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ABA語らい

 ( プロ小説投稿城 )
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荒川旧太郎 ★PSP=lB9BsEJFL0

 八月二十一日、かつて私が通っていた高校は昨日が夏の連休の最終日だったらしい。十歳年下の妹、佳世子がラグナログの前触れでも感じたかのように慌ただしく学校へと出発した。
 一方の私は、前日の晩に短編の原稿を書き上げたばかりだというのに作家仲間の初書籍の解説を頼まれそちらを書くのに少々手こずり。結局昨日はろくに寝る事ができなかった。
 そんなところへ、突然の電話があった。
 時刻は朝の七時二十分、私なら朝の忙しい時間帯に気を使って電話など控えるものだがそういった気遣いなど一切無用で電話をかけてきても不思議では無い人物に私は二人だけ心当たりがあった。一人は昨晩完成させメールで送った短編に対し返事或いは続編の依頼をくれる文芸誌「メビウス」編集部の新田氏。そしてもう一人は、大学時代からのつき合いで何故か頻繁に私のもとに顔を覗かせる常識の通用しない自称銘探偵、すなわちアバである。

3年前 No.0
メモ2013/09/23 20:04 : 荒川旧太郎★PSP-juadUHeJja

登場人物


・私(近義経市) 二十八歳の駆け出しミステリ作家

・アバ 自称銘探偵、近義とは大学で知り合い当時から数々の難事件を解決していた

切替: メイン記事(27) サブ記事 (16) ページ: 1


 
 

荒川旧太郎 ★pT5N6Yl87U_BzK

 アバ、本名不明。年齢不詳、しかし私が留年せずに大学に進学したので私と同年齢か年上である。性別、女。専攻は私と同じ文学。髪色は薄い茶色で瞳の色も日本人と比べるとやや薄い。また身長も女性にしては高く百七十三センチの私と大して差が無い。
 これが私の知る限りの彼女のプロフィールである。問題なのは性格で傲岸不遜という四字熟語がそのまま当てはまる。行動力が高く用意周到な部分のある彼女のせいで幾度と無く損害を被ったが謝罪の言葉を聞いたことは一度もない。最近の出来事を例に挙げると佳代子に探偵の極意という非常に胡散臭いものを吹き込んでいた。佳代子が私の書いたミステリ小説を読み解決部分に手を付けず首を捻っていた事を疑問に思い問い詰めた所アバの名前が出てきた。連絡して詳しく事情を聞くと助手が欲しくなりミステリ作家の妹など誂え向きらしい。私に相談しなかった事を悪びれる様子も無く飄々とした彼女の様子を見て私は今後も彼女に迷惑をかけられる事を直観し諦観の境地に達していた。
 今日も彼女の愚行につき合わされ、振り回されるのだろうか。新田氏からの電話の可能性もあると自分に言い聞かせ、私は受話器をとった。

3年前 No.1

荒川旧太郎 ★PSP=juadUHeJja

第1話  双方・奏法・葬送


 東北の小さな田舎町から、バスで一時間ほど南に進んだ山間の森にその旅館はあった。“陸奥荘”という名で、大正元年に創業した温泉宿で地元の絵清温泉は創業以前から東北の武家や大名たちが足を運んだという。いわゆる湯治の名所にある旅館だった。
 二階の窓から一望できる高さが五十メートル、横幅が十メートルはある滝と岸壁の割れ目から吹き出る湯気が自然の力強さを感じさせる。東北と言えば山形の肘折温泉など湯治の名所が幾つか存在するが絵清温泉もそれらに勝るとも劣らないものだった。
 夏は終わりを迎え、残暑も感じられなくなった九月の下旬。私とアバの二人は、ここ陸奥荘に訪れていた。

3年前 No.2

荒川旧太郎 ★PSP=juadUHeJja

 普段から取材を目的に各地を訪れる事のある私だが、現在執筆中の原稿は半分以上完成していて今更取材してまで調べるような事は無い。私が陸奥荘を訪れた理由は、一ヶ月ほど前にアバに誘われたからに他ならない。佳世子を唆した謝罪も兼ねて旅行にでも行こうと電話があったが十年近い付き合いで初めて聞いた謝罪の言葉を間に受けるほど私は不用心では無く、何か裏があるのではと警戒していた。
「とりあえず、何故私達が夫婦と間違われたか教えてもらおうか」
「私が名字を書かなかったからだろうな。更に言えば此処の女将は君の小説を読んでいないようだ。君がもう少し有名な小説家だったら独身だと知られていたかもしれないが、折角筆名で受付に署名したのに残念だったな。近義経市」
 アバが私の自意識過剰をあざ笑うように答えた。彼女は余計な事を言って私の神経を逆撫でする悪癖がある。
「それでもアバなんてスウェーデンのミュージシャングループみたいな名前を不思議に思わない訳無いだろ。私が有名になった後にあの帳簿が発見されたらどうするんだ」
 アバが私の愛人のように世間で注目を浴びてしまうなど、考えるだけで鳥肌が立つ。

3年前 No.3

荒川旧太郎 ★PSP=juadUHeJja

「名前を書く時はその場に併せて漢字と片仮名を使い分けているからな。阿僧祇の阿に羽化登仙の羽で阿羽だ」
 初めて知った。けどそれだとアバではなくアワと読むような気がしないでも無いが漢字の読み方は千差万別だと言い返されるのが想像できたので口を慎んだ。
「しかし以外だな。君がこんな所を知っているなんて。君の趣味は偕楽園みたいなもっと華美なものだとばかり思っていたよ。」
「前に誘ったのはそこだったな。別に風情がある物ならなんでも好きだよ」
 大学時代、卒業旅行と称してアバを含めた学友達と茨城まで旅行をした事を思い出す。私を含む大多数が宿泊代を押さえ食費に使おうと提案したのにアバだけは頑なに偕楽園に近い一日の宿泊費が学生には不相応なホテルに泊まると言って聞かなかった。
「今回も拘ったのか?」
「当然だ。自宅のマンションも探偵事務所も宿も南窓の部屋以外は借りない事に決めているんだ。」
「でも、私も同じ部屋に泊まると聞いた時はさすがに驚いたぞ」

3年前 No.4

荒川旧太郎 ★PSP=juadUHeJja

 今回の旅行そのものがアバの誘いなので新幹線の切符や宿泊先の予約などの段取りを全て彼女に一任する事をなんとも思いはしなかったが、改めて口に出すと付き合ってもいない男女が同じ部屋で寝るというのは普通の事ではない。ましてや相手がアバである。美人局の警戒くらいしなくては不用心だ。
「君に私を襲うような度胸があるとは思えない。もしそんな度胸があるなら大学生の頃に手を出しているだろ?」
 随分な言われようだが否定した所で私の立場が悪くなるだけだ。私は話を変えようと散歩にでも行かないかと提案したが「君は風景を見ても小説での表現の仕方ばかり考えているから面白くない」と一蹴された。返す言葉もない。

3年前 No.5

荒川旧太郎 ★PSP=juadUHeJja

 外に出て陸奥荘に来た道筋を徒歩で辿る。西を見れば雲がかかり頂を望むことができない大きな山が、東を見れば大地を二分する谷とその下へ絶え間無く水を流し続ける滝が視界に写り日常から隔絶された自然の力強さを感じる事が出来た。何処から眺めれば美しいかを模索しながら歩き続けると二手に道が分かれていた、片方は私たちが通った谷沿いを進み市内へと通じる道。もう片方の道は山沿いを進み県外へとつながる道だ。
 もし此処を舞台に小説を書くとしたらどんな物が作れるだろうか。このような思考をするのはミステリ作家の性とも言えるだろう。陸奥荘につながる道はこの二つのみで他に逃げ道は無い。豪雪や豪雨などを理由に外界から隔絶させればまさに陸の孤島。ミステリ小説の舞台にうってつけである。他にも谷底への落下事故に見せかけた殺人など創作意欲を刺激される。今後の作品に役立つかもしれないという淡い期待を抱き、私は少しばかりアバに感謝した。
 時計を覗く三時半を示していた。三十分ほど自然の中で小説のネタを考えていた事になる。滝が近いせいもあり若干の肌寒さを感じる。私は来た道を振り返り、陸奥荘へと向かった。

3年前 No.6

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 陸奥荘に戻ると受付に五人組の男女が立っていた。歳は全員私と同じか少しばかり年上の三十路ぐらい。五人中四人がトランペットやギターなどなにかしらの楽器のケースを身につけている。
「あの、もしかして。近義経市さんじゃないですか?」
 受付の前で退屈そうにしていたベースのケースを持った女性が私に声をかける。帳簿を見れば私の名前を近義経市か阿羽に絞る事は可能だがわざわざ他の宿泊客に声をかける必要があるだろうか。疑問と同時にある期待が頭に浮かぶ。
「確かに私が近義経市ですが、何処かでお会いした事があったでしょうか?」
「私、井上雅子って言います。近義先生の『磨かれた死体』を読んで先生のファンになった者です」
 私の期待に彼女は答えてくれた。『磨かれた死体』は私が大学在学中に書いた長編小説で私のデビュー作である。アバと出会した事件を脚色した物だがなかなかの出来であると自負していた。まだまだ駆け出し作家故にサイン会などを行った事のない私にすれば数えるほどしかないファンとの交流である。
「私達、仙台の方で活動してるジャズバンドなんです。機会があれば是非聞きに来て下さい」

3年前 No.7

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 雅子の声から興奮気味な事を察知できる。数少ない前例の中でも彼女のように熱狂的なタイプのファンは居なかった。日頃から私の小説を「百ある凡夫な小説の一つ」と評価しているアバに見せつけてやりたい気分だ。
「近義先生の小説は長編も短編も凄く面白いです。もしかして御自分でも探偵のような事をされてるんですか?」
「いえ」私は短く否定する。悔しいが私の作品に登場するどの探偵よりも優秀な事を認めざるを得ない相手が一人居る。「そういうのは………」
 ちょうど私が言葉を続けようとするのと同時に、受付にいた男の一人が雅子の事を呼んだ。諸々の手続きが終わり部屋へと向かうようだ。
「すみません近義先生。私の話に付き合わせてしまって。ありがとうございました」
 仲間に置いていかれまいと少し駆け足気味に陸奥荘の階段に消えていく雅子を見て私は小さな声で呟いた「そういうのは、アバの仕事だ」

3年前 No.8

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 階段を三階まで上ったすぐそこにある部屋が私とアバの部屋である。左右に五つずつ空き部屋が見えその奥が行き止まりになっている。
二階は行き止まりではなく突き当たりで直角に通路が曲がりそれぞれ宴会場になっている。片仮名のコの縦線の中心に階段があり上下の横棒の左端に宴会場がある形だ。
 部屋に戻る前に宴会場を一目覗こうと思い二階の階段から右に曲がる。部屋があるのは縦線部分だけらしく突き当たりを曲がると奥の襖以外窓も扉も無い殺風景な光景だった。襖を開けるともう一枚扉があった。非常に重苦しい威圧感を放つ、陸奥荘には似つかわしくない扉には防音扉と書かれた張り紙が張ってある。宴会場から一番近い部屋でも直進距離で結構離れているので騒ぎが聞こえるとは思えない。どういう理由かは不明だが宴会場が防音になっているのでバンドマンが利用しにくる。私は山猫軒に入る青年が如く自己完結し、ポケットから取り出したネタ帳にこれらを綴り宴会場を後にした。

3年前 No.9

荒川旧太郎 ★PSK3NU7xGG_BzK

小休止

「図で表したほうが分かりやすいだろう」
「君にしては気が利くがこの図自体はあまり役に立たないと思うぞ」

http://search.yahoo.co.jp/search?tt=c&ei=UTF-8&fr=sfp_as&aq=-1&oq=&p=http%3A%2F%2Fuploader.sakura.ne.jp%2Fsrc%2Fup127699.png&meta=vc%3D

3年前 No.10

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 自室の扉を開けると冷風が肌に突き刺さり身震いをした。奥の方に目をやるとアバの拘りの南窓が解放されている。
「外の風でも浴びようとしたのだが窓が閉まらなくなってしまってね。報告しに受付まで行ったら女将さんに随分頭を下げられたよ。部屋には暖房器具があるから平気だと言ったのだが代わりに温泉をいつもより早く準備すると言っていた」
 入り口からは見えない死角の部分からアバが答えた。どうやらアバは私と入れ違いに受付に来ていたようだ。あのジャズバンドについて何か知っているかもしれない。
「なあアバ。受付でジャズバンドグループを見なかったかい?」
「見たよ。メンバーの男の一人が此処の倅らしい。宴会場を防音仕様にしたのも倅らしいぜ」
「メンバーの一人に私の小説のファンが居たんだ。『磨かれた死体』を読んでくれたらしい」
 靴を脱ぎ卓袱台の前に立つとアバ座布団を投げてくる。私はそれをキャッチし尻に敷いて座った。
「あの事件か。あれは痛快だった。天網恢々疎にして漏らさず。愚か者の末路はさながらイソップ童話のようだったな」

3年前 No.11

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 『磨かれた死体』の元となった殺人事件の被害者はアバの同業者であり憎むべき商売敵の探偵であった。犬猿の仲の探偵に自身の死の謎を解明されるなど探偵にとってこの上無い恥であるというのがアバの主張でこの話をする時のアバは上機嫌で笑顔が魅力的で普段よりも恐ろしい。この状態のアバと同席するのに耐えきれず私は温泉に浸かってくるとアバに伝え部屋を出た。
 温泉は宴会場の真下にあった。東側の宴会場の下に男湯、西側の宴会場の下に女湯があり片仮名のコの中の部分にあたる場所に露天風呂がある。露天風呂は男女共同じ浴槽ではあるが大きな仕切りで隔てられている。
 掛け湯をして、体を洗い、湯船に浸かる。取材で地方を訪れる事はあるがビジネスホテルに泊まる事が殆どの薄給作家の私には身にあまる贅沢。アバとの旅でなければ最高の旅行になった筈である。
 次は露天風呂に入ろうと曇りガラスのスライドドアを開けると、先ほど受付で見つけた男達が三人、湯船に浸かっていた。湯船に入った後、少し離れた場所に移動する。

3年前 No.12

荒川旧太郎 ★PSK3NU7xGG_BzK

「なあ室伏、雅子が言ってた小説家ってこの人じゃないか?」
「お袋が他にはその人の奥さんしか来てないって言ってたし、多分そうだろうな」
「あれ何て読むんだろうな。アワ?」
 三人とも声が大きいので、聞き耳を立てている訳でも無いのに不愉快な会話が聞こえてくる。室伏と呼ばれた男も、私とアバが夫婦だと勘違いしているようだ。お袋というのはおそらく陸奥荘の女将の事なので、彼がアバの言ってた旅館の倅だろう。
「コギケイイチさん、ですよね。さっきはウチのメンバーがお世話になりました。」
 三人が私の方へ寄ってきて、話しかけてくる。私は初対面の人間とあまり馴れ馴れしく話すのが苦手なのだが近義経市という筆名にとって悪印象になる行為だけはなるべく避けたい。無理をして会話を続けると三人の事がなんとなく分ってきた。トランペット奏者で陸奥荘の跡取り息子が室伏。彼らのジャズバンドのリーダー的存在で作詞、作曲を担うギター奏者の男が花井。ドラム奏者で陸奥荘までの運転を任されていたという稲木。花井の右手には包帯が巻かれていた。工事現場でバイトしていた際に人差し指を脱臼してしまい中指を添え木にしているらしい。完治するまでの間は演奏もままならないので湯治も兼ねて陸奥荘を訪れたのだと語っていた。
「小説家ってどれくらい儲かっているんですか?」
 不意に室伏が質問した。既に大分打ち解けていたので答える事に抵抗は無かったがその時ふとミュージシャンの収入というのが気になった。陸奥荘の収入だけで宴会場を防音仕様にしたとは考えにくい。連休などのシーズン以外には安定した収入を見込めない陸奥荘の収入では無くジャズバンドのメンバーがお金を出し合って防音工事を行ったのでは無いか、そう考えたのだ。
「私は何とか小説一本で食べてけているけど、ピンキリですね。ミュージシャンはチケット代とか自作CDの収入とか、併せるとどうなるんですか?」
「そういうのもあるけど。スタジオを借りたりするのにお金を使うし、俺たちみたいなインディーズはバイトでもしないと食べていけないのが現状ですね。でもウチは他所のバンドよりはお金に困ってない方だと思いますよ」
 花井が目線を合わせずに答えた。少し失礼な質問をしてしまったかもしれない。謝罪の言葉を述べようとすると同時に花井が立ち上がる。
「それじゃあ。俺たちはもう上がります。随分長湯してしまったようなので」
 去っていく花井を見て、少し遅れて室伏と稲木も湯船から出ていった。口には出していないが。三人とも私の事を避けるように去って行ったように感じた。

3年前 No.13

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 花井たちと時間をずらして脱衣場に向かい着替えていると、携帯電話に新着メールが一県入っていた。差出人はアバであった。
『今東側の宴会場にいる。部屋の鍵は私が持っているから風呂から出たら取りにきてくれないか?』
 アバの指示に従い、宴会場に行くとアバの他に二人の女性が居た。一人は雅子だ。防音仕様の部屋なので気付かなかったがアバが雅子の物と思われるエレキベースを演奏している。
「阿羽さん。ベースお上手ですね。経験でもあるんですか?」
「いえ。関係あるかは分かりませんが昔ヴァイオリンは嗜んでました。……経市さん、鍵はそこに置いてあるので部屋で待っていて貰えますか?」
 アバの口調が普段と違う。意図は解らないが私の事を「経市さん」と呼ぶ事から私の妻を演じている事を察した。芝居に付き合うのも面倒臭いので鍵を受け取り「それじゃあ」とだけ言い残し自室へ戻る。

3年前 No.14

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 部屋に戻り、暖房器具の電源を入れる。夕食までは随分時間があるので荷物の整理をしたり読みかけの小説を読んだりして時間を潰す。五時半頃にアバが浴衣姿で部屋に戻り、六時半に夕食が運ばれてくる。近くの渓流で採れる淡水魚の塩焼きを食べていると、アバが私の御猪口に酒を注ぎ始めた。いよいよ美人局の始まりかと身構える。
「何が狙いだ」
「そう警戒するなよ。昔の癖だ」
 アバは学生時代、ホステスで働いていた。探偵事務所を借りるお金を節約して客から依頼を引き受ける場所代わり程度にしか思っていなかったと言っていたがそれなりに指名されている売れっ子だった。何故私がそのような事を知っているかと言うのは依頼人と直接会話した事があるからに過ぎない。
「これは私が少し前思いついて君に話そうとしていた小説のネタなんだが、ラジオ局が舞台なんてどうだ?」
「短編で良ければ一つくらい作るけど」
 アバの注いだ酒を呑みながら二人で新しい小説のネタを考えたりしていると窓の外から寂しげなメロディーが聞こえてきた。

3年前 No.15

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 時刻は夜の十一時。音色はエレキベースの物と思われる音のみ。窓から顔を出すと宴会場の窓が一つ解放されたままになっており、音はそこから聞こえてくる。
「折角だからこのままにしよう。演奏中に邪魔をするような無粋な真似は避けたい」というアバの主張に従い。九月の夜に溶けていくベースの音色を聞きながら、私達は布団を敷き眠りに着いた。睡眠を邪魔する事無い静かな演奏は、私が眠りにつくまで続いた。

3年前 No.16

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 私とアバが雅子の死体を見たのは、翌日の十時の事だった。場所は昨日アバがベースを弾いていた宴会場。背後から胸を刃物で一突きされた、紛れもない他殺死体であった。
「警察が来るのも一時間程かかるようで、一体どうしたらいいのやら」
 女将が困り顔で私に訪ねると、アバ以外の皆の視線が私の方へと向く。推理小説を生業としている私なら正しい行いが分かると期待しているのだろうが、警察に連絡した後にやることなんていうのは以外と無いものである。
「とりあえず私の捜査の邪魔さえしないでくれれば、何をしたって構いませんよ。一時間もあれば警察に頼らずとも私が解決できます」
 私が答えるよりも先にアバが答えた。いつの間にか素手で雅子の死体に触れている。
「手袋を忘れているぞ」
「警察の捜査を邪魔する事が心配か?小さい男だ。警察に任せたらここに居る全員が尋問されるぞ。生憎そんなものに時間はかけられないからな。警察が来る前に私が解決すれば指紋も関係ないし尋問もされないだろう」

3年前 No.17

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 一聞けば十返すアバと私の掛け合い。何度も繰り返したせいでこの会話を行うと今まさに事件が起きているのだと再認識させられる。そしてこの場にアバが居る事に対する安心と恐怖が五対五の比率で私の中に生まれる。
「死亡推定時刻は先日の十一時から深夜の四時といった所だな。誰かその間のアリバイを証明出来る人間はいないか?」
 アバは簡単な検死も出来る。これに関しては事件が起こると度々目にしているのであまり驚く事ではない。
「昨日は俺の部屋で十一時までメンバー全員で集まってたんですけど雅子が宴会場にベースの練習に向かってそれから一時間くらいしたら村瀬が自室に帰っていきました。俺と室伏と稲木は酔いつぶれていてそのまま寝るまで部屋を出てません」
 答えたのは花井だった。その後ろで室伏と稲木も頷いている。
「そうですか。という事は昨晩の演奏は雅子さんによるものだと考えていい訳ですね。ちなみに村瀬さんと女将さん、貴方がたは昨晩のこの時間、何をしていましたか?」
 ウェーブを書けた髪の女性ピアニスト、村瀬が緊張した顔つきでアバの方向を向く。背は高いが童顔の村瀬と威圧的なアバの姿は蛇に睨まれた蛙という諺がよく似合う。

3年前 No.18

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

「私は部屋に戻った後すぐに寝てしまいました。窓を少し開けていたので雅子ちゃんの演奏が聞こえました。証明出来る人や物はありません」
「死亡推定時刻がかなり長いのでそれだけアリバイを説明するのが困難な事だと思います。別にアイバイが無いだけで犯人だと決めつけませんからご安心下さい。女将は先日、何をしていましたか?」
「十二時から一時間、裏口から外へ出て敷地内を散歩していました。一階と受付の奥のスタッフルームには監視カメラがついてますから、私が十一時以降二階に行ってない事が分かる筈です」
 アバが質問をすると、二人はロボトミー手術を施されたかのように洗いざらい喋る。誰かが嘘の供述をしている可能性は否定できないが、今の所辻褄が合わない箇所は無い。
「あと気になるのは雅子さんが何時まで演奏していて何時殺されたのか、という点ですね。最後に聞いた時間を皆さん教えて貰えますか?」
「俺が一時半くらいに一回目が覚めて部屋が暑くなってたのに気づいて窓を開けた時にはまだ弾いてました」花井が答える。
「僕は十二時前に村瀬が帰る直前に窓を閉める前に聞いたのが最後です」室伏がそう言うと稲木もその横で首肯する。

3年前 No.19

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

「私も室伏君と稲木君と同じくらいの時間。十二時過ぎに聞いたのが最後です」村瀬が蚊の鳴くような声で話す。アリバイが証明出来なかった事を気にしているらしく。自分が最も疑われているのではないかと悲観的になっているようだった。
「私は散歩を終える直前。一時前に雅子さんが窓辺に座って演奏をしているのを庭先で見ました」最後に女将が答えた。
「という事は二時に聞いた私が一番最後まで聞いてた訳だな。ちなみに近義君は何時聞いたのが最後だ?」
 アバが今度は私に訪ねてきた。「君に罪を犯す度胸は無い」と日頃から言っている彼女の事だ。疑ってはいないだろうが聞かないと周囲に示しがつかないのだろう。それともう夫婦ごっこは辞めたらしい。
「十一時半だ。それから死体が発見された時刻まで部屋を出ていない」
「よし、半分は解けたよ。次は死体の方を本格的に調べるから苦手な人間はなるべく見ないようにしてくれ。近義君は私を手伝うんだ」
「分かったけど私に何が出来るって言うんだ」
 文句を言いながらも雅子の死体の前に屈み、致命傷の背中の刺し傷をのぞき込む

3年前 No.20

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

 雅子の死体はうつ伏せに倒れていて足は窓の方向を向いていた。窓の前には椅子が設置されている。窓を背にして椅子に座り、立ち上がってそのまま倒れたような体制である。生前弾いていたベースは死体の真横に置かれている。
「この様子だと、練習後に殺された可能性が高いよな。となると一時半以降に殺されたという事か?」
「さあな。とりあえず分かる事は、殺される瞬間ベースを持っていなかったという事と死体の傷が致命傷のみな事から抵抗した様子が全く無い事、こんな感じだろうな」
「あと気になるのは、どうやって後ろから刺したんだ?抵抗した様子も死後運び込んだ様子も無い。この体制で倒れたって事は背後に回り込まれたとは思えないが、何か分かるか?」
 私がそう言うとアバはいつもの不気味な笑みを作り「それに関しては解けてるから後で教えてあげよう。その前に私にはやる事がある」と言って宴会場から去っていった。探偵の居ない舞台に、私たち容疑者だけが残される。

3年前 No.21

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

「近義さん。あの人に任せて本当に大丈夫なんですか?」
 アバが去り宴会場を包み込んだ静寂を破ったのは花井だった。アバに対する不満を面と向かって言えない事は同情する。
「アバは確かに傍若無人で自信家なサディストだが、推理だけは一流だよ。そうじゃなきゃ、あんな女が今まで生きて来れたと思うかい?」
「でも最後に雅子の演奏を聞いたのはあの人なんですよね?少なくともそれまでは雅子は生きていた訳だし……もしかしてあの人が殺したんじゃないですか?」
 そこを指摘されると、言葉が喉の奥で止まってしまう。退屈凌ぎに事件を起こし犯人をでっち上げるくらいの事を、アバならやりかねないと思ったからだ。だが、アバならもっと上手く事件を作る。少なくとも村瀬のようにアリバイを証明できない人間が容疑者候補にいるような事件を作る女ではない。
 反論の言葉を探して頭を悩ませていると、アバを擁護する言葉よりも先に、この事件を解決しかねないあるトリックを私は突然思いついてしまった。
「君たちの中にベースを演奏できる人は何人いるんだい?」
 探偵がいなくなったら今度は助手が質問してくるのだから、当然周囲は困惑している。

3年前 No.22

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

「一応全員全部の楽器を演奏できますが、それが何か?」
 村瀬が答える。やはり私の推理通り。アバもこの程度の事は考えているだろうが今回はアバより先に謎が解けるかもしれない。
「仮に皆さんの中の誰かが雅子さんを殺した後にベースを演奏すれば死亡時刻をごまかす事ができるんですよ」
 あくまで可能性の一つであるが、そうなると女将が確認した一時以降に雅子が殺された事になる。
「じゃあ俺は犯人の演奏を聞いたって事ですか?」
「稲木君と室伏君の話を聞く限りだと二人は部屋を出ていない、花井君は手の怪我で演奏は出来ない。花井君、君が一時半に起きた時二人とも部屋で寝てたかい?」
 花井が無言で頷く。全員の視線を向けられた村瀬が涙を浮かべながら助けを求めるが答える人はいない。
「やはり君は謎解きの何たるかを心得ていないようだ。謎解きは天狗の鼻を折るであり敗者に打つ鞭でもあるが弱者を責め立てる物ではない。弱い者虐めは探偵でなくとも出来るのだからな」
 村瀬に集められた疑惑を全て殺ぎ落とすように場の空気を変えたのは、グレーのハンチング帽と眼鏡を新たに装ったアバの登場であった。

3年前 No.23

荒川旧太郎 ★Je6ZwOedgR_m9i

「随分早いな、約束の時間まで随分時間が残っているけど解けたのか?」
 時計を見ると警察が来るという時間まで四十分ほど余っている。
「九割九分九厘、といった所だ。残りの一厘を埋める為に幾つか質問をしたくてね。早速だが花井君、雅子君が昨晩演奏していた曲は何時書き上げたんだい?」
 アバの手には譜面が記されたルーズリーフが握られている。端に血痕が付着している。恐らく雅子が生前に使用していたベースの譜面だろう。不思議と見つからなかったがアバが持ち去っていったようだ。
「一月前に書き上げたばかりです。雅子は比較的覚えるのが遅いので今から急いで練習していました」
「なるほど、最後にもう一つ。これは花井君以外の皆にも訊くが……雅子君は誰かに恋をしていた、なんて話は聞いているかい?」
 意図が読めないアバの質問に、私と女将を含めた六人は困惑し騒めき始める。数秒の間を空けて村瀬が「無いと思います」と答えた。
「まぁ、こうなる事もあるだろうな……寧ろこうなって貰わないと困る。それじゃあ始めましょうか」
 そう言うとアバは妙に芝居かかった口調でルーズリーフを私に預けた。この口調は例の「磨かれた死体」事件を解決した時と同様。この口調は小説のネタになりそうな事件である事を私に伝える暗黙のサインのような物である。

「全て解けましたよ。皆さんを集めて下さい」

 全員居るだろう、という言葉を口に出すことも許されないようなアバの語り。不可解な事件を解決する、デウス・エクス・マキナが始まろうとしていた。

3年前 No.24

荒川旧太郎 ★PSP=QZxOArhnsX

「まずこの事件の鍵となる部分は、雅子さんが何時殺害されたかという点ではなくどのように殺害されたかという点です。先ほどの近義君の考えたトリックを使えば時刻をごまかす事もできましょう。となると女将が目撃した一時頃までは雅子さんは生きていたという事以外はあまり確実性に欠けるんです。なので私は皆さんのアリバイの穴を考えるのではなく違う方法で解こうと思いました」
 アバの言う事がよく解らない。と言った風に周囲の人間が私を見る。どのようにと言われても背後から刃物で一突きだ。
「雅子さんの致命傷は背後から心臓まで到達する深い刺し傷です。皆さんなら怪しまれずに雅子さんに近づけますが、背後から刺す事まで可能でしょうか?」
「そんなの、後ろを向いた時を狙えばいいじゃないか」
 稲城がそう言い返すとアバは雅子の死体を指指し
「あの死体があのまま立ち上がったらすぐ後ろは窓だ。死体を移動させた痕跡も無い。つまり背後をとる事は不可能なんだよ」
「じゃあどうやって殺したんですか?」
 村瀬が声を張り上げた。このままではアリバイ工作以前に。誰も彼女を殺せない事になる。

3年前 No.25

荒川旧太郎 ★bLmDNMxG7W_m9i

「簡単だ、被害者と抱き合えば被害者の背中に手が届く。そしてそれが自然に行えるとしたら、犯人は雅子さんとただのバンドメンバー以上の関係の人間と考えるのが妥当だろう」
「じゃあ、私は容疑者から外れたんですね」

 アバの推理に一番早く反応したのは村瀬だった。

「そうだね。雅子さんがレズビアンという可能性もあるが、それは不自然な話だ。今の段階で女将と村瀬さんは容疑者から外させてもらおう」
「勿体ぶらずに教えてくれよ」

 既に犯人が誰だかわかっているアバが焦らすように消去法で推理を展開するものだから、私は思わず声を出してしまう。

「まあ、黙って聞いていたまえ。さて、先ほど近義君が雅子さんの死後に誰かがベースを演奏したとしたら、という推理を展開したが、その推理で犯人になる村瀬さんには雅子さんを殺すことはできない。しかし、実は近義君の推理は半分は当たっているんだよ」
「犯人が死亡推定時刻とアリバイをずらすために演奏したって事か?」
「その通りなんだが……この点について少しおかしい事に気づかないかい?」
「なんだい?おかしい事って……」

 私が訪ねると、アバは深くため息をついた、これは私を馬鹿にしている証拠だ。

「十二時過ぎに殺人が起きたとしたら、偶然窓が開いていた私を除外してアリバイを証言できる人間が女将しかいない他の人間はもう寝てしまっている、不自然じゃないか?」

2年前 No.26

荒川旧太郎 ★bLmDNMxG7W_m9i

「たしかに不自然だが……それからどんな結論が導き出せるんだ?」
「ここまでお膳立てすれば犯人は分かる筈なんだが……少し考えてみたまえ」

 やはりアバが何を言いたいのかがよくわからない、私を含めた全員が固まっているがお構いなしに続ける。


「つまり、犯人は室伏さん以外にありえないという事だ」

 アバがそう言った瞬間、当然、固まっていた全員が動揺する。そして、一斉に室伏に視線が集まる。

「ちょっと待てよ!なんで俺が犯人なんだよ!?」
「この計画的犯行は女将の証言で死亡推定時刻をごまかし容疑者を自分一人にしないという点がミソだ、女将がたまたま窓の外を散歩していて演奏を聴いていたというのは考えにくい。女将がその時間散歩しているという事を知ってる人間でないとこの犯行は不可能だ。だとしたら、君が一番怪しい。そこまでは理解できるかい?」

 アバが室伏を諭すような口調で語る。しかし室伏は激昂したままだ。

「でも、俺は手を怪我していて演奏はできないだろ?」
「そうです、息子の怪我が嘘でない事は夕べ包帯を持って行った私も見ています」

 女将は息子の犯罪を信じていないようだった。

「この点に関しては近義くんでももう少し頑張れば解けると思うから彼に聞いてみてくれ」
「なんで俺にふるんだよ」
「君にネタを提供するんだから少しくらい言うことを聞いてくれないか?二十分もあれば足りるだろ?」

 アバにそう言われると悔しいがそれとは別に彼女に評価されていると少し嬉しいと思ってしまう。張り切って推理したが、残念な事用意された時間より十分長い三十分ほどかかってようやく納得できる仮説が完成しした。

「室伏さん、もしかして雅子さんに自分が怪我をしている指を使わなくても弾ける曲を用意したんじゃないですか?」
「違う!俺はそんな事していない」
「残念だが、ここにその証拠がある」

 そう言うとアバは、手にしていた譜面を指で叩いた。

「この譜面をみたら、頻繁に使う指とそうでない指があったよ」
「それは何かの間違いだ!俺はやってない!」

 室伏の必至の弁明は、遅れてきたサイレンの音にかき消された。

2年前 No.27
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