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キリちゃんはチョコレートを作った!

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★DjNTU7Srs9_mwG

 バレンタインなんかでウキウキしているのは精神的に未熟である証拠だ。
 父親がパティシエで、この時期に繁忙期を迎える、このへんではちょっと知られたケーキ屋の息子であるボクに、動揺はない。
 まともな良識を持っていたら、たとえ小学五年生であっても、この二月十四日に下駄箱の前でそわそわしているなんてことはありえないのである。
 だからたとえ下駄箱の中にひっそりと丁寧にしたためられた、女の子らしい便箋が入っていても、そんなのはどこ吹く風で、ボクは非常に冷静かつ、理性的にそれを読む。

「お前の、下駄箱に入ってたチョコレートは預かった……」

――意味わかんないんですけど! 何これ新手の脅迫状かよ! っていうかこんなのいかにもラブレターを思わせるような紙に書くんじゃねえ!

「返して欲しければ、今日の放課後、お前にチョコをあげた、佐伯霧ちゃんを屋上に連れて来い 伊藤望」

 キリちゃんのチョコレートかよ! ちくしょー! クラス一の美少女、誰もが憧れる高嶺の花、清楚にして寡黙、ことさら無表情で必要以上のことを決して語らない彼女は絶えずミステリアスな憂いを秘めた眼差しをしていて、そこいらのブスどもとは一線を画した特別な女の子なのだ。

 よりにもよってその彼女のチョコがボクの下駄箱に入っていたなんて。そしてそのチョコが望の野郎に奪われているだなんて。

 くそったれ、バレンタインだからってそわそわしなさすぎた。こんなことになるくらいなら休み時間のたびごとに下心丸出しで下駄箱を何度も確認しているのだった。
 でもこんなのに構っているほどボクは暇じゃないのだ。
 無視したほうがかっこいいし、こんなのに付き合うのはおこちゃまとしか言いようのない稚拙な事件だ。

「……」

 でもキリちゃんのチョコレート。
 中に手紙が入っているかもしれない。好きですとか書いてあるかも知れない。
 ボクの好意を確かめるために返事を待っているとか書いてあったらどうしよう。
 もし無視してしまったらボクはそれを確かめられない。
 そこから始まるかも知れない物語は永久に闇に閉じ込められたままになってしまう。
 望の手によって。この野郎、絶望させる男、伊藤望だな。
 しょうがないのでボクは図書館にいたキリちゃんに洗いざらい白状して屋上まで一緒に来てもらうことにした。
 キリちゃんはわかったと言うだけでそれ以上一言も喋らずにボクの後ろについてきた。
 それがいい。おしゃべりじゃないだけで、本当にもう。

 屋上に行く。本当は閉鎖されているのだけれど、何故だか扉の鍵は壊されていた。
 二月の屋上は寒いなんてものじゃない。ボクはジャンパーを着てくればよかったと思って鼻をすすって、はっと気づいて後ろのキリちゃんを見た。

「皐月、私の上着を着ろ」

 キリちゃんはそう言って有無を言わさずボクの肩に着ていた赤いコートをかけた。
 そこがいい! キリちゃんスッゲーかっこいいよ!
 断るべきだけど断れない。キリちゃんのコート、ほんのりとあったかい。

「お、俺には! キリちゃん、俺も寒い!」

 屋上で僕たちを待っていたであろう望は耳まで真っ赤にして、薄い鼻水を垂らしていた。
 間抜けなことこの上ない。いい気味だ。もっと撥を当てられろ。

「望、なぜチョコを奪った」

「キリちゃんこそ、なんで皐月にチョコなんてあげんだよ! こんな奴、もやしのひょろがりで、貧弱で、足だって遅いのに! 俺のほうがかっこいいだろ!」

 望は確かにクラスで一番背が高かったし、体格もよくて運動神経抜群だった。
 顔立ちも凛々しくてそこいらのクラスの女子はみんな望が好きだった。
 それに比べてボクは大した取り柄もない。

「そのチョコを返せ。皐月に」

 キリちゃんがそう言うと、望の目がギロリとボクを睨んだ。

「てめえ、皐月のくせに生意気だぞ! 男なら男らしく奪い返すくらいの意地を見せてみろよ! 根性なし!」

 ボクは何も言い返さない。
 力で敵わないことは明らかだったし、キリちゃんが実際チョコレートをくれたという事実が嬉しくて、それ以上に何かをする気になれなかったのだ。
 そんなぽわぽわしたボクに堪忍袋の緒が切れたのか、望はおもむろにポケットから丁寧に包装された包を取り出した。
 そしてそのラッピングされた包装紙をビリビリに破り、中に入っていたトリュフチョコを取り出して、それをガツガツと口に入れた。

 望は顔を真っ赤にして、悔し涙を浮かべつつ、キリちゃんがおそらくボクに、ボクのために手作りしてくれたチョコを貪った。

「へ、へへへ! どうだ! 皐月ぃ! お前にキリちゃんのチョコなんて、必要ねえんだよ! 俺のつばでも舐めてろ!」

 そう言って望はぺっと唾を屋上の地面に吐き捨てた。
 ボクはとなりでキリちゃんの雰囲気がゾクリと一変するのをその肌で感じた。
 おそらくは望も目に見えてその変化を悟ったはずだ。

 キリちゃんは無言で一歩前に出る。その黒い両目で望をしっかり捉えながら。
 望は自分より小さな少女に睨まれているだけなのに、動揺して一歩後ずさった。

「あ、いや、キリちゃん……だって、皐月より、俺のほうがキリちゃんが好きなんだぜ? 俺の気持ち、わかるだろ……」

 キリちゃんは何も言わない。
 ただつかつかとよどみなく望の真正面に歩み寄る。

「望、歯を食いしばれ」

 言うやいなや、キリちゃんは望の顔面を平手打ちした。
 ぱちん、とすごい音がした。
 望は呆然としているし、僕もびっくりした。
 望の目にみるみるうちに涙が溢れていく。

「キリちゃん……俺……」

 しかしそれ以上に信じられないことは次の瞬間に起こった。
 キリちゃんは望の唇に自分の唇を重ねたのである。

 望は声にならない悲鳴を上げて顔を真っ赤にしている。
 それはボクも同じことだった。
 この今のボクの心境がお分かりだろうか! いや、わかるまい!
 目の前で起きているこれは夢ではないのか、なぜ望とキリちゃんがキスをしているのだ。
 しかもさっきから長いし、どうにもキリちゃんは望の口に舌を入れいているっぽいぞ。
 すげーやキリちゃん! 大人のキスだ! 帰ってきたら続きをしましょうね!

 ぷはぁ、と息を吸って、キリちゃんはようやく望の口から口を離した。
 望は打たれた頬の痛みなんてすっかり忘れたみたいにぼんやりとだらしない顔で虚空を見つめている。
 キリちゃんはそんな望に一別もくれずに、僕の方にスタスタと戻ってきた。
 そして次の瞬間、キリちゃんの唇がボクの唇に重ねられていたのだ。

 何だ、何をされている!
 なぜボクはキリちゃんにキスをされているのだ! この状況、この文脈、意味がわからない!
 キリちゃんはボクの舌に舌を絡ませるように、唾液を送り込むようなキスをする。
 キリちゃんの舌は、望の口の中にあったチョコレートの味がした。
 下の上で溶けるチョコレートと一緒に脳みそが溶け出していく気がした。

 やがてキリちゃんは僕の口から口を離した。

「チョコの味、どうだった?」

「チョコの、味?」

「そうだ。皐月、お前の父親は菓子職人だろう。私はお前の家のケーキ屋のチョコが好きで、それを再現したのだ。どうだった?」

「あ、え? でも、そんなの、望の口に入ったのをキリちゃんの口越しに食べたのだから、全然よくわかんない、でも、あ……おいしかった、けど」

 キリちゃん! それって間接キスで望の唾液ボクに味わわせたってことだよね!
 ウゲーなんですけど! 人にできないことを平然とやってのける! すげーよキリちゃん!

「おいしかったか」

「う、うん、まあ……」

「では、お前の父親にこのチョコを上げてくれ。本命です、と」

「え、キリちゃん、それ困るよ! だってお父さんにはお母さんがいるんだから! ダメダメ、そんなの絶対ダメ!」

 そんなキリちゃんとボクのお父さんが好き同士になるなんて絶対にダメだ。
 そんなことになったらキリちゃんはボクのお母さんになってしまうじゃないか。
 いや、待てよ。それって案外悪くないんじゃないか? 家に帰れば毎日キリちゃんがいて、ごはんを作ってくれるってことじゃないか。

 しかし、キリちゃんはそんなボクの言葉に耳を貸さずにボクの肩にかけてあったコートをさっと奪って、それを羽織り、ポケットに両手を突っ込んで屋上を後にする。

 残されたボクは、同じく残された望と一度視線がぶつかった。

「なんか……どうでもいいや。俺、……へへ、なんでもねえ」

 望はまだぼんやりとしながらご満悦でそのまま嬉しそうにランドセルを背に担いで、走って屋上を去った。
 僕は一人残されて、キリちゃんから預けられたチョコをどうしようか迷って、結局そのまま帰ってお父さんにそれを渡した。

 次の日、下駄箱で望と会った。

「あのチョコ、どうなったんだ?」

 望は昨日のことなど少しも気にしてないようないつものテンションだった。
 そう、バレンタインなど過ぎ去ってしまえば残りはただの二月に過ぎない。
 少しも特別なことなど起こらないのだ。
 だからボクも、いつもどおりのテンションで答えた。

「弟子入りにはあと四年は必要だってさ」

「はぁ? 弟子入り?」

「そう、お菓子職人として。お父さんの下で修行したいんだって。お父さんは少なくとも中学校は卒業しなくちゃ弟子にはできないって」

「本命ってそういう意味かよ! じゃあ、あのチョコって!」

「ボクで試すつもりだったんだよ。大してバレンタインとか関係ないよ」

 なんだそりゃ、とつぶやく望の横を赤いコートが横切った。
 ボクたちは思わずその先を目で追ってしまう。

「……それから、慎みを持ちなさいって」

 ボクがそう言うと望もボクも昨日のことを思い返して顔が赤くなるのを抑えられなかった。

「すげーな、キリちゃん」

 全くそこがいい。
 ボクと望は一つ大きなため息をついた。

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