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僕と海→特別

 ( SS投稿城 )
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激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★xUk9TgrSTY_cYm


僕と海→特別


 ばしゃん。

 海水に叩きつけられる音。自分の体が徐々に沈んでいく感覚に、吐く息の球が水面に浮かぶ。ピンボケの視界に映った景色。水気を含んで重たくなっていくセーラー服。月明かりだけの海の中は、暗く少しだけ苦しみを溶かした色だった。

 僕、品川千沙は海に漂う。

 時期に息も苦しくなって、肺はミネラルたっぷりの母なる海へと還元される。海水を飲みこんでしまった時点で僕自身の塩分濃度は急速に高まる。はじめこそ水の中で咽るが、次第と苦しいのもどこかへ流れたようだ。生物の原点は海と理科で習ったような気がする。ぼんやりと鈍る思考。記憶も安定してないところからしても、きっと海とどうかし始めている前兆だろう。

「なんて、ね」

 ぼこぼこと水の中で音が響く。くぐもった音は声帯が液体に浸かったまま出した僕の声。
 だんだん手足がとろけて感覚が無くなる。自身の体が砂のようにさらさらと霧散してしまいそうだった。もっと早くに気が付いていればな、と半ば思考も溶けかけた状態で思った。思っただけで、言葉にはしなかった。言葉にしたら否定でも肯定でも、曖昧でもない酷い言葉が零れる。そんな言葉を言ってしまうより生きることに使った二酸化炭素と使い切れなかった酸素、僕には必要のない窒素とその他小量の気体を泡にする方が気分的に楽だ。
 性別なんて昔は気にならなかった。だからといって今になって自分の性別について考えるなんておかしいと思う。多分、気が付きたくなかったんだ。自分の心の奥底をえぐり出すような、頭の中を混ぜ合わせるような事はしたくなかった。考えたくなかった。現実逃避に近い感じ。知りたくなかった事が沢山あった。
 逃げた結果がこれである。僕は生き物の原点となった場所に狂った感情を抱いてふわふわと浮き沈みを繰り返している。自傷気味に笑ったけど、暗い海にその笑いも溶けてしまった。
 魚も居ない、星も見えない。ただ暗いだけの塩辛い液体に浸かっている。溶解してしまいたい。このまま母なる海と言うあいまいなみんなのお母さんに抱かれて消えてしまおう。あるいは、流されて海底へ沈んで水圧で小さくまとまってしまいたい。

「馬鹿」

 水を通して聞こえた声。僕は眉間をしかめた。
 不意に右手を掴まれる。そしてそのまま沖まで引っ張られた。僕は水から上がると、酷く咳き込んだ。気管とか食道をまくしたて上げられるかのように吐きたくなった。口の中から出たのは、酸っぱい胃酸としょっぱい海水。
 ぼけた視界で砂浜に立っていたのは、クラスメイトの朝喜さんだった。クラスメイトなんて大雑把な括りじゃ括れないほど気になる存在。朝喜さんは僕を、僕として見てくれる大切な人。可愛い、美人の女子高生。僕とは真逆の女の子。

「ばかぁ、」

 朝喜さんの二度目の馬鹿は、声が震えていた。僕は目を擦ってからよく見ると朝喜さんは泣いていた。

「あさきさん」

 髪の毛と制服の先からぽたぽたと水が滴った。海水に濡れた僕自身や零れる雫は月明かりに照らされ輝きを帯びていた。それがなんだか悔しかった。歪な性格をもった不純物で汚れた僕から流れていく癖に、どうしてそんなに綺麗を演出できるのか。僕は納得がいかなかった。

「どうして、僕がここにいるって分かったの?」
「いつもここに居る事、知っていたから」

 時々強い波が、僕の足を流れる。軟らかくて、冷たくて、波が引いて一度バイバイして、また別の波を連れて戻ってくる。棒立ちの僕は月を見た。
 朝喜さんが僕の事を抱きしめた。止めて欲しい。そんなことされたら僕は朝喜さんの事を好きになってしまう。いや、好きという事に気付いてしまう。
 塩っぽい風が吹いて朝喜さんの長い髪の毛とスカートをふんわりと浮かせた。僕の髪の毛とスカートは、海水の重さでびくともしない。心は空っぽなのに、制服も体も浮かない。地上の空気はなんて重いことか。逆らえない重力磁場。肺に溜まっていた古い空気が沈殿して息苦しい。

「朝喜さん。僕は何?」

 どれでもいい。ただ答えて欲しかっただけ。
 品川千沙、女子、一六歳、高校一年生、子供、国語が苦手な人、日本人、現在、海水に濡れている人、美容師の子供、自己紹介で自分の名前を噛んで泣いたクラスメイト、朝喜さんに気に入られたいといつも窓側の日の当たる席で朝喜さんを見ている生徒、エトセトラ。きりがないから、エトセトラ。
 朝喜さんの胸に耳を当てる。ペッタンコの僕と違って、軟らかい。規則正しい鼓動が聴こえる。温かい確実性のある心音に、僕は少しだけ安心感を覚える。

「千沙ちゃんは、千沙ちゃんだよ。私の親友、品川千沙。少しだけ男の子っぽくて、でもヘアピンで前髪を止めるとすごく可愛い女の子」
「うん」
「……それが、千沙ちゃん」

 僕は返事しか出来なかった。ぽろぽろと海水に似た塩化ナトリウム水が落ちていく。さっきまでは朝喜さんが泣いていたからちっとも気が付かなかった。おかしいな、どうやらこれは僕の目からだった。

「机の書き置きを見て、心配になって来たの。千沙ちゃんがひとりで帰るなんて、書き置きだけして帰ってしまうなんて、初めてだったから。気になって千沙ちゃんの家に行こうと思ったの。そしたら海で、」

 僕は首を横に振った。

「千沙ちゃん、死んじゃうかと思った」

 朝喜さんが声を上げて泣いてしまった。僕の事を逃がさないようにきつく抱き締めて、綺麗な大粒の涙をぽろぽろと零す。溢れる涙は、僕の為に流れているの? 聞こうと思ったけど、今の僕には聞けなかった。その代わりに、一言だけ自然に出た言葉があった。

「ごめんね」

 朝喜さんを泣かすつもりはなかった。サクッとこの世界とお別れしようと思っていただけ。何となく衝動的に消えたいと思っただけだった。誰しもが一度はあるはず。それを大人になれた人たちは実行しなかっただけ。僕は実行しただけ。それだけ。

「朝喜さん。僕、いいのかな?」
「なにを?」
「生きていても、いいのかな」

 朝喜さんは不思議そうな顔をした。

「生きるんだよ。私たちは、生きるの」
「なんで? 僕は、朝喜さんの事困らせるよ? 多分、僕は朝喜さんにこの気持ちを伝えたら朝喜さんは困るし僕は居なくなりたくなるよ」

 僕は朝喜さんを押し倒した。波が朝喜さんを濡らす。徐々に海水が浸透していき、朝喜さんの服が吸い込んだ分の海水の質量を持ち始める。朝喜さんは僕の目をじぃーと見つめる。思わず僕は目をそらす。そらすと朝喜さんは少しだけ優しい声で笑った。僕は苦しくなって、泣きだした。僕もぽろぽろと涙を零す。

「大丈夫、言って?」

 それで僕は一言だけ、でもその一言が僕を殺してしまうような気がしたて、なかなか唇に乗せることができなかった。けれど朝喜さんが言っていい、僕に生きていいよと言った朝喜さんなら、もしかしたら嫌われないかもしれない。僕は乾いた唇を無理に動かした。震える唇で僕は先刻まで海に溶かした言葉を空気に震わす。

「好きです」

 もう朝喜さんが近くに、いや、生きてるだけで良かった。僕が生きる理由はそんなちっちゃい理由で良いのかな? 僕には朝喜さんに好かれる理由がない。多分気持ち悪いって言われて嫌われちゃうよ。朝喜さんが大丈夫って言ったおかげで、僕はもう少し生きようかなって気になった。そして気持ちを伝えられるような気にもなった。だけど、それはすごく辛いのだと思う。だって、今の僕はすごく辛い。今なら死ねる。

「ありがとう。でも、その好きって特別な人に言う意味?」
「え?」

 僕は言われた言葉が理解出来なかった。特別的な意味って?

「私ね、思ったの。千沙ちゃんの好きは私だけへの感情じゃないと思う」
「違うよ、だって」
「違わないの。女の子はね、好きな人ができると特別な感情を抱く。それは千沙ちゃんも私も同じ。だけど少しだけ考えてみて。千沙ちゃんが家族の気持ちと私の好きな気持ち比べてみてよ」
「僕、家族は嫌いだ」
「じゃあ私に抱いてるその感情は、普通の好きなんだよ」

 僕の朝喜さんが好きな気持ちは、特別だと思っている。いや、特別だ。断言できる。僕は特別な意味で好きなんだ。それなのに。なんで朝喜さんはそんな酷いことを言うのか僕にはわからなかった。僕は回転の弱い頭を精一杯動かして、朝喜さんの言った言葉を理解しようとした。けれど今は反芻するために胃に入れるどころか噛み砕くこともできず、ただ朝喜さんの優しく笑う唇を見ることしかできなかった。

「特別な好きってどんなの? 僕は朝喜さんの事、特別な意味で好きなんだよ」

 僕は朝喜さんに聞いた。しかし朝喜さんは答えてくれなかった。はぐらかす様な顔をして、首を横に振った。
 白波が朝喜さんの髪の毛を上下に引いたり来たりさせる。その動きと僕の鼓動はおんなじだった。僕は何故、落ち着いていられる。さっきと違う、気持ち。なに、これ。おかしい。否定されて、苦しかったのに、朝喜さんの微笑む顔を見て、どうしてこんな気持ちになるのだろう。

「千沙ちゃん聞いて。いつか本当に好きな人ができたら、分かるよ。私じゃ無くて、あの人だったんだってさ。だから、分かってあげて。認めてあげて」

 言葉の後半朝喜さんは誰を指しているの? 誰を分ってあげるの? 誰を認めるの? 僕は朝喜さんの瞳の奥の奥、水晶体というレンズを通したその先を見つめた。

「誰を?」
「千沙ちゃん、自分自身だよ」

 知りたくなかった。自分の事なんて分かりたくないし認めたくもないし、自分の事なんて朝喜さんはどうしてそんなことを言うのだろう。

「千沙ちゃん。自分を認めてあげてね」

 僕は押し黙ってしまった。すぐには自分の事を好きそうになれない。でも、朝喜さんが僕の事を認めてくれるただ少ない人ならば、朝喜さんが好きな僕ならば、少しくらい自分を好きになれる気がした。
 僕は顔を朝喜さんに近づけた。僕と額と朝喜さんの額が重なる。それで僕は「分かった」と短く言った。朝喜さんは両手で僕に濡れた髪の毛に触れてそれからうなじに下げた。柔らかで温かい手は僕の背で止まった。

 朝喜さんは僕にキスをした。

 初めてのキスは、海の味がした。しょっぱくて、でも優しくて、苦しくて、泣きそうで、笑いそうで、苦しい。そんな初恋じみた感情が温かい皮膚を通って僕にさらさらと流れて来る。
 朝喜さんは静かに笑ってでも苦しそうに「ごめんね」って言った。僕は首をかしげた。

「親友って言ったの、嘘なんだ。本当は千沙ちゃんが特別」

 特別の漢字二文字が、僕の脳内に響く。そして、あぁそうなんだって納得してしまった。僕の特別は朝喜さんじゃないけど、朝喜さんの特別は僕だと知る。
 なんだか、報われない恋をしてしまっていた。思考が廻り始めた頃には、朝喜さんは優しく僕の事を抱きしめている。

「この海と千沙ちゃんは、私の特別なのよ」

 耳に母にも似た優しい声が、波の音とともに聞こえた。その声と腕に体をゆだねる。そしていつまでもそうしていたいと心の奥底で呟く。僕はそのまま月明かりの世界に別れを告げて瞼を閉じた。朝喜さんの温かい体温だけをいつまでも感じていたかったからだ。
 酷い事をしているのは朝喜さんじゃなくて僕のほうなんだね。ごめんなさい、ほんとうに。朝喜さんに母なる海を重ねていた。家族的な好きと、特別は違う事を認識する。これも気が付きたくなかった事柄。
 謝る言葉も出ないまま、波音だけが鼓膜を揺らす。こんな僕を朝喜さんは特別だと思ってくれているんだって。ごめんなさい、朝喜さん。好きでした。好き、でした。


関連リンク: クロウ──青い向日葵 
ページ: 1

 
 

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★xUk9TgrSTY_cYm

*/あとがき

 ゆりゆりーゆりゆりーすこしさーむいきーせつがいいよね。
 でもでも卒業しちゃぃましょぅねぇ。

 ちなみに俺の特別はラーメンです。

 誤字脱字あったら教えてください。
 感想とか批判とか批評とかくれたら嬉しいです。

 読んでいただきありがとうございました。

6ヶ月前 No.1

光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

>激流朱雀さん

どもっす。
感想書かせていただきます。

切ない物語という感じでした。
激流さんの中できっと何か大きな別れがあったのかなぁ、とか思ったり。
時期が時期ですので、もうすぐ別れるという形かもしれませんが……。

俺はわりと思いを胸に秘めてしまうタイプです。
秘するが花、を地で行くタイプなのですがそれはわりと恋心もそうで、
好きです、というたった4文字を口にするのが非常に苦手です。
きっと隣に誰かがいることが想像ついてないのでしょうけどw

今回の主人公の千沙ちゃんもわりとそういうタイプだと思っていて、
口にするというのが苦手なのだなぁ、と。
実際、最初の方で

『思っただけで、言葉にはしなかった。言葉にしたら否定でも肯定でも、曖昧でもない酷い言葉が零れる。そんな言葉を言ってしまうより生きることに使った二酸化炭素と使い切れなかった酸素、僕には必要のない窒素とその他小量の気体を泡にする方が気分的に楽だ。』

という描写があって、何かを口にするのが苦手なのかなぁ、と思ったりしました。
それは、口にする、ということが、世界との約束、とイコールになるのだと考えているのではないかなぁ、と。
これは俺もなのですが、口にしてしまえばそれを裏切ることが出来ないという真面目な性格かなぁとか思ったりするのですが、
それでもわりと直接的な行動に移れる千沙ちゃんは意外とそうでもないのかも?ww
日常を維持するよりもそこからの脱出を願うってことはアグレッシブで真面目な感じじゃないんじゃねぇの? って書きながら思いましたw

特別って言葉も同様に口にするのが難しい言葉なのかもしれないなぁ、とも思いました。
要するに、僕は君が気になります、っていうのを宣言するわけなのだけど、
相手が「いや、キモいからやめて」とか言われた時の感情の持っていきかたがない、というのがその難しさの一つなのかも。
千沙ちゃんは百合百合しい結果になりましたが、
あそこで断られたら……っ! ってなるとなかなか口にできない言葉だと思います。
同時に、それは「自分に対して『特別だよ』って言えるかどうか」も難しいと思います。
言葉にすることは難しくて、言語化した時点で何かを落としてしまうし、世界に宣言することになる。
自分を認める言葉を言う、って結構勇気が要るよなぁとか考えます。

そう考えれば、朝喜さんの強さっていうのもなんとなく感じられたり……。

となったとこで感想書きすぎてごちゃごちゃしてきたので、ここらへんで!w

素敵な物語ありがとうございました。

6ヶ月前 No.2

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★xUk9TgrSTY_cYm

光心さん!
ご感想ありがとうございますっっっっ!感謝感涙でございますっっっ!

そうですね、おかげ様で俺にとって春は苦手な季節です。
草木は芽吹き、鳥や虫が生命の音色を奏で、人は別れて出会い、流転する万物に置いてきぼりになるのは、なんだか耐え難いッスよね!
でもでも不器用な人間過ぎて人間やめたくなってきた今日この頃、人間という漢字が人(ヒト)の間(アイダ)と書いているおかげで今日も頑張って生きてる所存でございます。←(発想が暗いわ!)

根が短気なのでどうしても言いたい事をズバッと言うがいつも言ってから後悔するのが性分で、世の中には「秘すれば花なり、みなまで言うな」なんて美徳があるにもかかわらず、一言どころか二言三言多いのがタマにきずですぇん。(白目)
変化を恐れる者に進化は無い≠ニいう自戒を込めて、でも変わるのって恐いよねっていう矛盾したごちゃごちゃしい感じの脳内に「う゛っ頭がっ!?」ってなりました。

実はこの話、かれこれたぶん3年くらい書いては消して書いては消してをしてました。
かなり前に書いた塩×砂糖が技量不足で不完全燃焼だったので、それからずっとこの題材でぐだぐだ書いていたのをやっとまとめる事ができたので、それはそれでこのネタとのお別れであったので、あながち大きな別れ≠ヘ間違いじゃなかったり。(心読まれてる、だと!さては例の闇の機関の刺客ですか!?←)
特に今のご時世、何が好きで何が嫌いかは自分自身で言いたいじゃないですか。誰にも侵されたくない領域ぐらい誰だってありますし。

自分が連ねた文字の集合体が血や肉と等しい思想形成の一部になると思うと、小説書きとしては最高に興奮しますよね!!
手元を離れた話が誰かの言葉や心の糧となり、いずれは読み手の思想資産になっていただければ幸いです。

このたびは感想コメントいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたのなら幸いです。

6ヶ月前 No.3
ページ: 1

 
 
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