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サボテンの花――あるいは復讐の種火

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★ANOBAXQECN_Vx8

――例えば、今。

 あなたは、私の手に刃が握られているにもかかわらず、居間のテレビを大音量で鳴らして、いびきをかいている。
 こうして私が鋭利な刃物をあなたの頭の上で振りかざしているにもかかわらず、それに気づかない。

 私はそれを隠して、机の上にリモコンに手を伸ばし、それでテレビを消す。
 途端に低くて太い声が、おい、と喚く。

「消すなっつってんだろーが。学習しねぇやつだな」

 その言葉もこれで何度目だ。
 私が数えた限りでは39回目だ。
 狂気とはすなわち、同じことを繰り返し行い、違う結果を期待すること。
 あなたの39回目の狂気に対し、私は39回目の沈黙をもって答える。
 私を見ないあなたの瞳は、すぐに夢の世界へといざなわれ、あなたはまた大きないびきをかき始めた。

 やろうと思えば、機会はいくらでもあった。
 あなたを手にかけた後、私が罪に問われないシナリオも、そのためのトリックも、この1年半の生活で飽きるほどできた。
 もはやあなたの命はあなたの手中にない。
 そしてあなたはそのことに気づかない。
 私はあなたに何をされても仏のような寛大な心持でいられる。何せあなたはそこが私の掌だと知らずに小便を引っかけ、落書きをするただの猿なのだから。

 最初は自分が間違っているのだと思っていた。
 親に捨てられるような惨めな私を拾って匿ってくれたこの男が救世主で、私はやはり親に捨てられるべくして捨てられた価値のない存在なのだと。
 この男が役立たずとかごく潰しと言うように、自分には生きる価値がなくて、唯一価値を見出してくれるこの男を頼りに、私は生きていくしかないのだと。

 それが誤りであり、同時に真理だと気づいたのは、サボテンのとげが刺さったからだった。
 あの人が私と出会う前からあの人の部屋に置いてあったサボテン。
 武骨で、トゲだらけで、愛想もなく、水も乾いたときにあげればいい多肉植物。
 あの人は土方仕事の水分補給に常に携えているペットボトルの飲み残しの麦茶をくれてやるだけでいいからと、そのサボテンは彼の育てるものとしては破格に長生きしていた。

 ある日、そのサボテンに、花が咲いていた。
 きれいな花だった。緑のずんぐりとした半球状の丘に、太陽がくっついているみたいな、あまりにも唐突に開いている黄色い大きな花弁。
 思わず手に触れようとして、その指にとげが刺さった。
 痛い、と声に出した私に、あなたが声をかけたのだ、どうした、と。

 そして私の指の丘に、あまりにも唐突に膨らんでいる血のしずくを見て、あなたはそれをタオルで拭い、血が止まるまで、握っていてくれた。

 嬉しかった。でも、同時にそれを叱っているサボテンに気づいた。
 そうやってたまに与えられる奇跡みたいな甘い水の味を喜んで、こんなごみ溜めのような場所に根を下ろしていてはダメだ、と。
 根を断ち切り、歩けと言っている。サボテンは、この男のもとで花開く女になるな、と言っていたのだ。

 私はその日のうちにサボテンをベランダの窓から捨てた。
 あなたは私を責めなかった。だからあなたも、そこから行われる一切について、私に許可を与えたということだ。
 私はあなたから与えられる雑言に耐え、あなたに生存のすべてを委ねながら、時に叩かれ、あなたと共に生きることを選んだ。
 あなたにとって、最も取り返しのつかない絶望を与えながら、あなたの命を絶つその方法を考えながら。

 あなたに復讐してやろうと思い立てば、私の愚鈍な脳は火が付いたように回転しだした。
 一日そのことが頭に飽和して、自分が出来損ないの役立たずだとか、死にたいとか、思わずに済んだ。
 その時私は、人類史上において復讐が根絶されない理由を知った。

 考えてみれば簡単で当たり前のことだった。
 人は復讐を思い、実行している限り、そのことを目的に自分が生きることを絶対的に正当化できるのだ。
 復讐は自己の生存を何よりも強く肯定する。
 呪いなんて存在しない世界において、それはほかのありとあらゆる偽善に満ちた生存理由に先立って、今、私が生きていなければならないことを、強力に保証した。

 あなたをどうしてやろうか、そう思い続けることで、心の中にある種火を、決して燃え立たせることなく、ただし潰えることもないように、静かに燻ぶらせ、私はその煙を飲み、今日も生きている。

 だからあなたに今日も口づけする。
 愛してる、と呟きながら、体を寄せる。
 あなたを生かし続けることで、私は私の生存を永久に肯定することができる。

――大好きよ、あなた。

 私の中でサボテンが育っていく。あなたへの殺意で満ち満ちたトゲだらけの体を伸ばし、一番大きな花が咲く日のために、乾きに堪えている。



「本当に懐いてるわね、その猫」

「こいつ、俺のことを餌くれる奴隷だと思ってるんだぜ? 猫がこうやって人間の上に乗ってくるのは自分の方が立場が上なんだって主張するためなんだってさ」

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激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★Android=LVK4CRmrvT

おもしろかったです!
ぬこちゃんこわい。

4ヶ月前 No.1
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