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おいで

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★Q8TMMWCxfD_RLB

 俺は六歳までかーちゃんと一緒に暮らしていた。
 俺たちが住んでいたのはたいそう辺鄙な山奥の村で、当然ながら小学校もなければ保育所もなかった。
 遊び場はいつだって山の中、森の中。
 あるいは例えば、だあれもいない、昔の学校。

 遊び友達なんているわけもなかった。
 でも、不思議と俺は少しも寂しいと思わなかったし、退屈だと感じる時間は今のほうがずっと長い気がする。

 埃の積もった古ぼけた学校に足跡を残すだけでも面白かったし、お化けが出てきそうな汲み取り式のトイレは冗談じゃなくて本当にお化けが出てきそうだった。
 ピアノは音が狂っているのに、鍵盤を押せば音が鳴るし、机の落書きは、当時の俺には読めない字ばっかりだったけど、たまにイラストもあって面白かった。
 かーちゃんは街に仕事に言っていて、夕暮れになると俺を迎えに来てくれた。
 村の無線機が一斉に音楽を鳴らして、住む人にもう一日がおしまいだということを教える。

「おいで」

 その曲の中に、俺はたまに声を聴くことがあった。
 俺がどこにいても、その声は必ず後ろから聞こえる。
 振り返ると、黒い手だけが夕暮れの影の中にぼんやりと浮かんでいて、それはひどくゆっくりとした動きで、俺に向かって手招きをするのだ。

「おいで」

 声が繰り返す。手はゆっくりと俺を招く。
 なぜだか何も考えられなくなって、俺はいつもその手の方に向かって歩き出してしまう。
 そうすることがとても正しくて、それ以外のことは考えられない。

「何をやっているの! 戻ってきなさい!」

 後ろから、かーちゃんの鋭い声が刺すように響く。
 俺は気が付くと、小学校の渡り廊下のガラス張りの天井の上を歩いていた。
 ガラスは長年の風雨にさらされて、ひびが入ったり、一部は外れている。
 俺は何でこんなところにいるんだと思って、びっくりして、途端に足がおぼつかなくなる。

「ゆっくり、ゆっくり戻ってきなさい!」

 俺はかーちゃんの声に促されて、ガラスの天井の上を這うようにしてようやく降りていく。
 そしてかーちゃんに抱き着くと、かーちゃんもひどくほっとしたように大きなため息をつく。
 そのままかーちゃんに抱っこされて、俺は家に帰っていく。

 父親はいない。
 家には俺とかーちゃんの二人きりで、帰るとかーちゃんは食事の支度をする。
 出来上がったご飯を食べて、お風呂に入って、寝る。
 何も変わらない毎日で、でも、変えたいとさえ思わなかった。

「おいで」

 その声で目を覚ます。
 あたりはまだ闇の中で、かーちゃんの寝息が聞こえていた。
 月明かりに照らされる庭先に、車が止めてあるガレージの影から、黒い手が伸びていた。
 黒い手は、ゆっくりとした動きで、俺に向かって手招きをする。

「おいで」

 俺は布団を抜け出して、その手に導かれて庭へ出る。
 手は近づけば徐々に離れて、俺をどんどん家の外へと連れ出していく。

「おいで」

 手を伸ばせば、掴めそうな距離に黒い手があった。

「戻ってきなさいっ!」

 かーちゃんの声がした。
 同時に、びっくりするくらいのクラクションの音。
 目の前が真っ白な光に包まれて、ブレーキの音がする。

 俺の真後ろを、轟音を立てながら一台の車が通り抜けていく。
 車は大きく蛇行して、でも俺を轢かずに避けきって、ブオオンと低い音を捨て台詞のように吐き散らしながら、暗闇に消えていく。
 呆然とする俺に、かーちゃんが抱き着いてきて、俺はそれでようやく自分が震えていることを知った。

 それから、俺は何度も何度も黒い手に招かれるようになった。
 そして何度も、かーちゃんはそれを止めてくれた。
 気が付けば崖の縁にいたり、橋の欄干の外側にいたり、かーちゃんが止めてくれなかったら、俺はそのまま向こうの世界に行っていただろうと思うような場所にいる。

「私が守ってあげるからね、あなたは大丈夫よ」

 かーちゃんはいつも俺を止めて、少しだけ叱った後に、そう言って笑う。
 でも、俺はある日、あの黒い手が誰なのか、どうしても確かめたくなった。

 いつものように山の中で遊んでいると、夕暮れになったころに声がした。

「おいで」

 黒い手が、茂みの中から俺を招く。
 俺はすぐに走って近づく。

「戻ってきなさい!」

 かーちゃんの声がした。
 でも俺は、この日、かーちゃんに従わなかった。

「おいで」

 手はゆっくりと俺を手繰り寄せるように手招きをする。

「ダメよ、行ってはダメ!」

 後ろでかーちゃんが走り出す気配を感じた。
 俺はそれを振り切るようにさらに速く駆けだす。

「戻ってきなさいっ!」

 俺はついに、黒い手に触れた。
 すると黒い手は俺を抱きかかえる。
 俺を抱きかかえた黒い人は、俺をきつく抱きしめる。
 直後にバキバキ、とものすごい音を立てながら、俺の真後ろで木が折れ曲がって倒れてきた。

 音がやんで、振り返ると、木の下敷きになって、かーちゃんは胴体を真っ二つに引き裂かれて息絶えていた。
 そこに、茂みの後ろから、たくさんの人が出てきて、かーちゃんを取り囲む。

「容疑者と、男児一名を確保。誘拐されていた小出藤介本人と思われる。容疑者の片桐克也は即死とみられる。救急車を呼んでください」

 無線で話している人の声が聞こえた。

「藤介……藤介っ! よかった!」

 黒い人は、よく見ると俺のお母さんだった。

「あ、お母さんっ! かーちゃんが……」

 かーちゃんはそのまま死んだらしい。
 連続少年監禁誘拐犯、片桐克也。
 俺がその五件目の被害者だったということがわかるようになるまで、俺はずいぶんかかった。
 片桐は各地で男児を誘拐しては、その母親になり切り、子供に自分をかーちゃんと呼ばせて、家族のふりをする異常者だった。
 わかっているだけで俺が五件目だというだけで、実際にはもっと多くの事件にかかわっている可能性があるらしい。

「――っていうわけ。な、怖いだろ? 知らない人についてっちゃだめだからな」

「わかってるよ、とーちゃん」

 元気に笑う前歯のないその笑顔に、俺はそうか、と答えて髪を撫でる。
 俺の手を握ってはやさないその日によく焼けた小さな手を、俺は強く握り返す。

「――おいで」

 村の無線機が、一斉に音楽を鳴らす中を、俺はその小さな手を引いてゆっくりと歩いていく。

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光心 @kousinn ★XEA7UNWKpc_pzR

すごくゾクゾクっと来ました。
やっぱり一番怖いのは人間ですね! 人間怖い!

4ヶ月前 No.1

ゴン @gorurugonn ★Q8TMMWCxfD_RLB

光心様

何にも怖くないよ。おいで。

地味に書いた後、我ながら恐ろしくキモイ話だなって思って、ヤバい、ドン引きされる、って感じにおびえていたので、コメントを頂けて救われる思いです。
昨今のご時世的に多分アウト目な話だな、って投稿した後にヤバくなってきました。
誰か投稿する前に投稿した後に感じるマイナスの感情を教えてくれる装置を作ってください!
そんなこんなで2020年は創作において充実した年にしたいです。
完稿は誰かがきっと、運んでくれると信じていた少女だった頃はもう終わりにして、自らの作品は自らで決着をつけることを実践していきたいです。

ところで全然関係ないんですけど親知らずの抜歯をして、私は上の歯が右も左も親知らずが生えていて、これは二十台の前半ですでにこれ以上伸びないだろ、みたいな生え方で止まっていたのがこのほどまた伸び始めて、ほっぺたの方に生えてるわ、他の歯を圧迫する感があるわで、不快この上なくて抜歯することにしたんですが、今左だけ抜いてあって、とても不安定な気分です。かみ合わせ大事。穴が開いてるところ食べかすが詰まるしほじると痛いし。ラムダは歯が痛いって感じです。新年早々、僕は欠落した。

なんのこっちゃって感じですが、私は元気です。あとは冬らしく雪が降ればいいだけ!
それではまたどこか別のお話で。

ベネチアにサメはいない、いいね! を押してくれた皆様

ありがとうございます。本当にこの作品は書いた後の公開がすごくて、しかも最終盤で誤字ってるしで、すごく尊大な羞恥心で頭が沸騰しそうだよぉっ!って感じだったので、とてもうれしかったです。今後ともよろしくお願いします。

お読みいただいた皆様

新年あけましておめでとうございます。皆様にとって今年がより良い年でありますように!

4ヶ月前 No.2
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