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すごーい! 君は雰囲気が読めないフレンズなんだね!

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★DjNTU7Srs9_mwG

「ふいんき」

「ちがーう! 違う違う違う! いい、ふいんき、じゃないの、ふ・ん・い・き! ふんいき! 二度と間違えないで! 私の名前は霧ヶ峰雰囲気(きりがみねふんいき)!」

 母は、雰囲気でアリアと読ませたかったらしい。
 アリアはオペラの独唱(ソロ)のことで、いわゆる見せ場に高らかに歌い上げられる美しい旋律の曲目のことだ。
 英語ではairと書き、もともとの語としても『空気』の意味を併せ持つ。
 それに漢字を当てようとして空気≒雰囲気となり、アリアと音の数も合う三文字の漢字ということで、この字が当てられたのだが、その説明を一旦は了承した父は、役署に届け出る段階でそのことをすっぽりと失念。
 持たされていたメモにはただ漢字で雰囲気と書いてあり、そのまま読み方もふんいきと書いて届け出てしまったのである。

 かくして霧ヶ峰アリア、もとい私、霧ヶ峰雰囲気は、こうして今日も名前を正しく読んでくれない坂上道真(さかのうえみちざね)に現代国語上の難問を解くのである。

「おーい、たむらまろー! ふいんきー! 梯子持ってきてくれー!」

 今にも潰れそうな飼育小屋のうさぎとチャボとヤギを避難させて、その屋根に上り雪を下ろしていた飼育委員長の小平霜助がまるでロシア帽子をすっぽりとかぶっておめかしでもしているような可愛い外観へと変貌したボロ小屋の上から叫ぶ。

「たむらまろじゃねえ、道真だ!」

「ふいんきじゃない! ふんいきだって言ってるでしょ!」

 私と道真はその霜助に声を重ねて突っ込む。
 道真は道真でその苗字からほとんどの生徒にたむらまろの愛称で呼ばれている。
 古来文武両道の二神として祀られていた文を司る神、菅原道真と、武を司る神坂上田村麻呂。道真の両親は坂上(さかのうえ)という苗字が坂上田村麻呂と重なるので、下の名前は道真にしよう、さぞかし利発で強い子に育つだろうという願いを込めてつけたのだが、結果が雰囲気さえろくに読めないたむらまろの出来上がりだ。

「どっちでもいいからはしご持ってきてくれよー! 俺降りらんねーじゃねーか!」

「雪がこんなに降ったんだからこの上霜なんて降りなくて上等だろこの野郎!」

 道真が雪玉を作って飼育小屋の上の霜助に向かって投げつける。
 一メートルを超える大雪に見舞われた学校を掘り起こすべく、私たち物部中学校の生徒は休校にも関わらず登校し、雪かきに追われていた。
 物部中学校はこの村にたった一つしかない生徒数僅かに二十数人という超過疎中学校である。
 教員は五人。役場から人を要請しても到底学校の除雪に間に合わないので、こうして生徒さえ雪かきに駆り出される始末だ。
 昔はそれでも四百人を擁するそこそこの大学校だったから、無駄に敷地が広い。
 その上どんどん人がいなくなったものだから古い建物がそのまま使われていて、この2017年という古代マヤ人さえ予測できなかった未来において、未だに木造の校舎は、雨の日にさえ水が漏るという老朽化ぶりである。
 正直なところ、この雪で今学校が崩れていないのが奇跡みたいな構造体だった。

「ああ、クソ、かったりー! なんで休校なのに俺たち肉体労働に課せられてんだよ! 意味わかんねーよ!」

 お前、ついに言ってはいけない一言を口にしたな。
 他に誰にも聞いてやしないだろうと思って。
 私たちより年下の二年や一年の子達だって、一生懸命なフリして内心は毒づいているのに。
 先生たちだって憂鬱になりながら笑顔の鉄仮面を被って張り切っているフリをしているというのに。
 雰囲気がわからないのか。この言ってはいけないことを、誰もがこらえているピリピリした空気が。

「家にいたってどうせ雪かきでしょ! さっさと終わらせて帰る! ほかに何かすることあんの?」

「スキー」

「はぁ?」

 知り合って十年以上になるが、この道真がスキーを嗜むなんて寡聞にして聞いたことがない。
 スキー焼けもしていない、特に体格がいいわけでもないひょろ長いこの男があんな過酷な競技に耐えうるものだろうか。

「俺、うまいんだぜ、エアフリップとか決められるんだ」

「ゲームの話でしょ」

「ゲームの話です」

 私は道真の妄言に呆れてため息をつく。

「あのー、梯子……」

 すると道真はそんな私を見て何を思ったか、唐突に口を大きくかけて、ハァーと長く白い息を吐き出した。

「何、それ」

「シン・ゴジラごっこ。放射能! ほれ、ハー!」

 道真は調子に乗って私の顔に向かってその白い息を吐きかけてくる。
 この野郎、今日の朝ごはんカレーだったな。
 五メートル離れてもスパイシーな黄色い匂いが残ってる。

「やめなさいよ! 私まだ見てないんだからね!」

「じゃあネタバレしてやるよ! 実はゴジラの正体は――ふごっ!」

 得意げな道真の顔に雪玉がぶつかる。
 見ると屋根から霜助が血相を変えて雪玉を振りかぶっている。
 こっちは見事にスキー焼けして差詰逆パンダの如きゴーグルの跡が付いた日焼けしている。
 その浅黒い肌さえ怒りに赤らんでいるのが見て取れる。
 村営のスキー部に所属している霜助はもしかしたらオリンピックも、なんて言われる腕前だ。

「お前らやめろ、俺もまだ見てないんだからな」

 最寄りの映画館まで片道十五キロ。
 家族が車を出してくれなければバスと電車を乗り継いで行くしかない。
 往復で三千円近くかかる。中学生にとっては大出費だ。
 物部中学校の生徒でその時期に流行っている映画を映画館に見に行けるのはそう多くない。僻地の悲しさである。

「それから梯子……」

「あーつまんねー。こんな雪かいてもかいても全然減らねぇし! かいてもかいても全然減らない物ってなんだよ! 男子が大好きなあれかよ!」

「何よ、男子が大好きなあれって」

 道真の言葉に私は聞き返す。
 すると道真がにやりと卑猥な顔をした。

「あれって、あれだよ……ほら、あれ、へへへ、へぶっ!」

 いやらしく笑う道真にまたもや霜助の雪玉が当たる。

「お前らやめろ! たむらまろ、お前最低だな!」

 霜助は顔を真っ赤にして怒っている。

「何よ、なんのこと?」

「お前も空気読め! 女がそういうこと聞くんじゃない!」

 二人のやりとりに皆目見当もつかない私が追求すると、霜助は道真に向けた表情よりさらに険しい顔で私を睨みつけて叫ぶ。

「霜助、てめーさっきから何なんだよ! ははぁ、お前さてはふいんきのことが――」

「な、何言ってんのよ! バカ!」

「そそ、そんなわけある訳無いだろ!」

 私の声と霜助の声が重なったのは同時だった。
 え、何この感じ――。
 もしかして、霜助は――。

「おいおい、なんだよこの感じ、っていうか、ふいんきは俺と付き合ってるだろ?」

 道真が言う。つかの間の高揚に液体窒素を浴びせられた気分だ。
 何言ってんだこいつ。私と道真はかすってもいない間柄だ。
 むしろこんな奴を好きになるくらいなら、一生雪かきしかできない体になったほうが報われている人生と言えるほどだ。

「え! そうなのか、ふいんき!」

「間に受けてんじゃないわよ! それから私はふいんきじゃないっての!」

 なんで最近ふいんきでも雰囲気の変換できるようになったんだろう。
 ますます私の名前間違って読む人が増えていくじゃないか。
 間違いで言うなら、そもそもふんいきじゃなくてアリアのはずだったんだけど。

「たむらまろてめー、からかうんじゃねーよ! ボケ!」

「たむらまろじゃねーし。道真だし。せっかくいい雰囲気にしてやったのに、空気よめねーんだな、お前ら本当に」

『お前だお前!』

 道真に私と霜助、二人分の雪玉が食らわされる。
 自分で醸して自分で壊して、それで人のせいにして、何がしたいんだお前は。
 っていうかこの野郎、雰囲気って普通に言ってんじゃねーか。

 その後、なんやかんや言いながら、私たちは飼育小屋の屋根と、その周辺の雪片付けを終えた。
 手に豆さえ出来かかった、クタクタのヘトヘトになって、コートの下でこんな氷点下だというのに汗ばんでさえいた一時過ぎ。
 担任の五十嵐先生がやってきて、差し入れの豚汁が体育館で振舞われていると知らせてくれた。

「ああもう、お腹すいちゃった!」

「俺も腹ぺこー」

 私と道真の腹の虫が、ぐうぅと鳴き声をあげた。

「やべ、急がねえとふいんきに全部食われちまう!」

「はぁあ? こっちのセリフなんですけどぉ? どっかのバカの上のたむらまろによって食糧難が発生する恐れがあるわよ!」

「早いもん勝ちな」

「上等じゃない!」

 私は道真と競い合うように体育館に向かって駆け出した。

「あいつら……、まさか見捨てていくなんて。本当に空気読めない自分のことしか頭にない奴らだな……でも好きだー、畜生!」

 そのあと霜助は飼育小屋の屋根から雪の上を目指してなんとか無事飛び降りたらしい。
 正直、申し訳ないことをしたと思っている。

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