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池袋奇譚

 ( 短編集投稿城 )
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立川寿限無 ★8BRubGtE3f_m9i

SSに小出ししていたものも含めて更新します。

週一で更新できたらベスト。

暖かい目で読んでください。

ジャンルはホラーです。

自分では「怖いだろう」と思って書いてます。

思い付きで書いてます。

コメントは随時募集しています。

暖かい目で読んでください。

3年前 No.0
メモ2017/04/15 01:02 : 立川寿限無 @karuma★n5nvjwNlfC_MXH
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立川寿限無 ★8BRubGtE3f_m9i

 チャイムがなったので立ち上がり、玄関に向かう。ドアに取り付けられた覗き穴をのぞくと、目に映ったのは「黒」だった。何かに覆われているのか全く分からない。ただ、何者かがいることはわかる。
 マンションで一人暮らしの女性には、こういった出来事は精神的につらかった。いますぐ親の元に帰りたい。こんなとき彼氏がいたらなんてしょっちゅう思っていた。ストーカーが自分にいるなんて想像ができない。つけられている感覚もなかった。
 だが、こうした出来事は毎日のように続いた。私はチャイムの音が怖くなり、玄関も開けられなくなっていた。
 そんな私を見かねた友人が「監視カメラつけてみたら?」と提案してくれた。監視カメラはあるだけでも抑止力になってくれるそうだ。さっそく取り付けてみた。
 しかし、チャイムがなって玄関から外を覗くと、真っ暗だった。私は飛びのいて、部屋に引き返した。
 結局、監視カメラは効果がなかったが、意味はなかったわけではなかった。監視カメラに録画されていた映像を警察に提出することになった。これで捕まえてくれるだろうと、私は安心した。
 だが、録画された映像を見ると、私はこのマンションから一刻も早く出ていきたく思った。映像には、私の部屋のチャイムを鳴らしてから、ドアに取り付けられている覗き穴に「舌」を押し付けている、マンションの管理人が映っていた。背を伸ばして覗き穴に近づいて口を開けている背の低い中年男性は、まさしく私が住んでいるマンションの管理人だった。
 私はしばらくして、そこから引っ越したが、なぜ管理人がそんなことをしたのか今もわかっていない。

3年前 No.1

立川寿限無 ★8BRubGtE3f_m9i

 友人の家に遊びにいった。中学からの付き合いで、今では数少ない男友達の一人だ。そんな友人の家へ泊まりにいった。男二人で夜を明かすのは何年ぶりだろうと思った。
 酒を買い、友人の家へ向かう。友人は独身で、私も独身である。お互い人恋しくなる年頃になってきた。玄関を開けると、しばらく見てないうちに太った友人が出迎えてくれた。
 まってたぜ、なんて言いながら友人は部屋に戻っていった。私もそれに続いて部屋に入る。やけに嬉しそうだった。そんなに友人に会えたのが嬉しいのだろうか。久しぶりということもあって多少は嬉しいだろうが、私には、彼の表情がどこかそいういった「嬉しさ」から来るものではなさそうに思えた。
 部屋に入ると、数年前に上がった時にはなかったものが部屋の隅にあった。パソコンだった。

「拾ったんだよ」

 友人は言う。友人は昔からパソコンオタクだった。パソコンに関しては私の知る友人の中では随一の知識量を持っていた。友人はパソコンを近くのゴミ捨て場から拾い、修理して、使っていると言った。パソコンを置いてから1年がたつそうだ。
 私はなんとなしにパソコンの電源をつけてみた。スタート画面から順調に機能する。

「でも拾い物だから、途中で切れちゃったりするんだよね」

 友人はそう言って、酒のつまみを取りにキッチンの隣にある冷蔵庫へと向かった。私は「へぇ〜」とどうでもいいように返事をし、パソコンを適当に操作していると、突然電源が切れた。
 画面は真っ暗。デスクトップにパソコンの前に座る私の姿が鏡のようにして映る。もう一度、点けようを腕を電源ボタンの方へのばそうとしたとき、私の体は硬直した。意識的に硬直させた。動いてはいけない気がしたのだ。
 なぜなら、僕の左肩から、ぬぅっと女性の頭がゆっくりと上がってきたからだ。髪の長い女性。どこにでもいそうな女性であるが、友人の家にいるはずがない。いたら気付いている。女性の視線から目が離せなくなり、声も出なかった。
 私は思った。ここに来た時、友人の笑顔に異変を感じた。お互い「孤独」を抱えていたはず。それなのに彼からは「孤独」を感じることができなかった。きっと、彼はこの女性と一緒に過ごしてるのだろう。彼女がいるから彼には「孤独」がない。
 女性は「にぃ」っと口元だけの笑みを浮かべた。
 友人がつまみを持ってくるころには消えていた。

3年前 No.2

立川寿限無 ★8BRubGtE3f_m9i

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3年前 No.3

立川寿限無 ★8BRubGtE3f_m9i

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3年前 No.4

立川寿限無 ★8BRubGtE3f_m9i

 僕はゴミを分別するタイプだ。分別しない人を見かけると、少し不安になる。心配なのだ。僕のようなことが起きないか。
 いったい、何が起こったのか説明しよう。僕は少し前までは、プラスチック製のゴミを燃えるゴミ専用のゴミ箱に投棄していた。だけど、大学のクラブ活動の関係で、帰るのが夜中になった日があった。
 その日、電車を待つ間、僕は自販機でコーヒーを買った。紙コップに入った「アメリカン・コーヒー」だった。だれもいないホームで、僕は熱いコーヒーを啜っていた。
 ちょうど、コーヒーを飲み終えるころに電車がやってきた。僕は缶を入れる用のゴミ箱へ、紙コップを押し込んだ。すると、

「そっちに入れるの?」

 どこから声がしたのかわかった。僕は手を止めた。止めざるを得なかった。缶を入れるためのゴミ箱は入れる場所が二つ丸く空いている。僕は一方に紙コップをねじ込んでいた。そして、もう一方の穴から、目が覗いていた。
 声は少女のような高い声だった。僕はその「目」と見つめ合ってしまった。体が動かない。

「そっちに入れるの」

 覗いている「目」が右に流れる。右側には隣接している「燃えるゴミ」用のゴミ箱があった。僕は紙コップを掴んでいた左手を、燃えるゴミ用のゴミ箱に移し、紙コップを捨てた。

 その日から、しばらくゴミ箱に近づけなかった。特に缶を入れる口がついているゴミ箱には。でも、最近はゴミをゴミ箱にちゃんと捨てられるようになった。でも、ちゃんと分別は忘れない。

3年前 No.5

立川寿限無 ★8BRubGtE3f_m9i

 入社して何年か経ち、私はあることに気が付いた。
 新入社員が辞めていく。不況時に新しい仕事が見つかる見込みもないというのに自分とあまり年の変わらない社員が辞めていく。そんなに耐え難い仕事だろうかと私は思って上司に聞いてみた。

「なぜ、皆辞めていくのでしょうか。僕にはどうも分かりません」

 居酒屋でこちらから上司を誘い、酒を交わしながらそんなことを聞く私に、上司の目つきが変わった。「気づいたか」と、今にも溜息でも吐きそうな目だった。

「辞めたヤツにしか分かんねぇよ。俺も見てねぇからはっきり分からん」
「見てない?」

 その言葉に反応する私を上司は睨み、それより先の追及を妨げるようにビールを注いできた。

「昼の2時10分に、絶対に7階のフロアに行くんじゃねぇぞ」

 結局、上司からは大したことは聞きだせず、残ったのはモヤモヤとした心地だけだった。7階のフロアには休憩所として社員がよく使っている。窓からは都会の景色がよく見える。2時10分といえば休憩時間が終わって10分後、皆仕事場に戻っているはずだ。
 しかし、ある日仕事場に入る前に飲み物でも買おうと7階にある自販機に立ち寄った。少し仕事場におくれることになるが、仕事が順調だった所為か、気持ちに余裕があった。上司の言葉もすっかり忘れて、7階に降り立った。
 自販機に150円を入れ、お茶を買って仕事場に戻ろうとした時、ふと、窓の外が気になった。時刻は午後2時10分。窓の方に振り返ってみた。

「ギィヤアアァアアアァアアァアアァ!!」

 痛々しいほどの叫び声が耳を劈いた。
 人が落ちている。白昼、スーツを着た男が恐怖にゆがんだ表情をこちらに向けて、助けを求めるように手を伸ばしながら視界を上から下へ流れていく。なによりも私を驚愕させたのは、落ちている人間が他でもない「私」自身だったことだ。


 私はその次の日、会社に辞表を提出した。

3年前 No.6

立川寿限無 ★f5gupWsymW_mgE

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3年前 No.7

立川寿限無 ★oFbKmry9Hs_rAp

 某ピザ屋でバイトをしていた。よく配達に行かされていたときの話だ。
 いつもどおり、先輩から「配達行ってこい」と作られて綺麗に包まれたピザを、書かれた住所に持っていった。場所はとあるマンション。そんな大きくもなく、どこにでもある普通のマンションだった。
 書かれた部屋番号は「581」で、エレベーターでそこまで上り、熱いピザを片手にのせてその部屋のインターホンを鳴らした。
 しかし出てこなかった。もう一度鳴らしたがやはり出てこない。留守かなと思って、人がいるのかどうか確かめるため、物音を聞こうと「581」のドアに耳をあてた。

カリカリ…カリ…カリカリカリ……カリカリ……カリ…・・・。

 何かを引っ掻くようなそんな音がしていた。不審に思ったが、ふと上を耳をドアから外して見てみると、部屋の番号は「580」となっていた。隣と間違っていたのだ。「やっちまった」と思ってすぐにその隣の「581」の番号が書かれた部屋のインターホンを鳴らした。
 部屋からは中年の女性が出てきた。隣の「580」のことを聞いてみようかと思ったが、結局ピザを渡してそのまま店に戻った。

 しばらくして、新聞にそのマンションが取り上げられていて、そこで幼い兄妹の死体が見つかったと書かれていた。
 詳しく調べてみると死体が見つかった場所は「580」だった。あの音は兄妹が死を目前にして助けを求めていたサインだったのかもしれない。答えてあげるべきだったなと思いながらも、またピザを配達しに行った。

2年前 No.8

立川寿限無 ★EdQKfAfNM9_nb8

 夜の十時過ぎに、学生の時分だった私と三人の友人は、とあるビルの中に忍び込んだ。皆まだ十三、四の男子中学生だった。なんだかとても悪いことをしているようにも思えていたが、同時に日常では経験できないような出来事が待っているのではないだろうかという、なんだか待ち遠しい気持ちもしていた。
 そのビルはかつて商社マンたちが集う、それなりの力のあった会社のビルの一つだったらしいが、私たちが忍び込んだ当時にはもう「廃ビル」として知られていた。そして、心霊スポットとしても有名だった。「ビルの窓に青い火の玉が飛んでいた」なんて話はしょっちゅう耳にした。
 心理的に「怖いもの見たさ」なんてものもあったのかもしれない。別に「火の玉」を見に行ったのではなくて「非日常的な何か」を探しに行ったのだ。
 だが、それは一向に見つからなかった。ビルは5階建て。1階から5階まで懐中電灯でオフィスを照らしながら進んだが、恐ろしい「何か」には出会わなかった。拍子抜けしたような気持ちではあったが、その場にいた全員がこのビルには「地下」があることを知っていた。その存在を知っていたのにもかかわらず、誰も「行こう」とは言わなかった。嫌な予感でもしていたのだろうか。
 しかし「ここまで来たからには」という気持ちが強く、私たちは地下に行くことに決めた。ビルの1階から5階へ行っている間はそれぞれ雑談をしたりしていたが、地下へ行く途中はそれぞれ無言だったのを覚えている。
 地下に到着すると、そこには地上にあったオフィスと似たような部屋があった。引き出し付きのデスク、パソコン、回転いす、などなど。いたって普通のオフィスルームではあったが、異様な臭いが立ち込めていた。その臭いが「血の臭い」だなんて誰も口にしなかった。きっと同意を得れてしまうのが怖かったのだろう。全員、確信をもってそれが「血の臭い」だと思っていた。
 私たちは入り口に立ったままオフィス全体にライトを当てた。だが、何も出てくる気配はない。足を進めて部屋に入り、室内を細かく見ていくと、デスクの下、4段の引き出しにそれぞれシールが貼られていた。

「きむら」
「やまぎし」
「たなか」
「いそべ」

 平仮名で、かつ丸い字体で書かれていた。まるで小学生が書いたようだなと思っていると、友人が同じような引き出しを発見した。

「むかい」
「やまぐち」
「ひらた」
「もとむら」

 デスクは六つ。その一つ一つに付属している引き出しに名前が貼られていた。私は「やまぎし」と書かれている引き出しの中身を知ろうと、それに手をかけ、後ろに引いてみた。
 だが、ねっとりとした音が動き出した引き出しから聞こえ、それと同時に「うっ」と吐き気を催すような臭いが鼻をついた。部屋に充満している臭いはこの引き出しから発せられているのだと私は思った。それ以上その引き出しを開けることができなかったが、私はなんとなく引き出しの中に入っているものが分かった気がした。しかし信じたくなかった。
 その場から逃げたくて、近くで引き出し付近をライトで照らしている友人のもとへ行こうと歩き出した私の足が、何かを踏んだ。私は足をどけて、踏んだ何かをライトで照らしてみた。それを自身の目で確認したとき、私は息が止まった。それは人の「指」だった。赤黒い人間の指。白濁とした爪。
 私は「やっぱり」と思い、全身の血が抜けていくような気がしていた。

「おい、なんか俺らの名前まで書いてねぇか?偶然だろうけど」
「ホントだ。四人ぶん、平仮名で同じように書いてあるな」
「中身は何も入ってないぞ」

 その会話を聞いて私はその部屋から飛び出た。その行動に仲間たちは驚き、私を追いかけるように出て行った。
 部屋に立ち込めていた血のにおい。落ちていた指。そして部屋と同じような強烈な臭いを放つ引き出し。
 私は思う。あの引き出しの中には名前の書かれたその人物が入っているのだ。だが、引き出しは人間が入れるような大きさじゃない。プリントが数十枚入れるような引き出し。そう、あの中に入っていたのは「人間」ではなく、「人間だったもの」なのだ。
 数ヶ月後、そのビルの解体工事が始まったが、死体が出てきたようなニュースは無かった。

2年前 No.9

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_2zJ

 アスファルトからの照り返しが酷い、昼頃のこと。人が地中のアリのように這っている町をぬいながら、自転車を飛ばしていた。日光をさけるように路地裏に侵入。そこだけ空気が違うように感じた。
 受験戦争から逃げるようにして家を出た。親には「予備校に行ってくる」と嘘をついた。ほんの少しの罪悪感と大きな解放感をもって、自転車こいで、この路地へと到着したのだ。
 路地の隅に水色の花が手向けられていた。だれか亡くなったのだろうかと思った。ただ、それだけ思って私はその場を通り過ぎようとした。しかし、後ろから服の裾を引っ張られた。振り向いても誰もいない。
 気味が悪い。また自転車に跨ろうとしたら、今度は足をつかまれた。小さい手。両手でつかまれている。私は足元を見る勇気がなかった。そのまま前方を向いたまま、自転車を横に据えたまま、私は膠着していた。自分の肩に、人の頭が乗っているような感覚がする。女の子だろうか。髪が首筋に当たる。
 花を置いていけということだろうか。私は考えたが、生憎花など持っていない。ふらりと立ち寄っただけだ。あとから手を合わせておけばと後悔した。心臓が大きく脈をうっている。試験では感じたことのない緊張感だ。いや、あれはやっぱり恐怖だったのだろう。自分がこの場から永遠に出られないような思いに苛まれ、とたんに狂ったように叫びそうになった。
 服の裾を掴む手、足を掴む両手、肩に乗っている頭。私の目は路地を抜けた、日光に照らされた街が映る。とたんに太陽が恋しくなった。コイツを避けて、ここまでやってきたのに。

「こっちむいて」

 耳元で囁かれた。清純さしみじみと感じられるような透き通った声。でも、その中にまだ世間を知らない無垢で幼い可愛らしい声でもあった。私はとたんに心が軽くなった気がした。何かに解き放たれたような心持で、私は振り返った。目線の先には誰もいない。ただ、花が手向けられいた。
 私はそこに屈み、目を閉じ、手をあわせた。そこで何があったかはわからない。でも、そこでは不遇の死を遂げた少女がいる。怖い思いもしたけれど、素敵な出会いをしたようにも感じた。

2年前 No.10

立川寿限無 ★jkZ85lnrVT_mgE

 駅内にあるコインロッカーに荷物を預けていた。駅に戻ってその中に入ってある荷物を取って、普段どおり家に帰るはずだった。私は妻に「もうすぐ帰る」とコインロッカーの前で連絡して、電話を切ると、それを開けた。
 私は声すらでなかった。コインロッカーの中には人間の手があった。手首から先が、力なくコインロッカーの中に横たわっていたのだ。切断されたような痕跡も無かったと思う。とにかく私は驚愕して、その場から後ずさった。

バタンッ

 コインロッカーが閉まった。中にあった手が、五本の指で立ち上がり、活き活きとした動きで内側から勢いよく閉めたのだ。私は何が起こったのか、さっぱりわからなかった。ただ、呆然とそのコインロッカーを見つめていた。
 結局、私の荷物は無くなっていた。たいした荷物を預けているわけでもなかった(ような気がしていた)ので、確認をしてもらおうとも思わなかった。ただ、いったいあの「手」が何なのか。それだけが、頭の中に残っている。
 5年前の話だが、今も「手」はあの場所にあるのだろうか。

2年前 No.11

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_cZG

 夢を見た。遠くで「おーい」とでも言うかのように大きく手を振っている。遠すぎて男か女かわからないが、見ているとだんだんそのまま近づいてくる。私が手を同じように振り返すと、そこで夢が覚めた。
 いったいなんだったんだろう。やけに記憶がはっきりしていて少し不気味に思えたが、その日はいつも通り出勤した。しかし、その夢は毎晩毎晩見てしまう。そして、自分に大きく手をふる影は少しずつ近づいてくるのだ。こちらが手を振り返さなければ影はさらに近づいてきて、その輪郭を明らかにしていく。
 私は異様な恐怖感に襲われた。その影の正体を知ってはならないような気がしていたのだ。悪夢にうなされていたかのように、起床すると体が汗でぬれていた。心臓がバクバクと発作のように激しく鼓動していた。すぐ近くにあの影がまだいるようなそんな気さえした。
 眠れない日々が続いた。少しでも眠ってしまうと、あの影が手を振って迫ってくる。私はすぐに手を振り返してその夢から脱出するが、深い眠りにはつけない。ついに、体調を崩して会社を休んでしまった。
 私はもう夢によって仕事を妨害されるのは嫌だった。私は夢に立ち向かうことに決め、目を閉じた。目の前にまたあの影が大きく手を振って接近してくる。私は手を振り返すことなくその影を見据えた。しかし、影が影がでなくなり、ひとりの女であることが認識された瞬間、その女が私の知っている女だということに気づいた。


 私は学生時代、ひとりの女性と愛し合っていた。女性は私より五つ年上だった。しかし、いざ付き合ってみると彼女の母親のような物言いや、自分を一人前の男として扱ってくれていないのではないかという行動が、彼女と私との間にあった愛を薄れさせていった。
 ある日、私が別れようと切り出した。彼女は猛反対した。私と離れたくないと。だが、私は強引に彼女を手放し、彼女を避け続けた。私はその時から彼女のことが少し怖かったのだ。別れを切り出した時の目が、死を前にした人間のように恐怖や焦りに震えていた。彼女は私と別れたあとも、執拗に私を付け回した。止むことない彼女のストーカー行為を、警察の力を借りて阻止してもらった。
 彼女は絶望したように口を開いた。
「わたしは、あなたにとって犯罪者のような者なのね」
 私は「そうだよ」と言った。うんざりしていた私は少し語気を強めていたかもしれない。それからしばらくして、彼女からの一通の手紙が届いた。封を開けるのも億劫だったが、考え直してくれた彼女に少し情も芽生えていたのか、私は手紙を読んだ。そこには「今から自分は死ぬ」といった内容が書いていた。私は彼女に対してまたもや失望した。こうした手紙を書いて自分の気を引こうとしている。私はそれをゴミ箱に破り捨てた。最後の一文には「ずっと愛してます」と書いてあった。


 あの女だ、と私は思った。何をされるかわからない。笑顔で手を大きく振って接近してくる過去の恋人。私は必死に手を振り返すが、夢から覚めることはなかった。このままじゃ目の前に来てしまう。その場から逃げようにも、私に許されている行動は「手を振り返す」ことだけ。女が手を振るのをやめた。私の目の前にたどり着いたのだ。青いワンピース、ブロンドのショートカットの髪、年上と思えないほどの幼い顔立ち。私は恐怖で指一本も動かすことが出来なかった。
 女が口を開く。そこで私は夢から覚めた。
 真っ暗な部屋の中、布団の上で荒く呼吸をする私がいた。呼吸がなんとか整ってきたとき、耳元で何者かが囁いた。
「あなたって、いつも逃げてばっかり」
 はっと振り向いた。しかし、私の目に映ったのは闇の中でじっとしている家具たち。誰もいなかったが、その声が誰のものであるか私にはハッキリしていた。
「でも、最後に向き合ってくれてよかった」
 そんな声が聞こえた気がした。それは私の思い込みなのかもしれない。しかし、それから夢に悩まされることはなかった。

2年前 No.12

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_cZG

 僕の友達の間では有名な話。とくに僕が小学校に通っていた時に盛り上がっていた。それは「タックルばばぁ」という話だ。
 友達の父親が終電間近で駅のホームまで階段を上がっていこうとしたとき、階段の隣にコインロッカーがあって、そこでうずくまっている老婆を発見した。父親は「どうしたものだろう」とうずくまる老婆を心配に思って、声をかけようと近づくと老婆は急に振り向いて父親に突進してきた。腹部に老婆の頭がめり込む形で、父親は後方に飛ばされた。
 尻もちをついて、痛みにうめく父親に向かって、日本語なのか英語なのかわからないような言葉を叫ぶと、走り去っていった。
 父親は自分の身に起こったことがわからず、とにかく電車に乗らないとと立ち上がろうとしたが、腹部の猛烈な痛みにまたうずくまってしまった。それから、父親の腎臓が抜かれていたそうだ。傷口はなかった。
 他にも胃袋や心臓の無いが、傷もない死体が発見された話もある。きっと「タックルばばぁ」の仕業だろう。

2年前 No.13

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_gjd

 教室ではいつも一人で、席も隅っこで、絵に描いたような「一人ぼっち」の女の子がいた。僕が中学一年生のときである。僕はその女の子に興味を持っていた。別に恋愛感情を持っていたわけではない。それより「怖いもの見たさ」のような気持ちで、その女の子に興味を持っていたのだ。
 女の子に友達はいない。本当はいたのかもしれないが、僕が見る限りにはそういった気配は感じられなかった。彼女の目は曇っている。なにも映っていないかのような死人のような目をしていた。そして、いつも端を歩く。学校の壁に沿うような感じで歩いている。それがいっそう彼女を不気味にさせた。
 そんな彼女をイジメようとしていた子は不思議といなかった。やはり彼女から「恐怖」を少なからず感じ取っていたのだろう。何をされるかわからない。クラス中が心の底で、彼女に対して思っていたことだ。
 だが、僕を突き動かす「怖いもの見たさ」は止むことはなかった。僕は学校が終わると彼女の後をつけた。彼女がどんな家に住んでいて、どんな風に帰っているのかが知りたかったのだ。普通の子なら興味はない。彼女だから知りたかった。
 彼女はやはり端を歩いていた。ブロック塀や生け垣に沿うように歩いていた。ばれないように、忍び足で後をつける。後ろを振り返ろうとしないので、僕は「気付かれないだろう」と思い、そんなに緊迫感はなかった。しかし、少し近付きすぎたかなと思った時、僕は目を疑った。
 コンクリート塀に彼女が体をこすりつけて歩きだしたのだ。どんどん塀に近づいているなとは思っていたが、完全に密着するとは思ってもみなかった。服が塀にズルズルとこすれる音がする。すると、頭まで擦りつけだした。足をカクカクと人形のように動かして歩いている。後ろ姿はまさに「狂人」そのものだった。
 僕はあまりにも不気味で逃げ出したくなったが、そんな気持ちとは裏腹に、僕の足は彼女を尾行することをやめない。曲がり角で彼女が僕の目の前から姿を消した。塀に体や頭を擦りつけながら曲がったのだ。僕もその角で曲がり、彼女の後ろ姿をとらえた。
 だが、もうそれは人間ですらなかった。僕が見た彼女は、塀にめり込みながら歩いていたのだ。泥に埋まるように、塀に取り込まれていた。ズルズルという音が聞こえる。コンクリート塀に擦らせている音だ。
 その時には僕の立ち止まっていた。あまりに現実離れした光景に唖然としていた。彼女はそのまま歩き続け、遠くの方で塀に完璧に取り込まれてしまった。
 我に返った僕から大量に汗が噴出した。悪夢から覚めたような感覚だった。僕は踵をかえして走り出そうとしたとき、僕の目を見つめる彼女がコンクリート塀から顔を半分出していた。目の前で飲み込まれていった彼女だった。目はいつものように曇っていた。

「怖い?」

 尋ねると、答えを待たずに彼女はコンクリート塀に消えていった。
 翌日、彼女は何事もなかったかのように登校してきた。僕はそれから彼女の目さえも、顔さえも、見れなくなってしまった。

2年前 No.14

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_gjd

 まだ私が高校に通っていたころ、いつものようにセーラー服に着替えて家を出て、今も使っている緑色の自転車にまたがって走り出した。いつもの朝だった。
 でも、毎日同じ道ばかり通るのも面白くなく感じていた私は、少し別の道から行ってみようと思った。通ったことのない道でも、だいだい「ここにつなっがているんだな」って感覚で分かっていたので、迷うことはなく学校に着いた。
 しかし、その途中奇妙な声を聞いた。車一つが通れそうなところで、両側が洋風の住宅、太陽のあまり当たらないところで薄暗い場所。声自体は男の子の声。非常に切迫していた様子で、

「お母さんっ!」

 何事かと思って自転車を止めて声のした方向を向いたが、そこにあるのは静まり返った小さな住宅群。空耳かと思いたくても思えない。あまりにもはっきり聞こえたのだが、そのときは無理やり「空耳」だと思うことで落着した。

 しかし、次の日もその道を通ってみると聞こえた。

「お母さんっ!」

 振り返るが何もない。男の子も、その母も。気持ち悪いことであったが、単調で退屈な日々に嫌気がさしていた当時の私はその「お母さんっ!」という声の正体について知りたくなってきた。

 土曜日、私はその場所へ向かった。正体について私は大きな漠然とした期待を抱いていた。それがどんなものであっても。
 いつも通り静まり返っている。自転車を押してその道をゆっくりと通った。自転車に乗っていたので声のした場所を通り過ぎたのかもしれない。できるだけゆっくと、ゆっくりと、私は歩みを進めた。
 たぶんここらへん……ここらへんで聞こえた……。

「お母さんっ!」

 聞こえた!私はすぐに声のした方向を見た。私の右横。きれいな花がこれ見よがしに飾られた家の中、犬が私を見ていた。
 犬なんていたんだと思ったその時、犬は口を開いた。

「お母さんっ!」

2年前 No.15

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_gjd

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2年前 No.16

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_gjd

 僕の昔の彼女は霊的なものが見える人だった。小さい頃から、周囲に気持ち悪がられてイジメられたことがあるとか。そんな暗い過去とミステリアスな雰囲気が僕は好きだった。
 だが、結局のところ僕は彼女のことを信じていなかったのだ。彼女のことと言うのは、霊的なものが見えることだ。
 ある日、デートの途中、レストランに立ち寄った。僕はメロンソーダといった子供っぽい飲み物を飲みながら、カロリーを気にして水を飲む彼女と談笑していた。だが、突然彼女の表情が変わった。どうしたの?と聞いてみると、何でもないのとほほ笑む。
 そろそろ出ようかと、席を立ち、会計を済ませてレストランから出た。そして二人で駅の方向へ行こうとしたとき、彼女が急に僕の手を取って、逆方向に歩き出した。

「どうしたんだよ」
「そっちに行っちゃダメ」

 絶対に従わなくてはならないような強さの語気だった。僕はただただ彼女に引っ張られるがまま付いていった。すると、隣の道路を爆走する車が見えた。随分危ない運転だなと思いながら、その車を目で追うと、車は駅の方へ突っ込んでいった。
 それは悲惨な事故だった。当時はまだ規制のされていなかった大麻を吸い込んだ若者が起こしたものだった。僕はただ呆気にとられながらその光景を彼女と見ていた。
 周囲がざわざわと騒ぎ出し、悲鳴まで聞こえ出したとき、僕は彼女に聞いてみた。

「どうしてわかったの?」

 彼女は知っていたのだ。彼女が駅の方へ突然行きたがらず、僕を逆方向に引っ張って行ったのは、事故が起こることがわかっていたからだと僕は思った。そして案の定。彼女は知っていた。
 彼女はレストランで出された水の中に、件の事故の様子を見たそうだ。彼女は「お告げ」だと思い、駅の方面に行こうとしなかった。本当がどうか疑う余地もなく、僕はそのおかげで事故に巻き込まれずに済んだと思い、彼女に感謝した。しかし、心の底では彼女の得体のしれない能力に恐怖を感じていたのかもしれない。
 結局、彼女と付き合うことにいささかの疲れを感じた僕は、彼女と別れた。彼女は去っていく僕を追うこともせず、静かに涙を流していた。

 彼女と連絡をとってから三年近くなったとき、新しくできた彼女とレストランに行った。それはかつての彼女と行ったレストランだった。
 僕はメロンソーダを頼まず、ただ水を飲もうと、コップに注いだ。しかし、飲めなかった。なぜならその水に映っていたからだ。彼女の横顔。泣いているところを見せまいと隠す彼女の顔。僕が最後に見た彼女の顔だった。
 女の子といるときは、いつも僕は水を目をつぶって飲む。なぜなら彼女の顔が水に映るからだ。一人の時は映らない。
 今の彼女とは長く続いている。いつかその彼女とも別れるとき、彼女も水に映るのだろうか。

2年前 No.17

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_gjd

 何の気もなしに、ママチャリで外に出た。キコキコと自転車が、太陽の照り返しが酷いアスファルトの上を走る。俺は暑さに耐え切れず、通りかかった公園の中にあった自販機で炭酸飲料を買った。
 真昼にしては公園に人はいなかった。いつもならこの時間、この公園からは子供たちの笑い声などが自分の住んでいるマンションまで響いてくる。うるさく感じていたので、静かになっていたのはとても気持ちがよかった。
 だが、誰もいないと思っていたはずの公園には、おかっぱ頭の小さい女の子が一人いた。ベンチに腰掛け、珍しく「お手玉」をして遊んでいる。遠目でその光景を眺めていると、なんだか聞いたことのないような歌を歌っていることに気づいた。
 よく聞こえないので、少しずつ近づいていった。

「はーなとーれ、あーなたーの、おーとしたおーなご、たーだのひーとには、わかーらぬ、ふーたり」

 そのフレーズを確か繰り返していたと思う。結局その後、俺は全速力で逃げたので、どんな意味なのかわからないが、ただ一つ確かなことは、女の子は「お手玉」などしていなかったことだ。
 女の子は自分の両眼玉をまるで「お手玉」のようにして投げて遊んでいた。

2年前 No.18

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_gjd

 少し前、私には恋人がいた。その人は夏が嫌いだと言っていた。どうして?と尋ねると、風鈴の音に混じって変な声が聞こえるんだ、と言った。その「変な声」というのは女の声なのか男の声なのかすらわらからず、内容などもちろん聞き取れるものではなかったという。
 しかし、私と付き合い始めて二年たったある日、彼は「だんだん聞き取れるようになってきた」と言った。内容は「〜しろ」といった命令のようなもので、いったい何をすればいいのか分からないのだが、年を重ねるごとに「声」は鮮明になっているそうだ。
 彼と過ごす、三年目の夏。彼は外を出るのをやめた。彼が住んでいた部屋にあった風鈴は粉々に壊されていた。

「どうしたの?」
「ん?いや、なんでもないよ」

 そうとしか答えなかった。しつこく聞いてはいけないような気がして、私はひきこもる彼のことを親や友人に相談した。親からは「すぐに別れた方がいい」と言われ、友人からは「うつ病じゃない?」と言われた。私は医療関係の人間でもないのだが、彼は「うつ病」に悩まされているのだと思った。
 親や友人に相談して数日後、彼のいる部屋に行くと、そこには彼はいなかった。ただ、部屋中に張り紙がされてあった。

『了解』

 張り紙にはその文字だけが書かれていた。彼の行方は今もわからない。

2年前 No.19

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_3Ia

 とあるデパートでアルバイトをしていた。随分前のことなので、具体的な仕事の内容は忘れてしまったが、1つだけ忘れられない仕事がある。
 ある日、衣装を着せて展示するために、倉庫へマネキンを取ってくるように言われた。一度私は倉庫へ行ったことがあった。あの締め切られ、段ボールやゴミ同然の道具類の匂いが漂う空間。高い天井とほのかな光。正直、ひとりで行くには躊躇いがあった。先輩についてきてもらおうとしたが、さすがに「怖いので付いてきてください」なんて大の男が言えない。
 結局、私は一人で倉庫へ行き、マネキンを探した。高いスチール棚が並べられている間をくぐり、目を凝らした。必要なものは何でも揃っていそうな感じがした。それほど多かったのだ。マネキンはなかなか見つからなかった。
 だが、やっとみつけた。それは棚の上には乗っておらず、部屋の隅に捨てられていた。マネキンは全部で五体あった。だが近付いてみると、そのマネキンの異様さに気づいた。
 マネキンにはびっしり「記号」のようなものが書いてあった。丸と線の記号。よく見るとそれは「ハングル文字」のようだった。ずらずらと韓国語で何か書いてある。私はその謎めいた不気味さにすぐに倉庫から出ようと走った。
 ただ、倉庫を出る直前、入り口付近の棚にマネキンが積まれていたので、一体持って行った。
 足りないよと怒鳴られたときは絶望した。また戻らなければならないのかと思うと泣きそうになった。だから、私は倉庫で見た「あのマネキン」について話した。すると「そうか」という一言で、別の人が足りないマネキンを取りにいかされた。
 結局、あのマネキンの詳細は不明だ。僕を怒鳴った上司に聞いても「昔は今よりいろいろとあったんだよ」と言われた。初老の上司が言ったその言葉も、それを言った時の切なそうな表情も、いまだに忘れられない。

2年前 No.20

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_lyi

 しばらく咳が止まらなくなったときがあった。普通の咳とは違う。別に自分は医者などではないが、そんな気がした。風邪ではない気がした。だが、病院に行く暇もなく、しばらくその咳との付き合いは続いた。
 それから2か月後ぐらいに同窓会があった。驚いたことに仲良かった友人は一人しかそこに集まらなかった。「他のみんなはどうしたんだよ」と同窓会にやってきたその友人に尋ねると、みんな亡くなったそうだ。

「なぁ、お前咳してないか?」

 青ざめた表情で友人は尋ねてきた。確かに、同窓会の席でも私の咳は続いていたので、その時に友人は聞いたかもしれない。私は「ああ」と返事をした。友人はその一言を聞くと、顔色をいっそう悪くし、うつむいた。「どうしたんだよ」と問いかけても、黙ったままだった。しばらくして、重く切り出すようにして口を開いた。

「昔さ、俺ら『羊狩り』って遊びやってただろ?」

 どこかで聞いたことのあるフレーズ。ただはっきりと思い出すことは出来なかった。そんな私の様子を察してか、友人は「羊狩り」について説明しだした。
 それは、私たちが小学生の時代。いつもの仲間の一人が祖父から聞いた「羊狩り」という遊びを始めた。なぜ「羊狩り」という名前なのかはわからない。ただ、今思えば非常に残酷な遊びだった。それは野良猫の首をカッターで切り、首を切られた猫がどれだけ長く生きることができたかを競うものだった。つまり猫を長いこと苦しませたら「勝ち」というわけだ。

「すっかり忘れていたよ」
「実はな、死んだやつら皆、咳が止まらなかったみたいなんだよ」

 友人は私を怖がらせようとしているつもりだと思ったが、その表情を見ていると一概にそうとは言えない気がしてくる。友人は続けた。

「俺さ、不安なんだよ。いくら子供でもあんなことしてたしさ、今になってその…恨みみたいなもんがさ…回って来てるんじゃないかって……」
「考えすぎだよ。お前そんなオカルト好きだったけ?」

 友人の恐怖に震える表情を和ませようと、またそれを見て少し恐怖を感じている自分自身を和ませようと、おどけてみせた。だが、結局友人は同窓会を途中で抜け出してしまった。元クラスメイトは「仲良かった友達が死んじゃって、落ち込んでいるんじゃない?」と言った。たしかにそうかもしれない。今では咳は治まり、普通に妻と子供と生活している。
 ただ、最近夢に見る。幼いころに殺した猫の夢。アスファルトの上で苦しそうにもがき苦しんでいる猫を眺めて笑う、幼い私の夢。

2年前 No.21

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_lyi

 昔の仲間と飲んでいたとき、当時仲間内だけで流行ったイタズラについての話題が出てきた。それは朝、それぞれの靴箱に何かを入れておくといったものだった。例えば偽のラブレターやセミの抜け殻など。

「俺の靴箱にラブレター入れたやつ誰だよ」
「あぁ、あれ俺だ」
「お前かよ!俺信じちゃって体育館裏に行っちまったよ!」
「そこで先輩らに殴られたんだっけ?」
「そうだよ!散々な目にあったぜ」
「ところで、俺んトコにセミの抜け殻入れたのだれだよ」
「それ俺。結構見つけんのに苦労したんだぜ?」

 このように、それぞれが被害を言って、それぞれが自白していった。懐かしく面白く、本当に自分たちはあの時を楽しんでいたんだなと思い出せた。毎日働きづめの男たちに久々の安らかな時間だった。

「でもさ、俺のところに人の頭入れたやつ誰だよ」

 仲間のこの一言で場は静まり返った。「人の頭?」と誰もが思った。他の仲間が「なんだよそれ」と聞くと、

「いや、たぶんマネキンだったと思うんだけどさ…やけにリアルで…なんか血みたいな…赤ペンキだと思うけど……さすがにビビっちまって、そのまま帰っちゃったんだよな」

 本当ならここで「俺だよ」っというおどけた様子で自白してみせるやつが出てくるのだが、誰も名乗り出なかった。生首に似せたマネキンを入れるなんて手の込んだことを、あの時の「俺たち」が出来るとは思えない。単純で馬鹿でいつもクラスの女の子のことを第一に考えていた典型的な中学生の俺らが。
 沈黙が続いた。言い出した仲間は「誰だよ」と小声でつぶやくようにもう一度言った。だが、だれも名乗り出ない。ふざけているだけなのかと思ったその仲間は「おい、どうしたんだよ。言えよ!」と「冗談だろ?」といった様子で言った。だが、誰一人自白するものはいなかった。それぞれが目を合わせて、誰がやったのか名乗り出てきてほしそうにしていた。
 沈黙が続くなか、思いつめた仲間は「タバコ吸ってくる」と言って、そのまま帰ってしまった。
 それから、その仲間から連絡はない。こちらから連絡するといつも出てくれるのだが、集まることには嫌がっていた。ただ、電話で会話していく中でそいつが一番気になっていたことは、誰がやったのかではなく「自分が見たものは本当にマネキンだったのか」ということだった。

2年前 No.22

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_EfY

 忘れられない出会いというものが僕にある。それは4年前のこと、僕がアパートに下宿していたころ。そこは小さな4階建てのアパートで、僕は3階に住んでいた。外壁には大きなヒビがはいり、草がところどころ生えていて、廃墟のような雰囲気を出していた。このように、見た目はとても綺麗とはいえない。だが、極貧学生の僕にとって、格安で部屋が手に入るとだけで、舞い上がっていた。そこで僕は学生時代を過ごした。
 そこで出会った一人の女性。どこにでもいるような女性で、とびぬけて美しいとわけでもなく、同時に不細工だというわけでもない。失礼な話だが、僕にとって彼女は「ハードルの低い」存在で、とても話しかけやすかった。
 彼女は「女優」を目指しているそうだった。僕はその見た目から、素人ながら彼女の道は厳しいものになるだろうと予想した。実際、そうだったらしい。彼女は夢に向かってひたむきに頑張っていたが、会うたびにやつれ、やせていた。でも、いつも僕が声をかけると彼女は優しく微笑んで挨拶してくれた。
 それから彼女が亡くなった。僕が彼女と出会って2年目、大学3回生になろうとしている矢先であった。寒い12月の夜、彼女はアパートから離れた公園の茂みの中で死体となって発見された。
 僕は彼女が死んだと聞かされたとき、瞬時に「自殺だ」と思った。彼女は夢をあきらめきれないでいる自分に絶望していたからだ。叶わないとわかっていながらも、それを認められない愚かな自分を。だが、真相は違った。彼女は殺されたのだ。すぐに殺人犯は見つかって逮捕された。事件は非常にスムーズに終わり、テレビでもその事件を見かけたのは、たった二回だけだった。
 日々の徒労もこうして無駄に終わっていくのか。と僕は心より思った。いつも近くにいた人がこんな末路を迎えるなんて。僕は絶望した。きっといつか僕の徒労も無駄に終わるのだろうと思った。
 つまりはそういうことだ。僕が死ぬ理由は書ききった。僕はこれを書いた今晩自殺する。さようなら。後はよろしく。

 今朝、机の中から上記のことが書いてあるメモ用紙を見つけた。大学を卒業したあくる朝だった。僕はアパートを出て、実家でしばらく暮らす予定で、部屋の片づけをしていたら、これが机の中から出てきたのだ。
 いったい「僕」とは誰なのか、そして誰がこんなものをいれたのだろうか。一人暮らしの部屋に人を入れたことはほとんどない。いつか友人と飲んでいる時に入れられたのだろうか。僕はそう思うことにして、用紙を捨てた。ただ、ずっと頭から離れないことがある。
 そのメモの文字が、自分の字と酷似していたことだ。

2年前 No.23

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_EfY

 高校2年の夏。お盆休みに両親の実家へ帰省した。もちろん一人じゃない。両親とだ。それが僕にとっては苦痛だった。理由は無い。後ろめたい事も無い。まぁ反抗期というヤツだったかもしれない。
 とにかく嫌々ながらも両親と帰省した。話しかけられても生返事で返した。電車内から見える景色に緑の部分が増えていくと、恥ずかしいことだがワクワクした。
 1時間ぐらいで目的地についた。山が近く、都会と違って空気がおいしい。そしてなにより景色が綺麗だった。太陽が照っていて、顔をゆがめるほど熱い気温だったが、光を反射して輝く緑を見ていると、あまり気にならなかった。
 しかし、気になった事が一つ。
 小さな石垣の上に建てられている古民家。それに沿ってカーブがかかっている、車が一台通れるような道路。そこに一枚、半紙が落ちていた。それには「む」とだけ大きく半紙いっぱいに書かれていた。
 僕はそれをおもむろに拾い上げた。

「それ二階のじいさんのね」

 突然後ろから声がしたので驚いて後ろを振り返ると、声の主は実家に住んでいる親戚の一人だった。もう60過ぎの女性だ。「隠さなくてもいいわよ」と次に言われたとき、自分が半紙を持つ手を彼女に見せまいと後ろにもっていっていたことに気付いた。
 僕は「二階のじいさん」のことについて尋ねた。実家は二階建てだったが、何度も帰省していても二階に上がる事は許されなかった。

「言っても信じないでしょうけど……」

 と、困ったような笑顔で言うと「二階のじいさん」について話し始めた。それも短いものだった。

「ずっと書いているのよ。じいさんの親戚の人に聞いたんだけどね。あの人が小学4年生の時、習字の宿題が出ていてね。それをあの二階の一人部屋でやってたんだけど、書き終わってお父様に見せたら、すごく怒られたそうよ。『む』が上手く書けてないって。『む』が書けるまで部屋が出てくるなって。じいさんのお父様は村では有名な書道の先生だったらしくて、そこらへんは厳しかったそうよ。それで今も『む』が上手く書けるまで、ひたすら半紙に『む』を書いてるって……」

 話し終えると、その人は僕から目をそらした。まだ何か隠しているような顔だった気がするが、その時の僕には「今も」という言葉がひっかかった。僕はじいさんの年齢を聞いてみた。

「もう80くらいになると思うわ」

 80?「今も」ということは70年間ずっと「む」を書いているのか?半紙にひたすら「む」を?僕は彼女が最初に言った通り信じられなかった。そんな怪談じみた話があってたまるか。
 「へぇ〜、すごいですね」とどうでもいいへんじをして、ふと実家の二階を見上げた。窓が開いていた。そこから、ひらりと一枚の半紙が涼しげで爽やかな風に乗ってこちらに飛んできた。
 その半紙には「む」と書かれていた。

2年前 No.24

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_nDu

 私の机には中学生時代の友人と一緒に撮った写真が飾ってあった。いつくかの写真の一つ、友達5人で京都に行った時の写真。女同士いろんなことを話あって笑いあった。卒業旅行だった。
 高校に入って1年が経った。ほとんどその友人たちとは疎遠になっていた。一番仲が良かった綾香ともほとんど連絡をとっていなかった。
 だが、ある日のこと、その写真にうつる綾香の顔がおかしな具合に歪んでいた。今まではそんなことなかった。いつからこんなことになったのだろう。写真の劣化なのだろうかと私は思い、自己解決した。
 ただ、その現象は日に日に酷くなっていった。顔だけだった歪みは、全身に及び、どんどん空間に吸い込まれるように綾香の姿は小さくなっていった。私はとても厭な予感がした。今すぐ綾香に会いに行かなくてはならない。そう思った。だが、綾香の連絡先は変更されていた。久しぶりに他の友達に綾香の連絡先を聞いてみると、

「アヤカ?誰それ」

 その子は綾香と私と一緒に京都へ行った友達だった。忘れるはずがない。私はもう一度写真を見た。そのとき綾香の姿は一層小さくなっているように見えた。結局、その友人は本気で綾香のことを忘れているようだった。全く記憶に無いという。卒業旅行も4人で行ったと言っていた。

 今では綾香の姿は無い。綾香がいたはずのところは京都の美しい風景が広がっている。
 そして私は消える前の綾香の顔がどうしても思い出せない。声もどんな響きだったのか、綾香はいったいどんな女の子だったのか。綾香についてのことを日に日に忘れていく。
 写真もまた、変わった。もう一人「歪み」が現れた。綾香の異変に気付いたとき、私が連絡をいれてた友達だ。彼女とは今も連絡がとれない。

2年前 No.25

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_exV

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2年前 No.26

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_PPP

 大学生になって一人暮らしを始める前に、祖母から贈り物を受け取った。

「晶、これはお前が何か困った時に必ず力になってくれるよ」

 ガンで入院中の祖母からもらったものは日本人形。白い顔に長い黒髪、桜の花が映える赤い着物、真ん丸とした黒目。日本人形の中でも市松人形にあたる、それが安いアパートの一室に届いたとき、身震いがした。僕は人形が苦手だ。
 人形にまつわる恐怖体験なんかはよく聞く。本当は祖母に返したかったが、死期が迫る祖母のわずかな願いでさえも叶えたく思う気持ちもあり、結局受け取ってしまった。とりあえず、自宅の一人部屋から持ってきた洋服棚の上に、それを置いてみた。じっと見つめてみると、案外可愛い顔をしているなと思ってきた。
 人気アイドルや、外国の女優なんかとは違う可愛さや美しさがある気がする。顔も市松人形にしては大人っぽい。女性とまではいかないが、女性にあと一歩というところに差し掛かった、年で言うと十七、八ぐらいの顔立ち。そう思うと、僕がその人形に対して抱いていた不気味さは少し薄くなっていった。
 ただ、やはり夜になると怖い。人形の目が赤く光、とつぜん動き出すと思うと、ぐっすりとは眠れない。だが、そんな夜が続くと、人形の存在にも慣れてきた。いつの間にか、インテリアの一つと考えるようになっていった。祖母に言われた通り、人形の掃除もしていた。

 それから2年、僕は大学を中退した。付き合っていた彼女に振られ、彼女が付き合っていた僕とは別の男をボコボコに殴ってしまった。彼は大学長の甥だった。ここからは僕の予想でしかないが、そいつが大学長に掛け合って僕を退学に追い込んだのかもしれない。そんなドラマみたいな展開はおそらく無かっただろうけど、とりあえず僕は大学から離れることになった。
 もともと、大学にいても夢を見つけることもなく、自分の周りに対して嫌気がさしていた。親の金で大学に行ってるのにも関わらず、良くも悪くもない成績しかとれず、目立った功績も残せず、そんな自分も嫌になっていた。
 加えて、バイト先では来店した客と喧嘩をしてしまい、退学の二日前にクビになってしまっていた。
 僕は、退学したことは祖母には伝えないでくれと親に連絡を入れたが、親からは祖母が死んだという返答が僕の耳に届いた。
 一週間のうちに様々なことが重なり、僕は引きこもり生活を始めるに至った。だれとも会いたくない。だが、腹が減るのでコンビニに買い出しに行く。そんな日が続くと、やはりお金が無くなっていく。
 帰ろうかなと思うが、親に合わす顔がない。日がな一日中、外を出歩く日が続いた。家に帰っても食べるものもない。このまま飢え死にできたらなんて思いながら、結局帰り着く日々。
 しかし、ある日、そんな毎日に変化が訪れる。夕暮れ時、同じ事を考えながらアパートにたどり着くと、ちゃぶ台の上に「ごはん」があった。作った覚えもないし、作れる料理じゃなかった。洋風皿の上に綺麗に盛り付けられた和食。祖母が得意な料理だった。
 その時僕は思い出したのだ。祖母の言葉。僕は洋服棚の上の人形に目をやった。

 大学を卒業するような年になった今でも、アパートに住んでいる。近くの工事現場で働きながら日々を暮しているわけだが、たまに心が疲れてしまったときには、アパートには「ごはん」が用意されている。
 いったい誰が用意してくれているのか、はっきりとはわからない。ただ、あの人形が僕の支えになってくれているのは確かだ。

2年前 No.27

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_PPP

 夏の風物詩の一つと言われる「百物語」だが、私はアレが非常に嫌いだ。一度やったことがある人間なら、好きになるやつなんていない。私は確信している。あれはやってはいけないゲームだ。
 中学最後の夏。いくら勉強しても成績があがらないと諦めてしまった私を含め十人で、とある小さな小屋に集まった。とあると言っても、集まった友人宅の倉庫を借りただけだが。
 とりあえず、私はろうそくを用意した。そして綺麗に円形に並べ火をつけた。
 言わずと知れた「百物語」だが、一応簡単に説明していくと、集まった人間がそれぞれ恐怖体験などの「怖い話」を語り、一人語り終わるごとに蝋燭を消す。そして全員で百話の怪談を語り終えたとき、つまり蝋燭が全て消えたとき、怪異が起こるという。
 十人が集まったので、一人十話。開始直後から眠気を催していた者もいたが、始まった。だが、一人十話というのはかなりの重労働だ。あらかじめ皆、調べたり作ったりして怪談を話すのだが、最後は半分寝ながら話していた。
 そして蝋燭が最後の一本となった。

「やっと終わりか〜」
「ささっと話せよ」

 気だるい友人の言葉が私に投げかけられる。だが、私は周りの友人と違って目がさえていた。それは前日に寝明かしたわけではない。私はある異変に気付いていたのだ。
 私は蝋燭を百本用意していない。私が用意した蝋燭の本数は九十九本だった。本当なら、私の前で蝋燭が全部消えるはずだったのだ。それがなぜ自分の番までまわって来てしまったのか。

「あのさぁ……誰か蝋燭一本増やした?それか、二本勝手に消した奴いるだろ」

 私は考えたくなかったのだ。十人の中に何者かが紛れ込んでいたことを。

2年前 No.28

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_k5O

 昔と言っても3年前だが、付き合っていた彼女の携帯電話が妙だった。なにがというと、電話をかけると見ず知らずの人間にかかるのだ。
「もしもし、朱莉?」
「え……あの、どちらさまですか?」
「あ…すいません、間違えました」
 こんなことが週に二回ほどあった。携帯を換えても続く。でるのは若い男だったり、おっさんだったり、小さな女の子だったり、いろいろだ。電話番号は間違いなく彼女のものなのに、出るのはまったくの他人。間違った後はちゃんとつながる。
 何度もこんなことを繰り返すのが面倒になってきた俺は、ほとんど彼女に連絡しなくなった。それからすれ違いが多くなり朱莉との関係がギクシャクしてきた。これではダメだと思い、久しぶりに電話をかけた。
「もしもし、朱莉?」
「ねぇ」
「?」
「ここからだとよく見えるわ」
「あの…」
「素敵な女の子ね…さぞ愉快でしょう?私を影から笑って……絶対に許さない」
 そこで通話が途切れた。それから朱莉に連絡しても出てくれない。結局、使用されていない電話番号になるまで朱莉は出てくれなかった。それに彼女の居場所もわからない。
 いったい、電話の女は誰なのだろうか。朱莉の失踪と何か関係があるのだろうか。

2年前 No.29

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_tDF

 私は行きずりの会話が大好きだ。後にも先にもその人との何も残さない。出会いは素敵だが、私にはその先は必要なかった。
 その日は降りたことのない駅で降り、しばらくベンチに座って、過ぎ行く列車と、降りてはまた乗る乗客たちを見送っていた。ふと、横を見やると若い男性が腰かけていた。男性は水色の作業服に頭から足先まで包んでいた。彼の足元や後方には、バケツやモップなどの掃除用具が置かれていた。
 私は好奇心から彼に近づいた。

「清掃作業員のかたですか?」
「そうです」
「お疲れ様です」
「どうも。とはいえ仕事はこれからですが」

 男性は低い声でそう言った。それもそうかと自分の言葉を恥ずかしく思ったが、少し微笑みながら言葉を返してくれたので、やはり嬉しかった。

「何を掃除しに来たと思います?」

 悪戯っぽく私にそう尋ねる。彼は私の答えを待たず、プラットホームの右端に立っている女性を指さした。ワンピースを着た背の高い女性だった。

「あの女性、飛びますよ」

 私は視線を女性から男に戻した。じっと女性を見つめる目。その目はまるでマジシャンのショウを見ている子供のような目をしているように思った。期待していたのだ。興奮していたのだ。楽しみにしていたのだ。女性がホームから飛び降り、列車に轢かれるのを。
 物憂げな表情で一歩一歩踏み出し、誘導ブロックを跨いぐ女性の腕を捕まえたのは、確信してからすぐだった。

「チッ」

 舌打ちが聞こえたような気がして、男の方を振り返る。しかし、そこにいたはずの男は忽然と消えていた。

2年前 No.30

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_mRG

 中学の時、付き合っていた女の子とクラブ活動が終わったあと、一緒に帰っていた。サッカー部で練習が長引いた日でも、彼女はいつも待ってくれた。だから、帰るのは暗くなってからというのも少なくない。
 その日は、いつもより神経を使った。なぜなら帰り道付近には不審者情報が張り出されていたからだ。屋根の上で「ほうほう」とフクロウのように鳴く、中年の男。見つけたらすぐ通報するつもりだが、そんな気味の悪いものを彼女には見せなくない。
 しかし、神出鬼没の変態にどう対処するかもわからず、日々を過ごす。実際、自分は遭遇しないだろうと思っていた。
 だが、奴は現れた。夕焼けの色が濃くなっていく時間に一緒に帰っていると、突然視界に入った。
 学校から少し歩き、住宅街に入った時、「ほうほう」という高い声が聞こた。そちらに目をやると、頭の禿げた太った男が中腰になり、両手を羽のようにゆっくり動かしている。屋根の上で、沈む夕日に向かって。
 すぐに携帯を取り出した。同時に、ここを離れようと彼女の手を引っ張った。しかし、彼女は動こうとしなかった。屋根の上の男を見つめている。震える唇と瞳。何か言いたげに開かれていた口から出てきた言葉は、

「…パパ……」

 その後、彼女と別れることになったが、理由はあの男の所為ではない。なんだか気まずくなっただけで、

1年前 No.31

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_FPc

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1年前 No.32

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_j6k

 子供のころ、よく祖父の家に行っていた。私が生まれる前に祖母は亡くなっていたので、祖父としか話した記憶がない。祖父は幼い私に「これで好きなものを買っておいで」と1000円札を渡してくれた。まだ、私が「お金」の意味をよく理解していないぐらいの年頃だ。
 とにかく、私は優しい祖父が好きだった。怒ったところを見たことが無く、いつも穏やかな笑みを浮かべていた好々爺であった。
 だが、ある日、どうしてかわからないが祖父の家の二回に私は上がり、そこで押入れの中を探検していた。かなり広い押入れで、すぐ手前は薄暗くてもよく見えるが、奥のほうは闇が濃く、それがどこまでも続いているようで、不気味な感じもしていたが、その普段とは異質な空間にわくわくしていた。
 そんな、押入れの中に小さな棚が見つけた。木製で、押入れの中に置いてあるものと比べてかなり綺麗だった。埃が完全に払われていた。私は何の気もなしにその引き出しを開けた。
 中には「耳」が入っていた。
 私は今でもはっきりと覚えている。あれは「耳」だ。人間の「耳」だった。それから、私の足は祖父の家から遠のいていった。
 祖父が死んだのは私が中学にあがったころだ。葬式に私は祖父の棺の中に、押入れで見つけた棚を見つけた。かつて祖父の家で起こった出来事を一瞬にして思い出した私は、葬式が終わったとき、父にそのことを話した。
 父は「ああ、あれか」と何気ない口調で語った。
 あの「耳」は死んだ祖母のものだった。祖父は愛妻家だったそうだ。それも病的なまでの。

1年前 No.33

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

 仕事が早く終わり、夕方ごろに帰宅途中、電車の中で私は腹痛に襲われた。最寄り駅までこらえようと考えたが、そうもいかない。急遽、最寄り駅より二駅離れたホームに降りた。普段よく通る駅なのだが、今まで一度も下りたことが無かった。
 幸いホーム内にトイレがあり難を逃れたわけでだが、トイレから出ようとしたとき、気になるものを発見した。トイレ室内のドアの端に「090-×××××-○○○○ ←TELしてみて(ハート)」と、書いてあったのだ。
 こんなものが本当にあるんだと、私は思った。そして、私は突然遭遇したその妙な怪しさに少し興奮していた。毎日毎日同じような毎日を送る私にとって、その異様さは成人して十数年たった私の枯れた好奇心を久々に刺激した。
 つまり、私はかけてしまったのだ、その電話番号に。
 そっと携帯電話を耳に押し当てると、キラキラと可愛らしい着信音が聞こえた。
 はっと顔を上げた。携帯電話の中からプルルルルル…という着信音が聞こえる。私が感じたのは、本当にかかってしまったという驚きだけではない。同時にトイレの外からキラキラと可愛らしい着信音が聞こえているのだ。
 私は室内からトイレの外を透かし見るように目を開いた。そしてそのまま電話切った。
 着信が止む。
 まさか、電話主が近くに?いや、何かの勘違いかもしれない。私はそう思い、願いを込めるように、もう一度電話をかけた。すると、やはり携帯電話の中では無機質な着信音が鳴り続け、トイレの外では煌びやか音色が響いていた。
 私は、おそるおそるトイレから出た。そこには誰もおらず、ただ着信音が鳴り響くのみ。そして、私はその着信音のする方向へ歩き出した。好奇心と恐怖心が入り混じった感情の中、私はそれが掃除道具入れの中からなっているのに気が付いた。
 そこからは、場の空気を打ち破らんばかりに明るい音色が流れていた。私は、ドアに手をかけ、躊躇う心を押し殺し、いっきにそこを開け放った。

 その後、私は警察から事情聴取を受けることになった。初めての経験ではあったが、脳裏にはドアを開けた時の光景が何回も過ぎ去っては、また現れた。あとから気付いたことだが、トイレの入り口には行方不明の女子高生の情報を求む張り紙がはられていた。
 私があけたそこには、腐乱した女子高生の死体があった。今にも耳について離れないその音は、彼女の手にしっかり握られていた携帯から広がっていた。

1年前 No.34

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

 ある日、格安の切符をつかって普通列車を乗り継ぐ旅をしている中、とある駅におりたった。長い休みがとれた日にはこうして遠くまで列車に乗り、適当な駅に降りる。そこで行きずりの出会いを得て、家に帰る。そうして、独身という立場を大いに楽しんでいた。
 その「とある駅」だが、ホームの駅名もかすれて読めなくなっていて、「ひが」なんとかとしか解読できなかった。ホームを囲むようにして雑草が生えており、ところどころ酸化して変色し、廃線間近ではないかと思わせた。そしてとにかく小さい。車外に出て、すぐ目の前に階段が出迎える。4、5歩で駅から出ることが出来た。改札口はなく、切符を入れる場所も見当たらなかった。まさに「秘境駅」そのものだった。ど田舎にポツンと取り残された駅。その切なく淡く、そして穏やかな雰囲気が私はとても好きだった。

「おや、めずらしいな。お一人か?」

 目の前から農作業中だったのか野良着を着た老人が元気に声をかけてきた。しわくちゃな顔は笑うともっとしわくちゃになる。それが老人の愛らしさを感じさせた。
 私とその老人はしばらくそこで話をした。どこから来たかで始まり、名前を聞かれた。「斎藤です」と話すと途端に嬉しそうに、近くに自分の家があると言い出し、そのまま車で連れていかれてしまった。溢れ出る生気と勢いに負けてしまった。
 家には、若い女性がいた。義理の娘だそうだった。忙しそうに部屋の掃除をしていたその女性は私を一瞥すると、「斎藤さん?」と聞いてきた。老人が「そうだ」というと、彼女も「さぁ、上がって」と快く迎えてくれた。
 私はそこで昼食をごちそうになった。見ず知らずの人間にここまでしてくれるなんて。私は彼らの無防備で、しかし温かい人柄に惹かれていった。しかも、驚いたのがその後である。話を聞きつけたと、大勢の人がその家に集まったのだ。客人なんて珍しいとのことだった。
 どこから来ただの、年はいくつだの、息子娘はいるのかなど質問攻めだ。地元の学校に通い続けていたので転校生になったことはないが、世の転校生はこんな気持ちなのだろうか。

「夕飯も召し上がって行って?」

 女性が言う。かなり広い屋敷だったが、客間は飲めや歌えやの大騒ぎだった。さすがに夕飯まではと躊躇われたので、丁重に断った。しかし、私のその言葉を聞いたとたん「とんでもない」と言った様子で説得しにかかってきた。それも女性だけではない。近くに座っていた老若男女も一緒にだ。とりあえず、家族に連絡とってきますと、部屋を出た。あの、鬼気迫るような感じが私の警戒心を強くした。逃げ出すように席を立った。
 広い屋敷の真裏に出ると、そこからは村の全体が見渡せた。ぽつぽつと小さな日本家屋が散在している。地主だったのだろうか、ここが一番大きい。
 夕日がそろそろ顔を出す時間帯。遠くの山々もオレンジに色づく。緑の美しい「田舎」のいいところだけを凝縮したような村。ここに住んでもいいと思った。
 ふと、屋敷の端から少し離れた場所に、ぼこっと隆起している大地があった。ごうごうと生えた草木の中。なんとなく目を凝らしてみると、そこには大量の墓石があった。それは間違いなく墓地だった。
 なんでこんなところにと思いながら近づいてくと、

『斎藤』

 墓石にはただそれだけ書かれていた。他の墓石にも同じように『斎藤』と書かれている。
 なんだこれは。斎藤?

「斎藤さーん」

 私はその声に飛び上った。身も心も恐怖を感じていた。私を優しく迎えてくれたのは私が「斎藤」だと知ったからだ。女性が私を見るなり「斎藤さん?」と聞いたのは、老人が「斎藤」を連れ来たことを確認するためか。

「斎藤さーん、斎藤さーん」

 次第に声が増えてくる。心のうちに広がる不気味さに耐え切れなくなり、私は逃げ出した。道を下り、村を駆け抜けた。屋敷の方から怒鳴り声が聞こえる。きっと見つかったのだ。どうしよう。とりあえず駅のあった方向へ。
 しかし、駅はいっこうに見つからない。道を間違えたか。いや、そんなはずはない。確かにここで合っているはずだ。帰るつもりだったのだから覚えたのだ。大勢の足音が聞こえる。追ってくる。
 私は無我夢中で走った。村を抜けて、林の中を。急な坂道を駆け上がり、下り、道路にでたところで私は力尽きた。

 目が覚めるとそこは病室だった。私は一週間以上行方不明だったらしい。
 いまだにあの村のことはよくわかっていない。正直、わかりたくもないが。

11ヶ月前 No.35

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

 その日は、男でも日傘をさして歩きたいぐらいの夏日だった。かんかんに照りつける日光が、アスファルトに反射して、外回りに忙しいサラリーマンの私に直撃する。
 いつ倒れてもおかしくない。いや、もういつでも倒れる準備はできている。いっそ倒れてしまおうか。そんな自暴自棄的な考えが頭をめぐるころ、私の目の前にかき氷屋が見えた。
 青空を貫かんがごとく伸びるビル群の脇にできた日影に、店を構えている。私の疲れ切った足は、吸い込まれるようその店に進んでいった。

「いらっしゃい」

 アロハシャツを着た、いかにもな様子の店主がだるそうに言う。特に返事もしないで、品物のラインナップを見た。メロン、いちご、ブルーハワイ。おきまりのフレーバーだ。どこかで「結局味はどれも同じ」と聞いたことがあるが、そんなことはどうでもいい。こういう日に客が求めるのは味ではない。氷の持つ強い清涼感だ。

「お客さん」

 店主が話しかけてきた。サングラスに麦わら帽子。にやりと笑う口元。目をむけずともそんな表情をしているのがわかった。

「お客さん、こんな熱い日にはみんな頭がおかしくなるもんだ」
「そうですか」
「お客さんもそうじゃないか?」
「え?」

 何故か、失礼なことを言われた気がした。ムッとして見上げると、店主の顔がどろどろと溶けだしていた。店のしたから溶けた水のようなものが流れ出している。

「うわぁああっ!」

 情けなく声を上げ、私はそこを逃げ出した。一目散で走る私と警官がぶつかる。ちょうどいいところにと、かき氷屋を指さす。しかし、そこには何もなかった。

「大丈夫ですか?今日は暑いですから…」

 大丈夫なわけがない。私はもう一度かき氷屋があった場所を見た。不自然に水たまりが広がっていた。

9ヶ月前 No.36

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

 私の母親は、私が中学3年生のころに死んだ。
 母はいつもイライラしていて、忙しそうに家中を動き回った。「ああ、忙しい」が母の口癖だった。とはいっても、家事のほとんどは私と祖母がやっていたのだが。
 母は幼い私によくあたることもあった。「お前みたいなブサイク、生まなければよかった」と言われることも多々あった。そんな母だが、生まれたばかりの「かよこ」にはとても優しかった。「かよこちゃん、かよこちゃん」とベッドの上の妹にすり寄っていた。私とは対照的な扱いだった。また、父親のことも深く愛していた。母は父親を自分の全てかのように語り、私を家庭内のゴミかのように見下した。

 あまり自分を被害者のように書くのは、母に対して悪い気がしてきた。なにせ、母を死に追いやったのは他でもない私自身なのだから。

「お母さん」

 母は、いつも通りベッドで寝ている「かよこ」に笑顔で手を振っていた。私に呼ばれた母は途端に不機嫌そうに顔を上げた。私は母の返事を待たずに口を開いた。

「お母さん、いつも誰に話しかけているの?」

 私はそう言って、家を出た。学校の授業が終わり、家に帰ると母は死んでいた。
 汚い畳の部屋には、赤ちゃんの人形が寝かされた小さなベッドと、へし折れた父親の位牌が散乱していた。そして、天井から「母だったもの」がぶら下がっていた。
 私はそれから祖母と二人で暮らしているが、今でも母を思い出すことがある。本当にそこにいるかのように「いないもの」に話しかけていた母。そして、確実に存在している筈の私を心底恨んでいた母。
 祖母の後ろ姿を見ていると、私が今見ているものこそが、実は幻なのかもしれないとたまに思うことがある。

8ヶ月前 No.37

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

 中学の時だったか。学校に転校生がやってきた。その子は男子でどこか暗い印象で、まわりとも進んで交わろうともしない子だった。「緊張しているのかな」と私は思った。
 自分で言うのもアレだが、人見知りはせず、友達も多かった。だから、その転校生にも友達になろうと、その子を導いてあげようとして話しかけた。はじめはやっぱり、そっけなく、相槌だけで進んで話そうとしてくれなかった。
 でも、数を重ねていくにつれ、さまざまな表情を見せてくれるようになった。私はその転校生(名前を村田和也という)の友達の一人になったのだ。
 彼の親は母親一人で、いわゆる「転勤族」というより、「引っ越し族」だそうだ。その所為で村田はあちこちの学校を転々としている。

「大変だね」
「そうでもないよ」

 そう言う彼の目はどこか遠いところを見ていた。次、自分が向かう学校を見ているようだった。
 友達になったとはいえ、やはり自分と彼の間には「壁」がある。男子と女子ということもあるのだが、私は彼と親しくなりたいがゆえ、自分を家に連れて行ってほしいと頼んだ。今思えば思春期の男子に対する言葉としては、非常に危なっかしい、かつ、恥ずかしさをしらない愚かなものだったと思う。
 村田は(当然だが)「無理だよ」と断った。でも私は、親しくなった女友達の家にいくのと同じように彼にせがんだ。それに折れてしまった彼はしぶしぶ私を家に案内してくれたが、

「お母さんやっぱり仕事なんだね」
「そう…だよ。お茶どうぞ」
「あ、どうも……」

 失礼だがなんということもない民家であった。ただ、私が知らない道を通ってきたので帰りに不安だった。それと、部屋はなんだか薄暗く、畳のにおいがきつかった。テレビをつけようにもリモコンがない。なんだか無理やり押しかけてきたにも関わらず、私はつまらなく感じた。

「村田君のお家って広いんだね」
「そうかな」
「ちょっと見て回ってもいい?」
「え?」

 すごく驚いた様子だった。でも、すぐにどこか諦めた表情になり「いいよ」と静かに承諾してくれた。私は嬉しかったが、すぐに後悔した。
 なんのことないとはいえ、自分の家とは違う家を見られるというのはワクワクするもので、私は出されたお茶も飲まずに隣の部屋と駈け出した。そこは何もなく殺風景な場所で、ただ押入れだけがあった。夕日が窓から差し込み、畳を赤くしていた。押入れの中に何か、布団や生活具のほかに何かある気がしてた私は、勢いよく押入れを開けた。
 そこには人がいた。髪の長い女性。裸で体育座りをして縮こまり、膝に口を当ててこっちを凝視していた。どこまでも沈んでいきそうな目。こちらをどういう感情で見ているのか、私にはわからなかったが、その場から動けなかった。まるで金縛りにあったかのように。

「母さん」

 後ろから声がした。村田の声だった。

「そうか…また、引っ越さないといけないね……」

 声の調子から、すべてを諦めきっているようだった。でも村田の方向は見れない。

ガタンッ

 押入れが勢いよく閉まると同時に、私は動けるようになった。



 村田はそれから、すぐに転校した。

7ヶ月前 No.38

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

 私がまだ小学生だったころの話だ。私が住んでいた町は都会でも田舎でもなく、ただ、都会や田舎の近くにある閑散とした住宅街だった。少し足を運べば、巨大デパートでショッピングも楽しめるし、ちょっとした登山だってできる。いま思えば、とてもいい場所だったのかもしれない。
 ある日、親と喧嘩をした私は初めて学校をサボった。学校へ行く途中、なんだか嫌になって、家にはもちろん帰りたくもなく、ただイライラを募らせながらあぜ道を歩いていた。心の中では母親に怒鳴られた内容に反発する文言がいくつも溢れてくるのだが、それを母親の前で一つも口に出すことが出来なかった。そんな自分に対して、その時の私は苛立っていたのかもしれない。

「クソッ!」

 適当に足を振り上げた。カランという音とともにあぜ道に転がった小さな食器。隣を見ると、お地蔵さんが一つ立っていた。八頭身の大きな地蔵。
 私は、お地蔵さんの供え物を蹴飛ばしてしまったのだ。ただ、そこに供え物があったことに気付かなかったわけではない。ただ、ひたすらにむしゃくしゃしていて、何でもいいから蹴り飛ばしたかったのだ。
 少し、スッキリした私はそのままあぜ道を歩いた。しかし、角を曲がる時、視界の端に何かが動く気配がした。なんだろうとその方向を見た。お地蔵さんが立っていた方向だ。
 私は目を疑った。お地蔵さんが動いている。手に持った杖を地面に突きさし、ゆっくりと腰を上げるようにして立ち上がった。八頭身ぐらいの石像が青空のあぜ道で動いている。
 暑さで頭がおかしくなったのか。しかし、その日はもう夏の終わりを知らせるように涼しい風が吹いているような時期だった。
 地蔵がこちらを向く。そしてこちらへ走り出した。あのお地蔵さんが。いつも優しく微笑むように目を細め、ただそこにいるだけのお地蔵さんが。それは猛スピードでこちらへ向かってくる。石と石が擦れるゴリゴリと音を鳴らしながら。踏み鳴らされた道を揺らしながら。

「うわぁああぁあああっ!!」

 私は絶叫し、一目散で逃げた。とにかくこのあぜ道を出て、街へ行かなければ。しかし、あぜ道を抜けて階段を下りても、コンクリートの道を走っても、目の前に見えるのは田んぼや、山ばかり。
 それに、私は普通の住宅街からあぜ道にそれただけで、何も階段を上って高いところへやってきたわけではない。それなのに、階段を下りたり坂を下ったり、それでも街にはつかない。
 とにかく、どこをみても見たこともない景色の連続なのだ。
 息を切らし、足を止める。そして後ろを振り返った。誰もいない、追いかけてきていないと思ったその時、ドタドタドタと慌ただしい音が近づいてきた。そして遠くの方からグレーの人型の物体が走ってくるのが見えた。

「うわぁああっ!」

 私はまた走った。走って、走って、走り続けた。時々、後ろを振り返った。地蔵の姿が無いことに安心したその時、前方から奴はやってくる。そしてまた私は走った。
 どの角を曲がり、どの道を進み、いったい自分がどこにいるのか全くわからない。このまま帰れないんじゃないか……そしてあの地蔵につかまったら…。そう思うと、すでに限界を越えた私の足がまた地面を蹴る。その時の私を動かしていたのは恐怖ただ一つだった。

「もう嫌だぁあああっ!!」

 しばらく聞いていなかったセミの鳴き声と、陽炎が揺らめく中、地蔵が全速力で追いかけてくる。走っても走っても、状況が変わることがない。私は半狂乱になって叫んだ。
 どうしてこんな目に合わなくちゃならないんだ!俺が何をしたって言うんだ!息が切れ、もう言葉も出ない。私は心の中で怒鳴った。
 その時、私は思い出した。すっかり忘れていたのだ。自分が地蔵の供え物を蹴飛ばしたのを。私は最後の力を振り絞り、叫んだ。

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいぃぃっ!」

 涙があふれた。どうか許してほしい。どうか。どうか。
 目を閉じ、ただひたすら足を動かしていた私が、涙を溜めた目を開くと家の前についていた。あたりはもう夕方だった。家に飛び込み、母の姿を見た時、もう一度泣いたのを今でも覚えている。

7ヶ月前 No.39

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

 若い頃、スーパーで魚を捌いていた時期があった。今の時世よりも労働環境は決して良くは無かったのか、帰ったら体中魚臭くてたまらなかった。特に、冷蔵庫での作業は苦痛だった。切った魚を冷凍するぐらいしか覚えていないが、寒くて寒くてたまらない。膝は震え、手はかじかみ、店頭に並べる数によっては、しばらくそこで魚を運ぶ作業を強いられることになった。
 夕方から夜まで、魚を切ったり、皿に並べたり、切った魚を冷蔵庫にいれたり。毎回へとへとになって帰るのだが、ある日帰る間際に冷蔵庫の中に手袋を忘れたことに気が付いた。
 私は急いで冷蔵庫へ戻った。巨大な冷蔵庫の中には数十の棚が陳列されている。それらの間のどこかに落としているのか。私は寒さを我慢して探し回った。しかし見つからず、私は諦めて帰ることした。すると、

タッタッタッタッタッタ……

 何かが走る音がする。その足音は冷蔵庫の周りをグルグルと周回しているように聞こえた。冷蔵庫の中に私一人しかいない。どこを見渡しても足音の主は見えない。私の心中にはザワザワと何かが湧きあがってきた。膝が震える。それは寒さから来ているものだけではなかった。

タッタッタッタッタッタ……

 足音がこちらへ向かってくる。私は急いで出口へ走った。思うように足が動かない。はぁはぁと息が切れる。その吐息は、まるで自分とは別の人間の吐息のようにも聞こえた。

 翌日の出勤で私は上司に冷蔵庫の中での出来事を話した。上司は私の質問に昔を思い出すように語りだした。

 その冷蔵庫では、かつて死人が出たらしい。夜から翌朝まで閉じ込められた男性社員がそこで凍死したそうだ。上司は死んだ社員の同僚だったらしい。どうして走る音が聞こえていたのかは、はっきりとはわからないが、下がり続ける体温を上昇させるために冷蔵庫の中を走り回っていたのかもしれない。
 私は、冷蔵庫の中のことを思い出した。あのときなぜ、私を追いかけたのか。助けに来てくれたと、彼は思ったのだろう。
 私がそこを辞めてから10年以上たったが、あのスーパーはある。今でも彼は、あの冷蔵庫の中で走り続けているのかもしれない。

7ヶ月前 No.40

立川寿限無 ★2uNoGpleuB_M0e

 職を転々としてきた私だが、その中でも厭だったのは警察官として働いていたころだった。まぁ、それを辞めてから様々な職を体験することになるのだが。
 警察官とはいえ、重役というわけではなく、かなりの下っ端だった。殺人事件が起こると現場に出動。凄惨な死体を見ることも多々あった。最初のころは嘔吐したり夢に出てきたりと、大変なものだったが、私はいつかきっと「慣れ」がくるのだろうと我慢して働いた。
 と、考えていたのだが、ある日某市町の河川敷で人間の右腕が発見された。それから左足首、右耳、と現場となった河川敷を捜索していると続々と人間の部位が出てきた。次第に「バラバラ殺人」であるという線が濃くなってきた。とはいえ、私は下っ端なので直接捜査に携わることはできず、河川敷にあるであろう死体をすべて回収する作業が続いていた。
 川のほとりまでザクザク歩いていると、なんだか柔らかいものを踏んだ感触。右足が落ちていた。そういった、突然現れる「その場にあってはならないもの」の所為で、私の心はどんどん擦り切れていった。

 そして、また私は死体を探す。なんだか腐乱したような匂いがするが、それが気のせいなのか、近くにあるのか。前者を願うが、後者を求めなければいけない立場である。多数の捜査員が四方八方に散らばって、草をかき分けている。今日はもう、探しているフリだけでもしておこう。そう考えたとき、遠くのほうで「おぉーい」と間延びした男の声が聞こえた。
 死体が見つかったのか。私はそう思った。しかし、周りを見ると作業に熱中しているのか誰も反応しない。それでも「おぉーい」という声が聞こえる。なんだか少し気の毒に思った私は、その声のする方向へ足を進めた。
 身の丈ほどある枯草をかき分けていく。声はどんどん近づいてきた。

「見つかったのか?」

 その問いかけには答えない。ただひたすら「おぉーい」と呼んでいる。なにか変だ。そう感じながら、草を手で分けた。目の先。枯草が倒れ、すこしくぼんだ所にあった。

「おぉーい」

 男の頭。私が聞いていた声はそれから発せられていた。

 私は警察を辞めた。

5ヶ月前 No.41

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

 最初は、なぜこんなに汗をかいているのかわからなかった。朝起きた時の話だ。
 瞼を開くというよりか、解放するといった方がよいような気がするほど、勢いよく目を開ける。何かに追いかけられていたのように呼吸は乱れ、背中にはびっしょりと汗をかいている。まさに悪夢からの寝覚めだった。
 しかし、その悪夢がいったいなんだったのか全く思い出せない。寝付けなかったというわけでもなく、体は思ったよりすぐ動き、その日もいつも通り会社へ出勤した。
 ネクタイを直してもらいながら妻にこのことを話すと、「夢なんて、私も忘れちゃうことあるわ」と素っ気なく言った。あまり気にすることはないと自分でも思い、自宅を出た。
 しかし、依然として私の朝はあまり気分の良いものではない。しっかり睡眠はとれてはいるのだが、いかんせん、汗に濡れ、息は切れ、足には力が入らない。生活に支障をきたしそうで、なんだか不安になる。
 そんな朝がしばらく続くと、私が寝ている間見ているだろう悪夢の断片を掴めた。私は何者かの「叫び」と共に目覚めるのだ。文字として表すのは困難な、切迫した、まさに命の危機というような叫び声。背中を強く押されるように、私はその叫びによって夢から解放される。
 やはり、いい夢ではなさそうだ。忘れていた悪夢の欠片を掴んでしまった私は、いっそう気分が悪かった。
 それにしても、なんであんな夢……。しかも毎晩、毎晩……。

 何か病気なのかと思い、妻に相談してみると、楽観的な性格の彼女は「よくあることよ」と笑った。こんなことよくあってたまるか。妻に馬鹿にされるような気もするが、医者に診てもらおう。
 そう決めた私の見た悪夢にまた変化が訪れた。いつものように耳をつんざくほどの叫び。しかし、その叫びが女性の金切り声のような気がした。私は女性の「叫び」によって目覚めたのだ。
 汗でぬれた首筋を撫でながら、私は自分に問いかけた。いままで、聞いてきた叫びもそうだろうか。だとしたら、何かを暗示してるような気がする。私はこれまでよりもいっそう大きな不安感に襲われた。だが、そんなことで会社を休むわけにはいかない。足早に家を出て出勤した。

 胸に引っかかるものは残ったままだが、仕事はいつも通りだった。ただ、いつも持ってくる妻の作ってくれた弁当がなかった。仕方なく近くの弁当屋に行こうとオフィスを出た。
 すると、横断歩道の向こうに妻がいるではないか。彼女は私に気付いて手を振った。

「お弁当忘れてるわよー!」

 わざわざ言わなくてもいいだろうと恥ずかしい思いをしていると、とおくの方で硬い何かが強く衝突する音が聞こえた。その方向を見ると中型トラックが猛スピードで突っ込んでくる。
 歩道に乗り上げ、トラックが向かう先には妻がいた。恐怖や焦りによる四方八方から上げられる声の中、唐突にやってきた死に直面した一人の女性の叫び声が私の貫いた。
 悪夢であってくれ!!私は心の中で叫んだ。

 あの「叫び」は妻のものだった。

2ヶ月前 No.42

立川寿限無 ★e73LCT6AOC_yoD

 実家に帰ると、かつて使っていた自分の部屋の掃除をさせられた。夕方ごろについて疲れていたのだが、急かす母親の声もなんだか懐かしく、仕方ない聞いてやるかという気持ちで縁側から腰を上げた。
 大学に進学すると同時に家を出た。木造建売の一軒家の二階にある自分の部屋は、やはり懐かしく、今住んでいる部屋とはまた別の落ち着きがある。ぎしりと畳を踏みしめながら整理しているの小さな絵本が出てきた。その瞬間、幼き日のトラウマがよみがえってきた。
 なんだかお母さんが苦手な5歳の男の子の物語。一向に顔を見せない母親が最後のページで顔を見せる。この顔があまりにも不気味で、それからこの絵本は読んでいない。しかし、興味本位でページをめくった。ぺらぺらとゆっくり読み進めていくが、結局母親の顔が描かれることなく終わった。
 全部で12ページ。確か、問題の絵は終盤10ページぐらいにあったはず。よくよく確認しても問題のページは見当たらない。怖いもの見たさでなんども読み返す。すると下で母の呼ぶ声がした。階段を下りている間も考え続けた。確かに見た。あの母親の顔。子供向けのはずなのに、妙に緊迫感があって……台所の母親が息子の方に振り返って……。
 一階には母しかいなかった。包丁がまな板に当たる音が聞こえる。どうやら母はなにか料理を作ってくれているようだ。手伝ってやろうかと台所に入ったとき、既視感を覚えた。エプロン姿の母の後ろ姿。確か、記憶の中のあのシーンもこれだった。息子が料理中の母親の背中を見つめている。そして呼ぶのだ。もう一度、息子の名前を。

「淳〜」

 その時、目じりまで口が裂け、にっこり笑った母親の蒼白の顔がこちらを向いた。
 あの絵本とまったく同じだった。

2ヶ月前 No.43

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

 とあるマンションに引っ越して早々、隣から聞こえてくる騒音に悩まされることになった。それも、なんだか厭なものだ。
 子どもの泣き声。言葉通り、本当に火でも点いたんじゃないかというぐらいの泣き声だ。わんわん泣きながら「ごめんなさい」や「お母さん」やら叫んでいる。うるさすぎて寝られやしないし、寝られたとしても寝覚めが悪い。なんせ、子供が泣いているのだから。
 虐待だろうと思った。しかし、正直面倒事に巻き込まれたくないという気持ちもあって、しばらくは我慢していた。毎晩、毎晩続く悲痛な叫び。本当に隣の部屋か?と思うぐらい響いていた。
 そして、遂に寝不足で仕事に支障をきたした時、大家に相談することにした。相談する相手を間違っていると思うだろうが、やはりその時も事なかれ主義の自分にはそうするしかなかったように思う。

「隣?誰もいないよ?」

 その一言に愕然とした。そして気付いた。そういえば、隣人の姿を見たことない。

「昔、子供が虐待されて死んだんだよ。その霊でも出たんじゃない?」

 冗談なのか本気なのか、中年の大家の表情からは読み取れなかった。ただ、窓の外を見つめながら淡々と言う。こっちの気もしらないで、と怒りさえ込み上げてきた。何か言ってやろうと口を開いた時、大家が振り返った。
 何だか含みのあるような笑みを携え、言い放った。

「でも、隣から声がするはずないけどねぇ」

 どういうことだ?と自分で答えを探す時間さえ、目の前の女性は与えなかった。

「だって、子供が死んだの君の部屋だよ」

13日前 No.44
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