Google
    
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▼レス(1) >>

Dear my heroine

 ( SS投稿城 )
- アクセス(263) - いいね!(6)

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

 時間を潰しに入った喫茶店で甘ったるいラブソングが流れている。最近流行りの彼女の曲だ。ありきたりな旋律、三流ドラマのような歌詞、いくらでも代わりがいそうな高くて甘い声。ひととき女子高生に共感されてすぐに忘れ去られそうな安っぽい歌。甘いものでも食べようと思っていたのにすっかりその気が失せた。普段飲まないブラックコーヒーを頼んで頬杖をつく。

 彼女は高校の同級生だった。線が細く儚げな彼女は男の庇護欲をくすぐるのだろうか、よく告白されていた。自分の意見をはっきりと言えない性格も相まって女子からは嫌われるという漫画のような人間関係が繰り広げられ、彼女に話しかける同性は私くらいのものだった。しかしいつからか彼女に向けられる視線が変わっていく。彼女は誰からの告白も受け入れた。交際は短期間で必ず告白してきた男の方から終わりを告げている。彼女は誰のことも愛していなかった。男に色目を使うと陰口を叩かれていた彼女は、実際には男の気を引くことなど一切考えていなかった。嫉妬の対象であり恋愛の対象だったはずの彼女はそのうち人間扱いされなくなった。妖精や天使のような、あるいは女神のような。美しすぎて何を考えているのか分からない、人間ではない何か。やがて彼女に近づく人間は本当に私だけになった。私は彼女の持つ不思議な面にも惹かれていたから離れる理由は何もなかった。

 音楽室でピアノを弾く彼女の姿を知っていても、作詞作曲をして歌うことを学校のみんなは知らない。週末にはレンタルスタジオを借りて一日中彼女の紡ぐ音楽の中にいた。教室にいる時とは違い彼女はたくさんの表情を見せてくれた。ふわりと咲く笑顔、曲を作る過程で見せる喜怒哀楽。彼女は天使でも女神でもないただ一人の女の子だった。恋に恋する乙女のような曲をいくつも作り歌う彼女は映画のヒロインのようだ。私はずっとこの日々が続くと信じていた。

 おかしくなったのは三年生になり進路の話が本格化してからだった。進路について聞こうとすると曖昧な言葉ではぐらかされてしまう。音楽系の大学や専門学校に進学するのかと身近な学校名をいくつか挙げたら「その中のどれかに合格したよ」と言われた。私の受験が終わったら教えてくれるとも。もう推薦による合格者が出ている時期だったし、彼女があまりに自然に言うものだから私はそれを信じた。三年生ではクラスが別だったこと、人間ではない彼女の進路について関心のある人が少なく噂が流れなかったこと、私も自分の受験で手一杯だったことなどの要因が重なり、最後まで嘘だと気づけなかった。結果として彼女は進学も就職もせず家から飛び出した。卒業式は欠席し当然のように連絡はつかない。何も告げずに彼女は私の前から姿を消したのだ。彼女の家族に会って初めて進路で揉めていたことを知る。どこか遠くてフリーターをしていると聞いた。住所は知っているようだったが教えてもらえなかった。

 言ってくれれば良かったのに。いやその前にどうして気づけなかったの。胸の中で彼女の歌声が繰り返し流れる。その度にあらゆる感情が波のように押し寄せてくる。裏切られたと感じたときまるで振られたみたいだと思い苦笑した。振られたってなんだ。だって彼女は私の――何だったのだろう。これが初恋なのね。不意に彼女の歌が再生される。恋が甘いものばかりではないと知らないくせに。
 鬱々とした気分のまま大学生になった。彼女と過ごした日常を思い返してはあれはとてつもない非日常だったのではないかと考えるようになった。私は女神と一緒にいてそれ自体が白昼夢だったのではないかと。音楽もあまり聴かなくなった。

 社会人になってしばらく経った頃テレビの中で彼女を見かけた。路上で弾き語りをやっていた、インディーズバンドに所属していた。新人アーティストとして紹介される彼女の経歴は私の知らない未来のものばかりだった。もう過去の話なのは分かっている。けれど私の中の彼女はあのときから止まっていて、現在までの空白の時間はもはや未来だった。彼女はインディーズ界隈で良くも悪くも注目を浴びていたらしい。キーボードかボーカル、あるいはその両方としてバンドに参加しては人間関係でトラブルを起こして辞めている。その一方で固定のファンもいたようだ。ネットでは彼女を揶揄する声もあれば「ソロの方が向いていると思ったから良かった」との声援もあった。どれもこれも溢れる情報は未来ばかり。
 彼女の曲はあの頃とは違った。甘い恋愛の曲というテーマは変わっていないはずだ。けれどたいして仲の良くない知人の恋人自慢を延々と聞かされているような、あるいは出来の悪い少女漫画を読んでいるような気分になる。作りたいものではなく売れるものを作ったような違和感。でも正確に何が違うのかというと答えられない。実はそれほど大差はなくて、私だけが知っている彼女の曲だからあれほど魅力的なものに思えたのかもしれない。また単に思い出が美化されているだけかもしれない。何だかやるせない気持ちになりいつしか彼女の曲を追いかけるのを辞めた。

 コーヒーを口に運ぶ。苦くて顔をしかめるけれど、ミルクや砂糖を入れるのは気が進まずシュガーポットに伸ばしかけた手を引っ込めた。すると店内を満たす曲が変わった。優しく耳に馴染むイントロ。覚えている。これは高校三年生の時に作られた曲。当時まだ歌詞のついていなかった、私の知る彼女の最後の曲だ。多少アレンジされているけどあの曲で間違いない。あなたが好きだけどあなたの傍にいたら甘えてしまう。あなたに頼らない強さを手に入れたい。自分の都合であなたを縛りたくない。ありていに言えばそんな悲恋の曲だった。少し見ないうちに路線変更でもしたのだろうか。なんてありきたりで、どこでにでもありそうで…………。サビの部分で繰り返される「Dear my……」というフレーズ。まるで言葉にするのを恐れて押し黙ったような歌い方をする。この曲が私に宛てられたものかもしれないなんてとんだ自意識過剰だ。でも今だけはそういうことにしてしまいたい。コーヒーに溶けた涙は見ないふりをして。

*

 ファンレターを読む手が止まる。懐かしい文字が滲んで自分が泣いていることに気づいた。

Dear my heroine
私はあなたのことが大嫌いで大好きです。

ページ: 1


 
 

美桜 @hoep ★EzWHmNBCCi_yoD

あとがき
メビに来て11年が経ったのでその記念に。
当時は某少女漫画の影響もあり悲恋系の小説をよく書いていました。
失恋という意味の悲恋よりは両片思いですれ違う展開だとか禁断の恋だとかが大好物で、どんなに悲壮な話でも最後はハッピーエンドで終わる作品がいいなとか考えていました。
当時書いた小説は悲恋(笑)悲劇のヒロイン(笑)といった感じで見るに堪えない代物ですが、やっぱりこういう系統の話は書いていて懐かしいし今でも好きだなあと思います。

2ヶ月前 No.1
ページ: 1

 
 
<< TOPページ 掲示板TOP 記事データ お知らせメール ▲ページ上 >>
★必ず ローカルルールメビウスリングのルール をご覧ください。
 ▼スタンプ▲スタンプ
※スタンプはいちどに 3個 まで使えます  ×閉じる