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掌編・聞いてくれる人

 ( SS投稿城 )
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光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

僕には大切な友人がいました。
彼をここでは便宜上Nと呼びます。
Nはとても良い人でした。
優しくて、僕の話をよく聞いてくれました。
他愛のない話を。
意味のない言葉を。
空虚な挨拶を。
僕はNと交わしました。
交わしました、と書きましたが正確には違います。
僕はNに一方的に話してばかりでした。
Nはいつも僕の話を聞くことを優先してくれました。
それは僕が特別話が上手だったからではありません。
僕以外の人と話をする時もそうでした。
だから、僕はNが人の話を聞くのが好きなのだと思いました。
そう思った僕は、よくNに話をしました。
どうでもいいことでも、僕はNに話をしました。
そのうち誰も彼もがNによく話をするようになりました。
みんな僕と同じだと思いました。
みんな僕と同じように思ったのだと思いました。
だから、僕たちはNに話をしました。
見たテレビの内容、ゲームのこと、好きな芸能人のこと。
Nはだいたいの内容についてきてくれたので、僕の話を頷いて聞いてくれました。
それはみんなも同じで、Nの話題の広さには驚かされました。
だから、僕たちはますますNに話をしました。

気づいた時にはもう手遅れでした。
Nはいつしか学校に来てもあまり教室に顔を出さなくなりました。
保健室登校というものだったようです。
だから、僕は保健室にNに話をしに行きました。
Nはいつも僕の話を聞いてくれました。
いつも聞いてくれました。
だからなのです。
僕はNが何を考えていたのか知りませんでした。
Nがその命を突風に煽られる花びらのように散らすその時まで僕は考えたことがありませんでした。
Nが何を考えていたのか。
僕はそれを知る機会を永遠に失ってしまいました。
人は話している時に話を聞くことは出来ません。
それは、話を聞いている時に話をすることが出来ないのと同義です。
僕はもっとNの話を聞いてあげるべきでした。
少しだけでも良かったのです。
聞いてくれる人。
世界で一番やさしいのはそんな人だと僕は思います。

関連リンク: 影武者 
ページ: 1


 
 

光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

〜あとがき〜

はい、というわけで掌編でした。
文字数はいつものように800文字です。

まあ、物語というか、ある種のエッセイのような日記のような感じです。
モチーフは夏目漱石の「こころ」ですかね。
アルファベット一文字なのはそのあたりの影響です。

聞いてくれる人、というのは今や尊い存在だと思います。
誰も彼もが叫んでいるこの世の中だからこそ、聞いてくれる人、というのはとても貴重です。
だけど、少しだけでいいですから、聞いてくれる人の話も聞いてあげてください。
彼らも話をしたい時はあります。
優しい人にも優しくされたいという瞬間はあるのです。
だから、たまには聞いてあげてください。
いつも一方的に話をしてばかりの友人とか。
いつも話をじっくり聞いてくれるおじいちゃんとかおばあちゃんとか。
いつも自分から意見を述べるだけのSNSの知り合いとか。
聞いてあげてください。

というわけで、またどこかでー。
ではではー。

7ヶ月前 No.1

ゴン @gorurugonn ★DjNTU7Srs9_G29

最近自分の話し方について絶望しているゴンです。
というのも、私はどこにいても人の話を聞くより自分から話してしまうタイプなのですが、おかげさまで自分の話ばかりしていて人の話を聞けていないことに薄々感づいているわけです。で、多分相手は相手で聞いて欲しい話あると思うんですが、私は社会的にはどれほどの影響力も実績もないわけで、聞いたところでなにか有益な助言ができるわけでもなく、しかも共感性に乏しいので相手が望むような反応を返すことができないんですよね。だから話していて楽しくないし疲れるタイプの人間だと思うわけですが、そんなわけで最近著しい言語能力の低下が見られるようになっていて非常に危機感を覚えていたりします。

だからこの小説読んだ時に、え、もしかして実話ですか、とかって非常に心配になったりして、実話だとしたら結構センシティブな内容なので言葉を選んでいる間に家のリフォームが始まってネットが断線したりして感想もこんな時期になってしまったりしたわけなんですが。

会話って難しいですよね。よく聞いてあげるだけでいいって言いますけど、本当にそれだけでいいのかなと思ったり、喋ったら喋ったであんなこと言わなければ良かったって後から憂鬱になったり。なかなか会話に満足できることって案外少ないと感じてしまうのは、私が普段からおしゃべりする相手が身近にいないからなんですが。思うに考え始めたらドツボだと思います。そして一旦コミュニケーションに違和感を覚えてしまうと、もう二度とそこから立ち直れない気がします。

かと言って最近どう、とか聞いてもあんまり自分のことを話さない人は何か言ってくれるわけでもなく。
そんな私は最近ドライブっていいなと思ったりしています。運転でも助手席でも、あの距離感で隣り合って座っている空間って、何はなくともおしゃべりができて、普段は打ち明けられないことも自然に言えたりしちゃったり。子供の頃は車酔いがひどかったし、知らない場所に連れて行かれるって苦痛でしかなかったんですけど、なぜ大人はドライブが好きなのかってことが最近わかってきたような。

あいも変わらずまとまらない上に内容について深い考察とかがあるわけでもないんですが、結局のところそうなってしまったことに対して人間ができることなんて一つもないんですよね。そしていつだってそうならないためにはどうしていればよかったか、という問い掛けは、本質的には事態を解決には導かないわけで。難しいですよね、人間関係。

私はもう少し気軽に人の作品に感想を残せるようになりたいです。
その上で作者の人が嬉しいと思えるような感想を残せたらいいですよね。
そんなことを思った作品でした。
素敵な物語をありがとうございます。
ではまたどこか別の作品で。

6ヶ月前 No.2

光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

ゴンさん>

お読みいただきありがとうございます。

なんというか、久々ですねw
俺は最近は忙しく今度資格試験日なので勉強漬けです……。
勉強してる最中に「俺は1人の方がうまくいくのでは?」と世界との別離を感じながら日々過ごしております。

最近人との付き合いで思うのは、期待されていることに気づけるか、なのだと思うのです。
期待に答えれば受け入れられ、違えば馬鹿とか阿呆とか空気が読めないとか言われるわけで……。
この辺、ゴンさんの感想にもある「言って後悔」のパターンですよね。
動けば否応もなくマイナスもプラスも生じるわけなのですが、動かないという選択肢もまた何かを生じさせてしまうわけで……。
もう何しても失敗で、正解はそもそも自分が存在しないことなんじゃねぇの? とか考え出してしまうのが人間の厄介なとこですよね。

ドライブ、いいですね。
確かにあの距離感っていうのは不思議な居心地があるような気がします。
ある種の密閉空間ゆえ、互いのペースを把握し易いのかもしれません。

結局のところ、世界というか、選択肢が広すぎるのが問題だと思うのです。
選択肢が少なければ、そんなに悩まないけれど、自由になればなるほどにその問題がついて回る。
大人になれば自由になるけど、その分責任もある。
最近はその責任が人間関係まで及んでいるような気がします。

本当、人間関係というのはとかく面倒です。
むしろ、厄介なのは『言葉』なのかもしれません。
最近英語を使用する機会が多いので、その『言葉』が持つ難しさを痛恨しております。
英語と日本語ってわりと正逆だよなぁ、とか思ったり。


というわけで、お返事でした。
こっちこそなんかまとまりがない感じですみません。
ちなみに実話ではないので大丈夫ですw
ただ、話さないことで自分の中で自分が死んでる気はします。

人に返す言葉が何を生み出すのか考えるっていうのはとても大事だと思います。
俺は最近そういう能力が欠けてきているような気がするので、そういうのが羨ましいです。
というわけで、感想ありがとうございました。
そのうちゴンさんの作品にもお返しで感想残しに行きます。
ではではー。

6ヶ月前 No.3
ページ: 1

 
 
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