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もしもし

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★DjNTU7Srs9_mwG

――家でゆっくり過ごしていた休日のある日、さあもう夜だし明日は仕事だから寝ようと思って、ふと携帯電話やスマートフォンがないことに気づくことってありますよねぇ。
 心当たりを一つずつ探していってもどうにも見つからない。しょうがないから家の固定電話、あるいは家族の他の電話を借りて自分の電話を鳴らしてみようとしたこと、ありませんか。
 大体鳴らせば、ああ、こんなところにあった、というところに電話は置いてあるものです。しかし、気をつけてください。
 この時鳴らしている携帯電話に出てはいけません。
 見つかったらすぐに電話を切ってください。
 くれぐれも「もしもし」と答えてはいけません。
「もしもし」と言ってしまったなら――。

 明治神宮まで行った木下楓がお守りをくれたのは二月も下旬に入った頃だった。
 その木の鈴をあしらって作られたお守りは、こだまというらしく、明治神宮の杜として植えられた木々が、自然に倒れたりしたものを加工して作られた、まさしく木の霊が宿っているという代物で、数に限りがあるものが運良く手に入ったから、これは間違いなく運命だと思って、是も非もなく買ったらしい。

「ああ、気にしなくていいのに。それにどうせなら食べ物の方がよかった」

 私がそう言うと楓はむー、とふくれっ面を作る。
 私はその顎を手でつかんで膨れたほっぺたを力ですぼませる。

「もう! 由ゆかりちゃんのこと心配してお参りしてきたのに!」

「わかってる。ありがとう」

 その日は楓のお土産話を部屋で聞いて、少しお酒を飲んで、それでも十二時を回る前にお開きにした。
 もうじきに私たちは卒業する。楓は東京の企業に内定が決まっているから、就職してしまえばもうこんなふうに気軽に飲むことはできなくなるだろう。
 少なくともお酒を飲んだところで、帰る場所が近くにあるから問題ない、なんて調子ではいられないはずだ。

「それじゃあ、由ちゃん、何かあったらすぐに電話してね。それからドアは鍵かけてチェーンも掛けること。誰か来ても絶対開けちゃダメだよ」

 楓はまるで留守番を言いつける母親のように私の両手を握って忠告する。
 一見リスかハムスターでも思わせるような150センチにようやく届く小柄で華奢な楓が、この夜の中を帰ることのほうがよっぽど危険に思えるのに。

「気をつけるのはあんたもでしょ」

「え、握力84キロの私が?」

 途端に握り締めていたか細い両手に青筋を浮かばせてぎりぎりと私の手を締め付けた。

「痛い痛い! わかったわかった、余計な心配でした! もう!」

 楓はこんな見た目でも大学で女子レスリング部に所属して、小さな大会では表彰台にも昇る格闘女子だ。
 その腕は片手でりんごを握りつぶす。朝ごはんにそうやって潰したりんごとヨーグルトとシリアルを食べて、朝食女子、と写メを送ってきたこともあったのだが、正直なところ、ドン引きだった。

 そんなやりとりも名残惜しみながら別れて、私は楓がいなくなったら即座に鍵を閉めて、チェーンを掛けて、それからカーテンの隙間からちらりと外を眺めて、誰もいないのを見て安心する。

――証拠はとっておいたほうがいいよ。裁判で有利に持っていけるから。

 楓がそう言ったし、相談した弁護士も同じことを言ったから、私はいらないお菓子の巻に、死ぬほど読みたくないその手紙をとっておいている。
 本当は灰さえ残らないほどに焼き尽くしてしまいたい、身の毛もよだつような手紙。
 差出人の江口孝宏は、半年前に別れた恋人だった。

 その時、突然ドアがドンドン、と激しく叩かれた。
 私は心臓を握りつぶされるような激しい動悸に見舞われて、息ができなくなる。
 しばらくすると、ドアを叩く音がやんで、鍵のところをガチャガチャといじりまわす音が響いた。
 私は恐ろしくてそちらに目をやることもできない。
 ただ心で大丈夫、大丈夫と念仏のように唱えながら、毛布をかぶって、片手にはさっき楓にもらった木鈴を固く握り締めていた。

 カラカラと鈴の鳴る音にようやく我に帰った。
 どれくらい時間が経ったのだろう。
 気が付くと、ドアの前の気配は跡形もなく消えて、何の音もしなくなっていた。
 ただ、郵便受けに、真っ赤な封筒に入った手紙が一通入れてあるのが見えた。
 私はそれを開けもせず、読みもせず、ただ缶の中に放り込んで、そして蓋をして、見えないようにダンボールに入れて部屋の片隅に置く。

 別れてもう、半年も経つのに。
 私はあの男から解放されることができないでいる。
 もう三回引越しをした。金銭的な面からこれ以上住処を変えることはできそうになかった。
 その隠れ家でさえ、既に暴かれているのだから、江口から逃れるためには本格的に大学を辞めることを考えなければならないだろう。
 就職活動がうまくいかない理由もそこにあった。

 一言で言えば、私はストーカー被害にあっている。
 江口は大学で知り合ったサークルの先輩で、一年半付き合ったけど、江口が二股をかけていたことを知って、別れを切り出した。
 粘着が始まったのはそれからだった。

 別れようと私が切り出すと、江口は余裕の風体で笑いながらそうだね、と言っていた。
 しかし、その後、江口は二股をかけていた女というのが美人局だと判明し、風体の悪い男に暴行を受け、有り金を巻き上げられるという惨事に見舞われた。
 さらに江口の不幸は続く。勤めていた会社が脱税していたことが判明し、倒産。さらに親が死んで、無一文になり、奨学金の返済の目処が立たなくなったのだ。

 最初は僕が間違っていた、君こそが本当の幸福の天使だったんだ、というような歯の浮くようなよりを戻したいという手紙が送られてくるだけだった。
 私は裏切り者である江口を許す気はなかった。不幸は彼の責任によるものではない事件が大きいけれど、だからって平然と浮気していた男をもう一度受け入れてやる義理はない。
 そんな奴の面倒を見るために何故わざわざ人生を費やさなければならないのか。

 そう思って無視を決め込んでいたら、その行為は次第に常軌を逸したものになった。
 もともと手紙は郵送されたものではなく、江口の手によって届けられたものだった。
 切手もなく、印鑑も押されていない時点で気付くべきだったのだ。
 あの男が、私の家の、そのドアの前にまでやってきて、何度も何度も手紙を入れては去っていくという、その行為の意味するところを。

 今はもう、もっぱら殺害予告じみた内容になっていて、中に刃物が入っていることを、私は警察に届け出た時に知った。
 引っ越しても、江口は必ず訪れる。
 地元で就職する夢は絶たれた。大学で就活すれば、知人関係から情報が回ってしまう。
 一度卒業して、この人間関係をクリアにして、全然知らない場所で新しい人生をやり直さなければならない。

 もうあと少しなのだ。卒業してしまえば、私は解放される。
――だからこそ、江口はそうさせないために、近いうちに早まった行動に出る恐れも高かった。

――今日はもう寝よう。震えて暮らしたところで、今日明日に事態が変わるわけでもない。

 一応警察に見回りは依頼している。
 個人セキュリティの契約もした。
 窓が割られるようなことがあれば、すぐにでも駆けつけてもらえることになっている。
 ただ、アパートの管理人の人にはこの話はしていない。
 そんな人間に家を貸してくれる賃貸なんてあるわけないし、配慮して欲しいなんてお願いできるはずもない。

 私は寝巻きに着替えて、眠剤と安定剤を飲む。付きまといがあってから、これがないと寝られない体になってしまった。
 そこでふと、気づいた。スマホがない。
 コートのポケットの中にも、机の上にも。
 洗面台にも、冷蔵庫の上にもない。

 こういうことは珍しいことじゃないので、私は面倒だったがパソコンでスカイプを起動して、私のスマホのアカウントにチャットを送る。
 しばらくすると、呑気なスカイプの着信音が洗濯機の中から聞こえた。
 危ないところだった。スマホを服のポケットに入れたまま着替えをして、そのまま洗濯機に入れてしまっていたのだ。
 水を入れる前に気づいて助かった。

 スマホは私からメッセージが来ているとどこか矛盾しているようなことを告げている。
 なんとなく遊び心で、私はその画面をタップして、通話に出る。

「もしもし?」

 返事が来ようはずもない。

『由? 繋がったんだな』

 聞こえた声に、画面に映る顔に、私は文字通り息を飲んだ。
 手がこわばってズルリとスマホが床に落ちた。
 震えが止まらない、歯の根が合わない。
 私は自分のパソコンの前を見る。もちろん誰もいるわけがない。
 それなのに、何故。

――なんでスマホに映る、私のパソコンの前に、江口が座ってこっちを見ているのだ。

 ニタリとその口が弧を描く。
 白く光る犬歯を見て、私は気を失いそうになる。
 その時、カラカラ、と鈴の音がなったと思ったら、突然画面が暗転した。

『気をつけろ』

 聞いたことのない声がして、コンタクトが切れる。
 その日、自分がそのあとどうしたか、私の記憶は楓の電話を寝ぼけたまま受けて、起こされる昼まで、途切れている。

 事情を知っている楓は、私が大学に来ていないことと連絡が付かないことから、即座に最悪の事態を連想し、授業を抜け出して私のスマホを鳴らしっぱなしにしながら、私の家に向かっているところだった。
 電話に出ると楓は泣きそうな声でよかったぁ、と言い、私の家までやってきてドアを開けて私の無事な姿を見ると、泣きながら抱きついてきた。

「どうしたの、何があったの?」

「何でもない。ちょっと寝すぎただけ」

「嘘だよ。由ちゃんの布団、敷かれてないじゃない」

 楓は私の拙い嘘を即座に見抜いた。

「あんたが来るって言うから畳んだんだよ」

「嘘ばっかり。だったら服はどうしてパジャマなの?」

 私は返事をすることができなかった。

「何があったの?」

「何も――」

 何も起こっていない。あいつは手紙を届けに来ただけだ。
 そのあとに起こったことなんて、ただの幻覚だ。そう、きっとアルコールを摂取したあとに安定剤を飲んだから、おかしな夢を見たのだ。

 そうだ、そうに違いない。
 私はその結論を導けたことに、何よりも自分自身が安堵した。
 そうだ、幻覚だ。他にありえないじゃないか。
 自分がかけた電話に出たら、あの男に繋がっただなんて、そんなオカルトがあるわけがない。

「――平気だよ。学校に行こう。着替えるから、ちょっと待ってて」

 私は楓を部屋に上げて、風呂場で簡単に着替えてメイクをした。
 着替えが終わると、楓が私のスマホにお守りをストラップのように結びつけていた。

「これは本当に霊力の強いお守りだから、きっと由ちゃんを守ってくれるよ」

「ありがとう、でも、本当に何でもないから」

 その日は、その後、ごく当たり前のように卒論発表会の準備をして、最後の授業になっているものは、それなりのレクリエーションがあったり、はたまた修了の試験とは別のミニテストがあったり、私の大学生活は、着実に終わりに向かっているんだと、そう考えられる程度には平穏な一日だった。

 夜が来た。その日、手紙を持ってくる来訪者はいつまでたっても現れなかった。
 日付が変わる頃、代わりにスマホがなった。
 スカイプのコンタクト。差出人は私になっている。
 私のパソコンから、メッセージを受け取っている。でも私はパソコンを起動させてさえいない。

 きっと、出ればあいつがいる。
 それでも私は、奥歯を噛み締め、通話に出る。

『――あと一日』

 それだけだった。すぐに通話は切れた。
 時間にして一秒にも満たないだろうに。
 私は上着のセーターまで湿るほどに、大量の汗をかいていた。
 気持ち悪いが、お風呂に入るのもなんだか怖くてできないままに、その日は眠りに就いた。

 次の日の明朝、私は全く予想していない来訪を受けた。

関連リンク: プロフェッショナル 
ページ: 1

 
 

ゴン @gorurugonn ★DjNTU7Srs9_mwG

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9ヶ月前 No.1

KUROWA @imaichi ★AldJPyitoc_rvy

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9ヶ月前 No.2
ページ: 1

 
 
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