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家の鍵と愛情について

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★ANOBAXQECN_zRM

 鍵谷が落ち込んでいるのではないか、と思ったのは思わず廊下で派手にぶつかったときだ。
 僕の方は荷物をすべて散らかすという大惨事だったのに、鍵谷はそれをぼーっと見て、ごめんというだけで拾うのを手伝ってくれもしなかった。
 学食で昼飯を食べてあろうことか半分以上を残したままそれを返すのを見たとき、尋常でないことを確信した。

「大丈夫? ラマダン?」

「お前不用意にそういうこと言うと原理主義の人に狙われるよ。今日日どこで誰が聞いてるかわからないんだからな」

「じゃあ、何?」

「お前に言ってもわからないこと」

 一応コミュニケーションが成り立つことに僕は安堵しつつ、その言い回しに含まれる刺々しいものに、鍵谷が相当にささくれ立っていることを感じ取る。

「何それむかつく」

 鍵谷より成績表の優の数ではるかに上を行き、TOEIC900点オーバーのこの僕にわからなくて、鍵谷にわかることなど一体何があるというのか。
 おそらくコアな性癖のことくらいだろう。

「じゃあ言うけど、女のこと」

「生意気言ってすみませんでした。ごめんなさいほんと無理っす、勘弁してくださいよ……」

 本当にコアな性癖の話だとは思わなかったのだ。
 僕はへこへこしながらそそくさと学食を立ち去ろうとする。

「お前から聞いてきたんだろ。喉元まで出かかったんだから聞けよ」

「すいません、そのままごっくんってできませんか、お願いしますよ、鍵谷君のニッチでエッチな話とか、広告の裏にでも書き留めて、燃えるごみとして搬出願えませんか。僕そういう心の闇の掃きだめみたいな存在にはなりたくないんですよ本当に」

 僕が言うと鍵谷は僕の襟首を掴んで額にぐりぐりをかます。

「この野郎、いいから聞け、割とまじめな話なんだから」

 しかし鍵谷はここじゃなんだからな、と言って、僕を連れて大学の構内をうろついて適当に空いている教室を見つけるとそこに入った。

「ドア、机置いて入れないようにしなくて大丈夫? カーテンも開きっぱなしだけど?」

「お前がお望みならそういうことだってできそうな気分だぞ、今の俺は」

「何てこと……狂っているっ!」

 僕は口の前に手を当てて心底驚いて愕然としたような身振りで言う。
 鍵谷はつきあうのも疲れたと言わんばかりにはぁ、とため息をついた。

「織江が家出してな」

 織江というのは鍵谷の彼女だ。
 同じ大学生だが、通っている学校は違う。
 他校と交流のある鍵谷が所属しているフットサルのサークルを通じて知り合った女、ということだけ知っている。
 顔も知らないし、苗字も知らない。

「行方不明なの?」

「見つかったよ、ちゃんと、生きた状態でな」

 先に僕が言うことを予測してあえて付け加えたような言い方で鍵谷は言う。

「ってことは家出の原因は痴情のもつれ?」

「いやぁ、よくわからん。織江に聞いてもなんとなく、としか答えない。でも、探しに来てくれたことが愛情の証明にはならないんだってな」

「なんか面倒くさい女だな」

 俺もそう思うよ、と答える鍵谷はダウンのポケットに両手を突っ込んで机の腰を下ろし、猫背になっている。

「言うには、家の鍵のようなものらしい」

「家の鍵?」

「例えば家の鍵がなくなれば、当然探してくれるし、こわれれば直そうとする。もし望みもしない他人の手に渡っているなら、取り返すことに必死になるだろうって。でもそれは決して家の鍵を愛していることにはならないでしょ、私は賢哉君の鍵じゃない、ってな。俺は違うって言おうとしたんだけど、じゃあどう違うのかって聞かれたとき答える言葉が見つからなくてな……」

 猫背なのに負け犬のように鍵谷はへこたれている。
 鍵谷は自他ともに認める誠実な男だった。
 手と口に全く距離がない。
 言ったことを実行し、行う通りのことを口にする。
 出来もしないことを決して言わないし、言葉だけの愛情なんてそれこそ舌を抜かれるとしても絶対に言わない。
 だからこそ、なのだろう。
 口当たりのいいことを適当に言ってあしらってしまえば、鍵谷自身も、織江という女もいっそ楽だっただろうに。

「……愛情って何だろうな」

 バーカ、そんな形而上学的なことが人間の心を持たないと形容されるようなこの僕にわかるわけねーだろ。

 そんな風に茶化すことができない程度には、僕の狭量な心の中にも、確かに優しさとか、思いやりとか、そういう言葉で表現される何かがあるらしい。

「……鍵谷は幸せって朝のようなものだと思う? それとも星のようなものだと思う?」

「詩的過ぎて全然わからん。俺は国語は苦手なんだ」

「例えば、朝っていうのは待ってれば必ず来るものだよ。いつ来るのかは季節によって違うけど、みんな必ずどれほどの夜だって必ず朝になることを知ってる。朝を迎えるのに、いけにえを捧げる必要はないし、お祈りだっていらない。ただ待っていれば、必ず朝は来る。でも、星っていうのは、姿を見ることはできても、そこに行くためには恐るべき労力がいる。ガリレオが木星を望遠鏡で観測してからもうこんなに経つっていうのに、僕らは木星旅行の目途さえ立っていない。実際に行くとなればたくさんの犠牲と膨大な労力が必要だろうしね。でもとりあえず行こうと思わないことには、人類がいつまでたっても地球にとどまってグダグダしているのは確かなんだ。幸せってのはどういうものだと思う? ただ待っているだけでふっと訪れるものが幸せ? 目指すことと進むことでしかたどり着きえない場所が幸せ?」

 そんなの両方だろ、と鍵谷は答えた。

 この野郎400文字近いセリフに対してたったの8文字とかふざけてんのか。

「朝のように訪れる幸せもあれば、苦労してたどり着ける幸せだってある。織江はその言い方なら朝のように現れたんだ。俺も織江も出会うことを確信してたわけじゃないけど。でも織江に会おうと思って出会ったわけじゃない。気づいたら、朝になってたんだ」

「そして気づいたら、日暮れ時になっていた?」

 僕が言うと、鍵谷は面倒くさそうに頭を掻いた。
 普段から世界を振幅で測りながらグラフに描いていくバリバリの理系の鍵谷にはないセンスのやり取りだろう。

「俺の何が悪かったんだ? 言ってくれれば俺は直すぞ?」

「たぶんね、なんかが不満ってことじゃないと思うね。ただ、わからせたかったんじゃないかな」

「何を」

「織江さんが、鍵谷の隣にいるの、朝のようなことじゃないんだって。お互い求めて出会ったわけじゃなくても、それは偶然でもなければ、当然でもないんだよ。少なくとも織江さんはそう感じたんじゃないかな。でも、鍵谷はそれを当たり前のことのように感じてる。その温度差を感じて、自分が確かにそこにいるってことを、鍵谷に探して欲しかったんじゃないかな」

 そういうと、鍵谷はむすっとした様子で、顎に手を当てた。

「でも、それって俺が家の鍵なくしたから、探しに来ただけって思われるんだろ?」

「人は夜になったら家に帰って電気をつけるものだよ」

「どういう意味?」

「幸せが明かりなら、それを照らすためには確かに家の鍵が必要で、そのために扉を開けなくちゃいけないってこと。もちろん扉が開くから鍵が必要なんじゃない。その扉は鍵谷と織江さん、二人が揃わないと開けることができない扉なんだよ。その扉の向こうにそれぞれの幸せな家は、確かにある」

 僕がそう言うと、鍵谷はなんだか納得したような面持ちになった。

「それで、俺は何をすりゃいいんだ」

「そりゃまあ……18指定に相当する行為で、僕の口からは言いにくいんだけど……」

「わかったわかった。要するに日ごろの接し方だな。確かに最近おざなりだったかもな。なんかいてくれるのが当たり前みたいに考えすぎだったのかもな。そんなこと全然ないのにな」

 幾分晴れやかな顔になって、鍵谷は教室のドアを開けた。

「今日はどうする?」

 僕は聞いた。

「早く帰ってケーキ買って料理作って、織江おもてなし。結局それくらいしかねえだろ」

「僕も行っちゃダメかな?」

「お前、そういうの馬に蹴られて死ぬって言うんだぞ」

「うん、でも、少なくとも今夜一晩、この寒さをしのげる場所が必要なんだ」

「は?」

「家の鍵を、なくしちゃったみたい」

「はぁあ? 知るかよバーカ。どこでなくしたんだよ全く!」

「冒頭で鍵谷とぶつかったところでだよ!」

「冒頭ってなんだよ! とにかく学食だな! てめー次の授業入ってねえだろうな! 見つからなきゃお前凍死だぞ!」

 鍵谷は僕の襟首を掴んで学食まで引っ張っていく。
 鍵谷も一緒に探してくれる必要なんて全然ないのに。
 誰かのなくしものを、まるで関係ないのにこの人は探すのを手伝ってくれる。
 そういうことで埋まって開かれる扉が、確かにこの胸にぽっかり空いているのだ。

 家の鍵と、それを探すことで確かに見いだせる何かしらの思い。
 必要性とか、意味があるとかそういうことではない気持ち。

 結局一時間探し回っても鍵は見つからなかった。

「これで最初からポケットに入ってましたとか言ったら傑作だな」

「やだなー、そんなわけないじゃないですかー……」

 思わずズボンの右ポケットに手を突っ込んで、その指先に触れる感触に、僕の声はしりすぼみになる。

「そ、そんなわけないじゃないですか……やだなぁ、もう、勘弁してくださいよ……はは」

 あるいはそういうものを求めて、僕たちは出会ったり別れたりするのだろう。
 鍵谷の大きな声が元気よく人もまばらになった学食に響き渡った。

1年前 No.0
関連リンク: 魔法使い 
ページ: 1

 
 

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_WcJ

イイハナシダナー(AA略
先日職場で鍵を握りしめたまま鍵を探すと言う珍事件をやらかした俺氏であります。無事トラウマ爆死です(笑)

>>この野郎400文字近い〜

のくだりで「メタだなぁw」と、ちょいちょいメタい発言にふふふと笑ってしまいました。

面白かったです!!!!

11ヶ月前 No.1

ゴン @gorurugonn ★ANOBAXQECN_c1Z

激流朱雀様
メタネタはなるべく使うべきじゃないと考えていた時期が私にもありました。
実際それで笑いを誘うのはちょっと反則ですよね。これからも控えめにしていきたいと思います。
あの話ですけど、メタネタが使えるのは一人称の特権かもしれませんね。
三人称神視点のメタネタとか逆に神様の格が落ちちゃうかもしれないような。
むしろ一回の人物に過ぎない僕とか私がメタ的認知をしているという部分に面白味が出てくるわけで。
そんな感じですはい。
久しぶりのSSですが、これからも頑張ります。
ではまたどこか別の作品で。

いいねくれた方
ありがとうございます。
立てられた親指の母指紋のぬくもりを頼りにこの寒く乾いた季節を乗り切ります。
ハレルヤ!

11ヶ月前 No.2
ページ: 1

 
 
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