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 ( SS投稿城 )
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光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

目を開ければそこは駅前だった。
ふと顔をあげて駅名を見てみるが、それはぼやけていてよく見えない。
まるでそこだけ霧がかかってしまったかのようだ。
周りを見回してみると、見覚えのない民家があり、コンクリートで舗装された道が左右にどこまでも広がっている。
僕は何をしていたのか。
思い出そうとしてもうまくいかない。
いつのまにか茫然自失していたのか。
それともただのど忘れなのか。
判然としない頭で考えみると、1つのことが頭をもたげてきた。

「……乗らなきゃ」

この駅から出る電車に乗る必要がある。
それだけは不思議としなければいけないことのように思えた。
僕は一歩を駅に向かって歩き出した。
駅と言うにはいささか古すぎる風体のこの建物は思っていたよりも広かった。
そもそも、木造建築の時点でそうとうに古めかしいと言える。
中はワンルームマンションの1室くらいの広さがあり、入り口から見て真正面の位置に改札がある。
右側には券売機があり、その上には路線図が得体のしれない怪物のように広がっている。
しかし、路線図の駅名は全て靄がかかっているかのように見えない。
僕はなんとなく券売機の前に立った。
四角いタッチパネル式の券売機は妙に新しくて、駅の古めかしさと相反するように鎮座している。
画面を覗き込むと、ぱっと明かりがついた。

『いらっしゃいませ』

誰が元となっているかも分からない機械音地味た案内の声がする。
僕はそれを聞き流して、画面を食い入る様に見る。
しかし、画面は真っ白のままだった。
一面の銀世界のようなその画面を眺めていても変化がない。

「どうされましたか?」

後ろから声がしたので僕は驚いて後ずさりながら振り返った。
背中が券売機にぶつかり痛みを少しだけ感じたが、それよりも僕は目の前に立つ人に釘付けになった。
その人は駅員さんだった。
初老のその駅員さんは白いお髭が妙に似合っていて、その雰囲気から麗らかな人物と感じた。
紺色の制服にはシワ1つなく、同じ色の帽子のその中心には新品同様の輝きを放っている記章がある。
両手にしている白い手袋はシミひとつない。

「あ、あの……券売機が」

「ああ、すみません。現在の時間券売機はご使用になれないんです。改札で発券致します」

そう言うと駅員さんは優しい顔で改札前に来るように促した。
逆らうことも出来ずに僕は改札の前まで歩く。
距離はほとんどないはずなのに僕はものすごい時間をかけてその改札の前にたどり着いたような気がした。

「それで、お客様はどこへお行きになりますか?」

駅員さんは改札横の小部屋に入って、そこからこちらを見て問いを発した。
どこへ行くのか。
どこへ行こうというのか。
僕は必死に頭を捻る。
どこへ行こうと思っていたのだろうか。
そもそも、電車に乗るのだって、なぜか頭に浮かんだことだ。
しなければならないと思っていることだ。

「それでは訊き方を変えましょう。お客様はどこまで行きたいですか?」

「どこまで……」

どこまでなんだろう。
きっと僕は行けるところまで行きたいと思う。
こんな風に駅前で悩まなくて済むように、終点まで行きたいと思う。

「行けるところ、まで……?」

「それでよろしいですか?」

良いのか。
この状況で良いとか悪いとか言えるのか。
分からない。
でも、僕は券が必要なのだ。

「なんで、こんなに電車に乗りたいんだろう?」

僕は自分が気づいていないだけで、実は重度の電車マニアなのか?
あの車体に興奮を覚えるのか?
どこを走ったどの電車だから好きとか、こういう路線だから好きとか、そういう感じか?
いや、ないないないないなーい。
そんなやつじゃないはずだ、僕は。
でも、なんでこんなに電車に乗りたいんだろう。

「駅員さん」

「はい、なんですか?」

「どうして僕は電車に乗りたいんでしょう?」

「……人それぞれですので、ご自分で内省してみてはいかがでしょうか?」

ごもっともな意見だ。
僕は問いを発することで、それを誰かに委ねようとしているのではないだろうか。
それはきっと簡単で、でもきっとそれは何かを失ってしまうのだろう。
手放しちゃいけないものを手放しちゃうのだろう。
だから、僕は自分で考えなきゃいけない。
なんで僕は電車に乗りたいんだろう。
遠くまで行きたいから?
それなら別に電車に限らないだろう。
歩いてもいいし、自転車でもいい。
車ならもっと自由だ。
でも、僕は電車に乗りたいと思う。
なぜなのか。
それらと電車の違いはなんなのか。
深く深く思考の海に沈む。
どんどん周囲の音が消えていく。
自分の心臓の鼓動すら無視して僕は手探りの思考の手を伸ばす。
そして、1つの答えにたどり着いた。

「そうか……」

僕の答えは、券があるから、というものだった。
つまり、どこかへ行けるということ。
少なくともその券がある限りはそこまで行けるということ。
考えずに運んでくれるということ。

「だとしたら、僕は慚愧すべきなんだろうな……」

それは安心安定の世界なんだろう。
確実にどこかへ連れて行ってくれるのだから。
だから、人は券を奪い合う。
それは権利だから。
それは勲章だかた。
それは安定だから。
それは確実だから。
それは恩寵だから。
手にしたいものはいつだって限られている。
それを手にする人は誰も彼も必死だ。
道理で僕が券売機の前に立っても反応がないわけだ。
僕は行きたいところがない。
券を必要としていない。
なら、券売機が沈黙するのも納得だ。

「駅員さん」

「はい」

「券をください」

「どこまでですか?」

「……どこまで、ではなくて欲しい券があるんです」

「どのような券ですか?」

「青春18切符ってあります?」

「お客様のご年齢は?」

いくつだろう。
なんだかそれは曖々にして昧々な気がする。
思案しても答えはないような気がして、だから僕は答えた。

「良いじゃないですか、青春はいつまでも続くんです。そう願い、そうであろうとする限り」

僕の答えに駅員さんは笑った。
それは気持ちのいい笑い声だった。

「わかりました。それではこちらを」

そう言って差し出してくれた券は青い券だった。
僕はそれを手に駅員さんの前を通って改札を抜けた。
好きなとこで降りて、好きなとこへ行ける。
回数は決まってるけど、この券はそれが出来る。
それは1つの魔法だ。
何度でもやり直せる魔法の券。
僕はそれをポケットに入れて、電車に飛び乗った。
行き先は確認しなかった。






完。

3年前 No.0
関連リンク: 夢の島ホームシック rain 
ページ: 1


 
 

光心 @kousinn ★jrmvKxEjwb_mgE

〜あとがき〜

一月以上ぶりですね。
どうも光心です。

この作品は、電車に乗っていてふと思ったことを中心に考えて書きました。
電車に乗る人はなんで乗るのだろう?
その疑問は、券があるから、という単純で明快な答えにたどり着きました。
要するに、座っていてもどこかへ行けるんですね。
寝てても、本を読んでいても、携帯電話でゲームをしてても、何してても。
ある意味でそれはすごい簡単なことです。
だけど、それはある意味で面白くもないことかもしれません。
決まった行き先へ行くことはそれは予想通りでしかなくて、ただ消費するだけのものでしかないです。
でも、1つ1つ判断を下そうと乗っている人には予想外で奇天烈な出来事が待っているかもしれません。
結局は主観次第。
でも、主観って簡単なように思えて簡単じゃないもんですよね。

というわけで、あとがきでした。
青春18切符の実物を俺は手にしたことはないですが、人生で一度だけ欲しいなぁと思ったことはあります。
でも結局は買いませんでした。
有効期限が1日内というものが原因かなぁ、と。
夏休みの間とか期間で区切ってくれればいいのに。
とかなんとか思ったりしましたが、ぶらり旅には最適なこの券、18歳未満の子どもたちにオススメです。
色々と便利になったこの世界で、便利じゃないなこの券の活かし方を考えるのは子供に許された特権なのではないかなとも思います。

ではでは、またいつか。

3年前 No.1

ゴン @gorurugonn ★yRn10TRCWH_2tE

人生の迷子のゴンです。ああ、誰か道を教えてください! 私はどこに行けばいいんですか!
もうそんなこんなでひどく迷走しているわけですが、そんな中でこの小説の一番の見所は

「……乗らなきゃ」

この駅から出る電車に乗る必要がある。
それだけは不思議としなければいけないことのように思えた。

この冒頭の部分ではないかなと思いました。
つまり、ここにずっと留まっている、という選択肢は行き先の中に含まれていなんだなぁと。
目指す場所がどこであろうとも、とにかく今ここにいる場所にずっととどまって、立ち止まっていることはできないみたいな。
前進にしろ後退にしろ横道にしろ脇道にしろ、どこかにはいかなくちゃいけなくて、歩くのを止めることはできないわけで。
最近とみにそう感じることが多くて、誰もずっと同じではいてくれなくて、止まってるとあっという間に置いていかれるだけなんだなって。
何が変わったわけでもなく、ただ同じあり方でいることはできないんですよね。
自分が同じでいようと思っても世界は抗い難く変わって進んでいるわけで。
だったら自分で変わっていくしかないんですけれどもども。
その変わり方も誰も示してはくれなくて、何もかも手探りで、しかも正しいとか間違ってるとかもないんですよねきっと。
全部自分で決めること。誰も人の人生にご丁寧にレールなんて敷いてくれないんですよね。
レールがあったとしてそれがジェットコースターでない保証もないわけで。
誰か私の人生の行き先を知りませんか。
そんなことを駅員さんに伺いたい気持ちでいっぱいのゴンです。
素敵な物語をありがとうございました。
ではまたどこか別の小説で。

3年前 No.2
ページ: 1

 
 
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