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メモリインピクセル

 ( SS投稿城 )
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光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

 薄い黄緑の携帯電話は端が少しだけ欠けている。
 私はそれをポケットの中でもて遊びながら、赤色のマフラーに少し顔を埋めた。
 目の前の駅を行き交う人々の流れは、改札に飲み込まれては吐き出されている。
 駅とはそういう生き物なのかもしれない、とどーでもいいことを考える。
 誰かを食べて、吐き出して。
 まるで何も得ていない。
 そんな寂しい生き物なのかもしれない、と。
 また改札から人がぞろぞろと出てくる。
 人の流れによって作られた微風が私の頬をなでて、寒さを感じる。
 ポケットによりいっそう両手を突っ込む。
 綿の紺色のコートのポケットの中の携帯電話は、気づけばプラスチック特有の寒さが少し和らいでいる気がする。
 どれくらいここに立っているか自分でも分からないような気がする。
 5分なのか10分なのか果ては1時間なのか。
 ふと視線を下げてみれば、茶色のハイヒールブーツが目に入る。
 私のお気に入りのそれを見ると時間のことなど忘れてふと顔が綻んだ。

「よっ」

「うわっ!?」

 軽い声の主は声とともに後ろからコートのフードを私にかぶせてきた。
 視界が狭まり思わず驚きの声を上げてしまう。
 両手でフードをすぐに外し、振り返るとそこにはにやにやした顔を浮かべた麻兎がいた。
 そこそこ顔立ちは良いと思う彼はにやにやとした顔も少し様になっている。
 ハイヒールブーツを履いた私よりも頭一つ分大きな麻兎に私はぶすっとした顔を向けた。

「ごめんごめん、ちょっとしたいたずらじゃん」

「…………じとー」

「ごめんって」

「…………じとー」

「本当にごめんなさい。もう2度としません」

 頭を下げ、マジトーンで言う麻兎に私はにんまりとして、頭をくしゃくしゃにしてやった。
 右手で触った彼の髪はさらさらとしていて嫉妬すら覚えるレベルだった。

「うわっ!? せっかく整えたのに!?」

「罰だよ、罰。てんばーつ」

「……無慈悲な女神もいたもんだな」

 両手で髪を直す麻兎を見て私は笑った。
 つられて麻兎も笑う。
 そして、横目で周りを見れば周囲の人々は私に奇異の視線を向けていた。
 その理由に私は心当たりがある。
 というか、理由を知っている。
 私にとっては普通のことでも、彼らには不思議に見えるだろう。

 なぜなら、彼らには麻兎の姿が見えないのだから。

 全て私が1人で遊んでいるようにしか見えない。
 1人で叫んで、1人でフードを被ったりして。
 だけど、私には麻兎が見える。
 その姿も声も匂いすらも感じる。
 彼がここにいることが、分かる。

「じゃあ、行こう」

「おう」

 私は麻兎と手を繋いで駅を歩く。
 駅構内は4色の四角いタイルで作られている。
 赤、蒼、黄色、緑、とタイルを見て色を数えたりする。
 視線を少し上げると麻兎の手が見える。
 少し先を歩く彼の手を見て、私は胸が少しぽかぽかとした。
 私が彼の手に感じるこの気持ちは、きっと船乗りにとっての灯台と同じなのだろう。
 私はそんなことを考えた。
 彼がちらりと気遣うようにこちらを見る。
 私はそれに、大丈夫だよ、と笑みを向けた。


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光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE



 麻兎と私は恋人だった。
 互いに互いを運命の相手だとそう思えるくらいには、仲の良い恋人だったと思う。
 だけど、世界は残酷だった。
 私がそのことを、麻兎の死を知ったのは彼との待ち合わせの時間が3時間も過ぎてからだった。
 電話で彼の母親から知らされたその事実はあまりにも衝撃的で、そして悲劇的だった。
 私は数日間家から出れず、携帯電話を手放せずにいた。
 薄黄緑の携帯電話には彼との想い出がこれでもかというほど詰まっていた。
 写真、メール、通話履歴……。
 どれもこれも彼が居たことを示したが、しかしもう二度と彼からのメールや電話を受けることはないのだ。
 そう理解すればするほどに底なし沼に沈んでいくように感じた。
 そんな生活に変化があったのは、引きこもって1週間後のことだった。
 私は永遠とのメールでのやり取りを読み続けていた。
 気づけば、部屋に彼がいた。

「よう」

「……あ、さと?」

 久々に発した声は掠れており、また喉も痛かった。
 だけど、彼は私が呼んだ彼の名前を聞き、おう、と言って笑った。
 その瞬間の私の胸中を誰が言葉に出来るだろうか。
 だが、現実は甘くない。

 『イマジナリーフレンド』という言葉がある。
 IFと略せるこの言葉は、その意味の通りに『空想の友人』を作り上げることだ。
 子供や一人っ子に多いこの現象は、だが知ってもそれを消すことは難しかった。
 私にとって麻兎は存在する。
 が、周囲にはそれが見えないのだ。
 要するに、現実にまで影響を与える程の幻覚や思い込み。
 私の見ている彼とはそういうものだった。



「どこ、行こっか?」

「うーん、映画……はいいや。とりあえず歩きながら考えようぜ」

 私の右隣を歩く麻兎。
 頭ひとつ分私よりも大きい彼はハイヒールブーツがあっても、ちょっと見上げる形になる。
 その横顔はどうするか悩んでいるようで、私はそれにイタズラしたくなった。

「えいっ」

 指を突き出して、彼の頬を変形させる。
 顔の左反面をまるで月のクレーターのようにした麻兎はこちらを見た。

「どうしたんだ?」

「私のこと見てよ」

「は? 見てるよ。見惚れてる」

 当たり前のことを言うように彼は言う。
 それがすごく恥ずかしくて、私は誤魔化すように指を引っ込めてマフラーに顔を埋める。
 きっと顔は真っ赤になってると思うが、そういうのを彼は察するのが得意じゃない。
 指摘されれば言い返せないので、そういう鈍感なとこがすごく助かる。

「で、どうすんの?」

「公園行こ。今日は天気いいし」

 空は青という色しか知らないかのように澄み渡っている。
 太陽はそんな中で自らの輝きを放つ仕事に今日も従事している。

「じゃ、そうするか」

 にこ、っと彼は私に笑みを向ける。
 私を安心させる魔法を彼は不用意に私に向けるものだから、恋人なのに未だにどきどきしてしまうことがある。
 彼の手をちょっと強く握って、私たちは公園に向かって歩き始めた。

 ものの数分後、私たちは公園に来ていた。
 公園とは言っても、それは庭園とも言えるほどの大きさがある。
 その昔、街の緑化運動が高まった際に作られたものらしい。
 既に四半世紀近くの歴史があるこの公園の中央付近には大きな花時計がある。
 その花時計の近くのベンチに私たちは並んで座った。
 花時計は昼の13時近くを指していた。

「あったかいねぇ」

「そうだな。眠くなってくるぜ」

 ふわぁ、とあくびまでしだす麻兎を見て私はちょっと笑った。
 そして、体を彼の方へ少し寄せた。

「私も」

 あるはずのない体温を感じる。
 きっと思い込みなんだろう。
 けど、私には感じるのだ。
 そして、気づけば私は本当に眠っていた。
 彼の温かみを感じながら。


4ヶ月前 No.1

光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

気づけば眠っていた。
まるで1月程も眠っていたかのような感じだが、そんなことはあるはずもない。
まだ寝ぼけているんだ、という意識がもたげてきてそのまま少しづつ目も覚めてきた。
私はベンチの上で横になるかたちで眠っていたようだ。
体を起こすとぱきっと関節が鳴る音がする。
そんなに長い時間眠っていたわけではない、と思うが腕時計を見れば5分ほど眠っていたようだ。

「ふわぁ……」

あくびをしながら口元に手をやる。
最近居眠りが多い気がするけど、きっと気のせいだろう。
紺のコートのポケットから端の欠けた黄緑色の見慣れた携帯電話を取り出そうとして、私は気づいた。

「え……?」

ない。
ないのだ。
私はコートを脱ぎ、膝の上に置いて再度ポケットの中を検めた。
中には何もない。
まさか、と思いベンチの下を見るがそこにも携帯電話は落ちていない。
じっとりと嫌な汗が出てきた。
あれは私と麻兎の『繋がり』なのだ。
なくしてはいけない。
絶対になくしてはいけない。

「あさ……」

彼の名前を呼ぼうとしたが、私はそれをやめた。
今、私に彼は見えない。
彼が出てくるには条件があるのだ。
その条件こそ、あの携帯電話だ。
だから、今の私に彼を呼ぶ術はない。

「どこ……どこなの?」

マフラーを外し、コートをひっくり返す。
しかし、携帯電話程の重さを持つそれは何処にもない。

「…………」

手がかりゼロ。
花時計が無情にも時を刻むのを眺めるしか私には出来ない。
そこで気づいた。
私はベンチから立ち上がり、駆け出す。
私が眠っていたベンチは花時計の4時を示す花が咲く場所だ。
9時を示す花が咲く場所。
そこにおばあさんがいた。
休日だから外に出てきて、ちょうど休んでいるのだろう。
私は息を切らせてそのおばあさんの前まで走った。

「あ……あの……」

息も絶え絶えという私の様子におばあさんは少し驚いたような顔をした。
そんなおばあさんに構わず私は言葉を畳み掛ける。

「さっきそこで誰か通りませんでしたか!?」

自分の眠っていたベンチを指差し、私は一息でそう言った。
一瞬酸素不足で苦しくなるが、それを飲み下す。
そんなことに構っている時間はないのだ。

「……誰か、ですか? そう、ですね……」

おばあさんはゆったりとした態度と話し方で答えを出そうとしている。
その一言一言がもどかしく、さっさと答えてくれ、と願わずにはいられなかった。

「何人か通っていたと思いますが……」

くそっ、外れか!
と思う私に気づいていないのか、おばあさんは言葉を続けた。

「……そういえば」

「誰かいたんですか!?」

「なんだかこそこそしている人がいましたね」

こそこそしている。
もしかしたらその人が私の携帯電話を盗ったのではないだろうか?

「どういう人でした!? 特徴! なんでもいいので、特徴教えてください!」

「特徴ねぇ……えっと……」

いい加減に早く答えろよ!
と本気で怒鳴りそうになる自分を抑える。
ここは焦っちゃダメだ。
このおばあさんしか犯人を知らないのだ。

「……青いマフラーをしていましたね」

青いマフラー。
それを聴くと私はお礼も言わずに元いたベンチへ取って返した。
紺のコートを着て、赤いマフラーを首に巻き、私は走り出した。
青いマフラーの人物。
そんな手がかり一つで私は公園を駆け回ることになった。



庭園には花時計の他にもいろいろなものがある。
花見にでも向いていそうな広場や、噴水。
真ん中から外れたところに遊具なんかもある。
花時計があったのは公園の南側。
西側には小さな池、北側に遊具、東側には図書館がある。
私はひとまず右回りで公園を一周することにした。
なんで右回りにしたのかには深い理由はない。
強いて言えば、勘だ。
麻兎が囁いているとでも言えばすごく雰囲気が出ることだろうけど、そんなことを考えている余裕は今の私にはなかった。

「なんで! なんで……!」

走りながら私は呟く。
私の携帯電話なんて盗んで良いことなんかあるはずがない。
端は欠けているし、そもそもガラケーだ。
それでも盗まれた理由が分からない。
何か恨みを買うことでもしたのだろうか?

「そんな、ことは、いい!」

犯人を見つけて携帯電話を取り戻すこと。
私の目的はそれだけ。
理由なんていいのだ。
公園は円を描くように大きな道がある。
右回りに走ると図書館が見えてきた。
近代的な建築で建てられたそれはどこぞの高名な建築士によってデザインされたらしい。
ガラスが太陽の光を反射し、うっとおしいこの上ない。
麻兎と歩けば、互いに感想でも言い合いながら楽しく歩けたであろう道を私はブーツの底を鳴らしながら走る。
休日とは言っても、昼過ぎになったばかり。
人はあまりいない。
とは言っても、公園を走る成人過ぎの女性は目を引くかもしれない。
何人か振り返るのを感じた私は息を整える意味も含めて走りから歩きに移行した。
ゆっくりと見回すが、青いマフラーの人物はいない。
念のため図書館の方にも目を向けるが、そのような人物は見当たらない。
ガラスが覆っているゆえに、中にいる人は見えなくもないが本棚と本棚の間にいればそれは隠れてしまう。
その全てを一個一個検分するには時間がない。

「……っ!」

きっといない。
そう、いない。
その言葉を飲み込むことで納得させるように私は大きく息を吸った。
そして、再度走り出した。
既に図書館の前を通り過ぎ、北側にある小さな池が見えてくるところだった。

3ヶ月前 No.2

光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE



小さな池。
とは言っても、小学生が溺れれば事故に繋がることは明白な程の広さはある。
池のさらに北側には離れ小島がある。
離れ小島と陸地を結ぶ橋もかかっており、そこは池を間近で見たい人のためのものだった。

私は足を緩めることなく池の南東の部分から池を右回りで進むように走る。
そこで、気づいた。
その離れ小島にいたのだ。
青いマフラーの人物!
もしも、犯人とは違ったとしても声をかける必要がある。
私は走る速度を早めた。
離れ小島には青いマフラーの人物以外には誰もいなかった。
フードを被っているゆえに顔は見えないが少なくとも誰もいないということは好都合だ。
そんなことを考えてどんどんと走っているうちにその人物が何かをコートのポケットから取り出すのを見た。
それが私の携帯電話だと知った時、無意識のうちに私は地面を蹴り飛ばすようなスピードで駆け出していた。
西、北と池を回り、橋を駆ける。
その間にその人物は携帯電話を掲げ、まるで今すぐにでもそれを投げ捨てるかのような仕草。
そして―――

「ダメえええええええええええええええええええ!」

私は叫んだ。
しかし、それが最期の引き金になってしまったのだろう。
青いマフラーの人物は驚いたように携帯電話を取り落とした。
そして、それはぽちゃんという音ともに池の中に沈んでいった。

「あ、あああ、あああああ」

私は崩れ落ちるようにその場に倒れた。
糸が切れた操り人形のように私はすべての力を失った。
生きる力さえ。

「なん、なんで!?」

だが、まだ件の人物を追及する力だけは残っていた。
その人物はその声を聞いて、振り返った。

「……え?」

そこにいたのは麻兎とどこか似た人物。
どういうことなのだろうか?
私には理解が追いつかなかった。

「ごめんなさい。だけど、こうするしかなかったんです」

その男性はフードを外しながらそう言った。
哀しそうな顔を浮かべながら、その男性は言葉を続けた。

「葉瑠さん、あなたはもう兄の影に縛られる必要はないんです」

その言葉で思い出した。
麻兎の弟。
都心の大学に行っていて、まだ会ったことはなかった。
でも、なぜ私のことを?

「聞いたんです。葉瑠さんのことを。兄を『イマジナリーフレンド』にしてるって」

「だから、だから何!? 悪いの!? 誰にも迷惑かけてないでしょ!」

幸せだったのに。
もうないものがここにあったのに。
なんで残酷な現実にわざわざ引き戻すようなことをしたのか。
私の目にはきっと怒りの炎が燃え盛っているだろう。
弟さんは言葉に詰まるが、すぐに言葉を返す。

「迷惑はかけてないかもしれません。けど、それが正しいとは僕には思えない……」

「これは私の問題でしょ! あなたは関係ない!」

「関係あります! 兄は……兄はあなたの遊び道具じゃない!」

「遊び道具? そんな風に思っているわけないでしょ! 勝手なこと言わないで!」

「じゃあ、なんでまだ兄の影を追っているんですか? すぐに忘れろ、なんて白状なことは僕だって言いたくない。けど、あなたのそれは異常だ」

異常。
そんなのは承知の上だ。
異常、狂人、別になんと言われようと構わない。
私は一歩踏み出した。

「何をしようとしているんですか?」

「探す」

「こんな寒い中で何を―――」

「池の中を探すのよ! 麻兎が待ってるの! 邪魔しないで!」

私は渾身の力で目の前に立つ弟さんをどかそうとする。
しかし、彼はびくともしない。
逆に腕を掴まれてしまう。

「いい加減にしてください!」

弟さんはそう言い、私の目を見る。
涙に濡れてどうしようもない私の目を。

「…………なんでよ…………なんでなのよ…………」

「葉瑠さん。兄がこんなあなたを望んでいると思いますか?」

「……麻兎は死んでるのよ。死者は何も思わない」

「……じゃあ、死者を好き勝手に扱って良いんですか?」

私はその言葉で息を呑んだ。
私は麻兎を好き勝手扱っていたのだろうか?
私の悲しみをなかったことにするために。

「じゃあ……どうすればいいのよ……麻兎がいないの……もう、いないの……」

弟さんの胸に顔を押し付けて私は慟哭した。
いない。
たった3文字がこんなに受け入れ難いなんて誰が思うだろうか。

「兄の分まで生きてください、なんて言うのはおこがしいと僕は思います。だから、思い出にしてください。もう、眠らせてあげてください」

弟さんはそう言い、私の背中を優しくさすった。
涙と嗚咽が止まらなかった。



携帯電話を新しく契約した。
今度はスマートフォンにした。
携帯ショップの店員さんいわく、一つ前の型だけどほとんど最新のものと性能は変わらないとのことだった。
引き継ぐデータもなく、真っ白なそれを手に私は携帯ショップを出た。
それはとても軽く思えた。
そして、なんだか手になじまない。
だけど思い出していた。
黄緑色の携帯電話。
あれも最初は手になじまなかった。
少しの間はあの欠けた携帯電話のことを思い出すと思う。
だけど、徐々にそれは思い出になってしまう。
人は今を生きる。
携帯電話のメモリが空でも、今を生きるのだ。



完。

3ヶ月前 No.3
ページ: 1

 
 
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