。それに、何故だか敵は弓矢を持っているらしくて、幾つか飛んで来ては誰かに当たったりしている。威力は殺されているようだけれど、それでも十分なくらいこっちは怪我しているみたいだ。特に後ろから飛んでくるのは死角だから除けられないのがほとんど。
なんとかテントに辿り着き、若干震えている手でペンダントを取り出す。その光を一瞬だけ確認し、胸ポケットにしまう。絶対出ないように留めてから、立ち上がる。テントから出ると、もう皆、遠くへ行ったようだった。早く追わなければと走り始める。何度も後ろを確認しつつ走り抜ける。
ある程度まで走ると、硬くて人の背の何倍もありそうな岩が並んだ場所に着いた。その影に誰かが隠れたのを確認しそちらまで走る。と、何と無く後ろから気配の様なものを感じた。足音、だろうか。振り向くと、一人の兵士が追いかけて来ていた。明らかに味方では無い。腰には、剣を吊るしているけれど、こんな大きな男に勝てる様な俺じゃあ無い。殺される未来がすぐ近くに来ているのを感じる。

「……ダイルっ」

離れた所で、キリヤの声が聞こえた。そこでふと気づく。そういえば此処にいるのは、俺だけじゃ無い。けど、皆俺くらいの歳の奴ら。助けてくれるベテランは、一人もいないみたいだ。思わず、ペンダントを入れたポケットのある左の胸元を掴んでいた。

1年前 No.63

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「つまり、あたしに戦局を見極めろと、そう言っているのかい?」
「ええ、端的に言えばそう言うことになります」
「ふぅん」

つまらなそうに、セリさんはそう呟いて一口、お茶を飲んだ。こくり、と言う音が静かな部屋に響く。部屋の中には私とセリさんしかいない。使用人は皆、部屋から遠ざけられている。生活音のしない此の場所はもともと防音にもなって居る。近くに誰かが潜めるような影も出来ない様な設計らしいが、建築には詳しく無い私だからそれに関してはよくわから無い。けれどこんな静かな部屋じゃ、互いの息をする音、身じろぎした時の衣擦れの音などがいちいち耳に入ってきて良く無い。なんだかむずむずする。

「冗談じゃ無いね、あたしは戦争に関して知識の有る人間じゃあ無い。そんなのは、軍の奴にやらせりゃあいいじゃないか。あたしで有る必要は、これっぽっちも無いだろう」
「いいえ、理由はあります。それは、貴女だってよくわかっている筈です」
「まあ、そう言うなら、そういうことでもいいけどねぇ」

やはりつまらなそうに、鼻を鳴らす。ぐるりと首を回し、大きく息を吐いた。
彼女は、此の国で一番の知識人だという。年齢を感じさせる真っ白な髪は後ろできっちりとまとめられ団子にされている。其のきつさは彼女の強さの証だと思った。曲がった背中も、彼女の生きた時間と、其の人生に詰め込まれた知識や過酷さ。そして何より彼女の鋭い目は、この世の全てを見通す何にも屈し無い意志を持つ、何か大きな壁を乗り越えたことの有る人の其れだ。此の国ではまず見られ無い、何処か別の国の民族衣装も彼女のらしさと言える気がする。
其の民族衣装は、薄茶の布に、様々な色の糸で刺繍を施したものを何枚も重ねた様な独特のもの。長いワンピースの様に着ているものは特に刺繍が細かく、よくよく見れば其れの裾の刺繍は巻物の様に何らかの物語を表している様で、白い大きな犬や何人もの人、炎や青い花などが見られる。

「……でも、そうさね、此の国に長く生きた。世話にゃあなってるからね、少しくらい手伝ったっていいかもしれ無いね。ダイルにもあんな条件を出したんだ、どうせなら戦地にいる彼奴にもちょっとだけの餞別として、あたしの知識を此の国のために使うのも悪く無い」
「え、あの、セリさん?」
「よく聞きな、ルミナリア姫。あたしは、あたしの意志で此の国に手を貸そう。但し、条件がある」
「ええ、承知しております」

背筋が伸びる。セリさんが、にやりと笑って、来る時に羽織って居たらしい正方形の大きな布を頭から被る。やや俯きがちなため、布の影になり其の顔も表情も見え無いが。どうも楽しげに思えてなら無い。

「インブライドを、必ず、此の国に吸収しな。もしそれが出来なければ、あたしは此の国に火種を持ち込むよ」

1年前 No.64

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あまりに突飛な条件で一瞬固まってしまう。2、3回ほど脳内で繰り返し内容を考えて理解し、それからセリさんの意図を汲み取ろうとするも失敗に終わる。

「そうすることに、何の意味が?」
「あの国は今、ボロボロさ。戦えてはいるらしいがね、てっぺんから崩れて行くのは時間の問題さ」
「何故そんなことがわかるのですか?」
「何故ってそりゃあ、あたしにだって伝手があるって、只それだけのことだよ」

何もおかしなことじゃないだろうと言って、クックッと笑い声を立てる。彼女の纏う不思議かつ不気味な空気が部屋全体を支配する。この空間で、私は完全に彼女に負けて居た。その場を制するその才能、技術はまだ私の持たない、しかしこれから先必要となるそれが彼女にはあった。それこそが彼女の強さであり、これまでの全てだった。

「では、分かりました。私に何ができるか分かりませんが、議員と話し合い手を打ちましょう」
「絶対だよ。そうでなきゃ、何の意味もないんだから」

それがどれほど難しいことか、彼女なら私以上によく分かっているだろうに。だからこそ、なのだろうか。私や議会を試しているのだろうか。人より何かしら秀でた才能を持つ人は時に、手を組む相手や仲間を得る時に、その相手を試すことがある。それが嫌味にならない人間と、なってしまう人間といるが、彼女の場合はそれを自ら操作できるタイプなのではないだろうか。

「それより、姫君は私に聞きたいことが有るんじゃないのかい?」
「……ええ」

私は息を整える。さっきからずっと聞きたくて仕方なくて、うずうずしていた。彼の名が出た時から、ずっと。きっと彼女はわざとその名を出したのだろうけれど。私に、この質問をさせるために。

「ダイルに、どのような条件を出したのでしょうか」
「死ぬなって伝えたのさ。実際にはツケにしてやるって言っただけだが。つまりダイルは私に代価を払うために、生きて帰らねばならない」

くすくすと心の底から楽しげな笑みを浮かべるセリさんを複雑な思いで見つめる。

1年前 No.65

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彼女がどういう人間か、分かったことと分からないことと何方も大きい。確かなのは賢いこと、この国やインブライドの未来をある程度予測できているらしいこと、伝手が色々あって大抵の事は出来てしまうこと、長い時間を生きていること。こうかな、と思えるのは皮肉的であること、ダイルとそれなりの交流があること、信用があること、子供っぽいこと、それからきっと優しいこと。
ここから先は本当に推測だけれど、きっと議会の内情なんかも筒抜け。彼女の出自に関しても、彼女の条件には影響している。其れが何を意味するのかなど分からない。

「では其の為にも、ダイルは生きて帰ってくるということですか」
「そうさね。にしても……為にも、ねぇ」
「なんでしょう?」
「他にも帰らなきゃならない理由があいつにはあるってことかい?」
「……あるでしょう。彼には、家族も、友人もいますから」

それに、私だって彼と、約束をしているのだから。
それは口にはしなかったけれど、何と無くセリさんに伝わっている様な気がした。彼女は本当になんでも知っているから、約束の内容まで知っていても不思議じゃ無い様な気さえしてしまう。それから少しゆったりとした時間が流れたけれども、直ぐにそんな気配はうち消える。

「じゃあ、話は終わりだ。今日は城に泊まっていってもいいんだろうね?」
「ええ、そのつもりで部屋も用意しています。案内させますから、少々お待ちください」

私はその言葉と共に立ち上がり退室する。部屋の外は中と違って色んな音が大きく歩いは微かに聞こえた。誰かの叫び声、剣を交えて訓練する音、廊下を走って行く音、いつも通りの日常の音。ようやく、日常に戻った気分だ。音と隔絶された中で、あんな人物と長時間話すのはまだ私には荷が重い様だ。

1年前 No.66

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ずっと思っていたことがある。国とはなんなのだろうと。人の集まり、人種や民族ごとであることが多く、しかし様々なものが混ざっているのもある。ある程度定まった価値基準があり、それに反するものは忌み嫌われやすい。良くも悪くも仲間意識が強く、集団としての要素がつよい。
国とは国民の事だと言う人もいる。そういうのもわかる。国民あっての国であることは、ダイルと会ってから特に強く感じている。毎日長い時間働く人がいる。そんな人を支える人がいて、そんな人達を守る人もいて、様々な関係から成り立つそれらはよくよく見ればとても大きな規模で、気付けば国となっている。象徴として王族がいるけれど、それは単に代表であるだけだ。建国当時はきっと、私の先祖もなんらかのカリスマ性を持って代表となったのだろうけれど、私は本当にその血を継いでいるのだろうか。
いま危機に瀕しているこの国を守る力が私にあるだろうか。父亡き今、国を動かせる人間は私しかいない。ベテランの議員達こそいるけれど、いつまでも頼ってばかりではいけない。
ヴァルティランだけでなく、インブライドま救うと決めた。そしてそれは、セリさんとの約束でより一層確かなものになった。ダイル達が戦っている今、彼らの命は出来る限り守らなきゃいけない。彼らが国に残した人々も、その生活も。けれどそのために私には、何が出来るんだろう。

9ヶ月前 No.67
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