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埋葬花壇 〜ひまわり〜

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★Q8TMMWCxfD_a2e

 どうってことのない三差路だけれど、車にぶつかられてひとたまりもないのが人間なんだと、そのことを私たちが忘れていたことを責めるように、信号機の前にはひまわりが植わっている。

 今年の春にあった中学一年生の死亡事故。
 相川ひなたはよく笑う少年だった。
 私は私たちのクラスが、あるいは私たちが生きているこの日常が、こんなにもささやかな笑顔に包まれていられるのは、ひなたが訳もなく笑っているからなのだと思っていた。

「今日も水やりかよ、飽きねーな」

「あんたはついてこなくていいんだよ、ついてこなくていいのについてきて、わざわざ不満を漏らすなんてとんでもないよ」

「別に不満なんて言ってねーだろ俺は」

「不満も不満以外の何一つも、一言も口にする必要ないよ」

 仮にも死者の前だ。沈黙以外にどれほどの礼儀を尽くせるだろう。
 啓介はあきれたように笑った。笑っていられるのだ。
 そう、ひなたがいなくなっても、私たちは笑っていられる。
 この世界はひなたの喪失など、少しも意に介さないように、ひなたがいた時と同じだけの平穏を安易に取り戻すことができたのだ。
 私は、そのことがいまだに割り切れずにいる。

「ひなたのおばさんの代わりなんだろ、仲良かったからって水やってやる必要あるか?」

 ひなたのおばさん、つまり、ひなたのお母さんは、ひなたが死んだとき、まさしくこの世の終わりのように取り乱して、その葬儀でも醜態ともいうほどにうろたえた姿を私たちに見せていた。
 父親のいない家で育ったひなたの葬儀において、おばさんは喪主だったのだが、結局ほとんどの進行はおばさんの兄という、私たちにしてみれば全然知らない人によって取り仕切られた。

 ひなたというたった一人の息子を失ったひなたのおばさんは、その後二度とこういった悲劇が――、つまり、危険な交差点における死亡事故が起きないように、と運動をはじめ、その第一歩として、ひなたが死んだ交差点に、鉢植えのひまわりを置いて、それに毎日水をやることで、この交差点に目印を置いた。

 そして、ひなたのおばさんはあろうことか、それだけで終わってしまったのだ。
 聞いた話によると、あるとき男が現れて、その人はおばさんの中学生時代の初恋の人だったらしく、ひなたの死を聞いて変わり果てたおばさんのうわさを聞きつけ会いに来たのだという。
 そして、おばさんはその男とともに、どこか別の場所で生きていくことをあっさりと決めてしまったのだ。
 まるで恋の逃避行に走る十八歳のように、二人は風のような速さでこの町を後にしてしまった。
 ひなたたちが住んでいたアパートは引き払われ、家というよりどころを失ったひなたを覚えている場所は、もはやこの三差路が一番その幻影をとどめているという皮肉な状況だった。

 私は家から運んできた二リットルのペットボトル二本を啓介に持たせていたじょうろにそそぐ。
 近くに水道でも通っていればいいのにとはいつも思うけれど、手に重みを抱えていると、それがまるでひなたの命そのものであるような気がして、私は全然それを苦だと思ったことはない。
 実際にこれは、このひまわりにとって命なのだ。
 人に水を与えられることでしか生きていけない、生き抜くことよりも愛でられることを選んだ花としての宿命。

――あたかもそれは、ひなたをあっさり振り切って、自らの愛に生きることを選んだおばさんによく似ていた。
 結局のところ、私たちは明日の糧を与えてくれるものによってのみ生きていられる。
 花には水をやる人間が、人には愛してくれる誰かが。
 人はパンのみに生きるにあらずというけれど、でも私たちはやはり、パンがなければ明日に死ぬ命なのだ。

「おばさんもハクジョーだよな。あんなに騒いだ挙句、男に言い寄られたらあっさりかよ」

 ひなたはひき逃げされたと言われている。
 交差点ではねられて、誰も通らないこの場所で二時間放置されて、部活で帰ってきた私と啓介が第一発見者だった。
 おばさんは当初熱心にここでビラを配って犯人を捜しまわっていた。
 新聞にインタビューの記事も載ったし、事件はちょっとした騒ぎになった。
 でも、誰も捕まらなかった。ひなたが四月に死んでから三か月になる。
 今、全国で三か月前にあった中学生のひき逃げ事件を覚えている人はどれだけいるだろう。

「憎しみは疲れるんだよ。一度休めば、もう立ち上がって戦う気がしないのはよくわかる」

 ビラを配っているおばさんのやつれた姿を今でも覚えている。
 長い髪の毛は後ろでひとくくりにされただけで、まるで手入れの行き届いていない状態だった。
 顔に血の気がなく、ほほがこけているくらいなのに、その瞳だけがぎらぎらと輝いていた。
 そのおばさんの状態が正しい在り方だなんて誰も思うはずがない。
 ひなたをあっさり忘れたおばさんは薄情だと私も思う。
 でも、ひなたと、ひなたを殺した人を探し続けるあの鬼のような状態になるくらいなら、薄情と謗られたって熱情に流された方が絶対に正しいとも思う。
 事実、私の家に、引っ越すことを告げに来たおばさんはつきものが落ちたようにきれいな笑顔を浮かべていた。
 ひなたと同じ位置にえくぼを作って八重歯を見せて笑う笑い方。
 奇しくもこの人は、ひなたを忘れることで、ひなたと同じ笑い方を取り戻したのだと思うと、何も言えなかったのをよく覚えている。

 結局ひなたは死んで、犯人も見つからず、おばさんも先月の末に引っ越して、この交差点にひまわりだけが残された。
 そしてなぜか、私が毎日水をくれている。啓介は頼みもしないのにそれについてくる。

 最初は種ほどの大きさに過ぎなかったひまわりが、ひなたの身長を超えるほどの丈に伸びている。
 もうじきに花が咲く。そうして種を残して、やがて枯れて。
 枯れたら、この鉢を持ち帰って、そして、もうこの交差点に二度とひまわりは咲かない。

 水を上げ終わると、私は静かにひまわりに手を合わせる。
 ふいに、後ろから啓介が聞いた。

「なあ、瑞樹、お前、ひなたのこと好きだったの?」

「今でも好きだよ。この先もずっと」

「でも、俺はお前のことが好きなんだけど」

「さっきひなたのおばさんを悪しざまに言ったとは思えない主張」

「お、おばさんはひなたのお母さんだろ! でも、お前は他人じゃん」

 他人なら――死んだ人はさっさと忘れて、目の前にある愛に走った方がいいと。
 他人に限らず、そういうものなのだ。
 死んだ人を思い続けることは美しく聞こえるけれど、美しいだけに過ぎない。
 生きている人間には、前に進むための確かなエネルギーが必要なのだ。
 思い出だけを紡いでいても、そこからは何も生み出されない。

 そうだと分かっていても、私は啓介の思いにこたえて生きていくということが、ひなたに対して極めつけにひどいことをしているような気がしてしまう。
 もう何をしたって、ひなたは怒ることも泣くことも絶対にないのだとわかっているのに。

「ひまわりが、咲いているでしょ」

 振り返ることができない。
 とめどなく溢れるものが、目を覆っているから。

「死んだひなたのためにできることが、何もないから……、おばさんも止められないし、私は犯人も捕まえられないし……、ビラを配ったりする勇気も、世間に何かを訴える覚悟もないから、だから、ひまわりに水をあげることだけが……」

 好きだったことを伝えるすべもない。
 ひなたが死んだ今、私はひなたの幻影に恋をしているのか、それともひなた自身を愛していたのか、それさえもおぼつかない。
 それでも、明確にこの心はひなたを覚えている。
 忘れてしまうことをかたくなに拒み、今やその輪郭だけになったひなたのために、何かができるのではないかと探し続けている。

「死んだやつのためにしてあげられることなんて、何もないよ」

 啓介が短く言った。

「ひまわりは、まだ生きてる」

 それは私の希望だった。

「お願い。どうせ三か月もしないうちに枯れてしまうものだから」

 たかだか水をあげるだけで、この花はその一生を全うできるのだ。
 一日の中のわずかに十五分。歩く距離は二キロほど。
 この交差点は、私がひなたのために捧げる花園。
 ひまわり一輪が咲く埋葬花壇。
 ひなたに届くことが何もないのだとしても、ひまわり一輪の命を新たに損ねていい理由にはならないだろう。
 それがひなたの命と引き換えに得られた新しい生命なのだとしたらなおのこと。

「俺、学校の花壇にスペースを作ったんだ。ひまわりだって、こんな窮屈な鉢の中じゃ、根も広く伸ばせなくて苦しくなる。ひなただってこんな場所でいつまでも待ってるお前のことなんて見ていたくないに決まってる」

 啓介は中学校の緑化委員に所属して、学校の花壇の整備を担っている。
 夏の日照りにも負けずに草をむしり続ける日に焼けたたくましい腕が、ひまわりの鉢に伸びた。
 啓介は優しい。武骨で不器用なくせに、今も私が傷つかないように精一杯のことをしてくれている。

 ああ、結局。

 私たちは生きているのだ。
 水をまいた場所に雑草が生い茂るように。
 食べこぼしに虫が群がるように。
 それがどれほど卑しいことだったとしても、生き続けていく以上、生き続けることができる場所を選び続けなければならない。
 死者に捧げる冷たい祈りではなく、これからを生きていく人間の確かな熱を頼りにしてしまう。
 ひなたのおばさんもそうだったように、そしてこのひまわりも私もそうであるように。

 私がどれほどひなたのことを思っていても、何の意味もなさない。
 ひなたはもう、そういう世界に行ってしまったのだ。

 学校につくと、啓介は鉢を下ろして、ふう、と息をついた。
 花壇には三十センチほどの穴が開いていた。
 周りに植えられているのは丈の低いサルビアやサルスベリの花だ。

「ほら、一緒に埋めよう」

 そういって啓介は丈の長い茎を傷つけないように慎重に鉢から抜いて、穴の中に静かに降ろす。
 そして啓介が支える傍らで、私は向日葵の根に土をかけていった。

 一つずつすくいあげてはかけていく土ごとに、ひなたとの思い出が溢れてくるようで、私はまたたくさん涙を流しながらその作業を終えた。
 見ると隣で啓介も泣いていた。
 これだけの涙の一粒もひなたに届かないのだと思うと、余計にさみしくなった。
 さみしくなって、涙があふれて、土を埋め終えると、なぜだか平然とした気持ちになっていた。

 目の前には赤い花をつける草花の中に唐突に存在している巨大なひまわり。
 なんだかシュールで無性に笑える気がして、私は思わず笑ってしまう。

「なんだよ、笑えるんじゃねえか」

 啓介がやや憮然として言った。

「え?」

「ひ、ひなたがいなくてもさ、笑えるなら平気だろっ!」

 日に焼けた顔を赤らめて言う啓介の夕日を受けた汗がきらめいた。
 汗か、涙か、とにかく私は、その顔もおかしくて、また笑ってしまった。

――笑ってしまった。ひなたがいないのに。
 ひなたが笑顔のすべてだと思っていたのに、案外どうしようもないことで、私はひなたがいないこの世界に笑いを見出してしまった。

「啓介」

「な、なんだよ」

「これからいっぱい、笑わせてね」

 ごめんね、ひなた。
 もう、あんたのためにできることが何もなくなっちゃった。
 私は、あんたがいない世界で、ひまわりを咲かせて、枯らして、笑って、恋をして、生きていく。

「帰ろうか、啓介」

「お、おう」

「手、繋ごうか、啓介」

 啓介は無言で腰に掛けたタオルで手をぬぐって、ずいと差し出した。
 私は武骨な日に焼けた手を取る。真夏に庭仕事を終えた手は、焼けた鉄のように熱を帯びていた。
 私はその熱を感じながら、啓介と学校を後にする。
 夕焼けの中で、ひまわりは静かに揺れていた。

 もうあの三差路に弔いの花は立っていない。
 今日、花壇にひまわりが花を咲かせた。
 咲いて、散って、枯れて、それから――。
 ひなたが思い出になるまでの何日か、何週間か、何か月か。
 私はできるだけ笑っていようと思った。

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激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_ouC

ひまわりって結構好きな花で好きなモチーフなんですけど、
ど真ん中が茶色いくて黄色い花弁が大量に整列して咲く花びらが、
なんだか不思議な品種で、アレが大量に咲いている畑なんか見ていると、
綺麗と同等にオカルトじみた気分になるのは集合体恐怖症の一種なのでしょうか。
枯れるときは頭を垂れて、悔いてるように枯れていくのが背丈の大きい花だから余計にそう見えさせるのでしょうか。
(脱線)

真夏のアスファルトがギラギラの太陽のしたで茹だって陽炎がゆらゆら揺れてるイメージに、
ぽつっと咲いているのはなんだか切ないから、
学校の花壇の方がきっとひまわりも浮かばれるような気がするのは、
生きている人間の傲慢なエゴなのでしようか。

そんな感想がぽたぽた湧いておりました。
感慨深かったです。

13日前 No.1

ゴン @gorurugonn ★Q8TMMWCxfD_a2e

激流朱雀様

バカバカバカっ! 寂しかったぁっ!

はい、実に七か月ぶりということでほぼ丸々一年創作から遠ざかって短歌に流されていたゴンです。
きみにまたあえてぼくはうれしい。
埋葬花壇も地味に長いシリーズなんですが、実はひまわりは一番最初から構想にあった話だったりします。
全然思ってたのと違う話になったんですがいいんじゃないかなと思いつつ。
とにかく書けてよかったっていう思いが強くて、割と深刻にもう満足に文字は打てないんじゃないかと思ったりしてました。
ほんとうにきみにまたあえてぼくはうれしい。
ありがとう、それしかいう言葉が見つからない。
お読みいただきありがとうございます。
ではまたどこか別の小説で。

いいねをいただいた方。
降り積もる花束をお送りいたします。
雨粒の下から愛をこめて。
お読みいただきありがとうございます。
またどこか別の小説で。

お読みいただいた方。
とにかくもう感謝しかありません。
ありがとうございます。
ご縁がありましたらまたどこか別の小説で。

12日前 No.2
ページ: 1

 
 
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