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コーヒー飲む?

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★DjNTU7Srs9_G29

「コーヒー、飲む?」

「ああ、貰おうかな」

 日曜日のいつもよりゆっくりした昼下がり。
 私が新聞を読んでいると、妻が気をきかせてくれた。
 淹れるのはインスタントだったが、自分のために何かをしてくれる他人がいるというのは、ありふれているようで、実際のところ、ある種の奇跡に近い。

 ポットからお湯が注がれると、キッチンにコーヒーの香りが広がる。
 目の覚める香りだ。私が濃いほうが好きだから、妻のコーヒーはいつもやや苦い。
 それに砂糖とミルクをたっぷりと入れる。
 糖分不足で動きの鈍い微睡みの脳にガツンのアッパーを食らわせるハイテンションな一杯だ。

「ねえ、青酸カリって知ってる?」

「毒のことかい?」

「そう。実は青酸カリっていわれる青酸化合物の毒は、カリウムである場合はほとんどないんだって。実際には青酸ナトリウムとかそういうものが多いの。そっちのほうが楽だから」

「楽って、何が?」

「手に入れるのとか。そういえばこの前川原のメッキ工場で火事があったってね」

 そのことは新聞記事にも載っていた。
 二日前、この近くの川の土手にある古いメッキ工場で、火災が発生した。
 どうやら小さなボヤだったものが、放水したことによって蓄えられていた薬品に水分が混入し化学反応が起こり、あわや工場全焼の大火事になるところだったらしい。
 幸いにしてその後消防士たちの適切な差配によって事なきを得たが、物騒なことこの上ない。
 なにせ出火原因は失火ではなく放火だというし、犯人はまだ捕まっていないらしい。


「メッキ工場っていうのは、その青酸ナトリウムが使われているんだって。ああいう火事とかあったら、ちょっとくすねるくらいはできそうだよね」

 妻がコーヒーをかき混ぜる。
 私は少し訝しげに新聞を避けて妻の顔をのぞき見た。
 目があった。
 ずっとこちらを見て、笑っている。
 私はどきりとしてすぐに視線を戻した。

 なぜこんなにドキドキするのだ。
 妻がコーヒーを入れているだけじゃないか。
 別に――。

 いまコーヒーに、毒を入れてるとかでは全然ないではないか。

「青酸ナトリウムは無色無臭の粉なの。見た目では砂糖と区別つかないかな。でもね、空気中の二酸化炭素と反応して、シアン化水素を発生させて、この匂いがよく推理モノで言われる青酸カリで死んだ人のアーモンド臭って言われたりするんだって」

 そう言って妻は曰くありげに、懐から紙の包を出した。
 中には白い粉が入っていて、開いた瞬間にふわりとアーモンドのような香りがした。

「陽の光で反応が進むから、日光を避けて保管するの。水にも溶けるから見た目にはわからないんだって。でも溶液は強いアルカリ性を示すから、実際に青酸カリが溶けている飲み物を飲んだら、まず味で違和感が強くて吐き出しちゃうんだって」

「何が言いたいんだい?」

 妻は私の方を笑顔で見つめながら、その紙に包まれた白い粉を、サーっと、コーヒーの中に入れた。
 そして念入りにかき混ぜる。
 いつもの三倍くらい力強く。それからクリームを入れると、クリームがぐるぐると渦を巻いて溶け込んでいく。
 あっという間に濃い茶色に濁ったコーヒーを、妻は笑顔で私に差し出してきた。

「どうぞ」

 妻が言う。
 その時、家の呼び鈴がなった。

「誰か来たみたいだ、ちょっと行ってくるよ」

「ダメよ」

 立ち上がろうとする私の手を妻が掴んだ。

「飲んで」

 呼び鈴が鳴り続ける。
 扉をたたく音がする。
 もちろん妻に聞こえないわけがないだろうに、かたくなにコーヒーを飲ませようとする。
 そんなに飲まなければならないものがあるというのか。
 私にコーヒーを飲ませたい理由。一体何だというのだ。

「飲んで。ねえ」

 妻の目が、私の喉元にナイフを突きつけるように見つめている。
 私は観念して、椅子に座り直し、コーヒーを飲むことにした。

 もし、もし仮に、万が一にも、これが毒入りコーヒーなのだとして。
 味に異変があれば吐き出せばいいのだ。
 飲み込まなければ口がおかしくなるくらいで死ぬことはないはずだ。
 大丈夫だ。かの怪僧ラスプーチンが青酸カリで暗殺されても死ななかった逸話もある。

 鼻を近づけると一層アーモンドの香りが際立った。
 カップに口をつけても、まだ違和感はない。
 恐る恐る、しかし一気にそれを口に含む。
 私はそれをゴクリと飲み込んだ。

「美味い!」

 苦味といい、甘味といい、クリームの強さといい、何もかもが私の好みをピンポイントで押さえていた。そして香り立つアーモンドの香りが、コーヒーの香りと混ざり合って、コーヒーを飲み終わったあとに感じる臭みを消している。のどごしもとてもさわやかなのだ。

 なんだこのコーヒーは。とてつもなく美味しい。

「でしょう? 友達からもらったんだけどね、海外のお砂糖なんだって。すごく高くて、この一包しか貰えなかったんだけど、どこに使おうかずっと迷ってたのね。よかった喜んでもらえて」

 そう言って妻はスタスタと玄関の方に向かい、宅配便を受け取った。
 私はなんだかホッとした気持ちで、何を一人でそんなに恐れていたのかとバカバカしくなった。

「それじゃあ、お返しになにかお昼を作らなくっちゃあいけないな」

「まあ、作ってくれるの、嬉しいわ」

「君はテレビでも見てゆっくりしてていいよ。特性の料理を作るからね」

 そう言って私は、コンロの下の調味料が入っている棚にある、茶色い瓶を取り出した。
 中には白い粉が入っている。
 蓋を開けると、かすかにアーモンドの香りがした。

 二日前、この近くの川の土手にある古いメッキ工場で、火災が発生した。
 放火で、犯人はまだ捕まっていない。

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光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

面白かった!

どうも、お久しぶりです。
光心です。
感想書かせていただきます。

読んでいて、うまくミスリードする技術もさることながら、上手い具合に青酸カリの知識を入れ込んでいるのが上手いなぁと感じました。
夫の方が妻にわりと感謝しているのにオチがあれっていうのもなんか悲しくもありますが……。
いや、実は特製料理とはアーモンド味の焼きそばかもしれない!
食べたくないけども!w

というわけで、感想でした。
またどこかで。
ではではー。

7ヶ月前 No.1

激流朱雀 @suzaku1☆92ueQETlAOJB ★xUk9TgrSTY_tIn

面白かったです!!!!!

ラストに「んふっ」ってなりました。
ほ、ほら、俗世ではバニラエッセンスなる香りの割に味は最悪な調味料もありますしおすし←

心理戦的展開はこのドキドキ感がたまりませんです!
張り詰めた糸みたいなスリルにセンスを感じます。

素敵なお話ありがとうございます!

7ヶ月前 No.2

ゴン @gorurugonn ★DjNTU7Srs9_Q1n

光心様

年を越えちゃったよ! どうも失礼こき逃げジェットで済みません。
言い訳をさせていただくと、家のリフォームの関係でネットにつながらない日が続く、正月休みで兄と弟が帰ってきて少ないワイファイを奪い合う、ルータがいく、今日は組みの寄り合いで近所の人が飲みに来る(今年組長をやっている)みたいなことが続いて随分時間が経ってしまいました。申し訳ありません。
この話は随分頭の中にあったものなんですがようやく日の目を見ることになりました。でも内容的には中編のポケットに毒薬を、にかぶるところが多くて、青酸カリの知識もその時に得たものでいささか焼き増し感が否めないんですがそんな感じです。
っていうか2016年は小説書かなさすぎでしたよね私。
心当たりがあるとすれば、短歌にのめり込んでしまったことではないかと思うわけです。というのもその年の四月に祖母に送った短歌がとある地方の短歌大会で賞をいただくという事件がありまして、二匹目のドジョウを狙えの精神に支配された私は、下手くそな短歌をこれでもかとか作っていたわけですね。そして、以前話したこともあるかもしれないんですが、創作における領域が、長編を書く部分、SSを書く部分、イラストを書く部分、作曲をする部分、そしてどうやら短歌を作る部分も別区域のようなんですね。シングルタスクでしか物事を処理できない脳みそなので、一つの領域にスペースを割くとほかがおろそかになるようです。
そういえば2017年おみくじ吉でした。なんかこれまでのことが報われるみたいな事が書いてあったので、もしかしたら、みたいなことを期待してしまうわけなんですが、何はともあれお楽しみいただけたら幸いです。光心様にとっての2017年がより良い年でありますように。ではまたどこか別の小説で。

激流朱雀様

朱雀様ぁん! もうにんじんしりしりですよね。って何のこっちゃって感じなんですが。事情は光心様に説明したとおりなんですけれどもども、基本農業主体の私は家族にすらニート扱いされる有様なんですが、お前らがバカスカ食ってるコメを稲から育てて夏のあいだ中イヌビエを刈り取ってこうして私たちのもとに届けられているお米を作ったのはお前がニート扱いしているそいつだよ、みたいな感じで非常に心外だったりするわけなんですが、そんなこんなで久しぶりにssを書いたんですが今ひとつあれだったり。そんな私は最近友達に誕生日プレゼントとしてコーヒーをもらったりしたわけなんですが、もちろんアーモンド臭なんてしませんでした。それから職場でも缶コーヒー三十缶入をお歳暮替わりにもらったりしました。なんだかんだでコーヒーを貰うのが一番嬉しかったりします。何よりも確実に消費していきますしね。そういえば最近携帯をドコモから格安スマホに乗り換えた結果電話帳やラインが一掃されるということになりました。スマホが充電できなくなってご臨終になったからでもあるんですが、もしかしてこれは神様が私にひっそりとすべての交友関係からフェードアウトしろと無言のうちに告げているのでは、とか思ってどこにも居場所がなかったり。人間関係は難しいです。
そんないざこざできっとこの二人も青酸カリなんて求めたわけでしょうし、全く本当に世界に自分しかいなかったらどれだけ楽でしょうね。
何はともあれお楽しみいただけたら幸いです。2017年はとにかく書くこと。激流朱雀様にとっても実り多き年でありますように。ではまたどこか別の小説で。

7ヶ月前 No.3
ページ: 1

 
 
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