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冷やし日本

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ゴン @gorurugonn ★Q8TMMWCxfD_a2e

「徳永君、君、この役場に勤めて何年になる?」

「はい、おかげさまで今日で三週間と二日になります」

 ああ、このフレーズ僕は人生で何度聞かされるのだろう。
 どれくらいになる、とか、ずっとやってるよね、とか、大体いうことはおんなじで、僕の仕事の能率が悪いとか、とにかく不満をぶちまけてくるその初期微動だ。
 それにしてもまだひと月もたってないにもかかわらず何年になるとはご挨拶だ。
 総務課長、林七男。ふーん、あんたもナナっていうんだ。
 僕の名前は徳永八郎太だけど。

「その三週間と二日になる君の腕を見込んでこなしてもらいたい仕事がある」

 あら、うれしいこと言ってくれるじゃないの。
 俺はサービス残業だろうと頼まれれば構わずこなしちまう男なんだぜ。
 あと十分で僕定時なんですけど。小腹空いたなぁ。

「冷やし中華、と呼ばれるものの実態について、知っているかね」

「冷やし中華、というと始めましたという、あの?」

 黄色い麺の上にきゅうりとかトマトとかハムとか薄焼き卵の細切りとか乗ってて酸味の強いスープをあえて食べる夏の風物詩。
 私、あの麺嫌いなのよね。

「冷やし中華の中華は中国とは何の関係もない。ただ形式がラーメンのようだから中華麺として親しまれていたそれに冷やしをつけただけだ。もちろん中華料理だと思っている人間はいないし、その中華という呼称が単なるアイコンに過ぎないことも周知のことだ。だが我々はその中国とは全く関係のない冷やし中華なるものを共通のイメージとしてこうして共有することができる。イメージ戦略として見過ごすことのできないものだ」

「つまり……」

 何が言いてえんだよ林ぃっ!
 総務課長は口の前で不敵に組んだ両手の下に薄い笑みを浮かべる。

「我々も始めようと思ってね――すなわち『冷やし日本』を」

「ひ、冷やし日本、ですか? それは、何を」

「うむ、早急に考え出してくれたまえ。この夏はその冷やし日本を旗印この奥山越村を大いに売り出していこうと思っているわけだ。そのためには君が一体どんな冷やし日本を考案してくれるかにかかっている。予算は三千円。試作商品と広告を作成、材料費と印刷代込々で来週の水曜日までに作ってきてくれたまえ」

 ええ、僕が考えるんですか。
 ゼロから冷やし日本なる料理を?
 できらぁ、と威勢よく返事なんて全くしなかったのだが、そういうことになってしまった。
 それにしてもやることのない村である。


――というわけなのである。

「『冷やし日本』なぁ……」

「冷やし日本ってなんだよ」

 知恵を借りに行ったのは大学時代の同級生綾鷹五郎の家だった。
 台所が大きいという理由で選ばれたのが綾鷹だった。
 もう一人は偶然出くわした大学時代の同級生道成寺隆二だ。
 三人寄れば文殊の知恵というし、八郎太と五郎と隆二で、足せば十五になるので通常の五倍の知恵が出るのではないかと期待したのだが、そんなことは全くなかったのである。
 二人はテーブルの上に肘をつきながら真ん中に置かれた冷やし中華をしげしげと眺めながら言った。
 唐突に口を開いたのは道成寺だった。

「このイエローモンキー!」

「それは冷やかし日本」

 綾鷹が寸刻の間もなく切り返す。

「やっぱジャップはショージンリョーリで貧弱だからな」

「それはもやし日本」

「ジャップ!」

「どやし日本、もう最後は単なるヘイトスピーチじゃねーか!」

 怒涛の道成寺のボケのすべてを綾鷹は受け止める。
 大学時代にお笑い芸人になるとか言っていたこの二人のやり取りを見るのも久しぶりだった。
 五郎と隆二で足して七だから、セブンとかいうコンビ名を名乗っていた。
 ふーん、あんたもナナっていうんだ。

「そもそも、冷やし中華って、よくよく考えたら中華要素無くね?」

 綾鷹はひとしきり突っ込んだ後、そう切り出した。

「酸っぱい麺つゆ、トッピングも中華じゃねーし、冷やし中華を中華足らしめるものってのは要するに中華麺であるってことに極限されてるんじゃねーの?」

「じゃあ、これがスパゲッティなら冷やしイタリアってことか」

 道成寺は笑いながら言う。

「冷製スパゲッティは紛れもなく冷やしイタリアだな。ざるうどんは冷やし香川だし、冷たいお好み焼きは冷やし大阪だな」

 今度は綾鷹がすっとぼけたようなことを言った。
 だが、僕はそこに答えを見出したような気がした。

「つまり、冷やし日本っていうのは――」


「そして考案しました、これが冷やし日本の名にふさわしいメニューです」

 期限の水曜日、僕は堂々と胸を張ってその結論を林総務課長に突き付けた。

「おにぎりにしか見えないのだが。中身が特別なのかね?」

「もっともポピュラーかつトラディッショナル、すなわち梅干しです」

 さらに乗ったおにぎりを見つめながら林総務課長はうーんと唸った。

「要するに、何も考えつかなかったということなのかね?」

「いいえ、冷やし日本は既に存在していたんです。冷やし中華はなぜ中華を名乗っているのか。味付けもトッピングもすべて日本ナイズされているにもかかわらず。それはまさしく、中華麺を使用しているからに他ならないわけです。中華麺は中国でも北の方の麦の生育に適した痩せた土地において発展しました。縮れ麺もかん水という特殊な水を使って作られるものだという説があります。つまり、中国という土地に根差した確たるアイデンティティを持つ素材である麺を中核に構成された冷製の麺、これはいかに日本的な装いを施したところでまさしく冷やし中華としか言いようがないのです」

「簡潔に言いたまえ」

 まったくこらえ性のない人だ。恋人にはすぐキスをせがむタイプだな、林。

「民族のアイデンティティに本質を置く素材を冷やしておいしく食べられるようにしたものこそが冷やし○○なのだ、というのが僕が見出した答えです。スパゲッティが冷えていれば冷やしイタリアだし、冷たいピロシキは冷やしロシアと言えるでしょう。だとすれば冷やし日本が指すものはただ一つ。日本人の根幹に根差した素材を冷たくおいしく食べられるもの――すなわちおにぎりです」

「発想は見事。でも却下」

「何でですか」

「おにぎりはどう取り繕ってもおにぎりだから。いまさら冷やし日本という名称が受け入れられるとも思えないし。そもそもこの地域の売りメニューにはならないだろう?」

 やれやれ、あなたも全くせっかちな人だ。

「そういわれると思って冷やし日本にはなりませんが、売れそうなものを考えてきました。それがこちらです」

 そういって僕は後ろに隠してあった皿を総務課長の机に置く。
 皿に盛られた白いご飯の半分には茶色い粘度の高いスープがかかっている。
 上にはトマトやレタス、キュウリやコーンの水煮をトッピングし、温泉卵を添えて彩りも華やかだ。

「冷やしカレーかね。何の面白みもないぞ」

「まずは一口ご賞味あれ」

 林総務課長はいかにも吟味してやるという厭味ったらしい視線を僕に投げかけて、それからスプーンで人さじご飯をすくい取り、口に運ぶ。

「カレー、じゃない! これは、ビーフシチューっ!」

「否っ! ハヤシライスにございます。西欧のハッシュドビーフをもとに日本の林何某によって作られたとされる創作料理。それを夏野菜と温泉卵にて冷製に仕立てました」

「つまり?」

「名を冷やしライス、と」

 総務課長はさらに温泉卵を崩して黄身とドミグラスソースを和えながらさらにさじを進めていく。

「うーん、なかなかこれはおいしいじゃないか。冷たいドミグラスもピリ辛の味付けで冷えているのに満足感がある。温泉卵と和えてもよくマッチしていてモリモリ食べられちゃう!」

 口調が変わってんよ林ぃ、そろそろほっぺたも落ちるころ合いか?

「いかがでしょう」

「悪くない」

 かくしてここに奥山越村起こしキャンペーン、冷やしライス作戦が始まった。
 冷やしライスは総務課長から村長に提案され、村議会の承認を経て、奥山越村発のオリジナルメニューとして、今日、道の駅で試食会が行われることになっていた。

『総務課長林七男オリジナル! 林中華をよろしくね!』

 僕の目の前に置かれているのは、林中華なる、中華麺の上に冷たいドミグラスソースと夏野菜と温泉卵を乗せた代物だった。
 冷やしライスのひの字もなければ徳永八郎太のとの字もない。

「はやしちゅうかだとぉおおおっ!」

 話が違うじゃねーか林よぉ! しかも何気に自分で考案したことにしてるんじゃねーよ。

「こちらが林中華を考案されたという奥山越村の総務課長の林七男さんです。この度はどうしてこういったものをお考えになったんですか?」

「まあ、村おこしのために、何か目玉になるメニューを考えようということになって、この辺は小麦の生産が盛んなものですから、それを使った何かを作ろうということになって、それでいろいろ試しましたところ、この中華麺に冷たいドミグラスソースをかけたものが非常に受けが良くて、冷やし中華ならぬ、林中華ということで、僭越ながら私の名前を付けさせていただいて」

 ふざけてんじゃねーよ林ぃっ!
 リポーターの女もなるほどですねとか変な日本語使ってんじゃねーよっ!
 モリモリ食べられちゃうってあほかっ!

 掴みかかりに行こうとする僕を綾鷹と道成寺がなだめる。

「我慢しろ徳永、この際林中華でもいいやと思うんだ、そこそこうまいぞ」

「逆に考えるんだ、冷やしライスをオリジナルとして何のしがらみもなく売り出せると考えるんだ!」

「ふざけるな林ぃっ! 許せねぇ、あんたは再び、僕の心を裏切った! 一生懸命考える嘱託職員をテメーだけの私利私欲でっ!」

 林中華はそこそこの好評を得て、結局村おこしとしてはある程度の体面を保つ程度に盛況な売れ行きを見せた。


「言わなくてもわかるだろうけど、僕は今日でやめさせてもらいますよ」

 嘱託職員として奥山越村役場に勤めて今日でちょうどひと月。
 僕は林総務課長の机に辞表をたたきつける。

「悪いなんて少しも思ってないよ。私はそうやって昇進してきたんでね」

 課長は冷やし日本ならぬおにぎりをむしゃむしゃ食べながら辞表を一瞥する。
 僕は二度と顔も思い出したくないと思いながら背を向けた。

「徳永君」

 課長が僕を呼び止めた。

「君は実においしかったよ。ごちそうさま」

 嫌みか貴様っ!
 掴みかかりたい衝動を必死にこらえて、僕は役場の最後の一日を終えた。
 こんな日は飲まなくちゃやっていられないと思って、村に一軒しかない定食屋によった。
 すると、ちょうど今倉庫から出してきたばかりだという瓶ビールは冷蔵庫の中でまさしく今冷たくされている真っ最中だった。

「すいません、今冷やしてるところなんです」

「冷やし中か……」

「あ、すいません、冷やし中華、まだ初めてないんですよ。来月からなんですけど」

「冷やし日本ってあります?」

「冷ややっこ入りまーす」

 なるほど、この店では冷ややっこという解釈なのか。
 確かに日本独自の底に根差した冷たい料理。冷やし日本の名にふさわしいかもしれない。

「後ビール、冷えてなくていいんで」

 冷やし日本のなりそこないにして、林中華によって闇に葬り去られた幻のメニュー冷やしライスに。
 冷えそこなったビールの飲みこむと、乗り遅れた夏の味がした。

ページ: 1


 
 

ぐっちい @gecogeco☆CbO7L0K.rMzj ★W5asbUYEvS_DMW

タイトルに惹かれて読んでしまいました(笑)

タイトルだけで安直にあっつい日本を冷ますのか?と勘違いしてました(苦笑)
本をあまり読まない私でも大変読みやすく話の展開も面白い。
しばしの間、ドキドキわくわく、うっひょ〜ん(驚き)の展開でした(^^)

ありがとうございました。

2ヶ月前 No.1

ゴン @gorurugonn ★Q8TMMWCxfD_a2e

ぐっちい様

この度はお読みいただきありがとうございます&返信が遅れて申し訳ありません。
本当に久しぶりにコメディテイストを書きましたがお楽しみいただけたら幸いです。
できるだけばかばかしいことを大真面目に追求したいですね。
冷やしライスチャレンジ募集中です。自己責任でだれかお試しあれ。
少しでもくすりとしていただけたらこれに勝る喜びはありません。
それではまたどこか別のお話で。

いいねを押してくれた方

うれしいことしてくれるじゃないの。
俺はおだてられるとすぐ調子に乗る男なんだぜ。
すごく……うれしいです……。
ありがとうございました。

最後にお読みいただいた方に心からの感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
またどこか別のお話でお目にかかりたいと思います。

2ヶ月前 No.2

きぃ ★QmuqmDmzfq_m9i

初めましてかと思います、きぃと申します。
タイトルと、作者さま、ゴンさんに惹かれ読んでしまいました。

というのも、ワタクシ、数年(数十年?)にわたりメビウスを不定期でふらりと訪れているものなんですが、今回のふらり、は数年ぶりのふらり、でした。
にもかかわらず、小説枠をふらりと覗いた際に、数年前も書いていたゴンさん、まだいてくれてる…、という、懐かしい場所に来たら懐かしい喫茶店があったような感覚に陥ってしまい(もちろん、私のことは存じ上げないかと思いますが笑)、さらに冷やし日本というタイトルにも食いしん坊の私には魅力的で惹かれてしまい、コメントしてしまいました。
小説はコメディっぽい進みでサクサク読めて、大変美味しゅうございました。ありがとうございます。
私にとっての冷やし日本は、お米と梅干とお茶で冷やしお茶漬けだけどどうくるかなあ、と読み進めてみたり、結局居酒屋屋さんでは冷ややっこが出てきましたね。
居酒屋さんの解釈が正しいとかではなくていろんな見方があるよなあ、とか考えるのも楽しかったです。冷やしアメリカは…なんだ?とか笑
途中途中の掛け合いも楽しい友人の会話を聞いているようで面白かったです。
小学生みたいな感想しか書けませんが(笑)今後とも陰ながら応援していますね。では。

9日前 No.3

ゴン @gorurugonn ★Q8TMMWCxfD_K6b

きぃ様

こちらこそ初めまして&この度はお読みいただきありがとうございます。
なんかまるで成長していない、という感じの相変わらずなんですけれども、そういう一期一会の出会いみたいなものが確かに存在しているというのは喜ばしいものなのだと思います。
かつていた人たちは今何してるの、という感じで、なんか自分だけ高齢者になってしまった感までありますが、できるだけ長くこうして物語を書くことができればいいと思っています。
それも飛び切りくだらない話を。
何はともあれ応援をいただけることはうれしいばかりで、なんだかんだ作品を書いてよかったと思えるものがあります。
この度はお読みいただきありがとうございました。
ではまたどこか別のお話でお会いできることを心待ちにしております。
明日、あるいはまた数年後に。

8日前 No.4
ページ: 1

 
 
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