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 ( SS投稿城 )
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山人 ★tuOnN6TpU5_Dxl

 相変わらず私はいらいらしていました。世の理不尽を恨み、どうして自分だけこうなのかと、乾いた怒りが頭に渦巻いていたのです。
 私は手提げカバンをもって、辛うじて新しい住宅街を回っていたのです。どうせ、期待などできない、できるはずもない。もはや、私は生きる屍のように、虚ろな目をしていました。
 このまま、全てを捨てることもできる、会社に戻り、辞意を上司に言い、それなりの書面を提示すればそれで事が切れる。そう、思いながらも、私は家族の顔を並べてみるのでした。
 住宅街は、夥しい資産の陳列でした。こういう他人の幸福を見るにつれ、吐く息が重く地面に落ちていくのです。
 一角を曲がると、なにやら動くものがいます。明らかに鳥ではあるのですが、名前が思い出せません。遠い昔、野鳥の名前を覚えることに一生懸命になり、頭の隅にぼんやりと浮かんでは消えていくその鳥の名前。確かに記憶に残っているはずなのです。鮮烈な色合いのその鳥の名前を私は知っているはずなのです。でも、それほど強くその鳥の名前を呼び出そうとする気持ちは薄らいでいました。
 どうせ、追い返されるに決まっている。ましてやこのご時勢だ、保険の新商品など、売れるはずもない、そうあきらめながら私は或る一戸の玄関の呼鈴を押したのでした。数回押すと中から無愛想な女の声が聞こえ、どなたですか、と言うのです。
 私は会社のことや、商品の事を話すべきなのだなと虚ろに言葉を言おうとすると、不思議に先ほど住宅街の一角で見た鳥の名前が浮かんできたのです。それはまさしくイソヒヨドリでした。普通なら海辺にいるはずの鳥が住宅街に潜んでいたのです。
 「あの、失礼ですが、イソヒヨドリという鳥をご存知ですか?」
「はい?」
「イソヒヨドリです、普通は海にいるのですが、先ほどこの辺の住宅街で見たのです」
「・・・」
「あぁ、すみません、私、○○保険と申しますが、さきほどその鳥を見まして、なんだか凄く感動してしまい、呼び鈴を押してしまいました。御用は無いと思いますので、これにて失礼致します。」
 私は、その後、住宅街を一軒も訪問することなく、会社に戻ったのです。私は上司から呼ばれ、イソヒヨドリの話をしたのです。上司はぽかんとした口をあけて、途中まで私の話を物珍しそうに眺めていました。
 私は円満退社しました。コンクリートから吹き抜ける風を背中に感じ、私はさわやかでした。明日のことを計画しました。明日はとりあえず、新しい名刺を作ろうと。
 多分、こんな名刺になるだろうと思うのです。
 詩人 磯 火よ鳥

私は明日から詩人になりました。

4年前 No.0
関連リンク: 明日のあかり 
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この記事はSS投稿城(単発)過去ログです
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