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Bon Bon

 ( SS投稿城 )
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くう @believes ★8qisjfZEMd_hgs

「ありがとうございました」

最後のお客様をお送りして、外に出る。とっくに日は落ちて辺りは真っ暗だ。扉にかけられた札をひっくり返してOPENからCLOSEにする。容赦なく吹き付ける北風にぶるりと体が震え、慌てて店内に戻った。
普段なら、これから明日の仕込みをしなければならないが、今日に限っては別だ。明日は臨時でお店を休みにしている。1年の中で1番の稼ぎ時、1日1日が勝負なこの時期に休業日を作るのは痛手だが、それよりもっと大事なことがあるのだ。

「よし、やるぞ」

腰に巻いた茶色のエプロンをきゅっと引き締め、わたしは厨房に立った。

*

街中が甘い匂いに包まれるこの季節は、わたしたちショコラティエが1番忙しく、心待ちにしている季節だ。2年前に自分のお店をオープンさせてからは、一層この時期が待ちきれない。興奮して頬を赤らめたお客様で店がいっぱいになり、そこかしこで甘い会話が聞こえてくる。わたしが作るチョコレートが、誰かの心を撃ち抜く弾丸になるのだ。

*

厨房に立つと、体が自然に動いた。チョコレートは細かく刻む。生クリームと水あめを鍋で温める。それをチョコレートの中に注いで、ゆっくりと混ぜて均一にしていく。
トリュフにドラジェ、オランジェット……チョコレートには色々な種類がある。でもわたしが1番好きなのはボンボンショコラだ。一見どれも同じように見えるチョコレートの中には、実は色々な味が隠されている。それがなんだか、人間みたいだな、と思うのだ。丸くてかわいいボンボンショコラの中に、驚くくらいビターなガナッシュが入っているものもあるし、ごつごつした形をしていても、とても優しい味を隠しているものもある。だから決めた。あなたに渡すなら、ボンボンショコラだと。

最初に作るのは、すりおろした生姜と柚子ピールを入れたガナッシュを包むボンボンショコラ。口に含むとき、柚子の爽やかな香りがふっと鼻を抜け、噛むと生姜のぴりっとした辛さを感じる。けれど次第に、生姜が効いて体が温かくなる。
柚子と聞いてすぐ連想するのは、懐かしいあの場所。わたしは昔、インターネットのとあるサイトで小説を投稿していたことがある。そのとき使っていた名前が「ゆず」だった。どうしてその名前にしたんだっけ。……まあいい。その後名前を変えて、何作か小説を書き、あなたに会ったのだ。わたしの小説を読んでいたあなたは、いつも丁寧なコメントをくれた。どんな駄文であっても、面白いと言ってくれた。わたしたちはすぐに親しくなり、個人的にメッセージをやり取りするようになった。けれど、ほんの些細な、つまらないことで喧嘩になり、わたしは一方的にあなたとの関係を遮断した。どうせネットでの出来事だ、と思った。現実ではないから関係ないと。でも、あなたと話さなかった期間、心にずっとぽっかりと穴が空いたような寂しさと、虚しさがあった。そんな状態が続いていたあるとき、あなたはわたしにもう一度話しかけてくれた。もう一度やり直す機会をくれた。このまま終わりにしたくなかったとあなたがくれた言葉は、わたしを温かくしたのだ。

*

時計を見ると、もうすぐ日付を超えようかという時刻だった。でも構わない、このために明日は休みにしたのだから。一度使った器具を丁寧に洗い、次の作業に取り掛かる。
今度は、ストロベリーのガナッシュに桜風味のクリームを加えた、上品でかわいらしいボンボンショコラだ。ホワイトチョコレートでコーティングをし、桜の花びらでデコレーションする。食べた途端春の味が広がって、柔らかな甘酸っぱさが残る。
あなたとの思い出はたくさんあるけれど、強く印象に残っているのはお互いの大学受験のとき。あなたの受験のときは、自分の勉強なんて手につかなくて、毎日毎日受かりますようにと祈っていた。合格発表の日は朝からそわそわしていて、あなたから朗報を知らされたときは涙が出た。大変な道でも、あえてそれを選んでこつこつと努力をする、あなたの強さが眩しかった。今度はわたしが受験生となり、つらくて逃げ出したくなったとき、あなたからのメッセージに何度も励まされた。あなたからもらったお守りと手紙を、受験会場に持って行って、直前まで握りしめていた。あなたの存在が力をくれたことは、数えきれないくらいあった。

*

作業がひと段落し、休憩しようとコーヒーを入れる。カップを片手にお店へ行く。店内は数人のお客様が入ればいっぱいになってしまうほど小さい。カフェスペースを作りたかったが、とても机と椅子を置くスペースなんてなく、仕方がなく諦めた。その分立地はよく、駅と住宅街の中間にあるため、駅ビル内の店と競合することもなくそこそこ繁盛していると言えるだろう。
店内にはわたしのこだわりを詰め込んだ。優雅な淡い水色の壁紙に、骨董屋で見つけたシャンデリアで高級感を出す。踏むと微かに音のする木の床と、大事な商品であるチョコレートが入ったショーウィンドーはいつもピカピカに磨いている。ショーウィンドーのこちら側、厨房につながる通路がある側には、大きめの本棚がある。並んでいるのはチョコレートの本や、なんとなく集めた英語の本、大好きな小説、それから、小さな宝箱。

「あの宝箱には何が入ってるの?」

たまに、そう尋ねてくるお客様がいる。興味津々といった感じで、本棚に置かれたアンティークな宝箱に目を向けている。わたしは笑ってこう返すのだ。

「宝箱には宝物でしょう」

*

最後は日本酒を使おうと決めていた。チョコレートの風味に負けないくらい味の濃いお酒を探し、濃厚なにごり酒を見つけた。チョコレートとの絶妙なバランスに気を付けながらガナッシュを作り、冷やして固める。表面にはローダンセという花を描く。シンプルで大人の味がするボンボンショコラだ。
わたしたちは大人になり、もう夢ばかり見ていられる歳ではなくなった。念願かなって自分の店を持てたものの、赤字が続く月もあるし、気を抜けば別のお店にお客様をとられてしまう。日々はいつも流れるような速さで過ぎて行って、なんとか追いすがるのに精いっぱいだ。そんな日常につかれたとき、本棚の宝箱が目に入る。中に入っているのは、あなたがくれたたくさんの手紙。中学生のときからあなたと文通を始めた。やりとりは年に数回で、ゆっくりとしたペースだったけれど、手紙は着実に溜まっていった。いろんな話をした。お互いの近況や、学校のこと、それから恋の話。手紙を読み返せばいつだって、そこにあの頃のわたしたちがいる。
キーホルダーに、小物入れ。お土産のシャープペンシル。おしゃれな時計、化粧ポーチ、猫の形のブックマーク。かわいい水色のバッグ。それからこの手紙。わたしの周りは、あなたがくれたもので溢れている。楽しいことばかりじゃない日常を支えてくれている。小さいけれど美しい、ボンボンショコラのような思い出たちだ。


出来上がった3つのボンボンショコラを、丁寧に箱に詰めてラッピングする。コートを着て外に出た。朝日の眩しさが目に染みるようだ。早くこの気持ちを伝えたいと向かう先には、あなたがいる。

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くう @believes ★8qisjfZEMd_hgs

( あとがき )

季節的に書くならチョコレートだろうなと思って書いたら、こんな作品ができました。
書くにあたってチョコレートのことを調べていたら、色々な種類があって奥深いなあと思いました。
元々チョコレートは大好物だけど、知らないことばかりでした。
例えば、ボンボンショコラの「ボン」はフランス語で「良い」を意味していて、
ボンボンショコラは「おいしいおいしいチョコレート」という意味だそうです。なんかかわいい。

いかんせん付け焼刃の知識なので、作中には突っ込みどころがいくつもあります。
こんなすぐチョコレート固まるわけないだろとかね!笑
でも1人のためだけに書いた小説なので、細かいところは目をつぶってください←
お誕生日おめでとう。あなたにとって、素敵な1年となりますように。


2017.02.13 くう

4ヶ月前 No.1

立川寿限無 ★n5nvjwNlfC_MXH

とても綺麗に纏まった作品だと思います。
チョコレートには、一種の工芸品のような魅力が感じます。この掌編も、同じような出で立ちです。
ありがとうございました。
スムースジャズの流れるような作品。オシャレな雰囲気。短くも鮮やかな空気を楽しませてもらいました。

2日前 No.2
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