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愚者の選択、賢人の選択

 ( SS投稿城 )
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光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE

 少しだけ開かれた窓から入るのは春の暖かさを少しだけ残したそよ風だ。
 そよ風がくすぐるように揺らすカーテンは小さく震えている。
 空は雲ひとつない快晴というやつで、見つめていると吸い込まれてしまうそうだ。

「この時、筆者の―――」

 外へと向かいそうになっていた意識を再度黒板へと移したのは1人の男子生徒。
 彼が板書を写すノートにはぎっしりとした文字の海が広がっている。
 その隙間を水が染み込むように文字を書き増やしていく。
 まるでそれをするためだけに生まれてきたとでもいいそうな真剣な表情で板書とノートの間に視線を行き来させる。
 そのまま授業が終わるまで彼は再度窓の外へと視線を向けることはなかった。

***

「くぁ、疲れたー」

 髪を茶色に染めた男子生徒が椅子に逆向きに座り、後ろの席へと体を投げ出す。
 犬ような人懐っこい瞳を持つ彼は今全ての力を抜き、緩い表情を残すばかりだ。
 そんな男子生徒を嫌がる風でも、突っ伏した机の主はメガネの位置を直していそいそと次の授業の準備を始める。
 鉄パイプと木の板という簡素すぎる机の中から取り出したのは、数学U・Bと書かれた教科書だ。

「お前、いつも疲れた、ばっかじゃねぇか。金町、そんなんじゃ将来大変だぞ?」

「いいんだよ、今が楽しけりゃ。俺は林原と違って頭はよくねーからなぁ」

「別に、僕は……っ!」

「まあ、そう言うな。1年の期末テストでベスト5なんだろ? しかも、1科目とかじゃなくて」

「そうだけど……僕は、まだまだだよ」

 そう言う林原に金町は興味なさそうに教科書を片手で持ち上げた。
 林原が机から出した教科書は、普通の教科書の2倍の大きさがあるように見えた。
 数々の付箋が貼り付けられ、徹底的に書き込みのなされたそれは汚れと文字の区別がつかないほどだ。

「俺はこういうの誇っていいと思うけどな」

「いいんだよ。好きでやってるわけじゃないし……他にやりたこともないしね」

「そうなのか?」

「うん、別に夢とかはないし」

 林原の言葉に金町は目を丸くした。
 まるで理解不能な宇宙人を見つめるような目だった。

「え? 何のためになるかもわかんないのに頑張ってんの?」

「いや、何のためにもならないわけじゃないだろ」

「でも、夢とか将来とか考えてるわけじゃないんだろ?」

「いや、まあ、そうなんだけど……そういう金町はどうなのさ?」

 指を指された金町は一瞬驚いた顔を浮かべたが、次の瞬間には口元に笑みを浮かべていた。

「俺はな……めちゃくちゃ可愛い彼女を作る!」

「今もいるだろ。篠原さんだっけ?」

「彩音ちゃんは可愛い! けど、もっと欲しい! それが男ってもんだ!」

「何? 二股でもするの?」

「二股どころか夢の3人同時攻略、いや、4人同時攻略だ!」

「それぞれに手足掴まれてバラバラにされる処刑方法とかあったような」

「え!?」

 自身でも想像したのか一瞬で血の気が引く金町。
 そんな彼を見て笑う林原。
 カーテンを揺らす風は暖かさを教室内へと連れてくる。

「ま、まあ俺のことは置いておいてだな……本題だ。今度のテストどこ出る!? これ以上成績落とすと小遣いが! 俺の生きがいが!」

「わかった。わかったから顔を近づけるな。えっとだな……」

 林原が次の試験に出そうな箇所をピックアップしようとした時、教室を静けさが支配した。
 皆が向ける視線の先。
 黒板側の扉を開けて教室に足を踏み入れたのは1人の女子生徒だった。
 身長は高くなく、一般的な生徒よりも低いと言える。
 それに比例してか、胸も控えめなその女子生徒の登場で教室が一瞬で音を失った理由。
 それは、彼女の髪が雪のように真っ白だからだ。
 黒の瞳と対象的な白髪はまるで色素という色素が髪から不自然に抜け落ちたようだった。

「白雪姫サマか、久々だな……」

 ふと口をついたように金町は女子生徒への感想を漏らした。
 白雪姫と呼ばれる彼女は一歩の迷いもなく、自身の机まで行くと中からスケッチブックを取り出し教室を出ていった。
 時間にして1分もなかっただろう。
 だが、その1分はまるで時間が止まったかのようだった。
 そしてまるで何事もなかったかのように教室では会話が再開される。
 彼女の存在を会話で押しのけるように。

「瑞浪、晶希、だっけ?」

「お、林原が他人に興味を持つのは珍しい」

「あ、いや、別にそういうわけじゃないぞ! 俺、初めて見たからさ」

「そうなのか? あー、お前は1年の時別のクラスだっけか。じゃ、見ないかもなぁ」

 金町は納得したように、うんうん、と唸っていた。
 林原はほっとしたように息をついた。
 そして、窓の外へと視線を向ける。
 中庭を横切っていく白い髪の少女。
 その先にはあるのは、まるで離れ小島とでも言えるような1つの建物。
 美術室だったと林原は記憶している。
 ほとんど美術の授業には出ていなかったから、その存在も伝聞のような形になってしまう。

「美術室の白雪姫、ね……」

 彼女は未来をどう考えているのだろうか?
 ふと、そんなことを思った。

メモ2018/01/14 03:22 : 光心 @kousinn★2ygXqa1xRm_mgE

続きはそのうち書きます。

プロットは脳内に在る。

大丈夫だ問題ない。


追記:5投稿以内に終わらなかったらすまぬ

追記2:ギリギリ終わると思うんだが……執筆ペースが遅くてすまぬな。

関連リンク: 掌編・残痕 
ページ: 1

 
 

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



 日に日に陽が出ている時間が伸びていく。
 数ヶ月前であれば夕焼けから夜へと世界が塗り替えられていく時間。
 空はまだ青さを残し、部活動に勤しむ級友たちの声が教室まで届いてくる。
 そんな教室で林原は1人黙々とプリントの整理を行っていた。

(はぁ……ついてない……)

 林原は心の声をため息に変換して、不満の解消とした。
 放課後の教室で部活動に行く生徒たちを尻目に、宿題をさっと片付けようと教室に残っていたところ担任に声をかけられてしまったのだ。
 担任いわく、プリントの整理を頼みたい、と。
 林原燐太郎にとってそんなことをするのに時間を取るのは望むものではなかったが断る理由もなかった。

(まあ、塾が始まる時間までの時間つぶしだし、気にすることもないか……)

 右手でメガネの位置を整える。
 内容は国語の小論文のテストだった。
 数学などの答えが明確なものでないがゆえに生徒である林原に整理を頼んでも問題ないと判断したのだろう。
 回収の際に上下が逆になったものを直したり、出席番号順にして欲しいという担任の言葉の通りに順番を入れ替える。
 1人当たり2〜3程度の枚数だが書いている答えは人によって違う。
 当たり前のことだが、問題を解くことに集中していた林原にとってそのことを目にして実感すると意外に感じていた。
 正解があるとは言わないが、小論文にもそれなりのルールがある。
 そのルールを知っていればだいたい同じ回答になるだろうと思っていたのだ。
 それに、まだ高校生である僕らはそれほど頭脳は明瞭でもないから突飛な回答など作ることなど出来ないだろうとも。
 少しだけ興味を感じたが、1枚1枚読んでいれば時間がかかりすぎるし、何よりちょっとした整理のつもりだ。
 さっさとやってしまうに限る、と林原は息をついて整理を再開した。

 林原は機械的に目を動かし、順番を変え整えていく。
 効率重視の実に楽な方法であったが、ふと林原は疑問に思った。
 1名だけ番号が抜けているのだ。
 林原は教壇に置かれた出席番号の書かれた座席表をひょいと掴んで眺める。

(……瑞浪さんの分がないのか、なるほど)

 唯一抜けている番号は白い髪のお姫様のものだった。
 林原は納得とともに座席表を戻し、前半と後半でそれぞれ渡されたクリアファイルにしまう。
 教室で残っていたのは自分だけだったが、どうせ後で教師が戸締まりに来ると判断し、鞄とクリアファイルを掴んで教室を出た。
 ぺたぺたと音を鳴らしながら、右手に持ったファイルを手に休み時間のことを思い出していた。
 教室に堂々と入り、スケッチブックだけを手に出ていった同級生。
 その白髪は綺麗だったけど、どこかこの世ならざる雰囲気を持っていた。
 まるで世界から放逐されたかのような違和感。
 その雰囲気は多感な高校生にとっては毒なのだろう。
 林原は左手でメガネの位置を直して、すぐにそのことを忘れた。
 どうせ関わり合いになるような存在ではない、と。



 ありがとうな林原、というお礼を担任から頂き無事任務終了。
 あとは塾に行くだけだ、と下校口で靴を履き替えて林原は学校の裏門へと足を向けていた。
 朝は正門から入ってきているが、塾があるのが駅前なので裏門からの方が近いという当たり前の判断だ。
 それに、正門はグラウンドを横切る必要があり、練習をしている野球部や陸上部の邪魔になることが見えている。
 わざわざ部活動に精を出しているような人種に近づく理由もない林原は学外へ出ようと歩いていたのだが。

「なんだ、あれは……?」

 足が出ていた。
 誰の何の趣味か裏門へと続く道は背の低い草木が道を彩るように植えられている。
 その草木の1角から足が出ているのだ。
 コンクリートの地面の上に足だけ出ているという事実は結構驚かされるものがある。
 あり得ないものが見えた時、人は一度思考が止まるのだと林原は気づいた。
 冷静によくよく観察すれば靴はローファーだ。
 おそらく部活中でこうなったわけではないのだろう。
 だとしても理由が全く分からない。

 林原は教師を呼ぶか逡巡した後、ひとまず状況の理解を急ぐことにした。
 最悪は携帯電話で救急車でも呼ぶしか無い。
 軽い怪我であればちょっと確認して保健室に連れていけばいい。
 そう思って、謎の足の方へとゆっくりと近づいていく。
 もしも、死んでいたらどうする?
 ごくりと喉を鳴らす。
 あれが死体であったなら、殺した者も近くにいるのではないか?
 足音が耳元で大きく響いた気がする。
 あと1メートル程。
 と近づいたところで、ずぼっと足の主が体を起こした。

「っ!?」

「うにゃー!」

 まるで猫のような声をあげたのは林原の見覚えのある生徒。
 背は平均よりも低く、それに比例するように胸元も控えめ。
 元気な動きに反して、知的さを感じさせる顔立ち。
 しかし、何よりも目を惹くのは彼女の白い髪。
 起立した状態では、腰程まで伸びたその髪は草木が纏わりついていて美しさを半減させている。

「瑞浪……晶希……?」

「ん?」

 茫洋と口を開けたままの林原と対照的に目をぱちくりとする瑞浪晶希。
 彼女の右手にはスケッチブック、左手には鉛筆。
 くるりと林原の方を向いた瑞浪に林原はぱくぱくと口を開いたり閉じたりしながら、最後に一言だけ声を漏らした。

「い、生きてた……」

 安心の吐息と共に漏れた言葉に瑞浪は何がどういうことか分からず、頭をかしげた。



「で、猫を追いかけていた、と」

「うん。んで、頭つっこんでみたらそれが面白くて! このままでいいかなー、と思ったけどこれじゃ絵が描けないって気づいたの!」

 むんす、という風にない胸を張る瑞浪にへぇと興味のない返しをする林原。
 生命の危機かと思っていた林原としては安堵の気持ちが強く、問題がなかったのなら関わらずに帰ろうと先ほどからタイミングを狙っているのだが。

「私、絵が描けないとかになったら死んじゃうし! あーゆーあんだすたん?」

「それを言うなら、"Do you understand?"だ……」

 学友がなぜ小学生のようなことをしているのかは分からないしわかりたくもない。
 呆れる林原のことを知ってから知らずか、瑞浪は猫がいないか視線を彷徨わせている。

「もういないと思うよ」

「え!? 私のマイケル・ヴィンセント・ウィーランド・タナカ・ユーフェティシアが!?」

「なんで途中で日本特有の名字が入っているんだ……?」

「え? 何のこと?」

「自分で言って自分で忘れている、だと!?」

「えへへー、それほどでも」

「褒めてないし! って、大丈夫?」

「へ?」

 林原は照れ隠しで頭を掻く瑞浪の左手をとった。
 手の甲に小さくだが、切り傷が出来ている。
 おそらく頭を突っ込む際に枝で切ったのだろう。
 林原は鞄の中から絆創膏を取り出して、すっと手渡す。

「……って、こっちでやった方がいいか」

 手渡そうとしたそれを手元に戻して絆創膏のシールを剥がす。
 ぺりぺりという音と共に剥がれたシールが地面に落ちるのを無視して、両手で端を持ったまま瑞浪の方へと腕を伸ばす。
 瑞浪はよく分かっていないまま、スケッチブックと鉛筆を地面において両腕をピンと張って前に出した。
 ビート板を使うような姿勢に林原はたじろぐ。

(なぜ両腕?)

 白くて細い腕だった。
 女の子っぽい華奢な腕だと意識すると急に恥ずかしくなったので急いで絆創膏を張ってしまう。
 林原はそれで役目は終わりだとばかりにシールのゴミをポケットに放り込んで鞄を手にした。

「じゃ、僕は急いでるから」

「うん! じゃあ、ね! えっと……絆創膏星人さん」

「僕は絆創膏星人などでは……まあ、いいか」

 別にどうでも良かったので、適当に手を振りながら裏門へと向かっていく林原。
 林原が見えなくなるまで瑞浪は手を大きく振っていた。

1ヶ月前 No.1

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



「は?」

 金町は空いたままの口が塞がらず、器用に箸で口元まで運んだプチトマトを再度弁当の中へと落とした。
 昼飯時のおしゃべりの耐えない教室でプチトマトのぽてんという音はどこにも届くことなく弁当箱が吸い込んでしまう。
 二人での昼食はいつもの通りなのだが、金町の驚嘆の顔はいつも通りではなかった。

「そんなに驚くことかな……?」

 金町のあまりの驚きっぷりに林原は力なく笑みを作った。
 数秒のフリーズの後、金町は意識を現代へと無事帰還させるが驚きの色は消えていない。

「いや、だって! お前、昨日あの白雪姫サマと―――」

「はい、ストップ!」

 林原は右手で金町の言葉の続きを遮った。
 あまりにも声が大きく、金町が無駄にクラスメイトの注目を浴びようとしていたのだ。
 言葉の続きを探す中で金町もそれに気づいて、声を隠密行動中の忍者のようにひそめる。

「白雪姫サマを助けただぁ? 何がどうなったらそうなるんだよ!」

「いや、成り行きと偶然とたまたま?」

「全部ほぼイコールじゃねぇか」

 林原は返す言葉もなく、焼きそばパンを口に放り込む。
 焼きそばのソースの匂いが鼻孔を刺激し少しむせてしまう。
 慌てて、手元のお茶に手を伸ばして喉に詰まった焼きそばを流し込む。

「ぷはぁ……はぁ……はぁ……」

「大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

「問題ある時に使うやつだよな、それ……?」

 呆れた金町は母親お手製のお弁当に箸を突っ込んではおかずという名の生贄を選び出す。
 今回選ばれたのはアスパラのベーコン巻きであった。

「まあいいや。んで、何話したの? つか、話せたの? 言葉通じたのか?」

「……瑞浪晶希は宇宙人かなにかなのか?」

 林原はふと瑞浪晶希の言葉の意味不明さを思い出していた。
 確かに、言葉が通じたのか、と不安になる気持ちも分からなくもなかったのだ。

「宇宙人っつーか、夢中人というか……ま、他人が目に入っちゃいないってのは共通してるかもな」

「他人が目に入っちゃいない、ね」

 反駁する林原の言葉に金町は、そうそう、と言いながらアスパラのベーコン巻きを咀嚼する。
 美味しそうに食べる金町に林原は口を開こうとしたが、やめた。

「なんつーか、こう、俺が彩音ちゃんと下校するじゃん?」

「ん? お、おお」

 急な話の転換についていけない林原。
 そのまま金町に言おうとした言葉が霧散し、消滅してしまう。

「で、俺らも高校生だから手繋いだりするじゃん? さすがにキスとかはしねぇけど。でも、顔近づけて互いしか見えねぇようにすんの」

「……それに何の意味が?」

「それはだな、ノイズキャンセルだ」

「……悪い、もうちょい言葉をくれ」

「つーまーり、要らんもん見えなくすんの。んで、二人だけの共犯の世界を作んの」

 林原は脳内で想像しようとしたが相手がいなかったので諦めた。
 代わりに目の前の級友の言葉に耳を傾ける。

「そうするとさ。二人だけの世界になんじゃん? それが安心すんのよ。目の前のことだけ見てればいいから」

「……それが瑞浪晶希にどう繋がるんだ?」

「つまりは、白雪姫サマも同じなんだよ。姫サマはどうも絵がそれらしいけど」

 絵だけ見ていればいい世界。
 林原にはとても想像の及ばない世界の話だった。
 その存在は鏡の向こう側の世界の住人と言っても差し支えがない。

「ま、俺の見た感じだけどな」

「……いや、参考になるよ。ありがと」

「いつもの礼だよ。気にすんなって」

 ニコニコとした金町に林原は心の中で再度、ありがとう、と感謝した。
 思えばくだらない学校生活を送れているのは、こいつのおかげではないかと林原は感じたからだった。


「あ、絆創膏星人さん」


 だから、その学校生活が崩れる音がした時は死ぬ程驚いたと言っても過言ではなかった。
 ぎぎぎ、と油の切れたロボットのように首を傾ける林原。
 視線の先、教室の入り口には白い長髪を揺らした小さい制服の女子生徒。
 瑞浪晶希、その人だった。

「うーん……あ、そうしよう!」

 勝手に何かに納得して決めたのか、白髪のお姫様はてくてくと静まり返った教室の中を横切る。
 ずんずんと進んでいくその視線の先。
 つまり、瑞浪晶希のゴールは。

「……僕か?」

「はい、捕まえた! よっし、れつごーだぜ!」

「は? え?」

 パンを机の上に置いた右腕をその白くて華奢な手で掴まれる。
 断る言葉も口に出す余裕もないままに連行される林原。
 そんな彼と連行犯が教室の外へと消えてから金町が呟いた。

「噂をすれば影?」

 静まり返っていた教室は白雪姫の退場ですぐに活気を取り戻す。
 まるで林原は最初から教室にいなかったとで言うかのように。



「ちょ、ちょっと待って!」

「え?」

「え? じゃない! 僕をどこへ連れて行く気だ!?」

 昼時の学校の廊下はわりと静かだ。
 各々の教室で生徒達が昼食を食べているが、ドアを閉めたり窓が閉まっていたりするので、声はもっぱら外側の窓へと突き抜けていくのだ。
 そんな廊下をぺたぺたと規則正しく歩く瑞浪晶希に林原燐太郎は一度足腰に力を込める。
 だが、彼女の歩みは止まらなかった。

「ちょ!? 僕、これでも男子なんだけど!」

「つべこべ言ってないでいくよ、絆創膏星人さん。待ってるから」

「何が!?」

「……何か?」

「よし帰ろう! 帰らせて! 帰りたい!」

 願いは聞き届けられることはない。
 現実は無情である、という真実をまた1つ学びながら林原は結局昇降口までずるずると連れて来られてしまった。
 がっしりと腕は掴まれたままで器用に靴を履き替える瑞浪晶希を見て林原は嘆息した。

「僕は、林原燐太郎、だ」

「……? ハヤシバラリンタロー?」

「そうだ。連れていく人の名前くらい覚えておいて損はないと思うけど?」

「おぉ! なら、りんちゃんだ!」

「……もうそれでいいから、さっさと用事かなにかわからないけど済ませて、僕を解放してくれ」

 林原は諦めつつ靴を履き替える。
 おそらくここで瑞浪晶希の意に沿わないことをすれば明日同じようなことになるだろう。
 この子は宇宙人で、鏡の向こう側の存在で、僕の理解の外の子だ。
 そんな子が何の用事か僕を連れ出した。
 逆らえば何が起こるか分からない。
 授業中に捕まって連れ出されたらより迷惑だ。
 なら、この昼時の時間で済ましてしまえばいい。
 という高度な計算に見せかけた自己正当化により林原は諦観の言葉を静かに飲み込んだ。
 同時に靴も履き替え終わった。

「で、どこに行くの?」

「あ、そ、こ!」

 微妙にテンション高めに両の人差し指で指したのは学校から少し離れた場所にある1つの建物。
 美術室だ。

「……僕はモデルでもさせられるのか?」

「もでる? りんちゃん、モデルなの? プラスチックなの?」

「どうしてその発想に至るんだ……意味がわからん」

 メガネの位置を整えながら、仕方なく林原は中庭へと足を踏み出した。
 反対側のグラウンドと違い、中庭側は背の低い草が生えていてもう少し暖かくなればそこでご飯を食べる人もいるだろうと気を紛らわせるように林原は考えた。
 そんな林原の腕を未だに掴んだまま歩く白雪姫様。
 出来れば毒のりんごを食べさせられるみたいなオチじゃないことを林原は青の空に祈ることしか出来なかった。

23日前 No.2

光心 @kousinn ★2ygXqa1xRm_mgE



 土足で入った美術室には林原と瑞浪の靴音がよく響いた。
 入り口である両開きの戸から見て左側には何も書かれていない黒板と教師用の長机がある。
 美術室の中を見渡せば、綺麗なフローリングの床と整然と並んだ長机が目に入る。
 どこの誰かもしれない人の絵のレプリカだと思われるものが飾られており、少し埃っぽく見える。
 黒板と対になる方には、得体の知れないオブジェが捨てられているのと同然で隅の方でひとまとめになっている。
 総じて、美術室というよりもたまに人が使用する倉庫かなにかという印象を林原は得ていた。

「…………」

 ごくり、と喉を鳴らす林原。
 林原は美術の授業を逆皆勤賞を取っているので、どこへ向かえばいいのかが分からない。
 そもそも今回は瑞浪に連れられて来たのだ。
 授業ならまだしも今回は理由が特別すぎる。

「瑞浪、さん」

「ん? 何?」

「えっと……僕はどうすればいいんだ?」

 林原は困った顔でそう言うが瑞浪がその意味をしっかりと解しているかは林原には分からない。
 が、その声色から瑞浪は何を判断したのか林原を掴んでいた右手を離す。
 そして、元々空いていた左手と合わせてメガホンのような形を作って口元に寄せる。

「おにーちゃーん!」

 瑞浪の声は無人かと思われる美術室に響き渡った。
 しかし、その声に反応するものはいない。

「み、瑞浪?」

 何事か、と林原が問いかけようとした瞬間。

「うるせーなー」

 美術室の奥にある扉。
 そこから長身の男性が出てきたのだ。
 身長はおそらく180cmは超えている。
 目元は切れ長で鋭く、だぶだぶの白衣を着ておりひと目見ただけで教師という聖職者よりもマッドサイエンティストじゃないかという感想を抱く人の方が多数であろう。

「おにーちゃん!」

「うるせーって……ん?」

 林原の元を離れて、ひし、っと白衣の裾を掴む瑞浪。
 そんな瑞浪を見て鬱陶しそうにしている長身男性は視線を林原に向ける。

「えっと……」

 林原はなんて挨拶するべきか逡巡していた。
 おそらく教師であろう。
 しかし、瑞浪の身内のようでもある。

「おにーちゃん、私りんちゃんにお願いすることにしたよ」

「は? え? あ? りんちゃん? 誰だそれ?」

「うん、りんちゃん。ほら、りんちゃんも挨拶」

「え?」

「じゃ、私絵描くのに戻るね!」

 何事か説明することもなく瑞浪は机の上で放り出すようにされていたスケッチブックを片手に外へと出ていく。
 その様子があまりにも当たり前だったので、林原も長身男性も反応が出来ない。
 そのまま瑞浪はとてとてと外を歩いていってしまう。

「えっと……?」

「あー、君がりんちゃんか?」

 がしがしと頭を掻きながら長身男性は林原に問いかけた。
 その様子は苛立っているように見える。

「あ、はい、林原燐太郎です」

 林原はなるべく波風を立てないように丁寧にお辞儀を加えて自己紹介。
 そんな林原の様子に長身男性はため息1つつくと、1つの椅子を指差した。

「そこ座ってくれ。とりあえず説明するから」

 おずおずと指さされた椅子に座る林原。
 その対面に長身男性は座るがサイズがあっていないのか座りにくそうだ。

「俺は瑞浪一輝。美術の担当講師だ。んで、あいつの、晶希の兄にあたる」

「お兄さんですか……」

「おう。悪いな、巻き込んだみたいだ」

 にかっと笑う一輝に林原は曖昧な笑みを浮かべる。
 もはや何が起こっているのか林原には想像が及ばないのだ。

「まず、聞いておきたいんだが……林原はあいつの友人なのか?」

 なぜその質問をするのか、林原は一瞬考えそして理解した。
 一輝は教師であり、現状の瑞浪晶希の状況を知っているのだろう。

「いえ、違います……同じクラスですけど」

「うん? じゃ、あいつの知り合いか?」

「知り合い、というか……昨日、なんか怪我していたので絆創膏あげたくらいの仲です」

「なるほど、そういうことか……」

 一輝はひとり納得したようにうんうんと頷いている。
 そんな一輝の様子を見て林原はより頭に疑問符を浮かべるしか出来ない。

「あー、っと悪い……林原がどうしてここに連れてこられたかだが、頼みたいことがある」

「頼みたいこと、ですか?」

「ああ。あいつを見張って欲しいんだ」

「見張り?」

 何やら不穏当な言葉が出てきたことに林原はたじろぐ。
 そんな林原の様子に一輝は口元を緩めた。

「あいつ、自由だろ? だから、誰かが傍で見てないとダメなんだよ。全く、困った妹だ……」

 ため息混じりのその言葉に林原は内蔵がぐにゃりと曲がったような気がした。
 困ったような一輝の顔。
 しかし、言葉の端々にあるのは―――

「で、どうだ?」

「え?」

「あいつのこと見張るって話。ま、普段は教師である俺が見ているんだが……如何せん職員会議もあれば仕事もある」

「はぁ……」

 要領を得ない林原の言葉にダメ押しのように一輝は言葉を付け加える。

「見張りっても、別段ずーっと見てろってわけじゃない。俺の職員会議のある日の数時間だけでいい。あと、美術室を自由に使う権利をあげよう」

 倉庫のようなこの美術室を使ってどうすればいいのか。
 喉元まで出かかっていた林原の疑問を無理やり自分で飲み下した。

「いいですよ。具体的に何するのかわかりませんけど……」

 林原はよく分からないまま答えた。
 正直、何かやらなければならないことがあるわけではない。
 それに少し瑞浪晶希という存在のことが気になっているのも事実だ。
 どうして彼女はああやって生きているのか、とか。

「本当か!? いや、助かる! じゃ、早速で悪いが今日から頼む」

「……具体的にどうすれば?」

「そこは任せる」

「えぇ……」

「生徒の自由意志を尊重するのが俺の主義だからな」

 だから妹があんな自由なのか、と林原は独り思った。
 ふと時計を見ると時刻は既に昼食の時間終了の10分前。

「ん? ああ、昼飯の時間もうすぐ終わるな。とりあえず、放課後またここに来てくれ」

 一輝の言葉に林原は従い、美術室を出て教室へと戻ることにした。
 ちらりと視線を向けると校庭を囲むように生えている木々の1つの下でスケッチブック片手に何かを描写している瑞浪晶希がいた。
 その視線は揺らぐことがなく、林原が見ていることなど欠片も気づいていないようであった。

4日前 No.3
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