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あたし、キレイ!

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★ANOBAXQECN_jmr

 お察しの通り、口裂け女です。
 八月だというのに連日の雨、温度計も針が飛ぶほどの暑さを期待しているのに、まるで予想を下回るこの冷夏。
 お化け業界は人間産業よりよほど深刻で、寒い夏には怖がって体のほてりを除きたい、という需要そのものがなくなってしまうから、私たちのような妖怪は閑古鳥さえ鳴かないというありさまだ。

 だから今日こそは、とあたしは意気込んでいるわけである。
 温度が低いせいか、それとも口裂け女という妖怪そのもののブームがもはや下火で、人々に認知されなくなってきたせいなのか、脅かしても、反応が全くドライなのだ。
 やはり暑さで気も遠くなるような状態にないと、人間の方も妙に冷静で、恐怖で塗りつぶされた反応をしてくれない。
 昨日なんて大学生くらいの男二人組にいつものように話しかけたら、え、大丈夫ですか、とか、病院行きましょう、と言われてあわやホテルに連れ込まれるところだった。
 これでは化かされているのがどちらなのか分かったものではない。

 今日はこの八月には珍しく、日中の気温は35度を超えた。
 逢魔が時の午後六時。街の気温はいまだ30度を下回らない。
 人通りのまばらなこの七分辻という七差路を行く人は、どこか疲れたように口を半開きにして、うんざりしただらしのない歩き方をしている。
 よし、人々は、いい具合に疲れている。今日なのだ。

 あたしは一人の男に目を付けた。
 見たところ顔にはしわがある程度の中年で、それなのに、髪の毛はストレートのボブ。青いスーツを着て、せわしなくつかつかと歩いている。
 きっと業界人だ。そういう人間が驚いたときの間抜けさと言ったら格別なものがある。
 よし、あの男にしよう。
 あたしは足音を忍ばせて男の背後に立つ。

「あの……」

「なぁに」

 男はコンパスで円を描くようにくるりと振り返った。
 色付きのグラスの下で、あたしを品定めをするような目つきで一度、上から下まで見る。
 なんだこいつ、気持ち悪い。

「あ、あたし、キレイ?」

「ん、ん〜、よくないね! 言わせてもらうけど!」

 この野郎、ポマード三回言ってももう許してやらねえからな。

「これでも……」

 マスクを取ろうとしたあたしの手を男は掴む。
 まさかこいつ、妖怪退治? まずい!

「ダメダメダメダメ、ダメダ〜メ! 身長は十分! 足の長さ、ボディラインもしつこくなくていいし、何よりそのきれいな長い黒髪、あなたのミステリアスな雰囲気にすごく似合ってるから、それはいいと思うの。赤いハイヒールもアクセントとしてはすてきだと思うの、でもダメよ! なってないわね!」

 そういって男はあたしの髪の毛をするりと撫でて、それから後ろに回って両肩に手を載せる。

「姿勢が悪いのよ、し・せ・い! 前を向いて、あの電柱の方を見て! ちょっと上の方にメガネ屋の看板があるでしょう、あれを見るの。視線を上げて! そう。それで肩を落とさない。頭の上から神様が糸であなたを支えているイメージで、すっと骨盤の上に頭を置くの。そうよ、目線を下げない! そう、それで歩く! ほら、右足出して!」

 男に言われるがままあたしは手取り足取りされながら、キレイに立ち上がって、妖怪にあるまじきピンとした姿勢で、一歩前に出る。

「そう、そうよ。歩いていることを意識しないで。幽霊みたいに浮かんでいると思って、すっと前に出るの」

 歩いていると男はすっとあたしの少し前に出て呼びかける。

「そのまま進んで、そう、そこで立ち止まる! それで、さっきの言葉をもう一回言ってちょうだい!」

「あ、あたし、キレイ?」

「ちがうちがうちがうちが〜う、いい、あたし、キレイ? なんて聞いちゃだめよ。絶対ダメ! そこに疑問が入り込む余地、ある? ないでしょ! だったらあなたの口から出てくる言葉が人に聞く問いかけの形であるはずがないの! わかる? あなたが言うべき言葉」

「あ、あたし、キレイ……」

「自信を持つのよ! 根拠を必要としないくらい自明のこととしてそれは存在するんだから!」

「あたし、キレイ!」

 大きな声で、あたしが言うと、男はがっしりとあたしを抱きしめた。
 触れ合いそうな耳の後ろから、かすかにラベンダーの香りがした。

「キレイよ、すごく。あなた、すごくきれい」

 あたしは思わずその言葉で成仏しそうになって、慌てて心の中で罰当たりな言葉を繰り返した。

「自分に自信をもって。もっと日の当たるところで前を向いて歩きなさい。これ、私の名刺ね。会いたくなったらいつでも電話して。それじゃあね」

 男はそう言ってあたしに名刺を渡すと、またコンパスのようにくるりと向きを変えて、さっさと歩きだす。
 なんか、悪くない気持ちだった。
 それからしばらくして、男の姿も見えなくなった日暮れの七分辻に、中学生くらいの三人組の少年が通りがかった。

 あたしは男に言われたことを意識しながら、姿勢よく歩き、声をかける。

「あたし、キレイ!」

「うわぁ! 口裂け女だ!」
「やべえ、逃げろ!」
「ポマードポマードポマード! べっこう飴!」

 少年たちが腰を抜かして野太い叫び声をあげながら逃げていく。

 ……。

「な、何よ! 声かけただけじゃない! そ、それを、化け物みたいに!」

 その日の丑三つ時、七分辻でやっている妖怪おでん屋台であたしは先輩のメリーさんと飲んだくれて愚痴を吐いた。

「あんた、化け物なのに、何を悲しんでんだか……」

 のっぺらぼうの大将は何も言わずにおでんの卵をおまけしてくれた。
 まったく本当にやってられない八月である。

 次の日、相も変わらずあたしは道行く通りすがりに声をかけた。

「あたし、キレイ!」

「俺、キモイ!」

 見るからにオタクな不健康な小太りの青年が間髪を入れずにそう答えた。
 あたしたちはその日、すっかり意気投合して妖怪おでん屋で朝まで飲み明かした。

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激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★nbkWjzid98_h7d

終盤まで飲んでたセブンイレブンのビターショット珈琲がまんできてたのに、
「あたし、キレイ!」「俺、キモイ!」で吹きこぼしました。
「あたし、キレイ!」「俺、ワロタ!」現場からは以上です(熱盛)

面白かったです!

2ヶ月前 No.1

ゴン @gorurugonn ★ANOBAXQECN_jmr

激流朱雀様

アツモリィッ!

失礼いたしました。敦盛を踊ってしまいました。
笑っていただけたら幸いです。
イラスト書いたり短歌作ったりいろいろしてたけど、結局のところ電波を受信し続けることが一番楽しいです。
これでこの夏は成仏できそうです。南無阿弥!
この度はお読みいただきありがとうございます。
それではまたどこか別の小説で。

2ヶ月前 No.2
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