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掌編・からから、と自転車は僕を笑った

 ( SS投稿城 )
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光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

「はぁ……はぁ……」
夏の太陽がじりじりと背中を焦がす。
白いシャツは汗で体にくっつき、不快感を容赦なく僕に突きつけてくる。
右手でおでこの汗を拭ったが汗はなかなか引かない。
新陳代謝というのは生きていく上で必要なのだろうけど、この時ばかりは嫌になった。
「はぁ……はぁ……」
僕は再び両手で自転車を引きずりながら歩く。
パンクしてしまった自転車は僕の中の役立たず決定戦で堂々の1位になったが、置いていくわけにはいかなかった。
まさか本屋からの帰り道で急に壊れてしまうとは予想もしていなかった。
頭にちらつくのは、置いていけばいい、という悪魔の囁きと、暑い、という呪いの怨嗟だけ。
からから、と音を立てる自転車は普段と立場が逆転したのが嬉しいのか僕を笑っているように思えた。
くるくると廻る車輪は次第に坂道に差し掛かった。
この坂道を超えれば僕の家はすぐだ。
そう思うと力の入らなかった腕に力が戻るような気がした。
からから、という音は平地よりもテンポを落としたが確実にリズムを刻んでいた。
僕は足元にある自分の影だけを見ながら坂道を上る。
(もうすぐ……もうすぐだ……)
願うような内省の言葉は浮かんでは消えていく。
いつもだったら立ち漕ぎで登り切って下る坂道。
今日はそんなハイペースでは登れない。
からから、と自転車が再び僕を笑っているように思えた。
「お前の……為なんだぞ……」
つい漏らした悪態は誰に聞こえることもなく空に消えていく。
そんな自分を俯瞰して、なんでこんなことをしているのか、と疑問に思った瞬間重さが消えた。
坂道のてっぺんまで来たのだ。
僕は疲れに敗けて自転車のスタンドを立てて坂の上に座った。
振り返ると坂下までの距離は無限に思え、そして視界を上に向けた。
視界には青空が、蒼穹が、広がっていた。
思えば、この坂の上からの景色は見たことがなかった。
「ああ、空ってこんなに青いのか」
からから、と廻る車輪はそんな僕を笑っているように思えた。
汗は気にならなくなっていた。

3年前 No.0
ページ: 1


 
 

光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

〜あとがき〜

冬の寒さの中、夏の話を書く。
そんな倒錯したのが俺です。
どうも、光心です。

今回は掌編です。
文字数は800文字ぴったり。
すらすらと書いたので、「心の目」程悩まなかったのが幸いですね。
その分、ちょっと甘いところもあるでしょうが……まあ、そこは読み手の深い心でカバーしてください。
ください、っていうか、お願いします。

リアルが落ち着いたので久々に書こうと思って、書いたのが今作です。
「自転車のからからって音、なんだか笑ってるように聞こえるよね?」が、テーマです。
嘘です。
ま、テーマなんて読み解く側の問題ですから、あなた次第です。
そういうことにしておきましょう。

少し長めの話を次は書きたいのですが、まだ予定は立ってません。
予定は未定、未来も未定、な精神でいきたいと思います。
ではではー。

3年前 No.1

ゴン @gorurugonn ★yRn10TRCWH_0Ml

どうもお久しぶりです。投稿されてすぐに読んだんですが感想をまとめるのに随分と時間がかかってしまいました。
わたくしごとで恐縮ですが、先日祖父が急逝したりしてゴタゴタの極みだったりしました。
からからと笑った、というのはずっと嘲りの笑いのことだったと思っていたんですが、文中で三回出てくるからからと自転車が笑うという記述が割と全部違う印象を与えているんだと気づいたとき、この小説スゲエってなりました。
多分一回目のからからと笑うは割と視点の主のぼくとしても馬鹿にされてるみたいなニュアンスがあるんですが、二回目はお前のためなんだぞというセリフがあとに続いていて、必ずしも馬鹿にしているわけではないというか、なんというか、怪我をした弟を兄がおぶって歩いていて、その背中で弟が迷惑かけて申し訳ない気持ち半分、お兄ちゃんと触れ合えて喜び半分でつい笑っちゃうみたいな、そういう微笑ましい意味の笑いなんじゃないかと感じました。ここで随分とタイトルで最初に思った馬鹿にする笑いという意味は薄らいでいるように思いました。
そして坂を登りきって青い空を眺めたあとにまた自転車はからからと笑います。
ここのからからと笑ったというのは頑張ったね、とか、いい眺めだろ、とか、達成感、一緒に困難を乗り越えたあとの思わず出てしまう安堵とそのこんなんに対しての誇らしさ、あるいは(私が農夫なので非常に個人的な感想になりますが)孫が仕事を手伝っていやいやながらも大変な仕事を一生懸命終わらせて、そのあとに祖父がその孫の仕事ぶりに対してよくやったと褒めて見せる笑いのようなそんなニュアンスが感じられる文脈になっていると感じました。
これはすごいことで、今私は一つの文章に対してどれだけ意味を載せられるのか、みたいなことを目指していたりするわけなんですが、それを実践している掌編となっています。八百字でからからと笑うの一文をここまで様々にニュアンスを変化させられるのかと、目からウロコです。
笑うの意味の多様性に着目したのも素晴らしいんですが、それを展開させるために坂道を自転車を押して登るという場面を選択したそのセンスも流石です。これは実際私もパンクした自転車を押して家路をたどった経験が何度もあるので懐かしさも感じました。
一つの言葉にどれだけ意味を込められるか。わかりやすく実践レベルで示した例証として非常に参考になります。
ようやく意味がわかったという喜びとともにこれで解釈合ってるのかしらとか自信無かったりもするんですが、とりあえず私の中ではアルキメデスの原理を発見したアルキメデスのごとくエウレカした感じです。
読み応えのある面白い掌編でした。ありがとうございます。
ではまたどこか別の小説で。

3年前 No.2

光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

ゴンさん>

お久しぶりです。色々とすべきことが山積みなのだと思います。ですが、1つづつ終わらせていけば終わると思いますので、無理だけはなさらずに。


ゴンさんの感想の通りですね。
今回は「からからと笑う」というものに対する意味付けをそれぞれ変えるのを目的の1つとしていました。
結果、言葉の前後や状況だけで同じような言葉(特に「笑う」ですね)が全く異なる意味を持つようになって、それを読み取ってもらえて安心です。

1回目、2回目、3回目、のそれぞれの正確な感情というか答えは秘密にしておきます。
というのも、解答は1つではなく各人で想像するのが良いのではないかという思いからです。
べ、別に細かく考えてないとかじゃないんだからね!ww
というわけで、己だけの答えを持つのが良いんじゃないかなと思います。
国語の教科書みたいでそういうのを考えるのって楽しいですからね。

また、今回の話はわりとあり得る状況を設定しました。
というのも、俺自身パンクした自転車を引きずって帰ったことがあるからです。
不思議なものですよね。
子供にとって「自転車」というのはどうあっても置いていけないものなんです。
どれだけ苦しくても、泣きそうになっても、なぜか自転車を置いていくという発想に至らないことが多いのではないかと思います。それは、自転車というものの価値もあるのですが、自分の延長線上のものだと考えているからではないかと思ったりします。いわゆる、足、というやつですね。
なので、パンクした自転車を引きずって帰るという経験は多くの人にあるのではないでしょうか、と推測して今回の話を設定しました。
ゴンさんも経験あるというので、「やっぱりそうか」と1人納得してしまったりw

なんかの助けになればいいかなと思い書くのですが、ニュアンスの変化については今回書いていて1つ思いついたことがあります。
それが「助詞」と「無機物」です。
今作において「からからと自転車『は』笑った」という言葉が出てきますが、この文の『は』がニュアンスの変化に一役かっているのではないかと思います。
人は「無機物」を動作主にすることで、その本質的な部分を想像するのではないかと俺は考えます。
むしろ、見た目的な変化がないからこそ、そこに意味付けを行うようになるのでは、と。
例えばですが、
「りんごがゆっくり落ちた」
という文を
「りんごはゆっくり落ちた」
にするとなんだかそこに表情や感情があるように思えます。
俺もまだまだ操るという部分までは至ってませんが「助詞」を有効に使えれば、良い文章を書けるのではないかと思ってたりします。
日本語って難しいですねw

以上です。
長々とすみません。
今作は感想もらえないかなー、と思っていた手前なんだか嬉しくなってしまいましたw
ではでは、またどこかの小説で!

3年前 No.3
ページ: 1

 
 
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