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 ( SS投稿城 )
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F14 ★sQzHBR0cMi_EP8

 部屋に湧く蟻の原因は、アパートの建てつけの悪さが災いしたからかと思ったが、そうではないらしい。
 どうにもその蟻は、部屋の外からやってきているわけではないようだ。
 だとするならば部屋の中に忽然と現われたのか。そうではない。
 蟻は、俺の身体から湧いていた。

 その出来事に気付いたのは、浴室で身を磨いていた時のことである。生ぬるい風の吹く初秋の頃合いであった。
 背にぼこりとした痣があることに気付き、二度三度と触れてみてそれがただの痣でないことが分かる。中心にぽつりと穴が空いているのだ。
 しかし俺は、その時は「毟ったニキビが、妙な形に治癒したか」と思う程度で特に気にすることもなかった。
 丁度同じ時期、部屋にはやけに蟻が湧くようになっていた。ふと気づけば、蟻が床の上を彷徨っているのである。
 全くいい加減なつくりのボロアパートはこれだから困る。そう思って気にも留めなかったが、つまらなくて苛立ちすら覚える講義を受けている最中袖から二匹の蟻が湧いて出てきた時には流石に気味が悪くなる。
 服が巣にでもなっているのだろうか、とボロアパートに戻るやいなや上着を脱いで懸命に振り回してみる。蟻が二、三匹落ちてきた。まだ出てくるんじゃないかと思い、上半身裸のまま服をあれこれといじっていると、それが偶然目に付いた。
 窓ガラスに映る自分の姿だが、妙な違和感を覚える。なんだろうかと窓ガラスの前であれこれとポーズを変えてみると、背中の痣に改めて気がついた。
 風呂場で気がついた時には、ただ触ってその存在に気付いただけだったから、その存在を視認したのは初めてである。
 背中に空いた小さな穴。蚊にさされよりも少し大きな膨らみの中に空いている穴の奥は、小さいながらも真暗で深淵に続いているようにも思えた。
 「んん」と俺が声を上げたのは、それを目撃したからである。いつのまにやら俺の身体にひっついていた蟻が、俺の背中を駆け上がり、そして背に空いた謎の穴に、まるで当たり前のように、吸いこまれるように入り込んでいったのだ。
 俺は声を上げながらその穴を叩いてみたり、つまんでみたりして蟻を出そうと試みる。背中の穴は実に巧妙な位置にあり、伸ばした腕の腱がじくじくと痛んだ。そんな痛みを我慢して、懸命に穴から蟻を叩きだそうとするも、何かが出てくることはなかった。
 見間違いだったのだろうか。そう思うのが正しいと知っていながらも、俺の疑念は晴れることはない。冷たい水を被っても、その不可解な光景を忘れることはなかった。

 それから数日後、俺は偶然、他の人間から蟻が這い出るのを見た。階段状に席が並ぶ講義室の大体真ん中に座る俺の、右斜め前に座る女のうなじに、蟻がひっついているのだ。
 俺はその蟻が、その女から産まれたものだと確信し、同じ症状の人間が居たと安心を覚える。
しかしそんな安心も束の間で、講義が終わり、その女に身体に出来た蟻の巣について問いただすと気味悪そうに否定されて、足早に去られてしまった。女は、俺が奇妙なことを訊ねる前から、やけにいらついているようであった。
 しかしどうなのだろう。女は自分に出来た蟻の巣に気付いていないのか、それとも俺にしか知覚することは出来ないのか。
 前者ならば、女は巣に気付いた時きっと俺に話を伺いに来るだろう。しかし後者であるなら問題である。
後者である場合、俺自身に特別な力が備わってしまったという可能性と、俺の頭はおかしくなっており見えないものが見えると主張する狂人となってしまっている可能性が浮上する。そしてその場合の前者後者では、常識的に考えれば後者である可能性がとびきりに高い。
なんてことだと悲観する最中、俺はまた蟻を見つける。今度は廊下で教授に怒鳴られる、おとなしそうな生徒のズボンの裾からだ。男の身体から産まれ、そして外へと這い出た蟻は大学の床を足早にと、と、と、と歩いていく。
 そういえば身体から出たこの蟻は一体どこへ向うのだろう。俺は蟻の後を追いかけることにした。
 蟻は器用に人間の足を縫うように避けて進み、気づけば大学の敷地を出る。次の講義もあった俺だが、好奇心には勝てず、その日は休むことに決めた。
 蟻は街の繁華街をせっせと歩く。小さな蟻を目で追うのは骨の折れることであるが、今が日中であり蟻の姿が闇に紛れることはないことと、このあたりの人通りが増えるのは日が沈んでからで、今は閑散としているのとで、なんとか見失わずには済んでいた。
 しかし俺にも限界はある。いい加減蟻など追いかけ回すのはやめようかという気分になりだした時、蟻はなんとある建造物の中へ入って行った。汚く、小ぢんまりとしたテナントビルである。警備員もおらず、四階まであるビルだというのに入っているテナントは二社のみで、あとは募集中となっていた。
 蟻は階段に向けて走り出す。しかし蟻はこのビルの何階を目指しているのだろう。そもそも階段を登れるのかと思った矢先、蟻は下へ続く階段を落ちるように降りて行った。
 え、と思うのも当然である。四階建ての、こんなこぢんまりとしたビルに、当たり前の用に地下へ続く階段があるのは奇妙だ。
 しかしそういうものなのかと俺は無理やり納得する。地上四階建てであるが、地下がないとは言っていない。
 俺は蟻を携帯のライトで照らしながら、後を追う。階段を降りる、降りる。そしていよいよ地下6階まで降りたところで、怖くなった。
 あまりにも地下が深すぎる。蟻は一体、いや、俺は一体どこへ向おうとしているのか。しかし立ち止って考えていると蟻の姿を見失ってしまう。それだけは避けたいと思って、余計な考えを叩きだして蟻を追い続けた。
 そして蟻は、やがて穴に落ちていった。俺もその穴の前に立ち止まる。否、立ち止まることしか出来ない。
 穴は階段の途中に、ぼっかりと大きく空いているのだ。車すら入りそうな巨大な穴は、俺がそれ以上階段を降りることは出来ないようにしている。穴の中は真っ暗で、深淵と呼ぶにふさわしいほど底なしである。否、そう見えた。
 何故、「否」であるかと言えば光を照らしてみてその闇が、暗さによって引き出される闇ではないことに気付いたからである。気付いた瞬間、俺はその場にへたり込んでしまった。
 穴の中、闇は常に蠢いていた。これは暗闇ではない。何億、何兆、何京と存在する蟻の身体によって作られている闇なのだ。恐らくこの穴に手を伸ばせば、何千という蟻を掴むことが出来るだろう。そしてこのすべてが、人間から生みだされた蟻なのである。
 俺は、その蟻共が邪悪なものにしか見えなかった。気味が悪かった。そしてこんなにも恐ろしい存在が、自分の住む町にあるという事実が恐ろしくて仕方がなかった。
 乱れる呼吸のまま階段を駆け上がり、穴から離れるべく疾走した。ようやく一階まで駆け上がり、ビルの外へ飛び出すと、太陽の光が俺を優しく迎えてくれる。それがなんだか嬉しくて、やけに安心した。

 それから、分かったことがある。まず、あの場所へ向うには条件があるということだ。あれから何度かその場所へ向おうとしたのであるが、ビルの中を探してもそもそも地下へ行くための階段が見つからないのである。条件。それは火を見るよりも明らかだ。蟻についていくことである。
 もう一つ分かったことがある。蟻が身体から出てくる条件だ。あれは人が苛立ちやストレスを感じた時に精製されているようなのである。つまりあの蟻は、人のストレスが具現化したものなのだ。
 そんなものが一つの場所に、夥しく、集まっている。これは見過ごせたものではない。俺はその時、義憤に駆られていた。
蟻の巣が見えるという特殊能力が自分にだけ備わっている事実がそうした想いを湧きあがらせたのか。はたまた何も起こらない糞のような日常に反抗したく、虚構にも近い正義心を盲信しているのか。俺にはそんなことはもうどうでもよく、アレを壊滅せしめるべきという使命感のみがあった。

 そして俺は、自分から吐き出された蟻についてゆく。
両手にはガソリンの入ったポリタンク。ポケットにはマッチを忍ばせて。例の穴にたどり着くと、俺は穴に向けてガソリンをぶちまける。蠢く闇の動きが更に活性化しているようにも見えた。全く気味が悪い。こんな存在は全て燃えてしまえばよいのだ。
 ポリタンクから最後の一滴が落ちた時、ポリタンクも穴の中へ放り投げると淀みない動作でマッチを取りだし、そして火をつけた。猛火に呑まれる蟻共は、苦しみ悶えて灰になってゆく。
なんだか変な笑いがこみ上げてきて、しばらく笑いながら穴の中の炎を眺めていた。そして穴を後にして、ビルを出てくると前と同じ太陽がやはり俺を温かく迎えてくれるのである。そしてその時、俺は自分の義憤の正体がやっと分かった。
俺は、あの蟻共に恐れを抱かされたことが我慢ならなかったのである。蟻ごときにコケにされたことが許せなかったのだ。
 だから奴らを燃やしつくした瞬間、胸がスッとして笑いが零れてきたわけである。
 こんなに心地の良いものはない。帰り道によった公衆便所で、油に濡れた手を洗っている時など鼻歌を歌ってしまったほどである。
 こんなに充実感に満ちた日はない。心から俺はそう思っていた。

 俺は自分のしたことをすぐに後悔した。後悔してすぐに起こした行動は、自分の背中に空いた巣を絆創膏と包帯で塞ぐことである。
大嫌いなボロアパートだったが、今では自分を守ってくれるのはこの部屋のみになってしまった。
目張りした窓にあけた覗き穴から、外の景色を盗み見る。街には死体のようになった人が溢れていた。彼らは死体ではない。ただ生きているともいえない。彼らには心がないのだ。今、街にはそんな死体以上生存未満の人間が溢れかえっている。
 あのアリは、ただの人のストレスの具現化ではなかった。あれは人の心の一部であったのだ。
 ストレスとなって人間の巣穴から吐き出された蟻は、ビルの中の大きな巣穴へ行く。そこで何か起きているかと言えば循環である。あの巣穴に行くことで蟻はストレスという垢を落とし、また持ち主の元へ戻ってゆく。そうすることで、人はストレスに潰されず生きて行けるのだ。
 しかし、その循環を俺は破壊してしまった。その時起こったのは心の消失である。ストレスを抱えた蟻は、循環するための巣穴を見つけることが出来ず、そのままどこかへ消え失せてしまった。心がストレスをためるたび、その一部が少しずつ少しずつ消えてゆけば、消失するのも時間の問題である。その結果、人は機能を停止し、倒れてゆく。
 俺は怯えて背中を触る。俺の中の蟻が絆創膏を突き破ろうとしていた。
もしもこの蟻が俺の中から出て行ってしまったら、俺も街の人間たちと同じように、糸の切れた人形のようになってしまう。それが恐ろしかった。それだけが恐ろしかった。しかし時間の問題でもあった。

3年前 No.0
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