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不幸な手紙から美しい思い出へ

 ( SS投稿城 )
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ゴン @gorurugonn ★Snmgd3qcAs_jiY

――この手紙は不幸の手紙です。返事を出さないと不幸になります。この手紙を受け取った人は同じ内容の手紙を三十通それぞれ別の人に届けてください。そうしないとあなたに不幸が訪れます。

 ガーン。何ということだ。
 この僕が、清く正しく生きること十二年、世界の片隅で学校にも通わず、真面目に暮らしていたこの角田龍太郎が不幸の手紙を送られてしまうなんて。
 小学校一年生の時にクラスのみんなに年賀状を書いたのに誰ひとりとして返ってこなかったこの僕が最初にもらうお手紙がこれだなんて。
 もちろん差出人は書かれていない。手書きだったけど誰の字かなんてわからない。
 僕は自分以外の誰かの筆跡がわかるほどの分量の文字を見たこともない。だって不登校だし。
 とりあえず僕はゲンナリとしながら、その手紙を引き出しにしまいこんで寝た。
 次の日、さらに二通の不幸の手紙が来た。

――この手紙は幸福の手紙です。この手紙を受け取った人は同じ内容の手紙を三十通それぞれ別の人に届けてください。そうしないとあなたに幸せが訪れます。

 じゃあ、何もしなくちゃ幸せが勝手にやって来るってことじゃねーか!
 送り損だよこの不幸の手紙。一回目のやり取りで終了だよ。
 むしろ幸福の無料配布だよ。
 僕はもう一枚を見る。

――さっきあなたのところの不幸の手紙が来ませんでしたか。馬鹿者。そいつがルパンです。追ってください。

 ということは流れからすればこの不幸の手紙こそがルパンではないか。
 ルパン、逮捕だ! 何のこっちゃと思いながら、僕はその手紙を机にしまった。
 次の日、さらに三通の不幸の手紙が来た。

――この手紙は不幸な手紙です。あなたが誰かに送ってくれないので、永遠に誰にも送られない不幸な手紙です。でもあなたならこの手紙を救うことが出来る。さあ、勇気を出して手紙を書こう。日本郵便。

 手紙の宣伝になってるよ。っていうか絶対送ってるのは日本郵便じゃないし。勝手に企業名名乗ったりしていいのだろうか。もちろん勇気もないし、手紙を出す気もないけど。

――お前は不幸だ。

 おう、そうだな! いやいや、誰だか知らないけど君にそんなこと言われる筋合いないよ。確かに僕は不幸かもしれないけど、不幸っていけないことなのだろうか。ましてやそれを人からあげつらわれたり、笑われたりするようなことだろうか。この人は別に僕をあげつらったり笑ったりしてないけど。

――今、何通目?

 あなたで六通目です。なんかタイムショックみたいな感じだけど、僕はちゃんと手元に手紙を残してとってあるから今が何通目かすぐにわかる。
 こんなに手紙をもらったことなんて、今までにない。
 僕はそれを喜べばいいのか、嘆けばいいのか、気持ちを持て余しながら手紙を机にしまった。
 次の日、四通の手紙が来た。

――でもこんなに手紙が送られるってことは、幸せなんだぜ。

 それは郵便受けに宣伝のダイレクトメールがたくさん届けられていて、その枚数の多さを喜ぶようなものだと思う。でも、案外そうやって宣伝が届けられるのも、どこかで個人情報が漏れていて、その情報を気にかけてくれている存在がいるということなのだから、それ自体は喜ぶ価値のあるものなのかも知れない。たとえ住所録の膨大なデータ上に存在しているだけの文字に過ぎなかったとしても、そこに名前があって、それを誰かが見つけてくれるというのは幸せなんじゃないだろうか。

――この不幸の手紙を書くために初めて隅田君の住所を調べました。

 うん、住所はあってるけど、名前が間違ってるけどね。隅田じゃないんだな。角田なんだな。しかも不幸の手紙を書くためっていう目的を嬉しく思うべきなんだろうか。なんか初めて住所を調べましたっていうのは嬉しいんだけど、色々と間違っている気がしてならない。

――俺も不幸だ。

 おう、そうだな! いやいや、いきなりどうしたんだ。まあ他人に不幸の手紙を書いているというのはお世辞にも幸せな状態とは言えないのだが。だからと言ってそれを開き直られても僕も困ってしまう。大丈夫、君は幸せだよ。だって君は僕の住所を知っているじゃないか。僕は誰の住所も知らない。誰も教えてくれない。誰のうちにも行ったことがない。

――君のお手紙を待ってます。

 だったら住所を書いてくれなければ。僕は僕の宛先だけ書かれた不幸の手紙をひっくり返して途方に暮れた。もちろん出しているのは多分小学校のクラスの人たちなんだろうけど。別にいじめられたわけでも、勉強が嫌いなわけでもない。ただ、なんとなくそこに居場所がないような気がして、上手く馴染むことができないのが嫌なのだ。なんだか僕が居ることですべてがうまくいかないような気がしてならない。逆に僕がいない方が、物事がスムーズなのではないかと思う。

 そんなことないのだろうか。

 僕はそれらの手紙を引き出しにしまって、机の脇にあるランドセルに手をかけて、やめた。

 次の日、不幸の手紙は一通も来なかった。
 その次の日も、そのまた次の日も、一週間経っても二週間経っても、不幸の手紙はもう来なかった。
 毎日郵便受けを確認して、家に届けられる無数の郵便物の中に、僕宛の手紙がないことにげんなりするばかりだった。
 そして、僕は不幸の手紙が来ることを楽しみに思っていた自分がいたことを知る。
 嬉しくないはずなのに、いざ来なくなるとそれが残念でたまらない。
 この世界のどこかに、あるいは学校に通う誰かが、僕の住所を知っていて、それなりに時間をかけて僕に手紙を書いてくれていたのだと思うと、なんとなく胸が熱くなる。

 誰が、どういうつもりで出していたのだろう。
 その人にとって僕はどういう存在だったんだろう。
 僕にとって、その人はどういう存在なんだろう。少なくとも僕はその人のことなんて気にもかけたことはないはずだ。だってずっと引きこもっているのだから。
 でも、僕が引きこもっている世界の外側に、僕のことを知っている人がいて。
 その誰かは僕の手紙を待っている、と書いたのだ。

 どうやって届ければいい。宛先もわからないのに。

 次の日、僕は朝七時に起きて、お父さんとお母さんと一緒にご飯を食べた。
 二人は目を丸くしたが、さらに僕がランドセルを背負って玄関に向かうのを見て、開いた口がふさがらない様子だった。

「行ってきます」

 お父さんもお母さんも驚きのあまり行ってらっしゃいとさえ答えることができないでいた。僕はそれを見てなんだか小気味良く世界を裏切っているような気がして、楽しかった。

 そして一番のりで学校にたどり着く。
 それから五分経って、十分経って、それでも誰も教室には来なかった。
 ほかの学年の生徒は来ているから、学校が休校とかそういう面白い話ではないはずだ。
 だとすれば、僕だけ馬鹿にされているのだろうか。だんだん気持ちがげんなりして来た頃、ようやくドアをガラガラと開けて、男の子が一人入ってきた。

「あ、リュータローだ。おはよ」

 顔を見て迷うことなく名前を呼んでもらえたことに、僕は心臓が爆発しそうだった。
 でも、同時に申し訳なさが溢れ出す。だって僕は彼の名前がわからないのだ。

「市谷翔天。ショーマでいいよ」

「お、おはよう、ショーマ……君」

「うん、おはよう。でも、リュータローなんで今日に限って学校に来たの? 今日は俺以外誰も来ないよ」

「え?」

「修学旅行だよ。昨日から」

 僕は開いた口がふさがらないなんていうものじゃない。顎が外れて顎関節症になりそうだった。

「お便り見てないの? いつも届けてるのに」

「いつも?」

「そうだよ。リュータローんちのポストに俺がいつも届けてるんだよ。知らなかっただろ」

「……ごめん」

 僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 学校からのお便りなんて目もくれずにいつも捨てていた。
 だって必要なことが書いてあるなんて思っていなかったし、学校に行くこともないと思っていたからだ。

「その顔は不幸の手紙もちゃんと読んでないな?」

「よ、読んだよ! それに書いてあったから! ……その、今日……」

 僕はなんだかとても恥ずかしい告白をしているような気がして、だんだん口ごもってしまう。
 それを見て、ショーマは嬉しそうに笑った。

「読んでくれたんだ。よかった」

「え、それじゃあ、手紙を出してたのは……」

「俺だよ。少し考えればわかるだろ。いつもお便りと一緒にポストに入ってるんだから。大体郵便局で出すなら印鑑が捺されてるだろ? 何もされてないはがき見て怪しいとか思わなかった?」

 思わなかった。というか、気づきもしなかった。
 手紙をもらったのが初めてだったので、それが郵便局経由でないことなど、全くわからなかった。

「……なんで」

「年賀状」

 え、と聞き返す僕に、ショーマはくれたじゃん、年賀状、と重ねて言う。

「小学校一年生の時。リュータロー、クラスみんなに年賀状出しただろ。俺、後にも先にも年賀状もらったのあの時だけで、あの時返事書かなかったこと、ずっと心残りだったんだよな。もしかしたら、今不登校なのも、そういうのが積もり積もって、なのかもしれないと思ったし、もしあの時俺が返事を書いてれば、友達になれたのかもしれないって思うと、なんかモヤモヤして。まあ、それで不幸の手紙になっちゃうあたり全然お返しになってないんだけどさ」

 覚えてくれた人がいたのか――。僕の年賀状が、確かに届いた人がいたのだ。
 今、目の前に。そして、お返しをくれた。
 なんだか涙が滲んできて、僕は慌ててごまかすために目をこすった。

「何、泣いてんの?」

「か、花粉症」

「五月だけど」

「五月病」

「涙が出るなんて聞いたことない。まあそういうことでもいいけどな。でも、ありがとうな」

 ショーマが言う。何のことに対してだろう。
 いや、違う、ありがとうと言わなければいけないのは僕の方だ。
 だって、あの手紙がなければ、僕はきっと小学校には来なかったのだから。

「あの頃俺、小学校が嫌で、小一ながら不登校だったんだけど、年賀状が来て、俺の名前が書いてあって、全然知らない奴なのに、よろしくおねがいしますとか書いてあって、あの手紙がなかったら、きっと今も不登校だったから。あの年賀状があったから、冬休み明けから、学校に行けて、行ってみたら学校もそんなに嫌じゃなかったし、楽しいこともたくさんあって、ずっと感謝してたんだけど、結局返事はずっと出さないまんまで、そのうちお前が学校に来なくなるし、そのままじゃいけないって思ったんだ。悪かったな。もっと普通のやつにすればよかったな。早く学校来いとか、一緒に行こうとか」

 僕は俯いて首を振ることしかできない。
 声も出ない。
 そんな在り来たりの優しい言葉だったら、僕は絶対学校に行こうなんて思わなかった。あれが不幸の手紙だったから僕は読んだのだ。慰めや励ましだったら、お便りと同じく即行で捨てていただろう。

 そんなやり取りをしていると、先生がやってきた。
 たしか非常勤の音楽の先生だ。
 音楽の先生なのにピアノより絵の方がよっぽど上手くて、音楽室には先生が書いた音楽家の写実的な絵が飾ってあって、自己紹介の時、僕は音楽が一番苦手なんだとか言っていてやけに記憶に残っていた。
 先生は僕の顔を見ると、意外そうな顔をしたけど、すぐに落ち着き払った声で、角田君、と声をかけてきた。

「ほら、先生! リュータロー学校来たよ」

「うん。よかったね、ショーマ君。それじゃあ、修学旅行、行こうか」

 先生は唐突に言った。ショーマは、これから? と戸惑いながら言う。

「電車で行って、少し山の中に入ったところに、水芭蕉が咲いているところがあるんだ。そこに行って、絵を描いてこよう。漢字の書き取りとか、問題集なんかやる気にならないだろ。どうする」

「行く行く! な、リュータロー」

 僕は、唐突な展開に頭がついていかず、ただ流れに身を任せて頷くしかなかった。
 そして気がつけば、電車の中に揺られている。

「そうだ! 俺、手紙に絵書いて、絵手紙にしよう! で、今度こそ、それをちゃんとリュータローに出すよ。いいでしょ、先生」

「好きにするといいよ。水芭蕉の花言葉は美しい思い出だからね。せいぜい思い出に残るようなことをするがいいさ。小学校の修学旅行は泣いても笑っても一回きりなんだからね」

 それから僕らは、水芭蕉の咲く公園に行って、そこで絵を描いて、先生が近くのコンビニで買ってきたお弁当を食べて、近くの博物館や展望台を巡って、三人だけの修学旅行をした。

「よかった。でも最後に、こんなにいい思い出ができて。これで安心して東京に行けるよ」

 ショーマが帰りの電車で、不意に言った。

「東京?」

「うん、俺明日、引越しなんだ。だから修学旅行行かなかったんだよ。リュータローともこのままかとも思ったけど、最後にこんなに話せて嬉しいな」

「引越し? え?」

 僕は戸惑って先生の方を見る。先生は寝たふりをしている。

「親の仕事なんだ。だから、これでお別れなんだ。実は」

 僕は、愕然とした思いだった。

「笑っちゃうよな、こんなの。せっかく、友達になれたのに」

 笑うショーマの目に、涙が滲んでいく。

「俺、やっぱり、不幸だ。寂しいな。リュータロー」

 ショーマは震えながら目をこする。

「……花粉症?」

「五月病」

 電車が駅に停まる。
 先生は現地解散だと言って、そのまま僕たちだけを残して学校に戻ってしまう。

「じゃあ、これで、サヨナラだ」

 ショーマもそう告げて、僕に背中を向ける。
 遠ざかっていく背中を見て、僕は思わず叫んだ。

「手紙、待ってるから! 今度はちゃんと住所書いてよね! そしたら、僕、必ず、必ず返事を出すから!」

 ショーマは振り返らず、ただ大きく手を振った。

「さようなら!」

 叫び声は夕暮れの駅にこだまして、たくさんの人の視線を集めながら、それでもあっという間に喧騒に溶けて消えていく。
 僕は走って家に帰って、泣いた。泣いて、眠って、次の日、それでも同じように学校に行った。次の日も、その次の日も。一度も休まず、もうショーマの来ることのない小学校に、それでも僕は通い続けた。
 友達も出来て、それなりに打ち解けたし、行き始めれば学校は楽しいところだった。

 夏休みになった頃、全く知らない住所から不幸の手紙が届いた。
 描かれているのは下手くそな絵で、それでも僕にはそれが水芭蕉なのだとわかった。

――この手紙は不幸の手紙です。返事を出さないと不幸になります。俺はそれなりに楽しくそれなりに幸せです。そっちはどうですか。

 僕はこのために用意してあった手紙を机から取り出す。
 その時、不意にあの時の十通の不幸の手紙がしまってあるのが目に入った。

 市谷翔天様

 僕は幸せで元気です。きっとあの時不幸の手紙を出さなかったからだと思います――。

 振り返れば、あの水芭蕉の咲く五月に手が届きそうだ。
 手紙の向こうに咲いている、美しい思い出の中で、ショーマが笑った気がした。

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