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SummerMaid

 ( SS投稿城 )
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光心 @kousinn ★ctiuiY2CEm_mgE



―――聞こえますか?



「げほっ! げほっ!」

 まずはじめに感じたのは鼻孔を通り抜ける海水独特の塩臭さだった。
 起き抜けにそのような状態であることは控えめに言っても最悪としか表現が出来ず、仮に僕の人生の墓場がここであるならこの塩臭さと現世からさっさとおさらばしたいと切に願う。
 しかし、体は未だに現世に留まるつもりらしく、まだ体に残っていた海水を吐き出すことを否応なしに僕に命令した。
 そんな最悪の気分では当然頭も働かず、うっすらとした意識は海に漂うクラゲと同じ程度の存在感しか持たない。
 まあ、仮に意識がハッキリとしていた場合はこの直接鼻から脳を刺激する塩臭さをもろに浴びているだろうことが現時点での唯一の幸福に思えた。

 渾身の力を込めても薄目でしか開かないまぶたで僕は現状把握をしようとしていた。
 視界に入るのは白よりも茶色寄りの砂浜。
 世界を覆う暗闇色の空とそれを鏡写しにしたかのような黒色の海。
 そして、視界の端に映る肌色。

「……っ!?」

 横になっていた体を仰向けにすると僕の視界に見慣れぬ人物が入り込んできた。
 ぱっと見は僕と同じくらいの年齢に見える。
 15〜16歳くらいだと思うのだが、その人はしかし僕が学校で出会うような生徒とは根本から作り方が違うように思えた。
 最も目を引くのは人懐っこい卵型の瞳。
 その色はサファイアよりもスカイブルー。
 さながら空を閉じ込めた瞳の次に意識が引かれるのは金色の髪。
 ゆるくウェーブのかかった金髪は海水で湿っているのだが、滴り落ちる海水がむしろ艶やかさを演出する。
 光など月が反射する弱々しいものだけであるのに、まるで髪自体が発光しているかのようで、黄金を溶かして作った精緻な美術品めいた印象を与える。

 僕は、はっ、と息を呑んだ。
 なぜなら金髪碧眼の美少女が自分を膝枕していることに気づいたからだ。
 一生分の運を使い果たしたのではないかだとするとこれから先の僕の人生には不幸が多く存在するだろうがしかしこの体験があれば生きていけるような気がしないでもないわけで。

 なんてことを考えてしまうくらいに僕は混乱していた。

「―――目が醒めた?」

 旋律が空間を優しく撫でた。
 彼女の口から広がる音という波紋により、僕の頭を回っていた思考が途端に一本の線になった。
 そして、たった1つの結論へと帰結する。

 ああ、僕はきっとこの声を聞くために生きてきたのだろう、と。

 恍惚とも言えるその真理を僕は見つけた。
 それはこの世のすべてであったのだが、しかし、僕の頭は同時に別のことも考えていた。

「……あ、なた、は?」

 かろうじて僕は声をひねり出した。
 それは彼女の生み出す旋律が作り上げる真理とは真逆の蚊の鳴くような声だった。
 一瞬届かないかとさえ思ったその声はどうにか彼女の耳に届いたようで、彼女はにこっと微笑むと僕に顔を近づけて囁く。

「私は、えみりー、よ」

「え、みりー?」

「そう。あなたが海に漂っていたから助けてあげたのよ?」

 僕の前世がクラゲだったら先祖返りをしていると言われるところだった。
 などと思ってしまうわけだが、なぜそんなことになっているのか。
 僕には心当たりがない。

「お、れい……」

「ん? ああ、お礼をしてくれるのね……そうね、じゃあ、明日もここに来て私のお話を聞いてくれないかしら?」

 僕は精一杯の力でこくりと頷いた。
 彼女、えみりーはそんな僕の様子を見て満足したのか白魚のように綺麗な右手で僕の視界を覆った。

「それでは、おやすみなさい」

 視界が暗転すると同時に僕は気を失った。
 思考と意思は空へと溶けていった。



「…………」

 目は開いたが僕は意識を覚醒させるべく体を起こした。
 朝は血の巡りが悪いのか、覚醒するまで程なくかかる。
 それはこの16年で僕が得た1つの結論であった。
 その覚醒までの時間で僕は自分が自室のベッドで横になって眠っていたことを理解した。

 海、砂浜、金色と空色……そして、それを聞くためなら死んでもいいと思える旋律。
 さきほどまでの全ては夢だったのだろう。
 僕はそう結論づけてまだ起きかけての体を動かす。

「ん〜」

 腕を天井に向けて伸ばして、同時にあくびをする。
 腕を下ろすついでに僕は寝癖でぼさぼさになっている頭を手ぐしで撫で付ける。

「?」

 違和感があった。
 いつもとは少し違うという小さなトゲのようなひっかかり。
 もう一度頭を手ぐしで撫でつけようとしたところで、僕はその違和感を確信へと変えた。

「塩くさい……?」

 まるで服を着たまま海にでも浸かっていたような……?
 まさか、な。
 僕は少し気味が悪くなって服を着替えることにした。
 仮にあれらが夢でない場合であっても、僕は砂浜で気を失ったのだ。
 砂浜から自室へとどうやって戻るというのか。
 というか、それ以前にあの夢を見る前に僕はベッドで眠ることにしたのだ。
 だから、あれらはすべて夢である。

 そう言い聞かせるようにして僕は無理やり服を着替えた。
 塩臭くなっている無地のTシャツとジャージズボンは部屋の隅に一端放置。

 新しい無地の黒Tシャツと青のジーパンを着て、僕は自室の勉強机と向かった。
 勉強机に置いてあるカレンダーは8月の11日まで×で埋まっている。
 本日、8月13日。
 夏休み終了まで残り約2週間。
 スマホで日時を確認した僕はカレンダーの12日の部分を×で埋める。
 お決まりの、それこそ小学生の時から続けている僕の癖なのでその手際に迷いなどはない。

「…………ふわぁ」

 堪えきれずあくびをしてしまい、僕は自室を出ることにした。
 その際、塩臭い服を手にして僕は自室と外を隔てる扉を開けた。

 僕の自室は2階にあるのだが隣には妹の部屋がある。
 扉がぴっちりと閉まっているということはおそらくまだ眠っているのだろう。
 僕はなるべく音を立てずに階段を降りてリビングへとたどり着いた。

 リビングでは父親がコーヒーを片手に朝のニュースを眺めていた。

「おはよ」

「ん、おはようさん」

「母さんは?」

「ゴミ出し行ったぞ」

「……そう。朝は?」

「いつもどおりだから。納豆は冷蔵庫の中」

「んー」

 気の抜けた返事をした僕は洗面所で洗濯機に塩臭い服を投入。
 無事に任務を遂げた僕は再度リビングへ戻る。

 父親は未だにニュースに釘付けだ。
 政府対応の遅さや痛ましい事件を日が回るのと同じように繰り返すニュースキャスターたちは毎日が楽しいだろうか。
 そんなことをふと考えるために足を止めていた僕を見て父親は思い出したかのように声をかけてきた。

「……そういえば、充(みつる)。お前、昨日の夜出かけたか?」

「夜って何時頃?」

「10時は回っていたと思うが」

「いや、でかけた覚えはないけど……どうしたの、急に?」

「それなら良いんだ。ということは優羽(ゆう)か……?」

 視線を僕からニュースへと戻しつつ頭をひねるという器用なことをする父親から僕は家族で食事をするテーブルに足を向けた。
 僕の席には空のお茶碗とお箸が置かれている。
 お茶碗を手に僕はキッチンの方へと行き、ご飯をよそうと冷蔵庫から納豆のパックを取り出してテーブルに座った。

「お父さん、いつまでニュース見てるの? そろそろ時間でしょ?」

 玄関からぱたぱたとスリッパを鳴らしながらリビングに入ってきたのは母親だった。
 その言葉に父親は悩むのをやめると腕時計で時間を確認する。
 どうやら、いつもより長くニュースを見てしまったのか、父親は慌ててカバンを手にする。
 そんな父親を母親は静止して先に玄関で靴を履くように促す。
 玄関へ向かう父親を追いかけるようにジャケットを片手に母親も玄関へ向かっていった。
 お決まりのやり取りを終える頃には僕はかき混ぜた納豆をご飯にかけてさっさと平らげるところだった。

「ごちそうさま」

 静かにそう言い残して僕は自室へと戻った。
 父親の行ってきますと母親の行ってらっしゃいを背中で聞きながら。

メモ2018/10/16 00:05 : 光心 @kousinn★ctiuiY2CEm_mgE

続きはそのうち。


おお、ほんとに終わった。

と自分でも驚くくらいけっこう今回はまじで終わらんのではないかと危惧してました。

本当はもっと色々と「モチーフ」として使いたかったんだけど、それも叶わず……今度いつか絶対リベンジしよう。

ともあれ、久々にSSを書きました。

俺は装飾が苦手で、海は海としか書けないし、砂浜は砂浜としか書けないので、

そのへんの技量がある人が羨ましいと思ったりするわけだけど、

それはそれで大変だよなーとか思ったりするわけで……自分に合った書き方をまだまだ模索の段階というのも情けない話ではあるけれど、

そういうわけで、今回久々に書いてよかったとは思っています。

では、またどこかの小説で。10/16


1ヶ月も経ってたのか……とかいまさらながらに驚く。

最後まで下書きはしたので、あとは校閲するだけなんですけど……まだちょっと色々と悩み中ではある。

あるけど、まあ、だいたい方向性は決まってるので終われるかも。

今年の夏の熱さも記憶から薄れるくらいには涼しくなってきましたが、その分年の瀬が近づいているわけなので、

何かしら来年は頑張りたいものですね。10/15


一回の投稿の文字数制限にかかるとなんかなんとも言えない気持ちになります。

つわけで、これ、ギリギリ終わらんのではないかと思うけど、まあ、そん時はそん時で。

プロットを脳内でのみ組み上げるからこうなるんですけど、

まともにプロット組むと時間かかるのと、どうせ組んだところであっさり終わらないのが目に見えているから今回はこれで良いかな、と。

ともあれ、最近のブームは伊藤計劃だったりします。9/16


やべぇよ、終わんねぇよ……残り3投稿で決着つけるの難しいよ……後半駆け足だな、これ。

つか、8月中に終わらせる予定だったらしいけど、これ9月中に終わるかすら怪しいぞw

ともあれ、とあるの3期が楽しみです。9/10


俺は夏の夜の夢よりあらしの方が好きですけど、

まあ、充くんはそうじゃないようですね。

…続きを読む(6行)

ページ: 1

 
 

光心 @kousinn ★ctiuiY2CEm_mgE



 僕は、いわゆる夏休みという期間に対してこれまでの人生で感謝したことはほとんどない。
 家族で旅行に行ったり、友達と遊びに行ったり、みたいなことがなかったわけではない。
 そういう一般的に言われる楽しい思い出づくりとやらの経験はあるのだ。
 だが、僕はどうにも休みという期間が苦手なのだった。
 土日という2日程度の休日であればそれは耐えられる。
 しかし、1ヶ月以上の長期の休みともなると僕には耐えられない。
 長期の休みは己の意思でなにかすることを決める期間。
 その意識が僕を苛み、持て余すという感覚に近いものを僕に与える。

 なにかしなければならないことがあるわけではない。
 なにをしてもいい、という期間。
 すべての選択に己への責任が存在するという事実は、同時になにもしなくてもいい期間とも言い換えることで僕は事なきを得ていた。

 なので、僕は今日も自室で夏休みの宿題をせっせと進めてベッドに横になり小説を読んでいた。
 したいことがない僕にとって小説というのは非常に手っ取り早くなにもしなくていい期間を経過させてくれる魔法のアイテムだった。
 文庫本サイズのそれは父の書斎から勝手に拝借した古いSF小説だった。
 タイトルに夏が入っているけれど、別段夏とか関係なしに読めるあたり少し失敗した感がないこともない。
 まあ、面白いから良いんだけど。

「ふわぁ……」

 思わずあくびが漏れ出た。
 それは生理的な欲求から来るものであることに僕は気づいていた。
 読み終えた小説を枕元に置くと時計がすでに夕方頃を指していることに気づく。
 頭が疲れ切っていたので遅めの昼寝に洒落込もうと僕は眠りたがる意思にその身を委ねた。



―――聞こえますか?



 目を開けると僕は砂浜に腰掛けていた。
 さくっ、と砂を踏む音が耳元へと届く。
 ざぁぁ、という波の音もまた競うように僕の意識へと入り込もうとする。
 見上げた空は夕の色が彼方に残る程度で、遠くの方に残る茜色と今僕の頭上を彩る群青とのコントラストが世界が生きていることに気づかせる。
 茜色は目に見える速度で群青、そして黒へと変わっていくのが見えてすでに時刻は夜へと転がり始めていることがわかった。

「ここは……」

「こんばんわ」

 僕が自分のいる場所がどこだろうとこぼした独り言に応答があった。
 声の主を確認しようと顔を左右に振ると、僕の右手側に見覚えのある人が同じように腰掛けていることに気づく。
 はちみつよりも美しい金色の髪、空よりも蒼い碧眼。
 一度見れば忘れられないような美貌の持ち主、えみりーだった。

「あ……昨日は、どうも」

「―――良いのよ」

 拙い僕の言葉に女性は海の音のような大らかで美しい声で答えた。
 なぜか不思議なのだが、僕はえみりーの声を聞く度にこの声を聞くために生まれてきたのではないかと思ってしまう。
 そして、そのことに疑問を持つ意識すら溶けてしまい残るのは多幸感に満たされた自己だけだった。

「約束を……覚えているかしら?」

 えみりーはぐっとこちらに顔を寄せて、下から覗き込むように僕を見つめる。
 その仕草のせいでいろいろと見えてしまうそうなのを僕はさっと目をそらした。
 刺激が強いというよりも、そのような感情を抱くことに畏怖を覚えたからの行為だった。
 聖母の像やビーナスの誕生に対して、エロスを感じるよりも美しさを感じるのと同じことだ。
 だから僕は海の方を見ながら独り言のようにつぶやくことにした。

「覚えてますよ」

 僕の短い言葉に満足したのかえみりーは口元に笑みを浮かべつつ、そっと僕から顔を離した。
 それに名残惜しさを感じつつも僕は表情に出さないようにえみりーの言葉を待った。
 金色が風に揺れる。

「―――話を、聞かせて欲しいわ」

「僕はあまり話すのが得意じゃないんですけど……」

「良いのよ。話というのは聞く側が価値を見出す作業の名前なの」

 えみりーはそう言いって、片目をつぶってウインクした。
 海風が僕とえみりーをなでて、通り過ぎた。

「……何を話せばいいですか?」

「あなたのことを教えてくれないかしら?」

 2つの碧眼がこちらを射抜くように向けられる。
 逃れ得ない拘束力を持つその空に対して僕は抵抗なんてする気も起きず、訥々と話し始めた。

「僕は……菱潟(ひしがた)充と言います。東高校に通ってて、現在2年生です」

 僕の言葉にえみりーは小さく頷いた。
 先を聞きたいということだろう、と僕は解釈し話を続ける。

「得意な科目は数学で、苦手なのは英語……好きな食べ物はヨーグルトです」

「胃が弱いのかしら?」

「いえ、身体は至って健全で今まで骨折や捻挫もないですね」

 僕の言葉にえみりーはよくわかっていない感じの表情をした。
 えみりーは見た目からして日本人ではない。
 そのことに考えが至り、同時に少し難しい言葉を使ったせいだろうかと懸念した。
 しかし、えみりーはここまで流暢に日本語を話せる人だ。
 知らないような言葉ではないと思うが……しかし、思えば僕も英語で骨折や捻挫をどう言うのか知らない。
 そんなものなのだろう、と僕は納得して続きを話した。

「……僕は、どうも普通の人間みたいです」

「充くんにとって普通とは何なのかしら?」

「僕にとって?」

「そう、あなたにとって普通って何?」

 普通とはなにか。
 平凡であること、そして周囲と大差ないということ。
 つまるところの代替品でしかないということ。
 僕は、僕を代替品としか見れていない。
 そのことに気づいた。

「……代わりがいるってことですね」

「そう。でも、代わりがいない人間なんているのかしら?」

「え?」

「誰もが誰かに何かを求める。けど、それがその人である理由はないのよ」

「…………」

「愛を求めるのも、利益を欲するのも、悪意をぶつけたいのも、怒りを発散するのも……求めているものはそれであって、誰かなんて関係ないのよ」

 えみりーは目を閉じていた。
 暗黒の色と同じくこの世界から2つの空が消えてしまう。
 さざ波が静かに僕とえみりーの作った間を埋める。
 静かな、そして穏やかな時間が過ぎた。
 それは一瞬のことだったのだろうけど、僕には数分、数時間にすら感じられた。

「……そう、なのかもしれないですね」

「そうよ。人間代わりなんて幾らでもいるのよ? でもね」

「?」

「人間が一生に会える人間の数は限られているのよ?」

 初耳だった。
 少し考えればわかることではあるだろうけど、仮にそうだとしてその人数を知ることができるのだろうか?

「接点を持つことができる人は3万人。それも、70億人に対して3万人よ?」

「それは、ずいぶんと低い確率ですね……」

 確率にして0.000004%程度。
 僕らが出会える人間の数は相対的に見ればごくわずかでしかない。

「そう。だからね、あなたは普通で代わりがいるかもしれないけれど、あなたは70億人の中から選ばれた3万人の1人なの。それって代わりがいるにしてもずいぶんと低い確率でしょ?」

 えみりーは僕に笑みを向けてくれた。
 その笑みは慈愛に溢れたもので、そこにあるのは尽きることのない愛だった。
 僕はその光景をきっと死ぬまで忘れないだろう。
 自然にそう思えた。

 この海と、この空と、そしてこの人。
 何度でも変わり、代わりがいる世界で、僕は一瞬にして唯一を手にしていた。



「…………」

 目が醒めた。
 登りたての朝日がちろちろとカーテンの隙間から自室を占領する。
 すべてが夢だったようだ。
 そう考えると自然に僕は頭をかいていた。
 甘い甘い夢だ。
 まるで、僕が僕を肯定するためだけの夢……。

「……気持ち悪い」

 よく寝たはずなのに僕は不快な気分に襲われていた。
 あの夢のせいだろうか?
 それとも、今日も肌に纏わりつくこの塩臭さのせいだろうか?

 どちらとも言えず、僕は服を着たまま風呂場へと向かった。
 シャワーでも浴びてスッキリするのが吉だと思ったからだ。
 自室を出て廊下へ。
 朝の静けさが家全体を覆い、まるですべての生物が死滅したかのようだ。
 ふと、隣の部屋の扉を見るとうっすらと開いている。
 優羽はもう起きているのだろうか?
 そんなことを考えながら僕はリビングへと続く階段を降りる。
 しかし、リビングには誰もいなかった。
 壁にかかっている時計を見れば、時刻はまだ日が昇った直後くらいだった。

 僕は一直線に風呂場へと向かい、服を脱いでシャワーを浴びる。
 浴びる間に考えるのは昨日から続く夢のことだ。
 なぜ砂浜なのか……。
 そして、えみりーとはなにか?
 僕にとってのアニマというのはあの姿なのか……?
 いや、僕は黒髪美人の方が好きだし、興奮する。

 己の性癖を冷静に考察するというシュールさに気づき僕は思考のベクトルを戻す。

 そう言えば、昔、夏の夜の夢というタイトルの本を読んだのを思い出す。
 父の書斎にあった薄っぺらな本は別の話とセットだったはずだが、もう1つの話はよくは思い出せない。
 ともあれ、夏の夜の夢という話はいわゆる喜劇に分類される話だ。
 悲劇作家として有名なシェイクスピアが作った喜劇。
 妖精のイタズラで運命をずらされた男女は、しかし、最後には大団円へと至る。

 僕の夢はそれと同じなのではないか。
 イタズラというには手の込んだものではあるが、しかし、僕の手の届かないところでなにかがいるのかもしれない。
 エアリアルのような妖精が、僕の近くに潜んでいるのではないか。
 そして、そのイタズラ好きな妖精は夏にしか存在しない。
 夏が作り上げた幻の存在。
 サマーメイドとでも言おうか。

「くだらない……」

 シャワーを浴び終えて僕はタオルで体を乾かす。
 何がサマーメイドだ。
 都合のいい妄想でしかない……そして、そんな妄想を是と考えた自分が気持ち悪い。

「……二度寝するか」

 なるべく音を立てずに階段を登り、僕は自室へと入り扉を締める。
 朝日を追い出すためにカーテンをぴっちりと閉めて、僕は両目を閉じた。
 不快な己の意識を永遠に闇の底へと沈めるために。


3ヶ月前 No.1

光心 @kousinn ★ctiuiY2CEm_mgE

「…………」

 目が覚めた。
 相変わらず寝起きは頭が冴えないのだが、夢は見なかったのはすぐにわかった。
 また、あの砂浜での夢を見なかったせいか体は塩臭さはない。
 そこでふと僕は、もしかしたらそれまでのすべてが夢であって今僕は長い長い眠りから覚めたのでないか、と思った。
 むろん、それは気の所為ではあったが。
 時計を見ると時刻はすでに夕刻。
 一日を最も無駄に過ごすには眠ればいい。
 どこかで聞いたような話ではあるが、その言に従うなら僕は今日という一日を無駄にしたと言えた。

「……」

 眠い目をこすりながらも体を起こすのだが、寝すぎたせいか逆に疲れているようだ。
 それでもどうにか体を起こすと、よろよろ、と頼りない足取りで机まで歩き、カレンダーに×印を刻んだ。
 このまま次の日のぶんも刻んでもいいくらいに本日という日には何もなかったのだが、ひとまずは放置。

 人間眠っている間はエネルギー消費が少ないとは言うけれど、それでもエネルギーを消費しているの事実。
 眠りの間使ったエネルギー分を取り戻しに階下へと向かうと、リビングでは優羽がTVゲームをしていた。
 我が家のテレビはそれほど大きくはないのだが、1人でゲームをするのであればそれは十分すぎる大きさだ、と思った。
 そっと後ろを通り抜ける際にちらりと目を向けた画面に写っていたのは、有名な緑の勇者が世界を救うゲームだった。

「……優羽、お昼ご飯は?」

 リビングの机になにもないこと、と、冷蔵庫の中にすぐに食べられるものがないのを確認してから僕はゲームに夢中な妹に声をかけた。

「今日は、そうめんだったから、自分で、茹でたらいいんじゃない、かなって思うんだけど?」

 妹はこちらに顔を向けずゲームをしながらつっかえつっかえの解答をよこしてきた。
 どうやらボス戦らしく優羽の意識はゲームに9割以上向いているようだ。
 そんな投げやりな態度に加えて、僕の問いに対する解答もまた投げやりだった。

「優羽が作ってくれないか?」

「え、お兄ちゃん、頭おかしくなった、の?」

「違うよ。言ってみただけ」

「だよねー? 優羽、お兄ちゃんが、なんか悪いものでも食べてたのかって……あ、食べるものが、ないんだっけ?」

 妹という存在はどうにも見ているだけで気分がいいものではない。
 それを承知で話しかけたのだが、結果として僕には後悔の念しか残らなかった。
 妹を愛情の対称として選ぶ病気を患っている方々には申し訳ないが、僕には彼らの気持ちを微塵も理解できる日は来ないだろう。
 きっと別の生物なんだろう、とそう思ったところでふと1つ疑問が浮かんだ。

「……そういえば、優羽」

「何ー?」

「お前、今日の朝早くにどこかにでかけたのか?」

「…………」

 無言は肯定を意味することをこいつは知らないのだろうか?
 いや、呆れているという解釈もできる。
 だが、びくっと肩を揺らした時点でなにか隠しているのは明白だろう。

「ナ、ナンノコトカナ?」

「カタカナになってるぞ?」

「な、なんのことかな?」

「ひらがなになったからってバレないわけないからな?」

 僕の言葉に優羽はやれやれと言いたげに肩をすくめると、ポーズ画面を開きゲームを中断させた。
 ゲーム内の時が止まるが、僕と優羽の間の関係もまたある意味じゃ停滞に近かった。
 年ごとの兄妹で仲が良い家があるならどうして仲が良いのか理由を聞きたいくらいだ。
 むろん、実践するつもりはないが。
 そんなことを考えている僕を尻目に優羽はコントローラーを置いて僕の方へと向き直る。

「お兄ちゃんには関係ないでしょ?」

 不機嫌さの声色を隠すこと無く、髪をいじりながら優羽は拒絶した。
 僕はそんな妹の様子にやれやれと肩をすくめる。

「ああ、関係ない。だから別にどうでもいいんだが……心当たりはあるんだな?」

「そうだけど? それが?」

「……一昨日の夜はでかけたのか?」

「一昨日? なんで?」

「いや、なんでもない」

 きょとんとした顔をした妹に僕はそう言い残して、自室へと戻ることにした。
 食べるものはないが、おそらく母が買い物から戻れば夕刻にはご飯が出来ているだろう。
 その目論見を元にもう一眠りして空腹を忘れようと僕は思った。
 生まれたての子鹿のような足取りで僕は階段を登り、自室に滑り込むようにして入った。
 そのまま僕は倒れるようにしてベッドへとその身を投げ出した。



―――聞こえますか?



 ここ数日でおなじみとなった砂浜に僕は座っていた。

「……夜、か」

 空を見上げればそこにあるのは黒い天蓋。
 まるで世界からすべての希望が消え失せたのかと言いたげた空ではあるが、星々が散りばめられている。
 夏の星座どころか、星に微塵の興味もない僕としてはどの星がアルタイルであったり、ベガであるのか皆目検討もつかなかった。

「―――こんばんわ」

 潮騒の隙間から一直線に僕の耳へと届くのは幽玄の音色。
 その音色は一度聞いたら二度と忘れられない響きを持っている。
 そして、その音色は僕に安心感を与え、それに抗うすべを僕は持たないのであった。

「こんばんは」

「今日も話を聞かせてくれるかしら?」

「ええ、いいですけれど……話せることなんてあまりないですよ?」

 僕の言葉に隣に座るえみりーは笑みを浮かべた。
 保身からくる前置きを置く僕ではあるが、何かしら話せることがあることをえみりーは見透かしているようだ。
 その証拠にえみりーは僕を見通すように2つの空で僕の瞳の奥の僕を見つめていた。

「……そうね。あなた、趣味とかあるのかしら?」

「趣味ですか? そうですね……」

 趣味といえるようなものを僕は持っていない。
 それが好きだからできることなんて僕にはないのだ。
 なぜなら、すべてが時間つぶしてでしか無いからだった。

「趣味で人生を遊んでます」

「ふふ、そう。それなら、あなたはどうしてそれを趣味としているの?」

 小さく笑ったえみりー。
 僕は自分がその笑みを引き出せたことに少しうれしくなった。
 そんな僕の満足を前に彼女は問を重ねた。

「……なんででしょうね。あらためて考えると思いつきません」

 そもそも、人生とはなんなのだろうか?
 よく使われる言葉であり、そしてまた当然に存在するとされている言葉。
 生きた時間は主観的な経験として蓄積されているけど、この蓄積の果てに何があるのだろう?
 その蓄積を多くの人は人生と呼ぶけれど、果たしてそれに意味はあるのだろうか?
 ただただそれを名前として読んでいるだけで、そこに意味なんてないのではないか?
 人生、などと大層な名前をつけているけれど、誰もその実態を把握していないのではないか?

「あなたは、人生をどう定義するの?」

「人生は……きっと、主観の連続の果てにあるものです。その果てにあるのはきっとゴミなんでしょうけれど」

「どうしてゴミだと思うのかしら?」

「主観って世界で一番共有出来ないものでしょう? 僕にとってしか意味がないものは、僕以外の人にとってはゴミなんですよ」

「そうかもしれないわね」

 えみりーはそう頷くと、隣に座る僕へと手を伸ばした。
 僕はえみりーの突然の行動に一瞬体が硬直したが、えみりーは真っ白な手で僕の頬を優しく撫でた。
 まるで宝石を扱うような丁寧な手付きに僕は硬直していた体を自然と弛緩させていた。

「あなたはゴミだと思えるものでも、大事にできると思ったことはないかしら?」

「っ!」

 僕の頬を撫でる手は優しく、そしてとても心地の良い涼しさを持っていた。
 海風が金の色を宙に転がす。

「だから、そこに価値を見出すのはあなた以外にもいるかもしれないわよ?」

 えみりーは妖艶な笑みを浮かべた。
 僕のすべてを奪い尽くすような笑み。
 僕がすべてを差し出してもいいと思えるような笑み。
 その妖艶さは間違いなく、人間にとっての毒であった。
 えみりーはそれを自覚しているのだろうか?

「……だとしても、僕と全く同じということはないですよ」

 僕の悔し紛れの一言はえみりーの言を認めているというのと同義だった。
 その一言でえみりーは満足したのか、今度は爽やかな笑みを浮かべ、僕の耳元で囁いた。

「あなたの主観にはたくさんの価値が隠れているということね」

 そのウィスパーボイスに頭の先から爪先までを甘い痺れが駆け抜けた。
 僕の主観には僕以外の人が価値を見出だせるようななにかがある。
 そして、その価値があるならば僕の人生には意味があったといえるのだろう。
 意味があり、価値があれば、それはゴミではない。
 僕の人生は輝く宝石だと言えるかもしれない。
 えみりーの言葉に僕はそっと目を閉じた。
 この甘い夢の中に住み、もう目覚める必要なんてないと思えた。



 再び朝が来ていた。
 当然のように体は塩臭い。
 あの砂浜の夢を見たからだろう。
 寝すぎたせいで夕刻よりも重くなった頭を振って意識を覚醒させる。
 夕飯を食べそこねたせいで体が動くエネルギーを欲しているのがすぐにわかった。

「……夢なのか現実なのか、どっちなんだよ……くそっ……」

 などと悪態をついて僕はのろのろとベッドから這い出て、どうにこうにか服を着替えた。
 ふと、窓の隙間から外を見ると灰色が空を覆っているのが見えた。
 空からは恵みを形にした水が降っている。
 本日の天気は雨のようだった。

 だとしたところで僕の日課は変わらない。
 カレンダーに×印を刻んで、僕は階下へと向かう。
 腹ごしらえの後に風呂場へと向かうのだ。

3ヶ月前 No.2

光心 @kousinn ★ctiuiY2CEm_mgE



 本日も予定のない僕は父の書斎から本を借りてくる……予定だったのだが、携帯に1通のメールが来ていたことで選択の変更を余儀なくされた。

「よ」

 メールの送信主は同じクラスの友人、未川(ひつじがわ)だった。
 メガネを掛けた優男風の見た目ではあるのだが、がさつでめんどくさがりというギャップを売りにしていると前に本人に聞いた。
 そのギャップを歓迎している異性には未だに出会えていないらしい。
 そんな未川から来たメールの文面は、

『13時に駅前で』

 という情報不足も甚だしい端的なものだった。
 何をするのか、どこへ行くのか、なにか持ち物はあるのか。
 それらを一切を伺い知ることのできないこのメールに、僕は何食わぬ顔で返信し、そして現在駅前にいるというわけだった。

「久しぶりだな」

「そうだね」

 久々の挨拶も手短に、未川は僕に切符売り場へ行くように促す。
 促されるままに歩く僕ではあるが、もちろん行き先なんて聞いていない。
 一応、財布だけは持ってきているが。

「どこまでなんだ?」

「一番遠い駅」

 未川は既に切符を購入済みらしく、ひらひらと親指と同じくらいの大きさの切符を見せつけてくる。
 僕は路線図を確認し、終点までの切符を買いホームへと向かった。
 ホームは閑散とした状態で、それは僕の住む街がいわゆる首都圏からは離れていることが理由だと思われた。
 むろん、夏休みのそれも雨の日にわざわざ出かける人間の少なさもあいまっているだろう。

 程なくしてホームに滑り込んできた電車に僕らは乗り込んだ。
 電車はわりと空いていたので、僕と未川は二人並んで席に座る。
 僕らの座る車両には僕らと隅の方で座るおばあちゃんくらいのものだった。

「で、なにかあったのか?」

「うん。だから君を呼んだんだ」

 メガネの位置を調節する未川。
 無意味な調節が好きなやつである。

 電車はさっそく動き出して僕らを運ぶことにした。
 行き先は終わりまで。
 とは言っても、それほど遠くない。

「最近変な噂を聞いてね」

 未川はどうも変な人間だった。
 いわゆる、噂話や都市伝説、ひいては民間伝承や神話などの人間の口伝能力にまつわるものを探すのが好きな男だった。
 正直に言えば変人でしかないのだが、未川の話は僕にとっては面白く彼の話を聞くことがよくあった。
 僕らが友人になれたのは、こういう言い方をすると不思議ではあるが、縁が合ったからだと思う。
 引かれ合う運命であったと言えるかもしれない。

「噂?」

 話を聞くという行為は聞き手が価値を見出す作業。
 そんなことを誰かが言っていた気がするのを頭の片隅で思い出す。
 靄のかかっている記憶だったので、僕はすぐにそれを忘れることにした。

「そう、噂。噂っていうのは不思議でね、どこからともなく『発生』するんだよ」

「『発生』……?」

 噂は発生する。
 未川はそう言った。
 まるでそれが未川にとって重要な事実であり世界の真実の一端であるかのような言い方であった。
 未川なりのこだわりというやつなのだろうか。

「そう、噂は『発生』するんだよ。ある日突然そこになかったものが前後の脈絡なしに『発生』する……構築されるのではなく、あくまでも『発生』するから、その起源は誰にもわからないんだよ」

 未川は口数多めに、まくしたてるように言った。
 持論というやつなのだろうけど、口伝に人並みならぬ興味のある未川の言葉なので説得力皆無というわけではないだろう。
 思えば、いわゆる都市伝説というやつも脈絡はあまりないように思える。
 人面犬にせよ、口裂け女にせよ。
 なぜ生まれたのかという地続き的な背景は存在しない。
 土地側のものであればそれも存在するのだろうけど……。
 それに、これは都市伝説の話であり、噂とはおそらく別種なのだろう。

「『発生』した噂は増殖を始める。人から人へ、伝染病のように広がっていく……ま、いわゆるミーム感染ってやつだね」

「……未川はなんか難しい言葉を知っているんだな」

 僕の評価に未川は形容し難い顔をした。
 そんなに僕が褒めることがおかしいだろうか。
 少し心外であった。

「まあ、ともあれ……そういうわけで噂っていうのは起源にたどり着くのが難しいんだ」

「それと今僕らが向かっている先とどういう関係があるんだ?」

「―――1つ、噂話をしよう」

 未川は仕切り直すように言い、話し始めた。




 これはごく最近あった出来事らしい。
 『らしい』ってのが、実に伝聞的で噂的で良いよね……と、話がそれちゃったから戻すとしよう。

 この国において、自殺者っていうのはそれほど驚く存在ではないよね?
 線路に飛び込んだり、ビルから落ちたり、首を吊ったり……。
 まあ、バリエーションなんてのはたくさんあるんだけど、実は自殺者っていうのは年々減少しているんだ。
 驚いたかい?
 まるで年々増加しているかのような印象があるけれど、人口比率から言っても実は自殺者っていうのは減っているんだ。

 ピーク時に3万人を数えた自殺者も、今じゃ2万1000人程度でしかない。
 そんなわけで、国という単位では自殺者は減っているんだ。
 直接間接どちらの原因もわからない。
 国民の幸福度の平均が上がったのが理由だとも言う人がいるけれど、その理由は誰にもわかっていないんだ。

 さて、ここで噂話をしよう。

 これは僕の友達の兄の友達が経験した話だ。
 いかにもな切り出し方だろう?

 ともあれ、話を進めるのだが、この友達の兄の友達、名前をMと言ったらしい。
 Mは大学生だったのだが、彼には将来を誓いあった女性がいた。
 大学で知り合い、卒業後は二人で暮らしてゆくゆくは結婚までを考えていたらしい。
 しかし、その女性は運悪く交通事故にあってしまった。

 トラックに轢かれて、それはもう無残な最期だったようだ。
 地方の新聞に載る程度の小さな事故ではあったが、Mにとってそれは世界の終わりと同義だった。
 何をおいても大切にしたいと誓った相手を失ったんだ。
 その失望感たるや、僕には想像もつかない。

 さて、その後のMだけど、当然のごとく生きる気力を失った。
 一時期は酒やギャンブルに逃げようとしたが、生前の彼女が嫌っていたのを思い出しすぐに辞めた。
 Mは辛うじて生きていると言えた。
 呼吸をし、食事を摂り、睡眠をすることを生きると言うのならMは生きていたといえる。
 しかし、その胸の内側にある虚無は何をしても埋めることが出来なかった。

 だが、そんなMにも転機が訪れた。
 消費するだけの日々を過ごしていたMはある日不思議な夢を見た。
 どことも知れぬ砂浜で彼は死んだはずの彼女と話をしたと言うんだ。
 もちろん、夢であったから彼の妄想や願望が作り上げたただの幻想だったと人は言う。
 けれど、1つだけ彼がそれを夢だと思わなかった理由がある。
 それは、朝起きた時に海風の匂いが全身に染み付いていたことだった。

 夜寝る前には風呂に入り、体を丁寧に洗っていたMにとってそれは心霊現象と同程度に気味の悪いものだったようだ。
 だが、Mが彼女と出会う夢を見る日は必ずそうだった。
 だから、Mはその匂いを我慢出来た。
 むしろ、その匂いがあることに彼はどんどん安心すら覚えていっていた。

 このMの話を聞いたのが友人の兄だった。
 便宜上友人の兄をここではAと呼称しよう。

 AはMの話を聞いて1つだけ思いついたことがあった。
 睡眠時遊行症、いわゆる、夢遊病というやつだ。

 夢遊病というのは、簡単に言ってしまえば寝ぼけている間に行動してしまう、ということになる。
 自身が眠っていると思い込んでいるが、実は実際に体が動いていた、というやつだ。
 本人は寝ぼけているから、それが実際に起こったことではなく、夢の中の出来事であると認識してしまう。
 ゆえに、本人に行動した意識は残らず、『寝ている間に体が勝手に動いた』と思い込む。

 AはMがそれなのではないか、と思ったわけだね。
 だから、AはMに言った。
 『今日一日だけ泊まらせてくれ。お前が寝ている間に動くかどうかを確認したい』
 とね。
 Aは心理学部の所属だった。
 だから、興味本位で知りたかったんだろうね。
 夢遊病の原因は心理的ストレスが理由ではないかと言われたりするそうだし。

 で、その日、AはMの家に泊まったんだけど……Aが寝たふりをして過ごしていると、突然寝ていたはずのMが寝床から起き上がったんだ。
 そして、Mはまるで近くのコンビニに行くかのように自然に家を出た。

 もちろん、AはMを追いかけた。
 Mは徒歩で移動していたから、追跡は容易だったようだ。
 また、Mに見せる証拠写真として何枚かの写真を撮った。
 その写真を撮る際にAは疑念を抱いていた。
 Mの挙動がやけにしっかりとしていたからだ。
 いわゆる夢遊病ってやつは行動や動きに変な部分があるわけではないのだけど、家の外へ出ているにも関わらずその挙動は平時と変わりないんだ。
 信号が赤なら止まるし、左側通行で車道にも立ち入らない。
 恐ろしいほどしっかりとした挙動だったんだ。

 まるですべてが演技なのではないかと思えてきたAであったが、ふいにMは足を止めた。
 そこは砂浜だった。
 正確に言えば、海岸とも言える場所ではあったけれど、海水浴などをするような場所ではなく出来てBBQや花火の打ち上げができる程度のそういう場所だった。

 Mは何食わぬ様子で海岸へ向かい、そして浜辺の砂浜に座った。
 行動としては意味不明だった。
 Mが夢の中で出会っている彼女という存在が仮にいるならば、誰もいない砂浜で1人過ごしてもそれは夢のとおりにならない。
 座っているMが寝ていて夢を見ているかもしれないけれど、移動する意味が全くわからない。
 パワースポットでもないその場所にMがたどり着いた理由がAには皆目検討がつかなかったんだ。
 そんなMの様子を遠目で見ていたAがふと目を離した。
 考え事に集中していたんだろうね。
 ふと、Aが視線を戻すとそこに居たんだよ。

 誰かが。

 女性だった、らしい。
 AはMの彼女のことを知らなかったから、本当にその彼女だったか不明だったけれど。
 そこに誰かがいた。
 一瞬の、目を離した空隙を埋めた誰かが。

 そして、その女性はちらりとAの方へ顔を向けると笑ったんだ。
 深夜の灯りもない砂浜で、Aにはその女性の顔なんて見えないのに。
 笑っていることがわかった。

 Aはその光景を見て怖くなって逃げた。
 走って走って、もと来た道を全力でAは戻った。
 ほうほうの体でMの家に着くと、Aは震える体を押し殺して寝入った。

 次の日、Mは帰ってきていた。
 Aが起きるとMは元いた場所で眠っていて、まるでAこそが夢を見ていたのではないかと自分で自分を疑ったくらいだ。
 だけど、Mにはなぜか海風の匂いが染み付いていた。
 そして、Aは恐る恐るという風にスマホで写真を確認した。
 そこには確かにMの姿を映した写真があった。
 撮った時刻も間違いがない。

 AはMに心当たりがあるかを聞いた。
 しかし、当然Mには心当たりがなく、ただただ気味の悪い写真だけが残った。


 ……ここで終っても噂としては上々だと思う。
 しかし、この話には続きがあるんだ。

 この話が起きてからだいたい1ヶ月後、Mが行方不明になった。
 夢遊病患者だと確信を持っていたAはそのことを警察に連絡。

 訝しがられた末に、ひとまず海岸付近を探していた警官たちが見つけたのは、

 入水自殺したと思われるMの死体だった。

 なぜ入水自殺をしたのではないかと思われたのかと言うと、外傷が一切なかったからなんだ。
 薬かなにかで眠らされたのではないかと検死をかけたのだけれど、薬物の反応はなし。

 程なくしてMの自室から遺書が見つかる。
 書きかけであったそれが自殺と断定する最後の決め手となった。


 さて、最初に日本の自殺者の話をしたのを覚えているかい?
 そう年々減少の一途をたどっている自殺者なんだけど、実はMの住んでいた付近ではそうではないんだ。
 むしろ、年々増えているとすら言える。
 そして、多くの自殺者がとる手段が揃って入水自殺なんだ。

 不思議な話だろう?
 まるで、Mたち自殺者は集団でそのような行為をしているとすら思える。
 だけれど、自殺者たちに接点や共通点はない。
 この話は警察では与太話として考えられているけど、僕みたいな噂を集める人間にとってはまさに絶好の話というやつさ。

 仲間内ではこの噂を『サマーメイド』と言っている。
 自殺者が出るのが決まって夏だから、こう言っているんだ。
 なんで『サマーメイド』だって?
 SUMMER of Man Act Dead End の略語だってさ。
 どこの誰が考えたかわからないけど、まあ、語呂が良いから使っているんだ。

 そういうわけで、この話はおしまいだ。




 未川が話し終える頃には電車は終点に着いていた。
 僕と未川は揃って電車を降りた。
 その駅は、いわゆる港町にある駅だった。

「……ここに来たのって」

「そういうこと。噂の海岸に行ってみたいんだ」

 雨は弱々しいものではあるが、降っていることに変わりはない。
そんな中探索を行うというのは、どうにも面倒ではあった。

「……どれくらい歩くんだ?」

「うーん、だいたい10分くらいかな。そんなに遠くないし、暇つぶしにはもってこいでしょ? 君にやることがあるなら別だけど」

 そんな言われ方をしてしまえば僕には断るすべはない。
 未川の思惑に乗せられ、僕は未川と噂の海岸とやらを探すことになった。

2ヶ月前 No.3

光心 @kousinn ★ctiuiY2CEm_mgE



 探すとは言っても、海岸は海岸だ。
 この国が島国であり、海に覆われているということは、言ってしまえば全ての海岸が繋がっているということ。
 そういうわけで、たどり着いた海岸が、しかし、正確に噂話の男が入水自殺をした海岸であるという保証はなかった。

「…………」

 わざわざ雨の中、二人で海岸に来るという行為にどこまでの意味があるかはわからないが、噂話の舞台に来たことで未川は興奮してそこらじゅうを歩き回っていた。
 僕はと言えば、雨の日の海の波の高さに驚きつつも浜辺からは少し離れた砂浜でぽつりと座っていた。
 周囲には様々なゴミが落ちている。
 遊び終わった花火、使い捨てられた炭、打ち捨てられた大木の破片、不必要になったのであろうゴミ袋の束。
 そういう、意味を持たなくなったものが多くその場にはあった。
 僕にとってそれらは一見すると汚らしいものであったけど、その裏側にある物質に刻まれた記憶に好奇心を刺激された。
 なぜこれらはここにあるのか。
 なぜ捨てられているのか。
 そんなことを夢想していた。

 実に意味のない時間だった。
 そして、それが僕にとって非常に心地の良いものだった。
 意味を喪失した時間はどこへ消えるのだろう?
 記憶にも残らず、意味もなく。
 どこにも行く当てのないその時間はいつの間にか過ぎ去っていく。
 その喪われた時間を僕は賛美する。
 意味がない時間を。
 価値がない時間を。

「…………」

 喪失した時間の果てに出来上がる僕の主観はきっとろくでもないのだろう。
 意味を重ねて束ねた人々の時間に比べれば微塵も価値もないのだろう。
 けど、僕はそれが好きだった。
 意味がないことが好きだ。
 価値がないことが好きだ。
 優美でないことが好きだ。
 剛健でないことが好きだ。
 到達しないことが好きだ。
 踏破しないことが好きだ。

 僕は何もしたくなかった。
 何かをして、誰かを傷つけるのが嫌だ。
 他人を、自分を、世界を傷つけてしまうことが嫌だ。
 きっと僕は臆病なのだろう。
 でも、この願いはそこまで傲慢なものだろうか。
 誰かを傷つけず、さりとて意味を創出しないということ。
 それは悪いことだろうか。

「……菱潟」

 気づけば目の前に未川が立っていた。
 傘をさしていたとは言っても、動き回れば雨に濡れてしまうのは言うまでもない。
 メガネにも水滴がついていた。

「……どうだった?」

「まあ、なんとなくわかってたけど、やっぱり何も残ってなかったね。人間の口伝能力の限界値を見た気分だ」

 ひどく沈んだ様子で未川はそう言った。
 そんな未川に僕は言葉をかける。

「帰ろうぜ」

 力なく首肯した未川を連れて僕らは海岸を後にする。
 なぜだか、僕には見覚えのある海岸を後にした。



―――聞こえますか?



「…………」

 気づけばまた砂浜にいた。
 ぽつぽつと体に打ち付けられる雨粒は夜の闇を深める灰色の空から落ちてきている。
 雨の砂浜で僕は傘もささず濡れるがままになっていた。

 この砂浜にたどり着くまでに継続している自分の記憶の最後は、家について眠りについたところまでだ。
 未川と雨の中で探索したことで案外体力を使用したらしく、家につくなり僕はすぐに寝入ってしまった。
 直後、僕はここにいた。

 雨天の夜の砂浜はいつもよりも寂寥感を僕に与える。

「―――こんばんわ」

 福音のような綺麗な音色が耳に入り込む。
 声の主に目を向けると、そこには金髪碧眼の美少女、えみりーがいた。

「……こんばんわ」

 挨拶を返した僕にえみりーは悠然とした笑みを浮かべる。
 その光景に僕も自然と笑みを浮かべた。
 華があるというのはきっとこういうことなのだろう。

「―――今日はお願いがあるの」

 さくり、と優しい音を立ててえみりーは僕の隣に腰掛ける。
 僕の肩にしなだれかかり、耳元でささやく言葉には謎の強制力があった。
 その声を聞いた瞬間、願いを叶えないという選択肢は消える。

「何でしょうか? 僕にできることなら……」

 自信なさげな僕の言葉にえみりーは上目遣いで視線を向ける。
 空の色を閉じ込めた両目にじっと見られると僕の自信のなさなどどうでも良くなってくる。
 何が何でも叶える。
 それだけが全てだ。

「……魂」

「え?」

「―――あなたの魂を私にちょうだい」

 えみりーは無邪気な笑みで僕にそう告げた。
 魂。
 スピリット。
 あるいは、ソウル。
 目には見えないそれを、えみりーは欲する。

「どう、すれば……?」

 ポケットから出して手渡すいかない。
 僕の言葉にえみりーは笑みを強くして、指差す。
 その先にあるのは海。
 雨の勢いにより、波がいつもより高い。
 そこへ体を投げ出せば命の喪失は免れ得ない。

「死ぬの」

「…………」

「あなたが死ぬ時に、私に魂をくれればいいのよ」

「…………」

「―――できるわよね?」

 脳内を駆け巡る甘い甘い衝動。
 死へと至る病があるなら、きっと僕にとってそれは苦しいものではない。
 安息と安寧が約束されたものだからだ。

 僕は、すっ、と立ち上がった。
 視線の先にあるのは荒れ狂う海。
 足を踏み出そうとした僕は、しかし、1歩でその歩みを止めた。
 そんな僕の様子を不思議そうに見つめるえみりーの方を向き、僕は心の底からの問いを投げた。

「……なぜ、あの時、助けたんですか?」



「あの時?」

「僕が最初に死のうとした時です」

「ああ、初めて会った時ね」

「そうです……あの時、僕は死ぬつもりだった」

「そうね」

「もう、嫌なんですよ。この世界が」

「……どこが嫌なのかしら?」

「僕のせいで誰かを傷つけることが嫌です。僕のせいで誰かが傷つくことが嫌です。僕のせいで誰かを期待させることが嫌です。僕のせいで誰かを落胆させることが嫌です。僕のせいで誰かが悲しむのが嫌です。僕のせいで誰かが背負うのが嫌です」

「それは、あなたがあなたのことを嫌いなだけじゃないかしら?」

「そうかもしれません。けど、僕がいる限り、僕の世界は続いてしまう……消費し、浪費し、空費しても世界は続く。生きるという呪いは消えない」

「……そうね」

「だから僕は死のうとした。なのにあなたは助けた。そして、また死ぬことを命令した……なぜですか?」

「―――それが必要だったからよ」

2ヶ月前 No.4

光心 @kousinn ★ctiuiY2CEm_mgE

 僕はえみりーの言葉に疑問を抱かざるを得なかった。
 ただ、死ぬだけでは駄目、だという彼女の言葉に。

「そもそも、あなたは何なんですか?」

「……人魚姫の伝説って知ってるかしら?」

 えみりーは試すように僕を見た。
 対の空は静かな感情を内側に秘めている。
 僕は記憶の奥底からどうにか言葉を発掘して差し出した。

「……人間に恋した人魚姫は声を捨てて男性と結ばれようとするが、結局は海に帰る」

「ああ、そう伝わっているのね」

 えみりーは嘆息する。
 わかっていないといいたげな彼女の仕草。
 そして、えみりーは仄暗い笑みを浮かべて真実を告げた。

「―――それは嘘よ。本当の人魚姫の物語はね、そんな優しくないのよ」

 えみりーは淡々と作業のように言葉を続ける。

「―――海に帰るのではなく、泡に還るの。そして、魂がない私達はね、そこで終わりなのよ」

「終わり……」

「そう、終わり。転生なんてしない。私達はそこで消滅して、全ての意味が消失するの」

 それは。
 僕が望んだモノそのもの。
 生きるという呪いの解呪そのものだ。

「―――だから、あなたの魂で私は生き永らえるの」

 足が。
 止まっていた足が動き出した。
 ゆっくりと、ゆっくりと砂を踏む。
 死刑台を昇る囚人のように。
 ゆっくりと、ゆっくりと足が前に進む。

「これは契約。生きたい私と死にたい君の間の契約よ」

「……契約」

「―――そう、契約よ」



 魂譲渡の契約はむしろ悪魔的だなぁ、とかぼんやりと僕は思うくらいには余裕があった。
 なぜなら体は既に言うことを聞かない。
 ただただ、益体もないことを考えるくらいしかやることがないのだ。

 ざぁ……ざぁ……。

 雨は止む気配を見せない。
 顔に打ち付けられる雨粒は涼しさよりも痛さを提供してくれる。
 気づけば既に太ももまで海水が届く深さまで来てしまっていた。

 僕は死ぬ。
 そして、彼女は生き永らえる。
 望んだモノが望んだ存在へと届く。
 それほどに幸福なことがあるだろうか。

「寒いかしら?」

 いつの間にか、隣にはえみりーがいた。
 寒さで歯の根が合わなくなり始めた僕とは対照的にえみりーはしごく元気そうだった。
 まるで海に上がった魚が再度海へと戻れたかのように。

「……ひとつ、聞いていいですか?」

「遺言かしら?」

「まあ、そんなもんですよ……」

「―――止まって」

 僕の言葉にえみりーは僕の歩みを止めた。
 最期の言葉を聞いてくれるようだった。

「いいわよ。あなたの最期の言葉、教えて?」

 美しい旋律が促した。
 だから、僕は言った。


「……あんた、ホントは人魚じゃないだろ?」




「これでも僕には友人がいる。まあ、変人なんだけど……その友人曰く、人魚姫の物語は国によって微妙に違うらしい。
 それこそ、あんたの語った物語はそうだろう。
 だけど、本質は違う。
 人魚姫なんて存在はカヴァーでしかない。
 伝承の表出の1つでしかない」

「……それじゃあ、私は何かしら?」

「あんたは……数々の人間を謎の自殺に導いたあんたは、人魚姫じゃない。

 あんたは―――セイレーンだ

 セイレーンはその歌声で人間を海底へと引きずり込む。
 その本質は『道連れ』だ。
 亡霊と同じなんだよ。
 死者が生者を羨んで、死者の世界に幽閉する。
 それと大差ない。
 あんたは人魚姫なんて殊勝なもんじゃない。

 ―――ただの亡霊だ」



 僕の言葉にえみりーはひどい衝撃を受けたようだった。
 まるで、聞いていた話と違う、と言いたげな表情だ。

「だから、あんたは僕を殺しても無駄だ」

「―――やめて」

「あんたは消える」

「―――やめて!」

「無駄なんだ」

「―――やめなさいって言っているでしょう!」

 言葉を続けようとした僕の意思に反して口は閉じられた。
 しかし、それは同時に肯定でもあった。
 えみりーが、彼女の存在を肯定出来ないという、その証左。

「……わかっているわよ……何人殺しても、何人契約しても、変わらない……私は、私は既に死んでいたのね?」

 僕は首肯した。
 死んでいる。
 だが、それに気づいていなかった。
 そんなの気づける方がおかしい。
 僕は意識がある。
 なら、僕は未だ生きている。
 それは当たり前の話に思えた。

「―――いいわ、自由にして」

 ふっと体から力が抜けた。
 強制していた全てがまるで嘘だったかのようだ。

「えみりー……」

 僕は彼女の名前を呼ぶ。
 それに彼女は……

「―――死んで」

 ……死を再度命令した。

「……しょうがないでしょう!? 私はもうこれなの!!」

 言い訳がましく。
 彼女は言い募る。

「後戻りできないの! もう、許して……!!」

 そんな彼女に僕は微笑んだ。

「なら、逃げるな」

「え?」

「僕が死んでやる。だから、もうこれで終わりで良いだろ? 僕の命を、魂を君に譲渡するよ」

 僕の言葉にえみりーは信じられないモノを見る目をした。

「あなた、死ぬのよ?」

「ああ、死ぬ」

「死んでも意味ないのよ?」

「ああ、意味なんてない」

「私は、きっと……」

「もう、いいんだ。きっと、僕の命はこのためにあったんだ。君が満足できれば、それで」

 そして、僕は倒れ込む。
 海水が体中を占める。
 苦しい。
 息苦しい。
 気持ち悪い。
 けど、なぜだろう。
 不思議と少しづつ苦しさが消えていく。

「―――ありがとう」

 声がした気がした。
 たぶん、気の所為だろうけど。

 ようやく眠れそうな気がした。
 まるで、長い長い夢を見ている気分だった。
 これを人は走馬灯と呼ぶのだろうか。
 そんなことを僕は思った。
 そして、ちょっとだけ死ぬことが怖くなくなっていた。



『本日、8/12。行方不明だった菱潟充さん16歳の身柄が水死体となり発見されました。
 遺体に刃物などによる損傷はなく、警察は自殺の線で調査を続けています。

 次のニュースです―――』




完。

2ヶ月前 No.5

ばでほり @17854 ★Android=3T2NFi2bD7

これは未完のまま終わってしまうんじゃないかとヒヤヒヤしましたが、無事に完結してよかったです。

なにはともあれ、お疲れ様でした。

主人公が死ぬとは全く予想してなかったので、ラストはかな〜り意表を突かれました。
個人的には妹の優羽との掛け合いが楽しくて好きです。

1ヶ月前 No.6

光心 @kousinn ★ctiuiY2CEm_mgE

ばでほりさん>
コメントありがとうございます!

いやぁ、自分も終わらないんじゃないかとひやひやしてました。それはそれで問題ではありますが……。

本当は、充くんは死なない予定でした。
というか、最初は『人魚姫』に近い話で進めるつもりだったんですよね……。

いわゆる本当の『人魚姫』の話は構想時点では知っていましたし、その流れでセイレーンの話なんかも見つけてて、
どうにかハッピーエンドにしようと最初は話を練っていたんですけど……なんか、それはそれでいつもどおりっていうか、
正直に言えば拙作の中では『寿命時計』の近似値としての話になりそうだったのと、えみりーちゃんがどう考えてもそんなことしてくれそうになかったので、
ああなりました。
なので、後悔はなかったですけど、書いてる自分も驚いたのでばでほりさんにも驚いていただけて良かったかな、と。

最近、SS書く人も減ってしまって色々と寂しい状況ではありますが、
また書きに来ますので、
その時も読んで頂ければ幸いです。
ではではー。

1ヶ月前 No.7

ゴン @gorurugonn ★Q8TMMWCxfD_pcO

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18日前 No.8

光心 @kousinn ★ctiuiY2CEm_mgE

ゴンさん>
お久しぶりです! って思ってしまうのは時の流れが早いのかなんというか……ともあれ、コメントありがとうございます。

タイトルについては、単純にサマーとマーメイドを合体させたって感じではあります。
が! 「SummerMaid」にしたことには理由はないことはないわけではあります。

「Maid」はゴンさんの言うとおりに乙女とかの意味合いで問題ないというか……
人魚姫であるマーメイドって個人的には超常的な存在だと思っていて(幽霊とか亡霊がそうではないわけではないですがw)、
アンデルセンの童話でも、最後は風の精霊になったりするですけど、
そういう不可思議な存在なイメージがあります。
そんな不可思議な存在ではありますが、彼女たちの基本原則は「生活」にあると考えています。
なんていうか、海に生きている存在として、普通にあり得るというか……
人間に接触する必要性のない存在だと思うんですよね。

対するセイレーンという存在は、ほぼほぼ人魚と近似値的な存在ではありながら、
オデュッセイアに出てくる彼彼女らは「亡霊」としての意味合いが強く、
その歌声で船員を海底へと引きずり込むという「捕食」ないし「慰め」として人間を求めている部分があると考えています。
そのため、セイレーンは存在意義として人間に接触する必要があり、
マーメイドとは別種の存在として考えました。

セイレーンは、そのため東洋で言うところの「地縛霊」や「亡霊」にこそ近い存在である、と連想し、
今回のような話になりました。

長々とお話してしまいましたが、つまるところのマーメイドはマーメイドとしての存在であり、
そこにあるのは人間的要素よりもある種の超常的存在ないし幻想生物としての意味合いが強く、
一方のセイレーンは、むしろ、人間を必要不可欠としているがゆえに、より身近で、かつ、より「人間性」を喪失した人間として考えました。
ですので、今回のえみりーちゃんはマーメイドなどの幻想生物よりもむしろ「人間」としての存在、
つまるところの「Maid」(=女の子)としての存在が近しいのではないかと思い、
今回わざわざ区切った、
という言い訳はいかがでしょうか!(謎の提案

すみません、深い意味はありません。
ただただ、こうやって際立たせたら色々応用できるんじゃないかと思っただけです……なんていうか、毎回感心してしまうのですが、ゴンさんは
作者よりもその作品に入り込める才能というか適正というか、そういう部分が本当にすごいです。
普段から自分がどれだけ考えていないかを痛感したりします……ともあれ、まあ、そんな感じなのです。

自分はけっこう装飾(=風景描写などの細かい描写)が苦手で、なので、構造(=意味より記号を重視した描き方)に逃げてしまう部分があるのですが、
浜辺の空気を感じていただけたなら感無量であります。
年内にもう1作書こうと思っているのですが、
なかなか脳みそのシナプスが弾けず、リアルが爆ぜないので、
運が良ければではありますが、
また年内にでもこうしてSS板でお会いできればと思いますー。

ではではー。
PS.寒さも増してまいりましたので、お体にはお気をつけください。あと、短歌の入賞すごいです! ゴンさんのリズムと語感の素晴らしさが遺憾なく発揮されておりまして、今後の活躍には期待が高まっております。ではでは。

17日前 No.9
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